ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2023年02月

アラビア半島と関係深めるバチカン

 ローマ・カトリック教会の総本山、バチカン教皇庁は23日、アラビア半島のオマーンと国交を樹立したと発表した。これを受けて教皇庁の聖座とオマーンの大使館がそれぞれ相手国にオープンされる。

cq5dam.thumbnail.cropped.750.422 (12)
▲メッカのカーバ神殿(2023年2月26日、バチカンニュース公式サイトから)

 オマーンはアラビア半島で3番目に大きな国で、イスラム教が公式の国教だ。ただ、アラビア半島では多くのアジア出身の外国人労働者が働いており、フィリピン人労働者などキリスト教徒が多い。

 フランシスコ教皇は2019年、教皇として初めてアラビア半島入りし、アラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビを訪問、スンニ派イスラム教と基本協定を締結した。昨年はバーレーン王国(人口の75%がシーア派)を訪れるなど、アラビア半島諸国に急接近している。

 このコラム欄でも報告済みだが、UAEの首都アブダビで3月1日、通称「アブラハム・ファミリー・ハウス」が一般公開される。同ハウスは、アブラハムから派生した3宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の礼拝所、シナゴーグ(ユダヤ会堂)、教会、そしてイスラム寺院(モスク)を単に独立した宗教施設としてではなく、大きな敷地の中に統合し、アブラハム・ファミリーの全容を浮かび上がらせている。

 フランシスコ教皇はアブダビ訪問中の2019年2月4日、エジプト・カイロのアル=アズハル大学の総長、アル=アズハル・モスクのグランド・イマームのアフマド・アル・タイーブ師と共に「アブダビ宣言」として知られる「世界における平和的共存のための人類の友愛に関する文書」に署名した。この文書は、すべての宗教のメンバーが兄弟愛への道を歩むためのマイルストーン(道標)と受け取られ、「アイデンティティーを守る義務」「他者を受け入れる勇気」「誠実な意図」の3点を基本方針としている。

 興味深い点は、バチカンがアラビア半島諸国で積極的な外交を展開している同時期、イスラエルは中東・アラブ諸国で外交的関係を急速に改善していることだ。イスラエルは久しく国交関係を樹立した中東・アラブ諸国はエジプト(1979年3月)とヨルダン(1994年10月)の2カ国だけだった。しかし、トランプ前米政権時代の2020年、UAE(2020年8月)、バーレーン(同年8月)、スーダン(同年10月)、モロッコ(同年12月)のアラブ4カ国と次々に国交正常化している。そしてバチカン、イスラエルの両国にとって残された最大の外交目標はサウジアラビアとの関係改善だ。

 アラビア半島最大の国、サウジはイスラム教スンニ派(ワッハーブ派)の盟主だ。そこでは、教会、十字架、キリスト教の宗教的慣習が禁止されている。ローマ教皇がリヤドを訪問したことは一度もない。コーランとシャリアを国の法的基盤を形成している。聖書は禁止され、イスラム教徒がキリスト教や他の宗教に改宗することは固く禁じられており、場合によっては実際に死刑に処せられる。

 そのサウジをクリストフ・シェーンボルン枢機卿は2月24日から28日まで訪問中だ。ウィーン大司教の同枢機卿は、ムスリム世界連盟のムハンマド・アル・イッサ事務総長からの招待に応えたものだ。ムスリム世界連盟は、1962年に設立され、サウジ王国が資金提供する国際的なイスラム非政府組織(NGO)だ。アル・イッサ事務総長と教皇庁諸宗教対話評議会議長のジャン・ルイ・トーラン枢機卿は2018年、キリスト教徒とイスラム教徒の間の対話を促進するための協力条約に署名している。

 約3300万人のサウジ国民のうち、約150万人がキリスト教徒だ (約4%)。彼らの半分以上はカトリック教徒だが、エジプトやエチオピア/エリトリア出身のキリスト教徒は多くはコプト教徒だ。

 シェーンボルン枢機卿は、サウジ訪問中、地元のキリスト教徒と会い、宗教間の対話を促進している。同枢機卿は25日、イッサ事務総長との会談で、「私たちは互いに話し合う必要があります。私たちはこの世界で共に暮らしており、人々、信者、そして世界の苦難に対して共通の責任を負っているからです」と述べ、宗教間の対話を深めるための努力を確認している。

 バチカンはアラビア半島には教区の前身である2つの使徒代理区、北アラビア (バーレーン、カタール、クウェート、サウジ) と南アラビア (UAE、イエメン、オマーン) を有している。南北使徒代理区は合わせて約300万平方キロメートルの面積を持ち、世界最大の教会地区の1つだ。合計約350万人のカトリック信者、約120人の神父がいる。ちなみに、アラビア半島全体では400万から500万のキリスト教徒がいる(推定)。キリスト教徒のほとんどが外国人労働者だ。

 シーア派の盟主イランの核開発問題もあって、イスラエルはサウジに接近してきている、という情報が流れている。イスラエルにとってもサウジとの対話促進、外交関係樹立は大きな外交目標だ。

「戦場」から地震の「被災地」へ

 独日刊紙 Zeit Online から定期的にニュース版が届く。週末には過去1週間の「グッドニュース」集が配送される。戦争、地震、事故といった暗いニュースが多い中、同紙編集局は読者にグッドニュースだけを選択して送ってくる。暗いニュースは新聞やインターネット上に迅速に報道されるが、グッドニュースは案外忘れられたりして読者の手に届かない場合があるからだ。

2023-02-08-kahramanmaras-cadirkent
▲地震の被災地カフラマンマラシュを見舞うエルドアン大統領(2023年2月8日、トルコ大統領府公式サイトから)

cq5dam.thumbnail.cropped.750.422 (9)
▲トルコの被災地(バチカンニュース公式サイトから、2023年2月25日、写真・イタリア通信)

 ただし、グッドニュースといっても同紙編集部が選択するから、完全に純粋にいいニュースかというとそうとは言えない。例えば、25日に配信されたトップ記事は「カーディフの政府(ウェールズ首都)は、環境への懸念から、新しい橋や道路の建設を保留決定」だった。環境保護に貢献しているということからグッドニュースのトップを飾ったわけだ。2位は「1週間4日勤務」は機能する、という英国の調査報告記事だ。そして3番目は「韓国の裁判所が初めて同性カップルの権利を認めた」という記事が入っていた。LGBT支持者にとってはグッドニュースだが、そうではない保守的な読者にとっては「韓国よ、お前もか」といった感がするだろう。いずれにしても、100人全員が全て「グッドニュース」と感じるニュースは残念ながらそう多くはないだろう。

