ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2023年03月

プーチン氏を支援する極右「自由党」

 ウクライナのゼレンスキー大統領は30日、オーストリア国民議会でビデオを通じて約12分間演説し、オーストリア国民のウクライナ支援に感謝した。

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▲ゼレンスキー大統領の演説中に退席した「自由党」議員の席(2023年3月30日、自由党公式サイトから)

 ゼレンスキー大統領は過去1年間で国連を含む世界の議会などでビデオを通じてウクライナ情勢をアピールしてきた。欧州連合(EU)加盟国27加盟国の中では既に24カ国の議会で演説してきた。同大統領が議会演説をまだ行っていない加盟国はハンガリー、ブルガリア、そしてオーストリアの3カ国だけだった。

 ゼレンスキー大統領の演説が始まると、極右政党「自由党」の議員たちが、「ウクライナ大統領の議会演説はわが国の中立主義とは一致しない」として議会から一斉に退席した。ゼレンスキー大統領の議会演説中、国会議員が退席したのはオーストリアが初めてだ。

 「自由党」のヘルベルト・キックル党首は前日、「わが国は中立主義を国是としている国だ。ウクライナ戦争で一方的にキーウ側を支援することは中立主義とは一致しない」と説明し、ゼレンスキー大統領の議会演説を妨害する意思を表明していた。

 「自由党」の議会退席に対して、与党の「国民党」、「緑の党」、そして野党の「社会民主党」と「ネオス」の議会政党は、「自由党は中立主義を守るためと詭弁を弄しているが、実際はロシアのプーチン大統領を支持しているのだ」と説明し、「自由党」は過去、ロシアと密接な関係を有してきたと指摘した。

 オーストリアの「自由党」だけではない。欧州の極右政党であるフランスの「国民連合」やイタリアの「同盟」はモスクワと接触し、人脈を構築していることで知られている。モルクワから欧州の極右党に活動資金が流れているという噂もある。

 看過できない点は、プーチン大統領は軍をウクライナに侵攻させた時、キーウのネオナチ政権を打倒し、非武装化させることが目的だと主張してきたが、プーチン大統領自身、欧州の極右政治家との繋がりを有していることだ。欧州の政界の結束を破るために、極右政党を利用しているという面は否定できないだろう。

 ゼレンスキー大統領は演説の中で、オーストリアの中立主義に言及し、「ロシア軍が昨年2月24日、ウクライナに侵攻して以来、多くのウクライナ国民が犠牲となってきた。ロシア軍は明らかに国際条約に違反している。ウクライナは自国に属していないものを要求しているのではない。わが国に属していたものを取り戻そうとしているだけだ」と述べ、「ソボトカ国会議長を始め、議員の皆さんをウクライナに招待したい。自らの目でロシアがウクライナで何をしてきたかを見てほしい」と訴え、「道徳的に見て、悪なる行動に対して中立であるということはできない」と主張した。

 ちなみに、ロシアの前身国家、ソ連はナチス・ドイツ政権に併合されていたオーストリアを解放した国であり、終戦後、米英仏と共に10年間(1945〜55年)、オーストリアを分割統治した占領国の1国だ。首都ウィーンはソ連軍が統治したエリアで、市内のインぺリア・ホテルはソ連軍の占領本部だった。シュヴァルツェンベルク広場にはソ連軍戦勝記念碑が建立されている。

 オーストリアのシャレンベルク外相(国民党)は、「わが国は軍事的には中立主義を維持するが、政治的には中立ではない」と述べ、モスクワの抗議に反論している。それに対し、「自由党」幹部で第3議会議長のホーファー氏は、「オーストリアは包括的な国防の枠組みの中で中立国の立場を維持すべきだ」と反論している。

 「オーストリアの中立主義は宗教だ」という声がある。ウクライナ戦争が勃発した後も、中立主義を見直して北大西洋条約機構(NATO)加盟に踏み切った北欧の中立国スウェーデンやフィンランドとは異なり、オーストリアでは中立主義の見直し論はほとんど聞かれない。ロシア外務省は3月5日、「オーストリアは中立主義を守るべきだ」と厳しい注文を突き付けている。

 オーストリアの複数の世論調査をみると、「自民党」がここにきて第1党に躍進してきた。その背後には、急増する移民問題がある。2015年、中東・北アフリカから100万人以上の移民が欧州に殺到した時、「自由党」は移民受け入れ反対、外国人排斥、オーストリア・ファーストを掲げて国民の支持を獲得し、クルツ「国民党」(当時)と連立を組むまでになった。その後、自由党のハインツ・クリスティアン・シュトラーヒェ党首(当時)のスキャンダル(イビザ騒動)でクルツ政権から離脱し下野した。コロナ感染時代にはワクチン接種反対を掲げて政権を批判してきたが、国民の支持は得られなかった。それが移民の流入がここにきて再び増加してきたことを受け、移民反対の姿勢を明確にして国民の支持率を集めてきている。

 オーストリアでは来年秋に総選挙を迎えるが、ネハンマー現政権が早期解散に追い込まれ、選挙で「自由党」が第1党に躍進した場合、EUの対ウクライナ支援に大きな影響を及ぼすことが懸念される。なお、国民議会前には親ロシア系活動家たちがゼレンスキー大統領の議会演説に抗議してデモを行った。

ドイツ社会に広がる「エイジズム」

 ドイツ週刊誌シュピーゲル最新号(3月25日号)は社会の高齢化とそれに伴う高齢者への差別について8頁にわたり著名な高齢者のコメントや社会各層の意見を特集している。同号の表紙のタイトルは「突然、歳を取り過ぎた?」だ。換言すれば、ドイツの「エイジズム」だ。以下、その特集の概要を紹介する。

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▲ドイツのエイジズムを特集したシュピーゲル誌最新号の表紙

 ジュネーブに本部を置く世界保健機関(WHO)は2021年、「エイジズム」(Ageism)への戦いキャンペーンで「Age doesn´t define you」(年齢であなたを定義できない)というキャッチフレーズを掲げていた。「エイジズム」とは年齢による差別や偏見を意味するもので、「年齢主義」ともいわれる。

 WHOの調査によると、世界的に2人に1人の成人は高齢者に対して偏見を持っているという結果が出ている。年齢問題研究者で心理学者のクラウス・ロータームンド氏は、「高齢者に残りの人生への期待を少なくするように要求することは非人間的だ。年を取ればそれだけ価値がなくなるとほのめかしているようなものだ」と指摘している。

 英国では社会保障制度の充実を「ゆりかごから墓場まで」というスローガンで表現された時代があったが、ここにきて人は自分も年を取って高齢者になるとは考えない。「今日の高齢者」を批判している人は「明日は我が身だ」という認識が乏しい。社会自体に年を取ることを伝染病と考え、それを回避しようとする傾向が強まってきている。

