ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2026年01月

核保有問題で日独の共通点と相違点

 日本とドイツは第2次世界大戦の敗戦国という点もあって、機会ある度によく比較される。世界の情勢が混乱し、既成の秩序がもはや維持できなくなりつつある今日、安全保障分野で両国でも新たな動きが見えだした。これまでタブー視されてきた核保有問題だ。

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▲高市首相、イタリアのメロー二首相と首脳会談,2026年1月16日、首相官邸公式サイトから

 前日のコラムでドイツで核保有問題が議論されてきたことを書いたが、日本でも昨年12月18日、高市内閣の官邸内の安全保障問題担当官のオフレコ発言というかたちで、「日本も核保有が必要だ」という発言がメディアで流出して物議を醸したばかりだ。

 そこで日独の核保有問題の共通点と相違点をまとめてみた。日本もドイツも第2次世界大戦の敗戦国だったこともあって、その後の軍事分野の議論は久しくタブー視されてきた。両国はNPT(核不拡散条約)の加盟国として、国際的に核保有を断念している。日本は韓国、中国に対して、ドイツはイスラエルとの関係において、戦争での加害国意識が先行し、冷静な安保問題議論が出来なかった経緯がある。

 核保有問題で日本とドイツを取り巻く状況は共通点と相違点がある。日本もドイツも戦後、「米国の核の傘」に依存してきたが、ドイツの場合、北大西洋条約機構(NATO)枠組みで米国の核を国内配備。有事の運用訓練も実施済みだ。一方、日本の場合は、 「持たず、つくらず、持ち込ませず」の非核三原則により、持ち込みすら公式には認めていない。だから、日本の場合は核保有関連の発言はドイツ以上に厳しい自己検閲が働き、与野党の関係なく、政治家が核保有の必要性を公の場で話せば、メディアから一斉攻撃を受けることは避けられない。その点、ドイツは米国の核が国内に配置されていることは自明のことだ。

 ちなみに、ドイツ国内で米国の核兵器(戦術核)が保管されている場所は、ビュッヘル空軍基地内の地下シェルター(WS3システム)だ。保有数は約15〜20発のB61核爆弾(重力爆弾)と推定されている。NATOの「ニュークリア・シェアリング(核共有)」枠組みに基づき、この基地でB61核爆弾が管理・運用されている。 ドイツの他にイタリア、オランダ、ベルギー、トルコの基地にも米国の核兵器が保管されている。

 次は「核保有能力」だ。日独は高度な原子力技術と経済力を持ち、政治的決断があれば短期間で核武装が可能とされる「潜在的保有能力」を有している点が共通している。ユーリッヒ原子力技術研究所で30年以上核技術の研究に携わってきた化学者ライナー・モーアマン氏は独週刊誌シュテルン誌に、「技術的に言えば、ドイツ製の原子爆弾の製造は問題ないだろう。グローナウ濃縮工場で既にウランが濃縮されている。そこで兵器級物質を製造するには、施設をある程度改造するだけで済む。必要なのは十分な数の遠心分離機だけだ。ドイツにはこの分野で十分な専門知識があるから、3年以内に原子爆弾を製造できるだろう」と予測している。日本の場合も核保有能力ではドイツと同じ水準だろう。

 核保有論争がここにきて浮上してきた背景には、日本とドイツを取り巻く安全保障問題が緊張を高めてきていることがある。ドイツの場合、ロシアの脅威だ。ウクライナ戦争が勃発し、欧州に戦争が戻ってきたのだ。ロシアのプーチン大統領はウクライナを支援するドイツや欧州諸国に対して核の脅威をちらつかせている。一方、日本の場合、中国共産党政権の台湾の武装統一が囁かれている。その上、朝鮮半島には核戦力を強化している北朝鮮が存在する。日本は複数の核保有国に取り囲まれている。

 新しい懸念事項は、同盟国・米国の関与だ。日本もドイツも米国の核の傘に依存しているが、その米国のトランプ政権が今後もドイツと日本の安全保障に責任を有するかどうか、分からなくなってきたのだ。トランプ大統領は米国、ロシア、中国の3国の世界支配構想を抱いているともいわれる。「米国が自国の犠牲を払ってまで守ってくれるか」という不安が議論の火種となっているのだ。

 代替案の有無だ。ドイツは フランスや英国との「欧州独自の核抑止」という多国間連携の選択肢がある。 一方、日本の場合 地域の多国間同盟がなく、米国の傘に代わる枠組みが乏しい。国民感情では、ドイツの場合、「自国保有」には慎重だが、核共有の維持には一定の理解が広がりつつある。日本の場合、 唯一の被爆国として核保有には強い拒絶感がある。

 参考までに、日本が核保有することで潜在的敵国の核攻撃を回避できる確率が高まる、という論理がある。核保有していない場合、日本が世界唯一の被爆国だといった歴史的な事情とは関係なく、敵国は戦略核兵器で攻撃したとしても報復の核攻撃を恐れる必要がない。核兵器は非人道的な武器だ、という道徳を敵国の指導者に期待するのではなく、日本が2度目の被爆国にならないためにも、核保有すべきだというシナリオは説得力がある。

 ただし、日本が核保有に舵を切れば、NPT体制は崩壊し、周辺国に核武装のドミノ現象が生じる懸念が出てくる。そこで現在は、直接的な「保有」よりも、米国の核を共同運用する「核共有」や、核を搭載可能な潜水艦の共有といった「拡大抑止の強化」を検討すべきだという折衷的な意見が聞かれるわけだ。いずれにしても、被爆国・日本も現実的な核の抑止力を検討してもいい時だ。

