ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2023年10月

チェコ国防相「国連から脱退しよう」

 国連総会で27日、イスラエルとイスラム過激テロ組織「ハマス」の戦闘が続くパレスチナ自治区ガザを巡る緊急特別会合が開かれ、ヨルダンが提出した「敵対的な行為の停止につながる人道的休戦」を求める決議案が賛成多数で採決された(賛成120、棄権45、反対14)。

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▲ロイド・オースティン米国防長官と会合したチェコのヤナ・チェルノホワ国防相(2022年4月21日、米国防総省で、ウィキぺディアから)

 ヨルダンが提出した同決議案ではイスラエルとパレスチナの民間人に対するあらゆる暴力を非難し、「不法拘束」されている全ての民間人の即時無条件解放を求め、ガザ地区への人道支援への無制限のアクセスを要求している。また、「敵対行為の停止」につながる「即時恒久的かつ持続可能な人道的停戦」を求めている。ただし、1300人以上のイスラエル人が犠牲となったハマスの奇襲テロに対する非難もなく、イスラエルの自衛権についても何も言及されていないことから、米国、イスラエルなど14カ国が決議案に反対票を投じたことは前日のコラムでも報告した。

 イスラエルのギラッド・エルダン国連大使は、「採択された文書ではイスラエルをテロ襲撃したハマスの名前は言及されず、ただ、10月7日以後のイスラエル軍の報復攻撃の激化に対する懸念だけが表明されている」として、「国連にとって今日は暗い日だ。不名誉な日として歴史に記録されるだろう」と述べた。

 それだけではない。反対票を投じたチェコのヤナ・チェルノホワ国防相( Jana Černochova)は28日、自身のX(旧ツイッター)の中で、「ハマスの前例のないテロ攻撃に明確かつ明白に反対したのは、わが国を含めてわずか14カ国だけだ。私は国連を恥じる」と述べ、「わが国はテロリストのファンの集まりである国連から立ち去ろう」と呼び掛けたのだ。

 イスラエルのエルダン国連大使の批判は紛争当事国として理解できるが、東欧のチェコがパレスチナ紛争での国連機関の無能さに激怒し、国連からの脱退を要求したのだ。

 国連の紛争解決能力についてはこれまでも何度も批判する声があがってきた。その意味で、国連批判は珍しいことではない。193カ国から構成される現行の国連は人道支援などではその役割を果たせるが、残念ながら紛争解決では無能だ。

 ロシア軍がウクライナに侵攻し、民間施設を砲撃し、ダムを破壊するなど多くの戦争犯罪を行ってきたが、国連安保理事会はその度に招集されても、ロシア非難決議案が採択されたことがない。理由は明らかだ。安保理で拒否権を持つ5カ国の1国に、戦争犯罪を繰り返し、多数のウクライナの民間人を殺害してきた紛争当事国ロシアが入っているからだ。米英仏などの常任理事国がロシア非難決議案を提出しても拒否権を有する常任理事国ポストにロシアとその同盟国の中国が座っている限り、採択される可能性は限りなくゼロだ。

 ロシアが今年4月1日、国連機関の最高意思決定機関ともいえる安全保障理事会の議長国に就任した(安全保障理事会の議長国は15カ国メンバーの輪番制で、アルファベット順に毎月交代する)。戦争犯罪を繰り返すロシアが国連の檜舞台で安保理議長国に就任すること自体、現行の国連が置かれている状況を端的に示している(「露の安保理議長国就任は『冗談』か」2023年4月5日参考)。

 ウクライナの国連常駐代表、セルギー・キスリツァ氏は、「4月1日は、不条理のレベルを新たなレベルに引き上げた。安保理は現在の形では麻痺しており、安保理の重要な問題、紛争防止と紛争管理に対処することができない」と述べている(ちなみに、ジュネーブに本部を置く国連人権理事会で今年10月10日、理事国の選出の投票が行われたが、ウクライナ侵攻が理由で理事国から追放されていたロシアは理事国復帰を目指したが落選した)。

 参考までに、イスラエルを無条件に支援すると表明してきたドイツが国連総会では反対票ではなく、棄権したことに対し、駐ドイツ・イスラエル大使のロン・プロサー氏は、「国連におけるドイツの支援が必要だ。ハマスには残酷な虐殺の責任があると直接言及していないという理由で棄権票を投じるだけでは十分ではない」と述べ、ドイツに対し失望を吐露している。

 国連から脱退したとしても、世界の紛争が解決できるわけではない。193カ国の国、機関が所属している国際機関は現在は国連しかない。加盟国が増えれば様々な世界観、価値観、政治体制の国の間で解決策を見出すことは更に難しくなる。新たな国連機関の設置をも含め、世界は知恵を集めて国連の抜本的な改革に乗り出すべきだ。チェコ国防相の国連脱退を呼び掛ける発言は国連の在り方を考えるうえで一石を投じたことは間違いない。

EUの団結が崩れ去った日

 ニューヨークの国連総会で27日、イスラエルとイスラム過激テロ組織「ハマス」の戦闘が続くパレスチナ自治区ガザを巡る緊急特別会合が開かれ、ヨルダンが提出した「敵対的な行為の停止につながる人道的休戦」を求める決議案が賛成多数で採決された。

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▲国連総会特別会合でパレスチナ自治区ガザを巡る決議案が採択される(2023年10月27日、国連総会公式サイトから)

 同決議案は国連加盟国(193カ国、投票国179カ国)のうち、賛成120票、棄権45票、反対14票で必要な3分の3の多数票を獲得した。国連総会決議は国連安保理決議のような国際法上の法的な拘束力はないが、国連加盟国の意思表示として政治的シグナルはある。

 アラブ諸国がまとめた今回の決議案では、イスラエルとパレスチナの民間人に対するあらゆる暴力を非難し、「不法拘束」されているすべての民間人の即時無条件解放を求め、ガザ地区への人道支援への無制限のアクセスを要求している。また、「敵対行為の停止」につながる「即時恒久的かつ持続可能な人道的停戦」を求めている。

 同決議が採択されると、イスラエルのギラッド・エルダン国連大使は、「採択された文書ではイスラエルをテロ襲撃したハマスの名前は言及されず、ただ、10月7日以後のイスラエル軍の報復攻撃の激化に対する懸念だけが表明されている」として、「国連にとって今日は暗い日だ。不名誉な日として歴史に記録されるだろう」と述べ、国連の正当性を糾弾した。

