ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2025年05月

アナバプテスト運動500周年を迎えて

 アナバステスト運動をご存じだろうか。幼児洗礼を拒否し、成人になってからの意識的な洗礼を重視することで再洗礼派と呼ばれ、絶対平等の社会と財産の共有などを主張する。この運動はプロテスタント思想とキリスト教共同体の発展に強い影響を与えた。

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▲コンクラーベ参加有資格者の135人の枢機卿の顔写真、イタリア通信ANSAから

 16世紀に起きた宗教改革の文脈から生まれ、今日でもメノナイト派、アーミッシュ派、フッター派などのグループに受け継がれている。アナバプテスト運動は、スイスの宗教改革者ツヴィングリから始まった改革運動から分かれてチューリッヒで台頭した急進的改革運動だ。そして最初の成人洗礼が行われてから今年で500年を迎えることから、運動の発祥地チューリッヒで記念イベントが行われた。

 バチカンニュースが29日に報じたところによると、ローマ・カトリック教会最高指導者ローマ教皇レオ14世はアナバプテスト運動創設500年を契機にカトリック教会と和解し、その歴史を共同で検証するようにメッセージを送っている。

 レオ14世は英語のメッセージで、「必要なのは、痛ましい傷や物語を含む我々の共通の歴史を振り返る際の誠実さと優しさだ」と記した。そして「真に和解したエキュメニカルな未来を築くためには、記憶の浄化と歴史の共通の再読が必要だ」と語っている。

 宗教改革の本流から独立した同運動は創設後、カトリック教会と改革派教会の両方から何世紀にもわたる迫害を受けている。大人に洗礼を施した人,大人になって洗礼を受けた人は当時、死刑になる恐れもあった。例えば、同運動は1534年、ドイツのミュンスターで市政を掌握し、一種の共産主義社会を出現させたが、周辺の領邦と諸侯の攻撃を受け、1年後に崩壊した。

 同運動はスイス、チロル、南ドイツに始まり、モラビアなど中欧全域に広まっていった。再洗礼派の基本的な信条は,1527年のミハエル・ザトラー起草の「シュライトハイム信仰告白」で明らかになっている。

 なお、教皇はメッセージの中で、アナバプテスト運動の精神的な関心について言及し、「彼らの元々の関心はキリスト教の信仰を刷新したいという願望に特徴づけられた」と強調し、「戦争と分裂が蔓延する世界において、エキュメニズムには特別な責任がある。キリスト教徒の団結が深まるほど、平和の君であるキリストへの彼らの証言は、愛に満ちた出会いの文明を築く上で、より効果的となるだろう」と述べている。

 最後に、レオ14世はアナバプテスト派への精神的な親近感を表明し、「私たちの兄弟愛が深まり、成長することを心からお祈りいたします」と述べている。

 バチカンニュース(2025年5月29日)は「アナバプテスト運動は、福音に完全に志向した生き方をしようとする試みとして始まり、暴力の使用の放棄と、多くの人にとって財産の共有が含まれていた。教会への入会のためには、洗礼を受ける人の意識的な信仰と意志の行為が必要であると理解していた。そのため、幼児洗礼を拒否した。アナバプテスト派とその後継者たちの目には、信仰による洗礼だけが有効だ。今日、成人の洗礼はキリスト教において再び一般的な慣習となっている」と報じ、アナバプテスト運動の名誉回復をしている。

 このコラム欄で「『洗礼』を受ける成人が増えてきた」(2020年8月25日)を書いたが、数はまだ少ないが、成人洗礼者が増えてきている。成人洗礼の場合、1年間の準備期間が必要だ。それから最初の聖体拝領を受けることになる。

 ちなみに、日本の代表的カトリック作家・遠藤周作は「体に合わない服を勝手に着せられたような思いが付きまとった」と、自身の幼児洗礼の体験を表現している。

ロシア「独のウクライナ軍事支援は好戦的」

 ウクライナのゼレンスキー大統領は28日、ベルリンを公式訪問し、メルツ独首相やシュタインマイヤー大統領らとウクライナ情勢について協議した。その後の記者会見では、メルツ首相は「ドイツは今後もウクライナが必要とする限り、支援を継続していく。ウクライナ国内で長距離ミサイルを共同開発し、射程距離に関係なく武器を提供する」と表明した。同首相によると、ドイツ政府は、ウクライナに50億ユーロの軍事援助を約束した。ベルリンの連邦国防省によれば、この支援策は連邦議会で既に承認された資金から賄われる。

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▲メルツ首相と会談するゼレンスキー大統領、2025年5月28日、ウクライナ大統領府公式サイトから

 巡航ミサイル「タウルス」(射程距離500キロ)のウクライナ供与についてはメルツ首相は直接返答しなかったが、ドイツ公共放送ZDFの番組の中で、「もちろんそれは可能性の範囲内だ」と述べ、タウルス供与があり得ることを示唆した。ただし、「これにはウクライナの兵士に数か月の訓練が必要になる」と指摘し、タウルス供与が即ゲームチェンジャーとなることは期待できないと説明した。なお、ウクライナにおけるドローン製造への投資について合意に達し、両政府代表は生産施設の建設と開発に関する協定に署名した。

