ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2024年11月

「関税マン」と呼ばれ出したトランプ氏 

 ドイツ民間放送ニュース専門局ntvのウェブサイトのコラムリスト、ヴォルフラーム・ヴァイマー記者によると、来年1月20日からスタートする第2期トランプ政権の閣僚には少なくとも6人の億万長者がいるという。彼らが主導してトランプ氏の‘米国ファースト’‘偉大な米国の回復’を目指すというわけだ。

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▲友人ラトニック氏を新商務長官に指名したトランプ氏(2024年11月19日、UPI)

 同記者によると、トランプ氏の資産はフォーブスの推定によると約56億ドル、世界一の富豪イーロン・マスク氏は資産3000億ドル超、新しい内務長官ダグ・バージム氏は約10億ドル、教育長官に指定されたリンダ・マクマホン氏は約25億ドル、ヴィヴェック・ラマスワミ氏は約10億ドル、そして新しい商務長官に就任予定のハワード・ラトニック氏の資産は15億ドルと見積もられている。その政治能力、手腕は別として、米国の夢を実現した億万長者たちの集まりだ。

 億万長者たちは平均的な米国民の願いや期待を果たして理解しているだろうか。平均的な労働者ではない彼らが今後、米国と世界の動向に大きな影響を与えていくわけだ。大資本家でもある彼らは自身の経済活動を切り離し、国益優先した政治活動ができるだろうか、等々の疑問が出てくる。しかし、11月の大統領選で少なくとも億万長者の一人でもあるトランプ氏に多くの労働者が票を投じた。億万長者のステイタスは少なくとも米国ファーストを指向する上では大きな障害とはならないわけだ。

 ちなみに、トランプ氏は第一期政権の発足時、自分は大統領の給料はいらないと表明し、国のために奉仕すると語っていたことを思い出す。とすれば、第2期政権に参加した億万長者たちも無給で国のために奉仕する決意の集団とみて間違いない、と期待したい。

 ヴァイマー記者はコラムの中でラトニック次期商務長官の人物評を紹介している。米国に輸出される商品に10%の関税を導入すると表明したトランプ氏の世界貿易の動向に神経質となっているドイツ産業界を意識し、トランプ氏の関税政策を主導する立場にあるラトニック氏の生い立ちやこれまでのキャリアについて言及している。

 同記者によると、ラトニック氏は63歳のニューヨーカーで、ウォール街の大物だ。ユダヤ人・イスラエルのために多額の寄付を行う。熱心なテニス愛好者でもあり、友人を南フランスのコートダジュールでのヨットクルーズやイギリスのクリヴデン・ハウスでの仮面舞踏会に招待することもある。トランプ氏の長年の友人であり、一時期は駐イスラエル米国大使として名前が挙がったことがあった。中国に対しては厳しい批判者だ。また。ラトニック氏はトランプ氏の娘イヴァンカやその夫ジャレッド・クシュナー氏とも親しく、トランプ氏の最も信頼する人物の一人とされている。来年1月20日の政権移行の準備を指揮しているという。

 商務長官に就任すれば、同氏の世界貿易政策はドイツばかりか、日本にも大きな影響を与えることは間違いないから、同氏の考え方を理解することが大切となる。ヴァイマー記者によると、同氏は、トランプ氏の口癖である「米国を再び偉大な国にする」というメッセージについて、「アメリカはいつ最も偉大だったか」と問いかけ、「それは1900年のことだ。125年前には所得税はなく、あったのは関税だけだった。しかし、その後の世代の政治家たちは、増税と関税の減少を許し、世界が私たちの昼食を奪う状況を作り出した」と述べている。興味深い説明だ。

 トランプ氏は、世界貿易のルールをアメリカに有利に再構築しようとしている。外国企業に米国内での生産を強要し、全てのアメリカへの輸入品に最低10%の関税を課す。中国製品には60%以上の関税を課す意向だ。トランプ氏は来年1月20日の大統領就任日にメキシコやカナダからの輸入品にも25%の関税を、中国の製品には10%の追加関税を課すと発表したばかりだ。トランプ政権にとって友邦国というステイタスは経済活動ではあまり意味がないことを示したわけだ。これは米国の友邦国を自負する日本にとっても当てはまることだろう。

 欧州の大手メディアは、米大統領選前までは、もしトランプ氏がホワイトハウスにカムバックしたならば、というテ―マで多くの記事を掲載してきた。すなわち、通称「もしトラ」だ。そして実際、トランプ氏が再選を果たし後は、ドイツなどの輸出大国では、「トランプ氏はわれわれの製品にも特別関税を課すだろうか」という懸念が多く聞かれ、トランプ氏はメディアでは「関税マン」と呼ばれ出している。その「関税マン」に具体的な政策を助言するのが次期商務長官のラトニック氏だ。「トランプ・ラトニック組」が発する貿易政策に世界はここ暫くはビクビクしながら注視することになる。

聖職者の性的虐待事件と「時効」の壁

 ドイツのローマ・カトリック教会アーヘン司教区で今月18日夜(現地時間)、同司教区が聖職者の性犯罪に関連した慰謝料請求訴訟2件の「時効」を主張し、それが認められたことに抗議して約400人がデモを行った。抗議イベントには、カトリック信徒の代表機関である教区評議会や複数のカトリック団体が支援を表明した。アーヘン司教区からはヘルムート・ディーザー司教も参加し、教会側の立場を説明した。アーヘン地方裁判所は今年7月、聖職者に性的虐待を受けた被害者2人による訴えを棄却した。2人の原告は控訴を予定しており、ケルン高等裁判所に訴訟費用の援助を申請中だ。

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▲ドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州のアーヘンにある大聖堂(バチカンニュース2024年11月19日から)

 同抗議デモを報じたバチカンニュース(独語版)によると、被害者評議会のマンフレッド・シュミッツ氏は、「司教区が長年にわたり公務上の責任を否定してきた。今になって、慰謝料請求には時効が成立していると言うのはおかしい」と批判し、被害者との裁判外での交渉を求めた。教区評議会のアニータ・ツケット=デブール氏は、司教区の意思決定者に対し、被害者の声にもっと耳を傾けるよう要求した。また、ドイツカトリック女性連盟(kfd)の代表者は「司教区の指導部は被害者よりも金銭の問題を優先しているように見える」と述べた。

 一方、ドイツ司教会議の虐待問題担当者でもあるディーザー司教は、週末に司教区が裁判で取った行動を擁護し、「司教区としては、慰謝料請求訴訟について個別に検討する必要がある。今回の2件については、財務委員会と司教座聖堂参事会の2つの組織の決定を考慮しなければならなかった。すなわち、10万ユーロ以上の慰謝料を含む法的取引において、司教としてこれらの助言に従う義務があるからだ」と説明している。聖職者の性犯罪への賠償請求で財政危機に陥る教会が出てきている。訴訟社会の米国では破産する教会が後を絶たない。

