ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2022年04月

如何にウクライナ戦争終わらせるか

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナをさらに破壊し、何千人もの人々を殺すのをどうやって止めることができるだろうか。ロシア軍の攻撃をどうしたら止めることができるか。残念ながら、現時点ではその答えを見いだせないのだ。

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▲キーウ郊外の戦場跡を視察するグテレス事務総長(2022年4月28日、グテレス事務総長の公式ツイッターから)

 国連のグテレス事務総長が26日、モスクワを訪問し、プーチン氏と会合して早急な停戦、ロシア軍に包囲されたマリウポリ市から市民を安全に避難させる人道回廊の実施などを話し合ったというが、具体的な合意はなく終わったという。

 プーチン大統領が2月24日、ロシア軍にウクライナ侵攻を命じて以来、既に2カ月が過ぎた。国内外避難民の数は同国人口の30%近くに迫っている。犠牲者の数はウクライナ側とロシア側を含めると数万人に及ぶだろう。グテレス事務総長は28日、ロシア軍の攻撃を受けて廃墟化した首都キーウ(キエフ)近郊のボロディアンカとブチャ、イルピンを訪問し、「21世紀にあって戦争は絶対に受け入れられない」と強調したが、その戦争は今なお続いているのだ。

 バイデン米大統領は3月25日、ポーランドを訪問し、ワルシャワで演説して、「如何なる独裁者も人々の自由への愛を撲殺させることはできない。如何なる残虐な行為も自由への意思を押しつぶすことはできない。ロシアはウクライナに勝利はできない。自由を求める人々を希望のない暗闇の世界で閉じ込めることはできない」と述べ、「この男(プーチン大統領)は権力の座に留まることはできない」と語った。

 人間の自由への美辞麗句が戦時下にあるウクライナ国民の心にどれだけ助けとなったかは知らない。同大統領のこのセリフを聞いたロシア下院のスポークスマン、ヴャチェスラフ・ヴォロディン氏は「ヒステリック」と呼び、バイデン大統領の発言を「米国の無力さの表現」と受け取った。

 ウクライナ戦争に駆り立てられているプーチン大統領の大国復興へのファンタジーはこのコラム欄でも数回書いてきた。ここではロシア正教会最高指導者、モスクワ総主教のキリル1世の「この戦争は形而上学的闘争だ」という説明をもう少し考えてみた。

 キリル1世は「形而上学的戦い」について、具体的には、退廃文化を享受する欧米社会に対する善側のロシア側の価値観の戦いと説明している。冷戦時代、レーガン米大統領(在職1981年〜89年)は当時、共産主義世界を「悪の帝国」、民主主義世界を「善」として善悪闘争論を展開させたが、キリル1世はその善悪の立場を逆転させ、同性愛を奨励し、薬物世界に溺れる退廃文化の欧米世界を悪に、それに対抗するロシアを善の立場に置く新たな善悪闘争を呼びかけているわけだ。

 それに対し、訪日中のドイツのショルツ首相は28日、在日ドイツ商工会議所主催の会合で講演し、民主的価値を守り、共通の価値観を共有する国同士の結束の重要さを指摘、独裁政治を続けるプーチン大統領に対して民主主義の優位性を強調している。

 民主主義は主権が国民であり、自由な選挙で政府を選出でき、人権を尊重し、言論・宗教の自由は保障されていることを前提としているが、民主主義国でそれらの条件が完全に守られている国は残念ながら多くはない。キリル1世ではないが、人間の過大な自由への欲望を寛容に受けれる西側文化が退廃文化を生み出している面は否定できない。

 だから、第2次冷戦は人権の制限、言論・宗教の取り締まりなどを実施する強権政治の世界に対し、自由への謳歌で退廃下にある欧米社会の世界との戦いということができる。第1次冷戦時代の「善悪の戦い」とは明らかに異なる。

 第1次冷戦が終焉した直後、ソ連最後の大統領となったゴルバチョフ大統領は、「冷戦時代の勝利側の欧米社会は傲慢に陥って、敗北した元共産圏にその圧力を広げていった」と非難した。あれから30年以上の年月が経過した。ソ連の後継国ロシアに大国の復興を掲げるプーチン大統領が現れ、失った大国の回復に腐心してきた。プーチン氏は欧米社会の弱点、不統一を巧みに利用し、民主主義システムの崩壊を目指してきている。

 問題は、欧米社会が民主主義の理念に対して自信を失ってきていることだ。資本主義経済の問題点、自由社会の逸脱現象などに直面し、民主主義国の盟主・米国も腐敗、堕落、貧富の格差、退廃した性文化、薬物汚染といったさまざまな問題に直面しているからだ。一方、ロシアはプーチン大統領の強権政治で表向きは結束、統一しているが、自由を制限された若い世代は夢を求めて国外に脱出する一方、大多数の国民は経済的困窮を甘受しながら生きている。両者とも理想からは程遠いわけだ。

 第2次冷戦時代は、もはや華々しい戦いとはいえなくなった。共に血まみれの状態でリンクに挙がっているボクサーの試合のようだからだ。

 ない物ねだりかもしれないが、民主主義の理念を発展させ、世界を平和にできる指導者の出現が願われる。同時に、人間が一人一人良くならない限り、世界は第3次、第4次の冷戦を体験せざるを得ないのではないか。それではどうしたら人間は良くなるだろうか、換言すれば、人はどうして良くなれないのか。これは深刻なテーマだ。

 繰り返しになるが、ウクライナ戦争をどうしたら終わらせることができるだろうか。

ザグレブでホロコースト記念碑

 バルカン半島のクロアチアの首都ザグレブで27日、第2次世界大戦中のユダヤ人への大量虐殺(ホロコースト)を追悼する記念碑が建立された。同記念碑は何年も前から計画されていたが、数カ月前にようやく完成したばかりだ。記念碑発足までクロアチア当局とユダヤ人コミュニティの間で長い論争があったためだ。

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▲クロアチア共和国初代大統領トゥジマン大統領(ウィキぺディアから)

 ザグレブから配信されたAFP通信の写真を見ると、記念碑は、スチールケースを重ねて作られた高さ12メートルの壁だ。それらは、強制収容所に強制送還された人々が駅のプラットホームに残したスーツケースを記念することを意図しているという。ザグレブ市長のオレグ・マンディッチ氏は同日の式典で、「この記念碑が記憶の文化に貢献し、過去の過ちを忘れないために役立つことを望んでいる」と述べている。

