ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2023年01月

イランが直面する「3つの問題」

 イスラム聖職者支配体制のイランでは現在、3つの問題で国際社会の批判にさらされている。1)イランと国連常任理事国にドイツを加えた6カ国間の締結した「核合意」の再建交渉、2)イラン革命防衛隊(IRG)の「テロ組織」問題、3)そして昨年9月16日に死去した22歳の女性に関連したスカーフ着用問題だ。いずれも相互関連しているテーマだが、ロシアのウクライナ侵略で世界の関心がウクライナに集中している中、「イランの問題」は正念場を迎えている。以下、イランの「3つの問題」の近況をまとめた。

170123254
▲IRGを「テロ組織」に指定する動きを見せるEUに警告するイランのホセイン・アミール・アアブドゥラヒヤーン外相(2023年1月29日、IRNA通信から)

1)「イランの核合意」の再建問題

 アントニー・ブリンケン米国務長官は29日、訪問中にアル・アラビヤ放送とのインタビューで、「イランには核合意に戻るチャンスがあったが、それを拒否した。イランの核問題では、全ての選択肢がテーブルの上にある」と語り、軍事的オプションをもはや排除しない考えを強調した。イランの核武装化を恐れるイスラエルは、「テヘランが核兵器を保有することは絶対に容認されない」と指摘、必要ならばイランの核関連施設を空爆すると警告してきたが、バイデン米政府はここにきてイスラエルの政策に同調してきたわけだ。

 イスラエルは2007年9月、シリア北東部の核関連施設(ダイール・アルゾル施設)を爆破したことがある。国営イラン放送によると、中部イスファハンの軍需工場で1月29日、爆発があった。イスラエル側の工作の可能性が囁かれている。イランでは過去、核開発計画に関与する数人の核物理学者が射殺されたり、爆死している。イラン側は「イスラエルの仕業」と受け取っている。イスラエル側の情報では、イランの核兵器の製造は差し迫っているという。

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)の「イラン核報告書」によると、イランの濃縮ウラン貯蔵量はイラン核合意で定められた上限202・8kgをはるかに超え、濃縮度20%の高濃縮ウランの量は238・4kg、60%以上は43・1kgと推定されている。核兵器用に必要な濃縮ウランは濃縮度90%だ。濃縮度20%を超えれば、90%までは技術的に大きな問題はないといわれている。イランの核開発計画は核拡散防止条約(NPT)など国際条約の違反であり、国連安全保障理事会決議2231と包括的共同行動計画(JCPOA)への明らかな違反だ。イランはまた、未申告の核関連施設から検証された核物質について、IAEA査察官のアクセスを拒否するなど、イランとの核合意の再建交渉は膠着状況だ。

2)「イラン革命防衛隊」(IRG)のテロ組織の指定問題

 英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)は29日、欧州連合(EU)がイランの精鋭部隊IRGのテロ組織指定を検討していると報じた。米国は2019年4月にIRGをテロ組織に指定している。イランはイラク、シリア、レバノン、イエメンなどでさまざまなテロ活動を支援したり、実行してきている。その中核はIRGだ。

 パレスチナのハマスはイスラエルにミサイルを発射するが、そのミサイルはイラン側の支援によるものだ。シリア内戦では守勢だったアサド政権をロシアと共に支え、反体制派勢力やイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)を駆逐。イエメンではイスラム教シーア派系反政府武装組織「フーシ派」を支援し、親サウジ政権の打倒を図る一方、モザイク国家と呼ばれ、キリスト教マロン派、スンニ派、シーア派3宗派が共存してきたレバノンには、イランの軍事支援を受けたシーア派武装組織ヒズボラがいる、といった具合だ。

 なお、イランの企業は80%が国有企業だ。経済の大部分は、政府、宗教団体、軍事コングロマリット(複合企業)によって支配されており、純粋な民間企業はほとんど存在しない。看過できない事実は、IRGはイランでは大きな経済勢力であり、その影響力は過小評価できない。マフムード・アフマディネジャド前大統領の下で著しく成長した。ライシ大統領の下で、さらに多くの経済プロジェクトが彼らの所管に入ってきている。IRGは石油とガス産業、建設と銀行だけでなく、農業と重工業にも食い込んでいるコングロマリットを所有している。豊かな資金源を背景に、テロ活動を実施している。

3)「反体制抗議デモ」の動向

 イラン各地で始まった抗議デモで少なくとも527人が死亡した。米国を拠点とする組織、人権活動家通信社 (HRANA)の報告によると、その中には未成年者が71人、警察やその他の治安機関の職員が70人含まれている。合計で約2万人が逮捕され、そのうち100人以上が死刑判決を受けている。既に数人のデモ参加者が処刑された。

 イスラム共和国での抗議行動は 昨年9月中旬に始まった。引き金は、22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさんの死だ。宗教警察は、ヘッドスカーフ着用の強制規則に従わなかったとしてアメニさんを逮捕した。彼女は9月16日に警察の拘留中に死亡した。それ以来、政府の抑圧的な方針とイスラムの統治体制に反対するデモがイラン各地で続いている。

 それに対し、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師は、「わが国を混乱させている抗議デモの背後には、米国、イスラエル、そして海外居住の反体制派イラン人が暗躍している」と主張。革命防衛隊や警察当局は、「われわれは国内の抗議行動と戦う準備が出来ている」と戦闘意欲を誇示し、「イスラム共和国の敵の悪魔的な計画を破壊する」と檄を飛ばし、強権で抗議デモを鎮圧する姿勢を崩していない。

 イラン各地で連日続く抗議デモは現在、女性の権利やスカーフ着用問題にとどまらず、イスラム革命以来続くイスラム聖職者による支配体制のチェンジを要求してきている。米国やEUはイラン当局に対し経済・金融制裁を実施しているが、イラン当局は強権でこの危機を突破する考えを変えていない。同時に、ウクライナ戦争ではロシアに軍事用ドローンを提供し、ロシアを軍事的に支援している。

岸田首相のキーウ訪問に期待する事

 日本では岸田文雄首相のウクライナ訪問の情報が流れているという。確かに、岸田首相はまだキーウを訪問していない。80歳のバイデン米大統領はウクライナをまだ訪問していないが、安全問題と共に健康上の問題があるからだろう。一方、65歳の岸田首相は若いうえ、好きな外交分野で岸田カラーを出していこうとしている時だ。世界の注目が集まるウクライナを訪問し、アジアの代表国としてウクライナ支援をアピールできれば、その政治的効果は大きい。

5QSLl4xLgj3mFSzYW61r5XGlk3U5oJKW
▲バイデン米大統領と会談する岸田首相(2023年1月13日、首相官邸公式サイトから)

