ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2025年02月

30年目迎えた「デイトン和平協定」の危機

 ボスニア・ヘルツェゴビナは1995年のデイトン和平合意後、ボシュニャク系とクロアチア系両民族から構成された「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」とセルビア系の「スルプスカ共和国」(RS)の2つの主体から構成された国家だ。和平履行は、民生面を上級代表事務所(OHR)が、軍事面はNATO中心の多国籍部隊(SFOR)が担当した後、欧州部隊が継続、3民族間の共存を促進してきた。ところで、和平協定から今年12月で30年を迎えるが、ここにきてスルプスカ共和国のボスニア離脱の動きが出てきたのだ。

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▲シュミット上級代表、OHR公式サイトから、2025年2月25日 
 
 ボスニア連邦裁判所は26日、スルプスカ共和国のミロラド・ドディク大統領に対して、ボスニア上級代表事務所(OHR)を無視して独自の法令を施行したとして、1年の禁固刑を言い渡し、6年間の政治活動の禁止を命じた。ドディク氏は判決を拒否し、控訴する見込みだ。ドディク氏とボスニア・セルビアの官報の責任者ミロシュ・ルキッチ氏は、2023年7月、クリスティアン・シュミット上級代表(OHR)の決定を無視した罪で裁判にかけられていたが、ルキッチ氏は無罪判決を受けた。

 ドディク氏は当時、ボスニア憲法裁判所の決定がボスニア・ヘルツェゴビナ内のセルビア人主体の構成体であるスルプスカ共和国内では適応されないこと、シュミット上級代表の決定も無視できることを明記した2つの法律を署名し、公布した。
 ロシアのプーチン大統領の友人としても知られるドディク氏は、判決が下される前から、「もし有罪となれば、スルプスカ共和国は中央政府の司法機関や軍などの多くの機関から撤退する」と強調している。

 ドディク氏は「スルプスカ共和国議会は中央政府の司法機関、警察、情報機関の活動をスルプスカ共和国で禁止する法案を提出する」と発表している。

 一方、シュミット上級代表は25日、サラエボで「国際社会は引き続き平和と安定に向けた断固たる姿勢を貫く」と述べ、「ボスニア・ヘルツェゴビナの領土一体性は交渉の余地がない」と明言し、RSのボスニアからの離脱の動きに警告を発している。
 なお、シュミット代表はボスニア・ヘルツェゴビナにおけるロシアの影響力の拡大を警戒する発言をしており、ドディク氏の「反欧州的な態度とプーチン氏との密接な関係」を非難してきた。

 3年半以上にわたって3民族(セルビア系、クロアチア系、ボシュニャク系)間の紛争を続け、戦後欧州最悪の民族紛争となったボスニア紛争では20万人の犠牲者、200万人の難民・避難民を出した。1995年、パリでデイトン和平協定が締結されて一応終戦を迎えた。

 ボスニアの複雑な政治システム、選挙システムは1995年のデイトン和平協定から生まれたものだ。国連安全保障理事会は、和平合意の実施を監督する上級代表を任命し、ボスニアの統治を監督してきた。現在、ドイツ人のクリスチャン・シュミット氏は2021年以降、そのポストを務めている。上級代表は、法律の制定や廃止、選挙で選ばれた政治家の解任などの権限があり、和平合意の履行を監視している。
 シュミット上級代表は選挙法を改正し、ボスニアの政治停滞を打破し、連邦機能を改善し、3民族間の政治的、経済的共存メカニズムを促進させたいところだが、選挙法の改正には強い反対がある。

 今回の裁判は、スルプスカ共和国の政治にも大きな影響を与えている。年末年始には、同地域の議会が「政治的動機に基づく裁判」が終わるまで、ボスニアのEU統合に必要な法改正を阻止する決議を採択した。シュミット氏はこの決定を違法とし、「すべての人が法律の下にあることを理解しなければならない」と強調した(オーストリア国営放送のヴェブサイドから)。

 デイトン和平協定後、民族間に境界線が引かれ、分断は固定化された。ボスニアは2022年12月に欧州連合(EU)加盟候補の地位を得、24年3月に加盟交渉が開始されたが、ブリュッセルとの間で加盟交渉はまったく進展していない。
 デイトン和平協定は3民族間の紛争を停止させたが、民族間の和解の道は依然見えず、RSのデイトン和平協定から離脱する動きが出てきているのだ。

フランシスコ教皇の入院は長引きそうだ

 世界に約14億人の信者を有する最大のキリスト教派、ローマ・カトリック教会の最高指導者、フランシスコ教皇は14日以来、ローマのジェメッリ総合病院に入院中だ。88歳のフランシスコ教皇の病状は、入院当初は気管支炎といわれたが、その後、両肺に炎症が広がっていることが分かった。22日夜は、教皇の容体が悪化し、一時期、持続性喘息性呼吸危機の症状となり、酸素呼吸が行われ、血液検査で血小板減少症と診断され、輸血が必要となった。その後容体は少し改善、呼吸困難は治まった。軽度の腎不全は心配はないという。バチカンが26日午前発表したところによると、「フランシスコ教皇は静かな夜を過ごしたが、健康状況はまだ重篤に分類される」という。教皇の入院は長引きそうだ。

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▲フランシスコ教皇が入院するジェメッリ総合病院、バチカンニュース、2025年2月24日、写真ANSA通信

 バチカンニュースによると、教皇は病室にピエトロ・パロリン国務長官とエドガー・ペーニャ・パラ大司教を迎え、25日に発表された列聖に関する法令に署名するなど、職務を行っている。
 バチカンは信者らに、サンピエトロ広場で教皇のために毎日祈るよう呼び掛けている。フランシスコ教皇の出身、ブエノスアイレスでも教皇のための祈りが行われているという。

