ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2024年01月

ハマスのテロ襲撃に加わった国連職員

 国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員の一部がパレスチナ自治区ガザを実効支配してきたイスラム過激テロ組織ハマスのイスラエル奇襲テロ事件に関与していた疑いが浮上、欧米諸国の中から「疑惑が解明するまでUNRWAへの支払いを一時停止する」と表明する加盟国が続出してきたことはこのコラム欄でも速報してきた。

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▲カーン・ユニスからガザ地区南部ラファへの避難を強いられたパレスチナ家族(2024年1月22日 UNRWA公式サイトから、写真提供:アシュラフ・アムラ氏)

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▲UNRWAへの2022年支援金供与国リスト(単位百万ドル)2024年01月30日、オーストリア国営放送ORF公式サイトから

 ここにきて昨年10月7日のハマスのイスラエル奇襲テロ事件にUNRWAの12人の職員がどのように関与してきたかが次第に明らかになり、欧米諸国では「UNRWAとテロ組織ハマスの繋がりは想像以上に深い」と驚きの声が出てきている。

 米紙ニューヨーク・タイムズ28日付によると、ハマスは境界網を破壊し、近くで開催していた音楽祭に来ていたイスラエル人らの若者たち、キブツに住むユダヤ人家族を奇襲襲撃し、イスラエル国内で約1200人が犠牲となり、ガザ区では約250人が人質となった。このテロ事件に、UNRWAの職員の1人は女性の拉致に加わり、別の職員はキブツでの奇襲テロに直接関与、他の職員は車両や武器をハマスのテロリストに手渡すなどしていたというのだ。ちなみに、テロ関与が疑われている12人の職員のうち、10人はハマスのメンバーだという。これらの情報が事実とすれば、その衝撃が如何に大きいかは想像に難くない。

 イスラエルが1948年に建国された際、70万人のパレスチナ人が難民となったが、彼らの救済目的で、1949年にパレスチナ難民の支援のために創設されたUNRWAはこれまでガザ地区、ヨルダン川西岸、ヨルダン、シリア、レバノンのパレスチナ人に人道支援を提供してきた。

 UNRWAには3万人以上の職員がおり、そのほとんどがパレスチナ人だ。UNRWAはガザ地区だけで約1万3000人を雇用している。そのほか、ヨルダンやレバノンなどでも事業を展開し、パレスチナ難民に教育や医療などの基本的なサービスを提供している。

 ガザ区のUNRWA職員のうち約10%はハマスやイスラム聖戦と関係があるという。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが諜報機関の報道を引用して報じた。諜報報告書の情報は、携帯電話のデータ、捕らえられたハマス戦闘員の尋問、殺害された戦闘員から回収された文書に基づいているから、その信頼性は高いという。米政府はこの情報文書について知らされていたという。

 これまで支援金の一時停止を決定した国は米国、ドイツ、フランス、カナダ、オーストラリア、英国、イタリア、スイス、フィンランド、オーストリアなどだ。日本もこれに加わった。UNRWA職員のハマスのテロ関与の事実が更に判明したならば、多くの加盟国が支援金の供与を停止する可能性が出てくる。事態の深刻さに衝撃を受けたグテーレス国連事務総長は31日、援助国の代表と会談し、UNRWAの活動継続とその支援を訴えるという。

 例えば、ドイツは2023年、UNRWAに2億ユーロ以上を支援するなど最大の支援国の一つだ。支援金はガザ区のパレスチナ人に水、食糧、衛生設備、医療品など基本的必要物質の資金調達に使用されてきた。ドイツ外務省は「UNRWAへの新たな資金は提供しないが、人道支援は今後とも継続する」という(ドイツ週刊紙ツァイト=オンライン版)。

 ブリンケン米国務長官は、「重要な点は事実の解明だ。UNRWAはパレスチナ人にとって必要不可欠の仕事に従事している機関だ」と述べている。一方、イスラエルのカッツ外相はラザリーニUNRWA事務局長の辞任を要求する一方、「ガザ地区の紛争後、UNRWAはもはや存続する余地がない」と考えている。

 参考までに、ハマスは「パレスチナ人を支援する国際機関に対するイスラエルの中傷作戦だ」と指摘し、「イスラエルはパレスチナ人のライフラインを全てカットしようとしている」と批判し、国連や他の国際機関に対して「イスラエルの脅迫に屈してはならない」と主張した。なお、西側諸国がUNRWAへの支援停止を続ければ、UNRWAの活動は2月末で停止に追い込まれることが予想される。

 ちなみに、日本政府は1953年以来、UNRWAを積極的に支援し、パレスチナ難民の教育、医療などを支援してきた。日本は2022年時点でUNRWAへの支援では6番目に多い拠出国だ。

ドイツ国民はなぜデモに走るか

 この欄でドイツの出来事をテーマにコラムを書く機会が増えてきた。どうしてかといえば、「ドイツでデモ、ストライキ、大規模な抗議集会が頻繁に行われるからだ」が答えだ。それではなぜ勤勉なドイツ国民が突然、デモやストライキに走るのかというと、国民がショルツ現政権に不満を持っていること、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)への抗議デモなど複数の理由が考えられる。

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▲雌猫メーア―ティラ「私を無視して仕事に集中してはダメ」とPCのキーボートの上に乗ってスト(2024年01月20日、ウィーンで)

 以下は、「ドイツ国民はなぜデモに走るか」をテーマに、頭を整理するために隣国ドイツの最近の動向をまとめてみた。

 ドイツ民間放送ニュース専門局ntvの世論調査によると、ショルツ首相の与党第1党「社会民主党」(SPD)の支持率はなんと13%というのだ。与党第2党の環境保護政党「緑の党」も14%、リベラル派政党「自由民主党」(FPD)は議席獲得に不可欠な得票率5%の壁をクリアできないほど低迷している。FPDは次期総選挙で連邦議会の犠牲を失うことすら予想されてきたのだ。ショルツ政権に参加するSPD、「緑の党」、FPDの与党3党の支持率は合計35%以下だ。65%以上の国民はショルツ連立政権に不満を持っていることになる。これではデモやストが多発しても不思議ではない。

 現在のドイツの路上を占領しているは、極右政党AfDへの抗議デモ集会だ。ドイツ全土で先週末、数十万人の人々がAfDに反対し、「民主主義を守れ」と叫んで街頭に繰り出した。ドイツの日本商社の中心拠点だったノルトライン=ヴェストファーレン州の州都デュッセルドルフでも数万人がデモ行進した。ハンブルク市では6万人がAfDへの抗議デモに参加した。

