ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2022年06月

プーチンのG7サミットへの「答え」

 ドイツ南部バイエルン州のエルマウで26日から3日間の日程で先進7カ国首脳会談(G7サミット)が開催された。主要テーマはウクライナ支援問題だ。ロシア軍が2月24日、ウクライナに侵攻して以来、世界の政治、経済、エネルギー分野で大きな影響が出、食料不足、エネルギー価格の高騰などに直面、世界はその対応に苦慮している。それだけに、G7の対応が注目された。

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▲エルマウG7サミットに参加した首脳陣の記念写真(2022年6月26日、首相官邸公式サイトから)

 ウクライナのゼレンスキー大統領はビデオでG7サミットに参加し、ウクライナへの武器供給、経済支援を要請する一方、ロシアに対して更に厳しい制裁を求めた。一方、ウクライナ戦争の張本人、ロシアのプーチン大統領は、ウクライナを支援し、武器を供給するG7を含む西側に対して黙認はしていない。ちゃんと答えている。具体的には、ヽ謀觝棆椎修蔽篤札潺汽ぅ襪離戰薀襦璽靴悗龍ゝ襦↓▲ーウ空爆を再開、ウクライナ中部のショッピングモール空爆だ。

.蹈轡△離廖璽船鸞臈領は25日、サンクトペテルブルクでベラルーシのルカシェンコ大統領と会談し、核弾道搭載可能な弾道ミサイル「イスカンテルM」をベラルーシに数カ月以内に供与すると表明した。プーチン氏はウクライナ侵攻後もウクライナに武器を供給する欧米諸国に対して、必要ならば核兵器を使用する可能性を示唆してきた。

 問題は、プーチン氏はベラルーシの独裁者ルカシェンコ大統領に核搭載可能な弾道ミサイルを本当に供給する考えがあるのかだ。ズバリ、ない。プーチン氏の狙いは、ウクライナに重火器を供給する欧米に警告することだ。同盟国、友邦国に対して核関連技術を提供する国は核保有国の中にはないだろう。政変が起きて、いつ自国に向かうか分からない大量破壊兵器を同盟国に対して提供する国は原則としてないからだ。ベラルーシに対するプーチン氏の立場も同じだ(例えば、日本の場合だ。米軍の核の傘下にあるが、その核は米軍の管理下にある)。プーチン氏の今回の発言はG7サミットに結集している欧米首脳への警告が第一目的だったはずだ。

▲蹈轡軍は26日、ウクライナ首都キーウを空爆した。ミサイルはキーウ市内の住宅街に命中して犠牲者が出た。キーウへの大規模な攻撃は6月上旬以来。1人が死亡、6人が負傷した。

 戦線を広げることは現在のロシア軍にとっては厳しいが、キーウを制圧しなければ、ウクライナをロシア側に屈服させたことにはならない。東部をほぼ掌握した現在、次はキーウだというシグナルを欧米側に送ったことになる。首都への攻撃は軍事的にも他の地方を攻撃するよりインパクトがある。エルマウで集まったG7の首脳にそのシグナルを送ることで、ロシア側の戦争への決意を表明したわけだ。

ウクライナ中部ポルタワ州クレメンチュクの大型商業施設が27日、ロシア軍のミサイル攻撃で大破して炎上した。現地メディアによると、少なくとも20人が死亡し、40人以上が行方不明になった。ゼレンスキー大統領はロシア軍による「計算されたテロ攻撃」と非難した。民間施設へのミサイル攻撃は欧米側から「ロシア軍の戦争行為」として激しい批判の声が挙がった。

 プーチン氏の狙いは欧米諸国に向けられていたというより、ウクライナ国民に向けられていた。すなわち、ウクライ国民の国防への士気を崩し、長期化する戦争への国民の怒りと不満を与える狙いだ。そのために民間人が集まるショッピングモールを空爆したのだ。狙いは可能な限り多くの民間人を殺害することにあったはずだ。

 以上、牧歌的な環境に包まれたエルマウ城で開催されたG7首脳会談に対し、プーチン氏はウクライナへの目標を達成するまでロシア軍の撤退はあり得ないというサインを送ったことになる。

  ↓◆↓はエルマウのG7サミット開催を意識して計画的に行われたものだ。G7首脳がドイツに一堂に集まっている時、最大級の野蛮で非人道的な戦争犯罪を行うことで、プーチン氏は欧米首脳へ痛烈なメッセージを送ったわけだ。G7首脳はプーチン氏のウクライナ戦争への真剣度を少なくとも肌で感じることができただろう。

独カトリック教会、脱会者が急増

 独ローマ・カトリック教会司教会議(DBK)が27日、ボンで公表した2021年の教会統計によると、35万9338人の信者が昨年、教会から脱会した。22万1390人だった2020年に比べ、教会脱会者が約62・3%と大幅に急増したことが明らかになった。

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▲独カトリック教会司教会議のゲオルク・べッツィング議長(独カトリック教会司教会議公式サイトから )

 DBKの広報官、マティアス・コップ氏は「ネガティブな新記録だ」と指摘し、DBKのゲオルク・べッツィング議長は、「教会脱会者の急増は、ドイツの教会(27司教区から構成)が現在、深刻な危機の中にあることを端的に物語っている」と認めている。ちなみに、ドイツのカトリック信者総数は2164万5875でドイツ全体で26%を占める一方、プロテスタント信者数は約1972万人で23.5%。ドイツで新旧両教会の信者総数が50%を初めて下回った。

 教会統計をもう少し詳細にみていく。小教区の数は9858から9790に減少した。神父数は1万0313人(2020年1万2565人)、そのうち6215人は教区神父(2020年6303人)だ。そのほか、執事は3253人(同3245人)、神父助手は3198人、教区助手は4318人だ。 なお、昨年の司祭叙階の数は62人だった。いずれも担当者数、組織数も縮小してきている。礼拝参加率は昨年4・3%で前年の5・9%よりさらに減少している。

 興味深い傾向としては、秘跡を受け取る信者の数は増えているのだ。例えば、教会の結婚式の数が2万0140(2020年:1万1018)、洗礼の数が14万1992(同10万4610)、初聖体の数が15万6574(21年:13万9752)と、それぞれ増加している。教会埋葬件数もわずかだが増加した(2021年24万0040、2020年23万6546)。 

 教会に脱会届を提出した信者の脱退動機はさまざまだ。これまで熱心に教会に通っていた信者が教会に足を向けなくなったケースが増えている。正式に脱会していないが潜在的な脱会候補者が多いともいわれているから、教会の実情は統計に出ているより深刻かもしれない。