 決議案では加盟国の意見は分かれていた。例えば、エジプトとカタールは決議の採択を主張し、米国は明確に反対していた。同時に、ガザ地区でのイスラエル軍の行動に対する西側諸国の態度にも違いが表面化した。フランス、ベルギーなどは決議案に賛成票を投じたが、ドイツ、イタリア、英国、そして日本は棄権した。

 ちなみに、同決議案に反対票を投じた国は、イスラエル、米国、グアテマラ、ハンガリー、フィジー、ナウル、マーシャル諸島、ミクロネシア、パプアニューギニア、パラグアイ、トンガ、オーストリア、クロアチア、チェコの計14カ国に過ぎない。

 オーストリアのネハンマー首相は28日、同決議案に反対した理由として、「ハマスのテロ攻撃を名指しで非難していないこと、イスラエルの自衛権を認知していない。そのような決議案を賛成できない」というコメントを公表している。

 問題は欧州連合(EU)27カ国の決議案への投票状況だ。共通の外交を標榜してきたEUは国連総会決議ではバラバラだった。フランス、ポルトガル、スパイン、スロバニア、マルタ、アイルランドなどは賛成票を投じ、ドイツやイタリアは棄権に回り、オーストリア、ハンガリー、クロアチア、チェコは賛成票を投じたのだ。

 国連総会開催数時間前、EU首脳会談は26日、ブリュッセルでパレスチナ自治区のガザ情勢を協議し、人道状況が悪化している同地区への安全な援助物資輸送のための停戦と保護された回廊を求め、紛争双方に一時停戦を要求する「首脳宣言」をコンセンサスで採択したばかりだ。

 同宣言では、「ハマスとイスラエルの間の紛争において、われわれは援助物資を届けるために継続的、迅速、安全かつ妨げられないアクセスを求める」とし、必要な措置として「人道目的の回廊」と「休戦」を要求している。そのうえで「EUは地域のパートナーと緊密に連携して民間人を保護し、支援を提供し、食料、水、医療、燃料、避難所へのアクセスを促進する。この援助がテロ組織によって悪用されないようにしなければならない」と明記している。そして首脳宣言では、「停戦」ではなく、「休憩」(Breaks)という言葉が使われている。そして「休戦」は複数で表されている。すなわち、通常の「停戦」ではなく、必要に応じて休戦するという意味合いが含まれる。EUがイスラエルに対しハマスとの戦闘を即時停止するように求めていないことを明確にする狙いがあるといわれた。

 そのEU27カ国の加盟国が舞台を国連総会に移した瞬間、例えば、フランスはハマスを名指しに批判しない決議案を賛成する一方、イスラエルを無条件に支持すると表明してきたドイツは棄権に回ったのだ。

 ドイツのベアボック外相は、「なぜ反対せずに棄権したのか」という質問に対し、「決議案はハマスのテロを明確に名指ししておらず、人質全員の解放を十分に明確に要求していない。そのうえ、イスラエルの自衛権を再確認していないため、棄権に回った。欧州のパートナーの多くは決議案に同意しないことを決めていた」と述べたが、「反対せずに棄権に回った理由」については説明を避けている。

 ウクライナ戦争では、EUを含む欧米諸国は驚くべき団結を示した。そしてガザ問題でもEU首脳会議は「首脳宣言」を妥協の末に採択したばかりだ。その数時間後、EUの団結は崩れ去ったわけだ。その結果、EUの共通外交はさらに非現実的となり、対外的にはEUの信頼的パートナーとしての立場を失うことになったわけだ。

 参考までに、EUの対ウクライナ支援問題でもここにきて加盟国間で違いが出てきている。ハンガリーは対ロシア制裁に反対し、スロバキアの新政権はウクライナへの武器供与をストップする意向といわれるなど、EU加盟国内のウクライナ政策にも亀裂が見え出している。

「平和」と「公平」のどちらを選ぶか

 イランのアフマディネジャド大統領(当時)が2010年9月の国連総会で、「イスラエルを地図上から抹殺する」と暴言を発した時、世界はイランとイスラエルが天敵関係であるという現実を痛いほど感じたものだ。そのイランに約1万人のユダヤ人が住んでいると聞いて、驚かれるかもしれない。イラン革命前まではユダヤ人の数は8万人いたという。イラン革命後(1979年)、イスラエルなどに移住するユダヤ人も出てきたが、それでも現在のイランにはユダヤ教徒の礼拝の場所、シナゴークが10カ所もあるというのだ。

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▲ユダヤ人とペルシャ人に良き時代があった、と示唆したロウハニ大統領(左)2018年7月4日、オーストリア公式訪問で(オーストリア連邦首相府で撮影)

 他宗教を認めない国や独裁国家でもキリスト教会やイスラム寺院がたっている。例えば、北朝鮮では「宗教の自由」が憲法で保障されていることを対外的にアピールする目的、プロパガンダのためにキリスト教会の聖堂があるように、イスラム聖職者支配体制のイランでユダヤ教のシナゴークがあっても不思議ではない。

 オーストリア国営放送(ORF)イラン担当のカタリーナ・ヴァーグナー特派員は27日、テヘランでユダヤ教のラビにインタビューしていた。ラビは、「私たちの信仰の自由は国から保障されているから、自由に祈祷することもできる」と語っていた。ただし、同特派員がパレスチナのガザ情勢について質問しようとしても、誰もそれには応じなかったという。やはりイスラム教徒以外の他宗派の指導者たちはイラン当局の監視下にあることが推測されるが、それにしてもユダヤ教徒が自由にその信仰を実践できるということには重ねて驚かされた。

 このコラム欄で度々紹介してきたが、ユダヤ教の発展は、ペルシャのクロス王がBC538年、奴隷の身にあったユダヤ人の祖国帰還を許してから本格的に始まった。クロス王が帰還を許さなかったならば、今日のユダヤ教は教理的に発展することがなかったといわれる。そのイスラエルとイランが21世紀、宿敵として紛争を繰り返しているわけだ。

 イランのロウハニ大統領(当時)が2018年7月4日、ウィーンを公式訪問した時、同大統領は記者会見の中で、「イランとイスラエルは何時も敵対関係だったというわけではない」と指摘、ペルシャ人とユダヤ人が友好的な時代があったことを懐かしむように語っていたことを思い出す(「ロウハ二師に“笑み”がこぼれた瞬間」2018年7月6日参考) 

 参考までに、それではなぜクロス王は捕虜だったユダヤ人を解放したのか。旧約聖書のエズラ記1章1節によると、「ペルシャ王クロスの元年に、主はさきにエレミヤの口によって伝えられた主の言葉を成就するため、ペルシャ王クロスの心を感動させたので、王は全国に布告を発し……」というのだ。ペルシャ王の心を感動させたということは、ペルシャ王は夢を見たのではないか。旧約時代では「夢」は神のメッセージを伝える手段だと考えられた。クロス王は夢を見て、国内にいるユダヤ人を即釈放すべきだと悟ったのだろう。

