ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2026年07月

米大統領令第14253号と「記憶の文化」

 トランプ米大統領は2025年3月27日、「米国史における真実と健全さの回復(Restoring Truth and Sanity to American History)」と題された大統領令14253号に署名した。米国から反米的な歴史観を排除して肯定的な歴史教育を推進することを目的に掲げ、米国の歴史を否定的に伝えるのではなく、偉大な歴史として肯定的に伝えるよう政府機関に求める通達だ。

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▲「宗教自由委員会報告書」の発表中に記者会見で語るトランプ大統領、ホワイトハウス公式サイトから

 この大統領令に対しては、歴史の多様な側面や事実の修正につながるとして懸念の声も聞かれる。歴史家のヨハネス・ファイヒティンガー氏は、「米国建国250周年」への寄稿の中で、「トランプ氏は、多くの西側民主主義諸国に見られるような『記憶の文化』(過去を省みる文化)」を米国から排除し、代わりに国家への愛国心を強化しようとしている」と指摘し、「時代錯誤な歴史観」と酷評している。

 同令では、「わが国の比類なき遺産は……人種差別的、性差別的、抑圧的であり、取り返しのつかない欠陥があるものとして描かれてきた」と振り返り、「今後は批判的な自己省察から視点を転換し、アメリカ国民の功績と進歩の偉大さを称揚することで、国家への愛国心を高めることが求められる」と要請している。

 ファイヒティンガー氏によると、「トランプ氏は現在、記憶の文化から決別し、1980年代まで主流だった歴史的ナラティブ(物語)へと回帰しようとしている。それは、すべての市民が自由で平等であると謳い、進歩と成功を目指す共和国というイメージだ。奴隷制や人種隔離の歴史は概して省みられず、ワイルド・ウェスト(無法の西部)」における血塗られた征服は、文明化の使命として解釈されている」というのだ。。ちなみに、英雄的なアメリカというビジョンを掲げた最後の米国大統領は、トランプ氏が尊敬するロナルド・レーガンだ。

 一方、ドイツでは「記憶の文化」という表現が定着している。「記憶の文化(ドイツ語:Erinnerungskultur 」という表現は、1990年代以降のドイツの歴史学や文化科学の議論の中で定着した学術的・政治的な概念だ。実際の政治や社会において、この言葉は「ナチス・ドイツによるホロコーストなどの負の歴史から目を背けず、反省とともに記憶し続ける取り組み」の代名詞として使われてきた。「歴史に一線を画して忘れるのではなく、過去の過ちを社会共通の記憶として刻み、民主主義の土台にする」というドイツの姿勢そのものが「記憶の文化」と呼ばれている。

 トランプ氏の大統領令により、米国に定着していた「記憶の文化」は存続の危機に直面する。なぜなら、奴隷制、人種隔離、先住民の組織的な追放や絶滅といった米国の歴史の「暗部」が、学術界、学校教育、博物館の展示から排除されることになるからだ。歴史家たちは、トランプ氏のこの大統領令を、学問の自由に対する攻撃であり、検閲行為とみなしている。

 ところで、ポーランド政府は今月11日、第二次世界大戦中にヴォルィーニ(ヴォルィニヤ)地方でウクライナの武装勢力によって行われた虐殺の犠牲者を追悼する記念碑を建立すると発表した。トゥスク首相は、「ヴォルィーニ追悼の日」に合わせたビデオメッセージの中で、「ワルシャワに記念の壁を建立し、そこには『永遠の炎』を灯すとともに、身元が特定されたすべての犠牲者の名前を刻む」と述べた。

 ポーランド側の資料によると、1943年から1945年にかけて、ウクライナ蜂起軍(UPA)がヴォルィーニ地方で数万人のポーランド系住民を虐殺した。歴史家らは、死者数は最大で10万人に上ると推定している。

 トゥスク首相はビデオメッセージの中で、UPAによる暴力行為を「ウクライナの民族主義者」によって実行された「ジェノサイド(集団殺害)」と表現した。ヴォルィーニ地方は1939年までポーランド領でしたが、独ソ不可侵条約によりウクライナ・ソビエト社会主義共和国へ編入されました。現在、この地域はウクライナ西部に位置している。

 第二次世界大戦の歴史的遺産をめぐるワルシャワとキーウ(キエフ)の間の長年の対立が、ここ数週間で激化してきている。5月下旬、ウクライナのゼレンスキー大統領がウクライナ軍の部隊名にUPA(ウクライナ蜂起軍)の名を冠したことで、ポーランド国内で激しい反発を招いた。その結果、ポーランドのナヴロツキ大統領は、かつてウクライナの大統領に授与されたポーランド最高位の勲章を取り消した。

 親欧米派のトゥスク首相は、ウクライナ側に改めてこれらの虐殺事件と向き合うよう求めた。「記憶と真実は、憎悪や軽蔑のない、より良い未来を築く助けとなるものでなければならない」と述べている。

 第1次、第2次の世界大戦の舞台ともなってきた欧州では各国,各民族は様々な「記憶の文化」を抱えている。問題は歴史の「記憶」と言っても決して一律ではないことだ。

 ウクライナ蜂起軍(UPA)の歴史的評価について、ウクライナでは独立のために戦った「英雄」として名誉回復が進む一方、ポーランドでは反ソ連の立場に理解を示しつつも民間人虐殺の責任を問う声が根強い。ロシアはこれを「ナチス協力者」の例として利用し、ウクライナ侵攻の正当化に活用している、といった具合だ(「ナブロツキ大統領「勲章を返せ!」2026年6月22日参考)。

 米国が建国250年の筋目を迎えたこともあって、メディア界でも歴史的討議が盛んだ。「英雄的な歴史観」から、奴隷制などの「民族の負の遺産」をも内包する「記憶の文化」まで、様々な歴史観が報じられている。

 最後に、移民問題などでトランプ大統領と対立している米国人教皇レオ14世の見解を少し紹介する。教皇はアメリカ国民に向けて「建国250周年記念書簡」を発表している。

 教皇は、1776年7月4日に行われた独立宣言の署名を、自身の祖国の歴史における極めて重要な瞬間――「自由、平等、幸福の追求、正義、そして民主的な自治という理想に、永続的な声を与えた瞬間」――と高く評価。そして書簡の後半で「何人も、自らの良心に従って祈り、強制や恐れを抱くことなく公然と信仰を実践する権利がある。信教の自由こそアメリカの理念の核心である。それは、個人の尊厳と、多様な人々の平和的共存の双方を守るものだからだ」と強調している。米国の建国が「信教の自由」という理念から誕生した、というのだ。

モサドの逆襲が始まった

 米国とイラン間の戦闘終結交渉で合意が実現したが、同合意内容に最も不満を持っていたのは誰の目にも明らかだろう。イスラエルだ。米イスラエル軍は2月28日、イランの核開発を壊滅するという目的でイラン戦争を開始したが、その目的は実現されず、近い将来始まる最終合意を巡る交渉に委ねられることになった。ちなみに、トランプ大統領は2018年、オバマ元政権がイランとの間で実現した2015年の核合意(包括的共同作業計画=JCPOA)から離脱し、イランに経済制裁を科したが、今回の覚書合意内容は2015年のそれより後退した、と指摘する声すらある。

