ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2023年11月

米国「 金正恩氏の執務室も撮影中です」

 朝鮮中央通信(KCNA)は28日、打ち上げに成功した軍事偵察衛星「万里鏡1号」が米国のホワイトハウスやペンタゴン(国防総省)を撮影したと発表、それらの画像を見て金正恩総書記は「大きな満足」を示したと報じた。

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▲金正恩総書記、道・市・郡人民会議代議員選挙に参加(KCNA公式サイトから、2023年11月27日)

 同日の韓国の通信社聯合ニュースによると、「北朝鮮は21日夜に偵察衛星を打ち上げて以降、朝鮮半島だけでなく米領グアムやハワイなどにある韓米の主要な軍事基地を撮影したと主張し続けているが、その衛星画像は公開していない。北朝鮮は同衛星が打ち上げ後1週間から10日間の『精密操縦』を経て、12月1日から正式に偵察任務に就くと説明していた」という。

 偵察衛星の開発では後発国の北朝鮮にとって独自に打ち上げた偵察衛星から宿敵米国の大統領執務室のあるホワイトハウスを撮影し、ペンタゴンを撮影したということは文字通り、大成果だろう。金正恩氏が「大満足」したのも頷ける。

 ところで、北の偵察衛星はホワイトハウスやペンタゴンだけを撮影したのだろうか。KCNAによれば、太平洋グアムのアンダーセン空軍基地、米バージニア州のノーフォーク海軍基地などを撮影したというが、ひょっとしたらディズニーランドやシーワールドの場所も撮影したのではないか。ただ、KCNA通信は前者だけを言及し、後者は非公開にしたのではないか。

 金正恩氏は2011年12月父親の金正日総書記の死後、政権を継承して以来、「人民」の生活向上を機会ある度に強調したが、具体的には、綾羅人民遊園地を完成し、平壌中央動物園の改修、そして世界的なスキー場建設など、遊戯用インフラの整理に腐心してきた。その後、空の玄関、平壌国際空港が近代的に改築オープンした。ただし空腹に悩まされる北の一般国民が遊園地やスキー場に足を運ぶだろうか、海外旅行の自由もない人民に、国際空港の近代化はどんな意味があるのか、といった素朴な疑問が出てくる。

 子煩悩の金正恩氏が何を最も喜ぶかを知っている側近たちはホワイトハウスやペンタゴンの写真などと共に、ディズニーランドやシーワールドを撮影した写真の画像を金正恩氏に見せたのではないか、というのが当方の推測の根拠だ。

 北朝鮮は昨年11月18日、全米を射程内に置く新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星17」の発射試験を行ったが、その発射現場に金正恩氏の娘「金ジュエ」が随伴していたことで大きな話題を呼んだことを思い出してほしい。偵察衛星の画像の件で金正恩氏が「大満足」を表明した時にも、KCNA通信の写真を見る限りでは、ジュエさんが写っていた。彼女はホワイトハウスやペンタゴンの写真よりディズニーランドの写真のほうを喜ばないのだろうか。

 北朝鮮は今年5月、軍事偵察衛星の打ち上げに失敗、2回目も同様だったが、それを3カ月余りの時間で、打ち上げに成功し、画像撮影にも成功するということは通常の開発プロセスとは言えないから、韓国の情報機関・国家情報院(国情院)はロシア側の技術的支援があったと推測している。

 北朝鮮の軍事偵察衛星の打ち上げは国連安保理決議違反に当たるが、27日に招集された安保理会合ではロシアと中国が反対したために、何の対応も取れずに終わったばかりだ。

 参考までに、米国の軍事偵察衛星(通称キーホール)の解像度は15センチともいわれているが、実際は5センチまでの解像力を有するという。キーホールは金正恩氏の官邸執務室はいうまでもなく、金氏の国内の複数の保養地も写真撮影しているはずだ。金正恩氏は米偵察衛星キーホールの目から逃れることはできないのだ。

 キーホールの威力はロシア軍がウクライナに侵攻する際も実証された。米国はロシア軍の動向を偵察衛星からの写真でキャッチし、同盟諸国にロシア軍侵攻の可能性を数日前に警告していた。

 北の偵察衛星がホワイトハウスの写真を撮影したことを金正恩氏が喜んだというニュースを聞いて、ホワイトハウス関係者は多分、笑いを禁じ得なかったのではないか。米国の軍事偵察衛星は24時間、金正恩氏の執務室を監視し、撮影し、その画像をホワイトハウスに送っているからだ。

 北の偵察衛星がキーホールと同程度の地上分解能を得るまでにはまだ多くの時間が必要だろう。ただし、近未来の話だが、北の衛星能力が向上すれば、敵国、特に、米国の軍事偵察衛星への宇宙戦を仕掛けてくるはずだ。その結果、北朝鮮問題は地上から宇宙空間へと舞台を広げていくことになる。

ガザ「病院爆発」40日後の「事実」

 国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ」(HRW)は26日、先月17日のパレスチナ自治区ガザのアルアハリ・アラブ病院爆発はイスラエル軍によるものではなく、「パレスチナ武装勢力が一般に使用しているロケット弾の誤射の可能性が高い」という調査結果を公表した。HRWの調査報告は民間機関によるものだが、「公開された写真、映像、衛星画像の分析、目撃者や専門家へのインタビュー」に基づいたものだけに信憑性は高い。

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▲ドイツのシュタインーマイヤー大統領と会談するイスラエルのネタニヤフ首相(2023年11月27日、イスラエル首相府公式サイトから)

 以下、HRWの調査結果の一部だ。

 The explosion that killed and injured many civilians at al-Ahli Arab Hospital in Gaza on October 17, 2023, resulted from an apparent rocket-propelled munition, such as those commonly used by Palestinian armed groups, that hit the hospital grounds、

 当方はこのコラム欄で「『病院空爆』はゲーム・チェンジャー?」(2023年10月19日)という見出しのコラムを書いた。それを参考に当時を少し振り返る。

 「パレスチナのガザ地区で17日、病院(Al-Ahli-Klinik)が空爆され、欧米メディアによると『300人から500人が死んだ』という。病院空爆が報じられると、パレスチナ自治政府のあるヨルダン西岸地区やレバノンのパレスチナ人が路上に出て、イスラエルを激しく批判するデモを行い、イランやイスラム諸国でもイスラエル批判の声が高まっている。バイデン米大統領を迎えてヨルダンでガザ戦争の停戦を協議する会議は延期されるなど、大きな波紋を呼んでいる」と、病院爆発直後の反応をまとめた。

 パレスチナ自治政府のアッバス議長は当時、「大虐殺だ。イスラエルは超えてはならないレッドラインを超えた」と批判。ガザ地区を実効支配するイスラム過激組織ハマスは、「病院には多数の患者、避難民の女性や子供たちがいた。イスラエル軍の空爆は非人道的な蛮行だ」と批判している。