教会脱会者の急増の主因はやはり聖職者の未成年者への性的虐待問題への影響だ。特に、ケルン大司教内の聖職者の性犯罪、それに対応すべき最高指導者ライナー・ヴェルキ大司教(枢機卿)への批判が絶えなかった。実際、ケルン大司教区だけで昨年4万0772人の信者が脱会した。前年は1万7281人だから脱退者数が2倍強、急増した。

 ケルン大司教区で昨年3月18日、同大司教区内で発生した聖職者による未成年者への性的虐待事件の調査報告書が発表された。同大司教区の騒動は、最高指導者ヴェルキ大司教が2017年に実施した調査報告書が「調査方法が十分だ」として公表を避けたことが原因で、同大司教の辞任要求が起き、教会脱会者が急増した。それを受けて、同大司教は自身が任命した刑事弁護士ビヨルン・ゲルケ氏に調査を依頼し、改めて調査報告書(約800頁)を公表したわけだ。ただ、信者たちの教会指導部への不信感は深く、バチカンはヴェルキ枢機卿に一時聖職を休むように要請せざるを得なくなった経緯がある。

 それだけではない。昨年5月にはミュンヘン・フライジング大司教区のラインハルト・マルクス枢機卿がフランシスコ教皇宛てに大司教辞任申し出の書簡を送った。同枢機卿の辞任申し出の意図について、さまざま憶測が流れた。

 マルクス枢機卿(67)はフランシスコ教皇の信頼を得ている枢機卿顧問会議の1人だ。2012年から20年2月まで、独司教会議議長を務めてきた。その枢機卿が突然、辞任を申し出たのだ。理由は同枢機卿が2007年11月から担当してきたミュンヘン・フライジング大司教区で過去発生した聖職者による未成年者への性的虐待事件に対して「指導者としてその責任を取りたい」というものだった。それに対し、フランシスコ教皇は昨年6月10日、同枢機卿の辞任申し出を受け取らなかった。

 マルクス枢機卿が責任を感じた「過去の問題」とは、具体的にはミュンヘン・フライジング大司教区での聖職者の不祥事だが、ベネディクト16世もラッツィンガー時代、1977年に同大司教区の大司教に任命され、81年末までその聖職を務めていたことから、責任追及の矛先が名誉教皇ベネディクト16世に向けられた。ミュンヘン大司教区が弁護士事務所に調査報告を要請し、その調査報告書が1月20日公表されたばかりだ。その結果、「ベネディクト16世は大司教時代、少なくとも4件、聖職者の性犯罪を知りながら適切に指導しなかった」と批判されている。ベネディクト16世は今月、聖職者の性的虐待事件の犠牲者から責任を追及され、訴訟が起こされた、といった具合だ。

 「私たちの教会には何かが壊れている」。これは、イエズス会のアンスガー・ヴィーデンハウスが南ドイツ新聞とのインタビューで述べた言葉だ。聖職者の性犯罪、それを隠ぺいしてきた教会の指導者に対し、「このような教会に所属することは道徳的にも間違っているのではないか」といった罪悪感を抱く信者が増えてきているという。

 神はキリスト教初期時代、信者たちが迫害に耐え、結束を堅持するために守りの館として教会を創設したが、教会が神から離れていく時、教会は神への信仰の手助けとなるどころか、障害となってきたからだ。

 モーセが60万人のイスラエル人を引き連れ、神が約束したカナンに向かって「出エジプト」したように、多くの敬虔なキリスト者たちは教会という組織から出て、神が本来願われてきた世界を探し出してきた。ただ、どこへ行けば神に出会えるのか、はっきりとしたビジョンがあるわけではない。現代人は、砂漠を彷徨しながら羊飼いを探す羊の群れともいえるわけだ。

<参考資料>
 「独教会の『少年聖歌隊』内の性的虐待」2016年10月16日参考
 「独教会『聖職者の性犯罪』をもみ消し」2018年9月14日参考
 「独教会の女性信者が『スト』に突入」2019年5月14日参考
 「人はなぜ『教会』から出て行くのか」2019年7月21日参考

「最後の教皇」ベネディクト16世の夢

 「ラストエンペラー(最後の皇帝)」というタイトルの清朝最後の皇帝・溥儀の生涯を描いた歴史映画(1987年公開)があったが、ローマ・カトリック教会の第265代教皇ベネディクト16世(在位2005年4月19日〜2013年2月28日)は本来、「last pope(最後の教皇)」となるべき立場だった。それが何らかの理由から実現されず、ローマ・カトリック教会は2013年3月、後継者をコンクラーベ(教皇選出会)で選び、今日まで続いてきた。ベネディクト16世の生前退位表明前後の事情を今回、紹介する。

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▲第265代教皇べネディクト16世(ウィキぺディアから)

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▲ベネディクト16世が生前退位を表明した直後、サン・ピエトロ大聖堂の頂点に雷が落下(2013年2月11日、バチカンニュースから)

 ペルシャ帝国のクロス王はある晩、夢を見た。帝国内にいるユダヤ人たちをエルサレムに帰還させよという神からのお告げを受けたのだ。その夢があまりにもリアルであったため、クロス王は悩んだ末、神の命令通りに、ユダヤ人をエルサレムに帰還させた。クロス王がもし神の命令に従わなかったならば、ユダヤ教は今日のような宗教には発展できなかったはずだ。ユダヤ民族はペルシャ民族(現在のイラン)に大きな恩を受けているわけだ。

 イスラエル史を少し振り返る。ヤコブから始まったイスラエル民族はエジプトで約400年間の奴隷生活後、モーセに率いられ出エジプトし、その後カナンに入り、士師たちの時代を経て、サウル、ダビデ、ソロモンの3王時代を迎えたが、神の教えに従わなかったユダヤ民族は南北朝に分裂し、捕虜生活を余儀なくされる。北イスラエルはBC721年、アッシリア帝国の捕虜となり、南ユダ王国はバビロニアの王ネブカデネザルの捕虜となったが、バビロニアがペルシャとの戦いに敗北した結果、ペルシャ帝国下に入った。そしてペルシャ王朝のクロス王はBC538年、ユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還させたのだ。

 なぜ、ペルシャ王は当時捕虜だったユダヤ人を解放したかについて、旧約聖書の「エズラ記」によると、「ユダヤの神はペルシャ王クロスの心を感動させ、ユダヤ人を解放させ、エルサレムに帰還させた」と説明しているだけだ(「ユダヤ教を発展させたペルシャ王」2017年11月18日参考)。