 フランシスコ教皇は在職中の教皇としては2番目の高齢者だ。アルゼンチン出身のフランシスコ教皇(本名ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ)は1936年12月17日生まれで、今年12月に89歳を迎える(フランシスコ教皇より高齢教皇はレオ13世で1903年7月20日生まれ、93歳で亡くなった)。教皇は若い時、肺炎で右肺の一部を摘出したことがある。ローマ教皇に就任後も2021年7月には結腸の憩室狭窄の手術を受けた。最近は変形性膝関節症に悩まされている。膝の関節の軟骨の質が低下し、少しずつ擦り減り、歩行時に膝の痛みがある。最近は一般謁見でも車いすで対応してきた。

 ベネディクト16世が生前退位した直後、フランシスコ教皇は頻繁に「職務が不能な状況になったら即退位する」と述べていたが、ここ2、3年は生前退位といったシナリオは教皇の口からは飛び出さなくなった。しかし、フランシスコ教皇の病状が伝えられると、「教皇は退位するのではないか」と、メディアで報じられだした。ただし、バチカン教皇庁のナンバー2、パロリン国務長官は「生前退位の話は聞いていない」と一蹴している。

 フランシスコ教皇は就任以来、教会の刷新には積極的な発言を繰り返してきた。バチカンで昨年10月、教会の刷新、改革について話し合う世界代表司教会議(シノドス)第16回通常総会が開催された。教皇はシノドス開会前のサン・ピエトロ広場でのミサの中で、「私たちの集まりは議会ではなく、共同体だ。シノドスは多様性の中で調和を生み出すことが目的である。シノドスは、同じ信仰に満たされ、聖性への同じ願いに駆り立てられている兄弟姉妹たちのためであり、私たちは彼らと共に、また彼らのために、主が導こうとしている道を理解することに努めている。参加者は忍耐強く他者の意見に耳を傾けてほしい」と語り、シノドスを通じて教会の精神的刷新を期待している。

 2025年は「聖年」だ。「聖年」の幕開けは、ローマ教皇が大聖堂にある「聖なる戸」(Holy Door)を開ける象徴的な儀式から始まったばかりだ。これは、神への道が特別に開かれる象徴とされている。世界中から多くの巡礼者がローマを訪れる「聖年」は信者にとって、信仰を再確認し、心の刷新を行う絶好の機会といわれる。その「聖年」の始めにフランシスコ教皇が病に伏せたわけだ。

 なお、バチカンウオッチャーの間では既に「Xデー」が囁かれ出した。具体的にはコンクラーベ(教皇選出会)の招集だ。教皇死去または退位後、ペテロの後継者、新たな教皇選出が大きな課題となる。コンクラーベには80歳未満の枢機卿が選挙権を有している。誰が選ばれるとしても、聖職者の未成年者への性的虐待問題や不正財政問題などで失った教会の信頼性を取り戻すことは容易ではない。

「浮動票20%」と「投票率83%」の世界

 独の連邦議会選挙の結果はほぼ想定内でサプライズはなかった。敢えていうならば、新党のBSWが議席獲得に必要な得票率5%の壁を越えられず、連邦政治には加わることができなかったことだ。「サラ・ワーゲンクネヒト同盟」(BSW)の得票率は4・97%だった。あと1万3000票あれば5%をクリアして連邦議会に参加できたのだ。BSW関係者から「悔しい」という嘆きが聞かれるのは当然だろう。

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▲次期首相候補のメルツ党首の写真を一面に報じるドイツ大衆紙ビルド、2025年2月24日、オーストリア国営放送中継からのスクリーンショット

 それ以外、「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)が28・5%で第1党となったのは予想通り。CDU/CSU関係者は30%を超える得票率を期待していただろう。ショルツ首相の与党「社会民主党」(SPD)は同党歴代最低の得票率(16・4%)となった。選挙後、ショルツ首相が政治から退くと表明したのも頷ける。「緑の党」のハベック副首相も同じように、「党内で今後指導的な役割を担わない」と宣言していた。ショルツ首相もハベック副首相も信号機政権の解体の張本人であり、得票率を落とした投票結果の責任を取ったわけだ。最悪は、自由民主党(FDP)のリントナー党首だろう。5%の壁をクリアできず、全ての議席を失った。その責任で24日、政界から辞任することを発表した。

 右派「ドイツのための選択肢」(AfD)が2021年の前回の総選挙の得票率の2倍、20・8%を獲得したが、予想されていたことでサプライズとは言えない。しかし、創立からまだ12年の同党が短期間で連邦議会の第2党の勢力に躍り出たのだ。注目に値する躍進だ。ただし、現時点では、AfDが連立政権に参加する可能性はない。他の政党がAfDに対して防火壁を構築しているからだ。看過してはならない点は、同党の票はもはや単なる抗議票でなく、AfDの政治信条、世界観に同意した有権者の票であるということだ。

 今回の総選挙で最も驚いた結果は82・5%の投票率だ。前回は76・4%だったが、それを上回った。日本で昨年10月27日に衆議院選挙が行われたが、その投票率をご存じだろうか。53.85%だ。前回3年前の選挙の投票率より2.08ポイント下回り、戦後3番目に低かった。日本の国民は80%以上の投票率を想像できるだろうか。

 ドイツ民間放送ニュース専門局ntvは「有権者(約6000万人)は選挙に強い関心を有している。ウクライナ戦争からエネルギー・コストの急騰、物価高騰、そしてイスラム過激派テロ事件と、さまざまな不祥事、出来事が起きた。国民はそれらの出来事に対して不安と懸念を感じている。それゆえに、選挙に関心が出てくるわけだ」と解説していた。実際、選挙戦に入ってから2度のイスラム過激テロ事件が起きだ。移民問題と関連して、テロ問題は選挙戦後半の中心的テーマとなった。

