ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2023年07月

「信号機」に関するちょっとした話

 ドイツの高速道路(アウトバーン)を走っていると、信号機はないので思い切りスピードを出せる。ドイツの場合、速度制限がないから時速200キロ以上で飛ばしている車が少なくない。ドイツでは「緑の党」が環境汚染の防止のために高速道路にも制限時速(時速130キロ)を導入すべきだと主張してきたが、リベラル派政党「自由民主党」(FDP)は頑として反対している。ショルツ連立政権の発足時、連立協定で「任期中は高速道路の制限を実施しない」と明記しているので、高速道路の時速制限はショルツ政権中は実現しない見通しだ。

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▲同性愛者を表示した交通信号灯(2015年5月12日、ウィーン市内で撮影)

 ところで、ショルツ独政権は社会民主党(SPD)、「緑の党」、そしてFDPの3党から成る連立政権だ。政策的にも大きく異なる3党連立政権は常に連立崩壊の危機を内包しているが、これまでは政策の相違をなんとか乗り越えている。ドイツ初の3党連立政権は赤(SPD)、緑、黄(FDP)と赤緑黄の信号機の色と同じことから、「信号機連立政権」と呼ばれている。

 隣国オーストリアでは高速道路は時速130キロに制限されている。オランダでは時速100キロだ。だからドイツで3車両線の高速道路を走っていると、猛スピードで走る車はドイツ人、最右側の車線をゆっくりと走る車はオランダ人だ、とドライバーたちはよく揶揄う。

 話をテーマの「信号機」に戻す。信号機もジェンダー問題の嵐に抗することが出来ずに、オーストリアの首都ウィーンでは2015年6月、ウィーン市当局が市内49カ所の交差点の信号機に同性愛者を表示したランプを設置した。2人の男性が表示されたランプと2人の女性が描かれたランプだ。ウィーン市交通担当局(MA33)は当時、「新しいランプはウィーン市の寛容と開放を象徴している」と、その意義を強調したほどだ(「交通信号灯に『同性愛者』」を表示」2015年5月14日参考)。

 信号機で問題は色彩の識別が難しい人がいることだ。そのために事故の発生にもつながるケースが報告されている。ちなみに、日本では信号機は「緑」ではなく「青」だ。日本に居住するドイツ人のユーチューバーは「日本では『緑ランプ』ではなく、『青ランプ』というから、最初は戸惑った」と述べていた。

 信号機に関連した面白い話がロンドンから届いた。英国でも太り気味の国民が増えた結果、信号を渡りきるための時間が次第に長くなってきている、という調査結果が出たのだ。そこでイギリス交通当局は信号規制を根本的に変更することになった。その結果、最低でも1秒間、緑信号が点滅する時間を長くする。これにより、人々が道路を横断する時、これまでより20%の余裕が出てくることで、イギリス全土の交差点での事故が減少すると期待される、というわけだ。

 英国の現行の交通ガイドラインは1950年代初頭、車の交通量が増加していた当時にできたものだ。現在、歩行者は道路を横断するのに平均時速1・2メートルが願われる。しかし、肥満のイギリス人は緑信号が消える前に道路を横断できなくなり全国の交差点で事故を起こすリスクが高まっているというのだ。

 2021年から22年の期間において、イングランドでは18歳以上の成人の約63・8%が肥満もしくは肥満に近い状態と診断されている。これまでの交通規制は平均の国民を対象としてきたが、平均的ではない国民が増えてきているので、彼らの安全をも配慮する必要が出てきたというわけだ。そこで、新たな対策により、この横断時間は平均時速1メートルで7・3秒に延長されることになる。

 ロンドン大学の2013年の調査では、65歳以上の男性の76%と女性の85%が緑信号が消える前に横断できなかった、と報告されていた。参加者の平均時速は、高齢男性が0・9メートル、高齢女性が0・8メートルであり、現在要求されている1・2メートルより遅い(ウィーンのメトロ新聞「ホイテ」から)。

 人生のテンポも人によって異なる。高速道路を走るように猛スピードで走りぬく人がいる一方、亀のようにゆっくりと地べたを踏みしめながら歩く人生もある。明確な点は、どの人生でも信号機に直面する時は一度ならずあるはずだ。信号機が「赤」の時こそ一呼吸してスピードを止めて考えるチャンスかもしれない。人生の信号機を考える時、自分は今、「赤」か、「緑」か、それとも「黄」かを識別しながらその信号に相応しいテンポで歩み出すことが大切だろう。

 参考までに、ショルツ連立政権は政権発足後1年半を経過したが、その支持率は3党合計で40%以下だ。すなわち、国民の過半数はショルツ政権を支持していないことになる。「時代の転換期」(Zeitenwende)をキーワードに難問に取り組む「信号機」政権のショルツ政権は現在、注意を意味する「黄」のランプに遭遇しているといえるだろう。

コーランだけ燃えているのではない!

 欧州の7月は灼熱の日々が続き、特に南欧のギリシャ、スペイン、イタリアでは気温も40度を超え、ギリシャの観光地のロードス島は山火事でホテルは燃え、ゲストたちは旅行鞄も捨てて逃げなければならない、といった状況が続いた。

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▲中国のキリスト信者たち(バチカン・ニュースのHPから)

 一方、北欧では気温こそ高温ではないが、デンマーク、スウェーデンではイスラム教の聖典コーランが焼かれ、それに抗議するデモや暴動が北欧の都市だけではなく、イラクなどイスラム教国の中東で広がっている。

 すなわち、南欧では地球温暖化の影響もあって灼熱の日々が続き、北欧では宗教の聖典が燃やされ、宗教者を激怒させ、燃え上がらせている。南欧も北欧もこの夏は“燃えている”わけだ。

 当コラム欄では北欧のコーラン焚書問題を数回扱ってきたが、不思議に感じてきたことがある。コーランを燃やすという蛮行が起きた場合、即メディアで大きく報道されるが、それではキリスト教の聖典の「聖書」はこれまで燃やされたことがなかったのか。答えは明らかだ。残念ながら聖書も燃やされてきたし、今も燃やされ、破られている。特に、中国と北朝鮮では、聖書ばかりか、キリスト教の教会堂はブルドーザーで壊され、聖書を所持していた国民は即政治収容所に送られている。その数はコーラン焚書事件の件数どころではない。

