ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2024年05月

21世紀の「聖体祭」について

 欧州のカトリック国では30日(木曜日)は「聖体祭」で祝日だった。「聖体」とは生きているイエス・キリストの体を意味し、それを崇敬する祭日だ。イエスが十字架にかかる前、弟子たちにパンを見せて、「これは私の肉だ」といい、ぶどう酒の入った杯をとって「これは私の血だ」と語り、分け与えたという話から由来している。信者はホスチアと呼ばれる小さなパンをミサの時に受けることで生きたイエスが共にあることを祝う。「聖体祭」は初期キリスト教会からあった伝統ではなく、13世紀、ベルギーの教会で始まった風習が今日まで伝わってきたものだ。

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▲ウィーン市内のカトリック教会の「聖体祭」の礼拝風景(2024年5月30日、ウィ―ン市16区で)

 聖体祭には聖職者たちが聖体顕示台を抱えて市中を歩く「聖体行列」と呼ばれる儀式がある。行列には神父や司教たちの後に信者たちが列を作って一緒に進む。聖体行列を初めて見た時、新鮮な驚きを感じた。信者たちは讃美歌などを歌いながら路上をゆっくりと歩く。聖体顕示台はモーセ時代の幕屋に似ている。

 イエスの十字架の死から3日後の復活(イースター)から始まり、キリスト昇天祭、聖霊降臨祭(ペンテコスト)そして聖体祭を迎えると、教会の春の主要行事は終わる。その意味で、聖体祭は春に終わりを告げる前の最後の儀式、風物詩といえるかもしれない。聖体祭は聖霊降臨祭(日曜日)から2週目の木曜日となっている。いずれも移動祝日だ。

 ドイツではバイエルン州やヘッセン州など6州では聖体祭は祝日だが、北部の州ではそうではない。一方、オーストリアはカトリック国なので30日は祝日だ。31日の金曜日を休むと、木、金、土、日の4連休となるため旅行に出かける国民も少なくない。ドイツ方面の高速道路は移動する人々の車で長い列が出来る。

 勤労者にとって、一日でも多く休日があるほうが嬉しい。ただ、クリスマスや復活祭は別にして、宗教に関連した祝日の意義や意味を知っている人は少ない。例えば「聖母マリアの被昇天」(8月15日)などの祭日の宗教的意味が分からない人は結構多い。

 オーストリア教会の最高指導者シェーンボルン枢機卿はウィーン市のメトロ新聞「ホイテ」に「聖体祭とは」といったテーマでコラムを掲載している。そこで聖体祭の意義、由来などを紹介していた。

 ところで、欧州のキリスト教会では聖職者の未成年者への性的虐待事件の多発、不正財政問題などで信者の教会離れが急速に進んでいる。オーストリア、そして隣国のドイツでも教会から脱会する信者は多い。ドイツ福音教会(EKD)によると、プロテスタント教会は昨年、約59万人が減少した。2023年末時点で、EKDの20の地方教会に所属している信者数は約1856万人だ。ドイツでは新旧両教会を合わせると、ここ数年間、年100万人前後の信者が教会から去っている。一方、オーストリアではあと10年もしないうちに、カトリック教会の信者は国民の50%以下になると予想されている。当方が1980年にオーストリアに初めて入国した時、国民の80%以上がカトリック信者だった(「宗教改革者ルターが怒り出す『報告書』」2024年1月28日参考)。

 21世紀の今日、生きたイエスの聖体を崇敬する「聖体祭」はいつまで教会の祭日として祝われるだろうか。12月8日の「無原罪の聖母マリア」の祝日では、カトリック国では会社、学校は休みとなるが、「人々がプレゼントを買う絶好の時季のクリスマス営業にマイナスが大きい」という理由から、12月8日の祝日に商店のオープンが可能になったいきさつがある。社会の世俗化の波は激しい。その中で教会の祝日が生き延びていくことが出来るだろうか、と考えざるを得ないのだ。

 聖体祭を含め、宗教的祭日、式典、儀式にはそれなりの意味と意義があることは間違いない。宗教的儀式には人間の本源的な願いを目覚めさせるシンボル的な意味が含まれているように感じる。アイルランド出身の作家オスカー・ワイルド(1854〜1900年)は死の直前、その式典の美しさゆえにカトリック教会に改宗している。教会の中には歴史を通じて洗練されてきた式典、儀式が多い。無形な神について、聖画などを通じて具象化されてきた。式典、儀式もその一つの表現方法だろう。パンとぶどう酒をイエスの聖体として拝領する「聖体祭」は非常に創意性がある。「堕落した世界」から「神の世界」に戻る一種の血統転換の儀式といえるだろう。

パレスチナ国家承認は時期尚早だ

 パレスチナ自治区ガザを実効支配してきたイスラム過激テロ組織「ハマス」が昨年10月7日、イスラエルに侵入し、奇襲テロで1200人以上のイスラエル人を虐殺、250人余りを人質にしてから7カ月以上が経過した。イスラエル側はその直後、ハマスに報復攻撃を開始し、イスラエル軍とハマス間の戦闘が続いてきた。人質はまだ「ハマス」のテロリストの手にある一方、ガザ戦闘でハマスの盾に利用されたパレスチナ住民3万5000人以上が犠牲となっている。

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▲パレスチナ国家承認を発表するスペインのサンチェス首相(2024年5月28日、スペイン首相府公式サイドから)

 ガザ戦闘への国際社会の反応は、戦闘開始直後はハマスの奇襲テロを受けたイスラエルへの理解があったが、パレスチナ住民に多くの犠牲が出てきたことから、イスラエルへの批判が高まり、イスラエル側の即戦闘停止を求める声が聞かれてきた。子供、女性、患者たちの悲惨な姿を映像で見てきた国際社会では当然、イスラエル側への非難が高まってきた。その頂点はイスラエルのネタニヤフ首相への国際刑事裁判所(ICC)の逮捕状請求だろう。ここにきて、ハマスの奇襲テロへのイスラエルの報復攻撃といった構図は完全に消滅し、軍事力の強いイスラエル軍の脆弱なパレスチナ人への戦争犯罪行為、強者の弱者への一方的な攻撃といった構図に変質していった。これは新しい現象ではない。イスラエルと中東諸国間のこれまでの戦闘は最後にはそのような構図に落ち着く。正義、公平の結果といったものではないのだ。

 なぜ、上記の事をここで書いたかというと、ノルウェー、アイルランド、スペインの欧州3カ国が28日、パレスチナを国家承認すると発表したからだ。再度、明確にガザ戦闘の経緯を想起しなければならないと考えるからだ。

