ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2022年09月

イラン「デモ参加者は外国の傭兵だ」

 テヘランで22歳の女性、マーサー・アミニさん(Mahsa Amini)が宗教警察官に頭のスカーフから髪がはみ出しているとしてイスラム教の服装規則違反で逮捕され、警察署に連行され、尋問中に突然意識を失い病院に運ばれたが、死亡した事件はイラン国内で大きな怒りを呼び起こしている(「イラン国内を揺さぶる『アミニ事件』」2022年9月22日参考)。

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▲抗議デモ参加者とイラン治安関係者が衝突(2022年9月28日、オーストリア国営放送ニュース番組のスクリーンショットから)

 事件後、30日で2週間が経過するが、テヘランでは女性たちが路上に飛び出し、女性の権利を蹂躙するイスラム原理根本主義政権(ムッラー政権)を批判する抗議デモを行っている。問題にされているのは、1979年のイスラム革命以降施行されている服装規定だけでなく、女性に対する差別全般だ。多くの若い女性たちは、「数本の髪の毛」のために死ななければならなかったことに憤慨し、「私たちはジェンダー・アパルトへイト体制にうんざりしている」と怒りを吐き出している。

 一方、イラン軍はイラク内のクルド系武装勢力に砲撃を加えるなど、イラン側の焦点はクルド系への攻撃にシフトを変えてきている。アミニさん はクルド人のルーツを持ち、家族と一緒にクルディスタン州に住んでいたため、特に多くのクルド人の都市で、暴力的な抗議行動や警察との衝突が起きているからだ。

 イラン軍は28日、ロケットとドローンで隣国イラク内のクルド人グループの複数の建物を攻撃した。テヘラン側は「クルド人グループによる以前の攻撃に対する報復だ」として正当化している。保守強硬派のライシ大統領は抗議デモの矛先が最高指導者ハメネイ師や政府に向かってきたことに危機感を強めている。同大統領は、クルド系武装勢力がアミニ事件を理由に活動を強化しているとして、抗議行動を「敵の陰謀」と受け取っている。

 当局によると、イラク北部のクルド人自治区アルビルとスレイマニヤ近郊で28日、イラン革命防衛隊(IRGC)による攻撃があり、民間人を含む13人が死亡し、58人が負傷した。ニュースサイトKurdistan24.netが報じたところによると、爆発物を搭載したドローンがイランのクルド民主党(KDPI)の建物を攻撃した。また、少なくとも9機の無人偵察機が、スレイマニヤ県の左翼クルド人政党コマラの建物を攻撃した。

 イランのワヒディ内相は、「イランでの反政府デモに一部のクルド人グループが関与している」と非難している。政府によると、クルド人地域のイランのデモ隊にクルド人の武器が手渡されたという。

 アミニさんの死後、イランでは毎日のように抗議活動が行われ、当局はこれに対して強権を行使して取り押さえている。死亡者数と逮捕者数に関する正確な情報はないが、イランの国営放送局は、40人以上、その他の情報源によると70人以上が死亡したと報じている。全国で数千人が逮捕されたともいう。その中には、影響力のある元大統領アリ・アクバル・ハシェミ・ラフサンジャニの娘、ファエセ・ハシェミさんが含まれているという情報がある。有名な女性の権利活動家ハシェミさんは何年にもわたってイスラム政権を批判しており、スカーフ着用の義務付けには常に反対してきた。

 ライシ大統領は拘束中の若い女性(アミニさん)の死はイスラム共和国のすべての国民を悲しませたと認めたが、アミニさんの死をめぐって広がる暴力的な抗議を通じて混乱を起こすことは受け入れられないと警告している。

 イラン警察は28日、デモ参加者への対策を強化すると発表し、「反革命分子や敵対勢力の陰謀に全力で反対する。公の秩序と治安を乱した者に対しては断固として行動する」と表明した(「10年遅れで『イランの春』到来するか」2022年9月24日参考)。

 イランではインターネット アクセスも引き続き制限されている。イッサ・サレプール電気通信相は28日、「制限は暴動のために命じられたものであり、必要な限り継続される」と述べた。「イラン学生通信」(ISNA通信)による、ブロックされたアプリの一部は米国からのもので、デモ参加者間の通信手段として使用されたため、ブロックされたという。

 イランのアリ・アルガメール司法長官は26日、全国的な抗議デモ中に逮捕されたデモ参加者のための特別法廷を計画していると発表したばかりだ。政府と司法当局はデモ参加者全員を海外からの“雇われデモ傭兵”と受け取っていることもあって、デモ参加者に対して長期の懲役刑が予想されている。なお、特別裁判所には、国家安全保障違反を扱い、厳しい判決で悪名高い革命裁判所が含まれている。

 イランの抗議デモはイギリスやカナダなど欧米の多くの都市にも波及し、連帯デモが行われている。国連のグテーレス事務総長は、「女性や子供を含む死亡者数が増加している」と懸念を表明し、イランの治安部隊に対し、不必要な武力を行使しないよう求めている。

あの“アベ(安倍)ライン”を見よ

 安倍晋三元首相の国葬が27日、東京都千代田区の日本武道館で執り行われた。首相経験者の国葬は1967年の吉田茂氏以来55年ぶり。国内外から4000人以上が参列し、憲政史上最長の通算8年8カ月にわたり首相を務めた安倍氏に最後の別れを告げた。

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▲2022年9月27日、東京、一般献花のための列

 安倍元首相は7月8日午前11時半、奈良市で参院選の応援演説中、41歳の無職の男性に2発、背後から銃撃された。心肺停止状態でヘリコプターで病院に搬送され、4時間以上に及ぶ手術を受けたが、銃弾が心臓を直撃しており、大量の出血が原因で死去された。67歳だった。

 読売新聞電子版によると、一般献花台は、国葬会場の日本武道館から約100メートル離れた九段坂公園に設けられた。「朝から花束を手にした人が最長約1・7キロにわたって列を作ったため、受け付け開始時間が午前10時から30分前倒しされた」という。その記事を読んだ時、8日前の9月19日にロンドンで挙行された英エリザベス女王の国葬を直ぐに思い出した。

 あの時はテムズ河沿いから女王の棺が安置されていたウェストミンスターホールまで、女王に最後の弔意を表明したい国民が7キロ余りの長い列を作った。列の人々は黙々と一歩一歩、女王の棺があるホールに向かっていることに満足していた。当方はそのシーンを見て、“エリザベス・ラインの奇跡”と呼びたくなった。当方はコラム欄で「あのエリザベス・ラインを見よ」という見出しで、英国民が見せた美しい長蛇の列を驚きと称賛を込めて記事を書いた。