 英国の著名なジャーナリスト、ピアス・モルゲン氏は27日、自身のショー(Uncensored)でイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏にインタビューしていた。ハラリ氏は、「歴史問題で最悪の対応は過去の出来事を修正したり、救済しようとすることだ。歴史的出来事は過去に起きたことで、それを修正したり、その時代の人々を救済することはできない。私たちは未来に目を向ける必要がある」と強調。「歴史で傷ついた者がそれゆえに他者を傷つけることは正当化できない。そして『平和』(peace)と『公平』(justice)のどちらかを選ぶとすれば、『平和』を選ぶべきだ。世界の歴史で『平和協定』といわれるものは紛争当事者の妥協を土台として成立されたものが多い。『平和』ではなく、『公平』を選び、完全な公平を主張し出したならば、戦いは続く」と説明している。

 ハラリ氏はパレスチナのガザ情勢について、「イスラエルはハマスを非武装化し、壊滅しなければならない。そしてハマス壊滅後、イスラエルはサウジアラビアとの外交交渉を再スタートすべきだ。そこではパレスチナ人の未来問題が含まれているからだ。ハマス壊滅後もパレスチナ人の生活が改善されなければ、ハマス以上の極悪なテロリストたちが生まれてくるだろう」と警告した。

 同氏は最後に、「ホロコースト(ユダヤ虐殺)で多くのユダヤ人がナチスドイツ軍に虐殺されたが、イスラエルとドイツは現在、良好関係だ。イスラエルが近い将来、パレスチナとも同じような関係を築けることを願っている」と語った。

 ハラリ氏は直接言及しなかったが、イスラエルとイラン両国関係も同じことが言えるのではないか。ある日、両国が手を結ぶ日がきても不思議ではないはずだ。

ガザ情勢でEU「首脳宣言」を採択

 欧州連合(EU)首脳会談は26日、ブリュッセルでパレスチナ自治区のガザ情勢を協議し、人道状況が悪化している同地区への安全な援助物資輸送のための停戦と保護された回廊を求め、紛争双方に一時停戦を要求する首脳宣言を採択した。

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▲オーストリアのネハンマー首相、ネタニヤフ首相と会見(2023年10月25日、イスラエル首相府公式サイトから)

 同宣言では、「ハマスとイスラエルの間の紛争において、われわれは援助物資を届けるために継続的、迅速、安全かつ妨げられないアクセスを求める」とし、必要な措置として「人道目的の回廊」と「休戦」を要求している。そのうえで「EUは地域のパートナーと緊密に連携して民間人を保護し、支援を提供し、食料、水、医療、燃料、避難所へのアクセスを促進する。この援助がテロ組織によって悪用されないようにしなければならない」と明記している。

 首脳宣言では、「停戦」ではなく、「休憩」(Breaks)という言葉が使われている。そして「休戦」は複数で表されている。すなわち、通常の「停戦」ではなく、必要に応じて休戦するという意味合いが含まれる。オーストリア国営放送(ORF)のブリュッセル特派員は「Feuerpausen(独語)です。単数のPauseではなく、Pausenです」とわざわざ説明していた。

 ガザ紛争の停戦問題では加盟国の間で意見が分かれていた。スペイン、スロベニア、アイルランドなどは、人道的即時停戦を求めるアントニオ・グテーレス国連事務総長の呼びかけを支持したが、ドイツ、オーストリア、チェコなどは「停戦はハマスにとってプラスになるだけだ」として停戦には反対してきた。

 ガザ情勢でEUが共通の声明を採択できなければ対外的にもマズいということから、27カ国の首脳陣は採択できる文書の作成に乗り出した。「人道的即停戦支持派」と「停戦反対派」との妥協点を模索する外交が舞台裏で展開したわけだ。

 国連児童基金(ユニセフ)が前日、「ガザ地区ではイスラエル軍などの空爆で2360人の子供たちが犠牲となった」と明らかにしたが、ハマス撲滅を目指すイスラエル側の攻撃でパレスチナ人が多くの犠牲となっている。そのうえ、食糧、電気、水などの供給が途絶え、病院では麻酔なしで手術しなければならない、といった状況が報じられている。

 そこでスペイン(EU2023年下半期議長国)のサンチェス首相は、「人道的一時停戦」を主張し、人質の解放、紛争の外交的解決を目指し、「援助を提供するための人道回廊の緊急開設」を求めるグテーレス国連事務総長を支持する立場を明らかにしたわけだ。

 一方、「停戦反対派」は、「ハマスはイスラエルに侵攻し、1300人のユダヤ人を虐殺し、200人以上の人質を拉致した。そのうえ、ハマスは依然、イスラエルに向かってロケットを発射して、イスラエル国民を襲撃している。停戦はハマスを有利にするだけだ」と指摘し、ハマスの壊滅に乗り出すイスラエル側の対応を支持している。

 例えば、オーストリアのネハンマー首相は、ハマスに対する「断固とした行動」を呼びかけ、停戦に反対を表明し、「停戦などのあらゆる幻想はハマスに力を与えるだけだ。ハマスとの戦いには一切の妥協があってはならない」と強調している。

 ショルツ独首相は、「ハマスによる恐ろしいテロから自国を守るイスラエルを支持していることを明確にすべきだ。イスラエルは人道的な原則を備えた民主国家だ。イスラエル軍が国際法の規則を遵守していると確信している」と述べている。

 舞台裏の交渉では、前者は「即時停戦に代わって人道的回廊の設置などのために一時的停戦」で歩み寄る。後者は人道的な理由による停戦は必要という点で異議を唱えない。そして最終的には、声明の中で「人道回廊」や「休憩」の言葉は複数で書く(humanitarian corridors” and “breaks” )。これは妥協の産物だ。EUがイスラエルに対しハマスとの戦闘を即時停止するように求めていないことを明確にする狙いがあるわけだ。

 EUが採択したガザ情勢の首脳宣言文はハマスやイスラエル側に影響を与えるものではない。ただ、EU27カ国がガザ情勢で共通のスタンスを有していることを対外的に示したことになる。ちなみに、イスラエル側はブリュッセルの採択された文書に対してこれまで何のコメントも発表していない。