 欧州3国のパレスチナ国家承認は、「パレスチナ国家をイスラエルとの和平合意の一部としてのみ承認する」という西側諸国の長年の姿勢から明らかに逸脱している。イスラエルが欧州3国のパレスチナ国家承認に対し、「ハマスのテロへの報酬だ」として激しく非難したのは当然だ。ハマスの「10月7日奇襲テロ」から始まった今回のガザ戦闘がパレスチナ国家承認という成果をパレスチナとハマス側にもたらしているからだ。換言すれば、ガザ最南部ラファへの攻撃を開始したイスラエルへの懲罰といった意味合いすら出てくるのだ。

 イスラエル軍の圧倒的な軍事力の前に壊滅寸前のハマス側は「われわれはイスラエルに戦争では勝てないが、国際社会の外交舞台では勝利した」と豪語するかもしれない。ガザ最南部ラファのパレスチナ避難所へのイスラエルの空爆で少なくとも45人のパレスチナ人が犠牲となったと報じられ、その画像は世界に大きな衝撃を投じたばかりだ。

 ちなみに、イスラエル軍は28日、「パレスチナ避難所の火災状況を分析すると、イスラエルの空爆で発生した火災を上回る火災が生じている。避難所の地下に保管されていたハマスの弾薬倉庫が空爆で爆発して大火災が生じ、その結果多くのパレスチナ避難民が犠牲となったのではないか」と分析している。昨年10月17日のガザ区のアルアハリ・アラブ病院爆発を思い出してほしい。ハマスはイスラエル軍との戦闘では常にパレスチナ人を人間の盾に利用してきた。ハマスにとってパレスチナ住民の犠牲が多いほど、都合がいいのだ。

 現在、193カ国の国連加盟国のうち145カ国がパレスチナ国家を承認している。欧州連合(EU)の27カ国の加盟国のうち、スウェーデン、キプロス、ハンガリー、チェコ、ポーランド、スロバキア、ルーマニア、ブルガリアはパレスチナ国家を承認済みだ。日本を含む先進首脳会議(G7)の7か国は未承認だ。

 ノルウェー、アイルランド、スペイン3国は、今回の決定でパレスチナ自治区ガザの戦闘終結に向けてイスラエルに圧力をかけ、イスラエルとパレスチナの「2国家共存」による和平実現を促す契機となり、他の諸国にも国家承認へと動かす契機となると期待している。実際、マルタは検討中で、スロベニアは30日にもパレスチナの国家承認を発表するものと予想されている。

 スペインのペドロ・サンチェス首相は「今回の決定はイスラエルとパレスチナ人が平和を築く助けとなることを目的としたものだ。イスラエルを敵とするものではない」と指摘し、パレスチナの国境問題については「マドリードの立場は国連安全保障理事会の決議とEUの伝統的な立場に完全に一致している」と述べた。具体的に、1967年の六日戦争前の国境を認めるという。ヨルダン川西岸地区とガザ地区は回廊で結ばれ、東エルサレムを首都とし、自治政府の合法的な政府の下に統一されるというわけだ。

 「オスロ合意」の舞台となったノルウェーは過去30年間余り、パレスチナ国家の擁護者だった。ノルウェーのエスペン・バース・エイデ外相は「他の国がノルウェーの例に続けば、和平解決により大きな勢いを与えることができる。二国家解決が平和への唯一の道だ」と述べている(「『オスロ合意』30年と関係者の証言」2023年9月13日参考)。

 繰り返すが、イスラエル軍とハマスの戦闘が続いている時、欧州3国のパレスチナ国家承認発表はその意図は別として、ハマスにとって大きな‘戦果’として受け取られるだろう。残念なことだが、現在はパレスチナ国家承認の時ではないのだ。

マクロン氏の3日間のドイツ国賓訪問

 フランスのマクロン大統領は26日から3日間の日程でドイツを公式訪問した。国賓としては2000年のシラク大統領以来24年ぶりのドイツ訪問となった。ウクライナ戦争が勃発して以来、独仏間にはウクライナ支援で政策や方向性の違いが浮き彫りとなったり、首脳間のコミュニケーションがスムーズにいかない場面が目立っていた。それだけに、マクロン大統領のドイツ訪問で両国間の意見調整、リセットが進められるものと期待された。その狙いは成功しただろうか。

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▲ドイツを国賓訪問したマクロン大統領(左)と歓迎するシュタインマイヤー大統領(2024年5月26日、ドイツ連邦大統領府公式サイトから)

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▲マクロン大統領のドレスデンでの演説(2024年5月27日、ドイツ連邦大統領府公式サイトから)

 初日の26日はベルリンでシュタインマイヤー大統領との首脳会談が行われた。その後の記者会見で、シュタインマイヤー大統領はフランスからのゲストを歓迎し、「独仏両国の団結」と強調し、マクロン大統領は「独仏友好の重要性」を改めて指摘した。

 マクロン氏はフランスとドイツ間で不協和音があるという報道について、「それは事実ではない。私たちは前進している」と述べ、シュタインマイヤー大統領は、「独仏協力は一部のコメントで批判されるような状況だとは思わない。両国が常に同じ意見を持つ必要はない。我々は二つの異なる国であり、異なる利益を持つこともある」と述べ、共同防衛プロジェクトなどの最近の進展に言及した。マクロン氏はまた、「当然、我々は同じではなく、常に同じことを考えるわけではないが、ヨーロッパの進展は共に前進し、共に決定を下すことによってのみ達成される」と説明している(「独仏の間に隙間風が吹く」2024年3月18日参考)。

 会談では欧州の現状、ウクライナ支援、極右ポピュリズムへの対応などで意見の交換が行われた。マクロン大統領は国内で支持率30%を獲得してきた右翼政党「国民連合」に言及し、「国民が民族主義、極右運動に魅力を感じてきている」と警告を発し、「欧州が消滅する危険性が出てきた」と述べている。シュタインマイヤー大統領は「ドイツ人とフランス人は特に、自由、平和、民主主義が天から降ってくるものではなく、闘い、交渉し、防衛し、強化されるべきものであることを知っている」と語った。

 2日目の27日はマクロン大統領は東独のドレスデンを訪問し、ドレスデンのフラウエン教会前で挙行されたヨーロッパ青年祭でスピーチした。同大統領はヨーロッパの重要性を強調し、ヨーロッパの積極的な関与を呼びかけ、「我々が誤った決断をすれば、我々のヨーロッパは滅びるかもしれない。それを防がねばならない」と語り、「ヨーロッパの歴史は民主主義の歴史だが、現在、民主主義、平和、そして繁栄が危機に瀕している」と述べた。

