ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2023年10月

「ハマス」と「パレスチナ人」は違う

 パレスチナのガザ地区を2007年以来実効支配するイスラム過激テロ組織「ハマス」の大規模なテロ攻撃を受け、イスラエルでは9日時点で少なくとも900人が死亡し、約2500人の負傷者が出ている。イスラエル軍はハマスの拠点のガザ地区を完全封鎖し、電気、水道、ガス、食糧まで供給停止するという。ガザ地区の封鎖はイスラエル軍の地上部隊のガザ侵攻の準備と受け取られている。

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▲UNRWAのフィリップ・ラザリーニ事務局長とパレスチナ日本代表の中島洋一大使(2023年2月6日、UNRWA公式サイトから)

 欧米軍事専門家は、「イスラエル軍はハマスのテロ行為への報復としてガザ地区内のハマス拠点を空爆してきたが、ハマスが100人を超えるイスラエル人や欧米人をガザ地区に拉致して人質としている現在、空爆は危険が伴う」とし、「空爆に代わってイスラエル軍のガザ地区侵攻はもはや避けられない」と予想している。

 それに先駆け、ネタニヤフ首相は予備役30万人を招集すると発表した。予備兵への再教育、装備の準備などがあるから、ガザ地区侵攻は「数日後」になると見られている。

 ちなみに、人質の中には、音楽祭に来ていた若者たちのほか、子供、外国の訪問者もいるという。ソーシャルネットワークでハマスの人質の拉致シーンが流れているが、人質の中には85歳のホロコーストを体験した老婦人の姿も写っていた。ハマスは彼らを人間の盾として利用し、イスラエル側が空爆した場合、人質を公開処刑すると通告しているという。

 ガザ地区での地上戦が始まれば、ハマスとイスラエル軍の双方に多くの血が流れるだろう。イスラエル軍は家屋を1軒1軒チェックしていくが、隠れているテロリストから反撃を受け、多くの死傷者が出ることが考えられる。

 一方、ガザ地区(人口200万人)が完全に封鎖されれば、電気、水道、ガス、食糧、医療品が手に入らなくなり、多くのパレスチナ人が苦しむ。ハマスは封鎖で苦しむパレスチナ人の姿をソーシャルネットワークで流し、イスラエル側の封鎖が非人間的だと国際社会にアピールすることが予想される。

 ところで、当方はこのコラム欄で「中国共産党政権と人民は別だ」という記事を書いた。プーチン大統領の軍事的蛮行を受け、ロシアに対する制裁が実施されているが、ここでも「プーチン大統領とロシア国民は別か」という問題を提示してきた(「『中国共産党』と『中国』は全く別だ!」2018年9月9日、「プーチン大統領と『ロシア国民』は別」2022年10月8日参考)。それでは、「ハマスとパレスチナ人は別か、それともパレスチナ人はハマスか、という問題だ。

 実際、制裁は蛮行を行う為政者や政権への影響より、その下で生きている国民、人民が最も被害を受ける。だから、欧米の人権擁護グループからは「制裁は最も弱い国民が被害を受けるだけで効果はない」という声が聞かれるわけだ。

 ハマスは2007年、ガザ地区を支配して以来、パレスチナ人に対して社会的サービスを実施し、学校、幼稚園などを経営しながら、社会の隅々までその支配の手を浸透させている。

 一方、ハマスの大規模なテロに対し、欧米諸国ではパレスチナ支援の停止を求める声が出てきている。欧州連合(EU)の欧州員会は、パレスチナ援助の見直しに取り組み出している。パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に1953年以来、積極的に支援してきた日本政府に対しても、「日本のパレスチナ人への支援金はハマスのテロを助けている」として、UNRWAへの支援を停止すべきだという声が出ている。日本はUNRWAに対し3320万米ドルを支援し、パレスチナ難民の教育、医療などを支援してきた。日本は2022年時点でUNRWAへの支援では6番目に多い拠出国だ。

 なお、UNRWAは1949年、国連総会で設立された。東エルサレム、ガザ地区、ヨルダン、レバノン、シリアを含むヨルダン川西岸で活動している。教育、医療、社会サービス、保護、キャンプのインフラと改善、マイクロファイナンス、緊急援助など幅広い活動をしてきた。

 英BBCはガザ地区から放映していた。中年のパレスチナ婦人は、「戦争はもうたくさんだ。私たちは平和な生活をしたい」と語っていた。ハマスの戦争ラッパに動かされるパレスチナ人と、イスラエル人との平和な共存を希求するパレスチナ人がいる。イスラエルの占領下で長い間生きてきたガザ地区では次第に前者のパレスチナ人が増えてきた。特に、パレスチナの青年たちには前者が圧倒的に多い。テロ組織「ハマス」と「パレスチナ人」は本来、同一のカテゴリーではないが、両者は接近してきた。パレスチナ人の本来のアイデンティティが危機にさらされているわけだ。

独2州議会選、連邦与党3党は後退

 ドイツで8日、バイエルン州(南部)とヘッセン州(中部)両州議会選挙の投開票が行われた。両州とも現与党、ヘッセン州ではボリス・ライン州首相が率いる「キリスト教民主同盟」(CDU)、バイエルン州ではCDUの姉妹政党、マルクス・ゼーダー首相の「キリスト教社会同盟」(CSU)が第1党を堅持した一方、ショルツ現連邦政権の与党「社会民主党」(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の3党は両州でいずれも得票率を大きく失った。それに対して、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は得票率を伸ばし、ヘッセン州ではCDUに次いで第2党に躍進した。

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▲バイエルン州議会選で第1党を堅持した「キリスト教社会同盟」(CSU)のゼーダー党首(州首相CDU/CSU公式動画からのスクリーンショット、2023年10月8日

【バイエルン州議会選】

 ゼーダー州首相のCSUは得票率約37%で第1党を堅持、前回選挙(2018年10月)比で0・2%微減したが、他党を大きく引き離して勝利した。それを追って右派の「自由な有権者」(FW)が15・2%で前回比で4・2%増だった。FWのフーバート・アイヴァンガ―党首は選挙戦で、若い時代に書いた反ユダヤ主義的な文書がメディアに報道され、辞任要求などの厳しい批判を受けたが、選挙結果を見る限りではマイナスの影響はなく、むしろ支持者を増やした。