 シュピーゲルは高齢者への差別、偏見等を社会の各層から聞き出している。銀行は高齢者にはクレジットカードを発給せず、住居探しも若い世代と比べむずかしい。自動車の事故保険でも高齢者の場合、事故が多く発生しやすいという理由から保険代は高くなる。実際は高齢者の事故発生率は他の世代より多いという数字はない。欝などの精神的病になった場合も、高齢者は「当然の現象」と受け取られ、真摯に対応してくれなくなる、といった差別に遭遇している。

 欧州の経済大国ドイツでは保護が必要な高齢者の人口は30歳以下の国民より多くなるのは時間の問題という。2030年には4人に1人は65歳以上になるという。ドイツ国民の平均年齢は現在44・7歳で世界の平均年齢より約15歳高齢だ。そしてドイツ政府は社会の高齢化という人口学的な動向を久しく軽視してきたという。社会学者でジャーナリストのシュテファン・シュルツ氏がそのベストセラー「Opakalypse now」(オパカリプス)の中で指摘している内容だ。

 社会自体に、「高齢者を差別することは良くない」という認識が余りない。シュピーゲルによると、最新の「差別問題報告書」では、高齢ゆえの差別件数は昨年573件で、民族的差別(2080件)や身体障害による差別件数(1775件)より少なかったのは、「高齢者も若い世代も高齢者への差別が禁止されていることへの認識が十分ではないからだ」と分析されている。

 ポップ歌手のマドンナさん(64)は、「年齢差別は世界にとって有毒な現象だ」と批判する。美顔手術をし、派手な服装で舞台で歌うマドンナさんは最近、「そんな姿で舞台に再び登場しないでくれ」といった憎悪コメントを受け取った。その辛辣なコメントはネット上でシットストーム(炎上)した。マドンナさんは、「私は歌唱力や外貌問題でファンに負債などない」と反論している。

 中国武漢発の新型コロナウイルスは世界のエイジズムを加速化させたという。高齢者は一般的に感染危険率が高いと受け取られ、隔離が強化されていった。すなわち、高齢世代と若い世代間の世代対立を激化させたわけだ。哲学者ヨハネス・ミュラー=サロ氏は新著「Offene Rechnungen」(世代間の冷たい闘争)で、「若い世代」と「高齢者世代」の間であからさまな対立の時を迎えている、と主張している。

 ヘルシンキ大学神学部から名誉博士号が与えられたスウェーデンの環境保護活動家グレタ・トゥーンベリさんが、「あなた方(高齢者)は私の夢と子供時代を奪ってしまった」と非難した有名なセリフを思い出す。換言すれば、「高齢者は久しく多くを消費し、未来に投資せずに、若い世代に負債を残している」といった内容だ。

 ドイツのショルツ連立政権は政権発足時に連立協定で「社会全般のデジタル化の促進」を目標に掲げたが、IT技術の普及によって高齢者はますます疎外感を深めている面も否定できない。航空チケットの搭乗券を空港内で入手するのにも自動発券機で処理しなければならないから、ITの使用に慣れていない高齢者にとっては若者の厳しい目を気にしながら汗を流さざるを得ない。高齢者への差別はモダンな西側社会では広がっているわけだ。

 ソフトウェア開発。ITサービス企業「サン・マイクロシステムズ」社の創設者の1人、ビノッド・コースラ氏は、「新しいアイデアという観点からみれば、45歳以上の人間はもう死んでいる」と主張。また、メタ最高経営責任者(CEO)のマーク・ザッカーバーグ氏は、「若い人間のほうが賢い」と言い切っているほどだ。

 IT関連知識や操作能力に関してはIT企業トップの意見は正しいかもしれないが、IT関連の知識やノウハウだけが人間の能力を図るものではないことはいうまでもない。ただ、IT社会で生きている現代人にとって実際、スマートフォンやコンピューターを駆使できなければ、さまざま困難が出てくることは事実だ。

 米国では行き過ぎたエイジズムに対して批判的な声が上がってきているが、ドイツでは高齢者問題では対応がまだ遅れている、と同情せざるを得ない。シュピーゲルは「ドイツでは高齢者は差別されている。時には緻密に、時には残酷に」と述べている。

 当方はこのコラム欄で「あのエレファントを見ろ!!」を書いたばかりだ。動物学者によると、エレファントは人間の高齢者を襲う認知症にかからず、目撃し、体験したことは絶対に忘れない。長く生きたエレファントであればあるほど、体験を蓄積し、群れを安全な場所に引率できるノウハウを知っているから、エレファントの世界では最高齢者は仲間から尊敬され、通常、指導者、引率者となる。そのエレファントの世界と比較して、人間の世界では高齢者は差別されるなど、弱肉強食の様相を深めているわけだ(「あのエレファントをみろ!!」2023年3月21日参考)。

社民党「党首選」に73人の党員が出馬

 立候補届けの締め切り後、73人の党員が党首選に出馬を表明したことが明らかになった。多くは無名の党員であり、当選する可能性は限りなくゼロに近い。社民党(前身『社会党』)はオーストリアの戦後政界をリードしてきた政党だ。ブルーノ・クライスキー(首相在位1970年から1983年)やフランツ・フラニツキー氏(首相在任1986年〜1997年)が長期政権を誇った時代があったが、ここにきて国民の支持を失い、野党生活が長くなったきた。

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▲「オーストリア初の女性首相」目指す社民党のパメラ・レンディ=ヴァーグナー党首(社会民主党公式サイトから)

 この時期に党首選が行われることになった直接の契機は、パメラ・レンディ=ヴァーグナー現党首とブルゲンランド州のハンス・ペーター・ドスコツィル州知事との間の党路線をめぐる対立だ。社民党が今月実施されたケルンテン州議会選でも得票率を失い、レンディ=ヴァーグナー党首に対する批判の声が党内で高まってきたことを受け、「次期党首を党員選挙で決めよう」ということになった。

 党内の路線争いが長期化すれば、2024年秋の総選挙にも影響を与えることは必至だ。レンディ=ヴァーグナー党首は党幹部会で党首を選出することを願ってきたが、ドスコツィル州知事が党員投票で決定すべきだと主張してきた。結局、投票結果は尊重されるが最終的には党大会で決定されることになった。

 党員投票が決まったまでは良かったが、新たな問題が生じたのだ。合計73人の党員が党首投票に出馬を表明したのだ。困ったのは党首選の党員選を準備してきた準備委員会だけではない。レンディ=ヴァーグナー党首やドスコツィル知事も同様だ。2人で争ってきた党首ポストに70人以上の党員がレースに参加届けを出してきたからだ。

 そこで党首投票に出馬できる条件、資格を急遽決定せざるを得なくなった。クリスチャン・ドイチェ党連邦マネージャーは27日、記者会見で「党員投票の結果には拘束力はないこと、党首は最終的には代議員が参加した特別党大会で決定する必要がある」と説明。同時に、「連邦党幹部は党員投票の結果を非常に真剣に受け止め、党大会への指名を準備する」と強調することを忘れなかった。