 ドレスデンでの演説はマクロン氏のドイツ訪問のハイライトだ。マクロン大統領は「ヨーロッパは現在、3つの大きな課題に直面している。『平和』、『繁栄』、『民主主義』の課題だ」というのだ。

 .茵璽蹈奪僂歪垢ご屐∧刃造諒歉攷佑任△辰燭、ロシアのウクライナ侵攻以来、ヨーロッパには再び戦争が起きている。ロシアは大陸全体を攻撃している。ヨーロッパ人は共同防衛と安全保障の構造を築くべきだ。その際、ナショナリズムに陥ることなく、ヨーロッパ人として断固として行動すべきだ。ヨーロッパは独自の技術、軍事技術、イノベーションを構築する必要がある。
 
 ▲茵璽蹈奪僂枠鳳鼻∪長の夢の場であり、また寛大な社会制度の場だが、ヨーロッパは現在自らの成長を達成できない危険に直面している。人口動態も課題だ。新しい成長モデルを構築する必要がある。それは成長と気候保護の間で選択しなければならないということではない。我々は欧州の予算を倍増させるべきだ。投資市場への資金調達だ。

 8什澆量閏膽腟舛蓮独裁的な傾向が強まってきている。我々は目を覚まさねばならない。ヨーロッパと民主主義への取り組みを強めるべきだ。我々はこれらの課題を共に克服することができる。ドイツはフランスを頼りにできる。フランスはドイツを頼りにしている。ヨーロッパは我々を頼りにできる。我々はヨーロッパを頼りにしている。

 最終日の28日午前、マクロン大統領はミュンスターでヨーロッパへの貢献が評価され、ウェストファリア国際平和賞を受賞した。同日午後からは訪問最後の行事として、ベルリン近郊のメーゼベルク城でショルツ独政府関係者と会合し、今後の政治課題について意見の交換を行う。なお、フランスとドイツ両国政府はロシアに対抗するためにウクライナへの軍事支援を継続する必要性があること、欧州理事会の全会一致原則を破棄し、一部の決定には27カ国の政府のうち3分の2の加盟国の賛成で十分とするなど、EU理事会の刷新の必要性などで既に合意しているという。

 ドイツのメディア報道を見る限り、マクロン大統領のドイツ訪問は一般的に好意的に受け取られている。若く、ビジョンに溢れるマクロン大統領の演説を聞いていたドイツのジャーナリストは「オバマ米大統領のような雰囲気がある」と報じていた。派手なパフォーマンスからはほど遠いショルツ首相の地味で実務的な演説を聞き慣れてきたドイツ国民にとって、マクロン氏の演説は刺激的であり、表現力も豊かであることは間違いない。ただし、マクロン氏は教会の説教者ではないから、マクロン氏の政治指導者としての評価はやはりその政策の実行力で決まると言わざるを得ない。

ハマスのテロに「報酬」を与えるな!

 オーストリア国営放送(ORF)のイスラエルのティム・クーパル特派員は26日、「パレスチナ自治区ガザのイスラム過激テロ組織ハマスがイスラエルのテルアビブに8発のミサイルを撃ち込んだ。現地情報ではほぼ全て迎撃された。ハマスの奇襲テロ事件から7カ月が経過したが、ハマスは依然イスラエルにミサイルを発射できる戦力を有していることが明らかになった。ガザ区でハマスとイスラエル軍の戦闘は続いているが、テルアビブ市民は通常の日常生活を送ってきた。それだけに、今年1月29日以来のミサイル攻撃に市民はショックを受けている」と報じた。

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▲イスラエル国防軍(IDF)北部軍司令部で会談するネタニヤフ首相(2024年5月23日、イスラエル首相府公式サイトから)

 同特派員によると、ハマスのミサイルはガザ区最南部ラファから発射されたという。戦時内閣メンバーのガンツ前国防相は「わが軍から1キロも離れていないところからハマスはテルアビブに向けてミサイルを発している。この事実は、イスラエルがハマスの拠点ラファへの攻撃を不可欠とする事実を改めて実証した」と受け取っている。

 一方、ロイター通信によると、イスラエル軍が26日、最南部ラファのパレスチナ人避難所を空爆し、少なくとも35人が死亡した。イスラエル軍関係者は「空爆したのはパレスチナ人避難場所ではなく、ハマスの潜伏拠点だ」と報じている。

 ハマスが昨年10月7日、イスラエルに奇襲テロを行い、1200人余りのイスラエル国民が虐殺されて以来、イスラエル軍とハマスの戦闘でこれまで3万5000人以上が犠牲となったが、大多数はハマスの盾となってきたパレスチナ住民だ。国際司法裁判所(ICJ)はイスラエル軍の攻撃を犯罪行為と批判、国際刑事裁判所(ICC、本部オランダ・ハーグ)のカーン主任検察官は20日、戦争犯罪や人道に対する罪などの疑いで、イスラエルのネタニヤフ首相やイスラム組織ハマス指導者らの逮捕状を請求したばかりだ。

 ICCのカーン主任検察官がハマスの奇襲テロに対して報復攻撃を主導するイスラエルのネタニヤフ首相をハマスの最高指導者ハニヤ氏と同列に並べ、逮捕状を請求したことに対し、イスラエル国内ばかりか、米国でも批判が出ている。バイデン大統領はイスラエルのラファ攻撃には批判的だが、ICCの今回の決定に対しては「理解できない」として批判している。

 ちなみに、ICCのカーン検察官の決定に対し、欧州の反応はまちまちだ。スペインやフランスは「ICCの決定を支持する」と表明する一方、ドイツやオーストリアでは慎重な姿勢を維持している、といった具合だ。

 ドイツはナチスドイツの戦争犯罪という歴史を抱えていることもあって、イスラエルに対してはこれまで一貫して全面支持をとってきている。ただし、イスラエル軍のラファ攻撃で新たに多くの犠牲者が出てくるようなことがあれば、ドイツも何らかの対応が要求されるかもしれない。ドイツのショルツ政権がネタニヤフ首相への逮捕状を発布したICCの決定を支持せざるを得なくなるかもしれない、といった憶測が流れ出している。

 米国を含む国際社会から強い批判と圧力を受けながらも、ネタニヤフ首相は「ハマスの壊滅」という目的を放棄せずにラファへの攻撃を強化している。そのような中、ハマスのテルアビブへのミサイル攻撃、ICCのネタニヤフ首相やガラント国防相への逮捕状請求はイスラエル批判であった国の中に再考する動きが出てくるかもしれない。

