ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2024年10月

教皇庁初の「聖職者の児童虐待報告書」

 フランシスコ教皇の呼び掛けで2014年に設立された「教皇庁未成年者保護委員会」は29日、聖職者らによる未成年者への性的虐待問題に関する包括的な報告書を発表した。50頁に及ぶ報告書では、新たな聖職者の性犯罪件数など数字は含まれていないが、教会や関連施設での聖職者の性犯罪が多発してきた背景について言及し、「教会は明らかに失敗した」と指摘している。

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▲バチカンニュースとのインタビューに答える「教皇庁未成年者保護委員会」委員長のオマリー枢機卿(左)(2024年10月29日、バチカンニュースから)

 設立から10年後、教会における虐待防止の現状について、「教皇庁未成年者保護委員会」(委員長・ショーン・パトリック・オマリー枢機卿)が教会共同体やローマ教皇庁内で行われた調査や研究の結果をまとめたもので、5つの大陸を対象としている。報告書は教会側の対応の進展を強調しつつ、地域的な課題や緊急対策の必要な分野を明らかにしている。

 オマリー枢機卿は、報告書の発表に際し、被害者に向けて「あなた方の苦しみと傷が、私たちに教会としての失敗を気づかせ、最も必要とされていたときに被害者を守らず、理解しようともしなかったことを私たちに悟らせた」と説明。また、被害者や生存者による「勇敢な証言」を称賛し、「私たちは、あなた方が空虚な言葉にうんざりしていることを知っている。私たちが何をしても、起こったことを完全に癒すには不十分であることを理解しているが、この報告書を通じて、教会内で二度と同じことが起こらないようにするという約束を強化したいと願っている」と話している。報告書の表紙には被害者の回復力を象徴するバオバブの木(別名「生命の木」)が描かれている。

 報告書では、教会全体における虐待件数や、各国での教会法上の手続きの進行状況について包括的な情報はない。多くの国から信頼できるデータが得られていないためだ。その代わりに、報告書では虐待事例に対応するバチカン当局や各地域の教会での改善提案が示されている。

 フランシスコ教皇は2014年、教会内での聖職者による性的虐待を根絶するための措置を講じるように命じた。同委員会は、虐待被害者の声を聴き、必要な改革と保護のメカニズムの確立を目指してきた。報告書は「被害者が情報へアクセスしやすくなることを願う。被害者に関するすべての情報は、プライバシー保護を死守しながら公開されるべきだ」と訴えている。同時に、教会内で聖職者の性犯罪に対する責任を定め、「虐待案件を効率的かつ厳格に扱うためにはバチカン当局間のより緊密な連携が求められる」と指摘している。

 報告書の重要な部分は、各地域教会における未成年者保護の現状に焦点を当てている箇所だ。委員会は毎年15〜20の教区を審査し、進展を分析して改善点を探ってきた。最近では、メキシコ、ベルギー、パプアニューギニア、カメルーン、さらにコンソラータ宣教会および聖霊修道会(男女双方)において調査が行われた。

 特にアメリカ、ヨーロッパ、オセアニアの一部地域では、未成年者保護のための進展が見られる一方、アフリカ、アジア、中南米の地域では必要な構造や資源が不足しているという。委員会は、世界の地域教会に対し、より多くの連帯を求め、資源が不足している教会共同体への支援を強化するよう訴えている。

 報告書のもう一つの重要な点は、ローマ教皇庁が保護措置の発展と普及の中心的役割を担っている点だ。報告書は、教皇庁内での透明性を高めるだけでなく、基準の統一と明確なコミュニケーション体制の整備が必要とし、「全世界の被害者に対して同じ保護基準を保証すべきだ」と求めている。また、委員会は教義省の規律部門による統計情報の公開が限られている点を批判し、虐待案件をより効果的に追跡するために、このデータへの包括的なアクセスが求められるとしている。教会指導層と世界教会に対しては、「教会全体に対して、虐待防止を共同の責任として捉えるべきだ」と呼びかけている(バチカンニュース独語版から)。

 報告書は、未成年者を性的に虐待した聖職者が今後迅速に辞職することを要求している。教皇庁児童保護委員会の提言の一つで、正当な理由があれば「辞職手続きを加速させる」と助言している。この手続きが疑惑段階で行われるのか、教会法や刑事手続きの後に行われるのかについては明記されていない。

 報告書ではまた、データ収集の透明性向上や、被害者支援のための標準化された報告体制や支援サービスの導入も求めている。

 先述したように、同報告書は聖職者の未成年者への性的虐待件数や実例については言及されていない。信頼できるデーターの収集が遅れていることをその理由に挙げている。その点、報告書は不十分と言わざるを得ない。

 教会は聖職者の未成年者への性的虐待を久しく隠蔽してきた歴史がある。明らかになっては困るような事例が数多くあるはずだ。「教皇庁児童保護委員会」の報告書が単なるバチカンの対策へのアリバイとなってはならない。可能な限り、迅速に、世界のカトリック教会での聖職者による未成年者への性的虐待総件数を公表すべきだ。それができないとすれば、聖職者の性犯罪へのバチカン側の真剣度と熱意が疑われても仕方がないだろう。

イスラエル、UNRWAの活動を禁止

 パレスチナ自治区のガザ地区を2007年以来実効支配しているイスラム過激派テロ組織「ハマス」が昨年10月7日、イスラエルとの境界網を破り、近くで開催されていた音楽祭を襲撃し、キブツ(集団農園)に侵攻して1200人以上のユダヤ人を虐殺し、250人以上を人質にしたテロ事件が報じられると、世界はその残虐性に衝撃を受け、ユダヤ人犠牲者に同情心や連帯感が寄せられたが、時間が経過するにつれてその同情心、連帯感は薄れ、中東紛争でこれまでよく見られた「加害者」と「被害者」の逆転現象が起き、イスラエル批判が高まってきた。

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▲パレスチナ難民の子供たち(UNRWA公式サイトから)

 ネタニヤフ首相は戦闘では「ハマスの壊滅」を目標に掲げてきたが、ハマスのガザ区最高指導者ヤヒヤ・シンワル氏の殺害(10月17日)などを通じ、その目標はほぼ達成し、イスラエル軍は現在、レバノンのイスラム教シーア派テロ組織「ヒスボラ」の壊滅を新たな軍事目標としてきた。

 ところで、イスラエルは「10・7奇襲テロ事件」に国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員の少なくとも12人が直接関与していたと指摘、それを受けてUNRWAに支援金を拠出してきた米国、ドイツ、日本などが次々と支援金を一時停止した(時間の経過と共に、日本を含む西側諸国で支援を再開する国が出てきた)。

 UNRWAはガザ区に約1万3000人の職員を抱えているが、その大部分がパレスチナ人だ。そしてパレスチナ人職員の10%以上がハマスやイスラム聖戦と関係がある。イスラエルのネタニヤフ首相は「ガザ戦争が終われば、UNRWAは解体だ」と表明してきた。