ドイツで囁かれ出した「核保有」待望論

 「ドイツは独自の戦術核兵器が必要だ」ードイツ軍准将のフランク・ピーパー氏は雑誌「シュテルン」(1月29日)のインタビュー(見出し「ドイツの原子爆弾への道筋はどうなるか」)で述べた。戦術核兵器とは、射程距離が短く爆発力が低い核弾頭で、戦場で敵軍に直接使用することを目的としたものだ。

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▲ピーパー准将、ドイツ連邦軍公式サイトから

 ピーパー准将は、「通常兵器では、欧州諸国に対して繰り返し核の棍棒を振りかざすロシアのプーチン大統領を抑止することはできない」と主張する。ドイツ軍指揮幕僚大学の戦略部長も務めるピーパー氏は、この問題の機微を踏まえ、一市民としてこれらの発言をしている。

 同氏の主張の背景には、米国との緊張関係がある。現在、北大西洋条約機構(NATO)の抑止力の一環として、米国の核兵器がドイツ領土に配備されているが、トランプ政権は核兵器を撤退させる可能性を何度か示唆していることがある。

 ピーパー准将だけではない。「核問題は国家主権の核心に関わる問題だ。ドイツもこの問題に取り組まなければならない」と、ボンにある財団歴史館のハラルド・ビーアマン理事長は訴え、「これはドイツ連邦共和国の存亡に関わる問題だ」と断言する。また、長年キール大学安全保障政策研究所で教鞭を執ってきたヨアヒム・クラウゼ氏は、「ドイツ自身の、あるいは欧州の核兵器によるドイツ防衛について、早急に議論する必要がある」と警告している。

 ドイツ軍は十分な兵器級物質を入手することは可能だ。ユーリッヒ原子力技術研究所で30年以上核技術の研究に携わってきた化学者ライナー・モーアマン氏はシュテルン誌に、「技術的に言えば、ドイツ製の原子爆弾の製造は問題ないだろう。グローナウ濃縮工場で既にウランが濃縮されている。そこで兵器級物質を製造するには、施設をある程度改造するだけで済む。必要なのは十分な数の遠心分離機だけだ。ドイツにはこの分野で十分な専門知識があるから、3年以内に原子爆弾を製造できるだろう」と予測している。

 ドイツでは核保有問題は久しくタブーだった。ドイツの場合、過去、核の保有を断念することを宣言してきた。1954年、NATO加盟の際、核・生物・化学兵器の自国領土内での製造を放棄すると宣言している。そして1975年に核不拡散条約(NPT)に加盟し、核兵器の所有、取得、管理を正式に断念した。また、ドイツ最終規定条約(1990年) ドイツの再統一時、ドイツが核兵器を保有・製造・管理しないことを国際的に改めて確約している。

 そして今日まで、自国で核は持たないものの、NATOの枠組みで米国の核兵器をドイツ国内に配備し、有事にはドイツ軍の航空機で運搬・運用する仕組み(ニュークリア・シェアリング)を維持してきたわけだ。

 それが2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻で状況は激変した。実際、 侵攻前は米国の核兵器維持に賛成する人は約14%に過ぎなかったが、侵攻後には52%にまで急増している。ショルツ首相は当時、「時代の転換(Zeitenwende)」を宣言。核共有を継続するため、核搭載可能な最新鋭戦闘機F-35の導入を決定した。

 ドイツの核論争に火をつけたのは、トランプ大統領の出現、米国の核共有、そして米国を信頼できるかといった論争が浮上してきたからだ。すなわち、米国の核の傘への不安だ。トランプ氏がNATO加盟国への防衛義務を軽視する発言を繰り返したことで、ドイツ国内では「米国が守ってくれない場合に備えるべき」との危機感が強まったきたわけだ。これまで極右や一部の専門家に限られていた「ドイツ自前の核保有」や「欧州独自の核抑止」という選択肢が、主要政党の間でも公然と議論されるようになってきた経緯がある。

 ドイツには現在、3つの選択肢が考えられる。�(胴颪痢岾砲了院廚卜韻泙�, ��英国とフランスの核戦力を欧州全域の抑止力に再編する、��ドイツ独自の核保有だ。

 シヴィー研究所( Instituts Civey )が昨年実施した調査では、回答者5,000人のうち48%がドイツの核兵器に反対し、38%が賛成した。この調査では、東西ドイツ間の顕著な違いが明らかになった。旧西独では意見がほぼ二分され、ドイツの核兵器に賛成が42%、反対が43%。一方、旧東独では反対の声が著しく強く、約66%がドイツの核武装に反対した。

ロシア国民の米国のイメージが改善

 ロシアの世論調査機関レバダ・センターはドイツのサハロフ財団の委託を受け、ウクライナ戦争から4年を経て、ロシア人の意識調査を実施したが、27日にその調査結果を発表した。同研究所による全ロシア調査は、2026年1月15日から23日にかけて、ロシア連邦の50地域、137の集落にて18歳以上の都市・農村人口1617人を対象に実施された。

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▲「レニングラード包囲解除」82周年記念行事に参加したプーチン大統領、クレムリン公式サイトから、2026年1月27日

 同調査結果によると、「ロシア人の大多数(76%)は依然として戦争を支持している」という。そのうち43%が「確実に」支持、33%が「かなり」支持だ。一方、18%はウクライナにおけるロシア軍の行動を支持しない(7%は「絶対に」支持せず、9%は「むしろ」支持しない)だ。