 メルツ首相は「ロシアが交渉のテーブルに立った場合にのみ、ロシアが対話の意思を持っていると信じる。戦争を終わらせる鍵はモスクワにある」と強調した。モスクワに対する更なる制裁については、「安全な法的根拠に基づいて実行できることはすべて行う」と述べた。
 ちなみに、メルツ氏はロシアからのガス輸送用に建設されたバルト海パイプライン「ノルドストリーム2」の再稼働の可能性を否定した。

 一方、ゼレンスキー大統領は「平和の促進、ロシアへの圧力強化、防空体制の強化、そしてウクライナのドローン生産への投資といった議題について協議した。ドイツはウクライナとルールに基づく国際秩序を支援する世界のリーダーだ」と評価。また「無条件停戦にいかなる前提条件も存在せず、そのような停戦は可能な限り早期に実現されなければならない。そのためには、欧州各国、そして欧州と米国間の防衛協力を継続することが重要だ」と強調した。

 ベルリンでのメルツ・ゼレンスキー両氏の記者会見について、ロシアのクレムリン報道官のドミトリー・ペスコフ氏は「ドイツは好戦的だ。ウクライナ人に戦闘を継続させようとする試みで、無責任だ。ベルリンは紛争の外交的解決の努力を妨害している。ベルリンはパリと最も危険な放火犯の役割を競っている」と批判している。

 なお、ロシアのラブロフ外相は28日、ウクライナとの次回直接協議を6月2日に前回と同じくトルコの最大都市イスタンブールで開くことを提案したこと、その際、和平に関するロシアの覚書案を提示することを明らかにした。

 参考までに、ドイツ民間放送ニュース専門局ntvのライブティッカーによると、ロシアは原子力施設を近代化している。独週刊誌シュピーゲルが衛星画像を引用して報じた。「シュピーゲル」誌によると、舞台は核兵器舞台の軍事施設が多数あるカザフスタンとの国境に近いヤスヌイだ。 2009年と2024年の各基地の衛星画像を比較すると、新しい道路や追加の建物が建設され、高品質のセキュリティシステムが導入されているという。

ポーランド大統領選の決選投票の行方

 ポーランドで6月1日、大統領選挙の決選投票が実施される。決選投票は、今月18日に実施された第1回投票で上位2人、親欧州派のラファウ・トシャスコフスキ氏と右翼民族派のカロル・ナヴロツキ氏の間で争われるが、現地の世論調査によると、両者の支持率は拮抗している。欧州連合(EU)の有力国ポーランドの大統領選の行方にブリュッセルは関心をもって注目している。

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▲与党「市民プラットフォーム」が大統領選に擁立したトシャスコフスキ氏、ウィキぺディアから

 第1回投票では、ドナルド・トゥスク首相が率いる与党リベラル保守派「市民プラットフォーム」(PO)に所属するトシャスコフスキ氏が31・36%の得票率でトップ、それを追って、元与党「法と正義」(PiS)の支持を受けるナヴロツキ氏は29・54%だった。両者の差は1・82%と僅差だった。

 大統領選の行方は欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)加盟国のポーランドにとって重要な選挙だ。ワルシャワ市長のトシャスコウスキ氏(53)が勝利すれば、トゥスク首相は自身が推進する政府の改革の道を開くことができる。一方、42歳のナヴロツキ氏が決選投票で当選すれば、退任するアンジェイ・ドゥダ大統領(PiS)の封鎖政策が継続されることが予想される。

 大統領府をPiS、政府が与党POが主導する場合、政府と大統領府が対立することで、政治的膠着状態、ねじれ関係が続き、最終的には早期の議会選挙につながる可能性が出てくる。

 外電によると、選挙集会ではナヴロツキ氏の支持者たちは愛国歌や宗教歌を歌い、移民の終結を求めるプラカードを掲げる一方、トシャスコフスキ氏の集会では、多くのデモ参加者がEU旗やレインボーフラッグを振っている。

 決選投票では、第1回投票で躍進した極右候補のスラヴォミル・メンツェン氏と反ユダヤ主義の欧州議会議員グジェゴシュ・ブラウン氏の票の行方が注目される。両者で20%以上の得票率を上げている。ちなみに、ナヴロツキ氏はメンツェン氏と政策的統一戦線を構築する考えはないという。

 トゥスク政府は2023年12月、政権発足後、PiSの前政権下で導入された司法制度の改革、中絶禁止令の撤廃などを行おうとしたが、PiSのドゥダ大統領は拒否権を行使して阻止した。したがって、トゥスク氏にとって、トシャスコフスキ氏の勝利は今後の政権運営を楽にするためには不可欠だ。

 なお、ウクライナへの継続的な支援では両候補者には大きな差はない。ナヴロツキ氏はメディアの質問に答え、「我々は、旧ソ連のロシアを倒そうとするウクライナの努力を支持する。ロシアの新帝国主義的脅威に対抗することは、ポーランドの戦略的利益にかなう」と述べている。

 ワルシャワのシンクタンク、欧州外交評議会のマルタ・プロフヴィチ・ヤゾフスキ氏によると、「政府陣営はナヴロツキ氏の勝利を恐れている一方、PiSにとっても大統領選は非常に重要な意味を持つ。大統領選の敗北は党内に深刻な混乱を招き、極右派メンツェン氏との連携を加速させる動きが出てくる」(オーストリア国営放送=ORF)という。