 FWと2位を争っていたAfDは14・6%で微差で3位に留まったが、前回比で4・4%得票率を伸ばした。一方、ショルツ現連邦政権に参加する「緑の党」は14・4%(前回比で3・2%減)、SPD8・4%(1・3%減)と得票率を減らし、FDPは3・0%で議席獲得のハードル5%をクリアできずに州議会での議席を失うなど、3党連立与党は後退を余儀なくされた。

 バイエルン州ではFW、AfDと右派系政党が票を伸ばすなど、「バイエルン州は一層、右に傾斜した」と言われている。ゼーダー州首相はCSUとFWの現連立政権を維持する意向だ。ちなみに、ゼーダー州首相は2025年の次期連邦選挙でCDU/CSUの統一首相候補のポストを狙っているが、州選挙ではもう一つアピールできずに終わった。投票率約73%。

【ヘッセン州議会選】

 ボリス・ライン州首相のCDUは得票率約34・6%を獲得し、前回選比で7・6%増と大勝利だった。両州議会選で唯一、選挙で勝利した政党ともいえる。AfDは18・4%で前回比で5・3%得票率を伸ばし第2党に躍進。一方、SPDは15・1%(前回比4・7%減)、緑の党14・8%(5・0%減)と両党とも大きく得票率を失い、FDPは5・1%(2・5%減)で辛うじて5%を超えた。ショルツ連邦政権に参加するSPD,緑の党、FDPの3党はいずれも得票率を失う厳しい結果となった。

 SPDは同州ではナンシー・フェーザー連邦内相を党筆頭候補者に迎えて選挙戦を展開してきたが、党史上最悪の結果となった。フェーザー内相は選挙戦で敗北したならば、ベルリンに戻り、内相を継続したいと表明してきたが、選挙後の同内相の立場は不確かだ。投票率は約66%。なお、ライン州首相は「緑の党」との現連立政権を継続する意向が強い。

【ミニ解説】

 米国の中間選挙では大統領ポストを有する与党が野党に苦戦するケースが多いが、任期2年目が終わるショルツ連立政権にとって今回の2州議会選は国民の中間評価という性格がある。そして米国と同様、与党の3党は両州で得票率を失った。エネルギー価格、物価の高騰、住居問題などを抱えるドイツの国民経済は目下リセッション(景気後退)だ。ウクライナ支援でも国民に疲れが見える一方、不法な移民・難民の急増に直面して、現政権は対応に苦慮している。その当然の結果として、移民・難民政策では厳格な路線を主張するAfDが両州で飛躍したわけだ。

 独週刊誌ツァイト(オンライン版)は「右傾化は東ドイツだけの問題ではない」という見出しで報じている。バイエルン州もヘッセン州も旧西独の州だ。AfDはこれまで旧東独州の有権者を支持基盤としてきたが、旧西独地域でもAfDは着実に支持基盤を広げていることが明らかになった。ただし、ドイツではどの政党もAfDとの連立を拒否しているため、AfDは永遠の野党としての地位に甘んじるか、過半数の支持を獲得して単独政権を目指すかの選択肢しかない。後者は当分、非現実的だ(「極右政党の“政権パートナー探し”」2023年6月14日参考)。
https://wien2006.livedoor.blog/archives/52363741.html

ああ、エルサレム、エルサレム

 パレスチナのガザ地区を実効支配しているイスラム過激派テロ組織「ハマス」は7日、早朝、数千のロケットをイスラエル領土に向け発射する一方、戦闘員が海路、陸路からイスラエル領土に侵入し、イスラエル兵士や住民を人質にする一方、イスラエル内に深く進攻していった。ハマスの軍事攻撃に驚いたイスラエルのネタニヤフ首相が同日、「われわれは戦争下にある」と国民に説明し、「我々はこの戦争に勝利する」と強調して、国民に結束を呼び掛けている(8日午前現在、双方で500人以上の死者が出ている。イスラエル側の死者数は300人以上といわれ、レバノンのイスラム過激派テロ組織ヒズボラとの交戦の2006年以来、人的被害が多い)。

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▲「われわれは戦争下にある」と語るイスラエルのネタニヤフ首相(2023年10月8日、ドイツ民間ニュース専門局ntvから)

 当方は同日午後から英BBCとドイツ民間ニュース専門局ntvを通じてイスラエル情勢をフォローしてきたが、2点感じたことがある。一つはハマスの攻撃が組織化され、「イスラム聖戦」など他のテロ武装組織と連携が取れていること。2点目は世界で最高峰の情報機関を保有するイスラエルがハマスの奇襲を事前にキャッチできなかった、ということだ。

 ガザ地区での暴動はこれが初めてではなく、頻繁に起きてきた。イスラエル兵士が取り締まり、鎮圧するといった構図は同じだった。完全武装しているイスラエル兵士に向かって投石するパレスチナ人青年たちの姿が見られた。その勝敗は明らかだった。聖書物語ではダビデが巨人ゴリアテを投石で倒したが、21世紀のパレスチナ紛争では、ダビデの末裔イスラエルは最新の武器でハマスらテログループを打ち破ってきた。

 しかし、ハマスはもはや投石ではなく、ミサイルを、それも5000発以上のミサイルをイスラエルヌ向けて発射したのだ。数千のミサイルを短期間にイスラエルに発射したという事実は、ハマスが他の中東テロ組織と密接な連携を取った作戦、特殊軍事行動だったことを強く示唆している(撃ち落とされたミサイルを回収して検査すれば、どの国のミサイルかは後日、明らかになるだろう)。

 イスラエルの軍事専門家は、「ハマスはもはや単に武装テロ勢力でなく軍事組織となってきた」という。それだけではない。イスラエル軍の発表によると、レバノンからもミサイルが発射されたという。ヒズボラの仕業だろう。そしてヒズボラに武器を供給しているのがイスラエルの宿敵イランだ。シリアからもイスラエル側への攻撃が始まることが予想される。すなわち、イスラエルはガザ地区のハマス、レバノンのヒズボラ、そしてシリアから3方向からの攻撃にさらされているわけだ。

 次は、なぜイスラエル側がハマスらの戦争準備を事前にキャッチできなかったかという問題だ。さまざまな憶測が聞かれる。7日は安息日でだったから、イスラエル側にとって休日だ。通常、会社も店も休む。しかし、安息日だからといってイスラエルの情報機関や治安部隊が休んでいるわけではない。常に監視、警備体制が続けられている。にもかかわらず、ハマスらの大規模な軍事行動をキャッチできなかったわけだ。欧米のメディアは「今回のハマスの襲撃はイスラエルにとって米国の同時多発テロ事件と同じだ」と報じ、「イスラエルの9・11」と呼んでいる。

