ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2023年04月

ローマ教皇のアンビバレントな旅

 ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇は28日から3日間の日程でハンガリーを訪問中だ。南米出身の同教皇にとっては教皇就任(2013年3月)以来、41回目の外遊(司牧訪問)である。教皇は2021年にブタペストで開催された聖体世界会議を訪問しているから、ハンガリー訪問は2度目となる。大多数のハンガリー国民はカトリック信者だ。なお、今回の訪問では、教皇の健康問題もあって首都ブタペスト市だけに留まり、他の都市を訪れる予定はない。

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▲フランシスコ教皇とオルバン首相(2023年4月28日、ブタペストで、バチカンニュースから)

 フランシスコ教皇はハンガリー初の女性大統領、カタリン・ノヴァク新大統領やヴィクトル・オルバン首相らの歓迎を受けた。同教皇は元修道院の建物でブタペスト最初のスピーチをし、欧州の統合を支援し、ポピュリズム(大衆迎合主義)に反対、移民の人道的な扱いを求める姿勢を明確に述べた。その一方、「ブダペストは自由の価値を知っている国の中心であり、ナチス・ドイツ政権、共産主義政権下で大きな代償を払って、民主主義の宝と平和の夢を守ってきた。ハンガリー動乱(1956年)をどうして忘れることが出来るだろうか。ブタペストは今日、ユダヤ人人口の割合が最も高い欧州の都市の一つだ」と強調した。

 フランシスコ教皇は、「首都ブダペストは今年で創建150年を迎える。1873年に、ドナウ川の西にあるブダとオブダ(旧ブダ)、対岸のペストの3つの都市が統合されて生まれた。ブタペストは今日、欧州大陸の中心に位置する大都市だ。ブタペストの誕生は、欧州がその後辿った共通の道を先駆けてきた」と説明している。

 ここまで聞いたならば、「フランシスコ教皇は欧州連合(EU)ではハンガリーが異端国と受け取られ、欧州委員会から『民主主義と法の遵守』、『メディアの自由』の分野で欧州司法裁判所(EuGH)に提訴されていることを知らないのだろうか」と首を傾げるかもしれない。知らないはずがない。ホスト国に対する外交辞令はあるだろうが、ハンガリーに対し、EUの本部ブリュッセルからの視点ではなく、カトリック教国ハンガリーという観点からの期待を込めたバチカンのメッセージだろう。

 実際、フランシスコ教皇は民族主義とポピュリズムに警告を発し、「ブダペストは橋の街だ。ドナウの真珠と呼ばれるブタペストは橋を通じて他を接続している」と述べ、欧州が現在直面している移民・難民の殺到について「画期的な挑戦だ」として受け入れることを暗に求めている。ハンガリーはウクライナやオーストリアなど7カ国と国境を接している内陸国だ。なお、フランシスコ教皇は29日、ブタペストの聖エリザベス教会で困窮者、難民、教会のソーシャル ワーカーと会合した。

 フランシスコ教皇は、ハンガリーの隣国ウクライナでの戦争のことが常に気になるのだろう。ブタペストにも戦争勃発以来、多くの難民がウクライナから殺到している。教皇には「ウクライナの国民の悲しみ、苦しみ、そして平和を求める祈りの声が聞こえる地理的に最も近い場所に自分は今、立っている」という思いが強まったとしても不思議ではない。

 ちなみに、オルバン首相は2月18日、ロシア軍のウクライナ侵攻1年目を控え、ブタペストで「国家の現状について」の演説を行い、ロシアのウクライナ侵攻については、「主権国家への軍事侵攻は絶対に容認できないが、ウクライナの国益をハンガリーの国益より重視する政策は道徳的にも間違っている」と強調し、「2022年の大きな成果は、わが国が可能な限り、ウクライナ戦争の影響に飲み込まれないようにしたことだ」と言い切る。ある意味でハンガリー・ファーストだ。欧州メディアでは“オルバン主義”と呼ばれる政治だ。

 EUの欧州員会は昨年7月15日、オルバン首相が率いるハンガリー政府に対し、「民主主義と法の遵守」、「メディアの自由」などを要求し、その是正を求めてきたが、その中には、ハンガリーが小児性愛者対策を目的とし、教材や宣伝で同性愛や性転換の描写や助長を禁じる新法「反小児性愛法」を施行した問題も含まれ、EUからは「反LGBT法」として批判されてきた。それに対し、オルバン首相は「結婚は男性と女性の異性婚しかない」と主張し、同性婚をはっきりと拒否している。

 参考までに、バチカンは同性愛問題では「同性愛者への差別は是正すべきだが、同性婚は認めない」というスタンスを取っている。また、中絶問題でも女性の権利を認める一方、生命の尊重という観点で中絶を認めない。同性愛問題、中絶問題ではハンガリーは欧州でバチカンのカテキズムに最も忠実な国といえる。

 フランシスコ教皇はハンガリーに対して民主主義の欠如や移民への排他主義を間接的に非難する一方、カトリック教国ハンガリーを「自由の価値を知る国」という表現で期待を吐露するなど、ハンガリー批判一辺倒の他の欧州諸国の姿勢とは距離を置いている。フランシスコ教皇のハンガリーへのスタンスは典型的なアンビヴァレンツ(独語Ambivalenz)だ。

世界最古の日刊紙と北の「金星銀行」

 国営日刊紙「ウィーン新聞」(ヴィーナー・ツァイトゥング)が今年6月30日を最終発行日とし、紙の発行を止めてネットメディアに移行することになった。同紙関係者が27日、明らかにした。メディア関連法の改正に基づくものだ。

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▲世界最古の現存する日刊紙「ウィーン新聞」(「ウィーン新聞」公式サイトから、2023年4月27日)

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▲ウィーン市で開業していた「金星銀行」

 同紙は1703年に始まって2023年まで320年の歴史を有する「現在まで発行している世界最古の日刊紙」と受け取られてきた。320年間といえば、神童モーツァルトも楽聖ベートーヴェンも同新聞に目を通していただろうし、ハプスブルク王朝の栄枯盛衰を目撃してきたことになる。第1次、第2次の世界大戦を目撃し、1938年以降はヒトラーのナチス政権をフォローしたはずだ。

 当方が1980年初頭にウィーンに赴任した時、「ウィーン新聞」の名前は知っていたが、申し訳ないが読むことはほとんどなかった。国連の記者室にはオーストリア代表紙プレッセ、ザルツブルガ―ナハリヒト、カトリック系週刊誌フルヒェなどが毎日、配達されてきたが、「ウィーン新聞」はなかった。官製新聞(Amtsblatt)ということで、オーストリア通信(APA)の記事がそのまま掲載されていたので、簡単にいえば、読んで面白いとか、関心を引くという記事はあまり無かった。前日の出来事を通信社主体の記事で埋めている。

