ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2023年05月

ペンテコステと「7000の言語」の世界

 ユダヤ系米国人の認知科学(Cognitive science)の専門家レラ・ボロディツキー氏によると、世界には約7000の言語がある。その中には口述だけで、時間の経過とともに消滅していく言語がある。各言語はその民族の歴史、文化、生活環境などと密接に繋がっているから、一つの対象、概念、感情を表現するのに数千の異なった言語が存在し、それぞれ独自の意味、概念を内包している。

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▲イタリアの画家ファン・バウティスタ・メイノの「ペンテコステ」

 ボロディツキー氏は、「言語の違いが認知能力に影響を与える。人々が根本的に違った言語で話すなら、考え方も違ってくる」と主張する。一時期、言語と思考は人類の普遍的な共有物だといわれてきたが、実際は、言語は、空間、時間、因果関係、他者との関係といった人間の経験の基本的な側面さえも形成していくことが明らかになってきた。「7000の言語」があるということは、「7000の異なった世界」があるということを意味するというのだ。

 例えば、オーストラリア北部のヨーク岬半島の西端にあるアボリジニの小さな集落ポーンプラウでは、英語やドイツ語とは異なり、そこで話されるクーク・ターヨール言語には、左や右などの相対的な空間表現(左右)はなく、 「コップは皿の南東にある」とか「マリアの南に立っている少年は私の兄弟です」と言う。ポーンプラウでは自分自身を明確に表現するには、常に羅針盤を念頭に置く必要がある。

 また、言語が異なれば、時間の表現方法も大きく異なる。 英語を母国語とする人は未来のことを考える時、無意識に体を前に傾け、過去のことを考える時に無意識に体を後ろに傾ける。アンデスで話される先住民族の言語であるアイマラ語は、過去について話す時は「前方」を意識し、未来について話す時は「後方」を意味する。なぜならば、過去は目撃し、体験したことだから「前方」に知覚できるが、未来は未体験だから知覚できないので「後方」という考えになるわけだ。

 「ハンスが花瓶を割った」といった状況を考えてみる。日本語やスペイン語では、その原因について言及することを躊躇し、「花瓶が割れた」という。スペイン語と日本語を話す人は、英語を話す人よりも事故について積極的に説明する傾向は少なく、誰が事故を引き起こしたかを覚えている可能性は低いという。また、バイリンガルの人は、現在使用している言語に応じて「世界観」が変わると証言している。好き嫌いでさえも、質問される言語によって異なるという。

 なぜ、そんなことを書くかというと、28日は「教会が始まった日」と呼ばれる聖霊降臨祭(ペンテコステ)だったこともあって、ペンテコステを記述した新約聖書の箇所を再読して改めて驚いたからだ。以下、少々理屈っぽい話だが、読んでもらえば幸いだ。

 聖霊降臨祭とはイエスの十字架、3日後の復活、40日間の歩み、昇天、その10日後に五旬節を迎える。興味深いのは聖霊が降臨すると、集まっていた弟子たちは学んだことがない国の異言を語り出し、周囲の人々を驚かせたというのだ。学んだことがないロシア語が突然、スラスラと飛び出したならば、本人はびっくりするが、周りの人も驚くだろう。そのような奇跡が2000年前、起きたのだ。新約聖書「使徒行伝」第2章に記述されている。

 ちょうど、「7000の言語」の話を聞いた直後だったので、当方はペンテコステの話を別の視点で考えることができると思った。イエスの福音を伝達するためには言語は大切だ。“ユダヤ教のセクト”と呼ばれた初期キリスト教会が中東地域、そしてローマに広がっていき、世界宗教に発展するまで多くの言語の壁をクリアしなければならなかった。宣教師の最初の仕事は任地での言語をマスターすることだ。言語、すなわち、ロゴスが全ての初めだった。

 ところで、旧約聖書の「創世記」第11章には「バベルの塔」の話が記述されている。神の戒めを破った人間たちが神のようになるため、天まで届く高い塔を建設しだした。当時は「全地は同じ発音、同じ言葉であった」という。そこで神は建設している人間たちの言葉を混乱させて、意思疎通できないようにさせた。その結果、言語が多数生まれた。現在7000余りの言語が存在するわけだ。

 「ヨハネによる福音書」によれば、神が創造した世界は全てロゴスからできるというから、現存する言語が統合されれば、神が創造したロゴスが蘇生するのではないか。具体的には、7000の言語を統合した暁には「バベルの塔」前の世界に戻り、神の世界を今以上に理解できることになる。神が創造した直後、世界を覆っていたロゴスの世界に戻ることになる。

 「私たちは知っている」というが、それは7000の言語の中の一つの言語体系、限られたロゴスから理解しているだけに過ぎない。だから、言語が混乱していなかった前のロゴスの全体像からはほど遠い。ということは、多種多様に広がった言語体系が統合されれば、混乱していたロゴスが本来の姿を現すことになる。その時、私たちはその対象を「知っている」と言えるだろう。

 ペンテコステの奇跡はイエスの福音の全体を把握するためには、言語の統合が不可欠であるということを間接的に教えているように思われる。ただ、7000の言語を全てマスターしている人間はいないから、神を知っている人は誰もいない。いずれにしても、神が創造したロゴスの原型をそのまま理解するするためには言語の統合が避けられないということになる。

 聖霊が降臨するとは、全ての言語体系の源流の本来のロゴスが現れることを意味したのではないか。だから、イエスの弟子たちはイエスの教えを理解し、迫害を恐れない強い使徒として生まれ変わっていったのだ。逆に、聖霊が降りない限り、神が分からない。無数の言語に別れたロゴスでは神の一部しか理解できないので、神の定義一つを取っても対立し、神戦争が起きる原因となる。現在の世界はそれだろう。

 ここで、少し飛躍する。心理学者カール・グスタフ・ユングが提唱した「集合的無意識」という概念がある。歴史、民族を越え、カインの殺人、洪水神話の話など、同じ体験談や共通の記憶が世界至る所に残されている。ひょっとしたら、本源のロゴスが「集合的無意識」となって歴史、民族を越えて人間の中に記憶されているといえるのではないか。換言すれば、「集合的無意識」が言語体系によって異なってしまったロゴスを結びつける接着剤のような役割を果たしているというわけだ。

 オーストリアはローマ・カトリック教国だ。29日の月曜日も「ペンテコステの月曜日」で祝日だった。「言語の統一」と言えば、気が遠くなるようなテーマだが、“21世紀のペンテコステ”を迎えて、言語の壁を越えて完全な相互理解が実現し、今まで隠されてきた神の世界が鮮明に分かる時が到来することを願う。

セルビアで大規模な銃犯罪防止集会

 バルカンの盟主セルビアの首都ベオグラードで27日、数万人の国民が銃犯罪、暴力犯罪の防止を要求して抗議集会を開いた。同集会は今回が4回目で、親欧州派の5野党が主催した。スロボダン・ミロシェヴィッチ大統領(当時)の辞任を要求した2000年の大規模デモ以来、最大規模の抗議活動に発展してきた。