 イスラエルでは過去半年以上、ネタニヤフ政権は司法改革に抗議する国民の大規模なデモ集会対策に没頭してきた。その結果、ガザ地区の異変に気が付かなったのかもしれない。同時に、イスラエル政府は現在、サウジアラビアとの関係正常化に乗り出している。「パレスチナ人問題の解決がない限り、イスラエルとの本格的な外交関係はない」(ムハンマド皇太子)と主張するサウジへの配慮も働き、ハマスへの警備に緩みがあったのかもしれない。

 考えられることは、サウジがイスラエルとの外交関係を正常化すれば、パレスチナにとって痛手だ。だから、ハマスが主導となって他のイスラム過激テロ組織と連携を取り、イスラエルへの戦争に駆り立てているのかもしれない。実際、サウジとイスラエルの外交交渉は今回のハマスの暴動を受けて、一時的に停止される可能性が考えられる。

 BBCのインタビューを受けた初老のパレスチナ人男性が、「パレスチナ人は70年以上、イスラエルの占領下に生きてきた。彼らはいつかは暴発するのは当然の結果だ」と述べていたのが印象的だった。ちなみに、ハマスのイスラエル攻撃をイエメンの武装組織フーシ派は「イスラエルの弱さが明らかになった」として歓迎している。

 最悪のシナリオを考えておく。ロシアのウクライナン戦争が進行中、パレスチナの対イスラエル戦争が勃発したが、アジア地域で北朝鮮の韓国侵攻、習近平国家主席の台湾進攻が近い将来起きた場合、世界最強の軍事国・米国ももはや対応できないだろう。21世紀が「戦争の世紀」となってしまう潜在的危険性は残念ながら排除できないのだ。

 ウクライナ戦争を解決し、パレスチナ戦争を鎮圧、それから朝鮮半島、台湾危機に対応する、といったふうにはいかないだろう。潜在的戦争地域で同時期に戦争が勃発したならば、どのように対応できるか。

 このシナリオは荒唐無稽とはいえない。そのシナリオを構成する役者たちは既に揃っているのだ。プーチン大統領、イランの聖職者専制政権、中国共産党政権の習近平国家主席、そして核兵器強化に乗り出す金正恩総書記は歴史書に登場する過去の人物ではなく、われわれと同時代の人間だ。もし、彼らが何らかの理由から連携したならば、世界は文字通り、対応不能なカオスに陥るだろう。パレスチナ地域の混乱を見ていると、その最悪のシナリオへの恐れがひしひしと伝わってくるのだ。

ウクライナ戦争は兵器の実験場に

 どのような兵器も様々な実験を繰り返し、その性能をチェックしてからしか実戦には投入されない。平時は新兵器を実戦でテストする機会が余りない。ロシアはシリア内戦ではロシア軍需産業が開発した新兵器を積極的に導入してその性能をチェックしたという。だから、シリアは「ロシア兵器の実験場」といわれた。

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▲ゼレンスキー大統領とドイツのショルツ首相の会見(ウクライナ大統領府公式サイトから、2023年10月5日)

 ロシアのプーチン大統領は5日、外交政策専門家フォーラムで、「われわれは原子力推進の全球射程巡航ミサイル(ブレヴェストニク)の実験に成功した。これを受け、ブレヴェストニクと大型大陸間弾道ミサイル(サルマト)の開発を事実上完了し、量産化に取り組む」と発表した。この発表が事実とすれば、ロシアは遅かれ早かれ、その新兵器を実戦の場で使用することが予想される。もちろん、ロシアだけではない。米国でも同様だ。新兵器には実戦の場が不可欠だ。表現は良くないが、性能の高い新兵器を開発するためには戦争が必要となる、というわけだ。

 ところで、ロシア軍が昨年2月24日、ウクライナに侵攻して以来、1年半以上の月日が過ぎたが、ウクライナは次第にロシアや欧米諸国の兵器の実験場となってきている。例えば、ドローン(無人機)が戦場で大量に導入されたのはウクライナ戦争が初めてではないか。ウクライナ軍の2基のドローンがロシアの中心、クレムリン宮殿にまで侵入し、モスクワはその対空防御システムの脆弱さを暴露させた。ドローンは製造が比較的容易ということもあって、イランは大量に製造し、ロシアに輸出していることが知られている。

 高性能のドローンはターゲットを自動的に識別できるから、大量の高性能のドローン部隊の攻撃を受けた場合、防御は大変だ。軍事専門家によると、ドローンは半自律兵器と呼ばれている。米国のパトリオットミサイル防衛システムは、ミサイルの探索と発射に関して部分的に自律的だ。そして今後、完全な自律型兵器が戦場に投入されるのは時間の問題というのだ。

 国連のグテーレス事務総長と赤十字国際委員会(ICRC)のスポルジャリッチ委員長は、人間の介入なしに目標を探し出して発射する完全自律型兵器システム(一般的にはキラー・ロボットと呼ばれる)に対して、共同声明で「人類を守るため明確な障壁を設ける国際条約が緊急に必要である」と述べている(ドイツ通信DPA)。

 戦争は単純な武器、大砲などの通常兵器での争いから、大量破壊兵器が登場し、第2次世界大戦終了直前、米軍は2回、日本に原爆を投下した。広島に投下された原爆はウラン爆弾であり、長崎はプルトニウム爆弾だった。米軍は製造した2種類の原爆の性能、効果を戦場で確認しようとしたわけだ。

 米国とソ連が対峙した第1次冷戦時代は、原爆が再度投下はされることなく幕を閉じた。ジョージ・W・ブッシュ米大統領時代の国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と主張し、「核兵器保有」の無意味論を主張した。それが第2次冷戦時代に入り、核兵器に触手を伸ばす国が出てきた。

 そしてウクライナ戦争では大量破壊兵器に代わって、ドローン、キラーロボットといった人間の介入なく、敵の目標を探して攻撃する半自律型、完全自律型兵器が戦場で主役を演じる時を迎えようとしている。もちろん、キラーロボットの製造、使用を規制するために「自律型致死兵器(LAWS)の法的枠組みに関する交渉」はジュネーブの軍縮会議で行われているが、現時点では反対もあって成果はない。

 現実のウクライナ戦争を振り返る。キーウ側は欧米諸国に武器の供与を求めてきた。例えば、欧州の大国ドイツは最初は防御用武器に制限(軍用ヘルメットなど)、その後、防御用戦車、攻撃用戦車「レオパルト2A6」、地対空防御システムなどをウクライナ側に供与したが、キーウが要求する戦闘機、長距離巡航ミサイル「タウルス」の供与は依然拒否している。