 その約2500年後、ローマ教皇ベネディクト16世は夢を見た。神が出てきて、「ローマ教皇の立場を辞任せよ」というのだ。理性的な教皇は戸惑った。夢がクロス王の時と同じようにリアルで、「幻想」と一蹴するのはあまりにもパワーフルだったのだ。長い思考の末、ペテロの後継者の教皇の立場を辞任することを決意した。ベネディクト16世が実際、生前退位を発表したのは翌年2013年2月11日だ。

 ちなみに、ベネディクト16世が生前退位を表明した直後、雷が聖サン・ピエトロ大聖堂の頂点に落ちた。その瞬間をイタリア通信(ANSA)写真記者が撮影している。「神からの徴(しるし)」と受け取る信者たちも出てきた。

 夢を見、生前退位を決意した後もベネディクト16世には、神はなぜ自分を辞任させたいのか、自分は何か大きな過ちを犯したのか、といった思いが何度も駆け巡ったはずだ。

 カトリック教会には聖典とはなっていないが、歴史的な文献などの外典が多くある。その中の一つ、11世紀の預言者、聖マラキは、「全ての教皇に関する大司教聖マラキの預言」の中で1143年に即位したローマ教皇ケレスティヌス2世以降の112人(扱いによっては111人)のローマ教皇を預言している。そして最後の111番目がベネディクト16世となっているのだ。

 聖マラキは1094年、現北アイルランド生まれのカトリック教会聖職者。1148年11月2日死去した後列聖され、聖マラキと呼ばれている。彼は預言能力があり、ケレスティヌス2世以降に即位するローマ教皇を預言した。その預言内容をまとめた著書「全ての教皇に関する大司教聖マラキの預言」と呼ばれる預言書が1590年に登場した。カトリック教会では同預言書を「偽書」と批判する学者が少なくないが、その内容の多くは当たっているのだ。近代最高峰の神学者の一人と呼ばれた同16世は当然、聖マラキの預言の内容を知っていたはずだ(「法王に関する『聖マラキの預言』」2013年2月23日参考)。

 ベネディクト16世は生前退位の決意を自分のうちに秘め、2013年2月を迎えた。教皇の生前退位発表が世界に伝わると、大きな驚きと混乱が起きた。同16世の生前退位について、健康悪化説が流れた。同16世自身も後日、「生前退位の主因は健康問題だった」と述べたことがある。その教皇は退位後、名誉教皇として9年間、バチカン内のマーテル・エクレシア修道院で生活している。

 ベネディクト16世が当時、職務不能なほど健康問題を抱えていたという説は説得力に乏しい。繰り返すが、ドイツ出身のベネディクト16世は2013年2月の段階で、生前退位しなければならないほど健康問題を抱えていたわけではないのだ。

 ベネディクト16世はクロス王と同様、神の願いを遵守して生前退位した。その後、どうなったのか。ベネディクト16世の退位後、コンクラーベが開催され、南米出身のフランシスコ教皇が第266代のローマ教皇に選出され、カトリック教会は今日まで存続している。

 ただし、聖マラキがその預言書の中で、「ローマ教皇はベネディクト16世で終わる」と強く示唆していたことから、フランシスコ教皇後のカトリック教会は“ペテロの後継者”という看板を失った新しいカトリック教というべきかもしれない。

 フランシスコ教皇は南米アルゼンチン出身だが、イタリアから南米に居住した移民の子だ。フランシスコ教皇はローマからいったん外に出、そして再びローマに戻ってきた「最初の教皇」だ。フランシスコ教皇のその出自は、カトリック教会が新しい出発をしたことを象徴的に示している、とも解釈できる。

 「クロス王の夢」でユダヤ民族の歴史が激変したように、ひょっとしたら「ベネディクト16世の夢」も本来、キリスト教だけではなく、世界に大きな変化をもたらす何らかのインパクトがあったはずだが、実際は、ベネディクト16世が生前退位しただけで、カトリック教会を含み大きな変化はまだ見られない。

 参考までに、今年4月に95歳となったベネディクト16世は個人的には、人生最後の日々に訴訟を受ける身となっている。同16世はミュンヘン大司教時代(1977年〜1982年)、聖職者の未成年者への性的虐待問題を適切に処理せず、隠蔽していたとして、犠牲者から訴訟を起こされたばかりだ(「前教皇は聖職者の不祥事に対応せず」2022年1月22日参考)。

 聖マラキの預言のように、ベネディクト16世は「最後の教皇」としてローマ・カトリック教会の歴史を閉じるべきだったとすれば、その神の計画は実行されず、その目標は延長された、というべきかもしれない。

 ベネディクト16世が生前退位しなければならなかった“神の事情”がまだ見えてこないのだ。具体的には、2012年から2013年にかけて神は何を計画していたのか、という謎が解けない限り、「ベネディクト16世の夢」を正しく評価できないのだ。

如何にして「生きる価値」を見出すか

 ローマ・カトリック教会の名誉教皇ベネディクト16世は2011年、「若者たちの間にニヒリズムが広がっている」と警告を発したことがある。欧州社会では無神論と有神論の世界観の対立、不可知論の台頭の時代は過ぎ、全てに価値を見いだせないニヒリズムが若者たちを捉えていくという警鐘だ。簡単にいえば、価値喪失の社会が生まれてくるというのだ。

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▲ウィーンの月(マーク・トウェイン「人間は月のような存在だ」)

 ニヒリズム(独語 Nihilismus)は「虚無主義」と日本語で訳される。既成の価値観を信頼できず、全てのことに価値を見出せなく、理想も人生の目的もない精神世界だろう。哲学者フリードリヒ・ニーチェ(1844〜1900年)は、「20世紀にはニヒリズムが到来する」と予言したが、21世紀に入った今日、ニヒリズムは益々、その牙を研いできた。

 「神は死んだ」と宣言したニーチェは科学時代の到来を予感する一方、「科学は人間に幸せをもたらさない」との思いが強かった。その結果、神を失った人間はどこに人生の指針を置いていいか分からなくなり、文字通り、「永劫回帰の世界」を放浪する存在に陥っていく。学者教皇べネディクト16世は、「現代の若者たちはこの“死に到る病”に冒されてきた」と指摘し、強い憂慮を吐露したわけだ(「“ニヒリズム”の台頭」2011年11月9日参考)。

 人は価値ある目標、言動を追及する。そこに価値があると判断すれば、少々の困難も乗り越えていこうとする意欲、闘争心が湧いてくる。逆に、価値がないと分かれば、それに挑戦する力が湧いてこない、無気力状態に陥る。

