ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2023年12月

24年に「何」をバトンタッチするか

 2023年もあと1日で新年を迎える。1年前の2022年12月31日、ローマ・カトリック教会の名誉教皇ベネディクト16世が95歳で死去した。世界のカトリック教会にとって、サンピエトロ広場で挙行されたベネディクト16世の葬儀式典(1月5日)で新年が始まったわけだ。先輩の教皇を失ったフランシスコ教皇はその後、文字通り、1人教皇として教会の刷新(世界シノドス)に乗り出してきた。バチカン教皇庁のフェルナンデス教理省長官は今月18日、「同性カップルもカトリック教会で祝福を受けることができる」と表明したばかりだ(「バチカン、「同性カップルにも神の祝福?」2023年12月20日参考)。

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▲ネタニヤフ首相とブライアン・マスト米下院議員(共和、フロリダ州)は、ハダッサ・マウント・リハビリテーション病棟で負傷したIDF兵士と国境警備隊員を慰問(2023年12月27日、イスラエル首相府公式サイトから)

 世界は2019年秋から3年間余り、中国武漢発の新型コロナウイルス(Covid-19)のパンデミックで死闘を繰り返した。ワクチンが作られ、2022年に入ると、その脅威は次第に消滅していった。ドイツの著名なウイルス学者クリスティアン・ドロステン教授(シャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所所長)は2022年12月26日、独日刊紙ターゲスシュピーゲルとのインタビューで、新型コロナウイルスの収束を予測したが、幸い教授の予測は当たった(2023年9月3日現在で世界で約690万人が感染症で亡くなった)。

 「民族の火薬庫」と恐れられてきたバルカン半島で2023年もセルビアとコソボの間で小規模だが小競り合いが生じたが、大火とはならずに済んだ。同じ、バルカン半島だが、クロアチアは2023年1月1日を期して欧州の単一通貨ユーロ加盟国に入り、欧州域内の自由な移動を認めたシェンゲン協定にも正式に加盟した。

 目をアジアに移すと、中国共産党政権は台湾再統一をめざし、核兵器を含め着実に軍事力を強化。一方、北朝鮮は11月28日、 軍事偵察衛星「万里鏡1号」の打ち上げに成功した。韓国の情報機関・国家情報院(国情院)はロシア側の技術的支援があったと推測している。

 参考までに、北朝鮮の5機の小型無人機が2022年12月26日、韓国領空に侵入したというニュースが流れた。北朝鮮問題といえば、核トライアド(大陸間弾道 ミサイル、弾道ミサイル搭載潜水艦 、巡航ミサイル搭載戦略爆撃機の3つの核兵器)が主要テーマだったが、無人機が加わることで、北の軍事力、日韓への攻撃力は飛躍的に拡大する。日本にとって、北の脅威が一層高まった1年だった。

 2023年は「戦争の1年」となった。ロシア軍が2022年2月24日にウクライナに侵攻し、キーウ政府の「非武装化、非ナチス化」を標榜して戦闘を展開、それに対し、ウクライナのゼレンスキー政権は祖国防衛のために国民を鼓舞する一方、欧米諸国からの武器の供与を要請し、軍事大国と激しい戦闘を繰り返してきた。ウクライナ軍の反転攻撃に大きな成果はなく、戦闘は長期化し、ロシアとウクライナ両国にとって消耗戦の様相を深めてきたが、停戦・和平の見通しはない。

 ロシアではロシアの民間軍事組織「ワグネル」とその指導者、エフゲニー・プリゴジン氏による「24時間反乱」(6月23〜24日)が起きたが、ブリコジン氏は8月23日、自家用ジェット機の墜落事故死で犠牲となった。プーチン氏は来年3月17日の大統領選で5選を実現するためにウクライナとの戦争でも目に見える成果を模索してくるだろう。

 ウクライナは米国と欧州連盟(EU)/北大西洋条約機構(NATO)から経済的、軍事的支援を受けてきたが、米国とドイツはここにきて対ウクライナ支援で大きな試練に直面している。ハンガリーやスロバキアでも対ウクライナ支援の停止論が聞かれる、といった具合だ(「ウクライナは武器の自力生産を目指す」2023年12月29日参考)。

 一方、2023年10月7日、パレスチナ自治政府ガザ区を実効支配するイスラム過激テロ組織ハマスがイスラエルに奇襲侵攻し、1200人余りのイスラエル人を殺害するというテロが発生。ハマスのテロに報復するイスラエル軍はガザに侵攻し、「ハマス壊滅」に乗り出している。イスラエル側だけではなく、パレスチナ人側にも多数の犠牲者が出、ガザ地区保健当局によると、ガザ地区での死者数は今月22日の時点で2万人を超えたという。

 ウクライナ戦争、ガザ戦争の他にもアフリカ(例スーダン)や他のエリアで小規模な軍事衝突が繰り広げられた2023年だった。ドイツ語協会は2023年度の言葉に「Krisenmodus」を選んだ。直訳すると「危機モード」だ。ドイツを含む2023年の世界情勢を振り返るならば、納得できる選出だ。世界経済は戦争、それに伴うエネルギー危機、物価の高騰もあって一部の軍事産業以外は停滞している。

 明日から始まる2024年は上記の戦争を引き継ぐだろうし、台湾総統選、ロシア大統領選、欧州議会選、自民党総裁選、米大統領選など重要な選挙日程が続く。新たな紛争、不祥事が生じる可能性は十分ある。特に、核戦力を強化する中国共産党政権の台湾への軍事侵攻は非常に現実的なシナリオだ。台湾海峡で戦争が生じれば、世界はこれまで経験したことがない大規模な軍事的、経済的カオスに陥ることが考えられる。2023年は24年の新年に「危機モード」をバトナタッチすることになる。

政治家の「本音」は「嘘」より危険

 長期シリーズとなった米TV番組「スーパーナチュラル」(Supernatural)では霊が現れ、人々に本当のことを喋らせる魔法をかける。すると、人々は自身の本音や思いを語り出すから、家庭、会社、社会は大混乱する。人は通常、平気で嘘を言う。相手を騙すために、相手を傷つけないために、「嘘」を言う。内心考えていることや感じていることをズバリいえば、人間関係は険悪化することがある。「嘘」を賛美するつもりはないが、「嘘」にも一定の役割があることは間違いない(「『嘘』を言ってごらん」2020年2月18日参考)。

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▲アンチ・テロ工作について語るエルドアン大統領(2023年12月28日、トルコ大統領府公式サイトから)

 ところで、一国の指導者、政治家が会合相手に対して本音や人物評を語れば、険悪な関係に陥ることにもなる。最悪の場合、外交問題にまで発展する。世界の指導者は結構、記者会見や私的な会合の場で自身の本音や暴言を吐いているのだ。