 そのような中で、イスラエル議会(クネセト)は28日、UNRWAの活動を来年からイスラエル国内では禁止する法案を可決した。議会(120議席)では、92人の与野党の議員が賛成票を投じ、アラブ系議員が反対しただけだ。外電によると、新しい法律が施行されると、イスラエル当局はこの組織との接触を一切禁止する予定であり、法案の公布から90日以内に実行される。なお、当初予定されていたUNRWAをテロ組織として公式に認定する条項は、クネセトの議事日程に上がった二つの法案には含まれていなかった。

 この結果、UNRWAの活動は大幅に制限される。1967年にイスラエルが併合した東エルサレムも禁止対象に含まれている。特に、紛争の続くガザ地区においては、UNRWAの支援を頼りにする約200万人の住民にとって大きな影響が懸念されている。

 イスラエル側の決定に対し、UNRWAのフィリップ・ラザリ―二事務局長は28日、公式のXで、「今晩のイスラエル議会によるUNRWAに対する投票は前例のないものであり、危険な前例となる。それは国連憲章に反対し、国際法に基づくイスラエル国の義務に違反している」、「これらの法案は、特に人々が1年以上地獄のような状況を経験しているガザでは、パレスチナ人の苦しみをさらに悪化させるだけだ。現地の65万人以上の少年少女が教育を受けられなくなり、全世代の子供たちが危険にさらされることになる」と述べた。

 国連のグテーレス事務総長や米国は、事前にこの法案に反対を表明した。ドイツ、フランス、イギリス、カナダ、オーストラリア、日本、韓国の外相たちは、共同声明でイスラエル政府に対して国際的な義務を果たすよう強く求めた。

 イスラエル側のUNRWA解体論にはそれなりの理由はある。イスラエルが1948年に建国された際、70万人のパレスチナ難民の救済を目的としてUNRWAが創設された。そしてハマスはガザ区でパレスチナ人に対して食糧や医療の提供のほか、学校教育まで支援してきたが、ガザ区の学校教育ではイスラム教徒のテロは美化され、イスラエルを悪者にする憎悪に満ちたコンテンツがカリキュラムとなっている。すなわち、米国やドイツ、日本からの支援金でガザ区でテロ組織ハマスの予備軍が育てられているわけだ。UNRWAの職員がハマスのテロ奇襲に関与していたことが判明し、イスラエル側のUNRWA解体要求は一層、強まっていったわけだ。

 一方、国連側や人権擁護団体はUNRWAの職員がテロに関与していたという事実より、困窮下にあるパレスチナ人に食糧や医療品などを支援してきたUNRWAの職員がいなくなれば、パレスチナ人は生存できなくなるといった危機感のほうが強い。眼前で苦しむパレスチナ人の姿、負傷して苦しむ子供たちの姿を目撃すれば、欧米のメディアを含む多くの人権団体がイスラエル軍の軍事活動に対して批判的になるのは理解できる。

 参考までに、1948年の国連総会決議194の第11条には、「パレスチナ難民の故郷への帰還の権利」が明記されている。イスラエルはパレスチナ難民の帰還の権利を拒否しているが、1949年に創設されたUNRWAはウェブサイトで、「UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)とは異なり、出身国への帰還を含む難民に対する永続的な解決策を模索する」と述べている。イスラエルがUNRWAに対し批判的なのは、UNRWAがパレスチナ難民の帰還の権利を認めていることもある。

 イスラエル軍の軍事攻勢が終わった後、ガザを如何に統治するかは現時点では不明だ。UNRWAの今後の役割も不確かとなった。問題は、破壊されたガザに住むパレスチナ人たちの今後だ。ガザは破壊され、4万3000人余りのパレスチナ住民が犠牲となった。「ハマスの奇襲テロ」、そして「イスラエル軍の報復攻撃」は余りにも多くの犠牲をもたらした。「戦いには勝利者はない。敗者だけだ」というが、ガザの現状はその実例だ。

 最後に、私見を少し述べたい。UNRWAの活動が禁止された場合、パレスチナ人への支援をどうするかだ。そこでアラブ圏が主導して「ガザ奉仕活動隊」を創設する。そのメンバーはアラブ語ができ、イスラエと外交関係を有する国出身者(例・ヨルダンやエジプト)から優先的に募集する。雇用者は国連だ。希望者は1年、2年の契約を結んでガザのパレスチナ人を支援し、医療、学校を運営する。参加者の能力、キャリアによって給料は変わる。失業中の若くて優秀なアラブ人が参加すれば、出身国の失業対策ともなるはずだ。

ブルガリアで安定政権が発足できるか

 26日、27日は選挙デーだった。日本では衆議院選挙が行われ、欧州ではジョージア(グルジア)、リトアニア、そしてブルガリアの議会選挙(一院制、定数240)がそれぞれ行われた。欧州駐在の当方は母国日本の総選挙の結果を気にしながら、ブルガリア議会選をフォローした。

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▲「政府不在」期間、政治的影響力を強めるブルガリアのラデフ大統領(ブルガリア大統領府公式サイトから)

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▲集計93・27%の段階での各政党の得票率(ソフィア通信社から、2024年10月28日)
GERB-SDS – 26.31%
Continue the Change – Democratic Bulgaria (PP-DB) – 14.79%
"Vazrazhdane" – 13.65%
DPS – New Beginning – 10.66%
BSP – United Left – 7.7%
Alliance for Rights and Freedoms (APS) – 7.02%
There Is Such a People (ITN) – 6.94%
Moral, Unity, Honor (MECH) – 4.66%
"Velichie" – 4.07%


 ブルガリアは旧ソ連・東欧諸国の民主化後、2004年に北大西洋条約機構(NATO)、2007年に欧州連合(EU)に加盟し、立派な欧州の一員として歩みだしているが、過去3年半で7回目となる選挙が今回行われたのだ。同国では投票の結果、安定政権が発足できないため、短期間で議会解散、総選挙といったパターンが繰り返されてきたわけだ。それと同時に、国民の政治への不信感が高まる一方、メディアの関心も減少していった。オーストリア国営放送は27日夜、早速「ブルガリア、再び難航する政府探し」という見出しをつけて報じていた。

 まず、過去3年半の同国の7回の選挙を簡単にまとめる。
 同国では、�。横娃横映�4月、第3次ボリソフ政権(「ブルガリアの欧州における発展のための市民」=GERB)の任期満了に伴う議会選挙が実施されたが、選挙後の組閣工作が失敗に終わった。�■横映�7月に再選挙が行われたが同様の結果に終わった。�F映�11月の3度目の議会選挙後、第1党となった新連合「変革を継続する」(PP)を中心とする反ボリソフ同盟のぺトコフ新連立内閣が同年12月に発足したが、連立パートナーの連立離脱を契機とする内閣不信任決議案の可決を受け、2022年6月に総辞職に追い込まれた。�て映�10月の選挙後も新しい政権が発足できない状況が続き、ルメン・ラデフ大統領によって任命されたガラブ・ドネフ暫定政権が続いてきた。�ィ横娃横廓�4月2日、そして�Γ横娃横看�6月9日に、前倒し選挙が実施され、ボリソフ氏のGERBが最大の得票を獲得したが、安定政権は発足できなかった。その結果、�В廓�半で7回目の総選挙が10月27日実施されたわけだ。正式な政府が発足するまで現行の暫定政権(ディミタル・グラフチェフ首相)が引き続き政務を担当してきた。