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▲雨降りの中、傘を差して抗議運動に参加するセルビア国民(ベオグラードの日刊タブロイド紙クリルから、2023年5月27日)

 ベオグラードの日刊タブロイド紙クリルはデモ集会を詳細に報じている。集会は大規模だったが、平和的に行われた。

 「反政府勢力の『暴力に対するセルビア』抗議活動は今回4度目だ。抗議活動は午後6時ごろ始まり、国会前で集会が開かれ、ベオグラード中心部の交通が遮断された。7時半少し前、集まった人々は公共放送ラジオ・テレビジヤ・スルビイェ(RTS)の建物に向かって歩き始め、そこからタシュマイダンスキ公園に移動し、そこで集会の主催者の代表が演説。抗議活動は午後8時頃に終了した」

 デモ集会の直接のきっかけは、5月初めに2件の銃乱射事件が発生し、18人が死亡、多数が重軽傷を負ったことだ。事件にショックを受けた国民が政府に銃規制の強化などを要求する一方、治安担当のガシッチ内相とセルビア保安・情報局(BIA)のブーリン長官の辞任を要求してきた。

 反政府支持者はベオグラードのダウンタウンにあるRTSの建物前で、ヴチッチ大統領がRTSに対する厳しい規制を緩め、非政府の声をもっと反映するように強調し、同局の経営陣と編集長の辞任を求めた。そして若い世代に暴力と憎悪を助長しているピンクとハッピーの2つのテレビ局の周波数ライセンスの取り消しを要求、同時に、権威主義的なヴチッチ大統領の退陣を要求するなど、政治運動に発展してきた。

 セルビア国民をショックに陥れた2件の銃撃事件を少しふり返る。

 .戰グラードの初等学校(小学校=8年制)で3日、13歳の7年生生徒が校内で銃を乱射し、8人の生徒、1人の学校警備員を殺害するという事件が発生し、セルビア国民に衝撃を与えた。

 犯人の少年は自宅から父親の所有している銃を持って犯行に及んだ。少年は犯行後、自分から警察に電話をかけ、現場に駆け付けた警察に逮捕された。セルビア政府は5日から3日間、喪に服した。

 F瓜件の翌日(4日)、今度は21歳の男性がベオグラードの南約50〜60キロにあるムラデノヴァツ市近郊で車から銃を乱射するなどをして8人を射殺し14人が重軽傷を負った。警察は5日、逃走中の男性を逮捕した。犯行の動機は不明だ。セルビアで2日間(3日と4日の両日)、銃による大量殺人事件が発生したことになる(「セルビア国民、3日間の喪に服す」2023年5月6日参考)。

 セルビア政府は4日、今後2年間、新しい銃の免許の発行を停止すると共に、今後3カ月間、内務省が銃器と弾薬が適切に保管されていることを確認するために、銃所有者の検査を強化することを決定した。また、内務省は国民に違法な武器を提出するよう求めた。公式情報によると、これまでに5万丁以上の武器が引き渡されたという。野党は、政権が管理する個々のメディアも社会での暴力の助長に大きく影響を与えていると主張している。

 一方、ヴチッチ大統領は26日、野党側の抗議活動に対抗するために与党支持者を動員し、20万人以上の大集会を開催した。「希望のセルビア」をモットーに開催された同集会には、ハンガリーのペーター・シジャルト外相とスルプスカ・ボスニア共和国のミロラド・ドディク大統領らが演説に招かれた。

 ヴチッチ大統領は、「2件の大量殺人事件の後、人々が怒り、恐怖を感じているのは当然だ。そして抗議活動で何かを変えたいと思っている人は子供たちがより安全になることを願っている。しかし、旧政権または野党の政治家は、直接関係のない議題まで拡大し、今回の出来事を自身の活動に利用している」と指摘し、2件の暴力事件を政治利用していると批判した(クリル電子版)。

 それに対し、野党側は、「国民は子供たちや愛する人のことが心配でデモ集会に参加しているが、政府関係者は攻撃的なレトリックで火に油を注ぎ、抗議活動をますます大規模化させている。政府は市民の抗議活動を嘲笑しているため、政府代表者に対する怒りを更に増大させる結果となっている」と述べている。

 なお、ヴチッチ大統領は27日、野党側の要請を拒否する一方、与党「セルビア進歩党」(SNS)の党首を辞任した。後任には、ヴチッチ氏の腹心、ヴチェヴィッチ国防相を選出している。同大統領は、「今後は大統領職に専念し、全国民のために努力していく」と表明している。なお、テレビ局ピンクは、残忍な暴力シーンで知られるリアリティ番組を中止するという。

中国の和平案は「ウクライナ領土分割」

 「平和」、「寛容」、「連帯」など一連の言葉は別に政治用語とはいえないが、政治分野で利用される時、その意味する内容を変え、イデオロギー色を帯びてくるケースが多い。中国共産党政権が「和平」という言葉を使用した場合はそうだ。「和平」という言葉は響きはいいが、実は中国共産党政権の思想と合致している内容を「和平」という言葉でカムフラージェしているだけのことが多い。その典型的な例はウクライナ戦争で中国共産党政権が作成した12項目からなる「ウクライナ和平案」だ(「中国発『ウクライナ和平案』12項目」2023年2月25日参考)。

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▲ラブロフ外相と会談する中国の李輝特別代表=左から3番目(2023年5月26日、ロシア外務省公式サイトから)

 欧米メディアの中には、中国が公平な和平調停役を演じると期待する論調も一部みられるが、大多数は中国共産党政権の言動には懐疑的だ。それなりの理由はある。

 習近平国家主席は3月20日、3日間の日程でロシアを訪問し、プーチン大統領と会見したが、同主席はプーチン氏に、「国家の主権を尊重:一般に認められている国際法と国連憲章は厳密に遵守されなければならない」(中国版和平案第1項目)と明記した「ウクライナ和平案」には言及せず、「包括的な戦略的パートナーシップと協力」を2030年まで拡大するため、2つの主要な協定に署名しただけだ。ロシアがウクライナに侵攻して以来、中国はロシアとの経済・外交関係を強化するだけで、ロシアのウクライナ侵略を公に非難したことはないのだ。

 ちなみに、プーチン氏にとっては「(ウクライナの)主権を尊重せよ」といわれても平気かもしれない。同氏のナラティブ(物語)では、ウクライナは存在せず、ロシア領土だから、主権蹂躙には当たらないからだ。中国側もプーチン氏を研究しているから、「和平案第1項目」を読んでもプーチン氏が気を悪くすることはない、と判断していたのかもしれない。

 中国政府は5月に入り、李輝ユーラシア事務特別代表を欧州、ウクライナ、そしてモスクワに派遣し、和平交渉への本気度を国外に示したが、その結果、残案ながら和平の調停役を担う資格がないことを改めて明らかになった。

