ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2025年06月

党大会が示した独社民党の憂鬱な現状

 ドイツの首都ベルリンで27日から3日間、社会民主党(SPD)の党大会が開催された。SPDは今年2月23日に実施された連邦議会選挙で党歴史上最悪の得票率約16・4%に終わった。それだけに、党大会では党指導部の選出のほか、選挙結果の分析と党改革について話し合うことになっていた。

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▲党大会でAfDの禁止要請で一致する社会民主党(右はクリングバイル党首)、SPD公式サイトから,2025年6月29日

 党大会の初日、党の指導部の選出が行われた。現共同党首のクリングバイル財務相兼副首相は歴史上、2番目に悪い約65%の支持で再選された。もう一人の共同党首として立候補したベルベル・バス労働相は約95%の支持を得て選出されたのとは好対照な結果だった。
 クリングバイル党首はその直後、「自分はSPD内の不満の引き金となる存在だったから、この結果には特に驚かない」と述べていたが、ショックは隠せられない。3人に1人の党代表が同党首に「ノー」を突き付けたからだ。

 なぜクリングバイル党首への批判が厳しいかといえば、同党首が選挙後の「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)との連立交渉で自身は副首相、財務省という要職に就任する一方、他の共同党首エスケン共同党首は政権内の要職に就任することなく、選挙結果の責任を取る形で辞任したからだ。
 エスケン党首が連立政権と党内の全ての要職から外された一方、クリングバイル党首はメルツ政権内で副首相、財務相の要職を手にしたのだ。多くの党員には自己中心の権力欲者と受け取られたわけだ。それが「自分は党内の不満の引き金となる存在だ」といったクリングバイル党首の自嘲発言となったのだ。

 党大会の会場の演壇の壁には「刷新は我々と共に」というキャッチフレーズが掲げられていた。今回の党大会の最大の課題は、前回総選挙への分析と党の刷新だった。3日間の党大会では、SPDは今後2年間で新たな政策プログラムを策定することで合意したが、必要な改革を先延ばしにした、といった感はする。

 ところで、党大会前にSPD議員の数名が発表した「マニフェスト」(6頁)が党内に動揺を引き起こしたことはこのコラム欄でも報告済みだ。署名者たちは前回選挙での歴史的敗北を指摘し、党の刷新を求める一方、連邦政府の現在の軍備増強政策からの離脱と「ロシアとの協力」を求めていた。メルツ首相の軍備力強化路線に対する批判だ。同時に、連立政権下でCDU/CSUの言いなりになっている社民党指導部への不満の表れともいえる 

「マニフェスト」ではまた、「国防予算を国内総生産(GDP)の3.5%または5%という固定的な年次増額にとどめることには、安全保障政策上の正当性はない。軍備費を増大し続けるのではなく、貧困削減、気候変動対策、そして私たちが依存する天然資源の破壊防止への投資に、より多くの財源を緊急に投入する必要がある」と記述されている。

 ちなみに、共同党首に選出されたバス労働相は「社民党は本来の労働者の利益を守る政党に戻るべきだ」と主張し、参加者から拍手を受けていた。クリングバイル党首は「社民党が再び国民政党になるために、時代の要請を受けて新しい政党として生まれ変わらなければならない」と訴えていた。

 SPDはCDU/CSUと共に戦後のドイツの政界を主導してきた2大政党だが、社民党のプロフィールはここにきて曖昧となってきた。SPDは「労働者の政党」が看板だったが、国民の大多数は低所得層の労働者意識などはない。社民党は現在、労働者層に代わる支持基盤を見出すことができないで苦労している。外交問題や国防問題でもロシアのウクライナ侵攻で「平和、平和」と唱えていても問題の解決ができないことは明らかになった。

 また、移民問題でもしかりだ。無制限に移民・難民を受けいれることはできない。どうしても強制送還や難民家族の受け入れ拒否も必要となってくる。それに対し、社民党は明確な移民・難民政策を提示できないでいる。

 そして党大会最終日(29日)、SPDは野党第1党の極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD_)の政党禁止を全国的に申請することで一致した。

 党の刷新が進まない中、敵を見つけ出し、党内の結束を固めるというやり方は、国民政党を自負する社民党の改革能力、政策施行能力の欠如を逆に明らかにしたともいえる。SPDと連立を組むCDU/CSUはAfDの禁止には反対の姿勢を取っている。

 独民間ニュース専門局NTVは30日、「SPD党大会はAfDへの路線に関してのみ一致団結した」と指摘、「クリングバイル氏の選出により、人々の不満が爆発し、最終的には党大会全体が憂鬱なイベント、むしろプロ意識のない鶏の群れのように見えるようになった」と語るヴォルフガング・シュレーダー教授(カッセル大学政治学者)とのインタビュー記事を掲載していた。


 

テヘランの「エヴィン刑務所」の話

 イスラエル軍が13日、イランの3か所の核関連施設の空爆を開始し、ナタンズ、イスファハン、フォルドウのウラン濃縮施設や各地の軍関連施設を破壊した。イランのIRNA通信によれば、イラン軍参謀総長モハメド・バゲリ少将、イスラム革命防衛隊(IRGC)総司令官ホセイン・サラミ少将をはじめとする軍人指導者がイスラエル軍の攻撃で暗殺された。また、核開発に関与していた核物理学者たちも殺害された。そして23日、、イスラエル軍はイランの首都テヘランにある「エヴィン刑務所」を空爆した、というニュースが入ってきた。同刑務所は1979年のイラン革命以降、反体制活動家が収容されている刑務所として知られてきた。

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▲アラグチ外相「イラン国民は自分たちの運命を決めようとする者に対して最後の一滴の血まで抵抗する 」と主張、IRNA通信、2025年6月29日

 「核関連施設や弾道ミサイル製造工場や軍事基地を空爆するのは理解できるが、なぜ『エヴァン刑務所』を空爆したのか」という疑問が沸いた。ひょっとしたら、同刑務所に収容されている反体制派活動家を解放する目的があったのではないか。すなわち、イスラエルのイラン攻撃は核関連施設や軍事拠点の破壊だけではなく、ハメネイ師を中心とした現イラン体制の転覆を狙っていたのではないか、といった憶測だ。