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▲負傷したイスラエル国防軍(IDF)兵士を訪問したネタニヤフ首相、2026年7月7日、イスラエル首相府公式サイトから

 ところで、覚書(MoU)の第8項目をみると、「イラン・イスラム共和国は、核兵器を取得または開発しないことを改めて表明する。両当事者は、ウラン濃縮問題およびイラン・イスラム共和国の核開発ニーズに関連するその他の相互に合意された事項について、最終合意において満足のいく枠組みの中で協議することで一致した」と明記され、第9項目では「最終合意の締結まで、アメリカ合衆国およびイラン・イスラム共和国は現状維持に合意する」というのだ。

 核問題のほか、イランの弾道ミサイル開発の停止、親イラン武装勢力(プロキシ)への軍事支援の即停止問題は覚書交渉ではテーマから外され、先送りとなった。イランのモハンマド・バケル・ガリバフ国会議長側が「イランは米国との合意を通じて最終勝利に向けた大きな一歩を踏み出した」(IRNA通信)と喜ぶのは当然だ。在ドイツのイラン人ジャーナリスト、バムダッド・エスマイリ氏はドイツ民間放送ニュース専門局NTVとのインタビュ−で、サッカーのワールドカップ(W杯)試合に倣い、「イラン―米国戦は1対0でイランの勝利だ」と評したほどだ。イスラエルにとっては、悪夢のような結果だった。

 ちなみに、 アラビア語放送局アルジャジーラによると、イスラエルのダニー・ダノン国連大使は、米イラン合意はイスラエル、米国、そして湾岸諸国にとって「非常に悪いものだ」と述べた。イスラエルのチャンネル14に出演したダノン大使は、「トランプ米大統領が交渉の早期決着を強く求めたことが、イランの立場強化につながった」と説明している。

 イスラエルは合意の履行状況を黙認してはいない。モサド(イスラエル諜報特務庁)の逆襲工作が始まっている。直近の例では、イランのトランプ大統領暗殺計画の暴露だ。イスラエル側(モサド)から情報を入手したトランプ大統領は、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議からの帰路、トルコのアンカラから英国へ向かう際にカタールから贈られた新しいエアフォースワン(大統領専用機)には搭乗せず、代わりに旧型機に搭乗した(英国から米アンドルーズ空軍基地に向かう復路のフライトでは再び新型機に乗り換えた)。イランの暗殺計画と関連したワシントン側の危機管理だったはずだ。

 米国事情通は少し冗談交じりに、「トランプ氏は『殺害対象のリストで私は1番目だ』と記者団に語っていたが、イラン側の暗殺リストではトランプ氏の名前はトップではなかったので気分を害したのではないか」という。いずれにしても、イスラエル側からの情報はトランプ氏にとっても真剣にならざるを得ない内容があったはずだ。NATO首脳会談前後のトランプ氏の言動はいつものようではなかった、という証言が聞かれた。

 次は、イランの核問題に関連する最新情報がメディアに流れた。核問題を専門とする「科学国際安全保障研究所(ISIS)」の報告によれば、「ここ数週間、パルチンにある軍事施設などでこうした動きが確認された」というのだ。イランの軍事研究施設では、衝突クレーターが埋め立てられ、コンクリートミキサー車が往来するなど、活発な動きが見られる。研究者らによると、衛星画像からは、イランが既知の軍事研究施設を再建している様子がうかがえるという。

 CNNによると、核兵器や弾道ミサイルの開発疑惑に関連する他の施設でも、修復作業の兆候が見られる。その中には、地下深くで核関連の作業が行われているとされる「ピッケル・マウンテン(Pickaxe Mountain)」の施設も含まれており、ここ数週間、トンネルに出入りするトラックの姿が確認されているというのだ。

 イランは米国との交渉で、核開発計画に関しては「現状を維持する」と約束した。また、核兵器の開発を行わないことも誓約している。CNNは、「イランの最近の活動は、6月下旬に米国と署名した合意内容に違反している疑惑が出てくる」と報じている。

 以上、直近の上記の2例には、モサドが関与している可能性が濃厚だ。狙いは、トランプ氏に合意内容の再考を促すことだ。

 イラン側がホルムズ海峡を航行中のキプロスの商船を攻撃したという情報を得ると、トランプ氏は即報復攻撃を命じている。深読みすると、覚書違反だというより、イラン側の狡猾なディ―ルに騙された自身への苛立ちもあったのではないか。

 イラン最高指導者・故アリ・ハメネイ師の6日間の告別式典は終わった。イラン国内の実権を掌握したイスラム革命防衛隊(IRGC)はいよいよ対米・イスラエルで強硬路線を強めていくだろう。そのような中、11月の中間選挙をまじかに控え、支持率が低下しているトランプ氏は焦りを感じ出しているはずだ。米、イスラエル、そしてイラン3国を巡る政治・軍事状況は混迷の度合いを深めてきた。

再選出馬を断念したベルリン市長の蹉跌

 ドイツの首都ベルリンのカイ・ヴェーグナー市長といえば、ベルリン市ミッテ区の公有地に設置されていた旧日本軍の従軍慰安婦問題を象徴する「少女像」の撤去に向け、日本側の立場を擁護して問題の解決に尽力した政治家として日本のメディアでも知られている。

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▲ベルリンのカイ・ヴェーグナー市長、CDU公式サイトから

 そのヴェーグナー市長が10日、今秋に実施されるベルリン市(特別州)議会選挙で所属する与党「キリスト教民主同盟」(CDU)の筆頭候補者として出馬しないことを明らかにしたのだ。同市長は2023年に実施された再選挙で得票率約28%を獲得して1999年以来ベルリンで君臨してきた社会民主党を破り、第1党に復帰して市長職に就任したばかりだ。市長としてまだ3年余りしか働いていない。年齢的にも53歳とまだ若い。何があったのか。

 市長は生粋のベルリン子だ。その市長がどうして選挙から身を引くのだろうか。同市長は「ここ数日で気づいたことだが、重要な課題について私の主張がもはや市民の心に届かなくなった」と語る。そして「別の話題が他のすべてを覆い隠してしまっているのだ」と説明するのだ。

 「別の話題」とはベルリン市民ならば誰もが知っている。ドイツの首都ベルリン南西部で新年早々の今年1月3日の朝、4万5000世帯と2200の事業所が停電に見舞われた。ヴェーグナー市長によると、停電の影響を受けた人は約10万人に上る。ベルリン市は同月4日に非常事態を宣言した。冬の寒さのため、電力復旧作業は遅々として進まず、多くの世帯が停電のために暖房も使えなくなった。

 7800人の警察官が住民の支援と保護のために派遣され、隣接するブランデンブルク州からも支援隊1500人が動員された。消防署と連邦技術支援庁(THW)は、ノルトライン=ヴェストファーレン州からの支援を含め、2500人以上の人員を現場に派遣した。ドイツ連邦軍(Bundeswehr)も支援に乗り出した。1月7日になって全世帯への電力供給が復旧した。