 一方、アーヘン司教区の性的暴力独立調査委員会(UAK)議長で社会学者のトーマス・クロン教授は、司教区の委員会を批判、「被害者たちは、長い間虐待について語ることができなかったため、十分な時間があったとは言えない」と指摘した。また、ボンの教会法学者ノルベルト・リューデケ氏も司教区を批判し、「隠蔽によって長期間にわたって真相解明を遅らせた組織が、今度は『終止符』を打とうとする戦術で責任から逃れようとしている」と述べている。

 聖職者の未成年者への性的虐待事件では、カトリック教会側は久しく沈黙し、事件の当事者の聖職者を人事という形で移動するなど隠蔽工作をしてきた。欧州最大のカトリック教国、フランスで1950年から2020年の70年間、少なくとも3000人の聖職者、神父、修道院関係者が約21万6000人の未成年者への性的虐待を行っていたことが明らかになった。教会関連内の施設で、学校教師、寄宿舎関係者や一般信者による性犯罪件数を加えると、被害者総数は約33万人に上るというのだ。その際、教会側の「告解の守秘義務」が事件の解明にとって大きな障害となってきたことが明らかになり、「告解の守秘義務」の見直しを要求する声が聞かれ出した(「聖職者の性犯罪と『告白の守秘義務』」2021年10月18日参考)。

 ちなみに、ローマ・カトリック教会の「告解の守秘義務(Seal of Confession)」は、信者が神父に告白した内容を秘密にする義務であり、13世紀初頭、第4ラテラン公会議(1215年)で正式に施行された。1983年に改訂された現行の教会法典(カノン法)でも、告解における守秘義務が明記されており、神父がこれを破ることは聖職剥奪の対象となる。

 ところで、アーヘン司教区の場合、「聖職者の守秘義務」問題だけではなく、「時効」(Statute of Limitations)という新たな法的な障害が表面化してきたわけだ。「時効」という制度は古代ローマ法に端を発している。ローマ法では、「所有権時効」や「刑事時効」といった概念が存在。一定期間、財産に対する権利を主張しない場合、その権利が失われる。刑事事件においても、時間の経過により訴追や処罰が困難になるという理由から、一定の期間を設ける考え方が生まれたという。この時効制度は現代まで継承されてきている。

 ドイツにおける性犯罪の時効期間は、犯罪の種類や重さ、被害者の年齢に応じて異なる。軽度の性犯罪(性的嫌がらせなど)は通常3〜5年で、性的暴行(強姦や性的虐待など)は10〜20年となっている。特に未成年者に対する性犯罪の場合、時効の開始は、被害者が30歳に達するまで延期される。特に重大な強姦事件などでは、時効は20年以上となる場合もある。ドイツでは2015年に法改正が行われ、未成年者への性犯罪の時効期間が延長された。性犯罪における時効は多くの議論を呼んでおり、被害者が事件について話すまでに時間がかかる場合が多いことから、時効撤廃やさらなる延長を求める声も上がっている。

 フランス教会の聖職者の性犯罪問題が報じられた時、エリック・ド・ムーラン=ビューフォート大司教が2021年10月6日、ツイッターで、「教会の告白の守秘義務はフランス共和国の法よりも上位に位置する」と述べたことが伝わると、聖職者の性犯罪の犠牲者ばかりか、各方面の有識者からもブーイングが起きた。同じように、アーヘン司教区の財務委員会のクリストフ・ヴェレンス氏が「時効の主張は、もはや立証できない請求から司教区を守るためのものだ」と説明し、「原告たちは高齢で、請求を適時に行う十分な時間があったはずだ」と述べた時、デモ参加者たちは笛を吹いて抗議した。

キュング氏「世界倫理」と文師「世界経典」

 26日のバチカンニュース(独語版)には、カトリック神学者ハンス・キュング氏が設立した「世界倫理財団」に12月からレナ・ツォラー氏が新しい事務局長に就任するというニュースが掲載されていた。同財団は1995年、「世界倫理」を提唱したキュング氏が設立したもので、宗教間の対立を超えて、全ての宗教や哲学が共有できる普遍的な価値観を探ることを目的としている。この考えはキュング氏が主導した「世界宗教代表者会議」で具体化され、1993年に「世界倫理宣言」としてまとめられた。同財団は来年、設立30周年を迎える。

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▲インタビューに応えるハンス・キュング氏(2000年12月、ウィーンのホテルにて、撮影)

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▲共産主義の誤謬を指摘した文鮮明師(「世界平和統一家庭連合」公式サイトから)

 キュング教授は1928年、スイスのルツェルツン州で生まれ、ローマのグレゴリアン大学で学び、ソルボンヌ、パリ、ベルリン、ロンドンなどで勉学し、60年からテュービンゲン大学基礎神学教授に就任。キュング氏はカトリック神学者として世界的な名声を有していたが、当時の教皇ヨハネ・パウロ2世から教育許可など聖職を剥奪された。その理由は、キュング氏が教皇の「無謬性(むびゅうせい)」に疑問を呈し、その正当性を批判したからだ。カトリック教会は、教皇が信仰や道徳に関する重要な教えを宣言する際に誤りがないとする無謬性の教義を、第1バチカン公会議(1869〜1870年)で公式に定めているが、キュング氏はこの教義に反対し、教皇の無謬性を疑問視した。

 その後、キュング氏は教会内外で宗教間対話や倫理の普遍的基盤を探る活動を通じて、広く評価を受けた。彼はカトリック教会における批判的な声を代表し、神学や宗教哲学の分野で新たな視点を提供した。同氏はその後、宗教の統一を目指して「世界倫理」を提唱。「世界倫理財団」を設立し、世界の宗教界に大きな影響を与えてきた。
 キュング氏は「私はこれまで異なる宗教、世界観の統一を主張して『世界のエトス』を提唱してきた。宗教、世界観が異なっていたとしても人類の統一は可能と主張してきた。キリスト教、イスラム教、儒教、仏教などすべての宗教に含まれている共通の倫理をスタンダード化して、その統一を成し遂げる」と説明し、「宗教間の平和・統合がない限り、世界の平和もあり得ない」と強調している。キュング氏は聖職資格を失った後も「自分は忠実なカトリック神学者だ」と主張し、「神は存在するか」「世界のエトス」など多数の著書を発表し、30カ国以上に翻訳された。同氏は2021年4月、93歳で亡くなった。