ドイツ首相がイスラエルを公の場で批判

 とうとう飛び出してしまった、といった感がある。ドイツのメルツ首相は26日、ベルリンで開催されたドイツ公共放送「西部ドイツ放送」(WDR)主催の「ヨーロッパフォーラム」で、イスラエルのガザでの行動について、「ガザの民間人の苦しみはもはやハマスのテロとの戦いによって正当化されることはない」と強調し「イスラエル政府は最良の友人でさえも受け入れることができなくなるようなことをしてはならない」と、イスラエルのガザ戦闘を厳しく批判した。

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▲「ヨーロッパフォーラム」で語るメルツ首相、2025年5月26日、ドイツ首相府公式サイトから

 ドイツでは過去、個々の政治家がイスラエルを批判することがあっても、政府レベル、首相が公の場でイスラエル政府を非難することはなかった。ドイツではイスラエルに対して無条件で支援するという国家理念(Staatsrason)があって、それがドイツの国是となってきた。その背景には、ドイツ・ナチス軍が第2次世界大戦中、600万人以上のユダヤ人を大量殺害した戦争犯罪に対して、その償いという意味もあって戦後、経済的、軍事的、外交的に一貫としてイスラエルを支援、援助してきた経緯がある。

 ドイツとイスラエル両国は今年、外交関係を樹立して60周年を迎えた。イスラエルからはヘルツォーク大統領がドイツからはシュタインマイヤー大統領が相手国を交互に訪問して、60周年を祝ったばかりだ。、シュタインマイヤー大統領は、2023年10月7日のハマスのイスラエル奇襲テロ事件に言及しながら、「ドイツはどのようなことがあってもイスラエル側を支援する」と語っている。

 ちなみに、メルケル元首相は2008年、イスラエル議会(クネセット)で演説し、「イスラエルの存在と安全はドイツの国是(Staatsrason)だ。ホロコーストの教訓はイスラエルの安全を保障することを意味する」と語っている。メルケル氏の‘国是‘発言がその後、ドイツの政治家の間で定着していった。

 メルツ首相は今回、その国是を打ち破ったことになる。メルツ氏は「ドイツは引き続きイスラエルの側にしっかりと立っており、歴史的な理由から今後も世界のどの国よりも、イスラエルに対する公的な批判を自制しなければならない国だが、ハマスのテロとの戦いでは民間人の苦しみを正当化することはできない」と指摘している。

 看過してならない点は、メルツ首相のイスラエル批判は首相個人の突発的な発言ではないことだ。イスラエルのガザ地区での行動を踏まえ、ドイツで静かだが、対イスラエル政策の再考が進められてきている。そのようなプロセスの中でメルツ氏の発言が出てきたわけだ。

 例えば、ドイツの反ユダヤ主義担当委員であるフェリックス・クライン氏は、「イスラエルと世界中のユダヤ人の安全を守るために、私たちは全力を尽くさなければならないが、同時に、これが全てを正当化するものではないことも明確にしなければならない。パレスチナ人を飢えさせ、人道状況を意図的に劇的に悪化させることは、イスラエルの存在権を確保することとは何の関係もない。そしてそれはドイツの国家存在理由でもない」と述べている。ただし、イスラエルのガザでの行動を理由にイスラエルへの武器供給を停止するよう求める社会民主党(SPD)議員らの要求には反対している。

 同氏によれば、イスラエルの現政府の行動と国家としてのイスラエルを識別する必要があるというわけだ。具体的には、ネタニヤフ政府を批判できても、イスラエル国自体を糾弾することはできないという立場だ。

 欧州ではイスラエルに対する批判が勢いを増し続けている。スロベニアのナターシャ・ピルツ=ムサル大統領は、「ガザで我々が目にしているのはジェノサイドだ」と述べている。また、スペインとフランスはイスラエルとの連合協定の見直しを推進している。アイルランドは26日、占領地で活動する企業との貿易禁止を検討していると発表。スウェーデンはイスラエル大使を召喚し、EUに制裁を求めると発表している、といった具合だ。

 一方、イスラエル軍は26日、ガザ地区南部のほとんどの町の住民に対し、同地域から退去するよう呼びかけた。イスラエルメディアによれば、軍は2か月以内に領土の4分の3を制圧することを目指している。今後のガザ情勢次第では、ドイツ国内で対イスラエル政策の見直しを求める声が一層高まることが予想される。

イランでヒジャブ法の施行にストップ

 テヘランからのニュースを聞いて「良かった」と感じる一方、「当然の結果だ」と思った。イスラムの服装規定に違反した場合に厳しい罰則を規定したヒジャブ法の施行にストップがかかった。同法が施行されたならば、イラン国内で2022年のような大規模な反政府デモが起きることが懸念されていた。国民経済が停滞し、若者の失業者が増えている今日、反政府デモが起きたならば、それこそ暴動に発展しかねない。今回の決定は、国内の強硬派との権力争いで穏健派のぺゼシュキアン大統領の勝利と受け取られている。

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▲閣僚会議で「米国から国を守るためには結束が必要」と話すぺゼシュキアン大統領(中央)、2025年5月25日、IRNA通信から

 スカーフ直用に関するヒジャブ法は2023年に導入され、議会委員会が昨年再改正し、昨年12月に施行されるはずだった。同法は、イスラム教のスカーフ着用義務に従わない女性に対し、重い罰金、公共サービスの停止、さらに再犯の場合は懲役刑まで規定している。超保守派の監督者評議会はすでにこの法案を可決していた。しかし、ぺゼシュキアン大統領は議会で可決されたヒジャブ(スカーフ)法に拒否権を行使し、国家安全保障会議に判断を委ねていた。