 政治の世界では、敵対関係の国の政治家と会合する時にも相手に対して一定の礼儀をもって接するし、それなりのプロトコールを守るのが通常だ。その慣習を破って、敵対している国の指導者に対して、ズバリ「本音」を吐けば、まとまる話や商談まで破綻するケースが出てくる。

 最近では、トルコのエルドアン大統領が27日、アンカラでの演説の場で、イスラエルのネタニヤフ首相を「ヒトラーと変わらない」と酷評した。この発言は、イスラエル軍がパレスチナ自治区ガザで砲撃や空爆を繰り返し、多くのパレスチナ人を殺害していることに言及して、飛び出したものだ。ただ、イスラエルの首相を名指しで批判し、ユダヤ人を600万人虐殺したヒトラーと同列視する発言はやはり誤解を生むだろうし、イスラエル側からの強い反発が予想された。実際、ネタニヤフ首相はトルコ大統領の発言が伝わると、「お前(エルドアン大統領)はクルド人(トルコの少数派民族)を虐殺しているではないか」と反論している、といった具合だ。

 エルドアン大統領には本音発言が過去にも結構あった。フランスのマクロン大統領は2020年9月1日、訪問先のレバノンでの記者会見で、「(わが国には)冒涜する権利がある」と強調した。同大統領は、パリの風刺週刊誌シャルリー・エブドがイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載、イスラム過激派テロの襲撃テロを誘発したことに言及し、「フランスには冒涜する権利がある」と弁明したのだ(「人には『冒涜する自由』があるか」2020年9月5日参考)。
https://wien2006.livedoor.blog/archives/52284159.html
 マクロン大統領の発言を受け、エルドアン大統領は同年9月24日、同国中部のカイセリで党支持者を前に、「彼(マクロン大統領)は今、何をしてるのか知っているのだろうか。世界のイスラム教徒を侮辱し、イスラム分離主義として酷評し、イスラム教を迫害している。彼は宗教の自由を理解していない」と指摘し、「彼は精神的治療を受ける必要がある」と罵倒したのだ。

 それに対し、パリの大統領府は、「国家元首に対するエルドアン大統領の発言は絶対に甘受できない。無礼だ。われわれは侮辱を受け入れることができない」と反発し、駐アンカラのフランス大使を帰国させた。

もちろん、本音を吐く政治家はエルドアン氏だけではない。ウクライナのゼレンスキー大統領も今月19日の記者機会見でロシアのプーチン大統領を「病人だ」と吐き出すように語っている。プーチン氏は数多くの戦争犯罪を犯してきている政治家だ。ウクライナ大統領としては受け入れがたい人物だが、「彼は病人だ」という発言はやはりきつい。一般的に見れば、プーチン氏は正常な思考の持ち主ではないことは間違いない。独自の歴史観、世界観を有し、ウクライナをロシア領土と理解している。そして非武装化、非ネオナチ化を掲げてウクライナに侵攻していったわけだが、それをゼレンスキー氏は「プーチン氏は精神的な病にある」と診断したわけだ。理想的には、多くのメディアが書いているように「プーチン氏は自身のナラティブ(物語)に酔いしれている政治家」という表現に留めておくべきだった。相手を病人扱いにすることはその人間の尊厳を傷つけることになる。そのうえ、自身を酷評する相手と同レベルにおいて反論することになるから賢明ではない。

 バイデン米大統領は失言と危言を吐く政治家で有名だ。今年11月15日、中国の習近平国家主席との会談後の記者会談で習近平氏を「独裁者だ」との人物評を追認している。バイデン氏から「独裁者」呼ばわりされた習近平主席としては気分が悪いに違いない。中国外務省は即抗議している。ただ、バイデン氏は「中国は我々の政治形態とは全く異なる共産主義国だ。その国を治めている指導者・習近平氏はやはり独裁者だ」と説明している。バイデン氏らしくない(?)冷静な説明だ。

 政治家が記者会見や私的な場所で本音を語れば、その影響は内容の是非は別として大きな反響が出てくる。インターネット時代に生きる今日、発言内容は本人の意向とは全く別に解釈されて拡散する危険性もある。

 2024年は台湾総統選、ロシア大統領選、欧州議会選、自民党総裁選、米大統領選など重要な選挙日程が続く。それだけに、世界は政治家の発言に注目する、その時、政治家が「本音」を語れば、大きな波紋が出てくる事態も予想される。政治の世界では「本音」は「嘘」より危険だからだ。

ウクライナは武器の自力生産を目指す

 ロシア軍が2022年2月24日、ウクライナに侵攻して以来、米国と欧州連盟(EU)/北大西洋条約機構(NATO)はこれまで一貫としてウクライナに経済的、軍事的支援を実施してきた。その中でも米国と欧州の盟主ドイツはキーウ政府にとって2大支援国だが、その米国とドイツはここにきて対ウクライナ支援で大きな試練に直面している。

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▲「新たな防衛パッケージ」について演説するゼレンスキー大統領(2023年12月27日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 米政府は27日、ウクライナへ最大2億5000万ドル(約354億円)の対ウクライナ追加武器支援を発表した。米議会がウクライナへの追加支援を柱とする補正予算案を承認しなければ、これが最後の支援となる。ブリンケン国務長官は、「議会が一刻も早く、迅速に補正予算案を承認することを願っている」と訴えたばかりだ。

 ウクライナへの最大支援国・米国の連邦議会は総額1105億ドルの米国の「国家安全保障補正予算」の承認問題で共和党と民主党の間で対立を繰り広げている。補正予算のうち約614億ドルがウクライナへの援助に充てられ、140億ドル相当がイスラエルへの援助に充てられていることになっているが、米共和党議員の中ではウクライナ支援の削減を要求する声が高まっているからだ。

 米共和党議員の中には、ウクライナ支援と難民政策をリンクさせ、「バイデン米政権がこれまで以上に強硬な難民政策を実施するならば……」といった条件を持ち出す。共和党穏健派のミット・ロムニー議員は、「われわれはウクライナとイスラエルを支援したいが、そのためには民主党は国境開放を阻止する必要がある」と述べ、 共和党が補正予算を承認するかどうかは国境の安全問題の解決にかかっているというわけだ

 一方、ショルツ独政権はウクライナ戦争が勃発した直後はウクライナへの武器支援に躊躇していたが、米国との合同支援で連帯を深め、主力戦車、対空防衛システムなどを供与してきた。ゼレンスキー大統領は機会がある度に米国とドイツの名を挙げて変わらない支援に感謝してきた経緯がある。

 ただし、ここにきてドイツの野党第一党「キリスト教民主同盟」(CDU)のザクセン州のクレッチマー首相が、「ウクライナ政府は戦争を終了させるためには一時的としても占領地を放棄すべきだ」と主張し、ウクライナ政府がCDU議員の発言に強く反発するといった状況が見られてきたのだ。