 興味深い点は、キュング氏が提唱した「世界倫理」(Weltethos)、「世界のエトス」は、世界基督教統一神霊協会(旧統一教会、現世界平和統一家庭連合)の創設者・文鮮明師が提唱した「世界経典」と多くの共通点を有していることだ。「世界経典」は宗教の宗派間の相違を超え、世界の宗教・哲学に共通に含まれている教えをまとめたものだ。キュング氏の「世界倫理」と文鮮明師の「世界経典」は人類の平和や共通の価値観を提唱している点で似ている。

 「世界経典」は、文鮮明師が提唱した人類の普遍的価値観と霊的基盤を示す文書で、彼の宗教的ビジョンである「神主義(Godism)」を反映している。この経典では、宗教間の調和を目指し、各宗教の教えを統合しながら、神の愛を中心とした平和な世界の実現を目標としている。ただし、宗教の統合は、キリスト教だけではなく、仏教、イスラム教、儒教などの多様な宗教の教えを取り入れている。全ての宗教は神の計画の一部と位置づけているからだ。文師は、理想家庭を神の計画の基盤とみなし、家庭内の愛の実践が、世界の平和に直接的に影響を与えるという思想だ。文師が提唱する神主義(Godism)は、人間の堕落を救済するための神の愛と導きを強調し、神と人類の「父子関係」を中心に据えていることが特徴だ。同師は2012年、92歳で亡くなった。
 
 一方、キュング氏の「世界倫理」も同じように宗教間の共通基盤の探求:宗教的・文化的多様性を尊重しながら、共通の倫理基盤を構築することを目指している。ただし、「対話」を重視:特定の宗教や教義を超えて、すべての人が参加できる倫理的合意を形成するプロセスを重要視している。宗教を超えた視点:宗教を信じる人々だけでなく、無宗教者や異なる哲学を持つ人々にも受け入れられるよう、開かれた言葉で表現されている。

 キュング氏は生前、「バチカンから追放されたが、自分はカトリック信者だ」と述べていた。一方、文師は既成教会から異端視され、さまざまな迫害を受けながらも、キリスト教会の統合、宗教の統一を目指して歩んでいった。激動の時代を迎え、宗教の統合、共通の価値観がますます重要な課題となってきている。それだけに、「世界倫理」と「世界経典」の理念は改めて見直されてもいいだろう。

 最後に、当方は2000年12月、ウィーン訪問中のキュング氏と会見した。確か、国連主導の「文明間の対話」というプロジェクトでキュング氏はその指導的な役割を果たしていた時だ。以下、同氏との会見の中のコメントを少し紹介する(「世界的神学者キュング氏90歳に」2018年3月19日参考)。

 「私が主張する新しいパラダイムとは、対立から協調の世界であり、強国が弱小国家を制圧する世界に代わって公平と平等に基づく世界だ」
 「世界の宗教者が一堂に結集して現代社会が直面している問題を協議することは国連を刷新する意味でも有益だ」
 「共通倫理は誰が決めるのではなく、我々の中に既に刻印されている。嘘をついてはならない、人を殺してはならない、といったモーセの十戒のような内容だ。これは聖書だけではなく、コーランの中にも明記されている。インド、中国の経典にも見出せるものだ」

メルケル前独首相の「トランプ評」は

 ドイツで16年間、首相を務めてきたアンゲラ・メルケル氏(70)はこのほど伝記を出版した。700頁に及ぶ伝記の中で16年間の首相としての体験談や会合した政治家への評価のほか、人生35年間を過ごした旧東独時代への思い出などが綴られている。当方は同伝記をまだ入手していないので詳細なことは言えないが、独週刊誌シュピーゲル最新号(11月23日号)が伝記出版前にメルケル氏と会見したインタビュー記事を掲載しているので、会見記事を読んだ。

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▲独週刊誌「シュピーゲル」の表紙を飾るアンゲラ・メルケル前独首相


 8頁に及ぶインタビュー記事の中でシュピーゲル誌記者はメルケル氏に来年1月20日に米大統領に就任するトランプ氏への人物評、現職時代のロシアのプーチン大統領との対応などについて、かなり厳しい質問をしている。

 ハリス氏に勝利しトランプ氏再選のニュースを聞いた時、メルケル氏は「悲しかった。ヒラリー・クリントン女史が2016年の大統領選でトランプ氏に敗れた時も失望した。自分は別の結果を期待していたからだ」と述べている。そのトランプ氏については、「政治の世界でウイン・ウインを理解せず、勝利者か敗北者かの2者選択しか理解しない政治家の場合、多国間主義者にとって、それらの政治家とうまくやるのは非常に困難な課題だ」と指摘。現職時代にトランプ氏とホワイトハウスで会合した時の印象を聞かれ、「トランプ氏は非常に好奇心の強い人間だ。彼は詳細な点まで知りたがる。ただし、それは自身の利益をより有利にし、相手を遣り込めるためだ。大きな場所で多くの人がいればいるほど、トランプ氏は勝利者でありたいという衝動を抑えきれなくなる。トランプ氏とは談笑できない。全ての会合は競争であり、自分かお前かの戦いの場だからだ」と指摘する。

 シュピーゲル記者が「トランプ氏の再選は世界の平和にとって危険か」という質問に対し、メルケル氏は「イエス」とは答えず、「多国間主義者にとっては挑戦だ」と外交的に返答し。世界通貨ドルを掌握し、世界最強の経済を有する米国の大統領が如何に強大なパワーを保有しているかを思い出させている。シュピーゲル記者はその答えには満足せず、「トランプ氏の再登場による挑戦は2016年の最初の時より一層強まったか」と聞いている。それに対し、メルケル氏は「現在はトランプ氏とシリコンバレーの大資本を有する企業との連合が生まれてきている。宇宙空間を旋回する人工衛星の60%を保有する企業オーナー(イーロン・マスク氏)がトランプ氏を支援しているとしたら、われわれは更に多くの政治的な問題に関わらざるを得なくなるからだ」と説明している。それでは「マスク氏はトランプ氏より危険か」という質問に対し、メルケル氏は「政治が大資本の言いなりになったり、その影響に屈するようだと、世界の全てにとって未知の挑戦となる」と述べるだけに留めている。

 2015年の中東・北アフリカからの大量難民の殺到とメルケル氏のウエルカム政策についても厳しい質問を受けているが、興味深い点は、やはりメルケル氏のプーチン大統領への評価だろう。メルケル氏は2000年、大統領に就任したプーチン氏と初めて会合しているが、「わたしは彼について何も思い込みなどしていない。彼が独裁的な言動で、自分が常に正しいと考えている人間であることを感じたが、彼が後日、ウクライナに侵攻するとは考えていなかった」と述懐している。