 一方、国連のグテレス事務総長は、「多数のパレスチナ市民が殺害され、医療関係者も犠牲となった」と強調、「犯罪者は国際法に違反している」と非難、犯行が暗にイスラエル側であるかのような印象を与えた。それだけではない。欧州でもフランスのマクロン大統領は「病院空爆は絶対に容認されない」と、国連事務総長と同じスタンスを維持しながら、イスラエル側の空爆を批判していた。

 アッバス議長やハマスの反応は別として、グテレス事務総長やマクロン大統領らのコメントは当時、決して突飛な発言ではなく、多くの政治家や国際人権グループは同様の判断に傾いていた。

 イスラエルはガザ地区に軍事侵攻し、ハマス撲滅に乗り出す予定で、ガザ地区への境界線周辺に戦車や装甲車が待機中だったが、ガザ地区の病院が空爆され、多くの犠牲者が出たことを受け、国際社会ではイスラエルの軍事活動への批判が急速に高まっていった。

 オーストリア国営放送(ORF)のティム・クーパル・イスラエル特派員は、「病院が空爆され、多くのパレスチナ人が死亡したことで、ハマスのテロを批判してきた国際社会がイスラエル批判に急変する可能性が出てきた」と説明、病院空爆が“ゲーム・チェンジャー”となる可能性があると報じていたほどだ。

 ちなみに、朝日新聞は10月20日の社説で、「あってはならないことが起きた。イスラエル軍の空爆が続くパレスチナ自治区ガザで病院が爆発した。ガザの保健省は、患者や医療従事者、避難中の市民ら『471人が死亡した』と発表した。保健省は『イスラエル軍が大虐殺を行った』と非難した。イスラエル側は関与を否定し、ハマスとは別の武装組織がロケット弾を誤射したためだと主張している。実行者がだれであれ、病院への攻撃は国際人道法に違反する重大な戦争犯罪で、決して許されない」と報道していた。

 国際社会からの批判に対し、イスラエルのネタニヤフ首相は、「病院を空爆したのはイスラエルではない。イスラム過激派テロ組織『イスラム聖戦』が発射したロケットが誤って病院に当たった可能性が高い」と説明、イスラエル軍による空爆説を一蹴した。イスラエル軍は18日、パレスチナ側が発射したミサイルが病院に当たる瞬間を撮った空中ビデオを公開して身の潔白を証明してきた。

 そして「病院爆発」から40日後、HRWは調査結果を公表し、病院の爆発は「パレスチナ武装勢力が使用する武器」の誤射の可能性が高いことを明らかにしたわけだ。それまでイスラエル側は国際社会から「病院爆破」の実行者として戦争犯罪者の汚名を浴びせられてきた。

 当方はコラムの中で、「イスラエルはハマスへの報復を実施するために、ガザ地区を包囲、地上軍を侵攻させようとしていた矢先だ。その時、イスラエル側が恣意的にガザ地区の病院を空爆することは考えられない。イスラエル側にはガザ地区の病院を空爆する理由がない一方、ハマスやイスラム聖戦にはある」と書いた。HRWの調査結果はそれを裏付けたわけだ。

 「病院爆発」はイスラエル軍の仕業ではなかったとしても、結果として国際社会のイスラエル批判の声はその後、急速に高まっていった。その意味で、「病院爆発」はガザ情勢でゲーム・チェンジャーとなったともいえるわけだ。ただし、そのゲームチェンジャーは事実に基づいて生じたというより、偏見と誤報によって生じたといえるわけだ。換言すれば、戦況も政治情勢も時には誤報と偏見によって大きく動かされることがあるわけだ。事実が判明した後、「当時の情報は間違っていた」と謝罪しても、名誉回復には少しは貢献するかもしれないが、状況を元返しにすることはできない。

 もし10月17日の「病院爆発」の直後、パレスチナ人武装勢力が発射したロケット弾の誤射によるものだということが分かっていたならば、ガザ地区のパレスチナ人はどのように反応しただろうか。ひょっとしたら、ハマス批判の声が飛び出したかもしれない。そうなれば、ガザ紛争はまったく現在の状況とは異なった展開となったかもしれない……。

 国際社会の関心は人質交換に集中しているが、HRWの「事件の核心」に迫る調査活動を高く評価したい。

なぜ戦闘し、なぜ休戦するのか

 戦闘中の当事国とその国民には不謹慎なタイトルとなったかもしれない。イスラエルとパレスチナ自治区ガザのイスラム過激テロ組織ハマス間で24日から休戦に入っている。その間、双方で人質を解放し、人道的救援物質などがガザ地区に運び込まれている。

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▲ゼレンスキー大統領夫妻、ホロドモール(大飢餓)犠牲者への追悼(2023年11月25日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 ガザ地区の1人の中年のパレスチナ人男性が、「どのような合意内容が締結されたかは知らないが、ミサイルの炸裂する爆音を聞かなくてもいいので嬉しい。できれば明日もそうあってほしいね」と吐露していたのが印象的だった。

 一方、テルアビブやエルサレムでは人質の全員解放を願ってイスラエル人が集まり、祈祷しているシーンがテレビで放映されていた。人質解放2日目に妻と娘さんを解放されたイスラエル人男性は、「嬉しいが、依然多くの人質が解放されていないので、まだ喜ぶことはできない」と述べていた。

 イスラエルのネタニヤフ首相はイスラエル現職首相として初めてガザ地区に入り、前線で戦うイスラエル軍を視察し、兵士たちを激励していた。同首相は、「人質全解放とハマスの壊滅という2つの大きな目標は変わらない」と強調する一方、「可能ならば休戦を延期して人質を全員解放したい」と述べていた。人質解放初日、2日目、そして3日目と休戦状況は継続し、人質も解放される度に、イスラエル国民は喜びを表す、その姿を見ているネタニヤフ首相は休戦を4日間で終え、再び戦闘を再開するとは言えなくなってきているかもしれない。

 一方、ハマスは人質解放の履行では少し遅れが出てきている。人質解放が遅れたために、イスラエル側から「零時前に履行しなかれば戦闘を再開する」という最後通告を受けたが、土壇場で人質解放は無事行われた。外電によると、10月7日のイスラエル奇襲テロを実行したハマス指導者4人のうち、3人がこれまでの戦闘で死亡したというから、ガザ地区のハマスは指導者不在の状態なのかもしれない。