 英国のジョンソン首相(当時)やフランスのマクロン大統領、ドイツのショルツ首相ら欧州の主要国のトップは既に最低1度はキーウ詣でを済ましている、ジョンソン氏は退職した後も今月22日、キーウを突然訪問し、ゼレンスキー大統領と会談している。最近では、北大西洋条約機構(NATO)に加盟申請しているフィンランドのニーニスト大統領は今月24日、ウクライナ中部キーウ州のボロジャンカとブチャを訪れ、ロシアの侵略の被害を視察している。要するに、欧米諸国の国家元首は軍事大国ロシアと闘うウクライナを応援し、連帯を表明することが西側政治家の使命と考えているわけだ。

 「困った時の友こそ真の友」(A friend in need is a friend indeed)という諺がある。ロシア軍の侵攻を受け、電気や水道も不通の中、国の主権を守ろうとするウクライナ国民に連帯を伝え、経済支援、人道支援をしてくれる国々に対し、ウクライナ国民は感謝してくれるだろう。地理的には遠く離れているが、日本は支援国として経済的支援を中心に応援してきた。ただ、欧米諸国のようには軍事支援はできないから、世界のメディアが日本をウクライナ支援国の一員であると報じる機会は少ないかもしれない。

 湾岸戦争後のクウェートの支援国への感謝広告を思い出す。日本は他の欧米諸国に負けないほどの経済支援を行ったが、クウェート政府の「感謝広告」の中に日本の名前はなかった。日本外務省はショックを受けたが、国民も国際支援がどのように受け取られているかを学んだ。姿の見えない支援は時には忘れられるという現実だ。

 会談でもオンライン会談は能率的であるが、対面会談のように躍動感は期待できない。その意味で岸田首相がキーウを訪問し、ゼレンスキー大統領に日本国民の支援を伝えることは大きな意味がある。「外交の岸田」の名目躍如だ。

 日本は中国の台湾進攻を警戒し、米国、オーストラリア、台湾など同盟国と連携して対策を講じてきた。地理的には遠い英国、フランス、ドイツら欧州の主要国は軍隊を台湾海峡に派遣し、台湾を中国からも守る日米軍と軍事連携を深めてきている。経済支援や政治家の発言だけではなく、相手の事情に呼応して具体的な支援をアピールすることは欧米諸国の指導者たちはうまい。日本の岸田首相がウクライナまで訪問し、連帯をアピールできれば、その効果はビデオ会談より大きいことは間違いない。

 それでは、岸田首相の訪問時期だ。ウクライナ情勢を考えると、ロシア軍がウクライナを侵攻して1年目となる2月24日前しかないだろう。ロシア軍は軍再編成を終え、今春にはウクライナに再び攻勢をかけてくると予想されている。キーウも安全ではない。ロシア軍の攻撃が再び激しさを増す前にキーウを訪問することは賢明だ。西側の指導者を迎える側のウクライナにとってもそのほうが都合がいいだろう。一方、岸田首相にとって、4月の統一地方選挙、衆院補欠選が控えているから、2月中旬までにしか外遊する時間がない。

 最後に、安全問題だ。戦争中の国を訪問するのだから完全な安全はあり得ない。日本の首相のウクライナ訪問日程がロシア側に伝えられれば、もちろん危険は増すだろう。岸田首相は覚悟が必要だ。岸田首相が米国と共にウクライナを支援し、ロシアを批判していることにプーチン大統領は不快に思っている。ウクライナ戦争が勃発して以来、ロシア・メディアの日本批判は急増している。岸田首相のキーウ訪問で何が起きても不思議ではない、と考えるべきだろう。

 岸田首相はG7(主要国首脳会議)の議長国だ。首相は今年5月、出身地の広島でG7サミット会議を開催し、世界に向かって原爆の恐ろしさを訴える予定だ。同時に、広島G7サミットではウクライナへの支援が最大のテーマだ。岸田首相のキーウ訪問は最高の機会だ。世界の指導者は「発言」だけではなく、「行動力」がこれまで以上に問われている。

 岸田首相の長男の「物見遊山」疑惑問題を野党は追及する考えという。その時だけに、キーウ訪問はメディアの目をそらすことはできる、といった計算でキーウ訪問を決定すべきではない。多くの国民が犠牲となっている戦争下のウクライナを訪問する以上、私心や政治的野心を捨て、訪問してほしい。ロシアの侵略戦争が如何なる結果をもたらしているかを目撃し、日本国民に伝えてほしい。岸田首相のキーウ訪問が実現できれば、日本とウクライナ両国民は親密感を一層深めていくことができるだろう。

 最後に提案だ。ウクライナ国民は今、電気や水道がない中で生活をしている。厳しい冬はまだ続く。5000台の発電機をポーランドから列車で運び、ウクライナに届けてはどうだろうか。

ウクライナ戦争のレッドラインは?

 ドイツ政府がウクライナへ軍事支援として5000個の軍用ヘルメットを支援すると発表した時を思い出してほしい。欧米のメディアの中にはドイツ政府を冷笑する論調もあった。ドイツはこれまで紛争地へ軍事支援をしないことを原則としてきたから、ショルツ政権にとって最大限の軍事支援だったが、武器を支援する他の欧米諸国と比べれば、「なんと腰の引けた支援だろう」といった印象を与えたとしても致し方なかった。

1024px-Eurofighter_9803_5
▲ドイツ空軍のユーロファイター、EF-2000(ウィキペディアから)

 ロシア軍が昨年2月24日、ウクライナに侵攻すると、「欧州の地で戦後初めて戦争が起きた」ということで欧米諸国は大きな衝撃を受けた。それゆえにと言おうか、欧米諸国は戦争勃発当初からウクライナ支援で結束を見せた。政治信条が異なる3党から成るドイツのショルツ政権も例外ではなかった。平和主義を党是とする「緑の党」のベアボック外相はウクライナ支援では欧米諸国の中で最も積極的な政治家となった。ただ、ドイツは戦後から紛争地には武器を輸出しない、軍事支援しないことを鉄則としてきた。これがドイツのレッドラインだった。

 ショルツ政権はウクライナへの武器供給問題では3原則を標榜してきた。具体的には、_椎修文造螢Εライナを支援する、∨迷臉祥両鯡鶺々宗複裡腺圍蓮砲肇疋ぅ弔戦争当事国となることを回避する、ドイツ単独で決定しない、の3原則だ。

 ただ、ウクライナの戦いが激しくなるにつれて、ウクライナからは武器支援要求の声が高まった。ドイツはヘルメット、防弾チョッキや医療器材支援から、軽火器、そして次第に重火器へと支援内容が変わっていった。重火器も当初は防御用に限定された。そしてキーウから世界最強の攻撃用戦車「レオパルト2」の供与を求める声が出てきたのだ。ショルツ首相はその対応に悩んだが、長く苦悩している時間はなかった。米バイデン大統領との会談で米国とドイツ両国はドイツの主力戦車「レオパルト2」と米国の主力戦車「M1エイブラムス」をウクライナに同時に供給することで合意した。ドイツは対ウクライナ軍事支援では、そのレッドラインを何度か修正し、慎重に対応してきたわけだ。

