ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2022年10月

神学部に学生が集まらなくなった

 想像されたことで驚くべきことではないだろう。少子化の影響もあって、私立大学では学生が集まらないため学部を閉鎖するところも出てきている。日本では雨後のタケノコのように新しい大学が開校されていった時期があったが、ここにきて肝心の学生が集まらないのでは大学運営は大変だ。生き延びるために腐心する大学が増えているという。

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▲オーストリアのローマ・カトリック教会の精神的支柱、シュテファン大聖堂(2014年5月5日、ウィーンで撮影)

 ところで、欧州の総合大学には神学部がある。キリスト教の歴史や神学を学ぶ学部だが、知的情報化時代、神学部に入って神について学びたいと思う学生は多くはない。独作家ヘルマン・ヘッセには長編小説の代表作品「車輪の下」がある。主人公のハンスは念願の神学校に入学したが、失望して退学する話だ。現代の青年たちは神学校や大学の神学部にわざわざ入ろうとはしない。だから、大学の神学部は年々、学生が集まらなくなるわけだ。サプライズではないが、少々寂しい。

 バチカン・ニュースが19日報じたところによると、オーストリアの神学部の教師たちは、「Theopodcast」で警鐘を鳴らしている。神学部の学生数の減少は、「教会の専門職、若い学者、神学全体の公共性にも影響を及ぼす」と深刻に受け取っているのだ。

 オーストリアのカトリック神学部は過去10年間で学生数が急激に減少し、神学の学位を取得する学生の数は、10年前の半分に過ぎないという。

 「私たちは劇的な状況にあります。あなたはその現実を看過してはならない。そして、今何をすべきかを考えることが重要だ」と、ザルツブルクの神学者で元ザルツブルク学部長のアロイス・ハルプマイヤー 教授は、神学ポッドキャスト「エデンの中で」(Diesseits von Eden) で挑発的なタイトル「もはや誰が神学者を必要としているか」の中で語っている。

 リンツの神学者イザベラ・グアンツィーニ氏によれば、神学的な部分が人文科学や文化科学や経済科学の他の部分と組み合わされた新しいコースとして登場してきたという。

 神学生の減少について、ウィーンの学部長であり宗教教育の教師 レーナー・ハルトマン氏は、「神学部は学生のやる気を引き出すのに適していない。標準的な言語要件 (ラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語) などのハードルは非常に高く、教会の職業における枠組み条件は、若者にとってあまりやる気を起こさせない」と冷静に分析している。.

 最近、米航空宇宙局(NASA)が神学者を雇用したというニュースが流れてきた。NASAは宇宙に別の人類、ないしは生命体が存在した場合、地球に住むわたしたちの世界観、人生観にどのような影響を及ぼすかという問題を深刻に考えている。そこでNASAは昨年末、米ニュージャージー州プリンストンの神学的調査センター(CTI)の24人の神学者を雇用したというのだ(「NASAが神学者を雇用する時」2022年9月26日参考)。これは非常に興味深いが、例外的な話だろう。

 少子化や学部の言語要件などハードルはあるが、最大の理由は神学生の将来の就職先、教会の魅力が急減していることだ。聖職者の未成年者への性的虐待、不正財政問題のスキャンダルなどに直面している教会は社会の信頼性を失っている。

 カトリック教国のオーストリアでは戦前まで国民の80%以上がカトリック信者だったが、2021年の時点で55%に減少したことが明らかになった。1980年後半から年平均1%の割合でカトリック信者が減少してきた。簡単に計算すると、あと5年前後でカトリック信者は国民の過半数以下になると予測できるわけだ。

 昔、貧困家庭の子供は勉強したければ、日本ではお寺に、欧州では教会に行ってそこで働きながら学ぶ道があった。現在は、神学部を卒業した後は教会で聖職者の道を歩み出すか、宗教の先生や研究者になるぐらいしかない。特に、聖職の道は神の召命があったものが選ぶ道、といった認識があるから、そうではない学生には神学部は選択外の学問ということになるわけだ。

 誤解を避けるために説明するが、大学の神学部に入学する若者たちは減少したが、神を求める青年たちが減少したわけではない。むしろ、資本主義経済社会で科学至上主義文化に限界を感じる若者たちは神との出会いを求め出してきているのだ。ただ、彼らは大学の神学部に在籍しようとか、教会の戸を叩かないだけだ。たとえ神学部が閉鎖されたとしても、「神」には影響はない。

「アベルよ、起きなさい!」

 国連広報部が18日、配布したプレスリリースによると、「ウクライナに関する独立国際調査委員会」は、2022年2月下旬から3月にかけて首都キーウ、チェルニーヒウ、ハリコフ、スミ地域で起きた事件の調査の結果、ロシア軍の一連の戦争犯罪、人権侵害、および国際人道法違反が行われてきたこと、特定された違反の重大さを考えると、説明責任の必要性が否定できないことなどをまとめた報告書を国連総会に提出した。

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▲ウィーンのフォルクス公園のバラ園(2022年10月19日、撮影)

 同委員会は国連人権理事会が設立したもので、ロシア軍が2月24日、ウクライナに侵攻して以来、ロシア軍がウクライナ各地で行ってきた人権の侵害、国際人道法違反、それらに関連した犯罪を調査してきた。同委員会は来年3月、国連人権理事会に、違反の責任者の説明責任を含め、調査結果と勧告を提出する予定だ。

 同委員会のエリック・モーセ議長は、「これらの違反がウクライナ国民に与えた影響は計り知れない。命の損失は数千に上り、インフラの破壊は壊滅的だ」と述べている。報告書では、ロシア軍による攻撃を受けた人口密集地域で爆発兵器が無差別に使用されたこと、ロシア軍が逃げようとしている民間人を攻撃した事実などが記述されている。

 同委員会は27の町と入植地を訪問し、191人の犠牲者と目撃者にインタビューした。調査官は、武器の残骸だけでなく、破壊された場所、墓、拘留と拷問の場所をも調査し、多数の文書と報告書を調べた。同委員会は5月の決議で指定された4つの地域―キーウ、チェルニーヒウ、ハリコフ、スミ地域で犯された違反行為に特に注意を払った。

 報告書は、「ロシア軍は、戦争犯罪を含む、特定された違反の大部分に責任がある。一方、ウクライナ軍側にも戦争犯罪に該当する2件の事件を含む、国際人道法違反を犯したケースは数件ある」という。