 いずれにしても、ハマスはパレスチナ住民を盾にしながらイスラエル軍との戦いを継続していくだろう。戦闘が続けば多くの犠牲が出てくることは必至だが、ハマスは欧米のメディアを動員してイスラエル軍の蛮行を訴えるだろう。一方、国連ではパレスチナの国連加盟問題がアジェンダとなっている。パレスチナの国連加盟国入りはテーマだが、ガザでイスラエル軍と戦闘が展開中、戦闘後のガザの統治問題が不透明のなか、国連加盟国入りは時期尚早だ。国際社会のイスラエル批判が高まっている時を利用し、国連加盟を実現しようとするパレスチナ側の動きは一種の火事場泥棒だ。国際社会はハマスのテロに報酬を与えるようなことをしてはならない。

党筆頭候補者の不祥事とメディア報道

 選挙戦は候補者の過去を浄化する機会ともなるものだ。欧州では6月に入れば、欧州議会選挙が実施されるが、党から擁立された党筆頭候補者がメディアに過去の不祥事を暴露され、窮地に陥るケースが出てきているのだ。以下、身近な2例だ。

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▲オーストリア「緑の党」の欧州議会選の党筆頭候補者レナ・シリング女史(ウィキぺディアから)

 オーストリアの与党「緑の党」の筆頭候補者に23歳の環境保護活動家、レナ・シリング女史が擁立されたが、メディアはその23歳の女性候補者の過去を連日暴露し、同候補者が過去、知人に「緑の党が最も嫌い」と漏らしていたことがチャットで明らかになったばかりだ。「緑の党」を憎悪する女性が「緑の党」の欧州議会選挙の党筆頭候補者になったことが判明したのだ。党幹部は慌てた。23歳の女性を今更候補リストから削除することは出来ない。党指導部の苦悩を知ったシリング女史は突然、「緑の党」に正式に入り、有権者に向かって「私は晴れて緑の党員となりました」という記者会見を開いたのだ。彼女の危機管理だった。

 党筆頭候補者に擁立された時は、シリング女史は環境保護活動家に過ぎなかった。党員でもない若い活動家を抜擢し、欧州議会選の党筆頭候補に擁立した党指導部は有権者の浮動票獲得を狙った戦略だったはずだ。ただ、彼女は政治キャリアはない。口が軽く、党指導部のスキャンダルまで友人にチャットで漏らしていたのだ。メディアでスキャンダルを暴露された党幹部はビックリしただろう。若い女性を党筆頭候補者に選出した党指導部に党内で批判の声も飛び出してきた。

 隣国のドイツでは極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)のマクシミリアン・クラー議員(47)が党の筆頭候補者に擁立されているが、同議員が過去、ロシアや中国へさまざまな情報を流していた疑いがこれまでも報じられてきた。それだけではない、過去、「ナチス親衛隊(SS)は全て悪いということはない」という発言を会合で話していたことが明らかになった。欧州議会では「AfDとの連携はもはやできない」といった声が出てきたのだ。

 「ナチス親衛隊は全て悪かったのではない」と主張、国とか民族の連帯罪を否定し、個々の人間の責任を強調したのはクラー議員だけではない。オーストリアの極右「自由党」のキックル党首も昔同じ話をしていたが、問題視されなかった。クラー議員は現在、AfD筆頭候補者だ。他の政党はAfD叩きに躍起となっている。AfDは移民・難民問題で徹底した外国人排斥、移民・難民反対で有権者の支持を得て、世論調査では野党第1党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)に次いで第2の支持率を挙げてきたが、6月の欧州議会選を控え、ロシア寄りが指摘され、支持率を落としてきた。そこにクラー議員のスタッフが中国のスパイだった疑いが発覚して、国民のAfDを見る目が厳しくなってきている(「ドイツで中国のスパイ活動が発覚」2024年4月25日参考)。

 皮肉にも、選挙戦が候補者の不祥事を有権者に暴露する機会となったわけだ。選挙戦がなければ、メディアから過去の不祥事(浮気問題からハニートラップまで)をバッシングされることはないだろう。選挙に出馬した故に、メディアのバッシングの餌にされ、家庭が崩壊したというケースまで起きている。メディアから過去の不祥事が暴露されることを嫌って、立候補を避ける候補者が増えてきたため、候補者探しが難しくなってきた。

 選挙は民主主義の核だ。自由で公平な選挙は議会政治の土台だが、現実の選挙戦は政策論議というより、候補者の粗探し、それに発破をかけるのが第4権力を誇示するメディア、といった流れが主流となり、ここにきてその傾向は加速してきた感じがする。時代を先読みした政策を立案できる候補者が出てこなくなった。メディアは本来、民主主義、自由で公平な選挙を促進するうえで重要な役割があるが、実際は候補者の欠点探しに腐心するあまり、政治の魅力を大きく剃っているのだ。

 2024年は「史上最大の選挙イヤー」(英誌エコノミスト)ということもあって、民主主義(Democracy)について論じる記事が目立つが、最近「Emocracy」という言葉がメディアで登場してきた。エモーションに民主主義を付けた造語だ。現在の政治の世界ではこのエモクラシ―が猛威を振るっている。それに大きな役割を果たしているのはここでもメディアだ。

若き‘神のインフルエンサー’を聖人に

 バチカンニュースは23日、コンピューターの天才で15歳で夭折したイタリア人の少年カルロ・アクティス君が列聖される最初のミレニアル世代となるだろうと報じた。アクティス君はインターネットを駆使して神のメッセージを伝えたことから「神のインフルエンサー」と呼ばれてきた。

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▲15歳で亡くなった「神のインフルエンサー」と呼ばれたアクティス君の列福式(2020年10月10日、バチカンニュースから)

 世界に14億人余りの信者を有するローマ・カトリック教会には多くの聖人がいる。最近では故ヨハネ・パウロ2世(在位1978年10月〜2005年4月)と第2バチカン公会議の提唱者ヨハネス23世(在位1958年10月〜63年6月)が列聖された。ただし、ヨハネス23世の場合、聖人まで亡くなって50年以上の時間が経過した。ヨハネ・パウロ2世の場合、亡くなって9年しか経過していないが、聖人クラブ入りしている。異常に早い列聖であったことは間違いない(「バチカンが防戦する『不都合な事実』」2020年11月22日参考)。

