ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2022年12月

ロシアのスパイが発覚した場合

 オーストリアの対諜報機関によると、39歳の男性がロシアの諜報機関のエージェントとして働いていた疑いがもたれている。ロシア系の ギリシャ人が、ロシアの秘密情報機関の「 ロシア連邦軍参謀本部情報総局」(GRU) のために数年間スパイ活動を行い、オーストリアの国益を害した疑いが発覚したというのだ。オーストリア内務省が19日、公表した。容疑者は、現役時代に外交官としてドイツとオーストリアに駐留していた元ロシア諜報機関職員の息子だ。

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▲ウィーンを愛するスパイたち(2022年12月20日、ウィーンで撮影)

 オーストリア日刊紙「クローネ」が報じたところによると、国家安全保障情報局(DSN)の捜査は、ウィーン検察庁の要請を受けて行われた。内務省によると、39歳の容疑者は、ロシアで特別な軍事訓練を受けた後、GRUで働いていた。彼はさまざまな国の外交官や情報当局者と接触していた。彼はロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻の前とその後にもモスクワに戻っている。オーストリア内務省は、「男性は、オーストリアの外交・安全保障政策、ウクライナ戦争の反応などに関する情報をモスクワに報告していた」という。

 また、「容疑者は過去、ほとんど収入がないのにもかかわらず、2018年から22年初頭までの期間に、合計65回、オーストリア国内外を旅行している。他のヨーロッパ諸国だけでなく、ロシア、ベラルーシ、トルコ、ジョージアにも投資し、ウィーン、ロシア、ギリシャでいくつかの不動産を取得している」という。

 なお、アンチ・テロ対策のコブラ部隊は今年3月、ウィーン市22区の容疑者の拠点を襲撃し、信号検出器、聴取装置、防護服、携帯電話、PC、タブレットなどを押収、そこから数百万件のファイルが見つかっている。

 容疑者は現在、裁判が始まるまで自由の身だ。裁判でオーストリアに損害を与える秘密諜報活動が実証された場合、刑法では6カ月から5年の懲役刑が言い渡される。同容疑者は外交官のステータスを保有していないので、オーストリア側は基本的には容疑者を逮捕、拘留できる。オーストリアのカルナー内相は、「緊密な国際協力に基づいたすばらしい調査官の成果だ」と今回のロシアのスパイ活動摘発を評価している。

 オーストリアとロシアは戦後から友好関係を維持してきた。欧米諸国がロシアに制裁を科す契機となったウクライナのクリミア半島の併合や英国に亡命した元ロシア人スパイの毒殺未遂事件についてもオーストリアは直接のロシア批判を避けた。多くの欧米諸国がロシア人外交官の国外追放制裁に出た時もオーストリアはロシア外交官の退去要請を避けるなど、ロシアの顔色を常に窺う外交を展開してきた。ちなみに、オーストリア連邦軍の退役陸軍大佐(70)が2018年11月、過去20年間以上にわたりロシア側にさまざまな情報を流していたことが発覚している(「退役陸軍大佐、ロシアに情報流す」2018年11月11日参考)

 東西冷戦時代からオーストリアの首都ウィーン市には旧ソ連と欧米諸国のスパイたちが暗躍していた。彼らはいろいろな名目で潜伏しながら、歴史の舞台裏で活躍してきた。スパイたちがウィーンを愛する理由は、�.Ε�ーンが地理的に東西両欧州の中間点に位置する、�▲�ーストリアが中立国家である、��ウィーン市が第3国連都市である、�だ侈�輸出国機構(OPEC)など30を越える国際機関の本部がある、等が挙げられる。そしてスパイたちは�ー�国大使館内の1等、2等書記官の立場、�▲献磧璽淵螢好函↓9駭⊃Π�や国際機関のスタッフという立場で暗躍する。

 「会議は踊る」と揶揄されたことがあるウィーンでは、舞踏会のシーズンとなれば到る処からワルツが流れる。ウィーンっ子はモーツァルトやベートーヴェンの音楽よりも、ヨハン・シュトラウスのウィンナー・ワルツをより愛する。そのワルツに乗ってスパイたちが息を潜めながら舞い続けるわけだ(「スパイたちが愛するウィーン」)2010年7月14日参考)。

 プーチン大統領は19日、治安部隊に対し、「外国の諜報機関の行動は直ちに鎮圧されなければならない。裏切り者、破壊工作員、スパイは捕まえなければならない」と強調し、スパイ活動の強化と共に外国スパイ活動の撲滅の檄を飛ばしている。

 オーストリア内務省は先の39歳のロシア系ギリシャ人に対して、同容疑者が裁判開始前にモスクワに戻るならあえて拘束しないのではないか。オーストリアはロシアとの関係を険悪化させたくないからだ。だから、今回の件では国外追放で幕を閉じたいはずだ。ちなみに、ウィーン検察側は、「容疑者は逮捕されていない。差し迫った危険はなく、再拘留の条件を満たしていないからだ。そのうえ、EU市民は原則的に自由に旅行できる」と説明している。

カタールW杯決勝戦はドラマだった

 国際サッカー連盟(FIFA)主催の第22回サッカー世界選手権(W杯)カタール大会は18日、ルサイル競技場で決勝戦が行われ、南米の強豪アルゼンチンが前回優勝国フランスを延長戦、そしてPK戦の末破り、王者となって幕を閉じた。アルゼンチンは1978年自国で開催されたW杯大会と86年のメキシコ大会に次いで36年ぶり3回目のW杯制覇となった。

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▲36年ぶりにW杯を獲得したアルゼンチン代表(2022年12月18日、カタール・ルサイル競技場、オーストリア国営放送の中継のスクリーンショットから)

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▲36年ぶりのW杯制覇に喜ぶアルゼンチンのファンたち(2022年12月18日、カタール・ルサイル競技場、オーストリア国営放送の中継のスクリーンショットから)

 決勝戦は見応えがあった。試合は前半アルゼンチンのリオネル・メッシ(35)がPKで得点を挙げて先行、36分にはアンヘル・ディマリアが2点目のゴールを挙げて有利に展開した。後半に入ると、フランスが攻勢をかけ、今回のW杯の得点王に輝いたキリアン・エムバペが36分にPK、その1分後に同点シュートを決めて試合は2対2となって延長戦に入った。

 そして延長後半3分にアルゼンチンのメッシがゴール前の混戦を抜け出してシュートを決め、3対2としてアルゼンチンの勝利は間違いないと思われた。3点目の得点を挙げたメッシは、涙を流しながらファンに向かって喜びを共にした。しかし、土壇場の後半13分にアルゼンチンの反則でPKに立ったエムバぺはこの試合3点目の得点を決めて3対3と同点とした。

 試合は最終的にはPK戦にもつれ込み、最初のシュートをアルゼンチンのエースのメッシ、フランス側は得点王のエムバぺがそれぞれ決めて1対1と並んだが、その後、フランス側のPKが2回続けて失敗して4対2でアルゼンチンが勝利を収めた。