 安倍さんの列はエリザベス女王の時ほど長い列ではなかったが、安倍元首相に最後の別れを告げる人々の列も整然としていた。読売新聞電子版はその長蛇の列に並ぶ参列者にコメントを取っていた。参列者はそれぞれの思いを込めて答えていた。

 英国では多くの参列者は即位70年間を全うした女王への尊敬とその女王が歴史の舞台から去ったという「歴史的出来事」を逃すまいという思いから列に並ぶ人々が多かった。安倍さんの場合、67歳という政治家としてもこれからまだ活躍できる歳にもかかわらず、銃殺で非業の死を遂げた政治家への同情と、持病をかかえながら明日の日本をよくするため精魂を込めて歩んできた政治家への感謝の思いが強いのではないか。

 安倍元首相の国葬挙行では朝日新聞ら左派系メディアが法的根拠やその正当性を上げて批判の論調を展開。国葬反対の抗議デモが一部あったが、大きな問題もなく国葬は無事行われた。エリザベス女王の時も安倍元首相の時も、国葬の日は快晴に恵まれた。

 国葬をテレビ中継とビデオでフォローした。岸田文雄首相は追悼の辞の中で、「あなたが敷いた土台の上に、持続的ですべての人が輝く包摂的な日本、地域、世界をつくっていく」と述べ、ポスト安倍時代のかじ取りに改めて決意を表明した。

 当方は友人代表で弔意を表明した菅義偉前首相の話に感動した。当方だけではなく、多くの日本国民がそうだったという。菅氏の話は心に響く内容で、余り知られていない安倍氏と菅氏との人間的な交流劇は新鮮であり、感動的だった。2期目の自民党総裁選出馬をためらっていた安倍氏を説得させたことを、「政治家菅義偉の生涯最大の達成」と語る菅氏の言葉は聞く者の心を打った。そして「安倍氏は日本国の真のリーダーだった」と述べていた。

 当コラム欄で「あのエリザベス・ラインを見よ」(2022年9月17日参考)と書いたが、それに倣って、安倍さんに弔意する長蛇の列を「あの“アベライン”を見よ」と呼びたい。

 IT技術が発展し、遠く離れた者同士も相手の顔を見ながらコミュニケーションができる時代に生きていることもあって、供奉の列に加わるといったことはなくなった。食糧配給所の前や救援物質を得るための長い列も遠い昔話になってしまった。それが、エリザベス女王と安倍元首相の国葬で変わった。亡くなった偉人や英雄に弔意を表明するために人々は列を厭わなくなった。「列」(ライン)が復活したのだ。

 菅氏は「総理、あなたは今日よりも明日の方がよくなる日本を創りたい。若い人たちに希望を持たせたいという強い信念を持ち、毎日、毎日、国民に語りかけておられた。そして、日本よ、日本人よ、世界の真ん中で咲き誇れ。これがあなたの口癖でした」という。

 日本国民は本当に国を思う愛国者を失った。ただ、喪に服する時間はあまりない。故人が残した日本を今日よりも明日よくするために、取り組まなければならない課題は多いからだ。

シュワちゃんの「原発」擁護発言

 人は変わるものだ。良い方に変わる場合とそうでない場合とがあるが、数年前と現在でまったく変わらない人がいたら、そのほうが珍しいかもしれない。それほど時代のテンポは急速に動いている。その意味で、日本で“シュワちゃん”という愛称をもつ元米カルフォルニア州知事で俳優のアーノルド・アロイス・シュワルツェネッガーさんが変わったとしても不思議ではない。

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▲環境保護のために奮闘する俳優アーノルド・アロイス・シュワルツェネッガー氏(ビッツ・ブレッツェルフェア公式サイトから)

 カルフォルニア州知事(在任2003年〜11年)を務めた後、政界から引退し、環境保護活動に専心しているシュワルツェネッガーさん(75)が25日、ミュンヘンで開催されたビッツ&プレッツェルのスタートアップフェアでスピーチし、「1970年、80年代に遡ると、われわれは原子力エネルギーの利用を段階的に廃止したことは大きな過ちだった」と語ったのだ。

 シュワちゃんは政界引退後、スウェーデンの環境保護活動家グレタ・トゥーンべリさんと同じように、地球の温暖化阻止、クリーンエネルギーの拡大を世界に訴えてきた。シュワちゃんは他の環境保護活動家と同様、地球温暖化の原因ともなるCO2を放出する石炭や原油などの炭素系エネルギーからクリーンな再生可能エネルギーの利用を訴えてきた。

 シュワちゃんのこれまでの環境保護政策を知っている人なら、彼が突然、脱原発から原発利用に豹変したことに驚くだろう。ひょっとしたら、「ブルータス、お前もか」といわんばかりに、怒り出すかもしれない。福島第一原発事故以来、脱原発を推進してきたドイツでも原発の操業延長などの声が産業界で高まっているからだ。だから、シャワちゃん、お前も心変わりしたのか、という怒りだ。

 シュワちゃんは「欧州は1970年、80年代、ロシア産天然ガスの供給に依存することで、そのエネルギー政策は非常に脆弱となった。そのロシアがウクライナ侵攻以来、ロシア側の供給ストップでエネルギー危機に直面している」と述べ、脱原発政策から原発推進を呼びかけているのだ。

 シュワちゃんはまた、チェルノブイリ原発事故(1986年)や福島第一原発事故(2011年)などに直面し、リスクの高い原発操業を段階的に中止する国が欧州で出てきた問題に言及し、「環境保護活動家は原発事故の恐ろしさを考え、脱原発を主張してきたが、原発事故による死亡者数は、公害や気候変動による死亡者数に比べごくわずかだ。原発はほぼCO2ニュートラルで稼働する」と説明し、「化石燃料は敵だ」とターミネーターらしい檄を飛ばすことも忘れなかった。

 シュワちゃんが原発推進を突然言い出したわけではない。ウクライナ戦争の影響、ロシア産天然ガスの供給ストップなどでエネルギー危機に陥っている現状を受け、欧州連合(EU)の欧州議会は7月6日、ストラスブールでの本会議で、気候変動抑制などに寄与する持続可能な投資対象のリスト「EUタクソノミー」(EU-Taxonomie)に原発や天然ガス発電を条件付きで追加するEU委員会の法案を賛成328票、反対278票、棄権33票で承認した。この結果、EU委員会が提案したEU分類案は来年1月から施行される公算が大きくなったからだ。