 ロシア連邦軍のウクライナにおける行動への支持度は、男性(82%)、高齢者(55歳以上で81%)、モスクワおよび人口10万人以下の都市の住民(80%)の間で高く、支持度が低いのは、女性(71%)、25歳未満の若者(62%)、国の状況が悪化していると考える人々(55%)の間だ。

 同時に、ロシア人は「プーチン大統領は完全に疲弊するまでこの戦争を続けるだろう」と受け取っている。また、ロシアは多くの敵に囲まれ、自国を被害者とみなしているという。同センターのレフ・グドコフ所長によると、「プーチン政権下の執拗な反西側プロパガンダの結果」という。

 回答者のうち、62%がポーランドとリトアニアを敵対国と見なし、次いでイギリス(57%)、ドイツ(50%)、スウェーデン(40%)と続いた。米国は圧倒的に競争国(53%)と見なされている。友好国を5カ国挙げるよう求められたところ、ベラルーシ、中国、カザフスタン、インド、北朝鮮が最も多く挙げられた。

 ロシア人の米国に対するイメージは、過去数十年の間に何度か変化してきた。ウクライナを支持してきたバイデン大統領時代はロシア人の米国のイメージは良くなかったが、戦争の早期終結を約束したトランプ大統領の就任により、米国のイメージは改善した。ロシア人は戦争にうんざりしており、プーチン大統領が戦争を終わらせることはなく、それを変える術もないことを明確に理解しているため、トランプ氏に期待が寄せられている。

 ウクライナ戦争への関心が約45%で2025年5月から14ポイント減少した。18%は全く関心がなかった。回答者の大多数は和平交渉に進む必要があると考えているが、同時に敵対行為継続を支持する割合は回答者の3分の1に増加している。回答者の半数以上は、もし和平がまだ達成されなければ、ロシアは新型兵器の使用を含むウクライナへの攻撃を増やすべきだと考えている。

 ロシア人は、この戦争は西側諸国によって押し付けられたと考えている一方、戦争の責任はウクライナにあると考える人はわずか16〜17%だ。約70%がNATOを、80%が米国を非難している。一方、自国であるロシアに責任があると考える人は、調査対象者のうちわずか6〜8%にとどまっている。プーチン大統領による停戦を歓迎する人が大多数を占める一方で、60%はロシア軍の占領地ウクライナからの撤退を非難している。

 ロシア人の大多数は、今こそ和平交渉に進む必要があると考えている(61%)。しかし、過去1か月でその割合は5ポイント減少し、一方で敵対行為を続ける必要があると考える人の割合は3分の1(31%、6ポイント増加)に増えている。また、ウクライナでの敵対行為はロシアの勝利で終結すると74%が答えている。一方、ウクライナの勝利で敵対行為が終わると考える人は1%未満だ。回答者の17%は、どちらの側も勝てないと考えている。

ネタニヤフ首相、欧州極右議員団と会合

 イスラエルのネタニヤフ首相は25日、ミリ・レゲフ交通相と共にエルサレム首相府で 欧州議会の政治会派「欧州のための愛国者(PfE)」に所属するハンガリー、フランス、オーストリア、スペインの4カ国、5名の欧州極右議員団と約45分間、会談した。

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▲欧州の極右政党議員団と会見したイスラエルのネタニヤフ首相、エルサレムで、2026年1月25日

 ネタニヤフ首相は会合では、「西洋のユダヤ・キリスト教文明は攻撃を受けている。極左過激派とイスラム主義者との共謀によるものだ。彼らは理論上はライバルだが、イスラエルとユダヤ人への憎悪という一点で結束している」と説明、そして「ヨーロッパの多くの国々は麻痺状態に陥り、何の監視も受けずに国境を開放した。これは1年や2年ではなく、長期にわたる闘争だ。この点において、私たちは単なる同盟国や戦友ではなく、世界の未来をかけた決戦において兄弟姉妹だ。世界が直面する最も深刻な危険は、過激なイスラムと核兵器が結びつくことだ」と述べた。

 欧州議会の新会派「欧州のための愛国者(Patriots for Europe)」は、2024年7月にハンガリーのオルバン首相が主導し、フランスの国民連合(RN)やイタリアの「同盟」、ハンガリーの「フィデス・ハンガリー市民同盟」、オーストリアの「自由党」、スペインの「Vox」、チェコの「ANO」などが参加して結成された極右・EU懐疑派のグループだ。84議席を擁し、結成時点で第3会派だ。 主な主張は、反不法移民、EUの権限縮小と加盟国の主権強化、欧州グリーンディールへの批判などだ。

 ところで、イスラエル(特にリクード党)が、ナチスとの関連や反ユダヤ主義的言動で批判されてきた欧州の極右政党に接近してきた背景について、レゲフ交通相は「愛国者代表団との会談は、イスラエルが孤独ではないことを証明している。ヨーロッパには、イスラエルの闘争が、主権、国境、そして国民的アイデンティティのための闘争でもあることを理解している勇敢な指導者たちがいる。ヨーロッパ愛国者との連携は、国際舞台におけるイスラエルの立場を強化し、ボイコットや非正統化の試みに対して明確な前線を築くための戦略的な動きだ」と説明している。

 ちなみに、レゲフ交通相は、PfEの最初のイスラエル支部として「エルサレムの愛国者 (Patriots of Jerusalem)」を設立したことを発表した。 ネタニヤフ首相率いる与党「リクード」は、非欧州圏の政党として初めてPfEのオブザーバー会員となる。