 デモ行進は特定の政党が主催したという組織的な政治イベントというより、国民が主体的に路上に出かけ、手作りのプラカードを掲げて「民主主義を守れ」と叫んでいる。参加者には子供連れも多く、週末に親子連れで参加するといった風情もある。プラカードやシュプレヒコールには攻撃的な内容もあったが、デモ行進の多くは平和裏に行われた。

 デモ行進の直接のきっかけは、このコラム欄でも数回報じたが、ブランデンブルク州の州都ポツダム市(人口約18万人)で昨年11月25日、AfDの政治家や欧州の極右活動家のほか、「キリスト教民主同盟」(CDU)や保守的な「価値観同盟」の関係者が参加し、「外国人、移民の背景を持つドイツ人、そして難民を支援する全ての人たちを強制移住するマスター計画」などについて議論していたことが明らかになったことだ。ドイツ国民や政界は大きな衝撃を受けた。

 ドイツの路上が反AfDデモで占拠される前は農業関係者たちがトラクターに乗って抗議行進をし、ショルツ連立政権の農業政策の改善、ディーゼル燃料に対する政府の補助金削減やCO2税など増税の撤回などを訴えてきた。首都ベルリンでは今月18日、農業関係者数千人が市中心部をトラクターで占拠した。そのほか、鉄道機関士労組(GDL)が賃金値上げや労働条件の改善などを要求したストライキを実施した。

 いずれにしても、理由は様々であり、職種も異なるが、ドイツではデモ・ストライキが頻繁に行われている。「これまで沈黙してきた国民が目を覚まして路上に出かけてきた」と表現するメディアもあるほどだ。

 ntvは反AfD抗議デモに参加していた70歳代の男性にインタビューしていたが、その男性は、「自分はこれまで路上に出て抗議デモに参加したことがなかったが、今回は参加せざるを得なくなった」と説明し、ポツダム近郊の極右団体の会合に危機感を持ったことを明らかにしていた。ドイツではAfDの禁止を求める声が出ている。それに対し、元憲法判事リュッベ=ヴォルフ氏は、「ドイツではAfDの禁止問題は常に、『もしNSDAP(国民社会主義ドイツ労働者党=ナチス)が禁止されていたらヒトラーの台頭は防ぐことができたのではないか』といった歴史的懺悔とリンクされる傾向が強い」と述べていたのが印象的だった。AfD抗議デモにはドイツの歴史的な事情が反映している面は否定できない。

 ちなみに、ドイツ連邦憲法裁判所は今月23日、国民民主党(NPD)とその後継者であるDie Heimatに対し、国の民主主義体制を損なうという理由から公共支援金の供与を停止できる、という判決を下した。ただし、AfDの場合、政党への政府補助金カットにはハードルが高すぎるという意見が主流だ。また、ドイツ公安当局は、オーストリアの最大極右組織「イデンティテーレ運動」(IBO)の元代表マーテイン・セルナー氏に対し、ドイツ入国禁止を検討している。セルナー氏はポツダムの会合に参加し、北アフリカに最大200万人を収容する「モデル国家」を構築し、難民を収容するという考えを提示したという。第2次世界大戦の初めに、ナチスはヨーロッパのユダヤ人400万人をアフリカ東海岸の島に移送するという「マダガスカル計画」を検討したことがあったが、セルナー氏の「モデル国家」はそれを想起させる。ドイツにとって危険な人物だ。

 新型コロナウイルスのパンデミックはドイツ国民を含め世界の人々に多くの犠牲を強いてきた。ロックダウンで市中から人々が消えた日々が続いた。ワクチン接種でパンデミックは峠を越えたが、その矢先、ロシア軍のウクライナ侵略で戦争が勃発、その結果、世界経済も混乱が生じ、エネルギー価格の急騰、物価高騰などで人々の生活は苦しくなってきた。そして中東でパレスチナ自治区を支配してきたイスラム過激テロ組織ハマスのテロが起き、イスラエルとの戦闘が始まった。

 世相は暗い。ドイツ高級週刊紙ツァイトのオンライン版は毎週末、良いニュースだけを掲載している。平日は暗いニュースが多いから、休みの週末ぐらい「楽しく、良いニュース」を読みたいという読者の要望に応えた企画だろう。

 デモ、ストライキが多発する社会や国に住む人々は幸せではない。国民は路上に出て、デモに参加したり、政府への不満を爆発させる。宗教的な気質の人は終末を感じて神に祈り出す。そうではない多くの普通の人々は近未来に対して閉塞感を抱き、そこから抜け出すために処方箋を必死に探す。

 ドイツで広がる路上デモ、ストライキに参加する人々の姿をみていると、人々は誰もが幸せを探していると痛感する。それを見いだせない人は失望したり、ニヒリズムに陥る。ある人は自身の不幸の原因を政府や特定の組織、グループのせいにし、その対象に向かって攻撃する。欧米社会に広がる反ユダヤ主義は典型的な例だろう。

 CDU幹部の一人、イエンス・シュパーン氏(元保健相)はntvとのインタビューで、「AfDを禁止しても同党を支援する国民の不満や問題の解決にはならない」と指摘している。農業関係者のデモでも政府の補助金削減を撤回すれば、事が済むわけではない。食糧という国家の安全政策に密接な関係がある農業に対する長期的視野からのビジョンが急務だ。それがない限り、農業関係者は何度もトラクターに乗って抗議行進をせざるを得ない。

 注目すべき新しい傾向は、ドイツ経済界からAfD批判の声が高まってきていることだ。1人の経済学者は「AfDの党綱領を読むと、同党は最終的にはドイツの欧州連合(EU)離脱を目指している。EU離脱はドイツの国民経済だけではなく、AfD支持者にもに大きなダメージがある」と警告を発している。説得力のある主張だ。

「パレスチナ支援」再考の時を迎えた

 国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の職員の一部がパレスチナ自治区ガザを実効支配してきたイスラム過激テロ組織ハマスのイスラエル奇襲テロ事件に関与していた疑いが浮上、UNRWA支援国の中から「疑惑が解明するまでUNRWAへの支払いを一時停止する」と表明する加盟国が続出してきた。

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▲UNRWAのフィリップ・ラザリーニ事務局長とパレスチナ日本代表の中島洋一大使(2023年2月6日、UNRWA公式サイトから)

 イスラエルが1948年に建国された際、70万人のパレスチナ人が難民となったが、彼らを救済するために、パレスチナ難民の支援目的に1949年に創設されたUNRWAはこれまでガザ地区、ヨルダン川西岸、ヨルダン、シリア、レバノンのパレスチナ人に人道支援を提供してきた。UNRWAの職員が昨年10月7日のハマスのテロに関与していたことが実証されれば、UNRWAは存続の危機に直面することが予想される。

