ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2024年04月

米国の軍事支援で解決しない兵力不足

 バイデン米大統領は今月24日、ウクライナ支援法案に署名した。これを受け、米国は約610億ドル規模のウクライ支援に乗り出す。ロイター通信によると、第一弾として約10億ドルの兵器供給として、車両、対空ミサイル「スティンガー」、高機動ロケット砲システム向けの追加弾薬、155ミリ砲弾、対戦車ミサイル「TOW」および「ジャベリン」などが既に承認されたという。
 ウクライナへの最大の支援国・米国は議会内の共和党の強い反対もあってウクライナ支援法案は下院、上院での可決が遅れてきた経緯がある。米国の支援法案が通過したことを受け、ウクライナのゼレンスキー大統領は感謝を表明した。

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▲立入禁止区域とスラブチチ市の治安状況で会談するゼレンスキー大統領(2024年4月26日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 ただし、ウクライナ軍が米国からの軍事支援を受けて勢いを回復し、ロシア軍に反撃できるか否かは西側軍事専門家で意見が分かれている。米国の軍事支援が即、戦場でのゲームチェンジャーとなるかは実際、不確かだ。ドイツの主用戦車「レオパルト2」と米国の主力戦車「M1エイブラムス」のウクライナ供給が昨年1月25日、決定した時、西側では「米独の主用戦車は戦線でのゲームチェンジャーとなるだろう」といった楽観的な観測が聞かれたが、ウクライナ軍が昨年開始した反攻は期待したほど成果はなく、昨年後半からはロシア軍の攻撃を受け、ウクライナ軍は逆に守勢に回ってきた。

 戦争は長期化し、ウクライナ軍は現在、弾薬不足と兵力不足に直面している。NATO外相会議に参加したウクライナのクレバ外相はロシア軍のミサイル攻撃、無人機対策のために「対空防衛システムの強化」の援助を訴えた。ゼレンスキー大統領は4月2日、動員年齢を「27歳」から「25歳」に引き下げ、予備兵を徴兵できる法案に署名したばかりだ。ちなみに、ウクライナ議会では予備兵の徴兵年齢の引き下げ問題は昨年から議論されてきたが、ゼレンスキー氏は国民への影響を考え、最終決定まで9カ月間の月日を要した。

 インスブルック大学の政治学者、ロシア問題専門家のマンゴット教授は28日、ドイツ民間ニュース専門局ntvでのインタビューで、「米国から輸送される武器がウクライナに届くまでには時間がかかる。急速なチェンジは難しく、部分的な成果しか期待できないのではないか」と指摘、「ウクライナ軍の兵士不足は欧米の軍事支援では解決できない問題だ。ウクライナ軍は少なくとも10万人の兵力が新たに必要だ」という。

 同教授はまた、「ウクライナ側が現在最も必要としているのは対空防衛システムのパトリオットミサイルだ。ゼレンスキー大統領はパトリオット型対空防衛システム25台を必要だと訴えてきたが、ここにきて最低限でも7台が必要だと言い出している。ウクライナ側の強い要請を受けで、ドイツから3台、米国から1台がウクライナに供与された。パトリオット対空防衛システムはキーウに集中している。例えば、ギリシャは多くのパトリオット対空防衛システムを保有しているが、ウクライナへの提供を拒んでいる。ギリシャの対空防衛システムは隣国トルコの攻撃を想定しているから、自国の防衛上、それをウクライナに供与できないからだ」という。ちなみに、ギリシャとトルコ両国はNATO加盟国だが、領土資源問題で対立している(「東地中海の天然ガス田争奪戦の行方」2020年9月9日参考)。

 ロシア軍は米国の軍事支援が届く前にウクライナへの攻撃を激化させている。米国の戦争研究所(ISW)のシンクタンクは、「ウクライナが米国の支援が前線に到着するのを待っている間、ロシアは今後数週間で明らかな戦術的利益を得るだろう」と分析している。実際、ロシア国防省は28日、ドネツク地域の小さな町、ノヴォバフムティウカを占領したと述べている。

 なお、ゼレンスキー大統領は28日、アメリカとの二国間の安全保障協定を締結するために具体的な文書を作成中だ。目標は、「全ての安全保障協定の中で最も強力なものにすることだ」と述べている。キーウ政府は過去、複数の欧州諸国と同様の安全保障協定を結んでいる。

 ウクライナに軍事支援する欧米には統一した戦略的コンセプトがない。バルト3国、ポーランド、英国、ルーマニアなどの国は、クリミア半島を含み、ロシア軍をウクライナの国境外に追い払うまで戦争を遂行すべきだと主張し、積極的な軍事支援を支持している。一方、欧州の盟主ドイツは戦闘のエスカレートを警戒し、ロシア軍から全領土を解放するまで戦争を推進するという考えには消極的だ、といった具合だ。

 いずれにしても、ウクライナは米国からの軍事支援が届くまで領土を死守する一方、ロシアは可能な限り新たな領土を奪うために軍の攻勢を掛けてくるだろう。

マクロン氏「核抑止力の議論」を提案

 フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、27日掲載されたメディアグループ「エブラ」とのインタビューの中で、欧州共通の防衛における核兵器の役割(核の抑止論)について議論を呼び掛けた。ロシア軍のウクライナ侵攻という事態が生じなかったならば、マクロン大統領とはいえ、公の場では提案できるテーマではなかっただろうが、ウクライナ戦争によって欧州の安保情勢は急変した。それを受けて、核兵器の役割について堂々と語ることができるようになったわけだ。

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▲「欧州の核抑止力」議論を呼び掛けたマクロン大統領(フランス大統領府公式サイトから)

 ジョージ・W・ブッシュ米大統領時代の国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と主張し、「核兵器保有」の無用論を主張したが、マクロン大統領は今、「核兵器有用論」を展開しているのだ。冷戦時代終了直後のパウエル氏とは違い、第2の冷戦時代に突入したといわれる今日、核兵器の価値は再認識されてきたわけだ。

 マクロン大統領はインタビューで、「ミサイル防衛、長距離ミサイル能力、そして米国の核兵器を保有する人々、あるいは国内に核兵器を保有する人々らと共に討論会を開きたい。全てをテーブルの上に置いて、私たちを本当に確実に守ってくれるものは何かを考えてみたい。フランスは欧州の防衛のために更に貢献する用意がある」と表明している。