 思い出す名言がある、米作家マーク・トウェイン(1835年〜1910年)は、「自分を元気づける一番良い方法は、誰か他の人を元気づけてあげることだ」(The best way to cheer yourself up is to try to cheer somebody else up)と述べている。また、アルベルト・アイシュタインの「Die groste Macht hat das richtige Wort zur richtigen Zeit」(最大の力は正しい時の正しい言葉だ)も思い出す。読者に感動を与える記事もそうだろう。正しい時に正しい言葉を使った記事だ。

 独週刊誌シュピーゲル(2月18日号)には心温まると共に、考えさせる記事が掲載されていた。タイトルは「戦場から被災地へ」だ。トルコ南東部とシリア北部付近でM7・8の大地震が2月6日未明、発生した。23日現在、トルコとシリアで5万人を超える犠牲者が確認された。トルコのソイル内相によると、同国で22日現在、4万3500人超の死亡が確認された。一方、在英のシリア人権監視団筋によると、シリアでの死者は6700人以上となった。

 トルコ大地震のニュースが流れると、ウクライナのゼレンスキー大統領は自国の特別災害救助隊を被災地に派遣することを決め、87人からなる救助隊(救助犬8頭)を派遣した。シュピーゲル誌の記事はその活動ルポをまとめている。

 青と黄の紋章を付けたウクライナから派遣された災害救援隊を見て、多くのトルコ人難民は「国でロシア軍と命がけの戦闘をしている中、われわれを救済するために来てくれた」と、深く感動したという。特に、シリア難民は「彼ら(ウクライナ人)だけだ。シリア人の窮地を理解してくれる人間は」と呟いたという。シリアでは2011年の内戦勃発以来、約660万人以上が国外に避難した。 現在も約670万人が国内避難民となっており、人道支援を必要としている。10年以上の内戦を体験し、命懸けで生き延びてきたシリア難民は、ロシア軍の激しい攻撃を受けている中、地震の被災者救援に来てくれたウクライナの災害救助隊に感謝していた。

 外国救助隊は倒壊した建物の下敷きとなった生存者を救出する一方、亡くなった犠牲者を運び出す。負傷者の治療も行う。長時間の救助作業後、一休みするために地べたに横になるとき、ウクライナ救助隊員は、「ここでは地雷の心配がないから安心して体を横にできる」と喜んでいた、というのが印象的だった。

 ウクライナ災害救援部隊の一員で医者のイヴァンが、「どの死が無意味な死か。戦争で死ぬことか、地震で被災して犠牲になる死か」と救助犬の指導者オルガに聞いている。彼女は「戦争で死ぬことだわ。人間が人間を殺す以上に無意味なことはない」と答えた。シュピーゲル誌のルポはオルガの言葉で結んでいる。

 ウクライナ災害救援隊はアンタキヤなどの被災地での救助活動を終えると、再びウクライナに戻った。ロシア軍の激しい銃弾の音が聞こえる中、倒壊した住居などで下敷きとなった国民を救う仕事が待っている。戦争がいつまで続くのか、救援隊の誰も知らない。

「朝鮮モデル」でウクライナ停戦を?

 ウクライナ戦争は2年目に入った。メディアは過去1年間の戦争の総括を報道する一方、異口同音に「停戦の見通しは現時点では見えない」という近未来の予想を付け加えた。

2152c87700bd7d3aabc808b1bff497a9_1677255663_slider_large
▲先進7か国首脳会議(G7)にビデオ参加するゼレンスキー大統領(2023年2月24日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 その近未来像は間違いではない。中国外務省は24日、12項目からなる中国発ウクライナ和平案を発表したが、同12項目に実質的な和平の可能性が潜んでいると受け取る政治家、専門家は少ない。12項目の和平案を提示する一方、神風無人機をロシアに供与する話を中国側が進めていると聞けば、誰でもそう考えざるを得ないだろう。中国製偵察気球を気象観測気球と堂々と嘘をついてきた中国共産党政権だから、ウクライナ和平案に対しても世界が懐疑的に受け取るのは極自然だ。

 ウクライナ戦争の停戦、ないしは和平の実現は現時点では確かに難しい。なぜなら、ウクライナのゼレンスキー大統領はクリミア半島を含むロシアが占領している領土の奪回を目指しているからだ。ゼレンスキー氏は、この前提条件が実現されない限り、ロシアとは如何なる停戦も和平交渉も応じないというのだ。同大統領は、「われわれはミンスク合意の過ちを繰り返さない」と繰り返し述べている(「ミンスク合意」とは、ロシアとウクライナが2015年2月、調停役のドイツとフランスの2国を交え、ウクライナ東部の紛争の包括的停戦内容)

 ロシアは現在、ウクライナ領土(主に東部と南部)の約20%を占領している。その占領領土をウクライナ側が奪回し、ロシア軍がウクライナ領土から完全に撤退することを停戦・和平交渉の条件としている限り、ウクライナ戦争は長期戦となり、消耗戦となることが避けられない。

 消耗戦となれば、国民経済を戦争経済に再編し、武器製造に乗り出すロシアに対し、欧米諸国からの武器供与に依存するウクライナは不利だ。欧米諸国では攻撃用戦車の供与などを決定し、戦闘機、長射程ミサイルの供与が次のテーマとなっているが、武器弾薬やミサイルなど軍需品の補給、製造体制はまだ整っていない。欧米諸国は現在、ウクライナへの全面的支援で結束しているが、長期化すれば、支援疲れが出てくることが予想される。

 それでは停戦・和平交渉は不可能かといえば、決してそうとは言えない。ゼレンスキー大統領が和平交渉の前提条件を放棄し、ウクライナ領土の80%、ないしは90%を確保する一方、欧州連合(EU)に早期加盟することができれば、ウクライナの安全保障は確保できる。そして朝鮮戦争後の南北分断された朝鮮半島のような休戦状況を実現すればいいという。これは米国の著名な歴史学者でロシア専門家のスティーブン・コトキン教授が紹介している内容だ。オーストリア日刊紙スタンダートが24日、報じていた。

 プリンストン大学のコトキン教授は雑誌ニューヨーカーとのインタビューの中で、「対ロシア制裁は今日まで有効に機能せず、クレムリン宮殿クーデターは発生していない。一方、ゼレンスキー氏の戦争終結へのビジョン、奪われた領土の回復、戦争犯罪の調査、賠償金の支払いなどは希望的観測に過ぎない。ドニエプル川沿いの国をさらに荒廃させ、居住不能にするだけだ。戦争の終結は、ウクライナが領土の一部を失う事を甘受する代わりに、EUに加盟することだ。過去の実例として朝鮮戦争の解決策がある。そのためには非武装地帯の設置と休戦が必要となる」と主張している。