 27日の総選挙の暫定結果を紹介する。ボイコ・ボリソフ元首相が率いる中道右派連合GERB−SDSが第一党となる見込みとなった。世論調査機関ガロップ・インターナショナル・バルカンとアルファ・リサーチの予測によれば、GERB−SDSは有権者の25.1%から26.4%の支持を集めた。一方、リベラル保守派の連合PP−DB(「民主主義的ブルガリア」)は14.9%から15.4%で2位につけた。両連合はブルガリアの欧米寄りの方針を維持し、ロシアの侵攻を受けたウクライナへの支援を続ける意向だ。両連合は過去1年にわたって正式な連立協定なしで共同統治してきたが、改革、人事、腐敗対策などを巡る対立が原因で崩壊した。

 今回も同様の連立が成立するかは27日の投票日夜の段階では未定だ。安定した多数派の新政権には時間がかかると見られている。3度首相を務めたボリソフ氏は投票時、「人々は政府に、安定、そして安全を求めている」と述べ、主要政党との協力に前向きな姿勢を示した。一方、PP党首のキリル・ペトコフ氏はボリソフ氏への協力を拒否し、「保守派のボリソフ氏と連携するつもりはない」と既に述べてきた。

 ボリソフ氏は「(親ロシア派の)復活党を除く全ての議会政党と話し合う用意がある」と発言する一方、「イタリアのマリオ・ドラギ氏のように無党派の首相を任命する」というPP−DBの提案を拒否し、「それは有権者の意向を無視するものだ」と反論している。

 ブルガリアでは2021年の反汚職デモによって当時のボリソフ政権が崩壊して以来、政治的に不安定な状態が続いている。2025年のユーロ圏加入申請やEUからの巨額の資金割り当てを危うくする可能性が出てきたのだ。

 ちなみに、政権の不安定を煽り、勢力を拡大しているのは極右「復活党」だ。復活党のコスタディン・コスタディノフ党首は27日、「ブルガリアは外国の干渉を受けず、独立した国であるべきだ」と述べ、ブルガリア・ファーストを標榜している。GERBは復活党との連携に関心を持っているが、EUのブリュッセルやワシントンは復活党が参画した新政権の発足には批判的であることもあって、これまでは一定の距離を置いてきた。

 民主主義国では選挙で過半数を獲得できる政党はもはや少なくなった。だから、選挙後、3党、4党の多党から成る連立政権が生まれてくるケースが増えてきた。安定政権を組閣するためにはどうしても政治信条の異なる寄せ集めの政権となりやすい。

 その意味で、ブルガリアの政情が特別、異常とはいえないが、長期安定政権の不在、政治的膠着状況が続くようだと、名誉職的な立場のラデフ大統領の政治的権限が強まり、「議会制共和国」から「大統領制国家」への移行が現実味なアジェンダとなってくる。

北朝鮮「政府報告書」で日米韓を糾弾

 スイス・ジュネーブの国連人権理事会で来月7日午後(現地時間)、「普遍的・定期的審査」(UPR)の北朝鮮人権セッションが開かれる。北朝鮮のUPRは2009年12月、2014年5月、2019年5月に次いで今回が4回目。北側の「政府報告書」の発表後、加盟国代表から北の人権問題で意見が出る。日本政府代表は日本人拉致問題などで質問する予定だ。北朝鮮軍のロシア派兵が明らかになったこともあって、欧米諸国も北朝鮮の人権問題に対して関心が高まっている。

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▲朝鮮人民軍空軍司令部を視察 した金正恩総書記と娘のジュエ氏(北朝鮮の月刊画報「朝鮮」から)

 国連人権理事会では各加盟国の人権状況、人権問題に関連した国際法、国連憲章の義務の履行状況を調べるために、2006年からUPRという審査メカニズムが設置され、08年4月から具体的に実施されている。UPR作業部会では全ての加盟国が参加し、被審査国の人権状況について質問できる。同審査には非政府機関(NGO)は発言できないが、傍聴できる。その審査内容を理事会の3国代表が報告者国となり、まとめてUPR作業部会に提出。それが採択されると、理事会の全体会合に提出され、正式に採択される運びとなる。

 UPR作業部会には3つの基本文書が審査のたたき台として提出される。一つは審査される国の「政府報告書」、2つ目は国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が人権問題に関連した国際条約や憲章に対する被審査国の義務履行を編集した文書、そしてOHCHRがNGOらの提出した、被審査国の人権問題に関する信頼できる情報をまとめたサマリーの3文書だ。

 北朝鮮は今年8月29日、ナショナル・レポート(政府報告書)をUPR作業グループに提出済みだ。人権関連法案の改正などを挙げ、人権状況の改善への努力を強調する一方、「人権問題が改善しない理由」として米国、日本、韓国らの名前を挙げて厳しく反論している。

 当方は17頁からなる北朝鮮の「政府報告書」を入手した。同報告書は冒頭で、「朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)は偉大な朝鮮労働党の賢明な指導のもと、政策や法制度および実務的措置を採用し、その実施過程に科学的かつ効果的な指導を提供することにより、政治、経済、文化の全分野で人々が権利を十分に享受できる条件を整える努力で顕著な成果を収めた。DPRKの社会体制は、人々を中心に据えたものであり、労働者階級があらゆるものの主人であり、社会のすべてが彼らに奉仕する。DPRKは政策立案と実施の基本原則として、人々の尊厳、権利、利益を守ることを掲げ、どのような仕事においても人々の利益と利便性を最優先にする『人民第一主義』の立場を一貫して維持してきた。報告期間中、DPRKは国家と社会の主人として人々が政治的権利を十分に享受できるよう積極的な措置を講じ、国民経済の包括的発展のための主要な目標を設定し、国民の福祉向上のために多大な業務を遂行した」と記述している。

 北朝鮮の「政府報告書」で注目される点は、「人権の促進と保護に対する朝鮮民主主義人民共和国の努力は、深刻な障害や課題に直面しており、これらは時間の経過とともに増加している」と指摘し、「人民の権利の進展で最大の障害」として、米国のほか、特に日本や韓国に対して厳しい批判を展開させていることだ。

 米国に対しては「アメリカ合衆国は朝鮮民主主義人民共和国の建国当初から一貫して敵対的な政策を追求し、政治、経済、軍事、文化などあらゆる分野でその内政に干渉し、人民が選択した社会主義制度を崩壊させようと必死の努力を続けてきた」と指摘し、日本に対しては「日本は、40年にわたる朝鮮への軍事侵略の中で、強制連行や拉致、数百万人の朝鮮人の虐殺、日本帝国軍による従軍慰安婦としての女性の徴用などの反人道的犯罪を犯し、朝鮮人民に取り返しのつかない被害を与えてきたにもかかわらず、過去の犯罪を清算しておらず、依然として朝鮮民主主義人民共和国に対する敵対的な政策を続けている」と述べている。北朝鮮が「政府報告書」の中で「日本帝国軍の従軍慰安婦」「過去の犯罪の清算」に言及したことに注目が集まっている。