 CDUは独南部バイエルン州の姉妹政党「キリスト教社会同盟」(CSU)と共に、世論調査では支持率で第1党を独走している。すなわち、次期連邦議会選挙ではメルツ党首が率いるCDU/CSUが政権を掌握する可能性が非常に高いのだ。そのCDUの東部州首相がドイツの対ウクライナ政策の修正を要求してきた。クレッチマー首相の発言が報じられると、これを静観できないウクライナ政府は即、反論したわけだ。ちなみに、社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の3党から構成されたショルツ現連立政権の世論調査での支持率は3党を合わせても35%前後だ。

 クレッチマー州首相は、「ロシアは我々の隣人だ。危険で予測不可能な隣人だ。ロシアを軍事的、政治的、経済的に弱体化させて、ロシアが我々に脅威を与えられなくなるという考えは、19世紀に遡る態度である。それは更なる紛争の要因となる」と主張し、ドイツの対ロシア政策の再転換を要求している。同首相は11月のCDU党大会でもウクライナ戦争の「凍結」を呼び掛けた。

 ドイツは目下、国民経済はリセッション(景気後退)に陥っている。そのような中でウクライナへ巨額の経済支援、武器供与をすることに野党だけではなく、国民の間でも反発の声が上がってきた。

 ウクライナ支援問題では、米国やドイツだけではなく、EU27カ国で対ウクライナ支援で違いが出てきている。スロバキア、ハンガリーはウクライナへの武器支援を拒否し、オランダでも極右政党「自由党」が11月22日に実施された選挙で第1党となったばかり。もはや前政権と同様の支援は期待できない。

 ゼレンスキー大統領は2022年10月11日、主要7カ国(G7)諸国の首脳に対し、ロシアの脅威を克服するために「平和の公式」を発表している。10項目から成る「公式」では、6項目で「敵対行為を停止するには、ロシアはウクライナ領土からすべての軍隊と武装組織を撤退させなければならない。国際的に認められているウクライナの国境に対する完全な支配権を回復する必要がある」と明記している。ゼレンスキー氏は領土問題でロシアに譲歩する考えは全くないのだ(「ゼレンスキー氏の愛する『平和の公式』」2023年12月15日参考)。

 同大統領は19日の記者会見で兵士不足を解決するために、「軍が45万〜50万人の追加動員を提案した」と明らかにした。ちなみに、ゼレンスキー氏は、追加動員には5000億フリブナ(約135億ドル)の追加予算が必要になるという。

 ウクライナでは総動員令が施行され、戦闘可能な男性18〜60歳は全員徴兵の対象となる。戦争が長期化し、戦場で犠牲となる兵士も増え、ウクライナ軍の兵士の平均年齢が40歳ともいわれている。兵士不足と兵士の高齢化が進んできているわけだ。

 なお、ウクライナ軍トップのザルジニー総司令官は26日、「軍が45万〜50万人の追加動員を提案した」とするゼレンスキー大統領の発言について、「人数を挙げて要請した事実はない」と否定するなど、ゼレンスキー大統領と軍トップの間で意見の相違があることを浮かびあがらせた。戦時中だけに、危険な兆候だ。

 ところで、ゼレンスキー大統領は27日、ウクライナの新たな「防衛パッケージ」について、「現在我が国の防衛産業は合計約30万人を雇用しており、ここ数年間での我が国の最大の成果の1つだ。ウクライナの防衛産業は単に回復しているだけではなく、現代のテクノロジー主導の戦争に必要な生産性を獲得しつつある。防衛産業の5社のうち4社が民間企業だ。何十年も活動を休止していた多くの国営企業が、新型兵器を含む生産を開始した。来年に向けて、私たちは大砲、無人機、ミサイル、装甲車両に関して明確な目標を設定した。今年の我々の主要な政治的成果の一つは、我々のパートナー、特に米国との武器の共同生産に関する合意だ」と述べている。

 ゼレンスキー大統領は、「ウクライナは近い将来、必要な武器を自力で生産できる世界でも有数の軍事産業を有するようになる。ウクライナのために戦い、働くすべての人に栄光あれ!我らの民に栄光あれ!」と語り、演説を終えた。

 軍事大国のロシアと闘うウクライナが必要な武器を自力で生産できるまでにはまだ多くの時間がかかるだろうし、現在の対ロシア戦争がいつまで続くかも不確かだ。ただ、ゼレンスキー氏にとって、欧米の武器供与依存から脱皮し、武器の自力生産を大きく掲げることで厭戦ムードが漂ってきた国民と軍関係者を新たに鼓舞する狙いがあるのだろう。

ユダヤ人のイスラエル移住の動向

 イスラエルのオフィル・ソファー移民相(アリーヤ・社会統合相)によると、パレスチナ自治区のガザを実効支配するイスラム過激テロ組織ハマスが10月7日、イスラエル領土内に侵入し、1200人余りのユダヤ人を虐殺して以来、報復攻撃を開始したイスラエル軍とハマスとの間で戦闘が展開しているが、ガザ戦闘の中、10月7日以来、2662人のユダヤ人がイスラエルに移住したという。イスラエルのメディアが26日、報じた。

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▲イスラエルのオフィル・ソファー・移民相(イスラエル移民・社会統合省公式サイトから)

 移住者の大半はロシアからのユダヤ人でその数は1635人、そのほか、米国218人、ウクライナ128人、フランス116人だった。ソファー移民相は、「今後、イスラエルへの移住を希望するユダヤ人が劇的に増加することが予想されるため、受け入れの準備を進めている」という。ユダヤ人のイスラエル移住の主な理由は、世界的な反ユダヤ主義の高まりと、イスラエルへの連帯感の現れと解釈されている。

 ただし、前年と比較すると、移民数は減少している。2022年の移民数は1万6400人だった。大半はウクライナに住んでいたユダヤ人だ。メディア報道によると、減少の原因は飛行機の乗り継ぎ便が欠航になったことと、イスラエル国内の政治紛争だという。ガザ戦闘が勃発する前から、ネタニヤフ政権が推進する司法改革案に抗議する大規模な国民抗議デモが何カ月も続き、イスラエル国内は分裂していた。しかし、移民団体によると、「戦争が終われば移民者の数は再び増加するだろう。欧米各地で広がる反ユダヤ主義への懸念は大きいからだ」と予想している。

 ディアスポラと呼ばれるユダヤ人は世界各地を転々と彷徨ってきた。イスラエルが1948年、国家を建設すると世界からユダヤ人がイスラエルに移住していった歴史はまだ新しい。イスラエルが建国した結果、そこに住んでいた約70万人のパレスチナ人が難民として中東各地に移り住んでいった。同時期、イスラエルの建国に反対する中東のアラブ諸国ではユダヤ人への迫害が高まり、中東各地で住んでいたユダヤ人約80万人が難民となった。彼らは最終的には新しく建国されたイスラエルに移住していった。

