ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2022年02月

プーチン氏と核兵器の「復活」

 米国や欧州連合(EU)は26日、ロシアのウクライナへの軍事侵攻に対し、最強の制裁ともいわれる国際銀行間通信協会(SWIFT)の国際決済ネットワークからロシアの一部銀行を排除する制裁を発表した。同時に、欧州の盟主ドイツは同日、ロシア軍の攻勢を受けるウクライナ政府軍へ対戦車ロケットや携行式地対空ミサイル「スティンガー」などの武器供給を決定した。同国にとって戦後から続いてきた紛争地への武器輸出禁止を覆す大決断だ。それに先立ち、ドイツは、米国や欧州の一部の強い要請を受けロシアの天然ガスをドイツに輸送する「ノルド・ストリーム2」の操業開始を中断する決定を下している。

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▲ウクライナ武力侵攻を宣言するプーチン大統領(2022年2月24日)クレムリン公式サイトから

 ロシア軍のウクライナ侵攻を受け、米欧は少し時間がかかったが、「これまでになかった厳しい制裁」という宿題をやり遂げた。一方、ロシア軍はウクライナ侵攻から3日目の26日、首都キエフ近郊まで侵攻したが、ウクライナ政府軍の予想外の抵抗に遭って苦戦しているという外電が流れてきた。米国側の分析では、ロシアは対ウクライナ国境線沿いに集結させてきた兵力の50%をを既に投入したという。その一方、プーチン大統領はウクライナ側に交渉のオファーを出したが、ゼレンスキー・ウクライナ大統領から拒否されたという。

 以上、ロシア軍とウクライナを支援する米欧の対応を羅列すると、ウクライナ危機はいよいよ決定的な瞬間を迎えようとしているのではないか、といった予感がする。プーチン大統領が、侵攻したウクライナから無条件で撤退するとは考えられない。とすれば、ウクライナ政府軍の抵抗が強まり、米欧が対ロシア制裁で最強のカードを出してきた時、プーチン氏は核兵器を兵器庫から取り出し、使用する危険が高まってくるのではないか。プーチン氏はウクライナに武力侵攻を下す前、「いざとなれば核兵器の使用も辞さない」という姿勢を示唆していた。もちろん、敵に対する威嚇という意味合いが強かったが、ロシア軍の侵攻が止まり、苦戦するようだと状況は違ってくる。

 ジョージ・W・ブッシュ大統領時代の米国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と述べ、大量破壊兵器である核兵器を「もはや価値のない武器」と言い切ったが、その「もはや価値のない武器」をプーチン氏が「使用できる武器」に復活させる可能性が考えられるのだ。

 ロシア軍のウクライナ侵攻は第3次世界大戦の開始を告げる、と見る政治家、外交官がいるが、核兵器が実際の紛争で使用される「悪夢」は、皮肉にも、米欧の対ロシア制裁、欧州諸国のウクライナ政府軍への武器供給が進めば進むほど現実味を帯びてくるわけだ。実際、プーチン大統領は27日、核戦力部隊に緊急警戒態勢に入るように命じている。

 その意味で、米国、北大西洋条約機構(NATO)はプーチン氏が核のボタンを押すような事態に陥らないようにこれまで以上に慎重に対応する必要がある一方、最悪のシナリオを予測し、その対応を準備することが重要だ。

 ちなみに、ロシア軍がウクライナのチェルノブイリ原子力発電所のある地を制圧した。同時期、ウィ―ンの国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は24日、チェルノブイリ発電所から放射能などの流出はないとの報告を受け取ったと表明し、西側の不安を払しょくしたばかりだ。ロシア戦闘機の爆弾が不注意に同原発周辺に投下された場合の事態を想定し、IAEA側は警戒態勢を敷いている。IAEAは来月2日、ウクライナ情勢に関する緊急理事会(理事国35カ国)を開く予定だ。