 欧州での独自の核の抑止論を主張しているのはマクロン大統領一人ではない。第60回ミュンヘン安全保障会議(MSC)の開催(2月16日〜18日)に先駆け、ドイツのジグマ―ル・ガブリエル元外相は独週刊誌シュテルンに寄稿し、「欧州には信頼できる核の抑止力が不可欠だ」と語っている。同氏は、「このテーマを考えなければならない時が来るとは思ってもいなかったが、欧州の抑止力を高めるためには欧州連合(EU)における核能力の拡大が必要な時を迎えている。米国の保護はもうすぐ終わりを告げる。欧州の安全の代案について今すぐ議論を始めなければならない。私たちがこの質問に答えなければ、他の国が答えてしまうだろう」と指摘し、欧州の自主的な核抑止力の強化を強調している。

 同氏は「欧州の安全保障を強化するにはドイツとフランス、理想的にはイギリスと協力した大規模な戦略的攻撃力を構築することだ。例えば、トランプ氏が再びホワイトハウスの住人となった場合、米政権がウクライナへの支援を拒否した時、欧州はどのようにしてウクライナを支援するかについて明確にする必要がある。ドイツを含め、欧州はそのような脅威についてまだ真剣に認識していないのではないかと懸念する」と述べている。ガブリエル氏の論調はマクロン大統領とほぼ同じだが、マクロン氏の場合、欧州の防衛はあくまでもフランス主導、といったニュアンスが払拭できない。

 欧州では英国のEU離脱(ブレグジット)以来、フランスが唯一、核保有国だ。もちろん、北大西洋条約機構(NATO)加盟国には 米国の核兵器がイタリア、ベルギー、オランダ、ドイツのラインラント・プファルツ州のビューヒェルに保管されている。すなわち、欧州は米国の核の傘下にあるわけだ。

 ところで、マクロン大統領は今月25日、パリのソルボンヌ大学での講演の中で欧州防衛の強化を訴えたばかりだ。同大統領は大統領選出直後の2017年9月にもソルボンヌ大学で共通の防衛軍を持つ自立したEU像を描いている。2回目のソルボンヌ大学での演説はその意味で同じ路線だが、トーンは異なっていた。オーストリア国営放送(ORF)のプリモシュ・パリ特派員は「マクロン氏の7年前の演説は決して楽観的ではないにしても、まだ情熱的で明るさがあったが、2回目のソルボンヌ大学での演説では、悲観的なトーンがあった」と解説していた。

 実際、マクロン大統領は演説の最後に、「現代の世界で楽観的になることは難しい。ヨーロッパ人は将来の危険な進展を予測し、対処するために、明確な思考が重要だ」と述べている。7年前のようなエネルギッシュな情熱は失われ、説教者のような雰囲気がある。

 マクロン氏が2017年に要求した共同防衛政策は、ロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、EUの最優先課題の一つとなってきた。同氏は「民主主義秩序の敵に対して、自分自身を主張できる唯一のチャンスは、共通の防衛を更に発展させることだ」と信じている。しかし同時に、右派ポピュリストが台頭し、主権国家を強調し、欧州の舵取りを奪おうとしている。マクロン氏は「ヨーロッパの夢が破れる可能性がでてきている。ヨーロッパは死ぬかもしれない」と警告を発している。

 ウクライナ戦争ではNATOの地上軍のウクライナ派遣を提案し、武器問題でも米国製の武器ではなく、メイド・イン・ヨーロッパの武器が必要であり、そのために生産拠点を確立していかなければならない。すなわち、欧州の防衛産業の構築だ。ロシアとの直接な軍事衝突を恐れるドイツは「マクロン氏の提案はウクライナ戦争をエスカレートさせる危険な提案」と受け取っている。

 ウクライナ支援問題でもEU27カ国は結束していない。ハンガリーやスロバキアは武器供与には反対だ。そのような現状で、欧州軍、地上軍の派遣、欧州独自の核抑止力といった論議はEU内の分裂を更に加速させる危険性が出てくるが、マクロン氏の欧州防衛論、核の抑止力強化は欧州が生き延びていくために避けて通れないテーマとなってきた。

独「緑の党」、脱原発を情報操作で誘導?

 ドイツの歴史の中では、「2023年4月15日」は脱原発時代の開幕の日として記されている。今月15日、その1周年目を迎えたが、脱原発を主導したショルツ政権のハベック経済相(副首相兼任)が原子力発電所(原発)の廃止を決定するために恣意的に情報操作していた疑いが浮上し、ハベック経済相自身は26日午前、連邦議会の「気候保護とエネルギー問題に関する特別委員会」の会合に呼ばれ、野党側の質疑に答えなければならなくなった。

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▲操業37年後、2021年末にオフラインとなったグローンデ原子力発電所(ウィキぺディアから)


 疑いは深刻だ。原子力安全保障を担当するロベルト・ハベック連邦経済相とシュテフィ・レムケ連邦環境相は、2022年春に内部専門家の意見を無視し、国民を欺いたというのだ。「緑の党」出身の両相は、計画された原子力の段階的な廃止をどんな状況でも推進することだったというのだ。この非難は、月刊誌「Cicero」(ベルリン)が内部文書にアクセスして報じたものだ。

 それに対し、ドイツ連邦経済省は、同報道内容を「事実に反する」と否定し、「過程の説明は短縮され、文脈がない」と述べた。しかし、野党第一党の「キリスト教民主同盟」(CDU)の要請により、ハベック経済相は26日、連邦議会の特別会合に呼び出されたわけだ。

 社会民主党(SPD)、「緑の党」、「自由民主党」(FDP)の3党から成るショルツ連立政権は2021年12月、政権発足直後、「再生可能なエネルギーからより多くのエネルギーを生成する国になる」と表明し、その課題を「巨大な使命」と呼んできた。

 そして昨年4月15日を期して脱原発時代は始まったが、「Cicero」誌の調査によると、2022年にロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機が迫っているにもかかわらず、「緑の党」主導の経済省と環境省は操業中の最後の3基の原子力発電所の運転延長を妨害したというのだ。省内のエネルギー専門家たちは当時、まだ操業中の3基の原発の操業延長を「検討すべきオプション」として助言していたというのだ。

 ハベック経済相は「私にとって、供給保証は絶対的な優先事項であり、常に事実、データ、および法規に基づいて働いてきた」と強調し、イデオロギーに基づく政策ではないと説明した。なお、議論の余地のある文書(2023年3月3日付)、運転期間延長の検討を支持する文書については、ハベック氏は「25日に初めて目にした。それは私が直接指示したものではない。省内で異なる意見があるのは普通だ」と語った。