 明らかな点は、戦争が長期化すれば、高性能で破壊力の強い武器が求められる。また、戦争の当事国ロシアやウクライナにとって人的資源(兵士)は無限ではないから、ドローン、キラー・ロボットなどの半・完全自律型兵器が前面に出てくることが予想される。その結果、戦争は一層、残虐性を帯び、非人間的な様相を深める。この懸念は次第に現実的になってきている。

露の核推進力巡航ミサイルの脅威は

 ロシアのプーチン大統領は5日、外交政策専門家フォーラムで「われわれは原子力推進の全球射程巡航ミサイル(ブレヴェストニク)の実験に成功した。これを受け、ブレヴェストニクと大型大陸間弾道ミサイル(サルマト)の開発を事実上完了し、量産化に取り組む」と発表した。同時に、「議会が包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を取り消す可能性がある」と警告した。AP通信が同日、モスクワ発で報じた。

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▲旧ソ連の最初の核実験1949年8月29日(CTBTO公式サイトから)

 同巡航ミサイルは核弾頭または通常弾頭を搭載でき、核推進力のため他のミサイルよりも長時間飛行でき、ミサイル防衛システムに探知されずに地球を周回できるというのだ。

 プーチン大統領が2018年の教書演説でロシアがこの兵器の開発に取り組んでいることを初めて明らかにした時、西側の軍事専門家は懐疑的に受け取ってきた。その理由は「そのような兵器は扱いが難しく、環境上の脅威となる可能性がある」からだ。米国とソ連(当時)は冷戦時代に原子力ロケットエンジンの開発に取り組んだが、危険すぎるとして最終的にはプロジェクトを棚上げした。未確認情報だが、ブレヴェストニクは2019年8月、ロシア海軍演習場での実験中に爆発を起こし、5人の原子力技術者と2人の軍人が死亡し、その結果、放射能が一時的に上昇し、近くの都市で恐怖を煽ったという(AP通信)。

 プーチン大統領は昨年9月21日、部分的動員令を発する時、ウクライナを非難する以上に、「ロシアに対する欧米諸国の敵対政策」を厳しく批判、「必要となれば大量破壊兵器(核爆弾)の投入も排除できない」と強調し、「This is not a bluff」(これはハッタリではない)と警告を発した。同発言から1年以上が経過した。そして現在、CTBT条約からの離脱、核実験の再開へと進もうとしているのだ。

 クレムリンの管理下にあるロシア国営テレビRTのシモニャン編集長は2日の番組の中で、「シベリアのどこかで熱核爆発(核実験)を起こせばいい」と発言し、国内外で物議を醸したばかりだ。

 ちなみに、当方はこのコラム欄で「ロシアはCTBTから離脱するか」(2023年2月23日参考)と「ロシアは近い将来『核実験』再開か」(2023年8月18日参考)の2本のコラムを書いてきたが、事態はその方向に傾いてきているのだ。

 ロシアは1996年9月にCTBTに署名し、2000年6月に批准を完了したが、米国は1996年9月にCTBTに署名したが、クリントン政権時代の上院が1999年10月、批准を拒否。それ以後、米国は批准していない。だから、プーチン大統領は「Russia could “mirror the stand taken by the U.S.」と発言し、米国が批准していないCTBTから「理論的に離脱する可能性がある」と示唆したわけだ。プーチン氏がCTBTからの離脱を示唆したのは今回が初めてだ。

 CTBTは署名開始から今年で27年目を迎えたが、法的にはまだ発効していない。署名国数は2月現在、186カ国、批准国177国だ。その数字自体は既に普遍的な条約水準だが、条約発効には核開発能力を有する44カ国(発効要件国)の署名、批准が条件となっている。その44カ国中で署名・批准した国は36カ国に留まり、条約発効には8カ国の署名・批准が依然欠けている。

 今年8月に入ると、英日刊紙デイリー・メールが12日付の電子版で、「ロシアのプーチン大統領は近い将来、北極のソ連時代の核実験場ノヴァヤ・ゼムリャ島(Nowaja Semlja )で1990年以来初めての核実験を実施するのではないか、という懸念の声が欧米軍事関係者から聞かれる」と報道した。実際、ロシア国防省関係者は、「プーチン大統領によって命令された核実験の再開準備は確実に遂行される。ノヴァゼメリスキー試験場(The Novozemelsky test range)は常にその準備を保ってきた」と説明している。

 プーチン氏はウクライナ戦争で即戦略核兵器を使用すれば国際社会の反発が大きいことを知っているから、核実験を実施して核兵器の怖さをウクライナと欧州諸国に誇示する作戦に出るのではないか。最近の核実験は北朝鮮の2017年9月3日に実施したものだが、欧州大陸でのロシアの核実験は1990年10月以降はない。それだけに、ロシア連邦領のノヴァヤ・ゼムリャ島で核実験が行われれば、欧州諸国へのインパクトは大きい。

 いずれにしても、プーチン氏が発表したように、ブレヴェストニクは完成したのか、それとも単なる脅しかは現時点では判断できない。明らかな点は、前者が事実とすれば、もはや欧州だけではなく、世界がロシアの核兵器の脅威にさらされることだ。

ジャニーズ事件と「聖職者の性犯罪」

 故ジャニー喜多川氏の性加害事件は、大手芸能事務所ジャニーズ事務所が会社名を変更し、忌まわしい過去からの決別、再出発を決めたことで、今後は被害者への賠償問題に焦点が移る。日本のTV、週刊誌、新聞などを巻き込んで大騒ぎとなったジャニー喜多川氏の性犯罪は特定人物の異様な性向がもたらした事件と受け取られているが、その性加害事件に直接、間接的に関わったメディア、TV関係者には依然重苦しい空気が漂っている。

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▲ジャニーズ事務所(ウィキペディアより)

 一方、ローマ・カトリック教会は1990年代に入り、聖職者の未成年者への性的虐待事件が発覚し、その対応で苦慮してきた。聖職者の性犯罪件数はメディアで報じられただけでも数万件以上だ。バチカン教皇庁、教会関係者が事件を隠蔽してきたこともあってこれまで明らかにならなかったが、聖職者の性犯罪は過去も現在もあった。