 欧州の既存主流派(中道左派・リベラル)がパレスチナ問題やガザでの軍事行動でイスラエルを厳しく批判し、国際刑事裁判所(ICC)が2024年11月21日、ネタニヤフ首相を戦争犯罪で逮捕状を出す中、不法移民対策や国境警備(主権の尊重)を重視するPfEの議員たちはイスラエルを支持する姿勢を維持していることもあって、ネタニヤフ政権にとって彼らは「欧州における貴重な同盟者」となる。リクード党は、PfEのオブザーバー会員となることで、欧州議会内での意思決定や、イスラエルに対する制裁・ボイコットの阻止に向けたロビー活動を強化する狙いもあるはずだ。

 なお、ネタニヤフ首相の欧州極右政党への接近について、イスラエル国内の左派やユダヤ教系団体から「反ユダヤ主義の歴史を持つ勢力と手を組むのか」との強い批判を浴びているが、ネタニヤフ政権は国際世論の逆風を押し返すための「戦略的パートナーシップ」と強調している。

 イスラエルの主要メディア「エルサレム・ポスト」やJewish News Syndicate (JNS) などは、ネタニヤフ首相が欧州の右派・極右会派との「文明的な共闘」を鮮明にしたと強調、「イスラエルの国益や安全保障の観点から、欧州に新たな支持勢力を確保した戦略的な動き」と報じている。一方、ハアレツ (Haaretz)は より批判的な立場で「こうした会談がネオナチ的ルーツを持つ政党を正当化し、主流のユダヤ人団体を困惑させている」と指摘している。

 なお、同議員団で参加したオーストリア自由党(FPO)欧州議会代表団長のハラルド・ヴィリムスキー氏はネタニヤフ首相との会談を「歴史的な規模の会談」と評している。

 いずれにしても、イスラエルの右派政党が25日、歴史的に反ユダヤ主義の懸念があった欧州の極右勢力(オーストリア自由党など)と、「反イスラム主義」や「主権の守護」を旗印に手を組んだことは、中東の今後の動向に少なからずの影響を与えることが予想される。

イラン政権は機能不全な「死に体」

米国のニュース雑誌「タイム」誌が入手した情報によると、イランで発生した大規模抗議活動では、わずか2日間で最大3万人が死亡した可能性がある。同誌は24日発表した記事の中で、イラン保健省の高官2人の発言を引用している。それによると、1月8日と9日には、イラン治安部隊によって非常に多くの人が殺害され、当局は遺体の収容と処理に追われた。遺体袋が不足し、救急車ではなく大型トレーラートラックを使用したという。 

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▲イラン治安部隊に殺害された抗議デモ参加者の遺体が横たわっている、HRANA公式サイトから

 また、米国に拠点を置く人権団体HRANAは23日、これまでにイランの抗議デモで5,002人の死亡を確認したと報告した。内訳はデモ参加者4,714人、政府職員207人、未成年42人、傍観者39人。さらに9,787人の死亡が調査中だ。政府の公式統計によれば、暴動で3,117人が死亡した。インターネットが遮断され、外部との接続が途絶えている現在、情報の検証は難しい。

 抗議デモでの死傷者の数字について、イランの最高指導者ハメネイ師自身が語った「数千人の死者」説から、「タイム誌」の最大3万人説まで報じられているが、その数自体が「前例のない数だ」(アムネスティ・インターナショナル)。

 戦後最大の欧州の悲劇と呼ばれたボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(1992年4月〜1995年12月)を思い出す。同紛争では死者20万人、難民、避難民、約200万人を出した。イスラム系、クロアチア系、セルビア系の戦いは終わったが、民族間の和解からは程遠く、民族間の分割が今も進行している。

 ボスニア・ヘルツェゴビナのウォルフガング・ぺトリッチュ元上級代表は当時、「ボスニア紛争は内戦だった。外部の侵略を契機に始まり、勝利者と被占領者に分かれる戦争とは異なり、内戦には勝者はなく、敗者しか存在しない」と語り、「冷たい和平」と呼んでいた。

 「なぜ今、ボスニア紛争の話か」を説明する。ボスニア紛争は国内の民族間の対立が原因だ。イランの場合は為政者が国民を殺害した。外部からの敵との戦闘で国民が犠牲者となったわけではない。共通点は、両者とも主権国家内での紛争(内戦)だ。そしてぺトリッチュ元上級代表が語ったように、大量の犠牲者が出た国内での紛争(内戦)の場合、「その後」はより厳しくなるのだ。

 ハメネイ師は「殺害された国民は外国勢力の犠牲者だ」と、必死に弁明するのは当然の反応だろう。イラン当局が自国の国民を数千人から数万人を殺害したとすれば、たとえ抗議デモが鎮静化したとしても、イラン当局と国民の間には取り消すことが出来ない亀裂と憎悪が生まれてくるだろう。イランの場合、その殺害を指令したのがイスラム教シーア派のアヤトッラー(Ayatollah)と呼ばれる称号を持つ聖職者ハメネイ師だという事実は異常だ。

 フォルカー・トゥルク国連人権高等弁務官は23日、ジュネーブで開催された国連人権理事会の緊急会合で、イラン当局の「残忍な弾圧」を非難し、「当局の行動は抑圧と過剰な武力行使のパターンだ。それでは人々の不満を決して解決することはできない」と強調、暴力行為の即停止を求めている。