 問題は、「レオパルト2」のウクライナ供与で戦争の決着がつけばいいが、ロシア軍が今春には大攻勢をかけてくると予想し、ウクライナ側は欧米に更なる軍事支援を要求してきた。ゼレンスキー大統領は、NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長との会談では「長距離ミサイルと戦闘機の供与」を求めたのだ。

 ちなみに、ウクライナのアンドリーイ・メルニック外務次官(前駐独大使)はツイッターで、「F16、F35、ユーロファイター、ドイツ・イギリス・イタリアのトルネード、フランスのラファレス、スウェ―デンのグリペンなどの戦闘機が勝利のためには不可欠だ」と、具体的に機種を挙げて要求している。

 ウクライナが戦闘機を要求してきたと伝わると、ショルツ政権はいち早く、「それはできない」と拒否している。戦車支援では積極的だった「緑の党」や自由民主党(FDP)も戦闘機の支援要求には消極的な反応が多い。ピストリウス独国防相は27日、南ドイツ新聞で「戦闘機の引き渡しは問題外だ。戦闘機は主力戦車よりもはるかに複雑なシステムであり、航続距離と火力がまったく異なる」と述べている。「ウクライナの飛行禁止区域」というレッドラインの死守だ。

 一方、米国では長距離ミサイル、戦闘機の支援問題はもはやタブーではない、といった反応が見られる。バイデン大統領の国家安全保障副補佐官のジョン・ファイナー氏は26日、米TVチャンネルMSNBCとのインタビューの中でウクライナへの戦闘機供与について、「慎重に議論する。特定の兵器システムを除外しない」と述べている。英国やフランスも、「戦闘機の配備が欧州の安全保障を危険にさらさず、ロシアの侵略戦争をエスカレートさせないならば」といった条件付きで検討に入っている。

 ウクライナ戦争は来月24日で1年目を迎える。ウクライナを軍事支援してきた欧米諸国は最初は防衛用重火器を支援し、それから攻撃用武器の供与へと移ってきた。そして今、長距離ミサイル、戦闘機の支援がテーマに浮上してきているわけだ。軍事支援がこのまま続くと、行き着く先は地上軍の派遣となる。戦闘のエスカレートをストップさせなければ、ウクライナ戦争はロシアとNATO間の第3次世界大戦となる危険性が現実味を帯びてくる。「ウクライナ戦争で欧米諸国はどこにレッドラインを置くか」――深刻な問題となってきている。

「ホロコースト」を如何に記憶するか

 人は記憶したいものとそうではないものとを無意識に選り分けるものだ。記憶したい内容は一般的には良き思い出、成功した出来事だが、苦しかった出来事や敗北、自身が後悔している言動はできるだけ早く忘れたい。シャーロックホームズの「マインド・パレス」で保管される記憶の世界は厳密に選択された事例、出来事だけだ。それ以外の事例は時間の経過と共に忘却の川に流され、時には変質されていく。

id_Shan
▲「ホロコースト記念館」の犠牲者の名前と写真を連ねた部屋(ウィキぺディアから)

 1月27日は「ホロコースト犠牲者を想起する国際デー」 (International Holocaust Remembrance Day) だ。国連総会は2005年、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所が解放された1月17日を「ホロコースト(大量虐殺)犠牲者を想起する国際デー」と決めた。

 ナチス・ドイツ政権が倒れ、第2次世界大戦が終わって今年で78年目を迎える。27日の「ホロコースト犠牲者を想起する国際デー」、ニューヨークの国連本部や欧州の各地で関連のイベントが挙行された。国連本部では26日からホロコーストで殺害された480万人の犠牲者の名前が記された本が掲示され、犠牲者を追悼している。ヤド・ヴァシェム記念館とイスラエル国連代表団の協力により、来月17日までマンハッタンのイーストリバーの国連の中で「名前の書」を見ることができる。訪問者は、ナチスによって殺害された人々の名前をアルファベット順に閲覧できる。多くの場合、彼らの生年月日と死亡場所が記載されている。

 国連のアントニオ・グテーレス事務総長は27日、「ホロコーストを直接証言できる人はますます少なくなってきた。記憶のたいまつを運ぶ新しい方法を見つけ出す必要がある」と述べ、今回の展覧会を通じて追悼の文化の再生を呼び掛けている。「新しい記憶の文化」の創造ともいえる。

 第2次世界大戦中、600万人のユダヤ人が殺害された。そのホロコーストの記憶を世代を超えて受け継いでいくべきだ。国連事務総長が述べたように、「世界は今日でも憎悪に対しての免疫を持たない。人間の残虐性の潮流を食い止め、反ユダヤ主義、人種差別と闘わなければならないのだ。アウシュビッツの元収容者は、「世界はアウシュビッツから何も学んでいない。その後もボスニア・ヘルツェゴビナ紛争など民族戦争が繰り広げられていった」と指摘する。

 「ユダヤ人対独物的請求会議 」(Jewish Claims Conference)がこのほど発表した最新の調査結果によると、例えば、オランダ人の89%はアンネ・フランクの名前を知っていた。アンネ・フランクはアムステルダムの家に家族と共にナチスから身を隠し、自分の人生について日記を書いた。しかし、オランダ人の27%はアンネがベルゲン・ベルゼン強制収容所で終戦直前の1945年に死亡したことを知らなかった。そしてオランダの若者の23%は「ホロコーストは神話、ないしは誤解か誇張された内容」と考えていることが判明した。ナチス時代に関するオランダでの広範な知識のギャップが明らかになった。

 同会議の調査は18歳から40歳までの2000人を対象に行われた。多くの回答者はホロコーストの全貌を知らず、全回答者の54%とオランダの若者の59%は、600万人のユダヤ人が殺害されたことを知らなかった。合計29%がホロコーストで殺されたユダヤ人は200万人以下であると信じていた。若者の間では、その割合は37%になる。

 ユダヤ対独物的請求会議のドイツ代表リューディガー・マーロ氏は 、「ホロコーストの知識と意識は衝撃的な速さで侵食されている」と述べている。

 オランダのマルク・ルッテ首相は「ショックを受けた」と語り、ヴォプケ・ヘクストラ外相はツイッターで、「オランダの若者のほぼ4分の1がこれらの事実に疑問を呈していることは驚くべきことであり、非常に心配だ」と書いている。また、デニス・ヴィアーズマ教育相は、「若者たちが第2次世界大戦の残虐行為について事実を知ることができるように、学校で教えていく必要がある」と述べている。

 オランダでは、世界大戦中のユダヤ人迫害において自国民が果たした役割について「歴史の再考」が進められてきている。2021年にはアムステルダムで戦争中に殺されたオランダ系ユダヤ人のために「ホロコースト記念碑」が設置された。オランダではナチス・ドイツの占領中、多くの国民、警察、政治家たちがナチスと積極的に協力した。