突出するドイツのイスラエル全面支持

 ロシア軍がウクライナに侵攻した時、欧米諸国のほとんどが迅速にウクライナへ人道支援、武器供与を実施していった。ドイツは紛争地への武器供与は禁止されているという理由から慎重な姿勢を堅持し、重武器を提供した他の欧州諸国とは違い、軍用ヘルメット5000個をキーウに供与すると発表し、欧米メディアから冷笑された。その後、ショルツ独政権はZeitenwende(時代の転換)を標榜し、米国と歩調を合わせて、主力戦車レオパルトなど重兵器をウクライナに提供していったことは周知の通りだ

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▲ネタニヤフ首相、イスラエル国防軍(IDF)のヤハロム部隊を訪問(2023年10月24日、イスラエル首相府公式サイトから)

 ところが、パレスチナのガザ地区を実効支配しているイスラム過激テロ組織「ハマス」が今月7日、イスラエルとの境界網を破壊、侵入し音楽祭に参加していたゲストや集団農園(キブツ)を襲撃して1300人余りのユダヤ人らを射殺、200人以上の人質をガザ地区に拉致した「ハマス奇襲テロ」が起きると、ドイツ側の反応は素早かった。バイデン米大統領は戦時中のイスラエルを現職大統領として初めて訪問したが、その数時間前、ショルツ首相はイスラエル入りし、17日、ネタニヤフ首相と会談した。欧米諸国ではハマスのテロ事件後、イスラエルを訪問した最初のリーダーという名誉を獲得している。

 ハマスの奇襲テロ事件に対するドイツの立場を最も明確に述べたのはハベック副首相(経済相兼任)の声明だろう。同副首相はハマスのテロを厳しく批判する一方、イスラエルに対して、「ドイツは常にイスラエル側を支援する。その連帯には制限がない」と強調し、「ハマスのテロで多くのイスラエル人が犠牲となった。そのような中でドイツ国内で親ハマスのデモ集会が開催されることは絶対に許されない」と指摘し、ドイツ国内では反イスラエル、親ハマスのデモ集会に参加する者は処罰されるべきだと述べた。ハベック副首相はイスラエル支援を「ドイツの義務」と呼んでいる(「イスラエル軍のガザ攻撃の『正当性』」2023年10月17日参考)。

 シュタインマイヤー大統領もショルツ首相も、「ドイツ民族はイスラエル民族の安全に責任がある」という点で同じだ。ドイツは、ナチス・ドイツ政権が第2次世界大戦で600万人のユダヤ人を虐殺したという歴史的事実に対し、謝罪し、2度とそのような蛮行を繰り返さないことを戦後何度も宣言してきた経緯がある。

 イスラエル軍はハマス壊滅に乗り出し、空爆を繰り返す一方、ガザ地区への地上軍の導入を準備している。イスラエル軍の空爆でガザ地区のパレスチナ人に多くの犠牲が出てきた。国連児童基金(ユニセフ)によると、2360人の子供が犠牲になったという。そのようなニュースが報じられてくると、アラブ・イスラム国家だけではなく、欧米社会でもイスラエルは空爆を中止、人道的停戦を実施すべきだという声が高まってきた。

 例えば、国連のグテーレス事務総長は24日、安保理会合でハマスのテロを批判する一方、ガザ地区のパレスチナ人の困窮にも言及し、イスラエルによる56年間のガザ地区の統治を間接的ながらも批判した。グテーレス事務総長の発言を聞いたイスラエルの国連大使は激怒し、「事務総長は辞任すべきだ」と要求した。国連事務総長は自身の発言が大きな物議を醸し出したことを知って、「私の発言を誤って解釈している」と反論している。

 欧州連合(EU)の加盟国が人道的停戦かイスラエル軍の報復攻撃続行かで意見が対立している中、ドイツのベアボック外相は国連安保理で、「テロリストと闘って壊滅してこそイスラエルとパレスチナに平和と安全がもたらされる。ハマスは依然、ロケット弾をイスラエルに向けて発射し続けている」と説明、イスラエル軍のガザ報復攻撃を全面的に支持している。ドイツのイスラエル支持は欧米諸国の中でも少々特出している、という印象すらあるほどだ。

 ドイツ政府の無条件のイスラエル寄り政策は問題がないわけではない。ハマスの奇襲テロ事件後、ドイツ国内で反ユダヤ主義的言動が増加し、親パレスチナ派のデモ集会が頻繁に開かれ、一部、治安部隊と衝突している。もちろん、反ユダヤ主義を標榜し、パレスチナを支援する国民は主にアラブ系、イスラム系の国民が多いが、それだけではない。極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は移民反対、外国人排斥を掲げる一方、党指導部には反ユダヤ主義傾向が見られ、ガス室の存在を否定し、ホロコーストを否定する発言をする支持者もいるのだ(「独AfDは本当にネオナチ党か」2017年9月26日参考)。

 そのAfDは最新の世論調査によると、「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)に次いで20%以上の支持率を得ている。すなわち、国民の5人に1人は反ユダヤ主義的傾向のある政党を支持しているという現実があるわけだ。ちなみに、世論調査ではショルツ連立政権の3党、社会民主党(SPD)、「緑の党」、「自由民主党」(FDP)は合わせても40%以下の支持率しかない。

 パレスチナではイスラエルとハマスの戦いが続く一方、欧州ではドイツがパレスチナ紛争の第2フロントとなって親パレスチナ派と親イスラエル派が路上で衝突する、といった懸念すら予想され出したのだ。

「人道的即時停戦」か「報復攻撃の続行」

 欧州連合(EU)は27カ国の加盟国から構成されている。対外政策ではジョゼップ・ボレルEU外交安全保障上級代表の主導のもと、外相理事会が開催され、EUの共通外交政策を決めていく。

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▲イスラエル軍のガザ侵攻を支持するドイツのベアボック外相(2023年10月23日、ドイツ外務省公式サイトから)

 ところで、ウクライナ戦争でも明らかになったが、加盟国間で対ロシア、対ウクライナのスタンスが異なっているため、EUの統一政策は容易ではない。例えば、ハンガリーはEUの対ロシア制裁には難色を示してきた。

 同じように、イスラエル軍はハマスのテロに報復するためガザ侵攻を準備しつつ、空爆を繰り返しているが、EU内にはイスラエルの報復攻撃での評価には温度差がある。即時停戦を求める国がある一方で、ハマスが完全に壊滅するまで戦闘を続けることを支持する国がある。「無条件でイスラエルの自衛権を認める」と主張する加盟国と、ガザ地区のパレスチナ人の人権保護を考慮し、イスラエル軍のガザ報復攻撃には批判的な国に分かれている。