 ドイツ外務省は「UNRWA職員がハマスのイスラエル奇襲テロに関与」という情報を深刻に受け取り、「疑いが解明されるまで、わが国は当面これ以上の資金を支払うつもりはない。ドイツは他の援助国と連携し、ガザ地区のUNRWAへの新たな資金を一時的に承認しない」と表明した。ドイツは2023年、UNRWAに2億ユーロ以上を支援するなど、UNRWAの最大の支援国の一つだ。支援金はガザ区のパレスチナ人に水、食糧、衛生設備、医療品など基本的必要物質の資金調達に使用される。ドイツ外務省は「UNRWAへの新たな資金は提供しないが、人道支援は今後とも継続する」という(ドイツ週刊紙ツァイト=オンライン版)。

 それに先立ち、米国務省は「UNRWAの12人の職員がハマスのテロに関与した疑いがある」と指摘、詳細が明らかになり、国連側が適切に対応するまでUNRWAへの新たな資金拠出を停止すると発表した。そのほか、カナダ、オーストラリア、英国、イタリア、フィンランドは同じようにUNRWAへの援助金支払い停止を表明している。

 2020年からUNRWAのトップのラザリーニ事務局長は27日、「ハマスのイスラエル奇襲テロに関与した疑いのある12人の職員に対して契約を即解除し、解雇した」と説明、ハマスのテロ関与問題の調査に乗り出していることを明らかにした。同時に、「支援国の援助停止は組織の活動を危険にさらす。特に、ガザ区のパレスチナ人の人道的支援活動が困難になる」として、支援国の再考を促している。

 同事務局長によると、「テロに関与した職員は刑事訴追を含む責任が問われる」という。ただし、国連側はテロに関与した職員がどのような活動をしていたのかについては言及していない。アントニオ・グテーレス事務総長は「事態は深刻だ」と懸念を表明している。

 一方、イスラエルのカッツ外相はX(旧ツイッター)で、「UNRWA職員が1200人以上のイスラエル民間人を虐殺したテロ事件に関与していたことは深刻な問題だ」として、ラザリ―二事務局長の引責辞任を要求している。

 (イスラエルは26日、UNRWAに「ガザ地区にいる数千人の同組織職員のうち12人が10月7日のハマスの虐殺に関与した」という情報を提供。それを受け、UNRWAは12人の職員を即解雇すると共に、調査を開始した)。

 UNRWA職員のテロ関与問題について、ハマスは「パレスチナ人を支援する国際機関に対するイスラエルの中傷作戦だ」と指摘し、「イスラエルはパレスチナ人のライフラインをすべてカットしようとしている」と批判し、国連や他の国際機関に対して「イスラエルの脅迫に屈してはならない」と主張した。また、パレスチナ解放機構(PLO)のフセイン・アル・シェイク事務総長は、Xで「UNRWAへの資金提供停止は大きな政治的・人道的リスクをもたらす。UNRWAへの支援停止決定をただちに撤回すべきだ」と書いている。

 難民救済を目的とした国連機関は現在、2つある。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)だ。イスラエルが1948年に建国された際、70万人のパレスチナ人が難民となったが、彼らを救済するために、パレスチナ難民だけを対象としたUNRWAが1949年に創設された。パレスチナ難民は世界の難民の中でも一種の特権的な位置にあって、国連を含む世界から支援金を受けている。

 ハマスが大規模なテロを行った直後、欧米諸国ではパレスチナ支援の停止を求める声が出ていた。UNRWAに1953年以来、積極的に支援してきた日本政府に対しても、「日本のパレスチナ人への支援金はハマスのテロを助けている」として、UNRWAへの支援を停止すべきだという声が聞かれた。日本はUNRWAに対し3320万米ドルを援助し、パレスチナ難民の教育、医療などを支援してきた。日本は2022年時点でUNRWAへの支援では6番目に多い拠出国だ。UNRWA職員がハマスのテロに関与したことが実証されれば、日本政府もUNRWAへの支援を停止するなど対策が急務となる。

 重要な点は、国際社会からの難民救済資金でパレスチナ人の生活が向上し、教育、国民経済が発展したかだ。現実は、ハマスはそれらの資金で武器を購入し、イスラエルへ侵入するためにトンネルを建設してきた。一方、アッバス議長が率いるパレスチナ自治政府には腐敗、汚職の噂が絶えない、といった具合だ(「『難民』はパレスチナ人だけではない」2023年12月14日参考)。

宗教改革者ルターが怒り出す「報告書」

 ドイツの宗教図はローマ・カトリック教会(旧教)とプロテスタント教会(新教)の2大キリスト教会でほぼ2分される。信者数は旧教が少し上回っているが、ほぼ均衡だ。それだけではない。どうやら聖職者の未成年者への虐待事件件数でも両キリスト教会は変わらないことがこのほど明らかになった。“神の宮”と呼ばれる教会の性犯罪問題は旧教だけの問題ではなく、新教も同じように抱えているのだ。ちなみに、ドイツ福音主義教会(EKD)はルター派、改革派、合同派の20の福音主義の加盟州教会の共同体で、ドイツ人口の約25・6%、約2114万人の信者を有する。

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▲ドイツ民族に大きな影響を与えた宗教改革者マルティン・ルター

 「ドイツのプロテスタント教会全体でどれくらいの性的虐待が起きてきたか」という疑問に答えるため、EKDの要請を受けて専門家たちの研究フォーラムが3年の年月をかけて初めて調査した。その結果が25日、メディアに公表された。EKDや20の地方教会の責任者の多くが認めようとしているよりもはるかに広範囲に性犯罪が起きてきたことが明らかになった。具体的には、6380件以上の懲戒、人事関連のファイル、被害記録や被害者へのインタビューを通じて、1946年以来、福音主義教会とディアコニー(福祉事業団)で1259人の聖職者が性犯罪を犯し、2225人の犠牲者が見つかったという。

 上記の調査研究結果は、ハノーバー応用科学大学のマルティン・ヴァツラヴィク氏(Martin Wazlawik )の指導の下、8つの大学、単科大学、研究機関で構成される独立研究ネットワークが過去3年間にわたって調査し、作成したものだ。研究の目的は、「福音主義教会における性的暴力の制度的要因を『特定可能』かつ『変容可能』にすることにある」(EKDのキルステン・フェールス評議会議長)という。言葉による嫌がらせから強姦に至るまで、あらゆる形態の性暴力について20の地方教会と17の関連団体で調査された。