 ウクライナの「朝鮮戦争後の休戦」案はコトキン教授だけの見解ではない。ブルガリアの政治学者イヴァン・クラステフ氏は20日、オーストリア国営放送とのインタビューの中で、「戦争の行方は分からない。サプライズもあり得る」と指摘し、「例えば、朝鮮半島の場合、朝鮮戦争(1950年6月〜53年7月)後も南北両国は和平協定が締結されていないが、休戦状況は続いている。同じように、ロシアとウクライナ両国は(双方の譲歩と妥協が不可欠の)停戦・和平協定の締結は難しいとしても、戦場での戦いを休止し、その状況が続く、といった朝鮮半島的休戦シナリオは考えられる」というのだ。米国と欧州のロシア問題エキスパートがウクライナ戦争の停戦・和平案として「朝鮮戦争後の休戦」をモデルと考えているということは興味深い(「ウクライナ戦争と『24年選挙イヤー』」2023年2月22日参考)。

 ウクライナ領土80%、ないしは90%をキーウに、残りをロシアに分割する休戦案は、プーチン大統領の野望の一部を受け入れることになるから、ウクライナ側には強い反発が出てくるだろう。ただ、戦争を長期化し、消耗戦となれば、ウクライナ側にも負担は大きい。領土の一部をロシア側に譲る一方、ウクライナが早期EU加盟を実現できれば、北大西洋条約機構(NATO)の加盟とは違い、ロシアの反発は少ない。そして南北分断国家の朝鮮半島で、韓国が経済的に繁栄していったように、EU加盟国のウクライナが経済国として発展していくというシナリオだ。

 コトキン教授は、「アイゼンハワー米大統領が1950年代の朝鮮戦争中に韓国を訪れたように、ジョー・バイデン米大統領もキエフを訪れた」と述べ、「朝鮮モデル」がウクライナの休戦実現にも適応できると考えている。

 ただ、ロシア側が占領しているウクライナ東部、南部は黒海周辺の重要なエリアだ。また、イスラエルとパレスチナの現状を見ても分かるように、国家の分断は決して停戦を意味せず、紛争が再開する危険性は常にある。その意味で、「朝鮮モデル」をウクライナの休戦に適応する案は和平協定を締結するまでの暫定的な解決策というべきだ。

 問題は、ロシアは核兵器だけではなく、生物・化学兵器といった大量破壊兵器を保有していることだ。コトキン教授やクラステフ氏には、「ロシアの化学兵器または生物兵器がキーウの水供給を汚染したり、ロシアの特殊部隊がヨーロッパに多大な損害を与える可能性がある。プーチン大統領が大量破壊兵器に手をかける前に、ウクライナ戦争を早期停戦し、休戦状況に持ち込まなければ危ない」といった現実的判断が働いているのだろう。

中国発「ウクライナ和平案」12項目

 ロシアのプーチン大統領がウクライナに軍を侵攻させて以来、24日で1年目を迎えた。プーチン氏は短期間でウクライナを制圧できると考えていたが、ウクライナ側の強い抵抗を受け、その野望は挫折。ウクライナ側は欧米諸国からの武器供与を受け、ロシア軍に激しく攻撃をかけ、戦いは長期化する気配が濃厚となってきた。プーチン大統領は自身の政治生命をかけ、ウクライナ戦争の勝利のために腐心する一方、ウクライナのゼレンスキー大統領はクリミア半島を含み、ロシア軍の全面的撤退を要求しているため、現時点では和平交渉の見通しはない。

kn1wKyql7h4V5nwFB0dAJJp8n9mvZyxN
▲「祖国防衛の日」に無名戦士の墓に花輪をささげるプーチン大統領(2023年2月23日、クレムリン公式サイトから)

 一方、中国はロシアのウクライナ侵攻1年目を迎えるにあたり、ロシアとウクライナ両国に対し、12項目からなる和平案を提示し、停戦に向け調停役を買って出てきた。中国外務省は24日、ウェブサイトで12項目の和平案を掲載し、両国に紛争の「政治的解決」を求めている。

 「ウクライナ危機への政治的解決のための中国の立場」とタイトルされた和平案では、両国にできるだけ早い時期に直接対話の再開を要求し、「紛争当事者は国際人権を厳守し、民間人や民間施設への攻撃を回避しなければならない」と求めると共に、「核兵器の使用は絶対にあってはならない」と要求している。以下、中国の12項目からなるウクライナ和平案を紹介する。

 1)国家の主権を尊重:一般に認められている国際法と国連憲章は「厳密に」遵守されなければならない。
 2)冷戦の考え方を放棄、自国の安全のために他国を犠牲にしてはならない。
 3)敵対行為をやめる:全ての当事者は「合理性を保ち、自制を保ち」、紛争を煽ってはならない。
 4)和平交渉の再開:対話と交渉がウクライナ危機に対する唯一の実行可能な解決策だ。
 5)人道危機の解決:人道危機の緩和に貢献する全ての行動は「奨励され、支援されなければならない」
 6)民間人と戦争捕虜の保護:全ての紛争当事者は、国際法を遵守し、民間人や民間インフラへの攻撃を回避する必要がある。
 7)原子力発電所の安全確保:原子力発電所への武力攻撃を拒否する。
 8)戦略的リスクの軽減:核兵器は使用されるべきではなく、核戦争は行われるべきではない。
 9)穀物輸出の促進:全ての当事者は黒海穀物協定を実施する必要がある。
 10)一方的な制裁を止める:一方的な制裁と圧力は問題を解決できず、新しい問題を生み出すだけだ。
 11)サプライチェーンの安定化:全ての関係者は、既存の世界貿易システムを維持し、世界経済を政治目的の武器に使用してはならない。
 12)復興計画:国際社会は、影響を受けた地域で紛争後の復興を実施するための措置を講じるべきだ。

 12項目の中で、1)はウクライナに軍を侵攻させたプーチン大統領への批判になる一方、「台湾の軍事的統合」を図る中国共産党政権にとっては100%歓迎される内容とは言えない。ただし、紛争の和平案という以上、加害者側の国家主権蹂躙を指摘せざるを得なかったわけだ。6)のロシア軍の戦争犯罪行為を想起するならば、ロシア側にとっては歓迎されない項目だ。和平案では、民間人を安全な場所に連れて行くための人道的回廊の確立、および穀物輸出を確保するための措置も求めている。その一方、10)の「一方的制裁の中止」はロシアの願いに沿う内容だ。

 中国の習近平国家主席は中国外交のトップ、前外相の王毅・共産党政治局員を第59回「ミュンヘン安全保障会議」(MSC)、ハンガリー、そしてロシアに派遣し、世界に向かって中国のウクライナ和平案を提示する考えを示唆し、大国・中国の存在感を誇示しようと腐心している。一方、ゼレンスキー大統領は23日、中国の和平計画について、「北京で政府関係者と話し合いたい。私はまだ和平案の文書を見ていない」と指摘、「中国がウクライナについて話し始めたことは原則として良いことだ」と述べている。