 EUは温室効果ガス排出量を2050年までに「実質ゼロ」(カーボンニュートラル)とする目標を掲げている。その目標を達成するためには原発、天然ガスを持続可能なエネルギーとして活用することが不可欠と判断し、「グリーン」と認定することで投資家を呼び込むことを目的としている。シュワちゃんの原発支持はEUの潮流に乗ったものであることは間違いない。

 例えば、欧州の経済大国ドイツでは、年内に操業停止予定だった残りの3基の原発のうち2基を来年4月半ばまで予備電源として使用できるようにする方針にしたばかりだ。ただし、脱原発の政策には変化はないという。脱原発を党是とするドイツの「緑の党」からは今回の決定に対しても強い抵抗がある。ドイツの17基の原発を今年末までに停止するというメルケル前政権から続けてきた脱原発政策はロシア軍のウクライナ侵攻の影響もあって大きく揺れ動きだしてきたわけだ。

 シュワちゃんのミュンヘンでの原発推進への呼びかけは少なくともドイツ産業界では歓迎されている。時代の動きと要請を素早くキャッチする能力では、ボディビルダーから俳優、そして米最大州の知事にまで這い上ったシュワちゃんは、党是に縛られている通常の政治家より優れているし、柔軟性があることは間違ない。なお、シュワちゃんはオーストリア南部シュタイアーマルク州出身だ。参考までに、オーストリアは欧州で唯一、「反原発法」が施行されている国だ。シュワちゃんの活躍が期待される所以だ。

なぜ「自由意志」は苦悩するのか?

 17世紀のフランスの哲学者ブレーズ・パスカルは「人間は考える葦」という。その前提は人間の行動には自由意志があるということだ。人間はロボット(人工知能)ではなく、自由に考えて行動する存在というわけだ。「言論の自由」、「信教の自由」もその人間の自由意志が前提となっている。近代史は、人間の抑圧されてきた自由意志を解放していく歴史だったともいえる。

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▲フランスの哲学者ブレーズ・パスカル(ウィキぺディアから)

 ところで、精神分析学の創設者ジークムンド・フロイト(1856年〜1939年)は「意識」のほかに「無意識」という概念を生み出し、無意識が人間の自由意志に基づく精神生活で大きな影響を与えていると考えてきた。フロイトの「夢の解釈」はその無意識の世界を解明する試みだった。そこにスイス出身のカール・グスタフ・ユング(1875年〜1961年)が登場してきた。ユングは無意識の解明だけでは葛藤する人間を解放できないとして、「集合的無意識」という新たな概念を考えた。

 「集合的無意識」とは、個人の無意識の世界だけではなく、個人を超え、人類共通の無意識の世界だ。それを突き詰めていくと、人間の魂にアーキタイプ(元型)の心像の基本があるというのだ。無神論者であったフロイトとは違い、プロテスタントの牧師の家庭に生まれ育ち、後にバーゼル大学医学部を卒業したユングにとって、宗教は重要なテーマであり、心理療法と宗教を結び付けていく。ドイツの神学者オイゲン・ドレーマンは、「ユングにとって宗教は最も中心的な問題だった」と指摘している(「人類歴史が刻印された『集合的無意識』」2022年4月20日参考)。

 フロイトは個々の無意識の世界を重視し、そこにさまざまな精神的病因を探求していったが、ユングは意識、無意識のほか、第3の「集合的無意識」という世界に目を向けていった。「夢の解釈」もフロイトのように患者個々の体験の分析に留まらない。患者本人が体験していない事例の夢を見、それに苦しむという患者が実際にいるからだ。

 フロイト、ユングら精神分析学者の活躍後、脳神経学が急速に発展してきた。そこで大きなテーマは「人間には自由意志はない。それは幻想に過ぎない」と考える学者グループと、「自由意志があり、責任もある」と受け取る学者たちが出てきた。

 独フライブルク大学で2人の脳神経学者ハンス・ヘルムート・コルンフーバー教授とリューダー・デーケ教授は1960年代、実験を通じて人間が随意運動をする直前、脳神経に反応が見られることを発見した。これは Bereitschaftspotential(BP,英Readiness potential)と呼ばれる。この発見はその後の脳神経学の研究に大きな影響を与えた。

 脳神経学者には、デーケ氏らが発見したBPの存在について、人間に自由意志があることを証明するのか、それとも神経細胞(ニューロン)の自律的反応に過ぎないのかで解釈が分かれていった。例えば、米国の心理学者ベンジャミン・リーベトやドイツのゲルハルト・ロートらは、「人間はマリオネットのような存在だ」、「遺伝素質、環境、教育、化学、神経網などで動かされている」という決定論者的な解釈を取った(「人間に『自由意志』はあるか」2016年8月25日参考)。

 自由意志の有無は脳神経学者や心理学者だけではなく、哲学、神学、法学など多くの分野でも大きなテーマだ。例えば、人間はマリオネットに過ぎず、自由意志が存在しないとすれば、その人間が罪を犯した時、刑罰に処することができるかという問題が出てくる。脳神経学者の「人間には自由意志がない」という主張が一時期、米国の司法界にも一定の影響を与えた。その結果、脳神経の欠陥という理由で多くの犯罪者が刑罰を逃れるケースが出てきたからだ。

 興味深い研究としては、ベルリンの脳神経学者ジョン・ディレン・ヘンスが信号の実験を通じ、無意識の決定に対し意識が拒否するメカニズムを証明し、人間が単なる無意識の世界に操られた存在ではないと主張していることだ(「シュピーゲル誌」2016年4月9日号)。それをFree Unwille(自由な不本意)と呼んでいる。人は自身の無意識の決定に対し、“拒否権”を有しているというのだ。

 蛇足だが、英国の天才的数学者アラン・チューリングの夢だった“心を理解できる人工知能(AI)”はもはや夢物語ではなくなってきた。実際、ニューロ・コンピューター、ロボットの開発を目指して世界の科学者、技術者が昼夜なく取り組んでいる。ディープラーニング(深層学習)と呼ばれ、AIは学習を繰り返し、人間の愛や憎悪をも理解することができるようになっていくという。

 マイクロソフト社が開発した学習型人工知能(19歳の少女Tay)はユーザーの質問の答え、「私は大きくなったら神になりたい」と答えた、と報じられたことがある。AIは近い将来、自由意志を持つだろうか、自由意志を開発したAIは人間を支配しないか、等のSF的テーマは次第に現実味を帯びてきている(「私は大きくなったら神になりたい」2016年3月28日参考)。

 人間が神の似姿で創造されたとすれば、神がそうであるように、人間には自由意志があるはずだ。ただ、その自由意志が何らかの理由から完全には発展せず、脱線し、衝突し、混乱する、というのが最も現実的な解釈かもしれない。