 プーチン氏が核兵器に手を出したならば、同氏は指導者として終わりとなり、国内からプーチン批判がこれまでにないほど高まってくることは必至だ。同時に、ロシアは長い間、国際社会から孤立を余儀なくされることは明らかだ。また、ロシアが核兵器を実践で使用したならば、他の独裁国家、強権国家にも影響を与えることは避けられない。その後の世界情勢はその前とは大きく異なってくるだろう。

 なお、北朝鮮は27日、東方に向けて弾道ミサイルを発射した。今年に入り、8回目だ。金正恩総書記はバイデン米政権の出方次第では大陸弾道ミサイルや核実験の再開を示唆している。北朝鮮が7回目の核実験を実施し、同じ時期にプーチン氏が核のボタンを押すようだと、世界は文字通り、終末の様相を帯びてくる。人類の英知が今こそ問われている。

ウクライナ侵攻の勝利者は中国?

 ロシアのプーチン大統領がウクライナの主権を蹂躙して武力侵攻を始めたことを受け、米国、欧州連合(EU)、日本など世界の主要国はロシアに対し、「これまでなかったほどの厳しい制裁」を次々と発表してきた。プーチン氏は事前に予想してきたこともあって、平静を装っているが、国際銀行間通信協会(SWIFT)の国際決済ネットワークから排除された場合、ロシアの国民経済は大打撃を受けることは避けられない。ロシアが欧米側の制裁で苦しむのを待ち望んでいる国がある。バイデン米政権やEUの本部ブリュッセルだけではない。ひょっとしたら最も喜んでいる国は中国共産党政権だろう。以下、その辺の事情を報告する。

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▲万里の長城慕田峪部の雪景色(2022年2月16日、中国人民共和国国務院公式サイトから、写真は新華社)

 プーチン大統領にとって中国共産党政権は数少ない同盟国だろう。北京冬季五輪大会開会式にも参加し、習近平国家主席に対して礼を尽くしてきた。ウクライナへの武力侵攻が北京冬季五輪大会前や開催中ではなく、開催後に始まったのは、習近平主席の強い要請があったからだといわれている。そのロシアは24日、ウクライナ東部の軍事支援の要請を受けた、という形で武力侵攻を開始。ロシアが国際条約に違反したとして批判されている中、北京はロシアの立場を擁護してきた。ここまではロシアと中国両国の同盟関係は正常に機能してきた。

 米国や英国、EUがプーチン大統領の「国際条約を蹂躙した軍事活動」に対して一斉に制裁を発表。米欧、カナダは25日、プーチン大統領とラブロフ外相を対象とした制裁を発表、プーチン氏が米国やEU諸国で保有している資産を凍結することを決定した。日本も同日、岸田文雄首相が記者会見し、半導体など先端技術や軍事産業向けの輸出規制を柱とする追加制裁を発表している。米欧日がロシアをSWIFTから追放する最強の制裁に踏み込む可能性もあり得る。

 米欧ら世界の主要国が一斉に制裁を発表、さすがのプーチン氏も内心穏やかではないはずだ。ところで米国やEU諸国の対ロシア制裁の発表を内心歓迎している国がいる。先に述べた中国共産党政権だ。ウクライナ危機がどのような結末を迎えるとしても、ロシアに対する制裁は長期にわたる可能性がある。原油、天然ガスの輸出先を失ったロシアは中国に買い取ってもらうだろう。必要な工業製品も国際市場で入手できなくなった場合、中国市場から秘かに手に入れて窮地を凌ぐだろう。すなわち、対ロシア制裁が長期化した場合、ロシアの中国依存が強まるわけだ。

 ロシアの近未来は、習近平主席が提唱したインフラプロジェクト「一帯一路」に参加、中国から巨額のクレジットを受け取ったアフリカやアジア諸国がその巨額の借款返済に苦しむ国のようになることが予想されるわけだ。大国主義を掲げるプーチン氏は国際社会の制裁をしのぐために中国依存を強め、最終的には中国側の配下に陥ってしまう事態が考えられるのだ。