 ちなみに、韓国に対しては「大韓民国もまた、この瞬間においてさえ、アメリカの核戦略資産を朝鮮半島に導入し、アメリカや日本と共にあらゆる種類の戦争訓練を行い、朝鮮民主主義人民共和国の安全保障に対する恒常的な脅威を与え、経済発展および国民の生活向上のための重大な障害を形成している」と強調している。要するに、北朝鮮は人権問題が進展しないのは米日韓らの外部の敵国の妨害のせいにする一方、人権問題を追及する声に対しては「内政干渉」という表現で一蹴している。前回の「政府報告書」と同様だ。

 「政府報告書」は最後に、「単に異なる思想や理念を追求しているという理由で朝鮮民主主義人民共和国の社会主義体制を崩壊させようとするいかなる試みも、我が人民の人権に対する侵害であり、その尊厳に対する侮辱だ」と強調している。

 参考までに「政府報告書」の「将来の目標」の項目で、�。庁丕劭砲蓮�国民の権利と利益の保護、ならびに福祉の増進を活動の最高原則とし、持続可能な経済発展を通じて国民の生活をさらに向上させ、国の包括的な発展を達成するための努力を継続、�■庁丕劭砲蓮�国際的人権動向と国内の実情に応じて人権の促進と保護のための法体系を強化・整備し、国民の法的権利と利益を最大限に保証するとともに、国家開発目標と密接に結びつけて持続可能な開発目標(2030アジェンダ)の実施において国際社会と協力する、��DPRKは、「児童の権利に関する条約」や「女子差別撤廃条約」など、自国が締約国である国際的人権条約に基づく義務を誠実に履行し、人権分野における国際交流と協力をさらに促進していく、と記述している。

 残念ながら、北朝鮮の「政府報告書」は虚偽が多く、同国の人権状況を正確かつ客観的に報告していない。米国務省が毎年公表する「宗教の自由に関する年次報告書」や迫害されているキリスト教徒を支援する超教派の宣教団体「オープン・ドアーズ」、国際人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(Human Rights Watch= HRW)の報告書では、北朝鮮内の宗教者への迫害、女性の権利の蹂躙状況が赤裸々に報じられている(「北政府「人権報告書」は嘘だらけだ!」2019年5月11日参考)

 北朝鮮最高指導者・金正恩朝鮮労働党総書記は「人民第一主義」という言葉を頻繁に使うが、衣食住もままならず、「言論の自由」「女性の権利」「信教の自由」も保証されていない社会に生きる国民の嘆きが聞こえないのか。

来年はヨハン・シュトラウス・イヤー

 2025年は作曲家で「ワルツの王」、「ウィーンの太陽」と呼ばれたヨハン・シュトラウス2世(1825年10月25日〜1899年6月3日)生誕200年を迎える。ウィーン生まれのシュトラウス2世を祝う記念コンサートやイベントのプログラムが先日発表されたばかりだ。

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▲来年生誕200年を迎えるワルツ王ヨハン・シュトラウス2世(ウィキぺディアから)

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▲ウィーンから見た“美しき青きドナウ川”の風景(2013年4月26日撮影)

 「シュトラウス・イヤー」のプログラムに関心がある読者はhttps://www.johannstrauss2025.at/をクリックすれば 約250日間にわたる65のプログラムが掲載されている。スター打楽器奏者マーティン・グルービンガーが指揮する参加型音楽プロジェクト「カウントダウン・シュトラウス」が既に始まっている。

 ところで、世界各地から毎年、古典音楽ファンがベートーヴェンやモーツァルトの息吹を体験したいと音楽の都ウィーンを訪問する。ところで、ウィーン子にとって音楽といえば楽聖ベートーヴェンや天才モーツァルト、歌曲の王シューベルトの音楽ではなく、先ずワルツの王ヨハン・シュトラウス2世だ。舞踏会のシーズンに入ると、シュトラウスの曲が至る所で流れる。ニューイヤーコンサートではシュトラウス2世の「美しき青きドナウ」が演奏され、コンサート最後には父親ヨハン・シュトラウス1世の代表作品「ラデツキー行進曲」が演奏されるのが慣例だ。

 ウィーン子がボン生まれのベートーヴェンやザルツブルク出身のモーツァルトを嫌っているのではなく、シュトラウス・ファミリーのワルツが好きなのだ。ワルツに乗ってダンスに興じるのはシュトラウス時代、貴族社会では最高の喜びだった。シュトラウス・ファミリーがウィーンのワルツ界を牛耳っていた。

 オーストリア帝国の首都ウィーンで1814年、ナポレオン後の欧州の秩序を話し合う会議が開催されたが、夜な夜なダンスが開かれ、社交界は華やかだったが、肝心の会議は進まなかったことから、「会議は踊る、されど進まず」と揶揄されたものだ。あれから約200年が過ぎるが、ウィーンは現在、世界的な国際会議の開催地として有名だ。舞踏会になれば、ウィーン子や世界からきた人々がワルツを踊り出す。

 シュトラウス2世の作品としては「美しき青きドナウ」、「ウィーンの森の物語」、「皇帝円舞曲」などのほか、オペレッタ「コウモリ」がよく知られている。シュトラウス・イヤーでは、劇場やコンサート、実験的なスペシャル企画なども開催される。「クラシックなプログラムを期待している人は失望するかもしれません」と、シュトラウス生誕199周年にプログラム発表を行った総監督ローランド・ガイヤー氏は述べている。

 記念プログラムは、「ピュア」「ミックス」「オフ」という3つのセクションに分かれている。「シュトラウス・イヤー」は音楽的に大晦日の夜にスタートし、市庁舎前広場で開催されるウィーンのシルベスターパスで、ウィーンの音楽愛好家たちによる「スーパー・バンド」が、オーストリアの打楽器奏者マーティン・グルービンガーの指揮のもと演奏を行う。歌手アンカティ・コイやマックス・ムツケ、フェリシア・ルー、ドラマーのトーマス・ラング、スティングの打楽器奏者ラニ・クリジャらが出演する予定だ。

 また、シュトラウスの代表作「コウモリ」は、誕生から151年を迎える来年4月5日にウィーン中で祝われる。特にミュージアムクォーターでは、昼間は子供や家族向けにシュトラウスのメロディーを体験でき、夜にはスロバキア出身のヤノスカ・アンサンブルによる特別版オペレッタが披露される。

 ウィーン市はシュトラウス2世生誕200年記念業にのために200万ユーロ増額して合計2200万ユーロを計上している。ちなみに、この予算額は2006年の「モーツァルト・イヤー」の予算(2910万ユーロ)よりも少ないという。