 第2次世界大戦から80年が過ぎようとしている時、ホロコーストの生存者から直接、生の体験談を聞く機会はなくなりつつある。オーストリアでは生存者が過去、話したビデオを集めた「ビデオ図書館」を計画中だ。同時に、生存者が書いた証言、書簡を集めている。忘れられ、失われていこうとする記憶を必死に留めておこうとする試みだ。過去の出来事やそれに関連した記憶では未来を歩み出すために忘れるほうがいい場合もあるが、忘れてはならない記憶がある。ホロコーストはその一つだ。

米独主力戦車のキーウ供与と「その後」

 ドイツの主力戦車「レオパルト2」と米国の主力戦車「M1エイブラムス」のウクライナ供給が25日、両国でほぼ同時期に決定した。欧米の攻撃用戦車を要求してきたキーウにとって望み通りとなったが、米独の主力戦車がウクライナで実際活躍するまでにはまだハードルが控えている。「レオパルト2A6」の場合、ベルリンとキーウ間を16時間の車両輸送でウクライナまで運べるが、近代的な戦車を兵士たちが駆使できるまでには訓練が必要となる。ショルツ独首相は25日、「3カ月間〜4カ月は必要だろう」という。一方、米国の「M1エイブラムス」の場合、「6カ月から9カ月の時間が必要」という。

82c05de95272adae505f3c26d922adad_1674675485_extra_large
▲ビデオメッセージをするウクライナのゼレンスキー大統領(2023年1月25日、ウクライナ大統領ホームページから)

 ロシア軍は来月24日でウクライナ侵攻1年目を控え、軍の再編成を実施し、2月から3月にはウクライナに大攻勢をかける計画ではないかと予想されている。供与される米独主力戦車はその戦いには間に合わない。米独のハイテク戦車の供与は、ウクライナ戦局のゲームチェンジャーとはなりえないことはほぼ間違いないだろう。

 オーストリアのインスブルック大学の政治学者ゲルハルト・マンゴット教授は、「欧米の主力戦車供与問題で明らかになったことは、ウクライナに軍事支援する欧米には統一した戦略的コンセプトがないことだ」と指摘する。バルト3国、ポーランド、英国、ルーマニアなどの国は、クリミア半島を含み、ロシア軍をウクライナの国境外に追い払うまで戦争を遂行すべきだと主張し、積極的な軍事支援を支持している。一方、ドイツは戦闘のエスカレートを警戒し、ロシア軍から全領土を解放するまで戦争を推進するという考えには懐疑的だ。

 同教授は、「欧米の主力戦車の供与で戦争がウクライナ内に留まらず、欧州の他の地域に広がる危険が出てくる。一方、ロシア軍は戦いで厳しくなれば、戦略核など大量破壊兵器の使用などを考え出すだろう」と懸念している。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は25日夜の慣例のビデオメッセージで、主力戦車の供与を決めた米国とドイツに感謝する一方、「欧米の軍事支援には迅速性と量が求められる」と注文を付けることを忘れなかった。例えば、ドイツは「レオパルト2」を最初は14両、米国は31両と供与する数が少ないことに関連した発言だ。ロシア軍は性能は別として数千両の戦車を有している。欧米諸国がウクライナに戦車を支援するとしても現時点では300両を少し超える程度だ。数では依然ロシア軍が圧倒している。

 同大統領は、「ロシア軍を完全に破り、ウクライナを完全に解放するまで戦いを続けていく」と表明している。同大統領は北大西洋条約機構(NATO)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長との会談では「長距離ミサイルと戦闘機の供与」を要求している。ちなみに、ウクライナのアンドリーイ・メルニック外務次官(前駐ドイツ大使)はツイッターで、「F16、F35、ユーロファイターの戦闘機供与が勝利のためには不可欠だ」と、具体的に機種を挙げて要求している。

 ショルツ首相は、「われわれはウクライナを最後まで支援し続ける」と表明してきたが、ウクライナ側と欧米諸国側には戦略だけではなく、戦争の目標について相違がある。戦争がさらに長期化した場合、その相違は表面化し、欧米諸国の中でウクライナ支援から離脱していく国も出てくるかもしれない。

 世界は軍事大国ロシア軍の侵攻に直面するウクライナに巨額な経済支援、軍事支援を行ってきたが、ゼレンスキー大統領の側近の中には、贈収賄疑惑や、ロシアによる侵攻が続く中、ぜいたくな生活を送っていると非難される人物が出てきた。ウクライナは戦争前も政治家の腐敗汚職は大きな問題だった。政権内の人事刷新に乗り出したゼレンスキー大統領は24日、大統領の側近1人、副大臣4人、州知事5人を辞任させたばかりだ。ゼレンスキー大統領は武器の獲得に奔走するだけではなく、政権内の腐敗問題にも迅速に対応していかなければ、今後のウクライナ支援の行方に影響が出てくるだろう。

 戦いは戦場だけではなく、フェイク情報を流して相手の弱さを叩き、結束を破壊させるハイブリット戦争の様相を一層深めてくるだろう。2024年3月の大統領選で5期目を目指すプーチン氏にはウクライナ戦争ではっきりとした成果が必要となる。プーチン大統領はあらゆる手段を使って戦争を有利にするために腐心するはずだ。それゆえに、ウクライナ戦争は戦闘開始1年目が過ぎる来月24日以降、さらに激しさを増すと予想せざるを得ないのだ。

バチカンが独教会の「改革」を批判

 独ローマ・カトリック教会で進行中の教会刷新活動「シノドスの道」を巡って、カトリック教会総本山のバチカン教皇庁が一通の書簡を独教会司教会議宛てに送り、その改革案の見直しを要求していたことが明らかになった。

9c72bf
▲独カトリック教会司教会議のゲオルク・べッツィング議長(独カトリック教会司教会議公式サイトから )

 独司教会議(DBX)は23日、バチカン高官が独教会司教会議ゲオルク・ベッツィング議長に宛てた書簡の内容を発表した。それによると、バチカンは、独司教会議が改革プロセスで最も重要な意思決定機関として「シノドス議会」の設置を決定したことに異議を唱えている。

 フランクフルト・マインで昨年9月に開催されたシノドス議会は、司教、教会聖職者、および信徒たちが、教会の運営について将来も継続的に会合を持つことを決定し、そのために常設機関「シノドス委員会」が設置され、2026年までに「シノドス評議会」を発足することになった。同評議会は今後、聖職者と信徒が話し合い、教会の活動を決定することになる。

 教会離れが進む現在、教会側の聖職者と信者たちが頻繁に話し合い、教会の活動を進めていく、という考えは取り立てて反対することではないはずだ。通常の民主社会では当然のことだが、バチカンは昨年夏、「ドイツ教会は新しい統治機関を創設する権限を与えられていない」と批判。今回の独司教会議議長宛ての書簡では「シノドスによって設立された組織や司教会議が『シノドス評議会』を設立する権限を持っていないことを明確にしたい」と重ねて指摘しているのだ。