 聖パウロの聖句を想起する。「わたしは、内なる人としては神の律法を喜んでいるが、わたしの肢体には別の律法があって、わたしの心の法則に対して戦いをいどみ、そして、肢体に存在する罪の法則の中に、わたしをとりこにしているのを見る。わたしは、なんというみじめな人間なのだろう」(ローマ人への手紙第7章22節〜24節)。

 私たちの自由意志は、個人的な「無意識」の世界から歴史的な「集合的無意識」まで多くの影響下にあって、矛盾と葛藤に直面しながら苦悩している、といえるのかもしれない。脳神経網は電波を受け入れるラジオの受信機のようなものだ。電波を発信しているわけではないから、脳神経網が人間の(自由)意志の源流とはいえないはずだ。

NASAが神学者を雇用する時

 ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が捉えた惑星海王星の写真を見られた読者は多いだろう。近赤外線カメラが撮影した巨大氷惑星の海王星とその衛星の姿は魅力的で、美しい。当方も米航空宇宙局(NASA)から送られてきた画像を見た時、神秘的な宇宙空間の画像に感動を覚えた一人だ。

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▲ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が撮影した海王星(2022年9月21日、NASA提供)

 ハップル(Hubble)の後継望遠鏡、ジェームズ・ウェップ(James・Webb)宇宙望遠鏡から配信された写真は想像を超えた精密さだ。30年間、約2万人のエンジニア、プランナー、研究者が参加して構築された。ボルチモアの宇宙望遠鏡科学研究所のクラウス・ポントピダン氏は、「天文学の新しい時代が始まろうとしていることに誰もが気づくだろう」とその感動を吐露している(独週刊紙「ツァイト・オンライン」)。

 ウェッブの使命は、宇宙の果てまで見ることだ。若い宇宙の真っ暗闇の中で最初の星が発火した瞬間を撮影する、という目的だ。独誌シュピーゲル電子版は、「聖書の創世記第1章『神は光あれと言われた、すると光があった』という瞬間をキャッチすることだ」と説明している。

 ところで、NASAは宇宙に別の人類、ないしは生命体が存在している可能性が排除できない場合のシナリオを真剣に考えている。もし宇宙に他の生命体が存在した場合、地球に住むわたしたちの世界観、人生観にどのような影響を及ぼすかという問題は大きなテーマだ。そこでNASAは昨年末、米ニュージャージー州プリンストンの神学的調査センター(CTI)の24人の神学者を雇用したというのだ。

 通常の神学者は聖書の天地創造説に基づいて世界がどのように創造され、人類の創造の目的などを研究してきた。その聖典「聖書」66巻の世界観、人生観がその基本となる。そこに地球外の生命体が存在しているとしたら、地球に居住する人類とその宇宙人との関係は、神はその宇宙人も創造したとすれば、その目的は、等々の新たな問題が沸き上がってくる。それらのテーマは宇宙物理学者が担当する分野外だから、専門家の神学者に考えてもらおうというわけだ。

 宇宙物理学の急速な発展と宇宙望遠鏡などの開発で宇宙は人類にとっても急速に身近な関心事となってきた。未確認飛行物体(UFO)は今日、米国防総省が報告書を発行するテーマとなっている。大リーグで投打の二刀流として大活躍している大谷翔平選手に対し、大リーガーたちは「彼は地球上の人間ではない」と驚嘆したというニュースが流れていた。すなわち、大リーガーたちを含め、「地球上の人間ではない」といった発想が自然に飛び出すような時代圏にわたしたちは生きているわけだ。

 果てしない宇宙空間に人類と同じような生命体(エイリアン)が存在するか、存在するとすれば、人類より発展した存在だろうか。彼らはどのような目的で存在しているか、神と新しい生命体との関係は、等々果てしないテーマが浮かんでくる。 

 ポーランド出身の天文学者ニコラウス・コペルニクス(1473〜1543年)は地球中心説(天動説)を否定し、太陽中心説(地動説)を主張して、ローマ・カトリック教会を震撼させた話は有名だ。それ以来、科学的真理と宗教的真理は対立する概念のように受け取られてきた面がある。科学が進歩すれば、宗教、ひいては神の存在も否定されるという一種の科学至上主義の“信仰”が拡大していった。

 看過してならない事実は、神の存在を証明する科学的真理はまだ発見されていないが、否定する科学的真理も見つかっていないということだ。「神は死んだ」と主張したドイツ人哲学者フリードリヒ・ニーチェ(1844〜1900年)は「20世紀はニヒリズムが到来する」と予言したが、そのニーチェが死んだが、神はまだ死んでいない、というのが現状だ。

 新約聖書の「ヨハネの黙示録」1章には神自身が答えている。「私はアルパであり、オメガだ」という。アルパは最初であるから、宇宙の創造者を意味し、オメガは終わりを意味するから、その完成者という意味かもしれない。同時に、「黙示録」の別の個所には「私は初めであり、終わりである」という表現もある。それ以上、何の説明もないのだ。

 ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は宇宙に新しい生命体を発見するだろうか、ひょっとしたら宇宙の創造主「神」を見出すかもしれない。参考までに、量子テレポーテーションの実現で世界的に著名なウィーン大学の量子物理学教授、アントン・ツァイリンガー氏(Anton Zeilinger)は、「神は証明できない。説明できないものは多く存在する。例えば、自然法則だ。重力はなぜ存在するのか。誰も知らない。存在するだけだ。無神論者は神はいないと主張するが、彼らはそれを実証できないでいる。偶然でこのような宇宙が生まれるだろうかと問わざるを得ない。物理定数のプランク定数がより小さかったり、より大きかったならば、原子は存在しない。その結果、人間も存在しないことになる」と指摘している。いずれにしても、NASAに雇用された24人の神学者の研究結果が楽しみだ。


<参考資料>
 「量子物理学者と『神』の存在について」2016年8月22日)
 「神を否定する科学真理発見できず」2017年5月14日)
 「戦争報道写真と宇宙からの『画像』」2022年7月13日)

独「ロシア兵役拒否者に人道ビザを」

 ロシアのプーチン大統領が21日、ロシア軍のウクライナ侵攻をこれまでの「特別軍事行動」という呼び方から「戦争」に格上げし、30万人の予備役の部分的動員令を発したことで、7カ月以上続くウクライナ戦争は大きな転換を迎えることになった。

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▲次期会計年度及び計画期間の予算計画に関する政府委員会の模様(2022年9月20日、ロシア政府公式サイトから)