 記念碑の建立が遅れた理由としては、記念碑建立でクロアチア側がユダヤ人側と相談なく決定したことにユダヤコミュニティが強く反発したこと、記念碑の目的が戦争中に犠牲となったユダヤ人やロマ人の追悼だが、「誰が」、「どこで」で彼らを殺害したのかが明確でないことにユダヤ側が強く反発し、「歴史の事実を隠蔽している」といった批判の声まで出てきたからだ。

 地元のユダヤ人コミュニティ代表は、「犯された残虐行為におけるクロアチアの政権の役割が明確にされていない」と非難してきた。記念碑は「ホロコーストの犠牲者」に捧げられることになっていたが、ナチスと同盟を結び、1941年から1945年の間に数千人のセルビア人、ユダヤ人、ロマ人などを殺害したウスタシャ政権の関与には全く言及されていなかったのだ。すなわち、ホロコーストの加害者が明確ではないのにどうして犠牲者を慰霊できるか、といった批判は当然だ。

 クロアチアのユダヤ人責任者のオグニェンクラウス氏は2019年、「戦時中の残虐行為が「誰によって、どこで行われたのかなどが不明な印象を受ける」と批判していた。世界ユダヤ人会議(WJC)はクロアチア当局が「歴史を書き直そうとした」と非難した。最終的には、市当局は記念碑をホロコーストとウスタシャ政権の犠牲者に捧げるということで決着したわけだ。

 クロアチアにはザグレブ南東95kmにヤセノヴァツ強制収容所(Jasenovac)があった。同収容所は「バルカンのアウシュヴィッツ」と呼ばれていた。ナチス・ドイツ軍の関与なく運営された収容所としては、その規模からも欧州で最大級の強制収容所だったという。そこでクロアチア人の宿敵だったセルビア人のほか、ユダヤ人、ロマ人などの少数民族出身者、反体制派活動家が拘束され、殺害された。犠牲者の数の正確な数字はない。米国ホロコースト記念館によると、推定10万人と見ている。

 クロアチアは1941年4月、「クロアチア独立国」を建国すると、ファシズム政党ウスタシャ政権(指導者アンテ・パヴェリッチ)はナチス・ドイツ政権と連携し、「人種法」を取り入れ、セルビア人のほか、ユダヤ人を敵視する政策を推進していった。同年には既にザグレブではユダヤ教のシナゴークや墓地などが襲撃され、破壊されている。ちなみに、民族主義者でクロアチア共和国初代大統領のフラニョ・トゥジマン大統領(在任1990年〜99年)はウスタシャ政権への歴史的見直しを試みる一方、ユダヤ人の犠牲者数を数千人と過小に見積もっていたほどだ。

 クロアチアは現在、欧州連合(EU)の加盟国であり、観光立国を目指している。アドリア海沿いに有数の観光エリアを誇り、夏季休暇にはドイツ、オーストリアなどから多数の観光客がくる。美しいアドリア海を背景に休暇を楽しむ人々をみていると、ウスタシャ政権下でどれほどの残忍な虐殺が行われたかを忘れさせてしまう。

 ロシア軍がウクライナに侵攻し、多くの民間人、女性、子供たちを殺害しているというニュースに接する度に、「人類は同じ蛮行を繰り返している」というやりきれない思いにさせられてしまう。ザグレブの記念碑が歴史からの教訓を引き出すうえで少しでも役立つことを願うだけだ。

シュレーダー氏「少女像」を忘れるな

 ゲアハルト・シュレーダー元独首相(首相在任1998年10月〜2005年11月)の米紙ニューヨーク・タイムズとのインタビュー(4月23日)の内容が注目されている。インタビューの焦点はロシアのプーチン大統領とシュレーダー氏の関係だ。ロシア軍のウクライナ侵攻後、親ロシア派だった政治家、芸術家、スポーツ選手が次々とプーチン氏に距離を置きだしているなか、シュレーダー氏はこれまでプーチン氏を一切批判していない。

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▲ゲアハルト・シュレーダー元独首相(ウィキぺディアから)

 シュレーダー氏(78)は会見の中で、「欧米のプーチン像は事実の半分でしかない。ウクライナの首都キーウ郊外のブチャの虐殺もプーチン氏が命令したものかどうかは分からない。軍下位の人間が命令したものかもしれない」とプーチン氏を終始擁護し、「プーチン氏は、『自分も停戦したいが、簡単ではない』と述べていた」という。ロシアがウクライナのクリミア半島を併合した時、ロシアを最初に擁護したのがシュレーダー氏だ。欧州連合(EU)のウクライナ政策を批判し、「EUはクリミア半島の危機を煽っている」、「EUはクリミア半島の地勢学的な状況への理解に欠けている」と批判し、プーチン大統領を庇っていた。

 ドイツ放送のフランク・カペラン記者の情報(2月7日)によると、シュレーダー氏はプーチン大統領から国営企業ロスネフチの監査役会の仕事を得て、年間60万ユーロを受け取り、それに加え、独ロ間の天然ガスパイプラインの「ノード・ストリーム2」の株主委員会メンバーとしての報酬は25万ユーロと見積もられる。ほぼ同額の報酬がガスプロムの新しい監査役会のポジションに対しても支払われている。シュレーダー氏がプーチン氏から年間100万ユーロ以上(約1億3000万円)の金を受け取っていることになる。

 ただ、プーチン氏とシュレーダー氏との関係は経済的な繋がりだけではなく、それ以上に、両者には人間的な繋がりがあるという説がある。ニューヨーク・タイムズ紙記者は、「両者は共にマッチョ・タイプだ」と述べている。シュレーダー氏自身は昔、「プーチン氏と自分は貧困家庭出身という出自で似ている」と述べたことがある。

 シュレーダー氏が所属しているドイツの社会民主党(SPD)ではプーチン氏を支援するシュレーダー氏の党追放を求める声が日増しに高まっている。それに対し、プーチン氏は、「シュレーダー氏は正直な人間だ。ドイツ人が高いガス代を払いたくないのならば、シュレーダーに感謝すべきだ。彼は常にドイツの国益のために動いている」と説明し、ドイツ国内のシュレーダー批判を一蹴している。

 ここまで書いてきて重要な事を思いだした。在ベルリンの韓国人団体「韓国協会」(Korea Verband)が2020年8月28日、ベルリン市ミッテ区で少女像(慰安像)を設置した。同区は日本側の抗議を受け、少女像を撤去させる予定だった時だ。シュレーダー夫妻は少女像撤去指示に抗議し、ドイツ当局に決定を撤回すべきという趣旨の手紙を送っている(韓国中央日報)。