 シュピーゲル誌記者から「あなたは2008年のブカレストで開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会談でウクライナのNATO加盟に反対した」と質問されると、「私はウクライナとグルジア(現在のジュージア)の加盟(正式な加盟行程=Membership Action Plan, MAP)には反対したが、近い将来、両国の加盟が実現できるように保障すべきだとの立場だった」と説明している。

 ちなみに、メルケル氏は後日、ウクライナの加盟を阻止した張本人としてウクライナ側から批判を受けている。ゼレンスキー大統領はブチャ虐殺事件後(2022年3月)、「メルケル氏の2008年ブカレストでの加盟反対がこの結果をもたらした」と批判している。メルケル氏は「ゼレンスキー氏の批判は承諾できない。私はプーチン氏がソ連帝国の崩壊に大きな痛みを感じ、必ずソ連帝国の領土を回復するために軍事行動をとる危険性があると警告してきた。実際、ブカレスト会議の数カ月後、ロシア軍はグルジアに侵攻し、南オセチア紛争が発生した。私の警告が正しかったことが証明された」という。

 ロシアのクリミア半島の併合(2014年)後もメルケル政権はロシアとの間の天然ガスのパイプライン建設(ノルドストリーム2)を継続したことへの批判に対しては、「ドイツの国民経済に私は責任を有していた。安価なガスをロシアから得ることは経済的に重要だからだ。私がもし当時、ノルドストリーム2の操業中止を主張したとしても議会や産業界は支持しなかっただろう」と説明し、「政治的にもガスパイプライン計画は意味がある。それを通じて、ロシアは西側と同じような経済的享受を受けることができるようになるからだ」と説明し、ロシアとの関与を一切遮断することは正しくないという考えを明らかにしている。

 メルケル氏の16年間の首相としての歩みを客観的に評価するにはまだ時間がかかるだろう。

大統領のミスと「極右党の躍進」

 オーストリア南部シュタイアーマルク州で24日、州議会選挙(定数48)が行われ、予想されたことだが、極右政党「自由党」が得票率約35%を獲得して第1党に躍進した。連邦・州レベルでの選挙で自由党が第1党となったのは今年9月29日に実施された国民議会選挙に次いで2回目だ。同国の政界は「自由党」の黄金時代に入ろうとしているのだ。

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▲シュタイアーマルク州議会瀬で大勝利した自由党のマリオ・クナセク州党首(左)とヘルベルト・キックル党首(オーストリア自由党公式サイトから、2024年11月24日)

 先ず、投票結果(暫定)を紹介する。同州議会で与党だった国民党は26.8%で前回比で9.3ポイント減と大きく票を失った。社会民主党は21.4%(前回比1.6ポイント減)。一方、自由党は34.8%でプラス17.3%と歴史的な勝利となった。そのほか、「緑の党」は6.2%(5.9ポイント減)、ネオス5.9%(0.5ポイント増)、共産党4.4%(1.6ポイント減)だった。投票率70.3%。

 ところで、国民党のクリストファ・ドレクスラー同州知事は選挙後、「敗北の主因は州政治ではなく、連邦からの影響だ。投票直後の調査によると、有権者の60%は投票動機を連邦からの問題と答えていた」と語った。具体的には、ファン・デア・ベレン大統領が9月の総選挙後、投票で第1党となった自由党に政権組閣を要請せず、第2党の国民党のネハンマー首相に要請したことから、自由党関係者ばかりか、メディア関係者や国民から「大統領の決定は民主的ではない」といった声が高まった。民主選挙で第1党となった政党が政権組閣交渉を担当するのがこれまでの通例だったからだ。その結果、多くの国民が自由党に同情。一方、自由党は「わが党は大統領の偏向した判断の犠牲者だ」と主張し、有権者の心を掴んでいき、シュタイアーマルク州議会選の大飛躍をもたらした。

 選挙結果が判明した直後、第2党に後退した州知事が選挙戦の敗北の責任を連邦側にあると主張し、それも大統領の政権組閣要請で自由党を恣意的に疎外させたことが自由党の躍進に繋がったと説明したのだ。かなり突っ込んだ発言だ。同州知事は連邦与党「国民党」出身だ。「国民党」党首のネハンマー首相がファン・デア・ベレン大統領の要請を受けて政権組閣交渉に乗り出している時だ。それだけに、同州知事の発言はシュタイアーマルク州を超え、ウィーンの中央政界まで大きく波紋を投じたわけだ。

 ファン・デア・ベレン大統領の組閣要請について、少し説明が要るだろう。オーストリアではドイツと同様、極右政党の政権入りについて、国民ばかりか、メディアの中にも強い抵抗がある。だから、他の政党は自由党、「ドイツのための選択肢」(AfD)との連立を拒否している。ただ、オーストリアの場合、連邦レベルでも州レベルでも自由党が入った連立政権は過去、発足したことがある。2000年の国民党と自由党の連立政権発足の際は、欧州全土でオーストリアの新政権ボイコットが起きた。州レベルではオーストリアでは4州(ニーダーエステライヒ州、オーバーエステライヒ州、ザルツブルク州、フォアアルーベルク州)で国民党と自由党の連立政権が発足している。右傾化が囁かれているだけに、欧州では極右政党の動向に少々過敏となっている。

 ファン・デア・ベレン大統領は総選挙後、主要3党の党首を大統領府に招き、会談した。そこで国民党のネハンマー党首(首相)、社民党のバブラー党首は「自由党とは連立を組まない」と表明した。それを受け、大統領は「国民党と社民党が自由党と政権を組む意思がないことが判明した。自由党一党では政権を組閣できない」と説明し、連立政権発足の可能性は国民党と社民党の連立に第3政党を加えた場合のみ安定政権ができると判断、政権組閣を第2党の国民党のネハンマー首相に委ねた経緯がある。

 大統領の判断は間違いではないが、総選挙で第1党となった自由党の立場を尊重し、たとえ組閣が難しいとしても自由党のキックル党首に組閣を要請すべきだった。それが民主的選挙を尊重するということになるからだ。その点、「緑の党」出身のファン・デア・ベレン大統領はミスをした。同大統領には極右政党への強い抵抗感があるからだ。

 「国民の首相」になると宣言してきた自由党のキックル党首は総選挙で第1党に躍り出たが、政権組閣を拒否され、無念だったはずだ。ただし、自由党がその後も躍進し続けるとすれば、自由党抜きで安定した政権は樹立できなくなる。来年1月にはブルゲンランド州議会選が行われる。キックル党首は同州の自由党党首にノルベルト・ホーファー氏(前第3国民議会議長)を送るなど、着実に手を打ってきている。