 具体的には、モロッコには1948年まで約26万5000人のユダヤ人が住んでいたが、2018年の段階で2150人に激減した。イラクでは13万5000人から10人以下に。エジプトでは7万5000人が2018年には100人になっている。イエメンでも6万3000人から50人以下に。リビアでも3万8000人が現在ほぼゼロだ。チュニジア、シリア、レバノンでも同様だ。パレスチナ難民の動向がメディアで大きく報道されたが、同じ時期、ユダヤ難民が生まれていたわけだ。

 住んでいた国で政治異変や戦争が起きる度に、ユダヤ人はスケープゴートで迫害されてきた。ロシアとウクライナ戦争をみてもそうだ。ロシアに住むユダヤ人は差し迫る反ユダヤ主義の高まりを恐れ、早々とイスラエルに移住していった。同時に、ウクライナに住んでいたユダヤ人もロシア軍の侵攻を受け、イスラエルに移住していく人が増えているわけだ。

 英日刊紙ガーディアン(2022年12月20日オンライン版)とのインタビューで、ロシアを追放されたユダヤ教指導者ピンチャス・ゴールドシュミット元首席ラビ(Pinchas Goldschmidt)はユダヤ人にロシアを去るように忠告している(「ロシアのユダヤ人は脱出すべきだ」2023年1月4日参考)。

 ロシアのユダヤ人は、過去100年間で数万人が移住した。移住先は最初はヨーロッパとアメリカ、最近ではイスラエルという。1926年の国勢調査によると、267万2000人のユダヤ人が当時のソビエト連邦に居住し、そのうち59%がウクライナに住んでいた。今日、総人口1億4500万人のうち、ロシアに住むユダヤ人は約16万5000人に過ぎない。

 ゴールドシュミット師は、「ロシアのユダヤ人は不確かな未来に直面している。一方、長い間、ユダヤ人の聖域と受け取られてきた米国でも反ユダヤ主義が台頭している」と指摘し、反ユダヤ主義の台頭は世界的な現象だと警告を発している。アラブ・イスラム国家で反ユダヤ主義的言動が発生、ベルリンではシナゴークが放火され、ウィーンではイスラエル文化協会に掲げられていたイスラエル国旗が引き落とされるなどの事件が起きている。

 一方、ウクライナでは過去、1800年代後半のポグロム(破壊)から第2次世界大戦中のナチスによる虐殺まで、反ユダヤ主義の長い歴史がある。これらの中で最も悪名高いのは、1941年にキエフのバービーヤルでの3万3000人のユダヤ人虐殺だ。ウクライナの歴史を考えると、ユダヤ人であることを秘密にしなかったゼレンスキー氏が70%以上の支持を得てウクライナ大統領になったことは注目に値するという。

 イスラエル軍のガザ攻撃が続き、パレスチナ住民の犠牲が更に増えていけば、世界各地でイスラエル批判の声がより高まるだろう。その結果、反ユダヤ主義を恐れたユダヤ人がイスラエルに移住するケースが増えることは必至だ。

「イスラム国」分派が欧州でテロ工作か

 ドイツのケルンとウィーンの警察当局は23日夜、「危険な状況が差し迫っている」として警備措置を強化すると発表した。ドイツ通信(DPA)からの情報によると、ケルン警察はケルン大聖堂に対するイスラム主義者グループによる襲撃計画の可能性に関する情報を入手した。また、オーストリアのウィーン市のローマ・カトリック教会のシンボル、シュテファン大聖堂でもテロ襲撃が計画されていると報じられた。

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▲オーストリアのローマ・カトリック教会のシンボル、シュテファン大聖堂(2022年4月、撮影)

 幸い、クリスマスミサは25日、無事挙行された。それに先立ち、ウィーン検察庁は24日、ウィーン市16区のオッタクリングの難民宿泊施設でもテロ容疑者3人が特別テロ対策部隊によって逮捕され、拘留されたことを確認した。ドイツ公共放送ARDによると、ザールラント州(独中西部の州)でも24日、テロ容疑者が逮捕された。

 このニュースを聞いた時、驚いた。当方はオッタクリングに住んでいる。イスラム過激派テロ容疑者の拠点が少し離れているだけで、同じ区にあったからだ。そんなわけでイスラム過激派テロ問題をこれまで以上に身近に感じた(オッタクリングは23区から成るウィーン市では16区で「労働者の区」といわれてきた。トルコ系、セルビア系、クロアチア系の住民が多く住んでいる)。

 23日に拘束されたイスラム過激派テロ容疑者はイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)のホラサン州(ISKP)のテロネットワークに関係しているという。警察側によると、彼らはウィーンでテロを計画し、標的はシュテファン大聖堂だったという。テロ容疑者3名(男性2名、女性1名)は容疑を否認している。このグループはウィーンだけでなく、ケルンやマドリッドでのテロも計画していたという。ただし、容疑者の家宅捜査が実施されたが、「具体的な攻撃計画の兆候はなかった」という。

 英国のキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授によれば、ISKPグループは「現在最も活発なテログループ」であり、中央アジアに拠点を置いているという。同教授はX(ツイッター)で、「その起源はアフガニスタンにあり、アフガニスタンで最も過激で暴力的なジハーディスト(イスラム聖戦主義者)武装集団で、タリバン政府と戦っている。おそらく現在、西側諸国で大規模なテロ攻撃を実行できる唯一のIS分派だ」という。

 容疑者3人は既にウィーン・ヨーゼフシュタット刑務所に連行されている。容疑の内容は、テロ犯罪に関連したテロ組織に関連したものだ。

 警察報道官フィリップ・ハスリンガー氏は、「クリスマス直前に国家安全保障情報局(DSN)からの最新の脅威評価と継続的に強化されたテロ警戒のため、ウィーン警察は安全対策を大幅に強化した」という。クリスマス休暇中から大晦日、新年にかけて、武装した制服警官と私服警官の両方を配備中という。警察の警備の重点は主に教会や宗教行事、特に礼拝やクリスマスマーケットに集中している。治安当局はウィーンの他、オーストリアの第2の都市グラーツでもイスラム過激派の動向を注視している。グラーツにはイスラム根本主義組織「ムスリム同胞団」の欧州の拠点の一つがあるからだ。

 当方はこのコラム欄でクリスマスシーズンに入ると、多くの人々が集まるクリスマス市場や教会の礼拝などがテロリストのターゲットになる危険性があると書いたばかりだ(「今年のクリスマス市場は大丈夫か」2023年11月12日参考)。

 欧州では過去、クリスマス市場襲撃テロ事件といえば、2016年12月のベルリンのクリスマス市場襲撃事件を思い出す。テロリストが乗る大型トラックが市中央部のクリスマス市場に突入し、12人が死亡、48人が重軽傷を負った。また、フランス北東部ストラスブール中心部のクリスマス市場周辺でも2018年12月11日午後8時ごろ、29歳の男が市場に来ていた買い物客などに向け、発砲する一方、刃物を振り回し、少なくとも3人が死亡、12人が負傷するテロ事件が起きている(「欧州のクリスマス市場はテロ注意を」2018年12月15日参考)。