 休戦での懸念はハマスのほか、イスラム過激テロ組織イスラム聖戦の動きだ。10月7日のテロはハマスと共に実行していた。彼らも人質を取っている。だから、ハマスがイスラエル側と休戦に合意しても、イスラム聖戦が納得しなければ、休戦合意が破棄される危険性が出てくる。ちなみに、人質解放初日にはイスラム聖戦が拘束していたイスラエル人の人質が1人含まれていたというから、現時点ではハマスの命令のもとに動いていることが確認されている。

 ハマスは10月7日、イスラエル側に侵入し、1300人のイスラエル人を殺害。それに対し、イスラエル側はハマス壊滅を掲げて報復攻撃を開始、連日ガザ地区のハマスの軍事拠点を空爆。そして地上軍を派遣し戦闘を展開、ハマスの地下トンネル網を破壊し続けてきた。そしてカタール、エジプト、米国らの仲介もあってイスラエルとハマスの間でまず4日間の休戦、人質の解放が合意された経緯がある。

 3日目の人質解放が無事履行された直後、4日目以降も休戦を続け、人質を解放すべきだという声が、バイデン米大統領から流れてきている。それを受け、欧米メディアでは「休戦はいつまで続くか」「戦闘はいつ再開されるか」という見出しの記事が見られてきた。その予測記事を読んで少し違和感が出てきた。

 戦闘はハマスの奇襲テロがきっかけだ。休戦はイスラエル軍の空爆などでガザ地区の住民の人道的危機が生まれてきたこと、人質解放へのイスラエル国民の声の高まりなどがあって実現した。それなりの理由は分かっているが、その間にイスラエル側に1400人余り、パレスチナ側に1万人以上の犠牲者が出た。どのような理由があるとしても、これまで余りにも多くの犠牲が払われてきた。そして今、4日間の休戦だ。ひょっとしたら、休戦期間は延長されるかもしれないという。ここまで考えていくと、それでは「なぜ戦闘が起き、なぜ今休戦か」といった上記の問いかけが飛び出すのだ。

 ロシア軍がウクライナに侵攻して、ロシアとウクライナ両国間で戦闘が始まった。その戦闘は既に2年目が過ぎ、2度目の冬を迎えている。その間、ウクライナとロシア両国で多くの犠牲者が出てきた。中東で戦闘が始まったこともあって、ウクライナ戦争への関心が減少してきたという。戦争が長期化することで、なぜ戦闘するのか、といった問いかけはもはや誰も口に出さないし、新鮮味もない。爆音と警報サイレンに慣れたのはキーウ市民だけではない。カラスでさえ近くで爆弾が破裂してももはや木から飛び立たないというのだ。

 だからというわけではないが、初心に帰って問いかけたいのだ。なぜ戦闘し、休戦するのか。

「宗教(団体)と宗教心は別だ」

 当方はこのコラム欄でロシアの「プーチン大統領と『ロシア国民』は別」(2022年10月8日)と主張し、同じように、「『中国共産党と『中国』は全く別だ!」(2018年9月9日)と書いたし、最近では「『ハマス』と『パレスチア人』は違う」(2023年10月11日)と書いてきた。要するに、国家、機関、グループと個々の国民、人間は別々の存在であり、両者が常に統合して一体化しているわけではないということを訴えてきた。もちろん、両者が統合し、調和している状況も考えられるが、非常に稀なことで、多くは分裂し、特には対立しているケースが多いのだ。

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▲ウィーン市16区の夕景(2023年11月5日、撮影)

 この「・・は別だ」に新たな例を加えたい。宗教組織(団体、教派)と個々の信者の宗教心は別だということだ。ドイツ国民の80%が宗教に無関心という調査結果をこのコラム欄でも紹介したが、それではドイツ国民は教会には関心がなく、非常に世俗的で資本主義的消費社会にどっぷりとつかっているか、というとそうとは言えない。ドイツは宗教改革の発祥地でもある。クリスマスには家族が集まって共に祝う国民だ。ただ、自身が所属する教区の教会には関心は薄く、年に数回しかミサには参加しない平信徒が多い。聖職者の未成年者への性的虐待問題がメディアに報じられるたびに、益々教会への足が遠ざかる、というのが現状ではないか。

 教会から足が遠ざかり日曜礼拝にもいかなくなった信者は世俗化したのか、というとそうとはいえない。ただ、自身が願う教会の姿ではないので、教会から離れていくだけで、その宗教心は変わらないばかりか、燃え上がっているケースもある。そこで「宗教(団体)と宗教心は別だ」ということになるわけだ。

 日本では世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題が契機となって「宗教2世」という表現がメディアで報じられ出したが、宗教は本来、世襲的なものではない。各自が人生の目的、何のために生きているか等々の疑問を模索していく中で、納得する宗教に出会う。ただ、親が特定の宗教に所属していたならば、その子供たちが自然に親の宗教を継承していくケースは十分に考えられることだ。

 もちろん、「宗教2世」も成長していく中で、新たな人生の目的を見出し、親の信仰から離れていくケースも見られる。その場合でも、親の宗教(団体)というより、親の宗教心(信仰姿勢)が決定的な影響を与えるのではないか。

 人類の歴史で数多くの宗教が生まれ、また消滅していったが、「世界宗教」と呼ばれるキリスト教やイスラム教は創設者の教えを世界に広げていった。ただ、キリスト教でも300以上のグループに分かれていったように、宗教(団体、教会、寺院)も時代の流れの中で変遷していった。そのようなプロセスの中でも人間が生来有する宗教心は続いてきたわけだ。極端にいえば、教会が消滅したとしても、人間が持つ宗教心は消滅することなく続いているのだ。

 人間の持つ宗教心を根絶しようとして唯物主義的共産主義が誕生し、「宗教はアヘン」として国民から宗教を撲滅しようとした歴史があった。その結果、宗教団体、組織は一部、解体され、消滅しても、国民の宗教心までは抹殺できなかったことは歴史が端的に示してきた。

 例を挙げる。アルバニアはバルカン半島の南西部に位置し、人口300万人弱の小国だ。冷戦時代、同国のエンヴェル・ホッジャ労働党政権(共産党政権)は1967年、世界で初めて「無神論国家宣言」を表明したことから、同国の名前は世界の近代史に刻印されることになった。ホッジャ政権下で収容所に25年間監禁されてきたローマ・カトリック教会のゼフ・プルミー神父と会見したことがあるが、同国では民主化後、多くの若者たちが宗教に強い関心を示してきているのだ。ホッジャ政権は教会を破壊し、聖職者を牢獄に入れることは出来たが、国民の中にある宗教心を完全に抹殺することはできなかったのだ。アルバニア国民はその宗教心を「アルバニア教」と呼んでいる(「『アルバニア教』の神髄語った大統領」2021年5月4日参考)。