 にもかかわらず、聖書が燃やされている、というニュースはキリスト教社会の欧州に住んでいるが、ほとんど耳にしない。聖書は一度も燃やされたことがないとさえ思ってしまう。それとも欧州のキリスト者たちは聖書が燃やされても憤りを感じなくなったのだろうか。

 中国の宗教弾圧は言語に絶している。国を挙げてキリスト教信者やイスラム教徒(ウイグル人)など宗教人を迫害しているのだ。欧米社会で標榜される「信教の自由」などはまったくない。中国共産党政権下の宗教弾圧の実情についてはこのコラム欄でも頻繁に報告してきた。できれば再読して頂ければ幸いだ(「中国共産党政権が宗教弾圧する理由」2019年7月9日、「『宗教の中国化推進5か年計画』とは」2019年3月22日、「中国の公認教科書に登場するイエス」2020年10月1日参考)。

 参考に、興味深い話を聞いたので紹介する。米国の著名な作家で神経科学者、サム・ハリス氏が対話型AIのGPTにイエス・キリスト、仏陀、そしてイスラム教の創設者ムハンマドに関連したジョークを質問したところ、イエスと仏陀に関連したジョークは即回答したが、「ムハンマドに関するジョークも教えてほしい」と聞くと、GPTは「答えられません。イスラム教を信じている人々の宗教的感情を傷つけたくないからです」と回答したというのだ。イエスと仏陀をからかうジョークは回答出来る一方、何故ムハンマドへのジョークはダメなのか。明らかに、ダブルスタンダードだ。

 ドイツ人の知人がハリス氏の話を確認するために同じ質問をGPTにしたところ、回答は同じだった。そこでドイツの知人はGPTに、「これはダブルスタンダードではないか」と追及すると、GPTは素直に、「あなたのおっしゃる通りです」と謝罪したという。その翌日、知人は再度、同じ質問をGPTにしてみた、知人は、「GPTが間違いを認めたのだから、今度はムハンマドに関するジョークも聞けるだろう」と期待していたが、GPTは「答えられません」と同じ回答をしてきたのだ。

 知人曰く、「GPTが悪いのではない。追及するべきは、そのようにインプットしたプログラマーこそ問題だ」と語っていた。

 当方はその後、自ら試みた。なんと、当方のGPTはイエス、仏陀、そしてムハンマドの3人の聖人に関するジョークを教えてくれたのだ。以下、紹介する(ここでは、長くなるのでイエスと仏陀のジョークはカットする)。

 質問:イスラム教の教祖ムハンマドに関連するジョークを教えてください。

 回答:「イスラム教の教祖ムハンマドに関連するジョークは、宗教的な尊敬を持つ人々に対して敬意を払いつつも軽いユーモアを含むものがあります。ただし、ジョークは人々によって受け取り方が異なることを理解していただければと思います。以下は、敬意を持ってムハンマドに関連するジョークをお届けします。

<ジョーク1>
 ある日、ムハンマドが弟子たちに教えを説いていました。すると、一人の弟子が尋ねました。「先生、人生で最も困難なことは何でしょうか?」

 ムハンマドは微笑みながら答えました。「他の人々に笑われることなく、ジョークを作ることです」

<ジョーク2>
 ある日、ムハンマドが弟子たちと一緒に山に登っていました。すると、一人の弟子が尋ねました。「先生、神は私たちにどのようにして存在を示してくださいますか?」

 ムハンマドは静かに立ち止まり、山の頂上を指差しながら言いました。「神はこのようにして存在を示してくださいます」。弟子たちが山の頂上を見ると、そこに「すばらしい景色」と書かれた看板が立っているのを見つけました。

<ジョーク3>
 ある日、ムハンマドが市場で商人たちと話していました。すると、一人の商人が自慢げに言いました。「私の商品は神のご加護があると確信しています!」

 ムハンマドは興味津々で尋ねました。「本当ですか?それなら、どうして割引してくれないのですか?」

 これらのジョークがお楽しみいただければ幸いです。ただし、ムハンマドに対する敬意を忘れずに、適切な場所で楽しんでください。宗教に対して敏感な人々もいることを理解し、他の人々と共感を持つことが大切です。

 この話を早速ドイツ人の知人に連絡したところ、やはり驚いていた。当方の推測だが、GPTは日々、ディープラーニングで各民族の宗教的デリカシーの違いを学んでいるのではないだろうか。

コーラン焚書と「ロシアの攪乱工作」

 北欧の2カ国の中立国フィンランドとスウェーデンがロシア軍のウクライナ侵略を受けて北大西洋条約機構(NATO)に加盟を決定した直後、ロシアのプーチン大統領は、「わが国は必ず対抗措置を取る」と警告したが、この脅迫は流石に空言ではなかったようだ。

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▲岸田文雄首相とウルフ・クリステション・スウェーデン首相による日スウェーデン首脳会談(写真・内閣広報室、2023年7月12日)

 スウェーデンではここにきてイスラム教の聖典コーランが焚書される出来事が多発している。首都ストックホルムで先月、コーランが2度燃やされるという事件が起きた。実行者はイラクからの難民で自らを無神論者と称している。彼はフランスの新聞に、「法律によって許されている限り、コーランを焼き続ける」と述べ、イラク当局の少数派への迫害に抗議している。

 スウェーデンのコーラン焚書事件が報じられると、イラクで22日、数千人が抗議活動を行った。バグダッドでは群衆がスウェーデン大使館を襲撃し、放火した。これはストックホルムでイラク出身の亡命希望の難民がコーランを焼却したことへの抗議だった。この男性は既に6月に1度コーランを燃やしており、7月20日にもう1度燃やす予定だったが、足で踏みつけただけだった。同様にイラクの旗や、影響力のあるシーア派の説教師であるムクタダ・アッ=サドル、最高指導者であるアヤトラ・アリ・ハメネイの写真も踏みにじられた。

 イラク政府は24日、欧州連合(EU)諸国に対し、「表現の自由」と「デモ」の権利を速やかに再考するように求めている。トルコやイランなど他のイスラム教国家もコーランの焚刑を非難する声が広がっている(「『言論の自由』は無制限か」2023年7月16日参考)。