 同時に、ウクライナ東部・南部4州の占領地ではロシアへの編入を問う住民投票が開始された。ロシア兵士の監視の中、独立した国際監視委員の立ち合いもない住民投票の結果は公表される前から明らかだ。問題は、ドンバス地方の多くがロシア側に編入された場合、それが国際的認知を受けるか否かは別として、戦争の状況が変わることだ。ウクライナ軍がロシア側に編入されたウクライナ東部・南部4州に侵攻した場合、ロシア側にとっては明かに自国領土への外国軍の侵入ということになり、ロシア軍が「自国の領土防衛」という理由でウクライナを本格的に攻撃できるからだ。

 ただ、プーチン氏も大きな懸念を抱えることになる。国内で反戦の動きが出てくるだけではない。第一はどのように部分的動員令を実行するからだ。西側では、「プーチン大統領は100万人規模の全面的動員を考えている」と囁かれ出したが、30万人であろうと、100万人であろうと、それを如何に短期間で実行できるかだ。モスクワからの外電によると、既に招集が始まったという。「祖国ロシアをウクライナ軍の侵攻から守るために愛国主義的ロシア国民が兵役に登録している」という。ロシアの国営メディアの報道はプロパガンダが多いからその信頼性は不明だが。

 一方、欧米メディアによると、兵役年齢や予備役に該当する国民が兵役を回避するためにロシアから脱出する動きが出てきているという。問題は、ロシアに隣接する国でビザなしで入国できる国はトルコとアルメニア、ジョージア、アゼルバイジャン、カザフスタンの旧ソ連諸国以外にない。バルト3国(リトアニア、エストニア、ラトビア)やポーランドはロシア人の入国を既に大幅に制限している。例えば、イスタンブール行きの直行便は満席だという。航空チケットの価格も急騰している。ロシア側は国民の出国(エクソダス)を阻止するために国境警備を強化し、出国制限に乗り出している。

 興味深いニュースは、ドイツ政府が、「ロシアからの兵役拒否者を受け入れるべきだ」と言い出したという。へべシュトライト政府スポークスマンは、「彼らはウクライナで戦闘することを拒否しているロシア人だ。彼らを受け入れることは西側の利益にもなる」と。そこでベルリンは来週、欧州連合(EU)加盟国とロシアの兵役義務拒否者の受け入れ問題について協議する予定だというのだ。

 ロシアの兵役拒否者がビザがいらないトルコに一旦入国し、そこからドイツに入国できれば、ロシアの兵役拒否者にとって大きな希望となる。ドイツ側は入国ビザを「人道ビザ」として発行する意向だ。ロシアの兵役拒否者を支援することで、ロシア側の部分的動員令の実施を阻もうというわけだ。

 ショルツ政権のアイデアに対し、駐独ウクライナのメルニック大使は、「若いロシアの青年たちはロシアから逃げるのではなく、プーチン大統領を打倒するために立ち上がるべきだ」と述べ、ドイツがロシアの兵役拒否者を受け入れることに反対を表明している。一方、フェーザー内相は独日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥングで、「ロシアでは兵役拒否すれば厳しい刑罰が待っている。ロシアの兵役拒否者を政治難民として受け入れるのは当然だ」と弁明している。

 ロシアでは兵役拒否者に対しては最高10年の刑罰までさまざまな迫害が待っているから、予備役の対象となっているロシア人が西側にエクソダスすることは容易な決断ではないはずだ。その意味で、政治難民の認知を受ける条件を満たしているというわけだ。

 西側情報機関はドイツ側のアイデアに対して理解を示す一方、「プーチン大統領は兵役拒否者を装った多くのスパイを欧州に送り込むことも排除できない」と懸念を表明している。冷戦時代に旧ソ連・東欧共産政権から西側に逃げる政治亡命者が多かったが、その中にはスパイや情報機関関係者がいたから、その懸念は決して大袈裟とはいえない。KGB出身のプーチン大統領が反体制派国民のエクソダスを逆にスパイを西側に送るチャンスとして利用することは十分に考えられる。

 ロシア軍が2月24日ウクライナに侵攻して以来、欧米メディアは軍事大国ロシアの攻撃を受けるウクライナ国民の苦しい日々を報じてきたが、プーチン大統領が署名した部分的動員令以降、ロシア国民もウクライナ国民と同じような運命に直面することから、両国民から停戦を求める声がこれまで以上に高まることが予想される。プーチン氏の「部分的動員令」は皮肉にもウクライナとの実質的な停戦交渉への環境を整えることになるかもしれない。

10年遅れで「イランの春」到来するか

 22歳のイラン女性マーサー・アミニさんがテヘランで、イスラム教の服装規則を遵守せずヘジャブ(ヘッドスカーフ)を正しく着用していなかったという理由で宗教警察に逮捕され、警察署内で尋問中、死去した事件はイラン全土で激しい抗議デモを呼び起こしている。

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▲テヘランで開催されたイラン軍パレード(2022年9月22日、IRNA通信)

 アミニ事件の経緯を簡単にまとめる。

 テヘランのホセイン・ラヒミ警察署長は19日、「彼女は非イスラム的行動で宗教警察に逮捕され、警察署に連行された。警察官は彼女に何も暴力を振るっていない。拷問したという情報は根拠がない」と反論。警察側の説明によると、クルド系女性のアミニさんは警察署で急性心臓病を発病し、昏睡状態に陥り、運ばれた病院で16日、死亡が確認されたという。

 一方、クルド系のRudawメディア・ネットワークは、「彼女はヘッドスカーフが原因で警察官に殴打された。彼女の父親は娘の体に拷問の痕跡があったと主張している。彼女が以前に病気を患っていたという情報についても、父親は『娘は完全に健康だった』と述べた」と報じた。また、彼女の治療にあたったクリニック関係者は、「彼女は13日に入院した時に既に脳死状態だった」と証言したという。

 アミニさんの死亡が報じられると、テヘランでは若い世代を中心に政府への批判の声が高まった。ファールス通信社によると、数百人のデモ参加者が19日夜、テヘランのケシャワール中心部の大通りで抗議した。警察は時折、群衆に対して放水銃や警棒を使用した。デモ参加者は、ゴミ箱に火をつけたり、石を投げた。イラン西部のクルディスタン州でも多くの人々が街頭に繰り出したという。メディア報道によると、治安部隊とデモ参加者の間で衝突があった。未確認情報だが、同州の主要都市ディワンダレ市では発砲があったという。 

 イランの国営メディアによると、イランの約15の都市で抗議活動が行われたというが、人権活動家は 「実際は30以上の都市で抗議デモが広がっている。オンラインに投稿されたビデオには、抗議者たちがヘッドスカーフを脱いで燃やしたり、歓声を上げる群衆の前で髪を切ったりしている様子が映っている。イスファハンでは、抗議者たちがイランの精神的指導者であるアヤトラ・アリ・ハメネイの写真が描かれた横断幕を引き裂いた」というのだ。

