ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2024年03月

川口市「クルド人問題」への一考

 埼玉県川口市西部でトルコ系クルド人による暴動や迷惑行為が頻発し、地域社会が混乱しているという。日本の場合、トルコ国籍を有するクルド人のケースだが、クルド人といってもシリア系、トルコ系、イラン系、イラク系など中東各地に住んでいる民族で、その総数は3000万人から4000万人と推定されている。

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▲「社会と教会の和解」を象徴した写真(バチカンニュース、2024年3月29日から)

 クルド人の主要宗派はイスラム教スンニ派だが、それぞれ独自の民族的気質を有し、その政治信条も異なる。フランスにはトルコ系のクルド人が多数住んでいるが、音楽の都ウィーンにはトルコ系だけではなく、シリア系、イラク系などのクルド・コミュニテイが存在する。彼らはクルド系民族の国家建設を願っているが、その方法論、手段などで異なっており、時には対立して身内紛争を起こしてきた。

 日本では2023年7月、川口市の救急病院に約100人のクルド人が集まって乱闘騒ぎを起こしたことがきっかけとなり、地域住民とのあつれきがクローズアップされた経緯がある。住民から苦情として、「自転車盗難、信号無視や暴走をはじめ、深夜に集まり大声で会話、ルールを守らないごみ捨て、産業廃棄物の不法投棄、脱税まで。さらに、日本人女性に対するナンパ行為、未就学児童の増加と一部の不良化など…枚挙にいとまがない」という(世界日報電子版3月23日)。

 その結果、クルド人が日本に居住する外国人の中で飛びぬけて野蛮で犯罪的な民族といった印象が生まれてくる。ただ、特定の民族、移民・難民に対して固定したイメージを抱くことは良くない。問題は、不法外国人の居住・労働であって、特定の民族を排斥対象としたものではないからだ。

 異国の日本に住んでいるクルド人はどうしても同民族のクルド人が住んでいる地域に集まりやすい。そして自然にクルド人のコミュニティが生まれる。日本の社会、文化に統合する機会が少なくなる。ウィーン市にもセルビア・コミュニティ―、クロアチア・コミュニティー、そしてトルコ系コミュニティーといった民族別の一種の棲み分けが出来ている。ウィーン市15区、16区には移民系、難民の外国人が多く住み、自然にコミュニティーが生まれてくる。時には、ウィーン住民との間で摩擦が出てくる。

 移民・難民が多く住むパリでは2022年12月23日、市内のクルド系コミュニティーで69歳の白人主義者で外国人排斥主義者が銃を発砲して3人のクルド人を銃殺し、3人に重軽傷を負わせる事件が発生した。欧州では外国人排斥、移民・難民への嫌悪を主張する極右派グループが台頭している。川口市のクルド問題で日本国内に過剰な外国人排斥や日本ファーストが生まれてこないことを願う。繰り返すが、問題はあくまでも不法な外国人の居住・労働であって、外国人、クルド人への排他ではないからだ。

 クルド系社会を取材するためにウィーンのクルド系活動家に会ったことがあるが、その年の終わりごろ、ウィーン警察当局から突然、呼び出しを受けた。ザルツブルクで拘束されたクルド系活動家が当方の名刺を持っていた、という理由からだ。同活動家はクルド労働者党(PKK)に近いクルド人だったこともあって、警察はPKKと当方の関係などを疑った。当方が取材でその活動家に会う際、当方の名刺を渡したことは事実だが、あくまで取材活動で政治的な関係はないと説明し、疑いは解消したが、クルド系社会にはテロ活動をするグループもあって治安関係者からマークされているのを痛感した。トルコはPKKをテロ組織と見なしている。

 クルド人はトルコ国内ではその文化、民族、伝統が排斥され、迫害されている面はある。クルド系政治家が選出されているという理由から、「クルド人はトルコでは迫害されていない」とは主張できない。国連の難民条約からみれば、トルコ内で迫害されてきたクルド人が難民申請した場合、難民として認知されるべきだ。

 冷戦終焉後、旧ソ連共産圏や旧ユーゴスラビア連邦に帰属してきた共和国が民族的、国家的アイデンティティを要求して次々と独立国家を宣言した。クルド系民族でも一時は中東全域に散らばった民族の統合、クルド人国家の建設をアピールする動きはあったが、シリア系クルド人、トルコ系クルド人、そしてイラク系クルド人などの間で民族のアイデンティティに相違が表面化し、統一クルド国家の建設は見果てぬ夢となっている。62万人余りの小国家モンテネグロが旧ユーゴスラビア連邦の解体を受け、独立国家となった一方、人口ではウクライナに匹敵するクルド系民族(3500万〜4800万人と言われている)は国家を建設できないでいる。クルド人が悲しき民族と呼ばれる所以だ。

 ところで、欧州では2015年秋、中東・北アフリカ諸国から多数の難民・移民が欧州に殺到した。メルケル政権下のドイツでは難民歓迎政策が実施され、100万人余りの難民・移民が収容された。その結果、その対応で今も苦慮していることは事実だ。冷戦時代、旧ソ連・東欧諸国から200万人の難民・移民を収容してきたオーストリアでも今日、国境警備を強化する一方、不法移民・難民対策を強化してきている。特に、難民・移民を欧州に運ぶ職業的人身輸送業者が暗躍しているため、その対策に力を入れてきた。同時に、難民申請の審査期間を短縮し、強制送還も迅速に行ってきた。ちなみに、合法的に居住する難民・移民に対しては言語学校を開き、職業斡旋などを行い、社会への統合を進めている。日本は移民対策では欧州から学ぶことができるのではないか。

 “ポスト・トゥルース”の世界では、右派は伝統と民族的価値観の世界を追求し、その結果、権威主義的、独裁的な国家の温床となる危険性が出てくる。一方、左派はジェンダーと個人のアイデンティティを重視していく。そのような中、イスラエルの哲学者オムリ・ベーム氏(現ニューヨーク社会調査ニュー・スクール教授)は著書「Radikaler Universalismus.Jenseits von Identitat」(過激な普遍主義、アイデンティティを越えて)の中で、「プライベートなアイデンティティを最高の価値に置くのではなく、われわれは平等に創造された存在であるという絶対的な真理のもとで考えるべきだ。そうなれば、他国を支配したり、植民地化し、奴隷にするといったことはできない」という“過激な普遍主義”を提唱している。ベーム教授の主張は理想論かもしれないが、民族・国家のアイデンティティを考える上で教えられる。

若者の“ミッドライフ・クライシス”

 欧州社会は“アブラハム文化”だ。アブラハムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の信仰の祖だ。イスラム教では3月11日から5行の一つ「ラマダン」(断食の月)が始まっている。キリスト教では明日31日は復活祭(イースター)だ。十字架で亡くなったイエスが3日後に復活したことを祝うキリスト教最大の祝日だ(東方教会は5月5日が復活祭)。