 なぜ、突然、ニヒリズムについて書き出したかというと、前日のマーク・トウェインの自伝の話に戻るが、トウェインは、「もしノアと8人の家族が遅れて箱舟に入ることが出来なかったとすれば、どうなるのか」と自問し、「ノアの家庭が箱舟に入れなかったほうが良かったのかもしれない」と呟いたというのだ。

 神はノアに40日間、雨を降らすから、その前に山の上に箱舟を建設して家族と共にその中に避難するように、と警告した。それを受け、ノアは山の頂で箱舟造りに奔走し、大洪水が起きる前に箱舟に入ることが出来た、という話が旧約聖書創世記に記述されている。ノアの8人の家族だけが大洪水から救われた。神は、アダムとエバの失敗を受け、第2の創造を始めたわけだ。

 トウェインは、「ノアが大洪水が起きる前に箱舟に入って家族と共に避難できなかった場合」という仮説を掲げ、「そのほうが良かったかもしれない」と述べた。人類の歴史がノアの大洪水で終わっていたならば、その後の人類の禍や不幸は生じなかったはずだ、という思いが込められている(この場合、その後の人類の歴史はなく、トウェインも存在しないことになる)。ユーモアに溢れ、家族思いのトウェインの言葉としてはかなり悲観的な呟きだ。トウェインは生来の楽天主義者ではないのだ。

 トウェイン自身が、「ユーモアの隠された源泉は喜びではなく、苦悩だ」と表現し、「人間は月のような存在だ、月の後ろ側には誰にも見せたくない暗闇の世界がある」と述べているから、彼の持つユーモアと温かさは、幸福で楽しい人生の光の部分だけではなく、悲しみと暗い面をも内包しているのだろう。それ故に、トウェインの言葉に多くの人が感動し、心が動かされるわけだ(トウェインには何人もの息子、娘がいたが、多くは早く亡くなった。脳炎で24歳で亡くなった娘スージーは父親トウェインが大好きで、父親の伝記を書いていたという)。

 ここまで書いてきて、「如何にして生きる価値を見つけるか」という大それたテーマを掲げたことを少し後悔している。月には太陽の光を反映した明るい月とその後ろ側の暗闇の月があるように、人間も月のように明暗の両面を持つ存在と受け入れ、生きる意味、価値を見出していく以外にないのかもしれない。

 幸い、人間を含む森羅万象は「創られた存在」だ。人間は自身で考え、設計した末に生まれてきた存在ではないし、宇宙も同じだろう。とすれば、それらを創造した存在がどこかに存在しているはずだ。創造した存在は「なぜ創造したか」を知っている。その創造目的を知ることは創られた人間を含むすべての森羅万象の生きる目的となる。

 人間、宇宙はただ偶然に生じてきた存在ではない。世界的な量子物理学者アントン・ツァイリンガー教授は、「偶然でこのような宇宙が生まれるだろうか。物理定数のプランク定数(Planck Constant)がより小さかったり、より大きかったならば、原子は存在しない。その結果、人間も存在しないことになる」と指摘している。宇宙全てが精密なバランスの上で存在しているというのだ(「量子物理学者と『神』の存在について」2016年8月22日参考)。

 「創られた存在」といえば、何か責任転嫁のような響きがあるが、それ以上に、自分には「生かされている目的、価値があったはずだ」というもっと大きな喜びと使命感を感じることができるのではないか。それを実感できれば、ニヒリズムの世界から逃避できる。そして創造したのが神であるとすれば、神を見出すことで、自身の存在の目的、価値は一層、明確になるのではないか。

マーク・トウェインが残した「言葉」

 「自分を元気づける一番良い方法は、誰か他の人を元気づけてあげることだ」

The best way to cheer yourself up is to try to cheer somebody else up.

 "Der beste Weg, sich selbst eine Freude zu machen, ist: zu versuchen, einem andern eine Freude zu  bereiten."

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▲マーク・トウェイン著「秘密の自伝」(独語版、ANACONDA出版)=トウェインが生前、「自分が死んでから100年後、出版するように」と言っていた自伝

 最近、感動した言葉は、と聞かれれば、米作家マーク・トウェイン(1835年〜1910年)のこの言葉をすぐ思い出す。トウェインは生前、欧州を頻繁に旅行している。音楽の都ウィーンにもしばらく住んでいた。トウェインは1897年9月、病弱なオリビア夫人と娘さんを連れ、ウィーンを初めて訪問している。夫人のためにイタリアの温かい地にも何度か旅している。夫人思いであり、子供を大切にする父親だった。そのような性格だったので、上記のような素晴らしい言葉が飛びだしたのだろう。ゆかりの場所は今でも訪問者が絶えない。

 「トム・ソーヤーの冒険」や「ハックルベリー・フィンの冒険」の著者であり、ジャーナリストでもあったトウェインには多くの名言がある。たとえば、「死んだら葬式屋も悲しんでくれるぐらいに一生懸命生きよう」だ。心に響く言葉だ。ただ、上記の言葉は落ち込んでいる時など励ましになる。自己憐憫ではなく、前に向かった建設的な内容が含まれているからだ。アルフレット・アドラー(1870年〜1937年)の心理学に通じるものがあるかもしれない。

 人を鼓舞し、勇気を与える言葉は素晴らしいが、相手の心を傷つける言葉は武器より恐ろしいものだ。叩かれた場合、しばらくすればその痛みは消えるが、言葉で傷つけられた場合、なかなか消えない。時に、生涯その言葉が付きまとう、といったケースもあるからだ。

 新約聖書「ヨハネによる福音書」第1章の最初の聖句はよく知られている。「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた」という聖句は、宇宙森羅万象は神の言葉から始まった、人間は神の言葉が実体として創造された存在、ということになる。神の似姿の最初の人間、アダムとエバが取り組んだ初めの仕事は名前をつけることだった。名前のない存在を愛することはできないからだ。

 「座右の銘」をもっている人が少なくない。苦しい時、試練の時、その言葉が自分を励まし、勇気と知恵を与えてくれたといった証をよく聞く。言葉は本来、それほどパワーフルだ。

 当方はジャーナリストとして無数の言葉、さまざまな情報の世界に生きているが、心から「その通りだ」と思うような言葉、表現に出会う機会はそう多くない。空虚な言葉といえば表現は悪いが、すぐに忘れてしまう言葉、風が吹けば飛んで行ってしまうような言葉の羅列に疲れを覚えることが多くなった。そのような時、マーク・トウェインの上のような言葉に出会うと、感動を覚える。体験と知恵、そして観察に裏付けられた表現力のある文、言葉に出会うと、「そうだよね」と頷いてしまう。