 問題は、数千人、数万人の国民を殺害した為政者が「その後」、国民を統治できるかだ。唯一可能な統治はこれまで以上に強権で国民を弾圧する以外にない。ムッラー政権が米国やイスラエルへの敵意を煽り、国民に愛国主義を鼓舞したとしてももはや限界(レームダック)だ。

 トランプ米大統領はイランへの軍事介入の可能性を示唆している。 トランプ氏は「我々は大規模な艦隊をそちらの方向へ向かわせている。何も起こらないのが望ましいが、我々は彼らを非常に注意深く監視している」と警告を発している。ハメネイ師を中心としたムッラー政権は機能不全な国体に陥っている。「死に体」だ。

トランプ氏の「アフガン派遣」発言が炎上

 トランプ米大統領の最近の一連の発言をみていると、松尾芭蕉の有名な句、「物言えば唇寂し秋の風」をどうしても思い出してしまう。うっかり口を滑らせると、自分で後悔する、と謳った句で、 他人の欠点や自分の長所は、絶対にしゃべるべきではないという内容だ。

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▲トランプ・ファンのメローニ伊首相もトランプ発言に激怒、2026年1月24日、イタリア政府公式サイドから

 デンマークを含む欧州諸国を悩ましたトランプ大統領のグリーンランド領有に関連した発言がようやく沈静化したと思っていた矢先、トランプ氏は22日、フォックス・ニュースとのインタビューで、北大西洋条約機構(NATO)のアフガニスタン支援ミッションについて言及し、「米国はNATOを必要としたことは一度もない。NATOのいくつかの国がアフガニスタンに部隊を派遣したが、彼らの部隊は少し後方、前線からやや離れた場所に留まっていた」と発言したのだ。欧州のNATO加盟国からは「アフガン派遣で犠牲となった兵士の名誉を侮辱する」といった強い反発の声が出てきている。

 イスラム過激派の国際テロ組織「アルカイダ」の2001年9月11日の米国同時多発テロ事件を受け、米国は同盟国の支援を得るためにNATO条約第5条を発動した。それを受けてイギリスやドイツなどのNATO加盟国は、タリバンやテロ組織アルカイダとの戦争に自軍をアフガンに派遣した。NATO条約第5条が適用されたのはNATO史上初めてのケースだった。

 NATOのアフガン派遣(ISAF)は、2001年9.11テロ後のタリバン政権崩壊を受け、治安維持と国軍支援を目的に2003年から実施された。最盛期には約13万人の兵力を擁し、米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ、トルコなど、NATO加盟国を中心に展開。非加盟国(パートナー国)からも参加があり、一時は約50カ国以上が支援を提供。2021年8月のタリバン復権により20年におよぶNATO軍の活動は幕を閉じた。20年以上続いたアフガン駐留で 同盟国全体で約3,500人以上の死者を出した。

 ちなみに、 NATO公式ウェブサイドや米国国防総省によると、国別の死者数は、米国2461人、英国457人、カナダ159人、フランス90人、ドイツ62人、イタリア53人、デンマーク43人、ポーランド43人などだ。

 ところで、トランプ氏の発言に最初に噛みついたのは英国だ。スターマー英首相は「トランプ大統領の発言は不快で、本当にひどい。アフガニスタンで愛する人を亡くした、あるいは負傷したすべての人々を傷つけるものだ」と述べ、米国大統領に対し、被害を受けた人々に謝罪するよう要求している。

 ドイツのボリス・ピストリウス国防相も「ドイツは任務に多大な犠牲を払った。兵士59人と警察官3人が死亡した。負傷者の多くとその家族は、今もなお苦しみを強いられている」と語った。ピストリウス国防相は24日、国防省のWhatsAppチャンネルで述べた。

 トランプ・ファンを自負するメローニ首相も「テロを煽る者に対するこの大規模作戦において、イタリアは同盟国と共に即座に対応し、数千人の兵士を派遣し、国際ミッション全体の中で最も重要な作戦地域の一つである西部地域司令部の全責任を担った。約20年にわたる献身の中で、我が国は疑いようのない代償を払った。だからこそ、NATO諸国のアフガニスタンにおける貢献を軽視する発言は、特に同盟国からの発言であれば、決して受け入れられない」と説明。そして「イタリアと米国は、共通の価値観と歴史的な協力に基づく強固な友情で結ばれている。このパートナーシップは、特に現在の課題を踏まえると、極めて重要だ。しかし、友情には相互尊重が不可欠だ」と強調した。

 また、ロンドン発の23日ロイター通信によると、ポーランドのコシニャクカミシュ国防相は「犠牲は決して忘れられることはなく、軽視されてはならない」と述べている。一部の政治家は、「トランプ氏はベトナム戦争の徴兵を回避した人間だ」と指摘している。

 なお、欧州諸国から自身のアフガン発言に対する強い反発を受けたトランプ大統領は24日、自身のソーシャルメディア「トゥルース・ソーシャル」で、「英国の偉大で非常に勇敢な兵士たちは、常にアメリカ合衆国と共にある!」と、英国兵については称賛の言葉を送っている。

カーニー首相の「力なき者たちのパワー」

 スイスで開催された「世界経済フォーラム」(WEF)の年次総会(通称ダボス会議)は23日、5日間の日程を終えて閉幕した。トランプ米大統領がダボス入りしたこともあって、トランプ氏の演説とその言動に注目が集まったが、トランプ大統領の世界秩序を厳しく糾弾したカナダのマーク・カーニー首相の演説(約17分間)が「今回のダボス会議では最高のスピーチ」と称賛されている。