 CDUやFDPの議員に中にはハベック氏の説明を納得できず、辞任を求める声や、議会の調査委員会の設立を求める声が出ている。もし経済省や環境省に国民を欺いた文書、証拠が見つかれば、ショルツ政権の脱原発路線の信頼性が大きく揺らぐことになる。

 ドイツの脱原発路線は2000年代初頭の社会民主党(SPD)と「緑の党」の最初の連合政権下で始まり、CDU/CSU主導のメルケル政権に引き継がれていった。SPDと「緑の党」は原発操業の延長には強く反対する一方、産業界を支持基盤とする自由民主党(FDP)は3基の原発の23年以降の操業を主張し、3党の間で熾烈な議論が続けられてきた。最終的には、ショルツ首相は「緑の党」とFDPと交渉を重ね、2022年10月17日夜、首相の権限を行使し、2基ではなく、3基を今年4月15日まで操業延長することで合意した。具体的には、バイエルン州のイザール2、バーデン=ヴュルテムベルク州のネッカーヴェストハイム2、およびニーダーザクセン州のエムスランド原子力発電所だ。

 ロシア軍のウクライナ侵攻を受け、ロシア産の原油、天然ガスに大きく依存してきたドイツは環境にやさしい再生可能なエネルギー源の利用に本腰を入れてきた。ロシア産天然ガス・原油依存脱却を第1弾目とすれば、脱原発という第2弾目のエネルギー政策の大転換が実質的に始まったわけだ。

 原子力エネルギーの将来の問題では欧州連合(EU)内でも意見が分かれている。経済大国ドイツは脱原発の道を歩みだしたが、フランスでは小型原発の開発などが活発化し、チェコ政府は原子力発電の拡大を加速するなど、原子力エネルギーのルネッサンスという声すら一部で聞かれる。EUの欧州委員会は2022年、「ガスおよび原発への投資を特定の条件下で気候に優しいものとして分類する」という通称「EUタクソノミー(グリーンな投資を促すEU独自の分類法規制)」を発表し、原発の利用の道を開いている。

 ロシア産天然ガスの輸入に依存してきた欧州諸国、その中でも70%以上がロシア産エネルギーに依存してきたドイツの産業界は脱原発、再生可能なエネルギーへの転換を強いられるなど大きな試練に直面している。ショルツ政権が推進するグリーン政策に伴うコストアップと競争力の低下は無視できない。ドイツの国民経済はリセッションに陥っている。脱原発政策に対して、国民の過半数が不安を感じているという世論調査が出ている(「ドイツ国民の過半数『脱原発』に懸念」2023年4月14日参考)。

聖職者の資格と役割が問われる時代

 神に仕える一方、この地上を支配する‘この世の神’に仕えることはできない。2つの神に同時に仕えることはできないからだ。また、イエスは「富んでいる者が天国に入るのはラクダが針の穴を通るより難しい」と諭した。

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▲イランの最高指導者ハメネイ師(イラン国営IRNA通信から)

 ところで、聖職者と呼ばれる人間は自身の生涯を神に献身することを決意した人であり、それだけ信者からは一定の尊敬を受けてきた。その聖職者のステイタスが近年、堕ちてきた。誰のせいでもない。聖職者自身が神に仕えるという志を忘れ、この世の神が治める世界に引きづられていったからだ。例えば、世界最大の宗派のローマ・カトリック教会では聖職者の未成年者への性的虐待事件が多発し、神の宮の教会は汚されている。

 今回のテーマに入る。聖職者でありながら国の政治に深く関与している宗教指導者がいる。例えば、ロシア正教モスクワ総主教キリル1世、イランの精神的指導者ハメネイ師とライシ大統領はその代表だろう。

 キリル1世についてはこのコラム欄でも何度か書いてきた。同1世はロシア正教会の最高指導者だ。同1世はプーチン大統領が始めた、ロシアとウクライナ間の戦争を「聖戦」と呼び、若きロシア兵たちを戦場に駆りたてている。ウクライナ戦争を「西洋の悪に対する善の形而上学的な戦闘」と意義付けている聖職者だ。

 そのキリル1世は、2月に亡くなった反体制派活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏の追悼礼拝を行った聖職者を停職処分している。モスクワ総主教区は23日、ディミトリ・サフロノフ神父をモスクワの教区指導者から解任し、3年間聖職から外したと発表した。

 サフロノフ神父は、ナワリヌイ氏の死の40日後、正教会の教えに基づいて同氏の墓で追悼礼拝を行った。そのビデオはインターネットで大きな注目を集めた。「戦争に反対するキリスト教徒」イニシアティブは、サフロノフ神父がモスクワ総主教から停職処分を受けたのは、拷問で死亡したナワリヌイ氏の墓前で追悼の祈りを捧げたからだと説明している。

 ちなみに、故ナワリヌイ氏のユリア夫人は停職処分されたサフロノフ神父と彼の家族のための寄付を呼びかけている。未亡人は24日夜、ショートメッセージサービスXに「神父の死者への祈りに非常に感謝しています」と書いている。ナワリヌイ氏は2月16日、収監先の刑務所で死去した。47歳だった。同氏は昨年末、禁錮19年を言い渡され、過酷な極寒の刑務所に移され、そこで亡くなった。

 モスクワ総主教庁は、ウクライナ領土のロシアによる併合と隣国への攻撃戦に反対した聖職者に対して聖職を剥奪している。キリル1世は2009年にモスクワ総主教に就任して以来、一貫してプーチン氏を支持してきた。それに対し、世界教会評議会(WCC)は、ロシアによるウクライナ攻撃を「聖戦」と呼ぶことに強く反対している。

 一方、イランではイスラム革命後、45年余り、イスラム聖職者による統治政権が続いてきた。聖職者政権は今日、国民経済の大部分を支配下に置いている。例えば、ハメネイ師が管理するセタードは数十億ドル規模のコングロマリット(複合企業)を率いて中心的な役割を果たしている。ハメネイ師の経済帝国は、重要な石油産業から電気通信、金融、医療に至るまで、多くの分野をその管理下に置いている。一方、ハメネイ師の支持を得て大統領に選出された強硬派のライシ大統領はイラン最大の土地所有者の経済財団を主導している、といった具合だ(「イランはクレプトクラシー(盗賊政治)」2022年10月23日参考)。

 イラン聖職者統治政権は、パレスチナ自治区ガザを支配する「ハマス」だけではなく、レバノンのヒズボラ、イエメンの反政府武装組織フーシ派などイスラム過激テロ組織を軍事的、経済的に支援し、シリア内戦ではアサド独裁政権をロシアと共に軍事支援してきた。そしてライシ大統領はそれらの活動をイラン革命45周年の成果として誇示する一方、イスラエル壊滅を呼び掛けているのだ。同大統領は聖職者であり、ハメネイ師の亡き後の有力な後継者だ。