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▲日本庭園があるウィーンの世田谷公園(2024年3月16日撮影)

 今年はイスラエルとイスラム過激派テロ組織ハマスの間で戦闘が続き、ロシアとウクライナの間の戦争は3年目に入った。世界は激動の時を迎えている。ユダヤ教徒、イスラム教徒、そしてキリスト者にとっても試練の時だ。

 ところで、今月20日は「世界幸福デー」だった。それに合わせて慣例の国連「年次世界幸福度報告書」(調査期間2021年〜23年、143カ国を対象)が発表されたばかりだ。同報告書を担当した専門家の1人は「西側諸国では過去、若者が最も満足しており、主観的幸福度は成人初期に減少し、中年以降に再び大幅に増加するというものだったが、今回発表された報告書は、この『U字カーブ』が当てはまらず、場合によっては若者の幸福度が低下している」と指摘し、「若者がミッドライフ・クライシス(中年の危機)のような状況を経験している」と述べていた。

 その原因について、ソーシャルメディア利用の増加、所得格差、住宅危機、戦争や気候変動への懸念が若者の幸福度に影響を与えている可能性があるというのだ。未来に対する不安がソーシャルネットワークで増幅され、若者が希望を失っていく。

 ローマ・カトリック教会の前教皇ベネディクト16世は2011年、「若者たちの間にニヒリズムが広がっている」と指摘した。欧州社会では無神論と有神論の世界観の対立、不可知論の台頭の時代は過ぎ、全てに価値を見いだせないニヒリズムが若者たちを捉えていくという警鐘だ。簡単にいえば、価値喪失の社会が生まれてくるというのだ(「“ニヒリズム”の台頭」2011年11月9日参考)。

 人は価値ある目標、言動を追及する。そこに価値があると判断すれば、少々の困難も乗り越えていこうとする意欲、闘争心が湧いてくるものだ。逆に、価値がないと分かれば、それに挑戦する力が湧いてこない、無気力状態に陥る。同16世によると、「今後、如何なる言動、目標、思想にも価値を感じなくなった無気力の若者たちが生まれてくる」というのだ。

 フョードル・ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」のカラマーゾフ家の次男イワンは「神がいなければ全てが許される」という。一方、ロシアの首都モスクワのコンサート会場を襲撃し、140人以上を殺害したイスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)の戦闘士はアラーの神が唯一の「神」と考え、異教の神を信じる人間を殺害していく。イワンの世界とISテロリストの世界は全く異なっているが、両者とも自身の行動の正当化を「神」に置いている。

 イワンの世界は神、道徳、倫理などを失い、自己中心の欲望を制限する手段のない社会の恐ろしさを物語る一方、イスラム過激派テロリストの場合、神を信じている者が「自分の信仰こそ唯一正しい」と独善的、排他的に考え、その狭い宗教の世界に生きている人間の怖さを示しているといえるだろう。

 少し古くなったが、興味深い話を紹介する。独連邦議会の野党「左翼党」幹部のグレゴール・ギジ氏(Gregor Gysi)はZDFのマルクス・ランツ司会の娯楽番組に出演し、そこで、「自分は神の存在を信じていないが、神なき社会を恐れている。キリスト教会が主張するような価値観で構築された世界が全く存在しない世界に恐怖を感じるのだ。資本主義も社会主義もその恐怖心を取り除くことができるものを有していないからだ」という趣旨の話をしたことがある。

 ギジ氏(76)は1989年に東ドイツの支配政党であったドイツ社会主義統一党が改組して結成された民主社会党の初代議長に就任し、東西両ドイツの再統合後も左翼党をリードしてきた政治家だ。典型的な無神論者だが、その無神論者が神なき社会の台頭に一種の懸念を有しているのだ。

 無神論者はイワンのように「神がいなければ全てが許される」と考えても不思議ではないが、実際、神のない社会が台頭すると、「そのやりきれなさに耐えられなくなる」という声が彼らの口から飛び出してくるのだ。教会が生き生きしていた時、無神論者も多分、積極的に神を攻撃できたが、教会が勢いを失い、信者が脱会する時、無神論者は勝利の歌を歌うのではなく、教会の行く末、神の行く末に懸念し、神なき社会の台頭にひょっとしたら教会関係者以上に心配し出しているのだ。

 イエスはパリサイ人のニコデモというユダヤ人の指導者に「よくよくあなたに言っておく。だれでも新しく生まれなければ、神の国を見ることができない」(「ヨハネによる福音書第3章1節〜3節)と語った。新しく生まれ変わるためには、古い自分は一度は死ななければならない。そして古い自分を捨てることは誰にとっても容易ではないのだ。

「殉教」を避け、逃走するテロリスト

 ロシアの首都モスクワ北西部で22日夜(現地時間)ロックバンドのコンサート会場「クロッカス・シティー・ホール」で発生した襲撃テロ事件で死者数が140人となった。ムラシコ保健相が27日、発表した。実行犯4人はモスクワに移送され、テロ罪で起訴された。テロ現場で2人のテロリストが殺害されていたことから、実行犯グループは6人と見られる。全員が中央アジアのタジキスタン出身だ。事件は実行犯がコンサートが始まる前に会場に突入し、集まっていたファンたちに銃撃し、火炎瓶を投げ、会場に火をつけた。

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▲テロ事件の犠牲者を追悼するプーチン大統領(2024年03月24日、クレムリン公式サイトから)

 同テロ事件では、現場から逃走した実行犯がウクライナ方向に向かったという情報が報じられると、ロシアのプーチン大統領は、「テロ事件の背後にはウクライナが関与している」と主張したが、事件当時のビデオや実行犯への尋問などを通じて、ロシア治安関係者は「イスラム過激派テロリストの仕業」でほぼ一致したという。ただし、プーチン大統領は、「大量殺害の命令はイスラム主義者が実行したが、首謀者は別の場所にいる」と強調、依然ウクライナ関与説を捨てていない。

 犯行直後、イスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)がSNS上で犯行を表明した。今回テロを実行したのは、隣国のアフガニスタンで活動しており、パキスタン近くのホラサンに拠点を置いているIS分派「イスラム国ホラサン州」(IS−K)だ。「ホラサン州」は1月3日、イラン南東部ケルマン市で100人余りを殺害、数百人以上の負傷者が出るというテロ事件を起こしたばかりだ。

 興味深い情報は、.戰薀襦璽靴離襯シェンコ大統領は26日、記者団に、「モスクワ近郊のコンサートホール襲撃事件のテロリストたちはベラルーシへ逃亡しようとしたが、国境検問所があったため引き返した」と証言している。この発言はウクライナ関与説に拘るプーチン大統領の主張とは矛盾している。▲肇襯海琉汰簡歉禊愀玄圓蕕両霾鵑砲茲襪函⊇鰻眸箸箸澆蕕譴襭何佑魯蹈轡△亮鹽圓紡攤澆垢訌阿縫肇襯海紡攤澆靴討い拭襲撃容疑者の1人は2月20日にトルコに入国し、もう1人の容疑者は1月5日にトルコに入国した。2人は別々の時間にイスタンブールのホテルに滞在し、3月2日に同じ便でモスクワに入ったことが分かっていることだ。