 この書簡は、バチカンのナンバー2のピエトロ・パロリン国務長官、カトリック教義の遵守を監視する教理省長官のルイス・フランシスコ・ラダリア・フェレール枢機卿、そして司教省長官のマーク・クエレット枢機卿の3人の高位聖職者によって署名されている。

 バチカンが独教会司教会議の決定事項に介入することになった直接の契機は、独教会ケルン大司教区のライナー・マリア・ヴェルキ枢機卿とアイヒシュテット、アウグスブルク、パッサウ、レーゲンスブルクの司教たちからの手紙だ。彼らは司教会議の改革案に懐疑的な立場で、バチカンに「決定されたシノドス委員会に参加する必要があるか」と問い合わせたことから、バチカン側は独司教会議が実施中の教会改革案を知り、驚いたという次第だ。

 ベッツィング司教は、プレスリリースでバチカンの懸念を否定し、「シノドス評議会が司教会議の上に立つとか、司教の権威を弱体化させるといった懸念はまったく根拠がない。司教の権威に疑問を呈する者は誰もいない」と断言している。

 ドイツのカトリック教会の「シノドスの道」は、教会での女性の地位向上、カトリックの性的道徳、聖職者の独身制などの改革に取り組んでいる。それに対し、バチカンは、バチカンの現体制を無視し、各国の教会が独自の意思決定機関(「シノドス評議会」)で教会の運営を決定していく内容と判断し、「教会の分裂をもたらす危険性がある」と受け取っているわけだ。

 バチカン教皇庁は昨年7月21日、独司教会議の「シノドスの道」に対し、「司教と信者に新しい形態の統治と教義と道徳の方向性を導入し、それを受け入れるように強いることは許されない」という趣旨の公式声明を発表し、「普遍的な教会のシステムを一方的に変更することを意味し、脅威となる」と警告を発した。

 教会の改革を目指すフランシスコ教皇は昨年6月14日、インタビューの中で、「ドイツには立派な福音教会(プロテスタント派教会=新教)が存在する。第2の福音教会はドイツでは要らないだろう」と述べ、独教会司教会議の改革案に異議を唱えている(「教皇『教会改革も行き過ぎはダメ』」2022年7月23日参考)。

 独司教会議の司教たちは昨年11月、バチカンを5日間、「アドリミナ」訪問し、教皇らと会談したが、改革案では理解が深まらずに「成果なく終わった」(ベッツィング司教)という。ローマ教皇は既に何度か独教会の「シノドスの道」を批判している。それに対し、ベッツィング司教は「われわれはカトリックであり、今後もそうあり続けるが、別の方法でカトリックであることを望んでいる」 と述べている。

 ちなみに、ドイツのキリスト教信者数はローマ・カトリック教会(旧教)とプロテスタント教会(新教)ではほぼ均衡している。マルティン・ルター(1483〜1546年)の宗教改革の発祥国ドイツでは歴史的に教会改革への機運が漂っている。そのドイツのカトリック教会では聖職者の未成年者への性的虐待事件が多発し、その対応で教会指導部が混乱している現状に対し、信者からだけではなく、教会指導部内からも刷新を求める声が高まってきているわけだ。

 独司教会議が提示した主要な改革案は、.蹇璽沺Εトリック教会はバチカン教皇庁、そして最高指導者ローマ教皇を中心とした「中央集権制」から脱皮し、各国の教会の意向を重視し、その平信徒の意向を最大限に尊重する。∪賛者の性犯罪を防止する一方、LGBTQ(性的少数派)を擁護し、同性愛者を受け入れる。女性信者を教会運営の指導部に参画させる。女性たちにも聖職の道を開く。だ賛者の独身制の見直し。既婚者の聖職者の道を開く、等々だ。

 フランシスコ教皇でなくても、カトリック教会の“福音教会化”と揶揄されてもおかしくはない内容だ。バチカンの中から「それでは何のためにカトリック教会か」という疑問の声が出てくるのは頷ける。「シノドスの道」は教会聖職者の性犯罪の多発を契機に始まったもので、フランシスコ教皇が2019年に開始し、世界各教会で積極的に協議されてきた。

 独教会の改革案がバチカンや他の教会からの批判に直面して暗礁に乗るか、それとも支持を集めるか、その成り行きはドイツ教会の将来だけではなく、世界のカトリック教会にも大きな影響を及ぼすことは必至だ。

ショルツ独首相が苦悩する事情とは

 ウクライナへの独製攻撃用戦車「レオパルト2」の供与に躊躇するドイツに対し、欧米諸国から圧力が強まっている。ポーランドのモラウィエツキ首相は23日、ドイツ政府に対し、国内にあるレオパルト2のウクライナ供与を正式に申請すると発表したばかりだ。欧州メディアによると、欧州全土にレオパルト1と2は約2000両ある。ロシア軍と戦闘するウクライナに供与できるだけの量はある。ただ、レオパルトの製造元ドイツ政府の承認がない限り、第3国に譲渡できない。それだけに、ドイツのショルツ政権に圧力が高まるわけだ。

20bkwef
▲「世界経済フォーラム」(ダボス会議)で演説するショルツ首相(2023年1月18日、独連邦首相府公式サイトから)

 ショルツ連立政権は社会民主党(SPD)、環境保護政党「緑の党」、そしてリベラル政党「自由民主党」(FDP)の3党から成る連立政権だ。緑の党とFDPのジュニア政党はレオパルトのウクライナ供与を支持している。「緑の党」のベアボック外相は22日の記者会見の場で、「同盟国が願うのならば、(レオパルト供与の)道を塞がない」と述べ、慎重な姿勢を崩さないショルツ首相の意向を無視している。また、独南西部のラムシュタインにある米空軍基地で開催された20日の「ウクライナ防衛コンタクト・グループ会議」でドイツのボリス・ピストリウス新国防相がレオパルトの供与決定を先送りしたことに対し、連邦議会安全保障委員会のマリー=アグネス・シュトラック=ツィマーマン 委員長(FDP)は「大きな失策だ」と批判した。

 SPD、「緑の党」、FDPの3党の間には政治、経済、安保問題で大きな違いがあるため、政権運営の中で連立政権内で対立が生まれてきても不思議ではないが、国際社会が注目するウクライナ防衛支援問題でドイツ政権の政策決定力の弱さを露呈したことになる。欧米メディアでは「ウクライナへの支援問題でドイツがブレーキとなっている」といった論調が目立つ背景となっている。

 そこで今回、「なぜショルツ政権は……」というより、「なぜショルツ首相はレオパルト供与に抵抗するのか」について、これまでの情報をまとめたい。ショルツ首相はパリで開催されたエリゼ条約(仏独協力条約)60周年記念式典後の記者会見でも繰り返したが、ウクライナへの武器供給問題では3原則を標榜してきた。具体的には、_椎修文造螢Εライナを支援する、∨迷臉祥両鯡鶺々宗複裡腺圍蓮砲肇疋ぅ弔戦争の当事国となることを回避する、ドイツ単独で決定しない、の3原則だ。