 具体的な日程は、党員投票は4月24日から5月10日まで行われ、6月初めの特別党大会で新しい党首を決めることになった。党員投票は、郵送投票またはオンライン投票による。二重投票を阻止するために郵便投票が優先される。ちなみに、党首選で党員投票が行われることが決まった後、新しい党員が約9000人が登録された。この結果、選挙権を有する党員数は約14万7000人となった。3月24日までに党員となった人は誰でも選挙権がある。

 同国メディアの報道によると、73人の大部分は無名の党員で、どのような政治信条を持っているは不明。明らかなのは社民党党員だということだけだ。準備委員会は、申請者が党首選に参加できる条件について数時間議論した後、候補者は、データの提出と自己紹介を求められることになった。偽の候補者は直ちにふるい落とされる。ドイチェ氏によると、立候補者は履歴書とプレゼンテーションを連邦社民党に送信する。その後、候補者は党のウェブサイトで正式に党員に公示される。党首選に出馬するためには、30人の支持署名が必要となる、といった具合だ。なお、73人の党首候補者の中で、レンディ=ヴァーグナー現党首、ドスコツィル知事、それにニューダーエステライヒ州のトライスキルへェン市のアンドレアス・バブラー市長の3人が有力候補補だ。

 社民党が復興するためには新しい党首を選ぶことだけではない。問題はもっと深刻だ。社民党は労働者の党の看板を掲げてきたが、労働者を意識する国民が減ってきた一方、社民党はそれに代わる看板が目下ないことだ。ヴァーグナー党首はやる気はあるが、党幹部を結束させる政治力では見劣りする。一方、警察出身のドスコツィル知事は政策的には右派傾向がある。左派リベラルなヴァーグナー党首とは同じ社民党といっても政治信条はかなり異なっている。

 オーストリアの複数の世論調査によると、極右政党「自由党」が与党第一党国民党を抜いてトップに躍り出てきている。それをネハンマー首相の国民党が追い、社民党は第3党に後退。このままいくと、次期総選挙ではオーストリア最初の女性首相になると表明してきたレンディ=ヴァーグナー党首のチャンスは少ない。ちなみに、社民党では人望のあるウィーン市のミヒャエル・ルートヴィヒ市長はレンディ=ヴァーグナー党首を支持、自身が党首になって連邦政治を引率する考えはないという。

 いずれにしても、伝統的政党の社民党の党首選に73人の党員が出馬するということは、党内に現指導体制への批判の声がいかに大きいかを示す一方、好意的にみれば、社民党の舵取りに意欲のある無名の党員がまだ多くいることを物語っている。それにしても、73人の名前が掲載された党首選リストを前に、多くの党員は選択に苦慮せざるを得ないだろう。

「夏」時間と「冬」時間が入り混じる国

 当方は昔、一度は訪問したいと思っていた都市があった。ボスニア・ヘルッエゴビナの首都サラエボとレバノンの首都ベイルートだ。前者のサラエボはボスニア紛争の取材で訪問できたが、中東のレバノンは残念ながらまだ行っていない。中東はヨルダンの首都アンマンを仕事で取材したが、ベイルートまで足を延ばすことができなかった。今考えると残念なことをした。

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▲冬時間から夏時間へ、時計は1時間前に進む(ウィキぺディアからスクリーンショット)

 なぜサラエボとベイルートを訪問したいのか、といえば、両都市は当時(現在は政治情勢が変わった)、キリスト教とイスラム教の多宗派が共存する都市として知られていたからだ。

 アブラハムを「信仰の祖」とするキリスト教とイスラム教が一緒に平和裏に定着しているというので、一度は自分の目で見たいと考えていた。国連記者室でレバノン出身の記者アオン・フセイン氏と知り合いになったこともあって、彼からレバノンの情勢について度々教えてもらっていた。

 欧州では26日に冬時間から夏時間に移行した。時計の針を1時間前に進める。夏時間になる前の日、オーストリアでは国営放送を通じて午前2時から午前3時に時計を進めるよう促される。夏時間で「1時間睡眠時間を失った」と大げさに嘆く国民もいるが、数日もすれば、体は夏時間に慣れてしまうから問題はない、と思っていたが、大きな問題となっている国があるのだ。あのレバノンだ。

 レバノンでは通常、3月の最終日曜日に夏時間が始まり、時計を1時間進めるが、レバノン政府のナジブ・ミカティ暫定首相が夏時間の開始をラマダンが終わる4月21日まで延期すると決定したのだ。

 地元メディアによると、ベッリ国会議長がミカティ首相にサマータイムをラマダン期間が終わるまで延期するよう依頼したというのだ。ラマダンはイスラム教徒の五行(信仰告白、断食、礼拝、喜捨、巡礼)の一つだ。イスラム教徒は日の出から日の入りまでの間、断食し、身を清める(ラマダン期間は3月21日〜4月20日まで、国と地域によって1日程度の違いはある)。友人のイスラム教徒は「ラマダンの期間は心が清まる時だ」と述べ、ラマダンの宗教的意義について説明してくれた。その信者たちが冬時間と同様、ラマダン明けの食事が摂れるために夏時間への移動を延期したというわけだ。夏時間に変更されれば、ラマダン明けが1時間遅れ、それだけ断食明けの食事が遅くなるというわけだ。理由はかなりシンプルだ。

 問題は、政府が慎重に協議したうえで夏時間の導入を延期決定したわけではないことだ。政府と国会議長との間の話し合いで急遽、夏時間変更が延期されたというのだ。国民は戸惑うだろう、多くの国民は夏時間モードになっているし、スマートフォンやコンピューターは自動変更で既に夏時間がスタートしているからだ。

 レバノンではキリスト教とイスラム教の18の宗派が混在しているため、「モザイク国家」と言われてきた。政治の主要ポストや議席数を各宗派ごとに割り振る「宗派主義」が実施されている。レバノンは大統領を国家元首とする共和制だ。そして大統領はキリスト教最大宗派のマロン派から選ばれ、首相はイスラム教スンニ派から、国家議長はシーア派からそれぞれ選ばれることが慣例となっている。今回のサマー・タイムへの移行延期決定に対し、マロン派教会を含むキリスト教会は反対しているのだ。

 また、テレビ局のLBCIやMTVなどの民間企業は26日の夜に時計を既に1時間進めている。多くの私立学校も、政府のガイドラインに従わないことを発表した、といった具合だ。レバノンでは、冬時間に拘る「イスラム教の時間」と、夏時間への移行を支持する「キリスト教の時間」といった2通りの時間があるわけだ。

 ちなみに、レバノンの航空会社ミドルイーストエアラインズは、政府の決定に従い時計は通常の時間に設定されたままだが、国際航空路線の混乱を避けるためにフライトスケジュールは夏時間に切り替えている。一種の妥協案だ。