 研究責任者のヴァツラヴィク氏は、ハノーバーでの研究結果発表の中で、「これは氷山の一角に過ぎない」と強調している。その理由は、この研究が4282の懲戒ファイルと780の人事ファイル、および1318の他の文書の検討に制限されているからだ(カトリック教会の類似の研究では2018年に総計3万8156の人事ファイルが検討され、1670人の被告と3677人の被害者が特定された)。

 研究者たちは、州教会がデータの提供が遅く、不十分な品質が多いと批判している。教会側が全ての資料、情報を公開したならば、被害者数、被告数も大幅に増加するという。法医学の精神科医であり、プロジェクトの責任者の1人、ハラルト・ドレッシング氏は被告の数を3497人、被害者の数を1946年以来、9355人以上と推定している。EKDはこれまで被害者数を約900人と推定してきた。

 もう一つの驚くべき結果は、EKDの被害者は犯行に遭った時、平均11歳だったということだ。これまで主要な被害者グループは若い成人と考えられてきた。旧教の聖職者の性犯罪と同様、新教の場合も被害者は未成年者が多数を占めているということだ。

 聖職者の性犯罪問題に対してEKDはこれまで消極的であった。EKDが性暴力に対する11項目の行動計画を決定したのは2018年に入ってからだ。2023年末、EKDは連邦政府の虐待委員と共同宣言に署名した。これにより、今後の虐待行為の処理に関する基準が設定された。それまで教会内の聖職者の性犯罪は旧教と同様、隠蔽されてきた。2021年からEKD評議会議長だったアネッテ・クーアシュス氏は2023年11月20日、1人の聖職者の性犯罪を隠蔽していたという疑いを受け、辞任に追い込まれている。

 ドイツ教会といえば、宗教改革者のマルティン・ルター(1483〜1546年)の名前を思い出す人が多いだろう。ルターは教会の改革案「95カ条の議題」を提示し、当時教会が抱えてきた問題点に質問状を突きつけ、欧州全土に大きな影響を与えたことはよく知られている。聖アウグスチノ修道院の神父だったルターは42歳の時、修道女のカトリーナ・フォン・ボラさん(当時25歳)と結婚した。ルターは人間は善行によって義となるのではなく、信仰で義とされると主張(信仰義認)、教会や修道院生活ではなく、信仰を土台とした生活の重要性を指摘、修道士、修道女には修道院から出て結婚するようにと説得。同時に、多くの修道女の結婚を斡旋したが、最後まで相手が見つからなかった修道女カトリーナさんと結婚したという。

 そのルターから派生したプロテスタント教会で聖職者による未成年者への性犯罪がローマ・カトリック教会と同様、広がっているのだ。ルターは教会の現状を見たならばどのように感じるだろうか。「自分が願ってきた教会ではない」と怒り出すかもしれない(「宗教改革者ルターと『終末』」2014年8月9日参考)。

ドイツで「首相交代」求める声高まる

 ドイツで戦後初めて3政党のショルツ連立政権が2021年12月に発足した時、政治信条も政策も180度異なる政党の政権は寄せ集め集団に過ぎず、政権維持は難しいだろうと受け取られた。ショルツ政権は社会民主党(SPD)、環境保護政党「緑の党」、それにリベラル派政党「自由民主党」(FDP)の3党から成る。

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▲岸田首相、ショルツ首相と会見(2023年05月19日、広島で、首相官邸公式サイトから)

 政権発足当初は新型コロナウイルス対策が新政権の主要課題で、ワクチン接種のおかげでパンデミックは次第に収束していった。その束の間、ロシアのプーチン大統領が2022年2月、ウクライナの軍事侵攻を始めた。欧州大陸で戦後初のウクライナ戦争はこれまで経済発展に重点を置いてきた欧州諸国はその対策にアタフタとなった。ショルツ首相は危機に直面し、「時代の転換」(Zeitenwende)というキャッチフレーズを掲げ欧米の同盟国と連携をとって対応してきた。そして昨年10月7日はパレスチナ自治区ガザ区を実効支配していたイスラム過激派テロ組織ハマスがイスラエルを奇襲して1200人余りのユダヤ人を虐殺するという事態が生じ、ドイツを始め欧州諸国はその対応に乗り出し、中東戦争の拡散防止に腐心してきた。ショルツ連立政権は想定外の外交、安保情勢に直面し、対応に苦戦したが、なんとか試練を乗り越えた。

 一方、国内ではウクライナ戦争の影響もあってエネルギー価格の急騰、物価の高騰などで国民の生活は厳しくなっていった。国民経済もマイナス成長が続き、リセッションに陥り、国民の間でも政権への不満が高まっていった。与党3党の間で政治信条、政策の違いなどが表面化して、政権内の対立、意見の相違などがメディアでも報じられてきた。メディアの世論調査によると、政権与党の3党に支持率は急減し、3党を合わせても支持率は30%をようやく超える状況となっていた(安保・外交では国民の支持率を上げることは難しいことが改めて実証された)。

 それに反し、野党第一党の「キリスト教民主同盟」(CDU)は支持率31%でトップを走り、極右政党「ドイツのために選択肢」(AfD)は22%と支持率を上げていった。特に、AfDは旧東独では30%を超える支持率を得ている。ポツダムでの極右関係者の会合が開催され、強制移民政策が話し会われたことが明らかになると、AfDへの批判の声は高まったが、支持率には大きく響いていない。

 そのような中、ショルツ首相のSPDの支持率は13%と急落し、14%の「緑の党」にも抜かれて与党第2党の地位に甘んじていることが明らかになったのだ。そしてベルリンから突然、「ショルツ首相は退陣、後継者にピストリウス国防相」といった情報が流れてきた。ドイツやオーストリアのメディアは一斉に大きく報じた。

 オーストリアの日刊紙クリアは26日、4面国際面の1ページを使い、「ショルツ自身の変わる時」という見出しを付け、「ドイツの政権でショルツ首相ほど愛されない首相はいない」と報じ、SPD内でも首相の交代を求めるが流れている、「ドイツ国民の64%が首相の交代を願い、その後継者にピストリウス国防相の名前を挙げている」というのだ。ただし、国防相が首相になったとしても、SPDは3%しか支持率を伸ばせないだろうという。肝心の後継者と名指された国防相自身「首相になる考えはない」と噂を否定している。

 ショルツ首相が先日、ベルリンで開催中のハンドボール欧州選手権を応援するために会場に入ると、ブーイングの声が上がり、罵声が飛んできたという。首相の行く先々で歓迎ではなく、批判の声が飛び交うのだ。クリア紙は「首相は侮辱されても行動せず、座って、良くなることを希望して待っている。典型的なショルツ氏の反応だ」と論じている。SPD関係者も「首相は語らなければならない時、沈黙し、動かなければならない時、固まって動かない」と受け取っている。