 また、報告書では、「焦点を当てた4つの地域全体で、ロシア軍が占領した地域で即決処刑、不法監禁、拷問、虐待、レイプ、その他の性的暴力が行われた」と記録している。人々は拘束され、ロシア連邦に不法に強制送還された人もいれば、いまだに多くの人が行方不明になっている。性的暴力はあらゆる年齢の被害者に影響を与え、子供を含む家族は、犯罪を目撃することを余儀なくされた。そして「愛する人を失った家族は、正義が行われることを強く必要としている」と記し、犯罪を行ったロシア軍関係者に対する公平な審判を求めている。

 ところで、バチカン・ニュースにはウクライナのユダヤ人ホロコースト追悼施設バビ・ヤールで働き、現在はウクライナ北東部で起きた虐殺と残虐行為について、ウクライナ人から証言を収集しているパトリック・デボワ氏の話を紹介している。

 同氏はフランスのカトリック神父だ。彼は17年間、フランスの司教会議でユダヤ人とキリスト教の対話を担当。同時に、キーウ近くのバビ・ヤールでの「ホロコースト」を調査してきた。バビ・ヤールで1941年9月、ドイツの「作戦部隊」が約3万4000人のユダヤ人を処刑したところだ。デボワ氏は数年前、テロリストグループ「イスラム国」がイラクでヤジディ教徒に対する大量虐殺を行った時にも調査した。そのデボワ氏は現在、ロシア軍に侵略されたウクライナの地域を調査している。戦争で大量虐殺が行われた場所でその事実調査を行ってきた専門家ともいえる。

 デボワ氏はバチカン・ラジオで、「ウクライナで集団墓地が発見されたと聞いて、大きなショックを受けた。ヨーロッパでは、サラエボとスレブレニツァ以来、集団墓地はこれまで見られなかったからだ」と述べている。

 同氏は、「誰かが行方不明になり、父、息子、または兄弟がブチャまたはイスジュムの集団墓地の1つに埋葬されているのではないかと考えている家族のことを考えなければならない。集団墓地は記憶の根絶だ。子供、女性、男性など、全ての死者が1つの穴に埋葬されているため、人の記憶が故意に消去される。大量虐殺者はそのことを知っている。アイデンティティの根絶だ」という。

 デボワ氏は、「ウクライナで見たり聞いたりしたことは、聖書の最初の話、カインとアベルの物語を思い出させる。残念ながら、アベルに対するカインの犯罪はまだ終わっていない。カインはアベルを殺し続けている。アベルを助け、証拠を確保しなければならない」と説明し、ドイツ系ユダヤ人の詩人ヒルデ・ドミン(1909年〜2006年)の「アベル、起きなさい」という詩を紹介している。カインが弟を殺さなかったならば、そして倒れたアベルが起き上がったならば、兄弟殺人という忌まわしい出来事はなかったことになる、そうであってほしい、という切ない願いが込められた詩だ。

 最後に、デボワ氏は、「人が如何に簡単に殺人者になるかという発見にショックを受けている。『殺してはならない』という戒めに違反する者は、凶悪犯かサイコパス(精神病質者)だと思うかもしれないが、そうではない。全ての人間は危険にさらされており、殺してはならないという戒律が撤去され、殺人が合法と思われる世界に閉じ込められている人間は、怪物として目覚める」と述べ、戦争という殺人が合法化された世界の怖さを指摘している。

政党はどこまで“進化”できるか?

 頑固な人も何らかの切っ掛けで変わることがあるように、政党も時代の要請を受けて進化することがある。ドイツのショルツ政権の過去約10カ月の歩みを見てそのことを痛感させられる。

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▲物価とエネルギー価格の高騰について語るショルツ首相(連邦首相府公式サイトから、2022年10月14日、ベルリン)

 ショルツ政権は社会民主党(SPD)、環境政党「緑の党」、そしてリベラル政党「自由民主党」(FDP)の3党から構成された連立政権だ。昨年9月26日の連邦議会選挙の結果、第一党に復帰したSPDを軸に「緑の党」とFDPの3党から成る新政権が昨年12月に発足した。ドイツで3党の連立政権は初の試みだ。3党の間には安保、環境、福祉問題などで政策が大きく違う。特に「緑の党」とFDPはまったく180度、その党是が異なっている。ショルツ連立政権がいつまで持つかといった懸念の声が発足当初から聞かれた。

 新政権発足時の課題は、新型コロナウイルスの感染対策であり、ワクチ接種の促進だったから、連立政権内で意見の対立といった軋轢はほとんどなかった。しかし、今年2月24日、ロシアのプーチン大統領が軍をウクライナに侵攻して以来、新政権は想定外の課題に取り組まざるを得なくなった。ショルツ政権は欧州連合(EU)の盟主として米国と共にウクライナ支援が急務となった。具体的には、ウクライナに武器を供給する問題が飛び出してきたのだ。

 海外への武器供給問題では、ドイツの政党の中でもSPDと「緑の党」は厳格に反対の立場を取ってきた。ショルツ政権はウクライナからの武器供給要求に曖昧な姿勢を取ってきたが、ロシア軍の集中攻撃で廃墟化したマリウポリ、キーウ近郊のブジャの虐殺などロシア軍の戦争犯罪に直面し、ウクライナへの武器供給に軌道修正し、重火器の提供にも応じる路線に変更していった。SPDと共に「平和政党」を自負する「緑の党」にとって、ウクライナへの武器供給問題は大きなハードルだった。

 「緑の党」はハベック経済相とベアボック外相が登場し、メルケル政権時代のロシア政策と過去の党の平和主義に別れを告げ、国防問題にも積極的に関与する政党に変わっていった。独週刊誌シュピーゲルは、「武器供給問題で『緑の党』の党指導部は一致している。党内で分裂があるのはショルツ首相のSPDだけだ」と評している。ベアボック外相はウクライナ戦争勃発後、キーウを訪問する一方、EUをウクライナ支援に結束させるうえで大きな役割を果たした。ベアボック外相はウクライナへの武器供給がいかに重要かを詳細に説明し、党員の支持を獲得することにも成功している。

 次は脱原発政策とエネルギー危機への対応だ。ドイツの脱原発は、2000年代初頭のSPDと「緑の党」の最初の連合政権下で始まった。その後、「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)とFDPの連合政権は当初、操業中の原子力発電所の期間を延長しようとしたが、2011年3月、福島第一原子力発電所事故が発生したことを受け、ドイツの脱原発政策が固まっていった経緯がある。

 再生可能なエネルギーを中心に環境にやさしいエネルギー源の利用を唱えてきたドイツにウクライナ戦争はその再考を強いてきた。ロシアの天然ガス・原油に依存してきたドイツを含む欧州はロシアのウクライナ侵攻後、その依存から脱皮するために再生可能エネルギーの促進とともに、ロシア産天然ガス・原油の輸入を制限した。ドイツにとって再生可能エネルギーだけでは国内のエネルギー需要をカバーするのは容易ではない。そこで浮上してきたのが今年末に操業停止予定だった残された3基の原発の操業延長問題だ。具体的には、バイエルン州のイザール2、バーデン=ヴュルテムベルク州のネッカーヴェストハイム2、およびニーダーザクセン州のエムスランド原子力発電所だ。