 特に、△蓮▲肇襯海烹稗咫檻砲竜鯏世あることを示唆している。トルコ内務省によると、昨年6月1日以降、トルコ国内でIS所属またはISに近い容疑で合計2919人が逮捕されている。ロシア治安関係者は事件後、トルコ側のテロ担当官と協議している。エルドアン大統領は、「テロがどこから来たのか、攻撃者が誰であろうとも、テロは容認できない。トルコはロシアの苦しみを共有している」と語っている。

 西側テロ専門家たちは、「イスラム過激派は欧州で大規模なテロを計画している」と警告を発している。昨年末、ドイツのケルンやウィーンのシュテファン大聖堂を襲撃するテロ計画が発覚した。ISーKによって計画されたものと思われている。彼らはタリバンが政権を握った後、避難の波に紛れてヨーロッパ入りした。6月に入るとドイツでサッカー欧州選手権(6月14日〜7月14日)が、その直後、パリで夏季五輪大会(7月26日〜8月11日)が開催されるだけに、要注意だ。

 ちなみに、パリでは2015年11月13日、同時多発テロが発生した。パリ北郊外の国立競技場スタッド・ド・フランスの外で3人の自爆犯による自爆テロが起き、続いてパリ市内北部のカフェやレストランで銃の乱射や爆弾テロが起きた。そして、パリ11区のコンサート中のバタクラン劇場に乱入したテロリストが銃撃と爆発を起こし、130人が死亡、300人以上が重軽傷を負う史上最大規模のテロ事件となった。

 ところで、パリ同時テロ事件では犯人はほとんど自爆するか、突入した警察によって射殺されたが、モスクワのテロ事件では実行犯6人のうち、2人は射殺されたが、4人は逃走後、拘束された。自爆したテロリストはいない。IS−Kのテロリストらは自爆テロを恐れない狂信的なイスラム過激テロリストという従来のプロフィールとは少し異なっている。彼らは殉教者として死ぬことを回避しているのだ。1人は金銭を約束されていたと供述したという。例外は、イラン南部ケルマン市でのテロ事件では1人のIS−Kメンバーが自爆テロを行った。

 アフガニスタン専門家のエリノア・ゼイノ氏はドイツ民間ニュース専門局ntvのインタビューで、「イスラム国は厳格なサラフィ主義者、スンニ派の組織だ。IS―Kは2015年に設立され、その後、数年間、アフガン国内全域を支配したが、その後、タリバンと西側諸国の軍隊によって押し戻された。他のイスラム過激テロ組織とは違って、IS―Kには外国人戦闘員がほとんどいない。彼らは主にタジク民族グループのアフガニスタン人だ」という。

 ゼイノ氏によると、自爆テロリストを確保するのは非常に困難で、費用がかかる。これには通常、薬物、そして家族への金銭の約束が必要となる。だから自爆したり、殉教することを回避するテロリストが出てくるという。

 英国のキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授は、「IS−Kは現在最も活発なテログループであり、その起源はアフガニスタンで、過激で暴力的なジハーディスト(イスラム聖戦主義者)武装集団だ。おそらく現在、西側諸国で大規模なテロ攻撃を実行できる唯一のIS分派だ」と説明している。

金与正氏、韓国のキューバ国交に報復

 北朝鮮の金与正朝鮮労働党副部長が岸田文雄首相から首脳会談の意向を伝えられたと明かした背景について、欧州の韓国情報筋は、「北朝鮮が日本との関係正常化を真剣に考え出しているとは思えない。日韓関係に楔を打ち込むためだ。金正恩総書記は韓国がキューバと国交を締結したことに激怒している。韓国は北の第一敵対国だからだ」と説明した。すなわち、金与正党副部長は岸田文雄首相の訪朝カードをチラつかし、韓国を困窮させようとしているわけだ。

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▲韓国平昌冬季五輪大会開会式(2018年2月9日)に参加した金与正党副部長(オーストリア国営放送中継からスクリーン・ショット)

 金与正氏は26日、日本が拉致問題で譲歩しない姿勢を見て、「日本との接触や交渉を無視し、拒否するつもりだ」との談話を出した。朝鮮中央通信が伝えた。北側が拉致問題での日本政府の立場を知らないはずがない。だから北側がわざわざ拉致問題で日本側の立場を批判するのは交渉戦略に過ぎないことは見え見えだ。

 興味深い点は、金与正氏が「史上最低水準の支持率を意識している日本の首相の打算に朝日関係が利用されてはならない」、「先に門をたたいたのは日本側であり、われわれは日本が過去に縛られず新たに出発する姿勢ができていたら歓迎する立場を明らかにしただけだ」(ソウル時事)と言及していることだ。特に、前者の金与正氏の発言は北側の本来の意図を相手側のそれと重ね合わせて憶測しているからだ。

 金与正氏の発言は、韓国が今年2月14日、キューバと国交樹立を実現したことへの報復という意味合いがある。韓国とキューバは米ニューヨークで両国の国連代表部が国交樹立の文章に署名した。韓国側は「ソウルの外交の勝利」と表明してきた。

 北朝鮮にとってキューバは社会主義国の兄弟国だ。その国が北朝鮮の「最大の敵国」の韓国と外交関係を締結したのだ。金正恩氏は昨年末の党中央委員会総会で、韓国との関係をもはや同族関係ではなく「敵対的な国家関係」と断言している。北側の激怒が如何に強烈かを理解しなければならないだろう(「韓国の『外交勝利』と『北の外交惨事』」2024年2月21日参考)。

 朝鮮中央通信(KCNA)によると、北朝鮮の金正恩総書記の実妹、金与正労働党副部長が2月15日、「個人的見解」と断りながら、「岸田文雄首相と金正恩総書記との首脳会談を開催することも可能だ」といった趣旨の談話を発表した。その突然の岸田首相への訪朝の招きは、韓国がキューバとの国交樹立を発表した2月14日の1日後だ。

 もちろん、金与正氏の岸田首相への訪朝の招きにはそれなりの根拠はある。岸田首相は2月9日、衆院予算委員会で停滞する北朝鮮との外交を打破する意味もあってか、金正恩総書記との首脳会談を開く意欲があることを示唆していた。その発言への返事として、金与正氏は「岸田首相の訪朝も」といった内容の談話を発表したと受け取ることもできるからだ。