 世界13億人以上の信者を抱えるローマ・カトリック教会の最高指導者ローマ教皇フランシスコは2019年、聖職者の性犯罪問題で信者からの信頼を失い、教会から脱会する信者が増加してきたことを受け、聖職者の性犯罪対策に乗り出してきた。バチカンで4日から4週間、世界代表司教会議(シノドス)が開催中だ。世界の司教たちだけではなく、平信者、女性代表らも参加する世界シノドスの主要テーマには聖職者の性犯罪問題も含まれている。

 日本国内を騒がした「ジャニーズ問題」、世界で数十万人の被害者を出している「カトリック教会の聖職者問題」はいずれも「性犯罪」だ。日本ではジャニー喜多川氏の性加害事件にはメディアの注目が集まったが、カトリック教会の性犯罪問題については日本のメディアがほとんど無視してきたこともあって、カトリック教会聖職者による未成年者への性的虐待が世界各地で起きているという事実を知らない日本人が多い。

 日本はカトリック教国ではない。信者数は約45万人に過ぎないこともあって、カトリック教会という宗教団体の内情に多くの日本人は関心がない。一方、ジャニー喜多川氏のケースは週刊誌やワイドショーの格好のテーマであり、メディアは大きく報道し、国民の関心は大きかった。ちなみに、日本では、ジャニー喜多川氏の性加害事件とローマ・カトリック教会の聖職者の性犯罪を比較しながら報じたメディアはこれまでなかった。

 くどくなるが、両者は被害者件数こそ雲泥の差だが、「未成年者への性的虐待」という点で同じだ。違いは、一方は芸能人世界での出来事であり、他方は宗教団体での問題ということだ。

 数百人の未成年者の犠牲を出したジャニーズ事務所は会社名の変更を余儀なくされたが、数十万人の被害者を出しているカトリック教会が教会名を変えたとは聞かないし、教会名称の変更自体、世界シノドスのテーマとはなっていない。前者は加害者が分かっているが、後者は加害者が数十万人になる。前者は単独犯罪であり、後者は組織的犯罪だ。

 ジャニー喜多川の性加害事件をあれほど騒いだのに、それ以上の規模で今も起きている聖職者の性犯罪問題を報じないのは、メディア関係者、報道機関の問題意識の欠如だ。人権問題に日頃うるさいメディア関係者がなぜローマ・カトリック教会の解体を要求しないのか。日本のカトリック教会内でも聖職者による性犯罪は起きている。月刊誌文藝春秋(2019年3月号)でルポ・ライターの広野真嗣氏が「“バチカンの悪夢”が日本でもあった! カトリック神父<小児性的虐待>を実名告発する」という記事を掲載している(「日本教会にもあった聖職者『性犯罪』」2019年2月16日参考)。

 ところで、日本では岸田文雄首相が「世界平和統一家庭連合」(旧統一教会)の解散請求を出す意向という。今回の解散請求は安倍晋三元首相暗殺者、山上徹也容疑者の供述に基づいている。母親が高額献金し、その結果、家庭は破産に追い込まれたということで、献金先の旧統一教会憎しがテロリスト山上容疑者の旧統一教会批判の核だ。

 だから、旧統一教会を批判する側は教会側の高額献金問題を先ず挙げる。このコラム欄でも書いたが、献金がその信者の贖罪意識に基づいたものであった場合、問題は少ないが、そうではない場合、献金後問題が生じるケースはあり得る。問題は献金する側の贖罪意識の有無にかかっている。換言すれば、宗教的動機に基づいた献金行為には、「高額献金」、「少額献金」といった金額の差は問題にならない。ただ、贖罪意識の乏しい信者に、強制的に、偽りの贖罪意識を植え付けて献金を集めようとすれば、問題が後日生じる(「人はなぜ『献金』するか」2023年9月17日参考)。

 犯罪にも重犯罪と軽犯罪がある。「性犯罪」は重犯罪だ。ところで、重犯罪を繰り返してきたカトリック教会に過去、解散請求が飛び出したことがあったか。国もメディア関係者も教会問題には余り介入してこなかった。ただ、被害者の数が余りにも多いことから、「政教分離」を建前とするフランスでは内務省がカトリック教会に対し、教会の「告白の守秘義務」の廃止を求めた例はある。

 参考までに、「性犯罪」は人間の「下部」に関わる問題だ。加害者が聖職者だろうが、芸能人だろうが、「性犯罪」は人々の好奇心の対象こそなれ、真剣にその対応を考えるテーマとは受け取られない。なぜならば、加害者だけではなく、ほぼ全ての人々が「下部」で同じ問題や弱みを抱えているからだ。その結果、ジャニー喜多川氏や聖職者の「性犯罪」に対して隠蔽や“変な寛容”が生まれてくる一方、金が動く「献金問題」では必要以上に執拗に追及しようとするのだ(「聖職者の性犯罪と『告白の守秘義務』」2021年10月18日参考)。

 岸田首相が政治的判断から旧統一教会の解散請求を出した場合、他の宗教団体も同じ運命に陥る危険性が排除できなくなる。平信者の献金で賄っている宗教団体は、元信者からの献金払い戻し要求を程度の差こそあれ抱えているからだ。

 民主主義国の日本で今、宗教弾圧が白昼、堂々と行われている。それを笑いながら駆り立てているのが、宗教に全く関心がない共産党系弁護士、メディア関係者だ。 

ノーベル物理学受賞者はヨーロッパ人

 「スウェーデン王立科学アカデミーは3日、2023年のノーベル物理学賞を、「アト秒パルス」(アトは100京分の1の単位)と呼ばれる持続時間が極めて短い光のパルスを発生させ、物質中の電子の動きなどを捉える実験手法を開発した米オハイオ州立大のピエール・アゴスティーニ名誉教授、独マックスプランク量子光学研究所のフェレンツ・クラウス博士、スウェーデン・ルンド大のアンヌ・ルイリエ教授の3氏に授与すると発表した」(時事通信)。

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▲2023年ノーベル物理学賞の3人の受賞者(中央がクラウス博士)スウェ―デン王立科学アカデミーYoutubeからスクリーンショット

 ストックホルムからの上記の外電を読んで、物理学賞を受賞した3人の科学者は米国人、ドイツ人、そしてスウェーデン人の3国の科学者と思っていたがそうではなく、クラウス博士(1962年生まれ)はオーストリア人というのだ。オーストリア国営放送は早速、「わが国の科学者が昨年に続いて物理学賞を受賞しました」と報じ、科学者の快挙を大々的に報じた。