 ただし、当方が年に数回は「ウィーン新聞」を読んだり、キオスクで買ったのには、理由がある。欧州で唯一の北朝鮮の銀行「金星銀行」の会計報告書が掲載されるからだ。全ての金融機関や法人などはその会計報告を公表する義務がある。その掲載先は官製の「ウィーン新聞」だからだ。

 「金星銀行」は現地では「ゴールデン・スター・バンク」と呼ばれていた。同銀行は1982年、ウィーンの一等地バーベンベルガー通りに開業した。ウィーン金融界は当時、北の銀行の開業は金融拠点のウィーンの評判を落とすとして反対が強かったが、社会党関係者の支援を受けてオープンした。同銀行はその後、ウィーン市7区カイザー通りに移転した。

 同銀行は北朝鮮の商業銀行「大聖銀行」の頭取、崔秀吉氏が故金日成主席の意向を受けて、100%出資して開設した銀行だ。崔頭取は労働党中央委員会財政部長の肩書をもち、日朝国交正常化政府間交渉の際には、日本を頻繁に訪問、在日朝鮮人の資産の見積もりをしていた人物だ。

 銀行が入った同ビル上階には北のスパイ工作機関「ゴールデン・ウイング」の事務所があった。要するに、「金星銀行」と「ゴールデン・ウイング」が入った同ビルは北朝鮮の欧州工作の主要拠点だったわけだ。

 「金星銀行」は2004年6月末、中道保守派シュッセル政権時代に営業を閉じた、というより、閉じざるを得なくなった。シュッセル政権は財務省独立機関「金融市場監査」(FMA)に「金星銀行」の業務監視を実施させた。米国が不法経済活動の証拠をつかんだことを知った北側は、強制閉鎖に追い込まれる前に自主的に営業を停止した、というのが真相だ。「金星銀行」は米ドル紙幣偽造、麻薬密売、武器取引などの不法な活動の拠点だったこともあって、米中央情報局(CIA)が早くからマークしていた。

 当方は数回、同銀行に入って、関係者と話したことがあるが、客はほとんどいない。2人の銀行員が窓口にいる。1人は現地雇いの社員で、部屋の奥には北朝鮮の銀行マンが事務仕事をしている、といった感じだった。「金星銀行」が通常の銀行業務をしていないことは外観からでも明らかだった。その「金星銀行」の活動を知る数少ない道は、毎年公表される会計報告書を入手することだった。だから、当方は普段は読まない「ウィーン新聞」を購入した。「金星銀行」の取材では「ウィーン新聞」は貴重な情報源だった。他のメディアは北朝鮮の銀行の年間会計報告書などを掲載しない。載るのは官製新聞だけだ。

 そういう訳で、当方は、世界最古の日刊紙「ウィーン新聞」といえば北朝鮮唯一の欧州銀行「金星銀行」を思い出すのだ。その「金星銀行」は2004年6月に閉鎖された。「ウィーン新聞」は今年6月末にネットメディアに移行するが、その後、存続できるか否かは不確かだという。時代は確実に動いている。

ヒトラーの「アイヤーノッケルン」

 アドルフ・ヒトラーの誕生日は4月20日(1889年生)だった。ヒトラーのお気に入りの料理はアイヤーノッケルンにグリーンサラダ付きだった、といわれてきた。アイヤーノッケルンはベジタリアン向きの料理で、卵、小麦粉、牛乳、バターなどで簡単に作れる。ヴィーナーシュニッツェルやターフェルシュピッツと共にウィーン子が好きな伝統的な料理だ。

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▲アイヤーノッケルンとサラダ(スタンダード紙電子版4月20日から)

 オーストリアのレストランではそのアイヤーノッケルンをヒトラーの誕生日にはお客には出さない。一種のタブーだ。ヒトラーの誕生日にアイヤーノッケルンを出せば、極端な場合、ヒトラーの誕生を祝うと受け取られ、ナチス禁止法に違反するからだ。

 ところが、ブルゲンランド州のXXXLルッツの支店が4月20日、昼のメニューによりによってアイヤーノッケルンを定食メニューに入れる予定だったのだ。店の関係者が気がついて土壇場になって中止され、難を逃れた。オーストリア日刊紙スタンダード(電子版)にその経緯が掲載されていた。ハンガリー出身の料理人が忘れていただけで、イデオロギー的なバックグランドはないという。

 ヒトラーの大好きな料理を彼の誕生日には出さないという“伝統”は、極右政党「自由党」の政治家が1990年代、「ヒトラーはアイヤーノッケルンが大好きだった」と語ったことからだといわれる。その結果、彼の誕生日にはアイヤーノッケルンを料理しないようになった。アイヤーノッケルンとグリーンサラダをレストランが定食に出せば、ネオナチの「認証コード」と受け取られる危険性が出てくる、というのだ。

 ヒトラーの誕生日とアイヤーノッケルンの話が掲載されると多くの読者からさまざまなコメントがスタンダード紙に掲載されていた。大反響だった。「4月20日がヒトラーの誕生日とは知らなかった」という読者から、「アイヤーノッケルンはネオナチの隠されたコードだ」といったその筋の専門家の声がある一方、ある人は、「スターリンはジョージアのクルミを、毛沢東は豚の赤肉を中国風に料理したものが大好物だった。ヒトラーはアイヤーノッケルンが好きだっただけだ」と冷静に受け取り、ヒトラーの誕生日にレストランがアイヤーノッケルンを出さない慣習を「意味がない」と切り捨てていた、といった具合だ。

 ヒトラーはオーストリアのオーバーエスタライヒ州西北部イン川沿いのブラウナウ・アム・イン(Braunau am Inn)に生まれた。ヒトラーはその後、ドイツに行き 政治家として台頭。ヒトラー率いるナチス政権は1938年3月13日、母国オーストリアに戻り、首都ウィーンの英雄広場で凱旋演説をした。オーストリアはその後、ドイツに併合され、ウィーン市は第3帝国の第2首都となり、ナチス・ドイツの戦争犯罪に深く関与し、欧州を次々と支配していった。同時に、欧州に住むユダヤ人600万人を強制収容所に送り、そこで殺害した。