 イランでは2022年9月、22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさん(Mahsa Amini)がイスラムの教えに基づいて正しくヒジャブを着用していなかったという理由で風紀警察に拘束され、刑務所で尋問を受けた後、意識不明に陥り、同月16日、病院で死去した。このことが報じられると、イラン全土で女性の権利などを要求した抗議デモが広がった。それに対し、治安部隊が動員され、強権でデモ参加者を鎮圧した。その結果、国内外から激しい批判の声が高まっていった。アミ二さんの死は「女性、生命、自由」というスローガンを掲げて全国に広がった大規模な抗議行動の引き金となった。

 同抗議デモに参加した一人のジャーナリスト、サイデ・ファティ(Saeedeh Fathi)さんは2022年10月16日、警察当局によって逮捕され、「エヴィン刑務所」に拘束された。2か月後釈放され、ウィーンで現在、フリー・ジャーナリストして活躍している。ファティ女史はエヴィン刑務所での体験談をオーストリアの日刊紙「スタンダード」(6月28日付)に寄稿した。

 「エヴィン刑務所」がイスラエル軍の空爆で破壊されたというニュースを聞いた時、同刑務所で収容されていた日々が蘇ってきたという。同刑務所にはペルシャ語と英語で「エヴィン拘置所」(Evin House of Detention)と書かれた看板が掛かっている。イラン国民は誰でも知っている名称であり、同時に恐れている場所という。

 ファティさんは「エヴィンは普通の拘置所ではなく、イラン共和国の抑圧装置の典型的な場所だ。そこでは反体制派の活動家、ジャーナリスト、デモ参加者が収容されている」という。同女史が収容された日の夜、8人の囚人が亡くなったという。

 ファティさんの知り合いによると、イスラエル軍の空爆で鉄の門は壊れ、建物も破壊されたという。イランのメディアによると、イスラエル軍の空爆で16人が殺害されたが、囚人の中には死者はなく、負傷者だけだったという。エヴィンの囚人は別の刑務所に移されたという。ちなみに、国連人権理事会はイスラエル軍の刑務所空爆を国際法違反として批判している。

 ファティさんは最後に、「刑務所を釈放されて以来、まだ拘留されている人々のことをいつも思い出してきた。刑務所の鉄の戸が開き、罪のない彼らが釈放される日が到来することを願ってきた。イスラエル軍の空爆ではなく、私たちの手で圧制の壁を壊さなければならないのだ」と書いていた。

 IRNAによると、テヘランで28日、イスラエルの攻撃で殺害された精鋭軍事組織「革命防衛隊」や軍の幹部、核科学者ら約60人の葬儀が行われた。葬儀にはペゼシュキアン大統領やアラグチ外相らも参列した。イラン当局はイスラエル軍との戦闘を「勝利した」と豪語し、国民に結束を呼び掛けている。
 
 イランの海外亡命者は「イラン当局は今後、国民への弾圧をこれまで以上に強めていくことが予想される。彼らは反体制派活動家をイスラエルと米国のスパイとして逮捕し、処刑している」と指摘している。

中国、COVID-19に関する情報を隠蔽

 ジュネーブに本部を置く世界保健機関(WHO)の新規病原体起源に関する科学諮問グループ(SAGO)は27日、COVID-19パンデミックの原因ウイルスであるSARS-CoV-2の起源に関する最新報告書(77頁)を発表した。それによると「全ての仮説を完全に評価するために必要な情報の多くは提供されていない」と指摘、中国武漢で最初に発生した新型コロナウイルスに関する情報を「中国が隠蔽している」ことを示唆した。

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▲新型コロナウイルス(covid-19)オーストリア保健・食品安全局(AGES)公式サイトから

 WHOのテドロス事務局長は、「3年以上にわたり、この非常に重要な科学的取り組みに時間と専門知識を捧げてくださったSAGOの27名のメンバー全員に感謝する。現状では、人獣共通感染症の流出や実験室からの漏洩など、あらゆる仮説を検討し続けなければならない。私たちは、将来のパンデミックから世界を守るために、中国をはじめとするCOVID-19の起源に関する情報を有するすべての国に対し、その情報をオープンに共有するよう引き続き訴える」と述べている。新型コロナウイルスの起源問題では、「自然発生説」(a natural zoonotic outbreak)と「武漢ウイルス研究所=WIV流出説」(a research-related incident)の2通りがある。

 SAGOの報告書は、「COVID-19の起源に関して、利用可能な証拠(available evidence for the main hypotheses for the origins of COVID-19 )から検討するならば、コウモリから直接、あるいは中間宿主を介して、人獣共通感染のスピルオーバーが示唆される」と説明する一方、「WHOは、パンデミック初期におけるCOVID-19感染者の数百の遺伝子配列、武漢の市場で販売された動物に関するより詳細な情報、そして武漢の研究所における研究内容とバイオセーフティ状況に関する情報を中国に要請してきたが、中国はSAGOにもWHOにもこれらの情報を提供していない」と強調し、「中国はコロナウイルスSARS-CoV-2の起源に関する重要な情報を未だに公開していない。そのため、このウイルスがどのようにしてヒト間で広がり、これほど壊滅的な結果をもたらしたのか、依然として特定できない」と指摘している。

 ここで注意しなければならない点は、上記の「利用可能な証拠」とは、中国側がWHOに提供した情報を意味し、中国側が主張する「人獣共通感染説」を裏付けている一方、、武漢ウイルス研究所(WIV)起源説では「中国側が情報を提供していないので結論付けることはできない」ということだ。すなわち、中国当局は自身の説を裏付ける情報だけをWHOに提供し、それに反する情報は隠蔽しているというわけだ。中国側がWIV発生説に関連する情報の提供を渋っているということは、WIV発生説が正しいことを間接的に裏付けることにもなる。