 そしてイランの安全保障問題に関する最高意思決定機関の安全保障理事会が今回、同法の施行を拒否したわけだ。モハメド・カリバフ国会議長は25日、「安全保障理事会はヒジャブ法を実施しないよう指示した」という。同国では議会が決定した法案に対して、安全保障理事会は拒否権を有している。

 イランではハメネイ師を中心とした強硬派とぺゼシュキアン大統領らの穏健派との間で権力争いが展開されている。大統領選で穏健派の代表として当選したぺゼシュキアン大統領は強硬派が作成したヒジャブ法を承認するわけにはいかない。ちなみに、同大統領は昨年7月5日、強硬派の対抗候補者ジャリリ最高安全保障元事務局長を破って大統領に就任したばかりだ。

 今回のヒジャブ法施行停止決定はイスラム強硬派との内部権力闘争におけるぺゼシュキアン氏の重要な勝利だと見ている。同大統領はヒジャブ法に対して、「社会的反発だけでなく、新たな混乱を引き起こす恐れがある」と反対してきた。ヒジャブ法は、強硬保守派の前任者、エブラーヒーム・ライシ大統領(故人)の政権下で策定されたものだ。ソーシャルメディアでは、ヒジャブ法を「女性に対する宣戦布告」として激しく非難する声が広がり、議会が国全体を「巨大な監獄」に変えようとしていると批判されてきた。

 ヒジャブ法に対しては、政府内からも批判の声があった。ハメネイ師の顧問、アリ・ラリジャーニ氏は「私たちにはそのような法律は不要で、せいぜい文化的な説得が必要だけだ」と述べている。また、元政府報道官のアブドラ・ラメサンザーデ氏もSNS「X」で、「この法律を過酷である」と非難し、「このような抑圧的措置は社会内の不満を増幅させるだけだ」と書き込んでいる。

 イランでは2022年9月、22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさん(Mahsa Amini)がイスラムの教えに基づいて正しくヒジャブを着用していなかったという理由で風紀警察に拘束され、刑務所で尋問を受けた後、意識不明に陥り、同月16日、病院で死去した。このことが報じられると、イラン全土で女性の権利などを要求した抗議デモが広がった。それに対し、治安部隊が動員され、強権でデモ参加者を鎮圧した。その結果、国内外から激しい批判の声が高まっていったことはまだ記憶に新しい。アミ二さんの死は「女性、生命、自由」というスローガンを掲げて全国に広がった大規模な抗議行動の引き金となった。

 最近では、イランのミュージシャンであるパラストゥ・アフマディさんがヒジャブを着用せず、服装規定に反するドレスを着て歌い、そのコンサートをYouTubeに公開した。その結果、彼女とバンドメンバー2人は逮捕された。

 ヒジャブの着用問題はイランの聖職者支配体制を揺るがす大きな問題となっている。 NGOはこれまでに500人以上が死亡し、約2万人が逮捕され、約140人が死刑を執行されたと報告している。

 一方、イランを取り巻く政治・経済状況は厳しい。イラン最高指導者ハメネイ師とイスラム革命防衛隊(IRGC)が裨益する国民経済を無視して、外国のイスラム過激派テロ組織「ハマス」やレバノンのヒズボラらを支援してきたが、その結果は無残なものに終わろうとしている。

 このような状況下で、国民の抵抗が強く、欧米諸国から批判のある「ヒジャブ法」を施行できるだろうか。現実主義者のぺゼシュキアン大統領が拒否権を行使したのは賢明だ。2022年秋のような国内全土で反体制派抗議デモが広がっていけば、ハメネイ師を中心とした聖職者支配体制が崩壊し、イランが‘第2のシリア’となる可能性が出てくるのだ。

神よ、ネタニヤフ氏にアドバイスを

 少々突飛な響きがするかもしれないが、ネタニヤフ首相の悩みを解決するためには「神のアドバイスが不可欠だ」という結論に達したので、今回のコラムのタイトルとなった。

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▲ネタニヤフ首相の記者会見、2025年5月21日、イスラエル首相府公式サイトから

 奇妙なことだが、ネタニヤフ首相はロシアのプーチン大統領以上に欧州では嫌われ者になっている感がある。理由はガザのパレスチナの人々の惨状がここにきて度を越してきたからだ。連日,飢餓に苦しむパレスチナの人々が食糧配布所に鍋を持参して殺到する姿がニュースで放映されている。それを見るだけでも辛い。そしてその非人道的な状況を生み出したのはイスラエルのネタニヤフ首相の頑迷な「ハマス壊滅」政策にあるということから、同首相は国内外から批判され、糾弾されている。

 ネタニヤフ氏は非情な政治家ではないと信じている。空腹で苦しむパレスチナの子供たちの状況が分からないのではない。ひょっとしたら、誰よりも理解しているかもしれない。それではなぜ、ネタニヤフ氏はガザのパレスチナの人々に医療品、食糧を支援しないのか、なぜ軍事攻勢をストップしないか、と当然言われるだろう。しかし、ネタニヤフ氏は出来ないのだ。だから、悩みが出てくるのだ。

 ネタニヤフ氏の悩みについては、このコラム欄で「ネタニヤフ氏『ハマス壊滅』の深層心理」(2025年3月17日)と「指導者が『神の祝福』を失った時」(2025年3月31日)で書いたので再読していただければ幸いだ。