 パレスチナの自治区ガザを実効支配するイスラム過激テロ組織ハマスが10月7日、イスラエルに侵入し、キブツなどで1200人余りのユダヤ人を虐殺した。ハマスの奇襲テロに報復するため、イスラエルはハマス壊滅のためにガザ区の攻撃を展開させている。パレスチナ自治区保健当局によると、イスラエル軍のガザ攻撃で2万人以上の住民が犠牲になったという。そのような状況下で、イスラム過激派テロ組織が欧州でテロを行う危険性が高まっている。

 ケルンとウィーンでは事前にテロ情報を入手し、容疑者を拘束しテロを未然に防いできたが、年末・年始の騒がしい時期を控え、テロの危険はまだ去っていない。

ドイツの2023年の言葉「危機モード」

 ドイツ民間ニュース専門局ntvによると、ドイツの2023年度の言葉は「Krisenmodus」という。直訳すると「危機モード」だ。ドイツを含む2023年の世界情勢を振り返るならば、納得できる選出だろう。

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▲12月の冬の日の午前、久しぶりの太陽の日差しを受けフォルクス庭園内を散歩する若者たち(2023年12月19日、ウィーンで撮影)

 先ず、ドイツを含め欧州が直面している危機を簡単に振り返る。

 2019年末から中国武漢発の新型コロナウイルスのパンデミックが3年余り続き、その間、ロックダウン(都市封鎖)、FFP2マスクの着用、予防接種の是非論争などが吹き荒れ、2023年9月3日現在で世界で約690万人が感染症で亡くなった。

 コロナ禍が終わったと思っていた矢先、次は戦争だ。ロシアのプーチン大統領は2022年2月24日、「キーウの非武装化、非ナチ化」を掲げてウクライナにロシア軍を侵攻させた。ウクライナ側の強い抵抗もあって、戦いは現在も続行し、停戦の見通しはない。

 ウクライナ戦争は第2次世界大戦後初めての欧州大陸での戦争ということもあって、欧米諸国は欧州連合(EU)、北大西洋条約機構(NATO)を通じてウクライナに武器を供給し、状況はロシア対欧米の戦いの様相を深めている。同時に、ウクライナ戦争の影響で世界経済は物価高騰、エネルギー危機に直面、特に、欧州の国民経済はその影響をもろに受けて苦境に瀕してきた。

 ウクライナとロシア間の戦闘が長期化の様相を深める中、ウクライナ支援で最大の援助国・米国は民主党・共和党の間の対立が先鋭化し、ウクライナ支援が停止する一方、EU内でもハンガリーやスロバキアなどが武器支援を停止するなど、欧米諸国のウクライナ支援の結束が揺れてきた。

 そのような時、今度はパレスチナ自治政府ガザ区を実効支配するイスラム過激テロ組織ハマスが2023年10月7日、イスラエルに侵攻し、1200人余りのイスラエル人を殺害するという奇襲テロが発生。ハマスのテロに報復するイスラエル軍はガザに侵攻し、「ハマス壊滅」に乗り出している。イスラエル側だけではなく、パレスチナ人側にも多数の犠牲者が出、ガザ地区保健当局によると、ガザ地区での死者数は今月22日の時点で2万人を超えたという。

 欧州の盟主ドイツはコロナ禍を皮切りに、ウクライナ・ロシア戦争、イスラエルとハマスのガザ戦争の危機の影響を受けてきた。ドイツの政界は、16年間のメルケル政権から社会民主党、緑の党、自由民主党の3党から成るショルツ連立政権にバトンタッチした直後だった。

 ショルツ首相は政権発足時(2021年12月8日)、「Zeitenwende」(時代の転換)というキャッチフレーズを掲げて出発したが、政権任期の半ばを迎え、コロナ禍はようやく峠を過ぎ、ウクライナとロシア戦争では米国と歩調を合わせて何とかドイツのメンツを維持し、中東紛争ではイスラエルへの無条件支持を掲げてきた。

 そのような中、今度は政権を吹き飛ばすような危機が国内から飛び出してきた。独連邦憲法裁判所は11月15日、ショルツ政権が2021年末、新型コロナウイルスのパンデミック対策予算の未利用分を気候変動基金(KTF)に振り替える予算調整措置を実施したが、それは違憲に当たると判決を下したのだ。この結果、社会民主党(SPD=赤)、緑の党、そして自由民主党(FDP=黄色)の3党から成るショルツ政権(通称「信号機連立」)はKTFなどへの財政資金600億ユーロを失うことで財政危機に陥ったのだ。

 以上、簡単に振り返った。ショルツ政権は任期4年の半分の2年間、複数の危機を同時期に直面してきた。現政権と比較するならば、メルケル前政権の16年間は移民問題などもあったが、相対的に平和な時代だったといえる。

 「危機モード」がドイツで2023年の言葉に選ばれたのは当然だ。ちなみに、ドイツの若者の2023年の流行語は「Goofy」(グーフィ)(間抜けな」が選ばれたという。世代が違うこともあって、若者の流行語の背景は良く分からないが、社会、政治の現状を斜めから批判的に見ている若者というイメージは浮かぶ。

 上記で挙げた危機以外にも、さまざまな危機が起きている。ひょっとしたら、新しい「危機」が今後も生まれてくるだろう。その結果、人間の精神生活への影響も看過できない。若者にうつ病が増え、自殺する者も増えている。現在の危機は進行形だ。解決の目途が立っていない。現在の危機は2024年に入っても続行するだろう。

 いずれにしても、「危機モード」という言葉には本来、一種の「危機管理」という意味合いが内包している、と理解すべきだろう。

世界で最も有名な「ユダヤ人」の日

 「世界で最も有名なユダヤ人」といわれれば、疑いなく、ナザレのイエスだろう。理論物理学者アイシュタインではなく、もちろんイスラエルのネタニヤフ現首相ではない。「イエスはユダヤ人」といわれると驚く面もある。なぜならば、イエスの教えは当時のユダヤ教社会では異端視され、ユダヤ社会ではなく、聖パウロを通じてローマから世界に広がっていったからだ。そのイエスは純粋なユダヤ人だ。そして12月25日はイエスの生誕日として世界各地のキリスト者によって祝われている。

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▲イエスの生誕地ベツレヘムの風景(2023年12月23日、バチカンニュースのヴェブサイトから)