 脱原発政策では、「緑の党」だけではなく、SPDにも原発操業の延長には強い抵抗がある。一方、産業界をその支持基盤とするFDPは3基の来年以降の操業を主張するなど、SPD、「緑の党」、そしてFDPの3党の間でし烈な議論が続けられたきた。もはや十分な時間はない。残された原発の操業延長のためには迅速に決定しなければ、原発事業者は対応できなくなるからだ。

 「緑の党」はいち早く2基の原発の操業延長を来年4月末まで支持する一方、脱原発政策には変化がないことを確認したばかりだ。FDPは3基を来年4月以降も操業延長するように主張。両党は真向に対立した。

 ショルツ首相は「緑の党」とFDPと交渉を重ね、17日夜、首相の権限を行使し、2基ではなく、3基を来年4月15日まで操業延長するというガイドラインを提示、そのための法的整備を関係閣僚に命じた。同首相の政策決定が連立政権内で合意を得られれば、次は連邦議会で承認を得る運びとなる。

 「緑の党」のハベック経済相は首相の解決策を支持、FDPのリントナー財務相も首相のアプローチを評価。エネルギー会社のEnBWは「速やかに法案の可決」を求めている。

 ショルツ首相の政策は、「緑の党」の2基の原発を2023年4月15日まで操業延長と、FDPの3基の原発を24年まで操業継続する主張の妥協を図ったものだ。明確な点は、操業延長は一時的な対応で、脱原発路線には変化がないというわけだ。ちなみに、原子力エネルギーは全電力の約6%を供給している。

 いずれにしても、ショルツ政権はウクライナへの武器供給、そして原発の一時的とはいえ、操業延期を決定した。ショルツ政権の対応にはいい意味で驚かされる。政権維持、地位保全といった党、政治家の思惑がないとはいえないが、ショルツ政権は時代の要求、具体的にはウクライナ戦争という外圧に押し出されるようにして、現実が要求する課題の解決に乗り出してきたわけだ。政党も進化する、ということは良きニュースではないか。

マンゴット教授の「ウクライナ分析」

 インスブルック大学の政治学者でロシア問題専門家として著名なゲルハルト・マンゴット教授は16日、オーストリア国営放送(ORF)の夜のニュース番組でインタビューに答え、ウクライナ戦争の動向について語った。

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▲オーストリア国営放送(ORF)とのインタビューに応じるマンゴット教授(ORF放送のスクリーンショットから、2022年10月16日)

 マンゴット教授は、「ロシア軍は今後もウクライナの重要インフラへのロケット攻撃を続けるだろう。これらの攻撃で新たな難民の波が引き起こされる。プーチン大統領はウクライナに圧力をかける一方、バルカン半島経由で多くの難民が殺到し、その対応に苦しむ欧州連合(EU)にさらにウクライナ人難民を殺到させて圧力をかける狙いがあるはずだ」と述べた。

 軍事大国ロシアがウクライナに侵攻した直後、ウクライナ国民の間にはロシアに対して恐怖感が強かったが、戦争が7カ月半に及び、ウクライナ軍が奪われた領土を奪い返すなど、攻勢をかける一方、ロシア軍側の体たらくぶりがみられると、ウクライナ軍、国民の間には「ロシア、もはや恐れずにあらず」という思いが強まってきた。そこでプーチン氏はウクライナ全土にインフラ、民間人をターゲットにミサイル攻撃を命令し、「ロシア軍はいつでも、どこでも攻撃できることを誇示し、ウクライナ側に『ロシアはやはり怖い』といった思いを取り戻したいのだ」という。

 プーチン氏がここにきてミサイル攻撃に戦略を変えた背景には「国内の右翼のナショナリストから『戦争の遂行で躊躇し過ぎている』と圧力を受けてきたからだ」という。

 ウクライナ側には大きなダメージが生じている。ウクライナ国内の電力、水道などのインフラが破壊されることで、通常の経済活動がさらに難しくなる一方、厳冬をまぢかに控え、ウクライナから西側に避難する国民が増えることが予想される。ロシア軍のウクライナ侵攻以来、既に700万人以上が避難している。国民がさらに国外に避難するならば、労働力不足などが一層深刻となり、ウクライナ経済は大きなダメージを受けるのは必至だ。

 マンゴット教授は、「ウクライナ経済は今年既に35%縮小している、ロシア軍のインフラへの攻撃、それに伴う損害と労働者不足はウクライナの国民経済に打撃を与える」と指摘。

 にもかかわらず、ウクライナ側の士気は依然、非常に高い。「ウクライナ人の90%以上が、ロシアへの領土譲歩に反対している」という。ロシア軍の前進は、主に傭兵がロシアのために戦っているバフムート周辺地域に限られ、ほぼ完全に停止しており、代わりにウクライナ軍の前進が続いている。マンゴット教授は、「ロシア側のミサイル攻撃でウクライナ側の祖国防衛というモラルが崩れるとは思わない」という。

 それではプーチン大統領の権力基盤に揺れが見られるかという質問に対し、マンゴット教授は、「ロシア軍が壊滅的な敗北を喫しない限り、プーチンの地位が危険にさらされることはない。プーチン大統領がウクライナ東部・南部の4州を併合させたということは、プーチンはウクライナ側と交渉する考えがないことを示している。ウクライナ側もプーチン大統領のロシアとは如何なる交渉にも応じる考えはない。現時点では、ロシアとウクライナ間の停戦交渉の可能性はない」と指摘、「戦争はしばらく続くだろう」と予想している。プーチン氏が大量破壊兵器(核兵器)を使用する可能性については、「現時点ではない」と見ている。

 なお、ウクライナのイェルマーク大統領府長官によると、ロシア軍が17日、首都キーウを自爆ドローンで攻撃した。ウクライナ側の発表によると、ドローンはイラン製だという。

安倍元首相銃殺の「事件の核心」は…

 英国作家グレアム・グリーンの「事件の核心」を読まれた読者は多いだろう。当方は小説の内容より、そのタイトル「事件の核心」(The Heart of the Matter)が好きでその表現をコラムでも度々利用してきた。様々な事例、事件の背後にはそれを解明する核心部分が必ずある。それを見つけ出すために、一つ一つの「点」を結びつけながら「線」を見出し、その線上に浮かび上がってくる「面」に次は事実を積み重ねていく。「事件の核心」探しはそれだけ時間と冷静さが要求される