 その段階で「クラウス博士は現在、ドイツのミュンヘンの世界的な研究機関マックスプランク量子光学研究所に努めているが、出身国はオーストリアだ」と受け取った。そうなれば、アルプスの小国オーストリアにとって2年連続、ノーベル物理学賞を受賞したことになるから、当然「歴史的な快挙」と言わざるを得ない。

 参考までに、オーストリアのウィーン大学のアントン・ツァイリンガー名誉教授は昨年、「量子もつれ」と呼ばれる現象を実証したフランス・理工科学校のアラン・アスペ教授、米国のジョン・クラウザー博士と共に物理学賞を受賞した。オーストリアにとっては23人目のノーベル賞受賞者だった。同氏は光の粒子の状態をテレポートすることに成功した有名な実験『量子テレポーテーション』で『ミスター・ビーム』と呼ばれている(「量子物理学と形而上学を繋ぐ科学者」2022年10月6日参考)。

 クラウス博士の受賞は同日昼以後のニュースを独占したが、それを聞いていると「博士はハンガリー出身だ」ということを知った。スウェーデン王立科学アカデミーはクラウス博士を紹介する際、独マックスプランク研究所に言及するだけで出身国には言及していなかった。一方、オーストリア国営放送は「わが国が2年連続で…」といった風にクラウス博士をオーストリア人と報じていたのだ。

 時間が経過するにつれて、オーストリア国営放送はクラウス博士を「オーストリア・ハンガリーのクラウス博士」(Der osterreichisch-ungarische Physiker)と言いだした。あたかも「オーストリア=ハンガリー帝国」がまだ存在しているかのようにだ。

 事実は、クラウス博士はハンガリー生まれで、ウィーン大学工科大学で研究し、今回の受賞となる成果を実現。その後、研究を続けるために、ドイツからの誘いに乗ってミュンヘンのマックスプランク研究所に入った、というのが真相だ。

 クラウス博士はオーストリア国営放送の夜のニュース番組でインタビューに応じ、「ハンガリー国民も喜んでくれているし、ウィーンでも多くの大学の同僚たちが喜んでくれた、もちろん、ミュンヘンの研究所関係者も同様だ」と指摘し、「3国の国民、関係者が喜んでくれて自分は本当に感謝している。自分はヨーロッパ人だ」と語った。同博士によると、「ハンガリーで基礎学問を学び、ウィーンで今回受賞した数百アト秒の光パルスの生成と観測を行い、ミュンヘンでさらにその研究を続けている」というのだ。

 ちなみに、本年度のノーベル生理学・医学賞の受賞者もハンガリー人のカタリン・カリコ博士(68)だった。すなわち、東欧のハンガリーは今年、2人のノーベル受賞者を生み出したわけだ。

 カリコ博士は「mRNAワクチン」(メッセンジャーRNA)技術を開発し、遺伝子治療の最新技術を駆使し、筋肉注射を通じて細胞内で免疫のあるタンパク質を効率的に作り出してワクチンを製造した。ウイルスを利用せずにワクチンを作ることができることから、短期間で大量生産が出来るメリットがある。「mRNAワクチン」は最新医薬技術を切り拓いたといわれている(「『オーダーメイドの薬』目指す生化学者」2021年9月26日参考)。

 ところで、「ハンガリー国内の科学研究は政府からの圧力や制限はないか」という少々政治的な質問に対し、クラウス博士は、「研究予算などはドイツとは比べものにならないが、科学者は上からの制限を受けずに自由に研究できる」と述べ、欧州では批判の多いオルバン政権の政治には全く踏み込まず、笑顔で答えていた。

 なお、独週刊誌ツァイト(オンライン、10月3日)は「0,000000000000000001 秒のためのノーベル物理学賞」という見出しで今回の受賞を喜んでいた。ドイツ人らしい冷静な歓迎の仕方だ。

5人の枢機卿からの5つの「疑問」

 デュビア(dubia)とはラテン語で「疑い」を意味する。そして5人のデユビア枢機卿、ドイツのウォルター・ブランドミュラー枢機卿、米国のレイモンド・バーク枢機卿、メキシコのフアン・サンドバル枢機卿、ギニアのロバート・サラ枢機卿、元香港司教ジョセフ・ゼン枢機卿がフランシスコ教皇に質問状を起草した。起草者のうち2人は、2016年4月に教皇が再婚した離婚者に聖体拝領を認めると発表した際、デュビアを送ったことがある。当時の起草者は、バーク枢機卿とブラントミュラー枢機卿の2人の他、カルロ・カファラ枢機卿とヨアヒム・マイスナー枢機卿だ。いずれも保守派枢機卿として知られている。

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▲5人の枢機卿から提示された5つの疑義に答えたフランシスコ教皇(2023年10月2日、バチカンニュースから)

 5人の枢機卿が7月15日にフランシスコ教皇に5つの質問を送ったが、それはカトリック教会の信仰の中心的な問題点について、教皇から明確な回答を得るためだ。バチカンの信仰委員会は2日、5人の枢機卿の質問と教皇の回答をウェブサイトに公開した。

 通常、Dubiaの質問に対して、「はい」または「いいえ」の形式で回答が求められるが、フランシスコ教皇はそれを避け、文章で回答している。教皇自身、「質問に対し直接回答することは賢明ではないが、世界シノドの開催が差し迫っているため、即回答した」と説明している。以下、バチカンニュースの独語版記事(10月2日)からその概要を紹介する。

【質問1】現在の文化的および人類学的変化に照らして神の啓示を再解釈する必要があるという主張について。教会における神の啓示は現代の文化的変化に従って、またこれらの変化が促進する新しい人類学的視点に従って再解釈されるべきか。あるいは、神の啓示は永遠に拘束力があり、不変であるのか。

【回答】「再解釈する」という言葉にどのような意味を持たせるかによって決まる。 「より良く解釈される」という意味で理解される場合、この表現は有効だ。文化の変化や歴史の新たな挑戦は啓示を変えるものではないが、その溢れんばかりの豊かさのある側面をよりよく表現するよう私たちを刺激する可能性がある。だから、神の言葉の新しい解釈への懸念を解消すべきだ。例えば、聖書の中の奴隷制や女性に関するテキストについても、文化的な変化は神の言葉を変えるのではなく、それをより明確にする可能性を提供する。これは教会の歴史の中で何度も起こってきたことだ。

 「変えることができないものは、すべての人の救いのために明らかにされたものだけだ。教会は、救いに不可欠なものと、この目的に二次的またはそれほど直接関係のないものとを常に区別しなければならない。聖トマス・アクィナスが言ったことを思い出したい。「細部に至るほど、不確実性は増大する」