 少し説明する。ネタニヤフ氏は2023年10月28日、突然、「アマレクが私たちに何をしたかを覚えなさい」と述べた。アマレクについては旧約聖書「申命記」や「サムエル記上」に記述されている。モーセがエジプトから60万人のイスラエルの民を引き連れて神の約束の地に向かって歩みだした時、アマレク人は弱り果てていたイスラエルの民を襲撃した。「アマレク人は神を恐れなかった」と記述されている。ネタニヤフ首相は当時、「ハマスの奇襲テロ」を「アマレク人の蛮行」と重ね合わせて語ったのだ。

 神は預言者サムエルを通じてユダヤ統一王国初代国王サウルに「今、行ってアマレクを撃ち、そのすべての持ち物を亡ぼし尽くせ」と命じたが、サウルはアマレクと闘い、勝利したが、アマレク人の王アガダを人質にして生かし、勝利品のよきものを残した。それを知った神はサウルに激怒し、「あなたは私の言いつけを守らなかった」と述べ、神の祝福はその後、サウルから離れていった。

 この話をネタニヤフ氏に当てはめる。神はイスラエルの民1200人以上を殺害したハマスを壊滅せよと命じた。ハマスを生かしておけば、遅かれ早かれ彼らは再武装化し、イスラエルにテロを再び仕掛けてくるだろう。だから、ハマスを壊滅しない限り、イスラエル国家の安全は保障されない。ましてや、それが神の願いならば、ネタニヤフ氏には他の選択の余地がない。

 神への信仰にはある意味で絶対的な献身が要求される。都合のいい時は信じ、都合が悪くなれば信じないといったことはできない。「ヨハネの黙示録」に記述されているように、「冷たいか、熱いか」のどちらかであるべきだ。。最悪のシナリオはなまぬるい状況だ。

 ネタニヤフ氏は「ハマス壊滅」を貫徹するか、ある段階で妥協して停戦に向かうかを考えるだろう。その場合、国際情勢や同盟国米国の出方も検討されるだろう。ネタニヤフ氏を批判する声は彼の耳にも届いている。「ガザでの軍事攻勢はこれぐらいにして終わるべきだ」という声が外からだけではなく、彼自身の内からも出てくる。

 ネタニヤフ氏の悩みはトランプ米大統領やプーチン大統領のそれらとは異質だろう。神に約束したことを完全に貫徹するか、中途半端でやめるかの間にあって、ネタニヤフ氏は悩んでいるのだ。そんな悩みを抱えている政治家は多くはいないはずだ。

 トランプ氏はガザ区のリゾート構想をネタニヤフ氏の耳元で囁いている。トランプ氏は神の召命を受けていると豪語していたが、同氏はひょっとしたら予言者かもしれないが、神ではない。

 ドイツ・ナチス政権下で600万人の同胞を殺害されたユダヤ民族には、アウシュビッツ解放後、「なぜあなたは苦難にあった我々を見捨てたのですか」と神の不在を糾弾するユダヤ教徒が多く出てきた。それ以後、受難の民族ユダヤ人は神に問いかけることに躊躇しだした。しかし、答えは神からしか来ない。神がネタニヤフ氏の悩みに耳を傾け、適切なアドバイスをしてくれることを願う。ネタニヤフ氏には謙虚になって神に祈り求めてほしい。

JJの「イスラエル・ボイコット」発言

 「口は災いの元」という格言があるが、第69回ユーロビジョン・ソング・コンテストで優勝したオーストリア代表、男性歌手JJ(本名ヨハネス・ピーチ、24)はそのことを身に浸みて感じているかもしれない。JJはスペインの日刊紙「エル・パイス」に21日掲載されたインタビューの中で、「イスラエルが大会に参加していることは非常に残念だ。来年はイスラエル抜きでウィーンで開催されることを望む」と語り、イスラエル・ボイコットを呼びかけたのだ。

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▲ドイツのシュタインマイヤー大統領と会合するネタニヤフ首相,2025年5月13日、イスラエル首相府公式サイトから

 JJの発言が報じられると、オーストリア国内で当惑と反発の声が出てきた。JJは「自分の発言が誤解されている」と弁明したが、どのように誤解されたのか、といった説明はない。JJは「ロシアが除外され、イスラエルが除外されなかったことに非常に失望している。両者とも侵略者だ」と述べているのだ。JJは22日、反響の大きさに驚いて発言内容を撤回している。

 その直後だ。ワシントンでイスラエル大使館の2人の職員が親パレスチナの容疑者に射殺されるという事件が起きた。JJは同ニュースを報じるソーシャルネットワークのサイトに‘like‘と書き入れていたのだ。さすがに、殺人を擁護するように受け取られる危険性を感じたのか、JJは‘like‘を直ぐに消去している。

 JJが19日、バーゼルでのユーロビジョン(ESC)から凱旋帰国した時、ストッカー首相、バブラー副首相、マインル=ライジンガー外相ら政府首脳、そしてオーストリア国営放送(ORF)のヴァイスマン会長から熱烈の歓迎を受けた。ストッカー首相はJJに、「あなたの優勝は国民を鼓舞するものだ」と語りかけていた。JJは次期ESCコンテストで司会役を任されるのではないか、といった情報も流れていた。そのような矢先、JJの発言が報じられたわけだ。