 ロシアのラブロフ氏は26日、李輝特別代表と会談し、「ウクライナとの和平交渉には障害がある。わが国は外交による紛争解決に努力しているが、ウクライナ政府とそれを支援する西側諸国が紛争解決を願っていない」と主張し、いつものように責任はウクライナと米国を含む西側諸国にあると強調した。

 一方、李輝氏は欧州に対し、ウクライナ東部の占領地域をロシアに「譲渡」し、即時停戦を促すよう求めたという。ウクライナ戦争はプーチン大統領が昨年2月24日、ロシア軍を侵攻させたことから始まったという事実を完全に無視し、ウクライナにロシアの占領領土を容認せよと求めているのだ。本末転倒だ。駐モスクワ中国大使を務めたことがある李輝特別代表が提示した和平案はロシア軍の侵略を容認する内容だ。ロシア外務省の情報によると、「ロシアと中国両国は地域と世界の平和と安定を維持するために今後とも外交政策協力をさらに強化する意向で一致した」というのだ。

 なお、ロシア安全保障会議のドミトリー・メドベージェフ副議長は、ウクライナ西部地域を欧州連合(EU)加盟国に、東部地域をロシアに譲渡し、中央地域の住民はロシアへの加盟を投票で決めるといった和平案をテレグラムに掲載している。ウクライナの領土分断案だ。ロシア軍が占領しているウクライナ東部・南部の領土をロシア側として認めよ、という暴論だ。

 李輝特別代表はモスクワ訪問前に、ウクライナ、ベルリンを訪問したが、ウクライナのクレバ外相は李輝特別代表に「ウクライナの領土一体性の重要性」を要求し、ドイツ政府からは「ウクライナからロシア軍を撤退させるようモスクワに圧力をかけるように」と求められている。

 ウクライナのポドリャク大統領府顧問は、領土分割の和平案について、「ウクライナ全土の解放を想定しない妥協のシナリオ」だと指摘。「民主主義の敗北、ロシアの勝利、プーチン政権の存続、国際政治での衝突急増を容認するのに等しい」と批判している。

 ゼレンスキー大統領は、「ロシア軍が占領した領土を奪い返すまでロシアとは停戦交渉に応じない。また、(戦争犯罪の張本人の)プーチン大統領とは如何なる交渉にも応じる考えはない」とはっきり述べている。

 ウクライナ側の「主権領土の堅持」とロシア側の「領土分割案」では和平交渉が成立することは難しい。ラブロフ外相は中国の和平への努力について、「ウクライナ危機に対する中国のバランスの取れた姿勢と、解決に積極的な役割を果たす意欲に対して感謝している」と述べたが、中国の調停を「バランスの取れた姿勢」と評価するのはロシアだけで、中国作成「ウクライナ和平12項目」はバランスの欠けたロシア支持の妥協案に過ぎないことを李輝特別代表は改めて明らかにしたわけだ。

ウクライナ軍の「反撃」は既に始まった

 ウクライナの大統領補佐官ミハイロ・ポドリアク氏(Mychajlo Podoljak)によると、今年に入って囁かれてきた「ウクライナ軍の反撃」は既に始まっているという。同氏はイタリアのテレビとのインタビューで、「反撃は何日も続いている。これはウクライナとロシア間の1500キロメートルの国境に沿った激しい戦争だ」と説明している。

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▲ウクライナ特別通信・情報保護国家奉仕の日を記念し演説するゼレンスキー大統領(2023年5月25日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 ウクライナのゼレンスキー大統領は機会ある度に、「準備が整い次第、軍は反撃に出る予定だが、もう少し時間が必要だ。さらに多くの装甲車両の到着を待っているところだ」と説明し、欧米諸国には繰り返し武器の供与、最近は戦闘機の供与を申し出てきたが、反撃の時期については答えてこなかった。

 ロシア軍と戦闘中のウクライナ側としては「いつ反撃に出るか」は言えないから、ゼレンスキー大統領が反撃の時を公表しないのは当然だろう。ポドリアク補佐官によると、最近のウクライナとの国境に接するロシア西部ベルゴロドでのロシア系武装集団の攻撃、5月3日未明のモスクワのクレムリン上空を襲った2機の無人機侵入などは「ウクライナ軍の反撃」を裏付けているわけだ。欧米の軍事専門家は「ウクライナ軍が最近、ロシア軍占領地の燃料貯蔵所やインフラに対する攻撃を増やしていることから、大規模な反撃の兆候ではないか」と推測してきた。

 ポドリアク補佐官はツイートで、「反撃開始といっても、特定の日の特定の時刻に赤いリボンカットの儀式で始まる1回限りの出来事ではない。さまざまな方向で占領中のロシア軍を破壊することを目的とした数十の異なる行動を含む」と述べ、「ロシア軍の兵站への集中的破壊は既に始まった」と述べている。

 ポドリアク氏はまた、ロシア反体制武装集団がベルゴロド地域で攻撃した件について、「ウクライナは関与していない」と否定する一方、「プーチン大統領は自国の領土を守ることさえできない。国境地域で起きていることはプーチン大統領にとって衝撃だろう」と強調し、「ウクライナはロシア領土への攻撃を望んでいない」と重ねて主張している。

 ところで、ロシア西部ベルゴロド州(Belgorod)を攻撃した親ウクライナのロシア武装集団「ロシア義勇軍」と「ロシア自由軍団」と呼ばれる2つの武装グループについて、追加情報があるので紹介する。

 2つの武装集団は米国製車両を利用していたという。彼らがどのようにしてそれらを入手したかは不明という。米紙ニューヨーク・タイムズによると、ベルゴロドのロシア国境地域への攻撃には少なくとも3台の米軍装甲車両が使用されたという。米国はウクライナに軍事面でも財政面でも支援していることは周知の事実だ。

 米国務省のマシュー・ミラー報道官はニューヨーク・タイムズの報道について、「われわれは現在、これらの報道の信憑性について懐疑的だ。米国はロシア国内での攻撃を奨励したり許可したりしていない。しかし、この戦争をどのように遂行するかを決定するのはウクライナ次第だ」と強調した 。

 装甲車両に乗った重装備の兵士の大規模なグループが22日、ウクライナからロシア領土に入った。彼らは「ロシア義勇軍」と「ロシア自由軍団」と呼ばれる親ウクライナのロシア武装グループだ。ウクライナ軍諜報機関は、「『ロシア自由軍団』と『ロシア義勇軍』はロシア人だけで構成されている。彼らはウクライナ民間人を保護するための安全地帯を創設するため戦闘を開始した」という。ちなみに、「彼らはウクライナから来た。彼らはそこで装備され、そこで訓練されている」と、ドイツ民間ニュース専門局ntvのモスクワ特派員ライナー・ムンツ氏は語っている。

 「ロシア義勇軍」(RDK)のリーダーはデニス・カプースチン氏(Denis Kapustin)だ。彼はロシア人でネオナチとみなされている。ウクライナは右翼過激派とは距離を置き、当時は関与を否定していた。RDKは、2022年8月、ウクライナのために戦うために結成されたロシア義勇軍の部隊だ。RDKはウクライナ軍とは関係なく、ウクライナ解放のために戦っているのではなく、プーチン大統領打倒を目指していると受け取られている。ウクライナ政府は彼と彼の部隊を認めていないが、プーチン大統領と彼の侵略戦争に反対しているという理由で、カプースチン氏の活動を容認している可能性はある。