 当方が気になった点は、高い投票率はドイツの民主主義の成熟度を表しているといえるが、同時に、有権者の20%は投票日になってもどの政党に票を入れるか決定していないというのだ。固定票ではなく、浮動票だ。ntv局は路上で「どの政党を支持しているか」とインタビューしていたが、多くは「まだ決まっていない」とか「前回はA党に入れたが、今回はB党に投票しようかと考えている」と答えていた。ドイツでは約20%が浮動票という。

 すなわち、国民は国や自身の問題を解決し、将来の夢や希望を実現するために、選挙や政治活動に関心が高まっているが、既成政党でどの政党がそれらの問題を解決できるか分からない。関心はあるが、心に響く政党が見つからないのだ。「浮動票20%」と「投票率83%」の世界から、ドイツ国民は現代の閉塞感を脱出するために懸命にその出口を模索している、といった姿が見えてくる。

 ショルツ首相は2021年12月、緑の党、FDPのドイツ政界初の3党連立政権を発足させたが、その際、「われわれは時代の転換期に遭遇している」と述べ、新型コロナ感染問題、ウクライナ戦争、環境保護問題から再生可能なエネルギーへの転換などの難問に対峙し、一種の使命感を抱きながらスタートした。しかし、任期4年間を全うできず、連立政権は解体し、前倒しの総選挙となったわけだ。

 CDUのメルツ党首は「世界はドイツに新政権が発足するまで待ってくれない。ドイツは欧州の指導国としてプレゼンスを回復して責任を果たさなければならない」と強調し、「新政権は復活祭(4月20日)前までに発足させたい」と述べていた。メルツ次期首相はドイツを再生できるだろうか。

メルツ党首「復活祭までには新政権を」

 ドイツで23日、連邦議会(下院、定数630議席)選挙の投開票が行われた。中央選挙委員会が公表した投票結果によると、野党第1党、保守派政党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)が得票率28・5%を獲得し、政権復帰への第一歩を踏み出した。第2党は右派「ドイツのための選択肢」(AfD)で約20・8%を得て、前回総選挙の2021年比で10・4%増と得票率を倍加させた。一方、ショルツ首相の与党「社会民主党」(SPD)は16・4%で前回比9・3%減、環境保護政党「緑の党」は11・6%(3・1%減)でそれぞれ大きく票を失った。そのほか、左翼党は8・8%と善戦したが、同党から分裂して創設された「サハラ・ワーゲンクネヒト同盟」(BSW)は4・97%に留まり、議席獲得に必要な得票率5%の壁を越えることが出来なかった。また、ショルツ連立政権のジュニアパートナーだった自由民主党(FDP)も4・3%に終わり、連邦議会の議席を失った。

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▲次期首相に躍り出たCDUのメルツ党首、CDU公式サイトから
 
 今回の総選挙は、2021年12月に発足したSPDと緑の党、FDPによる3党連立政権(信号機政権)がFDPの離脱を受け崩壊し、前倒し選挙となった。投票率は82・5%と、国民の選挙への関心の高さを示した(前回76・4%)。

 CDUのメルツ党首は同日、「ショルツ政権の3年間は失われた期間だった。国民から政権担当を任された。低迷する国民経済を回復し、欧州のリーダー国としてその指導力を発揮できる国創りをスタートさせる」と勝利宣言と決意を表明した。
 CDU/CSUは第1党となったが、過半数316議席からは程遠いから、政権パートナー探しが次の課題となる。メルツ党首は「欧州がさまざまな困難に直面し、米国からはトランプ政権の圧力が強まっている時だ。可能な限りは迅速に新政権を樹立しなければならない」と述べ、「復活祭(4月20日)までには新政権を発足させたい」と述べた。

 得票率を連邦議会の議席数でみると、CDU/CSUが208議席、AfD152議席、社民党120議席、緑の党85議席、そして左翼党64議席、その他1議席となる。議会の過半数は316議席だ。メルツ党首はAfDとの連立を拒否しているから、過半数を有する安定政権を樹立するためには、連立パートナーが必要となる。
 現地のメディアによると、CDU/CSUと社民党の連立政権(328議席)が最も現実的なシナリオを見なされている。問題は、2党連立に緑の党を加えるかで、CDU/CSU内で意見が分かれている。なお、ショルツ首相は今回の総選挙の結果を受け、CDU/CSUと社民党の連立政権ができたとしても、新政権には加わらないことを明らかにしている。

 ドイツが直面している課題は移民政策、リセッションにある国民経済の回復だ。ウクライナ戦争の影響もあってロシアからの天然ガスはストップし、エネルギー・コストは急騰、物価は高騰する一方、輸出大国を誇ってきたメイド・イン・ジャーマニーのドイツ製品がコストアップで競争力を失うなど厳しい状況が続いている。ドイツ産業を支えてきた自動車産業は最大の顧客だった中国の需要が減少する一方、電気自動車分野で他の競争メーカーに後れを取り、工場閉鎖やリストラなどの対応に追われている。 

 ちなみに、選挙前からその動向が注目されたAfDは連邦議会で第2政党に躍進したことから、その政治的発言力は強まるが、メルツ党首はAfDとの連携を拒否していることもあって、AfDの政権入りは非現実的だ。同党はSNSを利用して支持者する一方、バンス米副大統領、イーロン・マスク氏らトランプ政権からの支援を受け、影響力を広めてきているだけに、同党の今後の動きが注視される。

 なお、ドイツのウクライナ支援はメルツ政権となっても変化はないと受け取られている。ただし、空中発射巡航ミサイル「タウルス」のウクライナ供与については、メルツ党首はショルツ政権とは違い供与支持に傾いている。英国やフランスらが主導する欧州軍のウクライナ派遣問題ではドイツ国内でまだ議論が煮詰まっていないのが現状だ。