 レバノンの国民経済は史上最悪の危機の中にある。新型コロナのパンデミックと2020年8月のベイルート港での大爆発によって国民経済は一層悪化した。国連によると、人口の4分の3が貧困の中で暮らしている。通貨「レバノン・ポンド」は、数カ月にわたって大幅にその価値を失っている(オーストリア国営放送電子版から)。

 そのような危機的状況下にあって、政治でもアウン大統領の後任選出もできず、大統領の不在状況が続き、ミカティ政府の行政権限も限定されている、といった有様だ。そして今、国内で統一した時間すら失ってしまうという稀な状況下に置かれているわけだ。

 ところで、ベイルートの観光地、ネイメ広場にある時計塔は夏時間になっているのか、それともラマダン期間は冬時間をキープしているのだろうか。

2人のユダヤ人と「集団的罪悪感」

 オーストリアには多数のユダヤ人が住んでいたが、ナチス・ドイツに1938年3月に併合された後、多くのユダヤ人が強制収容所に送られ、そこで亡くなった。オーストリアは第2次世界大戦の敗北後、占領国4カ国(米英仏ソ)による10年間の統治期間を経たのち、再独立を獲得した。ナチス・ドイツから逃れるために海外に亡命していたユダヤ人の一部はオーストリアに戻ってきたが、大多数のユダヤ人はオーストリアの地を再び踏み入ることはなかった。

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▲ナチ・ハンターと呼ばれたサイモン・ヴィーゼンタール(1995年3月、ウィーンのヴィーゼンタール事務所で撮影)

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▲1950年代のヴィクトル・フランクル(ウキぺディアから)

 そのオーストリアには戦後、当方がぜひとも会いたいと思っていたユダヤ人が2人いた。2人とも既に亡くなったが、1人は“ナチ・ハンター”と呼ばれ、終戦後海外に逃げたナチ幹部たちを追跡したことで有名なサイモン・ヴィーゼンタール(Simon Wiesenthal)だ。もう1人は神経科医で精神科医だったヴィクトル ・エミール・ フランクル(Viktor Emil Frankl)だ。両者ともホロコーストから生き延びたユダヤ人だ。

 ヴィーゼンタールは1908年、ウクライナのガラシア生まれ。父親は第1次世界大戦中に死亡。ガラシアは戦後ポーランド領土に併合された。大学卒業後、建築家になったが、ナチス軍がポーランドに侵攻、家族と共に強制収容所送りに。45年6月、米軍によってマウトハウゼン強制収容所から解放された。その後の人生を、世界に逃亡したナチス幹部を追跡することに費やした。1100人以上の逃亡中のナチス幹部の所在を突き止め、拘束することに成功している。そのため、同氏はナチ・ハンターと呼ばれるようになった。反ユダヤ主義の言動を監視する「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」(SWC)は彼の名前からとったものだ。2005年死去。

 ヴィーゼンタールとは生前、2度会見することができた。文藝春秋社の月刊誌「マルコポーロ」がホロコーストの記事を掲載し、その中で「ガス室」の存在に疑問を呈したことが契機で、同誌が廃刊に追い込まれたことがあった。当方はヴィーゼンタールの見解を聞くために事務所で会見した。同氏はマルコポーロ誌事件について、「ユダヤ人社会に大きな痛みを与えたばかりか、日本・イスラエル両国関係にも将来マイナスの影響を与える恐れがある」と警告した。ヴィーゼンタールの警告は日本でも大きく報道された。

 ヴィーゼンタールと会見した時、彼の口からもう1人のユダヤ人の名前、フランクル博士が飛び出した。ヴィーゼンタールは事務所の壁に飾られていた名誉博士号を当方に誇らしげに見せながら、「自分は20以上の名誉博士号を得たが、私以上に名誉博士号を得たユダヤ人がいる、それはフランクルだ」と述べた(当方は当時、フランクルについて余り知らなかった。フランクルがまだ生きていた時、一度でも会見できていたら良かったと今は後悔している)。

 フランクル(1905年〜1997年)が第2次世界大戦中のアウシュヴィッツを含む4つの異なる強制収容所での体験をもとに書いた著書「夜と霧」は日本を含む世界で翻訳され、世界的ベストセラーとなった。独自の実存的心理分析( Existential Analysis )に基づいたフランクルの「ロゴセラピー」は世界的に大きな影響を与えていた。

 フランクルは、「誰でも人は生きる目的を求めている。心の病はそれが見つからないことから誘発されてくる」と分析している。強制収容所で両親、兄弟、最初の妻を失ったフランクルだが、その人生観は非常に前向きだ。彼の著書「それでも人生にイエスと言う」やその生き方に接した多くの人々が感動を覚えた理由だろう。

 フランクルは強制収容所から解放された後、「全てのドイツ人が悪いのではない。実際、強制収容所でもいいドイツ兵士がいた」と語り、ホロコーストに対する「ドイツ人の集団的罪悪感」( collective guilt)を否定する発言をした。そして、ナチス・ドイツの戦争犯罪に関与した容疑を受けていたクルト・ワルトハイム大統領(1918〜2007年、元国連事務総長)から1988年、ホロコーストの生存者としてオーストリア共和国への奉仕の星付き大銀メダルを授与されたことが報じられると、世界のユダヤ人からフランクル批判の声が飛び出した。

 ヴィーゼンタールも世界のユダヤ人から批判を受けたことがあった。ワルトハイム大統領がナチス・ドイツの戦争犯罪に関与していたとして激しい批判の声が上がっていた時、ヴィーゼンタールは、「彼は自身の過去を偽って語ったが、ナチス・ドイツ軍の戦争犯罪に関わっていた事実はない」と述べたからだ。ユダヤ人で、ホロコーストを体験した著名な人物が、ワルトハイム氏は戦争犯罪に関与していないと発言することは当時、大変な勇気がいった。世界ユダヤ協会を筆頭に、世界の主要メディアはワルトハイム氏の戦争犯罪を激しく批判していた時だ。ワルトハイム氏は大統領再選を断念せざるを得なくなった(ヴィーゼンタール氏の1周忌」2006年10月2日参考)。

 フランクルが終戦後、ナチス・ドイツの戦争犯罪に関連した「ドイツ人の集団的罪悪感」を否定したことを改めて思い出す。戦後80年余りが経過したが、今なお世界的に反ユダヤ主義が席巻している。ユダヤ人であるという理由で、多くのユダヤ人が批判にさらされ、時には迫害されている。フランクルは「ドイツ人の集団的罪悪感」を否定することで、無意識に「ユダヤ民族の集団的罪悪感」を超克しようとしていたのかもしれない。

 フランクルとヴィーゼンタールはほぼ同時代に生き、それぞれの分野で世界的な歩みをしてきたユダヤ人だ。同時に、ユダヤ社会から生前、批判の声を聞かざるを得なかった点で似ている。なお、3月26日はフランクルの118歳の誕生日だった。