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▲記者会見する世界平和統一家庭連合の田中富広会長(2022年8月10日、日本外国特派員協会ライブ配信より)

 ところで、安倍晋三元首相銃殺事件の場合、上記のような「事件の核心」へのアプローチとは少々異なった様相を呈している。安倍元首相が7月8日、山上徹也容疑者に銃殺されて以来、山上容疑者の犯行動機、その背景、容疑者と犠牲者安倍元首相との関係等々を巡って、数多くのシャーロック・ホームズが現れて、それぞれのナラティブ(物語)を綴った。

 一方、事件を報道するメディア関係者は、点と点を結び、線と線を繋ぎ、事件の核心に迫るといった動きは余り見られず、警察当局が公表する、容疑者の供述内容(一部)をもとに既に出来上がっていたナラティブを量産している。すなわち、「事件の本丸は旧統一教会(現「世界平和統一家庭連合」)にある」というプロットだ。取材で浮かび上がってきた様々な証言はその結論を裏付けるために利用され、「事件の核心」を自ら見つけ出す努力を放棄しているのだ。

 司法や警察当局からの情報には常に懐疑的に受け取ってきたメディア関係者が安倍事件では、警察当局が公表する容疑者の供述内容を全面的に受け入れ、その内容の真偽、ファクトチェックを怠っている。警察側が何らかの事情から供述内容を検閲する可能性も十分考えられるが、そのような疑問について敢えて無視し、供述から浮かびあがる事件のシナリオのみに執着しているのだ。なぜなら、容疑者が「旧統一教会に対する憎しみからの犯行だ」と供述しているからだ。特に、日頃から旧統一教会を糾弾してきた左派系メディアにとっては絶好のチャンスとなる。その結果、山上容疑者は一部では英雄視され、「さん」付けで呼ぶソーシャル・メディアも出てくる。

 話は少し飛ぶ。テロ対策部隊は事件が発生した場合、可能な限り犠牲者数を抑える一方、テロリストを射殺せずに取り押さえることを目指す。射殺すれば「事件の核心」の全容解明が難しくなるからだ。ウィーンでは2年前、イスラム過激派の銃撃テロ事件が起き、4人が死亡し多数が負傷したが、テロ対策部隊WEGAは犯人を射撃戦の末、殺してしまった。警察側はその後、事件の全容解明のために一つ一つの事実をパズル合わせのような捜査をせざるを得なくなったのだ。

 幸い、といってはなんだが、安倍元首相銃殺容疑者は拘束された。「事件の核心」を知っている人間が生存しているということは、事件の解明にとって大きなメリットだ。

 同時に、事件の核心を握る容疑者の身辺警備をこれまで以上に強化すべきだ。なぜならば、容疑者は「事件の核心」を知っている数少ない貴重な証人でもあるからだ。安倍元首相銃殺事件で容疑者以外の第3者が存在するとすれば、容疑者はその第3者から抹殺される危険性が出てくるからだ。もちろん、自殺の危険も排除できない。ハリウッドや米政界などを巻き込んだ売春事件で有罪判決を受けたジェフリー・エプスタインが刑務所の独房内で謎の死を遂げたことを思い出すまでもない。いずれにしても、安倍元首相を守れず、容疑者をも失うようなことがあれば、警察当局の威信は完全に地に落ちてしまう。

 ウィーンの地から安倍元首相銃殺事件関連報道をみていると、「第4権力」と呼ばれるメディアが事件の動向を特定の方向にがむしゃらに扇動しているような印象を受ける。特に、朝日新聞ら左派系メディアは報道機関というより「事件の当事者」の役を演じ、客観的な報道というメディアの使命から完全に逸脱している。

 いずれにしても、安倍元首相銃殺事件の捜査では数多くの不透明な問題点が浮かび上がってきている。「事件の核心」が何者かに恣意的に別方向に誘導されているのではないか、といった懸念すら感じざるを得ないのだ。

中国「ゼロコロナ」は何を意味するか

 10月に入り、本格的な秋となった。季節感が乏しくなったといわれるこの頃だが、秋はやはり到来している。早朝の駅周辺は仕事に行く労働者の姿が薄闇の中でよく見えなくなった。1カ月前だったら彼らの姿は朝の光で浮かび上がったが、10月に入ると暗闇に早足で歩く音しか聞こえない。もう1カ月もすれば、朝5時頃は真っ暗だろう。気温も下がってきた。

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▲新型コロナウイルス(covid-19)オーストリア保健・食品安全局(AGES)公式サイトから

 テレビのニュース番組を観ていると、よく知られるウイルス学者が登場し、新型コロナウイルスの新規感染者が増加してきていると指摘、FFP2マスクの着用を推奨していたが、コロナ元年の2020年や昨年のように強いアピールではなく、自己責任でマスクを着用することを勧める、といった少々腰が引けたメッセージだ。

 もちろん、それなりの理由はある。欧州を席巻しているオミクロン株は感染力はあるが、致死力は低く、感染しても重症化しないといったデータがあるからだ。気の早い学者は「コロナ感染はインフルエンザと同じ」と主張している。ロックダウン(都市封鎖)の日々を体験した国民はそれを聞いて安堵する。

 ところで、新型コロナウイルスの発祥地ともいうべき中国では習近平国家主席が「ゼロコロナ」政策を依然実施している。世界第2の経済大国に発展した中国共産党政権にとって国民経済の発展は不可欠だ。「ゼロコロナ」政策はその経済発展にはマイナスとなることは明らかだ。欧州諸国がここにきてコロナ規制の全面撤回を決定したのは、コロナ規制が国民経済の発展を阻害するからだ。経済界、ビジネス界からコロナ規制の撤回の声は久しく聞かれた。

 中国でもオミクロン株が主流と思うが、なぜ習近平主席は「ゼロコロナ」に拘るのだろうか。習近平主席はコロナ元年から2年間あまり外遊を控えてきた。ここにきてようやく必要最小限の海外訪問をこなしだしたが、主流は依然オンライン会議、ビデオ演説だ。対面会議を避けているのだ(「外遊できない国家元首の様々な理由」2021年10月17日参考)。

 ロイター通信が上海発で13日報じたところによると、「中国では新型コロナウイルスの新規感染者が9月の2倍に増加しており、ゼロコロナ政策は当面続くとみられている」という。国家衛生健康委員会によると、12日の新規感染者(無症状感染者を含む)は1624人。前日は1890人で、9月後半の平均900人から倍増している。欧州の新規感染者数と比較すると、中国の数字は限りなくゼロに近い。