戦争がウクライナ国民から奪ったもの

 ロシアのプーチン大統領が隣国ウクライナに軍事侵攻を開始して24日で丸3年が終わる。トランプ米大統領がホワイトハウスに復帰して以来、ウクライナの停戦問題がこれまで以上に現実味を帯びてきた。同時に、米ロ両国の対話が進む一方、米国とウクライナの関係が険悪化する様相を帯びてきた。また、米欧間でも隙間風が吹いてきた。

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▲「国民の僕」の主人公、ウクライナ大統領役を演じるゼレンスキー氏(「arte」のメディアテークから、「国民の僕」第1シーズン23話目の最後のシーン)

 トランプ氏やバンス米副大統領の発言内容がここにきてプーチン氏の独自のナラティブの世界に酷似してきたことに少々不気味さを感じる。ただし、ウクライナ停戦に意欲を持つトランプ氏の得意とするディールなのかもしれないから、現時点では余り憶測しないほういいだろう。いずれにしても、プーチ氏が米ロ首脳会談の早期開催に意欲を見せてきた。トランプ氏はウクライナ戦争では「公平」(ジャステス)求めず、停戦(和平)を最優先しているのではないか。

 ちなみに、トランプ・プーチン米ロ首脳会談の開催日について、ラマダン(断食月、2月28日〜4月1日)明けで、 ローマ・カトリック教会と東方正教会が同じ4月20日に復活祭(イースター)を祝うことから、「4月20日前後開催」説が囁かれ出している。プーチン氏は自称、敬虔なロシア正教徒だ。

 当方はウクライナの首都キーウから約1300�鼠召衫イ譴織Ε�ーンに住んでいる。そのウィーンからウクライナの戦争をフォローしてきた。周囲には多くのウクライナ人の避難民がいる。彼らの生活もみてきた。しかし、暖房のない厳冬、3食も十分食べられない状況、警報のサイレンが鳴り響く現地のウクライナ人が感じている世界は知らない。ただ、その困窮状況を想像するだけだ。

 戦争のない平和な日々を送っている人間が果たして戦時中の人々を理解できるだろうか、とよく自問する。ウクライナ戦争が開始する前、俳優だったゼレンスキー氏のTV映画「国民の僕」を観たことがある。当時のゼレンスキー氏の顔は童顔だった。戦争3年間後の同氏の顔はまったく違っている。3年間余りで若い人間がこれほど年を取ることが出来るか、と思った。戦争3年間の代価だ、といわれればそうかもしれない。(ウクライナ国営放送で放映された同氏が出演したヒットTV作品「国民の僕」は世界的に人気を呼んだ。同TVシリーズは2015年から19年の間放送された。ゼレンスキー氏が大統領に就任する直前まで放映された)

 ところで、22日、野坂昭如の小説「火垂るの墓」のアニメーションフィルム(制作スタジオジブリ、高畑勲監督、1988年)を観る機会があった。「火垂るの墓」は、戦時中の日本を舞台にした小説であり、1945年の神戸を中心に、戦争の悲惨さを描いた作品だ。

 14歳の少年の清太とその妹、4歳の節子2人の戦時下の生き様を描いている。母親は米軍の空襲で死に、父親は海軍の出征している。一時期、2人は親戚の家に疎開するが、次第に冷遇されたので出ていく。2人は使われていない防空壕を見つけ、そこで生活するようになる。食事もままならず、栄養失調で妹は亡くなり、最終的に少年も駅構内で死ぬ。同作品は戦争文学として日本の代表作品と評価されている。

 野坂の戦争体験をもとにリアルに冷静に描かれている。戦争を知らない世代の当方にも、戦争が如何に非人間的であり、絶望的な行動かが伝わってきた。スタジオジブリによるアニメ映画によって、国際的にも広く知られるようになった作品だ。

 ウクライナ戦争でも多くの孤児が生まれ、悲惨な環境で生きていかなければならない少年、少女たちがいる。ウクライナ戦争3年間で、少なくとも650人の子どもが亡くなり、約2,520人の子どもが死傷したという。国連の集計では、今年1月までの約3年間でウクライナの民間人1万2605人が死亡、2万9178人が負傷した。これまでに約690万人が国外に避難した 。いずれも実数はもっと多いといわれている。

 「戦争論」で有名なカール・フォン・クラウゼヴィッツ(プロイセンの軍事思想家)は「戦争とは、政治の延長に他ならない」と述べている。その政治の延長の戦争で無数の命が犠牲となっている。トランプ氏のウクライナ停戦案が現実化し、ウクライナ国民に‘‘冷たい和平‘‘であったとして、砲丸やミサイルが飛んでこない普通の生活を戻してほしい。これはロシア側にも言えることだ。戦争で勝利者はなく、敗北者だけだからだ。

ドイツ有権者の約20%は浮動票だ

 ドイツで23日、連邦議会選挙(定数630)が行われる。複数の世論調査では野党第1党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)が支持率30%前後で独走、第2党には極右「ドイツのために選択肢」(AfD)が約20%で続き、第3党にショルツ首相の「社会民主党」(SPD)が15%前後、環境保護政党「緑の党」14%、そして左翼党が7%前後と健闘している。一方、リベラル派「自由民主党」(FDP)と左翼党から分裂して結成された「サハラ・ワーゲンクネヒト同盟」(BSW)は約4%と議席獲得に必要な得票率5%の壁をクリアできない状況だ。なお、ドイツの連邦議会の議員定数は、2023年に可決された改革法により、今回の選挙から630議席となった。

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▲連邦議会選で第1党復帰が予想されるCDUのメルツ;党首、CDU公式サイトから