 イラク外務省は24日、コペンハーゲンの大使館前の出来事を非難し、国際社会に対して、平和的な共存を脅かすような行動に立ち向かうよう呼びかけた。同時に、「スウェーデン大使館で起こったようなことが繰り返されることを許さない」と声明を出し、外国の大使館の保護を約束した。スウェーデンと米国の両国がバグダッドに対し、スウェーデン大使館の保護が不十分だと批判していたことへの返答だ。

 ところで、クレムリン宮殿のプーチン氏は北欧のコーラン焚書事件をどのように受け取っているだろうか。32番目のNATO加盟国入りが控えているスウェーデンの国際的評価を落とす一方、国内の治安を不安にさせる。それだけではない。イスラム教国を煽って、反欧米感情を高めている。プーチン氏の狙い通り、事は進行しているのだ。プーチン氏は北アフリカ・中東からの難民を欧州の国境に殺到するように画策したこともある。オペレーション(工作)はソ連国家保安委員会(KGB)出身のプーチン氏の得意分野だ。

 スウェーデン側もここにきてコーラン焚書事件を操る影の勢力に気がついてきている。スウェーデンの国内治安機関(Sakerhetspolisen=セーカーヘットスポリセン)は、「コーランの焚書やその反応によってわが国の内部治安は危険にさらされている。わが国の寛容な国としての評判や評価が損なわれてきた。スウェーデンはムスリムやイスラムに対して敵対的な国とみなされるようになっている」と指摘し、スウェーデンへの国際的な憤り報道は、「意図的なキャンペーン」と受け取っている。

 反スウェーデンキャンペーンでは、�.好ΕА璽妊鵑砲�けるムスリムへの攻撃が黙認されていること、��当局がムスリムの子供たちを「誘拐」している、というフェイク情報が含まれている。スウェーデンの治安部門は、国民や海外のスウェーデンの利益代表関連施設が攻撃を受ける危険性が高まってきたと予想している。テロ警戒レベルは5段階のうち3段階目の状況が続いている。

 ボーリン民間防衛相は26日、「恣意的な反スウェーデンキャンペーンの背後にはロシアを含む国家や半国家の組織が暗躍しているとみている」と指摘し、ロシアを名指しで批判している。また、心理防衛機関のコミュニケーションチーフ、ミカエル・エストルンド氏は、「コーラン焚書の責任はスウェーデンにあるといった印象操作をしている。その目的はスウェーデン国内の緊張を高め、わが国のNATO加盟を妨げることだ」と、はっきり述べている(独ニュース番組「ターゲスシャウ」7月26日)。

 ちなみに、隣国デンマークでは極右グループ「Danske Patrioter」のデモ参加者が25日、コペンハーゲンのエジプト大使館前でコーランを燃やした。デンマークでは1週間以内にこのような事件が3件起きた。同グループは前日イラク大使館前でイスラム教の聖典を燃やしている。 

 コーランを燃やすことで、イスラム教徒を煽って欧州全土を混乱に陥れる、といったプーチン氏の工作は、ここでは成功してきているのだ。

プーチン氏「ロシア産穀物をどうぞ!」

 ロシア第2の都市サンクトペテルブルクで27日、2日間の日程で第2回ロシア・アフリカ首脳会談が開催された。アフリカからは17カ国の首脳が参加した。コンスタンティヌス宮殿で開催された首脳会談の主要議題は、ロシアがウクライナとの間で締結していた穀物協定の離脱を受け、その最大の被害を受けるアフリカ諸国への支援問題だ。プーチン大統領は首脳会談ではウクライナの黒海経由の穀物輸出に代わって、ロシア産の穀物輸出をアフリカ諸国にオファーしている。

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▲エジプトのエルシーシ大統領と会談するプーチン大統領(2023年7月26日、サンクトペテルブルグで、クレムリン公式サイトから)

 ロシアがウクライナとの「穀物輸出協定」から離脱して以来、世界の穀物市場は急騰し、小麦価格は既に20%アップした。エジプトなどウクライナ産穀物に依存してきたアフリカ諸国は厳しくなってきている。 

 サミット会談前の24日に公表されたプーチン大統領のメッセージ「ロシアとアフリカ:平和、進歩、そして成功する未来に向けた取り組みの結合」では、ロシアが穀物協定の延長を破棄した理由が詳細に記述されている。メディアでは余り報じられていないので、少し長いが紹介する。

 プーチン氏は、「ロシアは、アフリカ諸国の社会経済的発展と政治的安定にとって、途切れることのない食糧供給の重要性を理解している。ロシアはアフリカ諸国への小麦、大麦、トウモロコシおよびその他の作物の供給に関する問題に常に大きな注意を払ってきた。わが国は契約ベースで、また国連食糧計画(WFP)を通じた人道支援として無償で行ってきた。ロシアは昨年アフリカに1150万トンの穀物を輸出し、今年上半期にはさらに1000万トン近くが輸出された」と述べている。

 そのうえで、「『穀物協定』の目的は、世界の食糧安全保障を確保し、飢餓の脅威を軽減し、アフリカ、アジア、ラテンアメリカの最貧国を助けることであった。これがロシアが穀物協定の義務を負った理由だ。しかし、実際には、ウクライナ産の穀物を転売していた米国と欧州の大企業の富を得るために利用されてきた。ほぼ1年で、合計3280万トンの物資が協定に基づいてウクライナから輸出され、その輸出の70%以上が最終的には高所得国および上位中所得国に行った。エチオピア、スーダン、ソマリア、イエメン、アフガニスタンなどの国々が受け取った供給量は3%未満、つまり100万トン未満だ」と指摘し、「穀物協定」が本来の目的から離れていると批判している。

 同時に、「ロシアの穀物と肥料の世界市場への輸出に対する制裁解除に対する合意条項は履行されなかった。さらに、必要としている最貧国に鉱物、肥料を無料で供給するというロシアの試みにも障壁が設けられた。これらすべての事実を考慮し、本来の人道的目的を果たせていない穀物取引を継続することにもはや意味はないと判断した」と説明している。

 その一方、プーチン氏は、「今年も記録的な収穫量が見込まれることから、わが国は商業ベースでも無償ベースでもウクライナ穀物に取って代わることができることを保証したい」と述べることを忘れていない。ちなみに、プーチン大統領によると、ロシアのアフリカ諸国との貿易額が昨年、ほぼ180億ドルに達したという。