【質問2】同性愛の結合(同性婚)を祝福することは黙示録と聖職者の司牧の目的と一致する、という主張について。

【回答】教会は結婚について非常に明確なビジョンを持っている。それは、男性と女性の間の排他的で安定した、解消できない結合であり、自然に子供を産むことを受け入れるものだ。この結合(異性婚)だけを「結婚」と呼ぶことができる。他の形式の結合は「部分的かつ類似の方法で」しか実現していないため、厳密に言えば、それらを「結婚」と呼ぶことはできない。

 事実ではないものが結婚として認められるかのような印象を与える可能性のあるあらゆる種類の儀式や秘跡を避けるべきだが、私たちは司牧的愛を無視してはならない。私たちは否定し、拒否し、排除するだけの裁判官であってはならない。

【質問3】教会会議は「教会の構成的側面」であり、教会は本質的に教会会議であるという主張について。

【回答】教会は「宣教聖体拝領の秘儀」であるが、この聖体拝領は感情的または霊的であるだけでなく、必然的に真の参加を意味する。階層だけでなく、神の民全体が、さまざまな方法やさまざまな場面で自分たちの意見を聞いてもらう必要がある。レベルを上げ、教会の道の一部であると感じる。この意味で、様式と力学としての教会会議は、教会生活の本質的な側面である。あるグループに都合のよい会議の方法論を神聖化したり押し付けたりして、それを標準にし、すべての人にとって義務的な道にすることは間違いだ。

【質問4】将来、女性にも聖職者叙階が授与される可能性はあるか。

【回答】聖ヨハネ・パウロ2世は1994年、女性に叙階することは不可能であると主張した。しかし、彼は決して女性を差別したり、男性に最高権力を与えたりしていない。聖職者の権能について、それは尊厳や神聖さの領域ではなく、機能の領域にあるということだ。また彼は、神父のみが聖体を主宰するが、その義務は「一方が他方に対して優越するものではない」と明確に断言している。ヨハネ・パウロの女性聖職者の拒否発言はまだ最終的な結論とは思わない(フランシスコ教皇は「ヨハネ。パウロ2世の発言の拘束力はどの程度かを疑問視している。アングリカン教会では1992年以来、女性が神父になることが許可されている」と述べている)。
 

【質問5】「赦しは人権である」という声明と、悔い改めが秘跡的赦免の必要条件ではないように、常にすべての人に赦しを与える義務があるという教皇の主張に疑問がある。秘跡告白の有効性のためには、犯した罪を憎み、再び罪を犯したくないという悔い改めが必要であるというトリエント公会議の教えは今でも有効ですか。

【回答】 悔い改めは秘跡の赦しの有効性のために必要であり、2度と罪を犯さないという意図を必要とする。しかし、ここでは数学は当てはまらない。告白所は税関ではない。悔いはもちろん必要だが、それを表現する方法は多岐にわたる。私たちは主人ではなく、信者たちを養うサクラメントの謙虚な管理者だ。

ポーランドで現政権批判の大規模集会

 ポーランドで15日、議会選挙(上・下院)が実施される。投票日を2週間前に控えた1日、首都ワルシャワで現保守派与党「法と正義」(PiS)政権打倒を訴える野党第一党「市民プラットフォーム」(PO)主導の10万人以上の大規模集会が開催された。

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▲ワルシャワで反政権抗議デモ集会(2023年10月1日、野党「市民プラットフォーム」公式サイトから)

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▲野党「市民プラットフォーム」指導者トゥスク氏らがデモ集会に参加(同)

 選挙では、下院(セイム)の460議席、上院(セナト)100議席がそれぞれ選出される。複数の世論調査では、PiSがリードし、それを数ポイント差でPOが追っている。選挙の焦点は、2期8年間、政権を運営してきた保守系与党PiSが政権を維持するか、それとも中道リベラル派の最大野党PO主導の新政権が生まれるかだ。

 欧州理事会議長(EU大統領)を務めた元首相のPO党首ドナルド・トゥスク氏は現政権に不満をもつ国民に「100万人の心の行進」の参加を呼びかけた。外電によると、同デモには左翼同盟「レウィカ」も支援した。多くのデモ参加者がポーランドとEUの国旗を掲げて首都中心部でデモ行進。元大統領でノーベル賞受賞者のレフ・ワレサ氏も参加した。デモ参加者は「私たちはもうたくさんだ。変化を望んでいる」、「団結すれば力がでる」と書かれたプラカードを掲げて行進した。

 ちなみに、デモ主催者側は参加者数を100万人と主張し、ワルシャワ市長広報官は、「これは間違いなくワルシャワ史上最大規模の集会だ」と追認したが、警察側によるとデモ参加者数は約10万人だ。同国のメディアは参加者数を「10万人〜80万人」と報じている。

 トゥスク氏はデモ参加者に向かって、「この力を止めることはできない。この変化は避けられない」と述べ、国民にチェンジをアピールしている。同氏は先月28日、デモ開催に先立ち、「もう誰も現政権を恐れていない。右翼民族主義政党(PiS)はポーランドの民主制度、特に司法を弱体化させている。また、女性や少数派の権利はますます削減されている」と批判した。

 PiS政権は総選挙を有利に進めるために、ロシアの影響を受けている政治家を公職追放する新法を成立させたが、その新法に抗議する反政府デモが首都ワルシャワで6月4日起きるなど、PiS政権への不満は国民の間で充満している。

 例えば、最近、金銭と引き換えに移民にビザを不法に発給するというスキャンダルが発覚し、移民政策における強硬な姿勢で知られる政府は窮地に陥っている(オーストリア国営放送ヴェブサイト)。なお、PiSは1日、南部カトヴィツェで独自の集会を開いた。

 同国の世論調査によると、与党PiSが支持率38%でトップを走り、それを追ってPOが30%だ。そのほか、左翼同盟「レウィカ」が10%、極右党「コンフェデラツィア」は9%となっている。

 前回の総選挙(2019年10月13日実施)ではPiSは43・6%でセイム(下院)とセナト(上院)を独占したが、ここにきて民族主義的政策、女性の権利はく奪などで有権者の支持を失うとともに、ローマ・カトリック教会の聖職者の未成年者への性的虐待問題が次から次と暴露され、教会離れする国民が増えてきたこともあって、支持率が落ちてきている。