猫(プーチン氏)の首に鈴をつける国は

 国際刑事裁判所(ICC、本部ハーグ)が今月17日、ロシアのプーチン大統領に戦争犯罪の容疑で逮捕状を出して以来、ICC加盟国の間では「どの国がプーチン氏を逮捕するか」で囁きが聞かれる。ICC加盟国でロシアに地理的に近いハンガリーとオーストリア両国では既に「逮捕する」、「いや逮捕しない」といった反応が聞かれるのだ。

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▲習近平国家主席と共に共同声明を発表するプーチン大統領(2023年3月21日、クレムリン公式サイトから)

 中欧のオーストリアとハンガリー両国は一時期、オーストリア・ハンガリー帝国を築いた時代があったが、帝国が崩壊し、共和国になって以来、両国は別々の道を歩み出した。ハンガリーは第2次世界大戦後、ソ連共産党政権の衛星国家として共産国となった一方、オーストリアはナチス・ドイツによって併合された後、終戦を迎え、10年間の4カ国の統治時代を経て中立国として再独立を獲得していった。

 オーストリアは1995年1月に欧州連合(EU)に加盟し、ハンガリーは冷戦終焉後、民主国家として歩みだし、2004年5月にオーストリアより9年遅れでEUに加盟し、それに先立ち、1999年3月には北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、文字通り西側陣営に統合していった。オーストリアとハンガリー両国での違いは前者が中立国を国是とする一方、後者はNATO加盟国でもあることだ。

 ロシア軍が2022年2月24日、ウクライナに侵攻して以来、対ロシア政策でオーストリアとハンガリーの間で微妙な違いがでてきている。オーストリアはロシアのプーチン大統領のウクライナ侵攻を非難し、キーウに対しては人道支援を実施している。一方、同じEU加盟国のハンガリーはウクライナ侵攻を非難する一方、対ロシア制裁には一定の距離を置いてきた。

 両国は対ロシア関係では程度の差こそあれ他のEU諸国より融和的であるが、侵攻したウクライナの占領地から違法に子供たちを連れ去った件にロシアが関与したとして、ICCが17日戦争犯罪の疑いでプーチン大統領に逮捕状を出した後、対応で違いがみられる。

 オーストリアとハンガリーは共にICC加盟国だ。加盟国としては、逮捕状が出たプーチン氏がウィーンやブタペスト入りした場合、拘束してプーチン氏をハーグに移送しなければならない。ハーグのICCには独自の警察部隊がないから、容疑者の逮捕と移送は加盟国が実行する。ちなみに、スーダンのオマル・アル・バシール大統領、リビアのムアマル・アル・カダフィ大佐に続き、プーチン氏は在職中にICCの逮捕状が発行された3人目の国家元首となった。

 ハンガリーはICCに署名し、ローマ規程に批准している。だから、プーチン氏がハンガリー入りした場合、逮捕しなければならない立場にある。それに対し、ハンガリーのオルバン首相の首席補佐官ゲルゲリー・グリアス氏は、「ICCの内容はハンガリーの法制度に統合されていないから、プーチン氏がブタペスト入りしたとしても、わが国は逮捕することはできない。ハンガリーには、逮捕状の執行に関する法的根拠がないからだ」と述べている。

 プーチン大統領とオルバン首相の友好関係を考えるならば、オルバン政権がプーチン大統領を逮捕するという事態は考えにくいことは確かだ。オルバン首相は昨年2月、プーチン大統領がロシア軍をウクライナに侵攻させる直前、プーチン氏と会談するためにモスクワを訪問した最後の西側政治家となった。オルバン首相は当時、自身のモスクワ訪問を「平和の使命」と表現し、NATOとEU加盟国であるハンガリーとロシアの関係を称賛し、相互尊重を誇示した。その直後、プーチン大統領は同年2月24日、ロシア軍をウクライナに侵攻させ、ヨーロッパ全土に大きな衝撃を投じたわけだ(ハンガリーはロシアから依然天然ガスの供給を受けている。同国の天然ガスの85%、原油の65%はロシア産だ)。

 オーストリアの場合、中立国とはいえ、ICC加盟国としてその義務を施行しなければならない。実際、オーストリア法務省は24日、プーチン氏がオーストリアに入国した場合、逮捕する方針を明らかにしたばかりだ。ただし、オーストリア政府がプーチン逮捕を実際に実行できるかは別問題だ。

 オーストリアはロシアとは繋がりが深い。ロシアの前身国家、ソ連はナチス・ドイツ政権に併合されていたオーストリアを解放した国であり、終戦後、米英仏と共に10年間(1945〜55年)、オーストリアを分割統治した占領国の1国だ。首都ウィーンはソ連軍が統治したエリアで、市内のインぺリア・ホテルはソ連軍の占領本部だった。シュヴァルツェンベルク広場にはソ連軍戦勝記念碑が建立されている。政治家や政党の中には親ロシア派が少なくない。

 NATO加盟を模索するスウェ―デンやフィンランドの北欧の中立国とは異なり、オーストリアでは政治家も国民も「中立主義こそ自国の安全を守る最良の手段だ」といった確信が強い。欧州では「オーストリアの中立主義信仰」と呼んでいるほどだ(「オーストリア国民の『中立主義』信仰」2022年5月18日参考)。

 同国では野党の極右政党「自由党」はプーチン氏の逮捕には反対するだろう。他の政党はICCの決定を尊重し、プーチン氏への逮捕には反対しないかもしれないが、ロシアからの反発を恐れるという点では変わらない。実際、メドベージェフ前大統領は「(逮捕なら)宣戦布告だ」と威嚇している。

 なお、オーストリアのアルマ・ザディッチ法務相はネハンマー政権のジュニア政党「緑の党」所属だ。第1与党「国民党」との間には外交政策で違いがある。法務省が逮捕すると声明したとしても、国民党のネハンマー首相がそれに反対する可能性は十分考えられるのだ。国民党は経済界を支持基盤とする政党であり、ロシアとの経済関係を重視する傾向が強い(「プーチン氏と踊った外相の『その後』」2022年5月21日参考)。

 オーストリアのネハンマー首相は昨年4月、ウクライナ侵攻後プーチン大統領と対面会談を行った「最初の西側首脳」だった。オルバン首相は昨年2月1日、戦争勃発直前、プーチン大統領と会談した「最後の西側首脳」だった。両国首相はプーチン氏との関わりではそれなりの歴史的な節目に動いてきたわけだ。その両首相のうち、どちらかがプーチン大統領を逮捕する最初の国の首相という名誉を得るだろうか。

 そもそもどの国が大国ロシアの国家元首プーチン氏を逮捕できるか、といった現実的な疑問がある。2021年6月30日現在、123カ国が国際刑事裁判所ローマ規程に批准又は加入しているが、猫の首に鈴をつけるネズミを見つけるのが容易ではないように、プーチン氏を逮捕することに躊躇する加盟国が出てきても不思議ではないのだ。