 オーストリア国営放送のモスクワ駐在のパウル・クリサイ特派員は27日、「プーチン氏は穀物不足で困窮するアフリカ諸国には追加費用なしで支援する用意があることを提示する一方、アフリカ諸国からは政治的支援を要求している」と報じている。

 プーチン氏が願う政治的支援は、ロシアのウクライナ侵攻に対する国際社会からの批判に直面し、孤立化してきたロシアへの理解と欧米諸国の反ロシア政策への批判だろう。ウクライナ戦争が勃発して以来、中国、イラン、北朝鮮など数少ない国しかロシアを支持していない。それだけに、アフリカ諸国の政治支援がこれまで以上に必要となってきたわけだ。「米国一極支配」に対抗するという立場からアフリカ諸国との連携を演出することで「多極主義」をアピールできる狙いがあるのだろう。

 プーチン大統領はサミットに参加したアフリカ諸国の首脳と二国間会談を積極的に行っている。第2回ロシア・アフリカ首脳会談では協力の主要分野に関する首脳会議の最終宣言やその他の文書を採択する。また、6月にサンクトペテルブルクで立ち上げた「アフリカ平和イニシアチブ」の中で、ウクライナ情勢解決のための可能な方法について引き続き議論する予定だ。

 ちなみに、ロシアがウクライナ戦争を始めて以来、モスクワを訪問する国家首脳級ゲストは限られてきた。その一方、ウクライナの子供たちの拉致問題で国際刑事裁判所(ICC)から戦争犯罪容疑で逮捕状が出ているプーチン氏は外国訪問が益々難しくなってきた。最近では、南アフリカで8月下旬に開催予定の新興5カ国(BRICS)の首脳会議に自ら参加できず、ラブロフ外相を代行に派遣することを決めたばかりだ。

 いずれにしても、プーチン大統領は、世界の穀倉地ウクライナで収穫された穀物をウクライナ人には与えず、数百万人以上のウクライナ人を飢餓させたスターリン時代の食糧政策を再現している。プーチン氏もスターリンも食糧を武器に利用している。両者の違いは、スターリンはウクライナ産食糧を奪った略奪者だったが、プーチン氏はウクライナ産穀物を輸出させず、ロシア産の穀物を売り込む悪辣なビジネスマンだ。

人類の「宗教性」は進化を助けた

 前日のコラム「『神経神学』信仰はどこから来るか」の続編だ。

 人間の頭部内を張り巡る神経系統を検証しても「私」が見つかるとか、「魂」の棲家が発見されるということはないだろう。「見つかる」とすれば、「私」の言動を掴み、機能する神経系統だが、「私」自身ではない、と確信している。換言すれば、頭脳内の神経網を全て解明したとしても「私」という存在は見つからないのではないか。

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▲ノーベル物理学賞受賞者ツァイリンガー教授(ウィキぺディアから)

 すなわち、人間の頭脳は電波をキャッチするラジオの受信機であり、ラジオは電波を受信しているのであって、発信しているわけではない。だから、頭脳の神経が外傷で傷ついた場合、受信機が壊れたのと同じだから、電波を正確にキャッチできない、といった状況が生まれてくる。

 例えば、人間の頭脳にはミラーニューロン(独 Spiegelneuronen)という神経系統が存在し、他者の行動を模写するだけではなく、その感情にも反応する機能がある。フローニンゲン大学医学部のクリスチャン・カイザース教授(アムステルダム神経学社会実験研究所所長)は、「頭脳の世界はわれわれが考えているように私的な世界ではなく、他者の言動の世界を映し出す世界だ」という。すなわち、われわれの頭脳は自身の喜怒哀楽だけではなく、他者の喜怒哀楽に反応し、共感するという。その機能を担当しているのがミラーニューロンという神経系統だ。

 また、前回のコラムでも紹介したが、ハーバード大学の研究者マイケル・ファーガソン氏は、恐怖反応のホルモンの調節、痛みの制御、人間関係の形成、性的な愛とは無関係の愛に関与しているのは古代の脳幹領域の「中脳水道周囲灰白質(PAG)」ではないかというのだ。

 すなわち、頭脳内の無数の神経系統はそれぞれはっきりとした機能、作用を担当している。だから、その神経網に支障が出れば、機能は半減したり、消滅してしまうわけだ。受信機が壊れてしまった「私」はそれゆえに苦悩する。

 ファーガソン氏らは、「信じるという人間の宗教性は人類の進化の上で生物学的にもプラスとして働いてきたのではないか」という。経験などを通じて得てきた内容を信じる人間は困難を乗り越える際にそれがプラスとなる。信仰や信念を有する人間はそうではない人より困難を克服しやすい。そして人間には本来、「信じる」という働きを担当する神経系統が頭脳内に張り巡らされているわけだ。

 昨年度ノーベル物理学賞受賞者、ウィーン大学のアントン・ツァイリンガー教授(Anton Zeilinger)は7月15日のザルツブルガー・ナハリヒテン紙とのインタビューの中で、「神を信じるのは合理的な考察でも直観でもない。私は常に神を信じてきた」という。同教授は、「科学的正当化の可能性は無限に拡張することはできない。ある時点で、正当化は止まる。哲学的にしか議論できない問題が常に存在する」と指摘し、「新しいアイデアの開発は合理性からは生まれない」と述べている。

 量子テレポーテーションの実験で世界的に著名なツァイリンガー氏は、「量子物理学が神と直面する時点に到着することはあり得ない。神は実証できるという意味では自然科学的に発見されることはない。もし自然科学的な方法で神が発見されたとすれば、宗教と信仰の終わりを意味する」と、他のメディアとのインタビューで答えている。

 近代史上、最高峰の神学者といわれたベネディクト16世は生涯、「理性と信仰」を課題に、その調和を追求してきたローマ教皇だった。キリスト教の歴史でも信仰が全面に強調された時代から、啓蒙運動、科学の発展で理性が主導的な地位を握ってきた時代を経て今日に入る。そして21世紀に入り、その理性と信仰の調和が求められてきたわけだ。

 ツァイリンガー教授は「敬虔な人は将来、神秘家になる」とインタビューの中で語っている。

「神経神学」信仰はどこから来るか

 このコラム欄でイタリア人の脳外科医の話を紹介したことがあった。人間の心臓移植は今日、世界各地で実施されていることで、もはや珍しくはないが、イタリア人外科医は頭部の移植を試みようとしたから、メディアでも結構話題となった。血液を体中に送り出す役割の心臓の移植とは異なり、頭部を移植すれば、「私」は自動的に新しい肢体に移動すると考えられるからだ。