 36年ぶりのW杯勝利にアルゼンチンの選手、コーチたち、決勝戦を観るため競技場に来たアルゼンチンのサポーターたちは大喜び。紅潮した顔でピッチ上の選手たちに手を振るファン、神に感謝の祈りをするファンの姿などがTVの場面に映し出された。

 アルゼンチンはブラジルと共に南米サッカーの強豪と恐れられてきたが、W杯では敗退が続いてきた。国民経済が停滞し、苦しい生活を余儀なくされているアルゼンチン国民にとってもW杯大会は特別だ。自分の車を売ってカタールへの飛行機代を工面したファンもいたという。

 特に、アルゼンチンのディエゴ・マラドーナの後継者メッシは過去、選手キャリアで全てのタイトルを取ってきたが、一つだけ欠いていたものがあった。W杯の金メダルだ。メッシは最後のW杯出場となるカタール大会には思いを込めて臨んできたという。

 グループ戦(11月22日)でサウジアラビアに1対2で敗退するなど、スタートは最悪だったが、試合を重ねるに連れてチームワークはよくなり、「W杯カップをアルゼンチンに」という強い思いで団結していった。アルゼンチン代表はこれまでメッシ1人のチームと思われてきたが、カタール大会では選手全員がメッシを支えながら結束していったのが勝因だろう。

 大会ではエムバぺの活躍が目立った。8得点を挙げて得点王に輝いた。エムバぺは今月20日で24歳になったばかりだ。世界のサッカー界を今後引っ張っていくスターであることは間違いない。シュート力、冷静さ、速度、全て兼ね備えた天才的な選手だ。若い時、自分のタイプと似ているポルトガルのクリスティアーノ・ロナウドを英雄視、いつかロナウドのような選手になりたいと思って練習に励んできたというエピソードは有名だ。

 なお、ロナウドのポルトガルは今回、準々決勝(12月11日)でモロッコに0対1で敗れ、W杯制覇の夢がかなわなかった。ロナウドにとってもカタール大会はW杯最後の大会となった。ただ、ライバル、メッシがW杯カップを手にしたのとは好対照の結果となった。サッカーを含む全てのスポーツ競技には多くの人間的ドラマがある。メッシもロナウドもカタール大会を最後に若い世代にサッカー界の未来を委ねることになる。

 カタール大会では開催前、開催中にも人権問題や女性の権利問題、LGBT(性的少数派)問題などが騒がれてきた。中東のカタール大会は開催時期を冬開催に変更するなど、多くの障害があった。ドイツ代表はLGBT連帯を示す腕章をつけて試合に臨もうとしたためFIFAから警告されるなど、ピッチ以外で騒がしい大会となった。

 砂漠の地でW杯を誘致したカタール側は巨額の資金を投入して大会を成功させるために腐心してきた。欧州議会副議長のスキャンダルが大会終盤に入ってメディアに報道され、カタール開催が実現するまでに多くの腐敗や不祥事があったことが改めて明らかになったばかりだ。

 一方、大会に参加した32カ国代表の試合は醍醐味と話題を提供し、世界のサッカーファンを楽しませてくれたことは間違ない。W杯は世界のサッカーの祭典だ。その意味ではカタール大会は成功したといえる。

 最後に、日本代表の活躍は素晴らしかった。ただ、日本代表がベスト8以上に入るためにはまだ多くの課題があることが明らかになった感じがする。日本代表の多くは欧州のリーグで活躍中だ。次期W杯にはベスト8の壁をぜひとも突破してほしい。なお、2026年の次期W杯大会は48カ国のチームが参加し、米国、カナダ、メキシコの3カ国共催で行われる。

バルカン盟主セルビアの「中国の夢」

 西バルカン諸国が現在、欧州統合を加速させてきていることはこのコラム欄で紹介したばかりだ。ブリュッセルで開催された欧州連合(EU)首脳会談は15日、ボスニア・ヘルツェゴビナの加盟候補国入りを正式に決定したことで、西バルカン諸国5カ国が加盟候補国のステイタスを得た。

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▲習近平国家主席はセルビアのブチッチ大統領と会談(2022年2月5日、北京、人民大会堂で、中国国際放送局日本語版オンラインから)

 その結果、西バルカン諸国は完全にEUの勢力圏入りかというと、そうとは言えない。バルカン諸国は旧ユーゴスラビア連邦の崩壊後、6共和国(2自治州)から構成された共和国がいずれも独立国家となったが、冷戦時代にソ連共産圏の影響下にあったこともあって、ロシアとはその後も伝統的な友好関係を維持してきた国が多い。特に、バルカンの盟主セルビアはロシアと関係が深く、セルビア正教会はロシア正教会と依然深い関係を持っている数少ない正教会だ。

 ただ、ロシアのプーチン大統領がウクライナに軍を侵攻させて以来、バルカンでもロシアに対する批判の声が高まってきている。一方、バルカンでロシアの政治的影響が揺れ出したのとは対照的に、中国の影響が広がってきている。ここでもセルビアはバルカン諸国の中でも目立っている。

 中国企業がセルビアに進出、ハンガリー・セルビア鉄道、ノビサド・ルマ高速道路の建設をはじめ、2016年には中国鉄鋼大手の河北鉄鋼集団が、セルビア・スメデレボの鉄鋼プラントを買収した。2018年8月末にはベオグラード南東部にある欧州最大の銅生産地ボルの「RTBボル」銅鉱山会社の株63%を12億6000万ドルで中国資源大手の紫金鉱業が落札した。中国人が直接経営するセルビア会社としては2社目だ。

 独仏共同出資のテレビ局「アルテ」は先日、セルビアで活動する中国企業やそのコミュニティの様子を報道していた。それによると、4年前に中国側に吸収されたボル銅鉱山の町に住む市民は「工場からアパート、輸送道路などがあっという間に建設されていった。もちろん住民との話し合いはなかったから、われわれは全く知らない。ただ、工場からの排気煙などで市の空気が汚染されてきた」という。

 「アルテ」によると、毎朝、労働者が工場にくるが、「彼らは輸入された労働者」で全て中国人だ。彼らは朝から夕方まで働き、近くの簡易なアパートに戻っていく。「アルテ」の記者が英語で声をかけても誰一人として英語を話す労働者はいなかった。人懐こい笑顔を見せながら、アパートに戻っていく労働者の姿だけが印象的だ。給料は高くないが、故郷で稼ぐよりいいというので中国本土からバルカンのセルビアまで出稼ぎに来ている労働者だ。また、中国鉄道から派遣されたビジネスマンはセルビア企業を回りながら商談交渉し、新たなビジネスの道を模索する姿が報じられていた。

 セルビアには多くの中国企業が進出。それに伴い中国コミュニティが至る所に生まれてきた。首都ベオグラード市内を歩けば多くの若い中国人を見かけるが、彼らの多くはセルビアに最初に移住した中国人の2世だ。セルビア語もでき、セルビア社会に溶け込んでいるケースが多い。