 選挙戦では終始、第1党を走ってきたCDUのメルツ党首は「ドイツを政治、経済、社会を刷新させるために、CDUが連邦政治に責任を担っていく決意だ」と述べ、選挙での勝利を確信。一方、ショルツ首相は前回選挙のような選挙戦終盤の追い込みを再現できずに苦戦している。一方、AfDのヴァイデル共同党首は「ドイツの再編に乗り出す時を迎えた」と強調、連邦レベルで得票率20%の壁を越え、政治的発言権を更に強めていく意向だ。
 
 選挙戦での争点は3点、�^槎院ζ駝餌从�、��AfD問題、��3年連続リセッション(景気後退)にある国民経済の回復問題だが、バイエルン州のアシャッフェンブルクで1月22日に起きた襲撃事件が契機となって、難民対策が再び選挙戦の中心的テーマとなった。アシャッフェンブルクでのテロ事件では、28歳の容疑者は国外退去を求められていたが、実行されずに居住してきた。それ以来、選挙戦の争点が移民対策に集中してきた経緯がある。

 同時に、1月29日のドイツ連邦議会でCDU/CSU)が提出した厳格な難民対策を明記した法案が、与党SPDと「緑の党」の反対にもかかわらず、AfDの支持を得て可決されたことから、議会でCDU批判の声が高まった。ドイツの政界ではAfDとは連携しないことが不文律だったからだ。メルツ党首はAfDとは連邦レベルでは一切連携しないと何度も表明してきたが、それを破ったということで、ショルツ首相はメルツ;党首を「タブー破り」と激しく批判したほどだ。

 一方、AfDはイーロン・マスク氏やバンス米副大統領の支持を受けて、意気揚々だ。得票率20%を壁をクリアした場合、AfD抜きで選挙後の連立工作は益々難しくなることが予想される。

 移民・難民対策とAfDへの対応問題の陰に隠れた感じだが、ドイツ国民の最大関心は国民経済の回復だ。ウクライナ戦争の影響もあってエネルギー・コストが急騰、それに伴い物価が高騰して国民生活は厳しくなってきている。CDU/CSUへの支持率が高い背景には、社民党と「緑の党」主導のショルツ政権の経済政策への不満があることは明白だ。

 ドイツ民間放送ニュース専門局NTVによると、ドイツの有権者約6000万人の約20%はどの政党に投票するかまだ決めていない。浮動票の行方が注目される。明確な点は、CDU/CSUが第1党となったとしても過半数には届かないから、新政権を発足させるためには他の政党との連立が不可欠となることだ。ドイツのメディアは、メルツ党首はSPDと連立を組む可能性が高いと予測している。

バンス米副大統領の「爆弾発言」2弾目

 トランプ米大統領の息子、ドナルド・トランプ・ジュニア氏が昨年の大統領選で父親に副大統領候補に強く推薦しただけあってバンス氏はトランプ氏に負けないほどの辛辣な発言を躊躇なく語ることが出来る政治家だ。これは誉め言葉と受け取ってほしい。

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▲米ウィスコンシン州ミルウォーキーで開かれた共和党大会に出席したトランプ氏とJ・D・バンス氏、2024年7月15日、桑原孝仁撮影

 バンス氏は20日、ワシントンでドイツの「言論の自由」問題を再び想起し、「米軍が実施しているドイツの安全保障はドイツの言論の自由の行方にリンクする」と述べ、ドイツが「言論の自由」を保証しなければ、駐独米軍の撤退もあり得ることを示唆したのだ。

 ドイツの国民は今月14日のミュンヘン安全保障会議(MSC)でのバンス氏の発言を直ぐに思い出すだろう。バンス副大統領はMSCで20分余り演説したが、その焦点はトランプ政権の政策やウクライナ停戦問題ではなく、欧州の政治批判に注がれた。欧州は法治主義、民主主義、「言論の自由」を共通価値として掲げているが、バンス副大統領はその欧州の価値観に鋭い批判を投げかけたのだ。曰く「欧州にとって脅威は、ロシアや中国ではない。(欧州の)内部だ」と指摘し、「米国が掲げている共通の価値観からかけ離れている」と主張。特に、「言論の自由」では、「移民問題で厳しい対応を求める右派政党を阻害し、その政治信条が拡散しないように防火壁を構築している」と糾弾したのだ。

 バンス副大統領の主張は的外れではない。例えば、欧州連合(EU)は27カ国から構成されているが、その政治信条はバラバラで、統合された価値観といえないことは周知の事実だ。また、ドイツでは厳しい移民・難民政策を標榜する極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)に対し、ドイツの既成政党は討論を拒み、「防火壁」(ファイアウォール)を構築していることも事実だ。ちなみに、バンス氏はドイツ滞在中、AfDのヴァイデル共同党首と会見し、イーロン・マスク氏と同様、AfD支持を明らかにしている。

 バンス氏はワシントンでは自身のドイツ批判を更に一歩進め、米軍のドイツ駐留と関連して、「ドイツの防衛は、米国の納税者によって補助されている」と述べ、ドイツに駐留する米軍兵士の存在に言及している。そして「ドイツで誰かがたった一つ悪意あるツイートをしただけで投獄されるとしたら、米国の納税者がそれを容認するだろうか」と問いかけたのだ。

 欧州には約78000人の米軍兵士が駐留している。そのうち、約37000人はドイツに駐留中だ。そして北大西洋条約(NATO)の軍事力,、核の抑止力と通常兵器は米軍なくして考えられないことは言うまでもない。バンス氏はその米軍をドイツの「言論の自由」が保証されないならば、撤退すると脅かしたのだ。バンス氏のミュンヘンの発言内容より、ワシントンでの発言内容はもっと深刻だ(ただし、バンス氏は「米国は欧州との重要な同盟関係を維持していく」と述べている)。