 ちなみに、アルベルト・アイシュタインは、「Die groste Macht hat das richtige Wort zur richtigen Zeit」(最大の力は正しい時の正しい言葉だ)」と述べている。

 112年前に亡くなったマーク・トウェインが残した「言葉」が生き生きと蘇ってくる。

正教徒プーチン氏は教会を破壊する

 軍事関連施設と病院、学校など民間公共施設の区別なく、兵士と民間人の区別もなく無差別攻撃を繰り返すロシア軍にとって、歴史的、文化的遺産と高層アパートメントの区別を要求してもダメだろう。パリに本部を置く国連教育科学文化機関(ユネスコ)が23日発表したところによると、「戦争が始まって以来(2022年2月24日)、ウクライナで152カ所の文化的遺跡が部分的または完全に破壊された」という。

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▲文化施設を軍事攻撃から保護する関係者(2022年6月23日、ユネスコ公式サイトから)

 具体的には、「ウクライナ軍とロシア軍との戦闘の結果、70の宗教建築物、30の歴史的建造物、18の文化センター、15の記念碑、12の美術館、7つの図書館を含む152カ所の文化施設が部分的または完全に破壊された」というのだ。もちろん、全てがロシア軍によって破壊されたとは断言できないが、壊された施設は全てウクライナ領土内にあるものだ。

 ユネスコのオードレ・アズレ事務局長は、「ウクライナの文化的遺跡に対する軍事攻撃は止めなければならない。あらゆる形態の文化遺産は、いかなる状況においても攻撃されてはならない。私は、国際人道法、特に武力紛争の際の文化財保護のためのハーグ条約(1954年)の遵守を紛争関係国に求める」と述べている。文化的施設への破壊行為は国際法違反とみなされ、起訴される可能性が出てくるという。

 ユネスコによると、文化施設が被害を受けたウクライナ地域で、その4分の3は3カ所の地域に集中している。ドネツク地域で45カ所、ハルキウ地域で40カ所、そして首都キーウ地域で26カ所だ。

 ユネスコは戦争が勃発して以来、文化関連施設の破壊防止と緊急措置を行ってきた。現地の文化施設に従事する人々にアドバスを提供し、移動可能な物体を確保するための避難所を指定し、消防措置を強化してきたという。

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▲世界遺産に登録されているキーウペチェールスク大修道院(ウキィぺディアから)

 幸い、これまでのところ、被害を受けた「世界遺産」はない。ウクライナには7カ所が「世界遺産」に登録されている。代表的なものとしては、1990年に「キーウ、聖ソフィア大聖堂と関連する修道院の建物、キーウペチェールスク大修道院」が文化遺産として登録されている。

 ユネスコはウクライナ側に文化的施設を戦闘から守るために独特の青い盾のエンブレムでマークするように助言してきた。このマークが記された施設はハーグ条約に基づいて保護されることになっている。

 ちなみに、世界遺産の破壊といえば、旧タリバン政権による「バーミヤン遺跡」の破壊を思い出す読者も多いだろう。アフガニスタン中部の山岳地帯にあるバーミヤン遺跡は仏教遺跡群。旧タリバン政権は2001年、イスラム教の教えに反するとして大仏立像2体を破壊したことから、世界から激しい批判の声が出た。その後、ユネスコは2003年、バーミヤン遺跡一帯を世界遺産に登録すると同時に存続が危ぶまれる遺産として「危機遺産」に指定している。

 キーウからの情報によると、ロシア軍はウクライナで宗教施設を恣意的に攻撃している。正教会の建物が破壊され、シナゴーグ(ユダヤ教会堂)、イスラム教寺院(モスク)、プロテスタントとカトリック教会の礼拝所が被害を受けている。

 敬虔なロシア正教徒を自負するプーチン大統領は自分をキーウの聖ウラジーミルの生まれ変わりと密かに誇り、キリスト教の保護者ぶっている。「キーウ大公国」の聖ウラジーミルは西暦988年、キリスト教に改宗し、ロシアをキリスト教化した人物だ。その生まれ変わりのプーチン大統領が軍に宗教施設の破壊を命じているとしたら、“偽キリスト者”と呼ばれても仕方がないだろう。

揺れ出したドイツの「脱原発」政策

 2021年には、ドイツの総電力の238テラワット時が再生可能エネルギー源から生成された。これは総電力量の約41パーセントに相当する。(BDEW/連邦統計局/BMWK/AGEB/石炭産業統計/ZSW)。一方、2020年には、ドイツで発電された電力の約11%が原子力エネルギーから得られた。約20年前、全電力のほぼ3分の1が原子力エネルギーから生成されてきたが、脱原発政策が実施されて以来、その割合は年々、低下してきた(国際原子力機関=IAEA)。

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▲操業37年後、昨年末にオフラインとなったグローンデ原子力発電所(ウィキぺディアから)

 ドイツの脱原発は、2000年代初頭の社会民主党(SPD)と「緑の党」の最初の連合政権下で始まった。その後、「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)と自由民主党(FDP)の連合政権は当初、操業中の原子力発電所の期間を延長しようとしたが、2011年3月、福島第一原子力発電所事故が発生したことを受け、ドイツの脱原発政策が固まっていった経緯がある。

 ドイツでは昨年末、操業中だった6基の原発のうち、3基がオフラインとなった。操業停止された原発はブロクドルフ(シュレスヴィヒホルシュタイン州)、グローンデ(ニーダーザクセン州)、そしてバイエルンの原子力発電所グンドレミンゲンだ。今年末までには残りの3基の原発、バイエルン州、バーデンヴュルテンベルク州、ニーダーザクセン州の原発も停止されることになっている。具体的には、1年以内に、エムスラント、イザール2、ネッカーヴェストハイム2の原子力発電所も操業を停止し、輸出用の燃料と燃料要素を生産する2つのプラントのみが操業を継続する。その後、ドイツの脱原発は完了する。

 昨年12月末に発足したショルツ連立政権(社会民主党、緑の党、自由民主党)も脱原発を継承、推進する方針を表明してきた。ショルツ首相は政権発足直後、「再生可能なエネルギーからより多くのエネルギーを生成する国になる」と表明し、その課題を「巨大な使命」と呼んだ。シュテフィ・レムケ環境相(緑の党)は、「脱原発は不可逆的だ。脱原発は計画通り進められる」と強調してきた。

 ただし、原発なくしてドイツの電力を完全に賄うことが出来るか、といった疑問に対し、これまで説得力のある答えは返ってこなかった。ドイツでは2038年までに脱石炭を決めているから、脱原発と脱石炭でドイツのエネルギー供給は大丈夫か、といった懸念が払拭できないからだ。既存の原発の耐用年数の延長を主張する声も一部で囁かれたが、脱原発政策を見直すほどまでの影響力はなかった。