 左翼過激派グループ「火山グループ」が犯行声明を発表した。同グループは2011年以降、主にベルリンとブランデンブルクで公共インフラへの放火を繰り返している左翼過激派だ。 今回、4日間の停電となり、影響を受けたベルリン市民は寒さの中、電気のない大規模停電(ブラックアウト)を強いられた。自宅ではなく、避難所に宿泊した市民がカリタスらの慈善団体が用意したスープなど温かい飲食物を受け取っているシーンがニュース番組で放映されていた。

 ここまでの話ならば、ベルリン市長の過失が問われたり、辞任に追い込まれる事件とは思えない。問題は、ベルリン市民が停電で苦闘していた時、ヴェーグナー市長は女性と1時間あまりテニスをしていた、ということが明らかになったのだ。メディアから激しいバッシングが始まった。ドイツ民間放送ニュース専門局NTVは、「壊滅的な停電の最中、ウェーグナー市長は凍えるベルリン市民にろうそくを配る代わりに、数球のボールを打っていた」と報じた。それだけではない。メディアから「停電中、あなたは何をしていたのか」と追及された時、市長は「自宅オフィスに閉じこもって仕事していた」と虚言したのだ。事の真相が明らかになり、ヴェーグナー市長は説明に窮した。

 同市長は後日、「コミュニケーション上のミスがあったことは事実だ。失敗だった」と述べている。しかし、事の核心部分(危機管理のマネージメントなど)については、「自分を責めるべき点は何もない」と主張する。しかし、ベルリン市民は市長の話を信じなくなったのだ。これが市長の再選出馬の断念と繋がったというのだ。政治家としてはもはや別の選択肢がないのだ。

 投票日まで2か月余りとなった。ヴェーグナー市長の辞任表明を受け、CDUは新たな筆頭候補者探しとなり、財務担当参事官のシュテファン・エヴァース氏(46)を擁立し、13日の党会議で正式に任命する運びとなった。ヴェーグナー氏は新しい市長が誕生するまでその職務を続けるという。

 ベルリン市でのCDUの支持率は低迷し、直近の調査では支持率17%で「左翼党(Die Linke)」、「緑の党」、「AfD(ドイツのための選択肢)」の後塵を拝し、4位に転落している。州議会はCDUとSPD(社会民主党)との連立政権だが、すでに過半数を失っている。

 世論調査での支持率が最近17%にまで低下したこともあり、CDU党内には動揺が広がっている。ウェーグナー市長は、CDU党員から辞任を強く求める公開書簡を受け取っている。

 同公開書簡では「ヴェーグナー氏の行動が民主主義に対する国民の信頼を脅かすものだ。彼が職にとどまる日が1日増えるごとに、『トップに立つ人間はどうせ真実を語らない』と主張する人々の言い分を裏付けることになってしまう。CDUの一員として、そのような事態を許すわけにはいかない」と記述されている。メディアから通称「テニス・ゲート」と呼ばれるブラックアウト時のテニスはヴェーグナー市長の政治生命を奪い去ろうとしている。

モジタバ・ハメネイ師の新「選民」思想

 旧約聖書「創世記」第12章2節によると、神はハランにいたアブラムに対し、「私はあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるだろう」と述べられた。アブラムは主が言われたようにハランからカナンに向かった。その後、アブラム(アブラハム)はユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3大の唯一神教の「信仰の祖」となった。アブラハム・ファミリーの総人口はピュー・リサーチ・センターなどの最新データによると、全世界の人口の56%から57%を占めている。主が約束されたように、アブラハムから派生した民族は「大いなる国民」となったわけだ。

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▲モジタバ・ハメネイ師、新年のメッセージで国民統一の重要性を強調、2026年3月20日、Tasnim通信から

 ところで、アブラハム・ファミリーの長男の立場にあるユダヤ教には「神から選ばれた」という選民思想があることは良く知られている。ヘブライ語で「アム・セグラ」といい、宝石の民という意味がある。ちなみに、イスラム教専門家でバチカンのグレゴリア大学で教鞭をとるフェリックス・ケルナー神父は神への祈りでも3宗派の間で相違があるという。同神父によると、「イスラム教徒が神に委ねるのは神が全能だからだ。キリスト教徒の場合、神がキリスト(救世主)を送って下さったからだ。そしてユダヤ教徒の場合、神がユダヤ人を選民に選ばれたからだ」という。

 選民意識でも3宗派間には相違がある。特に、ユダヤ教とイスラム教では異なる。ユダヤ教の場合、神ヤハウェと特別な契約を結んだのは、アブラハム、イサク、ヤコブの子孫である「イスラエルの民(ユダヤ民族)」だけであるという思想だ。基本的には「血のつながり」を重視する。

 一方、イスラム教では、アラビア語で「使命を受けた者たち」を総じてラスール(使徒)やナビー(預言者)と呼ぶ。クルアーン(コーラン)では、特定の民族ではなく、神からの教えを信じ、正しく伝える役割を担った人々を指す。イスラム教においては、「神(アッラー)に絶対服従(イスラーム)するすべての者(ムスリム)」が選ばれた民と受け取る。その意味で、血統重視の選民意識のユダヤ教と比べ、イスラム教は信仰を持てば誰もが神の教えを広める「使命を担う人々」の仲間入りができる。

 海外のイラン・メディア「イラン・インターナショナル」(7月1日付)は、興味深い記事を掲載していた。イランの新最高指導者モジタバ・ハメネイ師がイランの未来に求めるキーワードは「使命を与えられた人々」という。イラン革命以来、第3代最高指導者に就任して以来、モジタバ・ハメネイ師は繰り返し「バ・サット(ba'sat)」という言葉を用い、イラン人を単なる市民ではなく、イスラム共和国のプロジェクトを国内外で推進する使命を負う力として位置づけてきているという。

 モジタバ・ハメネイ師は3月8日、専門家会議で2月28日に米イスラエル軍の空爆で殺害された父親アリ・ハメネイ師の後継者に選出されて以来、公の場で演説やメッセージを語ってはいないが、約20件の書類や文書に自身の署名をしている。その中には、お悔やみ、正式な挨拶、公式な場での挨拶など、日常的なものもあるが、少なくとも半数には同師の政治的・イデオロギー的な洞察が垣間見えるという。

 イスラムの伝統において、「バ・サット」は選ばれ、神聖な使命に送られることを意味する。この言葉の本来の意味や、ハメネイ師がこれをどのような意図で使い、イラン人を「神から使命を受けた人々」と位置づけているのかが問題だ。

 イスラム教において「ba'sat」とは、本来「預言者が神から特別な使命(啓示)を与えられ、民衆を導くために遣わされること(遣使・目覚め)」を指す神聖な宗教用語だ。具体的には、預言者ムハンマドが洞窟で天使ジブリール(ガブリエル)から最初の啓示を受け、イスラムの伝道という「使命」を帯びた歴史的出来事を指す。モジタバ・ハメネイ師は、この「神聖な使命を帯びて立ち上がる」という概念を、預言者個人の歴史的出来事から「現代のイランの民衆(国家)」へと拡大して適用している。