 ところで、カトリック教会には聖人まで這い上がるためには厳格な規則がある。「聖人」クラブに入る前段階として「福者」という称号を得なければならない。福者になるためには、その人物が何らかの超自然的現象、例えば、病を癒したといった奇跡が必要だ。そのハードルをクリアすれば「福者入り」する。列聖の場合、更に新たな奇跡が必要となる。もちろん、その奇跡の証も証人が不可欠だ。そしてバチカンの奇跡調査委員会が奇跡を公認すれば、晴れて「聖人クラブ」に入る資格が与えられるわけだ。

 ちなみに、例外は殉教者で、奇跡の審査を通過しなくても即聖人入りする。アウシュビッツ強制収容所で他の囚人のために自分の命を捧げたポーランド人のマクシミリアン・コルベ神父もその一人だ。最近ではフランス北部のサンテティエンヌ・デュルブレのローマ・カトリック教会のジャック・アメル神父だ。同神父(当時85歳)は2016年7月26日、礼拝中にイスラム過激派テロリストに首を切られて殺害された。

 アクティス君は2020年10月10日、アッシジのサン・フランチェスコ大聖堂で既に列福式を受けている。バチカンニュースは当時、「1991年にロンドンで生まれ、ミラノで育ったアクティス君は、並外れた信心深さと優れたプログラミングスキルで早くから頭角を現した。聖体、祈り、秘跡は彼の宗教生活において重要な役割を果たした。彼は11歳の時、世界中の聖体の奇跡を記録し、死の数か月前に自ら作成したウェブサイトにそれらをカタログ化したことで知られている。それだけではなく、教区内の難民やホームレスの支援に尽力した。彼は2006年、進行性の白血病と診断され、短期間のうちに死亡した」と報じている。

 イタリアのメディアは列福式の当時、「ジーンズ、スニーカー、セーターを着た史上初と思われる列福者」と呼び、アクティス君は既に多くの人から、「インターネットの守護者」、「神のインフルエンサー」と呼ばれている。

 アクティス君にはその後、列聖入りのために奇跡の証が伝えられた。例えば、2022年にフィレンツェで自転車事故に遭い、頭部に重傷を負ったコスタリカ出身の21歳の学生が治癒したことだ。学生の母親はアクティス君の墓を巡礼し、娘の回復を祈った。被害者は同日、再び自力呼吸を始めたという。フランシスコ教皇はこの新たな奇跡を公認したことで、アクティス君の聖人への道が晴れて開いたわけだ。

 今日のインターネット世代は、自身のウェブサイトの写真やキーワードで注目を集めたアクティス君のような人物を好む。彼は新鮮で生き生きとした言葉で自分の信仰を伝え、多くの若者にメッセージを届けたという。

 15歳で亡くなったアクティス君の列聖の話はバチカン側のいい意味でのプロパガンダの感はするが、神のメッセージを紙媒体で伝える時代は過ぎ、デジタルでインターネット上で伝える時代圏に入ってきている。その意味で、カトリック教会でその道を開拓していったアクティス君は聖人クラブ入りしても可笑しくないのかもしれない。

21世紀の悪魔祓い(エクソシズム)

 このコラム欄でバチカン教皇庁が超自然現象に関する新しい規範を発表したと報告したが、バチカンは単に聖母マリアの再臨現象だけではなく、悪魔祓い(エクソシズム)についても今月、「21世紀での悪魔祓い」をテーマに専門家を招いて会合を開くなど、いわゆる霊的な現象に対して積極的に取り組みだしている(「バチカン『超自然現象に関する新規範』」(2024年5月19日参考)。

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▲ローマ・カトリック教会で最も有名なエクソシスト、アモルト神父(「アモルト神父の伝記の表紙」)

 ローマ教皇庁で今月、レジオン・オブ・クライスト修道会の聖母女王聖堂で「エクソシズムと解放祈祷の講座」第18回の専門家会合が開かれた。悪魔に憑依される現象が増加する一方、それは悪魔によるものか、精神的病かを識別することがこれまで以上に急務となってきたからだ。

 神の存在有無について神学・哲学界で激しい論議が起きてきたが、「悪魔」の存在有無についてはなぜか特定の関係者以外、 ほとんど議論がなかった。悪魔にとってこれほど快い状況はないわけだ(「悪魔(サタン)の存在」2006年10月31日参考)。

 聖書には「悪魔」という言葉が約300回、登場する。有名な個所としては、「悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうとする思いを入れていた」(「ヨハネによる福音書」13章2節)、十字架に行く決意をしたイエスを説得するペテロに対し、イエスは「サタンよ、引きさがれ」(「マルコによる福音書」8章33節)と激怒した聖句がある。

 悪魔の存在とその実相について、第4ラテラン公会議(1213〜1215年)では、「悪魔とその群れは本来、神によって善の存在として創造されたが、自から悪になった。神は人間と同じように天使にも自由を与えた。神を知り、愛し、奉仕するか、神から離れていくかの選択の自由を与えられた」と記述されている。

 新約聖書の預言書「ヨハネの黙示録」によれば、「終わりの日に、霊界の戸が開き、無数の霊人がこの地上界に降りてくる」という。終わりの日、封印されていた戸が開き、多くの悪魔が地上に降りてきて、世界はハルマゲドン状況になるというのだ。

 新しいミレニアム(新千年紀)が到来して以来、実際、悪魔に憑かれた信者たちが増えてきている。エクソシスト派遣を要請する声が以前の3倍以上増えてきたという報告もある。その一方、それが「悪魔」によるものか、精神的病かについて、その識別が益々難しくなってきている。それゆえに、バチカンは「霊現象と医学的現象の区別を明確に識別しなければならない」と警告を発してきたわけだ。

 精神的疾患を霊に憑かれたと誤解し、殴打して殺すという悲惨な事件が過去、生じた。逆に、悪魔に憑かれている人が精神的疾患と受け取られ、薬漬けになるケースがある。早まった判断は、苦しむ人だけでなく、エクソシストにも損害を与える。エクソシストは、悪霊の影響下にあるかどうかを確実に知ることができない場合、精神科医の意見が必要となる。精神障害のある人にエクソシズムを行うと、彼らの状況を悪化させる危険性が出てくる。だから、専門の教育を受けたエクソシストを養成しなければならないというわけだ(「バチカンのエクソシスト養成講座」2018年4月11日参考)。

 ローマ・カトリック教会で最もよく知られたエクソシスト、ガブリエレ・アモルト神父は1994年、「国際エクソシスト協会」(AIE)を創設し、2000年までその責任者を務めた。バチカン法王庁聖職者省は2014年7月3日、AIEをカトリック団体として公認している。AIEには公認当時、30カ国から約250人のエクソシストが所属していた。ちなみに、ローマ・カトリック教会で過去、有名なエクソシストとしては、アモルト神父の他に、前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世、べネディクト16世から破門宣告を受けたザンビア出身のエマニュエル・ミリンゴ大司教らがいた(「『悪魔』と戦ったエクソシストの『死』」2016年9月20日参考)。