 習近平主席が人並み外れて用心深いのかもしれないが、当方は「ひょっとしたら習近平主席は武漢発の新型コロナの正体を知っているのではないか」といった疑問をもっている。中国共産党政権は過去、武漢ウイルス研究所(WIV)のウイルス流出説に対しては必死に否定してきた。欧米諸国でオミクロン株は重症化リスクが少ないというデータに基づいてコロナ規制を緩和したが、中国側には別のデータがあるのではないか、といった憶測が流れている。

 人口14億人の中国では感染力のあるオミクロン株が急速に拡散する危険性は大きい。そして重症化リスクが少ないとはいえ、感染が広がることで新しいタイプのコロナウイルスが生まれてくる危険性は大きい。致死力のあるデルタ株に感染力のあるオミクロン株が合流し、ワクチン接種を無効化する新コロナウイルスが近い将来、登場してくるかもしれない、という声はウイルス学者の中には少数派だが聞かれる。

 習近平主席は黙っているが、コロナウイルスはこれからその牙を剥き出す段階に入ってきているのではないか。それゆえに、国民経済のブレーキと分かっていても「ゼロコロナ」政策を継続していかなければならないのではないか。

 欧米諸国のメディアはロシアのウクライナ侵攻問題に集中し、コロナウイルスの起源問題は忘れてしまった。中国側のプロパガンダと偽情報工作の効果もあって、もはやコロナウイルスの起源問題を真剣に調査している学者、メディアは少なくなった。それゆえに、中国共産党政権、習近平主席の「ゼロコロナ」政策が逆に不気味となってくるのだ。世界の覇権を狙う中国は本来、国民経済のさらなる発展に力を注ぐべきにもかかわらず、そして国民から「ゼロコロナ」政策への不満の声が高まっているにもかかわらず、「ゼロコロナ」政策に固執しているのだ。その頑固さに疑問をもつべきだろう。

 ドイツの著名なウイルス学者クリスティアン・ドロステン教授(シャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所所長)は、「武漢から公表されたプロジェクトから危険な実験が行われたことが分かるが、その実験でSars−2が生まれてはこない。科学者たちはコウモリに新しい特性を組み込んだだけで、それをSarsCov−2の前身とみなすことは出来ない。遺伝子工学を使用して新しいスパイクタンパク質がコウモリウイルスに組み込まれた機能獲得実験で、ウイルスはよりよく増殖する可能性があることを示している。コロナウイルスはスパイクタンパク質にフューリン切断部位(PRRAR)を持っている。コロナウイルスの発生源問題では自然起源がはるかに可能性は高い。WIV起源説を完全に除外したくはないが、それは現在時点では一つの可能性だ。いずれにせよ、中国が全面的に協力した場合にのみ、全容が明らかになるが、残念ながら、中国側は実験内容の全容を隠蔽している」と述べている(南ドイツ新聞とのインタビュー=2月9日の中で答えたもの)。

 コロナ感染3年目を迎えた今日、WHO(世界保健機関)は今こそ中国共産党政権にWIVでの実験データの全容開示を強く要求すべきだ。メディアもコロナウイルスの発生問題を解決済みとはせず、機会あるたびに追及すべきだ。コロナウイルスは14日の時点で世界で6億2400万人が感染し、657万人以上の犠牲者が出ている(「武漢ウイルス発生源解明は可能だ」2021年11月2日参考)。 

「第2バチカン公会議」60年目の現状

 ローマ・カトリック教会は今月11日、第2バチカン公会議開催60周年を迎えた。カトリック教会の現代化(アジョルナメント)を決定した公会議として、その後の教会の基本的路線となったといわれてきた。ヨハネ23世が開始を決め、パウロ6世が継続して3年間余りの協議の末決められた改革は60年後の今日、「教会は何も変わっていない。旧態依然だ」という失望の声が聖職者や信者たちの間から聞かれる。ヨハネ23世が始めた第2バチカン会議(1962年10月11日〜65年12月8日)の狙いはどこにあったのか、もう一度振り返ってみた。

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▲第2バチカン公会議のオープニングに参加する公会議教父たち(バチカン・ニュース2022年10月10日より)

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▲ヨハネ23世の銅像、手や唇周辺は色が剥げている(2013年9月26日、ヨハネ23世の生家で撮影)

 バチカン・ニュースは10日、「1962年10月11日、ちょうど60年前、ローマで第2バチカン公会議が始まった。これは、20世紀におけるカトリック世界教会の最も重要な出来事だった」と指摘している。同じように、同公会議に神学顧問として参加した名誉教皇ベネディクト16世は後日、「サンピエトロ大聖堂は特大の会議場に生まれ変わり、世界中のラジオやテレビ局が報道している。 輝かしい1日だった。2000人以上の公会議教父たちが大聖堂に入場したことに感銘を受けた」と述懐している。

 第2公会議の提唱者ヨハネ23世(在位1958年10月〜1963年6月)はラテン語で「敬虔な兄弟たち!」と挨拶し、「母なる教会は、神の摂理の特別な恵みによって、この日を迎えたことを喜んでいます。神の処女母の保護下にあるペテロ..第2バチカン公会議が始まります」と挨拶している。

 同23世が1959年1月に第2公会議の開催を発表した時、教会関係者は驚いた。カトリック教会の歴史でこれまで23回の公会議が開催されたが、ヨハネ23世の目的は前例のないものだった。325年のニカイア公会議から始まる公会議では、教義を策定し、協議に反する異教の教えを糾弾してきた。それに対し、ヨハネ23世は司牧的な内容の公会議だった。具体的には、現代の人々の恐れや希望に耳を傾け、現代の言葉で信仰を説明し、離れ離れになったクリスチャンの兄弟姉妹に近づくことが目的だったからだ。そして10月11日に、兄弟の代表者として、他のキリスト教会から数十人のゲストがサンピエトロ大聖堂に招かれていた。公会議の目的も規模も全てがこれまでの公会議とは異なっていた。

 ヨハネ23世は公会議開催1カ月前、ラジオを通じてメッセージを送っている。曰く「世界はキリストを必要としている。そして、キリストを世界にもたらすことは教会の使命です。しかし、世界は解決策を切望している様々な問題を抱えている。今、世界と対話を始めよう」と呼びかけている。「アジョルナメント」(現代化)は第2バチカン公会議のキーワードとなった。「真実を変えることはできないが、今日のために別の方法で宣言する必要がある」と述べている。

 ラッツィンガー枢機卿(ベネディクト16世)は当時、 「偉大なことが起こらなければならない。...西洋世界を構築し、形作ったキリスト教は、その形成力をますます失っているように見えた。...現在のキリスト教のこの喪失と、その後の課題に対する感情はアジョルナメントという言葉に非常に正確に要約されていた。キリスト教は、未来を形作ることができるために、立ち上がらなければならない」と語っている。