 ところで今年に入り、ドイツ政府のエネルギー政策を根底から覆す出来事が生じた。ロシアのプーチン大統領が2月24日、ロシア軍にウクライナ侵攻を命令したのだ。ロシア側の軍事侵攻に対し、欧米諸国は即制裁を科したが、その制裁の中にはドイツがロシアとの間で推進してきた天然ガスパイプラインを敷く「ノルド・ストリーム2」計画が米国などの強い圧力もあって最終的には操業開始中断となったのだ。

 「ノルド・ストリーム2」計画によれば、全長約1200キロで、最大流動550億立法メートル、パイプラインはロシアのレニングラード州のヴィボルグを起点とし、終点はドイツのグライフスヴァルト。ドイツは全電力の3割をカバーできると期待されていた。それが中断されたわけだ。

 その後、欧州連合(EU)は対ロシア制裁を拡大し、ロシア産石油禁輸が決定された。欧州最大の経済国ドイツはこれまでロシア産天然ガスと石油に大きく依存してきた。石炭禁輸はドイツ国内で脱石炭が既に決定されていたが、石油禁輸には躊躇してきた。ただ、ロベルト・ハベック副首相(経済・気候保護担当相兼任)は、「ドイツも年内にロシア産石油輸入を急減させることが出来る」との楽観的な見通しを明らかにした。同経済相の説明によると、ドイツはこれまで石油輸入の約35%をロシアから輸入してきたが、今年4月末現在、その割合は12%に減少している。

 ドイツのエネルギー供給事情を振り返ると、脱石炭、脱原発、そしてロシア産天然ガス計画の中止、石油禁輸と、エネルギー供給源が次々と制限され、縮小されてきたわけだ。ドイツの産業界から、「エネルギー供給状況はカタストロフィーだ」、「エネルギー・テロだ」といった嘆きの声が聞かれ出した。

 ここにきて年内に操業を中止する3基の原発の操業延長を求める声が一段と高まってきたのだ。ドイツ放送は22日、バイエルン州のマルクス・ゼーダー州首相とインタビューしたが、同首相は原発操業の延長を主張し、原発用の核燃料を早急に入手しなければならないと警告を発している。同州首相によると、3基の原子炉の燃料棒は年内までしかもたない。大手エネルギー会社「RWE」のマルクス・クレバー最高財務責任者(CFO)は、「議論は遅すぎた。原子力発電所に必要な燃料棒をどこかから購入するかだけでなく、原子炉の種類にぴったりあった燃料棒が必要だ」と述べている。原子炉用のウランはこれまでロシアから購入してきた。オーストラリアやカナダからも購入できるが、早急に注文し、新しい燃料棒を挿入しないと、原発の操業延長は難しくなる、というわけだ。

 ゼーダー州首相は、「脱原発といったイデオロギーに固守している時ではない。真冬にエネルギー危機を迎えたならばどうなるか。部屋の温度を下げたり、車の利用を制限するといった国民の節約程度でエネルギー危機を乗り越えることはできない」と強調している。

 原発の場合、操業を数カ月や半年だけ延長する、といった短期間に制限することはできない。原子炉の燃料棒のこともあって、少なくとも数年から5年といった操業期間が前提となる。ドイツの脱原発政策は必然的に見直しを強いられることになるわけだ。

 再生可能エネルギー源の拡大は急務だが、短期間では難しい。ロシア産の天然ガスの供給が完全に止まった時、ドイツに残された選択肢は操業中の原発3基の操業延長しかない。長々と議論している時間はもはやない(脱石炭の見直しも考えられるが、環境保護問題もあって連立政権内でコンセンサスを得るのは容易ではない)。

プーチン氏の「病」と独製「重火器」

 プーチン大統領がロシア軍にウクライナ侵攻命令を出してから今月23日で120日目を迎えた。戦況は、プーチン氏だけではなく、ウクライナ側にとっても予想外の展開となってきた。北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長は19日、独メディアとのインタビューの中で、「戦いは長期化が避けられない状況だ」と警告を発している。

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▲Cー17輸送機に搭載される独製自走砲「PzH2000」(ウィキぺディアから)

 ロシアとウクライナ両国だけではない。戦争は世界の経済、食糧、エネルギー市場にも大きな影響を与え、程度の差こそあれ、今後の世界の情勢はウクライナ戦争の行方に左右されてきた。

 ウクライナ戦争の今後を予測することは難しいが、明確な点は、ウクライナ戦争は「プーチン氏の戦争」であり、その勝敗を左右するのはやはり戦争である以上、「武器」だ。換言すれば、戦争主犯者のプーチン氏の健康状況と欧米同盟国からのウクライナへの重火器供給問題だ。そこでプーチン氏の健康問題についてはこれまでの情報をまとめ、武器供給問題ではドイツのショルツ政権が公表した武器供給リストを紹介する。

 .廖璽船鸞臈領の健康問題

 独裁者のウラジーミル・プーチン氏の健康問題について、これま多くの憶測が流れてきた。信憑性の高い情報から、首を傾げざるを得ない噂まで多種多様だ。プーチン氏は今月15日から18日まで、自身の出身地サンクトペテルブルクで開催された「国際経済フォーラム」で自身の健康状態について語っている。プーチン氏は、「自分は死んだという噂を聞いたことがある」と、生前何度も死亡説が流れた米小説家マーク・トウェインの言葉を引用しながら、「自分の死についての噂はめちゃくちゃ誇張されている」と嘲笑しながら答えている。ただし、プーチン氏は、「自分は完全に健康で、病気ではない」とは述べなかった。

 ロシアのウクライナ侵略戦争以来、プーチン氏の健康についての情報は絶えない。ロシア大統領は「がん」に苦しんでいるとか、「パーキンソン病」に罹っているという噂が流れた。もちろん、そのような情報はこれまで確認されていない。ほかにもプーチン氏は背中に問題がある、という情報も流れた、といった具合だ。

 信頼性の高い情報としては、2019年11月、プーチン氏は、脊髄専門医と腫瘍学者を含む13人の専門医から構成された医師団の訪問を受けていることだ。耳鼻咽喉科の医師、感染症の専門医、外科医もその中に入っていた。がんを含む甲状腺疾患は、耳鼻咽喉科医によって最初に診察され、腫瘍学者と外科医の助けを受けて治療されたことがあるという。2020年の夏、プーチン氏はまた、甲状腺がんについて内分泌学の専門家、国立医学研究センターの所長と会っている。