 生前のイエスと会ったことがない異郷生まれのユダヤ人のパウロはイエスの教えをユダヤ世界から他民族が住む世界に広げていった。その際、例えば、ユダヤ民族が守ってきた割礼を「心の割礼」の重要性を強調することで、イエスの教えからユダヤ教色を薄くし、ユダヤ民族以外の他民族の人々にもイエスの教えが受け入れられるように配慮した。ユダヤ教というローカル色の強い宗教から、世界宗教に発展させていったわけだ。

 そのような初期キリスト教の歴史もあって、パウロが広げていったイエスの教えはキリスト教と呼ばれる一方、その創設者イエスはあたかもユダヤ民族に対抗する非ユダヤ人のような印象を与えてきた面がある。ちなみに、イエス自身は自身の教えがユダヤ教のそれを土台としていることを強調し、新しい宗教を創設する意図はなかったといわれる。曰く「私が律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するためにきたのである」(マタイによる福音書5章17節)と語っている。

 決定打はパウロが構築していった通称「パウロ神学」が人類の救い主イエスを十字架にかけたのは当時のユダヤ民族だったと主張することで、ユダヤ民族に「イエス殺害民族」の烙印を押して糾弾していったことだ。イエス自身、「ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人たちを石で打ち殺す者よ。ちょうど、めんどりが翼の下にそのひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応じようとしなかった」(マタイによる福音書第23章37節)と嘆いている。パウロ神学は世界に反ユダヤ主義を広げることにもなったわけだ。

 事実は、ユダヤ民族が殺したイエスは最初のキリスト者であり、同時に、ユダヤ人だったことだ。しかし、世界宗教に発展していったキリスト教会は自身の出自であるユダヤ民族の伝統、教えから距離を置く必要があったのだ。

 ただし、世界に13億人以上の信者を有する世界最大のキリスト教派、ローマ・カトリック教会はユダヤ教徒との和解を進め、ユダヤ民族を「メシア殺害民族」とは呼ばないことを正式に決定した。第2バチカン公会議(1962〜65年)後、カトリック教会が宗派を超えた対話を推進させていったからだ。

 イエスの生誕の地ベツレヘムには、クリスマスシーズンになると世界から訪れる巡礼者が殺到する。しかし、イスラエルとパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム過激テロ組織ハマスとの間で戦闘が勃発して以来、ヨルダン川西岸に位置する聖地ベツレヘムを訪れる巡礼者は皆無という。

 ベツレヘムの教会にはクリスマスの飾りはない。パレスチナ自治区の暫定政府が管轄するベツレヘム市当局は、「殉教者に敬意を表し、ガザの人々との団結を込めて、クリスマスの装飾やお祭り要素をすべて撤去する」と発表したため、各教会もそれに従っているわけだ。世界最古の教会の一つであるキリスト降誕教会の前に、クリスマスツリーは見られないという。

 バチカンニュースは、「観光業はほぼ完全に停止状態に陥っている。今年はほとんどのキリスト教巡礼者が外出を控えており、多くの店が閉店している。市当局はクリスマスの飾りを撤去し、教会は大規模なクリスマスパレードを中止している。今年、ベツレヘムの聖夜は静かなままだ」という現地報告を掲載している。

 国内総生産の3分の2以上は、クリスマスシーズンにイエスの生誕の地を訪れる世界からの巡礼者が落とす外貨で占められている。今年はほとんどホテルのベッドは空という。多くのレストランや土産物店は閉店。タクシー運転手は国境検問所で客を待っている。ハマスとイスラエルの間の戦争により、現在イスラエルとヨルダン川西岸への渡航警告が出ている。

 ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教はアブラハムを「信仰の祖」とする兄弟宗教だ。イスラム過激派のハマスは「ユダヤ民族の壊滅」を目標に掲げ、イスラエルは「ハマスの壊滅」のためにガザ地区で戦闘を進めている。「世界で最も有名なユダヤ人」イエスの生誕日に、長男のユダヤ教と3男のイスラム教の和解というクリスマスプレゼントをもたらすキリスト教(次男)の指導者は出てこないのだろうか。

麻生さん「信教の自由」で首相に助言を

 2023年の宗教界で特筆すべき出来事は岸田政権が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に解散命令を請求したことだろう。宗教法人法上の解散命令の要件となっている「法令違反」は本来、刑罰法違反に限られ、民法上の不法行為は含まれないが、岸田首相は世論の圧力に屈して、その法解釈を修正し、強引に統一教会の解散命令を請求した経緯がある。

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▲2020年のバチカンのクリスマス風景(バチカンニュースから)

 ところで、「日本のローマ・カトリック教会も解散命令の請求を受ける要件を満たしている」という声が聞こえるのだ。日本のカトリック教会を含め、世界のローマ・カトリック教会は聖職者の未成年者への性的虐待が多発し、教会への信頼が急落、特に、欧米教会では教会脱会者が増えている。そして聖職者の性犯罪は刑法犯罪だ。その件数も1件、2件ではなく、数千、数万件だ。平信者の高額献金を理由に憲法で保障された「信教の自由」を無視して旧統一教会の解散命令を請求したが、岸田政権は日本のカトリック教会に対しても解散命令を請求できるのだ。なぜなら、聖職者の未成年者への性的虐待は信者の献金問題と比較するまでもなく重犯罪に属し、刑法の対象に該当するからだ。

 もちろん、欧米教会で聖職者の未成年者への性的虐待が多発しているとしても、日本のカトリック教会で聖職者の性犯罪が発生していないならば、日本教会の解散命令といった事態は考えられない。しかし、残念ながら、日本のカトリック教会でも欧米教会と同様に聖職者の性犯罪は起きているのだ。

 最近では、河北新報が12月20日、「宮城県内のカトリック教会の男性司祭から性的暴行を受けたとして、仙台市青葉区の看護師の女性(70)がカトリック仙台司教区などに計5100万円の損害賠償を求めた訴訟は20日、仙台地裁で和解した。和解条項によると、司教区側は女性に謝罪し、解決金330万円を支払う」と伝えている。

 同紙によると、「女性は1977年、気仙沼カトリック教会の男性司祭から性的暴行を受け、2016年に教会側の窓口に被害を申告。司教区側の第三者委員会が同10月にまとめた報告書は『(性的被害が)存在した可能性が高い』と結論付けたが、司祭の責任は問わなかった。司教区側の代理人弁護士は取材に『被害があった可能性が高いと判断した第三者委の調査結果を受け止め、謝罪する』と述べた」というのだ。

 また、フランシスコ教皇の訪日(2019年11月)前、月刊誌文藝春秋でルポ・ライターの広野真嗣氏は「“バチカンの悪夢”が日本でもあった! カトリック神父<小児性的虐待>を実名告発する」という記事を掲載している。児童養護施設「東京サレジオ学園」でトマス・マンハルド神父から繰り返し性的虐待を受けた被害者が語った内容は非常に生々しい(「法王訪日前に聖職者の性犯罪公表を」2018年12月28日参考)。