 実際、オーストリア国営放送(ORF)はSAGOの報告書について、「中国、コロナウイルスに関する情報を隠蔽」という見出しで報じている。この受け取り方はSAGOの報告書のポイントを突いている。

 なお、SAGOは2022年6月9日に報告書で初期の調査結果と勧告を発表した。今回の報告書は、査読済み論文やレビューに加え、入手可能な未発表情報、現地調査、インタビュー、監査結果、政府報告書、情報機関報告書などのその他の報告書に基づいて、その評価を更新したものだ。

 南アフリカのウィットウォータースランド大学の特別教授でSAGO議長マリーティ・ベンター氏は「新型コロナウイルスの起源問題は単なる科学的な取り組みではなく、道徳的かつ倫理的な責務だ。SARS-CoV-2の起源とそれがどのようにパンデミックを引き起こしたかを理解することは、将来のパンデミックを予防し、人命と生活を救い、世界的な苦しみを軽減するために不可欠だ」と述べている。

 WHOは「SARS-CoV-2の起源を解明するための作業は未だ完了していない。WHOはCOVID-19の起源に関するさらなる証拠を歓迎しており、SAGOは新たな情報が得られた場合には、引き続きその検討に尽力する」と述べている。

 ちなみに、SAGOのメンバーは27人の科学者で構成されており、2021年からウイルスの起源に関する問題に取り組んできた。委員会のメンバーのうち、中国、ロシア、カンボジア、ブラジルの4人の科学者は今回のSAGOの報告書の著者として名を連ねることを拒否している。

 参考までに、米国ホワイトハウスは4月18日、Covid gov ウェブサイドの改訂版で「新型コロナウイルスはWIVから流出した」という公式見解を表明した。また、独連邦情報局(BND)は昨年秋、公的なデータの分析に加え、「サーレマー」というコードネームで行われた情報機関の極秘作戦で入手した資料の存在を明らかにしている。資料の中には、中国の研究機関、特にウイルス研究の最先端機関のWIVからの科学データや、自然界のウイルスを人為的に改変する「機能獲得(Gain-of-Function)」実験のリスクに関する証拠や、研究所の安全基準違反を示す多数の資料も含まれていた。

「国連憲章」調印80周年を迎えて

 国連憲章は1945年6月26日にサン・フランシスコ市において調印され、1945年10月24日に発効した。国連憲章は19章、全111条から構成され、過去、3度改正された。国連広報センターの公式サイトは国連憲章80周年を迎え、その目的などを説明している。

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▲国連憲章、国連広報センターから

「1945年6月26日は、50カ国が国連憲章に署名し、平和、安全、そして人権の促進を目的とする組織が設立された日だ。すべての個人の尊厳を強調するこの憲章は、戦争の予防、社会の進歩の促進、そして国際法の遵守を目的としている。以来、国連は193カ国を加盟国とするまでに成長し、世界で重要な役割を果たしてきた。憲章発効80周年は、その意義と、共通の利益のために協力するという各国の決意を改めて認識させる」。

 国連憲章の前文には、「われら連合国の人民は、われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認し、正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進する・・これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した」と記されている。以上、国連広報サイトから引用した。

 国連が過去80年間、「第2次世界大戦後の各国の復興を支援し、旧植民地の独立を支援し、平和を促進し、援助を提供し、人権と開発を推進し、気候変動といった新たな脅威に取り組んできた」ことは事実であり、国連の貢献は決して小さくない。

 その一方、アントニオ・グテーレス事務総長は「国連憲章の原則はますます脅威にさらされている。国連憲章は選択できるものではなく、アラカルトメニューではない。それは国際関係の基盤だ」と述べ、「平和、正義、進歩、そして我々人民のための」という憲章の約束を改めて果たす必要性を強調している。国連存続への危機感の表れだ。経済社会理事会(ECOSOC)のボブ・レイ議長は「国連は政府ではなく、憲章も完璧ではないが、偉大な志と希望をもって創設された」と擁護している。

 80年前に誕生した国連憲章は「第2次世界大戦後の混乱の中、大恐慌とホロコーストの傷跡を負い、国際連盟崩壊の痛ましい教訓を学んだ世代によって制定されたもので、新たな世界的協定を象徴する」が、21世紀を迎え、その改革が急務となってきている。

 グテーレス事務総長は「国連憲章は単なる羊皮紙とインクの文書ではない。それは、諸国間の平和、尊厳、そして協力という約束だ。憲章は始まりに過ぎず、世界が日々実践しようと努める理念と原則を定めたものだ」と強調し、国連憲章の死文化に警告を発している。

 世界中で戦争や危機が発生している。ロシア軍が2022年2月、ウクライナに侵攻し、これまで数万人の犠牲者、負傷者が出ている。イスラム過激派テロ組織「ハマス」のイスラエルでの奇襲テロを契機に、イスラエルとハマス、そしてイランとの戦争が起きたが、国連は戦争・紛争の解決にほとんど関与できず、蚊帳の外にいる。国連への信頼度は地に落ちてしまった。

 ところで、欧州連合(EU)で新規加盟国を求めた拡大政策が叫ばれた時、一人の政治家が「加盟国は増えればそれだけ、その組織の行動力、結束力は弱まる」と述べていた。国連は80年前の国連発足当時は50カ国に過ぎなかったが、現在193か国の加盟国だ。193カ国の加盟国を抱える国連は193の異なる国益外交の衝突の場となってしまっている。

 その一方、世界最強国・米国の国連離れが進む一方、国連内での中国の影響力が急速に拡大している。中国共産党政権は国連専門機関のトップポストを掌握するなど、その影響力は国連最上層部までに及ぶ。例えば、グテーレス氏は中国のウイグル民族に対する中国共産党政権の弾圧政策を厳しく批判したことがあったか。法輪功信者への強制臓器摘出問題に対して北京を追及したことがあったか。大国間の利害調整は重要だが、中国の人権蹂躙問題に対する事務総長のスタンスは過去、揺れてきた。