 一方、「ロシア自由軍団」はRDKとは異なり、ウクライナ軍の一部隊だ。この軍団はロシア軍からの亡命者、ロシア人志願兵、捕虜で構成されている。同集団は、2016年以来ウクライナに住んでいるロシアの野党政治家イリヤ・ポノマリョフ氏が指導者だ。ポノマリョフ氏(Ilja Ponomarjow )はまた、ロシアの著名な親プーチン派のダリア・ドゥギナ、ヴラドレン・タタルスキー、ザハル・プリレピンに対する襲撃事件の犯行声明を出した「共和党国民軍」の背後にいるとみられる。ポノマリョフ氏は英LBCラジオとのインタビューの中で、ベルゴロド地域での作戦への軍団の参加を認め、「この戦争はウクライナでは終わらない。モスクワでしか終結しない。具体的には、プーチン政権が交代した時だ」と自身の目標について語っている。

 以上、ドイツ民間ニュース専門局nTVの報道内容を参考にまとめた。

独「最後の世代」に大規模な強制捜査

 環境保護運動の過激派グループ「最後の世代」に対し、ドイツで連邦7州、15カ所で24日早朝(現地時間)、強制捜査が入った。ドイツのメディアによると、捜査には約170人の捜査官が参加、「最後の世代」関連事務所などを捜査した。捜査容疑は犯罪組織の結成または支援で、22歳から38歳までの計7人が容疑者として捜査対象となっている。容疑者のうち2人は昨年4月にトリエステ・インゴルシュタット石油パイプラインを妨害しようとした疑いが持たれている。

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▲ベルリンの「最後の世代」の拠点を強制捜査する警察隊(2023年5月24日、ドイチェランドラジオ放送のHPから)

 「最後の世代」の広報担当者、カーラ・ヒンリヒス氏のアパートも家宅捜索された。25人以上の警察官が同広報担当者の部屋に入った時はヒンリヒス氏まだベッドにいた。検察庁によると、強制捜査は多数の刑事告訴に基づいて行われたという。

 「最後の世代」は、ドイツやオーストリアで地球温暖化防止を訴え、美術館、博物館で絵画や展示品にペンキをかけたり、ラッシュアワーの主要道路に座り込み車の通過を防止するなどして、注目されてきた。

 「最後の世代」は5月を「活動月間」としてさまざまな過激な活動を展開し、国民からも批判の声が上がっていた。路上を封鎖する活動家に対し、イライラした自動車運転者らが活動家に殴る蹴るの暴行を加え、路上から暴力的に引きずり出すなどのシーンも出てきた。ポツダム地方裁判所は初めて「最後の世代」を犯罪組織として認めている(「環境保護活動が『殺人事件』になる時」2023年5月12日参考)。

 ドイツの首都ベルリンでは24日夜、「最後の世代」メンバーや支持者数百人が警察の強制捜査に抗議してデモを行った。彼らは、ツイッターを通じてベルリン、ハンブルク、ドレスデン、ハノーバーでのデモを呼びかけた。ベルリン警察によると、約300人のデモ参加者がブランデンブルク門に向かってデモ行進した。「最後の世代」のヒンリヒス広報担当者は、「警察側がわれわれを犯罪者扱いにしたとしても地球温暖化阻止の運動は今後も続けられる」と主張している。

 一方、ドイツのフェーザー内相は警察側の大規模な強制捜査について、「今回の措置は、法の支配を破壊する言動は許されないことを明らかにしたものだ。法の支配で越えてはならない一線は非常に明確だ。合法的な抗議活動とはいえ、他者の権利を侵害するなどの犯罪行為は許されない。このレッドラインを越えた場合、警察は行動しなければならない」と説明した。そして「最後の世代」の道路封鎖について、フェーザー内相は、「『最後の世代』のメンバーたちは彼らの行動が犯罪であることについて全く理解していない」と強調した。

 ショルツ独連立政権下の経済相(副首相兼任)を務める「緑の党」のロベルト・ハベック氏は今月2日、「民主主義の社会では政治運動は幅広い多数派を生み出すべきだ。『最後の世代』の活動家には敬意を持っている。彼らは未来に対して恐れている。ただ、国民から批判を受ける活動は政治的には間違っている」と強調し、環境保護グループの過激な活動に対して距離を置く発言をしている。

 なお、警察、検察当局の強制捜査について、他の環境保護グループは批判している。例えば、「エンデ・ゲレンデ」(Ende Gelande)はツイッターで、「強制捜査を受けたのは気候危機を警告する人々で、それに本来責任を負うべき政治家や企業ではなかった」と非難。同じように、グリーンピース理事のマーティン・カイザー氏は、「警察側の行為は完全に不釣り合いだ。地球温暖化を懸念し、気候保護のために活動する人々が犯罪者にされている」と指摘する、といった具合だ。

 警察側の説明では、容疑者は「最後の世代」の犯罪行為の資金を提供するために募金キャンペーンを組織し、少なくとも140万ユーロを集めたという。その金がどこから来たかが捜査対象となっている。警察側は押収額については明らかにしていない。

 捜索は7つの連邦州、具体的にはヘッセン州のフルダ地区、ハンブルク、ザクセン=アンハルト州(マクデブルク)、ザクセン州(ドレスデン)、バイエルン州(アウクスブルクとミュンヘン)、ベルリン、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州のゼーゲベルク地区で行われた。初期情報によると、強制捜査は平和的に行われ、「最後の世代」のウェブサイトは押収され、検察の命令により閉鎖された。

 捜査はバイエルン州過激主義・テロ対策中央局が中心に行っているが、ミュンヘン検察庁の報道官は、「『最後の世代』が過激派やテロリストとして分類されていることを意味するものではない。現在の捜査状況によれば、『最後の世代』はテロ組織ではなく、犯罪組織と推定している」という。

 「最後の世代」(ラスト・ジェネレーション)という名称は、「私たちは気候変動の影響を感じた最初の世代であり、それに対して何かが出来る最後の世代だ」と述べた バラク・オバマ元米大統領の2014年9月23日のツイートからとったもの。「最後の世代」は2021年にドイツとオーストリアで創設され、昨年初頭から活動を開始している。

 いずれにしても、「最後の世代」は警察・検察当局の大規模な強制捜査に反発しているだけに、今後の活動に目を離せない。「最後の世代」のメンバーには良し悪しは別として強い終末観がある。「今立ち上がらなければ遅い」といった強迫観念ともいえる。だから、社会から批判され、罵倒されれば、逆にその信念と結束を強め、言動を過激化する傾向が予想されるからだ。

ロシアで反体制派武装集団の出現?