 中国の習近平国家主席は、「共産党員は不屈のマルクス主義無神論者でなければならない。外部からの影響を退けなければならない」と強調する一方、「宗教者は共産党政権の指令に忠実であるべきだ」と警告している。具体的には、キリスト教、イスラム教など世界宗教に所属する信者たちには「同化政策による中国化」を進めている。にもかかわらず、中国人の宗教熱は冷えていない。非公式統計だが、中国人の宗教人口は中国共産党員をはるかに凌いでいる。

 1990年代後半に入ると、李洪志氏が創設した中国伝統修練法の気功集団「法輪功」の会員が中国国内で急増し、1999年の段階で1億人を超え、その数は共産党員数を上回っていった。それに危機感をもった中国第5代国家主席の江沢民氏(当時・在任1993年3月〜2003年3月)は1999年、法輪功を壊滅する目的で「610弁公室」を創設した。「610弁公室」は旧ソ連時代のKGB(国家保安委員会)のような組織で、共産党員が減少する一方、メンバー数が急増してきた法輪功の台頭を恐れた江主席の鶴の一声で作られた組織だ。

 最後に、宗教心とは何だろうか。明らかな点は程度の差こそあれ、誰でも宗教心を持っていることだ。その中には、人知を超えた存在(?)への畏敬心も含まれるだろう。人は誰でも幸せを願っている。そしてより良い人間になりたい、という消すことが出来ない願望がある。イエスの言葉を借りるならば、人はパンのみで生きているのではない。そして誰から言われなくても、何が善であり、何が悪いかを理解している。だから、世界宗教といわれる宗教の教えはよく似ている。人を殺すなかれ、姦淫するなかれ、といった戒めはどの高等宗教も教えていることだ。

 宗教団体が時の為政者から弾圧されたとしても、また、宗教団体が内部から腐敗・堕落していったとしても、人間の本来の宗教心は消えることがない。ローマ帝国の皇帝ネロ(在位54〜68年)はキリスト教を徹底的に弾圧したが、そのキリスト教が西暦392年、ローマ帝国の国教となることを防ぐことは出来なかった。宗教心は弾圧さればされるほど燃え上がることを多くの独裁者は理解していないのだ。

中東紛争と歴史教科書の記述問題

 オーストリアの工業専門学校(HTL)の地理・歴史・政治教育のための教科書の中で、パレスチナ自治区ガザを2007年以来実効支配するイスラム過激テロ組織ハマスについて、「イスラム派民族抵抗運動」と説明されていることが判明し、文部省関係者も驚いて、教科書の出版社に訂正を要請したという。同国のメトロ新聞ホイテが24日、報じた。

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▲欧州最古の総合大学の一つ、ウィーン大学の正面入口(2023年6月、撮影)

 ハマス関連の記述に気が付いたのは、ウィーンのユダヤ博物館の前所長、ダニエレ・スペラさんだ。彼女の指摘が報じられると、ソーシャル・メディアで大きな反響を呼んだ。ポラシェック文相の広報官によると、「教科書を出版している会社に連絡を取り、ハマス関連個所の訂正文を印刷して学校に送った」という。

 ハマスに関する定義では、イスラエル側はイスラム過激テロ組織と呼んでいる一方、アラブ諸国・イスラム国では一般的には「パレスチナ民族をイスラエルの占領から解放する運動」と受け取っている。国連で「テロ」対策のためにその定義を作成しようとした時、パレスチナ解放機構(PLO)を「テログループ」とするか、「民族解放運動」とするかで喧々諤々の論争が展開されたことがあった。

 オーストリア政府はハマスが10月7日、イスラエルに侵攻して1300人のユダヤ人を殺害した直後から、ハマスを武装テロ組織と呼び、イスラエル軍のガザ地区報復攻撃に対しても全面的にイスラエルを支援、その自衛権を認めてきた。ネハンマー首相自身、ハマスに対する「断固とした行動」を呼びかけ、停戦に反対を表明し、「停戦などのあらゆる幻想はハマスに力を与えるだけだ。ハマスとの戦いには一切の妥協があってはならない」と強調している。ちなみに、同首相は10月25日、イスラエルを訪問し、ネタニヤフ首相に全面支持を伝えている(「ガザ情勢でEU『首脳宣言』を採択」2023年10月28日参考)。

 そのオーストリアの学校の教科書でハマスを「民族解放勢力」と説明しているとなれば、大きな問題となるところだったが、文部省が迅速に対応して事の拡散を最小限度に抑えたわけだ。ただし、同国で社会党(現社会民主党)が政権を握っていた1980年代、その中東政策はパレスチナ寄りだった。ネハンマー現政権は保守政党「国民党」主導の連立政権だ。

 ところで、学校の教科書、特に歴史の教科書は自国の歴史、世界の歴史、政治情勢をコンパクトにまとめて学生に教えるだけに、その時々の政治情勢が教科書に反映されて、問題が生じることがある。

 日本でも、「正しい歴史教科書を作ろう」という一部の保守派学者、知識人たちの運動があると聞く。特に、日本と朝鮮半島の関係では複雑な歴史問題があるだけに、歴史の教科書で客観的に正確に子供たちに伝えることは非常に大切だ。特に、敗戦後の日本人には自虐的な歴史観が一方的に教えられたこともあって、若い世代に自国の文化を誇り、祖国への愛を伝えることが難しい面がある(「『日本軍慰安婦』+『集団情緒』=反日?」2020年1月6日参考)。

 ロシアや中国など独裁国家、共産党政権では学校の教科書は政府の意向をプロパガンダする手段として利用されている。最近でも、ロシア政府は8月7日、ウクライナ侵攻を正当化し、西側諸国がロシアを破壊しようとしていると主張する新しい教科書を発表したばかりだ。ロシアのクラフツォフ教育相によると、新しい歴史の教科書は、17歳から18歳の11年生が学ぶものという。

 プーチン大統領は2022年2月24日、ロシア軍をウクライナへ侵攻させたが、同大統領は「ウクライナ戦争はキーウの政権と欧米諸国が仕掛けた」と堂々と表明、そのフェイク情報がロシアの歴史教科書にそのまま記載されているというのだ。

 中国共産党が政権を握る中国でも状況はロシアと似ている。習近平国家主席は、「宗教者は共産党政権の指令に忠実であるべきだ」と警告を発する一方、「共産党員は不屈のマルクス主義無神論者でなければならない。外部からの影響を退けなければならない」と強調、キリスト教会の建物はブルドーザーで崩壊され、新疆ウイグル自治区ではイスラム教徒に中国共産党の理論、文化の同化が強要され、共産党の方針に従わないキリスト信者やイスラム教徒は拘束される一方、「神」とか「イエス」といった宗教用語は学校の教科書から追放されている。