 JJの発言に関するストッカー首相の反応は伝わっていないが、政府首脳陣は苦悩を隠せられないだろう。ORFのヴァイスマン会長は22日、「JJの発言はあくまでも彼個人の発言であり、ORFとは全く関係がない。ORFにとって、ESCの焦点は音楽と芸術パフォーマンスにある。EBU(欧州放送共同体)は、政治とエンターテインメントを区別する明確なガイドラインを定めている。EBUは参加国または参加除外国を決定する唯一の機関だ」と述べ、、JJ発言で沸き上がった熱気帯びた論議の鎮静化に努めている。

 なお、ユーロヴィジョンを主催するEBUはロシアに対しては参加を拒否しているが、イスラエル代表の参加は認めている。JJの立場からいえば、ロシアを拒否しながら、どうしてガザで多くのパレスチナ人を殺害しているイスラエルの参加は認めるのか、といったダブルスタンダートへの疑問だ。
 オーストリアのメディアによると、「昨年の歌のコンテストでスイス代表として優勝したネモも、イスラエルを除外することを支持する意見を公然と表明した。最近、歌のコンテストの元参加者70人が公開書簡で同様の意見を表明している」という。どうやら、「イスラエル・ボイコット」を叫ぶ歌手たちはJJだけではないようだ。

 ただ、忘れてはならない点は、ウクライナに軍事侵攻したロシアとイスラム過激派テロ組織「ハマス」の奇襲テロで1200人以上の国民を殺害されたイスラエル側の報復攻撃を同じ次元で論じるべきではないことだ。実際、オーストリア国民議会元議長ヴォルフガング・ソボトカ氏は「イスラエルをESCから除外し、ロシアと同等に扱うというのは完全に見当違いであり、歴史を無視している」と主張している。

 参考までに、ファン・デア・ベレン大統領が23日、日刊紙「クローネン・ツァイトゥング」紙で、「『イスラエル国家に対する揺るぎない姿勢』と『特にガザ問題におけるイスラエルのネタニヤフ首相の現政権』の間は区別されなければならない」と語っている。要するに、「ネタニヤフ政府の行動に対する必要な批判を排除することなく、イスラエル(国家)を支持することが重要だ」というわけだ。

 ちなみに、オーストリアにはナチス・ドイツ軍と連携してユダヤ民族の虐殺(ホロコースト)に関与してきたという歴史的負い目があって、戦後はほぼ無条件にイスラエル支持を表明してきた経緯がある。JJの言動は、戦後から続けてきたオーストリアの国是(国家理念)への挑戦のように受け取られたのかもしれない。

 

バチカンは露・ウ間の調停役務まるか

 トランプ米大統領は19日、ロシアのプーチン大統領と2時間余りの電話会談後、欧州のメルツ独首相、マクロン仏大統領,スターマー英首相らに会談の内容を報告し、「ロシアは現時点では停戦交渉を願っていない」と断言する一方、「ロシアとウクライナの間で協議がバチカンで行われることになるだろう」と報告した。バチカンはロシアとウクライナ間の協議を主催することに原則的に同意しているという。

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▲ロシア西部クルスク州を訪問したプーチン大統領、2025年5月21日、クレムリン公式サイトから、

 トランプ氏の報告内容はマクロン大統領やメルツ首相にとっては驚きではなかった。ロシアが無条件で停戦交渉に応じるとは考えてはいなかったからだ。欧州連合(EU)は20日、対ロ追加制裁を決めている。

 ちなみに、トランプ氏は18日、プーチン氏との電話会談前、欧州の指導者たちに、「プーチン氏が無条件で停戦交渉に応じなければ、厳しい制裁を下す考えだ」と述べていたが、プーチン氏との会談後、制裁話は飛び出してこなかった。それどころか「制裁は交渉するうえで障害となる」と説明し、前言を翻している。そしてソーシャルメディア上で「プーチン氏は平和を願っていない。ウクライナを奪いたいだけだ」と単刀直入に指摘し、「ウクライナ戦争は私が始めた戦争ではない」と述べ、ウクライナ戦争の仲介役から降りることすら示唆している。

 ここではバチカンがロシアとウクライナ間の調停役を演じることができるか、というテーマに絞って考えたい。ドイツ民間放送ニュース専門局ntvは「バチカンを巻き込むための巧妙な試みに過ぎない」と懐疑的に報じている。そして「会談がうまくいけば、その功績はトランプ大統領とプーチン大統領に帰せられ、もし失敗すれば、バチカンが責められることになる」と指摘するイタリアの教会史家アルベルト・メロー二氏のコメントを掲載している。

 ロシアとウクライナ間の仲介役は前教皇フランシスコが既に提案していたもので、新しくはない。前教皇は自身の最側近、イタリア司教会議議長,マッテオ・ズッピ枢機卿をウクライナ和平調停担当特使としてキーウとモスクワに派遣している。新教皇レオ14世も仲介役を演じることには異存はないはずだ。教皇就任直後、「世界に平和を」と語りかけた教皇にとって、ウクライナとロシア間の紛争調停は願ってもない役割かもしれない。

 それではバチカンの調停役の成功率はどうか。メロー二氏は「バチカンの外交がトランプ大統領がゼレンスキー大統領に押し付けたい合意のバックストップとして機能する可能性は低い。プーチン大統領は、交渉開始を可能にする停戦を否定し、代わりに停戦達成に向けた条件交渉を提案しているのだ。その内容は教皇と西側が要求する公正かつ永続的な平和ではないことだ」と説明している。