 「アルテ」では、若い中国人女性が市内で喫茶店を開店するために、中国人ビジネスマンへの通訳業の仕事をやめて起業するという話を紹介していた。不動産会社と交渉し、仕事のパートナーと店舗を探す様子が映っていた。彼女は「ここで中国人が喫茶店をオープンしたと開けば、多くの中国人が来ることは間違いない」と笑顔で語る。すなわち、ベオグラードには十分な中国人の潜在的ゲストがいるというわけだ。

 中国側にとってバルカンの盟主セルビアはギリシャのビレウス湾岸から欧州市場を結ぶ中継地として重要な位置にある。習近平国家主席が提唱した新シルクロード構想「一帯一路」計画でセルビアは重要な拠点だ。

 中国企業の進出は歓迎されるが、「債務の罠」(debt trap)に陥るケースも出てくる。セルビアの隣国モンテネグロ政府は、アドリア海沿岸部の港湾都市バールと隣国セルビアの首都ベオグラードを高速道路で結ぶ計画を推進するために多額の融資を中国政府から受けたために借款返済に苦しんでいる。セルビアでも対中借款が増え、国の全借款4分の1は対中借款だという。

 習近平国家主席は今年2月5日、北京冬季五輪開会式に出席するため訪中したセルビアのブチッチ大統領と会談し、「中国とセルビアは互いに頼りになる友人であり、両国は高度の政治的相互信頼で結ばれており、両国関係は近年、飛躍的に発展してきた」と述べている。

 セルビアは2014年以来、EUの加盟候補国だが、同時に、ロシアや中国と深い経済関係を構築してきた。ただ、EUがウクライナ戦争でロシアに、そして人権問題で中国に厳しい制裁を実施してきただけに、セルビアは国家の行方でいつまでも二股をかけているわけにはいかなくなることが予想される。

山上容疑者はデジタル感染の重症例

 米紙ニューヨーク・ポスト9月17日電子版には米国の著名な心理学者ニコラス・カーダラス博士の「ソーシャルメディアが如何にティーンエージャーを文字通り精神的病にしているか」というタイトルの記事が掲載されていた。記事の内容は米国社会の若者たちにソーシャルメディアによる精神的病が蔓延していると指摘し、日々の生活にも深くかかわるソーシャルメディアの影響を実証的に記述している。同博士はわれわれの社会を「デジタル社会」と呼び、新型コロナウイルスの生物学的感染ではなく、人間の心理的免疫システムを破壊する「デジタル感染」が世界で広がっていると警告している。

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▲スマートフォンの「2つの世界」(2022年12月17日、撮影)

 当方がこの記事に強い関心をもった直接の理由は安倍晋三元首相を暗殺した山上徹也容疑者の犯行動機について考えていたからだ。山上容疑者が安倍元首相の暗殺への具体的な計画が動き出したのは2021年以降という。それまで同容疑者は安倍元首相に対して暗殺したいと思うほど敵意を持っていなかったという。容疑者は当初、母親の高額献金問題で世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への恨みから教会指導者の殺害を考えていたという。それが急遽、安倍元首相射殺へとターゲットが変わっていったが、その背景にはソーシャルメディアの影響があったことが推測されるからだ。

 中国武漢発の新型コロナウイルスはパンデミックとなって世界で多くの犠牲者を出した。Covid-19は空気感染などを通じて感染を広げていった生物学的感染だ。一方、デジタル感染は、Twitter、Facebook、Instagram、TikTok、YouTube などのソーシャルメディアを通じて様々な精神的疾患が生まれてきているというのだ。

 カーダラス博士によれば、ソーシャルメディアによる精神疾患グループを検証していくと、中毒、うつ病、自殺、性別違和といった現象の多くがデジタル社会的伝染によってもたらされたという。

 同博士は記事の中で、22歳の大学を卒業したばかりの女性のケースを紹介している。彼女は境界性パーソナリティ障害に悩んでいた。うつ病になり、自傷行為などを繰り返してきた。

 彼女は以前は活発な学生で、成績もよく、家庭には精神的病歴を有する家族はいない。彼女が変わってきたのは、「境界性パーソナリティ障害」(BPD)というハッシュタグが付いた TikTok ページのスクリーンショット、 BPDインフルエンサーや投稿に関心を寄せていった結果、「自分自身もBPD 」と自己診断するようになっていったという。生物的病原体コロナウイルスにやられ、コロナに感染するように、デジタル病原体に感染したわけだ。コロナ感染防止もあって、自宅でオンラインに耽る時間が多くあったことも症状を悪化させた。

 ちなみに、彼女は治療を受け、全てのデバイスとソーシャルメディアを削除すると、彼女の症状は急速に回復し、自殺したいという思いが消えていったという。

 同博士は、「私たちはデジタル社会伝染の時代に生きている。特定の病気は生物学的病原体ではなく、心理的免疫システムを攻撃するデジタル感染によって広がっている。私たちの心理的な脆弱性を見つけ、それを悪用するアルゴリズムが使用される場合、われわれは重病となる」と説明する。

 ブラウン大学の医師リサ・リットマン女史は、「ソーシャルメディアへの露出」と性別違和などの以前はまれだった「障害の増加」との相関関係を図にしている。また、フェイスブック内部告発者である Frances Haugen 氏の議会証言によると、Instagram など同社の製品が10代の少女の自殺傾向を高め、摂食障害を悪化させたという。有毒なコンテンツの絶え間ない激流にさらされ、気まぐれで浅いインフルエンサーによる影響は特に若い精神にとって深刻という。トランス心理学者のエリカ・アンダーソン博士は、「遅発性の性別違和がソーシャルメディアやトランスジェンダーのインフルエンサーにさらされている若い10代の間に広がっている」と述べている。

 カーダラス博士は、「私たちが切実に必要としているのは、ソーシャルメディアのこれらの強力な形成効果をよりよく理解し、今日のソーシャルメディアの世界の荒れ狂う海をナビゲートするために、若者が強力な心理的免疫システムと批判的思考スキルを開発できるようにすることだ」と述べている。

 話を山上容疑者の犯行動機に戻す。ソーシャルメディアの影響は21世紀を生きている全ての人に当てはまることで、山上容疑者だけの問題ではない。問題は山上容疑者の安倍元首相像がどうして射殺するまでヒートアップしたかだ。日本社会に蔓延していた反安倍メディアとそのインフルエンサー、ソーシャルメディアの影響は大きい。だからといって、同じデジタル感染下にある全ての人間が安倍氏暗殺へ行動を移すことはないだろう。

 それでは、「なぜ、山上容疑者はヒートアップしたか」だ。新型コロナ感染の場合、重症化せずに軽症で回復する患者と、重症化しやすい患者がいる。その違いは、高齢者のほか、がんや糖尿病など基礎疾患がある場合、感染者は重症化しやすいといわれている。