 国連改革と言えば、安全保障理事会の改革を意味することが多い。ロシアと中国の2カ国と米英仏の3カ国の常任理事国が対立している現時点では、世界の紛争は解決できない。対立を調停し、妥協可能な解決策を見出すためには、安保理改革だけではない。国益を超えた明確な理念を提示する必要がある。共生、共栄、共義の世界実現の為の理念だ。そこで共通の価値観を有する新しい国際機関の創設という案が飛び出すわけだ。

 当方は4年前、このコラム欄で「直径最大200ナノメートル(nm)の新型コロナウイルスは今日、民族、国境、大陸を超え、世界全土でその猛威を振るっている。一方、われわれ人類は民族、国境、大陸の壁を超えることが出来ず、戦い、苦悩してきた。このままの状況が続くならば、人類はウイルスよりも劣る存在となってしまう。民族、国境、そして宗教の壁という‘地の重力‘から自らを解放しなければならない」と書いた。国連改革の前に、人類は飛躍しなければならないのだ。

「12日間戦争」停戦後のイランの「出方」

 米軍の空爆によるイランの主要な3か所の核施設の被害状況について、前日のコラムで書いたように、米中央軍の「戦闘損害評価(BDA)」に基づき、国防総省の国防情報局(DIA)は空爆の成果を懐疑的に評価する一方、米中央情報局(CIA)のラトクリフ長官は25日、トランプ米大統領の評価を支持し、「大きな成果を挙げた」と表明するなど、米政権内で意見が分かれている。

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▲イラン のアジズ・ナシルザデ国防相は、上海協力機構(S.C.O)国防相会議に出席するため、中国の青島に到着した。2025年6月26日、IRNA通信から

 ここにきて、イランのウラン濃縮用の最先端遠心分離機材や高濃縮のウラン約409キログラムは米軍の空爆前に安全な場所に移動された、といった情報が流れている。ちなみに、国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長が報告したように、米軍の空爆後、放射性物質の外部漏れが報告されていない。ただし、イランが密かに進めてきた核開発計画に大きなダメージがあったことはほぼ間違いないだろう。実際、イランのアラグチ外相もその点は認めている。

 ここでは「停戦」後の「イラン」の出方を考えてみたい。
 トランプ大統領は25日、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議が開かれたオランダのハーグで記者会見し、イランと「来週協議する予定だ」と明らかにした。イスラエルのイラン攻撃で中断した米イラン間の核協議の再開だ。

 ところで、米国の要求とイラン側の立場には大きな違いがある。その一つは、トランプ氏がイラン側にウラン濃縮関連活動の完全な停止を要求していることだ。イラン側は「核エネルギーの平和利用は全ての国に認められている権利だ」という理由で、米国案を一蹴している。イラン指導部でも穏健派のペゼシュキアン大統領も「核の平和利用は継続する」と強調している。

 そこで考えられる点は、ディ―ルを得意とするトランプ氏は「ウランの高濃縮活動を厳禁し、遠心分離機の数を制限する一方、民生用のウラン濃縮活動は認める。そして国際機関の厳格な監視を受け入れる」といった妥協案だ。ある意味で、トランプ氏が2018年に離脱した、国連安全保障理事国5か国にドイツを加えた6カ国とイラン間で締結した2015年の核合意の内容と酷似している。

 ひょっとしたら、トランプ氏のことだから、イランとの核協議では「米国を再び偉大な国に」(MAGA)に倣って、「イランを再び偉大な国に」をアピールし、対イラン制裁の大幅な緩和を申し出るかもしれない。経済制裁下で苦しんできたイラン側にとって魅力的な交渉となる可能性はある。

 次のシナリオは、イランが核拡散防止条約(NPT)から離脱し、IAEAとの協力を制限し、核開発計画を進めていく出方だ。換言すれば、核開発でイランが北朝鮮方式に出るわけだ。イラン議会は25日、NPT離脱を要求する決議案を可決している。最終的決定は同国の最高指導者ハメネイ師と同国安全保障に関する最高意思決定機関「国家安全保障会議」が下すが、NPTの離脱は国際社会から核兵器製造の表れとしてイラン批判が高まることは間違いない。イランが核兵器製造に乗り出した兆候があれば、米国とイスラエルは再度、空爆も辞さないだろう。

 いずれにしても、イランは米軍の激しい空爆を受けたイランの核関連施設で核開発計画を再スタートすることは難しいから、新しい場所で始めるだろう。ただ、米国とイスラエル両国の厳しい監視下で核開発を進めることは非常に難しい。同時に、裨益する国民経済の中、莫大の核開発費用を捻出することは大変だ。

 3番目のシナリオは現時点では非現実的だが、ハメネイ師主導の聖職者支配体制の終わり、新しい政権の発足だ。多くの指導者を失い、対イスラエル・米国戦で敗北した現指導部に代わって、西側寄りのリベラルな新政権の発足というシナリオは、現時点では残念ながらまだ夢だ。

 英フィナンシャル・タイムズは25日、平和的な核開発計画を装って核兵器生産を進めてきたイランのこれまでの戦略を「壮大な失敗」と評した。一方、ネタニヤフ首相は米軍のイラン攻撃を「歴史的転換の日」と称賛した。すなわち、イランは「壮大な失敗」と「歴史的転換の日」の間に挟まり、民族・国家の命運をかけた新しい出発の時を迎えている。テヘランの指導者が正しい選択を下すことを願う。

「12日間戦争」の停戦と米空爆の初期評価

 米軍が21日夜(日本時間22日午前)、イランの3か所の核施設を空爆したことは明らかになると、イスラエルのネタニヤフ首相は「まず『平和』ではなく、『力』があってその後『平和』が訪れる」という趣旨の自論を発言した。そして「歴史的転換点だ」としてトランプ米大統領の空爆決断に感謝を表明した。

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▲「12日間戦争」の勝利宣言をするイスラエルのネタニヤフ首相、2025年6月24日、イスラエル政府公式サイトから