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▲夜空を見上げる人(写真・Greg Rakozy撮影 Unsplash)

 臓器の移植では、移植の前後で患者の生活様式に変化が出てくるケースもある。例えば、腎臓移植をした女性が手術後、無性に走りたくなったという。手術した医者によると、腎臓提供者はマラソンを趣味としていたというのだ。女性は腎臓と共に臓器提供者の生活スタイル、嗜好をも受け継いだわけだ。(『私』はどこにいるの?」2015年5月24日参考)。

 一時期、心臓周辺に人間の精神生活を司る中心の「私」が潜んでいると考えられてきた。しかし、どうやら心臓は「私」の住処ではなく、単なる血液や栄養素の運搬ポンプ機能を担っている器官ということが明らかになった。そこで「私」探しの次のターゲットは頭部に移った。だから、イタリア人外科医が頭部移植計画を発表した時は非常にセンセーショナルに受け取られたわけだ。

 多くの脳神経学者は今日、頭の中に精神的機能を司る神経網が張り巡らされていると主張している。他者に同情したり、怒ったりする心の働きが脳神経のどの部分によって生じるか、今日の脳神経学者は詳細に知っている。だから、脳神経学者は「私(心)は頭の中にある」とかなり確信している(「ミラーニューロンが示唆する世界」2013年7月22日参考)。

 オーストリア国営放送(ORF)の科学欄で興味深いテーマが報じられていた。タイトルは「Wo der Glaube im Gehirm sitzt」(信仰は頭のどこにあるのか)だ。記事は「25年の間、神経科学者たちは脳のスキャンを使って、霊的および宗教的な経験の場所を特定しようとしてきた。最新の研究によれば、脳幹の進化的に古い領域が重要な役割を果たしていることが分かってきた。宗教的感覚は、初期の人類の生存にとって有利に働いたかもしれない」というのだ。

 オーストリアのグラーツ大学宗教教育学の研究リーダー、ハンス・フェルディナンド・エンジェル(Hans-Ferdinand Angel)教授は世界中の神経科学、心理学、宗教学の研究者たちとネットワークを構築し、長年にわたって「個人が信じているときにその頭の中で何が起こっているのか」というテーマに取り組んできた。同教授は、「信仰プロセスは脳の独自の機能であると確信しているが、信仰プロセスや信念が宗教と必ずしも関連しているわけではない」と指摘している。要するに、「信じる」、「信念」という人間の精神生活の源泉を追求しているというのだ。

 最近公表された研究では、特定の脳領域と霊性の経験との関連を探る試みが行われてきたという。その中で、ハーバード大学の研究者マイケル・ファーガソン氏(Michael Ferguson)は、特定の脳領域の損傷により、霊性が増加または減少する患者の事例研究を調査している。それにより、霊性に関連するネットワークが脳内にあること、古代の脳幹領域の「中脳水道周囲灰白質(PAG)」と常に連結していることが明らかになった、というのだ。

 PAGは、恐怖反応のホルモンの調節、痛みの制御、人間関係の形成、性的な愛とは無関係の愛に関与している。研究者たちは、人々が一般的に脅威を感じたり、自然災害を経験したりすると宗教性が増すと指摘している。また、霊性や宗教性は痛みを和らげ、プラセボ(偽薬)効果を高める助けにもなるという。さらに、宗教は愛や忠誠心といった価値観を促進し、それらの感情もPAGで調節されるというのだ。

 ファーガソン氏らは、「宗教が進化生物学的な利益を提供するかもしれない。これは人間が自己の終焉を理解しているという認識から生じ、人間は何かより高いもの、何か超越的なものを求めるようになり、ある種の超越的なもの、何かトランセンデントなものがあると人々に伝える働きを生み出す。自分の死が終わりを意味しない、という認識を生み出すわけだ。それが、生物の進化上、生存にプラスとなって働いてきた」ということだ。

 いずれにしても、「神経神学」はあくまでも生物学世界(人間の四肢五体)で「神」や「私」を見つけようとする神学の一つだ。人類の歴史では、心臓や頭脳ではなく、人間の足に神が存在すると考えられた時代もあったのだ。唯物論的な世界観がその基盤となっていることはいうまでもない。だから、敬虔な神経学者の中には、「神経神学」(Neurotheologie)と呼ぶことに抵抗を覚える学者がいるという。

 以上、ORFの科学欄で報じられたぺーター・ベリンガー記者の記事(7月23日)を参考にまとめた。

独CDUメルツ党首の「タブー破り」

 ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の勢いは留まるところを知らない。世論調査会社INSAが「ビルト・アム・ゾンターク」のために行った調査によると、AfDの支持率は22%で、1年間で支持率を倍増させた。前週より2ポイント上昇だ。野党第1党「キリスト教民主同盟」(CDU)は1ポイント減で26%だが、依然第1位だ。一方、ショルツ連立政権の社会民主党(SPD)は18%、「緑の党」は14%、そして自由民主党(FDP)は7%と変わらなかった。3政党から構成されたショルツ政権は支持率では既に50%を大きく下回っている。

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▲AfDとの連立を示唆したメルツ゚党首の問題発言で揺れるCDU本部(CDU公式サイトから)

 ところで、支持率でトップを走るCDUのフリードリヒ・メルツ党首(67)が23日、「地方レベルならば、AfDとの連立も考えられる」と発言したことが報じられると、AfD以外の政党から激しい批判の声が上がった。SPDのケビン・キューナート幹事長は「タブーを破るものだ」と批判。CDUのベルリンのカイ・ヴェグナー市長はツイッターで、「AfDは反対と分裂しか知らない。そんな政党とどのような協力ができるだろうか。 CDUは、ヘイト、分裂、排除をビジネスモデルとする党とは協力しない」と書いている。