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▲カナダのカーニー首相、ウィキぺディア

 前日のコラムで紹介したが、カーニー首相は、「米国主導のグローバル・ガバナンス体制は現在、ルールに基づく秩序の衰退と大国間の競争を特徴とする亀裂に直面している」と主張する。メッセージの核心は、「米国抜きで、必要であれば米国に対抗してでも、我々はやっていかなければならない」というものだ。超大国が自国の利益を追求する「弱肉強食の法則」を拒否し、「力の弱い者の力は誠実さから始まる」と述べた。

 「力の弱い者の力は誠実さから始まる」というフレーズは、チェコの元大統領で劇作家ヴァ―ツラフ・ハベル(1936〜2011年)が1978年に執筆したエッセイ「力なき者たちのパワー」(The Power of the Powerless)からの引用だ。カーニー首相はそのエッセイの中で説かれた「嘘の中で生きる(living within a lie)」という概念を用い、機能不全に陥った既存の国際秩序に盲従し続けることを批判した。

 カーニー氏は、ハベルが共産主義体制下の「青果店の店主」の例えを通じて説いた抵抗の精神を引き合いに出し、「嘘の中で生きる」ことを拒否し、「真実の中に生きる」ことに力があると語る。そしてカナダを含む「中堅国」が、大国の圧力に屈せず自立した行動をとるべきだと訴える。

 ハベルが強調した「力なき者たちのパワー」とは、 政治的な力を持たない個人が、自らの誠実さを貫くことで、最も強力な変革の力となるという思想だ。 カーニー首相にとって、ハベルの思想は単なる「過去の独裁への抵抗」という意味合いだけではなく、現在の複雑な国際情勢や気候変動、経済的格差といった課題に対し、「既存のシステムが正常であるという嘘」を直視し、一人ひとりが責任を持って「真実」に基づいた行動をとるべきだというメッセージだ。

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▲チェコの元大統領ヴァ―ツラフ・ハバル氏、1988年8月、プラハのハベル氏宅で撮影

 カーニー首相の政治信条は、自ら提唱する「価値観に基づくリアリズム(Values-based Realism)」に集約されるという。元中央銀行総裁のカーニー氏はダボス会議で、「古い秩序(ルールに基づく国際秩序)は二度と戻ってこない」と断言し、 大国(米中など)が経済力を武器に圧力をかける現状を「破断(rupture)」と捉え、カナダを含む中堅国が連帯して自律性を守るべきだというのだ。

 ドイツ民間放送ニュース専門局NTVのトーマス・シュモール記者は22日、カーニー首相のスピーチを「 時代の転換点におけるカーニー氏の演説、一人の政治家が苦い真実を語る勇気を見せた」という見出しで大きく報道していた。

 トランプ大統領の欧州批判を苦々しく感じながら、正面からトランプ氏に反論できない欧州の政治家を目撃してきたドイツのジャーナリストにとって、カナダのカーニー首相のスピーチは「よく言ってくれた」という思いがあるのかもしれない。同時に、「たとえアメリカと対立することになったとしても、アメリカ抜きでやっていかなければならない」というカーニー首相のメッセージに対し、「ヨーロッパの誰もがまだこのことを理解しているわけではない」と懸念を吐露している。

 なお、トランプ氏は22日、SNS(Truth Social)上で「平和評議会はカナダへの招待を撤回する」と一方的に表明している。そしてカーニー首相の態度を「恩知らずだ」と非難した。

有志連合、平和評議会、中堅国家同盟

 ウクライナ問題では「有志連合(Coalition of the Willing)の会議が開催された」といったフレーズをよく聞く。例えば、フランス、ドイツ、ポーランドの欧州3国がウクライナへの武器支援を主導し、他の欧州連合(EU)に連帯を呼び掛ける場合だ。ウクライナ支援に消極的なハンガリーやスロバキアの反対を想定し、支援支持国だけで課題を協議する。すなわち、特定の政治課題や紛争問題に対し、目的を共有する国々が自主的に参加・結成して実行する。「有志連合」は常設の同盟とは異なり、その時々の状況に応じて参加国メンバーが変動する。

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▲ダボス会議で「平和評議会」の設立式が挙行、ダボス会議公式サイトから
 
 「有志連合」という政治枠組みは、2003年のイラク戦争で広く使われた用語だ。国連安全保障理事会で拒否権を有する5カ国の常任理事国間で意見が一致しないため、米国主導で「有志連合」が結成された。

 パレスチナ自治区のガザ紛争やウクライナ戦争で明らかになったが、国連には紛争解決力がない。国連外交官は「議論は長々と続く。大多数が支持していても常任理事国の一国でも反対すれば、決議案は可決できない」と嘆く。その主因は第2次世界大戦後設立された国連の安全保障理事会にある。国連改革とは、安保理改革を意味するといわれる所以だ。現状では、常任理事国の一国として拒否権を放棄する国はない。

 トランプ米大統領は国連の無能力さを良く知っているから、共通の価値観を有する少数の国を中心に紛争の解決を目指す。そのためトランプ政権は就任以来、国連専門機関を次々と脱退してきた。最近では、トランプ米政権は22日、世界保健機関(WHO)からの脱退手続きを完了したと発表したばかりだ。

 次はトランプ大統領が提案した「平和評議会」(Board of Peace)だ。トランプ大統領は、昨年9月に米国が仲介した20項目からなるガザ停戦計画の第2段階の一環として「平和評議会」(Board of Peace)を提案し、その参加国の署名式が22日、世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)で行われた。