 ルクセンブルクで開かれた外相会議では、スペイン、スロベニア、アイルランドなどは、人道的即時停戦を求めるアントニオ・グテーレス国連事務総長の呼びかけを支持したが、ドイツ、オーストリア、チェコなどは即時停戦案に反対している。

 アナレーナ・ベアボック独外相は、「テロリストと闘って壊滅してこそイスラエルとパレスチナ人に平和と安全がもたらされる。ハマスは依然、ロケット弾をイスラエルに向けて発射し続けている」と説明。

 一方、アイルランドのミホル・マーティン外相は、「戦闘で罪のない民間人、特に子供たちの苦しみは即時停止が必要なレベルに達している。人道援助物資や医療物資の供給を可能にするための停戦は極めて緊急の課題だ」と反論。スペインのホセ・マヌエル・アルバレス外相(代行)は、「暴力を止める時が来た。イスラエルへの過度の支援は国際法の擁護者としてのEUの信頼を損なう」と警告している、といった具合だ。

 ハマスの奇襲テロが起きた直後、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長はいち早くイスラエルを訪問し、ネタニヤフ首相と会談し、「EUは全面的にイスラエルを支持する」と伝達したことがブリュッセルに伝わると、シャルル・ミシェル欧州理事会議長は明らかに不快感を見せている。曰く、「外交問題で私を無視し、欧州議会との協議もなく、イスラエル全面的支持を表明したことは、委員長の職権逸脱行為だ」といった厳しい批判だ。

 ボレルEU外務代表とミシェルEU理事会議長(大統領)は、フォン・デア・ライエン委員長らEU委員会がイスラエル寄りであることは地域におけるEUの利益を損ね、緊張と憎悪を悪化させると非難している。その背景には、同委員長が一方的にパレスチナ人への開発援助支払いを一時凍結すると表明したことへの反発がある(同凍結は撤回された)。

 ちなみに、フォン・デア・ライエン委員長とミシェル大統領間の意思疎通は良くないといわれてきたが、EU機関のトップがスムーズな意見の交換ができないようでは、EUの統一外交などは夢のまた夢だろう。「私たちが声を一つにして話さなければ、短期的にも長期的にも地域の緊張緩和に貢献することはできないだろう」という懸念の声がEU高官から聞かれるのは当然だろう。

 ドイツ民間ニュース専門局ntvのウェブサイトには、「なぜ西側政治家はキーウを訪問し、そして今度はイスラエルを競って訪問するのか」という興味深いテーマの記事を掲載していた。ドイツのショルツ首相をトップに、バイデン米大統領、EU委員長、スナク英首相、フランスのマクロン大統領などの欧米首脳が次々とイスラエルを訪問し、ネタニヤフ首相と会談している。ちなみに、オーストリアのネハンマー首相は25日、イスラエルを訪問する。

 ロシア軍のウクライナ侵略以来(2022年2月24日)、世界のメディアの注目はウクライナに集まったが、10月7日のハマスのテロ奇襲以来、メディアは今度はパレスチナ問題に集中、ウクライナ戦争は忘れ去られたような感がするほどだ。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、「国難に遭遇するイスラエルを訪問し、イスラエルが孤立していないこと、同盟国が支援していることを直接伝達することは、重要な貢献だ。戦時下の国にとって他国の連帯表明は心強い」と説明し、欧米首脳のイスラエル詣でに理解を示している。

 キーウ訪問では、西側政治家は軍事大国ロシアに主権を蹂躙されたウクライナへの連帯表明が第1の訪問目的だったが、戦争が長期化するにつれ、武器供与が大きなテーマとなった。ドイツは軍用ヘルメットから主力戦車の供与までウクライナのゼレンスキー大統領と会談する度に、新たな武器を供与してきた。

 イスラエル訪問の場合、武器の供与はテーマではない。ハマスのテロ奇襲で揺れるイスラエル国民に連帯表明して激励することが最重要となるわけだ。ただし、その前にイスラエル軍のガザ地区への報復攻撃をどのように評価するか、という難問をクリアしなければならない。

 建国以来イスラエルを支援してきた米国はイスラエルを全面的に支援する一方、ガザ報復で多くのパレスチナ人が犠牲となる事態は避けたい。そこでイスラエル側に人質が完全に解放されるまでガザへの地上軍の侵攻を延長すべきだという立場を取り出してきている。

 EUの場合、イスラエルのガザ報復攻撃をドイツのように全面支持するか、スぺインのように人道的停戦を要求するかで、コンセンサスが依然出来ていないのだ。

揺れる「イスラエルの安全神話」

 作家イザヤ・ベンダサンはそのベストセラー「日本人とユダヤ人」の中で、「日本は水と安全はタダだと思っている」と書いていた。世界の覇権を狙い、台湾の武力統合を伺う中国共産党政権と、核兵器の増強に乗り出す北朝鮮を隣国とする現在、水と安全はタダと考える日本人は流石に少なくなってきているのではないか。

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▲声明を発表するネタニヤフ首相、ガラント国防相(左)、イスラエル国防軍参謀長ハレヴィ中将(2023年10月23日、イスラエル首相府公式サイトから)

 パレスチナ自治区ガザを実効支配しているイスラム過激派テロ組織「ハマス」が今月7日、境界網を破りイスラエル領に入り、周辺で開催されていた音楽祭のゲストたちを襲撃し、キブツ(集団農場)に入り、老人、女性、子供たちを次々と射殺していったテロ事件は、イスラエル国民に大きな傷跡を残した。2001年9月11日の米国同時多発テロ事件に比する声すら聞こえる。

 1人のイスラエル人男性は、「わが国は安全であり、政府は国民を守ってくれると考えていたが、その確信が地に落ちてしまった」と嘆く。世界各地でユダヤ人ゆえに迫害されてきた経験を有するイスラエル人は1948年、パレスチナに初めて国家を建設した。そして世界から多くのユダヤ人がイスラエルに移住してきた。「自分の国ではもはや迫害されることがないだろう」という思いがあったからだ。ディアスポラ(離散)時代を終え、定着の時代を迎えたわけだ。

 それから75年後、絶対に安全と思ってきた国でイスラム過激派テロ組織が侵入し、1300人以上のユダヤ人を射殺したのだ。ホロコース(ユダヤ人虐殺)以来、最大の犠牲者が出たことで、「安全の神話」は崩れ落ちてしまった。「水と安全はタダ」と考えてきた日本人にとって、イスラエル国民のショックがどれほど大きいかを理解するのは容易ではないかもしれない。