 彼はイラン国民を単なる一国の「市民」としてではなく、イスラム共和国の理念(反欧米、イスラム正義の実現)を国内外へ推し進めるという「神聖な政治的・宗教的使命(ba'sat)を託された軍勢」と描写している。モジタバ・ハメネイ師の「ba'sat」の使い方は、まさにこのイスラム的選民思想を現代のナショナリズム・政治思想に転用したものと言える。

 ユダヤ教の選民(アム・セグラ)が「血統による生まれながらの選び」であるのに対し、ハメネイ師の語る選びは「イスラム革命の精神を信じ、抑圧に対して神の正義のために立ち上がる(ba'satを行う)という行動と信仰」に基づいている。「神から使命を受けた民」というニュアンスを持たせることで、イランが直面している国際的な孤立や経済的苦境、軍事的な緊張を、単なる政治闘争ではなく「神から与えられた試練と、それを果たすべき聖なる使命」へと昇華させ、国民の結束を促す強力なレトリック(言葉の武器)として機能させようとしている。宗教的ナショナリズムだ。

 「イラン・インターナショナル」紙のメフディ・ベイギ記者は「バ・サットは単なる宗教的な装飾以上の意味を持つ。この言葉は、イスラム共和国の第2指導者と第3指導者を結ぶ言葉かもしれない。アリ・ハメネイ師の新たなイスラム文明の計画を守りつつ、モジタバ・ハメネイ師に独自の言語を提供している。その結果、イデオロギー的な決別はなく、同じプロジェクトを継続しつつ、人々の役割をより明確に定義しようとする。単にイスラム共和国の支持者としてではなく、使命を与えられた人々として」と報じている。

 第3代最高指導者に選出されてから4か月以上が経過した。モジタバ・ハメネイ師は‘隠れイマーム‘のような存在だったが、イラン国民に新しい選民思想を掲げて公の場に登場する日が近いかもしれない。

イランで本格的な権力争いが始まった

 イランで今月4日から始まった最高指導者アリ・ハメネイ師の告別式は9日、同師の遺体がイラン北東部にあるハメネイ師の故郷マシュハドで埋葬されたことで、6日間の国葬行事を全て終えた。

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▲マシュハドでハメネイ師の埋葬が行われ、国葬の全ての式典が終わった。2026年7月9日、IRNA通信

 興味深い点は、イラン革命防衛隊(IRGC)がハメネイ師の葬儀の全日程がまだ終了していない6日から7日にかけ、ホルムズ海峡航行中のサウジアラビアやカタールなどのタンカー計3隻を無人機(ドローン)などで攻撃したことだ。7日の朝にも攻撃が確認された。それに対し、米中央軍は7日夜、「商船への攻撃は絶対に容認できない」としてイラン内の約80か所の軍事拠点に報復攻撃した。それに反発したイラン軍はクウェートとバーレーンの米軍拠点を攻撃。米中央軍は8日に入ると、約90か所のイラン側の軍事拠点などに再度報復攻撃。イラン軍は9日にもクウェートとバーレーン、カタールにある米軍基地への攻撃を実施した。米イラン間で攻撃、報復の戦闘が繰り返された。

 トランプ米大統領は8日、トルコの首都アンカラで開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会談で記者団の質問に答え、「米イラン間の合意覚書の戦闘停戦は終わった」と指摘し、イランとの戦争の再開を示唆した。ただし、同大統領はその直後、「戦闘は短期間で終わるだろう」と述べ、本格的な戦闘再開ではないとの考えを明らかにした。同時に、トランプ氏は「イラン側から連絡があり、彼らは交渉を願っている」と述べ、米イラン間の交渉は継続されるだろう、との見通しを明らかにしている。

 イラン指導部に米国との対応で混乱が見られる。ホルムズ海峡で商船を攻撃したこと、その直後の「米国との交渉を願っている」というトランプ氏の証言はそのことを強く示唆している。

 具体的には、米国との交渉を願うモハンマド・バゲル・ガリバフ国会議長やマスード・ペゼシュキアン大統領ら現政権メンバーと、IRGCのトップ、アフマド・ヴァヒディ最高司令官らIRGC指導部との間の権力闘争だ。

 米イランが6月、戦闘終結の合意覚書に合意し、最終的合意の実現を目指して動き出したことを快く思わないIRGC内の強硬派からは、ガリバフ議長やぺゼシュキアン大統領らを「クーデターを企てている」と批判する声すら聞かれる。

 海外のイラン・メディア「イラン・インターナショナル」はペゼシュキアン大統領とIRGCのアフマド・ヴァヒディ(Ahmad Vahidi)司令官の間で、戦争への対応と、それが国民生活や経済に及ぼす影響を巡り、深刻な意見の相違が生じていると報じていた。

 IRGCはハメネイ師が2月28日、米イスラエル軍の空爆で殺害されるといち早く後継者にハメネイ師の息子モジタバ・ハメネイ師を担ぎ出して、既成の権力の維持に乗り出した。モジタバ・ハメネイ師が3月、イラン専門家会議から第3代の最高指導者に選出されて以来、新指導者はこれまで公の場に姿を現したことがない。パゼシュキアン大統領は新最高指導者に選出されたモジタバ・ハメネイ師と接触し、今後の国家運営について協議しようとしたが、ヴァヒデイ司令官に阻止されたという情報が流れた。

 イラン専門家の政治学者で国際危機グループ(ICG)のイラン・プロジェクト・ディレクターのアリ・バエズ(Ali Vaez)氏は、「米イスラエル軍との戦争を経験したイランは戦争前より危険なイランだ」と指摘する。同氏は「テヘランの強硬派は新たな武器を手に入れた。ホルムズ海峡を封鎖することで、世界経済を人質に取ることができるからだ。さらに、戦争への恐怖は薄れてしまった。世界最強の軍事大国の米国と、世界最高の情報機関であるイスラエルの支援を受けた攻撃に耐えることができたことで自信を深めている」というのだ。バエズ氏によれば、「革命防衛隊内部の強硬派による新たな指導部が権力を掌握した。以前にも増して危険なイランが誕生した」と分析している。

 ちなみに、イランの企業は80%が国有企業だ。経済の大部分は、政府、宗教団体、軍事コングロマリット(複合企業)によって支配されており、純粋な民間企業はほとんど存在しない。イラン革命防衛隊も石油とガス産業、建設と銀行だけでなく、農業と重工業にも組み込んでいるコングロマリットを所有している。IRGCが世襲批判のリスクを冒してまでモジタバ・ハメネイ師を後継者に担ぎ出した背景には、「利権の保護」という切実な理由があったはずだ。

 ところで、イラン内ではIRGCを解体して国軍に統合すべきだという議論が改革派から出てきている。保守派の日刊紙「ジョムフーリ・エ・エスラミ」は、イランの安全保障と経済状況のために軍事構造の見直しが必要だと主張し、IRGCを正規軍に統合することを提案して注目された。それに対し、超保守系の新聞「カイハン」は「IRGCを排除するプロジェクトだ。専門家の議論ではなく、イスラム共和国の防衛部隊を弱体化させるための外国プロジェクトの継続だ」と一蹴。「IRGCを解散することはイスラム革命の武装解除と正当性の剥奪を意味する」と付け加えている。