 「平和評議会」の任務は当初、ガザ地区に限定されているものと受け取られていたが、「平和評議会」の憲章には「紛争の影響を受け、またはその脅威にさらされている地域において、安定を促進し、信頼できる合法的な統治を回復し、永続的な平和を確保することを目指す国際機関」と明記されている。だからトランプ氏の下で、「平和評議会」が国連安全保障理事会に代わる組織に拡大しようとするのではないか、と受け取られ出している。

 「平和評議会」の設立日には、トランプ大統領に加え、アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領やハンガリーのビクトル・オルバン首相など、各国首脳や政府代表、そして合計19カ国の代表が設立文書に署名した。その他、バーレーン、モロッコ、アルメニア、アゼルバイジャン、ブルガリア、インドネシア、ヨルダン、カザフスタン、コソボ、パキスタン、パラグアイ、カタール、サウジアラビア、トルコ、アラブ首長国連邦、ウズベキスタン、モンゴルの代表が署名した。

 ちなみに、トランプ大統領が進める「平和評議会」に対し、カナダのマーク・カーニー首相は20日、ダボス会議でトランプ氏主導の新しい世界秩序構想に異議を唱え、会議参加者から「ダボス会議で最高のスピーチ」と注目を集めた。

 カーニー首相は、「米国主導のグローバル・ガバナンス体制は現在、ルールに基づく秩序の衰退と大国間の競争を特徴とする亀裂に直面している」と強調した。メッセージの核心は、「米国抜きで、必要であれば米国に対抗してでも、我々はやっていかなければならない」というものだ。同首相は超大国が自国の利益を追求するために容易に採用する「弱肉強食の法則」に安易に従うことを拒否し、「力の弱い者の力は誠実さから始まる」と宣言している。

 カーニー氏は「私たちは古い秩序が戻ってくることはないと知っている。その終焉を嘆くべきではない。懐古主義は戦略ではない。私たちはこの断絶から、より大きく、より良く、より強く、より公正なものを築くことができると信じている。それが中堅国家(ミドル・パワー)の任務だ。中堅国家は共に行動しなければならない。なぜなら、我々がテーブルに着かなければ、我々はメニューに載ってしまうからだ」と述べ、「米国、中国、ロシアが世界をパイのように分割するのをただ傍観するのではなく、バランスを取るよう呼びかけるべきだ。これはナイーブな多国間主義ではない。問題ごとに、共に行動できる十分な共通点を持つパートナーと、機能する連合を築くことだ」と説明している。

 「有志連合」、「平和評議会」、そして「中堅国家同盟」といった一連の政治的枠組み(構想)は新しい世界秩序建設に向けたアイデアだ。いずれにしても、私たちは今、現行の世界秩序が終焉し、新たな世界秩序に向けて激動の真っ只中にいることだけは間違いない。

なぜイラン抗議デモの犠牲者が殉教者か

 イラン国営テレビによると、イランで数週間にわたって続いている大規模な抗議活動で、3,117人が死亡した。このうち2,427人はイラン法の下で「殉教者」とみなされると、殉教者・退役軍人財団が21日報じた。

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▲イスラム革命防衛隊(IRGC)のモハンマド・パクプール司令官、Tasnim通信から

 上記の外電を読んで「イラン当局はなぜ抗議デモで犠牲となった国民を殉教者のカテゴリーに入れているのだろうか」と考えた。何故ならば、殉教者数「2427人」は抗議デモ参加者の取り締まりの際に何らかの理由で亡くなった治安関係者の数とは思えないからだ。欧米人権団体によると、犠牲となった治安関係者の数字は100人〜200人ぐらいと予想されている。2427人から200人を引けば、2227人は抗議デモ参加中に亡くなった国民の数となる。イラン当局はその犠牲者を「殉教者」と受け取っていることになる。それでは殉教者の大多数は誰に殺されのか、デモ参加者は武器を所持していない。治安部隊によって殺害されたと考える以外にない、等々の疑問が沸いてきた。

 そこでイスラム法で「殉教者」をどのように定義しているのかを調べた。イスラム法(シャリーア)において、殉教者はアラビア語で「シャヒード(Shahid/Shaheed)」と呼ばれる。この言葉の本来の意味は「目撃者」または「証人」であり、神の教えを自らの命をもって証しした者を指す。その範囲ではキリスト教の殉教者とは大差ない。

 イスラム法学上の殉教者の定義は、2つのカテゴリーに分類されるという。 1. 戦場での殉教者(最高位の殉教者)。アッラーの道(イスラムの防衛や大義)のために戦い、戦場で命を落とした者、2.一般的な殉教者(来世における殉教者)、戦場以外で亡くなった者、特定の不運や苦難の中で信仰を持って亡くなった人も、ハディース(預言者の言行録)に基づき殉教者と同等の地位を与えられる。

 イスラム教はスンニ派とシーア派に分かれているが、イランはシーア派だ。シーア派では殉教者は預言者ムハンマドの孫フサイン・イブン・アリーのように、不義の権力に抗い、悲劇的な敗北の中で霊的な勝利を収めた者を殉教者の象徴として非常に重視する。両派とも殉教者は「神への信仰と献身」が前提となる点では変わらない。

 それではイラン当局が殉教者とした「2427人」はイスラム法に基づく殉教者だろうか。抗議デモに参加した国民は現行の聖職者支配体制(ムッラー政権)に抗議して殺害された人々だ。上記のイスラム法の殉教者のカテゴリーには該当しない。実際、イラン最高指導者ハメネイ師は「抗議デモ参加者」をテロリストと罵倒してきた。