<参考資料>
 「極右『自由党』は何を考えているか」2024年9月1日
 「極右『自由党』に政権を委ねられるか」2024年10月10日

世界的にキリスト信者への迫害広がる

 この度公表されたキリスト信者への国際カトリック援助団体「チャーチ・イン・ニード」(Aid to the Church in Need=ACN)の最新報告書によると、世界的にキリスト信者への迫害が強まっている。1947年に設立されたACNの報告書は2年毎に公表される。今回は2022年から2024年の期間、18カ国のキリスト信者の状況を対象に報告(48頁)している。

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▲ACN最新報告書の表紙

 キリスト信者の状況が悪化している地域はアフリカだ。ACN事務局長のレジーナ・リンチ氏は「イスラム教徒の暴力の震源地が中東からアフリカに移動している」と述べ、多くのキリスト信者が移住している。アフリカ以外でも中国やイランのキリスト教徒は「国家の敵」と見なされている。インドでは、国家および非国家主体が「キリスト教徒やその他の少数派を抑圧するための武器として法律をますます利用している」という。一方、キリスト信者を取り巻く環境が改善されている国としてベトナムが挙げられている。

 ここでは「国別報告」の項目から中国と北朝鮮両国のキリスト信者の状況に関する報告を紹介する。

 【中国編】
 「中国当局は全ての宗教団体に対する統制を強化し、未登録の礼拝所、宗教指導者、宗教活動への取り締まりを強めている。聖職者は中国共産党(CCP)に忠誠を誓い、違法な宗教活動に抵抗する義務がある。推定によると、宗教的信念のために数千人が拘束されている」と「中国の項目」で記述している。

 中国共産党は積極的に無神論を推進し、未成年者がいかなる宗教も実践することを控えるよう勧告し、中国共産党とその青年組織に所属する2億8100万人のメンバーは宗教活動への参加を禁止されている。認められている宗教はカトリック、プロテスタント、イスラム教、仏教、道教の5つのみ。これらの宗教の信者は、国家公認の「愛国団体」の保護下で宗教を実践しなければならない。この5宗教に属する団体(例えば地域の教会)は登録することで、公的な礼拝を行う許可を得ることができる。聖書の所持自体は違法ではないが、聖書の印刷および流通は当局によって制限されている。未認可の聖書の出版物は禁じられている。

 全ての宗教団体は、中国共産党による「宗教の中国化」、すなわち社会文化を中国風に形成する努力を支持することが義務付けられており、宗教団体には信者に愛国的な教育を提供することが求められている。政府の方針に従うことを拒否する教会指導者や信者は、しばしば嫌がらせを受けたり、拘束されたりする。ちなみに、中国共産党は香港に対する支配を強化し、国家安全法を制定した。この法律は、香港における「宗教の自由」の将来に対する懸念を引き起こしている(「習近平主席の狙いは『宗教の中国化』」2020年6月12日参考)

 <特記事項>
 2023年9月・・2005年に策定された「宗教活動場所管理に関する措置」の改正が施行され、宗教活動場所に対し、中国共産党の指導を支持し、宗教の「中国化」を推進する義務を課した。この措置では、説教が「社会主義の基本価値観」を反映し、「伝統的な中国文化」と統合される必要があると定められている。

 2024年1月・・中国の治安部隊は、2023年12月中旬から2024年1月初めにかけて、温州の司教であるペーター・シャオ・ジューミンを複数回拘束した。同司教は中国カトリック愛国会への参加を拒否し、自身の教区での司祭の異動や教区の分割といった中国共産党が指示した変更に抗議した。

 2024年3月・・「宗教の自由」に関する専門家は、香港の新国家安全法(香港基本法第23条の実施)が、告解の秘義の守秘義務に深刻な影響を与える可能性を懸念している。香港執行会議のロニー・トン氏が、国家安全に関する犯罪を告解で聞いたにもかかわらず報告しない司祭が起訴される可能性を示唆している。この法律により、国家反逆を知りながら報告しなかった場合、最大14年の懲役刑が科される。これに対し、香港カトリック教区は声明を発表し、この法律は「告解の守秘義務を変更しない」と述べている。

 2024年4月・・内モンゴル自治区の裁判所は、当局に登録されていないプロテスタント系家庭教会のために聖書を販売したとして、キリスト教徒のバン・ヤンホンに5年の懲役刑を言い渡した。

 【北朝鮮編】
 北朝鮮は全体主義体制として機能しており、第二次世界大戦終結後から3世代にわたって統治している金一族の個人崇拝に大きく影響されている。唯一認められた「宗教」は「主体思想」で、これは国家の創設者である金日成によって作られたマルクス主義的な「自主性」のイデオロギーだ。現在、キリスト教は国家の支配や金一族の優位性に対する重大な脅威とみなされている。そのため、キリスト教徒は秘密裏に活動することを余儀なくされている。北朝鮮におけるキリスト教徒の実際の人数を把握するのは非常に困難だが、推定では人口の約0.38%、つまり約9万8000人と見られる。

 <特記事項>
 2023年4月・・南平安道のトンアム村で当局が5人のキリスト教徒を宗教活動のため逮捕し、数十冊の聖書を押収した。このキリスト教徒たちは信仰を放棄せず、聖書の出所を明かすことを拒否した。

 2023年5月・・聖書を所持していたとして、2歳の子供を含む一家全員が終身刑を宣告された。

 2023年5月・・収容所に拘束されていたキリスト教徒が、密かに祈りを捧げていたところを発見され、看守により瀕死の暴行を受けた。この攻撃で重傷を負ったにもかかわらず、この男性は毎日祈りを続け、信仰への献身のために定期的に棍棒で殴られ、蹴られている。

 2024年4月・・2023年に中国から北朝鮮に再び送り返された200人以上の帰還者のうち、中国滞在中にキリスト教徒と接触したことが確認された者は、収容所に送られた。聖書を読んだり、キリスト教の教えに触れたりしたとされる帰還者は全員、強制労働刑を宣告された。

 2024年5月・・2024年版の米国国際宗教自由委員会(USCIRF)の報告書は、北朝鮮における宗教の自由の状況を受け、北朝鮮を再び「特に懸念される国」(CPC:Country of Particular Concern)として指定するよう、米国国務省に勧告した。