 なお、故ハメネイ師はIRGCの主任務をイスラム革命とイスラム共和国の防衛と定義し、正規軍にイランの国境防衛の責任を割り当てることで議論を解決しようとしてきた経緯がある。

 結論を急ぐとすれば、ホルムズ海峡の商船への攻撃は、米イラン間で戦闘終結に関する基本合意覚書ができたことに衝撃を受けたIRGCが米軍を戦闘に引き込む狙いから実行されたのではないか。

 いずれにしても、イラン指導部の権力争いは目下、IRGC優位の状況だ。トランプ米政権がIRGCの誘いに乗って本格的な戦闘を再開すれば、米イラン間の戦闘は再度、激しくなるだろう。中間選挙を控えたトランプ政権にはイラン戦争に時間をかける余裕がない。IRGCはそのことを織り込み済みだろう。

トランプ大統領の機嫌を損なうな!

 フランス東部エビアンで開催された先進7カ国首脳会談(G7)でもそうだったが、トルコの首都アンカラで開催中の北大西洋条約機構(NATO)首脳会談でも程度の差こそあれほぼ同じだった。ドイツ・メディアの報道を追っていると、Trump bei Laune haltenという表現に頻繁に出くわした。意味は「トランプ氏の機嫌を損なうな」だ。

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▲アンカラ・サミットの展望について説明するルッテ事務総長,2026年7月6日、NATO公式サイトから

 エビアンのG7のホスト国フランスのマクロン大統領を悩まし続けたのは首脳会談の最終宣言の作成問題ではなく、トランプ氏をサミット会談最終日まで如何に留めておくかだった。前回カナダで開催されたG7会談ではトランプ氏は「中東問題の対応が急務となった」という理由でG7サミット会議の最終日をキャンセルしてワシントンに戻った。マクロン大統領はカナダの二の舞を避けたい、といった思いが強かった。

 マクロン大統領が考え出した秘策は、豪華なシャンデリアと天井画が圧巻のベルサイユ宮殿での夕食会にトランプ氏を招待することだ。もちろん、招待はトランプ氏だけだ。その結果、トランプ氏はサミット会議を途中退席せず、終始気分が良かった。ベルサイユ宮殿での夕食会への接待は効果があった。

 トルコのエルドアン大統領は2003年から首相、2014年から大統領と通算23年間、トルコのトップに君臨してきただけに、トランプ氏への接待術ではマクロン氏にも負けない。エルドアン大統領は、アンカラに到着したトランプ氏を盛大な歓迎式典で迎えた。まず空港で自ら出迎えた後、大統領宮殿にて、さらに豪華な歓迎の儀式が執り行われた。トランプ氏の乗ったリムジンは、水色の制服をまとった騎馬隊に先導され、その先頭ではトルコと米国の国旗を掲げた2人の騎手が隊列を率いた。続いて、米国国歌の演奏に加え、礼砲の轟音や空軍機による祝賀飛行も行われた。

 このシーンだけをニュース番組で観た人は「トランプ氏はトルコを国賓訪問中」と受け取るかもしれない。実際は、トランプ氏はNATO32カ国首脳会談に参加するためにアンカラを実務訪問中であり、(トランプ氏は)加盟国首脳32カ国の一人に過ぎない。

 愛想とか外交的振る舞いといった世界から遠い政治家といった印象があるが、 エルドアン大統領のプロトコールを無視したトランプ氏大歓迎にはもちろんそれなりの計算がある、NATO首脳会談のホスト国として会談の成功が願われていることはいうまでもない。その成否の鍵を握っているのはここでもトランプ氏だ。ただし、それだけではない。トルコ側は米国からF-35の購入を願っているのだ。

 トルコは当初100機の導入を計画していたが、ロシア製のミサイル防衛システム「S-400」を導入したため、米国から機体を受け取れない。それだけではない。米国は制裁を科し、その制裁は現在も継続している。トランプ氏は「制裁を解除する」と明言したが、売却の実現には、制裁とは別に乗り越えるべきハードルが存在する。2020年、米議会は、トルコがS-400システムを保有し続ける限り、国防総省による同国へのF-35戦闘機の引き渡しを禁じる条項を制定した。したがって、米国法に適合する形で売却を行うには、トルコ側がロシア製防衛システムを売却するなどの措置を講じる必要がある。一方、エルドアン氏は、トランプ氏の超法規的な決断に期待を寄せている。そこでエルドアン氏のTrump bei Laune haltenとなったわけだ。

 トランプ氏は「我々は良き友人だ」と述べ、他の同盟国とは一線を画すトルコの忠誠心を改めて称賛している。首脳会談に先立ち、トランプ氏はエルドアン氏のためだけに現地を訪れると示唆していた。エルドアン氏は「尊敬する友人とここアンカラで会談できたことは、我々にさらなる力を与えてくれた。今回の訪問の重要性を特に強調したいと思う」と、トランプ氏にエールを返している、といった具合だ。

 ところで、トランプ米大統領は、アンカラに到着するやいなや、NATO首脳会議での円滑な協議を期待していた欧州の望みに冷や水を浴びせている。同大統領は7日、「NATOには大いに失望した」と述べ、イラン情勢をめぐり英国、イタリア、ドイツ、フランスが米国を失望させたと改めて批判した。また、同盟国デンマークから米国が獲得を目指しているグリーンランドをめぐる問題についても、強硬な姿勢を改めて表明している。

 ちなみに、NATO加盟32カ国のうち5カ国(エストニア、ギリシャ、ラトビア、リトアニア、ポーランド)が、今年、防衛費に関する5%の目標を達成する見通しだ。NATO加盟国は昨年、将来的に国内総生産(GDP)の5%を防衛・安全保障に充てることで合意した。その内訳は、従来の防衛に3.5%、インフラなどの分野に1.5%となっている。今年、この後者の目標(1.5%)を達成すると見込まれる加盟国は17カ国になる予定だ。

 NATO首脳会談ではウクライナへの支援も重要な議題の一つだった。ゼレンスキー大統領はNATO加盟国に対し、ドローンを用いた戦闘やドローンへの対抗策に関する準備を加速させるよう求めている。また、自国のNATO加盟を訴えた。ただ、ウクライナのNATO加盟問題は同盟国間で意見が大きく分かれており、トランプ氏はウクライナの加盟には消極的だ。ロシアによるミサイル攻撃が続く中、ゼレンスキー氏は地対空ミサイル「パトリオット」のさらなる供与を求めた。

 一方、NATOはドローン戦への対応を大幅に強化する準備を進めている。NATOのマルク・ルッテ事務総長によると、同盟国は新たな取り組みの一環として、今後5年間でドローン防衛能力に400億ドル以上を投資する方針だ。ルッテ氏は、ドローンが戦場における決定的な要因となっていると指摘し、その傾向はウクライナや中東、さらには同盟国の領内においても顕著であると述べた。