 ニューヨークのニュースクールの国際問題教授ニーナ・L・フルシチェバ氏(Nina L. Khrushcheva)は独紙「ターゲスシュピーゲル」に寄稿した論文の中で、「ロシア経済が西側から完全に孤立化することほど中国にとって喜ばしいことはない。欧州に向かって西に流れてきた天然ガスは、エネルギーを大量に消費する中国に向かって東に流れ出し、ロシアが開発するために西側の資本とノウハウを駆使してきた全てのシベリア鉱床は、中国だけが利用できるようになるからだ」という。

 プーチン大統領は北京冬季五輪大会開催直前、北京を訪問し、習近平主席と首脳会談を行い、そこで「同盟協定」を締結した。米中間の紛争で苦戦し、五輪開催への外交ボイコットに遭うなど苦戦中の北京に対し、プーチン氏は北京を支援することで北京側に貸しを作ったような気分だったかもしれない。皮肉にも、プーチン氏が準備万端で始めたウクライナ侵攻はその軍事的成果は別として、ロシアが習近平主席の配下になってしまう屈辱の結果に終わるかもしれないわけだ。

 ロシア(旧ソ連の後継国)と中国は良好関係というより、互いに相手を利用する関係だった。ニキータ・フルシチョフが第20回共産党大会(1956年)でスターリンから距離を置いたとき、中国の毛沢東はフルシチョフを修正主義者と非難、イデオロギーの相違から中ソ対立が激化していった。米国と激しい覇権争いをする中国を支援するという計算もあって、プーチン氏は中国に歩み寄ってきたかもしれないが、結果として習近平氏の罠にはまり込んでしまう危険性が出てきたわけだ。

 フルシチェバ氏は、「財政的に孤立したロシアは2004年、中国から60億ドルの融資を受けたが、中国は翌年05年、中国の他の領土主張の撤回と引き換えに、クレムリンに約337平方キロメートルの紛争地を返還させている」という。中国は過去も未来も貸した財政支援は必ずいろいろな形であっても取り立てるのだ。

 同氏は寄稿文の最後に、「中国は、ロシアを守るために米国に公然と挑戦し、自国の繁栄を危険にさらすことはないし、プーチンがウクライナに侵入する場合に西側によって課される大規模な制裁を相殺するためにロシア経済に投資し、ロシア経済を支える考えもない。中国はロシアが西側との対立を維持できる最低限の支援をするだけだ。それによって西側の注意を中国が提起する戦略的課題からそらすことができるのだ」と分析している。

 ウクライナ危機で最後に笑うのは軍事的勝利を収めたと考えているプーチン氏ではなく中国共産党だ、というシナリオは決して非現実的ではないのだ。

欧州で再び戦争が起きた!!

 歴史家は「2022年2月24日」を欧州で戦争が再び起きた日として記録するだろう――、ドイツ民間放送の解説者がこのように語った。第2次世界大戦後、欧州は暫く平和だったが、多民族の入り混じる地・バルカンで民族紛争が起き、多くの犠牲者が出た。その後、欧州では戦争と呼ぶような大きな紛争はなかった。それが24日、ロシア軍がウクライナ東部に武力侵攻し、ウクライナの首都キエフばかりか、北部、南部でもウクライナ政府軍と衝突している。オーストリア日刊紙エステライヒは25日付トップに「欧州で戦争が起きた」という見出しを付けていた。ロシア軍のウクライナ武力侵攻は欧州人に大きな衝撃を与えているわけだ。

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▲ウクライナ武力侵攻を宣言するプーチン大統領(2022年2月24日)

 チェルノブイリ原子力発電所事故(1986年4月)の時もそうだったが、ウクライナで起きた出来事はオーストリアにも直ぐに影響が出てくる。ウィーン大学には多くのウクライナ人学生が留学している。ロシア軍のウクライナ侵攻は他人事ではないのだ。