 ワルツは別として、当方はシュトラウス父子に関心がある。父親シュトラウス1世は息子が自分より人気のある曲を作曲するのを妬ましく感じていたという。モーツアルトの父親は息子の才能を知って、それを如何に発展させるかで腐心したが、シュトラウス・ファミリーの場合、シュトラウス1世の父親が作曲家で当時、それなりの名声を得ていたこともあって、息子(シュトラウス2世)が自分よりも人気があることに我慢ができず、息子の悪評を流したというのだ。

朝鮮半島のヤコブ(南)とエサウ(北)

 北朝鮮が15日に軍事境界線の北側にある南北連結道路、韓国とつながる京義線と東海線の一部を爆破した際の写真が韓国聯合ニュースで掲載されていたが、その爆破シーンは韓国と北朝鮮の現在の険悪な関係を象徴的に表示していた。北朝鮮軍総参謀部は9日、韓国につながる道路と鉄道を完全に遮断し、防御用の構造物で要塞化する計画を発表済みだ。北朝鮮は今月上旬に開催された最高人民会議(国会)で憲法を改正し、韓国を「敵対国家」と明記したばかりだ。南北関係はここにきて険悪の一途を辿っている。

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▲「ヤコブとエサウの和解」(ピーター・パウル・ルーベンスによる1624年の絵画)

 南北関係に話を進める前に旧約聖書の創世記に記述されているヤコブとエサウの兄弟の話を紹介する。

 エサウ(兄)とヤコブ(弟)はイサクの2人の息子だ。エサウはイサクが次男のヤコブに長子権と神の祝福を与えるのを見てヤコブを妬み、殺そうとした。そこでヤコブは母親の助けを受けて、母親方の叔父ラバンのもとに避難する。ヤコブは21年間、ラバンのもとで働いた後、妻と財産をもって帰途に向かう途中、天使と闘い勝利し、神から「イスラエル」という称号を得る。そして遠方に兄エサウの姿を見て、ヤコブは7度地に伏せ、過去の出来事を詫び、全ての財物をエサウに与えた。苦労した弟の姿を見たエサウはヤコブを抱擁し、和解する、という話だ。

 韓国と北朝鮮は本来兄弟国だ。金正恩総書記が韓国を「敵対国」と宣言し、核兵器で脅迫したとしてもその民族的繋がりは変わらない。DNAで検査すれば、それは一目瞭然だ。すなわち、朝鮮半島で展開している南北間の闘争、いがみ合いは兄弟喧嘩といえるわけだ。聖書ではカインとアベル、そして上述したエサウとヤコブの兄弟の話が記述されている。換言すれば、神の祝福を得た弟(アベル、ヤコブ)とそれを得られなかった兄(カイン、エサウ)との愛憎物語だ。

 話を現代に戻す。最近では、ロシアのプーチン大統領はウクライナの民族的主権を無視し、クレムリン前にキエフ大公の聖ウラジミールの記念碑を建てた。聖ウラジミールはロシアをキリスト教化した人物だ。クレムリンの前に聖ウラジミール像を建立するということは、ウクライナもロシアに属していることを意味する。そして軍事的侵攻を正当化してきた。プーチン氏は自身を聖ウラジミールの転生(生まれ変わり)と信じている。

 ロシア正教会の最高指導者モスクワ総主教のキリル1世はウクライナ戦争勃発後、プーチン大統領のウクライナ戦争を「形而上学的な闘争」と位置づけ、ロシア側を「善」として退廃文化の欧米側を「悪」とし、「善の悪への戦い」と解説、ウクライナとロシアが教会法に基づいて連携していると主張し、キーウは“エルサレム”だという。「ロシア正教会はそこから誕生したのだから、その歴史的、精神的繋がりを捨て去ることはできない」と強調、ロシアの敵対者を「悪の勢力」と呼び、ロシア兵士に闘うように呼び掛けてきた。

 プーチン氏とキリル1世の独自のナラティブ(物語)に対し、ウクライナ正教会(モスクワ総主教庁系、UOK)の首座主教であるキーウのオヌフリイ府主教は2022年2月24日、ロシアのウクライナ侵攻を「悲劇」とし、「ロシア民族はもともと、キーウのドニエプル川周辺に起源を持つ同じ民族だ。われわれが互いに戦争をしていることは最大の恥」と指摘、創世記に記述されている、人類最初の殺人、兄カインによる弟アベルの殺害を引き合いに出し、両国間の戦争は「兄弟戦争(フラトリサイド)だ」と喝破し、注目を呼んだ(「分裂と離脱が続くロシア正教会」2022年5月29日)。

 カインは弟アベルを殺害した。人類最初の殺人動機は「自分は愛されていない」という絶望からの感情暴発だった。不幸なことだが、同じことが、プーチン氏にもいえるのではないか。欧米諸国から支援を受けるウクライナへの強烈なライバル意識、経済的に繁栄する欧米諸国への憎悪だ。それだけではない。朝鮮半島での韓国と北朝鮮との戦もカインとアベル、エサウとヤコブの兄弟戦争と受け取ることができるのだ。

 太陽政策と呼ばれる緊張緩和政策を掲げて南北再統一を進めた故金大中大統領(任期1998年〜2003年)は南北関係を兄弟関係と受け取っていた一人だ。「北風」ではなく、「太陽」で北朝鮮国民の凍った心を解かそうと腐心した。しかし、その太陽政策は北側の金正日総書記に利用されただけで終わった。太陽政策を支援していたウィーン大学の北朝鮮問題専門家、ルーディガー・フランク教授は当時、「韓国の太陽政策は徹底していなかったから失敗したのだ。韓国側はもっと北側を支援すべきだった」と指摘していた。韓国側にエサウに全ての財宝を捧げた‘ヤコブの精神’が十分でなかったというわけだ。

 ところで、北朝鮮が10月15日に爆破した道路と鉄道は、2001年から2008年にかけて韓国政府から融資された1億3290万ドルをもとに建設されたものだ。金正恩総書記はそれを破壊することで韓国との関係に終止符を打つつもりだったのだろう。南北間の兄弟戦争は危険水域に入ってきた。

 北朝鮮はロシアとの間の軍事協定に基づいてロシアへ派兵を決定した。一方、韓国側がキーウ政府から強い要請を受けてウクライナへ武器支援を決めた場合、ウクライナとロシアの戦場で兄弟国の南北は戦いを始めることになる。

北朝鮮が参戦国となる時

 「ウクライナとロシア間の戦争の行方は北朝鮮が握っている」・・ウクライナのクレバ外相(当時)はユーモアと少しの皮肉を込めて発言したつもりだろうが、それは暴言でも失言でもなく現実となってきた(「ウクライナ戦争の行方を握る北朝鮮」2024年1月26日参考)。

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▲オースティン米国防長官(右)と会見するゼレンスキー大統領。米国は総額4億ドルの新たな防衛援助パッケージをウクライナに割り当てると発表(2024年10月21日、キーウで、ウクライナ大統領府公式サイト)