 バチカン・ニュースは、「謙虚な方法で、ペテロとパウロの後継者は、東と西のすべての国で、すべての儀式で、すべての言語で、すべての子供たちに話しかけることを望んでいます。...単一の合唱が力強く、調和して、浸透して立ち上がります。キリストの光、キリストの教会、人々の光(ルーメン・ゲンティウム)は、後に第2バチカン公会議の最も重要なテキストのタイトルの一つになった」と感動的に当時の状況を描写している。

 バチカン・ニュースは、「年老いた法王(ヨハネ23世)が発するのは、驚くほど楽観的な口調だ。世界が本来あるべき姿ではないことについて嘆く必要はない。私たちは、世界が終わろうとしているかのように災害を常に予測する運命の預言者とは異なる意見を持っている。人類が新しい秩序に入ろうとしている現在の人間の出来事の発展において、人は神の摂理の隠された計画をむしろ認識しなければならない。時が経つにつれ、人間の働きを通して、通常は彼らの期待を超えて、神はすべてを賢明に導く」と説明している。

 ヨハネ23世は1960年前後に時代が新しい夜明けを迎えることを直感していたのだろう。その新時代を迎えるために教会の改革が急務と考えたのかもしれない。

 バチカン・ニュースは、「ヨハネ23世は新しいペンテコステが近づいているのを感じていた。同23世はその後8カ月間の余命しかなかったのだ。胸が張り裂ける思いがする。公会議の開始と共に、輝く光の一日が始まる。昇る太陽の光が私たちの心に既に触れていた」と表現している。ちなみに、第2公会議はヨハネ23世の死後、パウロ6世(在位1963年6月〜1978年8月)に引き継がれていった。

 ちなみに、当方は2013年9月、イタリアの小都市ベルガモ(Bergamo)郊外にあるヨハネ23世の生家を訪れたが、多くの巡礼者の群れに出会った。ポルトガルのファテイマの聖母マリア降臨地でもそうだったが、巡礼者の中には病に悩む人、病人を抱える家族たちが奇跡を求めて巡礼地を訪ねてくる。ヨハネ23世の生家の前庭には同23世の銅像があるが、その銅像の手、唇周辺は色が剥げている。その理由を関係者に聞くと、「巡礼者たちがヨハネ23世に触れば病が癒されると信じて、ヨハネ23世銅像の手や唇を触るから、そこだけ色が剥げてきたのです」という。同23世は信者から最も愛される教皇として慕われてきた。

 第2公会議後のカトリック教会の歩みはどうだっだか。教会は現代人に理解できるように語りだしたが、その公会議の内容に対する理解で教会内で不一致が生まれてきた。ラッツィンガー枢機卿(ベネディクト16世)は1985年、「『公会議精神』はこれまで正しく理解されることがなかった」と批判し、教会は繁栄できず、衰退を招いていると述べている。

 実際、公会議の正しい理解、解釈で争っている間に、聖職者の未成年者への性的虐待問題、財政不正問題などが次々と明らかになり、教会への信頼は地に落ちてしまった。教会から背を向ける信者たちが年々増加している。第266代目のフランシスコ教皇は2019年6月、教会の刷新(シノドスの道)を推進してきた。ヨハネ23世の公会議が教会の近代化を目指していたとすれば、フランシスコ教皇が取り組もうとする改革は何を目標としているのか。60年前の第2バチカン会議のやり直しだろうか(「教皇『教会改革も行き過ぎはダメ』」2022年7月23日参考)。

 「教会は深刻な病気だ」と語ったチェコの著名な宗教社会学者トマーシュ・ハリーフ氏の言葉を思い出すまでもなく、教会は現在病んでいる。とすれば、教会刷新に取り組む前に医者の診断が必要という結論になるのだ。

マスク着用義務論争がまた始まった

 中国武漢発の新型コロナウイルスが感染拡大し、欧州に飛来して以来、マスクは常に議論の対象となってきた。日本人にとってマスク着用はとりたてて抵抗がないが、欧州ではマスク着用は顔を隠すもので、不自然なものといった考えが強く、「マスクはアジア文化に属する」といった文化論すら一時期飛び出した。2022年に入り、コロナ禍は3年目に入った。ワクチン接種が進み、ウイルスの感染による重症化リスクが少ないオミクロン株が席巻して以来、欧州ではFFP2マスクの着用を含むコロナ規制はほぼ全面的に解除されていった。

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▲FFP2マスク

 ところが、夏季休暇を終え、10月に入って欧州ではコロナの新規感染者が急増し、今月末には感染のピークを迎えるだろうと予想するウイルス学者も出てきた。同時に、病院入院患者数も急増ではないが、次第に増えてきた。そこで欧州では再びマスク着用を義務付けるべきだという声が高まってきたわけだ。マスクのカムバックだ。

 コロナ予測コンソーシアムによると、オーストリアでは今後2週間で集中治療室患者(ICU)は130人から200人まで、通常の入院患者数は2360人から3900人に増えると予測している。今月12日現在、新規感染者数は1万8465人、ICU患者数は130人、通常入院患者数は2418人だ。病院スタッフ不足が見られだした一方、学校では10人に1人の教師が病気欠勤だという。ちなみに、ドイツでは、ロバート・コッホ研究所が約2週間前に「インフルエンザ感染症が今年、広がってきている」と報告している。コロナ感染とインフルエンザのダブる流行が予想される、というわけだ。

 ところで、マスクが欧州で定着してからまだ2年半余りしか経過していない。オーストリアのウイルス学者は過去、「マスクは自分をウイルスから守る一方、他者にウイルスを感染させないといったデユアル・ユースの目的がある」と説得し、マスクの利他的効用を強調してきた。その効果もあってマスクは欧州社会で一定の認知を得てきた経緯がある。

 オーストリアでマスク再導入に消極的なのはネハンマー首相を中心とした与党「国民党」と経済商工会議所やビジネス界だ。マスク再導入の義務化を支持しているのはウイルス学者や医療関係者のほか、野党第一党の社会民主党、国民党の政権パートナーの「緑の党」だ。ただし、同党出身のラウフ保健相はマスク再導入に対してまだ立場を明確にしていない。リベラル派政党のネオス、極右政党自由党はマスク着用義務化には強く反対している、といった具合だ。いずれにしても、今月23日までに公共交通機関や日常消費財を扱うスーパーでのマスク着用義務化を実施するかどうかを決定することになっている。