 上記の2例は、約45万人の信者しかいない日本のカトリック教会だが、聖職者による未成年者への性的虐待が過去、発生していたこと、その性犯罪がこれまで教会側によって隠蔽されてきたことを明らかにしている。

 日本のカトリック教会司教協議会は2019年、フランシスコ教皇の強い要請を受けて、日本における「聖職者による性虐待の実態調査」を実施し、その結果を翌年3月に公表した。それによると、「2020年2月末日の時点で、全16教区ならびに全40の男子修道会・宣教会、55の女子修道会・宣教会から回答を得た。その結果、聖職者より性虐待を受けたとされる訴えは、16件報告された」という。ちなみに、加害者側の聖職者の所属について、教区司祭(日本人)が7件、修道会・宣教会司祭(外国籍7件・日本人1件)が8件、1件が不明(外国籍)という。

 ただし、同調査報告は「性犯罪は、暗数の多い犯罪でもある。とくに教会という密接なかかわりをもつ共同体の中での性犯罪は、被害者が声を上げることがより難しい。公的機関での公表件数然り、今回の調査においての該当件数も、言葉にできた勇気ある被害者の数であり、氷山の一角にすぎない。今もなお声を上げられない人がいる可能性は大きく、性虐待・性暴力全体の被害者の実数は把握しきれない」と述べて、被害件数の実数は16件よりはるかに多いことを示唆している。調査期間を広げれば、被害件数は少なくとも3桁台になると推測されているほどだ。

 聖職者による未成年者への性的虐待が多発する背景について、欧米ではカトリック教会の機関的欠陥(例・独身制の義務)を指摘する宗教学者もいる。いずれにしても、岸田首相にとって日本のカトリック教会に解散命令の請求を出す要件は十分満ちているのだ(「日本教会にもあった聖職者の『性犯罪』」2019年2月16日参考)。

 岸田首相が「旧統一教会とカトリック教会を同一視することはできない」と説明するならば、「法の下に全ては平等」という基本原則を無視することになる。ましてや、憲法でも明記された「信教の自由」の原則からみても、岸田首相の対旧統一教会政策は正当性に欠けているといわざるを得ないのだ。

 幸運なことは、岸田首相の周囲には麻生太郎副総理がいる。彼はカトリック教会の信者だ。岸田首相は麻生氏に「カトリック教会の解散」の是非について相談できる。麻生氏は日ごろ、「礼拝に参加するより、ホテルのカウンターに座ってグラスを傾けるほうが好きだ」と、ダメ信者ブリを披露してきたが、岸田首相の暴走に対し、「信教の自由」の重要性について助言できる立場だ。

 岸田首相がカトリック教会に解散命令の請求を出さなければ、旧統一教会に解散命令の請求を出したのは、法的な根拠はなく、反旧統一教会のメディアと世論の圧力に強いられた結果だと首相自身が認めることになる。岸田首相は論理的には既に破綻している。

クリスマス3日前の「銃乱射事件」

 クリスマスを3日前に控えた21日、プラハの大学内で発生した銃乱射事件は、チェコ国民に大きな衝撃を投げかけている。  

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▲記者会見するプラハのフォンドラセク警察長官(2023年12月21日、ドイツ民間ニュース専門局ntvのスクリーンショット)

 プラハからの情報によると、チェコの首都プラハにある名門カレル大学(1348年創設、学生数4万9500人)の哲学部の構内で21日午後3時(現地時間)、同大学芸術学部に所属する24歳の男子学生が銃を乱射し、少なくとも14人が死亡、25人が負傷(そのうち10人は重傷)するという事件が発生した。銃撃犯は現場近くで死んでいた。自殺の可能性が高いが、最終的結論は司法解剖まで待たなければならない。

 銃撃事件はプラハ旧市内のヤン・パラハ広場にあるカレル大学哲学部で発生した。多くの学生、教師、大学職員らは講堂やオフィスにバリケードなどを築いて身を隠したという。犯人は教室の窓からも路上の人間に向けて発射した。ヤン・パラフ広場は、ヴルタヴァ川沿いの観光名所カレル橋からわずか数百メートルの距離にある。警察当局は周囲を包囲して警戒態勢を敷く一方、周辺住民には家から出ないように呼び掛けた。

 マルティン・フォンドラセク警察長官( Martin Vondrasek)は、「事件の前、プラハ西部のホストン市で銃撃犯の父親(55)が遺体で発見された。警察当局は銃撃犯が父親を殺害したと疑い、捜査を始めていた。銃撃犯は自殺したいと漏らし、プラハに向かっているという情報を得たので、犯人が講義に出席する予定だった文学部の本館を捜索したが、銃撃犯は別の学部棟に行って銃を乱射した。そのため間に合わなかった」という。同長官によると、「犯人はプラハ近郊の森で15日、男性と生後2カ月の娘の遺体が発見された事件に関与した可能性もある」という。

 銃撃犯(David Kozak)の犯行動機については現時点では不明。問題は、銃撃犯がどこから武器を入手したかだ。犯人の自宅を捜査した警察官によると、「大量の銃器と弾薬が発見された」という。未確認情報だが、犯人は最近ロシアで起きた同じような銃撃事件に刺激を受け、「ロシアの事件以上に多くの人間を射殺したい」と述べていたという。SNSのテレグラムによると、犯人は「全ての人間は自分を憎んでいるが、自分も全ての人間を憎悪している」と語っていたという。BBCによると、犯人に前科はない。

 ラクシャン内相は公共テレビで、「銃撃犯とテロとの関わりを示す証拠はない」と述べ、犯人とテロとの関わりを否定している。ちなみに、警察は特殊部隊を含む大規模な部隊を出動させた。銃撃に関する最初の情報は午後3時頃に届き、対応部隊は12分以内に現場に到着した。銃乱射事件では警察側には負傷者はなかった。

 1993年のチェコ独立後、銃器による最大の犯罪となった今回の事件について、パベル大統領は「ショックを受けた」と述べ、犠牲者の遺族に対し「深い遺憾の意と心からのお悔やみ」を表明した。また、フィアラ首相はモラヴィアへの実務訪問をキャンセルし、「悲劇的な出来事のため、私はオロモウツでの仕事プログラムをキャンセルし、プラハに戻る」と語った。同首相はX(旧ツイッター)に「われわれは皆、恐ろしい行為に衝撃を受けている」と投稿。犠牲者の遺族らに哀悼の意を表した上で、23日を追悼の日にすると宣言した。

 .プラハのボフスラフ・スヴォボダ市長は公共テレビCTで、「これは悲劇だ。この種の事件は防ぐことが出来ない。多くの人は、このような銃乱射事件は米国でしか起こり得ないと考えてきた。なぜなら、米国では多くの人が武器を所有しているからだ。しかし、今回、そうではないことが判明した」と語った。