 聖職者はどのような人だろうか。少なくとも神の召命を受けた人だろう。燃え上がる使命を感じて歩む聖職者もいるだろう。過去には、聖人と呼ばれた聖職者がいた。現在も義人、聖人ともいえる聖職者がいるはずだ。彼らは自身の命を捨てても他者のために生きる。‘地上の星’というべき人たちだ。義人、聖人の存在は同時代に生きる人々に希望を与えてくれる。キリル1世、ハメネイ師、ライシ大統領は看板は聖職者だが、和解と許しを説くのではなく、憎悪を煽っている。和平の代わりに聖戦と叫び、人殺しを呼び掛けている。

 世俗化した社会、国では「政教分離」が施行されているが、独裁専制国家では宗教が統治手段となったり、国民を宗教の名で圧政するケースが見られる。共産主義社会では「宗教はアヘン」と呼ばれてきたが、ロシアやイランでは今日、宗教が積極的に悪用されている。中国共産党政権でも共産主義による国民の統治が難しくなってきたことを受け、愛国主義教育が奨励されてきたが、その際も宗教が一定の役割を果たすように強いられている。

 ウクライナ戦争、中東紛争と世界は激動の時代に突入してきた。宗教指導者の役割は大きい。それだけに似非宗教者、聖職者も出てきた。聖職者の資格が問われる時代だ。

ロシア・イラン・北「3国軍事協力」

 ジェイク・サリバン米国家安全保障担当大統領補佐官は24日(現地時間)、「イランと北朝鮮に対するロシアの防衛提案は西アジアとインド太平洋地域をさらに不安定化させる可能性がある」と主張し、イラン、ロシア、北朝鮮の軍事協力に懸念を表明し、「われわれは過去数年間、イランと北朝鮮の軍事協力を目の当たりにしてきたが、過去2年間のイランとロシアの協力による無人機の大規模な開発は新しいものだ」と語り、「米国はロシアの軍事提案を注意深く監視しており、ロシアがイランに武器を供与すれば中東が不安定化するだろう」と警告を発している。

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▲ロシアのプーチン大統領と金正恩総書記の会見(2023年9月13日、クレムリン公式サイドから)

 サリバン補佐官が述べた「ロシアの防衛提案」とは、イラン国家安全保障最高評議会のアリ・アクバル・アフマディアン書記がロシアの安全保障会議書記ニコライ・パトルシェフ氏と会談し、安全保障分野での覚書に署名したことを指すものと思われる。

 イラン国営IRNA通信は25日、サリバン米大統領補佐官の発言に言及し、「米国は英国および欧州連合(EU)と協調してイランをさらに孤立させ、圧力を強めようとしている」と早速かみついている。

 サリバン大統領補佐官が指摘したように、ロシア、イラン、そして北朝鮮の3カ国間の軍事協力は急速に強化されてきている。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は2019年4月12日、ロシア外務省所属「外交アカデミー」年次集会で「西欧のリベラルな社会秩序に対抗する新しい世界の秩序が生まれてきている」と、「新しい世界の秩序」を高らかに宣言したが、ロシア・イラン・北朝鮮の軍事協力はその展開というのだろうか。

 ロシアと北朝鮮の軍事協力はウクライナ戦争の行方を左右するほど影響を与えてきている。プーチン大統領と金正恩総書記は昨年9月、首脳会談で両国間の軍事協力の強化などで合意した。その最初の成果は北朝鮮の軍事偵察衛星「万里鏡1号」の打ち上げ成功だろう。過去2回、打ち上げに失敗してきた北朝鮮はロシアから偵察衛星関連技術の支援を受け、昨年11月21日の3回目の打ち上げに成功した。ロシア側の軍事ノウハウの提供と食糧支援の代わりに、北朝鮮は弾薬をロシア側に供与している(北朝鮮は7000個のコンテナに弾薬、約250万発をモスクワに輸送)、ウクライナのクレバ外相は「ロシアとウクライナ戦争の行方はここにきて北朝鮮が握っている」と発言した。関係者にとっては想定外の展開だからだ(「ウクライナ戦争の行方を握る北朝鮮」2024年1月26日参考)。

 それだけではない。3月28日、北朝鮮に対する制裁決議の実施を監視する国連安全保障理事会専門家パネルの任期延長に関する決議案が、安保理理事国の過半数の支持にもかかわらず、ロシアの拒否権によって否決された。北朝鮮はロシアを味方につけている限り、国連安保理での対北決議案をもはや恐れる必要がなくなったわけだ。中国共産党政権が金正恩総書記のロシア急傾斜を懸念してきた、という情報も頷ける(「中国『金正恩氏のロシアへの傾斜』懸念」2024年3月26日参考)。

 ロシアはイランから無人機を獲得し、兵力、武器不足に悩むウクライナ軍に対し攻勢に出てきている。イランは今月13日から14日にかけ、イスラエル軍の在シリアのイラン大使館空爆に対する報復攻撃で数百の無人機、弾頭ミサイルをイスラエルに向かって発射したが、イランのミサイルや無人機に北朝鮮製部品が使用されている疑いが表面化している。また、パレスチナ自治区ガザを2007年以来実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」がイスラエル軍との戦闘で使用している武器には北朝鮮武器、部品が見つかっている。そして「ハマス」を武器支援しているのがイランだ。イラン・北朝鮮・ハマスの3者がつながるわけだ。なお、朝鮮中央通信(KCNA)が24日報道したところによると、尹正浩対外経済相を団長とする北朝鮮代表団がイランを訪問している。

 ところで、北朝鮮とイラン両国は弾道ミサイルと核技術分野で協力しているのではないかという噂が絶えない。イランで外相や原子力庁長官などを歴任したアリー・アクバル・サーレヒー氏が駐ウィーンIAEA(国際原子力機関)担当大使だった時、当方は「イランは北朝鮮と核関連分野で情報の交流をしているのか」と尋ねたことがある。すると大使は侮辱されたような気分になったのか、「私は核物理学者としてテヘラン大学で教鞭をとってきたが、北の科学技術に関する専門書を大学図書館で見たことがない。核分野でわが国の方が数段進んでいる」と強調し、ミサイル開発分野での北朝鮮との協調については「知らない」と答えたことを思い出す。