 若い世代は学校の教科書だけでなく、インターネット、ソーシャルメディアからさまざまな情報を吸収しているから、学校の教科書で一方的な偏見の歴史観、情報が記述されていた場合、自己チェックできる機会はある。しかし、幼いころに学校の教科書から学んだ歴史はその人の生涯、脳裏に刻み込まれる。それだけに、学校の教科書での記述は慎重にチェックされなければならないだろう。

財政危機に直面する独信号機連立

 独バーデン=ヴュルテンベルク州のカールスルーエにある独連邦憲法裁判所は15日、ショルツ政権が2021年末、新型コロナウイルスのパンデミック対策予算の未利用分を気候変動基金(KTF)に振り替える予算調整措置を実施したが、それは違憲に当たると判決を下した。この結果、社会民主党(SPD=赤)、緑の党、そして自由民主党(FDP=黄色)の3党から成るショルツ政権(通称「信号機連立」)はKTFなどへの財政資金600億ユーロを失うことで財政危機に陥った。

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▲財政危機に直面するリントナー独財務相(FDP公式サイトから)

 連邦憲法裁判所の今回の判決は、野党第一党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)が「政府の財政措置は将来、債務を急増させる契機ともなる」として提訴してきたことへの返答だ。問題は、ショルツ政権の顔の一つ、再生エネルギー政策を目指すKTFを継続していくためには、不足する資金をどこから調達するかだ。考えられる対策は、〜税するか、他の分野の予算縮小だ。

 予想されたことだが、KTFの財源探しではショルツ政権内で意見の対立が見られる。FDPのリントナー財務相はドイツの国民経済がリセッションにある現在、増税は景気を一層冷やす危険性があることで強く反対してきた。となれば、他の予算をカットして、その分をKTFの財源にあてる以外にないが、予算がカットされる他の省から強い反発が予想される。家庭児童手当の増額や様々な政府補助金を受けてきた部門への拠出停止が既に囁かれ出しているのだ。

 SPD、緑の党、FDPの3党の連立政権が発足して任期4年の中間点を迎えているが、政権発足直後からドイツの政界で初の3党連立政権の誕生には「いつまで持つか」といった懸念の声が聞かれた。それなりの理由がある。簡単にいえば、政治信条で大きく異なる政党の寄せ集め政権であるからだ。SPDは社会福祉政策を重視し、緑の党は環境保護対策と再生エネルギーへの転換を、FDPは企業の自立性を重視、増税には反対し、規律ある財政政策を主張してきた、といった具合だ。

 「時代の転換」(Zeitenwende)を標榜し、国防費を増額してウクライナを積極的に支援してきたショルツ政権としては国防費を削減するわけにはいかない。緑の党は再生エネルギーの推進を党の看板に掲げる以上、環境保護対策での予算カットは受け入れられない。ハベック副首相(緑の党出身)は既に「環境保護予算の削減は受け入れない。予定通りに政策を継続する」と表明している。

 SPDと緑の党は、増税や新規融資、債務ブレーキの停止などを通じて支出計画のための新たな資金を調達したいと考えている。一方、FDPはこれまで債務ブレーキの停止には反対してきたが、リントナー財務相は23日、2023年の補正予算案を今月29日に閣議に提出すると発表した。これにより、連邦政府は今年新たな債務を大幅に増やす機会が得られると受け取られている。財務省からの情報によると、これには約450億ユーロの追加額が含まれており、主にエネルギー危機基金の支出を別の基準に置くことを目的としている。

 ただ、ショルツ政権が基本法に根ざす債務ブレーキを2023年末まで再び停止することで財政危機を乗り越えることが出来るか否かは不明だ。連邦会計検査院は、カールスルーエの憲法裁判所の予算判決を受けて、今年と来年度の連邦予算は「憲法の観点から非常に問題がある」と考えている。ハベック副首相は23日、緑の党大会で、「債務のブレーキは柔軟に対応する必要がある」と述べ、リントナー財務相の債務ブレーキの停止を歓迎する一方、2024年以降も債務ブレーキの停止継続を求めている。

 ところで、ショルツ政権の3党の中で今回の財政危機を最も深刻に受け止めているのはFDPだ。同党内には「連立政権発足後、わが党は全ての選挙で得票率を失ってきた。SPDと緑の党と政権を組んで最も損をしてきたのがFDPだ」という声が聞かれ出しているからだ。例えば、バイエルン州議会(10月8日実施)では得票率3%で州議会の議席を失ったばかりだ。

 FDP党員には、ギド・ヴェスターヴェレ党首時代がトラウマとなっている。ヴェスターヴェレ党首下のFDPは2009年の連邦議会選で得票率14・6%を獲得し、第2次メルケル政権(2009年10月〜13年12月)に参加したが、2013年の連邦議会選では議席獲得に必要な5%のハードルすらクリアできず、連邦議会の議席を失った。リントナー氏は間違いなくそれを避けたいところだ。SPDと緑の党に金融政策の根本的な変更を行う用意がなければ、FDPは近いうちに政権から離脱するのではないかというのだ。

 いずれにしても、ショルツ連邦政府の行方はFDPの出方にかかっている。FDP内の多くのリベラル派はリントナー党首に対し、ヴェスターヴェレ党首時代のように政権にしがみ付いて盲目的に破滅に突き進むのではなく、1982年のハンス=ディートリッヒ・ゲンシャー時代のように、党にとってマイナスと判断すればさっさと政権から離脱することを勧めているからだ。

 リントナー党首には、ヴェスターヴェレの政権継続の道かゲンシャーの政権離脱の道かの2通りの選択肢がある。同党首が後者を選べば、不人気なショルツ連立政権は即幕を閉じ、早期総選挙の実施となる(ドイツ民間ニュース専門局ntvサイト11月21日のヴォルフラーム・ヴィマー記者)。

 なお、ドイツ民間ニュース専門局ntvによると、党の支持率(11月21日)では野党第1党のCDU/CSUが30%、それを追って極右「ドイツのための選択肢」(AfD)が21%、SPD15%、緑の党14%、FDPは5%だ。ショルツ政権は3党を合わせても支持率34%と安定政権の50%の過半数からほど遠い

「ハマスはイスラム教徒ではない」

 バチカンニュース(独語版)を読んでいると、「ハマスはイスラム教徒ではない」という見出しの記事を見つけた。ハマスはパレスチナ自治区ガザを2007年以降実効支配しているイスラム過激テロ組織だが、「ハマスのメンバーはイスラム教徒ではない」というのだ。

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▲ハマス最高指導者イスマイル・ハニヤ氏(2023年11月21日、イラン国営IRNA通信から)

 この発言は、ハマスは10月7日、イスラエルの境界網を破り侵入し、音楽祭に参加していた若者たちやキブツ(自由農園)を襲撃し、1300人余りのユダヤ人らを殺害したが、そのテロを目撃したイスラエル人の一人、イシャイエ・ダン氏が語ったものだ。同氏は22日、バチカンでローマ教皇フランシスコと会合している。