 当方はドイツのニュース専門放送でウクライナの情勢をフォローした。ロシア軍が24日早朝に侵攻し、ミサイルを発射するなど本格的な軍事行動を開始。砲声で目を覚ましたというウクライナ人は、「ロシアが侵攻するとは言われていたが、戦争が実際起きるとは考えていなかったのでショックを受けた」という。ゼレンスキー大統領は国民に武器をもって祖国を守っていほしいとアピールしている。

 キエフ市周辺では西側に逃げるため道路は車の長い列が出来、銀行の現金引き出し機前では市民が長い列を作った。中年の女性は、「どこに逃げればいいのか分からない」と泣き声で路上をさまよっていた。その間もキエフ近郊でロシア軍の砲声が聞こえ、市内は警報が鳴る。地下鉄の駅構内に逃げ込む市民で溢れている。

 オーストリアのネハンマー首相は24日、国民議会でウクライナ情勢を報告した。同首相が、「今朝、ゼレンスキー大統領と電話で話した。彼はウクライナがいつまで存続するかわからない、私自身も明日生きているかどうかも分からないと述べていた」と語ると、議員たちの表情に緊迫感が走った。

 欧州各地で在欧のウクライナ人がロシア軍の武力侵攻に抗議するデモを行った。「ウクライナの主権蹂躙」、「プーチンを許すな」と言ったプラカードを掲げていた。オーストリア国営放送は「困窮下にあるウクライナ国民を救え」ということで救援金集めのキャンペーンをスタートした。その対応の迅速さには感動した。多くの欧州国はウクライナからの避難民の受け入れを表明している。

 参考までに、モスクワでもプーチン大統領のウクライナ侵攻を批判するデモが行われたが、警察隊は参加者を即拘束するなど、強制的にデモを解散させた。

 バイデン米大統領、ショルツ独首相、マクロン仏大統領、ジョンソン英首相、北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長、欧州連合(EU)のフォン・デア・ライエン委員長ら欧米指導者は同日、ロシア軍のウクライナ侵攻を激しく非難し、対ロシア制裁の一層の強化を発表する一方、ウクライナ国民に連帯を表明した。ただ、米国を含むNATO軍はロシア軍の侵攻に守勢を余儀なくされるウクライナ政府軍への直接の軍事支援は考えていない。ロシア軍との正面衝突で世界大戦が勃発する危険が出てくるからだ。

 プーチン大統領はNATOが軍事行動に出ないことを知っているだけに、親ロ派勢力の拠点ウクライナ東部だけではなく、首都キエフを制圧し、ウクライナに親ロ派政府を樹立、同国をその影響圏内に留めさせたい意向ともいわれる。同大統領は、「ウクライナ政府軍は武器を下ろせ。抵抗すれば武力で制圧する」と警告を発している。

 ウクライナ政府軍はロシア軍の侵攻を止めることはできないだろう。NATO軍はバルト3国、ルーマニアなど加盟国の安全強化に忙しく、常任理事国にロシアと中国が入っている限り、国連に実質的な活動は期待できない。状況はプーチン氏に有利に動いている。
 国際社会から批判を受け、経済活動に大きな支障をもたらす制裁を甘受してもウクライナ侵攻を決断したプーチン氏の蛮行を止めることは難しくなってきた。それだけに、ロシアのウクライナ武力侵攻の動向を見守っている中国共産党政権の出方に注意が必要となってくる。

独大学「孔子学院の閉鎖は難しい」?

 野党時代に批判してきた問題に、政権入りすると豹変する政党、政治家はどの国の政界でも見られる。ドイツ初の3政党連立・ショルツ政権は社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)から成り立っている。与党3党の顔ぶれをみれば、政治信条や政策が180度違う分野がある。だから、政権を維持するためには、3党は他の連立政党に譲歩しなければならないことが出てくる。

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▲北京冬季五輪大会閉会式に臨む習近平国家主席(2022年2月20日、新華社)