 北朝鮮がロシアのウクライナ侵攻を支援するために自国兵士を派遣していることを受け、欧米諸国では警戒心を強めている。韓国情報機関筋によると、これまで約3000人の北朝鮮兵士がロシア入りし、ロシア側からロシア兵士の制服、身分証明書、軍事器材を提供されているという。その後、一定の軍事訓練を受けた後、戦場に派遣されると見られている。北側は年内にも1万人以上の兵士をロシア側に派遣する予定という。

 韓国情報機関筋によると、派遣された第一陣の北朝鮮兵士はウクライナ軍が8月6日以来、ロシア領土に越境して占領しているクルスク州に送られ、苦戦するロシア軍を援助するのではないかという(ウクライナ軍事情報機関)。

 北朝鮮が自国兵士をロシア側に派遣するのは、今年6月19日、両国間で締結された軍事協定「包括的戦略パートナーシップ条約」に基づくもので、第3条、4条には「いずれかの締約国が一国または複数の国から武力侵攻を受け、戦争状態に置かれた場合、他方の締約国は、国際連合憲章第51条および朝鮮民主主義人民共和国およびロシア連邦の法律に従い、遅滞なくあらゆる手段で軍事的およびその他の支援を提供する」と明記されている。ただし、ロシアはウクライナに侵攻したのであり、攻撃を受けたのではないから、厳密には、北朝鮮側の兵士派遣は軍事協定外の行動だ。

 韓国聯合ニュースによると、北朝鮮兵士一人当たり2000ドルの代価がロシア側から支払われるという。すなわち、金正恩朝鮮労働党総書記は自国の若い兵士を戦場に送ることでロシア側から経済的支援などを得ているのだ。北朝鮮の海外労働者と同じ仕組みだ。

 北朝鮮軍のロシア派兵がウクライナ情勢にとってゲームチェンジャーとはならないものの、ウクライナばかりか、欧州全土にも少なからず影響を与えることは必至だ。北朝鮮がウクライナ戦争に参戦したのだ。ドイツ外務省は23日、北朝鮮がロシアに兵士を派遣し、ウクライナでの戦闘に参加しているという報道を受け、ベルリンの北朝鮮代理大使を召喚した。同外務省はXで「もし北朝鮮がウクライナでのロシアの侵略戦争を軍隊で支援するなら、それは重大な事態であり、国際法違反である」と声明を出した。また、北朝鮮のロシア支援は「ドイツの安全保障と欧州の平和秩序をも直接的に脅かす」とも述べている。オーストリア外務省も同日、ウィ―ンの北朝鮮の崔康一大使(外務省前北米局副局長=Choe kang il)を召喚し、北朝鮮の派兵に対して懸念を伝えている。

 ちなみに、ドイツは年内にも平壌の同国大使館を再開する計画だ。ドイツは2020年3月、北側が新型コロナウイルスの感染防止のために国境を閉鎖したことを受け、平壌の大使館を閉鎖し、中国の北京に移動した。しかし、今年2月、ドイツは10人から構成された使節団を平壌に派遣して大使館再開に向け準備している。北朝鮮がロシアに兵士を派遣したことを受け、ドイツ側の大使館再開が遅れる可能性がある。スウェーデンや英国など他の欧州諸国も平壌での外交活動を再開する準備を進めている一方、ロシア、中国、モンゴル、ベトナムは平壌の自国大使館を再開済みだ(「ドイツ、今秋にも平壌の大使館再開か」2024年3月15日)。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は北朝鮮軍の介入を「世界大戦への一歩」と警告を発し、ロシア側との停戦の見通しが更に遠ざかったと受け止めている。北朝鮮とウクライナは現在、敵対的な外交関係にあるが、その主な原因は、戦争における北朝鮮のロシア支援にあることはいうまでもない。この関係は2022年に北朝鮮がウクライナ東部のドネツク州とルハンシク州の分離地域の独立を正式に承認したことで大幅に悪化した。

 なお、北朝鮮が軍事協定に基づいて自国兵士をロシアに派遣したことにより、朝鮮半島で韓国と軍事衝突が生じれば、ロシア軍が北朝鮮を支援するというシナリオが生まれてくる。いずれにしても、ロシアへの派兵は、北朝鮮がウクライナ戦争で参戦国となったことを意味する。もはや単なる武器支援国ではない。金正恩総書記には戦争の責任が出てくる。無傷では済まされない。

「教皇の現実主義」は中国では通用しない

 ローマ・カトリック教会の総本山バチカンと中国共産党政権は22日、両国間の司教任命権に関する暫定合意を4年間延長すると発表した。バチカンと中国政府は2018年9月に司教任命の手続きに関する暫定合意を締結したが、同合意は2年間の有効期限が設定されており、2020年と2022年にこれまで2回延長されてきた。そして今回、両者はその有効期限を倍の4年間に延長することで合意した。なお、この合意の正確な内容は引き続き非公開となっている。

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▲2018年、中国河北省にある村の教会の写真(バチカンニュース独語版2024年10月22日から)

 バチカンは同日、「中国国内におけるカトリック教会の利益と、中国国民全体の幸福を見据えた二国間関係の発展を目的とし、中国側と尊重的で建設的な対話を継続していく」と強調している。バチカンは毛沢東が1951年、バチカンの最後の外交官を国外追放して以来、中国とは国交関係がない一方、台湾とは外交関係を維持している。なお、中国外務省は両国関係の正常化の主要条件として、�|羚馥眄�への不干渉��台湾との外交関係断絶―の2点を挙げてきた。

 中国では1958年以来、聖職者の叙階はローマ教皇ではなく、中国共産政権と一体化した「中国天主教愛国会」が行い、国家がそれを承認してきた。一方、ローマ教皇に信仰の拠点を置く地下教会の聖職者、信者たちは弾圧され、尋問を受け、拘束されてきた。その期間が長く続いた。

 バチカンは司教任命権を主張し、「天主教愛国会」任命聖職者の公認を久しく拒否したが、2018年9月22日、中国側の強い要請を受けて、愛国会出身の司教をバチカン側が追認する形で合意した。暫定合意(ad experimentum)はバチカン側の譲歩を意味し、中国国内の地下教会の聖職者から大きな失望の声が飛び出した経緯がある(「バチカンが共産主義に甘い理由」2020年10月3日参考)。

 バチカンと中国共産党政権間の暫定合意の延長は今夏頃から囁かれていたが、これまでの2年間の延長ではなく、4年間と延長期限を倍にしたわけだ。すなわち、4年間が終わる2028年には暫定合意が10年目を迎えることから、バチカンと中国側は暫定合意から「暫定」を削除して、正式合意とする交渉が既に出来上がっているのではないか。

 フランシスコ教皇は9月13日、中国側との対話について、「私は中国との対話に満足しており、その結果は良い。特に司教の任命についても、私たちは善意を持って協力している」と満足を表している。それに対し、欧米諸国では中国の人権蹂躙、民主運動の弾圧などを挙げ、中国批判が高まっている時だけに、バチカンの中国共産党政権への対応の甘さを指摘する声が絶えない。