 問題は欧州諸国、特にドイツだけではない。ドイツの不十分な「言論の自由」について苦情を呈し、ドイツの安全保障問題に関連づけたバンス氏が日本を訪問した場合を考えてほしい。これは時間の問題でバンス氏は日本を訪問するだろうから、以下指摘するテーマは今から想定し、対応を検討すべきテーマだと考えるのだ。

 トランプ米大統領は6日、ワシントン市内で開かれた全米祈祷朝食会で演説し、米国は「神の下の一つの国」であり、宗教心を取り戻すことが重要だと強調。反キリスト教的な偏見を根絶するため、ホワイトハウスに「信仰オフィス」を設立し、その責任者に自身の宗教顧問であるポーラ・ホワイト牧師を充てると発表した。トランプ氏は「宗教の自由がないところに、自由な国はない」と述べている。

 それに先立ち、バンス米副大統領は5日、ワシントンで開催された国際会議「国際宗教自由(IRF)サミット」で演説し、トランプ政権が国際的な信教の自由擁護を外交政策の優先課題に位置付け、その取り組みを強化していく姿勢を明確にし、「米国の外交政策の中で、信教の自由を尊重する政権とそうでない政権との違いを認識し、区別しなければならない」と述べている。

 ところで、日本では現在、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の解散請求問題がある。同問題は安倍晋三元首相の暗殺事件を契機に共産党系弁護士、左派メディアが実行犯の供述をもとに旧統一教会叩きを始め、メディアの圧力を受けた当時の岸田文雄首相が法の解釈を変えて旧統一教会の解散請求を持ち出した経緯がある。文部科学省は東京地方裁判所に提出した陳述書を捏造するなど、旧統一教会の解散に突進しているが、そのプロセスで信者たちの「信教の自由」を蹂躙している。まさに、文部科学省の対応は「反キリスト教的な偏見」といえるだろう。

 バンス氏が東京入りし、「日本で『信教の自由』が守られていない。そのような国の安全保障のために貴重な米軍兵士の命、国民の税金を投入することは得策だろうか」と問いかけた場合を考えてほしい。十分あり得るシナリオだ。その時になって慌てふためいても遅い。今からでも旧統一教会の解散請求が正しいか、「信教の自由」を蹂躙していないか、冷静に再検討すべきだろう。

ゼレンスキー氏は本当に「独裁者」か

 当方はトランプ米大統領の「常識革命」を支持しているが、ウクライナのゼレンスキー大統領を「独裁者」呼ばわりしたことには合点がいかない。ひょっとしたら、トランプ氏はロシアのプーチン大統領を「独裁者」と呼ぶところをゼレンスキー氏と間違えて呼んでしまったのではないか、と考えてみた。実際、米大統領の中にはバイデン前大統領のように相手の名前を間違えるケースがあるからだ。超多忙のホワイトハウスの主人は多くのゲストを迎え、世界の政治情勢についてメディアから常にコメントを求められる立場だから、名前ひとつぐらい間違うことがあるものだ。と、多くの寛容な人ならば、考えるかもしれない。しかし、外電を見ると、トランプ氏は自身のSNS「Truth Social」の中で、「選挙のない独裁者、ゼレンスキーはすぐに動かなければ、彼の国はもうなくなるだろう」と投稿しているのだ。トランプ氏は実際、名前を間違えたのではなく、ゼレンスキー氏を独裁者と呼んでいるのだ。

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▲ゼレンスキー大統領とオレナ大統領夫人は、尊厳革命の戦没者に追悼の意を表した。2025年02月20日、ウクライナ大統領府公式サイトから

 それだけではないのだ。トランプ氏は昔芸人だったゼレンスキー氏の経歴を皮肉り、「成功したとは言えないコメディアン」と揶揄。さらに、「彼は大統領としてひどい仕事をした。彼の国は破壊され、何百万もの人々が不必要に死んだ」と非難しているのだ。

 トランプ氏も不動産を取引するビジネスマン出身であり、バイデン前大統領のような職業政治家ではなかった。他国の国家元首に対して上記のような発言はやはり「一線を越えている」と言わざるを得ない。ゼレンスキー氏は2022年2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻して以来、戦争時の指導者として軍事大国ロシアと闘ってきた人物だ。

 トランプ氏はウクライナ戦争はプーチン大統領が始めたのではなく、ウクライナ側が開始したと述べている。その論旨はプーチン氏のナラティブと同じだ。ゼレンスキー氏は「トランプ氏の主張はロシアのフェイクニュースに基づくものだ」と、トランプ氏の批判に対して憤るというより、呆れている、といったところだ。

 トランプ氏は18日、記者会見で、「ゼレンスキー氏の支持率はウクライナ国内で極めて低く、戦争を終わらせることを拒んでいるのは、国外からの資金援助を受け続けるためだ」と主張。「3500億ドル相当の米国の支援は、勝てない戦争に流れ込んだ」と批判した。中途半端な批判ではない。ゼレンスキー氏の人格を攻撃し、戦争の責任はプーチン氏ではなく、ゼレンスキー氏にあると主張しているのだ。

 トランプ氏とその側近の発言は、ロシアの主張に近づいている。ロシア側は「ゼレンスキー氏に国家元首としての正当性がない」という。その理由は昨年予定されていたウクライナ大統領選挙が実施されなかったからだ、と説明する。実際は、ウクライナの法律では戦時中に選挙を行うことは禁じられており、ゼレンスキー氏の反対派ですら戦争終結後まで選挙を先送りすべきと考えていることを付け加えておく。