 今年1月20日、欧州初のワクチン摂取義務法案を可決し、その後、同法の施行を停止したオーストリアでは6月に入って新型コロナの新規感染者が徐々に増え、6月末には1万人の大台に入った。入院患者数や集中治療患者数にはまだ大きな増加は見られないことから、国民の間には今年1月、2月のような緊迫感は見られなかった。しかし夏季休暇後、9月末から10月に入り、新規感染者数は遂に1万8000人を超えたが、政府も国民も極めて冷静だ。“コロナ慣れ”というべきか、コロナ感染の危機感の希薄化というべきかもしれない。

 感染の主流ウイルスはオミクロン株の新系統「BA.4」と「BA.5」。オミクロンBA.1に感染し、免疫を得た回復者もオミクロンの新しい亜系統(BA.4およびBA.5)によって引き起こされる症候性疾患に対しては限定的にしか防御できない、というデータが出てきている。

 ドイツの著名なウイルス学者クリスティアン・ドロステン教授(ベルリンのシャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所所長)は独週刊誌シュピーゲル(6月25日号)の中で、「新系統のウイルスは肺器官まで入って感染拡大はせず、呼吸器官上部に留まっている。だから重症化はしないが、免疫が出来ないから何度も同じウイルスに感染する」と説明している。

 新型コロナウイルスの感染初期、ウイルス学者の中には集団免疫論者が、「コロナ規制を廃止し、ウイルスに感染を委ねるべきだ。それによって時間の経過と共に社会に集団免疫ができるからだ」と主張してきた。当時はまだデルタ変異株など致死率の高いウイルスが席巻していたこともあって、集団免疫説は、「一定の犠牲者を甘受する政策だ。人道的にみても良くない」と反発するウイルス学者が多かった。

 その学者間の論争はオミクロン変異株が登場して変わってきた。オミクロン株は感染力が強いが、致死率はデルタ株より少ないからだ。そこで集団免疫論が再び復活してきたわけだ。国もワクチン学者も口には出さないが、「ワクチン接種を拒む国民がいる以上、一定の犠牲者(主に未接種者)を甘受しなければならない。ロックダウンを避け、国民経済を活性化していく」という方向に転換してきているわけだ。

 コロナはここにきて「許容範囲内の病気であり、インフルエンザなどの他の呼吸器疾患と同じだ」といった声が強まってきている。「ゼロコロナ」から「ウイズコロナ」に移行し、ワクチン、薬も出てきたことからコロナウイルスは「パンデミック」から「風土病的状況」へ変わってきているわけだ。そのような中で、マスク着用義務化はハードルが2年前より高くなっていることは間違いない。

天体の動きを変えた人類初の試み

 米航空宇宙局(NASA)から驚くべきニュースが飛び込んできた。DART(ダーツ)計画の成果が発表されたのだ。NASAの管理者、ビル・ネルソン氏は11日、小惑星衛星ディモルフォスの軌道が9月のDART探査機の衝突の結果、その軌道に影響があったと語った。NASAは8日、「天体の動きを意図的に変えた人類初の試みであり、小惑星偏向技術の最初の本格的なデモンストレーション」と評している。

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▲ハッブル宇宙望遠鏡からの画像は、小惑星が9月26日にNASAのDART宇宙船によって意図的に衝突されてから285時間後にディモルフォスの表面から吹き飛ばされた残骸を示している(NASA提供、2022年10月8日)

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▲宇宙探査機がディモルフォスに衝突した瞬間を喜ぶNASAのDARTチーム(NASA提供、2022年9月26日)

 同氏によると、ディモルフォスがディディモスを周回するのにこれまで11時間55分かかっていたが、現在は11時間23分だ(この測定には、約プラスマイナス2分の不確かさがある)。

 昨年11月に米カリフォルニア州から「ファルコン9」ロケットで打ち上げられたDART宇宙探査機は今年9月26日、時速2万3000km以上の速度で天体に衝突した。これは、地球を脅かす小惑星に対する防御をテストする宇宙での最初の実験だ。

 直径約160メートルのディモルフォスと、ディモルフォスが周回する直径約780メートルの小惑星ディディモスは、地球から少なくとも約1100万km離れているから、実験の結果で地球に影響を与える危険性はなかった。

 米航空宇宙局(NASA)は昨年11月24日、地球に接近する小惑星の軌道を変更させることを目的とした「DART」と呼ばれるミッションをスタートさせた。未来の地球の安全を守るためにNASAと欧州宇宙機関(ESA)が結束して「地球防衛システム」を構築するため約3億3000万ドルを投入したビッグプロジェクトだ。DART計画は、宇宙探査機(プローブ)を打ち上げ、目的の小惑星に衝突させ、小惑星の軌道の変動を観察する実験だ。

 DARTは Double Asteroid Redirection Test(二重小惑星方向転換試験)の略だ。小惑星が地球に衝突する軌道上にあると判明した場合、その軌道を微調整することで地球に衝突する危険性を排除する試みで、地球が宇宙で今後も存続していくための危機管理ともいえる計画だ。

 NASAの説明によると、プローブは昨年11月23日(現地時間)は、カメラを1台搭載し、約1年間飛び、今年9月頃には2重小惑星ディディモスの月「ディモルフォス」に衝突。衝突後の小惑星の影響を監視し、測定することになっていた。質量610kgの探査機が秒速6・6kmで衝突することで、ディディモスを周回するディモルフォスの軌道に変化、具体的には、約12時間の小惑星の軌道を少なくとも73秒、最大10分間短くすると予想されていた。しかし、衝突後の観測の結果、実際は軌道が23分短縮したわけだ。

 DARTミッションには、地球上の望遠鏡とジェームズウェッブ宇宙望遠鏡、および現場のカメラが同行した。そして探査機自身のカメラシステムは、ディモルフォスの画像を衝突点まで地球に送信してきた。DART宇宙船から切り離された衛星がその後、引き継ぎ、衝突現場を通り過ぎてクローズアップ画像を提供することになっているという。

 小惑星の地球への衝突は過去にもあったし、未来にも排除できない。6600万年前、直径約10kmのチクシュルーブ小惑星が現在のメキシコに衝突し、恒久的な冬が発生し、恐竜の絶滅につながった。最近では、2013年2月15日、直径20m、1万6000tの小惑星が地球の大気圏に突入し、隕石がロシア連邦中南部のチェリャビンスク州へ落下、その衝撃波で火災など自然災害が発生したことはまだ記憶に新しい。約1500人が負傷し、多数の住居が被害を受けた。ESAによると、今後100年以内に地球に急接近が予測される870の小惑星をリストアップしている。