 ウクライナの国境に接するロシア西部ベルゴロド州(Belgorod)で22日、ロシア系の武装集団による攻撃が起きた。グループは「ロシア義勇軍」と「ロシア自由軍団」と呼ばれ、ウクライナを支援し、プーチン大統領の打倒を目指しているという。

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▲プーチン大統領、ロシア連邦最高位の国家勲章の授与式をクレムリンの聖カタリナホールで挙行(2023年5月23日、クレムリン公式サイトから)

 以下、オーストリア国営放送(ORF)の関連記事を参考にまとめた。

 ロシアの情報によると、22日、ウクライナから装甲車両に乗った武装集団がベルゴロドのロシア国境地域に入り、砲撃と爆発があった。ロシア側は、1人が死亡、13人が負傷したと発表した。その後、侵入した戦闘員らは押し戻され「排除」されたという。ロシアは「ウクライナ側のテロ行為」とみなし、キーウを非難している。

 ロシア当局は23日、事態を完全に把握し警戒状態を解除したと語ったが、ベルゴロド州のヴャチェスラフ・グラドコフ知事は、「ドローンによる攻撃があった」ことを認めている。ただ、現地の情報は確認できない状況だ。

 ロシア側では一時的だが、「対テロ作戦」が指令された。ロシアで「対テロ作戦」が施行されたのはロシア軍のウクライナ侵攻が始まって以来、初めて。「対テロ作戦」は1999年頃、ロシアのチェチェンでの軍事行動中に導入されたことがある。警察と軍に大幅な権限を与えるものだ。グラドコウ知事は24日、「対テロ作戦」が終了したと発表した。

 イーゴリ・コナシェンコ軍報道官は、対テロ作戦で、「70人以上のウクライナ人テロリストが殺害され、装甲車両4台とSUV5台が破壊された」と述べた。軍は空爆と砲撃を行ったという。国防省はビデオで、攻撃者に対する空爆の状況を見せた。

 コナシェンコフ軍報道官によると、侵略者の一部はウクライナ領土に撤退したという。22日に行われたベルゴロド地域への攻撃は「アルテモフスクでの敗北に対するキーウ側の報復行為だ」と主張した(モスクワでは、ウクライナの都市バフムートは、旧名でアルテモフスク(Artjomowsk)と呼ばれている)。

 ロシアのドミトリー・ペスコフ報道官は23日、ロシア本土への攻撃に「深い懸念」を表明し、「彼らはウクライナの戦闘員だ。ウクライナにはロシア系の国民がたくさんいるが、彼らはウクライナ人の戦闘員だ」と述べた。

 「ロシア義勇軍」と「ロシア自由軍団」は今回の攻撃を認め、「われわれはウクライナ側を支援している」と表明。「ロシア自由軍団」はウクライナのテレビで「国境沿いに非武装地帯」を創設したいと述べ、「私たちはあなたの敵ではない。自由は近づいている」と語ったという。

 一方、ウクライナ側は今回の軍事行動について「キーウはそれらの軍事行動とは何の関係もない」と述べ、関与を否定する一方、「ロシアにはロシア国民で構成されたゲリラグループが存在する」と指摘した。

 なお、ここ数カ月間、国境近くのロシア地域では砲撃の報告が頻繁に聞かれる。同地域の住民は常に警戒態勢にあって、短い間隔で何度も避難命令が出されるという。4月にはベルゴロド上空でロシアの戦闘機が弾薬を失うという不祥事が起きている(オーストリア国営放送のHPから)。

 ニューヨーク・タイムズ紙は同武装集団の戦闘員とインタビューしている。そこで戦闘員はロシアに対して武器を取る理由について、.蹈轡軍のウクライナ侵略に対する道徳的怒り、∈О関係で親戚の多いウクライナを守りたい、プーチン大統領への嫌悪感などを挙げている。同紙によると、戦闘員たちは現在、ウクライナ軍司令官の信頼を勝ち取っているという。

 5月3日未明、ロシアのクレムリン宮殿に向かって2機の無人機が突然、上空から現れ、それをロシア軍の対空防御システムが起動して撃ち落すという出来事があった。ロシアは「ウクライナはプーチン大統領を無人機で攻撃した。攻撃は計画されたテロ攻撃だ」と強調し、プーチン大統領暗殺未遂事件と説明していた。キーウ側は「モスクワのでっち上げだ」と非難した。

 興味深い点は、ロシア側は、今回のロシア系反体制武装グループの攻撃と無人機のクレムリン侵入事件をいずれも「テロ行為」と呼んでいる一方、ウクライナ側は両件ともその関与を否定していることだ。明確な点は、両件ともウクライナ領土内で起きたことではなく、ロシア領土内での出来事だ。

 プーチン氏にとって最大の懸念は、ウクライナ寄りのロシア武装グループがプーチン大統領の軍指揮に不満をもつロシア軍の一部と連携して反プーチンで立ち上がるシナリオだろう。

 ウクライナ軍は反攻をまもなく開始するというが、プーチン大統領の失権の日は予想以上に速いスピードで近づいてきているのかもしれない。

ハンガリー政府の経費削減の「奇策」

 日本の広島で開催された先進7カ国首脳会談(G7広島サミット)は無事終わった。これからは欧州の動向に再び焦点を合わせていこうと考えていた矢先、ビックリするようなニュースがブダペストから入ってきた。ニュースバリューはあるが、日本のメディアでは余り報じられていないので、これまた驚くと共に、「日本にとって欧州はやはり遠い世界なのだ」という現実を改めて実感した次第だ。

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▲欧州の移民対策でドイツのフェーザー内相(左)と会談するオーストリアのカーナー内相(2023年5月25日、オーストリア内務省公式サイトから)

 本題。ブダペスト発のニュースは欧州が今、直面している移民問題と関連する。欧州連合(EU)の異端児と呼ばれ、欧州の統合の破壊者と受け取られているハンガリーのオルバン首相は国内で拘留中の外国人の不法移民密入国業者を早期釈放して、国外に追放しているという。この措置は密入国業者への恩赦ではない。外国人の移民密入国業者を刑務所に長期間収容し続けるためには経費がかかるからだ。もう少しシンプルにいえば、経費削減策だ。

 ハンガリー政府が先月末に発布した規制によると、投獄された人身売買業者は72時間以内にハンガリーを出国すれば釈放される。ハンガリーの刑法は、密航者に対して通常2年から20年の長期懲役刑を規定している。

 公式情報によると、ハンガリーでは現在、73カ国から約2600人の外国人が刑務所に収監されており、その大半が密入国で有罪判決を受けた犯罪者だ。ハンガリーのメディアによると、セルビア、ルーマニア、ウクライナから密航者700人が既に釈放された。ただし、釈放から72時間以内にハンガリーを出国しなければ、直ちに再逮捕される。

 最近では、どの国でも麻薬関連法違反者が多く拘留されている。例えば、大麻を初めて消費した人間を全て逮捕して、刑務所に送れば、どの国の刑務所も囚人で溢れる。だから、重犯罪者を収容するために、軽犯罪者を刑務所に収容しなくてもいいように、刑法の改正を進めている国が多い。