 トランプ氏の発言内容をもう少し検証してみよう。トランプ氏はゼレンスキーの支持率は4%だと述べたが、キーウ国際社会学研究所の最新の調査では、ゼレンスキー氏の支持率は57%に達している。ゼレンスキー氏を上回る支持を得ているのは、元軍総司令官で現在の駐英ウクライナ大使ワレリー・ザルジニー氏だけだ。また、トランプ氏が述べた「米国のウクライナ支援額は3500億ドル」という主張も、既知のデータと大きく食い違っている。実際、ウクライナへの軍事・財政支援の総額は、米国・欧州ともに約1000億ドルだ(独高級誌「ツァイト」オンライン)。 
 
 トランプ氏は12日、プーチン大統領と電話会談した。その直後、サウジアラビアのリヤドで米ロ高官会議が開催された。そこではウクライナの停戦交渉だけではなく、米ロ両国関係についても話し合われたという。それからだ。トランプ氏の口からロシア批判は消える一方、ウクライナ問題ではキーウ側、特に、ゼレンスキー氏批判が強まってきているのだ。

 「ツァイト」オンラインによると、トランプ氏はウクライナに対し、「米国の支援を、ウクライナの資源で返済する要求を突きつけた」という。それに対し、ゼレンスキー氏は署名を拒否した。その理由は、契約に米国からの安全保障の文言がなかったからだという。ちなみに、「米国の支援」と「ウクライナの資源」の交換案は昨年の秋、ゼレンスキー氏自身がウクライナ議会で提示している。トランプ氏の独自案ではない。

 いずれにしても、トランプ氏の一連の発言はゼレンスキー氏を傷つけたことは間違ない。ウクライナを支援してきた欧州諸国にも戸惑いと失望を与えたのではないか。ディール(交渉)の名手を自負するトランプ氏はプーチン氏と首脳会談を早期実現し、ウクライナ戦争を停戦させるために、恣意的にロシア寄りの発言を繰り返しているのかもしれない。トランプ氏の発言の評価は、ウクライナ停戦が実現するまで保留しておきたい。

ショルツ独政権の通信簿はどうか

 2021年12月8日、ドイツでショルツ首相主導の初の3党連立政権が発足した。党のカラーから信号機政権と呼ばれた。社会民主党(SPD)、環境保護政党「緑の党」、そしてリベラル派政党「自由民主党」(FDP)の3党からなる政権だ。

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▲新首相宣誓式に臨むショルツ氏
 2021年12月8日、連邦議会公式サイトから

178頁から成る連立協定にはショルツ政権の意気込みが記述されていた。新型コロナウイルスの感染下にあった欧州でショルツ政権は国民に向かって、「私たちは時代の転換期に直面している」と宣言し、時代の要請を受けて誕生した新政権であると内外にアピールした。

 それから3年余り経過し、FDPが昨年11月6日、政府内の意見の対立を理由に政権を離脱。少数政権となったショルツ政権は今年1月、議会の不信任案可決を受けて、今月23日に繰り上げ選挙が実施されることになった経緯がある。

 複数の世論調査によると、野党第1党の「キリスト教民主・社会同盟」(CU/CSU)が支持率30%前後で第1党を独走、それを追って極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が20%,、その後にショルツ首相の与党SPDが16%、そして「緑の党」14%、左翼党が6%だ。FDPは議席獲得に必要な5%の壁を越えることが出来ないで苦戦している。いずれにしても、「時代の転換期」を標榜してきたショルツ3党連立政権の3党合計の支持率は34%で、CDU/CSUの1党の支持率とほぼ同じといった低迷を余儀なくされている。

 いずれにしても、「時代の転換期」を宣言してスタートしたショルツ政権は任期4年を全うできずに早期解散を余儀なくされた。23日に実施される連邦議会選挙の見通しを予測する前に、なぜショルツ政権は失墜してしまったのかを少し振り返ることも意味があるだろう。

 ショルツ首相は信号機政権がうまく機能しなかった理由について自ら説明している。「わが国は過去3年余り、これまで経験したことが未曽有の試練に直面してきた」というのだ。具体的には、新型コロナ感染が峠を越えた頃、ロシアのプーチン大統領がウクライナに軍事侵攻し、陸続きのウクライナで戦争が勃発した。同時、エネルギー危機が発生し、ロシアからの天然ガスは止まり、エネルギー・コストは急騰、それに伴い物価も高騰。ショルツ政権時代の過去3年間、ドイツの国民経済はリセッション(景気後退)に陥った。

 ドイツは輸出大国だ。その原動力は自動車産業だが、ドイツ自動車を毎年、大量に購入してきた最大の顧客・中国で安価な電気自動車が市場に進出すると、ドイツ製自動車の中国市場での売り上げは激減。メイド・イン・ジャーマニーのブレンドは大きな試練を迎えている。例えば、ドイツの大手自動車メーカー、フォルクスバーゲン社は創立最大の試練に直面している。

 ショルツ首相の説明を聞く限り、「時代が悪かった」ということになる。通常の時代だったら、ショルツ政権は上手くいっていた、といった無念の思いが見え隠れする。ただ、ショルツ首相自身は「時代の転換期」を感じ、それを宣言して政権を始めたはずだ。平和な時代に政権を継承したのではないことをショルツ首相自身が認識していたはずだ。

 ショルツ首相のために言うならば、社民党、「緑の党」、FDPの3党は政治信条が元々異なっていた。だから、3党連立政権が発足した当初から、「寄せ集め所帯」といわれ、政権内で絶えず、意見、政策の相違から対立を繰り返したきた経緯がある。最後は、財政問題でショルツ首相とFDPのリントナー財務相との間で対立し、その結果、政権は崩壊していったわけだ。