バチカン刑務所は3つの独房しかない

 バチカン裁判所のジョゼッベ・ビ二ャトーネ判事は16日、2013〜14年にかけ不動産投資などに絡み横領の罪に問われた枢機卿アンジェロ・ベッチウ被告(75)に対し、禁錮5年6カ月と無期限の公職追放、罰金8000ユーロを言い渡した。ファビオ・ヴィリオーネ弁護士によると、被告は無罪を主張し、上訴する方針だ。

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▲「最後の審判」ミケランジェロ

 べッチウ被告の容疑は、英ロンドンの高級繁華街スローン・アベニューの高級不動産購入問題での横領だ。同枢機卿自身はこれまでも何度か「不正はしていない」と容疑を否認してきたが、同枢機卿の下で働いてきた5人の職員は既に辞職に追い込まれ、金融情報局のレーネ・ブルハルト局長(当時)も辞任した。バチカンが事件の発覚からバチカン警察の捜査、関係者の処分と素早く対応したのは、それだけ問題が深刻だという認識があったからだ。ベッチウ枢機卿は2011年から7年間、バチカンの国務省総務局長を務めていた。問題の不動産の購入は、この総務局長時代に行われたものだ(「バチカン、信者献金を不動産投資に」2019年12月1日参考)。

 フランシスコ教皇は2019年11月26日、バチカン国務省と金融情報局(AIF)の責任者が貧者のために世界から集められた献金(通称「聖ペテロ司教座への献金」)がロンドンの高級住宅地域チェルシ―で不動産購入への投資に利用されたことを認め、「バチカン内部の告発で明らかになった」と述べている。2億ドルが不動産の投資に利用されていたのだ。ちなみに、裁判は2年半、これまで80回の公判が開かれた。

 べッチウ枢機卿の場合、そのほか、公金を勝手にイタリア司教会議に送金したり、自身の親族が経営するビジネスを支援したり、自身の口座にも献金を送った疑いがある。同枢機卿の辞任は当時、それらの疑いが確認された結果、と受け取られた。同枢機卿は記者会見で「フランシスコ教皇は、私に『あなたをもはや信頼することができない』と述べた」と明らかにしている。

 「枢機卿の犯罪」として、同有罪判決のニュースは全世界に流れた。枢機卿といえば、通称「ペテロの後継者」と呼ばれているローマ教皇の次に位置する高位聖職者だ。世界で13億人の信者を抱えるカトリック教会で枢機卿は現在200人を超えるが、次期教皇の選挙権を有し、コンクラーベに参加できる80歳未満の枢機卿は137人だ。ベッチウ枢機卿はその1人だったのだ。それだけではない。フランシスコ教皇が2018年6月に枢機卿に任命した聖職者であり、「教皇が最も信頼する枢機卿」の1人と受け取られ、バチカン列聖省長官を務めてきた人物だ(ベッチウ被告は枢機卿時代の2020年9月24日、突然辞任を表明し、フランシスコ教皇はその辞任申し出を受理した)。同被告は当時、「全ての枢機卿としての権利を放棄する」と述べている。

 ところで、判決後、新たな問題が浮上してきた。バチカン裁判所はベッチウ枢機卿を含め被告7人に計37年の禁錮刑を言い渡したが、バチカン刑務所には3つの独房しかないのだ。いずれもバチカン市国憲兵隊の建物内にある。近年使用されているが、短期間のみで、今回の7人の被告を数年間拘留できる施設、生活用具など整っている独房はないのだ。

 世界の各教会でこれまで聖職者による未成年者への性的虐待犯罪が発生してきたが、性犯罪を犯した聖職者がバチカン刑務所に送られるということは皆無だった。聖職者の犯罪は隠蔽されるか、他の教区に人事されるだけで、バチカン刑務所に拘留されることはなかった。その結果、バチカン刑務所は久しく存在したが、拘留される聖職者・関係者はほとんどいなかった。だから、刑務所の拡張といった考えは出てこなかったわけだ。繰り返すが、バチカン聖職者や関係者がこの世の人間より清く、正しかったからではない。

 しかし、ここにきて教会を取り巻く事情は大きく変わってきた。聖職者の未成年者への性犯罪件数が余りにも多いこともあって、メディアでも報道されるようになった。その結果、教会への信頼や名声は地に落ち、教会から脱会する信者が絶えない状況になった。同時に、裁判に訴えるケースも出てきたのだ。

 参考までに、最近では、バチカン刑務所に拘留された人物は、教皇ベネディクト16世の執務室から機密文書を盗み出した通称「ヴァティリークス事件」(Vatileaks-Fall)の主犯、元従者パオロ・ガブリエレ氏だ。同氏はベネディクト16世から恩赦を受けて早期釈放された。同氏のバチカン独房生活は59日間だった。

 バチカン刑務所ではなく、この世の刑務所で拘留生活を体験した枢機卿も1人いる。フランシスコ教皇に財務省長官に任命されたジョージ・ペル枢機卿は1990年代に2人の教会合唱隊の未成年者に性的虐待を犯したとして2019年3月、禁錮6年の有罪判決を受けて収監されている。同枢機卿は2020年4月、無罪を勝ち取ったが、今年1月10日、ローマの病院での通常の股関節手術後、心臓病の合併症を起こして急死した。81歳だった。同枢機卿は約400日間、独房生活を強いられた最初の高位聖職者だった(「400日『独房』にいた枢機卿」2020年10月16日参考)。

 イタリア北東部のトリエステのカトリック教会の神父(当時48)は13歳の少女に性的虐待を行ったことを司教に告白した後、部屋で首を吊って死んでいるところを発見されている。未成年者への性的虐待で12年の刑期を言い渡され米マサチューセッツ州の刑務所に拘留されていた米国のポール・シャンレィ神父(Paul Shanley)は2017年7月末、刑期を終えて出所した。同神父の性犯罪は、米ボストングローブ紙が摘発し、米カトリック教会の聖職者の性犯罪問題を暴露、2002年のピューリッツァー賞を受賞している(「元神父は刑務所で何を考えたのか」2017年8月3日参考)。

 罪を犯す聖職者の増加を受け、バチカンの敷地内で新たな刑務所を増設することも一つの案だが、イタリアの刑務所を利用することが現実的な選択肢だ。イタリアとバチカン間の1929年のラテラン条約以来、教皇庁はイタリア領土内の刑務所に受刑者を収容できるようになったからだ。イタリアの刑務所の収容能力はバチカン刑務所の比ではない。

 ノルウエーの大量殺人犯アンネシュ・ブレイビクは独房に入った後、インターネットの接続や読みたい本などを次々と刑務所側に要求し、「ノルウェーの刑務所はホテルのようだ」と言われたことがあった。バチカン刑務所であろうが、イタリア刑務所であろうが、拘留された聖職者は自身が犯した罪の悔い改め、そして死後、神の「最後の審判」を受けるための心構えを準備しなければならないはずだ。
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