 それを意識してか、バチカンの情報サービス「フィデス」は「事実に基づいてみると、教皇の判断はキリスト教的な現実主義の結果だ」と分析している。なぜならば、フランシスコ教皇の言葉を正しく評価するためには、いくつかの最近の事実を把握する必要があるというのだ。

 既に、9月のコラムで記述した内容だが、2018年9月22日、暫定合意が署名されて以来、中国側の全てのカトリック司教は教皇と完全で公然とした階層的な交わりがあり、1950年代後半から中国のカトリック教徒の間で深刻な亀裂を生じさせてきた不法な司教叙階はない。過去6年間で、中国では9人の新しいカトリック司教が叙階された。同期間、中国の政府機関の手続き外で叙階された8人の「非公式」司教も北京の政治当局からその承認を得た。

 2018年と2023年には、中国から2人の司教がローマで行われた司教会議に参加した。これまで数十年にわたり、中国本土の司教が第二バチカン公会議や司教会議の総会に参加することはできなかった。また、中国本土のカトリック教徒のグループがリスボンで行われた世界青年の日に参加した。中国の巡礼者たちは、タイ、モンゴル、シンガポールでの使徒的訪問中に、ローマで教皇と会った。数名の中国司教はヨーロッパやアメリカでの会合や会議、教会の交わりの場にも参加した。要するに、何十年もの間、分裂していた教会共同体内で和解のプロセスが見られ出したというのだ。

 過去2年間で問題が生じなかったわけではない。2023年4月にジョセフ・シェン・ビン司教が政府当局の命令で上海に移されたことがあった。しかし、3カ月後、フランシスコ教皇はシェン・ビンを上海司教に任命し、海門司教区から転任させることでこの問題を解決した。5月21日、シェン・ビン司教は、教皇庁立ウルバニアナ大学で行われた「最初の中国会議(1924−2024)」100周年記念会議で、教皇庁国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿とともに講演者の一人を務めた。これは、中国人司教がバチカン主催のイベントで講演者として参加した初めての機会だった。最近では、周村教区の司教であるジョセフ・ヤン・ヨンチャン司教の杭州教区への移動は問題なく行われた。これは、司教の転任についても聖座と北京の間で確立された対話のプロセスが機能していることを示す(以上、バチカンニュース独語版から)。

 ちなみに、バチカンのナンバー2、国務長官のピエトロ・パロリン枢機卿は2018年2月、イタリア代表紙ラ・スタンパとのインタビューの中で、「バチカンは中国の国家機関の改革を要求する考えはない。大切な点は信仰だ。バチカンは中国共産党政権といつまでも対立関係を続けていくことはできない」と述べたことがある。バチカン側は中国共産党政権に対するフランシスコ教皇の現実主義を擁護しているが、暫定合意で問題が生じた場合、バチカン側が最初に譲歩し、中国側の決定を受け入れることで問題を解決してきたパターンがほとんどだ。逆ではない。中国の地下教会の聖職者たちが心配する点はそこだ。

 中国共産党政権の習近平国家主席は2012年に権力を掌握した後、「宗教の中国化推進5カ年計画」(2018〜2022年)を実施した。「宗教の中国化」とは、宗教を中国共産党の指導の下、中国化すること(同化政策)だ。それは新疆ウイグル自治区(イスラム教)で実行されている。100万人以上のイスラム教徒が強制収容所に送られ、そこで同化教育を受けている。キリスト教会に対しては官製聖職者組織「天主教愛国会」を通じて、キリスト教会の中国化を進めている。中国共産党政権との対話では、‘キリスト教的な現実主義’がいつまでも通用することはないのだ。

苦難から生まれる「善」のために祈ろう

 ポーランドのローマ・カトリック教会のイェジ・ポピェウシュコ神父の名前をご存じだろうか。同神父は1984年10月19日、共産主義政権の秘密警察によって拉致され、殺害された。あれから今月で40年が過ぎた。

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▲40年前に殉教したポーランド教会のポピェウシュコ神父(バチカンニュース独語版2024年10月20日から)

 ポーランドでは先週末、国民的英雄のポピェウシュコ神父の追悼が行われた。アンジェイ・ドゥダ大統領とヴワディスワフ・コシニャク=カミシュ副首相は、ワルシャワにあるポピェウシュコ神父の墓に花輪を捧げた。ポピェウシュコ神父が務めていたゾリボジュ地区の教区教会で行われたミサで、ドゥダ大統領は「ポピェウシュコ神父や彼の世代の他の人々の努力のおかげで、今日のポーランドは自由な国となった」と述べ、共産主義時代に自由のために勇敢かつ決然と立ち向かった神父に感謝した。

 バチカンニュースは「19日には数千人が、ポピェウシュコ神父が働いていた教会までの追悼行進に参加した。その教会の庭には彼の墓がある。行進には、国民保守派の野党である『法と正義(PiS)』党の指導者ヤロスワフ・カチンスキ氏も加わり、参加者の多くは白と赤のポーランド国旗を掲げていた」と報じた。

 ワルシャワのカジミェシュ・ニッチ枢機卿は、説教の中でポピェウシュコ神父を「愛の福音の証人であり、人間の尊厳の擁護者」と呼び、かつて労働組合および自由運動「連帯」の教区司祭だった同神父の早期の聖人認定を祈るよう信徒に促している。

 なお、国会下院(セイム)でも、ポピェウシュコ神父を追悼した。18日に採択された決議では、「神父は共産主義占領者の嘘を暴露し、その人権侵害を非難した」と述べられている。

 ポピェウシュコ神父は説教で、当時禁止されていた「連帯」を支援し、ワルシャワの共産主義政権に対抗する運動を展開した。彼の「祖国のためのミサ」は月ごとに非常に注目を集め、1982年から亡くなるまでそれが続いた。

 1984年10月19日、37歳の司祭がビドゴシュチ(ブロムベルク)でのミサからワルシャワへ車で戻ろうとしていたところ、ポーランド秘密警察のエージェントに拘束され、拉致された。数日後、彼の縛られた遺体がヴウォツワヴェク(レスラウ)近くのダム湖から発見された。彼の殺害は、全国で政権に対するポーランド国民の抵抗を強め、5年後の共産主義崩壊の一因となった。ポピェウシュコの葬儀には50万人以上が参加した。政権は国民の不満を抑えるため、1985年にこの殺人に関与した秘密警察の3人の職員に重刑を課したが、首謀者は処罰されることはなかった(バチカンニュース)。

 1989年にポーランドが自由を取り戻すと、ヨハネ・パウロ2世はこの「連帯」運動の神父を、ポーランドのヨーロッパの守護聖人に任命した。2010年6月6日には、ベネディクト16世がワルシャワでポピェウシュコ神父を列福した。