 一つ指摘したい点がある、ウクライナ戦争が直接の契機となってエネルギー危機に直面したが、ショルツ政権は2023年4月、脱原発を完了したことだ。その結果、先述したように、エネルギーコストの急騰、それに伴うドイツ製品の競争力低下などをもたらした。産業界では当時、脱原発に強く反対する声があったのだ。しかし、ショルツ連立政権は政権発足以来、「再生可能なエネルギーからより多くのエネルギーを生成する国になる」と表明し、その課題を「巨大な使命」と呼んできた。すなわち、ウクライナ戦争で生じたエネルギー危機に直面しながら、先ず「脱原発あり」といったイデオロギー先行の政策を実行してしまったのだ。

 ただ、問題点だけではない。社民党と「緑の党」は安全保障政策では従来の平和政党といった看板を下ろし、ウクライナ支援に積極的に乗り出した。ウクライナ戦争がなければ、両党の安保政策は依然、平和外交に終始していたかもしれない。その意味で、「時代の転換期」という看板からいえば、ショルツ政権はその使命を果たそうと努力したことは事実だ。

 ドイツの選挙戦では、難民対策、それに関連したAfD問題がメディアで大きく報道された。選挙期間中にテロ事件が発生したこともあって不法難民の強制送還などが話題となった。同時に、極右AfDとの対応でファイアーウォール(防火壁)議論が飛び出した。トランプ米大統領の側近イーロン・マスク氏が選挙中にAfD支持を宣言し、ドイツの選挙戦に干渉し、話題をさらった。

 第2次トランプ米政権がスタートした。トランプ政権と欧州の盟主ドイツとの関係はうまくいくだろうか。米国と世界第3位の経済国ドイツとの関係は欧州全土にも少なからずの影響を与えるだろう。明確な点は、欧米間の絆が決裂すれば、ロシアや中国が喜ぶことだ。23日の総選挙結果でどのような新政権がドイツで発足するか、注目される。


フィルターバブル現象の恐怖

 オーストリア南部ケルンテン州のフィラッハで15日、23歳のシリア人がナイフで路上の通行人を襲撃し、1人の14歳の男性を殺害、5人に重軽傷を負わす事件が起きた。ナイフで通行人を襲撃する容疑者を目撃した42歳の男性が自分の車を容疑者にぶつけ、犯行をストップ。駆け付けた警察官が容疑者を逮捕した。コラム欄で報告済みだ。

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▲テロ事件の犠牲者を追悼する人々とロウソク、2025年02月16日、オーストリア国営放送の中継からスクリーンショット

 カルナー内相は16日、フィラッハで記者会見を開き、「容疑者はイスラム過激テロ組織『イスラム国』(IS)シンパで、犯行は宗教的動機に基づくテロだ」と説明した。家宅捜査された容疑者の家にはISの旗があったという。犯行は単独と見られている。

 捜査が進むにつれて浮かび上がってきた事実は、平凡なシリア出身の青年がオンラインを通じて短期間でイスラム過激派思想に洗脳され、テロ行為を行ったということだ。オーストリアの捜査当局は「TikTokなどのソーシャルネットワークを通じて数週間、数カ月で普通のイスラム教の若者が過激化することには驚かざるを得ない」と述べている。

 実際、フィラッハの容疑者はTikTokのプラットフォームを通じて短期間で 過激化している。容疑者の携帯電話にはISのプロパガンダ資料が残っていた。ISに忠誠を宣言するビデオが録音され、端末に保存されていたが、まだ送信していなかった。「犯行3日前にナイフを購入し、襲撃を決意したようだ」という。

 ところで、TikTok はアルゴリズムが非常に強化されたプラットフォームだ。TikTokにはISのプログラムがある。TikTok では目立たない動画から IS のプロパガンダに非常に迅速に移行でき、過激なコンテンツが飛び出してくる。多くのインフルエンサーが登場し、イスラム教の教えを感情的にアピールする。

 英国の「キング・カレッジ・ロンドン」で教鞭を取るテロ専門家ペーター・ノイマン教授はオーストリア国営放送とのインタビューで、「ハマスのイスラエルへの奇襲テロ事件以後、オンラインを通じて急速に過激化する若者が増えてきた」という。10年前、刑務所に入ったイスラム教の若者がそこで過激派のイスラム教徒と出会い、過激主義の道を歩みだしたり、イスラム寺院で欧米社会への憎悪を説教する伝道師から影響を受けるといったケースが多かった。オンラインでの過激化は、比較的短期間に残忍な行為につながる可能性がある」という。

 ガザでの戦争により、多くの人がこの問題に興味を持ち出しているので、テロリストや過激派がこの話題を悪用している。インフルエンサーは、特に若者を感情的にし、道具化し、最終的に「フィルターバブル」という現象の世界に陥らせる。

 「フィルター・バブル現象」とは、自分の見たい情報以外をインターネットで見ることができなくなり、自分の観点に合わない情報から隔離され、同じ意見を持つ人間同士で群れ集まるようになることだ。インターネットの検索サイトが提供するアルゴリズムが、各ユーザーが見たくないような情報を遮断するため、自分が見たい情報しか見なくなる状況にいつの間にか陥るわけだ。

 IT専門家によると、「フィルターバブル」に陥ることはこれまで以上に簡単だという。「最近の若者がプラットフォームをノンストップで利用しているのを見れば、フィルター・バブル現象がどれほど起きやすいか想像できる」という。

 ノイマン教授は「過激化が加速しているので、治安当局も迅速に対応しなければならない」という。具体的には、オンラインで過激なコンテンツを発信するインフルエンサーを追放し、プラットフォームの閉鎖などが考えられる。

 オーストリアのカルナー内相はシリア人やアフガニスタン人の亡命希望者の一斉検査、メッセンジャー監視などを検討しているが、個人情報の保護、人権擁護といったハードルがあるため、実行するには乗り越えなければならない問題があるのが現状だ。
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