 前向上が長くなった。ドイツのショルツ政権のベティナ・シュタルク・ヴァツィンガー教育研究相(FDP)が党内で中国共産党政権の情報機関「孔子学院」の即閉鎖を強く要求してきたイェンス・ブランデンブルク議員を重要ポストに抜擢したと聞いた時、当方は、「これでドイツでも『孔子学院』は閉鎖に追い込まれるだろう」と考えた。同議員は、「ドイツの学校に対する『孔子学院』の影響を無視できない。無害な茶会や言語コースの背後には権威主義政権の冷たいプロパガンダが隠されている」と発言するなど、FDPでは随一、中国共産党の動向に精通しているからだ。

 しかし、独週刊誌シュピーゲル(2022年2月19日号)は「Der lange Arm Pekings」という記事を掲載し、「孔子学院」の閉鎖は容易ではないとしているのだ。「孔子学院」への評価が変わったわけではない。好意的にいえば、問題の深刻さが分かった、というべきかもしれない。北京からの政治圧力だけではなく、閉鎖したくでもできない財政事情が「孔子学院」をオープンするドイツ大学内にあるからだ。

 同誌によると、ドイツには19カ所の「孔子学院」が存在する。そして中国とドイツ両国の大学の間に、ほぼ1400件の協力関係が締結されている。ドイツで4万人以上の中国人学生が自然科学、人文科学の学科で学び、約3000人の中国人学者、科学者がドイツの大学や研究所に派遣されている。そして「孔子学院」があるドイツの大学では中国側の財政支援に依存しているケースがほとんどだ……といった事情がドイツの大学側にある。

 ちなみに、欧州ではスウェーデンで全ての大学で「孔子学院」は閉鎖された。オランダやスイスでも多数が閉じられている。米国の場合、「孔子学院」の85%が閉鎖済みという。

 ベルリンの「メルカトル中国研究所」のカティア・ドリンハウゼン氏は、「習近平氏が2013年、中国共産党のトップに就任して以来、学問の自由は一層制限されてきた。中国指導者への批判や同国少数派民族の弾圧問題などはタブーとなった。その結果、『孔子学院』の活動範囲も著しく監視下に置かれている」という。

 シュピーゲル誌は昨年11月、デュースブルク・エッセン大学とハノーバー大学の「孔子学院」で予定されていたドイツ人作家らの著書『習近平伝』の2回のリモート読書会に対し、駐独中国大使館関係者が著書の内容を不服として抗議するなど、政治的圧力を行使してきたと報じたばかりだ。

 「孔子学院」は、中国共産党の対外宣伝組織とされる中国語教育機関だ。2004年に設立された「孔子学院」は中国政府教育部(文部科学省)の下部組織・国家漢語国際推進指導小組弁公室(漢弁)が管轄し、海外の大学や教育機関と提携して、中国語や中国文化の普及、中国との友好関係醸成を目的としているが、実際は中国共産党政権の情報機関の役割を果たしてきた。「孔子学院」は昨年6月の時点で世界154カ国と地域に支部を持ち、トータル5448の「孔子学院」(大学やカレッジ向け)と1193の「孔子課堂」(初中高等教育向け)を有している。

 「孔子学院」では、中国新疆ウイグル自治区での民族抹殺計画、法輪功信者への強制臓器摘出問題、宗教団体に対する迫害などについては学習教材から外されている。中国の現状を正しく紹介する教育機関ではなく、中国共産党政権の思想をプロパガンダする機関であることが一目瞭然だ。中国共産党政権は海外ハイレベル人材招致プログラム「千人計画」を推進中だが、「孔子学院」は海外知識人をオルグする前線拠点というわけだ。

 世界の目は今、ロシア軍のウクライナ侵攻状況に注がれているが、台湾侵攻を計画している中国共産党は「Xデー」に備え着実にその影響力を拡大してきている。欧州の盟主・ドイツ国内での「孔子学院」の活動はそのことを端的に示している。

弟アベルはどこにいますか?