 その2日後、トランプ米大統領は23日、自身のSNSで、イスラエルとイランが「完全かつ全面的な停戦」に合意したと発表。イスラエルとイランが軍事作戦を縮小後、24時間後に交戦を終結させる。合意通り履行されれば日本時間25日にも停戦が実現する。
 イスラエルとイラン両国からの情報では、停戦合意は25日午前段階(現地時間)、一部破られているが、大筋では順守されている。

 ネタニヤフ首相は「全ての作戦目的を達成し、核と弾道ミサイルの脅威を排除した」と勝利宣言した。一方、イランのアラグチ外相はXで、「イスラエルが攻撃を中止すれば報復を続けるつもりはない」と強調した。両国は大筋では停戦を遵守する姿勢を見せている。米メディアによると、米国の停戦案をカタールが仲介し、イラン側に伝達。一方、イスラエル側も受け入れることを約束したことで成立した経緯がある。トランプ氏はいち早く、「イスラエル軍とイラン間の12日間戦争は終わる」と宣言している。

 ところで、「12日間戦争」の終焉をもたらした米軍のイラン核施設への空爆による被害検証で評価が分かれている。具体的には、イランの3か所の核関連施設フォルドゥ、ナタンズ、イスファハンの核施設が地下貫通型の特殊爆弾「バンカーバスター」や巡航ミサイル「トマホーク」で完全に破壊されたか否かだ。

 米CNNテレビは24日、米軍が22日に行ったイラン核施設3カ所への空爆の被害状況をまとめた情報機関の初期分析を報じた。それによると、「空爆が外部の核施設を破壊したが、地下施設にあった遠心分離機や高濃縮ウランは除去できなかった。核兵器開発に要する時間をわずか数カ月遅らせただけに過ぎない」と報じた。米中央軍の「戦闘損害評価(BDA)」に基づき、国防総省の国防情報局(DIA)が初期評価として作成したものに基づく。ただし、被害状況の検証が進めば、報告書の内容も変わるという。

 それに対し、トランプ米大統領は「歴史上最も成功した軍事攻撃の一つを貶めようとしている。イラン核施設は完全に破壊された」と自身のオンラインプラットフォーム「トゥルース・ソーシャル」に書き込んだ。

 また、ホワイトハウスは「作戦は完全に成功した」と強調。リービット報道官は「疑惑の評価の公開は、トランプ大統領と勇敢な戦闘機パイロットたちの信用を失墜させるための試みだ」と批判した。空爆を指揮したダン・ケイン統合参謀本部議長によると、爆撃にはバンカーバスター爆弾14発と精密誘導兵器計75発が使用された。米軍は125機以上の航空機を配備し、探知されることなく標的に接近した。これは、B-2爆撃機による過去最大規模の作戦攻撃となったという。

 ネタニヤフ首相はイラン攻撃の勝利宣言後、「イスラエルはイランの核計画を破棄し、いかなる再建の試みも阻止する」と述べ、「イランは決して核兵器を取得することはない」と付け加えた。一方、イランのペセシュキアン大統領は24日、交渉のテーブルに戻る用意があると表明した。国営イラン通信(IRNA)によると、「大統領はイランは核兵器を求めていないが、原子力の平和利用に関する正当な権利は持ち続ける」と述べた。

 以上、ロイター通信、ドイツ通信(DPA )などの外国通信社の情報をまとめた。

 「12日間戦争」では米軍の空爆の被害状況の検証が重要だが、イランの核開発計画が大きく後退したことは明らかだ。イランが核開発計画を即再開するとは考えられない。米・イスラエル両国の軍事力の優勢さが明らかになった現在、イランの核開発の推進は自殺行為(体制崩壊)となる。その上、イランの同盟国ロシアと中国が軍事的に瀕死状況のイランに対して米・イスラエル攻撃を批判するだけで、何の軍事支援もできなかったことで、イランの軍事再建はさらに厳しくなることが予想されるからだ。

 イランがナタンズのウラン濃縮施設やフォルドウの地下施設を再建するということは現時点では数年間は難しい。ただし、英国の「キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)」で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授はドイツ民間ニュース専門局NTVとのインタビューで「米軍とイスラエルのイラン攻撃に反発するイスラム教過激テロ組織のテロ事件が世界的に多発することが十分予想される」と警戒を呼び掛けている。

J・D・バンス氏の人物評が変わる

 欧州に住んでいるとトランプ米大統領に対してだけではなく、バンス副大統領に対する人物評も批判的になりやすい。例えば、バンス氏は2月14日、ミュンヘンで開催された安全保障会議(MSC)で欧州の価値観に鋭い批判を投げかけ、「欧州にとって脅威は、ロシアや中国ではない。(欧州の)内部だ」と指摘し、特に、「言論の自由」では、「移民問題で厳しい対応を求める右派政党を阻害し、その政治信条が拡散しないように防火壁を構築している」と糾弾したのだ。ドイツ国民はバンス氏のミュンヘンでの発言を忘れることができないから、バンス氏への人物評はどうしても辛くなる。

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▲バンス副大統領の自伝「Hillbilly Elegy」(ヒルビリー・エレジー)

 そのバンス氏が31歳の時に書いた自伝「Hillbilly Elegy」(William Collins出版)を読んでみた。ヒルビリーとは田舎者という意味だ。同氏が政治家になる前の話だ。バンス氏の幼少年時代は平均的な日本人には考えられない家庭環境であり、米国人にとってもやはり驚きを隠せない内容だったのだろう。同自伝はベストセラーとなり、映画化もされ、バンス氏の名前は米国でよく知られるようになった。自伝は、ラストベルト(錆びついた)の住人、バンス氏の少年時代から結婚までの日々が書き綴られている。

 当方が感動したのはバンス氏と祖母との関係だ。バンス氏は学校に通いながら、生計のためにスーパーでアルバイトしていた。友達との遊びを止めてスーパーに仕事に出かけなければならない時間になった。バンス少年が渋っていた時、祖母は「週末、家族と共に過ごしたいと願うならば、勉強して大学に行き、ホワイトカラーとなることだ」と語ったという。