 参考までに、同国でほぼ全ての国民がカトリック信者だった時代は過ぎ去った。聖職者の未成年者への性的虐待事件が発覚し、教会への信頼は失われてきた。同国ではヨハネ・パウロ2世は絶対的な英雄だったが、その神話は崩れてきている。カトリック教会の敬虔な信者で、保守的な愛国主義者を支持基盤とするPiSにとって、教会の影響力の低下は、即、支持率の低下となって跳ね返ってきているわけだ。

 ロシア軍の侵略を受けるウクライナを支援することでは与野党の間には大きな相違はなかったが、ロシアがウクライナ産穀物の黒海経由での輸出にストップをかけて以来、安価なウクライナ産穀物がポーランド市場に流れ、ポーランドの農民たちがウクライナ産穀物の流入に反対した。そのため、政府は支持基盤の農民たちの苦情を配慮し、ウクライナ産穀物の取引禁止策を取らざるを得なくなってきたことから、ポーランドとウクライナ間で不協和音が流れている。

 ちなみに、ポーランドのPiS政権はハンガリーのオルバン政権と同様、EUとは対立を繰り返してきた。ブリュッセルとしては、親EU派のトゥスク氏が勝利して、政権交代が実現することを願っていることは間違いないだろう。いずれにしても、PiSは第1党をキープしても単独ではもはや政権を樹立できないため、連立パートナーが必要となる。その際、極右政党「コンフェデラツィア」が有力候補と見られている。

スロバキア議会選からの「警告」

 9月30日に実施されたスロバキア議会の繰り上げ選挙(一院制、定数150)で、ロバート・フィツォ元首相が率いる野党「社会民主党(スメル)」が第1党にカムバックした。同国選挙管理委員会が集計率99%の段階で公表した投票結果によると、野党「スメル」(スロバキア社会民主主義に向けて=Smer-SSD)が得票率23.3%を獲得した。 欧州連合(EU)副議会議長ミハル・シメツカ率いるリベラル政党「進歩的スロバキア」は、得票率約17%で2位に留まった。この結果を受け、選挙後「スメル」主導の組閣工作が開始されるが、連立交渉は難航すると予想されている。

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▲議会選で勝利し、政治カムバックしたスロバキアのフィツォ元首相(2023年9月30日、オーストリア国営放送のスクリーンショットから)

 スロバキア総選挙では、ウクライナ支援を継続するか、中止するかで主要政党間で対立してきた。特に、今回第1党になった「スメル」のフィツォ元首相はウクライナへの武器供与に反対を表明してきた。それだけに、EUのウクライナ支援の継続路線にまた新たなハードルが生まれた、と受け取られている。ちなみに、スロバキアはロシアのウクライナ侵攻以来、積極的にウクライナを支援、EU加盟国で初めて旧ソビエト製ミグ29戦闘機をキエフに提供してきた。

 フィツォ氏は2006年から2010年、そして2012年から2018年まで首相を務めた。2018年にジャーナリストのヤン・クシアク氏とその婚約者が殺害された事件を受けて、イタリアのマフィアとフィツォ首相の与党の関係が疑われ、ブラチスラバの中央政界を直撃、国民は事件の全容解明を要求して、各地でデモ集会を行った。フィツォ首相(当時)は2018年3月15日、辞任を余儀なくされた経緯がある(「スロバキア政界とマフィアの癒着」2018年3月17日参考)。

 その後のスロバキアの政情は腐敗とカオスの状況が続いた。フィツォ首相の後継者に同じ社会民主党系「スメル」からペレグリニ副首相が政権を担当、スメル主導の連立政権を継続した。ただし、2020年2月に総選挙が行われ、マトヴィチ党首率いる「普通の人々」、「我々は家族」、「自由と連帯」、「人々のために」の4党から成るマトヴィチ首相率いる新政権が発足した。

 しかし、連立政権内で対立が生じ、マトヴィチ首相は辞任。ヘゲル新政権が発足したが、少数派政権となって2022年12月、内閣不信任案が可決され、総辞職に追い込まれるなど、今年9月の繰り上げ総選挙実施までスロバキア政権はドタバタ劇が続いてきた。

 5年前のジャーナリスト射殺事件の引責で辞任に追い込まれ、マフィアとの関係、腐敗政治家というレッテルを貼られ、「政治キャリアは終わった」と見られてきたフィツォ氏が今回カムバックできた背景には、その後の政権の行政能力のなさがあることは明らかだ。また、新型コロナウイルスの席巻、ウクライナ戦争の長期化で、国民経済は停滞し、国民の生活は厳しいという事情がある。

 スロバキア総選挙が国際的に注目されたのは、同国のウクライナ政策が選挙結果次第では激変するのではないか、という懸念があったからだ。フィツォ氏は選挙戦では「武器の支援は戦争を長期化し、平和をもたらさない。対ロシア制裁ではスロバキアにとってマイナスをもたらさない場合に限り、守る」と主張してきた。なお、フィツォ氏の「スメル」主導が新政権を確立するためには少なくとも他の2党との連立が不可欠だ。

 EU内の旧東欧加盟国でウクライナ支援で揺れが見られ出した。ロシア軍のウクライナ侵攻以来、ウクライナに人道支援、軍事支援してきたポーランドはウクライナ産穀物の輸入問題が発火点となり、ウクライナと対立してきた。ハンガリーのオルバン首相は先月25日、ブタペストの国会演説でロシアと戦争中のウクライナを酷評し、「キーウ政府はウクライナ最西端ザカルパッチャ州に住むハンガリー系少数民族約15万人の母国語の権利を制限している。その権利が回復されるまで、わが国はウクライナを国際政治の舞台では支援しない」と述べたばかりだ。そしてウクライナ支援の中止を表明してきたスロバキアの野党「スメル」が選挙で勝利した。

 それだけではない。ウクライナへの最大の支援国・米国連邦政府の議会上下両院は30日、11月半ばまでのつなぎ予算案を賛成多数で可決したが、その予算案にはウクライナ支援は除外されたという。ウクライナ政府にとって悪夢だ。

 一方、ロシアのプーチン大統領はウクライナ支援で欧米諸国が揺れ出してきたのを見て、「チャンス到来」と受け取り、戦争の長期化を通じて欧米の結束を更に崩す作戦に出てくることが予想される。

 ロシアが始めたウクライナ戦争は世界の戦争に拡散する危険性を内包していることを再確認し、欧米諸国の指導者はウクライナ戦争の危険さを改めて国民に伝え、ウクライナ支援で結束を緩めてはならない。世界は正念場を迎えている。これがスロバキア議会選からの「警告」だ。
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