 ちなみに、オーストリアがヒトラーの戦争犯罪の共犯者だったことを正式に認めたのはフラニツキ―政権が誕生してからだ。同国は戦後、長い間、ナチス政権の犠牲国の立場をキープし、戦争責任を回避してきたが、フランツ・フラニツキー首相(在任1986年6月〜96年3月)はイスラエルを訪問し、「オーストリアにもナチス・ドイツ軍の戦争犯罪の責任がある」と初めて認めた。そこまで到達するのに半世紀余りの月日を必要とした。

 スタンダード紙のコメント欄には、「われわれは21世紀に生きている。ヒトラーは1945年に死去した。ヒトラーの悪夢にいつまでも拘ることはない」、「われわれはいつになったらアイヤーノッケルンを心やすらかに堪能できるのか」といった嘆き節が多かった。

 興味深いコメントとして、「XXXLルッツのアイヤーノッケルンとグリーンサラダの昼食が8ユーロ90セントという。余りにも高い」と、アイヤーノッケルンとヒトラーの関係には全く関心を払わず、定食の値段の高さに驚いていた読者がいた。このコメントこそ、物価の高騰で苦しむ21世紀の現在に生きている国民の偽りのない声だろう。

国連本部をウィーンかジュネーブに?

 ロシアが4月から国連安保理事会の議長国に就任したことを受け、欧米諸国では「ウクライナに侵攻し、戦争犯罪を繰り返すロシアが国連安保理議長国に就任するのは冗談以外の何物でもない」といった囁きが聞かれたことはこのコラム欄でも紹介した。欧米諸国では「ウクライナ戦争を通じて、国連が世界の紛争解決の機関として無能であることを示した」として、国連の改革を求める声が高まってきている(「露の安保理議長国就任は『冗談』か」2023年4月5日)。

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▲ウィーンの国連都市の全景(ウィキぺディアから)

 全てがそうであるように、既成の権限を享受する国はそれを失うかもしれない改革など願わない。常任理事国として拒否権を保有するロシアや中国だけではない。米国、フランス、英国も程度の差こそあれ同じだろう。国連が外交舞台とすれば、外交は国益を守ることが第一となる。当然のことだ。

 ところで、「イラン・フロント・ページ・ニュース」(IFPニュース)が4月25日のウェブサイトにロシアを支援するような記事を掲載していた。曰く、「ロシアは国連本部をニューヨークではなく、より中立的な場所、例えば、ウィーンかジュネーブに移転することを願っている」と主張したロシア外務省の話を紹介していた。ロシアは第2次冷戦時代に適した国連改革案を提案したつもりかもしれない。ロシア外務省国際機関局長のピョートル・イリチェフ氏がタス通信(TACC)に語ったものだ。

 IFPの記事には潜在的国連本部としてオーストリアの首都ウィーンとスイスの都市ジュネーブの名前が挙がっていた。基本的には国際機関の誘致に積極的な欧州の両都市としてはロシア側の提案は大歓迎かもしれない。ジュネーブは国連の欧州本部であり、ウィーンにはドナウ川沿いに近代的な国連都市がある。国際原子力機関(IAEA)や国連薬物犯罪事務所(UNODC)、国連工業開発機関(UNIDO)などが本部を構えている。ウィーンとジュネーブは国連都市としてライバル関係だ。国連機関の誘致問題がテーマとなれば、常に声がかかる。国連本部が移転するとなれば、両都市の誘致合戦はヒートすることは間違いない。

 ところで、ニューヨーク国連本部の移転を提案した張本人のロシア外交官はその可能性を悲観的に考えているというのだ。その理由として、「まず、多くの加盟国はニューヨークを離れたいとは思っていない。彼らは既にニューヨークに多くの不動産を保有しているからだ」と、財政的および経済的性質の理由を挙げ、「わが国の提案は目下、大多数の加盟国から支持されていない」と説明している。少々、冷淡過ぎる。

 それでは、なぜロシアは非現実的だと考えている提案をあえてするのか。理由は明確だ。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相の代表団は、4月24日と25日の安保理のイベントに参加するためにニューヨーク入りする予定だったが、米国側はビザ発行を遅らせたうえ、ロシアのニュースメディアの代表者にビザを発行しなかったからだ。米国は今回の対応について何も説明していない。ラブロフ外相は、「米国はわが国に怯えている。わが国は米国の今回のやり方を忘れたり許したりしない」と米国を脅迫している。同外相の怒りがニューヨークに本部を置く国連を「もっと中立な場所に引っ越しすべきだ」という提案になったのだろう。

 ラブロフ外相は24日、「効果的な多国間主義」に専念する安保理セッションの議長を務めたが、「不従順な者を罰することによってその優位性を主張しようとする絶望的な試みの中で、米国はグローバリゼーションを破壊しようと動いている。現在、米国とその同盟国は、彼らに異議を唱える者をブラックリストに載せ、我々と一緒にいない者は我々に反対していると世界に告げているが、欧米の少数派に全世界を代弁する権利はない」と熱弁をふるっている。

 ラブロフ外相は国連改革にも言及し、「西側諸国は国連の事務局やその他の国際機関を乗っ取ることで、国連を服従させるために厚かましい試みを行っている」と指摘、「真の多国間主義は、国際関係における多極化に適応することだ。安保理はアフリカ、アジア、ラテンアメリカの代表を増やすべきだ」というのだ。

 ラブロフ外相は安保理の改革に言及していたが、国連機関が紛争解決に無能なのは多国間主義が機能しいないためではなく、常任理理事国のロシアと中国が拒否権を行使し、紛争解決を阻止しているためだ。ロシアは昨年2月24日、ウクライナに軍事侵攻し、多数の民間人を殺害してきた。ロシアの行動は誰が見ても主権国家への侵略であり、国連憲章の精神を蹂躙している。それを棚に上げ、ラブロフ外相は欧米諸国を非難している。本末転倒だ。

 ちなみに、将来の国連本部の候補地に挙げられたウィーンとジュネーブはロシア外務省の提案に対して沈黙している、というより無視している感じだ。ロシアは国連機関の機能解決には関心はなく、自国の権限維持にあることが見え見えだからだろう。

露企業からLNG用パイプ管購入

 地球温暖化防止のため活動している著名な俳優が環境保護を訴えるために世界各地を自身の専用ジェット機で飛び回っているという話を聞いたことがある。もちろん、俳優のジェット機も大気中に相当のCO2を排出していることはいうまでもない。環境保護運動に批判的な人からは、CO2を排出しながら環境保護を訴えるのは少々矛盾している、といった類の批判の声が飛び出している。

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▲ドイツ向け浮体式 LNG ターミナルがブルンスビュッテルで稼働開始(2023年1月20日、ドイツ経済環境保護省公式サイトから)