 ウクライナへの攻撃用戦車供与問題では、ショルツ首相はを強調する場面が増えてきた。ウクライナへの武器支援でドイツが他の同盟国より先だって実施することを控え、米国、英国、フランスなどの同盟国と歩調を合わせて支援したいのだ。

 欧米で対ウクライナ支援にドイツ批判が高まっていることに対し、SPDの中では、「ドイツは援助額でも他の同盟国より多く支援してきた。支援を渋っている、といった非難は遺憾だ」という声が聞かれる。

 日本は湾岸戦争で米国に次いで多くのクウェートを財政支援したが、クウェート政府の感謝広告には貢献国として日本の名が記載されていなかったことがあった。日本外務省は当時、大きなショックを受けた。日本はその後も同じような苦い経験を重ねてきた。日本と同様、第2次世界大戦の敗戦国ドイツでは今、「わが国は他の国に負けないほどウクライナに支援してきたのに……」といった嘆き節が聞かれるのだ。

 ドイツは戦後、急速に経済復興し、世界の経済大国となったが、安保問題では常に慎重なスタンスを維持してきた。ウクライ支援でも他の欧州諸国に先だってウクライナに主用戦車を供与することに強い抵抗がある。ナチス・ドイツ政権の戦争犯罪問題は戦後のドイツ政権のトラウマとなっているといわれる。だから、ドイツは武器供与問題では単独では決定しない、という原則が生まれてくるわけだ。

 換言すれば、ショルツ首相にはレオパルト2をウクライナに供与する為に「外圧」が必要となるわけだ。米国や英国、フランスが主用攻撃用戦車をウクライナに供与するなら、ドイツは即レオパルト2をウクライに提供できる。ドイツはレオパルト供与に反対しているのではなく、同盟国と一緒に決定する時を待っているわけだ。

 ショルツ首相にとってそれだけではない。2021年の連邦議会選でSPDは「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)を破って第1党に飛躍して政権を担う道が開かれた。同時に、SPD内に左派グループが勢力を拡大した。その結果、ショルツ首相は武器関連問題に強い抵抗がある党内左派勢力の意向を無視できないのだ。

 ショルツ連立政権は昨年10月26日、ドイツ最大の港、ハンブルク湾港の4つあるターミナルの一つの株を中国国有海運大手「中国遠洋運輸(COSCO)」が取得することを承認する閣議決定を行った。同決定に対し、「中国国有企業の買収は欧州の経済安全保障への脅威だ」という警戒論がショルツ政権内で聞かれた。「緑の党」やFDPは対中国政策で厳しい規制を要求したが、最終決定はショルツ首相に一任され、取引は成立した。状況は今回のウクライナへのレオパルト供与問題と似ている。「緑の党」とFDPが供与を支持、SPDが供与に躊躇しているといった構図だ。ショルツ首相はSPD内の左派勢力からの「内圧」を無視できないのだ。

 まとめると、ショルツ首相は安保問題では「外圧」を必要とし、対中、対ロシアとの関係では「内圧」を無視できない。その結果、ショルツ首相は大きな代価を払うことになる。リーダーシップを発揮するチャンスを自ら葬っているのだ。

 2021年12月に発足したドイツ初の3党連立政権はその連立協定の「欧州と世界に対するドイツの責任」という項目で、「ドイツはヨーロッパと世界で強力なプレーヤーである必要がある。ドイツの外交政策の強みを復活させる時が来た」と強調したが、レオパルト供与問題を見る限りでは、ドイツの外交の強みはまだ発揮されていないのだ。

露政治学者の「ロシアの近未来」

 ロシア出身の在仏政治学者、ロシアの政治分析センター「R・Politik」の創設者タチャナ・スタノバヤ氏(Tatjana Stanowaja )はドイツの民間ニュース専門局ntvとのインタビュー(1月22日)に応じ、「クレムリンが欧米の制裁や反ロシア政策で恩恵を受けていること」、「プーチン大統領が政権を握っている限り、戦争の終結は期待できない」と強調する一方、「ロシアの体制が徐々に内部浸食に直面し、国家の任務が遂行不能な状況下に陥ってきている」と指摘する。

t56H5nvr
▲「大祖国戦争」の退役軍人、包囲されたレニングラードの住民、愛国的公的団体の代表者と会談するプーチン大統領(2023年1月18日、クレムリン公式サイトから)

 興味深い点は、ロシア国民の4分の3がプーチン氏を支持し、ウクライナ戦争を支援しているというレバタ・センター(Lewada-Zentrums)の世論調査結果について、スタノバヤ氏は、「私自身の経験からみても、同調査結果を信じる。問題はプーチン個人に対する態度と彼の地政学的決定に対する態度を区別することが重要だ。多くの場合、プーチン個人に対する否定的な態度と、彼の地政学的決定に対する理解と支持が混在している。ロシア人は、米国と北大西洋条約機構(NATO)が何十年にもわたってロシアを弱体化させ、崩壊させるために積極的に取り組んできた、という政府の説明を信じている。市民的および政治的制度が未発展の社会では、国家、政府は外界の脅威から国民を保護する擁護者と受け取られる。同時に、それはプーチンとその側近に対する非常に批判的な態度と共存できる可能性が出てくる」と説明する。

 具体的には、クレムリンは欧米諸国の対ロシア制裁、反ロシア政策の恩恵を受けているという理屈になるわけだ。国民は政府に反対し、反ロシア政策を取る欧米側の主張に耳を傾ける事が難しくなるのだ。その一方、欧米の制裁はロシアに膨大なダメージを与えている。クレムリンとしては、制裁の恩恵と経済的損害の間のバランスを取りながら国家を維持するために腐心しなければならない。その意味で制裁の効果は出ているわけだ。

 ウクライナ戦争の停戦の見通しについて、「プーチンが政権を握っている限り、戦争が終結する可能性は低い。政権交代の場合、さらに急進的な勢力が権力を握った場合、状況は平和とはならない。例えば、ワグネル・グループの指導者エフゲニー・プリゴジンだ。しかし、ウクライナをめぐる状況から抜け出す方法は、ロシアの国内政策が変化しない限り難しい」と説明する。

 スタノバヤ氏は、「野党だけでなく、プーチンの側近ですら、プーチンがどこを目指しているのか、計画は何か、ロシアは戦争に勝つつもりか、少なくとも負けないようにするのか、誰も理解していない。戦場での軍の退却と死傷者が増えるほど、それらの問いはより深刻になる。私たちは高速で移動する列車に乗っている。どこに行くのか誰も知らない。列車の運転手はトランス状態にある。怖い。だから、現状から脱出するためには、列車の速度を落とすか、方向を変えるか、または運転手を変えることを考えなければならない。しかし、プーチン大統領に代わる指導者は見当たらない。現在、システムは完全にプーチン大統領の管理下にある。プーチン大統領に真剣に立ち向かう準備ができている人間がいるとは信じられない」という。