 韓国人女性と再婚したシュレーダー氏は当時、「慰安婦は女性の性的搾取に抗議するものであり、女性の権利を擁護するシンボルだ」と語っている。シュレーダー氏は戦時中の女性の権利擁護をアピールしたのだ。ちなみに、「少女像」にある碑文には「第2次世界大戦当時、旧日本軍がアジア・太平洋全域で女性たちを性奴隷として強制的に連行していた」と記述されている。

 シュレーダー氏は2017年9月、韓国を訪問し、文在寅大統領と会見する一方、旧日本軍の慰安婦被害者が共同生活を送る施設「ナヌムの家」(京畿道広州市)を訪問し、そこで日本の歴史問題に対する対応を批判し、韓国国民の歓迎を受けたことを思い出す。

 シュレーダー氏は当時、女性の権利を擁護するために貢献している慰安婦たちをノーベル平和賞に推薦する韓国国会内の動きに対し「私も支持する」とエールを送っている。

 それでは戦時中の女性の権利擁護、性的搾取に憤慨するシュレーダー氏がウクライナ戦争で多くのウクライナ女性が性的搾取されたり、迫害されているのにどうして声を上げて抗議しないのか、といった疑問が湧いてくるのだ。BBCでレイプ問題の専門家がロシア軍がウクライナ国民の士気を落とすために意図的に女性をレイプするケースを報告している。また、英日刊紙ガーディアンは4月4日、「武器としてのレイプ:ウクライナで引き起こされている大規模な性的暴力」というテーマで報告している。シュレーダー氏が知らないはずがない。

 シュレーダー氏だけではない。韓国側にもいえる。女性の権利のために世界に少女像を設置してきた韓国はいまこそ、プーチン氏に抗議すべきだろう。ベトナム戦争下の韓国兵士のベトナム女性への性的問題を忘れてはいないはずだ。いずれにしても、シュレーダー氏にも韓国側にも、どの国以上にプーチン氏に抗議すべき理由があるはずだ。シュレーダー氏には友人のプーチン氏にガーディアンの記事のコピーを送って強く抗議してほしい。

<参考>
 「訪韓した独前首相の『反日』発言」2017年9月14日
 「シュレーダー独前首相と韓国女性」2017年10月4日
 「独で見られる反日傾向と『少女像』」2020年9月30日
 「シュレーダー独元首相の懐具合」2022年2月12日

話題をくれる外相の「発言集」

 欧米大国の外相ではない。アルプスの小国オーストリアの外相だが、同外相が語る内容は結構メディアで報道されることが多い、というか、注目されるのだ。ただ、評価されることより、批判されることのほうが多いのは仕方がない。メディアは政治家の発言を称賛することより、批判することに長けているからだ。オーストリアのシャレンベルク外相の話だ。

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▲オーストリアのネハンマー首相とシャレンベルク外相(左)、ロシア軍のウクライナ侵攻を批判(2022年3月1日の記者会見で、オーストリア連邦首相府公式サイトから

 シャレンベルク外相は1969年、スイスのベルンで生まれ、外務省事務局長まで務めた外交官の父親に連れられてインド、スペイン、フランスで生活し、1989年から94年、ウィーンとパリで法律を学び、外務省入りした後、ブリュッセルに行き5年間余り駐在。シュッセル政権では外交問題アドバイザーや、プラスニック外相(当時)の報道官などを歴任した後、クルツ氏が外相時代にはその最側近として歩んできた。シャレンベルク氏はアマチュア外交官ではなく、文字通りプロの外交官だ。同外相は複数の外国語が堪能で、英語もアクセントなく話す。オーストリアの歴代外相の中でも言語力ではトップだろう。

 ところで、シャレンベルク外相の最近の発言がまた話題となっている。同外相はウクライナの欧州連合(EU)加盟問題で、「加盟に可能な限り近いテーラーメイドな案を作成すべきだ」と述べたのだ。この発言にはウクライナの完全なEU加盟は現時点では難しい、という意味合いが含まれている。

 この発言が報じられると、ウクライナのネットメディアは、「オーストリア外務省はウクライナのEU加盟を拒否した」とやり返した。ウクライナ外務省のスポークスマンは、「この発言は戦略的に近視眼的であり、EUの利益に対応していない。オーストリア外相の声明はまた、EUの加盟国が圧倒的にウクライナの加盟を支持しているという事実を無視している」と批判した。

 シャレンベルク外相の声明はロシアでも注目され、ロシアのニュースアグリゲート(News.yandex.ru)では同外相の発言はその日の最も重要なニュースの1つに入ったというのだ。いずれにしても同外相の発言は本人の意図とは別に反響があった。

 参考までに、同外相のオファーは、完全なEUメンバーシップではないが、例えば、エネルギー、運輸、国内市場など特定の分野ではウクライナが関与できるシステムだ。同外相の発言はEU加盟を希望している他の候補国、ボスニアヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニア、アルバニアなどへの配慮がある。ウクライナだけを特別扱いできないからだ。EUの他の外相は多分、同じように考えているだろうが、ウクライナ側から批判されることを恐れ、口には出さないだけだ。シャレンベルク外相の発言内容はウクライナから批判され、予想通り、ロシアからは評価されたわけだ。

 同外相の発言がロシアから批判を受けたこともあった。シャレンベルク外相は同国の中立主義問題で3月5日、ロシア外務省から「オーストリアは中立主義を守るべきだ」と批判された。それに対し、同外相は、「わが国は軍事的に中立主義を維持するが、政治的には中立ではない」と述べ、モスクワの抗議に反論している、といった具合だ。

 問題発言もあった。EU外相理事会に出席したシャレンベルク外相は2月20日、国営放送のニュース番組のインタビューの中で、ウクライナ情勢について、「ウクライナ2022年の危機は1938年のオーストリアのナチス・ドイツ併合時と比較できる」と語ったのだ。ヒトラーが生まれたオーストリアの政治家がナチス・ドイツ問題を不注意に言及すると、批判を受けることが多い。

 同外相の発言が報じられると、「オーストリアは、まだナチス・ドイツ政権の最初の犠牲国だったと考えている」といった批判がSNSなどから飛び出した。シャレンベルク外相は早速、「発言内容は誤解されている。私はオーストリアがナチス・ドイツ政権の戦争犯罪の犠牲国とは考えていない。ヒトラーがウィーンに凱旋し、英雄広場で演説した時、オーストリア国民の多数が歓迎したことは歴史的事実だ。ただし、1937、38年、オーストリア政府はナチス・ドイツ政権の併合を阻止するために国際連盟に連帯を要請したが、メキシコ政府以外はどの国も支援しなかった。オーストリア政府は当時、国際社会で孤立していた。ウクライナの現状はある意味で酷似している面があるのだ」と弁明している。