 祖母は母親が麻薬中毒者であったこともあり、母親代わりにバンスを育てた。「優しいが、怒れば銃を持ち出して相手を威嚇した」という。一方、母親は薬の影響から息子のバンスを殺そうとしたので、外に逃げ出したこともあった。

 母親がいろいろな男性と結婚したこともあって、「自分は何度も改名した」という。海兵隊を除隊してイェール大学に入学し、現在の夫人と知り合ったが、夫人の家庭は両親が仲が良く、喧嘩することもないと聞いた時、バンス氏は「そんな家族が存在するのか」と驚いたと述懐している。

 また、バンス氏には一人の姉がいる。バンス氏は姉リンジーが好きだった。しかし、その姉は実姉ではなく、父親は別だったことを知ってショックを受けたという。

 バンス氏の自伝について友人と話していると、友人は「両親が離婚し、母親が複数の男性と結婚したとか、麻薬中毒だったといったケースは米国では珍しくない。例えば、エミネムもバンス氏と同じような家庭環境から出てきた」というのだ。

 エミネムは、米国のラッパー、ソングライターで90年代から2000年代のヒップホップ界のレジェンドの一人だ。両親が常に喧嘩、麻薬に溺れていた。そしてエミネム自身も両親と同じような道を歩みだし、奥さんとはよく喧嘩した。そのエミネンは後日、自身の娘に詫び、娘には自分が行けなかった大学に行くように支援し、娘が大学を卒業すると大歓迎。そして娘がいい男性と家庭をもって子供を産んだことを知って、「自分は祖父となった」と大喜びで語ったという。エミネムを知っている人物は「これでエミネムに取り憑いていた悪魔のサークルが破れた」と評したという。

 バンス氏もエミネムも厳しい家庭環境に成長しながらも、自身の分野で実績を築いてきた米国人といえるかもしれない。

 ちなみに、バンス氏をよく知っていた知人が独週刊誌シュピーゲルに「自分が知っていたバンスは同情心に溢れ、他者への理解がある人物だった。どうして過激的な発言をする人間になってしまったのか分からない」と語っていた。政治の世界に入ってバンス氏が変わったのか、それとも何らかの理由があったのだろうか。

 将来の共和党の大統領候補とも見られ出したバンス氏(40)は政治家としては若い。まだまだ先のことだが、バンス氏が政界から引退し、第2の自伝を出版すれば、バンス氏という人間がどのように成長し、困難や試練を乗り越えていったかが理解できるかもしれない。いずれにしても、バンス氏の自伝を読んで、当方のバンス氏の人物評が少し変わってきたことを感じる。

 

宗派間の和解なくして中東に平和なし

 米軍が21日(日本時間22日午前)、イランの3か所の核施設を空爆したことで、イスラエルとイラン間の戦争は米軍の参戦で、「歴史的転換点」(イスラエルのネタニヤフ首相)を迎えた。同時に、戦争が中東全土に拡散することを阻止するための懸命な外交活動が進められてきた。

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▲ネタニヤフ首相「イラン攻撃に関する声明」発表,2025年6月13日、イスラエル首相府公式サイトから

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)は23日、米軍のイラン核施設空爆による安全問題などについて特別理事会を招集した。一方、欧州連合(EU)は同日、ブリュッセルで外相会議を開き、イスラエルとイラン間の戦争のエスカレーション防止について話し合った。また、24日からオランダのハーグで北大西洋条約機構(NATO)の首脳会談が開かれ、トランプ米大統領も参加する予定だ。同首脳会談では中東情勢についても32か国の加盟国が協議する、といった具合だ。

 「戦争は外交の敗北を意味する」といわれるが、有名な動画「トラベリング・イスラエル」は「欧米諸国は外交による政治交渉で紛争を解決するために腐心しているが、イスラエル・イラン間の紛争は宗教戦争であるという認識に欠けている」と指摘している。

 また イスラエルの著名な歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏はレックス・フリードマン氏のポッドキャストで、「問題が国家的、民族的なものだったら、妥協や譲歩は可能だが、信仰や宗教的な対立となれば、妥協が出来なくなる。イスラエルとパレスチナ問題は既に宗教的な対立になってきている。それだけに、解決が一層難しいのだ」と語ったことがある。

 中東は「信仰の祖」アブラハムから発生したユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教と世界3大の唯一神教が誕生した地だ。そして歴史を通じて戦ったり、時には共存したりしてきた。イスラエルが1948年、パレスチナ地域で建国して以来、イスラエルと他の中東アラブ諸国との間で戦いが激化してきた。

 中東では現在、キリスト教徒への迫害が激しくなっている。イラク、シリアなどで少数宗派のキリスト教徒はイスラム根本主義勢力によって迫害され、追われている。イスラム教徒によれば、イスラム教徒ではないことはアラーへの不敬と受け取られ、非イスラム教徒の迫害は敬虔なイスラム教徒の義務と考えられているというのだ。

 ユダヤ民族のイスラエルとイスラム教シーア派のイラン間の戦争の背後にも宗教的対立がある。ネタニヤフ首相は「イスラム国家のイランに核兵器を絶対に保有させない」と表明してきた。すなわち、イランがイスラム国家だという事実がネタニヤフ氏の「イラン拒否」の大きな理由となっているのだ。

 ところで、北朝鮮は核兵器を製造したが、なぜ極東アジアの小国・北朝鮮が中東の大国イランより核兵器を早く保有できたのだろうか。その答えの一つは、北の核開発問題では周辺諸国で政治的、戦略的な対立はあったが、宗教的な対立問題は全くなかったからだ。

 ちなみに、神学者ヤン・アスマン教授は、「「唯一の神への信仰(Monotheismus)には潜在的な暴力性が内包されている。絶対的な唯一の神を信じる者は他の唯一神教を信じる者を容認できない。そこで暴力で打ち負かそうとするのだ」と説明している。