 今年10月になれば70歳を迎えるプーチン氏が、がん、脊髄専門医などから治療を受けている可能性は排除できない。ただ、「国際経済フォーラム」や外国要人との会談ビデオを見る限りでは、外形的にははっきりとした症状は見られない、顔が少し膨れ上がってきたように感じる程度だ。アドルフ・ヒトラーと同じように、右手がパーキンソン患者のように震えがみられる、ともいわれている。

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 ドイツ連邦首相府は、ウクライナへ供給予定、ないしは完了済みの武器の正確な供給リストを初めて公開した。政府スポークスマン、ステフェン・へベストライト氏は、「リストはインターネットで見ることが出来る。リストは絶えず更新される予定だ」と説明、「ウクライナは間もなく緊急に必要な武器を受け取り、それらを迅速に使用できるようにするために引き続き取り組む」という。

 リストには「準備中/実装中」を入れ、多数の重火器システムも含まれている。Gepardタイプの約30両の対空戦車、7基の自走砲2000、3基の多連装ロケット砲MARS II(M270)、弾薬、防空システムIRIS−TSLM、砲兵検出レーダーCorbra、10基の対空砲だ。

 480万発の手弾、55万3000発の対空戦車弾、1万発の砲弾はこれから供給される。54台の装甲兵員輸送車、80台のトヨタのピックアップ車、22台のトラック、65台の医療品用冷蔵庫も同様だ。

 同スポークスマンは、「独連邦政府は米国などの同盟国と連携して適応していく。ウクライナが必要とする限り、ドイツはそれを支持し続けるだろう」と述べている。すなわち、さらなる軍事支援サービスが追加されるわけだ。そして 「連邦政府は、旧ワルシャワ協定の武器と装備をまだ持っている中欧・東欧のパートナー国と協議を行っている。それらの国は保管している旧ソ連製の武器をウクライナに届け、その交換としてドイツからドイツ製の武器システムを受け取ることになる」と説明した。 

 キーウからの外電によると、ウクライナのレズニコフ国防相は21日、ドイツから供与された自走榴弾砲が配備されたことを明らかにした。同武器は、ウクライナが求めてきた長距離精密兵器だ。

 ウクライナ戦争は、プーチン氏の体調で急変があった場合か、欧米同盟国のウクライナへの武器供給が絶えた時、戦況が変わるだろう。プーチン氏が健康を維持し、自身の独自の歴史観を堅持する一方、欧米とウクライナ間の結束が緩んだ場合、戦争はロシア側に傾き、プーチン氏の健康に問題が生じ、欧米同盟国とウクライナの結束が緩まないならば、勝利の女神はウクライナに傾くだろう。

 いずれのシナリオでも、ウクライナ戦争が長期化するならば、ロシアとウクライナ両国にはこれまで以上の犠牲者が出て、両国の国力は消耗戦に耐えられなくなる。その結果、両国は“痛み分け”で停戦に向かわざるを得なくなる。現状では、最後のシナリオが現実的だ。

灼熱の日を「シエスタ」で乗り越えよう

 アフリカから熱波が欧州大陸を襲い、フランスやスペインで40度を超える文字通りの歴史的な灼熱の日々が続いてきたが、その熱波がアルプスを超え、オーストリアまで広がってきた。オーストリア最西部のフォアアールベルク州のフェルドキルヒで19日、36・5度を記録した。6月の気温としては最高気温だ。今週はその熱風がウィーンにまで広がってくるという。

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▲灼熱の太陽と一輪の花(バルコニーから、ウィーンで撮影)

 記事になる話題が乏しい時は天気、気象に関連したテーマが取り上げられることが多い。夏季休暇が始まる頃になると、記事枯れのシーズンといわれ、紙面を埋める記事が少ないとデスクが悩む。ただ、この数日間の熱波報道は決して紙面を埋めるための記事ではなく、地球温暖化問題とも関連して深刻なニュースだ。

 フォアアールベルク州で36・5度を記録した日、ウィーンでも30度になった。市営プールは子供連れの家族や若者たちで一杯となった。19日にプールを利用した人はウィーン市で6万人という。6月としては記録的だ。ウィーンのメトロ新聞ホイテによると、暑さと戦っているのは人間だけではなく、シェーンブルン動物園では動物たちも日陰を探したり、白熊は水に入って気持ちよさそうに泳いでいる。

 気象専門家のマルクス・ヴァドザク氏は、「6月午前に32度というのは正常ではない。6月は最高気温は通常25度前後だ。都市部の6月の気温は過去60年間上昇してきた」と指摘、今年は熱中症で1000人以上が亡くなるかもしれないと予想している。

 同氏が推薦する灼熱の日々の過ごし方はシエスタ(Siesta)だ。スペインなど南欧では「昼寝」を意味するシエスタがライフ・スタイルに取り入れられている。シエスタはラテン語だが、昼寝をしなくても、昼食後、午後の仕事を再開する前に、1時間から2時間あまり「昼休み」を取ることを意味する。そして眠気を追っ払い、リフレッシュしてから午後の仕事に取り掛かるわけだ。午後2時ごろ、店に行ったが、閉まっていたという経験をした人もいる。スペインでは午後2時から5時までシエスタで、小売店や会社ではクローズという看板を掲げるところが多いという。

 ライフ・スタイル専門家がシエスタのプラス面とマイナス面について説明している。プラス面が多いが、昼寝時間を取りすぎると、仕事が夜遅くまで続く。夜の睡眠にも影響を及ぼすことから、ほどほどの昼寝時間を、と助言している。企業では生産性向上のために積極的にシエスタを取り入れているところもあるという。

 当方はここ20年あまり、朝4時ごろには目を覚まし、5時半過ぎにはその日の仕事に入るスケジュールで過ごしてきた。最近は昼ご飯後、疲れがでてきて仕事に集中することが難しく、ぼんやりとすることが多くなった。そこで1時間から2時間程度、昼寝する。外に出かけて、取材したり、人と会う予定がない場合、昼寝後、午後4時か5時ごろから再び仕事に取り掛かる。シエスタという意識はなかったが、実際はシエスタを実践してきた。体調のいい時などは、シエスタなしで夕食までスルーで働く。

 このコラム欄で「『地球』に何が起きているのか」(2018年8月8日参考)を書いた。2018年の7月、8月は40度を超える日々も続いた。2019年の夏も欧州で40度を超える灼熱の日々が続いた。マクロン仏大統領は2019年8月22日、先進7カ国首脳会議(G7)開催前の記者会見で、「私たちのハウスは燃えている」というドラマチックな表現で南米ブラジルの熱帯林の大火災について懸念を表明したが、燃えているのは熱帯林だけではなく地球が燃え出したという感じすらあった。