 首相への批判はどの政権でもあった。メルケル政権時代、移民・難民が殺到した時(2015、16年)、「メルケル、出ていけ」という声が聞かれたし、シュレーダー氏も首相時代(1998年〜2005年)にSPD系労働組合から罵声を受けた。しかし、ショルツ首相は政権を担当してまだ2年だ。16年間の首相の座にいたメルケル前首相や7年間のシュレーダー氏とは比較できない。

 今年はドイツでは6月に欧州議会選を控え、秋には旧東独の3州(ザクセン州、チューリンゲン州、ブランデンブルク州)で州議会選が待っている。「首相を変えるのならば今しかない」といった危機感がSPD関係者内にあるのかもしれない。

ウクライナ戦争の行方を握る北朝鮮

 ウクライナのクレバ外相はユーモアと少しの皮肉を込めて発言したつもりだろうが、それは暴言でも失言でもない。ロシアとウクライナ戦争の行方はここにきて北朝鮮が握っている、といった想定外の展開になってきているからだ。

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▲ロシアとの関係強化に乗り出す北朝鮮の金正恩総書記(2024年01月19日、北朝鮮中央通信KCNA公式サイトから)

 クレバ外相はドイツの日刊紙ビルト(23日付)とのインタビューの中で、「武器の供与という点では欧米西側のわれわれの同盟国より、ロシアを支援する北朝鮮のほうが有能なパートナーのようだ」と述べたのだ。その背景には、.Εライナ軍がここにきてロシア軍の攻勢に押され気味であり、ロシアからの連日のミサイル攻撃に晒されているが、その砲弾やミサイルの多くが北朝鮮製の武器であること、欧米諸国のウクライナへの武器供与が遅れがちで、ウクライナ軍は弾薬、砲弾など武器不足に悩まされている等の事情もあって、クレバ外相の少々自暴自棄な発言が飛び出したわけだ。

 ロシアとウクライナ間の戦争は来月24日でまる2年目を迎え、戦いは長期化の様相を帯び、軍事大国のロシアですら武器不足に悩まされている。ましてやウクライナの場合、多くは欧米諸国からの武器の供与に依存してきた。ロシアは武器不足を中国、イラン、北朝鮮から無人機、弾薬、ミサイルなどの支援を受けて急場を凌ぐ一方、国民経済を戦時経済体制に再編して武器の生産に乗り出している。

 一方、ウクライナの場合、米国やドイツから戦車や装甲車、対空防御システムなどを受け取ってきたが、その武器供与が遅滞してきた。ウクライナへの最大支援国・米国の連邦議会は総額1105億ドルの「国家安全保障補正予算」の承認問題で共和党と民主党の間で対立を繰り広げている。補正予算のうち約614億ドルがウクライナへの援助に充てられることになっているが、米共和党議員の中ではウクライナ支援の削減を要求する声が高まっている。バイデン米大統領はウクライナを今後も支援すると何度も強調してきたが、11月の大統領選を控え、ウクライナ支援どころではない、というのが偽りのない実情だろう。

 ドイツの場合、国民経済はリセッション(景気後退)であり、財政危機もあってウクライナへ巨額の経済支援、武器供与をすることに野党だけではなく、国民の間でも反発の声が上がってきた。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は昨年末、欧米同盟国の武器供与に依存することから脱して、国内で大砲、無人機、ミサイルなど武器の製造に乗り出す計画を表明したが、実際の生産が軌道に乗り出すまでには時間がかかる。クレバ外相は「西側の防衛産業、つまり我が国を支援する国々の防衛産業は十分な量の砲弾を生産できていない。その生産能力は、ウクライナでの戦争の需要にも、自国の防衛の需要にも応えられないだろう」と述べている(「ウクライナは武器の自力生産を目指す」2023年12月29日参考)。

 オーストリア日刊紙スタンダードは「ロシアが3両の戦車を製造している間、西側は1両の戦車しか製造できない」という軍事専門家の意見を掲載している。

 北大西洋条約機構(NATO)は最近、ウクライナへの供給を継続できるようにするために、砲弾の備蓄を再び増やすと発表した。そのため、ドイツとフランスの企業と約11億ユーロ相当の枠組み協定を締結した。 NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長は、「ウクライナへの支援を継続するには弾薬生産の増加が絶対に必要である」と述べている。

 北朝鮮製武器についてはウクライナ東部で戦闘を繰り返しているロシア兵士の間で今、「北朝鮮製の砲丸の品質の悪さに苦情が増えている」(ドイツ民間放送ニュース専門局ntvのヴェブサイト12月9日)という記事が報じられてきた。

 北朝鮮製153ミリ飛翔体用推進剤5種類を無作為に分析したところ、一部の推進薬には銅の堆積を減らすための通常のリード線が欠けていた。 「推進剤粉末の色にも明らかな違いがあり、これは燃焼の質の違いを間接的に示している」という。また、噴射剤の量も異なるというのだ。「装薬にリード線が含まれていないため、パイプの摩耗が増加する」という。

 その北朝鮮製武器の株が急上昇し、ウクライナ戦争の行方を左右するほどの影響を与えているのだ。北朝鮮製武器の品質が急に向上した結果というより、ロシアの武器不足がそれだけ深刻だというほうが正しいだろう。

 韓国の聯合ニュースによると、英国の研究機関「紛争兵器研究所(CAR)」は24日、最新の報告書の中で、「ウクライナに着弾した弾道ミサイルを分析した結果、部品にハングルが記載されており、北朝鮮製と推定される。ハルキウに着弾したミサイルは北朝鮮製のKN23かKN24だ」と指摘している。

 ちなみに、聯合ニュースは「パレスチナ・ガザ地区を実効支配する武装組織ハマスやイエメンの親イラン民兵組織フーシ派が使った兵器にもハングルの表記が確認された」と報じ、北朝鮮が中東の紛争勢力に積極的に武器を売りつけていることを示唆している。

 「必要な時の友は本当の友」という諺があるが、ロシアのプーチン大統領にとって北朝鮮はそれに当てはまるのかもしれない。一方、金正恩総書記はウクライナ戦争をロシアとの関係強化のチャンスと受け取っているのだろう。

中国の悩み「核実験回数が少ない」

 米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は20日、衛星写真を基に中国が同国西部新疆ウイグル自治区にある核実験地を再改修、拡大していると報じた。中国の習近平国家主席が2013年に就任して以来、人民解放軍が核兵器の強化と増加に乗り出していることは久しく知られてきたが、今回、衛星写真で追認されたわけだ。

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▲中国の最初の核実験(1964年10月16日、CTBTO公式サイトから)