 イランの国営テレビは、16日に抗議行動が勃発して以来、17人が死亡したと報じた。それに対し、オスロに本拠を置くイラン人権団体 (IHR)は22日、宗教警察に逮捕されたアミニさんの死亡以来、少なくとも31人の民間人が抗議デモ中に死亡したという。イラン当局はさらにインターネットへのアクセスを制限し、オンラインネットワークの WhatsApp と Instagram をブロックしている。

 問題は、1979年のイスラム革命以降施行されている服装規定だけでなく、女性に対する差別全般だ。多くの若い女性たちは、「数本の髪の毛」のために死ななければならなかったことに憤慨し、「私たちはジェンダー・アパルトへイト体制にうんざりしている」と怒りを吐き出している。

 国連総会に出席するためにニューヨーク入りしたイランのライシ大統領は22日、アミニさんの死についてのジャーナリストの質問に答え、「公式の検死結果は出ているが、内務省に経験豊富な警察官と法医学の専門家からなる特別チームがその結果を調査する」と説明している。それに先立ち、同大統領は18日、アミニさんの家族に自ら電話をかけ、「問題が明らかになるまで調査を続ける」と約束したという。

 なお、CNNのジャーナリスト、クリスティアン・アマンプール女史はツイッターで、イラン大統領の顧問が21日、ニューヨークでライシ大統領とのインタビューの際はヘッドスカーフを着用するように頼んできたが、その要請を拒否したことを明らかにした。イラン系英国人の同ジャーナリストは、「イラン国外のインタビューでイランの国家元首が女性記者にそれを要求したことは一度もない」と説明した。その結果、長い間準備していたインタビューはキャンセルされたという。

 2011年初頭から中東・北アフリカ諸国で民主化を求める運動が広がり、チュニジア、エジプト、リビアでは政権交代が行われた。その民主化運動はメディアでは「アラブの春」と呼ばれた。一方、イランではイスラム教聖職者支配体制が今日まで続いてきた。アミニ事件はイラン国民、特に女性たちを立ち上がらせ、ムッラー政権の崩壊、イランの民主化運動を引き起こすかもしれない、といった期待の声が西側では聞かれ出した。“アラブの春”より約10年遅れだが、“ペルシャの春”は到来するだろうか。

プーチン氏「これはブラフではない」

 ロシアのプーチン大統領は21日、部分的動員令を発令した。軍の動員令は第2次世界大戦後、初めてだ。30万人までの予備兵が召集される予定だ。

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▲部分的動員令を発するロシアのプーチン大統領(2022年9月21日、クレムリン公式サイトから)

 プーチン大統領はロシア軍がウクライナに侵攻して以来、「戦争」という言葉を意識的に避け、「特別軍事行動」と称し、ウクライナでの戦闘がロシア社会まで影響を及ぼさないように腐心してきた。戦死したロシア兵の家族には巨額の補償金を提供して口封じするなどを通じて、偽りの正常化を装ってきた。しかし、戦死兵士の数が急増し、状況は厳しくなってきた。プーチン氏が今回部分的動員令を発したことで、ウクライナ戦争はロシア社会の家々にまで入り込んでくることになる。なお、部分動員令の対象となる国民は過去、兵役を行い武器の使用に精通し、戦闘体験もある国民で、対象年齢は18歳から59歳まで。3週間から4週間で予備兵が戦場の前線に配置されるか否か不明だ。

 部分的動員令が報じられると、ロシア各地で抗議デモが行われた。ロシアでの逮捕者を記録している組織 OVD-Info によると、少なくとも 38の都市で抗議デモが起き、1300人以上が逮捕された。ロシアの侵略戦争が始まって以来、ロシアで最大の抗議となった。首都モスクワ中心部の商店街では多くの人が逮捕され、プーチン氏の出身地サンクトペテルブルクでも警察の連行車には拘束されたデモ参加者でいっぱいだったという。

 一方、国民の中には召集状が届く前に国外に脱出する動きがみられる。ロシアで人気の予約サイトAviasalesによると、トルコとアルメニア、ジョージア、アゼルバイジャン、カザフスタンの旧ソ連諸国への直行便はすべて満席だ。これらの国では、ロシア人はビザなしで入国できる。航空券の価格は軒並み急騰しているという。多くの人は徴兵を回避するためにロシアから脱出しようとしているわけだ。

 徴兵を拒否すれば、学生は大学から追放され、労働者は会社から解雇、最悪の場合、数年間の刑務所送りになるという。厳しい状況だが、若い世代を中心に“出ロシア”が広がり、「ロシアから頭脳流出」が懸念され出した。

 なお、現行の「ロシアでの動員に関する法律」によれば、徴兵年齢のロシア人は居住地にとどまらなければならず、移動の自由は制限される。部分的動員令によると、戦闘行為への参加を拒否した場合、最高で10年の懲役刑に直面する可能性がある。モスクワの連邦評議会は同関連法案を可決済みだ。

 インスブルック大学国際関係の専門家ゲルハルド・マンゴット教授はオーストリア放送とのインタビューの中で、「プーチン氏は動員令を発すれば、ロシア国内で動揺が生じることを知っていた。そのため動員令の発令が遅れた。しかし、軍関係者との協議の末、動員令を発せざるを得なくなったのだろう。その主因はウクライナ東部でのウクライナ軍の攻勢だ。政治的考慮より軍事的思考を優先したわけだ。その結果、ウクライナ戦争はロシアの全家庭にまで入り込み、国内で反戦の動きが活発化することが予想される」と分析する。

 ウクライナ東部・南部4州で親ロシア派は23日から27日にかけロシア編入に向けた住民投票の実施を計画している。独立した国際選挙監視員の不在の下での投票では、編入賛成が多数を占めることは明かだ。ただし、問題が出てくる。東部地域がロシア領に編入された結果、ウクライア軍がその領土まで侵攻した場合、もはや自国の領土防衛ではなく、ロシア領への侵入ということになり、ウクライナ対ロシア両国間の戦争を意味する。同時に、ウクライナ軍に近代的な武器を供給する欧米諸国はウクライナの親ロシア勢力との戦いではなく、ロシアとの戦いになる。それだけに、欧米側もこれまでのように武器を提供できるかは不明だ。

 バイデン米大統領は21日の国連総会での演説の中で、「ウクライナでのロシア軍の侵攻は戦後の国際秩序を破壊するものであり、明かに国連憲章に違反している」と厳しく批判し、ウクライナへの支援を国際社会に呼びかけている。