 話はドイツのショルツ連立政権に移る。ショルツ首相(社会民主党=SPD)とハベック経済相(「緑の党」、副首相兼任)はロシアからの天然ガスの供与が途絶えたため、再生可能なエネルギーのインフラ構築にまい進中だが、このほど液化天然ガス(LNG)用パイプラインの設置のためにパイプライン管をロシア国営企業ガスプロムから購入する契約を結んでいたことが明らかになった。ロシアのウクライナ侵攻を受け、欧米諸国が対ロシアへの制裁を実施する一方、ロシア産の天然ガス・原油の輸入を停止している時に、ドイツ政府がロシア国営企業から数千のパイプラインチューブを購入することで、相当の収益をロシア側に与えているわけだ。

 ハベック経済相はガスプロムから何本のチューブを購入し、総額はいくらか、というメディアの問い合わせに、「購入先との間で合意内容を公開できない」というのだ。同経済相の説明では、ドイツとロシア間で推進してきた天然ガスパイプライン設置「ノルド・ストリーム1」と「「ノルド・ストリーム2」が対ロシア制裁でパイプラインは完成したものの、操業は停止された。その際、使用されなかったパイプラインチューブがあるということから、ドイツ側とガスプロム間で交渉され、合意したというわけだ。同相は、「購入したパイプラインチューブは計画されているリューゲン沖のLNGターミナル(受け入れ基地)からドイツのガスネットワークに接続するために使用される」という。

 ドイツは再生可能エネルギーのインフラ整備と共に、ロシア産天然ガスの代わりに、他の国からLNGを輸入することを決定した。そのためにターミナル建設と共に供給パイプラインを設置する必要がある。ショルツ首相とハベック経済相は、「リューゲンLNG計画は東ドイツへのエネルギー供給の確保のためだ」と説明している。リューゲン島はドイツ北部のメクレンブルク=フォアポンメルン州にある面積935平方キロメートルの島で、ドイツで最大の島で観光スポットだ。

 ドイツ側に需要があり、ロシア国営企業側に供給できる在庫があることから、需要と供給のビジネスの原則に基づいて双方が売買契約を締結したわけで、通常の場合、まったく正常な取引だ。ロシア軍のウクライナ侵攻で対ロシア制裁が実施されている状況下にあるが、ハベック経済相によれば、法的にも全く問題がないという。

 明確な点は、「リューゲンLNG計画」では数千本のチューブが必要と見られ、ドイツ側が支払い、ロシア側がその収益をウクライナ戦争の資金源として利用できるという事実だけだ。

 ドイツは今月15日、操業中だった3基地の原子力発電所のスイッチを切ったことから、ドイツの脱原発は一応完了したが、原発に代わって再生可能エネルギーの整備はまだ完了していない。風や水力を利用したエネルギー供給は自然の環境に左右されることもあって、エネルギーの安定供給までにはまだ時間がかかるだろう。

 2基の原発を停止したバイエルン州のマルクス・ゼーダー首相は、「原発の運営、操業は連邦政府ではなく州に委ねるべきだ」と主張し、ショルツ政権を困惑させたばかりだ。輸出国ドイツの産業に十分なエネルギー供給が出来ない場合、国民経済に大きなダメージになることはいうまでもない。

 ウクライナ戦争勃発後、ショルツ首相は「時代の変化」に応じて、紛争地への武器供給を認め、軍事費のアップなど、戦後から続いてきたドイツの安保政策を大変革してきた。同時に、ロシアの天然ガスに依存してきたエネルギー政策の抜本的な見直しを強いられてきた。

 ドイツでは現在、原発は止まり、ロシア産天然ガスもストップした。ドイツのエネルギー政策はその後、大丈夫だろうか、という懸念はドイツ国民の過半数が抱いていると世論調査が明らかにしている。

 再生可能エネルギーのインフラ整備に奮闘するハベック経済相は再生可能なエネルギーのインフラ整備、そしてLNGの輸送インフラの整備に乗り出してきている。リューゲン島のLNGターミナル計画ではポメラニア西部のルブミンにあるオフショアパイプラインを介してガスグリッドに接続される予定だが、ターミナル建設に反対のデモ集会があったばかりだ。

 そのような時、LNG用パイプラインチューブのロシアからの購入の話を聞くと、環境保護政策を訴える一方、そのために大気中に多くのCO2を排出する俳優を思い出すわけだ。

 ドイツのメディアは、「LNGパイプラインチューブ取引の特別な点は、売り手がロシアの国営企業ガスプロムだったということだ。一方、ウクライナ戦争によるロシアに対するドイツの制裁はまだ続いている。そのような状況を考えると、政府の決定には少々驚かされる」と報じているわけだ。

州議会選で「極右」と「極左」が躍進

 音楽の都ウィーンから高速道路を使って3時間半でザルツブルクに着く。ザルツブルクといえば、音楽好きな読者ならば、あの“神童ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生地”とすぐに思い出されるだろう。ちなみに、モーツァルトはそのザルツブルクを余り愛していなかったともいわれた。

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▲ザルツブルク州議会選で投票を終えたハスラウアー州知事夫妻(2023年4月23日、オーストリア国営放送サイトから、写真オーストリア通信バーバラ・ギンドル氏撮影)

 また、ザルツブルクを舞台としたジュリー・アンドリュース主演の映画「サウンド・オブ・ミュージック」を日本人の読者は1度は観られただろう。「エーデルワイス」や「ドレミの歌」など美しいメロデイーが流れる中、ナチス・ドイツ軍に追われたトラップ大佐ファミリーの物語だ。米国人が好きな映画だが、映画の舞台となったオーストリアの国民はこの映画を余り知らないし、好きではないといわれる。曰く、「いかなる理由があろうとも、故郷を見捨てて逃げていった家族」といった思いが強いからだ。

 前口上はこれまでにして、今回のテーマ、ザルツブルク州議会選挙の話に入る。同州議会選の投開票が23日、実施された。オーストリア連邦議会選ではなく、小国の州議会選挙となれば関心がさらに薄いだろうと考えたので、ザルツブルクのことを少し紹介してからテーマに入ろうと考えた次第だ(汗)。

 オーストリアは特別州のウィーン市を入れて9州からなる。5年毎に実施される州議会選はドイツの州議会選(16州の連邦州)でもそうだが、連邦議会、政治の行方を占うバロメーターと受け取られる。特に、次期総選挙が控えている場合、その行方を知るという上で、国民の関心は高まると共に、メディアも積極的に報道するのが通例だ。オーストリアの場合、早期解散などがなければ、5年の任期満了を受けて来年秋に総選挙が実施される。