 それだけではない。CDU連邦委員会のメンバー、セラプ・ギュレル議員も、「AfDとの協力はないということは、AfDとの如何なる協力もないことを意味する。どのレベルにおいても同じだ」と書き込み、CDUの外交専門家ノルベルト・レットゲン氏は、「CDUはAfDと連携しないことを党決議している。その決議を変更できるのは党大会だけだ」と述べている。連邦議会の副議長であり、CDU幹部のイヴォンヌ・マグワス氏はツイッターで、「地方議会から連邦議会まで、右翼過激派は右翼過激派だ。キリスト教民主主義者にとっては、右翼過激派は常に敵だ」とまで書いている。いずれもメルツ党首の発言を正面から非難しているわけだ。

 参考までに、CDUの姉妹政党「キリスト教社会同盟」(CSU)党首でバイエルン州のマルクス・ゼーダー首相は、「どの政治レベルにおいてもAfDとの協力を拒否する。AfDは民主主義を否定し、極右であり、私たちの社会を分断している。私たちの価値観とは両立しない」と強調している。

 例外はAfDだ。AfDはメルツ氏の発言を歓迎し、「今後はCDUとの協力を可能にしたい」と、メルツ氏にエールを送っている。AfDの党首ティノ・クルパラ氏は、「わが党を阻害してきた防火壁から最初の石が落ちた。州と連邦で私たちはその壁を取り壊すだろう。勝者は市民だ」と述べている。ちなみに、ドイツでは連邦憲法保護庁が2021年3月にAfDを右翼過激主義の疑いがあるとして監視対象に指定している。

 メルツ氏はZDF(第2独TV)のインタビューで、「党の禁止は政治的問題を解決するためにあったことは一度もない」と述べたが、「CDUはAfDとは協力しないが、連邦レベルにおいてだ。地方政治は連邦とは異なる。たとえば、旧東ドイツのテューリンゲン州のゾンネベルク郡で6月25日に行われた選挙で、AfDの候補がCDUの候補との決選投票を制し、首長に選出された。そしてザクセン=アンハルト州では市長に選出された。それらは民主的な選挙結果であるから私たちは受け入れなければならない」と主張している。

 AfDも隣国オーストリアの極右政党「自由党」(FPO)と同じように移民反対、外国人排斥などを訴えて支持率を伸ばしてきた。FPOは世論調査で与党の保守派政党「国民党」を抜いて第1党に躍進している。ただ、AfDもFPOも政権を握るためには連立パートナーが不可欠だ。特に、AfDの場合、どの政党もAfDとの連立を拒否してきた(「極右政党の“政権パートナー探し”」2023年6月14日参考)。

 その壁をメルツ党首が破る発言をしたのだ。SPD幹事長は「タブーを破った(Tabubruch)」と述べた理由だ。次期連邦選挙まではまだ2年余りあるが、今年秋にはバイエルン州とヘッセン州、来年秋には旧東ドイツ地域のテューリンゲン州、ザクセン州、ブランデンブルク州の3州で州議会選が控えている。メルツ党首の発言が有権者にどのような影響を与えるか、注目される。

21世紀の「ミニマリスト」の生き方

21世紀の「ミニマリスト」の生き方
 当方は最近、若者たちから「ミニマリズム」という言葉をよく耳にする。正直言ってその意味が分からなかった。美術界では「ミニマニズム」という芸術運動があったが、「ミニマリズム」は社会学的な意味を含んだ人生の生き方だ。そして若い世代でミニマリストと自称する人が結構増えてきているのだ。

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▲灼熱の太陽と一輪の花(バルコニーから、ウィーンで撮影)

 資本主義社会の消費文化で多くの商品(アイテム)、物質に囲まれて生きる日々から別れ、最低限度の物質だけを所持し、満足して生きていく脱消費文化とでもいえるかもしれない。ただ、1960年代から70年初めの「アンチ物質主義」、ヒッピーの出現といった社会現象ではなく、21世紀のミニマリズムは、物質の能率的な利用と快適な過ごし方を追求する「ポスト物質主義」の生き方といえるだろう。

 特に、コロナ禍の中で人々は生きていくうえで、何が必要で何がそうではないかを学んできた。20代、30代といった若い世代はコロナ禍時代の3年間で人生の生き方で再考を余儀なくされたのではないだろうか。

 生きていくうえで、どれだけの物質や機材が必要か。「絶対に必要なもの」、「あれば良い物」、「なくても生きていける物」、「ある必要がない物」、等々に分類できるかもしれない。オーストリアの日刊紙スダンダードによると、欧州の平均的な家は約1万点のアイテムを所有しているという。アメリカの平均的な家になると、なんとその3倍のアイテムを所持しているというのだ。アイテムに囲まれた生活だ。

 ミニマリズムは「シンプルは美しい」という哲学を人生で実践する生き方ではないか。地球温暖化による気候不順もミニマリズムを発破かける契機となったことは間違いないだろう。

 換言すれば、「人間と万物の関係」の再考だ。人が人生で悩むのは、多くは万物と関係する。若いミニマリストは自分の住居には最低限度の家具しか買わない。直ぐに引っ越しするからではない。生きていくうえで必要な家具は多くはない、という認識があるからだ。収集家以外、多くの腕時計を持っていても意味がない。腕時計は一つで十分だ、といった具合だ、出来るだけ物を買わないし、所持しないようにする。商売人は客がミニマリストと聞けば、顔をしかめるだろう。「豊かさ」、「幸せ」はどれだけ多くの万物を所持するかで決まるものではない、という人生哲学が多くの人々の心を捉えればに、商売人はお手上げとなる。

 仏教では「捨てる」、「捨離」という言葉がある。不必要な万物、思考を捨て、そこから自由になることが幸せに通じるというのだ。その意味で、ミニマリズムの歴史は長い。出家して修道院にこもり、真理を追究する人生もその時代のミニマリストだったといえるかもしれない。私たちは多数の不必要な万物に囲まれている。例えば、20枚、30枚のTシャツを持っていても、着用出来るシャツは1枚だけだ(ウィーンでは慈善団体「カリタス」や「フォルクスヒルへェ」が不必要な衣服を集めて、困っている人に提供している)。

 参考までに、ミニマリズムは中国で現在、若い世代で広がる「低欲望主義」とは違う。「躺平(タンピン)主義」の日本語訳の「低欲望主義」は、「食事は日に2回でいいし、働くのは年に1〜2カ月でいい。寝そべり(低欲望)は賢者の行動だ」といった哲学だ。ミニマリズムは低欲望主義ではなく、溢れる万物から解放され、快適な生活を享受するための積極的な対応だ。だから、ミニマリズムがニヒリズムに陥る危険は本来少ないはずだ(「『ニヒリズム』と中国の『低欲望主義』」2021年7月18日参考)。