 シャレンベルク氏は昨年10月11日、突然辞任したクルツ首相の後継者として一時首相に就任した。当時、新型コロナウイルスのワクチン接種の義務化が最大の議題だった。同氏は昨年11月19日、「社会の少数派ともいうべきワクチン接種反対者が多数派の我々を人質にし、社会の安定を脅かしている。絶対に容認できない」と厳しい口調で強調し、ワクチン接種反対者に対して制裁も辞さない姿勢を滲ませ、喧嘩腰で言い張ったのだ。

 そんなことがあったからではないが、当時首相だったシャレンベルク氏は首相56日間という同国の首相在任最短記録を残して昨年12月2日、首相を辞任し、古巣の外務省に戻り、今日まで外相を務めている。シャレンベルク外相の政治スタイルは事の核心を直接語る実務派的だ。ある意味で非外交的な発言が多い。だから、時には批判を受けることになる。

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、欧州の外交世界は過去2年間、オンライン会合が主流を占めてきたが、コロナ禍も一応峠を越え、外交の世界でも再び対面会議が増え、外国訪問の機会も出てきた。シャレンベルク外相の発言も生き生きしてきた。さまざまな形で話題を提供してくれるシャレンベルク外相はコラムニストにとって貴重な存在だ。

バンカー(防空壕)でのイースター

 ロシアやウクライナの主要宗派、正教会は24日、イースター(復活祭)を迎えた。同日はロシア軍がウクライナに侵攻してまる2カ月が過ぎた日だ。戦時下の中で多くの正教徒たちがキリスト教の祝日を祝った。同時期、ロシア軍はウクライナ東部の攻撃を継続し、多くの民間人が犠牲となっている。期待された「イースター休戦」は実現されなかった。

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▲イースターの礼拝に参加したウクライナ兵士(バチカンニュース2022年4月24日から、オデーサ)

 ロシア正教会の最高指導者モスクワ総主教のキリル1世はモスクワの救世主キリスト大聖堂でイースターの祝福を信者たちに与えた。このイースター礼拝には正教徒のプーチン大統領も参加した。

 礼拝後、プーチン氏とキリル1世は互いにプレゼントを交換した。ロシア軍のウクライナ侵攻以降、両者が公開の場で会ったのは初めてだった。プーチン氏はイースターの礼拝には参加してきたが、新型コロナウイルスの感染流行のため、参加を控えてきた。インテルファクス通信社によると、今年はロシアの首都だけで約60万人がイースター礼拝に参加したという。

 プーチン氏はキリル1世宛てのイースター祝賀書簡の中で、「キリスト教の最大の祝日は、正教徒を含むすべての国民を結束させ、偉大で道徳的理想と価値観へのキリストの復活を祝います。キリストの復活は人々の最も明るい感情を呼び起こし、人生の勝利、善と正義への信念を目覚めさせます」と述べている、キリル1世に対しては、「社会における伝統的な精神的、道徳的、家族的価値観の促進への貢献」を称えている。

 プーチン氏の指令のもと、ロシア軍がウクライナに侵攻、無数の民間人を虐殺するなど忌まわしい戦争が起きていなかったならば、プーチン氏のイースター祝賀書簡は喜ばしいメッセージと受け取れるが、ウクライナでロシア軍が戦闘を繰り広げている最中に聞くと、不思議な思いに襲われる。プーチン氏は本当にそのように考えているのか、いつものように演出しているか、ひょっとしたらプーチン氏は2つの異なった世界に生きているのだろうか、といった思いだ。

 キリル1世は記念ミサでウクライナ戦争については直接何も言及しなかった。「全てのキリスト者がイースターから最初に学ぶべきことは、真理の究極の勝利に対する絶対的な確実性を有することだ。救い主はそのために苦しみ、再び復活したのだ。全てのキリスト者は日常生活が困難であったとしても、勝利したキリストのもとに立たなければならない」と説教している。ちなみに、キリル1世は今年3月、ロシアの侵略戦争を西側からの悪に対する善の「形而上学的闘争」と説明し、正当化している。

 一方、ウクライナの正教会では夜間外出禁止令のため、復活祭の式典は24日朝の記念礼拝しか行われなかった。ゼレンスキー大統領はイースターのビデオメッセージの中で、「偉大な神よ、ウクライナ人の願いである平和な日々が訪れますように。そしてあなたと共に永遠の調和と繁栄が訪れますように」、「偉大で唯一の神よ、私たちのウクライナを救ってください!」と祈っている。ビデオは、キーウの最も重要な教会である聖ソフィア大聖堂で録画されたという。

 ウクライナ正教会のキーウのエピファニウス府主教はツイッターで、「ロシア軍にとって神聖なものは何もない。彼らはイースターでも戦争を続けている」と非難した。23日にはウクライナ南部オデーサでロシア軍の攻撃により数人の民間人が殺害されたばかりだ。同府主教は、「ウクライナの勝利で、善と真実の勝利への確固たる信頼であなたの心が満たされますように」という祝賀を述べている。

 世界正教会の精神的指導者、東方正教会のコンスタンディヌーポリ総主教、バルソロメオス1世は、「ウクライナに対するロシアの戦争を即時終結すべきだ。この『フラトリサイド戦争』(兄弟戦争)は人間の尊厳を損ない、慈善の戒めに違反する」と述べている。

 ウクライナの1人の正教徒は、「警報のサイレンが鳴れば、私たちは礼拝を中断し、地下室のバンカーに入り、そこで礼拝を続けます。地下室には小さな即興の教会が設置され、祭壇とそれに付随する全てが備えられています。そこで私たちは静かに祈りを続けます」と説明し、「私たちは今、悲しみ、恐れ、絶望、悩みなどの感情が実際に何を意味するのかを理解しています」と語っている。

キリル1世の「ルースキー・ミール」

 会って話すことが難しくなったという。会うことでマイナスの影響が出ることを恐れているのかもしれない。ローマ教皇フランシスコとロシア正教総主教キリル1世との会談の話だ。

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▲モスクワ総主教キリル1世(2022年3月10日、世界教会協議会(WCC)公式サイトから)

 両指導者は2016年にキューバで歴史的な会談を実現しているから、最初の会談ではないが、キリル1世はプーチン大統領に直接話すことができる数少ない人物だけに、プーチン氏に戦争の停止を進言してほしい、とフランシスコ教皇は考えていたのかもしれない。しかし、キリル1世がプーチン氏の戦争を支援している。話し合って変わることなどは期待できないだけではなく、ロシア側のプロパガンダに利用される危険性が排除できないから、「会わないほうが無難だ」という判断がバチカン側に最終的に働いたのだろう。