 韓国情報筋は、「わが国とキューバとの国交樹立というニュースに大慌てした北朝鮮側は韓国側への対抗という意味合いから、岸田首相の訪朝というカードを急遽切った」と述べ、北側が周到な準備の末、日本との国交回復という大きな外交的課題に取り組んでいくという真剣なものではないという。

 韓国情報筋はまた、今年11月に実施される米大統領選について、金正恩総書記はトランプ前大統領のカムバックを想定し、米朝関係の見直しに入っているという。具体的には、トランプ氏との米朝首脳会談のやり直しだ。北側にとって非核化交渉はもはやテーマではない。北側は今日、核保有国のステイタスの獲得を狙っている。そこで次期米大統領との交渉では、核開発の規模の縮小とテンポを抑えるというオファーを米国側に出し、譲歩を獲得しようとするだろうと見ている。

 北朝鮮の最大の外交課題は、米国との関係改善、対北制裁の解除だ。その意味で、金正恩氏は2019年、トランプ前大統領と首脳会談を通じて米朝関係の改善を図ったが、その外交は成果なく終わった。金正恩氏にとって米朝交渉の失敗は大きな痛みとなった。金正恩氏はトランプ氏との第2ラウンドを夢想し、その対策を今から練っているのかもしれない。

中国が恐れる北の核実験による大惨事

 北朝鮮はこれまで6回の核実験を実施し、核爆発を重ねる度にその核能力を発展させてきた。2006年10月に1回目の核実験を実施した。その爆発規模は1キロトン以下、マグニチュード4・1だった。6回目の17年9月3日には爆発規模160キロトン、マグニチュード4.4だった。北側の発表では「水爆」だという。

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▲韓国との経済関係を断絶すると表明する北朝鮮の金正恩総書記(2024年2月8日、朝鮮中央通信から)

 興味深い点は、北朝鮮の6回の核実験で放射性物質が検出されたのは1回目と3回目のだけで、残りの4回の核実験後、キセノン131、キセノン133など放射性物質が検出されていないことだ。北の核実験で放射性物質が検出されにくい理由として、北朝鮮の山脈は強固な岩から成り立っているため、放射性物質が外部に流出するのに時間がかかるからだといわれている。3回目の核実験の55日後に放射性物質が検出されたのは、北当局が核実験用トンネルをオープンしたのでキセノンが放出されたという。なお、核実験が行われた日の前後の天候も希ガス検出に影響を与える。気流の流れにも左右される。

 北朝鮮の核実験の影響について、韓国の核物理学者らから、「北朝鮮の豊渓里核実験場では、2017年9月の6回目の核実験の際にすでに大地震が発生しており、トンネルや地盤の崩壊や陥没への懸念が続いている。核実験の爆発により実験場の地盤が崩壊した可能性がある」と警告する声が出てきている。

 韓国気象庁の『2023年の地震年報』によると、北朝鮮の豊渓里付近での地震の数が2022年の3倍以上に増加した。専門家らは「マグニチュード3.0以上の地震の数は増加し続けており、今年はその可能性が高い。マグニチュード4.0以上の大地震が発生する可能性がある」というのだ。

 例えば、北の最大規模の核実験では核実験場から南東約7キロ付近で地盤が陥没し、それに伴う揺れが発生したという。水爆の爆発によって周辺の地盤が揺れ、地震が発生したという説明だ。実際、アメリカの北朝鮮分析サイト「38ノース」は2017年9月5日、核実験場周辺の地形が崩れ、地形の変動が見られると報告している。

 韓国の聯合ニュースは2017年9月5日、「北の核実験場がある北東部の咸鏡北道吉州郡で被爆した疑いが持たれる症状を訴える人が出ている」と報じた。核実験場周辺の住民への被曝は考えられるが、恐ろしいシナリオは、中国と北朝鮮の国境に位置する白頭山(標高約2744m)の噴火だ(「白頭山の噴火と第3回核実験」2011年3月11日参考)。

 東アジア最大の地震観測所を持つ韓国地質鉱物資源研究院のイ・ピョング所長は、「北朝鮮が将来追加核実験を実施すれば、大地震が発生する可能性がある」と予測している。

 北朝鮮の核実験を懸念しているのは隣国中国だ。特に、中朝国境都市周辺の住民は不安を高めている。地理的に隣接する中国の東北3省は、空気や地下水を介して広がる放射線の影響を免れないだろう。北朝鮮が7回目の核実験を実施した場合、過去6回の核実験で蓄積された核物質が急速に表面化し、北朝鮮と国境を接する中国の広範囲を放射線で覆う可能性がある。「豊渓里での北朝鮮の核実験は、近くの活火山である長白山にも影響を与えている。最近、長白山から鳥や動物が大量に移動しているのが目撃されており、中国東北三省の住民の間で不安が広がっている」というのだ。
 
 韓国の著名な火山学者、ユン・ソンヒョ教授によると、「核爆発による強力な衝撃波は、120キロメートルも離れた長白山(白頭山)地下のマグマだまりをかき乱し、噴火を引き起こす可能性がある」という。火山を扱う中国地震局研究所のシミュレーションでは、「長白山が噴火し、灰が空を覆い工場が麻痺すれば、中国経済に大きな打撃を与える可能性がある」と予測されており、中国東北部3省の2000万人が避難を余儀なくされる。

 韓国統一部が最近、北朝鮮の核実験場の近くに住んでいた亡命者を対象に放射線被爆調査を実施したところ、対象者の20%に染色体異常が見つかった。脱北者らによると、吉州郡の住民は核実験場の川水を飲料水として利用しており、核実験以降、結核患者が急増し、多くの死者が出ているという。

 中国東北3省の住民の多くは、6回目の核実験以来、地震を何度も感じたと報告している。中朝国境都市にとって放射能だけではない。北には少なくとも5カ所、化学兵器を製造する施設がある。中国が恐れているのは両国国境近くにある北の化学工場だ。2008年11月と09年2月の2度、中国の国境都市、丹東市でサリン(神経ガス)が検出されたという。中国側の調査の結果、中朝国境近くにある北の新義州化学繊維複合体(工場)から放出された可能性が高いというのだ。北の化学兵器管理が不十分だったり、事故が発生した場合、中国の国境都市が先ず大きな被害を受けるという(「中朝国境都市にサリンの雨が降る」2013年5月31日参考)。

 中国東北3省の住民にとっては時限爆弾を抱えているような状況だ。北側が7回目の核実験を実施した場合、放射能、地震、地形崩壊などの大惨事が発生する危険性が排除できないからだ。

中国「金正恩氏のロシアへの傾斜」懸念

 北朝鮮最高指導者・金正恩総書記は2019年2月、ベトナムのハノイでトランプ米大統領(当時)と首脳会談を行ったが、その外交は成果なく終わった。北朝鮮の最大の外交課題は当時、米国との関係改善、対北制裁の解除だった。金正恩氏にとって米朝交渉の失敗は大きな痛手となって残ったという。金正恩総書記はその後、核戦力の強化に乗り出す一方、中国、ロシアとの関係拡大に腐心してきた。ハノイの米朝首脳会談の暗礁後、北は非核化交渉を放棄し、韓国を最大の敵対国とし、核保有国のステイタス獲得を目指してきた。北側の国家戦略が大変化したわけだ。