 聯合ニュース日本語版は17日、「米国防総省傘下の国防情報局(DIA)が2019年に公表した報告書によると、イランの弾道ミサイル『シャハブ3』は北朝鮮の中距離弾道ミサイル『ノドン』を元に開発され、『ホラムシャハル』は北朝鮮の中距離弾『ムスダン』の技術が適用された。国情院は今年1月、イスラム組織ハマスが使用した武器の部品にハングルが書かれた写真を公開し、ハマスが北朝鮮製の武器を使用しているとの分析を明らかにした」と報じている。

 ちなみに、イランは今日、ウラン濃縮活動を加速し、核兵器用の濃縮ウラン製造寸前まできている。ロシアから核開発で技術的支援を受ければ、イランの世界10番目の核保有国入りは時間の問題だろう。ロシア・イラン・北朝鮮の3国の独裁専制国家が核・ミサイル開発で手を結び、核保有国となった日、米国を中心とした西側同盟は大きな危機に遭遇する。中国共産党政権が3国の軍事同盟に加わり、西側に挑戦状を突きつければ、世界は文字通り、新「戦国時代」に突入する。

ドイツで中国のスパイ活動が発覚

 ショルツ独首相が今月14日から3日間、中国を訪問した。同首相にとって首相就任後2回目の訪中だった。いつものように大規模なドイツ経済使節団を引き連れての訪中だった。目的は低迷するドイツ経済を回復するために、同国最大の貿易相手国・中国との経済関係の強化だ。同時に、ドイツ企業の中国市場へのフェアなアクセスを獲得することにあった。例えば、電気自動車(EV)では安価な中国製EVの欧州市場への進出を受け、ドイツの自動車メーカーは苦戦を余儀なくされている。EU側は特別関税をちらつかせながら、北京側の対応を要求している。

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▲中国とロシア両国の情報機関関係者と接触するAfDのマクシミリアン・クラー欧州議員(AfD公式サイトから)

 そしてショルツ首相が訪中からベルリンに帰国すると、立て続けに中国が絡んだスパイ問題が発覚した。ショルツ首相の訪中前にスパイ問題が発覚すれば、中国での経済協力協議がスムーズにいかなくなる恐れがあったはずだ。スパイ問題が訪中後に発覚したのは、ショルツ首相の政治的な判断があったはずだ。決して偶然のことではないだろう。

 ドイツ連邦検察庁は22日、中国の情報機関のためにスパイ活動をした容疑で、ドイツ人の男女3人を逮捕したと発表した。彼らは軍事利用可能な技術に関する情報を入手したとされており、デュッセルドルフとバート・ホンブルクで逮捕された。中国外務省はこれらの疑惑を否定し、「中国のスパイ活動によるいわゆる脅威論だ。新しいものではない。その背後には中国を中傷し、『中国とヨーロッパの協力の雰囲気を破壊する』意図がある」と強く反論している。なお、中国側に伝えられたとされる情報には、強力な船舶用エンジンに使用可能な機械部品に関するものなどが含まれていたという。

 その翌日の23日、ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の欧州議会マクシミリアン・クラー議員(47)のスタッフの一人、中国系ドイツ人ジャン・Gが中国のためにスパイ活動をしていたという理由で逮捕されたことが明らかになった。ドイツメディアは極右政党AfD議員と中国系ドイツ人のスパイ活動の関連について大きく報道している。

 ドイツのナンシー・フェーザー内相(社会民主党=SPD)は、「スパイ活動の疑惑は極めて重大だ。もし欧州議会から中国の情報機関に情報が流れるなどのスパイ活動が確認されれば、それは欧州の民主主義への内部からの攻撃だ」と述べた。また、「中国の反体制派を監視する疑いも同様に重い。そのような職員を雇用する者は、その責任を負わなければならない」と強調した。

 ドイツ週刊誌シュピーゲル電子版によると、ドイツ連邦検察庁は22日、ドレスデンでGを逮捕した。Gは中国の情報機関の職員であり、2019年以来、欧州議会のドイツ人メンバー、クラー議員の職員として働いてきた。クラー議員自身は「Gの逮捕は23日午前中に知らされた。他国のためのスパイ活動は重大な問題だ。事実と判明したら、直ちに雇用関係を打ち切る」と述べている。欧州議会側は22日正午には、「事の重大性を考慮して、議会は該当者を即時に停職処分とした」と説明した。

 一方、ロビー組織のLobbycontrolは、クラー議員に対してこの問題での対応の不手際を非難した。「Gに対するスパイ活動の疑いは、すでに2023年に知られていたが、クラー議員は何の措置も取らなかった」と指摘してる。

 ドイツメディアによると、Gは43歳、中国生まれだ。現在はドイツ国籍を持ち、ドイツでの学業修了後は一時事業家として活動していたが、クラー議員が欧州議会に就任すると、Gはブリュッセルのチームでアシスタントとして雇われた。GはAfD政治家の中国旅行にも同行した。少なくともこの時点から、北京当局のために働いていたとされる。
 また、捜査当局は、Gがドイツで中国の亡命中国人組織をスパイ活動していたと非難している。彼は様々な役割で反体制派グループに関与し、中国の反体制派に関する情報を収集し、情報を中国の国家安全部(MSS)に提供していた疑いが持たれている。

 一方、AfDの連邦本部は23日、「クラー氏の職員がスパイ活動の疑いで逮捕されたという報道は非常に心配だ。現時点でこの件に関する追加情報がないため、引き続き連邦検事のさらなる捜査を待たなければならない」という。クラー氏は2022年以来、AfDの連邦執行委員会のメンバーであり、6月の欧州議会選挙で党の筆頭候補者となっている。

 なお、クラー議員はクレムリンとの接触があることが知られている。米連邦捜査局FBIは昨年末、訪米中のクラー議員に対して、クレムリンの関係者からの支払い問題について尋問している。ウクライナ人の親ロシア派活動家オレグ・ヴォロシン氏(Oleg Woloschyn)がクラー議員とのチャットメッセージの中で、クラー議員に協力の見返りとして適切な補償を約束したとされる。

 AfDは移民・難民問題で徹底した外国人排斥、移民・難民反対で有権者の支持を得て、世論調査では野党第1党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)に次いで第2の支持率を挙げてきたが、6月の欧州議会選を控え、ロシア寄りが指摘され、支持率を少し落としてきた。そこにクラー議員のスタッフが中国のスパイだった疑いが発覚して、国民のAfDを見る目が厳しくなってきている。AfDには説明責任が出てきた。

(クラー議員は24日、AfD連邦幹部会で今回の件を説明、スパイ容疑をかけられたGを即解雇すると発表する一方、6月9日に実施される欧州議会選には党筆頭候補者として出馬する意向を明らかにした)