 なお、ドイツ民間放送ニュース専門局ntvによると、トランプ大統領はイランがホルムズ海峡で航行中の商船にミサイル攻撃したとして、「イランとの戦闘停戦合意は終わりだ」と強調する一方、対イラン戦争で米軍基地の使用を拒否したスペインのサンチェス左派政権に対して貿易関係の停止を警告している。

 誰しも感情の波があるものだが、トランプ氏の場合はその振れ幅が極めて大きい。だからこそ、彼の言動が及ぼす影響は予測不可能で、より甚大なものとなる。

イランはハマスの非武装化に責任

 パレスチナ自治区のイスラム過激派テロ組織「ハマス」は6日、ガザ地区における同組織の行政機関を解散すると発表した。それに対し、イスラエルのギデオン・サール外相はXに投稿し、「ハマスの宣言はトリック(策略)だ」と指摘、「ハマスはまず武装を解除すべきだ。ハマスが武器を保持している限り、いかなる文民政府であってもハマスの意向に従うだろう」と述べ、ハマスに非武装化を改めて要求した。

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▲テヘランにて、殉教したイスラム革命指導者の葬列に参列するアッバス・アラグチ外相(中央)。2026年7月6日、IRNA通信

 イスラエル側はテロ組織のハマスを信頼していない。だから、ハマスの非武装化が実現しない限り、ガザ区からイスラエル軍の段階的撤退は考えられないというわけだ。

 サール外相は「イスラエルはガザ地区の和平に向けた、いわゆる‘トランプ・プラン‘の実施を強く求めている。その核心となる原則は、ハマスおよびその他すべてのテロ組織の武装解除、ならびにガザ地区の完全な非軍事化だ」と明確に述べている。

 ハマスとその同盟勢力は、2023年10月7日にイスラエルを攻撃し、ガザ地区での戦争を引き起こした。一連の殺戮行為の中で、イスラム武装勢力は1,221人を殺害し、さらに251人を人質としてガザ地区へ連れ去った。これを受け、イスラエルはハマスへの報復攻撃を開始した。ハマスの発表によれば、この戦争で7万人以上のパレスチナ人が死亡した。

 ところで、ハマスの非武装化というテーマは、ハマスに武器や軍事資金を提供してきたイランの問題だ。イランがハマスに一切の武器、資金を供与しなければ、ハマスの非武装化は現実的になる。逆に、イランがハマスを軍事支援する限り、ハマスの非武装化は絵に描いた餅に過ぎない。

 それゆえに、米国はイランとの戦闘終結交渉ではイラン側に核開発の停止と共に、ハマス、レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派など親イラン派の代理組織(プロキシ)への軍事支援の停止を交渉テーマとしてきた。実際、米国が提示した「15項目の停戦」(2段階の和平案)には、「武装組織への支援停止: ヒズボラやフーシ派など、親イラン武装組織に対する軍事・財政的支援の全面停止」が含まれていた。

 しかし、イラン側がホルムズ海峡の封鎖というカードを駆使し、世界経済を人質にする非対称戦に乗り出したため、トランプ政権はホルムズ海峡の封鎖による世界的な経済ダメージ(原油高)を早期に打開するため、イランとの交渉では「現状復帰(戦争の終結とホルムズ海峡の再開)」と「核開発問題」に焦点を絞り、ハマスやヒズボラへの支援停止問題を議題から外してしまったのだ。

 イスラエル側が米イランの戦闘終結交渉の合意に不満があるのは、核問題は将来の交渉に委ね、イランの代理勢力への支援停止問題は議題から外すことを飲んだトランプ米政権への不信感があるからだ。

 ちなみに、レバノンのジョセフ・アウン大統領は6月5日、CNNとのインタビューの中で、イランが米国およびイスラエルとの紛争において、レバノンを交渉材料として利用していると非難した。同大統領は、「彼らは米国との交渉において、レバノンを駆け引きの道具として使っている。これは容認できない。レバノンへの内政干渉を止めるべきだ。レバノンの国益はイランの国益とは一致しない」と断言した。さらに、イラン革命防衛隊(IRGC)に対しは、「ここは君たちの国ではなく、我々の国だ」と宣言。そしてイランの支援を受けるヒズボラ民兵組織の指導者ナイム・カセム師を、「レバノン国民を代表する人物ではない」と述べている。中東地域での「イランの関与」を指摘したアウン大統領の警告は全くの正論だ。

 いずれにしても、トランプ政権にとって、イランとの戦闘終結交渉では要求を詰め込みすぎてディ―ルが決裂するよりも、まずは「停戦」という最低限の合意を形成することが、これ以上の犠牲を防ぐために必要不可欠だ、という現実主義的な判断があったのだろう。

 同時に、ガザ統治は別の枠組み(平和評議会)に委ね、国際社会やアラブ諸国の資金を投入してガザの非軍事化を進める方針をとってきている。そのため、「イランとの交渉理にハマス問題を扱う必要はない」という判断がトランプ政権内で主導権を握ったのだろう。

 トランプ政権の対イラン交渉を批判的にいえば、トランプ米政権は「世界経済の安定と即時停戦」という短期的な果実を得るために、「中東の根本的なテロ脅威の排除」という長期的な安全保障を先送りした。その結果、ハマスやヒズボラの脅威が温存されることにもなる。

 イスラエル政府は、自国の安全保障に直結するハマスやヒズボラの無力化が含まれていない米イラン合意に対して「我々を拘束するものではない」と受け取っているのは当然だろう。

 パレスチナ人=ハマスではない。同じように、ヒズボラ=レバノンではない。ハマスの非武装化で得をするのはパレスチナ人だ。同じようにヒズボラの非武装化で利益を得るのはレバノン国民だ。

 多くのパレスチナ人はガザ紛争でハマスの正体を知ったのではないか。イスラエル軍の攻撃を避けるために、ハマスは平気でパレスチナ人の子供たちを自身の盾に利用してきた。パレスチナ人を犠牲にしてもイスラエルを破壊したいイラン聖職者政権の指令のもとでテロを繰り返してきたのだ。

モジタバ・ハメネイ師は何処に

 イラン全土で最高指導者アリ・ハメネイ師らへの追悼告別式が挙行されている。イラン国営通信IRNAによれば、数百万人の国民が今年2月28日、米イスラエル軍の空爆で殺害された最高指導者ハメネイ師に最後の別れを告げたという。ただし、ハメネイ家の喪主ともいうべきハメネイ師の息子モジタバ・ハメネイ師の姿は公式の式典には見られなかった。

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▲イスラム革命の最高指導者アリ・ハメネイ師の遺体の前で祈りを捧げるイランの指導者たち、IRNA通信、2026年7月5日

 欧州のメディアはテヘランに現地特派員を派遣し、ハメネイ師の告別式の様子を報道しているが、オーストリア国営放送(ORF)は5日、「ハメネイ師の葬儀、息子の姿はなし」という見出しを付けて大きく報じていた。モジタバ・ハメネイ師が3月、イラン専門家会議から第3代の最高指導者に選出されて以来、新指導者はこれまで公の場に姿を現したことがない。ただ、数回、イスラム革命防衛隊(IRGC)を通じてメッセ―ジを発表したが、生の声ではなかった。