 バチカンのナンバー2、国務長官のピエトロ・パロリン枢機卿は今月8日、フランシスコ教皇とキリル1世の首脳会談の可能性を「排除できない」と示唆し、首脳会談は「中立な場所」と述べていた。イタリア通信社ANSAは4月11日、「ローマ教皇フランシスコはキリル1世と今年6月にエルサレムで会うことができるかもしれない。フランシスコ教皇は6月12日から13日にレバノンを2日間訪問した後、同月14日朝にヨルダンのアンマンからエルサレムに到着する。教皇はそこでキリル1世と会い、ウクライナ戦争について話すことができる」といった憶測記事を流した。

 フランシスコ教皇には「キーウ訪問」と「キリル1世との首脳会談」の2件の緊急要件がある。前者の場合、教皇の健康状況(膝,腰痛)が障害となる。バチカンとして教皇のキーウ訪問前に、バチカンの外相ポール・リチャード・ギャラガー大司教が近い将来キーウを訪問し、教皇訪問の下準備をする考えではないか。

 一方、教皇とキリル1世との会談の場合、会談は非常に政治的な様相を帯びてくる。キリル1世自身はプーチン大統領のウクライナ戦争を支持、「ウクライナに対するロシアの戦争は西洋の悪に対する善の形而上学的闘争だ」と強調してきた指導者だ。それに対し、東方正教会のコンスタンディヌーポリ総主教、バルソロメオス1世は、「モスクワ総主教キリル1世の態度に非常に悲しんでいる」と述べ、ジュネーブに本部を置く世界教会協議会(WCC)では、「ロシア正教会をWCCメンバーから追放すべきだ」といった声が高まってきた。世界の正教会でもキリル1世の戦争支持に強い反発が出てきている。そのような時、キリル1世と首脳会をしても成果が期待できないばかりか、誤解される危険性も出てくる、といった懸念は当然考えられる。

 フランシスコ教皇はアルゼンチンの日刊紙「ラ・ナシオン」とのインタビューの中で、「この時点で私たち2人の間の会合が多くの混乱を引き起こす可能性がある」と述べ、キリル1世との2回目の会談をキャンセルしたことを明らかにした。同時に、ウクライナ戦争の停戦調停のためには、「バチカンは休むことはない。あらゆる機会を模索している」と強調している。

 ロシア軍のウクライナ南東部マリウポリの廃墟化、ブチャの虐殺など民間人を大量に殺害する非情な戦争に世界は衝撃を受けている。欧州では「戦争犯罪を黙認するプーチン氏との対面会談はもはや無意味だ」という声が強い。同じように、「ウクライナ戦争を形而上的論争と考えるロシア正教の最高指導者キリル1世との対面会談からは何も期待できない」といった声が世界の正教会、キリスト教会関係者から聞かれ出してきた。そしてフランシスコ教皇も「この時期の会談は……」という理由から会談計画を中断したわけだ。プーチン氏ばかりか、キリル1世も孤立化してきたわけだ。

 プーチン氏の思想世界はこのコラム欄でも度々論じてきた(「プーチン氏は聖ウラジーミルの転生?」2022年3月28日参考、「プーチン氏に影響与えた思想家たち」(2022年4月16日参考)。今回はキリル1世の世界を少し覗いてみる。キリル1世はロシアの敵対者を「悪の勢力」と呼び、ロシア兵士には戦うように呼びかけてきた。そのためたキリスト教神学界からも厳しい批判が飛び出し、神学者ウルリッヒ・ケルトナー氏は「福音を裏切っている」とキリル1世を非難している。

 インスブルック大学宗教社会学のクリスティーナ・ストックル教授は、「ロシアのアイデンティティと受け取られている概念『Russki mir』(ロシアの世界)はウクライナ戦争を理解する上で重要だ」と諭す。「ルースキー・ミール」は文化的概念であり、、ロシア語、文学、ロシア正教会が特別な社会的結合力を持つ文明空間を意味する。「ルースキー・ミール」の空間は通常、神聖なキリスト教の空間、狭義にはロシア正教会の空間を意味するという(「オーストリア国営放送」2022年4月8日参考)

 クリミア半島はロシア正教会の起源と見なされているから、ウクライナはモスクワ総主教区の中心的な役割を担っている。「キーウ大公国」のウラジミール王子は西暦988年、キリスト教に改宗し、ロシアをキリスト教化した人物だ。キリル1世はウクライナとロシアが教会法に基づいて連携していると主張し、ウクライナの首都キーウは“エルサレム”だという。ロシア正教会はそこから誕生したのだから、その歴史的、精神的繋がりを捨て去ることはできない、という論理になる。

 汎スラブ主義、反近代的保守主義、ユーラシア主義を掲げるプーチン氏の“プーチン主義”(パリ生まれロシア系哲学者ミシェル・エルチャニノフ氏)とキリル1世の「ルースキー・ミール」の世界が結託し、ウクライナ戦争に駆り立てている、といえるかもしれない。

独連立政権「重火器供給問題」で分裂?

 第2次世界大戦終戦から75年以上経過したが、欧州大陸(バルカン半島を除く)で大きな戦争はなく、欧州国民は平和を享受してきた。しかし、今年2月24日、ウクライナ戦争の勃発後、安全保障問題が急浮上してきた。ロシア軍の軍攻勢を受けるウクライナのゼレンスキー大統領は、「ウクライナ戦争は我々の戦争だけではなく、欧州の戦争をも意味する」と主張、北大西洋条約機構加盟国(NATO)に武器の供給を要求してきた。

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▲ウクライナへの重火器供給問題で議論を呼ぶ独連邦議会(独連邦議会公式サイトから)

 第2次世界大戦でナチス・ドイツ軍の戦争犯罪問題を抱えるドイツは終戦後、紛争地域への武器供給を禁止してきたためウクライナからの武器供給要求をこれまで拒否してきた。それに対し、ウクライナばかりか、NATO加盟国、そしてショルツ連立政権内からも重火器供給を要求する声が出てきて、3党(社会民主党=SPD、緑の党、自由民主党=FDP)から成るショルツ連立政権で不協和音が聞かれ出した。