 山上容疑者には基礎疾患があったのだ。「恨み」だ。旧統一教会への「恨み」がデジタル感染した山上容疑者を重症化させたのではないか。

 「憎しみは憎む側(本人)をも破壊するがん細胞のようなものだ」と語ったパレスチナ人の医師イゼルディン・アブエライシュ氏の言葉を思い出す。同医師は3人の娘さんをイスラエル軍の攻撃で失ったが、「憎悪は大きな病気だ。それは破壊的な病であり、憎む者の心を破壊し、燃えつくす」と述べ、イスラエルとパレスチナ人の和解のために努力している

 山上容疑者は「恨み」を止揚できず、デジタル感染が重症化し、暗殺を実行する以外に他の選択肢が考えられなくなるほど追い込まれていったのではないか。一つ疑問は残る。山上容疑者の単独犯行か、共犯者がいたかだ。デジタル感染の場合、感染者は同じ問題を抱えているか、それを理解しているデジタル・コミュニテイーを模索する傾向がある。ひょっとしたら、決定的な影響を与えたインフルエンサーがいたかもしれない。なお、デジタル感染はShadow Pandemic(影のパンデミック)と呼ばれている。山上容疑者の場合、デジタル感染の重症化例というべきかもしれない。

対露・中へのバチカンの「謝罪外交」

 世界に13億人以上の信者を抱えるローマ・カトリック教会の総本山バチカン教皇庁の外交は紛争国間の調停などで世界では一定の評価を受けてきたが、世界の情勢が複雑化するのにつれ、バチカン外交に揺れが見られ出した。

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▲ローマ教皇フランシスコ(バチカン・メディアから、2022年12月16日)

 フランシスコ教皇が11月、雑誌でのインタビューの中で、「ロシア軍の中でもチェチェン人とブリャ―ト人出身の兵士はウクライナで残虐な行為を繰り返している」と発言し、批判した。それが報じられると、モスクワは、「キリスト教の教えに反する教皇の少数民族への偏見発言」と抗議した。バチカンは今月15日、ロシア側に謝罪した。

 南米出身のローマ教皇の発言で批判や抗議を受け、バチカン広報部が過去、教皇の発言の背景を説明し、関係国、関係者に理解を求めることが少なくなかった。例えば、フランシスコ教皇は2015年1月19日、スリランカ、フィリピン訪問後の帰国途上の機内記者会見で、随伴記者団から避妊問題で質問を受けた時、避妊手段を禁止しているカトリック教義を擁護しながらも、「キリスト者はベルトコンベアで大量生産するように、子供を多く産む必要はない。カトリック信者はウサギ(飼いウサギ)のようになる必要はないのだ」と述べたことがある。この発言が報じられると、世界のカトリック信者から驚きと批判の声が出た。ただ、今回は教皇の発言についてバチカン側はモスクワ側に全面的に謝罪している。

 ロシアのプーチン大統領がウクライナにロシア軍を侵攻させて以来、フランシスコ教皇はロシア軍の軍事活動を批判し、ウクライナに支持と連帯を表明してきた。その一方、バチカンはロシア正教会の最高指導者キリル1世とフランシスコ教皇との首脳会談の開催を計画し、教皇とキリル1世の首脳会談を通じてウクライナ戦争の停戦を呼び掛けてきたが、残念ながらこれまで成果は見られない。

 フランシスコ教皇は今年3月16日、オンラインでキリル1世と会談し、両首脳間で今後も対話を継続することで一致した。フランシスコ教皇は9月13日、カザフの首都ヌルスルタンで開催された世界の宗教指導者が出席する「第7回世界宗教指導者会議」に参加し、そこでキリル1世との対面会談を計画していたが、キリル1世は会議を欠席した。それ以降、バチカンはキリル1世との会談の可能性を模索してきたが、実現できずにきた。その主因は、ウクライナ戦争でロシア正教会とバチカンの間で意見の相違が大きすぎて、会談しても成果が期待できないことにある。

 今回、フランシスコ教皇のロシア軍内の少数派民族出身の兵士の残虐性発言を受け、モスクワは異常と思えるほどすばやく抗議したわけだ。チェチェン人の戦場での残虐性はフランシスコ教皇だけではなく、欧米軍事エキスパートが一致している見解で、教皇独自の批判ではないが、モスクワはフランシスコ教皇の日頃のウクライナ支援、連帯への不満もあって、「教皇の発言は非キリスト教的だ。少数民族への偏見がある」と厳しく非難したわけだ。

 ところで、バチカンはロシアに対しては謝罪を強いられたが、中国共産党政権に対しては、2018年のバチカンと中国両国の司教任命問題での暫定合意で中国側の違反として、北京政府に謝罪を要求したばかりだ。バチカンは11月26日、中国でバチカンが認めていない司教が任命されたことで、「合意の違反」として、驚きと遺憾の意を表明した。

 バチカンは中国共産党政権とは国交を樹立していない。中国外務省は両国関係の正常化の主要条件として、�|羚馥眄�への不干渉、��台湾との外交関係断絶、の2点を挙げてきた。中国では1958年以来、聖職者の叙階はローマ教皇ではなく、中国共産党政権と一体化した「中国天主教愛国協会」が行い、国家がそれを承認してきた。それが2018年9月、司教の任命権でバチカンと中国は暫定合意し、バチカン・中国共産党政権は関係正常化に前進といわれてきた。

 バチカンは、「司教の任命権はローマ教皇の権限」として、中国共産党政権の官製聖職者組織「愛国協会」任命の司教を拒否してきたが、中国側の強い要請を受けて、愛国協会出身の司教をバチカン側が追認する形で暫定合意した。結局、バチカン側が譲歩したのだ。そのため、暫定合意が報じられると、中国国内の地下教会の聖職者から大きな失望の声が飛び出した。

 バチカン側の情報によれば、中国江西省南昌市で11月24日、同省教区補佐司教の「任命式」が行われた。バチカンには事前に報告もなく実施された。バチカンとは異なり、中国共産党政権はこれまでのところバチカン側の謝罪要求を無視している。

 バチカン外交は冷戦時代、東西間の調停役を演じ、“外交に強いバチカン”と呼ばれたこともあったが、ここにきてロシアからは謝罪を強いられ、中国共産党政権には謝罪を要求する、といった「謝罪外交」に追われている。「バチカンの本来の外交からは程遠い」という声が聞かれるのは当然かもしれない。

“クリスマス休戦”は可能か

 世界では現在、至る所で武装紛争が行われている。キリスト教圏ではクリスマス休戦(和平)、イースター停戦、そしてイスラム教圏ではラマダン停戦(和平)といった宗教的な行事名が付けられた紛争間の停戦がメディアで報じられたことがあった。ロシア軍が2月24日、ウクライナに侵攻した直後のイースター(今年4月24日)ではロシア軍とウクライナ軍のイースター停戦を模索する記事をこのコラム欄でも書いた。そして今、12月24日にキリスト教会最大の行事、クリスマスが訪れる。そこでクリスマス休戦は実現できるだろうか、と考えてみた(「ロシアは『イースター休戦』に応じよ」2022年4月17日参考)。