 北朝鮮のキリスト教徒は極度の迫害に直面している。キリスト教徒であることや、キリスト教や聖書に関心を示しただけでも、ほぼ確実に国家の敵とみなされる。キリスト教を実践しているところを発見されると、強制収容所に送られ、飢餓や拷問に直面する。政府は厳格な忠誠を強要し、市民に密告者としての役割を求め、子供には親を告発するよう洗脳している。このため、北朝鮮のキリスト教徒は自らの言動に極めて慎重でなければならない。キリスト教徒が逮捕されると、その家族全体が罰を受けることになる(「北のクリスチャンの『祈り方』」2015年9月21日参考)。

独でBSWが加わった連立政権発足へ

 ドイツ東部のテューリンゲン州で「キリスト教民主同盟」(CDU)、「ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟」(BSW)、そして社会民主党(SPD)の3党党首は22日、連立政権を樹立することで合意したと発表した。各党内で承認を得れれば、BSWが初めて政権入りする3党連立政権が発足する。ただし、3党連立では、CDUが23議席、BSWが15議席、そしてSPD6議席で計44議席だ。同州議会の定数は88議席だから、3党連立政権は過半数を有する安定政権とはいえない。

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▲テューリンゲン州議会全体会議風景(2024年11月13日、テュ―リンゲン州議会公式サイトから)

 独メディアはCDU、BSW、SPDの3党連立を「黒・紫・赤」連合と呼んでいる。3党は現在、政府組閣に向けて準備を進めており、早ければ12月にもテューリンゲンCDU党首のマリオ・フォイト氏が州首相に選出される予定だ。ただし、最後の障害は、各党の党員による連立協定への承認だ。フォイト党首は「合意した協定は新しい行動可能な連立だ」と指摘し、「共に責任を担い、我々の州を前進させる」と説明している。

 ドイツ通信(DPA)によると、3党の連立交渉で難航したテーマは米軍の長距離および極超音速ミサイルの配備計画についてだ。BSWが「ドイツの関与なしでの配備」に批判的で交渉が一時暗礁に乗り出す危険性があったという。連立協定文の中で「テューリンゲン州の多くの国民は米国のミサイル配備計画に懸念している」と記述されている。ちなみに、バイデン米政権は7月10日、2026年から対空ミサイルや巡航ミサイル「トマホーク」、開発中の極超音速ミサイルなどをドイツに配備する方針を発表している。

 一方、CDUのフォイト党首は亡命申請者の受け入れ削除を重視し、「亡命申請を却下された移民を自治体に分配することはしない」と強調している。126ページに及ぶこの文書では、3党は「移民政策の方向転換」を求め、「州外国人局」の設立を発表している。この局は、受け入れ、職業資格の承認、統合、送還を統括する。「保護の理由がない者、身元を偽る者、あるいは規則を守らない者、特に犯罪を犯した者は、再び我が国を離れなければならない」と連立協定には記されている。また、欧州連合(EU)の亡命政策改革を支持し、「将来性のある滞在資格を持つ者のみが加盟国に移送されるべきだ」と明記されている。

 9月1日に実施されたテューリンゲン州議会選では極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が2013年の結党以来、州レベルの選挙で初めて第1党に躍進した。AfDの大躍進について、米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」は「ドイツの政治的激震」と表現した(「AfD、テューリンゲン州で第1党に」(2024年9月3日参考)。

 テューリンンゲン州議会でトップとなったAfDのヘッケ党筆頭候補者は「歴史的な出来事だ。国民は変化を求めていることが明らかになった」と勝利宣言し、州首相就任に意欲を見せていたが、他の政党がAfDとの連立を拒否したために、政権を組閣できない。その一方、CDUが主導となってBSWとSPDの3党から成る連立政権の交渉が始まり、合意に達したわけだ。同合意では左翼党から今年1月に離脱して新党結成したBSWが州レベルでは初の政権入りとなるだけに、その動向が注目される。BSWはテューリンゲン州議会選で15.8%を獲得し、ラメロウ現州首相が率いる左翼党(13.1%)の支持者を奪って躍進した。

 当方がテューリンゲン州議会の動向に関心がある理由は、選挙で第1党となった極右政党が政権交渉に乗り出すことが出来ない状況に陥っているからだ。オーストリアでは9月29日の国民議会選で極右党「自由党」が初めて第1党になったが、選挙後の連立交渉からは完全に疎外された立場にある。両者の状況は酷似しているのだ。民主的選挙で第1党になりながら、政権を発足できないのだ。AfDや自由党にとってはフランストレーションが溜まる状況だ。一方、AfDを政権に参加させないために他の政党が政治信条の相違にもかかわらず連立政権を発足させるため、そのような連立政権は遅かれ早かれ政権内で対立が表面化し、崩壊する危険性がある。ドイツで連邦レベルで初の3党連立政権を組閣したショルツ政権が任期を1年余り残して崩壊したばかりだ(「極右『自由党』に政権を委ねられるか」2024年10月10日参考)。

 すなわち、極右政党を排斥するためには、不安定な連立政権に甘んじなければならなくなる。どちらがいいか、といった選択ではない。どちらも国民にとって大きな影響が出てくる。賢明な道は、なぜ極右政党が選挙で多くの有権者の支持を得るかを冷静に分析することではないか。極右政党を支持する国民の票はもはや単なる現政権への抗議票ではないのだ。テューリンゲン州議会選で第1党に躍り出たAfDを率いるヘッケ氏は反憲法、反民主主義、反ユダヤ主義的な世界観を標榜し、ホロコースト記念碑を「恥の記念碑」と呼んだことがある政治家だ。そのAfDが同州で32.8%の得票率を獲得した。特に、若者の間でAfDの支持者が増えている。同じことが、自由党の支持者にもいえるのだ(「AfD支持者はもはや抗議票ではない」2024年9月4日参考)。

ICC「ネタニヤフ首相逮捕状」の波紋

 国際刑事裁判所(ICC、本部ハーグ)は21日、戦争犯罪人としてイスラエルのネタニヤフ首相とガラント前国防相に逮捕状を出したと発表した。同時に、ICCはハマスの指導者モハメッド・ディーフ氏に対しても人道に対する罪で逮捕状を出した。

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▲ICCの主任検察官カリム・カーン氏(ICC公式サイトから)

 ICCのカリム・カーン主任検察官は、「ネタニヤフ首相とガラント前国防相は2023年10月8日から24年5月20日の間、ガザのパレスチナ住民を飢えさせることを戦争手段として使用し、恣意的な殺害や民間人への攻撃に責任がある」と指摘する一方、ディーフ氏に対しては殺人、人質拘束、強姦、拷問など人道に対する罪が問われているという。イスラエル側の情報によれば、ディーフ氏は既に死亡している。