 ハマスのテロ攻撃を受け、イスラエル軍は報復攻撃を開始、ガザ地区に空爆を繰り返し、ハマスの軍事的拠点を破壊している。ただ、空爆で多くのパレスチナ人も犠牲となることは避けられない。ガザ地区の病院が爆発され、多くの患者、女性、子供たちが死んだことが報じられると、アラブ・イスラム国家で反ユダヤ主義的言動が世界各地で発生、ベルリンではシナゴークに放火され、ウィーンでは21日未明、イスラエル文化協会に掲げられていたイスラエル国旗が引き落とされるなどの事件が起きている。

 欧州連合(EU)最大のイスラム教徒の人口(約570万人)を持つフランスではイスラム派過激テロを恐れ、イスラエルに移住するユダヤ人が出てきているが、そのユダヤ人の祖国イスラエルがハマスに侵略され、多数のユダヤ人が殺されたのだ。反ユダヤ主義が席巻する欧州でユダヤ人は安心して住むことができないばかりか、イスラエルに移住もできなくなってきた。ユダヤ人にとって安全な国がなくなったのだ。

 ロシア軍が2022年2月24日、ウクライナに侵攻して始まったウクライナ戦争は、世界全土で「安全」が大きな政治テーマとなり、欧州ではドイツが昨年6月、国内総生産(GDP)比1%台だった国防費を2%に引き上げる方針を決めている。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、「核兵器の総数は今後10年間で増加すると予想される」と報告している。安全はタダではないわけだ。

 日本の岸田政権は台湾危機、北朝鮮の暴発を警戒し、米国と軍事協力を強化し、2023年度予算の防衛費は前年度比で1・3倍と大幅に増額したと聞く。日本でも「水と安全はもはやタダ」ではなくなってきている。

 イスラエルの問題に戻る。周辺をアラブ・イスラム国に取り巻かれているイスラエルは正式には公表していないが、核兵器を持つ核保有国だ。核の抑止力で隣国の軍事的脅威に対抗してきた。だから、宿敵のシリアやイランが核兵器を製造しようとする兆しが見られると、2007年9月、イスラエルはシリア北東部の核関連施設(ダイール・アルゾル施設)を爆破した。イランでも過去、モサドがイランの核開発計画に関わる核物理学者を暗殺してきた。イスラエルの自国の安全を脅かす国や勢力に対する強硬姿勢は時には国際社会の批判にさらされてきたが、同国はその圧力に屈することがなかった。同じことが、ハマスの奇襲テロに対するイスラエルの報復攻撃でもいえるだろう(「イスラエルのイラン核施設爆破計画」2021年10月23日参考)。

 安全はイスラエルのアイデンティティに深く刻み込まれている。ハマスのテロ奇襲でイスラエルは自国の「安全神話」を失う一方、隣国のアラブ・イスラム国家では、「イスラエルは無敵ではない」、「イスラエルは怖くない」といった声が聞こえ出しているのだ。

 「安全が如何に重要か」をどの国や民族より学んできたイスラエル国民は建国以来初めて、国の土台が揺れ出してきていることを感じているのだ。

ドイツで反ユダヤ主義が拡大

 ドイツのロベルト・ハベック副首相(経済相兼任)は、パレスチナ自治区ガザのイスラム過激派テロ組織「ハマス」が今月7日、イスラエル領内に侵入し、1300人余りのイスラエル人を殺害し、200人以上を人質として拉致した直後、「ドイツは無条件にイスラエルを支援する。これはドイツの義務だ」と表明するメッセージを公表した。

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▲ベルリンで開催されたイスラエルへの連帯集会(2023年10月22日、バチカンニュースから、写真イタリア通信ANSA)

 そのドイツでその後、パレスチナ人を支援するデモ集会が開催され、ガザ地区に軍侵攻を図るイスラエルを批判する声が高まる一方、国内のユダヤ教関連施設が襲撃されるといった出来事が絶えない。ナンシー・フェーザー内相は記者会見で、「反ユダヤ主義的犯行が増加してきている。わが国はそのような犯行を絶対に容認しない」と強調している。なお、独週刊誌シュピーゲル(10月14日号)はドイツで最も反ユダヤ主義傾向が強い首都ベルリン市南東部のノイケルン区のルポ記事を掲載し、アラブ系住民の声を拾っている。

 ドイツのユダヤ人中央評議会のヨーゼフ・シュスター会長はフランクフルター・アルゲマイネ日曜版(10月21日付)とのインタビューで、「ドイツに住むユダヤ人は脅威を感じている」と説明、反ユダヤ主義がドイツで高まっていると警告を発している。

 シュスター会長は、「ドイツでパレスチナ人のデモへの参加者が大幅に増えている。(欧州に難民が殺到した)2015年以後、ドイツに入国し、当初は目立たずに行動していた人々の一部が、今では街頭に繰り出して暴力的に振舞ってきている」という印象を述べている。

 同会長によると、「右翼過激派の反ユダヤ主義がドイツで最も危険だが、イスラム教徒移民の間での反ユダヤ主義的態度が大きな問題だ。ドイツに来るアラブ系の人たちは、家庭で毎日反イスラエルの歪んだイメージを教えられていることを知っておく必要がある」という。

 シュスター会長は、「デモで反ユダヤ主義のスローガンを唱えることに対する厳罰が必要だ。ドイツの都市では親パレスチナデモを禁止しているところもある。デモは単に親パレスチナ的なものではなく、反イスラエル、反ユダヤ主義的だ」という。ただし、宗教的な理由からイスラエルに移住するユダヤ人はいるが、反ユダヤ主義の高まりゆえに、ドイツから出国するユダヤ人はほとんどいないという。その点、フランスに住むユダヤ人の事情とは異なる。

 ベルリンで18日、2人の犯人が火炎瓶を使ってベルリンのシナゴーグを襲撃した。被害はなかったが、ベルリンで進行中の反ユダヤ主義暴動との関連性は明らかだと受け取られている。

 中央評議会の説明によると、シナゴーク放火未遂事件の前夜、若者を中心とした数百人が反イスラエル集会のためにブランデンブルク門に集まった。彼らはガザ地区の病院へのロケット弾攻撃はイスラエル軍によるものだとするハマスの報告を受けて激怒していたという。

 また、ベルリンのラビ、イェフダ・タイヒタル師はベルリン・モルゲンポスト(10月18日付)とのインタビューの中で、「ユダヤ人の命が確実に守られるように、あらゆる手段を講じてほしい。ユダヤ人が公の場でヤムルカ(浅くて丸い帽子)やダビデの星を着用できなくなる状況は悲劇だ」と述べている。