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▲ドネツィクとハルキウ駐留のウクライナ軍を視察するゼレンスキー大統領(2022年12月6日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

 ロシアは基本的にはロシア正教が主要宗教だ。一方、ウクライナ国民はウクライナ正教会が中心で、同国西部のポーランド国境に近い地域では東カトリック教会も活発だ。

 ウクライナ正教会は本来、ソ連共産党政権時代からロシア正教会の管轄下にあったが、2018年12月、ウクライナ正教会はロシア正教会から離脱し、独立した。その後、ウクライナ正教会と独立正教会が統合して現在の「ウクライナ正教会」(OKU)が誕生した。いずれにしても、両国ともキリスト教会が主要宗教だ。だから、クリスマス休戦の可能性について考えてみたいのだ。 

 ロシア軍がウクライナに侵攻して今月24日のクリスマス・イブでちょうど10カ月を迎える。10日間でウクライナの首都キーウを制圧できると考えていたプーチン大統領にとって、戦争の最中にクリスマスを迎える大誤算となった。ロシア軍はここ数週間、ウクライナ国内の発電所、変電所、水道インフラをドローンやロケット弾、巡航ミサイルで攻撃してきた。何十万もの世帯で、電気、暖房、水道が少なくとも一時的に停止状況に陥った。破壊の規模は甚大だ。一方、ウクライナ軍は地対空防衛体制を強化して、ロシア軍のミサイル砲撃、無人機攻撃への対応に乗り出してきている。

 部分的動員で兵力強化を図ったが、期待するほどの成果がなかったプーチン大統領はナポレオン戦争やヒトラーのドイツ軍との戦い(独ソ戦)で敵軍を破ったロシアの冬将軍にウクライナ戦争と自身の命運をかけているのかもしれない(「プーチン氏『冬将軍』の到来に期待」2022年11月28日参考)。

 過去、クリスマス休戦が行われたことがある。第一次世界大戦中の1914年12月24日から25日にかけ西部戦線各地で一時的な停戦状態が実施された。その日、最前線で対峙していたドイツ軍とイギリス軍の兵士たちはクリスマスを祝う聖歌や讃美歌を歌い、相手軍の兵士にチョコレートやケーキをプレゼントすると共に、停戦期間、亡くなった兵士の埋葬などに投入したという。

 それではウクライナの戦場で両国軍兵士の間で停戦はあり得るだろうか。マリウポリや“ブチャの虐殺”を思い出すとき、学校、病院、幼稚園、劇場などをミサイル攻撃し、多数の民間人を無差別に殺害してきたロシア軍との停戦はウクライナ軍だけではなく、国民にとっても容易なことではないだろう。 

 ボスニアヘルツェゴビナ紛争は1995年12月、デイトン和平協定で一応戦闘を閉じたが、その後、ボスニア国内の3民族間の和解は進まず、“冷たい和平”と呼ばれてきた。多くの家族、知人、友人を殺害したボスニア紛争は内戦であったゆえに、停戦、和平後も紛争間の和解は容易ではないのだ。同じことがウクライナ戦争でもいえるかもしれない。

 ロシア正教会最高指導者キリル1世は、「クリミア半島はロシア正教会の起源だ。キーウ大公国のウラジミール王子は西暦988年、キリスト教に改宗し、ロシアをキリスト教化した。ウクライナとロシアは教会法に基づいて連携している」と主張し、ウクライナの首都キーウを“エルサレム”と呼び、ロシア正教会はそこから誕生したのだから、その歴史的、精神的繋がりを捨て去ることはできない」と主張してきた。正教会の歴史によれば、ロシアもウクライナも同じ繋がりのある兄弟民族といえるわけだ。それゆえに、その兄弟間の戦争は通常の戦争以上に難しいわけだ。

 ロシア大統領府のドミトリー・ペスコフ報道官によると、クレムリンではクリスマス停戦案は提出されていないし、モスクワでは誰もそのような申し出を受け取っていないという。すなわち、クリスマス停戦はロシアとウクライナ両国では「議題となっていない」というわけだ。ウクライナのゼレンスキー大統領は最近、和平合意に向けた第一歩として、クリスマスまでに軍隊の撤退を開始するようロシアに要請したことがある。

 プーチン大統領は自称、敬虔な正教徒だ。同大統領は3月18日、モスクワのルジ二キ競技場でウクライナのクリミア半島併合8年目の関連イベントに参加し、集まった国民の前でウクライナへのロシア軍の侵攻を「軍事作戦」と呼び、ウクライナ内の親ロシア系住民をジェノサイド(集団虐殺)から解放するためだと説明し、新約聖書「ヨハネによる福音書」第15章13節から、「人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない」という聖句を引用したことがある。

 プーチン氏はウラジーミル・セルゲイェヴィチ・ソロヴィヨフ(1853年〜1900年)のキリスト教世界観に共感し、自身を堕落した西側キリスト教社会の救済者と意識している。プーチン氏はひょっとしたら自分をキーウの聖ウラジーミルの生まれ変わりと感じ、ロシア民族を救い、世界を救うキリスト的使命感を強く持っているのではないか(「プーチン氏に影響与えた思想家たち」2022年4月16日参考)。

 ウクライナでクリスマス停戦が実現する可能性は残念ながら少ない。前線で戦うロシア軍兵士やウクライナ軍兵士は本来戦闘などしたくないはずだ。家族や友人とクリスマスを過ごしたい。そのささやかな願いが実現できるか否かはプーチン大統領の決定次第だろう。1914年のようなクリスマス休戦は難しいが、21世紀のウクライナでクリスマス休戦が実現されれば、奇跡だ。そして誰もが奇跡に飢えているのだ。

加速する西バルカンの欧州統合

 欧州連合(EU)27カ国の加盟国首脳は15日から始まるサミット会談でボスニア・ヘルツェゴビナのEU加盟候補国入りを正式に決定する。同時に、コソボとジョージアの2カ国に「潜在的な候補国」のステイタスを付与する予定だ。

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▲ボスニアのファディル・ノヴァリッチ連邦首相(ボスニア・ヘルツエゴビナ連邦政府公式サイトから)

 欧州委員会は10月、ボスニアの加盟候補国入りを推奨していた。欧州委員会のウルスラ・フォン・デア・ライエン委員長は今月6日、アルバニアの首都ティラナで開催されたEU・西バルカン諸国サミット会議で、「加盟プロセスがここにきて再び勢いを増している」と述べ、西バルカン6カ国、アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、北マケドニア、モンテネグロ、セルビアの国家元首と政府元首に対し欧州統合への希望を提示したばかりだ。EUは6月の首脳会談でウクライナとモルドバ2カ国を加盟候補国に引き上げた。