 ロシア軍のウクライナ侵攻前後、ショルツ政権の対応は迅速で、その決定は歴史的だった。ショルツ首相は2月22日、ロシアとドイツ間のロシア産天然ガス輸送パイプライン建設計画「ノルド・ストリーム2」の承認を停止した。首相自身はメルケル政権下の財政相時代から「『ノルド・ストリーム2』は経済プロジェクトであり、政治的テーマではない」という立場を取ってきたが、それを急遽、「ノルド・ストリーム2の操業開始を停止する」と公表した。同月26日、ウクライナに1000個の対戦車兵器と500個の携行式地対空ミサイル「スティンガー」など、防衛武器の供給を決定。同月27日には、ショルツ首相は連邦議会(下院)の特別会期で、「ドイツ連邦軍特別基金」を通じて軍隊の大幅拡大を発表、この目的のために基本法を変更したいと主張。具体的には、「2022年の連邦予算はこの特別基金に1000億ユーロ(約13兆円)の一時的な金額を提供する」と述べ、「国防費を国内総生産(GDP)の2%以上に引き上げる」と表明した。

 ここまでは良かったが、ウクライナ戦争が長期化し、ウクライナからの武器供給の声は一層高まってきた。マリウポリの廃墟化、ブチャの虐殺などが明らかになり、ウクライナ側は欧州連合(EU)の盟主ドイツに対して重火器供給を要求してきた。

 重火器は、1990年に締結された欧州通常戦力条約(CFE条約)によれば、主力戦車、装甲戦闘車両、大砲、戦闘機、攻撃ヘリコプターの5つの分類があり、重火器システムの数には上限が設定されている。

 ウクライナのクレーバ外相は、ドイツを名指しこそ避けたが、ロシアの侵略を阻止するために自国に重火器を供給したくない国を「偽善」だと非難した。それに対し、ショルツ首相は23日発行の独週刊誌シュピーゲルとのインタビューで、「ドイツは重火器を供給しない」と重ねて主張、「ウクライナは、長い訓練なしで使用できる装備が必要だ。それには旧ソビエト製の武器が最適だ」と説明する一方、「ドイツ連邦軍の在庫武器は既に尽きている。NATO加盟国で旧ソビエト製戦車などを保有している国がウクライナに供給し、ドイツ側が引き換えにそのNATO加盟国を支援するという交換案」を提示した(独語ではRingtauschと呼ばれる)。

 ドイツのランブレヒト国防相(SPD)は、「独連邦軍は在庫から重火器を供給できない。連邦軍は、国防と同盟国の防衛を保証する義務があるからだ」と述べている。換言すれば、ドイツ製の最新重火器はNATO加盟国の防衛用であり、ウクライナ防衛のためではないという意味だ。具体的には、レオパルト1戦車やゲパルト対空砲戦車は供給できないわけだ。

 ショルツ政権に参加している「緑の党」は安保問題では過去、平和党を自負し、紛争地域への武器供給には強く反対してきたが、ロシア軍のウクライナ侵攻以来、その安保政策は文字通り180度激変した。「緑の党」出身のベアボック外相はウクライナへの重火器供給を支持する最先頭に立っている。同外相はウクライナ支持を前面に出し、キーウを訪問し、ブチャを視察するなど積極的な外交を展開、バルト3国訪問では、ウクライナ支援で連帯と結束を呼び掛けている。

 ちなみに、「緑の党」はショルツ首相の案に対して、「十分ではない。ウクライナ戦争が長期化した場合、それでは追い付かなくなる。ウクライナに西側の重火器を供給すべきだ」という立場だ。同じように、FDPは「SPDは重火器供給問題を迅速に解決すべきだ。戦争はわが国の論議が終わるまで待っていない」と強調している。

 一方、独連邦議会の第一党野党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)は議会に動議を提出し、ウクライナへの重火器供給の決定を迅速に下すべきだと主張している。CDU/CSU提出の動機は連立与党の「緑の党」とFDPの支持が期待できるほか、SPD内でも支持する議員が出てくることが予想されるため、採択される可能性は高い。採択がロールコール投票で実施された場合、与党内の分裂が一層鮮明化する。

 参考までに、ショルツ首相が率いるSPDは過去、ロシア政策では融和路線を支持、16年間のメルケル政権下でも外相を担当し、プーチン大統領のロシアとの関与政策を積極的に推進してきた経緯がある。そのため、SPD内にはウクライナ戦争でロシアと正面衝突することに躊躇する傾向が強い(「メルケル氏はプーチン氏に騙された」2022年3月30日、「ゼレンスキー氏の『アンビバレンツ』」2022年4月15日参考)。

 ショルツ首相はシュピーゲル誌とのインタビューで、「ウクライナ戦争が第3次世界大戦につながる危険性を避けなければならない。核戦争があってはならないからだ」と強調し、ドイツ製の重火器供給が戦争を激化させる危険性があるという認識を明らかにしている。その点、バイデン米政権も同様だ。米国はウクライナに対して大砲などの重火器供給を実施するが、東欧のNATO加盟国にあるMIG−29戦闘機のウクライナへの供給には反対している。

 プーチン大統領が重視している5月9日の対独戦勝記念日が近づいてきた。ロシア軍はウクライナ東部地域に結集して攻撃を激化させてきた。ドイツはウクライナへの重火器供給問題で厳しい選択を突き付けられている。

ハラハチブ(腹八分)でイキガイを!

 今日はひょんなことから聞いた話を紹介する。欧州で静かに定着してきた‘Hara Hachi Bu’と呼ばれる減量方法だ。場所によっては、‘Hara Hachi Bu哲学’、ないしは「日本で開発された80%のルール」と言った呼び方がされている。

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▲「ハラハチブ」を紹介するオーストリア日刊紙クローネ・オンラインからのスクリーンショット(記事は2022年4月4日)

 Hara Hachi Buを日本語で「腹八分」と書けば、すぐに理解されると思う。「腹八分」が哲学と考える日本人は少ないと思うが、オーストリアでは「生涯スリムでいる日本人には、何世代にもわたって使用されてきた古代のトリックがあり、極端なダイエットよりもはるかに優れている。このルールは、腹八分と呼ばれる古代のトリックだ」といった少々大げさな説明文が紹介されている。

 オーストリアに住んで長くなるが、「ハラハチブ」という言葉を聞いたのは最近だ。「ハラハチブ」って何、といった見出しの記事が掲載されていた。日本語のような響きだが、最初は何の意味か分からなかったが、後で日本語の「腹八分」を意味するらしいと分かった。「ハラハチブ」を紹介していたのはオーストリア日刊紙クローネだ。医師会の広報でも「腹八分は健康に大切だ」と健康管理と食生活の中で教えているという。

 当方は料理番組が好きだが、料理人が結構、日本語を使うのには驚かされる。例えば,「うま味」や「ダシ」だ。「この薬味をいれますと“うま味”がでます」と料理人がいう。「こんにゃくはいいよ。カロリーがないからね」といった話まで飛び出す。