 ザルツブルク州議会(定数35)の投票結果、ヴィルフリード・ハスラウアー州知事を擁立する与党・国民党が得票率(暫定結果30・37%)を失ったが第1党をキープし、第2党には極右自由党が約25・75%と得票率を増やして躍進。第3党には社会民主党が得票率を減らし約17・87%に留まった。ここまでは大方の予想通りだったが、サプライズは「共産党+」が11・66%の得票を獲得して州議会で5議席を獲得し、環境保護政党「緑の党」(8・20%)を抜いて第4党に入ったことだ。投票率は70・9%(前回2018年65%)。

 オーストリアでは終戦後から現在まで共産党が連邦議会で議席を獲得したことがない。共産党は議会政党ではない。現在もその立場は同じだ。国民は冷戦時代、ソ連・東欧共産党政権の実態をよく知っているので、共産主義に幻想などを抱かない。しかし、2年前、オーストリア南部シュタイアーマルク州の州都でオーストリア第2都市、グラーツ市(人口約25万人)の市議会選で共産党市長が誕生した。ザルツブルク州議会選では共産党は州議会議席を獲得したのだ。もちろん、初めてのことだ。初めてのことが大好きなメディアは極右「自由党」の躍進がかすんでしまうほど共産党の躍進を大きく報道したところもあった(「オーストリア第2都市で共産党市長誕生」2021年9月28日参考)。

 ただ、グラーツ市に共産党市長が誕生した時も書いたが、グラーツ市の有権者が突然、マルクス主義に目覚めたのではない。グラーツ市民の最大の悩みだった住居問題で共産党候補者はきめ細かい政策を訴え、有権者の心を勝ち取ったのだ。ザルツブルク州議会でも同じことがいえる。「緑の党」から出て共産党に入党した党筆頭候補者、ケイ・ミヒャエル・ダンクル党首は選挙後、「わが党は住居問題の解決について有権者に話してきた。他の政党も同じように主張していたが、選挙が終われば忘れられてしまう。わが党は今後5年間、住居問題の解決に全力を投入する考えだ」と述べていた。

 ザルツブルク州議会選をまとめる。国民党が政権を維持したが、他の政党との連立が必要だ。パートナー探しで苦労するだろう。ニーダーエステライヒ州のように、国民党と自由党の連立政権が発足する可能性は排除できない。ただ、自由党の政権参画には国民党内ばかりか多くの国民も拒否反応が強い。一方、社民党は党首選を控えていることもあって、党内は結束していない。ザルツブルク州のダビッド・エガ―社民党代表はパメラ・レンディ=ヴァーグナー現党首ではなく、そのライバルのブルゲンランド州のハンス・ペーター・ドスコツィル知事を支持している、といった具合だ。党内が結束して政権を奪回するといった体制からはほど遠い。

 オーストリアの政界の台風の目はやはり極右自由党だ。早期総選挙の実施を想定に早々と党内はキックル党首と結束している。ザルツブルク州議会選では極左「共産党+」も躍進した。コロナのパンデミック、ウクライナ戦争の勃発、それに伴うエネルギーや物価・住居費の高騰に直面している有権者はその困窮、不満、抗議をぶつける相手として、極右の自由党と極左「共産党+」に抗議票を投じたことになる。両党は政治信条が全く異なる政党だ。オーストリアの社会が分裂し、過激な方向に走り出そうとしている兆候と受け取れるかもしれない。

起こるべきして起きた騒動

 先ず、北京発時事の記事を読んでみてほしい。

 「パキスタン北部で今月、水力発電所建設に携わる中国人技術者の男性が、イスラム教を冒涜したとして告発された。怒ったパキスタン人作業員らによる暴動を懸念した地元当局は、男性を遠隔地へ移送。パキスタンでは近年、中国権益への反発が強まっており、住民感情の刺激が両国の不協和音に発展しかねない状況だ。17日のAFP通信などによると、男性はイスラム教のラマダン(断食月)期間のせいで『仕事の進行が遅い』と指摘。作業員との口論で、アラー(神)や預言者ムハンマドを侮辱するような発言があった」

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▲訪中したイランのライシ大統領を迎える習近平国家主席(IRNA通信、2023年2月14日)

 上記の記事を読んで「起こるべきして起きた騒動」といった印象を受ける。パキスタンの国民は95%前後はイスラム教徒だ。その大部分はスンニ派だ。一方、無神論国家の中国共産党政権下で育った国民(中国人技術者)は宗教教育を受けていないし、多くは無神論の観点から偏見された教育を受けてきた。宗教関連施設は官製による飾り物に過ぎず、キリスト教信者、イスラム教徒が教会やイスラム寺院に通って祈っている姿をみる機会はほとんどない。アラーや預言者ムハンマドを侮辱することがどんな行為かを理解できないので、暴言が口から飛び出す。それを聞いた現地の労働者は激怒する、といったパターンだ。フランスのマクロン大統領が2020年、「フランスには冒涜する自由がある」と発言し、世界のイスラム教徒を憤慨させたことはまだ記憶に新しい(「人には『冒涜する自由』があるか」2020年9月5日参考)。

 ところで、サウジアラビアとイランが中国政府の調停を受けて和解へと動き出したというニュースが流れ、中国は米国に代わって中東の調停人の役割を担い出した、といった類の報道があったが、少々皮相的な解説ではないか。

 中東関係者が、「キリスト教とイスラム教の対立より、イスラム教のスンニ派とシーア派の宗派間の抗争のほうが深刻だ」と述べていたことを思い出す。スンニ派の盟主サウジとシーア派の代表イランの接近は経済的、政治的な理由が大きい。一方、イランと中国の接近は反米と双方の経済的恩恵という面があるだろう。はっきりとしている点はスンニ派とシーア派が突然、相互理解と尊重を深めてきたわけではないことだ。両派の関係は今も緊迫している点で変わらない。

 中国の習近平国家主席は、「共産党員は不屈のマルクス主義無神論者でなければならない。外部からの影響を退けなければならない」と強調する一方、「宗教者は共産党政権の指令に忠実であるべきだ」と警告している。具体的には、キリスト教、イスラム教など世界宗教に所属する信者たちには「同化政策による中国化」を進めているのだ。

 中国共産党の宗教弾圧は激化している。キリスト教会の建物をブルドーザーで崩壊させる一方、新疆ウイグル自治区ではイスラム教徒に中国共産党の教え、文化の同化を強要し、それに従わないキリスト信者やイスラム教徒を拘束する一方、「神」とか「イエス」といった宗教用語を学校教科書から追放するなど、弾圧は徹底している。