犯罪統計が示すドイツ社会の実相

 先ず、ドイツの昨年の犯罪統計(PKS)を紹介したい。犯罪総件数は約594万件で前年比で5.5%増加した。そのうち、暴力犯罪件数は約21万5000件で前年比で8.6%増で15年ぶりの最高値を記録した。警察当局は暴力犯罪の増加を「争いを言葉で解決するのではなく、拳で解決する傾向が強まっている」と表現している。実際、暴力犯罪の中でも「危険で重い身体的損傷」が6.8%増の15万4541件に上昇した。また、「故意の軽度な身体的損傷」も42万9157件に増加し、7.4%増加した。これまでの最高値は2016年の40万6038件だった。

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▲「ルイーゼ殺人事件」に関する記者会見風景(中央=コブレンツのユルゲン・ズース警察副長官)=2023年3月14日、ドイツ民間ニュース専門局NTVのビデオからスクリーンショット

 暴力件数の内訳をみると、強盗事件が約17%増の4万4857件に、ナイフによる攻撃が約10%増の8951件に増加した。一方、殺人、殺人未遂、依頼による殺人の件数は2%増の2282件で、微増に留まった。強姦、性的強要、特に重大な性的侵害の件数は2.4%増の1万2186件に増加した。

 容疑者数は前年比7.3%増の224万6000人。そのうち92万3269人はドイツのパスポートを持っておらず、全体の約41%を占める。報告書によると、ドイツのパスポートを持たない容疑者(外国人)の増加はほぼ18%だった。犯罪検挙率は58.4%だった。移民・難民の増加は社会の治安を悪化させるといわれているが、犯罪統計はそれを裏付けている。

 2023年、ドイツの犯罪の中で忘れることが出来ない事件は「ルイーゼ殺人事件」(児童による殺人事件)だろう。独ノルトライン=ヴェストファーレン州(NRW)の人口1万8000人の町フロイデンベルクで3月11日夜、12歳と13歳の児童(女子)がナイフで12歳の同級生ルイーゼを殺害した事件だ。警察もメディアも殺人が12歳と13歳の少女によって行われたことにショックを受けた。コブレンツのユルゲン・ズース警察副長官は記者会見で、「40年以上、犯罪取り締まりの仕事をしてきたが、今回の事件(児童による殺人事件)には言葉を失う」と述べたほどだ。事件後、刑事責任を問う年齢を現行の14歳から下げるべきだという意見が出た。英国では10歳、オランダは12歳、ポルトガルでは16歳といった具合で、刑事責任が問われる年齢は欧州でも違いがある。いずれにしても、犯罪は年々,若年層まで拡散してきている(「独国民が衝撃受けた2件の犯罪」2023年3月16日参考)。

 暴力犯罪の増加について、2020年から3年余り続いたコロナ・パンデミック後の‘追い風効果’が良く指摘される。活動を制限されてきたパンデミックで溜まった不燃焼のエネルギーがパンデミックの終結後、暴発したというわけだ。報告書によると、パンデミック前の2019年と比較すると、2023年の犯罪総件数は9.3%増加している。

 しかし、それだけではないだろう。ロシア軍のウクライナ侵攻(2022年2月)、それに伴うエネルギーコストの上昇、物価高などで国民経済は活気を失い、ドイツの国民経済はリセッション(景気後退)に陥った。そして10月7日にはパレスチナ自治区ガザを実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」のイスラエルへの奇襲テロ、ユダヤ人の虐殺事件が発生した。NRW州のヘルベルト・ロイル内相は「戦争や危機が国民の気分をさらに煽った」と指摘しているのは頷ける。戦場の破壊の嵐は戦争当事国だけではなく、周辺国にも様々な形で吹き荒れるものだ。英国の週刊誌エコノミストは昨年、ドイツの国民経済の現状を分析し、「ドイツは欧州の病人だ」と診断を下した。

 ドイツ民間ニュース専門局ntvによると、ドイツの2023年度の言葉は「Krisenmodus」だった。直訳すると「危機モード」だ。ドイツを含む2023年の世界情勢を振り返るならば、納得できる選出だ(「ドイツの2023年の言葉『危機モード』」2023年12月26日参考)。

 ちなみに、2024年2月12日に発表された「ミュンヘン安全保障指数2024」(Munich Security Index 2024)によると、ドイツ国民は「ロシアの脅威」より、移民問題を最大のリスクと受け取っている。移民問題と言えば、移民の増加による犯罪の増加、治安の悪化が関連してくる。外国人排斥、移民・難民反対を掲げる極右政党「ドイツのための選択肢」が国民の支持を得るのはある意味で当然の流れともいえるわけだ。

 ところで、犯罪を犯す人間には通常、明確な目的がある。その意味で犯罪は非常に人間的な業だ。名探偵は犯行の動機、目的を解明しようとするが、「犯罪を追跡する上で最も困難なのは、目的や動機がない犯罪だ」とシャーロック・ホームズの生みの親コナン・ドイルは述べている。当方は「今後、目的・動機なき犯罪(殺人事件)が増えてくるのではないか」と予感している。

インドの「反改宗法」とラブ・ジハード

 バチカンニュース(独語電子版)は21日、インドの「反改宗法の禁止」を求める声を紹介していた。世界最大の人口大国インドで4月19日から議会下院選挙が実施中ということもあって、インドに対する関心が高まってきている。選挙結果は6月4日に発表される予定だ。

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▲日印首脳会談で岸田文雄首相を迎えるモディ首相(2023年9月19日、G20ニューデリー・サミットで。首相官邸公式サイトから)


 インドの「反改宗法」について考える前に、同国の宗教事情を調べてみた。2011年の国勢調査によると、人口の79.8%はヒンドゥー教が占め、それに次いでイスラム教が14.2%、キリスト教が2.3%、 シーク教が 1.7%、仏教が0.7%、ジャイナ教が 0.4%と続く。ちなみに、インドではキリスト教は主に西部と南部の地域に集中しているという。

  インドでは憲法で宗教と良心の自由が保障されているが、インドの29州のうち、7州−グジャラート(2003年)、アルナーチャル・プラデーシュ(1978年)、ラージャスターン(2006年)、マディヤ・プラデーシュ(1968年)、ヒマーチャル・プラデーシュ(2006年)、オリッサ(1967年)及びチャッティースガル(1968年)では、「改宗禁止法」が採択されている。これらの反改宗法は通常、力の行使、勧誘又は何らかの不正手段による改宗を禁じており、また、改宗させようと活動する者を幇助することも禁じている」(日本法務省入国管理局の情報ノート、「インド・宗教的少数派」から)。