 バチカン教皇庁は1999年に、1614年のエクソシズムの儀式を修正し、新エクソシズム儀式を公表した。それによると、^絣悗篆翰学の知識を除外してはならない、⊃者が霊に憑かれているのか、通常の病気かを慎重にチェックする、H詭を厳守する、ざ偽荵紛気竜可を得る―など、エクソシズムの条件が列記されている。 

 悪魔払いの儀式では、\賛紊乃祷する、⊃世叛士遒竜澆い魎蠅ο祷をする、エクソシストが患者に手を差し伸べ、神の力で悪霊を解放する前に福音の1節を読む、ぅ汽織鵑魑馮櫃垢訖仰告白ないしは洗礼宣誓をする、グ魔払い文を唱える前に、十字架を患者の上に置き祝福する、Υ脅佞竜祷をする、となっている。

 悪魔の存在については、外部の世界だけではなく、教会内や神学界でも意見が分かれている。旧約聖書の研究者ヘルベルト・ハーク教授は「サタンの存在は証明も否定もされていない。その存在は科学的認識外にある」と主張、悪魔の存在を前提とするエクソシズムには慎重な立場を取っている、といった具合だ。

 なお、フランシスコ教皇はカトリック信者に対し、「悪魔との如何なるコンタクトも避けるべきだ。サタンと会話を交わすべきではない。彼は非常に知性的であり、レトリックに長け、卓越した存在だ。サタンは具体的な悪行のために暗躍する。漠然とした事象のために存在するのではない。人間は悪魔と話すべきではない。彼に負けてしまうからだ。彼はわれわれ以上に知性的な存在だ。彼はあなたを豹変させ、あなたを狂わせるだろう。悪魔にも名前があり、私たちの中に入ってくる。彼はあたかも育ちのいい人間のような振る舞いをする。あなたが“彼が何者であるか”に早く気が付かないと、悪業をするだろう。サタンは神父も司教たちをも巧みに騙す。もし早く気がつかないと、悪い結果をもたらす」と説明している(「ローマ法王『悪魔は君より頭がいい』」2017年12月15日参考)。

中国政府は難民条約第33条を守れ

 中国国内には北朝鮮から脱北した人々が安全な地への亡命のために潜伏しているが、中国当局は脱北者を摘発すると北朝鮮に強制送還している。韓国統一省の具炳杉報道官は昨年10月、「韓国政府は、いかなる状況においても、在外北朝鮮人を本人の意思に反して強制送還してはならないという立場を取っている。意思に反する強制送還は、国際規範のノン・ルフールマン原則に反する」と述べ、中国政府の違法な強制送還に対し、遺憾の意を表明している。

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▲朝鮮人民軍空軍司令部を視察 した金正恩総書記と娘のジュエ氏(北朝鮮の月刊画報「朝鮮」から)

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の難民条約によれば、「締結国は迫害の危険がある国へ難民を送還してはならない」というノン・ルフ―ルマン原則(ルフ―ルマンは仏語で送還を意味)がある。このノン・ルフ―ルマンは難民保護の土台だ。ノン・ルフールマン原則は、難民申請者にも適応される。難民申請者(庇護希望者)は難民認知の不可が明確になるまで送還されてはならない。

 UNHCRの難民の地位に関する1951年の条約、難民条約33条(1)によると、「締約国は、難民を、いかなる方法によっても、人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見のためにその生命または自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放しまたは送還してはならない」と明記している。

 ちなみに、ノン・ルフールマン原則が適応できない例外もある。難民の滞在国の安全に非常に深刻な危険が伴う場合と殺人、強姦、武装強盗など特に重大な犯罪について有罪が確定している場合だ。ただし、そのような例外であっても「適正な手続きがなされる必要があり、送還により拷問などの相当な危険につながる状況があってはならない」と記述されている。

 それに対し、中国政府は「中国には脱北者と呼ばれる人間は存在しない。北からの大多数の入国者は経済難民だ」として、難民条約33条(1)には該当しないと弁明している。すなわち、中国から強制送還された脱北者には帰国しても命の危険や迫害はないというわけだ。

 中国共産党政権は北朝鮮が金正恩総書記下の独裁国家であることを知らないはずがない。北朝鮮を「地上の天国」と考えていることはないだろう。中国は北朝鮮当局との合意に基づき脱北者を送還しているだけだ。実際、人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)」は「脱北者の多くは女性で、送還後に投獄されたり、性暴力を受けたり、殺される可能性がある」と指摘している。

 国連の北朝鮮の人権特別報告者であるエリザベス・サーモン氏は昨年、2014年の国連人権理事会の勧告を再確認し、北朝鮮政府とその指導者を人権犯罪で国際刑事裁判所(ICC)に引き渡すべきだと主張している。金正恩氏の罪状といえば、数十万人の政治犯の収容、海外派遣労働者の搾取、不法麻薬取引、「信教の自由」の蹂躙、女性の権利はく奪など多方面に及ぶ。北朝鮮は国自体が大きな刑務所だといわれているほどだ。その国から脱出して自由を求める北朝鮮国民が増えてきているのだ(「金正恩総書記をICCに引き渡しを」2024年5月5日参考)。

 中国当局から北朝鮮に強制送還された脱北者の数は不明だが、BBCは昨年10月14日、「中国の情報筋は、夜に数百人がトラックに乗せられ、収容施設から北朝鮮に送られたと報じた」と報告している。また、HRWは、「北朝鮮が昨年8月に国境を解放して以降、脱北者の強制送還への懸念が高まっている。2021年7月以来、170人近くが強制送還されたことが確認されている」という。また、「強制送還された人々が、強制労働キャンプに収容される深刻な危険性がある。拷問や処刑の可能性もある」と述べている。

 当方は2015年8月14日、中国・上海経由で2008年、韓国に亡命した脱北者の朴正玉女史(Jongok Park)とインタビューする機会があった。同女史は現在、韓国の「北朝鮮のための正義」(JFNK)という非政府機関(NGO)に所属し、北朝鮮の人権弾圧などを訴える活動を行っている。朴正玉女史は1954年、北朝鮮・咸興市生まれ。当時の亡命動機について、「1999年はわが国は飢餓カタストロフィーの状況下にあった。路上には多数の死体が転がっていた。彼らは飢えで亡くなったのだ。夫は既に亡くなっていたので、飢餓から逃れるため一人娘を連れて中国の親戚を頼って亡命した」という。中国での生活は「いつ中国の治安部隊に摘発され、北側に送還されるかといった恐怖から解放されることがなかった」という。しかし、2002年、中国治安部員によって発見され、北に即強制送還された。北では治安関係者から激しい拷問を受けた。長時間、同じ姿勢で立つように強いられるなど、拷問を受けたという(「中国は脱北者の強制送還中止せよ」2015年8月16日参考)。