 ICCの裁定が伝わると、イスラエルのイツハク・ヘルツォグ大統領は「人類にとっての暗黒の日」だと強調、ネタニヤフ首相はこの決定を「反ユダヤ的だ」と反論し、「圧力には屈しない」と述べている。

 ところで、欧州連合(EU)加盟国でもフランスのように、イスラエルへの武器輸出を停止すべきだと表明するなど、ガザ地区でのパレスチナ人の犠牲者が増えるにつれて、イスラエル批判が高まってきている。例えば、EU外交政策責任者のジョゼップ・ボレル氏は訪問先のヨルダンの首都アンマンで、「全てのICC加盟国はネタニヤフ首相とガラント前国防相に対する国際逮捕状を尊重すべきだ」と呼び掛けている。

 そのような中でドイツとオーストリア両国は例外だろう。両国はイスラエルのパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム過激組織「ハマス」の昨年の「10・7奇襲テロ」事件後、一貫としてイスラエル側の主張を擁護してきた。ハマスが1200人以上のユダヤ人を殺害し、250人余りを人質として拉致した「奇襲テロ」事件に対しては厳しく批判する一方、イスラエル軍がハマスへの報復攻撃を開始し、ガザ地区で多くのパレスチナ人の犠牲者が出てきた後もそのイスラエル支持の姿勢には揺れがなかった。両国のイスラエル支持には、ナチス・ドイツ軍のユダヤ民族虐殺という歴史的な犯罪に対して、ユダヤ民族への負債感が反映している、と受け取られている(「突出するドイツのイスラエル全面支持」2023年10月27日参考)。

 ICCのネタニヤフ首相らの逮捕状発布のニュースが流れると、オーストリアのシャレンベルク外相は「理解できない。納得できない」と指摘し、ハマスのテロ行動に対するイスラエル側の軍事行動、それを指揮したネタニヤフ首相らを戦争犯罪人としたICCの裁定を厳しく批判している。

 同外相はオーストリア国営放送(ORF)の質問に対し、「民主的に選ばれた政府のメンバーとテロ組織の指導者を同一視するのはばかげている。ガザ紛争は非対称的な対立であり、一方は中東で唯一の民主主義国家イスラエル、もう一方はイスラエル国家の破壊を目標に掲げるテロ組織だ」と強調。同時に、ICCの裁定に対して「国際刑事裁判所の独立性を尊重するが、この決定は国際法に害を与え、裁判所の信頼性を損なう」と述べている。

 パレスチナ保健当局によると、イスラエルのガザ戦闘で4万3000人以上のパレスチナ住民が犠牲となったという。この数字は未確認だ。看過できない事実は「ハマス」がガザ住民を「人間の盾」として利用してきたことだ。

 いずれにしても、ネタニヤフ首相にとって行動が制限される可能性が出てくる。ICC加盟国には訪問できなくなるが、加盟国としてもICCの逮捕状が出ている国家元首や重要人物を逮捕するか否かはあくまでもその国の決定次第だ。例えば、ICCから逮捕状が出ているロシアのプーチン大統領は今年9月、ICC加盟国のモンゴルを訪問したが、モンゴルはプーチン氏を逮捕しなかった。ちなみに、ICC加盟国は124カ国だが、米国、中国、ロシアの大国はICCに加盟していないから、ネタニヤフ首相はそれらの国々には逮捕を恐れることなく、訪問できるわけだ(「モンゴルは「ノーベル平和賞」を逃した」2024年9月7日参考)。

 ちなみに、オーストリアはICC締結国だ。ネタニヤフ首相がウィーンを訪問した場合、同首相を逮捕する義務が出てくる。その辺について、オーストリア外務省報道官はORF側の質問に対し、「ICCから逮捕状が出ている人物がわが国に入国するというリスクを冒すことは考えられない」と指摘し、「それは純粋な仮定の話だ」と述べている。

 なお、イスラエルの最大支援国の米国は今回のICCの決定に不快感を表明し、ホワイトハウスのジャン=ピエール報道官は「わが国はICCの逮捕状を執行する考えはない」と強調した。

私たちには可能性がまだ残されている

 神は単なる「第一原因」の存在ではなく、森羅万象、天宙の創造主であると信じている。イエス・キリストは「神は愛だ」という。その神が自身の似姿で人間を創造したというのだ。ということは、創造された人間もその神の神性を相続しているはずだ。天宙を創造した「神の知恵」ばかりか、全ての人を愛することができる「神の愛」も継承していることになる。

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▲ウイーン市庁舎前広場のクリスマス市場を訪ねる人々(2024年11月16日、ウィーンで撮影)

 ここで問題が生じる。当方の姿が神の似姿とすれば、どうして当方は神のような知恵を有していないのか。この世的に表現すれば、大天才の親のもとにどうして当方のような少々バカな存在が生まれてきたかだ。この問題は深刻だが、ひょっとしたらこれまで未解決の諸問題を説く鍵となるかもしれない。

 人間はその生涯でその能力の3%をも使わず亡くなるという。すなわち97%の能力は使われずに墓場に入るというのだ。なんといった無駄使いだろうか。もし全ての能力をフル回転できれば、当方は大天才となり、宇宙創造の謎も分かるかもしれない。「人間は全て狼」とみる英国の哲学者トマス・ホッブズ(1588年〜1679年)の人間観は「3%の世界観」から飛び出した悲観論であって、「97%の世界」から起因する考えではない。

 当方は宇宙に強い関心がある。「海」より大きいのは「空」だ。「空」より大きいのは「宇宙」だが、その無限大の宇宙より大きいのは人間の「心」だ。だから、人間は小宇宙と言われる。人体を研究し、その機能メカニズムを探究する学者はその緻密な世界に言葉を失うといわれる。宇宙がサイコロを転がして作られたものではないように、人間の人体の中に全ての宇宙の設計が刻み込まれているというのだ。

 当方は20日、MRI検査(磁気共鳴画像)を受けた。頭部と腰椎のMRI検査だ。診察ベッドに横たわり、30分余り狭いカプセルの中に入る。定期的に様々な音が流れてくる。かなり大きな音だ。だから、カプセルに入る前にはヘッドホンを付ける。閉所恐怖症の患者ならば狭い場所に30分余り閉じ込められたらパニックになる。だから、カプセルに入る前に医師は患者に質問する。検査中、何かが起きた場合のために、患者は小さなブザーを握っている。不安になったり、怖くなった場合、そのブザーを押せば医師は即、検査を中止して、患者をカプセルから引き寄せる、というわけだ。