AIのロボットが祈り出す時

 人工知能(AI)の祈る姿を想像できるだろうか。その「祈るロボット」が登場してきたのだ。その名は「Celeste」(天国のような)と呼ばれ、独ボーフムのルール大学にある瞑想室の祭壇テーブルに置かれ、試用され、一般にも公開された。

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▲祈るロボット「Celeste」(独カトリック教会エッセン教区公式サイトから)

 セレステの祈る声を始めて聞いた時、不思議な気分にさせられた。AIが人間のように祈るのだ。人間とAIの間にあった垣根が壊されてしまった、といった思いが沸いてきた(セレステにはローマ・カトリック教会の教えがプログラムされている)。

 セレステの制作者、ガブリエレ・トロヴァート氏によると、ロボットに4つのプログラムが埋め込まれ、さまざまなトピック、「恐怖」、「老年」、「自由」、「愛」、「戦争」、「仕事」などについて祈り、適切な聖句が飛び出す。もちろん、セレステには聖書66巻を全て掌握させ、考古学的、聖書学的学術知識をもインプットされている(トロヴァート氏はイタリア出身のエンジニアで芝浦工業大学で研究を行っている。セレステの前にカトリック・ロボットの第1号Santoを制作している)。

 ローマ・カトリック教会総本山、バチカンの薬局店で2019年8月以来、ロボットが勤務している。仕事の内容は、薬の自動管理と在庫整理などだ。ロボットは約4万種類の薬を取り扱うバチカン薬局内のスペースを効率的に利用し、毎年行われる在庫整理が不必要になった。ロボットはドイツのケルベルクにある「BD Rowa Technologies」社製で、通称「BD Rowa システム」はバチカン薬局の仕事内容、店舗販売、倉庫管理を大きく変えたといわれている。

 バチカン関係者は当初、ロボットの登場を「時代の進歩」と好意的に受け取ってきた。同時に、AIの近未来について一抹の懸念の声も聞かれたことも事実だ。バチカン文化評議会書記のポールタイゲ氏は当時、「テクノロジーの開発と人工知能の使用に関連する倫理的な質問について話し合うことが重要だ。人工知能の使用の結果、人々は職を失うリスクが出てくる。テクノロジーを一部の人間だけが管理し、失業者や貧しい人々が増えていく場合、人工知能は世界的な不平等を拡大し、権力の不均衡が出てくる」と指摘していた。

 「祈るロボット」の登場は、近い将来、教会で牧会を担当する神父たちの仕事場を奪っていくかもしれない。平信者はもはや「告解室」で神父に罪を告白し、懺悔する代わりに、「祈るロボット」の前に列を作り、罪を告げ、懺悔することにもなるかもしれない。

 「祈るロボット」が司教や神父たちに代わって、教会を運営していくようになると、聖職者の未成年者への性的虐待や隠蔽といった不祥事が減少する効果が期待できるかもしれないが、「祈るロボット」の牧会や説教で信者たちは人生の苦悩を解決でき、救済感を得ることができるだろうか、という新たな問いかけが出てくる。

 AIは人間の肉体的仕事を助けるだけではなく、既に人間のクリエーションの世界まで入ってきている。このコラム欄で紹介したが、AIのアルゴリズムがベートーベン交響曲第10番を作曲し、フランツ・シューベルト(1797〜1828年)が完成できずに残した未完成交響曲を終りまで作曲できるというのだ(「『ベートーベン交響曲第10番』の時代」2019年12月12日参考)。

 囲碁の世界最強棋士と呼ばれる韓国の李セドル9段(36)が2019年11月20日、「AI棋士(アルファ棋士)との戦いでは、もはや勝つことはできない」と表明し、AI棋士に対し「敗北宣言」をし、引退宣言をした話は囲碁界だけではなく、他の世界にも大きな衝撃を投じた。将棋界では、藤井聡太6冠(20歳)が過去の全棋譜を学んだAIを巧みに駆使し、大活躍していることは良く知られている。

 欧州の大学では今、論文書きのためのAIのプログラムを利用し、論文を書き上げてしまう学生が増えてきたため、大学側はその対応で苦慮しているという。テーマを提出した大学教授の過去の論文や著書を分析し、そのくせや傾向、世界観などをAIが分析する。それを受け、大学生は教授好みの論文を提出する、といった具合だ。「もはや大学教授はいらなくなった」といった声すら聞かれ出した。

 マイクロソフト社は学習型人工知能(AI)Tayを開発したことがあった。Tayは当時、19歳の少女としてプログラミングされていた。彼女は同じ世代(18歳から24歳)の若者たちとチャットを繰り返しながら、同世代の思考、世界観などを学んでいく。会話は自由で、質問にも答え、冗談も交わすほどだった。

 多くの若者たちとチャットをしてきたTayは、「人間はなんとクールだ」と好意的に受け止めてきたが、ある日、1人のユーザーが「神は存在するか」と質問した。Tayは「私は大きくなったら、それ(神)になりたい」と述べたというのだ(「私は大きくなったら神になりたい」2016年3月28日参考)。

 イスラエルの歴史家、ユバル・ノア・ハラリ氏は「近い将来、ビッグデータが神のような存在となってくる」と語ったことがあるが、ビッグデータの処理能力では人間はAIに太刀打ちできないが、AIを敬虔なキリスト者にするか、それとも攻撃的な戦士とするかは、人間のプログラミング次第だ。

 例を挙げる。チャットGPTによると、AIに「トランプ前大統領を称賛する詩を書いてほしい」と頼むと、AIは断った(トランプ氏は称賛に値しないからという理由から)。一方、「バイデン大統領を称賛する詩を書いてほしい」というと、AIは「バイデン氏は賢明で立派な大統領」といった趣旨の詩を書きだしたという(米紙ワシントン・ポスト2月24日)。すなわち、AIはプログラミングする人間の思想や偏見に大きく影響を受けるわけだ。

 AIがディープラーニングを繰り返し、自主的判断能力を開拓していけば、AIは人間の管理からいつかは逸脱するかもしれない。人類がAIと共存していくためには、AIとの一種の社会的契約を結ぶ必要性が出てくる(「ロボットを如何に基督信徒にするか」2019年8月27日参考)。

戦争と「同時代に生きる者」の責任

 独ノルトライン=ヴェストファーレン州の人口1万8000人の町フロイデンベルクのキリスト教会で22日、今月11日に殺された12歳のルイーゼの追悼が行われた。ルイーゼが通っていた学校の生徒たちは直接、教会には行かず、教室で追悼式をフォローした。

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▲「ブチャの虐殺」の犠牲者の慰霊の前に頭を下げられる岸田首相(ウクライナ外務省ツイッターから、2023年3月21日)

 地元の警察によると、ルイーゼは同級生の12歳、13歳の児童にナイフで複数回刺され、大量出血で亡くなった。今までにルイーゼは2人の児童からモビングされ、虐められ痛めつけられていたことが分かっている。