 具体的には、大麻消費者の非犯罪化が欧州のトレンドだ。ドイツのショルツ政権は現在、大麻の合法化法案を進めている。特定の施設や消費ルートを政府側が設置することで、大麻の部分的合法化を進めているのだ(「独政府『大麻の合法化法』を発表」2023年4月15日参考)。

 ここまで書いてくると、オルバン政権の「有罪判決を受けた密入国業者を長い間、刑務所に拘留することは経済的負担が大きい」という理由もけっして飛び抜けて驚くべきことではないのかもしれない。「大麻消費者」の非犯罪化を外国人の「密入国業者」の非犯罪化に拡大適応しただけだといえるからだ。ただ、「大麻消費」と「不法移民の密入国業者」ではその犯罪の重さは違う。

 毎年、多くの難民がバルカン半島経由で西ヨーロッパに入ろうとするが、その多くは密入国業者の助けを借りる。ハンガリー政府の決定を受け、現在、条件付きで数千人が釈放されている。隣国オーストリアは釈放された密入国者が入国するのではないかと警戒し、隣国との国境での取り締まりを強化中だ。オーストリア内務省によると、ハンガリー、ルーマニア、セルビアからの車両は集中的に検査されている。

 ハンガリーで有罪判決を受けた密入国者の早期釈放は、ウィーンとブダペストの間で外交的緊張を引き起こしている。オーストリアのシャレンベルク外相は21日、ハンガリーのシ―ヤールトー外相と会談して、ブダペスト側の意図などについて話し合っている。

 不法移民の密入国は重犯罪だ。重犯罪者を一方的に釈放させるということは周辺国家の安全にも大きな影響を与える。ハンガリーのメディアによれば、釈放された密入国業者のルーマニア人、ブルガリア人、セルビア人がハンガリーの刑務所を出た後、オーストリアや他の西側諸国に向かっているという。ハンガリーの厳格な移民政策を評価してきたオーストリアの極右政党「自由党」のヘルベルト・キックル党首も今回のハンガリー政府の決定に対しては「理解できない」と批判している。

 参考までに、2015年8月、ウィーンとブダペストを結ぶ高速道路に放置されたトラックから71人の遺体が発見されたことがある。トラック内で窒息死した遺体の多くはシリア難民だった。密入国業者が彼らを欧州まで運ぶ途上だった。

 移民を欧州に連れて行く密入国業者のビジネスは巨大だ。現在、数千人の移民がセルビアの森林で厳重に警備された国境フェンスを越えてハンガリーに入る機会を待っている。彼らの最終目的地はドイツだ。移民希望者は欧州入りするために数千ユーロをプロの業者に支払う。

 なお、ロシアのプーチン大統領は不法移民の西側殺到を欧州を混乱させる武器として利用しているといわれる。偶然にも、ハンガリーの不法移民の密入国業者早期釈放は、プーチン氏の画策を意識的か、無意識かは別として、支援することになる。ちなみに、ハンガリーはEUによる5億ユーロ相当のウクライナへのさらなる軍事援助を阻止している。資金は欧州平和ファシリティ(EPF)から出されるもので、加盟国の全会一致でのみ放出できる。親ロシア派と受け取られているオルバン首相のためにも、今回の密入国業者釈放はあくまでも経費削減を動機としたもであってほしいものだ。

ショルツ独首相「日韓関係改善」評価

 ドイツの対日観は常に友好的というわけではない。日本が隣国・韓国との関係で険悪な時代、例えば、文在寅前政権下では、ドイツの対日観はかなり批判的だった。ベルリン市内の公園で慰安婦をモチーフにした「少女像」が建てられた時、ドイツは日本側の少女像の撤去要請を拒否して、現在に及ぶ。ドイツの日本観は、保守派政党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)主導の政権時代でも左派系の社会民主党(SPD)主導連立政権下でも大きな相違はなかった。

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▲岸田首相、韓国人原爆犠牲者慰霊碑に献花後、尹錫悦大統領と首脳会談(首相官邸公式サイトから、2023年5月21日)

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▲ショルツ首相と尹大統領(2023年5月21日、ソウルで、聯合ニュースから)

 日本とドイツは第2次世界大戦での敗戦国だ。ドイツの場合、ナチス・ドイツ政権の戦争犯罪へのトラウマが大きい一方、日本も戦争の加害国として中国や韓国などアジア諸国の一部から批判され続けてきた。その両国は戦後、世界の代表的な経済大国として復興した。ドイツと日本は互いに意識するか否かにかかわらず、戦争の重荷と責任を感じながら終戦後、経済国として発展してきたという点で似ている。そして似ているがゆえに、相手の負の面に反発心が生まれてくるものだ(「独で見られる反日傾向と『少女像』」2020年9月30日参考)。

 一方、ドイツはコール政権時代、ベルリンの壁の崩壊後、東西は再統一したが、朝鮮半島では依然、北朝鮮と韓国の南北に分断した状況が今日まで続いている。国の分断という苦悩を経験したドイツは日韓問題が議題に上がると、同じ分断国家の韓国側に同情を寄せてきた。

 多くのドイツ人はアジアで最初に経済大国となった日本を評価しているが、第2次世界大戦の問題に関わってくると違ってくる。韓国人は、「日本は過去の戦争問題で十分謝罪していない。償っていない」といって日本を批判するが、ドイツ人は過去問題では韓国人の主張に同意するのだ。韓国人が旧日本軍の慰安婦問題を追及すれば、その是非を検証せずに韓国側の主張を受け入れ、日本を批判する。韓国側は「日本はドイツに見習え」と強調し、ドイツの戦後処理を高く評価するといった具合で、過去問題では韓国とドイツ両国のスタンスは近い。

 そのドイツからショルツ首相が21日、広島市で開催された先進諸国首脳会談(G7)に参加後、韓国を訪問した。ドイツ首相の韓国訪問は1993年のコール首相以来30年ぶりという。

 ショルツ首相は韓国入りすると尹錫悦大統領との会談に先立ち、夫人と共に韓国と北朝鮮との国境、非武装地帯(DMZ)を視察した。ドイツの民間ニュース専門局nTV放送は、「首相は、朝鮮戦争の3年間を経て1953年7月に締結された休戦協定が交渉された国境沿いの非武装地帯(DMZ)にある青い兵舎を眺めた。朝鮮半島を分断する38度線の両側で100万人以上の兵士が対峙している。さらに、米国は現在、韓国に2万8500人の軍隊を駐留させている。国際法上、南北両国間は戦争状態下にある。平和条約はまだ締結されていない」と、詳細に報道してた。

 ショルツ首相はDMZの視察後、「非常に重要で感動的な訪問だった。ドイツは今、再統一された。それが実現できたのはとても幸運だった」と述べる一方、北朝鮮に対し、「ミサイル実験を中止すべきだ。核開発を強化する試みは即中止すべきだ。地域の平和と安全を脅かすからだ」と警告を発している。