 当方は「生まれて初めて頭の中を検査する」ということから少々興奮した。ひょっとしたら当方の頭の中に未使用の「97%の世界」が画像に浮かび上がるのではないかと考えたからだ。肺の機能を見るレントゲン検査ではない。検査の結果は後日分かる予定だ。医師からは当方の頭部の画像を記録したコンパクトディスク(CD)をもらった。

 ところで、新たな問題がでてくる。なぜ当方はその能力を3%しか利用できないのか、という現実的な問題だ。聖書の世界では、人類始祖が神の戒めを破ったために、「エデンの園」から追放された結果、人間は神が与えた知恵を利用できないような状況に陥ったというのだ。簡単にいえば、「堕落した」というのだ。旧約聖書の「創世記」では、「人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた」(創世記第3章24節)と表現されている。

 なぜ神の似姿の人間がその能力の3%しか利用できず、無知の世界に陥ってしまったのかについて、上記の創世記の説明では不十分だが、「97%の能力」の未使用という状況下に生きている人間の現実はある。すなわち、人間は本来願っている世界からはほど遠いところで生きているという実感だ。だから人類はこれまで無知から知に至るために様々な努力を繰り返してきたわけだ。

 いずれにしても、これまで利用できなかったことは残念だが、「97%の世界」は人類に希望がまだあることを意味する。換言すれば、人間の尊厳回復にも通じる。「ホップズの世界」から決別し、本来の希望溢れる心強い世界観が生まれてくるからだ。人間同士が愛し、助けあって生きていく世界が生まれてくるノウハウが「97%の世界」に刻み込まれていると信じるからだ。

 参考までに、現代の神経科学は、「脳は安静時であってもほぼ全体が何らかの形で活動しており、使われていない部分はない」と主張し、脳神経の未使用な部分の存在については「単なる神話」に過ぎないと否定的だ。

イスラエル「イラン核施設を攻撃した」

 イランは10月1日、イスラエルが9月27日、イランが軍事支援するレバノンのシーア派武装勢力「ヒズボラ」の最高指導者ナスララ師を殺害した報復として約180発の弾道ミサイルをイスラエルに向けて発射した。イスラエル側の発表では、「大部分はイスラエル側の対空防衛システムで撃ち落とされたので、大きな損害は出ていない」という。イスラエルは10月26日、イランに報復攻撃をしたが、イスラエル側の発表では、3基のS−300地対空ミサイルシステムが破壊され、その結果、イランはロシア製のこの防空システムを失った。また、ロケット用固体燃料の部品製造施設が破壊されたといわれてきたが、ネタニヤフ首相はイスラエル議会で、「イランの核プログラムに関連する特定の構成要素への攻撃に成功した」ことを初めて明らかにした。すなわち、イスラエル軍は先月末のイラン攻撃で核関連施設を攻撃していたわけだ(「イスラエル軍の標的はイラン核施設だ」2024年10月3日参考)。

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▲ネタニヤフ首相はカッツ国防相らと共にガザ地区のネツァリム回廊を訪問(2024年11月19日、イスラエル首相府公式サイトから)

 ネタニヤフ首相は議会で、「10月末に行ったイランへの攻撃で、テヘランの核プログラムの特定の構成要素を標的にした。これは秘密ではない」と述べる一方、「イランの核プログラムそのものやその運用能力はまだ無力化されていない」と付け加えた。アメリカのニュースサイト「Axios」は15日、アメリカとイスラエルの匿名の関係者の話として、「10月26日の攻撃でパルチンにある秘密の核兵器研究施設が破壊された」と報じている。

 パルチン(Parchin)は、イランの首都テヘランの南東約30キロメートルに位置する軍事施設で、核兵器や弾道ミサイルの開発と関連がある可能性が指摘されてきた。この施設は、国際原子力機関(IAEA)や西側諸国から核兵器の研究や開発が行われている疑いが持たれてきた。

 IAEAは過去、パルチン施設に関する調査を行ったことがあるが、アクセスが制限され、これまで完全な監視が行われていない。イラン政府は核兵器の開発を否定しており、これらの施設が平和的な目的で使用されていると主張してきた。

 ネタニヤフ首相の発言に注目される点は、「イランの核プログラムそのものやその運用能力はまだ無力化されていない」という箇所だ。「核プログラム」とは、イランが進める核燃料の濃縮活動や関連インフラを指すものと受け取れる。特に、ナタンツ(Natanz)やフォルドウ(Fordow)といった主要なウラン濃縮施設での活動だ。これらの施設では、ウランを核兵器に必要な高濃度(90%以上)へ濃縮できる可能性が指摘されてきた。イランは現在、ウランを60%まで濃縮しており、これは核爆弾に近いレベルに到達する前段階だ。ちなみに、原子力発電所用の濃縮ウランは3.7%だ。IAEAによると、イランは非核保有国としては唯一、濃縮度60%のウランを保有している。

 次に、「運用能力」とは、核兵器を実際に使用可能な形で配備する能力、つまり核弾頭の製造と、それを搭載する弾道ミサイルの開発を意味するはずだ。イランは過去に弾道ミサイルの開発を加速させており、国際社会では、この技術が核兵器の運搬手段として利用される懸念が高まっている。また、固体燃料ロケット部品の製造施設がイスラエルの攻撃対象となったことも、こうした懸念の一部を反映していると考えられる。

 ネタニヤフ首相が「まだ無力化されていない」と述べたことは、これらの二つの側面――核燃料の濃縮プロセスの維持と、核兵器運用のための兵器システム開発――が依然として続いていることを意味するはずだ。すなわち、10月26日のパルチン施設への攻撃はイラン核計画の無力化への第一歩といえるわけだ。

 イランは2015年、米国、中国、ロシア、フランス、英国、ドイツと、イランの核プログラムを制限する核合意を締結した。しかし、米国は2018年、当時のドナルド・トランプ大統領の下でこの合意を破棄し、イランに対する制裁を再導入した。それに対抗する形で、イランは合意の義務を果たすことを止め、核関連活動を継続してきた経緯がある。今年7月に就任したイランのペセシュキアン大統領は、核合意の復活を支持し、イランの孤立状態を終わらせることを願っているといわれるが、トランプ氏のホワイトハウス復帰が、イランと米国の間の緊張をさらに高める可能性が出てきた。

 なお、テヘランを訪問して帰国したIAEAのグロッシ事務局長は19日、「イラン当局は高濃縮度ウランの生産に自主規制をする準備に入っている」と語った。IAEAによると、イランはここ数カ月で、核兵器に適した純度約60%のウラン在庫を約18キログラム増やし、約182キログラムにした。今回のイランの対応(濃縮活動の制限)については、「イスラエルがイラン国内の核施設を破壊したことと関連しているのではないか」といった推測が聞かれる。
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