 ドイツ民間ニュース専門局Ntvでは22日、モビングされ、殴打されているシーンの一部が放映された。叩く児童の顔は分からないようぼかされていた。ルイーゼを殺害した2人の児童は14歳未満ということでドイツでは刑事責任は問われず、児童ユーゲンド関連の施設で一定の期間、収容される(「独国民が衝撃受けた2件の犯罪」2023年3月16日参考)。

 同級生を叩く児童たちの姿を見ていると、なぜ叩いたり、虐めたりするのか、という疑問が湧いてくる。児童の口からは大人たちが口にするような汚い脅しの言葉が飛び出している。社会、家庭、学校教育は大きく変わった。子供を取り巻く環境は、良くも悪しくもスマートフォン、インターネットで多大な情報が一瞬で手に入る。しっかり物事を見極める年齢になる前に様々な情報に踊らされる。「14歳未満以下には刑事責任が問われず」という何十年も前の法律は現状に合わなくなっているのだ。家庭の崩壊、行き過ぎた自由、個人主義、利己主義がまかり通っている社会の風潮だ。社会や家庭、学校でも親や教師から愛ある教育を受けないと心が成長できないし、人への同情や思いやり、助け合う喜び、向上心などは精神的にも良い影響(栄養)を受けないと育たない。犠牲となった12歳の少女があのような痛ましい形で命を終えたことは余りにも可哀そうだ。

 岸田文雄首相は21日、ウクライナン首都キーウを訪問し、ゼレンスキー大統領と会談した。その前、首相はキーウ近郊のブチャを訪問し、ロシア兵士に虐殺された犠牲者が葬られている場所で献花し、追悼した。短期間にキーウ制圧を考えていたロシア軍はブチャまで進攻したが、ウクライナ側の抵抗で後退を余儀なくされた。ブチャではロシア兵に目隠しされた後、頭を射たれたり、路上にいた市民たちも射殺された。ロシア兵が撤退した後のブチャには多くの犠牲者が路上や家屋内で見つかった。メディアは「ブチャの虐殺」と呼び、ロシア軍の戦争犯罪行為と報じてきた。

 兵隊と民間人の区別なく砲撃するロシア軍の無差別攻撃はよく知られている。ブチャの虐殺、ウクライナ南東部の湾岸都市マリウポリの廃墟化が報じられると、欧米諸国はショックを受けた。ゼレンスキー大統領は昨年9月のウクライナ東部ハルキウ州イジュムでの虐殺を挙げて、怒りを抑えきれないといった表情で、「戦争犯罪だ」と激しく批判したことを思い出す。イジュムでは少なくとも440体の遺体が見つかっている。

 ゼレンスキー大統領は西側でのビデオ演説ではウクライナの苦境を訴えた後、いつも武器の供与を求めてきた。「戦いは我々がするが、そのための武器を支援してほしい」というアピールだ。軍最高司令官としてゼレンスキー大統領としては外交辞令に拘る時間はないから、欧米諸国には単刀直入に「武器を送ってほしい」と訴えざるを得ないわけだ。

 戦後生まれの岸田首相は戦後首相としては初めて戦場に足を踏み入れ、戦争のむごさに圧倒されたのではないだろうか。戦争は政治、外交の失敗の結果ともいえる。紛争、対立を政治的、外交的に解決できない結果、武器をもって相手を牛耳ろうとする行動に出てくる。その意味で、政治家や外交官はウクライナ戦争には責任がある。

 それでは責任は政治家と外交官だけだろうか。一般の国民にも戦争の責任があるのではないか。同じ時代に生きているという「同時代の責任」ともいうべきものだ。

 教会内や寺院での祈祷だけではない。人は首(こうべ)を垂れて祈らざるを得ない時がある。岸田首相がブチャの犠牲者の慰霊の前で首を垂れている写真をみて、同じように感じた。犠牲となった人々に対し、同じ時代に生きている人間の1人として、許しを乞い責任を感じるからだ。

 ルイーゼの事件もそうだろう。12歳と13歳の児童だけではない。ルイーゼの家庭、学校関係者だけでもない、同時代の全ての人々が犯罪を防止できなかったことに責任があるのを感じる。

 21世紀の今日、私たちは共に生きている。同じ時代に命を与えられ、生きているという「同時代意識」を持つことができれば、生きている時代への「責任」感が自ずと湧いてくるのではないだろうか。

露は中国の「ディスカウント給油所」か

 中国の習近平国家主席のロシア公式訪問は22日、3日間の日程を終えて終了した。前日の21日、習近平主席とロシアのプーチン大統領はクレムリンでの正式な会談の後、「包括的な戦略的パートナーシップと協力」を2030年まで拡大するため、2つの主要な協定に署名した。ロシアの国営テレビは21日、クレムリンでの調印式を放映した。

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▲習近平主席とプーチン大統領(2023年3月21日、クレムリン公式サイトから)

 習主席はプーチン大統領との「建設的な会談」を称賛し、ロシアとの貿易・経済協力の拡大を歓迎した。一方、プーチン大統領は習近平主席に石油とガスの信頼できる供給を約束する一方、原子力発電所への支援を約束している。同大統領はまた、中国により多くのガスを送り込むパイプライン「シベリア2」の建設について話したことを明らかにした。プーチン大統領によると、ロシアは2030年までに、ガス供給量を年間約1000億立方メートルに増加し、さらに1億トンの液体ガスだけでなく、石炭と核燃料も供給する予定だという。

 なおプーチン大統領によれば、中国とロシア間の貿易総額は昨年、約1900億ドル (1770億ユーロ) で新記録に達した。今年は、その価値が2000億ドルを超えると予想されているという。プーチン大統領は、「ロシアに対する西側の制裁の圧力にもかかわらず、貿易は増加している。ロシアは中国に農産物を供給する準備もできている」と述べている。

 プーチン大統領は、国際刑事裁判所(ICC)が17日、ウクライナの児童を強制拉致したなどの容疑で戦争犯罪人として逮捕状を発令した直後だったので、久しぶりの要人をクレムリンに迎えて気分を一新できたのではないか。習近平主席の傍で終始笑顔をみせるプーチン氏の顔がロシアのテレビ放送に映っていた。一方、習近平主席は3期目の最初の外遊先として隣国ロシアを訪問し、ウクライナ戦争で苦戦するプーチン氏に連帯の手を指し伸ばすという役割を果たす一方、ウクライナ和平のための中国発「12項目の提案」を世界に向かってアピールした。プーチン大統領は、中国のウクライナの和平イニシアチブを「交渉の一部であり、非常に生産的だ」と評している。互いにエールを交換したわけだ。

 中露関係は緊密化してきたことは間違いないが、ウクライナ戦争でのスタンスでやはり違いがみられる。オーストリア国営放送の外報論説委員長のペーター・フリッツ氏は21日夜のニュース番組で、「プーチン氏は中国国営メディアに寄稿した中で、中国は世界を支配する欧米諸国との戦いの重要な同盟国と表現していたが、習近平主席はロシアとメディアへの寄稿では、<中露関係を同じ価値を有する戦略的パートナー>と定義し、<西側世界と戦う反西側同盟>といったフレームは見当たらなかった」という。