 同首相は21日午後、韓国大統領府で尹大統領と会談した。両首脳は、ゞゝ詭屐淵汽廛薀ぅ船А璽鵝法↓▲蹈轡△離Εライナ侵攻、K鳴鮮の非核化問題などで協力を強化することで一致したという。

 尹大統領は、「両国は戦争と分断の痛みを経験したが、『ラインの奇跡』と『漢江の奇跡』を通じて目覚ましい経済発展を成し遂げた」とし、「世界の複合的な危機の中、自由を普遍的価値とする国との連帯と協力が非常に緊要だ」と強調した。また、ドイツを「核心友好国」「価値パートナー」と呼んだという(韓国「聯合ニュース」)。

 一方、nTV放送によると、ショルツ首相の訪韓の主要目的は、ドイツ経済の中国依存からの脱皮を模索する一環として、中国、日本、インドに次ぐアジア第4位の経済大国である韓国との経済関係の強化にあるという。

 ショルツ首相はドイツのチップ産業への投資をアピールし、「韓国には高度に発展した、革新的な半導体産業がある。半導体拠点としてドイツに投資したいという韓国企業を歓迎する」と述べている。

 ウクライナ戦争については、韓国はロシアに対する国際制裁に参加しているが、キーウへの武器供与を拒否している。危機地域には武器を供給しないという基本方針があるからだ。ただ、尹大統領は、「地雷除去装備と緊急後送車両などを支援する」と表明したという(「中央日報」日本語版)。尹大統領はG7サミット訪問の際、ウクライナのゼレンスキー大統領と会談している。

 なお、ショルツ首相は尹大統領との会見で、「同じ価値観を持つドイツにとって重要なパートナーである韓国と日本の関係改善を歓迎する。このような取り組みをするには政治的な勇気と賢明な先見性が必要だ。私は尹錫悦大統領の政治に敬意を表したい」と述べた。

 ショルツ首相は、日韓両国が関係改善に歩み出してきたことを評価したわけだ。「欧州の盟主」ドイツ首相が日韓改善の動きに熱いエールを送った発言ともいえる。広島G7サミットに参加し、韓国を訪問したショルツ首相には、日本と韓国両国への認識が一層深まったことを期待したい。

ウクライナ戦争で「中立」であること

 アイスランド共和国首都レイキャビクで16日から第4回欧州評議会(CoE)サミットが開催されたが、人権保護を目的とした国際機関の同会議にオーストリアから参加したファン・デア・ベレン大統領はウクライナ戦争に言及し、その悲惨な現状を説明、「わが国も地雷除去など人道的支援をする用意がある」と表明した。大統領のレイキャビク発言はウィーンの夜のニュース番組でも大きく報道された。

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▲セッション8「G7+ウクライナ会合」参加者の記念写真(G7広島サミット公式サイトから、2023年5月21日)

 ここまでは良かったが、その翌日、オーストリアのクラウディア・タナー国防相は、「わが国の連邦軍は地雷除去には参加しない」と発言し、大統領の発言をあっさりと切り捨てた。その直後、ネハンマー首相は、「中立国のわが国は紛争地での地雷除去活動はできない」と説明し、オーストリアは中立国であると強調した。

 地雷除去作業中、ロシア軍と衝突し、戦闘になった場合、オーストリア連邦軍は中立主義だからといって戦いを放棄し、逃げ去ることはできない。だから、人道的な地雷除去活動といっても戦闘が行われているウクライナでの活動は中立主義と一致しないというわけだ。

 大統領が国際会議の場で「やります」といったことをその直後、同じ国の閣僚が「それは出来ません」と一蹴すれば、国の威信とメンツは丸つぶれだが、状況はそのようになった。ファン・デア・ベレン大統領は、「地雷除去作業は中立には反しない」と主張し、大統領の出身政党「緑の党」も大統領の発言を支持したが、保守派政党「国民党」出身の国防相、そして首相まで「できません」と宣言したことで、残念ながら、オーストリア連邦軍のウクライナでの地雷除去活動は白紙に戻った感じだ。

 欧州の代表的中立国はウクライナ戦争勃発前までは4カ国、フィンランド、スウェーデン、オーストリア、スイスだ。フィンランドとスウェーデンの北欧2カ国の中立国はロシアの脅威から安全を守るために北大西洋条約機構(NATO)加盟を決意したが、スイスとオーストリアは依然、中立主義を堅持している。ただ、スイスでは国内で中立主義の見直しを求める声が高まってきているが、オーストリアでは“中立主義の堅持”で政府も国民もコンセンサスが出来ていて、それを変えようとする声はほとんどない(「国際金融センター『スイス』の悩み」2023年5月16日参考)。

 ところで、ウクライナのゼレンスキー大統領は19日、広島で開催された先進諸国首脳会談(G7サミット)に参加する前、サウジアラビア西部ジッダで開催されたアラブ連盟(21カ国・1機構)首脳会談に顔を出し、ロシア寄りが多いアラブ諸国首脳にウクライナの現状を訴え、ウクライナ支持を呼び掛けた。その後、同大統領は広島のG7に参加、7カ国の首脳たちばかりか、新興・途上国「グローバルサウス」の代表国首脳たちと精力的に会談を重ねた。

 インドのモディ首相との会談では、インドがウクライナ戦争では中立の立場を堅持する一方、ロシアとも深い経済関係を維持していることに対し、ゼレンスキー氏はウクライナでのロシア軍の戦争犯罪を説明し、ウクライナ戦争での中立を放棄すべきだと要請した。それに対し、モディ首相はウクライナ国民の被害に同情を示す一方、ロシアとの経済関係を放棄することは国民経済の観点からも難しいと説明したという。

 ゼレンスキー大統領にとって、ウクライナ戦争はロシアの侵略から始まったもので、ウクライナは明らかに被害国だ。それを他国の首脳たちが「中立」という言葉を盾に自国の国益だけを重視し、ロシアの戦争犯罪に沈黙していることに、「ウクライナ戦争では『中立』はあり得ない」と叫びたい心情かもしれない。同大統領にとって、冷たいか熱いかのどちらかであり、「中立」はなまぬるい立場というわけだ。

 中国共産党政権はここにきて世界の紛争で仲介役を演じることに腐心してきた。サウジ(スンニ派の盟主)とイラン(シーア派代表国)の対立に仲介し、両国の和解に貢献していることに自信を持ってきた。そしてウクライナ戦争ではロシアとウクライナ間の調停を申し出、12項目の和平案を発表した。ただし、その12項目の内容をみると、中国が明らかにロシア支持であることは一目瞭然だ。中国の和平案第1項目には「国家の主権を尊重:一般に認められている国際法と国連憲章は厳密に遵守されなければならない」と堂々と明記されている。ロシアがウクライナの主権を侵略していることは誰の目にも明らかだ。ただ、中国共産党政権はその事実を見ないのか、恣意的に無視しているのだ。