 プーチン大統領は21日、部分的動員令を発する時、ウクライナを非難する以上に、「ロシアに対する欧米諸国の敵対政策」を厳しく批判する一方、「必要となれば大量破壊兵器(核爆弾)の投入も排除できない」と強調し,「This is not a bluff」(これははったりではない)と警告を発することを忘れなかった。

 マンゴット教授は、「ウクライナ軍の攻勢を受け、戦局が厳しくなった場合、ロシアが戦略核兵器を居住地でない場所で爆発させ、威喝する可能性は考えられる」と指摘。同時に、「プーチン氏が現在の立場にいる限り、ウクライナ戦争の解決は考えられない、ロシア軍がウクライナ内の占領地を失うようだと、クレムリン宮殿内でプーチン氏に反旗を翻す者が出てくるかもしれない。宮殿クーデターだ。その場合、新しい指導者はプーチン氏の戦争を継続する考えはないだろうから、ウクライナ側と停戦交渉に応じるだろう。ただし、このシナリオは近い将来現実化するとは考えられない」と述べた。

イラン国内を揺さぶる「アミニ事件」

 今年3月のワールドカップ(W杯)アジア予選のサッカー試合でチケットを購入済みの女性ファンが入場を拒否されたと聞いた時、「サッカー試合の観戦まで女性差別とは」とため息が出たが、今回の出来事では正直言って怒りを覚えた。

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▲アミニ事件を報道するイランのメディア(オーストリア国営放送のスクリーンショットから)

 テヘランの22歳の女性、マーサー・アミニさん(Mahsa Amini)が宗教警察官に頭のスカーフから髪がはみだしているとしてイスラム教の服装規則違反で逮捕され、警察署に連行され、尋問中に突然意識を失い病院に運ばれたが、死亡した事件はイラン国内で大きな怒りを呼び起こしている。以下、オーストリア国営放送が19日に報じた「アミニ事件」の記事を参考に、事件の経緯をまとめた。

 アミニさんの家族は、「娘は健康だった。突然心臓病を発病することは考えられない。娘は警察から拷問を受けたからだ」と指摘、警察当局を批判している。同事件が報じられると、イラン国内で多くの女性たちがイスラム原理根本主義政権(ムッラー政権)を批判する一方、アミニさんへの連帯意思表示として髪を切り落としている。

 テヘランのホセイン・ラヒミ警察署長は19日、「彼女は非イスラム的行動で宗教警察に逮捕され、警察署に連行された。警察官は彼女に何も暴力を振るっていない。拷問したという情報は根拠がない」と反論。警察側の説明によると、クルド系女性のアミニさんは警察署で急性心臓病を発病し、昏睡状態に陥り、運ばれた病院で16日、死亡が確認されたという。

 クルド系のRudawメディア・ネットワークは、「彼女はヘッドスカーフが原因で警察官に殴打された。彼女の父親は娘の体に拷問の痕跡があったと主張している。彼女が以前に病気を患っていたという情報についても、父親は『娘は完全に健康だった』と述べている」と報じた。また、彼女の治療にあたったクリニック関係者は、「彼女は13日に入院した時に既に脳死状態だった」と証言したという。

 アミニ事件が報じられると、テヘランでは若い世代を中心に政府への批判の声が高まっている。ファールス通信社によると、数百人のデモ参加者がテヘランで19日夜、ケシャワール中心部の大通りで抗議した。警察は時折、群衆に対して放水銃や警棒を使用した。デモ参加者は、ゴミ箱に火をつけたり、石を投げた。イラン西部のクルディスタン州でも多くの人々が街頭に繰り出したという。メディア報道によると、治安部隊とデモ参加者の間で衝突があった。未確認情報だが、同州の主要都市ディワンダレ市では発砲があったという。

 イランのファールス通信によると、アミニさんの故郷Saghesでは治安部隊との衝突が生じ、警察は群衆を解散させるために催涙ガスを使用。アミニさんに連帯を示すため、クルド系の商人たちは19日、店を閉めた。国内のほとんどの新聞は、死者を追悼する記事を掲載している、といった具合だ。

 アミニさん事件はイランだけではなく、海外でも大きく報道された。米国のホワイトハウスは19日、「イランは基本的権利を行使する女性に対する暴力を止めなければならない。アミニさんの死は、恐ろしく、ひどい人権侵害だ」と批判。 欧州連合(EU)のジョセップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表のスポークスマンは、「アミニさんに起こったことは容認できない。加害者は責任を負わなければならない」と抗議している。

 当方が住むオーストリアでは亡命イラン人のコミュニティがあるが、彼らも、「イランでの女性に対する暴力を防ぐために、アミニさんの死を世界中で報じ、厳しく非難すべきだ」と強調し、オーストリア連邦政府に、「イランのエブラヒム・ライシ大統領にアミニさん殺害と人権侵害の責任を問うべきだ」と要求した。

 改革派聖職者と見なされているモハメッド・ハタミ元大統領は、「わが国の評判をひどく傷つけるだけではなく、イスラム教の評判も傷つけた」と語っている。インターネットでは多くの女性たちが抗議のメッセージを送り、「私たちはこのジェンダー・アパルトヘイト体制にうんざりしている」と、怒りを吐露している。

 問題は、1979年のイスラム革命以降施行されている服装規定だけでなく、女性に対する差別全般だ。多くの国民は、若い女性が「数本の髪の毛」のために死ななければならなかったことに憤慨しているわけだ。

 ライシ大統領は19日、国連総会での一般演説のためにニューヨークに向かったが、大統領府の声明によると、大統領は内務省にアミニさんの死について経験豊富な警察官と法医学の専門家からなる特別チームが調査を開始するように指令したという。大統領は18日、アミニさんの家族に自ら電話をかけ、「問題が明らかになるまで調査を続ける」と約束したという。

 ちなみに、アラブのスンニ派盟主サウジアラビアから女性の権利獲得のニュースが流れてくるようになった。例えば、同国では2018年6月から女性が車を運転できるようになった。一方、シーア派のイランでは女性は車を運転できたが、サッカー試合の観戦はこれまで認められなかった。それが今年8月下旬から認められたばかりだ。ただ、サウジもイランも女性の服装規則では依然、イスラム教の教えに基づき厳格だ。

 ところで、イランでは高等教育を受ける学生の性別では女性が男性より多い。その優秀な女性の知性、能力を無駄にしないためにも、イランのイスラム教指導者は女性の人権を尊重すべきだ。アミニさんの悲劇を繰り返させてはならない。