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▲ロシアのプーチン大統領と金正恩総書記の会見(2023年9月13日、クレムリン公式サイドから)

 その北朝鮮が大きく転換したのはロシア軍のウクライナ侵攻だった。ウクライナ戦争が長期化していった事を受け、プーチン大統領は武器不足を解決しなければならなくなった。プーチン氏から金正恩総書記に声がかかった。昨年9月、ロシア極東アムール州のボストーチヌイ宇宙基地で行われたプーチン大統領と金正恩総書記の首脳会談は米朝首脳会談とは180度異なり、多くの成果を北側にもたらした。

 露朝首脳会談後の両国の関係は急速に深まっていった。目に見える実績は、)鳴鮮は7000個のコンテナに弾薬(約250万発と推定)をモスクワに輸送、△修譴飽き換え、ロシアからは軍事衛星関連技術の支援、食糧などの物質援助が行われた。

 プーチン大統領と金正恩総書記は昨年9月、首脳会談でロシアと北朝鮮間の軍事協力の強化などで合意したといわれている。その最初の成果は北朝鮮の軍事偵察衛星「万里鏡1号」の打ち上げ成功だろう。過去2回、打ち上げに失敗してきた北朝鮮はロシアから偵察衛星関連技術の支援を受けた結果、昨年11月21日の3回目の打ち上げに成功した。ちなみに、北側がロシア側に期待している軍事分野での支援は衛星関連技術、原子力潜水艦、核開発の向上などだ。ただしロシアと言えども、核関連ノウハウを北側に譲渡することは現時点では考えにくい。

 米国情報当局者らによると、ロシアは、ロシアの金融機関に預けられている北朝鮮の凍結資産3000万ドルのうち900万ドルの放出を許可した。また、ロシアは北朝鮮にロシアの地方銀行に口座を開くことを承認するなど、金融分野でも北側を支援している。その結果、北側はロシア国内で開いた銀行口座を利用して貿易取引が可能となる道が開かれた、と受け取られている。

 露朝間の関係はそれだけではない。韓国統一研究院のオ・ギョンソプ氏はロシアで働く北朝鮮労働者の実態を報告している。それを読むと、ロシアは国連の制裁にもかかわらず、多数の北朝鮮の労働者を受け入れている。北労働者から入る外貨で金正恩総書記は核・ミサイル開発を進めているという。一方、ロシアはウクライナの戦争による労働力不足を補うために北朝鮮労働者を受け入れる必要があるわけだ(「ロシアで働く北朝鮮労働者の実態」2024年2月29日参考)。

 メディアではあまり報道されていないが、北朝鮮の観光業へのロシア側の支援だ。ドイツ民間ニュース専門局ntvが24日報じたところによると、ロシアから多くのスキー観光客が北朝鮮を訪問しているという。ロシア軍のウクライナ侵攻の結果、ロシア国民は外国旅行が難しくなった。そこで未開発の北朝鮮の観光が脚光を浴びてきたというわけだ。それもクレムリン直々の推薦付きだ。

 北朝鮮には金正恩氏が誇る馬息嶺(Masikryong)スキー場がある。平壌から東へ175km、元山市に近いところにある。2014年1月にオープンしたばかりだ。11本のコースが造成され、ゲレンデの下には、プール、カラオケバーなどが完備された高級ホテルがある。平壌国際空港の近代化とともに、海外から旅行者を誘ったが、新型コロナウイルスの感染拡大、国境閉鎖で観光プロジェクトは閉鎖状況だった。

 しかし、ここにきてスキー場も少し活気を帯びてきた。ロシアからのスキー客が訪れ出したからだ。ロシア人カップルがあまり人がいないゲレンデでスキーを楽しんでいる姿が放映されていた(「金正恩氏の公約と『現実』との深い溝」2016年5月27日参考)。

 国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)は昨年3月、戦争犯罪の疑いでプーチン氏に逮捕状を出すなど、プーチン氏を取り巻く国際状況は益々孤立化の度を増している。同じように、国際社会から孤立している北朝鮮の金正恩総書記との友好関係はそれ故に貴重だ。そこで制裁に苦しむ北朝鮮の国民経済を少しでも緩和するために援助を積極的に申し出てきたわけだ。プーチン大統領は1月16日、クレムリンで北朝鮮の崔善姫外相を歓迎したばかりだ。プーチン氏の訪朝も既に計画中だ。両国の外交交流もここにきて活発化している。両国にとって現時点ではウィンウィンの関係だ。

 北朝鮮とロシアとの両国関係関連のニュースが多い中、中朝関係は静かだ。金正恩氏のロシア傾斜を懸念する中国共産党政府は北京を訪問した北朝鮮の金成男・朝鮮労働党国際部長に王毅・共産党政治局員兼外相が23日、会談するなど、北側のゲストを手厚くもてなしている。中国外務省の発表によると、両氏は「中朝友好の維持」などで合意したという。

 ウクライナのクレバ外相はユーモアと少しの皮肉を込めて、「ロシアとウクライナ戦争の行方はここにきて北朝鮮が握っている」と発言した。関係者にとっては想定外の展開だからだ(「ウクライナ戦争の行方を握る北朝鮮」2024年1月26日参考)。

 金正恩氏はロシアと中国の2大国から声をかけられるなど、これまで経験したことがない異例の政治情勢の中、「核保有国の認知」という野望の実現に向かって邁進してきた。

イスラム国(IS)とモスクワを繋ぐ線

 3日間のロシア大統領選が終わり、予想通りプーチン大統領が5選を果たしてからまだ1週間も経過していない22日夜(現地時間)、首都モスクワ北西部郊外で開催されていたロシアのロックバンドのコンサート会場「クロッカス・シティー・ホール」にイスラム過激派テロリストが襲撃、集まっていたファンたちを銃撃し、火炎瓶を投げ会場に火をつけた。少なくとも133人が死亡、150人以上が重軽傷を負った。犯行直後、イスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)がSNS上で犯行を表明した。ロシア治安当局によると、実行犯2人を現場で射殺したほか、11人を拘束した。

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▲テロ事件でウクライナの関与を示唆するプーチン大統領(2024年3月23日、オーストリア国営放送の動画からスクリーンショット)

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▲テロ事件で犠牲となった人を追悼するロシアの若者たち(2024年3月23日、オーストリア国営放送の動画からスクリーンショット)