 中国の12項目の和平案をみると、覇権争いをする米国を意識した内容がある。2)はその代表だ。中国の発展を阻止し、人権問題などで干渉し、圧力を行使する米国への批判だ。それを中国側は「冷戦の思想」と呼んでいる。10)の制裁の解除要求はロシアへの西側の経済制裁だけではなく、中国への制裁解除要求と受け取れる。

 中国はロシアにとって数少ない緊密なパートナーシップを維持している国だ。中国はウクライナ戦争でも可能な限り中立を守り、ロシアの侵略を批判する言葉を避けてきた。西側諸国がウクライナに武器を供給していることに対しも、「火に油を注いでいる。戦争を意図的にエスカレートさせている」と繰り返し非難してきた経緯がある。

 ウクライナを支援する欧米諸国は中国がロシアに軍需品などを支援するのではないかと懸念している。そのため、ブリンケン米国務長官は「中国のロシアへの武器支援が発覚すれば、厳しい制裁を科す」と警告してきた。

 北京にとって、対北米貿易はロシアとの経済関係を上回るものだから、ロシアに武器支援をし、米国から更なる厳しい経済制裁を受ければ、中国経済にとって大きなマイナスとなることは明らかだ。北京はそのリスクを犯してまでロシアを支援するだろうか。独週刊誌シュピーゲルは、ロシアが既に中国と無人機について交渉していると報道している。

 いずれにしても、中国発の和平案に対し、プーチン氏の反応が注目される。なお、ドイツのショルツ首相は23日、中国のウクライナ和平仲介に対して、「幻想を抱くべきではない」と警告を発している。

プーチン氏、宇宙の神聖さから学べ

 ロシアのプーチン大統領がウクライナに軍を侵攻させて今月24日で1年目を迎えた。ウクライナでは1000万以上の国外難民、国内避難民が出てきた。兵士だけではなく、多くの民間人が亡くなった。ロシア側も無傷ではなく、数万人の若い兵士が亡くなり、負傷した。

23-5mb
▲ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が配信した最初の画像(2022年7月12日、NASA提供)

 プーチン大統領によれば、ロシア軍のウクライナ侵攻はウクライナの非ナチ化、非武装化が目的の「特殊軍事行動」だったが、現在は「ロシアと西側」との戦いになってきたという。プーチン大統領はウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟阻止が狙いだったが、プーチン氏が始めた戦争の結果、これまで中立国だった北欧のスウェーデンとフィンランド2国がNATO加盟を申請し、ウクライナは欧州連合(EU)の加盟候補国になった。プーチン氏の狙いはウクライナ東部の一部領土の獲得以外は悉く外れた。

 プーチン大統領は21日、年次教書演説の中で戦争の責任を西側にあるとし、「ロシアは戦いに勝利しなければならない」と檄を飛ばした。一方キーウ、ワルシャワを訪問したバイデン米大統領は「ロシアを勝利させてはならない」として、欧米諸国の結束とウクライナへの全面的支援を呼び掛けた。同時期に、中国の習近平国家主席は中国外交のトップ、前外相の王毅・共産党政治局員を第59回「ミュンヘン安全保障会議」(MSC)、ハンガリー、そしてロシアに派遣し、世界に向かって中国のウクライナ和平案を提示する考えを示唆し、大国・中国の存在感を誇示しようと腐心した。

 米国、ロシア、そして中国の3大国の指導者たちはウクライナ戦争勃発1年目を前に、それぞれの立場を表明したわけだ。世界の政治情勢はウクライナ戦争を契機として緊迫度を深め、世界的なレベルの危機となってきたことは確かだろう。エネルギー価格の急騰、食糧不足などで人間の基本的生活基盤が揺れ出し、多くの人は未来に対して不安を感じてきた。第3次世界大戦の勃発を懸念する声すら聞かれる。

 ウクライナ戦争1年目を迎え、ロシアやウクライナの戦争当事国だけではなく、大きく言えば、人類が今最も必要としているのは地球の重力から解放された思考、世界観の確立ではないか。

 2012年2月、スペインのラサグラ天文台が発見した小惑星「2012DA14」が地球に接近しているというニュースが流れた時だ。米航空宇宙局(NASA)によると、小惑星は地球から約2万7000キロメートルまで接近するから、静止人工衛星より地球に近いところを通過するという。小惑星は大きさが45〜50メートルで推定13万トン。地球に衝突し、海面に落ちた場合、津波が生じるだろうし、都市に落下した場合、かなりの被害が考えられたが、幸い、小惑星は地球に衝突せずに通過した。

 小惑星の衝突は過去にもあったし、将来も考えられるが、惑星の軌道を正確に計算できない限り、予測が難しい。小惑星の急接近は、一時的にせよ地球上の紛争やいがみ合いを忘れさせ、私たちの目を宇宙に向けさせる機会となった(「『思考』を地球の重力から解放せよ」2013年2月9日参考)。

 ハップル(Hubble)の後継者、ジェームズ・ウェッブ(James・Webb)宇宙望遠鏡から配信された最初の写真を見た時、感動が大きかった。30年間、約2万人のエンジニア、プランナー、研究者が参加し100億ドルをかけて建築されたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡から送られた画像を始めてみたボルチモアの宇宙望遠鏡科学研究所のクラウス・ポントピダン氏は、「天文学の新しい時代が始まろうとしていることに誰もが気づくだろう」とその感動を語ったほどだ(「戦争報道写真と宇宙からの『画像』」2022年7月13日参考)。

 ウェッブの使命は、宇宙の果てまで見ることだ。若い宇宙の真っ暗闇の中で最初の星が発火した瞬間を撮影する、という目的だ。独週刊誌シュピーゲル電子版は、「聖書の創世記第1章『神は光あれと言われた、すると光があった』という瞬間をキャッチすることだ」と説明している。

 オーストラリアのスウィンバーン工科大などの国際研究チームが今月22日付の英科学誌ネイチャー電子版に発表したところによると、「地球から131億光年以上離れた遠い宇宙に、質量が非常に大きな銀河とみられる6個の天体を発見した」という。この発見もジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の成果だ。

 ウェッブ宇宙望遠鏡から届く画像やデータを見ると、眩暈を覚えるほどだ。その無限な天体に圧倒される。人類は過去から現在に至るまでいがみ合い、戦争を繰り返してきた。そのことが地球という惑星に住む人類の汚点と感じるほど、宇宙は無限な神聖さを秘めている。