 EU加盟の新規拡大に対してはこれまでフランスなどは慎重な姿勢を崩してこなかった。フランスのマクロン大統領は、「先ずEU27カ国内の結束の強化を優先すべきで、新規拡大はその後だ」と主張してきた。

 一方、ドイツやオーストリアは西バルカン諸国の欧州統合推進派だ。オーストリアのカール・ネハンマー首相は、「西バルカン諸国のEU加盟国促進は歴史的な一歩」と称賛し、旧ユーゴスラビア共和国のEU加盟候補国の地位を支持してきた。その理由として、「欧州の入口の西バルカンの地域安全と安定は極めて重要であり、それを構築するのは欧州の責任だ」と説明している。

 ちなみに、オーストリアのファスルアーベント元国防相は11月11日、当方とのインタビューで、「ロシアのウクライナ侵攻で軍事力を行使して国境線を変更する軍事的試みは失敗した。そして将来も成功することはあり得ないことを教えている。欧州は統合と多様性のあるシステムを構築し、各民族の特徴を維持する政治、社会体制を築いていくことが大切だ。その観点から、EUは西バルカン諸国の安定問題では大きな役割を担っている」と述べている。

 西バルカンを含むバルカン全域は過去、「民族の火薬庫」と呼ばれ、民族間の紛争が絶えなかった。ボスニア紛争(1992年3月〜95年12月)やコソボ戦争(1998年2月〜99年6月)が勃発し、多数の犠牲者を出してきた。その西バルカン諸国の安定は欧州にとって死活的問題であり重要な意味がある。

 ところで、フォン・デア・ライエン委員長の「新規加盟プロセスがここにきて勢いを増してきた」とは具体的に何を意味するのか。ズバリ、ロシアが2月24日、ウクライナに軍事侵攻したことだ。同委員長にはロシアのウクライナ侵攻を前に、西バルカンの欧州統合を急ぐ必要が出てきた、という戦略的な判断が働いていることは間違いない。同時に、西バルカンでの中国の経済的影響力の拡大が大きな懸念材料として浮かび上がっていることだ。

 フォン・デア・ライエン委員長は、「ウクライナ戦争は独裁政治が勝つのか、民主主義と法の支配が勝つのかの問題を提示している。どちらの側にいるかを決定する必要がある。後者はEU加盟だ」と述べ、西バルカン諸国のリーダーに欧州統合への意欲を促している。

 EU加盟候補国は現在、8カ国だ。トルコ(2005年以来、EUとの加盟交渉は現在凍結中)、モンテネグロ(2012年)、セルビア(2014年)、北マケドニアとアルバニア(2022年)の5カ国にウクライナとモルドバ(2022年6月)、そして今回のボスニアを入れて8カ国だ。2008年にセルビアから独立宣言したコソボはジョージアと共に「潜在的な候補国」の立場だ。

 ただ、加盟候補国にとってEUへの道のりは決して平坦ではない。ボスニアの場合、デイトン和平協定は3民族間の紛争を停止させたが、民族間の和解の道は依然、見えてこない。ただ、10月2日に実施されたボスニアの国政選挙で親欧州派の候補者が民族主義派の候補者を破った。コソボの場合、“バルカンの盟主”セルビアから2008年独立したが、コソボ北部に住むセルビア系住民(約5%)とコソボの多数派アルバニア系住民(約90%)との間で小競り合いが絶えない。ベオグラードは今なお、コソボを独立国として認知していない。コソボを主権国家と承認した国は100カ国を超えた程度だ。EU加盟国の中でもスペインばコソボの独立を認めていない。

 西バルカン諸国にとってハードルの一つは、EUの対ロシア制裁だ。旧ユーゴスラビア連邦の盟主セルビアは歴史的に親ロシア派だ。セルビア正教会はロシア正教会と密接な関係を有している。ブリュッセル(EU本部)はまた、西バルカン諸国に対し、EUに渡航する第3国国民のビザの円滑化を終了するよう要求している。西バルカン・ルートを介した不法な移民の入国問題が深刻だ。

 セルビアの首都ベオグラードで11月16日、オーストリア、ハンガリー、セルビア3カ国の首脳会談が開催された。目的は、不法移民との戦いで強力な軸を形成し、国境保護のための措置を共同で講じることだった。10月の欧州国境沿岸警備機関(Frontex)によると、年初以来、10万人を超える人々がEUに不法入国しており、その数は2016年以降で最も多い。

イランを怒らせた習近平主席の発言

 一人のイスラム教スンニ派の信者が「ユダヤ教徒やキリスト信者とは何とかやっていけるが、絶対一緒にやりたくない相手はシーア派信者だ」と語ったことがある。イスラム教はスンニ派とシーア派に分かれ、前者は多数派だ。具体的には、アラブの盟主サウジアラビアはスンニ派に属し、その中でも戒律が厳しいワッハーブ派だ。少数派の代表はイランだ。

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▲習近平主席の発言に怒りを吐露するイランのアミラブドラヒアン外相(2022年12月12日、IRNA通信から)

 中国の習近平主席は9日、サウジの首都リヤドで開催された第1回中国・アラブ諸国首脳会談と第1回湾岸協力会議(GCC)首脳会談に出席した。同首脳会談後、公表されたコミュニケによると、アラブ諸国と中国双方は戦略的パートナーの関係を強化することで一致したという。習近平主席は「アラブと中国の新しい歴史が始まった」とその成果を強調した。

 その数日後、イランのテヘランから中国に警告ともいえるニュースが流れてきた。イランのホセイン・アミラブドラヒアン外相は12日、中国政府に対し、イラン・イスラム共和国の領土保全を尊重するよう求めるツイッターを更新した。同外相は中国語で「アブムーサ島、レッサートゥンブ島、グレータートゥンブ島の3つの島(Abu Musa, the Lesser Tunb, and the Greater Tunb)はイランの切り離せない部分であり、永遠に祖国に属する」と書いている。

 何のことかといえば、習近平国家主席が湾岸協力会議(GCC) 加盟国のアラブ指導者とともに声明を発表し、上記の3島の帰属権問題についてイランとアラブ首長国連邦(UAE)両国が協議するよう促したのだ。その後、イランの外相はIRNA通信を通じて「イランの領土保全を尊重するように」と間接的ながら習近平国家主席に抗議したわけだ。

 IRNA通信のイラン外相の発言を読んだとき、先のイスラム教スンニ派信者の話を思い出した。アブラハムから派生したユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3兄弟宗教があるが、イスラム教内のスンニ派とシーア派間の対立はイスラム教とユダヤ教、キリスト教とのそれより根が深いという。

 習近平主席はスンニ派の盟主サウジで戦略的には同盟国のイラン(シーア派)にイランが自国の領土を宣言している3島の帰属権について、紛争中のUAEと協議すべきだと受け取られるような発言をしたわけだ。習近平主席は大国意識もあって仲介役を演じたのかもしれないが、イラン側が気分を悪くするどころか、「習近平、何を言うのか」と怒りが沸き上がっても不思議ではない。