 イスラエル軍はハマスのテロ奇襲に報復するためにガザ地区を包囲し、いつでも攻撃できる体制に入っている。ガザ地区での戦いが始まれば、パレスチナ人にも多くの犠牲者が出るだろう。そうなれば、パレスチナ人だけではなく、アラブ・イスラム国でイスラエルを批判する声が更に高まることは必至だ。同時に、欧米社会でも親パレスチナデモが拡大し、過激派による反ユダヤ主義的言動が広がるだろう。参考までに、隣国オーストリアではハマスのテロ奇襲後、これまでに78件の反ユダヤ主義的言動が登録されている。

 イスラエルの著名な歴史学者ハラリ氏はドイツのツァイト(オンライン版)とのインタビューの中で、「イスラエル国民はハマスのテロに衝撃を受け、国民は混乱と痛みを抱えている。一方、パレスチナ人側もイスラエル軍の攻撃を受け、多くの犠牲者が出、その痛みは大きい。双方が大きな痛みを感じている時、一方が他方の痛みを理解することは難しいのだ」と説明している。

 レバノンのシーア派過激テロ組織「ヒズボラ」がイランの要請を受けてイスラエルを攻撃する動きも見られる。ヒズボラが出てくれば、イスラエルは南部と北部の両面で戦争状況に対峙することになる。イスラエルとパレスチナ双方の痛みが癒える間もなく、戦いが中東全土に拡大するという事態が考えられる。

 ベルリンのブランデンブルク門で22日、宗教代表者や政治家らがイスラエルのための連帯集会に参加した。モットーは「イスラエルへの連帯と思いやりをもって、テロ、憎悪、反ユダヤ主義に立ち向かおう」で、主催者によると2万5000人が参加した。ドイツでは同日、親パレスチナ人のデモも行われている。デモは許可なく開かれたが、平和的に行われた。

ハマスの「死生観」が紛争の原因だ

 ロシア軍がウクライナに侵攻して600日間が過ぎた。まもなく厳しい冬を迎える。これまでウクライナ、ロシア双方で多くの兵士、民間人が殺害された。ロシア軍はウクライナの軍事・産業インフラだけではなく、病院、学校、宗教関連施設をも砲撃してきた。マリウポリは壊滅され、キーウ近郊のブチャでは住民が虐待され、虐殺され、レイプされた。

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▲インタビューでハマスの死生観を語るハラリ氏(ドイツ誌ツァイト(オンライン版)の動画からスクリーンショット)

 そして今月7日、パレスチナ自治区のガザを実効支配しているイスラム過激派テロ組織「ハマス」はイスラエルとの境界線を突破し、開催中の音楽祭のゲストや周辺のキブツの関係者を射殺し、女性、老人、子供、赤ん坊を殺した。そして200人以上が人質となった。

 ウクライナ戦争、中東のパレスチナ紛争で多くの人々が無残に殺されている。人間は昔から余り変わっていない、という悲しい現実を目撃する。人を殺し、女性をレイプし、虐待する。昔もあったし、21世紀の今日も同じことが起きている、といった絶望感だ。

 ただ、人間を取り巻く環境は変わり、科学技術は飛躍的に発展してきた。光の粒子の状態をテレポートすることに成功した量子物理学の発展は目が眩む。米航空宇宙局(NASA)は2021年11月24日、地球に接近する小惑星の軌道を変更させることを目的とした「DART」と呼ばれるミッションをスタートさせた。DART計画は、宇宙探査機(プローブ)を打ち上げ、目的の小惑星に衝突させ、小惑星の軌道の変動を観察する実験に成功した。NASAは「天体の動きを意図的に変えた人類初の試みが成功した」と報告している。2023年ノーベル生理学・医学賞を受賞したハンガリー人のカタリン・カリコ博士は遺伝子治療の最新技術を駆使し、さまざまな病気に合わせたオーダーメイドの薬の開発を目指している。人類の英知の素晴らしさに驚く(「『オーダーメイドの薬』目指す生化学者」(2021年9月26日参考)。

 人類はその外的環境圏を管理し、生活を改善してきたことは間違いないが、人間の精神的な世界や価値観はあまり変わっていないように感じる。科学技術の発展が凄いので、人間の精神的世界の停滞が目立つのだ。

 私たちを取り巻く生活環境、社会状況をみると、殺人から暴行、レイプまで多くの犯罪が日常茶飯事のように起きている。人類が成し遂げた「科学的成果」と「私たち」の間に大きな乖離がある。DART計画が進行中の21世紀の世界で戦争と紛争が起きている。人類歴史のこの不調和な状況をどのように説明できるだろうか。

 ハマスがギブツや音楽祭で行ったテロ行為を聞いた時、上記のことを強烈に感じた。バイデン米大統領はその犯行を「悪の中でも悪そのものだ」と述べた。ニュート・ギングリッチ元米下院議長は日本のメディアに寄稿し、「ハマスは壊滅すべき完全悪」と表現している。イスラム過激テロ組織「イスラム国」が登場した時、その蛮行に世界はショックを受けたが、ハマスの蛮行はそれをも凌ぐというのだ。

 イスラエルの著名な歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏(Yuval Noah Harari)はドイツの高級誌ツァイト(オンライン版)のインタビューで、「ハマスのテロリストは死を恐れないし、殺人を躊躇しない。彼らの願いは死後、天国に行くことだ。そのようなイデオロギーを有する勢力が境界線近くにいるという事実はイスラエルの安全を脅かす」と説明していた。

 過去の英雄と呼ばれた人物は死を恐れず敵陣に向かったが、彼らは現実の社会や国を守り、よくすることを願って自身が犠牲となることを厭わなかった。一方、ハマスはパレスチナ人が困窮しても関心なく、死後の天国での生活を夢見ているのだ。死を恐れないテロリストは現実の世界に生きる大多数の人間にとっては理解できない。

 ちなみに、旧約聖書の創世記をみると、人類最初の殺人事件は兄カインの弟アベル殺しだ。なぜカインはアベルを殺したのかについては詳細には記述されていない。神の祝福を受けられなかったカインが祝福を受けたアベルを妬ましく感じたことが犯行動機となった、と仄めかしているだけだ。

 興味深い点は、イスラエルの歴史は異教徒との戦闘に勝利したから始まったわけではない。また、神の神殿を建設したからでもない。カインのアベル殺しから約2000年後、ヤコブが兄エサウと和解したことを受け、神がヤコブにイスラエルという名前を与えたことから始まっているのだ。カインのアベル殺しは神にとって起きるはずではなかった悲しみの事件だったことを示しているわけだ(「人類最初の『殺人』はこうして起きた」2015年6月6日参考)。