 そこで提案だ。紛争解決のために政治家や外交官が交渉テーブルについて話し合うことは当然だが、中東問題ではやはり宗教指導者の関与が不可欠となる。宗派間の和解がない限り、実効性のある合意は実現できないからだ。

 宗教指導者には、紛争や戦争が眼前で展開されている時、それを止めさせる使命がある。特に、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は「信仰の祖」アブラハムから派生した宗教だ。換言すれば、同じアブラハム家出身の兄弟といえる。兄弟同士が残虐な武器を持って互いに殺し合う戦争は本来、あってはならないのだ。

 イランが2015年7月、国連安保理常任理事国の米英仏露中にドイツを加えた6カ国と核合意を実現し、包括的共同作業計画(JCPOA)が明らかになった時、イスラエル側はその核合意に強く反発し、軍事力による核関連施設の破壊を計画し出した。イスラエルにはイスラム教国のイランに強い不信があるからだ。

 このコラム欄で「民衆は獅子のように立ち上がる」(2025年6月14日)を書いた。ネタニヤフ首相はイラン攻撃の前日(6月12日)、ユダヤ教の最も神聖な礼拝所、エルサレムの旧市街にある聖地「嘆きの壁」を巡礼している。国難に直面し、ネタニヤフ氏は自身のユダヤ民族のルーツに戻り、ヘブライ語聖書の世界に引き寄せられたのではないか。

 米軍がイランの3か所の核施設を空爆したが、繰り返すが、宗派間の和解と連携がない限り、イランの核開発計画は完全には消滅しないだろう。破壊された施設に第2のウラン濃縮施設が再建され、イランはイスラエルに再び立ちはだかるだろう。

 

米軍、イランの3か所の核施設を破壊

 米軍は21日夜(日本時間22日午前)、イランの3つの核施設に爆弾を投下した。その直後、トランプ大統領はホワイトハウスから国民に向かって演説し、「米軍の攻撃は成功した。イランの核施設は完全に破壊された。イラン政府は平和の道を選択するか、それとも破壊の道を行くか決めなければならない」と指摘した。そして「イランが報復攻撃に乗り出し、米国人に被害が出た場合、今回以上の激しい攻撃を行うことになる」と警告を発した。

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▲国民に結束を呼び掛けるイランのペゼシュキアン大統領(右)、イラン大統領府公式サイトから、2025年6月21日

 トランプ大統領はイラン攻撃参戦の理由として、「イランは3週間内に10個の核兵器を製造する計画だった。国際テロ組織を支援するイランが核兵器を保有すれば世界は恐ろしいことになる」と説明した。「イランが10個の核兵器を3週間内に製造する間際だった」というトランプ氏の発言内容は今回初めて明らかにしたものだ。ちなみに、ギャバード米国家情報長官は3月、「イランは核兵器を製造していない」と発言している。トランプ氏は今月20日、同長官の発言を「間違っている」と否定したばかりだ。

 米軍の参戦に対して、イスラエルのネタニヤフ首相は「トランプ大統領に感謝する。歴史的転換の日だ」と歓迎し、「平和はまず力で実現されるものだ。その逆ではない」と強調した。

 一方、イランのアラグチ外相は「米国は国連憲章を無視した犯罪だ」と批判し、国連安全保障理事会に米国のイラン攻撃についての緊急会合を要請すると共に、「わが国は報復する」と主張した。また、イラン原子力担当関係者は「われわれは核開発計画を継続する」と述べた。同国当局によると、米軍がバンカーバスター弾を投下したフォルドウの地下濃縮施設は上部が破壊されたが,地下の施設には問題がないという。ちなみに、米軍が攻撃した3か所の核関連施設はナタンズのウラン濃縮施設、イスファハン施設、そしてフォルドウ地下施設。ウィーンの国際原子力機関(IAEA)によると、イランの3か所の核関連施設からの放射能漏れは今のところ報告されていないという。

 米軍がイラン攻撃に加わったことで、中東の米軍基地へのイランの報復攻撃のほか,パレスチナのイスラム過激テロ組織「ハマス」やレバノンの民間武装組織「ヒズボラ」,イエメンのシーア派武装勢力「フーシ派」などからイスラエル、米国関連施設への攻撃が予想される。それだけに、トランプ政権は世界各地の米国関連施設、大使館・領事館の警備を一層強化するとともに、要人の警備体制を高める予定だ。

 ところで、トランプ氏は19日、米軍のイラン攻撃について「2週間以内に決定する」と述べていたが、その2日後、イラン攻撃にゴーサインを出したことになる。米国では民主党下院のジェフリーズ院内総務が「議会への報告なくして戦争を始めた」としてトランプ氏の議会無視を批判。共和党はトランプ氏の決定をほぼ支持しているが、トランプ氏の「米国を再び偉大な国に」(MAGA)の支持基盤から「海外の戦争や紛争には関与しないと公約していたにもかかわらず、イラン攻撃に参戦した」として不満の声が出ている。トランプ氏の政権運営が困難になる危険性も排除できない。

 一方、イランは米軍参戦の事態に直面し、現体制の維持に腐心してきた。テヘランからの情報によると、イラン当局はインターネットの使用を制限する一方、体制批判する国民への弾圧を強めてきた。米メディアによると、イランの最高指導者ハメネイ師は既に後継者を選出し、自身が殺害された場合も国内が混乱しないように対応しているという。
 
 イスラエル軍は13日、イラン攻撃を開始、そして21日、米軍が参戦したことで、イラン側は追い込まれてきたが、地上軍の派遣なくして空爆だけで大国イランを完全に制圧することは軍事的には難しい。最終的には、米国と「弱体化したイラン」が交渉を通じて何らかの合意を実現する方向に行く可能性が考えられる。

 懸念される点は、イランが既に製造済みの濃縮60%以上のウラン約409キログラムの行方だ。イラン側は「安全な場所に運んだ」と述べているが、その真偽は確認されていない。最悪のシナリオは、イランがダーティ爆弾(汚い爆弾)をイスラエル側に投下することだ。