 バチカンニュースによると、英国のキリスト教人権活動家らはインドで施行されている広範な反改宗法の廃止を求めている。世界中で迫害されている教会を支援する団体「リリース・インターナショナル」は声明の中で、人民党(BJP)が2014年に政権にカムバックして以来、インドで「キリスト教徒に対する不寛容が劇的に増加している」と述べている。「反改正法」が施行されている州はナレンドラ・モディ首相率いるインド人民党によって統治されている。

 興味深い点は、改宗で大きな問題となるケースはヒンドゥー教徒が少数派宗派に改宗したり、少数宗派の信者と婚姻した場合だ。改宗禁止法は、虚偽表示、脅迫や武力行使、詐欺、不当な影響力、強制、誘惑、結婚などによる宗教の変更や、ある宗教から別の宗教への改宗の試みを禁止している。「リリース・インターナショナル」のエグゼクティブ・ディレクター、ポール・ロビンソン氏は「反改宗法は信教の自由を保障するインドの憲法に違反している」と強調している。 「法律はクリスチャンが自分の信仰を他の人に伝えることを妨げている」というわけだ。

 ヒンドゥー教徒がイスラム教徒と婚姻する場合、キリスト信者との婚姻より迫害はさらに深刻だ。「ラブ・ジハード」(愛の聖戦)という言葉がある。ヒンドゥー教徒の女性がイスラム教徒の男性と結婚するためにイスラム教に改宗した時、家族関係者は「ラブ・ジハード」として「反ヒンドゥー教の陰謀だ。娘は洗脳された」と裁判に訴える、といった具合だ(日本法務省入国管理局の情報ノートから)。

 イスラム教徒は教えを積極的に人に伝えようとする。それに対し、ヒンドゥー教至上主義者からは「ラブ・ジハード」として警戒される。インドではキリスト教徒や他の宗教的少数派がヒンドゥー至上主義者に強制的に改宗させられる事例が結構多いという。

 バチカンニュースは20日、「インド南部テランガーナ州ではヒンドゥー教の暴徒が宣教師が運営する学校を襲撃するという事件が生じたが、警察側から取り締まられたのは学校側で『宗教間の敵対を助長した』と逆に訴えられた」と報じている。

 宗派間の対立、葛藤はどの時代、どの地域でも生じてきた。そして一つの宗派から他の宗派に改宗する信者も少なからず生まれてきた。改宗は学校や職場を変えるよりもその波紋は大きい。

 最後に、「改宗」という言葉を聞くと、アイルランド出身の作家で「ドリアングレイの肖像」や「幸福な王子」で良く知られているオスカー・ワイルド(1854年〜1900年)を思い出す。彼はプロテスタントだったが、死の前日、カトリック教徒に改宗している。その動機が耽美派のワイルドらしいのだ。曰く「カトリック教会の式典のほうが華やかだから」というものだった。

人類が直面してきた「3つの侮辱」

 精神分析学の道を開いたジークムント・フロイト(1856〜1939年)はその論文「精神分析の困難」(1917年発表)の中で「人間の意識の素朴なナルシシズムが科学的知識の歴史的進歩によって受けた三つの大きな打撃」と表現し、人類が過去3回、侮辱を受けてきたと指摘、万物の霊長・人類がその名誉と威信を失うプロセスを描写している。それを独語でKrankungen der Menschheit(人類の侮辱)と呼んでいる。

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▲精神分析学創設者ジークムント・フロイト(ウィキぺディアから)

 最初の侮辱は、イタリアの天文学者ガリレオ・ガリレイ(1564〜1642年)が地球も他の惑星と同様に太陽の周りを回転しているというニコラウス・コペルニクスの地動説を正しいと主張した時だ。その結果、ガリレオ・ガリレイは宗教裁判で有罪判決を受け、終身禁固刑となった。キリスト教会を中心に当時、太陽も他の惑星も地球の周りを回転しているという天動説が支配的だった。ガリレオ・ガリレイが地球静止論を否定し、地動説を主張した時、神の創造説をもとに天体が地球の周囲を回っていると主張してきたキリスト教会は文字通り、足元が崩れ落ちるのを感じた(宇宙論的侮辱)。

 ガリレオ・ガリレイの話は科学と宗教の対立の典型的な例としてよく引用されてきた。ローマ・カトリック教会の故ヨハネ・パウロ2世は1992年、ガリレオ・ガリレイの異端裁判の判決を「教会の過ち」と認めた。1633年のガリレオ異端決議から1992年のガリレオの名誉回復まで359年の歳月がかかった。なお、コペルニクスは1543年に地動説を主張したが、ガリレオ・ガリレイが1632年に「天文対話」の中で地動説を支持するまで、コペルニクスの名や地動説は社会には知られていなかった。

 2回目の侮辱は、旧約聖書の創世記の天宙創造説によれば、神は創造の最後に自身の似姿としてアダムとエバを創造したことになっていた。しかし、チャールズ・ダーウィン(1809〜1882年)の進化論が出現して、ホモ・サピエンスが生まれる前に多くの種が存在してきたというのだ。ダーウィンの1859年の「種の起源」は当時、大きな反響をもたらした。現生人類が誕生する前にネアンデルタール人などが存在し、悠久な歴史の流れの中で、変化に最も適応してきた種が生き残ってきたというのだ(生物学的侮辱)。

 なお、ダーウインの進化論は現在、多くの問題点があることが指摘されている。例えば、古い種と進化して出てきた新しい種を結ぶ中間種が見つかっていないこと、カンブリア爆発と呼ばれる5億4200万年前から4億8800万年前、生物の種類が1万種から30万種へ突然増加していることへの説明がないことだ。ただし、人類は神が直接創造した存在ではなく、悠久な歴史的プロセスを経て進化してきたという考えが定着していった。厳密にいえば、神の創造説と進化論は決して矛盾するものではないが、「進化」という魔法の表現が多くの分野でその影響を与えていったわけだ。

 3回目の侮辱は、ユダヤ人の精神分析学者フロイトが無意識の世界を解明したことだ。人間は意識の他に、人間の言動を支配している「無意識」が存在し、人間は無意識によって操られているというリビドー理論を提唱した。人間は自分で考え、判断して行動していると考えてきたが、実際は無意識によって動かされているケースが多いことが判明したわけだ。フロイトは著書の中で「人間は自分のハウスの主人ではなかった」と表現している(心理学的侮辱)。