 プーチン大統領はクリミア半島もドンバス地方もロシア領土と主張して戦争を始めたが、そのナラティブ(物語)にどれだけの真理があるのか。習近平主席は一つの中国を主張し、「台湾は中国領土」と豪語しても、その世界観は余りにも小さい。

 人類の生活、思考も地球の重力の影響を受けてきた。トランプ前米大統領はアメリカン・ファーストを宣言したが、地球オンリー的な思考から抜け出すことができないでいる。ウェッブ宇宙望遠鏡がもたらす天体の画像は、私たちに地球オンリーの思考、世界観から脱皮すべき時を迎えていると告げている。プーチン氏よ、宇宙に目を向け、新たなナラティブを学べ。

ロシアはCTBTから離脱するか

 ロシアのプーチン大統領は21日、年次教書演説でウクライナ情勢に言及し、「戦争は西側から始められた」と強調し、戦争の責任は西側にあるといういつもの論理を展開する一方、米国との間で締結した核軍縮条約「新戦略兵器削減条約(新START)」の履行停止を発表した。  

Screenshot_20230222-095812
▲ビキニ環礁で行われた最初の核実験(1946年7月)CTBT公式サイトから

 新STARTは2009年12月に失効した第1次戦略兵器削減条約(START1)の後継条約として2011年2月に発効され、21年2月に5年間延長された。同条約では戦略核弾頭の配備数(1550発以下)などを決めている。ただし、バイデン米政権は1月31日、ロシアが条約に基づく査察を拒否したと批判したばかりだ。

 それだけではない。ウィーンの外交筋によると、ロシアはウィーンに事務局を置く包括的核実験禁止条約(CTBT)から離脱する意思をちらつかせているという。CTBTは署名開始から今年で27年目を迎えたが、法的にはまだ発効していない。署名国数は2月現在、186カ国、批准国177国だ。その数字自体は既に普遍的な条約水準だが、条約発効には核開発能力を有する44カ国(発効要件国)の署名、批准が条件となっている。その44カ国中で署名・批准した国は36カ国に留まり、条約発効には8カ国の署名・批准が依然欠けている。

 米国は1996年9月24日にCTBTに署名しているが、クリントン政権時代の上院が1999年10月、批准を拒否。それ以後、米国は批准していない。一方、ロシアは米国と同時期に条約に署名、2000年6月30日に批准済みだ。米国とロシア両国はCTBT発効に批准が欠かせられない特定44カ国(第14条)に入っている。ロシアがCTBTから離脱したとして米国は批判できない立場だ。

 以上、新STARTの履行停止、CTBTからの撤退の動きなどから、ロシアが近い将来、核実験を再開する可能性が出てきた。核兵器を実際に使用すれば、国際社会から最大級の非難を受け、ロシアがこれまで以上孤立化することは目に見ている。一方、核実験は批判されるが、CTBTから脱退することで国際条約上の束縛はなくなる。そのうえ、ウクライナに武器を供与する欧米諸国にロシアの核の脅威を与えることができる。

 核関連の動きはロシアだけではない。イランが84%の濃縮ウランを生産した疑いがもたれている。核兵器用の濃縮ウランには純度約90%が必要だが、84%の濃縮ウランが生産されたとすれば、核兵器用はもはや時間の問題だ。

 核エネルギーの平和利用を促進する国際原子力機関(IAEA)によると、イランでIAEA査察官が純度84%のウランを検出したという。イランが意図的に生産したのかは今後の査察を通じて検証しなければならない。

 イラン国家原子力機関の報道官は、「わが国は純度60%以上のウランを濃縮していない」(IRNA通信)と報道を否定している。また、イラン議会の国家安全保障および外交政策委員会のアボルファズル・アムエイ報道官は20日、イランが核兵器レベルまでウラン濃縮を開始したという報道について、「来月6日から開催されるIAEA定例理事会のイラン協議に影響を与えることを狙ったものだ」と述べている。

 ちなみに、国連安保理常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国とイランの間で2015年、核合意が締結されたが、同合意ではイランはウラン濃縮は3・67%となっていた。トランプ前米政権が2018年、核合意から離脱した後、イランは濃縮度を段階的に上げ、60%まで濃縮ウランを生産してきたことは明らかになっている。84%の濃縮ウランの生産が事実とすれば、核兵器用濃縮ウランを目指していることになる。なお、2021年4月に開始されたイランとの核合意再建交渉は、数カ月にわたって停滞している。

 イランの核保有はイスラエルだけではなく、サウジアラビア、エジプトなどにも大きな影響を与えることが予想される。イスラエルはイランの核兵器製造を軍事攻撃で阻止することも考えられる。一方、スンニ派の盟主サウジにとってもシーア派のイランの核兵器保有は絶対に容認できないから、独自の核兵器製造に動きだすかもしれない。いずれにしても、イランの核兵器製造は中東・アラブに大きな波紋を及ぼすことは必至だ。

 一方、北朝鮮は今月18日、米全土を射程距離に入れたICBM(大陸間弾道ミサイル)を発し、米国側に圧力をかけている。7回目の核実験も視野に入れているといわれる。

 第1次冷戦の終了直後、ジョージ・W・ブッシュ米大統領時代の国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と主張し、「核兵器保有」無意味論を展開したが、米国と並んで世界最大の核保有国ロシアがウクライナ戦争を契機に核兵器に手を伸ばす気配を見せるなど、大量破壊兵器使用へのブレーキや自制心が緩んできている。危険な兆候だ。

ウクライナ戦争と「24年選挙イヤー」

 ロシア軍がウクライナに侵攻すると予想した政治家、エキスパートはほとんどいなかった。その意味で多くの人にとってサプライズだった。プーチン大統領は2月24日、ウクライナにロシア軍を進めた時、短期間でウクライナを制圧するだろうと予想していたが、現状はこれまた想定外だった。世界はウクライナ国民の結束力、軍の強さを目撃して驚愕した。

lkw6B0AOqrnBVMpW3BdshtGlAOHPAD6R
▲ウクライナ侵攻1年目を控え、年次教書演説するロシアのプーチン大統領(クレムリン公式サイトから、2023年2月21日)

 ウクライナ軍が欧米諸国からの武器の提供を受け、戦場で善戦し、奪われた領土を一部取り返してきた。ロシア軍の規律のなさ、戦闘意欲の減退などを挙げて、欧米メディアではウクライナ軍の勝利を予想する声さえ出てきたが、ロシア軍が今後巻き返してくるかもしれない。ブルガリアの著名な政治学者イヴァン・クラステフ氏は20日、オーストリア国営放送とのインタビューの中で、「戦争の行方は分からない。サプライズもあり得る」と指摘している。