 朴正玉女史の話は9年前のことだ。中国政府は今年に入っても脱北者を強制送還し続けている。どれほどの多くの脱北者が犠牲となったかを中国政府は考えるべきだ。国際法上の「ノン・ルフ―ルマン原則」の堅持は締結国の義務だ。

ネタニヤフ首相「アマレクを忘れるな」

 イスラエルのネタニヤフ首相は昨年10月28日、パレスチナ自治区ガザを2007年以来実効支配してきたイスラム過激テロ組織「ハマス」がイスラエル領に侵入し、奇襲テロを実行した直後、「アマレクが私たちに何をしたかを覚えなさい」と述べたという。

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▲ジェイク・サリバン米国家安全保障問題担当補佐官と会談するネタニヤフ首相(2024年5月19日、エルサレムで、イスラエル首相府公式サイドから)

 ネタニヤ首相はなぜ、突然「アマレクの蛮行を忘れるな」と言い出したのだろうか。ネタニヤフ首相の発言は旧約聖書「申命記」第25章17〜18節に記述されている。アマレクは古代パレスチナの遊牧民族で、旧約聖書によると、イサクの長男エサウの孫エリファズの子だ。

 「あなたがエジプトから出てきた時、道でアマレクびとがあなたにしたことを記憶しなければならない。すなわち、彼らは道であなたに出会い、あなたがうみ疲れている時、うしろについてきていたすべての弱っている者を攻め撃った。このように彼らは神を恐れなかった」。

 モーセがエジプトから60万人のイスラエルの民を引き連れて神の約束の地に歩み出していた時、アマレク人がイスラエルの民を襲撃した。ネタニヤフ首相は「アマレク人の蛮行」と「ハマスのテロ」を重ね合わせて語ったはずだ。約1200人のユダヤ人が殺害されたハマスのテロ奇襲のことをイスラエル国民は忘れず、記憶しておくべきだというわけだ。

 イスラエルでは「アマレク」は悪のシンボルのように受け取られている。ネタニヤフ首相はハマスの奇襲テロの直後ということもあって、申命記に登場するアマレクに言及したのだろう。イスラエル人はどの世代にも背後からイスラエルを殺そうとする敵が存在すると考えてきた。ナチスもアマレクだった。

 ところが、南アフリカは2023年12月末、申命記第25章17節から引用したネタニヤフ首相の演説内容を、「パレスチナ人に対するジェノサイドへの呼びかけ」と解釈し、国際司法裁判所(ICJ)に訴訟を起こす根拠に挙げている。それに対し、ウィーン大学のユダヤ学研究所のゲアハルト・ランガー所長はオーストリア国営放送(ORF)とのインタビューの中で「アマレク人は歴史的にはほとんど知られていない民族だ。アマレクは象徴的な悪を表している。アマレクは決してこの世から消えることのない悪のメタファーだ。その意味で、2023年10月7日のハマスの奇襲テロの際、アマレクが活動していたと言うこともできるが、ネタニヤフ首相がパレスチナ人に対してジェノサイドを呼び掛けたとは受け取れない」と説明している。

 ここで聖書的背景を少し説明する。アマレク人がイサクの長男エサウの後孫である一方、イスラエル人はイサクの次男ヤコブの後孫という事実だ。イサクの家庭にはエサウ(兄)とヤコブ(弟)の2人の息子がいた。神はヤコブを愛し、エサウは神からの祝福を得なかった。その結果、エサウはカインと同じように弟を殺害しようとした。そこでヤコブは母親の助けを受け、母親の兄ラバンが住んでいる地に避難する。そこで21年間苦役し、妻、牛、羊などの財産を持って帰国する途上、天使が現れ、天使と組討して勝利した結果、神はヤコブに「イスラエル」という名前を与えた。そしてヤコブはエサウと再会し、和解した。

 ヤコブから始まったイスラエル民族はエジプトで約400年間の奴隷生活後、モーセに率いられ出エジプトし、その後カナンに入り、士師たちの時代を経て、サウル、ダビデ、ソロモンの3王時代を迎えたが、神の教えに従わなかったユダヤ民族は南北朝に分裂し、捕虜生活を余儀なくされる。北イスラエルはBC721年、アッシリア帝国の捕虜となり、南ユダ王国はバビロニアの王ネブカデネザルの捕虜となったが、バビロニアがペルシャとの戦いに敗北した結果、ペルシャ帝国下に入った。そしてペルシャ王朝のクロス王はBC538年、ユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還させた(「ユダヤ教を発展させたペルシャ王」2017年11月18日参考)。

 イスラエルは1948年に国家を建設する一方、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3唯一神教の「信仰の祖」アブラハムの妾ハガルから生れたイシマエルの後孫のアラブ民族は当時、パレスチナ地域に住み着いていった。イスラエルは現在、そのパレスチナ地域に住むアラブ系のハマスと戦いを繰り広げている。

 イスラエルとハマスの戦いは宗教戦争でなく、政治的な対立だが、その背後には宗教的な要因が深く絡んでいることが分かる。イスラエル側には、超正統派のハレディムや宗教的シオニストなどの正統派運動があり、彼らはヨルダン川西岸地区やガザ地区がユダヤ人によって再び入植されることで、ユダヤの救済者(メシア)が来ると信じている。一方、パレスチナ側には、パレスチナ・イスラム聖戦やハマスのようなテロ組織が存在するが、ハマスは「ムスリム同胞団」の一派であり、そのイスラム主義は国家主義的であり、宗教的文脈に基づいている。ナショナルリズムは容易に宗教的に変質し、時に宗教的狂信となるわけだ。

 例えば、ハマスは1987年末に設立された。ハマスは政治部門と軍事部門であるアル=カッサム旅団、そして支援組織で構成されている。1988年8月に発表された「ハマス憲章」にはイスラエルの破壊を目標とする旨が設立文書に明記されている。同憲章の冒頭には、イスラム教がユダヤ教やキリスト教に対して優越していることを記述したコーランの第3章が記されている。「ハマス憲章」はユダヤ人に対する戦争が宗教戦争であることを明示しているわけだ。