 プーチン大統領は23日、国民に向けて演説し、犠牲者を追悼し、24日を「国の喪の日」とすると表明する一方、テロに関与した者を厳格に処罰すると表明。実行犯が犯行後、白い車でウクライナ方向に逃走した点を挙げ、テロ事件にウクライナが関与していた可能性を示唆した。

 ロシア連邦保安局(FSB)は、武装グループが「ウクライナ側と接触していた」と主張したが、ウクライナ政府は否定。ウクライナ軍諜報機関の報道官は、「ロシア特務機関のまた一つの嘘だ。ウクライナは今回のテロ攻撃には関与していない。ウクライナはロシアの侵略者から主権を守り、自国の領土を解放し、民間人ではなく占領軍や軍事目標と戦っている」と説明している。

 ロシア国内秘密機関FSBのアレクサンドル・ボルトニコフ長官は23日、11人を逮捕し、そのうち4人は「攻撃の実行に直接関与した」という。タス通信はFSBの声明を引用し、「テロ攻撃を実行した後、犯罪者らはロシアとウクライナの国境を越えようとした」と述べた。プーチン大統領や治安関係者はISの犯行声明をフェイクの可能性があると主張し、ウクライナの関与を強調しようとしている。

 欧米メディアによると、駐ロシア米国大使館は3月7日、ロシア側にイスラム過激派グループによるテロの危険が差し迫っている可能性があると通報したが、ロシア側はその警告を無視したという。実際、プーチン大統領は19日、国内治安情報担当者との会合で、「米国からテロの危険を警告する情報が入っているが、米国はわが国を恐喝し、ロシアを不安に貶めようとしている」と逆に米国を批判した。ちなみに、米ホワイトハウスは「関連のテロ情報を全てモスクワに伝えた」と報じている。

 ISはシリア、イラクでの拠点を失い後退したが、今回テロを実行したのは、隣国のアフガニスタンで活動しており、パキスタン近くのホラサンに拠点を置いているイラク・レバントのイスラム国(IS)関連組織「イスラム国ホラサン州」(IS−K)だ。「ホラサン州」は1月3日、イラン南東部ケルマン市で100人余りを殺害、数百人以上の負傷者が出るというテロ事件を起こしたばかりだ。

 英国のキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授は、「IS−Kは現在最も活発なテログループであり、その起源はアフガニスタンで、過激で暴力的なジハーディスト(イスラム聖戦主義者)武装集団だ。おそらく現在、西側諸国で大規模なテロ攻撃を実行できる唯一のIS分派だ」と説明している。IS−Kにはアフガンやタジキスタン、ウズベキスタンなどからリクルートされたジハーディストたちが集まっている。

 同教授は23日、ドイツ民間ニュース専門局ntvとのインタビューで、今回のISのテロ犯行声明について、“塙埓写世鮟个靴織船礇鵐優襦淵▲泪奪)はISが通常利用しているものだ、▲謄蹐里笋衒はISだ、J胴颪事前にISのテロの脅威を警告していた、等の3点を挙げ、IS犯行声明は間違いないと述べている。ISはシリアではロシアと戦い、ロシアのコーカサス地域でも活動している。

 ISは今年に入り、イランとモスクワでテロ事件を行ったことになる。イラン革命後、最悪のテロ事件となったケルマンのテロ事件の場合、ISはイランの大半を占めるシーア派住民をイスラム教からの背教者とみなし、彼らを軽蔑している。スンニ派過激テロ組織のISによるシーア派の盟主イランへの攻撃という構図が浮かび上がる。

 それではISはなぜモスクワでテロ事件を犯したのか。考えられるシナリオはロシア軍のシリア内戦でのISへの攻撃に対する報復だ。すなわち、イランのケルマンのテロ事件とモスクワのテロ事件を繋ぐ共通点はシリア内戦だ。ISはイラン革命防衛隊(IRG)司令官だったカセム・ソレイマニ将軍の命日である1月3日の追悼行事中にテロを行った。ソレイマニ司令官はシリアの内戦でIS攻撃の中心人物だった。

 モスクワのテロ事件は明らかにISの仕業だ。西側批判を強めているプーチン氏は、ISが異教徒への戦闘を呼び掛けてきていることを見逃している。IS分派は今年に入り、イランのケルマンとロシアのモスクワで大規模なテロを行った。両国とも反米主義、反西側世界を掲げている国だが、同時に、イランはシーア派であり、モスクワは正教国だ。スンニ派過激組織ISにとっては異教徒だ。ISはここにきて異教徒への敵意を強めてきているのだ。

 ちなみに、米国の政治学者イアン・ブレマー氏はソーシャルメディアプラットフォーム「スレッド」とX(旧ツイッター)の中で、国家安全保障分野におけるロシア指導部の一連の失敗を「驚くべきこと」と呼んでいる。プーチン大統領は過去2年間で3つの大きな誤った判断を下したという。具体的には、プーチン大統領は、.Εライナを短期間で制圧できると信じた、同国の民間軍事会社「ワグネル」の創設者エフゲニー・プリゴジン氏(当時62)の24時間内乱を事前に抑えることができなかった。差し迫ったテロ攻撃に関する米国諜報情報を拒否し、ロシア国民を守ることに失敗した。安保対策でプーチン大統領の弱点が表面化してきている、という指摘だ。

サッカー界「商業主義と愛国心」の狭間

 ドイツのメディアは22日、独サッカー連盟(DFB)の話がウクライナ戦争とパレスチナのガザ戦闘を凌ぐほどのビックニュースとして報じた。DFBの突然の決定は単にサッカー・ファンだけではなく、ドイツの政治家も巻き込む波紋を投じたのだ。

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▲ドイツで今年6月14日から7月14日まで欧州サッカー連盟(UEFA)主催の欧州選手権が開催(DFB公式サイトから)

 具体的には、DFBが21日、長年のパートナーであるアディダスとのサプライヤー契約が満了した後、2027年から米国のライバルであるナイキに変更すると発表したのだ。DFBのこの決定は予期しないものだったので、関係者は驚いた。

 DFBの決定はスポーツジャーナリストだけではなく、政治家をも巻き込む大きな出来事となった。DFBがサプライヤーの変更の第一の理由がナイキがアディダスより倍の契約金を払う事で、これが分かると、サッカー界の「コマーシャリズムと愛国心」の関係といった哲学的なテーマまで飛び出してきた。

 米国のスポーツ用品メーカー「ナイキ」との提携は2027年1月に始まり、2034年まで続く予定だ。ナイキはこの期間中、すべてのドイツ代表サッカーチームに装備を提供することになる。 DFBのベルント・ノイエンドルフ会長は「ナイキと協力し、我々に寄せられる信頼を楽しみにしている」と語った。

 DFBの決定がドイツで6月に開幕される欧州サッカー連盟(UEFA)主催の欧州サッカー選手権の直前に下されたことから、スポーツ記者の中には「タイミングが悪い」という声が聞かれる。ホストのドイツチームは依然アディダスのユニフォームを着用して試合に臨むことになる上、宿舎など関連施設はアデイダスが準備したものを利用することになるからだ。