 現地の料理人が日本語を自然に使いこなすところをみると、料理の世界、食事の世界で日本語は既に市民権を得ているのだろう。そして今、ついに日本人がスリムであるトリック「ハラハチブ」が登場してきたわけだ。

 ルールは簡単で、毎食お腹いっぱいになるまで食べず、最大80%に抑え、健康的な食品の摂取量を増やし、ジャンクフード、砂糖、悪い脂肪などを減らす一方、野菜を十分とり、定期的に魚を食べることだ。

 ポイントは「最大80%」だ。もう少し食べたいと思った時点で食事を終える。よく噛み、食事時間を少し長くし、空腹ホルモンを抑え、出された皿の上の食事を全て食べなければならないといった神話を克服し、満腹になるまで食べないことだ。

 オーストリアでは米国の国民のように肥満体で悩む人はまだ多くないが、若い世代から着実に増加している。オーストリア国民は肉類が好きで年間食べる肉の量は欧州でもトップを争うほどだ。例えば、ヴィーナーシュニッツェル(ウィーン風カツレツ)は子供も大人も大好きだ。外食ではよく食べるメニューだ。それにハンガリー風のグラシュもよく注文される。デザートには甘いトルテ(ケーキ)、アップルシュトゥルーデル(生地に包んだリンゴの焼き菓子)に舌鼓を打つ、英国と違って食事のメニューは豊富だ。食欲も出てくるから「ここは腹八分で」というブレーキが必要となる。オーストリアの医者がアクセントのある日本語で「ハラ〜ハチブーンですよ」と患者にアドバイスしている姿を想像するとつい笑いたくなる。

 オーストリア人は、「日本人は長生きする国民だ」と思っている。その理由は健康食にあると考えてきた。だから、日本の豆腐、納豆にも関心がいく。オーストリアでは豆腐ばかりか、納豆も製造している会社がある。

 ただ、日本の典型的な食材だけでは日本人のように長寿は期待できないはずだ、ということで、日本人が小さい時から親から言われてきた「腹八分」という哲学が脚光を浴び出してきたわけだ。女性雑誌などには「ハラハチブこそ最高のダイジェストだ」「ハラハチブで減量を」と言ったキャッチフレーズが見られるほどだ。

 「ハラハチブ」で昼食を終え、散歩がてら本屋にいくと、「イキガイについて(生き甲斐について)」というタイトルの本が結構並んでいるに気が付いた。本好きの娘に聞くと、「生き甲斐」という日本語は本の世界では既に定着し、人生をいかに生きるかといった「生き甲斐」論の本が多く出版されているという。

 戦後、日本は高性能の家電機材、自動車、ゲームボーイや任天堂などゲーム機器などを輸出してきたが、ここにきて日本人の食生活、生き甲斐について関心が注がれている。生き甲斐をもって健康で長生きするノウハウを発信できれば、日本は世界の人々の幸福に少しは貢献できるのではないか。

マリウポリ「ホロコースト生存者」の死

 ロシア軍はウクライナ南東部の湾岸都市マリウポリ市の制圧のために激しい攻撃を仕掛けてきたが、プーチン大統領は21日、「作戦はほぼ完了した」として同市の制圧を表明している。ロシア軍は同市のアゾフスタル製鉄所内で抗戦中のウクライナン兵士に降伏を要求、軍事的制圧に乗り出してきた。同製鉄内の地下には数千人の市民が避難しているといわれる。マリウポリはウクライナの抵抗の象徴的な都市だ。その都市がロシア軍の手に落ちたとすれば、プーチン大統領にとってウクライナ戦争の最初の戦果と誇示できるわけだ。

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▲ウクライナのユダヤ教のヤアコブ・ブライヒ首席ラビ(ドイツのユダヤ教週間新聞「ユダヤ教アルゲマイネ」のサイトから、2022年4月14日)

 米民間人工衛星が撮影したマリウポリ市の写真を見ると、市内はほぼ壊滅状況だ。ロシア軍は3月16日、1000人以上の市民が避難していた劇場を空爆した。同市当局は後日、「300人以上が亡くなった」と発表した。

 ロシア軍の侵攻前は約43万人の都市だったが、ロシア軍は住居から病院まで全て破壊した。水道、電気は不通で、食糧は不足している。同市民の一部はロシア側に強制連行されたという。

 マリウポリ市はドネツクとクリミア半島の間の陸橋の役割を果たす。マリウポリは、ウクライナで最も重要な輸出港の1つだ。国の輸出品の鉄鋼や穀物はここから輸送される。マリウポリを失えば、ウクライナはアゾフ海にアクセスできなくなる。

 ところで、ウクライナのユダヤ人コミュニティによると、マリウポリで1人の91歳のホロコースト生存者が亡くなった。同生存者はワンダ・セムジョノワ・オブジェドコワ(Vanda Semyonovna Obiedkova)さんだ。彼女は10歳の時、マリウポリに侵攻したナチス・ドイツ軍がユダヤ人を探しに来た時、地下室に隠れて難を逃れた。その彼女は81年後、今度はロシア軍の攻撃から身を守るために地下室で隠れていたが、そこで亡くなった。死亡は2022年4月4日だったが、外部への連絡が出来なかったために公表が遅れたという。彼女の娘ラリッサさんは、母親を公園に埋めなければならなかったという。

 オブジェドコワさんは1930年12月8日、マリウポリ生まれ。ナチス・ドイツ軍がマリウポリに進軍した後、マリウポリでは彼女の母親を含め、9000人から1万6000人のユダヤ人が殺害された。地下室に籠っていた彼女はその後、ナチス・ドイツ軍の親衛隊(SS)に発見されたが、両親の友人が「その子はギリシャ系の家族出身だ」といって説明してくれたために、拘束されずに済んだという。

 「ギリシャ系の女の子」という理由で命が救われたという話を聞いた時、ウクライナのゼレンスキー大統領がギリシャ国会でオンライン演説をし、その中で「ウクライナとギリシャは昔から良好関係があった。多くのギリシャ人が湾岸都市のマリウポリで働いていた」と述べていたことを思い出した。

 当方はウクライナとギリシャ両国関係を知らなかったので「外交辞令かな」と思っていたが、ホロコーストの生存者オブジェドコワさんの話を聞いて、両国間に深い繋がりがあることを知った。マリウポリではウクライナ人とロシア人の人口がほぼ均衡しているが、ギリシャ系少数民族のマリウポリ・ギリシャ人(Mariupol Greek)がいることを知った。クリミア半島には昔ギリシャ人入植地があって、ロシア当局は1780年、クリミア半島の多数のギリシャ人正教徒をマリウポリ市に強制移住させたという。