 ウイグル自治区のロブノール(Lop Nor)は旧ソ連カザフスタンのセミバラチンスク核実験所と共に核実験所として知られてきた。ウィーンに本部を置く包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)によると、中国は過去、ロブノールで地上、地下計45回の核実験を行った。同国の最初の核実験は1964年10月16日、これまで最後の核実験(地下実験)は1996年7月29日だ。

 新疆ウイグル自治区では核実験の放射能の影響で多くの奇形、障害児が生まれている。国際社会は同自治区の現地調査を中国側に要求すべきだ。

 ロプノールは広大な地域で、そこにある乾燥した塩湖が核兵器の実験場だ。1964年10月の最初の実験から60年が経て、中国は実験場を再建している。ニューヨーク・タイムズ紙によると、米国の諜報機関はロプノールの再建を何年にもわたって監視してきたという。

 現在、世界9カ国が核兵器保有国と受け取られている。米ロ英仏中の国連安保常任理事国の5カ国、それにインド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮だ。次期核保有国候補国としてイランが挙げられている。

 1996年9月、包括核実験禁止条約(CTBT)が作成され、核物質の爆発を禁止する国際条約の署名、批准が始められたが、条約発効に必要な要件(条約第14条=核開発能力所有国の44カ国の署名・批准)を満たしていないため、条約は依然発効していない。ただし、米英仏ロ中の5カ国は核実験のモラトリアム(一時停止)をこれまで遵守してきた。

 中国は1996年にCTBTに署名したが、批准していない。中国と同様、署名したが、未批准の米国の出方を伺っている、と受け取られている。また、ロシアはCTBTを署名・批准済みだったが、昨年11月に批准を撤回している(「ロシアは近い将来『核実験』再開か」2023年8月18日参考)。

 ところで、中国は核兵器開発では米国やロシアに後れを取っている、という認識を有している。中国は1964年〜96年の間、ロプノールで45回の核兵器実験を行ったが、モスクワは冷戦時代、700回以上、米国は1000回以上の核兵器実験を実施してきた。核実験回数では中国は米ロ両国と比較して圧倒的に少ない。核兵器の性能向上を実現する目的にとっては、それは大きなマイナスだ。

 それだけではない。中国共産党政権派の環球時報の編集長・胡錫進氏は2020年7月28日、「中国は比較的短期間に核弾頭の数を1000基水準に増やすことが必要だ」と話し、「米国との戦争に勝利するためには1000個の核弾頭が必要だ」という趣旨の論評を掲載し、大きな反響を呼んだ。すなわち、中国は核弾頭の数も米ロに比較して少ないという認識があるはずだ。それが中国の核実験の再開情報の根拠となっているわけだ。

 もちろん、核実験の再開への誘惑は中国だけではない。米国を含む核保有国は「1980年代、90年代の核兵器が依然機能するかを知りたがっている」(軍事専門家)からだ。実験を繰り返し、問題がないと確認されない限り、その兵器は実戦では使用できない。米国やロシアは過去、臨界前核実験を実施したが、核兵器の安全性などをチェックするためには核実験以上の手段はないからだ。

 北朝鮮を除く8カ国の核保有国はどの国も「核実験のモラトリアムを最初に破った国」という汚名を避けたいと思っている。逆にいえば、核保有国の一国でも核実験を再開すれば、他の核兵器保有国も次々と雪崩を打って核実験を再開することが予想されるのだ(「CTBTOは存続できるか」2023年11月13日参考)。

 北京だけでなく、ワシントンやモスクワも近年、核実験場を大規模に拡張している。アメリカのネバダ州の実験場、北極にあるロシアの極地ノヴァヤ・ゼムリャ上空で撮影された衛星画像によってそれは証明されている(ノヴァヤ・ゼムリャでの核実験は、1955年9月21日から90年10月24日までの間に130回行われた)。

“極右の足音”に困惑するドイツ国民

 オーストリアとドイツは言語(独語)が同じということもあって兄弟国のように見られてきた。ドイツの社会的流行、トレンドも少し時間がたてば隣国オーストリアでも見られるようになる、といわれてもきた。ドイツは欧州の経済大国で兄貴の立場とすれば、アルプスの小国オーストリアは弟だ。ドイツが時代を先行し、オーストリアがその後を追う、といった関係が続いてきた。それがここにきて風向きが変わり、ドイツの政界、国民はウィーンから吹き荒れる風に怯え、吠え出しているのだ。以下、その背景を説明する。

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▲ハンブルク市の反AfD抗議デモ、参加者で溢れる(2024年01月20日、オーストリア国営放送の中継からのスクリーンショット)

 ドイツでは目下、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)関係者がポツダム近郊のホテルで欧州の極右関係者などと共に会合し、そこで移民・難民の強制移住計画などについて話し合っていたことが判明し、ドイツの政界、国民は大きな衝撃を受けていることはこのコラム欄でも数回報じた。ドイツ各地で先週末、数十万人の人々がAfDに抗議するデモ集会に参加した。

 問題は移民難民の強制送還の話を持ち出した参加者はAfD関係者ではなく、オーストリアの最大極右組織「イデンティテーレ運動」(IBO)の元代表マーティン・セルナー氏だ。同氏は、ニュージーランドのクライストチャーチで2019年3月15日、2カ所のイスラム寺院を襲撃し、50人を殺害したブレントン・タラント(当時28)から寄付金を受け取っていたことが判明し、物議をかもしたことがあった。

 ドイツのメディアによると、セルナー氏は会合で、北アフリカに最大200万人を収容する「モデル国家」を構築し、難民を収容するという考えを提示した。第2次世界大戦の初めに、ナチスはヨーロッパのユダヤ人400万人をアフリカ東海岸の島に移送するという「マダガスカル計画」を検討したことがあったが、セルナー氏の「モデル国家」はそれを想起させるものがある。ポツダム会議の内容は調査報道プラットフォーム「コレクティブ」が明らかにした。

 欧州の過激主義について研究しているロンドンの「過激主義研究所」のユリア・エブナー博士は20日、オーストリア国営放送(ORF)とのインタビューの中で、「オーストリア国民にとってセルナー氏の主張はよく知られていることで、今更驚くべき内容ではないが、ドイツ国民にとってセルナー氏の主張はナチス時代を思い出させたのだ」と指摘し、ドイツ政界、国民がオーストリアから来た極右活動家の提言に驚きと衝撃を受けたという。

 ドイツ民間放送のニュース専門局ntvは抗議デモに参加していた70歳代の男性にインタビューしていたが、その男性は「自分はこれまで路上に出て抗議デモに参加したことがなかったが、今回は参加せざるを得なくなった」と説明し、ポツダム近郊の極右団体の会合に危機感を持ったことを明らかにしていた。