 トルコのイスタンブールで16日に開催されたロシアとウクライナ間の直接協議では、ロシア側は「ロシア軍が占領したウクライナ東・南部4州にわたる地域からのウクライナ軍撤退」を要求。反発したウクライナ側に対し、「さらに他の地域も軍事制圧すると脅迫した」と伝えられている。

 プーチン氏はトランプ氏との電話会談の中では、ウクライナとの間で和平に向けた覚書を交わす用意があると言及しただけだ。トランプ氏は停戦条件などについては当事者間で協議することを要求し、会談を終えている。

 ところで、ウクライナもロシアもその主要宗派はキリスト教の正教会に属する。その意味で、バチカンが仲介できる共通の宗教的な基盤はある。ただし、戦争勃発後、ウクライナ正教会はプーチン氏の戦争を支援するロシア正教の管轄から離脱している。その直接の原因はロシア正教会最高指導者モスクワ総主教キリル1世にある。

 このコラム欄で「レオ14世はキリル1世を説得できるか」(2025年5月18日)で書いたが、キリル1世はプーチン氏の戦争を全面的に支援している宗教指導者だ。キリル1世はプーチン大統領のウクライナ戦争を「形而上学的な闘争」と位置づけ、ロシア側を「善」として退廃文化の欧米側を「悪」とし、「善の悪への戦い」と解説してきた。キリル総主教は2009年にモスクワ総主教に就任して以来、一貫してプーチン氏を支持してきた。キリル1世はウクライナとロシアが教会法に基づいて連携していると主張し、ウクライナの首都キーウは“エルサレム”だという。「ロシア正教会はそこから誕生したのだから、その歴史的、精神的繋がりを捨て去ることはできない」と主張し、ロシアの敵対者を「悪の勢力」と呼び、ロシア兵士に闘うように呼び掛けてきた張本人だ。

 そのキリル1世がバチカンでのロシアとウクライナ間の停戦交渉を支持するだろうか。プーチン氏はウクライナを奪うまで真の停戦に応じる考えはない。プーチン氏の精神的支持者キリル1世も同様だろう。そのうえ、レオ14世とキリル1世の首脳会談が実現するかも目下不確かだ。

 そのような状況下で、両国間の停戦交渉がバチカンで開催されたとしても、バチカンは調停役を演じることができるだろうか。せいぜい、バチカン教皇庁の美しい書割を協議参加者に提供するだけに終わるのではないか。

 参考までに、前教皇フランシスコはウクライナに対し、「白旗」を掲げてロシアと戦争の終結を交渉する勇気を持つよう呼び掛けたことがある。ゼレンスキー氏は前教皇との会談直後(2023年5月13日)、「教皇の調停は不必要だ」と述べたことがある。

親米派がAfD内で主導権を握ってきた

 ドイツの民族過激派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の外交政策でワイデル共同党首が主導する親米派がクルバラ共同党首ら親ロ派を抑えて主導権を掌握しつつある。AfD内の外交政策の変動を報じたドイツ民間放送ニュース専門局(ntv)のトム・コルマー記者の記事は注目される。そこで以下、AfD内の最新の動向を報じた同記者の記事の概要を紹介する。

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▲AfDの外交路線で親米派のワイデル党首(右)と親ロ派のクルバラ党首、AfD公式サイトから

 AfD内の外交路線で変更を示唆する出来事は、連邦議会の外交委員会でAfDの外交政策のスポークスマンだったマティアス・モースドルフ議員が同委員会の議席を失ったことだ。コルマー記者は「モースドルフ氏はAfDの新たな戦略の最初の犠牲者だ。同党は、外部の世界に対して、自分たちが親ロシア的ではないという印象を与えたいと考えている。ロシアを定期的に訪問し、チェロ奏者としてクレムリンに近いグネーシン音楽アカデミーの名誉教授も務める外交政策報道官は適任ではないのだ」と分析している。

 党内でも特に旧西独出身の党員にとって、一部の同僚のロシアへの接近は長い間悩みの種となってきた。例えば、モースドルフ氏の前任者であるペトル・ビストロン氏は、ロシアからの贈賄の疑いで捜査を受けている。また、プーチン大統領の再選を称賛した国会議員など、AfD内ではロシアを支持する議員が少なくなかった。

 AfDには2人の党首、アリス・ワイデル党首とクルバラ党首の2人党首体制だ。前者は親米派、後者は伝統的な親ロシア派だ。そして前者がここにきて主導権を握ってきているのだ。実例は、AfDのバーデン=ヴュルテンベルク州のマルクス・フロンマイヤー氏がAfD議員団の新たな外交政策報道官に選出されている。同氏はワイデル党首の側近だ。

 ロシアの侵攻開始直後、AfDは連邦議会で、「ウクライナ戦争は西側諸国にも一部責任がある」とするプーチン氏の主張を支持してきたが、同党からここにきて異なる論調が聞こえてくる。例えば、連邦執行委員会および国防委員会の委員であるハンネス・グナウク氏は、雑誌「シュテルン」に対し、「ロシアは復活した超大国としての利益をある種の残忍さと冷酷さで追求している。ロシアは我々の友人でも敵でもない」と語っている。

 また、AfDの思想的指導者、テューリンゲン州のAfDの代表,ビュルン・ヘッケ氏は、ホロコーストやナチス時代の罪を軽視または否定する歴史修正主義者であり、極右思想の中核にある「民族的純粋性」や「国家主義」に通じる思想の持主だ。そのヘッケ氏が突然ワシントンを称賛しているのだ。