 ロシアの近未来については、全てがプーチンの支配下に留まる現体制の継続か、現体制をひっくり返す、プーチンの死、深刻な原発事故や飛行機の墜落事故などの惨事が起きるかの2通りのシナリオを挙げている。

 同氏は、「プーチンを過小評価してはならない。彼は自分の感情に問題があり、ウクライナの状況に関連する全てのものに非常に敏感だ。同時に、運用上の問題について実際的に議論するために、いくつかの譲歩をする準備ができているようだ。プーチンが現実的な方向転換をする可能性は排除できない。彼は昨年9月、10月の時、『戦争に何としても勝たなければならない』という気持ちが強かったが、12月にはもうそのような気配は見られない。プーチンは今、落ち込んでいるように感じる。ひょっとしたら、欧米諸国との対立問題でより現実的な議論を行う道が開かれるかもしれない」と分析する。

 その一方、「ロシア社会で将来、さらなる抑圧、投獄、言論の自由の抑圧が進行し、進歩的な思想家の出国などが進み、プリゴジンのような過激派の台頭が見られるかもしれない。ロシアの体制は徐々に内部侵食に直面し、国家はその任務を遂行できなくなる。プーチンは、2000年代に全てを個人の管理下に置いてきたが、年々、プーチンの国内の政治問題への関与は減少してきた。『軍事作戦』を除けば、プーチンが個人的に管理下に置いているものは何もない。他のすべての領域はいわば無人だ。プーチンの同僚や友人にとっても、彼に直接会って相談することはほとんど不可能だ。自分で解決策を見つけ、責任を負わなければならない。その結果、政治システムはより過敏になり、予測不能になり、衝突に満ちたものになる」と予測する。

 戦争に関しては、「さらなるエスカレーションを求める急進派と、ロシアには勝利するためのリソースがないと認める現実主義者の2つの極の出現が見られる。全ては戦場の状況次第だろう。いずれにせよ、近い将来、良いことは何も期待できない」という。

独政権「戦車供与問題」で不協和音

 ショルツ独政権は社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)から成るドイツ初の3党連立政権だ。政治信条、世界観が異なる3党連立政権について、政権発足当初から懸念はあった。SPDは中道左派政党、緑の党は環境保護を核に、安保問題では戦争反対の平和主義を党是としてきた。一方、FDPはリベラルな経済政策を中心に、安保問題では野党に下野した「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)に近い。その3党が2021年12月8日、「連立政権」を発足させた背後には、「ポスト・メルケル時代、ドイツの政界は刷新し、新しい時代の課題を乗り越えていかなければならない」といった使命感が強かったからだ。

rgorius
▲ドイツのピストリウス新国防相(独国防省公式サイトから)

 連立協定(178頁)のタイトル「自由、正義、持続可能性の為の同盟」をみても、3党の連立政権発足への意気込みを感じる。違いを超え、ドイツの刷新に取り組む、というものだ。特に、連立協定の中で「欧州と世界に対するドイツの責任」という項目では、「ドイツはヨーロッパと世界で強力なプレーヤーである必要がある。ドイツの外交政策の強みを復活させる時が来た」と強調し、「私たちの国際政策は価値に基づいており、ヨーロッパに組み込まれ、志を同じくするパートナーと緊密に連携し、国際的なルール違反者に対して明確な態度を示す」と記述している。

 特筆すべき点は、外相ポストを得た緑の党のアンナレーナ・ベアボック外相はウクライナ戦争ではいち早く厳しい対ロシア政策を提示、ウクライナへの武器供給でも従来の平和主義から脱皮し積極的に推し進めてきた。ウクライナ戦争で最も厳しいチェンジを要求されたのはシュルツ首相のSPDだ。ショルツ首相は「Zeitenwende」(時代の変わり目)という言葉を頻繁に使い、ウクライナへの軍事支援問題では党内の反対を抑えて同盟国と歩調を合わせてきた経緯がある。

 ウクライナ戦争が勃発して2月24日で1年目を迎える。軍事大国ロシアとの戦いでウクライナ軍は善戦し、ロシア軍に占領された領土を奪い返すなど攻勢に出てきた。その背後に、欧米諸国からの全面的援助、重火器を含む武器の支援があったからだ。

 戦いはいよいよ正念場を迎えてきた。ロシア軍は軍の大幅な刷新と拡大に乗り出してきている。一方、ウクライナ側はロシア軍の反撃を予想し、ゼレンスキー大統領は欧米諸国に重火器、特に攻撃用戦車の供与を要求してきた。

 独南西部のラムシュタインの米空軍基地で20日、「ウクライナ防衛コンタクト・グループ会議」が開催された。その会議ではドイツの攻撃用戦車レオパルト2をウクライナに供給するか否かが焦点となったが、ドイツのボリス・ピストリウス新国防相 は、「ドイツの在庫とパートナー国のシステムとの互換性を確認する必要がある」と説明して、決定を見送った。ポーランドとフィンランドは自国が保有するレオパルト2をウクライナに供与したいが、ドイツは承認に慎重な姿勢を崩していない。

 ところで、ピストリウス国防相はラムシュタインの米軍基地で、キーウに届けられる可能性のあるレオパルト戦車とその数のリストを作成するよう指示したと発表したが、独週刊誌シュピーゲルによると、国防省は軍が使用できるレオパルト2の在庫リストを昨年初夏に作成済みだというのだ。同誌によると、ドイツ連邦軍には合計312両の異なるシリーズのレオパルト2戦車があり、そのうち99両は昨年5月に軍需産業で修理中であり、1両は廃棄されたという。供与できるレオパルト2の在庫数は212両だ。シュピーゲル誌によると、在庫リストには、どのモデルがウクライナ供与に適しているかも示されているという。

 ドイツがレオパルト2の供与の決定を先延ばししたことが伝わると、独連邦議会防衛委員会のマリー=アグネス・シュトラック=ツィマーマン 委員長(FDP)は、「 歴史は私たちを見ています。残念ながら、ドイツは失敗した」と批判、「ポーランドやフィンランドのように自国のレオパルト2をウクライナに供与する問題で、ドイツはゴーサインを送るべきだった」と主張。それに対し、SPDの連邦議会院内総務ロルフ・ミュッツェニヒ氏は、「欧州は現在、戦時下にある。戦時中の政治は怒りや喘ぎのスタイルではなく、明晰さと理性をもって行うべきだ」と反論するといった具合だ。忘れないでほしい。これは与野党間の論争ではなく、ショルツ連立政権内の論争だ。与党内の潜在的な対立が浮かび上がったといえる。SPDがレオポルト2のウクライナ供与に反対し続けるならば、緑の党からもSPD批判の声が出てくるだろう。

 なお、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は20日夜のビデオメッセージで、「私たちは近代的な戦車を得るために戦わなければならない。他の選択肢がないのだ」と強調している。ウクライナのオレクシー・レズニコフ国防相によると、ウクライナ軍はポーランドでレオパルト2主力戦車の訓練を行う予定だという。