 例えば、イランが自国領土と宣言しているアブムサ島は、ペルシャ湾東部に浮かぶ島でホルムズ海峡入り口付近にある。UAEも領有権を主張している。島は古代からイランの一部であった。20世紀に入ると、イギリスが支配した後、同国は1968年、島の統治権を放棄。その後、イランが同島を再併合したが、UAEとの間で島の主権問題でこれまで紛争してきた経緯がある。

 国営サウジ通信が公表したコミュニケによると、アラブ諸国は台湾をめぐる中国の「一つの中国」原則、香港の統制政策を支持。同時に、人権問題の政治化を拒否することで合意している。例えば、中国では新疆ウイグル自治区のウイグル人弾圧問題、サウジでは同国の反体制ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(59)殺人事件で国際社会から激しく批判されてきた。サウジは中国共産党政権と同様、人権分野では大きな問題を抱えている。同国は欧米メディアで人権弾圧を糾弾されるたびに「内政干渉」と反論してきた。中東の盟主サウジと中国共産党政権は人権問題では共同戦線を敷く余地があるわけだ。

 中国の王毅外相は昨年3月24日〜30日、6カ国の中東(サウジ、トルコ、イラン、UAE、オマーン、バーレーン)を歴訪し、中国と中東諸国との外交関係強化に動き出してきた。

 中国は過去、中東諸国との外交関係で躊躇してきたのは、それなりの理由がある。サウジを含む中東はイスラム教という宗教が大きな影響を持つ地域であり、人権問題で共同戦線が出来ても、遅かれ早かれ宗教問題で中国共産党政権と衝突する可能性があるためだ。例えば、ウイグル自治区のウイグル人の多くはイスラム教徒(主にスンニ派)だ。そのウイグル人への弾圧を中東諸国はいつまでも黙認できないし、中国共産党政権の宗教政策を批判せざるを得なくなるだろう。ちなみに、トルコは中国から逃げてきたウイグル人を受け入れている。

 そして今回、習近平主席はサウジを訪問し、そこでイランに対し、同国の島の領土問題でUAEと協議するように助言した。同主席にはシーア派のイラン側が中国側の提案をどのように受け取るか、といった配慮が欠けていたわけだ。アブラハムの3大宗教が広がる中東地域での中国の外交の前には、常に「宗教」というハードルが控えている。

「天使」は本当に存在するのか

 このコラム欄では「神」の話が結構多い。同時に、「神」の対抗馬ともいうべき「悪魔」の存在についても書いてきた。もちろん、「神」と「悪魔」の世界だけではなく、両世界の間で苦悩する人間界の状況についても論じてきた。ただ、「神」と「悪魔」と「人間」の世界だけではなく、もう一つの世界「天使界」については書く機会が少なかった。クリスマスも近づいたことだし、そこで「天使」の話を少し綴ってみたいと思う。

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▲大天使ガブリエルがザカリヤに現れる(ベリー公の「時間の書」からのイラスト(1410–1489)ウィキぺディアから

 天使はキリスト教より古く、古代オリエントの人々にも既に馴染みがあったという。ところで、クリスマスは人類の救い主イエス・キリストが誕生した日を祝うことになっているが、マリアに神の子が生まれることを最初に告げたのは天使長ガブリエルだ。マリアは驚くが、そのお告げを受け入れる。ガブリエルはその時、マリアに「その子をイエスと名付けなさい」と言った。すなわち、神がイエスの名づけ親というわけだ。「イエス」という名前自体は当時、けっして稀な、特異なものではなかった。

 ちょっと脱線するが、ガブリエルはマリアに現れる前に祭司ザカリヤにも同じように出現し、ザカリヤの妻エリサベツに子供が生まれることを伝える。聖書の書き手は、そのガブリエルのメッセージを信じなかったザカリヤは神の言葉が成就するまでおしとなった、と記している。

 ガブリエルがザカリヤに子供の誕生を告げる場面を描いた絵画をみて、「ガブリエルはなぜエリザベツに告げず、ザカリヤに子供の誕生を告げたのか」と不思議に思った。ガブリエルはマリアにイエスの誕生を告げた。同じ脈絡からいえば、ガブリエルはエリサベツに子供の誕生を告げて当然だが、夫の祭司ザカリヤに告げている。当方の推測だが、天使長ガブリエルはザカリヤに「マリアにあなたの子供が生まれますよ」とお告げしたのではないか。イエスはマリアの処女懐胎で生まれたのではなく、マリアとザカリヤの間の子供として誕生したのではないか、という推測が生まれてくるのだ。

 ただ、聖書の書き手はその辺の事情を巧みにぼかし、聖母マリアの処女懐胎という話をフェイクした。婚外出産は当時、大きな罪だった。人類の救い主が正式な婚姻で生まれたのではないとすれば、大スキャンダルだ。それゆえに、ガブリエルは祭司ザカリヤの妻エリサベツに子供が生まれると伝えた、という話に変えたのではないか(「イエスの父親はザカリアだった」2011年2月13日参考)。

 本題に入る。天使は神が創造した霊的な存在で、光の存在とも呼ばれる。そして神と人間の間の仲介者であり、第一に神のメッセージを人間に伝える役割を持っている。キリスト教会では天使は人間より上位の立場にあるように考える信者がいるが、天使は本来、人間の下に位置する。実際、ユダヤ教では天使は人間より下位の位置に甘んじている。なぜならば、天使は神のメッセージを伝えるだけで、自身の意思を表明することがないからだ。

 キリスト教会が生まれた直後は神の言葉、イエスの福音だけを口頭で信者たちに伝えてきたが、次第に聖書の話を絵画を通じて表現するようになった。その際、天使が登場し、多くの天使は翼をもって登場した。天上にいる存在だから翼が必要となるという理由からかもしれない。

 聖書によると、天使は神の僕であり、神に頌栄を捧げる存在だ。天使には、ミカエル、ガブリエル、ラファエルの3大天使がいる。「天使」といえば愛らしい存在と考えやすいが、残念ながら事実ではない。17世紀の英国詩人・ジョン・ミルトンの「失楽園」(Paradise Lost)の中で記述されているように、天使(ルシファー)は人類始祖を罪に誘っている。すなわち、“堕落した天使”だ。ただし、ここではクリスマスの雰囲気を壊すので“堕落天使”の話はしない。

 「神の使い」として創造された天使には翼があるというイメージがあるが、天使にはもともと翼がない。4世紀半ばに入って初めて翼をもつ天使が登場してきた。

 独ボン大学キリスト教考古学研究所は紀元前1000年から紀元後1000年の2000年間の269件の、考古学文献や絵画、ミイラなどを研究した。それによると、天使は当初、翼はなかった。翼をもつ天使が初めて文献や絵画に登場したのは紀元後4世紀半ばに入ってからだ。“神の使者”天使は短い服を着、小さな棒をもった男性として描かれてきたが、ローマ神話の“勝利の女神ヴィクトーリア”(翼をもつ)のイメージと合流し、翼のある存在として変身していったという。天使は霊的存在だからもともと翼はいらないが、時空を超えた存在であることを強調するため翼を付けて描かれ始め、時間の経過と共に今日の“天使像”となっていったのだろう(「『天使』には、本来翼がなかった」2014年12月19日参考)。