 なお、イランは22日午前(現地時間)、米軍の攻撃後もイスラエルに向けてミサイルを発射し、テルアビブや湾岸都市ハイファではミサイルが着弾して、多数の負傷者が出ている。イスラエルのイラン攻撃はまだ終わっていない。

独与党「社会民主党」内の静かな反乱

 中東のイスラエルとイラン間の戦争が激化していることもあって、メディアの関心はどうしても中東に注がれるが、「欧州の盟主」ドイツで看過できない動きが出てきている。メルツ首相が率いる「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)の政権ジュニアパートナー「社会民主党」(SPD)内で党現指導部(クリングバイル党首=財務相兼副首相)に対する静かな反乱が生まれてきているのだ。メルツ連立政権の土台が揺れ出す危険性も排除できない。

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▲「連立協定」を発表した党首たち(左からゼーダーCSU党首、メルツCDU党首、クリングバイルSPD党首、エスケンSPD共同党首),CSU公式サイトから、2025年04月10日

 社民党は今月27日〜29日、ベルリンで連邦党大会を開催するが、SPD議員の数名が今月日発表した「マニフェスト」(6頁)が党内に動揺を引き起こしている。署名者たちは前回選挙(2月23日実施)での社民党の歴史的敗北、得票率(16・4%)を指摘し、党の刷新を求める一方、連邦政府の現在の軍備増強政策からの離脱と「ロシアとの協力」を求めているのだ。

 独週刊誌シュピーゲルは保守派同盟「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)と中道左派「社会民主党」(SPD)が公表した連立協定(144頁)について、「ドイツにとって中道派の最後のチャンスかもしれない」と評していたが、そのメルツ政権の一方の与党、社民党で不穏な動きが出てきたのだ。

 ドイツ連邦議会議員で外交政策専門家のラルフ・シュテグナー氏は、ARDとZDFの番組で、「ロシアのプーチン大統領を軍事力で交渉のテーブルに引きずり出す戦略は失敗した。軍備だけではうまくいかない。ウクライナへの軍事支援と、ロシアとの対話に向けた外交努力の両方を重要だ」と主張している。

 ちなみに、メルツ首相は「プーチン大統領と会談することは現時点では無意味だ。ロシアの軍事的脅威に対してはウクライナの支援の継続と欧州の抑止力の強化が要だ」と繰り返し述べている。シュテグナー議員の見解はメルツ首相の軍備力強化路線に対する批判だ。同時に、連立政権下でCDU/CSUの言いなりになっている社民党指導部への不満の表れともいえるだろう。

 「マニフェスト」のもう一人の共同署名者であるロルフ・ミュッツェニヒ氏は、ベルリンの新聞ターゲスシュピーゲルに対し、党大会で政策の見直しを求める意向を示唆している。また、SPD元党首ノルベルト・ヴァルター=ボルヤンス氏は、「われわれはロシアとの対話を提唱しているだけだ」と指摘し、CDU/CSU主導の「無制限の軍備拡張」に警鐘を鳴らした(独民間ニュース専門局ntv)。

 それに対し、ザールラント州首相のアンケ・レーリンガー氏(SPD)は、ポリティコ・ポータルの「プレイブック・ポッドキャスト」で、「シュテグナー氏やミュッツェニヒ氏の見解は特に驚くべきことではない」と理解を示す一方、「プーチン氏のロシアとの協力は、現状では求められていないと思う」と付け加えた。

 SPDの青年部代表フィリップ・トゥルマー氏も「ディ・ツァイト」紙で、「残念ながら私には(マニフェストの内容は)あまりにも近視眼的で、思慮に欠けているように思える。特にロシアのウクライナ侵略戦争に関してはそうだ。交渉に応じようとしないロシアにどう対処するかという重要な問いに対する答えを提示していない」と指摘する。

 「マニフェスト」では「国防予算を国内総生産(GDP)の3.5%または5%という固定的な年次増額にとどめることには、安全保障政策上の正当性はない。軍備費を増大し続けるのではなく、貧困削減、気候変動対策、そして私たちが依存する天然資源の破壊防止への投資に、より多くの財源を緊急に投入する必要がある」と記述されている。

 また、「 ドイツへの米国の新型中距離ミサイルの配備は行わない。米国の長距離超高速ミサイルシステムがドイツに配備されれば、わが国は当初から攻撃目標となってしまう。 2026年の核拡散防止条約運用検討会議では、第6条に基づく核軍縮へのコミットメントを、国際法に基づく拘束力のある進捗報告と「先制不使用」宣言によって新たに強化しなければならない。 同時に、2026年に失効する戦略兵器削減に関する新戦略兵器削減条約の更新、ならびに欧州における軍備制限、軍備管理、信頼醸成措置、外交、軍縮に関する新たな交渉を求めることが重要だ。 ロシアとの関係緩和と協力体制への段階的な復帰、特に気候変動という共通の脅威との闘いにおいて、南半球のニーズへの配慮。 ドイツとEUは東南アジアにおける軍事的エスカレーションに参加しない」などが明記されている。

 「マニフェスト」の内容はメルツ政権が進めようとしている外交・安保政策とは明らかに異なる。そのような内容が野党からではなく、与党社民党内から飛び出してきたわけだ。連邦議会におけるSPD議員連盟の主要メンバーは、「マニフェスト」に対し、現時点では距離を置いている。メルツ首相は今月末ベルリンで開催される社民党の党大会の動向を注視するだろう。

 なお、ドイツ連邦議会(下院)で5月6日、メルツ党首を首相に選出する投票が行われたが、メルツ氏は第1回投票では選出に必要な過半数の支持を得られなかった。連立政権内でメルツ氏の政策に強く反発する議員が反対票を投じたからだ。当方はこのコラム欄で「メルツ氏は今後、様々な政策を実施する際にも1回目の投票結果を忘れてはならない」と述べ、「第1回目投票の18票の反対票はメルツ氏の政権運営で今後も悩ますことになる」と書いた。その予想は当たっていたようだ。
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