 クレムリンのスポークスマン、ドミトリー・ペスコフ氏が強調していたように、ロシアとウクライナ間の戦争の行方はレオパルト2の供与で大きく左右されるわけではない。レオパルト2の供与問題は欧州の盟主ドイツのウクライナ支援の本気度を占うシンボルとなってきているのだ。

独「主力戦車の供与で決定先送り」

 ドイツ南西部のラムシュタインにある米空軍基地で開催された「ウクライナ防衛コンタクト・グループ会議」は20日、ロシア軍と戦闘するウクライナ軍に今後も軍事援助を行うこと、特に、対空防衛システムの支援強化で参加国は合意した。ただ、最大の課題であったドイツの主力戦車、攻撃用戦闘車「レオパルト2」の供与では、キーウからの強い要請にもかかわらず、ドイツ側は「ウクライナ戦争のエスカレート」に懸念し、歩み寄りを見せなかった。

lnmerika
▲オースチン米国防長官とドイツのピストリウス 新国防相(2023年1月20日、ドイツ国防省公式サイトから)

df647
▲独製攻撃用戦車「レオパルト2」の作成図(オーストリア国営放送公式サイトから、作成・ドイツ通信)

 同会議は、ロイド・オースティン米国防長官が、ウクライナのコンタクト・グループのメンバーを、海外で最大の米空軍基地ラムシュタイン空軍基地にドイツ、英国を含む、約50カ国の代表を招待し、ウクライナへの軍事支援について話し合った。

 ラムシュタイン会議開催1日前に就任したドイツのボリス・ピストリウス国防相は会議後の記者会見で、「供与するケースを考え、レオパルト主力戦車の在庫チェックを指示した。ドイツが攻撃用戦車の供与を阻止しているといった情報は間違っている。実際、ウクライナの支援国の間で意見が統一されていない。ドイツとしては関係国と緊密な調整を行い、レオパルトの供与問題もできるだけ早い段階で決定したい」と述べた。

 ドイツには主力戦車レオパルトにはバージョン1と2があり、ウクライナは特にレオパルト2を望んでいる。新国防相は、「ドイツの在庫とパートナー国のシステムとの互換性を確認する必要がある」として、「まだ何も決定していない」という。ポーランドとフィンランドは自国が保有するレオパルト2の供与を申し出ているが、ドイツは引き渡しには慎重な姿勢を崩していない。

 オラフ・ショルツ首相府は同日、キーウへの武器供与には3原則があると改めて指摘した。具体的には、_椎修文造螢Εライナを支援する、∨迷臉祥両鯡鶺々宗複裡腺圍蓮砲肇疋ぅ弔戦争の当事国となることを阻止する、ドイツ単独で決定しない、の3原則だ。

 会議開始前、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、ビデオメッセージの中で、これまでの支援に感謝し、「私たちはウクライナの戦場で成果を上げているが、自由を守るための武器が次第に尽きてきた。ラムシュタインでは、ロシアのテロを終わらせるために、航空機、ミサイル、長距離砲などの供給で具体的な決定を下さなければならない」と要請し、武器の引き渡しの緊急性を強調。「ロシアによって開始された戦争は遅滞を許さない。ロシアは現在、最後の力を結集している。私たちはもっと迅速に対応しなければならない。ロシアのテロは長い議論を許さない。クレムリンを敗北させなければならない」と説明した。

 米国は既に25億ユーロ相当の追加武器供与を発表している。米国防総省によると、最新の援助パッケージには主力戦車 (エイブラムス) は含まれていない。援助内容は、59両のブラッドレー戦車、90両のストライカー装甲車、アベンジャー防空システム、および弾薬などだ。フィンランドは、4億ユーロの兵器、特に重砲を約束した。ドイツは、ウクライナで戦争が始まって以来、ウクライナに33億ユーロの軍事援助を行ってきた。ちなみに、フランスは4日、「軽戦車」の供与を決定、米独両国は5日に歩兵戦闘車を供給する意向を表明。英国も主力戦車を送ることをそれぞれ明らかにしている。

 ゼレンスキー大統領は20日夜のビデオメッセージの中で、「我が国の要望について、参加国から多くの理解を得た。ただし、私たちは近代的な戦車を得るための説得・交渉を続けなければならない」と述べている。

 ドイツがレオパルト供与問題で決定を避けたことについて、ウクライナのアンドリー・メルニク外務次官はヴェルト日曜版で、「大きく失望した。ベルリンはロシアからの攻撃を受けているウクライナへの武器援助において貴重な時間を無駄にしている。決定を渋るドイツ側の対応は不名誉といえる」と強調した。

 一方、オースチン米国防長官は西側の同盟国に対し、ウクライナへの支持をやめないよう警告し、「今はじっとしている時ではない。軍事援助を強化する時が来た。ウクライナの人々は私たちを見ている。クレムリンは私たちを見ている。そして、歴史が私たちを見守っている」と述べ、「必要な限り、ウクライナを支援することは疑いの余地のないことだ」と付け加えた。

 ただ、ドイツの主力戦車レオパルトのウクライナへの引き渡しに関する議論では、米国はドイツの立場を支持したという。オースティン国防長官は、ラムシュタイン会談終了後の記者会見で、「ベルリンは非常に長い間信頼できる同盟国であり、将来もそうであり続けると固く信じている」と述べている。近い将来のレオパルト2の供与を見据えての発言と受け取られている。

 興味深い点は、米国は現在、エイブラムス型主力戦車の提供を考えていないことだ。米国は明らかに、ロシア軍の占領している全地域をウクライナが取り戻せるとは考えていないからだ。米国のマーク・ミリー参謀総長は20日の会議後、「軍事的観点からみて、ウクライナが今年、領土の隅々までロシア軍を追い出すことは非常に難しい」と語っている。すなわち、米国はウクライナ戦争を交渉のテーブルで終わらせるべきだと考えているわけだ。ロシア側の占領領土を全て奪い返すまで停戦交渉には応じないと主張するゼレンスキー大統領とは明らかにスタンスが異なる。

 なお、ドイツがレオパルト2の供与を渋る背景について、私見を述べる。第2次世界大戦後、75年以上の年月が経過したが、ドイツには第2次世界大戦でのナチス政権の蛮行へのトラウマが依然ある。特に、ショルツ首相は冷戦時代の経験もあって、ロシアとの戦いを避けたい思いが人一倍強い。同首相は政権担当以来、「Zeitenwende」(時代の変わり目)という言葉を頻繁に口にし、ウクライナ戦争勃発後、軍事費の急増など安保問題にも積極的に関わってきた。紛争地のウクライナに重火器を供与してきた。ショルツ首相にとって自身のこれまでの政治信条とは異なる決定を下してきた。「Zeitenwende」がそのようにさせてきたというわけだ。レオパルト2の供与問題でも最終的にはウクライナ側の要望に応じる方向に変わるのではないか。同首相にとって、理想はレオパルト2の供与前にウクライナ・ロシア間の停戦交渉が始まることだろう。
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Recent Comments
Archives
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