 ハメネイ師の告別式が4日から9日までの日程で挙行されているが、米紙の報道によると、モジタバ・ハメネイ師は公式の式典に出席する意向を明らかにしていたが、イスラム革命防衛隊(IRGC)が「安全に問題がある」として出席を諦めさせたという。真偽は不明だ。

 ハメネイ師を含むイランの指導者が米イスラエル軍の空爆で殺害されただけに、米国とイラン間で現在、戦争終結に向けて交渉が継続中だとはいえ、イランの現指導者が一堂に集結する公式追悼式典が再び攻撃される危険性は排除できない。その意味でIRGC側の「安全問題」という説明は理解できる。

 ただし、ハメネイ師の追悼式典には外国からの要人が参加している。そのうえ、戦争終結を誰よりも願うトランプ米大統領が果たしてイランの指導者への攻撃を容認するとは思えない。なぜならば、モジタバ・ハメネイ師を殺害したとしても、イランの聖職者支配体制がそれで崩壊することはないことを米国側も理解したはずだからだ。

 モジタバ・ハメネイ師は2月28日の攻撃で負傷したとみられているが、その後の容体は不明だ。父親や他の家族の葬儀に姿を見せなかったことから、同師を巡る様々な憶測を呼んでいる。なぜ、モジタバ・ハメネイ師は姿を現さないのだろうか。

 国営メディアによると、5日の礼拝は、イラン・イスラム共和国で最も影響力のある聖職者の一人である、97歳のアヤトラ・ジャファル・ソブハニ師が主導した。ハメネイ師の息子であるマスード、モスタファ、マイサムの各氏も父親や他の家族の遺体の前で祈りを捧げた。米イスラエル戦争以来、ハメネイ師の息子たちが公の場で登場したのは初めてだ。なお、ハメネイ師にはモジタバ・ハメネイ師を含み4人の息子がいる。モジタバ・ハメネイ師以外はビジネスなどの他の分野で活躍している。

 国営テレビの映像によると、三権の長であるマスード・ペゼシュキアン大統領、ゴラム・ホセイン・モフセニ・エジェイ司法長官、モハンマド・バゲル・ガリバフ国会議長も最前列におり、IRGCの海外作戦を担う「コッズ部隊」のイスマイル・ガーアニー司令官の姿もあった。IRGCのトップ、アフマド・ヴァヒディ最高司令官も出席していた。一方、ハメネイ師と緊張関係にあったモハンマド・ハータミー元大統領(任期1997年〜2005年)やハッサン・ローハニ元大統領(2013年から2021年)は、葬儀の式典に出席していないようだ。

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▲テヘランで行われたハメネイ師の遺体を運ぶ葬列、2026年7月6日、IRNA通信

 なお、テヘランにあるモサッラー・モスク(礼拝所)の演壇には、イラン国旗に包まれた5つの棺が安置されていた。そこには、ハメネイ師本人に加え、義理の息子、娘、息子モジタバ氏の妻、そして生後14か月の孫娘の遺体が収められていた。

 ハメネイ師の遺体は6日までテヘランのモサッラー施設に安置され、その後、首都での葬列(10時間から12時間)が行われる。7日には棺がシーア派の学術都市コムへ、8日には隣国イラクにあるシーア派の聖地へと運ばれ、埋葬は9日、イラン北東部にあるハメネイ師の故郷マシュハドで行われる予定だ。同師はそこで、共に亡くなった家族の隣に埋葬されることになっている。

 以上、イランのハメネイ師の追悼式典をフォローしたが、国営メディアは米イスラエル軍の空爆で亡くなった指導者たちをいずれも「殉教者」というタイトルで呼んでいる。米国とイスラエルを最大の敵とするイランのムラ―政権にとって、その戦いでの犠牲者は「殉教者」という名誉を受ける資格があるわけだ。それではムラ―政権によって今年1月、非人道的に殺害された数千、数万人のイラン国民はどう呼ばれるべきか。

 イスラム教シーハ派は昔から多数派スン二派に対し少数派意識、被害者意識が常に燻っている。そして「殉教の美学」に溺れてしまう傾向がある。殉教の安売りだ。繰り返すが、シーア派の「殉教の信仰」の最大の犠牲者はイラン国民だ。

教皇レオ14世の「建国記念日」の24時間

 第267代ローマ教皇レオ14世は米国人(本名ロバート・フランシス・プレヴォスト)だ。レオ14世は米国の建国記念日の4日、ワシントンではなく、イタリア南部のランペドゥーザ島を訪れ、アレーナ競技場で野外ミサを執り行い、難民問題を抱える欧州に対し、「移民という歴史的課題に対して人間的かつ包括的な対応を見出すべく、その独自の潜在力を活かし、それに伴う責任を果たすべきだ」と呼びかけた。

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▲ランぺドゥーザ島の移民の墓地で献花するレオ14世、バチカンメディアから、2026年7月4日 

 ところで、トランプ大統領からワシントンでの建国250年を祝う祝賀会に招待されたが、断ったという報道もあったが、誤報だ。教皇レオ14世は、トランプ政権の強硬な移民政策や外交姿勢に対してたびたび批判的な姿勢を示し、両者の間で対立が続いているのは事実だが、建国250周年の招待を断ったという情報はない。教皇には建国記念日を祝う為に自身の過ごし方があったのだ。それがランぺドゥーザ島への訪問だったわけだ。

 イタリア最南端の島ランペドゥーザ島沖で2013年10月3日、難民545人がボートに乗り、波の荒い秋の海をリビアのミスラタ海岸からスタートし、約140キロ先のランべドゥーザ島を目指したが、途中乗った船が火災を起こし沈没し、360人が犠牲となった。マルタのジョセフ・ムスカット首相は当時、BBC放送とのインタビューの中で「欧州連合(EU)は空言を弄するだけだ。どれだけの難民がこれからも死ななければならないか。このままの状況では地中海は墓場になってしまう」と嘆いた。

 シチリア島沖に浮かぶこの小さな島は「欧州への玄関口」として知られている。多くの人々が、過密状態で航海に不向きな船に乗り込み、欧州への到達を試みる中で、海上で命を落とした。

 レオ14世は「「地理的な位置と制度的枠組みを考慮すれば、欧州はこの地域の危機に対し、包括的に対処しうる立場にある。移民を温かく迎え入れ、保護し、その可能性を伸ばし、社会に統合すると同時に、誰も移住を余儀なくされることのないよう開発を促進するものでなければならない。このプロセスのあらゆる段階において、一人ひとりの尊厳が守られなければならない。これは公的機関だけでなく、市民社会全体、そして教会が担うべき務めだ」と述べた。