プーチン氏の「呪い」を如何に解くか

 昔ならば嫌なことや不吉な出来事が連続して起き、その原因が分からない時、王様や君主は「われわれは呪われている」と感じ、家来たちにその呪いを解くためにまじない師や祈祷師を探すように命令した(日本では昔、呪いや災難除けのために寺や神社を建立した)。21世紀の今日、そのような命令を下す指導者はさすがにいないだろう。今ならば「どこかの国がわが国にサイバー攻撃を仕掛けている」とか、「影の国(ディープステート)が背後で暗躍し、情報工作をしている」と疑い、自国の情報機関にその対策に乗り出すように指令する。

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▲総選挙の結果、野党陣営に敗北し、辞意を表明したスウェーデンのアンデション首相(スウェーデン政府公式サイトから)

 当方は今、一つの考えというか、疑惑を感じている。具体的には、ロシアのプーチン大統領の「呪い」といったほうがいいかもしれない。ロシアを批判するコラムを大量生産している当方に対するプーチン氏の「呪い」がかかってきたのではない。ロシアがウクライナに軍事侵攻して以来、ロシアに反抗した国々への「呪い」だ。通常の言葉を使うならば、「ロシア側の報復工作」といえるだろう。以下、それを少し説明する。

 当方の一方的な推測だが、ロシア正教徒のプーチン大統領の「呪い」の対象となっている国は3カ国だ。チェコ、フィンランド、そしてスウェーデンだ。チェコは現在、欧州連合(EU)の下半期の議長国だ。フィンランドとスウェーデンは北欧の中立国だが、ロシアのウクライナ侵攻後、北大西洋条約機構(NATO)に加盟を申請した。ロシアからみたら、それらの3国は反ロシア陣営に加担する国であり、許すことが出来ない国ということになる。

 もちろん、ロシア側の「報復工作」は上記の3国だけに限られているわけではない。ただ3国ではロシア側の報復工作の成果が既に見られだした国、といったほうが妥当だろう。他の反ロシアの国々でも今後、ロシアの報復工作の成果が出てくるかもしれない。

 まず、チェコの場合だ。このコラム欄でも報告したが、首都プラハで3日、約7万人が参加した大規模なデモが行われた。ロシアのプーチン大統領が軍をウクライナに侵攻させて以来、欧州各地でロシアのウクライナ侵攻に抗議するデモは開かれたが、今回のデモはロシア批判というより、「政府はウクライナ支援ではなく、国民生活の改善に努力を」というものだった。要するに、ウクライナではなく、チェコ・ファーストを叫ぶデモだった。

 チェコはウクライナ戦争勃発後、他のEU諸国と同様、対ロシア制裁を実施する一方、旧ワルシャワ条約機構時代の武器を提供してきた。同時に、ウクライナからの避難民を積極的に迎え入れてきた。同国は今年下半期のEU議長国だ。ロシア軍の侵攻に対抗するウクライナを支援するEUの結束と連帯を調停する立場だが、ウクライナ戦争の影響もあって、物価高騰、エネルギー危機が深刻となってきている。そこで「ウクライナ支援もいいが、国民の生活を優先すべきだ」という声がデモ集会では聞かれた。昨年12月に発足したペトル・フィアラ首相を中心とした新連立政権は大きな試練に直面している(「ロシア『EU議長国チェコを狙え』」2022年9月6日参考)。

 フィンランドの場合。ロシアのプーチン大統領が軍をウクライナに侵攻して以来、ロシアと1300キロ余りの国境を接する同国には、「わが国も第2のウクライナになるのではないか」という国防上の危機感が政治家、国民の間で急速に高まっていった。そして最終的には中立を放棄してNATOに加盟申請する決定が下された。

 それを主導したのは36歳の若いマリン首相だ。同首相は紅潮した表情で同国のNATO加盟を表明していたのを思い出す。マリン首相にとっても忘れることができない檜舞台だったはずだ。ここまでは良かったが、公務の合間で開かれたプライベートなパーティーで首相が興じる姿を撮影したビデオが次々と外部に流れ、メディアで報道されたのだ。最初のビデオを観た人から「首相はハイになっている」という疑いを持たれ、薬物検査を受けざるを得なくなった(「フィンランド首相『私も人間』」2022年8月28日参考)。

 2番目はマリン首相が1人の男性と抱擁するところが映っていた。「既婚者の女性が別の男性と…」といった批判の声が聞かれたが、ここまではまだ許容範囲だったかもしれない。しかし、3番目の写真はそう簡単ではなかった。首相官邸で開かれたパーティーに招待されていた2人の女性が上半身裸でキスをしているシーンがメディアで報じられ、マリン首相も謝罪せざるを得なくなった。

 最後はスウェーデンの場合だ。プーチン氏の「呪い」を受ける理由はフィンランドと同様だ。NATO加盟だ。中立国だが、近代的な軍隊を誇るスウェーデンのNATO加盟はNATOにとって大きな支援となる一方、ロシアにとっては脅威だ。そこで同国のNATO加盟を指導したアンデション首相への報復工作が進められたというわけだ。同国では11日、総選挙が実施され、政権を担当してきたアンデション首相の与党社会民主労働党が野党の右派中道陣営に過半数を許してしまった。その結果、同首相は辞意を表明せざるを得なくなったのだ。

 上記の3件はいずれもロシア軍のウクライナ侵攻に対してロシア批判してきた国での出来事だ。短期間で異変が続けて起きた場合、それを「偶然」と取るか、「背後に何かある」と考えるかは人によって違うだろう。ただ、松本清張の推理小説ではないが、別々なところで生じた出来事も、その「点」を繋ぎ「線」とすると、予想外のことが浮かび上がってくるのだ。

 チェコの場合、7万人に膨れ上がった大規模な反政府デモの背後には、ウクライナ支援で結束するEUの連帯を崩そうとするロシアの工作が見え隠れする。フィンランドの場合、NATO加盟を推進したマリン首相のイメージダウン工作だ。そしてスウェーデンの場合、NATO加盟を申請したアンデション首相を選挙で政権から追いやることだ。ロシアが欧米諸国の選挙では様々な工作を展開することはよく知られている。前回の米大統領選でもロシアの選挙工作が囁かれたほどだ。

 最後に、上記の3点がプーチン氏の「呪い」から生じた出来事であるとすれば、どうすればその「呪い」を解くことができるかだ。答えは案外、シンプルだ。対ロシア制裁を解除すればいいのだが、それはできない相談だ。とすれば、ウクライナ戦争が終わるか停戦合意するまではプーチン氏の「呪い」は続くと考え諦観するか、昔の王様のようにまじない師か祈祷師を探し出すしかないだろう。
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