 プーチン氏は戦争勃発直後、ロシア軍の侵攻をウクライナの「非ナチ化、非武装化」を理由に挙げ、「戦争」ではなく、「特殊軍事行動」と位置付けてきたが、ここにきて「ウクライナとの戦争ではなく、ロシアと西側諸国との戦いだ」とその戦闘の意味を修正している。

 クラステフ氏はウクライナ戦争の今後の動向に影響を与える要因として、2点を挙げている。一番目の要因は、戦いの勝敗は戦場での動向だけではなく、経済、特に、戦争経済体制が重要となるというのだ。

 プーチン大統領は既に国民経済を戦争経済体制に転換している。欧米諸国では攻撃用戦車の供与などを決定し、戦闘機、長射程ミサイルの供与が次のテーマとなっているが、武器弾薬やミサイルなど軍需品の補給、製造体制はまだ整っていない。

 第2次世界大戦後、80年余り、戦争を体験せず、平和産業が繁栄する一方、軍需産業を縮小してきた欧州諸国にとって、戦争が長期化すれば、軍需品の補給が大きなテーマとなる。一方、ロシアはソ連解体後もグルジア戦争(ジョージア)、チェチェン紛争など隣国と戦争を経験してきたから、ロシアの軍事産業は常に戦時体制下にある(ロシアは中国、イラン、北朝鮮から軍需品、武器の供与を受けている)。

 クラステフ氏によると、ウクライナ戦争の動向に影響を与える2番目の要因は、「2024年に実施予定の選挙」だ。2024年には3月にロシア大統領選、5月にウクライナ大統領選、11月に米大統領選が実施される。そのほか、欧州議会選挙が24年上半期には実施され、アジアの安保情勢に大きな影響を与える台湾総統選が24年1月に実施される。すなわち、2024年は「選挙イヤー」だ。その選挙の年の前年にあたる2023年の今年は選挙に勝利するための重要な期間となる。

 プーチン大統領は既に24年の選挙に向けて動き出している。プーチン大統領は再選を目指すなら絶対にウクライナ戦争では敗北できない。奪った領土をウクライナに取り返されるなどがあったら、厳しくなる。ウクライナ戦争の1年間、ロシアは死者、負傷者が20万人に近いといわれる。ロシア国内の反戦運動が高まることも考えられるから、プーチン氏の再選は決して確実ではない。

 ゼレンスキー大統領の場合、2019年にコメディアンから大統領に当選した当初、「大統領職は1期だけ」と述べていたが、キーウからの情報では再選を目指す意向だという。となれば、ゼレンスキー大統領もロシアとの戦いでは欧米諸国からの武器供与を受け、勝利しなければならない。プーチン氏もゼレンスキー氏も2024年の大統領選に勝利するためには戦争に勝利するか、敗北しないことが絶対に必要となるわけだ。だから、「選挙イヤー」(2024年)を控え、クラステフ氏は、「ウクライナ戦争はデ・エスカレーションではなく、エスカレートすることが予想される」と見ているわけだ。ちなみに、プーチン大統領は21日、年次教書演説の中で米国との核軍縮条約「新戦略兵器削減条約(新START)」の履行停止を発表し、ウクライナ戦争での核カードをちらつかせている。

 ウクライナを全面支援してきたバイデン大統領の場合、米国の国内情勢が重要となる。例えば、米国の中国政策は米国の国内問題といわれるように、ウクライナ戦争も米国内の有権者の動向が大きな影響を与える。戦争が長期化し、軍事支援の見直しを要求する声が高まってきた場合、バイデン大統領はウクライナ政策の修正を余儀なくされる。大統領選で再選を果たすために、政治家は国民受けする政治を優先するからだ。バイデン大統領がウクライナ抜きでプーチン氏と停戦交渉を行う、といったシナリオもあり得るだろう。

 エネルギー危機、物価高騰などで悩む欧州諸国もウクライナ戦争が長期化すればさまざまなマイナス現象が出てくるだろう。反戦運動も出てくるだろう。明らかな点は、ウクライナ戦争の長期化はプーチン氏の独裁政治に揺れがない限り、ロシア側に有利であり、欧米諸国にとって次第に負担が重くなってくる。

 ロシアとウクライナは現時点では停戦に応じる考えはない。それでは停戦のチャンスは皆無かというと、そうとも言えない。クラステフ氏は、「例えば、朝鮮半島の場合、朝鮮戦争(1950年6月〜53年7月)後も南北両国は和平協定が締結されていないが、休戦状況は続いている。同じように、ロシアとウクライナ両国は(双方の譲歩と妥協が不可欠の)停戦・和平協定の締結は難しいとしても、戦場での戦いを休止し、その状況が続く、といった(朝鮮半島的)休戦シナリオは考えられる」という。

「アブラハムファミリーハウス」がオープン

 アラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビで3月1日、通称「アブラハムファミリーハウス」が一般公開される。同ハウスはアブラハムから派生した3宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の礼拝場、シナゴーグ(ユダヤ会堂)、教会、そしてイスラム寺院(モスク)を単に独立した宗教施設だけではなく、大きな敷地の中に統合し、会議やイベントのための「共通教育センター」も備えている。

cq5dam.thumbnail.cropped.750.422 (7)
▲「アブラハムファミリーハウス」のオープニング式典(2023年2月19日、バチカンニュース公式サイトから)

 アブラハムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3大唯一神教から「信仰の祖」と呼ばれている人物だ。アブラハムを無視してユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教は考えられない。

 イスラム教の創設者ムハンマド(570年頃〜632年)は、「アブラハムから始まった神への信仰はユダヤ教、パウロのキリスト教では成就できなかった」と指摘し、「自分はアブラハムの願いを継承した最後の預言者」と受け取っていたほどだ。アブラハムはヘブライ語で「多数の父」を意味する。

 ちなみに、アブラハムには妻サライ(正妻)がいたが、侍女のハガルから息子イシマエルを得る。イシマエルはアラブの先祖となった。イシマエルから派生したアラブでイスラム教が生まれ、世界に広がっていった(「アブラハム家」3代の物語」2021年2月11日参考)。

 「アブラハムファミリーハウス」のオープニング式典(16日)には、アラブ首長国連邦のムハンマド・ビン・ザーイド・ビン・スルターン・アール・ナヒヤーン大統領が参加し、「相互の尊重、理解、多様性が進歩を共有する力である」と述べ、「アブラハムファミリーハウス」の意義を強調している。同大統領は「アラブ首長国は過去、さまざまなバックグラウンドを持つ人々が共存してきた誇り高い歴史がある」と述べている。