 本題に入る。ハマスの死生観は「死後の世界=霊界」と「地上界」を分離し、死後の世界を重視し、それが彼らの行動の原動力となっている。両界は本来、人間の心と体と同じで連携しているが、ハマスの死生観はそれを恣意的に分けている。その結果、地上の現実とは大きく乖離していく。

 イエスは、「よく言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天でも皆つながれ、あなたがたが地上で解くことは、天でもみな解かれるであろう」(「マタイによる福音書」第18章)と語っている。憎悪で残虐に人を殺すことを正当化する人間が死後、天国に行けるはずがない。その「世界観」、「死生観」は完全に間違っている。自身の独自のナラティブに溺れ、他国に侵略して多くの民間人を抹殺し、ダムを破壊するプーチン大統領にもいえることだ。

 人類は科学技術の発展を通じて地上界の原理原則、宇宙の構造などの知識は深まってきたが、もう一つの世界、霊界については無知であり、学ぶ機会が少ない。霊界のメカニズムを宇宙物理学のように解明できる時代が必ず来るだろう。そのような時代になれば、ハマスのような「死生観」は消滅するだろう。

苦悩と団結の狭間に揺れるイスラエル

 パレスチナ自治区ガザ地区を2007年以来実効支配しているイスラム過激派テロ組織「ハマス」の奇襲攻撃を受け、ガザ地区の境界線近郊の音楽祭に集まっていたイスラエル人やキブツ(集団農場)関係者が虐殺され、1日のテロ奇襲で約1300人のイスラエル人が殺害された。犠牲者数ではホロコースト以来、最悪のテロ事件となった。

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▲ガザ地区周辺に結集したイスラエル国防軍ゴラニ旅団第51大隊の兵士たちを激励するネタニヤフ首相(2023年10月19日、イスラエル首相府公式サイトから)

 イスラエルのネタニヤフ右派政権は「戦争内閣」を発足させ、ハマスに報復するためにガザ地区周辺に軍を集結させ、ハマス撲滅に乗り出してきた。その矢先、バイデン米大統領がイスラエルを訪問した17日、ガザ地区の病院で爆発が起こり、多数の患者、女性や子供たちが犠牲となるという大惨事が発生。同病院の爆発はイスラエル軍の仕業として、パレスチナだけではなく、アラブ・イスラム国でも多数の国民が反イスラエル抗議デモを行い、一部は暴動となった。

 オーストリア国営放送(ORF)は20日、「苦悩と団結の狭間で揺れるイスラエル」(Israel zwischen Bitternis und Schulterschluss)というタイトルで、イスラエルの政治情勢と国民感情について報告している。以下は、同記事の概要だ。

 イスラエル国民はハマスのテロ攻撃後、大きなショックに見舞われている。ネタニヤフ政権が推進する司法改革案に抗議する大規模な国民抗議デモが何カ月も続き、国内は分裂していた。その時にハマスのテロ奇襲が行われたわけだ。

 内政的に分裂していたイスラエルはハマスのテロ攻撃でショックを受ける一方、外的な敵に直面して国民は団結してきた。ネタニヤフ首相は、政治的ライバルであるベンニ・ガンツ氏、ヨアブ・ガラント国防相らが参加した「戦争内閣」を発足し、ハマス僕滅を目指して連帯してきた。テレビ番組では団結を呼びかけるメッセージやスローガンが頻繁に流れ、『一緒に勝利しよう』、『一緒に強い』が放送されているという。

 国民は兵士や医療スタッフに食料を提供し、避難民に家を提供。また、国が危機に直面しているとして、海外に住んでいたイスラエル人が帰国して入隊している。司法改革に反対して兵役を拒否した一部の予備役兵士も抗議を一時停止し、「私たちはネタニヤフに仕えていない。私たちは国に仕えている」と述べている。

 ところで、多くのイスラエル国民の心を捉えている問題は、「なぜわが国の諜報機関や政府はハマスのテロ奇襲を事前にキャッチして、それを防ぐことができなかたったか」ということだ。国民は「国とその情報機関はわれわれの安全を守ってくれる」と信じてきた。その神話が崩れてしまったのだ。

 ハマスの7日のテロ奇襲は、「イスラエルの9・11」と比喩される。米国民は数千人の国民を失った同時多発テロ事件(9・11)で大ショックを受けたが、イスラエル国民も同じようにショックを受け、トラウマとなる国民も出てきている。

 大多数のイスラエル国民はハマスのテロを防げなかった責任はネタニヤフ首相にあると受け取っている。元首相のエフード・バラク氏は、「ネタニヤフ首相はイスラエル史上最大の失敗の責任を個人的に負っている。彼は警告にもかかわらず、イスラエルを分裂させ弱体化させる司法改革を進めていった」と、独週刊誌シュピーゲルとのインタビューの中で述べている。そして「全てを破壊した人物はそれを修復できない」と語っているのだ。

 ヘブライ語日刊紙「マアリヴ」(Maariw)が18日、19日の両日、510人の人々に聞いたところによると、80%がハマスのテロ奇襲の責任はネタニヤフ首相にあると答えている。ネタニヤフ首相の所属するリクード党内でも69%の人々が同首相の責任を指摘。48%の国民は野党議員で前国防相のベンニ・ガンツ氏がより良い首相だと考え、ネタニヤフ氏を支持する人はわずか28%だった。

 イスラエルのコメンテーターたちはネタニヤフ首相を同国初の女性首相、ゴルダ・メイア(在任期間1969年〜74年)と比較している。メイア氏は第4次中東戦争の際、エジプトとシリア連合軍がユダヤ教の最も重要な休日ヨム・キプール(贖罪日)に奇襲攻撃をかけてくるという情報を得ていたが、十分な対策をとらなかったことから多くの犠牲者が出た。その責任で1974年に辞任した。「ネタニヤフ首相とメイア女史の違いは、メイア首相は当時、速やかに過ちを認めたが、ネタニヤフ首相は自身の責任を認めていないことだ」という。

 いずれにしても、ハマスの撲滅作戦が終わるまで、ハマスのテロ奇襲を許した責任問題は先送りされるだろう。ネタニヤフ首相の政治生命は、人質の運命、ガザ地区の戦闘の結果にかかっているわけだ(「『ビビ王』のイスラエル王国の行方」2019年4月11日参考)。

 以上。同記事の詳細な内容は以下のサイトから。

https://orf.at/stories/3336030/

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