 ただ、21世紀のミニマリズムは決して容易ではない。独週刊紙ツァイトは2020年1月30日、「なしでやっていく余裕がなければならない」という見出しで、ミニマリズムが「捨てる」という本来の世界とは別の新しいビジネスへの入り口となっている、と警告を発していた。同紙は「ここにきてミニマリズムは広告業界に完全に乗っ取られ、意味のない形で再解釈されている。今日のミニマリズムへのオマージュは、超富裕層や国際企業によってもたらされている」と批判している。

 「ミニマリスト」を自負する若い世代が増えてきたが、コマーシャルに乗って多目的の高級品に代えただけ、といった生き方が少なくないのかもしれない。いずれにしても、万物を愛をもって管理することは、多くの人にとってハードルが依然高いのだ。

プーチン氏「ハト派よりタカ派が怖い」

 ロシアのプーチン大統領は民間軍事組織「ワグネル」とその指導者、エフゲニー・プリゴジン氏による「24時間反乱」後、政権維持の重点を戦争反対の平和主義者や反体制派活動家対策から、戦争を支持しているが、そのやり方を批判する極右政治家、活動家の取り締まりに移してきている。あたかも、「プーチン帝国」を脅かす勢力はもはや平和主義者、民主主義者など「ハト派」ではなく、ひょっとしたらプーチン氏以上に強硬派、戦争推進者の「タカ派」勢力だといわんばかりにだ。

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▲超ナショナリストのイゴリ・ギルキン氏(ウィキぺディアから)

 プーチン大統領は昨年2月24日、ロシア軍をウクライナに侵攻させてから暫くは「特別軍事作戦」と呼んで、その軍事活動を国内ではトーンダウンして報じさせてきたが、昨年9月に「部分的動員令」を出し、ウクライナ軍との戦いが長期化し、ロシア兵の犠牲者の数も増える頃になって、ロシア国民は隣国ウクライナとの戦いが列記とした戦争であることが明らかになった。

 それを鮮明にした出来事はやはり「プリゴジン氏の反乱」だ。それ以降、プーチン氏は反乱を唆したロシア軍幹部たちを拘束する一方、「ワグネル」の再編成に乗り出し、プーチン氏の戦争指揮を批判するタカ派の政治家、活動家の取り締まりに乗り出してきた(「反乱後の『プリゴジン帝国』の行方」2023年7月3日参考)。

 ロシアのメディアが21日報じたところによると、元軍事情報官でドネツク人民共和国国防相に一時期就任したとがある超ナショナリストのイゴリ・ギルキン氏(52、別名ストレルコフ)が「過激主義を扇動した」という理由で拘束された。ギルキン氏はクレムリンのウクライナ戦争が「生ぬるい」としてロシア軍、そして軍の最高司令官でもあるプーチン大統領を批判してきた人物だ。ウクライナ戦争の扇動者であり、大ロシア帝国の再建を叫んできた過激な民族主義者だ。

 独語圏の代表紙ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング(NZZ)は21日付で、「ギルキンは2014年の春、ロシアの秘密情報機関の指示でドンバス地域でキエフからの分離支持者を扇動した張本人だ。彼はウクライナ上空でマレーシアの旅客機MH17を撃墜した責任により、オランダで無期懲役刑を受けている。87万5000人のフォロワーがいるテレグラムのチャンネルで、プーチンにより強硬な対応を求め、同じ考えの人々を『怒り狂った愛国者クラブ』に集めている」と紹介している。

 ギルキン氏はこれまでクレムリンの支援を受け、フリーハンドで動くことが出来たが、プリゴジン氏の反乱後、状況は激変した。プリゴジン氏がプーチン氏の支援を受け「ワグネル」を設置し、ウクライナ戦争でもロシア正規軍とは異なり、一定の戦果を挙げたが、「ワグネル」をモスクワに進軍させたことを目撃したプーチン氏は、攻撃的で風変わりな超愛国者ギルキン氏の言動にプリゴジン氏と同じ血が流れていると感じたのかもしれない。ギルキン氏を警戒し出したわけだ。

 プリゴジン氏はプーチン氏の料理人と呼ばれ、プーチン氏に忠実な人物だったが、ワグネルをスタートさせて以来、ロシア軍幹部への批判を強め、ショイグ国防相とゲラシモフ軍参謀総長の解任を要求して反乱を起こしたが、本人がいうようにプーチン政権の打倒は考えていなかった。一方、ギルキン氏はプーチン氏が始めたウクライナ戦争を支持し、擁護してきた。ギルキン氏はプーチン氏と同様、ウクライナの主権国家を否定している。その意味で、プーチン氏のナラテイブ(物語)に通じる世界観を有しているが、ウクライナ戦争が長期化するのにつれ、プーチン氏の戦争指揮が生ぬるいとしてプーチン大統領批判にトーンを高めてきた。プーチン氏から見た場合、ギルキン氏は明らかにレッドラインを越えてしまったのだ。

 ギルキン氏は愛国主義者、保守的伝道主義者グループに一定の人気を有することから、戦争が長期間するのにつれ、プーチン氏にとって、NZZ紙がいうように、「不愉快な事実を広めるギンギン氏は不都合な存在となってきた」わけだ。

 ただ、ギルキン氏が裁判で有罪判決を受けるならば、同氏への人気が逆に高まることが予想されるだけに、プーチン氏にとってギルキン氏拘束は非常に危険な政治的賭けとなるかもしれない。

“バチカンのクルーニー”は飛ばされた

 英国王室では社会からの批判に対して反論してはならない。王室を出ていったヘンリー王子の批判に対しも、チャールズ国王やウィリアム皇太子は面と向かって反論できない。民主的社会ではフェアではないが、英王室の慣習だ。同じことが、ローマ・カトリック教会最高指導者にして“ペテロの後継者”フランシスコ教皇の立場にもいえる。教会の刷新を目指す教皇に対して、教会内外から批判や中傷が絶えないが、教皇本人は反論したり、論争に加わったりはしない。

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▲“バチカンのジョージ・クルーニー”と呼ばれたゲンスヴァイン大司教とフランシスコ教皇(バチカンニュースから、2020年2月6日)