 ウイグル自治区のウイグル人は主にイスラム教徒でスンニ派が多い。イラン(シーア派)にとってはイスラム教の兄弟だ。そのウイグル人を中国共産党政権は弾圧し、強制的に再教育キャンプに送っている。その国がスンニ派とシーア派の調停ができるだろうか(共産主義は宗教といわれてきたから、中国共産党政権という宗教国家とイスラム教国の接近と受け取ることも可能だ)。今回のパキスタンのように些細な出来事が暴動に発展する恐れは常にあるだろう(「中国共産党政権が宗教弾圧する理由」2019年7月9日参考)。

 例えば、スーダンには100万人の中国労働者が原油開発に従事している。彼らの多くは現地の中国人コミュニティの中で生活しているから、現地人との接触は少ないこともあって、これまで大きな衝突は起きていない。しかし、「中国人ビジネスマンがスーダンに腐敗汚職や賄ろの慣習をもたらした」という声が現地から聞かれる。スーダン社会の伝統的な文化、慣習や宗教は無神論国家中国から派遣された労働者との間でさまざまな軋轢が生じているが、メディアで報道されないだけだ。

 習近平主席が提唱している巨大経済圏構想「一帯一路」は主にインフラ構築など経済・産業的観点で推し進められているプロジェクトだ。その計画に参加する国は中国からの経済的支援が大きな目的だ。一方、中国側にとっては世界制覇の夢を実現するための手段であり、資源獲得という戦略的な狙いもある。中国側に欠けている点は、進出する現地の宗教への理解だ。

 今回のパキスタンでの騒動を受け、中国外務省は18日、「中国政府は在外中国人に対し、現地の法律、規制、慣習を尊重するよう求めている」と説明したが、「現地の宗教」を尊重すべきだとは求めていないのだ。そんなことは言えない。だから、やはり「起こるべきして起きた騒動」と言わざるを得ないのだ。

 中国共産党政権と接触し、経済関係の強化に乗り出す国の為政者はそれなりの政策、考えがあって中国と交流を深めているが、その国の国民、労働者はそうではない。だから、中国人技術者がアラーを侮辱する発言をした場合、現地の労働者が怒り、暴動を起こす危険性が出てくるわけだ。実際、昨年4月にはパキスタン南部の最大都市カラチで、中国共産党のプロパガンダ機関「孔子学院」の車両が爆弾テロに遭い、中国人ら4人が死亡するという事件が発生している。現地人の「中国人フォビア」が高まっているのだ。

誰がこんな英国にしたのか?

 当方は1980年初頭、数カ月間英国に住んでいた。ロンドンではなく、ビートルズの生まれたリバプールだ。中欧のオーストリアに常駐するようになってからは残念ながら英国をゆっくりと再訪する機会はなかった。ただ、英国発のニュースにはできるだけ目を通してきた。独週刊誌シュピーゲル(4月15日号)に英国の現状をルポした記事が掲載されていたのを読んで驚いたというより、「誰が英国をこんなふうにしてしまったのか」という憤慨の思いすら沸いてきた。

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▲ロンドンの英国首相府(10Downing Street)英国政府公式サイトから

 日本人にとって、英国は欧州の代表であり、産業革命の発祥地であり、モダンな近代先進国というイメージが強いが、シュピーゲルのルポ記事を読んでいると、「貧富の格差は大きく、国民の活力が減退し、貧困者の生活はこれが英国の現状かと疑いたくなるような状況だ。40年前の英国はもっと活力があったのではないか。ストやデモが多発した1980年代、サッチャーが登場して英国病といわれる国民経済を改革していった。サッチャー改革は短期的には英国病の回復に効果があったが、長期的には現在のような貧富の格差がある社会を生み出していったのか。EU離脱(ブレグジット、2020年1月31日以降)とコロナのパンデミックで英国は再び病んできた、という印象をシュピーゲルの7頁に及ぶルポ記事を読んで感じた。

 例えば、69歳の年金生活者のリンダさん(匿名)は看護師として働いた後、退職して年金(月700ポンド=11万7000円)で生活しているが、アパートを維持するのが精一杯で3食の食事は難しい。台所では料理しないという。電気代を節約するためだ。慈善団体などが運営する無料で食事を提供している場所でスープなど温かい食事をもらうのが日課となっている。曰く、「毎火曜日にはカレーライスが出るので楽しみにしている」という。孫たちが来る日だけ部屋の暖房にスイッチを入れ、それ以外は暖房なしの生活だ。「幸い、近くに友人がいるし、アパートもあるから」という。

 ロンドンの病院では医師や看護師不足で緊急治療は出来なくなった。ケガをしたので救急車に電話を入れたが、2日後に救急車がきたという。政府はテレビや新聞などを通じ、「ケガをしないように、危ないことはしないように」と国民にアピールしている。ケガをしても救急車はこないし、病院には医者はいないことが多いからだ。

 医師や看護師は待遇の悪さにデモをし、辞めていく者も多いという。700万人の国民が病院の予約待ちだ、そして裁判所では65万件の訴訟が公判が始まるのを待っているという。昨年12月以来、バスの運転手、病院の看護師、学校の先生、公務員などのストがない日はない。物価の急騰、巨額の債務、デモの多発などが生じた1970年代の英国の悪夢を思い出す国民もいるという。

 マーガレット・サッチャー時代(1979年〜1990年)の厳格な民営化政策、そして2008〜09年の金融危機もあって不動産の価格が急騰、家賃の高騰で国民は住居を探すのが困難だという。カビが生えたアパートに住んでいた家族の2歳の子供が亡くなったというニュースが流れたばかりだ。

 リシ・スナク首相が国民経済の現状を知るために現地視察に出かけたが、首相の公務車が通過する道路は穴だらけということで、首相の車の通過数分前に、道路にアスファルトを入れて穴を埋めたという。都市の道路の整備は遅れ、道がデコボコだという。労働者不足もあるが、市当局のミス・マネージメントがあるからだ。

 国民経済がどんなに厳しくても英国人はパブに通い、ビールなど飲みながら談笑するのが大好きだ。国民にとって日々のストレス解消の場所だったが、そのパブが昨年560カ所閉鎖に追い込まれ、数千のパブが今後同じ運命にあるという。英国人がパブに通えなくなりつつあるわけだ。ウォッカなしのロシア人を想像できないように、パブの灯が消えた英国の街は考えられない。その日が到来するかもしれないのだ。