 それにしてもオブジェドコワさんの生涯にはユダヤ民族の運命が強く刻印されている。10歳の時、ナチス・ドイツ軍が進軍し、それから逃れるためにマリウポリの地下室に隠れた。81年後、今度はロシア軍がマリウポリに侵攻し、それから逃れるためにマリウポリの地下室に避難中、91歳で亡くなったわけだ。

 ウクライナのユダヤ人は波乱の歴史を体験してきた。帝政ロシア時代のポグロム(ユダヤ人への迫害)や第1次世界大戦後、ウクライナに入ってきたナチス・ドイツ軍はユダヤ人コミュニティをほぼ壊滅させていった。独週刊誌シュピーゲル(3月5日号)によると、ナチス・ドイツ軍はウクライナ全土で100万人以上のユダヤ人をガス室に送ったり、餓死させたという。スターリン時代に入っても、多くのユダヤ人が粛清されている。

 ウクライナのユダヤ教指導者ヤアコブ・ブライヒ首長は4月14日、ドイツのベルリンで発行され、ユダヤ人社会で最も広く流通している週刊新聞「ユダヤ教アルゲマイネ」(JA)とのインタビューの中で、「ウクライナには20万人のユダヤ人がいたが、多数は国外に避難した。“ユダヤ人の出ウクライナ”だ。彼らの多くは戦争が終われば戻ってくることを願っていたが、戦争がいつまで続くかは分からない。ウクライナのユダヤ・コミュニティの将来は不確かだ」と述べている。

ウクライナ戦争2カ月の総括

 ロシアのプーチン大統領がロシア軍にウクライナ侵攻を命じて今月24日で2カ月目を迎える。プーチン氏はウクライナを短期間で占領できると楽観視していた向きがあったが、ロシア軍はウクライナの首都キーウ制圧に失敗し、ここにきてウクライナ東部地域での軍事攻勢を強化している。ウクライナの“非武装化、非ナチ化”の目標に変更があったのか。ロシア軍は東部地域を集中的に攻撃し、ウクライナ侵攻の最初の勝利を確保し、今回の“特殊軍事活動”の幕を閉じるか、それともウクライナ全土に攻撃を再度広げるのか、西側軍事専門家の間でも意見が分かれている。

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▲アルメニアの二コル・パシ二ャン首相と対面会談するプーチン大統領(2022年4月19日、クレムリンで、ロシア大統領府公式サイトから)

 ここでは過去2カ月間のウクライナ戦争を簡単に総括した。

 先ず、ロシア軍の侵攻で最大の被害を被ったのはウクライナ国民だ。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、ウクライナから500万人以上がロシアの侵略戦争で海外に避難したと推定されている。UNHCRのケリー・クレメンツ副高等弁務官は19日、ニューヨークで開かれた国連安全保障理事会で、「500万人の人間の損失とトラウマを意味する」と述べている。海外避難民のほか、約710万人が国内避難民と見られている。ウクライナの人口は2021年、約4159万人(クリミア半島を除く)と推定されていたから、海外避難民と国内避難民の総数は全体の28%前後に当たる。戦争が長期化するれば、それらの数は増加すると考えられる。

 次はロシア軍の最近の動向だ。西側の推定によると、ロシアはウクライナ戦争で1万人から2万人の傭兵を雇っている。傭兵はロシアのワグナーグループ(ロシアの民間軍事会社=PMC)と中東シリアやリビアからの戦闘員だ。傭兵は重い車両や武器を持たず、主に歩兵だ。シリアとリビアからウクライナ東部の「ドネツク人民共和国」や「ルガンスク人民共和国」地域で戦闘する戦闘員が目撃されている。

 PMCの傭兵グループはロシアの「影の軍隊」と見なされており、シリア、リビア、中央アフリカ共和国、そして最近ではマリなどの紛争地域でも目撃されていたが、ロシア政府はグループとのつながりを否定している。

 インスブルック大学の政治学者、ロシア専門家のゲルハルト・マンゴット教授は19日、オーストリア国営放送とのインタビューで、「プーチン大統領はウクライナ東部のロシア系住民を“ウクライナ政府の虐殺から解放する”目的で特殊軍事活動を始めた。そしてロシア軍は最初は北部キーウ、東部、南部とウクライナ全土で軍事活動を展開させたが、キーウの奪回は成功しなかった。ロシア軍は現在、東部を中心に攻勢をかけている。東部掌握が出来なかった場合、国民ばかりか軍部関係者からも、『何のために戦争をしているのか』といった疑問を受けることになる。プーチン氏は最低限、東部地域を占領しなければならない。そのために全力を投入するはずだ」と考えている。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は、「ロシア軍が東部地域の占領で攻勢を集中してきた。ロシア軍の攻撃に反撃するためには重火器が必要だ」として、欧米諸国に武器の供給を重ねて要求。マンゴット教授は、「ウクライナ側の要求は当然だが、欧米側がウクライナ側が戦争に勝利できると確信しているならば最新の武器を早急に効率よく供給すべきだが、そうではない場合、戦争を長期化させるだけで、さらに多くの犠牲が出ることになる」と説明している。

 欧米諸国はロシア軍のウクライナ侵攻を受け、厳しい対ロシア制裁を実施中だが、同教授は、「ロシア指導部は依然、制裁の効果を感じていないが、国民経済には既に影響が出ている」と指摘した。

 国際通貨基金(IMF)によると、今年の世界経済は更にゆっくりと成長すると予想している。特に、ウクライナ戦争の影響もあって、エネルギー価格と食糧価格が上昇し、2022年のインフレ率は上がり、ここにきて新型コロナウイルスのパンデミックから回復傾向にあった世界経済にブレーキがかかっているからだ。IMFの新しい予測では、今年世界で3・6%の成長しか期待できない。1月に想定されていた成長率よりも0・8ポイント下方修正している。ユーロ圏の成長率は2.8%と1.1%ポイント低くなると予想している。ロシア経済は今年1月に比べて11・3ポイント低下し、8・5%のマイナス成長に陥ると受け取られている。ロシアは石油、ガス、金属の主要な供給国であり、ウクライナとともに小麦とトウモロコシの主要な供給国だ。これらの商品の供給が減少したことで、価格は大幅に上昇してきたわけだ。

 最後に、イギリスの軍事歴史学者べイジル・リデル=ハートは、「平和を欲するならば、戦争を理解せよ」という言葉を残している。ウクライナ戦争が何を意味するのか、それを理解することが平和を取り戻す第一歩となるかもしれない。 
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