 当方は数多い天使の中でもラファエル(Raphael)が好きだ。その意味は「神は癒される」で、病人の保護者(パトロン)だ。独仏共同出資のテレビ局「アルテ」で「天使への信仰」について1時間あまりの番組があったが、その番組の最後でナレーターは「天使が生まれてきたのは、神と人間だけしかいなければ、人間が孤独を感じるからではないか」と述べていた。ひょっとしたら、神は人間が孤独に悩まされないように天と地を行き来する天使のような存在を創造したのかもしれない。

 2022年はまもなく過ぎていく。コロナ感染問題、ウクライナ戦争、物価高騰、エネルギー危機など多くの難問が飛び出してきた1年だった。神を信じる人々の中には、困窮化にある人間社会に救いの手を指し伸ばさない「神の不在」を嘆くが、善なる「天使の不在」も問われるべきかもしれない。神も天使も不在の世界は暗闇が支配し、孤独が至る所で渦を巻いているのではないか。

ウクライナ人「私たちは難民ではない」

 オーストリア日刊紙「スタンダード」に興味深い記事(12月9日)が掲載されていた。オーストリアに避難してきたウクライナ人女性の意識調査に関する内容だ。ロシア軍の攻撃から逃れるためにウィーンに避難してきた大多数のウクライナ人女性は自身を他の難民と同じではなく、「貧しい」とは考えていない。そして過半数は都市部で生活したいと願っているという。同調査はウィーン大学の2人の女性政治学者(Sieglinde Rosenberger, Anna Lazareva)が実施したものだ。

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▲生後3カ月と3歳の子どもを連れてハンガリーに逃れてきた母親。夫はウクライナに残ったままだという(2022年3月11日、UNHCR日本サイトから)

 記事はドイツ出身のユダヤ人哲学者ハンナ・アーレント(1906年〜1975年)が1943年に書いたエッセイ「We Refugees」(私たち難民)を紹介している。アーレントは「難民とは慣れ親しんだ日常生活からの乖離を意味する」という。そしてアーレントは自身を「難民」と受け取られ、自分自身をそのように見なすことに感情的な抵抗感を覚えていた。「難民」とは、アーレントにとって、無一文で他国に到着し、助けに頼る存在を意味するからだ。

 話を現代に移す。ドニプロでオステオパシーの診療所を経営していたが、ウクライナ戦争が勃発したためウィーンに逃げてきたウクライナ人女性を紹介する。彼女は「私は避難民としてではなく、休暇でオーストリアに来たかったのです」と述べている。これまでの生活環境から突然断絶され、それらに関連する全ての欲求を放棄して逃げてこなければならなかったウクライナ人女性の偽りのない苦悩を記述している。

 オーストリアには現在、ウクライナ出身の難民約7万2000人が正式に登録され、住んでいる。その約80%は女性と子供だ。彼らは避難民とみなされ、欧州連合(EU)とオーストリア政府の一時的保護に基づいて居住している。

 ウィーン大学の研究プロジェクトは、ウクライナから避難してきたウクライナ人女性33人と非政府機関(NGO)支援関係者を対象にインタビューをし、ウクライナ人女性が自分自身や他人をどのように認識しているかについて調査した。その結果、ウクライナ人女性には、�‥垰圓暴擦澆燭い箸いΧ�い願望と、�⊆�分を難民と認識したくない願いがあることが分かった。

 ウクライナ人女性の難民の大多数はウィーンに住みたいと考えている。その理由として、より良いインフラ、教育、医療、専門的な機会、特に子供たちのための教育、レジャー、スポーツの機会が多いことなどが挙げられている。一部の回答者からは、農村部での食料配給所をはじめとする支援サービスの欠如や移動の制限への懸念が指摘されていた。農村部での生活に対する不安は、彼ら自身の都会的なアイデンティティと、ウクライナの農村部のイメージや経験に起因していると推定されている。

 ウィーンに到着したウクライナ人女性たちは「難民」とはかけ離れた自己イメージをもっている。彼女らは、地理的および文化的にオーストリアに近いことを強調し、アラブや北アフリカ出身の難民に対して否定的な態度を示すことがあるという。

 インタビューを受けたウクライナの女性たちは、極貧であると言われる他国からの難民と区別し、「自分たちは貧しい人間ではないこと、興味深い職業や私生活の計画を持っていたこと、または戦争が起きなかったら休暇でオーストリアに来ることを計画していたこと」などを強調するという。

 ウクライナでは2014年以来、国民のEU意識が高まっていった。そしてロシアの侵略戦争はヨーロッパ戦争、つまり、ウクライナを防衛しているEUの外部国境でヨーロッパの価値観を攻撃する戦争という意識が強い。

 彼女らはインタビューでは、特にイスラム教徒の出身国からの難民を「異なった存在」で「貧しい」と受け取っていることを明らかにしている。一方、ウクライナは物質的にも社会的地位も良く、オーストリアとの歴史的および政治的な近さがあると強調する。

 オーストリアはウクライナ出身者の地位に関する法的および社会的規制に基づき、彼らを「難民」とは呼ばず、「避難民」という公式用語を使用するとともに、潜在的な労働者として考えている。だから、ウクライナ人自身も自身を“避難民”と感じるようになるわけだ。

 調査報告は「避難民のほとんどは、居住するためではなく、一時的な避難所を見つけるためにオーストリアに来たのだから、彼らが生活しやすいようにサポート、ケアする必要がある。同時に、一時保護令は、労働市場への即時アクセスに非常に有利な枠組みだ。避難民の教育レベルが高いことを考えると、統合政策の取り組みは、必要な言語スキルを迅速に教え、ウクライナで実践した仕事や活動をオーストリアでも継続できるように支援する必要がある」という。ただし、「ウクライナからの避難民が労働のためではなく、難民のために移住していることを見過ごしてはならない。子どもたちの日常生活における保護とサポート、住居、教育施設へのアクセスが最優先事項」と指摘することも忘れていない。

 オーストリアは冷戦時代、東西両欧州に接する地理的な位置にあることから、ソ連・東欧共産圏から200万人余りの難民を収容してきた。2015年には中東・北アフリカから100万人の難民が欧州に殺到した。そして今年、これまで7万人余りのウクライナ人がオーストリに避難してきたわけだ。

 冷戦時代の難民の多くは政治亡命者であり、15年の難民は経済難民と見なされてきた。そして今年ウクライナから一時的居住を願う避難民が収容されているわけだ。

 なお、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、今年2月24日以来、ウクライナから780万人以上が国外に避難し、650万人の国民が国内避難民となっているという。
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