 同氏によると、彼が共同設立したキブツ・ニル・オズとその周辺に住んでいた80歳の義妹カルメラさんは喉を切り取られ、12歳の孫娘ノイアさんも同様だった。彼の甥である53歳のオフェル・カルデロンさんは誘拐され、2人の子供、16歳のサハル君と12歳のエレツ君とともにガザ地区に連行された。全ての人質家族と同様に、ダン氏も親戚がまだ生きているかどうか分からない。

 ダン氏によると、同氏は左翼平和活動家の家族の出身で、常にガザのパレスチナ人との対話に尽力してきた。 同氏は、「ガザの子供たちや人々が悲惨な状況の中で苦しんでいるのを見ると、私にとっては喜ばしいことではない。彼らが苦しんでいる間、私は安らかにいることができない。過去20年間、私の兄はガザからエルサレムとテルアビブにあるイスラエルの病院に病人を連れて行き、自力ではたどり着けなかった人々をガザに連れ戻してきた。彼らにとっては高すぎたので、キブツが全額負担した。そんなことをしたのは兄だけではない」という。ダン氏はガザ地区でのイスラエル軍の報復攻撃には反対している。

 同氏は、「ハマスがやったことは、あらゆる信仰の観点から見て恐ろしいことだ。 私にはアラブ人の友人、キリスト教徒のアラブ人、イスラム教徒のアラブ人がたくさんいる。彼らはハマスのやっていることに反対している。ハマスのような蛮行がコーランの教えと整合するとは信じられない。ハマスはイスラム教徒ではない」と述べている。

 「ハマスはイスラム教徒ではない」という同氏の発言を聞いて、フランスのパリでイスラム過激派テロリストの3人が仏週刊紙シャルリーエブド本社とユダヤ系商店を襲撃したテロ事件について、同国の穏健なイスラム法学者がジャーナリストの質問に答え、「テロリストは本当のイスラム教信者ではない。イスラム教はテロとは全く無関係だ」と強調したことを思い出した(「“本当”のイスラム教はどこに?」2015年1月24日参考)。

 参考までに、著名な神学者ヤン・アスマン教授は、「唯一の神への信仰( Monotheismus) には潜在的な暴力性が内包されている。絶対的な唯一の神を信じる者は他の唯一神教を信じる者を容認できない。そこで暴力で打ち負かそうとする」と説明し、実例として「イスラム教過激派テロ」を挙げている。すなわち、イスラム教とテロは決して無関係ではないというのだ(「『妬む神』を拝する唯一神教の問題点」2014年8月12日参考)。同教授の主張からいえば、ハマスは単なる過激派テログループではなく、イスラム派過激テロリストの集団ということになる。

 ダン氏は多分、ハマスの残虐なテロ行為を目撃し、計り知れないショックと衝撃を受けたのだろう。だから、「ハマスはイスラム教徒ではない」という発言が飛び出したわけだ。

 ところで、強制収容所から生還したオーストリア人の心理学者ヴィクトール・フランクル(1905〜97年)は、「収容所では苦しむユダヤ人を助けていた兵士がいた」と述べ、「ナチス・ドイツ軍の中にも善意のある人間はいた」と主張、「集団的罪責」を否定し、ユダヤ人社会からもブーイングを受けたことがあった。

 当たり前のことだが、イスラム教徒にもキリスト信者の中にもいい人間と悪い人間がいる。ユダヤ人は悪い(反ユダヤ主義)、イスラム教徒は悪い(イスラムフォビア=イスラム嫌悪)と安易にレッテルを貼るのは危険だ。ただし、テロ行為に対しては明確に一線を画すことが重要だ。

宗教者は「アブラハム停戦」のため祈れ

 ローマ教皇フランシスコは21日、ロシア軍が2022年2月24日、ウクライナに侵略して以来の戦争の恐怖を伝えるエフゲニー・アフィネフスキー監督のドキュメンタリー映画「Freedom on Fire」の上映会に出席した。このイベントはウクライナの民主革命「マイダン革命」(尊厳の革命)10周年を記念して開催されたものだ。映画は約2時間、ロシア軍のウクライナ侵略後の戦争の恐怖が実写で語られている。バチカンニュースは22日、同上演会の様子を報道した。

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▲ハマスのテロ襲撃で亡くなったイスラエル人への追悼(エルサレム・ポスト紙のヴェブサイトから、2023年10月13日)

 上演が終わると、参加者全員が立ち上がり、拍手した。最後列の席で映画を観ていたフランシスコ教皇は戦争下にあるウクライナでの残虐性と痛みについて「大変な苦悩だ」と吐露したという。教皇は、「戦争はわれわれ人類にとって常に敗北を意味する。私たちは多くの苦しみを抱えている人々に寄り添わなければならない。戦禍にある国民のために祈り、平和が一刻も早く到来するように祈ってほしい」と語った。

 ちなみに、映画「Freedom on Fire」は、バチカンで今年2月、ウクライナ戦争勃発の日にローマ教皇の立会いの下で上映され、今月21日に再び一般公開された。 11月21日は10年前、ウクライナの首都キーウのマイダン広場で自由を求めて蜂起した「尊厳革命」が始まった日に当たる。その革命を追悼するという意味合いがあって、2023年11月21日、革命10年目の日に映画が一般公開されたというわけだ。

 戦争や紛争は世界の至るところで起きている。ウクライナ戦争やイスラエルとパレスチナ自治区ガザを実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」との戦争だけではない。昔もそうだったし、21世紀の今日もそれが続いている。フランシスコ教皇は11月8日の一般謁見で「如何なる戦争も人類にとって敗北だ」と述べた。戦争を防ぐことができなかったという意味で、戦争はその時の人類にとって敗北を意味するというわけだ。

 そして「戦争は始めるより、終わらせることのほうが難しい」といわれる。ひょっとしたら、ロシアのプーチン大統領自身が身にしみて感じていることかもしれない。バチカンでのドキュメンタリー映画の記事を読んでいて、戦争を始めた政治家、指導者はそれを早急に終わらせる義務と責任があるが、宗教指導者も同じだろうと感じた。特に、中東でのイスラエルとパレスチナ問題は宗教的な色合いが濃い紛争だ。単に、領土の問題ではなく、宗教とその信仰問題が紛争の背後で問われてきているからだ。

 ハマスはガザの支配権やパレスチナ民族の領土返還を要求しているのではなく、ユダヤ民族の抹殺を目標としている。イスラエルの有名な歴史学者ユバル・ノア・ハラリ氏が指摘していたように、ハマスはもはやイスラエルとパレスチナの平和的共存などを願ってはいない。中東和平は彼らにとってユダヤ人抹殺の障害にすらなるのだ。