 レオ14世は「この海で命を落とした人々は、下された決断と、下されなかった決断の双方の犠牲者だ」と述べている。レオ14世は米国の建国250年記念日に同島を短時間だったが訪れ、ミサを行ったわけだ。ちなみに、前教皇フランシスコはランぺドゥーザ島を訪問した際、「無関心のグローバル化」という言葉を述べ、移民への思いやりが次第に消滅してきていると警告を発していた。

 その後、レオ14世は4日夕刻(現地時間)、駐聖座のブライアン・フランシス・バーチ米国大使の招きを受け、同大使公邸を訪問した。同大使は2025年9月から駐聖座米国大使を務めている。バーチ大使は、「同胞である米国人、そしてローマの司教と共にこの特別な日を祝えることを、深く光栄に思います」とコメントした。

 ちなみに、教皇レオ14世は、建国250周年に合わせてアメリカの「リバティ・メダル(自由勲章)」に選ばれ、フィラデルフィアの国立憲法センターに向けてバチカンからビデオ形式で演説を行った。演説では、米国の建国の理想について言及し、アメリカが移民によって形作られてきた歴史を称賛し、自由と人間の尊厳を守るよう訴えている

 なお、教皇はアメリカに向けて「建国250周年記念書簡」を正式に発表している。その中で、「移民を歓迎し、保護することが建国の理念である」と言及した。教皇レオ14世は公開書簡の中で、「独立宣言署名から250周年を迎えるにあたり、すべてのアメリカ国民に祝意を表明する」と述べている。

 教皇は、1776年7月4日に行われた独立宣言の署名を、自身の祖国の歴史における極めて重要な瞬間――「自由、平等、幸福の追求、正義、そして民主的な自治という理想に、永続的な声を与えた瞬間」――と捉えている。教皇レオは書簡の後半で、「何人(なんぴと)も、自らの良心に従って祈り、強制や恐れを抱くことなく公然と信仰を実践する権利がある」を指摘。そして「信教の自由こそアメリカの理念の核心である。それは、個人の尊厳と、多様な人々の平和的共存の双方を守るものだからだ」と強調している。

 以上、教皇レオ14世の建国250年記念日での歩みだ。

文明の衝突を象徴する2つの「7月4日」

 スイスの分析心理学者カール・グスタフ・ユングの「意味のある偶然の一致(シンクロシティ)」を想起される読者がおられるかもしれない。「7月4日」は米国の独立記念日であり、今年は建国250年の節目を迎えた。一方、イランでは今年2月28日に殺害された同国最高指導者アリ・ハメネイ師の国葬のイベントが始まった。一見真逆の性質を持つ2つのイベントが「7月4日」という同じ日に重なったのは、単なる「偶然」ではないだろう。

172961229▲アリ・ハメネイ師の告別式典が始まった、IRNA通信、

 両者には直接的な繋がりはないが、「国家の主体性(アイデンティティ)の確立」「西洋近代主義とイスラム伝統主義の文明的対立」「祝祭と喪失が織りなす政治的求心力」という点で、歴史的・文明的に極めて深い因果関係と対比が存在する。ハメネイ師は2月に米イスラエル軍の空爆で殺害されたが、一連の国葬・告別式のスタートを「7月4日」に重ねてきたことは、イラン側の明確な政治的演出(カウンター・メッセージ)と捉えられるからだ。「意味」があるのだ。

 米国が自由を祝う「最も晴れやかな日」に、イランは米国への怒りと反米の誓いを新たにする「最も厳粛な殉教の日」をぶっつけたわけだ。一つの日付が、地球の東西で「祝祭」と「喪失・報復の誓い」という対極のエネルギーに分裂しているのだ。

 米国は1776年、大英帝国という当時の巨大な「外圧」から脱し、自由と民主主義を掲げて独立を宣言した。一方、イランは1979年のイスラム革命を通じて 米国という「外圧(当時のパーレビ王政を後ろ盾した覇権国)」を排除し、イスラムの価値観に基づく独自の主権を確立していった。 どちらも「大国による支配からの脱却」を国家の正当性の根拠としている。ただし、一方は「近代西洋民主主義」へ向かい、他方は「神権政治(イスラム伝統主義)」へと舵を切った。

 もう少し文明論的に表現すれば、米国の独立記念日は個人の「生命、自由、幸福の追求」という世俗的・人間中心的な近代思想の勝利を祝い、ハメネイ師の告別式は 「最高指導者(ラフバール)」という神の代理人への忠誠と、宗教的・集団的な結束を象徴していると見ることができる。

 同じ「7月4日」という日を起点に、一方は建国の喜びを思い出し、一方は米国への復讐と体制の結束を誓う。日付が持つパラドックスを通じて、現代世界の深い断絶を浮き彫りにしているわけだ。米国の「自由の拡散」はイランや中東では「米国の介入」と受け取られ、警戒されてきた。ハメネイ師の国葬は単なる葬式ではなく、西洋近代文明に対する「我々は屈しない」という文明的な宣戦布告(デモンストレーション)であると位置づけることができる。

 政治的観点から見た場合、トランプ政権は建国250年祭という歴史的祝日を国家の結束をアピールする絶好の機会と受け取り、イランはハメネイ師の死を「殉教(カリスマの死)」という強烈な悲しみと、外敵(アメリカ)への怒りを共有することで体制を締め直す機会と考えているはずだ。人間の感情(喜びと怒り)が、国家という巨大な装置によって「7月4日」という1日に集約され、政治的に利用されている、と冷静に指摘できるわけだ。

 看過できない点は、イスラム教の少数派シーア派には、「負けると分かっていても正義のために死ぬ」という殉教に美学を見出す傾向がある。ニューヨーク大学(NYU)の名誉教授であり、イランの文化・芸術、特にシーア派の宗教儀礼と民衆演劇の研究における世界的権威だったペーター・J・チェルコフスキ氏はシーハ派の信仰について「殉教の美学」という表現を使っている。 「殉教の信仰」は、制裁や軍事的圧力に対しても、「正義のために苦難に耐える」という姿勢を崩さず、外交交渉において極めて強硬な立場を生み出す。 殉教思想はシーア派勢力にとって、軍事力だけでは測れない不撓不屈の精神を作り出すといわれている。

 2026年7月4日、地球の東西で、国家のアイデンティティを賭けた二つの巨大な政治的「熱狂」が同時に幕を開けた。ワシントンやニューヨークでは、米国が建国250周年という記念すべき節目を迎え、星条旗と華やかな花火が夜空を彩っている。一方、中東の古都テヘランの大礼拝所「グランド・モサラ」((Grand Mosalla)には数百万の群衆が押し寄せ、黒い喪服と復讐を誓う赤い旗の海が広がっていた。アリ・ハメネイ師の公式告別式が始まったのだ。

 一見異なる両国だが、1776年の米独立と1979年のイラン革命は、共に外圧排除を原点としている。しかし、前者が西洋近代的な「個人の自由」を追求したのに対し、後者はそれを敵視するイスラム主体性を選んだ。ハメネイ師の37年にわたる統治は西洋普遍主義への抵抗であったといえる。米国が「自由」を祝う日にイランが「世紀の葬儀」を挙行することで、象徴的な「文明の衝突」が展開されたわけだ。
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