 同式典には、イスラム学者であり、バチカンの宗教間対話事務所の所長であるミゲル・アンヘル・アユソ枢機卿も参加した。

 「シナゴーグ、教会、モスクがひとつ屋根の下にある」という「アブラハムファミリーハウス」の建設は、2019年のフランシスコ教皇のアブダビ訪問に先駆け、ハリーファ・ビン・ザーイド・ビン・スルターン・アール・ナヒヤーン大統領(当時)が2018年12月に発表したものだ。

 アブダビ訪問中、教皇フランシスコとエジプト・カイロのアル=アズハル大学の総長、アル=アズハル・モスクのグランド・イマームのアフマド・アル・タイーブ師は2019年2月4日、「アブダビ宣言」として知られる「世界における平和的共存のための人類の友愛に関する文書」に署名した。この文書は、すべての宗教のメンバーが兄弟愛への道を歩むためのマイルストーン(道標)であると受け取られ、「アイデンティティーを守る義務」「他者を受け入れる勇気」「誠実な意図」の3点を基本方針とし、神の名の下に狂信、過激主義、暴力に明確に反対している。ローマ教皇フランシスコのアブダビ訪問はアラビア半島への最初の旅だった。

 「アブラハムファミリーハウス」は、西アフリカにルーツを持ち、カイロとサウジアラビアで育ったイギリス人建築家サー・デビッド・アジャイによって設計された。一辺の長さが30mの3つの立方体の神聖な建物は、それぞれの宗教の建築上の特徴、要件を考慮に入れている。同ハウスは、アブダビの新しい文化地区であるサーディヤット島にある(同国ではシナゴーグは初めて、カトリック教会建造物は既に10件ある)。

 ところで、欧州社会はキリスト教文化圏と久しく言われてきたが、3宗派の歴史を振り返ると、欧州の文化は、キリスト教、その土台となったユダヤ教、そしてスペインで花を咲かせたイスラム教がもたらした“アブラハム文化”というべきかもしれない。欧州の地スペインは当時、中東のバグダッドと並ぶイスラム教文化が最も栄えた地域だった。

 アブラハムから派生したユダヤ教(長男)、キリスト教(次男)、そしてイスラム教(3男)の3兄弟の歴史を振り返る時、3兄弟が連携し、結束するならば、高度の文明が広がるのではないか、といった希望が湧いてくる。特に、ユダヤ教とイスラム教は常に犬猿の関係ではなかった。パレスチナ問題を考える時、ユダヤ民族とイスラム教徒の和解は必ず実現できるという確信が生まれてくる(「欧州社会は『アブラハム文化』だ!!」2021年6月20日参考)。

 なお、「アブダビ宣言」では、「宗教に求められていることは、悪を暴くことだけではない。宗教は、それ自体、平和を推進することを使命としている。わたしたちの務めは、妥協的シンクレティズム(混合主義)に譲歩することなく、互いのために祈り合い、神に平和を願い求めること、互いに出会い、対話し、協力と友愛の精神によって融和を促進することだ」と記述されている。

オルバン首相「今年は危険な年だ」

 ロシア軍がウクライナに侵攻して今月24日で1年目を迎えるが、プーチン大統領は侵攻1年目を前に軍事的成果を上げるために再度、ウクライナ東部・南部で大攻勢をかけるのではないかと予測されている。一方、ドイツのミュンヘンで17日から3日間の日程で開催された第59回「ミュンヘン安全保障会議」(MSC)では欧米諸国を中心に200人以上の政府首脳、閣僚、有識者らが集まり、ウクライナ戦争の対応について話し合われた。今年もMSC会議にはロシア代表は招待されなかった。

100461264
▲G7外相会議(中央は議長国・日本の林芳正外相)2023年2月18日、ミュンヘンで、日本外務省公式サイトから

 ミュンヘン会議の共通トーンは、ロシアの軍事活動への批判とウクライナへの軍事支援の強化を求める声だ。ウクライナのゼレンスキー大統領はビデオで参加し、欧米諸国に武器の供与を改めて要請している。ミュンヘンでは同時期、主要先進7カ国首脳会議(G7)の外相会議が開催され、ロシアのウクライナ戦争を批判、「ウクライナからすべての軍隊と装備を即時かつ無条件に撤収し、国際的に認められた国境内での独立、主権、領土保全を尊重するように」と求める一方、ロシアの不法な戦争を軍事的、物質的に支援したり、対ロシア制裁に違反する国、団体に対して制裁を実施すると警告を明記した声明文が発表された。

 なお、G7外相会議議長国の日本の林芳正外相は、クレムリンの核の脅威に対して、「ロシアの無責任な核レトリックは容認できず、化学兵器、生物兵器、核兵器、または類似の兵器の使用は深刻な結果をもたらすだろう」と警告を発した。

 MSC関連の首脳陣たちの発言は多くは既に報道されているので、メディアでは余り取り上げられなかったハンガリーのオルバン首相の演説を今回紹介する。

 ハンガリーの首都ブタペストでオルバン首相は18日「国家の現状について」の演説を行い、「2023年はわが国にとって政変以来、最も危険な年となる」と、国民に向かって警告を発している。具体的には、ロシアのウクライナ戦争、欧州連合(EU)の制裁、エネルギー危機などの課題に直面していることだ。

 オルバン首相は、EUの本部ブリュッセルからは「民主主義と法の遵守」を求められ、「言論の自由に反する」として制裁を科せられているが、欧州首脳の中でロシアのプーチン大統領と依然、友好関係を有し、外交辞令を無視して単刀直入に発言する政治家として有名だ。

 ハンガリーでは昨年4月3日、ウクライナ戦争の最中、国民議会選挙が実施されたが、オルバン首相の与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」は議席の3分の2を獲得し、国民の支持を得、オルバン首相は4選を果たした。オルバン首相は国内のメディアを完全に掌握し、対外政策では親ロ、親中路線を走る一方、EUからは「異端児」と呼ばれてきた。

 ロシアのウクライナ侵攻について、「主権国家への軍事侵攻は絶対に容認できないが、ウクライナの国益をハンガリーの国益より重視する政策は道徳的にも間違っている」と強調し、「2022年の大きな成果は、わが国が可能な限り、ウクライナ戦争の影響に飲み込まれないようにしたことだ」と言い切る。

 ハンガリーはウクライナから殺到する戦争避難民を受け入れる一方、軍事支援、武器供給に対しては拒否してきた。オルバン首相によると、ウクライナへ武器供給した場合、同国最西端ザカルパッチャ州に住むハンガリー系少数民族に危険が及ぶからだ。EUの対ロシア制裁には「制裁はロシアよりEU加盟国の国民経済を一層損なっている」として反対の立場を取ってきた。オルバン首相の政策について、ゼレンスキー大統領は「EUの結束を崩すロシアの共犯者」と批判している。