 エルサレムからのメディア報道によると、「イスラエルとイスラム組織ハマスは22日、受刑者や人質の一部を解放するとともに、戦闘を少なくとも4日間休止することで合意した」という。実行は23日から開始される。ガザには、約240人の人質が拘束されている。カタール政府によると、ハマスがこのうち女性と子供の計50人を解放するのと引き換えに、イスラエルは同国内で収監しているパレスチナ人の女性や子供を釈放。イスラエル政府によると、ハマス側が追加で人質を10人解放するたび、休止を1日延ばすという(エルサレム発時事電)。

 戦争当事国の間で「クリスマス停戦」、「イースター休戦」など重要な宗教の祝日を契機に戦闘を一時止めることがある。ウクライナ戦争でも正教会のクリスマスやイースターが近づく度にクリスマス停戦、イースター停戦が叫ばれた。ポジティブにいえば、紛争を行う政治家、指導者が国民的重要な宗教行事を利用して、紛争解決を実現しよとする試みと言えるわけだ。

 戦争を終わらせるためには、政治家だけではなく、宗教指導者の責任も大きい。フランシスコ教皇のウクライナ戦争の和平調停の平和特使、イタリア司教会議議長のマッテオ・ズッピ枢機卿は今月15日、説教の中で「戦争が起きている時、何もせずに静観などできない」と述べている。宗教家の偽りのない告白だ。

 宗教指導者には、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、正教会、仏教など宗派の違いこそあれ、紛争や戦争が眼前で展開されている時、それを止めさせる使命がある。特に、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、正教会は「信仰の祖」アブラハムから派生した宗教だ。換言すれば、同じアブラハム家出身の兄弟といえる。兄弟同士が残虐な武器を持って互いに殺し合う戦争は本来、あってはならないのだ。

 ウクライナで、そして中東で、戦争の火が一刻も早く消えることを願わざるを得ない。「アブラハム停戦」の実現のために、宗教指導者は可能な限りの手段を駆使してその使命を果たすべきだ。

グレタさんと「反ユダヤ主義」の関係

 スウー―デンの環境保護活動家グレタ・トゥーンベリさん(20)が11月12日、アムステルダムの集会で環境保護を訴えるのではなく、イスラエル批判、ユダヤ憎悪をアピールし、集まった環境保護グループの仲間や参加者を驚かせた。集会に参加していた男性が舞台に上がり、グレタさんからマイクを取り、「私たちは環境保護のためにここに集まっているのであって、(あなたから)イスラエル批判、ユダヤ憎悪を聞くためではない」と訴えると、グレタさんは「占領地(パレスチナ)に気候の正義は存在しない」と反論する、といったシーンが展開されたのだ。

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▲独週刊誌シュピーゲル最新号の表紙を飾ったグレタさん(2023年11月18日号のシュピーゲルの表紙)

 グレタさんとその男性の間でマイク争いがあったが、集会関係者によって男性は舞台から降ろされてハプニングは収まったが、その余震は続いている。グレタさんのイスラエル批判に衝撃を受けた「フライデー・フォー・フューチャー」のドイツ支部のリーダー、ルイーザ・ノイバウアーさんは独週刊誌シュピーゲル最新号(11月18日号)とのインタビューの中で、「グレタさんは我々の運動のシンボルだが、われわれは環境保護を訴えているグループであって、中東問題などの政治問題ではない」と指摘、グレタさんが今後も政治運動にのめり込むようだと、グレタさんが創設した環境保護グループから出ていかなければならなくなるかもしれないと示唆している。ちなみに、シュピーゲルは最新号の表紙にグレタさんを登場させ、「Irrweg eines Idols=アイドルの誤った道」というタイトルを付けている。

 グレタさんはパレスチナのスカーフを首に巻き、アムステルダムで8万5000人の観衆の前で反イスラエルを訴えた。彼女は群衆に向けて、気候変動運動には「抑圧されている人々の声に耳を傾ける義務がある」と叫んだ。グレタさんの演説後、サラ・ラクダン氏がマイクを握り、同じように、「イスラエルが我が国で大量虐殺を行っている」と主張した。ラクダン氏はハマスのイスラエル民間人攻撃を称賛し、テロリストを賞賛し、ホロコーストを矮小化することで知られている人物だ。

 パレスチナ自治区ガザを2007年以降実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」が10月7日、イスラエルに侵攻して1300人余りのイスラエルの民間人らを虐殺したが、グレタさんは殺害されたイスラエル人への同情や連帯は一言も語らず、パレスチナ人への連帯を表明し、「パレスチナの自由」を要求、イスラエル軍のガザ報復攻撃を「大量虐殺」と呼ぶなど、アムステルダムの集会前から徹底した反イスラエル言動を繰り返している。

 それに対し、ドイツ・イスラエル協会会長で緑の党の政治家フォルカー・ベック氏は、「気候変動活動家としてのグレタ・トゥーンベリさんの終わりだ。彼女は今後、イスラエル憎悪がその使命となるだろう」と指摘、「緑の党」議員マレーネ・シェーンベルガー氏は「グレタさんはもはや模範ではない」と失望している(ドイツ民間ニュース専門局ntv11月14日から)。

 グレタさんは15歳の時、ストックホルムの議会前で気候環境保護と大きく書かれた紙の前で気候変動に対して抗議する写真で有名になった。彼女が引き起こした運動に多くの若者が賛同し、若い世代のアイドルとなっていった。グレタさんのイメージに亀裂が入り始めたのは、グレタさんが父親とあらゆる種類の儲かるPR取引を行っていたことが知られるようになってからだ。

 ノイバウアー女史は、「多くのことが崩壊しつつあるのは明らかだ。私たちは今、誰と共通の価値観に基づいた協力基盤を見つけられるか、そしてそれがどこにあるのかを見極めなければならない」と述べている。

 グレタさんの変身は、文字通り気候変動運動を二分している。なぜなら、アムステルダムでのデモも含め、左翼のエコロジーグループのかなりの部分で彼女は拍手喝采を受けているからだ。

 左翼の反ユダヤ主義は無反省なポスト植民地主義、グローバリゼーション批判、反資本主義によって煽られており、イスラエルは米国の「帝国主義と植民地主義」の手先とみなされている。パレスチナ人とアラブ人、イスラム教徒は被害者、イスラエルと米国は加害者だ、という構図が出来上がっているのだ。グレタさんがその影響を受け、思想が過激化してきたわけだ。