 だからといって、ローマ教皇は自身への批判や中傷に対し、沈黙して甘受するだけか、というとそうではないのだ。時が満ちたならば、宝刀を抜いて言われなき批判や中傷した人物をバッサリと切り捨てる。

 フランシスコ教皇はその宝刀を前教皇ベネディクト16世(在位2005年〜2013年2月)の元私設秘書ゲオルク・ゲンスヴァイン大司教に対して抜いたのだ。フランシスコ教皇は同大司教をバチカンから追放し、大司教の出身地ドイツに追い払ったのだ。

 ゲンスヴァイン大司教(66)は誰?という読者のために少し復習する。同大司教は“バチカンのジョージ・クルーニー”と呼ばれてきたハンサムな聖職者だ。ドイツのフライブルク大司教区出身で2005年2月以降、前教皇ベネディクト16世の私設秘書として広く知られるようになり、ベネディクトが2013年に生前退位後もその職務を務め、ローマ教皇に新たに選出されたフランシスコ教皇の下でバチカンの教皇宮殿長を一時期務めてきた。ゲンスヴァイン大司教は前・現2人のローマ教皇の秘書として仕えてきた唯一の高位聖職者なのだ。

 問題は名誉教皇だったベネディクト16世が昨年亡くなってからだ。ゲンスヴァイン大司教は職務がなくなった。新しい任務を受けるためにフランシスコ教皇の指令を待ってバチカン内で待機していた。そして人事が明らかになったのだ。

 バチカンは先月中旬、ゲンスヴァイン大司教が7月に故郷ドイツのフライブルク大司教区に戻ると発表した。ゲンスヴァイン大司教の新任地では、「恒久的な固定した任務はない」という。明らかに左遷人事であったことが判明したのだ。

 バチカンニュースが17日報じたところによると、大司教区では「ゲンスヴァイン大司教は洗礼や地域の祝祭礼拝など個別の任務を引き受ける。今秋からは名誉教会参事として、フライブルク大聖堂の定期的な礼拝を執り行うことになるだろう」というのだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 故郷に戻ったゲンスヴァイン大司教はイタリアの新聞「Corriere della Sera」のジャーナリストに対して、「まだ自分が何をするか見極める必要がある」と語り、「自分は大司教区ではただ邪魔者になっているだけだ」と呟いたという。

 同大司教の未来について、バチカンにとって重要ではない南米の教皇庁大使として派遣されるか、教皇庁立大学で教鞭を取るのではないか、といった噂が流れていた。実際は、正式な任務もなく故郷に戻ることになったわけだ。イタリアの上流社会との交流を愛し、テニスが大好きなゲンスヴァイン大司教にとって失望する人事だったことは明らかだ。

 フランシスコ教皇によるゲンスヴァイン大司教バッシングが始まったわけだ。その背景をまとめておく。ゲンスヴァイン大司教は今年1月、フランシスコ教皇とベネディクト16世に仕えてきた聖職者の立場から、両教皇の関係や問題などを暴露した本を出版した。同暴露本「Nothing but the Truth」がフランシスコ教皇を批判していることから、バチカン教皇庁内では「大司教の本の出版は教会の統一を破壊する恐れがある」として、本の出版を阻止すべきだという強硬発言すら聞かれた。

 ドイツ人聖職者ゲンスヴァイン大司教の本の狙いは亡くなったベネディクト16世の知られていない顔を読者に伝えるといった穏やかなものではなく、ズバリ、フランシスコ教皇批判に集中していた。

 ゲンスヴァイン大司教とフランシスコ教皇との関係を知る必要があるだろう。同大司教はベネディクト16世が2013年に生前退位し、南米出身のフランシスコ教皇が後継の教皇に選出された後、数年間はフランシスコ教皇の秘書の仕事を継続したが、2020年、フランシスコ教皇は自身の秘書を選び、ゲンスヴァイン大司教を解任する形で教皇庁教皇公邸管理部室長の立場を停職させた。大司教の仕事を名誉教皇となったベネディクト16世のお世話係の地位(私設秘書)に限定したわけだ。フランシスコ教皇の人事について、同大司教は本の中で「大きなショックを受けた」と正直に告白している。

 本の中ではまた、フランシスコ教皇がラテン語のミサなどを完全に撤回した時、ベネディクト16世はショックを受けたこと、フランシスコ教皇のジェンダ―政策に対し、ベネディクト16世が、「社会のジェンダー政策は間違っていると、もっと明確に批判すべきだ」という趣旨の書簡をフランシスコ教皇に送ったが、返答がなかったことなどを暴露し、同大司教は、ベネディクト16世とフランシスコ教皇の関係がメディアで報じられるような兄弟関係ではなく、最初から厳しいものがあったことを示唆し、その責任の多くをフランシスコ教皇に押しやっている。

 バチカン関係者によると、フランシスコ教皇はゲンスヴァイン大司教の本の内容を不快に感じたが、それを口に出すことはなかったものの、忘れていたわけではなかった。人事が下されたのだ。フランシスコ教皇はバチカン内でゲンスヴァイン大司教の顔を見なくてもいいように、ドイツに戻した。それも大司教が既にいるドイツのフライブルク大司教区にだ。その結果、ゲンスヴァイン大司教は公式の固定した任務のない大司教、という惨めな立場になったわけだ。

 フランシスコ教皇は外見は柔和だが、人事では厳しい。ベネディクト16世がドイツから呼んだ保守派の教理省長官ミュラー枢機卿の任期更新を拒否したり、アルゼンチン出身のビクトル・マヌエル・フェルナンデス大司教をここにきて教理省長官に任命するなど、人事を通じて自身の勢力圏を拡大していった。

 コンクラーベで教皇選出権を持つ枢機卿137人のうち、フランシスコ教皇が任命したのは102人だ。残りの35人はベネディクト16世、ないしはヨハネ・パウロ2世(在任1978年〜2005年)によって任命された枢機卿だ。同教皇は任期10年間で次期教皇選出会で自身の路線を継承する教皇が選ばれるように布石を打ってきたわけだ。

 一方、“バチカンのジョージ・クルーニー”と呼ばれ、2人の教皇に仕えたゲンスヴァイン大司教は、70歳をまだ迎えていないのに定年退職者のような、華やかさのない仕事を与えられたわけだ。
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