 ヨハネ・パウロ2世は1984年10月31日の一般謁見で、「キリスト者は、キリストにあって勝利するように召されている。この勝利は苦難と結びついており、キリストの復活が十字架と不可分であるように、彼の死もまた勝利を意味する。私はポピェウシュコ神父のために、そしてこの死から生まれる善のために祈ります。それは、十字架から復活が生まれるのと同じです」と述べている。同2世はまた、1990年の一般謁見の場で、「精神的に自由であり続けるためには、真理に生きる必要がある。真理に生きることは、それを証しし、常に記憶し続けることだ」と語っている。

 世界が民主諸国と共産圏に分断されていた冷戦時代、ポーランドのポピェウシュコ神父の他に、1960年代から80年代にかけてルーマニア全土を掌握したいたチャウシェスク大統領の独裁政権崩壊へ最初の一撃を加えたトランシルバニア地方の改革派キリスト教会のラスロ・テケシュ牧師、そして ソ連・東欧共産圏で世界初の「無神論国家宣言」を表明したアルバニアのホッジャ政権下で25年間、収容所に監禁されていたローマ・カトリック教会のゼフ・プルミー神父の名前がどうしても思い出される。共産主義社会で「信教の自由」のために献身的に歩んだ聖職者だ。

 当方がアルバニアの首都ティラナでプルミー神父と会見した時、同神父は、「わが国の民主化は宗教の自由を求めることから始まった。シュコダルで初めて正式に礼拝が行われた時、警察当局はもはや武力で礼拝を中止できなくなっていた。ティラナで学生たちの民主化運動が本格的に開始する前に、神について自由に語る権利を要求する運動が始まっていた。当時の共産政権指導者は恐れを感じていた」と話してくれた。

 ルーマニアではマジャール系(ハンガリー人)の牧師が主導する少数民族への弾圧政策に抗議する運動が改革の起爆剤となったが、その中心的人物はテケシュ牧師だった。国民から「12月革命の英雄」と称えられた。秘密警察が全土を支配する中、命の危険を顧みずに立ち上がり、民主化の起爆剤となった。ハンガリーのブタペストで会見した時、同牧師に「あなたの原動力は何か」と質問すると、「キリスト者としての信仰と、不義な者から逃避してはならないという確信があった。多くの国民も、人間として自由でありたいという願いは、生命を失うかもしれないという恐れより強かった」と語ってくれた。

 冷戦時代を生き、使命を担い、走りきった3人の聖職者は神の証人だ。彼らのことを想起する時、「(彼らの)苦難から生まれた『善』のために祈ろう」と述べたヨハネ・パウロ2世の言葉が生き生きと蘇ってくる。苦難、試練から生まれてきた「善」は私たちの本心に語り掛ける力を持っている。

モルドバを‘第2のウクライナ’にするな

 モルドバで20日、大統領選(任期4年)の投開票が行われ、選挙委員会によると、現職の親欧州統合派のマイア・サンドゥ大統領(52)が得票率41%(暫定)で第1位となったが、第一回投票で当選に必要な過半数からは遠く、2週間後に第2位の候補者、得票率約26%を獲得した親ロシア派のアレクサンドル・ストヤノグロ氏との間で決選投票(11月3日)が実施されることになった。大統領選と同時に行われた欧州連合(EU)の加盟の是非を問う国民投票は賛成票と反対票が拮抗している。最終結果は在外投票の集計後になる予定。

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▲再選を目指すサンドゥ大統領(2024年8月21日、モルドバ大統領府公式サイト)

 サンドゥ氏は2020年以来、旧ソ連共和国のモルドバの大統領を務めている。ロシアのプーチン大統領がウクライナに軍を侵攻させた直後、ロシアから距離を置き、EUへの統合推進を掲げて2022年6月に加盟申請した。EUのフォンデアライエン委員長は当時、「モルドバは独立国家になって以来、腐敗、汚職対策など改革を果敢に推進し、欧州統合に歩みだしている」と高く評価していた(モルドバは2016年、EUとの間で自由貿易協定を締結済み)。ブリュッセルとキシナウ(モルドバの首都)との間で加盟交渉が今年6月から進行中だ。

 大統領選では11人が立候補者したが、実際はEU加盟を掲げるサンドゥ大統領と親ロシア派の社会党(PSDR)が支持する元検事総長のストヤノグロ氏の間で戦われた。ストヤノグロ氏は選挙戦では「東(ロシア)でも西(欧米)でもないバランスの取れた外交政策」を主張してきた。同氏はサンドゥ氏によって検事総長を解任されている。なお、サンドゥ大統領は「モルドバの国民が運命を自ら決定すべきであり、嘘や買収で選挙を操作すべきではない」と、親ロシア派の不正投票を批判している。投票率は約51.6%だった。

 一方、EU加盟を支持する憲法改正のための国民投票は予想外に多くの国民が反対票を投じた。国民投票の文面では、「EU統合をモルドバの戦略的目標として宣言する」という文言が憲法に加わる予定だった。現地の情報によると、反対票が50.5%と賛成票を僅差で上回っている。

 国民の間では、大統領選とEU加盟国民投票を同時に実施することに反対の声が強かった。反対派は「EUとの交渉は続行すべきだが、加盟交渉が完了した段階で国民投票を実施すべきだ」と主張している。親ロシア派の一部の政治家はEU加盟を問う国民投票をボイコットした。

 ロシア軍がウクライナに侵攻して以来、モルドバには多くのウクライナ国民が避難してきた。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、「欧州の最貧国」と呼ばれ、人口約264万人の小国モルドバに50万人余りのウクライナ人が避難してきた。

 モルドバの欧州統合プロセスは急テンポだが、ウクライナのようには北大西洋条約機構(NATO)の加盟は願っていない。国内にロシア系少数民族が住んでいることから、プーチン大統領を刺激したくないという政治的判断が働いているものと推測されている。

 2022年2月にロシアがウクライナに侵攻して以来、モルドバの多くの人々は、「次にロシアはわが国を攻撃するのではないか」という懸念を抱いている。ソ連崩壊後にモルドバから分離したロシア語圏のトランスニストリア地方の情勢に多くの国民は不安を感じている。

 ちなみに、ウクライナ南部に接するモルドバ東部のトランス二ストリア地方はモルドバ全体の約12%を占める領土を有する。モルドバ人(ルーマニア人)、ロシア系、そしてウクライナ系住民の3民族が住んでいる。同地域にはまた、1200人から1500人のロシア兵士が駐在し、1万人から1万5000人のロシア系民兵が駐留。ロシア系分離主義者は自称「沿ドニエストル共和国」を宣言し、首都をティラスポリに設置し、独自の政治、経済体制を敷いている。状況はウクライナ東部に酷似しているわけだ。

 サンドゥ大統領を批判する国民は「西側の利益を優先する一方、厳しい経済状況や高インフレの改善に取り組んでいない」と指摘、サンドゥ氏がロシアのガス供給を拒否したため、エネルギー価格が高騰し、多くの消費者が不満を抱いているという。

 モルドバでは、来年夏の議会選挙に向けて親欧州派と親ロシア派の政治権力争いがさらに激化することが予想される。欧米諸国はモルドバを第2のウクライナにしないために支援を惜しんではならない。
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