 オーストリアのセルナー氏の現代版「マダガスカル計画」についてドイツ人はオーストリア人より歴史的痛みを強く感じたのかもしれない。それも隣国から招かれたオーストリア人の男性がポツダムで喋ったのだ。その内容、そして戦後の戦争処理を話し合ったポツダムの地という歴史的な書割も手伝って、ドイツ国民は忘れかかっていた歴史的痛みを思い出したのだろう。

 ドイツ国民の中には、オーストリアからきたセルナー氏の姿にアドルフ・ヒトラーの亡霊を感じた人々もいたかもしれない。ちなみに、ヒトラーはオーストリア人だ。画家の道を目指したが、ウィーンの美術学校の入学試験に落ちたためにドイツに行った。そしてヒトラーが率いるナチス政権が後日、オーストリアを併合したために、オーストリアは一時的だが消滅した。

 ドイツはオーストリアから来たヒトラーが主導したナチス政権が発足し、第2次世界大戦では戦争犯罪国というレッテルを貼られる国となった。そのヒトラーの国から今度は極右運動の指導者セルナー氏がポツダム近郊の会議でヒトラーが夢見ていた「マダガスカル計画」の現代版を提言したのだ。ドイツ国民が寒い冬にも拘わらず、路上の反AfD抗議デモに出てきた背後には、「ドイツは“いつか来た道”を行こうとしている」といった危機感があるからかもしれない。

 ドイツでは現在、AfD禁止問題が大きなテーマとなっている。元憲法判事リュッベ=ヴォルフ氏は、「ドイツではAfDの禁止問題は常に、『もしNSDAP(国民社会主義ドイツ労働者党=ナチス)が禁止されていたらヒトラーの台頭は防ぐことができたのではないか』といった歴史的懺悔とリンクされる傾向が強い」という。NSDAPは1923年のヒトラー一揆後に一時的に禁止されたが、ヒトラーの台頭を防ぐことが出来なかった。それに対し,リュッぺ=ヴォルフ氏は、「法的力が不足していたのではなく、この党を阻止するという政治的意志が欠けていたからだ」と指摘している。

 欧州の政界では右傾化が話題となっている。そのパイオニア的役割を果たしたのはオーストリアのイェルク・ハイダー氏だ。同氏が率いる極右政党「自由党」が2000年、保守派政党「国民党」を担ぎ出して政権に参加したことが欧州極右政党が起こした最初の衝撃だった。欧州諸国は当時、自由党が参画したシュッセル連立政権の発足を受け、オーストリアとの外交関係を中断する制裁を実施したことはまだ記憶に新しい。

 オーストリアでは今年、議会の総選挙が実施されるが、複数の世論調査では自由党が支持率30%前後を獲得し、第1位を独走している。欧州の極右政党で総選挙で第1党、支持率30%を獲得できる政党は現時点でオーストリアの自由党しかない。オーストリアの極右政党は文字通り一歩先行している。それゆえに、ウィーンから聞こえてくる極右の足音にドイツの政界、国民は困惑と不安を感じ出しているのだ。

金正恩氏が「独高級車」を入手する経路

 韓国聯合ニュースによると、韓国統一部は19日、「北朝鮮の金正恩国務委員長(朝鮮労働党総書記)が国連の対北朝鮮制裁により輸入が禁じられている高級外車に乗っていることについて、車両に関する具体的な情報や入手経路などを関係機関と共同で綿密に追跡する意向」と発表した。統一部のキム・イネ副報道官は「北朝鮮の記録映画に正恩氏の新しい専用車が登場していた」と述べ、対北朝鮮制裁を遵守するように求めている。具体的には、北朝鮮の朝鮮中央テレビは15日に放送した記録映画で、正恩氏がメルセデス・ベンツの多目的スポーツ車(SUV)「メルセデス・マイバッハGLS600」から降りる姿が捉えられたという。

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▲金ファミリーの高級品調達者、権栄録氏(駐オーストリアの北朝鮮大使館の中庭で撮影)

 同ニュースを読んで直ぐに1人の北朝鮮の有名なビジネスマンの名前を思い浮かべた。故金正日総書記への“贅沢品調達人”権栄録氏だ。同氏がまだ欧州で北朝鮮直営の唯一の銀行「金星銀行」の筆頭頭取だった時、彼は定期的にドイツのメルセデス・ベンツ社に顔を出し、高級車を大量に購入してきた。メルセデス・ベンツ社は権栄録氏をVIP扱いにしていた。

 権栄緑氏は金ファミリーへの調達品を工面する責任者だった。ドイツ製高級車ベンツやBMW、イタリアのヨットなどを故金正日総書記ファミリーのために調達する仕事だった。ただ、ヨット購入では事前に発覚し、オーストリア検察庁から安保理決議1718号を無視し、外国貿易法に違反したとして起訴された。同氏は2009年末、裁判所には出廷せず、平壌に逃げ帰った。

 当方は権栄録氏と数回、会見したことがある。金星銀行がウィーン市7区に拠点があった時、カイザー通りで独週刊誌シュピーゲルを片脇に持って歩いているところを目撃したことがある。彼は当時、シュピーゲル誌を読みこなすだけの独語力をもっていた。寡黙で、何を聞いても口を閉じていた。その一方、権氏はウィーン駐在期間、ウィーン市1区にあるカジノに定期的に通っていた。当方の知り合いの中東出身の知人は「カジノではよく権栄録氏の姿を目撃した」と証言していた。カジノの常連客だったわけだ。当方が権栄録氏の私邸があるウィーン市14区のアパートを訪問した時、権氏が赤いガウン姿で出てきたのにはちょっと驚いた。普段は厳めしい表情をしている同氏が自宅で真っ赤な派手なガウンを着ていることに少々違和感を覚えたからだ。アパートには同氏を世話する若い女性が住んでいた。

 ところで、金正恩氏が乗っていた独製メルセデス・ベンツのSUVの購入ルートについてだ。権栄録氏は2009年末に平壌に戻った後、健全ならば中国に頻繁に足を運び、そこで独製の高級車などを調達していたのではないか。中国側も国連安保理決議の制裁などは無視して、北側の要望に応えているはずだ。同時に、中国に拠点を置くドイツの自動車メーカー、メルセデス・ベンツ社の中国子会社は“お得意様”の権栄録氏の注文を無視することはないだろう。

 まとめると、権栄録氏は【平壌】から【北京のベンツ関連会社】に電話を入れ、注文する。それを受け、【ドイツ】で北側の特注の高級車を製造し、それを【北京の中国企業】宛てに輸出する。そして同会社が鉄路で【平壌】に送る、というルートだ。