 英国は貧困国家ではない。国内に億万長者(ビリオネア)が177人存在する。一方、数百万人の貧困者がいる社会だ。例えば、スナク首相はビリオネアであり、夫人もお金持ちで有名だ。首都ロンドンの中心街を見ている限り、分からないが、上記で記述したような生活環境下の国民が増えてきているのだ。テレビや新聞では安く料理できるレシピが紹介されている。例えば、有名な料理人ジェイミー・オリバーの「ワン・ポンド・ワンダース」(One Pound Wonders)の料理番組が人気を呼んでいる。

 世論調査Ipsosによると、コロナのパンデミック、ウクライナ戦争で欧州の多くの人々は「未来がなくなった」と感じ出しているといわれているが、「英国の国民ほど悲観的な思いに陥っている国はない」というのだ。

 英国の現状を最も反映している都市はブラックプール(Blackpool)といわれる。イングランド北西部、ランカシャー西部にある保養都市だったが、今は多くの店は閉鎖され、索漠とした都市となっている。ブラックプールは英国の没落のシンボルと受け取られている。シュピーゲル記者は、「貧しく、病気で、人生に疲れているならば、ブラックプールには来るな。誰も助けることができないからだ」という現地の声を紹介している。

 政治的に大混乱をもたらしたブレグジット、そしてコロナのパンデミックを迎えた。その後、英国は政治的、経済的、社会的各分野でカオス状況に陥っている。一体、誰が英国をこのようにしたのか(「『不法移民法案』は英国の命運を左右?」2023年3月10日参考)。

バチカン発ニュースが面白くなった

 世界に13億人以上の信者を擁するローマ・カトリック教会の総本山、バチカン教皇庁に「報道の自由」があるか否かは興味深いテーマだ。バチカンニュース(独語訳版)には聖職者の未成年者への性的虐待問題が大きく報道され出した。最近では、ドイツ教会フライブルク大司教区の聖職者の性的虐待調査報告が大きく報道されたばかりだ。10年前、20年前には考えられなかった「報道の自由」さだ。

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▲聖職者の性的虐待問題が発覚したドイツのフライブルク大司教区の教会(バチカン・ニュースから、2023年4月19日)

 聖職者の性犯罪問題はバチカンにとって恥ずかしい内容であり、出来れば内々で解決したいテーマだろう。実際、バチカンは過去、聖職者の未成年者への性的虐待問題を隠ぺいし、関係者を人事異動して不祥事が外に漏れることを徹底的に抑えてきた。バチカンの官製メディアが、どこそこの、どの教区で過去、何件の聖職者の性犯罪が発生した、などと報じることは少なくとも20年前には考えられなかった。

 バチカンのメディアが閉鎖的だった時代、当方は反バチカン関係者のメディアや教会から脱会した元聖職者が書いた本などからバチカンの内情を探った。例えば、ウィーンには元神父ルドルフ・シェルマン氏が発行していた「キルへェ・インテルン」と呼ばれるカトリック教会情報誌があった。当方はシェルマン氏とインタビューし、様々なバチカン情報を得た。その点、冷戦時代、ソ連・東欧共産政権圏から亡命してきた政治家や反体制派活動家から共産圏内の内情を聞き出す取材方法と同じだ。

 問題は、亡命者や反体制派メディアの情報は玉石混合で、新しい事実がある半面、脚色され、誇張された情報も少なくなかった。バチカン情報でも同じことだ。元神父や反バチカンメディアの情報は興味深いものが多い一方、事実とはかけ離れていることも結構あったからだ。

 バチカン報道では地元イタリアのメディアの活躍は大きい。バチカン・ウォッチャーと呼ばれるバチカン専門ジャーナリストがバチカン発でさまざまな内部情報を報じてきた。ベネディクト16世を悩ましたバチリークス問題(ベネディクト16世の内部文書などが盗まれ、メディアに報道された事件)ではイタリアの著名なバチカン・ウオッチャーが教皇庁内部の通報者の情報をもとに報道し、大きな波紋を呼んだ。

 バチカンメディアの閉鎖性を破ったのは聖職者の未成年者への性的虐待事件だろう。アイルランド教会、米教会、オーストラリア教会、フランス教会など世界のカトリック教国で聖職者の性犯罪が次々と暴露され、教会内外からの批判が高まり、バチカンは沈黙を続けることができなくなったきたからだ。同時に、ベネディクト16世、その後継者フランシスコ教皇も聖職者の不祥事に対して対策を強いられてきた。それを受け、バチカンのメディアは次第に報道の自由を得てきたわけだ。

 興味深い点は、カトリック教会聖職者の性犯罪問題で最も厳しい批判は、神の義を伝える聖職者が性犯罪を犯したというモラル問題以上に教会が不祥事を知りながら「隠蔽してきた」ことに向けられていることだ。教会のスキャンダルを隠ぺいしてきた教会上層部、最終的にはバチカンに信者ばかりか社会の怒りが高まっていったわけだ。南米出身のフランシスコ教皇が聖職者の性犯罪に対して、教会指導部へ通知義務の強化、教会法に基づく制裁など、教会の隠ぺい体質の転換に腐心しているのは当然だ。

 その結果といってはおかしいが、バチカンのメディアは聖職者の性犯罪問題に関しては非常にリベラルとなってきた。暴露記事、スクープ記事といったものは期待できないが、バチカンニュースはバチカン・ウォッチャーにとって有力な情報源となってきているのだ。

 例えば、人口の1%以下のキリスト信者(カトリック信者はそのうち、半分ぐらい)しかいない日本のメディアではカトリック教会の聖職者の性犯罪問題が報道されることは過去、ほとんどなかったが、状況は変わってきた。聖職者の性犯罪件数が余りにも多いこともあるが、バチカンメディアが積極的に報道するようになってきたからだ。ちなみに、バチカンは「秘密の宝庫」と呼ばれてきた。それだけに、今風にいえば、バチカンメディアが面白くなってきたのだ。

 いずれにしても、フランシスコ教皇の過去10年間の在位期間、バチカンメディアは聖職者の性犯罪問題で積極的に報道し出したことは事実だ。この傾向は今後も続くだろう。ただ、バチカンメディアが依然躊躇しているテーマがある。バチカン指導部内の改革派と保守派間の熾烈な争いだ。

 フランシスコ教皇は昨年から今年に入りスペインやイタリアのジャーナリストとのインタビューに積極的に応じている。そこでフランシスコ教皇は失言もあるが、自由に教会の改革案を述べている。一方、バチカンメディアはそのインタビューの内容を大きく報じることで、教皇庁内の改革派と保守派の争い問題を間接的に伝えようとしているのだろう。