 世界最大のキリスト教会、ローマ・カトリック教会の最高指導者フランシスコ教皇はキーウとモスクワに派遣団を送り、両国の和平交渉を進めたい意向だが、ゼレンスキー大統領は今月13日、フランシスコ教皇との対面会見で、「バチカンはロシアの戦争犯罪をはっきりと批判してほしい」と要請、キーウだけではなく、モスクワからも歓迎されることを期待するローマ教皇の調停工作に拒否姿勢を見せている。誰でも嫌われることを願わないが、ウクライナ戦争では誰が侵略者かをまず明らかにしてからでなくては、和平交渉は始まらないのだ(「ゼレンスキー氏『教皇の調停不必要』」2023年5月15日参考)。

 ウクライナ戦争で「中立」を主張する国の多くは、その国益を重視し、紛争両国から可能な限り等しい距離を取る姿勢だ。例えば、インドはウクライナ戦争がロシアの侵略から始まったことを理解しているが、ロシアから安価な天然ガス,原油などの資源を輸入できるメリットを失いたくないため、ロシアを正面から批判できない。同じことが、中立国オーストリアのウクライナでの地雷撤去活動の拒否でもいえる。ロシアとのこれまでの経済的、人的繋がりをウクライナ戦争のために全て放棄できないのだ。「中立」という言葉は、その快い響きも手伝て、打算、国益をカムフラージュできるからだ。

 繰り返しになるが、ウクライナ戦争では「中立」はあり得ない。ロシアの侵略から始まった戦争だ、ただ、ロシアを「悪」、ウクライナを「善」といった「善悪2分」論は危険性も内包している。「善悪論」を強調しすぎると、ロシアのプーチン大統領のパラレル世界を間接的に認めることになるのだ。プーチン大統領は、「ウクライナに対するロシアの戦争は西洋の悪に対する善の形而上学的闘争」(ロシア正教会最高指導者キリル1世)というナラティブ(物語)を信じている。善悪の立場が逆だけで、その構図は同じだ。ちょうど、ヘーゲルの弁証法の観念の優位性と物質の優位性を逆転して共産主義思想が構築されたようにだ。

「核兵器なき世界」の本気度は

 先進首脳会談(G7サミット)に参加した首脳たちは19日、広島市の平和記念資料館(原爆資料館)を訪問し、芳名録に記帳したが、日本政府の発表によると、バイデン米大統領は、「世界から核兵器を最終的に永久になくせる日に向け、共に進んでいきましょう」と記したという。サミット議長国の岸田文雄首相は、「歴史に残るG7サミットの機会に議長として各国首脳と共に『核兵器のない世界』を目指すためにここに集う」とつづったという(時事通信)。

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▲平和記念資料館で芳名帳に記帳するG7首脳たち(2023年5月19日、首相官邸公式サイトから)

 バイデン大統領は世界で最初に原爆を投下した国の代表として、岸田首相は世界で唯一の被爆国・日本の代表として、「核兵器のない世界」の実現を願って記帳したわけだ。原爆投下国と被害国の違いはあるが、「核兵器のない世界」という世界万民の願いを改めて掲げたわけで、歴史的な瞬間だったといえるだろう。

 第1次冷戦の終了直後、ジョージ・W・ブッシュ米大統領時代の国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と主張し、「核兵器保有」の無意味論を展開したが、第2次冷戦時代に入り、「使用できない武器」といわれてきた核兵器に触手を伸ばす国が出てきた。

 特に、米国と並んで世界最大の核保有国ロシアのプーチン大統領は昨年9月21日、部分的動員令を発する時、「ロシアに対する欧米諸国の敵対政策」を厳しく批判する一方、「必要となれば大量破壊兵器(核爆弾)の投入も排除できない」と強調し、「This is not a bluff」(これはハッタリではない)と警告を発し、核兵器の使用の可能性を公式の場で初めて示唆している(「プーチン氏『これはブラフではない』」2022年9月23日参考)。

 ちなみに、独週刊誌シュピーゲル昨年10月29日号は「ロシアのプーチン大統領がウクライナ戦争で核兵器を投入するか」について特集し、人類の終末を象徴的に表示した終末時計(Doomsday Clock)が「0時まで残り100秒」という見出しを付けている。終末時計は、米国の原子力科学者会報が毎年、発表しているもので、核兵器の使用に伴う人類の終末の時を告げている。

 世界の核兵器保有国は現在9カ国だ。米、英、仏、ロシア、中国の国連安保常任理事国の5カ国のほか、インド、パキスタン、イスラエル、そして北朝鮮だ。第10番目の核保有候補国はイランと見られている。ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は2月28日、イランの核関連施設で濃縮ウラン83.7%が発見されたことを確認した。兵器用濃縮ウラン90%に手の届くところまできていることから、IAEAはイランの核開発計画の現状に警鐘を鳴らしたばかりだ。イスラエルは宿敵イランが核兵器を数週間で製造するとみて、「必要ならばいかなる手段を駆使しても阻止する」と警告している。

 ところで、「核兵器のない世界」の実現について、核保有国の“本気度”、真剣度について考えてみたい。ウィーンには包括的核実験禁止条約機関準備委員会(CTBTO)がある。加盟国の核実験を監視する機関だ。CTBTOは署名開始から今年で27年目を迎えたが、法的にはまだ発効していない。署名国数は今年2月現在、186カ国、批准国177国だ。その数字自体は既に普遍的な条約水準だが、条約発効には核開発能力を有する44カ国(発効要件国)の署名、批准が条件となっている。その44カ国中で署名・批准した国は36カ国に留まり、条約発効には8カ国の署名・批准が欠けている。核保有国で批准していない国は米国、中国、イスラエル、インド、パキスタン、そして北朝鮮だ。

 米国は1996年9月24日にCTBTに署名しているが、クリントン政権時代の上院が1999年10月、批准を拒否。それ以後、米国は批准していない。一方、ロシアは米国と同時期に条約に署名、2000年6月30日に批准済みだ。CTBTからいえば、米国は未批准、ロシアは署名・批准済みだ。米国の本気度が揺れる。

 明確な点は、米国を含む核保有国は核兵器の安全保持のために臨界前核実験を繰り返す一方、使用可能な戦略核の開発に腐心していることだ。その意味で、核保有国の「核兵器のない世界」実現の本気度、真剣度は大きく揺れる。バイデン氏が原爆資料館での芳名録に、「核兵器を最終的に永久になくせる日に向け、共に進んでいきましょう」と記帳した内容は、「核兵器の廃絶を進める」といった明確な政治宣言ではなく、あくまでも目標に留めていることを明らかにしているわけだ。

 ロシアのウクライナ侵攻以来、核兵器はもはや「使用できない兵器」ではなく、「必要ならば使用する兵器」に変わってきた。特に、プーチン大統領は核兵器の使用を示唆することで、ウクライナばかりか、欧米社会を威嚇している。また、中国共産党政権の軍事大国化、台湾海峡の危機、北朝鮮の核開発などに直面し、核を保有しない日本や韓国では、核の抑止力、核共有論(ニュークリア・シェアリング)が囁かれ出している。

 「核兵器のない世界」は人類の願いだが、その「願い」と「現実」の間の乖離はこれまでにないほど大きくなってきた。
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