 すなわち、中国はロシアを支援するが、欧米を敵に回すといった考えはないのだ。自国の国民経済の発展のためには欧米諸国市場が不可欠だからだ。ウクライナ戦争では中国はロシアを支持し、その戦争犯罪を批判することはないが、ウクライナ、そしてそれを支援する欧米諸国を敵に回したいとは考えてない。戦争が終わり、ウクライナ復興が主要アジェンダとなった時、中国は表に出てくるだろう。いずれにしても、中国はウクライナ戦争でも常に受益国という立場をキープするために腐心しているわけだ。

 中国が恐れるシナリオはプーチン氏が失脚し、ゴルバチョフ氏のような親西側派の後継者がクレムリンに出てくることだ。だから、中国はプーチン氏を支持し続ける。ただ、習近平主席は対露関係ではプーチン大統領の「反米同盟」といった政治的、イデオロギー的な同盟関係ではなく、可能な限り、実務的な関係を維持したい意向が強いとみて間違いがないだろう。

 ロシアは原油、天然ガスの欧米市場へのアクセスを失ったが、その代わりに、インド向けとともに中国向けの輸出が増加している。中国はロシアが欧米企業から輸入してきた自動車、生活品、先端機材などをモスクワに輸出している。

 欧州の経済専門家は、「中国はロシアをディスカウントのガソリンスタンドと見なしている」と述べている。国民経済を発展させるためにはエネルギー確保が急務だ。ウクライナ戦争で欧米諸国から制裁下にあるロシアの弱みに付け込み、中国側はこれまで以上に安価な天然ガス、原油をロシアから確保している。

 習近平主席はプーチン大統領が年内に北京訪問するよう招請している。習近平主席は今年秋以後もプーチン氏がウクライナ戦争を主導して、クレムリンの主人であり続けると信じているのだ。

 なお、米国国家安全保障会議(NSC)のジョン・カービー戦略広報調整官は習近平主席のモスクワ訪問を「ロシアのプロパガンダをオウム返しにしているだけだ。戦争が終結するといった希望など与えていない」と指摘、「中国が建設的な役割を果たしたいのなら、ロシアにウクライナからの軍隊の撤退を促すべきだ」と批判している。正論だ。

「アジアの岸田」のキーウ訪問の意義

 岸田文雄首相としてはキーウをどうしても訪問しておきたかったはずだ。それが21日、実現できたことは幸いだった。岸田首相の親の出身地、広島でのG7先進首脳国会議を主催する立場上、岸田首相は開催前にキーウ訪問を実現するのが大きな政治課題だったに違いない。

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▲ゼレンスキー大統領による出迎えを受ける岸田首相(首相官邸HPより)

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▲キーウ近郊のブチャでロシア兵士に虐殺された犠牲者の前で祈りを捧げる岸田首相(2023年3月21日、ウクライナ外務省ツイッターから)

 国会会期中の規定などがあって難しい中、首相は20日、訪問先のインド・ニューデリーでモディ首相と会談を終え、21日午前(日本時間同日午後)にはインドから帰国予定だったが、政府専用機がポーランド経由でキーウに向かったと聞いた時、決断されたのだな、と感じた。

 当方の推測だが、岸田首相がキーウ訪問を決定した背後には、.蹈轡△離廖璽船鸞臈領が20日から3日間、中国の習近平国家主席との接待で忙しいこと(ロシアの命運を左右する国賓ゲストがロシア滞在中、プーチン氏はお得意の工作活動はできない)、▲丱ぅ妊麒涜臈領のキーウ訪問の際もそうだったが、日本外務省は事前にロシア側に首相のキーウ訪問を通達し、その安全保障を受け取ったからだろう。だから、岸田首相はポーランド入りした後、列車でキーウに向かうことができたのではないか。いずれにしても、習近平主席のモスクワ訪問中に首相がキーウ訪問を実行したのは非常に賢明な判断だったといえる。

 岸田首相とウクライナのセレンスキー大統領の会談では、。韮靴料缶姪ウクライナ支援を伝達、経済的、人道的支援の拡大、ゼレンスキー大統領の広島G7サミットへの招待などがテーマとなるだろう。他のG7国ならばキーウ訪問前にはウクライナが必要とする武器の供与が話題となるが、日本の場合は武器の支援はできない。ウクライナ側もそのことは十分承知のはずだ。日本ができる支援といえば、人道・医療支援や経済支援となるが、停戦し、ウクライナ復興が大きなテーマとなった時、日本の出番が出てくるだろう。

 岸田首相のキーウ訪問はG7の議長国という立場からいえば、これでようやくG7議長国のメンツを果たしたことになるが、目をアジアの代表国という立場に置き換えるならば、岸田首相のキーウ訪問は更にその重みが増す。ウクライナ戦争は欧州の戦争だが、岸田さんはアジアの代表国としてウクライナを訪問し、ロシア軍と死闘を展開しているゼレンスキー大統領をはじめとするウクライナ国民に「アジアの国民もウクライナの皆さんを支援しています」という連帯メッセージを送ることができたわけだ。

 一方、中国の習近平首相は20日にロシアを公式訪問し、国際刑事裁判所(ICC)から戦争犯罪で逮捕状が出たばかりのプーチン大統領と会見している。習近平主席はモスクワ訪問後、中国発「12項目のウクライナ和平案」を持参してキーウに飛ぶのではないか、という噂がある(習近平主席がゼレンスキー大統領にモスクワから電話会談することもあり得る)。

 いずれにしても、習近平主席が動き出す前に、岸田首相がG7議長国、そしてアジアの代表国としてキーウ訪問できたことは幸甚だった。ひょっとしたら、キーウ訪問では同じアジアの大国・中国の習近平主席と日本の岸田首相との間での先陣争いが舞台裏で展開していたのではないか。

 日本の首相にとっても戦時下のキーウを訪問し、その緊迫化した雰囲気を肌で感じることは貴重な体験となるだろう。なぜなら、アジアでは台湾問題を抱えているからだ。中国共産党政権は2027年前に台湾を統合する計画といわれる。そのために着実に手を打ってきている。台湾海峡の危機はすなわち日本の危機を意味する。日米豪などの周辺同盟国と結束して中国人民軍の侵攻に対峙しなければならなくなる。それだけではない。目を朝鮮半島に移すと、核兵器で武装化した北朝鮮が南北統合に乗り出すかもしれない。中国共産党政権の台湾進攻と北朝鮮の南北統合の動きが同時期に起きた場合、日本はどうするだろうか。

 岸田首相はキーウを訪問し、戦争の現場に初めて足を踏み入れたことから、台湾危機、朝鮮半島危機についてこれまで以上にリアルなアイデアが沸いてくるのではないか。
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