 「グレタさんと左派の根深いユダヤ憎悪」というタイトルの記事(11月14日付)を書いたヴォルフ・ヴァイマー記者は、「グレタさんはイスラエル批判のリーダーになりつつある。グレタさんのインスタグラムのフォロワーは1500万人で、彼女の「自由なパレスチナ」写真はX(旧ツイッター)で2500万回閲覧されており、おそらく主に若い視聴者に閲覧されている。それを通じて、彼女は左派のイスラエル憎悪と根深い反ユダヤ主義を全く新しい若いターゲットグループに拡散してきているからだ」と述べている。

「反ユダヤ主義の亡霊」の存在証明

 パレスチナ自治区ガザを2007年以来実効支配してきたイスラム過激テロ組織「ハマス」が10月7日、イスラエルに侵入して1300人余りのユダヤ人を虐殺して以来、不思議なことだが、ハマスのテロに抗議する反ハマス運動が広がるというより、反ユダヤ主義が拡散している。ハマスのテロの犠牲者のユダヤ人がその後、世界各地で反ユダヤ主義的言動に直面しているのだ。このコラム欄でも加害者と被害者の逆転現象については報告済みだが、被害者のユダヤ人が世界各地でバッシングを受けている。

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▲ウィーン市庁舎前広場のクリスマス市場を訪れる家族連れ(2023年11月12日、ウィーンにて)

 もちろん、ハマスのテロ奇襲に対してイスラエル軍の報復攻撃で多数のガザのパレスチナ人、特に、女性、子供たちが犠牲となっていることに対する憤りや批判の声が反ユダヤ主義を引き起こしているともいえる。ただ、反ユダヤ主義の拡散状況を見ていると、それだけではないようなのだ。以下、少し説明する。タイトルは「反ユダヤ主義の亡霊の存在証明」だ。

 ユダヤ民族への憎悪、恨みなどの感情には、少なくともユダヤ人が眼前にいるか、その環境圏に住んでおり、社会、国家にそれなりの影響を行使するユダヤ人コミュニティの存在が前提条件のように考えられるだろう。その条件からいえば、国別ユダヤ人人口で最も多くのユダヤ人が住んでいる国は1948年に建国されたユダヤ民族の国イスラエルだ。それに次いで米国だ、欧州ではフランスに最も多くのユダヤ人が住んでいるので、その国・地域には反ユダヤ主義が生まれてくる土壌はあるといえるわけだ。実際、イスラエルを除いて、米国やフランスではハマスのテロ以後、親パレスチナのデモや反ユダヤ主義のデモ集会が頻繁に開かれている。

 ここまでは理解できる範囲だ。周囲に多くのユダヤ人が住み、生活している。そのコミュニティは他とは異なる伝統や風習から食事・生活様式を堅持している。何らかの不祥事が生じれば、それらが契機となって反ユダヤ主義が爆発しても不思議ではない。米国やフランスの現在の反ユダヤ主義的言動は「起きるべくして起きた」とも言われるほどだ。一部では、ハマスのテロ事件後、「これまで黙ってきた反ユダヤ主義的言動が言いやすくなった」という知識人がいたほどだ。

 次は「反ユダヤ主義という亡霊の存在証明」に入る。極端にいえば、ユダヤ人が住んでいない国、地域でも過激な反ユダヤ主義的言動が起きている。

 最近ではロシア南部ダゲスタン共和国の首都マハチカラの空港で10月29日、イスラエルのベングリオン空港から飛び立った飛行機がマハチカラに到着、乗客にイスラエル人がいるという情報がソーシャルネットで流れると、過激なイスラム教徒が空港に殺到して、ユダヤ人乗客を探しては、暴行を加えたり、帰れと叫んだという。空港内の暴動を放映した西側のメディアは、「21世紀のポグロム(ユダヤ人迫害)のようだ」と報じたほどだ。

 ダゲスタンは北カフカス地方とカスピ海の間にあるロシア連邦を構成する共和国の一つ。首都はマハチカラ。人口約318万人(2021年)の約94%がイスラム教徒だ。パレスチナ自治区ガザでイスラエル軍がガザを空爆し、地上軍を導入してハマスの壊滅に乗り出し、多数のパレスチナ住民も犠牲となっていることが伝わると、ダゲスタンのイスラム教徒の中にイスラエル憎悪、反ユダヤ主義が高まっている。ただ、同国には1500人のユダヤ人しか住んでいない(「タゲスタンの反ユダヤ主義暴動の背景」2023年11月1日参考)。反ユダヤ主義的言動をぶっつけるユダヤ人が少なくとも周囲にはいないのだ。

 アウシュビッツ強制収容所のあった東欧のポーランドには戦後、ユダヤ人はほとんどいなくなったが、同国はその後も欧州の中で反ユダヤ主義傾向が強い国だ。タゲスタンやポーランドの例は、反ユダヤ主義が生まれ、拡散するためにはユダヤ人の存在有無は大きな要因ではないことが分かる。極端にいえば、ユダヤ人が住んでいなくても、その地、国に反ユダヤ主義が生まれ、時には暴動や騒動が起きるのだ。当方はその現象を「反ユダヤ主義の亡霊」が存在する証明と考えている。

 欧州で見られる反ユダヤ主義の背景には、キリスト(メシア)を殺害した民族というキリスト教的世界観もあるだろう。最近では、中東・北アフリカから欧州に入ってきた難民による「輸入された反ユダヤ主義」も大きい。イスラム教国出身の難民は生まれた時から家や学校で反イスラエル、反ユダヤ主義を学んできているから、欧州に住むようになってもその反ユダヤ主義が消え去ることはない。そのほか、極右派グループにはネオナチ的な反ユダヤ主義が潜んでいる。一方、極左の間には反ユダヤ主義的というより、反イスラエル傾向が見られる、といった具合だ。

 そして看過できないのは、反ユダヤ主義の亡霊の働きだ。国際テロ組織アルカイダ元指導者オサマ・ビンラディンがアラブ語で書いた「アメリカ国民への手紙」が現在、イスラエルの対ハマス戦争を批判する多くの若者に熱心に読まれ、一部で称賛されているという。

 当方はこのコラム欄で「ビンラディンの亡霊が欧米社会に現れ、10月7日のテロ奇襲を正当化し、反ユダヤ主義を煽っている。生きている人間が自身の政治的信条を拡散するために亡霊を目覚めさせることは危ない。亡霊や悪霊の存在を信じない人々にとっては理解できないかもしれないが、生前の恨み、憎悪を昇華せずに墓場に入った亡霊は地上で同じような心情、思想をもつ人間がいれば、そこに憑依し、暴れ出す危険があるからだ。欧米にビンラディンという亡霊が彷徨し出したのだ」と書いた(「欧米にビンラディンの亡霊が出現した」2023年11月18日参考)。亡霊や悪霊の業を理解できなければ、国際政治の動向を正確に分析できない時代圏に入っているのだ。

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