 地動説、進化論、そして無意識の世界・・科学史の中でも画期的な業績であり、それらの内容が発表、公表された時、大きな波紋や困惑が生じてきたことは周知の事実だ。科学は本来、宗教と対立するものではないが、特に、欧州の中世時代、キリスト教会の世界観が全ての分野を支配していた時代、新しい科学的発見は宗教界から激しい抵抗に直面せざるを得なかった(「フロイトは『魂』の考古学者だった」2019年9月26日参考)。

 21世紀の今日、神がアダムとエバを創造したように、人類は自身をコピーして人工知能(AI)を開発し、第2の人類を生み出してきた。AIの出現は人類にさらに大きな幸福をもたらすか、AIが主人の座を奪うことになるかは現時点では不明だが、人類は漠然とした不安を感じ出してきた。ちなみに、ドイツの哲学者ヨハネス・ローベック氏は1993年、人類が自ら作り出したものに支配されている現象を「技術的侮辱」と呼んでいる(「『神は愛なり』を如何に実証するか」2021年4月10日参考)。

「激動の時代」を再び迎えた中東地域

 イスラエルとイランの間で報復攻撃が繰り返されている。今回の直接の切っ掛けは、イスラエルが4月1日、シリアの首都ダマスカスのイラン大使館を爆撃し、イランが誇る「イラン革命防衛隊」(IRGC)の准将2人と隊員5人を殺害したことだ。イランは同月13日夜から14日にかけイスラエルに向けて無人機、巡ミサイル、弾頭ミサイルなど300発以上を発射させた。

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▲親イラン派のレバノンの「ヒズボラ」がイスラエル兵士の拠点に発射したミサイル(2024年4月19日、イラン国営IRNA通信から)

 イラン側は同報復攻撃を「イスラム共和国とイスラエル政権との最初の直接対決だった。これは歴史問題を考える上で非常に重要な点だ。占領地の奥深くへの効果的な攻撃は、1967年以来イスラム諸国の果たせなかった夢だったが、この地域の抵抗運動の発祥地による努力のおかげで、それが実現した。史上初めて、イラン航空機がこの聖地の上空でアル・アクサ・モスクの敵を攻撃した」と指摘し、イラン側のイスラエルへの報復攻撃の歴史的意義を説明している。

 一方、イスラエルは19日、無人機やミサイルなどでイラン中部イスファハンを攻撃した。イスラエル側もイラン側も同報復攻撃については何も公式発表していない。興味深い点は、イランの13日の集中攻撃も、19日のイスラエル側の攻撃も相手側に大きな被害を与えないように抑制されていたことだ。その意味で、イランもイスラエルも今回の軍事衝突を契機に中東全域に戦争を拡散することは避けたいという暗黙の了解があったことが推測できるわけだ。

 特に、イスラエル側の報復攻撃は小規模で余りにも抑制されていたことから、イスラエル指導部内でも失望の声が聞かれたが、同国の軍事情報に通じる専門家は「重要な点はイスラエル側が大都市イスファハンを報復対象の場所に選び、そこに無人機の攻撃を実施したことだ。同市には無人機製造所やウラン濃縮関連施設など核関連施設が近郊にある。すなわち、『イスラエルはいつでもイランの重要都市に大きなダメージを与えることが出来る』というメッセージをテヘラン側に伝えたわけだ」と受け取っている。イラン側がイスラエルの報復攻撃について国内で公式には報じていないのは、イスラエル側の軍の優位性にイラン軍関係者は改めてショックを受けたからではないか。

 イスラエルは23日には「過越の祭」を迎える。イスラエル側がイランとの戦闘を抑えるか否かは不明だ。いずれにしても、パレスチナ自治区ガザでイスラム過激テロ組織「ハマス」との戦闘を抱えているネタニヤフ政権はガザ南部ラファへの地上攻撃をどうするか、ハマスとの休戦交渉、イランへの対応など重要な課題が山積している。

 ところで、当コラム欄でも何度か書いたが、イスラエルとイランは常に宿敵関係だったわけではない。モハンマド・レザ・シャー・パフラヴィ(パーレビ国王)は1941年に即位すると、西側寄りの国創りに乗り出し、1948年に建国したイスラエルを同盟国と見なしていた。しかし、1979年の「イラン革命」後、フランスの亡命から帰国したホメイニ師がイスラム共和国を設立すると、イスラエルとの関係は険悪化していった。両国は過去、正面衝突することはなかったが、レバノンの親イラン寄りのヒズボラ(神の党)などがイスラエルと代理戦争を繰り返してきた。

 イランのマフムード・アフマディネジャド元大統領は「イスラエルを地上の地図から抹殺してしまえ」と暴言を発し国際社会の反感を買ったことがあったし、ライシ現大統領は2月11日、首都テヘランのアザディ広場で開かれたイラン革命45周年の記念集会で、宿敵イスラエルのシオニスト政権の打倒を訴えた。イランの最高指導者、アリ・ハメネイ師は2009年、イスラエルを「危険で致命的ながん」と呼んでいる。

 しかし、歴史をもう少し振り返ると、イスラエル(ユダヤ民族)はペルシャ民族(イラン)の助けを受けている。イスラエルではサウル、ダビデ、ソロモンの3王時代後、神の教えに従わなかったユダヤ民族は南北朝に分裂し、捕虜生活を余儀なくされた。北イスラエルはBC721年、アッシリア帝國の捕虜となり、南ユダ王国はバビロニアの王ネブカデネザルの捕虜となった。バビロニアがペルシャとの戦いに敗北した結果、ユダヤ民族はペルシャ王の支配下に落ちた。そのペルシャのクロス王はBC538年、ユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還することを助けた。そしてユダヤ民族はユダヤ教を確立していく。イラン革命が生じ、イランで聖職者支配政権が確立するまでは紆余曲折があったものの、ユダヤ民族とペルシャ民族は結構良好な関係を維持してきたのだ。

 ここ数年、イスラエルはイスラム教スンニ派の盟主サウジアラビアに接近する一方、イスラム教シーア派の代表、イランもサウジに接近するなど、これまで考えられなかった動きが中東地域で見られ出している。イランの13日のイスラエルへの無人機攻撃では、サウジやヨルダンなどアラブ諸国が無人機撃墜などで間接的にイスラエル側を助けている。

 中東では現在、単に、ユダヤ教徒とイスラム教、スンニ派とシーア派といった宗派間争いだけではなく、アラブとイランの民族間の覇権争いといった側面も出てきている。それに経済的利害も絡んできて、状況は一層複雑であり、流動的だ。
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