 ハンガリーはロシアとの経済関係、特にロシア産天然ガスの確保ではこれまで通りの量がロシアから輸入されている。EU加盟国の中でウクライナ戦争後もロシア産天然ガスが止まらず、供給されている国はハンガリーだけだろう。

 興味深い発言は、オルバン首相は「ウクライナ戦争は、ロシアが北大西洋条約機構(NATO)との戦いでは勝利のチャンスがないことを明らかにした」と、ロシア軍の力を冷静に判断していることだ。そして「ロシアはハンガリーの安全保障にとって真の脅威を与えていない」と主張している。

 ウクライナ戦争は現時点では、停戦の可能性が少ない。戦争の長期化を覚悟しなければならないだろう。ロシアの場合、国内で反プーチン勢力の動き、ウクライナでは国民の戦争疲れ、ウクライナを全面的に支援してきた欧米諸国では、支援疲れと共に、オルバン首相のような実利を最優先する政治家の台頭による結束の緩み、等々が予想される。「2023年は危険な年」となることは避けられない雲行きだ。

 なお、ハンガリー国営通信MTIによると、ミュンヘンのMSCに参加した中国の外交トップ、前外相の王毅・共産党政治局員は20日、ブタペストを訪問し、シーヤールトー外相らと会談する予定だ。

独「信号機政権」に赤ランプが灯った?

 ドイツのショルツ政権は社会民主党(SPD)、緑の党、そしてリベラル政党「自由民主党」(FDP)から成るドイツ初の3党連立政権だ。2021年12月に発足した当初、政党のカラー赤、緑、黄から「信号機連立政権」と呼ばれた。交通渋滞する路上で車のスムーズな流れを監視する信号機のように、政治信条が異なる3党が16年間続いたメルケル政権後の舵取りができるかが注目された。

1920x1080 (2)
▲連邦議会で座るリンドナー財務相(左)とハベック経済相(右)独公営放送「ドイチュランドフンク」2023年2月16日から

 3党連立政権にとって最初の、そして想定外の大きな試練がきた。ロシアのプーチン大統領が昨年2月24日、ウクライナに軍事侵攻して以来、ドイツを含む欧米諸国は戦後初の欧州の領土での戦争勃発問題に没頭せざるを得なくなったからだ。

 ショルツ政権はウクライナへの武器供与問題で他の欧州諸国よりも時間がかかったのは致し方なかった。ナチス・ドイツ政権の戦争犯罪問題もあって戦後、ドイツは紛争地への武器供与は厳禁だった。それゆえに最初ドイツが軍ヘルメット5000個をウクライナへ供与した時、他の欧州諸国から批判を受けた。ただ、ウクライナ戦争が激化するなかで、ドイツも防衛費GDP比2%超を決める一方、軽火器から重火器へ支援の幅を広げ、先月25日、米国との合意にも基づいて攻撃用戦車レオパルト2の供与を決めた経緯がある。

 ショルツ政権の中で戦争反対、平和政党を標榜してきた「緑の党」にとって180度の政策転向を強いられることになったが、ハベック経済相(副首相兼・気候保護相兼任)、ベアボック外相ら「緑の党」所属閣僚はウクライナ全面支援を打ち出すことでSPD出身のショルツ首相をプッシュしてきた(「ショルツ独首相は苦悩する事情とは」2023年1月25日参考)。

 以上、ショルツ政権のウクライナ支援政策は多くの試練があったものの及第点を取れる危機管理といえるだろう。ロシア軍の蛮行に直面、SPD、緑の党、FDPがウクライナ支援でコンセンサスができやすかったことがある。

 ただ、3党間の対立は皆無ではない。一つはエネルギー危機に対応するために脱原発政策の見直し問題、もう一つは世界最大の港湾運営会社の一つ、 中国のCosco Schipping (コスコ・シッピング)のハンブルク湾のハンバーガー・コンテナ・ターミナル・トレロート(CTT)株式取得問題だ。両問題は党内で意見が大きく割れた。

 1)ドイツの脱原発は2000年代初頭のSPDと「緑の党」の最初の連合政権下で始まった。それだけに「緑の党」だけではなく、SPDにも原発操業の延長には強い抵抗がある。一方、産業界を支持基盤とするFDPは3基の来年以降の操業を主張するなど、SPD、「緑の党」、そしてFDPの3党の間で熾烈な議論が続けられてきた。ショルツ首相は「緑の党」とFDPと交渉を重ね、2022年10月17日夜、首相の権限を行使し、2基ではなく、3基を今年4月15日まで操業延長するというガイドラインを提示、そのための法的整備を関係閣僚に命じた。

 2)ショルツ連立政権は昨年10月26日、ドイツ最大の港、ハンブルク湾港の4カ所あるターミナルの一つの株式を中国国有海運大手「中国遠洋運輸(COSCO)」が取得することを承認する閣議決定を行ったが、同決定に対し、「中国国有企業による買収は欧州の経済安全保障への脅威だ」という警戒論がショルツ政権内ばかりか、欧州連合(EU)内からも聞かれた。特に、緑の党とFDPは強く反対したが、ショルツ首相が最終決定を下した。

 ここにきて緑の党のハベック経済相(兼副首相)とFDP党首のリンドナー財務相との関係が気まずくなってきている。ハベック経済相とリンドナー財務相間のコミュニケーションが難しくなり、文書で要求するだけで、互いに対面で意見の交換をしない、といわれるほどだ。ドイツ公共放送局「ドイチュランドフンク」は16日、「両者は相手宛てに怒りの手紙を書くなど、連合の雰囲気は毒されてきている」と報じている。

 理由は明確だ。FDPはベルリン市議会選(2月12日実施)で敗北し、党内からリンドナー党首へ党の政策をもっと全面的に主張すべきだという声が一段と高まってきているのだ。FDPは、政権発足後の5つの州議会選挙のうち3つで議席獲得に必要な5%のハードルを越えることができず、残り2州でも得票率が急減した。

 ハベック経済相がリンドナー財務相に「財政ではもっと創意工夫するべきだ」と要求すると、「エネルギー供給のために新しい送電線を建設するが、そのために先ず新しい道路を建設しなければならない」と、FDP側から巨額の資金が必要となるグリーン・プロジェクトに対して不満の声が飛び出す。また、ウクライナ戦争で防衛費が急増、国内総生産(GDP)比2%をはるかに超える可能性が出てきた。そこにピストリウス新国防相は「2024年までにさらに100億ユーロが必要となる」と求めているが、どこから財源を獲得するかが大きな問題となるわけだ。

 党の独自色を出すためにリンドナー財務相は今後、減税、規制緩和を進める一方、不法移民対策の強化など右派的な政策を訴えてくるかもしれない。そうなれば、SPD・緑の党との連立政権の運営にも支障が出てくることが予想される。
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Recent Comments
Archives
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