 ロベルト・ハベック副首相(経済相兼任)は、「3本線のないドイツのジャージを想像することはほとんどできません。私にとって、アディダスと黒、赤、金は常に一緒のものだった。ドイツ人のアイデンティティの一部だ」と述べ、「DFBには愛国心がもう少し欲しかった」と語ったというのだ。カール・ラウターバッハ保健相(SPD)は、「アディダスはもはやサッカーの代表ジャージであるべきだ。米国の会社?商業が伝統と家庭を破壊するのは間違った決断だと思う」とX(旧ツイッター)に書いている。

 独大衆紙ビルトによると、バイエルン州のマルクス・セーダー首相(CSU)は、「ドイツサッカーは純粋な祖国であり、国際的な企業闘争の駒ではない」と指摘。CDUのフリードリッヒ・メルツ党首は、「DFBの決定を理解できない。非愛国的だ」と酷評している、といった具合だ。

 アディダスとプーマは兄弟会社のスポーツ用品販売会社で世界的に有名だ。だから「ドイツの高品質のシンボルとして世界に宣伝してほしい」と考える政治家が多い。それをDFBが突然、ライバル会社の米会社ナイキに変更したというわけだ。ただし、契約金が年5000万ユーロだったアディダスの倍、年間1億ユーロ以上と推定されている。契約金の違いは大きい。DFBも最近は赤字経営だといわれている。愛国心だけではもはや十分ではないというわけだ。

 ちなみに、DFB とアディダスは長い付き合いだ。アディダスはDFBの決定に驚き、「DFBから21日、協会が2027年から新たなサプライヤーを迎えることになると知らされた」と述べている。アディダスは独南部バイエルン州のヘルツォーゲンアウラハに拠点を置いている。

 それでは一般国民、サッカーファンたちは今回のDFBの決定をどのように見ているだろうか。ドイツ民間ニュース専門局ntvによると、ファンの間ではDFBの決定に批判的なコメントがソーシャルネットワーク上で圧倒的に多い。「反逆罪だ」といったコメントもあった。スポーツ雑誌キッカーが22日午後に実施した継続的なオンライン調査では、参加者の90%が代表チームのユニフォームの変更は間違いだと回答している。

 DFBが直面している問題はサプライヤーの変更といった経済的な問題以上に、ドイツ代表チームがファンの期待に応えていないことだ。ドイツ代表は過去3大会で成績が振るわなかった。2018年のモスクワ大会と22年カタール大会年のワールドカップ、そして21年の欧州選手権では予選ラウンドで落ちた。日本チームはカタール大会ではドイツと同じ予選グループだった。そして2対1でドイツチームに勝利したことはまだ記憶に新しい。ビルドは「偉大で誇りあるサッカー王国の終わりを体験した」と嘆いたほどだ(「『サッカー王国』ドイツのW杯予選落ち」2022年12月4日参考)。

 ちなみに、カタールW杯大会ではドイツチームの試合は散々だったが、同性愛者への連帯を表示した腕章を付けたことでホットな「文化論争」を引き起こしている。

 もしドイツ代表が昔のように強いチームだったら、サプライヤーの変更問題でも批判に晒されなかっただろう。ドイツチームが本拠地ドイツで開催される欧州選手権で過去3大会のような成績に終わるようだと、DFBへの批判の声は更に高まることは必至だ。

 参考までに、ドイツ代表チームは23日、フランス代表チームと、26日はオランダ代表チームと試合する。ドイツにとって地元主催の欧州サッカー選手権前のテスト試合だ。

スイスで「中立国の堅持」問う国民発議

 フィンランド、そしてスウェーデンと北欧の代表的中立国の2カ国がその国是の中立主義を放棄し、北大西洋条約機構(NATO)に加盟した。ロシア軍がウクライナに軍事侵攻したことを受け、中立主義ではロシアの軍事的侵略から国を守れないという判断からのシフトチェンジだ。欧州では中立主義を堅持している国は2カ国となった。アルプスの小国オーストリアとスイスの両国だ。

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▲スイスのジュネーブの国連欧州本部(2012年11月1日、撮影)

 オーストリアではロシアのウクライナ侵略後、中立主義の堅持について議論が沸いたことがある。中立国だから紛争の地での軍事活動はできないが、地雷除去は人道支援の一環という判断からヴァン・デア・ベレン大統領が外遊先で提案した時、「地雷除去支援は中立主義に違反する」という声が出てきた。野党極右党「自由党」だけではなく、与党「国民党」党首、ネハンマー首相自ら「わが国は中立国だからウクライナでの地雷除去支援はできない」と説明し、大統領の提案をあっさりと却下した。

 そのネハンマー首相とタナー国防相は昨年7月1日、欧州の空域防衛システム「スカイシールド」(Skyshield)へのオーストリアの参加への意思表明を発表した時もそうだった。中立国と「スカイシールド」参加は整合するか、という議論が野党を中心に出てきた(「『中立主義』との整合問う2つの試験」2023年7月5日参考)。

 「ヨーロッパ・スカイ・シールド・イニシアチブ」(ESSI)はドイツのショルツ首相が2022年8月末に提案したものだ。現在設置されている防護シールドは、基本的にイランからの潜在的な脅威に備えたものだ。例えば、弾道ミサイルとの戦いや、無人機や巡航ミサイルからの防御において欠陥があり、ロシアからの攻撃には対応できない。そのため、新たな空域防衛システムが必要というわけだ。

 ただし、国民の大多数が中立主義の堅持を支持している段階では同国の中立主義の放棄、NATOの加盟といったギアチェンジは考えられない。実際、政府も国民もウクライナ戦争に直面しても中立主義を放棄するような動きはほとんど見られない。ある欧州外交官は、「オーストリアでは中立主義は宗教だ。改宗することは難しい」と解説していた。

 一方、スイスは中立主義の定義の見直し(「協調的中立主義」)や武器再輸出法案の是非を検討するなど試行錯誤してきた。ここにきて直接民主主国のスイスで「中立主義の厳格な維持」についての国民発議を問う国民投票が実施される可能性が出てきた。

 右翼ポピュリスト政党、スイス国民党(SVP)の元国会議員ウォルター・ウォブマン氏が新聞「ブリック」のインタビューで語ったところによると、「スイスの中立性の維持」という国民発議の国民投票実施に必要な10万人を大幅に上回る署名が集められたという。この発議は4月11日に正式に連邦首相府に提出されるという。

 スイスでもロシアのウクライナ侵略戦争が始まって以来、中立性は議論の対象となってきた。欧州連合(EU)加盟国ではないスイスは、EUがロシアに対して課した制裁を受け入れたが、軍事的中立は維持されてきた。