独「首相府と外務省」対中政策で対立

 中国、韓国、そして日本を訪問して帰国したドイツのベアボック外相は19日、ベルリンの連邦議会に出席し、与党「社会民主党」(SPD)の過去のロシア政策と現在の中国政策を「間違いだ」と批判した。その発言に対し、SPD議員から反発の声が出た一方、外相が所属する「緑の党」と野党第一党の「キリスト教民主同盟」(CDU)から支持を得た(「独外相の“ダメージ・コントロール”」2023年4月16日参考)。

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▲首脳会談前のショルツ首相と習近平国家主席(独日刊紙ヴェルト動画のスクリーンショットから、2022年11月4日、北京)

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▲ハンブルク湾のハンバーガー コンテナ ターミナル トレロート (CTT)の全景(HHLACTT公式サイトから)

 ベアボック外相は、「SPD主導の過去の対ロシア、対中国政策を2度と繰り返すべきではない。その外交路線はドイツをロシア、中国に依存させる結果となり、わが国を恐喝することを可能にさせてきた」と発言した。同外相の発言は、SPD、「緑の党」、そして自由民主党(FDP)の3党からなるショルツ連立政権(信号機連合)下の外交政策で意見の相違があることを改めて浮き彫りにした。

 ショルツ連立政権下では「首相官邸と外務省」、そして「SPDと緑の党」の間には対立が出てきた。最近では、SPD議会グループのクライス議員はベアボック外相を批判する記事を発表し、その内容がベアボック外相の中国訪問中に明らかになったばかりだ。

 ショルツ連立政権は現在、国家安全保障戦略と中国戦略の両方を策定中だが、首相官邸と外務省の間の対立もあってまだ完成していないという。ただ、「信号機連合」が一致していることは、|羚颪悗琉預犬ドイツとドイツ経済のリスクとなるべきではない、∧胴颪梁价羚颯妊ップリング政策には同意しない、の2点だ。

 ベアボック外相は、「ドイツの戦略的重要なインフラを中国企業に委ねたり、依存するリスクを回避すべきだ」と強調している。ベアボック外相は「中国はパートナーであり、競争相手であり、体系的なライバル」であると定義した欧州連合(EU)の対中国路線を繰り返す一方、「中国が将来、より強力なライバルになるかどうかは、中国がどの道を選ぶかにかかっている」と強調、自身の中国訪問を通じて「中国が対外的にはより攻撃的に、対内的にはより抑圧的になってきているのを感じた」という(ドイツ通信)。

 例えば、ショルツ連立政権は昨年10月26日、ドイツ最大の港、ハンブルク湾港の4つあるターミナルの一つの株式を中国国有海運大手「中国遠洋運輸(COSCO)」が取得することを承認する閣議決定を行った。同決定に対し、「中国国有企業による買収は欧州の経済安全保障への脅威だ」という警戒論がショルツ政権内ばかりか、EU内でも聞かれた。それ故に、ショルツ首相は中国側の株式35%取得を25%未満に縮小し、人事権を渡さないという条件を提示し、ハベック経済相(兼副首相)やリントナー財務相らを説得、閣議決定した経緯がある。あれから半年余りが経過したが、独連邦情報セキュリティ局 (BSI) がその後、ターミナルを戦略的重要なインフラと分類したこともあって、計画されていた約25%の株式取得の許可はまだ行われていない。連邦内務省は現在、コスコとの契約内容を再検討中という。

 ちなみに、BSIによると、戦略的重要なインフラストラクチャー(KRITIS)とは、「公共の安全に対する重大な混乱、またはその他の劇的な結果をもたらす産業や生活の基盤となる社会資本」を意味する。

 「中国共産党政権の管理下にある国営企業がドイツの有数の港湾のコンテナターミナルを買収すれば、ドイツの安全を損なう危険が出てくる」といった懸念の声が聞かれたが、SPD関係者やハンブルク市のペーター・ツェンチャー市長は、「中国の参加により、コンテナターミナルの持続可能な計画が約束される。コスコが共同所有者である場合、ドイツ北部の港がハブ、つまり優先積み替え拠点になる」と期待してきた。ちなみに、コスコは近年、ヨーロッパの多くの港に関心を寄せてきている。同社は、ピレウス (ギリシャ)、ゼーブルッヘ (オランダ)、ロッテルダム (オランダ)、アントワープ (ベルギー)、バレンシア (スペイン)などの戦略的および経済的に重要なヨーロッパの港の株式を保有している(「ハンブルク湾港に触手を伸ばす中国」2022年10月22日参考)。

 ドイツは輸出大国であり、中国はドイツにとって最大の貿易相手国だ。ドイツの主要産業、自動車製造業ではドイツ車の3分の1が中国で販売されている。2019年、フォルクスワーゲン(VW)は中国で車両の40%近くを販売し、メルセデスベンツは約70万台の乗用車を販売している。2020年の中国とドイツの2国間貿易額は前年比3%増の約2121億ユーロに達し、中国は5年連続でドイツにとって最も重要な貿易パートナーとなっている。

 16年間の任期中、12回訪中したメルケル前首相は訪中前後に常に「経済関係の強化と共に、人権問題も話し合った」とコメントを出すのが慣例だった。一種のアリバイ工作だが、メルケル首相の対中融和政策を公の場で批判する国や政治家はいなかった。

 ただし、ドイツの産業用ロボット製造大手「クーカ」が2016年、中国企業に買収されたことから、ドイツは先端科学技術をもつ企業の買収阻止に本腰を入れ始めている。ドイツのシンクタンク、メルカートア中国問題研究所とベルリンのグローバル・パブリック政策研究所(GPPi)は、「欧州でのロシアの影響はフェイクニュース止まりだが、中国の場合、急速に発展する国民経済を背景に欧州政治の意思決定機関に直接食い込んできた。中国は欧州の扉を叩くだけではなく、既に入り込み、EUの政策決定を操作してきた」と警告している。

 参考までに、中国は昨年、欧州企業に約40億ユーロを投資したが、その額は前年比で大幅に減少した。中国企業は現在、政治的に物議を醸す大規模な購入を避けているという。EYストラテジー・アンド・コンサルティング会社の分析によると、昨年、中国人投資家による欧州企業への買収または投資は139件で、2021年より16件少ない。中国が過去、欧州で最も多く投資した年は2016年で309社の企業を買収、または投資、その総額は860億ユーロだった。なお、中国政府が「ゼロ・コロナ政策」を全面解除したことから、今年第2四半期以降、欧州と中国間の経済交流が再び活気を帯びると予想されている。 
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