 もちろん、積極的に抗議活動を行ったデモ参加者は「殉教者」から除外されている。発表された全死者数3,117人のうち、殉教者と認められなかった690人はテロリスト、暴徒、反体制活動家というのだ。

 イラン当局(殉教者・退役軍人財団)の発表に基づくと、2,427人の「殉教者」には治安部隊だけでなく、デモに直接関与していない「無実の市民」が含まれている。 デモの現場に居合わせ、暴徒や「テロ組織(当局主張)」による無差別発砲などに巻き込まれて死亡したとされる人々、通行人というのだ。その数は全犠牲者数の多数を占める。

 問題は、イラン当局はなぜ多くの市民を殉教者のカテゴリーに入れたかだ。考えられる理由としては、「死者の多くは治安部隊による殺害ではなく、デモに紛れ込んだテロリストや外部勢力によって殺害された」と主張し、死者の多くを殉教者とすることで、大量殺人の責任を回避する狙いがある。

 (欧州に住む亡命イラン人の中には、イスラム法に基づく殉教者という意味ではなく、民族の解放のために立ち上がった英雄という意味から、抗議デモで殺害された同胞を一種の殉教者と受け取る声が聞かれる)

 別の理由は、遺族への懐柔だ。 殉教者に認定されると、遺族は「殉教者財団」から特別な手当や年金、教育・就職の優先枠などの手厚い支援を受けることができる。経済的な補償金を与えることで、遺族関係者の怒りを抑えようとする試みだ。ひょっとすると、多くの国民を残虐に忙殺したイラン当局側の償いといえるかもしれない。

 いずれにしても、ハメネイ師を中心としたムッラー現政権はイスラム法を恣意的に誤用し、殉教者を大量に生み出すことで、現独裁体制を維持しようと腐心しているわけだ。

ムッラー政権は弱体したが、依然倒れず

 イランで昨年12月28日、テヘランのバザール商人たちが政府の優遇為替レートの廃止計画に反発し路上でデモを開始したのが事の始まりだ。抗議デモの波は大学に波及し、瞬くままにイラン全土に拡大。それを受け、イラン治安部隊はデモ参加者に実弾を発射するなど強硬な対応に乗り出す一方、国内の状況が海外に拡散するのを防ぐために今年1月8日からインタネットの接続を切断してきた。

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▲スイスのダボス会議で演説するトランプ米大統領、2026年1月21日、ドイツ公営放送からのスクリーンショット

 米国に拠点を置く人権団体HRANA(Human Rights Activists in Iran)によると、イランで最近発生した大規模抗議活動でこれまでに4,519人の死亡が確認されている。さらに約9,000人の死亡者についてはまだ調査中という。HRANAの情報によると、治安部隊員197人も死亡した。イランではインターネットが依然として遮断されている。1月8日と9日に行われた大規模抗議活動に対する暴力的な弾圧の全容を示す映像は、ようやく徐々に公開されてきている。

 HRANAの報告書は、医療専門家らが分析した衝撃的な映像に言及している。専門家らは、死亡したデモ参加者の遺体からカテーテルや呼吸チューブなどの医療機器が発見されたことから、負傷者の一部は治療開始後に死亡し、公式に死亡が確認されずに搬送されたのではないか、という疑惑が浮上している。通信遮断のため、この情報は独自に検証することができない。

 イランの最高指導者ハメネイ師自身は17日、「数千人の犠牲者が出たが、その責任は抗議デモを扇動した米国、特にトランプ大統領にある」と発言している。

 ところで、独週刊誌シュピーゲル最新号(1月16日号)は米国に亡命し、ノースカロライナ州のデュ―ク大学で教鞭をとっているイラン出身のモフセン・カディヴァル氏とインタビューしている。同氏はイランでアヤトッラー(Ayatollah)と呼ばれる称号を持つ人物だ。称号アヤトッラーは、シーア派イスラム教における高位の宗教指導者に与えられるもので、「神の徴(しるし)」を意味し、卓越した学識と宗教的権威を持つイスラム法学者に授けられるものだ。

 同氏は今回の抗議デモについて、「2022年のデモとは規模とその勢いで異なっていた。女性主導の2022年のデモとは異なり、男性が多く参加していた。その要求内容も過激的だ」と指摘。ムッラー政権は「抗議デモは外部勢力に誘導されていた。米国やイスラエルが抗議デモをあおってきた」と説明しているが、「抗議デモの責任はムッラー政権にあることは明確だ」と強調した。

 ただし、同氏は「抗議デモでムッラー政権が崩壊することは目下、考えられない。政権は弱体化し、その正当性も失ったが、イラン革命防衛隊や国軍は依然、ムッラー政権を支援している。また、イランには組織化された野党勢力、グループが存在しない。だから、イランの情勢はイラク、シリア、ベネズエラとは異なる」と述べた。

 米軍がイランを攻撃した場合、「ムッラー政権に反対している国民も祖国の防衛のために立ち上がるだろう。イスラエルと米軍が昨年6月、イランを攻撃した時(12日間戦争)、西側ではイラン体制の崩壊は近いと囁かれたが、イランでは逆に、国内の結束が強まっていった。イランでは外から軍事攻勢があった場合、大多数の国民は愛国心から国を守ろうとするのだ。反体制派の国民でもそうだ」と説明した。

 カディヴァル氏はイランの今後について、4つのシナリオを挙げている。��1979年の現憲法に基づく国体の堅持、��議会選出による大統領制、�7�主制(1906年憲法)、�ぬ閏膽腟舛亡陲鼎�共和国の建設だ。

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