 ちなみに、ドイツは輸出大国であり、中国はドイツにとって最大の貿易相手国だ。例えば、ドイツの主要産業、自動車製造業ではドイツ車の3分の1が中国で販売されている。2019年、フォルクスワーゲン(VW)は中国で車両の40%近くを販売し、メルセデスベンツは約70万台の乗用車を販売している(「輸出大国ドイツの『対中政策』の行方」2021年11月11日参考)。

 韓国側は調査しなくてもメルセデス・マイバッハGLS600が金正恩氏の手に渡ったルートを知っているはずだ。それをわざわざ「統一部が北側が独製高級車を入手した経路を調査する」と発表したのは、国連安保理決議を違反している中国とドイツ両国の企業を名指しで批判することは外交的に得策ではないという判断もあって、両国に警告を発する狙いがあったと受け止めるべきだろう。

ドイツ90カ所以上で反AfD抗議デモ

 ドイツの高級週刊紙ツァイト(オンライン)によると、ドイツ全土で20日、90カ所以上、合わせて20万人を超える人々が極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)に反対し、「民主主義を守れ」と叫んで街頭に繰り出した(AFP通信は「30万人」と報じている)。

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▲ハンブルク市の反AfD抗議デモ、参加者で溢れる(2024年01月20日、オーストリア国営放送の中継からのスクリーンショット)

 警察と主催者によると、フランクフルト・アム・マインとハノーバーだけで3万5000人がデモを行った。フランクフルトのレーマー駅では「ファシズムに反対する団結」や「ナチスの居場所はない」などのスローガンを掲げた横断幕を持った人々で溢れた。

 抗議デモが行われた直接の契機は、ブランデンブルク州の州都ポツダム市(人口約18万人)で昨年11月25日、AfDの政治家や欧州の極右活動家のほか、「キリスト教民主同盟」(CDU)や保守的な「価値観同盟」からも数人の関係者が参加し、「外国人、移民の背景を持つドイツ人、そして難民を支援する全ての人たちを強制移住するマスター計画」などについて議論していたことが明らかになり、ドイツ国民や政界に大きな衝撃を投じたからだ。調査報道研究プラットフォーム「コレクティブ」が報じた内容だ。

  ポツダムのレーニッツゼーでの会議の参加者の中には、ザクセン・アンハルト州議会のAfD会派リーダー、ウルリッヒ・ジークムント氏、バイエルン州のAfD連邦議会議員ゲリット・ホイ氏、元AfD連邦議会議員のローランド・ハートヴィッヒ氏(ワイデル党首の個人顧問)らも含まれていた。同会議が報道されると、AfDは「ポツダム会議は私的な会合」として距離を置くと共に、同会議に参加したワイデル党首の個人顧問を解雇している。

 同会議にはそのほか、オーストリアの最大極右組織「イデンティテーレ運動」(IBO)の元代表マーテイン・セルナー氏の姿もあった。同氏はニュージーランドのクライストチャーチで2019年3月15日、2カ所のイスラム寺院を襲撃し、50人を殺害したブレントン・タラント(当時28)から寄付金を受け取っていたことが判明し、物議をかもしたことがあった。

 ドイツのメディアによると、セルナー氏は会合で、北アフリカに最大200万人を収容する「モデル国家」を構築し、難民を収容するという考えを提示したという。第2次世界大戦の初めに、ナチスはヨーロッパのユダヤ人400万人をアフリカ東海岸の島に移送するという「マダガスカル計画」を検討したことがあったが、セルナー氏の「モデル国家」はそれを想起させる。

 (同会議については、このコラム欄で「もう一つの『ポツダム会議』の波紋」(2024年1年13日)のタイトルで詳細に報じたから、関心がある読者は再読をお願いする)。

 ポツダム会議の内容が明らかになると、AfDへの批判の声が上がり、各地で抗議デモが展開される一方、AfDの政治活動の禁止を求める声が飛び出してきている。

 ハノーバーではニーダーザクセン州のシュテファン・ヴァイル首相(社会民主党=SPD)が集会参加者に対し、極右派に対して明確な立場を取り、人権と民主主義のために立ち上がるようにと呼びかけた。デモ参加者は「私たちはカラフルだ」「ファシズムは代替案ではない」などのスローガンが書かれたポスターを掲げた。

 そのほか、ドルトムント、シュトゥットガルト、カッセル、ギーゼン、ニュルンベルク、エアフルト、ハンブルクなどの都市で抗議デモが開催されている。抗議デモ参加者は「憎悪、扇動、排斥に反対」と叫ぶ一方、「ナチスと反ユダヤ主義者は国外追放すべきだ」といった過激なスローガンが書かれたポスターも見られたという。ハンブルクでは参加者が8万人と溢れ、余りにも多いため参加者の安全が保障されないとしてデモ集会は予定より早く解散させられたという。いずれの抗議デモ集会も平和裏に行われた。

 ノルトライン・ヴェストファーレン州のヘンドリック・ヴスト首相(CDU)は、「AfDは極めて危険なナチ党だ。AfDは基本法に基づいていない」とX(旧ツイッター)で書いている。 一方、経済界からもシーメンス・エナジーとダイムラー・トラックの監査役会会長、ジョー・ケーザー氏は20日に掲載されたロイターとのインタビューで、「AfDに投票する人は誰でも、わが国と国民の繁栄を失うことを選択していることになる」と警告を発している。また、ユダヤ人中央評議会のヨーゼフ・シュスター会長は抗議デモ集会の開催を歓迎し、「社会の中間層が立ち上がっていることを本当にうれしく思う」とアウグスブルガー・アルゲマイネ紙(20日付)に語った。

 ただ、AfDを禁止すべきか否かでは、政治家や国民の間でも意見が分かれている。ロンドンの「過激主義研究所」のユリア・エブナー博士は20日、オーストリア国営放送(ORF)とのインタビューで、「AfDの禁止には反対だ。逆効果だ。AfDは犠牲者の役を演じることで有権者の支持を更に集める危険性が出てくる」と指摘、禁止ではなく、民主的な抗議デモを継続していくことを勧めている。

 ちなみに、ドイツでは1956年に「ドイツ共産党」(KPD)が禁止されて以来、政党が禁止されたことはない。ドイツ民間放送ニュース専門局ntvによると、AfD禁止賛成47%、反対48%だった。AfD禁止問題はドイツ国民を2分している。なお、複数の世論調査によると、AfD は20%以上の支持を獲得し、ショルツ首相の与党社会民主党(SPD)を大きく上回っている。
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