 ビル・ネルソン氏はダーツ計画の成功を、「私たちは皆、故郷の惑星を守る責任があります。結局のところ、私たちが持っているのはこれだけです」と述べ、「このミッションは、宇宙が私たちに投げかけてくるものすべてにNASAが備えようとしていることを示しています。NASAは、私たちが地球の擁護者として真剣であることを証明しました。これは、NASAの卓越したチームと世界中のパートナーのコミットメントを示すものであり、惑星防衛と全人類にとって分水嶺の瞬間です」と評している。今後数週間から数カ月で、衝突の影響がさらに調査される。2024年には、ESAがNASAと同様のミッション「ヘラ」を開始し、さらに詳細な探査が行われる。

 NASAによると、太陽系には何十億の小惑星が存在し、地球から観測できる宇宙空間でも約2万7000個の小惑星が特定されている。近未来、小惑星が地球に衝突する可能性は少ないが、その「Xデー」に備えて、NASAはDARTミッションを始めたわけだ。

 当方はDART計画は開始された直後、「地球接近の小惑星の軌道を変えよ」(2021年11月25日参考)といコラムの中で「国連の『地球近傍天体(Near Earth Objects=NEO)に関する作業会報告書』によると、NEOの動向は人類が完全には予測できない“Acts of God”(神の行為)と呼ばれてきた。DART計画はその神の領域に関与し、小惑星の地球衝突を回避しようとする試みだ。神の祝福を得るか、それとも神の怒りを受けるかは不明だ」と書いたが、「DART計画は神の御心にかなった人類の責任領域の課題」と確信している。

厳冬を前にウクライナ戦争激化か

 ロシア軍は10日朝(現地時間)、ウクライナ全土に83発のミサイルを発射し、ウクライナの電力や水道のインフラを破壊する一方、民間人を無差別攻撃した。ウクライナ側の報道では14人が死去し、100人近くが重軽傷を負ったという。

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▲プーチン大統領はサンクトペテルブルクで安全保障会議を開催し、ミサイル攻撃を発表した(2022年10月10日、クレムリン公式サイトから)

 ロシア本土とクリミア半島を結ぶ19キロの長さのクリミア大橋の一部が8日、破壊されたことに対し、プーチン大統領は爆発事故の政府委員会を設置し、調査を命令。そして9日、「クリミア大橋爆発事件はウクライナ保安局(SBU)の仕業だ」と発表し、報復を表明してきた。同大統領は10日、「ロシア領土のテロ行為に対する報復だ。必要ならば、今後も大規模な攻撃を行う」と警告を発している。

 クリミア大橋の爆発事件については、ウクライナ側は歓迎する一方、事件への関与については何も言及していない。そのため、ロシア側の自作自演説も囁かれている。道路端と鉄道橋から成る同橋はロシアからクリミア半島への主要補給路だけに、ロシア軍の軍作戦にも支障が出てくる可能性があると予想されている。

 数カ月ぶりに、ロケット弾が首都キーウやウクライナ西部のリヴィウに落ち、他の多くの都市も砲撃を受けた。ウクライナのゼレンスキー大統領はビデオメッセージで、攻撃は主にエネルギーインフラを狙ったものだと述べる一方、民間人への無差別攻撃を「テロ」と強く非難している。

 独民間放送は10日、ロケット攻撃を受けたウクライナ首都キーウの状況を報じていた。1人のキーウ市民は、「ここ数カ月はキーウへの攻撃がないので安心していた。早朝、ロシア軍のミサイル攻撃を受け、サイレンが鳴り響いて驚いて目を覚ました」という。ポーランドやスロバキアなど隣国に避難していたウクライナ国民はキーウやウクライナ西部リヴィウはもう安心だと考え、多くは海外の避難先から戻ってきた。ウクライナ側には「ロシア軍はもはや怖くない」と考える国民が増えてきていた。ロシア軍の10日のミサイル攻撃はウクライナ国民に再び、「ロシアは怖い」という恐怖心を与えているわけだ。

 なお、ロシアが発射したミサイルの多くは撃ち落されたという。ウクライナ国防省の発表では83発中、52発のミサイルは防空システムによって迎撃された。ロシア軍のミサイルのほか、イラン製のドローン(無人機)も目撃されたという。ウクライナ軍によると、これらの無人偵察機の一部は隣接するベラルーシやクリミアから発射されたという。

 オーストリアのインスブルック大学政治学者のマンゴット教授は10日、オーストリア国営放送のインタビューに答え、「モスクワ橋の破壊以降、ウクライナ戦争はエスカレートしてきた。プーチン大統領はウクライナ東部、南部の4州を併合させたが、ウクライナ軍の攻撃を受け、ロシア軍は守勢にまわり、領土の一部を奪い返されている。そこで政府や軍内の強硬派から大統領への圧力が高まってきた。プーチン氏はその責任回避のため軍の指揮に問題があるとして、軍人事を行い、軍事侵攻の総司令官に8日、スロビキン上級大将(航空宇宙軍総司令官)が任命されたばかりだ。プーチン氏にとってウクライナとの戦いは絶対に負けられない。敗北は自身の政治生命の終わりを意味するからだ」と説明。

 一方、ベラルーシのルカシェンコ大統領は、ウクライナがベラルーシへの攻撃を計画していると非難し、ロシアとの合同軍の編成を発表した。ベラルーシの国営通信社ベルタによると、ルカシェンコ氏は10日、「ロシア連邦とベラルーシ共和国の地域連合を設立することを決定した」と述べた。それに対し、マンゴット教授は、「ベラルーシ軍がウクライナ北部から攻撃をすれば、ウクライナ側も東部、南部の軍の一部を北部に回さなければならなくなる。ただ、ベラルーシ軍の規模が不明だ。その上、ベラルーシ内ではウクライナとの戦闘に反対する声が強く、軍内部でも戦争には消極的だ」と分析している。

 ベラルーシはロシアの数少ない同盟国の一国だ。2月末のウクライナでのロシアの攻撃の開始時、ベラルーシは自国の領土からロシア軍がウクライナに侵攻することを容認したが、ベラルーシの兵士がウクライナ戦争に直接派遣されたことはこれまでない。ベラルーシ軍には約6万人の兵士がいると推定されている 。

 冬の訪れが迫ってきた。プーチン大統領は9月21日、約30万人の予備兵の部分的動員令を発し、9月30日、ウクライナ東部(ドネツク州、ルガンスク州)・南部(ヘルソン州、ザポロジェ州)のウクライナの4州のロシア併合を実行、10月に入ると、8日にはクリミア大橋の爆発、そして10日はロシア軍のウクライナ全土へのミサイル攻撃と、ウクライナ戦争が急速にエスカレートしてきている。ロシア軍が今後も守勢に回るようだと、プーチン氏への批判の声が一層高まることが必至だ。その時、プーチン氏が大量破壊兵器(原爆)への誘惑に抗すことができなくなる事態も考えられる。
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