 ここで看過できない点は、親米派の土台はトランプ大統領の側近、バンス副大統領や実業家イーロン・マスク氏のAfD支持発言が契機となっていることだ。世界的実業家であり、トランプ米大統領の最側近の一人、テック業界の億万長者、イーロン・マスク氏は今年1月25日、ハレで開催されたドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の公式選挙キャンペーン開始集会にビデオ出演し、AfD支持をアピールした。マスク氏は「AfDこそがドイツの最良の希望だ。ドイツ人であることを誇りに思うことは良いことだ」と語り、AfD党員たちに発破をかけている。

 マスク氏は「ワイデル党首が首相になれば、ドイツにとって非常に良いことだ」と繰り返し、AfD支持を表明。「AfDは私の完全な支援を受けており、トランプ政権からも支援を得ている」と述べた。

 一方、親ロシア路線を支持してきたAfD議員は現在のプーチン大統領のロシアを支持することが難しくなってきている。クルパラ党首は、プーチン大統領が西側諸国に平和の手を差し伸べていると繰り返し主張してきたが、ここ数週間のプーチン大統領の行動を見ると、この議論は非現実的に思えてくる。

 コルマー記者は「 AfDは、より穏健なイメージを外部世界に示すことで、ファイアウォールを打ち破りたいと考えている。これには、モスクワから距離を置くことに加え、本会議において演壇に立つ際も、また議場にいる国会議員たちの間でも、より控えめな態度をとることも含まれる」と指摘している。党のイメージチェンはAfDが将来、他の政党と連立を組むうえで必要となるからだ。

 ところで、ドイツ連邦憲法擁護庁(BfV)は5月2日、AfDを右翼過激派に分類した。BfVの内部資料によると、同党が自由民主主義の基本秩序に反する活動を行っているとの疑惑が確認されたという。それに対し、バンス米副大統領は「ドイツには言論の自由がないのか」と批判したばかりだ。AfDでは国内のAfD禁止の動きに対し、トランプ政権の介入に期待する声すら聞こえる。

 AfDの支持率は現在,、約24%だ。特に東部では、支持率が高く、親ロシア派のAfD議員が多い。そのような中、ワイデル党首が主導する親米路線がAfDのさらなる飛躍をもたらすかは現時点では不明だ。

欧州最大音楽祭の優勝国の「悩み」

 第69回ユーロビジョン・ソング・コンテストでオーストリア代表、男性歌手JJ(ヨハネス・ピーチ、24)さんが優勝した。オーストリア人が優勝したのは2014年のConchita Wurst(コンチタ・ヴルスト)さん以来で、通算3回目だ。ヴルストさんの時もそうだったが、同国ではJJさんの話題で持ちきりだ。バーゼルから凱旋帰国したJJさんは19日、ストッカー首相、バブラー副首相、マインル=ライジンガー外相ら政府首脳から熱烈の歓迎を受けたばかりだ。

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▲ESC優勝者オーストリアのJJさん、ESC公式サイトから、2025年5月17日

 なぜ今頃、ユーロビジョン・ソング・コンテスト(ESC)の話をするのか、といわれるかもしれない。ここでは既に報じられたコンテストの内容を書くためではなく、JJさんの「優勝」後の話を伝えたいからだ。

 ストッカー首相はJJさんを前に、「あなたの優勝は国民を鼓舞するものだ」と笑顔で語りかけていた。それは事実だろうが、政府関係者ばかりか、ESCを放映するオーストリア国営放送(ORF)のヴァイスマン会長には別の悩みが出てきたのだ。

 欧州最大の国別音楽祭で優勝することは歌手だけではなく、国にとっても栄誉なことだ。そして優勝国は来年のESC開催地の権利を得る。即ち、2026年のESCは多分、音楽の都ウィーンで開催されることになるだろう。そこまではいいが、そのイベントを開催するためには巨額の費用がかかるのだ。都合が悪いことは、オーストリアの国民経済は現在、隣国ドイツと同様、リセッションであり、膨大な財政赤字を抱え、節約財政が要求されている時だからだ。1億5000万人以上の視聴者があるといわれる巨大な音楽祭を開催する財政的余力はないのだ。「ESCの優勝国」と言って喜んでばかりはいられないのだ。

 それではどのぐらいの費用が掛かるのか。スイスのバーゼルで開催されてESCの費用は約6000万ユーロ(約98億円)だった。それを開催地のバーゼル市とESCを放映するスイス公共放送(SRF)が支払う。約2130万ユーロをSRFが支払い、残りはバーゼル市とユーロビジョン(EBU)が負担するという。参考までに、ヴルストさんが優勝した後、、ウィーンで開催された2015年のESCの費用は2500万ユーロだった。関係者によると、「全てのコストが高くなっている」という。

 もちろん、欧州最大の音楽祭の開催は収入も入る。チケット代から広告代、放送権の他、ホテルや飲食業者にもその恩恵がある。しかし、2026年ウィーン開催の場合、ESCを放映するORFにとって、放送権や広告代を差し引いたとしても少なくとも約2000万ユーロは負担しなければならなくなる。

 そこでORF関係者はESC開催を優先にして、他の費用が掛かる番組を中止することを検討しているという。日刊紙「oe24」によると、‘ダンシング・スターズ‘の中止という話が出ている。


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