 新型コロナウイルスが発生した後はその対策に追われ、夏の暑さについての報道はメディアから一時消えていたが、2022年6月に入ると、再び熱いシーズンの到来を告げる日々が続いてきたわけだ。

 いずれにしても、ここ数年で新型コロナウイルスのパンデミック、ウクライナ戦争の勃発に直面し、我々を取り巻く環境では40度を超える灼熱の日々、洪水、山火事の多発、旱魃などの自然災害が頻繁に発生してきた。パニックを煽る意図はないが、過去5年間で自然災害、人災などが集中的に起きている。

 旧約聖書の「出エジプト記」には「エジプトの十災禍」の話が記述されている。神がエジプトで奴隷生活をしていたイスラエル人を救うためにエジプトに十の災禍をもたらした、という話だ。コロナ禍、戦争、洪水、山火事、旱魃、灼熱の日々のほか、食糧危機、エネルギー価格の高騰などが続く現在はひょっとしたら「21世紀の十災禍」ではないだろうか。

 「エジプトの十災禍」の場合、イスラエル人を神の約束の地カナンに導くという目的があったが、それでは「21世紀の十災禍」の場合、神はわれわれをどこへ導くために災禍をもたらしているのだろうか。

 ウィーンは21日午後、33度まで気温が上がるという。シエスタでも取って、「21世紀の十災禍」の目的は何かをジックリと考えてみたい。

両国軍兵士の士気は下がり脱走も

 北大西洋条約機構(NATO)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長は独日刊紙ビルト日曜版(6月19日付)とのインタビューの中で、「ロシア軍とウクライナの戦いは今後、何年も続くだろう」と語り、ウクライナを支援する西側連合国に、「長期戦争に備える必要性がある」と警告している。

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▲ストルテンブルグ事務総長とロイド・オースティン米国防長官(2022年6月16日、ブリュッセルでの会合で、NATO公式サイトから)

 同事務総長の発言の背景には、ウクライナ側を全面的に支援してきた西側にも、戦争の影響もあって物価急騰、エネルギーや食糧価格の上昇が深刻化し、ウクライナ支援に次第に陰りが見えだしてきたからだ。同事務総長は、「ロシアに対するウクライナの支援を緩めてはならない。ウクライナ国民は毎日多くの命を失っている。我々の支援はそれと比較できるものではない」と述べている。

 それを聞いた時、ロシア軍兵士だけではなく、ウクライナ兵士にも疲れが見えだし、士気が下がってきているという情報を思い出した。ウクライナ戦争の長期化は侵略者側のロシアだけではなく、ウクライナ側にも消耗戦の様相を深めてきている。

 ロシアのプーチン大統領は2月24日、ロシア軍にウクライナ侵攻を命令したが、当時、「数日間でキーウを制圧し、ゼレンスキー政権は敗走するだろう」と考えていたという。要するに、短期決戦だ。実際は、ウクライナ軍の国土防衛への士気は高く、国民も結束して立ち上がったため、プーチン氏の計算は狂い、補給や食糧不足、兵士の士気の低下を露呈し、キーウ制圧作戦は見事に失敗した。結局、ウクライナ東部・南部に軍を再結集する一方、モスクワからの補給を得て、東部制圧に乗り出してきた。

 一方、ウクライナのゼレンスキー大統領は国土防衛を国民に呼びかけ、18歳から60歳までの男性に武器をもってロシア軍と戦うように要求する一方、欧米諸国には、「重兵器を含み武器の供給」を求め、「ロシア軍の戦いは世界の民主主義への戦いである」として、世界に向かってロシアへの制裁強化とウクライナへの支援を呼びかけてきた。ここまではウクライナ側の計算通りに進んできたが、戦いが100日を過ぎ、4カ月目に入ろうとしてきた現在、祖国への愛国のもとで団結、連帯してきたウクライナ側にも兵士の士気の乱れが見られ出してきたというのだ。

 英国情報機関筋によると、ウクライナ軍の中にも数週間続くドンバスでの激しい戦闘で、兵士が脱走するケースが出てきた。一方、ロシア軍の士気は「非常に貧弱で、部隊全体が上からの命令を拒否し、将校と軍隊が戦うという事態もみられる」というから、プーチン氏が戦場の現場をみればビックリするようなカオスが生じているのだ。

 ロシア軍側の場合、隣国ウクライナとなぜ戦争しなければならないかも説明されず、戦いの前線に派遣された若いロシア兵士たちが多いといわれる。徴兵期間中のロシア兵の中には徴兵期間の延長を命令されたケースもある。戦争ではなく、「特殊軍事行動」という呼び方に拘るプーチン大統領だけが軍隊に檄を飛ばし、戦果のない軍司令官を更迭しながら、戦いの勝利を今なお信じている。なお、独週刊誌シュピーゲル6月11日号は、ロシアの地方に住む若い青年たちが軍徴兵係からスカウトされ、家族のためにまとまったお金を得て徴兵に応じている状況をルポしている。

 ウクライナ戦争関連の情報を西側通信社に依存している欧米では、これまでウクライナ軍の士気の高さ、国民の結束など、ポジティブな情報が主流で、兵士の脱走といった情報がこれまでほとんど流れてこなかった。しかし、戦いが4カ月間に及ぶ今日、ウクライナ側にも戦い疲れや戦争の意義への疑問をもつ兵士や国民が出てきたことをもはや覆い隠すことができなくなったわけだ。

 多くのウクライナ国民はある日突然、自分の家に隣国の軍隊が侵入し、住居や病院、学校などを破壊され、無差別攻撃を受ける、という事態にショックを受け、その悪夢から立ち上がることが出来ずに苦悩している。西側の社会学者はウクライナ国民の「心的外傷後ストレス障害」(PTSD)と呼んでいるほどだ。

 ストルテンベルグ事務総長は、「ロシアのプーチン大統領に対して確固たる立場をとらなければ、後日、はるかに高い代償を払うことになるだろう」と説明する。英国のジョンソン首相は、「西側は長い戦争に備える必要がある。具体的には、ウクライナが侵略者よりも早く武器、装備、弾薬、訓練を獲得できることを意味する」と語っている。

 侵略者側も犠牲国側も指導者たちは依然、勝利を信じているが、両国の兵士、国民には閉塞感、虚無感といった現象が広がってきている。如何なる理由があろうとも、戦争は非人道的な蛮行だ。
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