 国民党が準備している発議は、いかなる軍事同盟や防衛同盟にも参加しないよう求めている。軍事同盟や防衛同盟との協力は、スイスに対する直接の軍事攻撃があった場合にのみ可能と記されている。また、スイスは交戦国に対して「非軍事的強制措置」を取ることも禁止されるべきであり、今後対ロシア制裁に参加することは許されるべきではないと主張。国連に対する国の義務のみがこの禁止から免除されるというのだ。長年スイスで最も強い政治勢力を担ってきたSVPは当初からEUの対ロシア制裁導入を拒否し、ウクライナ戦争を含めスイスの中立性を厳格に解釈することを要求してきた。

 1815年のウィーン会議で永世中立を承認されて以来、スイスの中立は200年以上の歴史を有する。スイス公共放送(SRF)が発信するウェブニュースによると、ロシア外務省は2022年8月11日、「スイスがウクライナの権益を保護する利益代表部の役割を果たすことを認めない」という趣旨の声明を発表した。この声明は第1は敵国ウクライナへの対策だが、スイス側にとって「スイスを中立国とは見なさない」というロシア側の宣言と受け取られた。実際、ロシア側は「スイスは違法な対ロシア制裁に加担している」と説明し、同国が中立主義を破り、欧米側に立っていると非難した(「ロシア『スイスは中立国ではない』」2022年8月22日参考)。

 国民投票でどのような結果が出てくるかは分からないが、スイス国民はオーストリア国民と同様、現時点では中立主義を放棄する考えはない。ただし、その運営に当たってより柔軟に対応する方向に動いてきただけに、国民党の中立主義の明確化と堅持を求めた発議に対して、国民がどのような反応を見せるかが注目される。

人は誰でも「幸福」を求めている

 20日は「世界幸福デー」だった。それに合わせて慣例の国連「年次世界幸福度報告書」(調査期間2021年〜23年、143カ国を対象)が発表されたが、それによるとフィンランドが7年連続、世界で最も幸福な国に選ばれた。2位はデンマーク、3位アイスランド、4位スウェーデンと北欧4カ国が上位を独占した。同時に、調査を担当した学者たちによると、幸福度の国のランクでは多少の変化が見られたが、世界の幸福度の不平等は過去12年間で全ての地域と年齢層で20%以上増加した。

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▲ウィーン市の世田谷公園の3月の風景(2024年3月16日、撮影)

 「世界幸福デー」は2012年、南アジアの小国ブータンが提案したもので、国連総会で採択された。この日は、世界中の幸福と福祉の重要性に焦点を当てることを目的としている。なぜならば、グロバールな世界でどの国、民族、社会でも人は誰でも幸せを求めているという認識に基づくからだ。その意味で、経済力、軍事力の国別比較とは違い、国民の幸福度に焦点を合わせたものだ。

 人は幸せを求めるが、具体的には、人間として衣食住が保障されることが最優先となる。家族があるなら、家族が安心して住み、食事、衣服などの基本的欲求が満たされるならば、その人、家庭、社会は幸せを感じる。ただし、心理学でいう「要求水準」は人、国、経済、社会・文化などの分野でそれぞれ異なってくる。

 衣食住が保障されていない社会や国に生きる人間はそれが少しでも満たされれば、その人の幸福度は高まる。一方、衣食住は当然で、無数の消費財に囲まれた生活をしている先進諸国の国民は家族で一緒に旅行したい、環境のいい郊外に住みたい、家や車が欲しい等々、さらなる欲求が満たされない場合、その人、家族は幸せを感じないというケースも出てくる。

 フィンランドが7年連続世界で最も幸福な国に選ばれたが、フィンランドの冬は厳しいし、衣食住を含む全ての分野で他の国よりそう幸せかというと、そうとも言えないのではないか。確かな点は、フィンランド人はどの国の国民より、現在の環境、衣食住、政治システムに満足しているといえるのではないか。最高の衣食住の環境にあっても、その人の要求水準が高く、それに満足できない場合、その人は幸せだとはいえないからだ。

 西側諸国では過去、若者が最も満足しており、主観的幸福度は成人初期に減少し、中年以降に再び大幅に増加するというものだったが、今回発表された報告書は、この「U字カーブ」が当てはまらず、場合によっては若者の幸福度が低下していることを示しているというのだ。

 北米では初めて15歳から24歳が上の世代よりも幸福度が高く評価されなかった。西欧でも同様の傾向が見られるという。「若者がミッドライフ・クライシス(中年の危機)のような状況を経験している」という専門家の意見も聞かれるほどだ。

 報告書はその原因については述べていないが、ソーシャルメディア利用の増加、所得格差、住宅危機、戦争や気候変動への懸念が若者の幸福度に影響を与えている可能性が懸念されている。未来に対する不安がソーシャルネットワークで増幅され、若者が希望を失っていくというサイクルだ。幼少期の幸福と精神的健康が、大人になってからの人生の満足度を決定する要因となるといわれるだけに、幼少期を含む若い世代の幸福度の減少は大きな社会問題だ。

 欧州の経済大国ドイツの場合を考えてみたい。ドイツのランクは前回16位から24位に後退した。ドイツは世界第3位の経済大国だが、国民経済は現在リセッション(景気後退)でエネルギー代、住居費、消費物価は高騰し、国民の懐はけっして豊かではなくなった。鉄道、航空会社、農業関係者など様々な産業分野で賃金アップ、労働条件の改善を訴えるデモが起きている。要するに、ドイツを取り巻く経済、社会、そして政治環境は不安定となり、国民は生活をエンジョイできる環境にあるとは決して言えない。ドイツでは若者の満足度が47位と低い。

 ただし、平均的ドイツ人の生活は他の地域の国民より数段恵まれていることも事実だ。ドイツの給料が自国のそれより高いのでドイツで職を探すオーストリア人も少なくない。国民経済は厳しくなったが、夏の休暇には必ず家族連れで旅行に出かける。生活水準自体は高い。ただ、そこに住む国民の満足度が低下しているのだ。同じように、米国は世界最大の経済国だが、そこに住む米国民の幸福度は15位から23位に後退している。衣食住を含む経済状況は人の幸福度とは必ず一致しているわけではないわけだ。

 実際、毎年、中東・北アフリカ・アジアから多数の移民・難民がドイツを目指してくる。メキシコを含む南米からは米国に不法入国しようとする難民が多い。彼らから見たならば、米国やドイツは豊かな国であり、それを共有したいと願うわけだ。

 幸福度は結局はそこに住む国民の満足度と関連してくるが、同時に、人間の基本的欲求が満たされている場合、という前提条件付きだ。「女性の権利」という基本的人権すら遵守されていないアフガニスタンが世界で最も不幸な国、幸福度最下位であるのは当然の結果といえる。参考までに、日本は51位、韓国は52位、中国は60位だった。

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