 以上、オーストリア国営放送(ORF)のスザンネ・クリシュケ記者の「ガザ戦争での宗教的要因」(2024年5月19日)の記事を参考にまとめた。

 エサウとヤコブは兄弟であり、イスラエルとアラブ民族もアブラハムを共通の祖としている。要するに、中東で現在展開されているガザ紛争は聖書的に表現するならば、アブラハム家庭のドラマといえるわけだ。だから、結局はアブラハムに戻る以外に解決の道がないのだ(「『アブラハム家』3代の物語」2021年2月11日参考)。

激動期に突入したイランの政治体制

 10年前以上になると思うが、ウィーン国連で取材活動しているイラン国営IRNA通信の女性記者は「休暇でテヘランに戻るが、イランの飛行機は絶対に乗らないわ」と言っていたことを思い出した。いわく、「欧米社会の制裁で航空機の部品が手に入らないからイランの飛行機はよく故障するのよ」というのだ。彼女はイランに戻る時は母親のためにウィーンで薬を買い、トルコ航空のチケットを購入するのが常だった。

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▲ヘリコプター墜落事故で亡くなったアブドラヒアン外相(左)とライシ大統領(イラン国営IRNA通信、2024年5月21日)

 イランのライシ大統領、アブドラヒアン外相ら9人が搭乗したヘリコプターが墜落して、死亡が確認されたというニュースを聞いた時、上記のイランの女性記者の話を思い出した次第だ。残念ながら、彼女は正しかったのだ。「西側ではあまり報道されないが、イランでは航空機の事故が頻繁に起きている」と語っていた。

 それにしても、自国のフラッグ・キャリアの国営航空の安全性を信じられないということは悲しいことだ。民間の旅行者が利用する航空機の部品ぐらい制裁外にできないものかと考えてしまう。犠牲は政府関係者だけではなく、航空機を利用する多くの国民だからだ。

 ライシ大統領(63)ら9人が搭乗したヘリコプター墜落事故についてまとめておく。イラン北西部でライシ大統領やアブドラヒアン外相らを乗せたヘリコプターが19日に不時着した事故で、イラン国営メディアは20日、搭乗者9人全員の死亡を確認したと報じた。大統領らが搭乗したヘリコプターが1979年のイラン革命前の旧式の機体(米国製ベル212)だったとはいえないから、事故の原因は「悪天候」(バヒディ内相)ということになった。最高指導者ハメネイ師の呼び掛けを受け、5日間の国民服喪が宣言された。

 欧米の情報機関関係者は「悪天候の中、古いヘリコプターに搭乗するとは考えられないほど危機管理がない」と指摘する。ヘリコプター墜落で外からの影響(ミサイルなど)については現時点では聞かれない。独シュピーゲル誌とのインタビューで、イスラエルのイラン問題専門家ラズ・ツィムト博士(Raz Zimmt)は20日、イスラエル側の工作説について「考えられない」と否定している。

 ちなみに、イスラエルのラビの中には「墜落は神の罰だ」といった過激な発言も聞かれる。また、ブリュッセルの欧州連合(EU)がイランの要請で行方不明のヘリコプターの捜索を支援するために衛星追跡システムを起動したことに対し、ドイツ・イスラエル協会のフォルカー・ベック会長は「イランのヘリコプターの捜索支援は外国のテロ組織を支援することに等しい」と批判している。

 ポーランドで2010年4月10日、レフ・カチンスキー大統領ら政府関係者が搭乗したワルシャワ発の旅客機ツポレフ154型機がロシア西部のスモレンスクで墜落し、ポーランドは一度にほとんどの政府関係者96人を失うという大事故があったが、行政のトップの大統領と外交の顔の外相を失ったイランは今後どのようになるだろうか。

 ハメネイ師は国民に向け、「イランは安定しているから、心配しなくてもいい」という緊急メッセージを発していた。4月に85歳になったハメネイ師の健康状況は良好ではない、といわれている。ハメネイ師が亡くなった場合、ライシ大統領がそのポストを継承する予定だったが、ライシ師がいなくなったのだ。ハメネイ師の後継者選びが混とんとすることが予想される。

 イランのメディア報道によると、ライシ師の死を受け、イランで6月28日に大統領選挙が実際され、後継者が選出される予定だ。本来は大統領選は来年実施だった。

 中東エキスパート、ダニエル・ゲルラハ氏(専門誌Zenithの編集長)は20日、ドイツ民間ニュース専門局ntvとのインタビューで、「国内の反体制派、改革派は弱く、保守派が国内を掌握しているから、ライシ師の死で国内が混乱するという懸念は少ない」と分析している。

 イランではイスラム革命後、45年余り、イスラム聖職者による統治政権が続いてきた。2021年から大統領に就任したライシ大統領を代表とした保守聖職者支配政権に対する国民の不信感は強い。22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさんが2022年9月、イスラムの教えに基づいて正しくヒジャブを着用していなかったという理由で風紀警察に拘束され、刑務所で尋問を受けた後、意識不明に陥り、同月16日、病院で死去したことが報じられると、イラン全土で女性の権利などを要求した抗議デモが広がっていった。それに対し、治安部隊が動員され、強権でデモ参加者を鎮圧してきた。その強硬政策の張本人がライシ師だった。今年4月には在シリア・イラン大使館空爆への報復としてイスラエル本土へ初の直接攻撃を仕掛けるなど、強硬姿勢が目立った。

 イランはまた、核開発を継続し、国際原子力機関(IAEA)の最新報告書によれば、核兵器用濃縮ウランを増産している。イランは近い将来、核兵器を製造し、世界で10番目の核兵器保有国に入るのはもはや時間の問題と見られている。イランはロシア、中国に傾斜し、欧米諸国からの政治的圧力をかわしてきた。

 イランの国民経済は厳しい。イランの通貨イラン・リアルの対ドル為替レートの下落には歯止めがかからない。インフレ率も久しく50%を上回ってきた。イランでは若い青年層の失業率が高く、多くの国民は「明日はよくなる」という思いが持てない。特に、ソーシャルネットワークで育った若者は、イスラム革命のイデオロギーに共感することは少ない。聖職者統治政権と国民の間の溝は更に深まっている。

 その一方、イラン当局はパレスチナ自治区ガザのハマス、レバノンのイスラム根本主義組織ヒズボラ、イエメンの反体制派民兵組織フーシ派へ武器、軍事支援をし、シリアの内戦時にはロシアと共にアサド政権を擁護するなど、多くの財源を軍事活動に投入している。
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