 ウクライナ東部にロシア軍が侵攻した。ブリンケン米国務長官は、「武力行使が始まった、24日の米ロ外相会談はもはや意味がない」と述べたという。ウクライナ出身のユダヤ人の父親を持つ同国務長官の深刻さが伝わってくる。父親の祖国ウクライナにロシア軍が国際条約に違反して侵略しているのだ。ブリンケン国務長官には米国の国益、西側の共同価値観を守るという大義もあるが、父親の祖国ウクライナの行方への憂慮もある。

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▲アベルを殺すカイン(ピーテル・パウル・ルーベンス画、ウィキぺディアから)

 世界の政治学者、ロシア専門家は、「ロシアはウクライナ侵攻で得るものより、失うものが多い」と異口同音に指摘してきたが、プーチン大統領はその声に耳を貸さず、冒険に乗り出してきた。

 プーチン氏は21日、緻密な計算と作戦に基づき、駒を一つ前進させた。習近平中国国家主席の強い要請を受け、「北京冬季五輪開催中」は武力行使を控えてきたが、いよいよ軍事計画が動き出した感じだ。ウクライナ東部の親ロ派勢力の拠点「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認するとともに、ロシア軍を東部に素早く派遣した。それに対し、米国、欧州連合(EU)は対ロシアへの制裁を発表したが、制裁がプーチン氏の野望を抑制する効果があるか否かは甚だ疑わしい。プーチン氏は欧米側の反応を計算に入れているからだ。

 興味深い点は、プーチン氏は21日、テレビ演説の中でロシア軍のウクライナ東部派遣の背景について、「ウクライナ東部に住むモスクワ正教会所属の信者たちがウクライナ側から迫害を受けているからだ」と述べていた。正教徒プーチン氏らしい弁明だが、自身の野望を実現するためには全ての持ち駒を利用する。ただ、ロシア正教会最高指導者キリル1世がプーチン氏に支援を要請したというニュースは聞かない。

 バチカンニュースが22日、フランシスコ教皇のウクライナ危機への平和アピールを報道していた。同教皇は、「神は創造が終わるたびに、それを見て良しとした」という聖句を挙げ、「神は本来、人間を含む全ての世界を平和のハウスとして創造された。全ては兄弟姉妹であり、他者の為、その幸せの為に生きるように創造された。しかし、現実の世界はそうなっていない。人は自身の利益のために生き、他者を破壊し、権力で支配する世界が生まれてきた。そこでは暴力と分裂、議論と戦争が展開されている」と説明している。

 そして、「神はカインに、『あなたの弟アベルはどこですか』と聞く。すると、カインは、『私はアベルの番人でしょうか』と聞き返す場面がある。私たちの状況もそれに似ている。私たちは本来、兄弟姉妹であり、互いに保護者でなければならないが、調和が崩れると、兄弟は敵となる。多くの暴力と紛争が起き、戦争が私たちの歴史の中で展開されていった。そして多くの兄弟姉妹の苦しみを見てきた。あらゆる暴力行為において、あらゆる戦争において、私たちはカインを復活させているのだ」と強調する。すなわち、「私はアベルの保護者ですか」という質問を繰り返し、武器を研ぎ、良心を眠らせているわけだ(「ヤハウェと『カインとアベル』の話」2021年7月4日参考)。

 人は誰も幸せを願っている。誰が命の危険が伴う戦地に喜んで行くだろうか。同じ神を抱き、祈る者が武器で撃ち合いたいと思うだろうか。にもかかわらず、私たちは願ってもいない戦争に駆り立てられている。ウクライナ危機はウクライナとロシア間の戦いだが、神は現在生きている全ての人間に対し同じ問いかけをしているように感じる。「弟アベルはどこにいますか」と。

誤解されたオーストリア外相の発言

 「ウクライナ2022年の危機は1938年のオーストリアのナチス・ドイツ併合時と比較できる」

 欧州連合(EU)外相理事会に出席したオーストリアのシャレンベルク外相は20日、国営放送のニュース番組のインタビューの中で、ウクライナ情勢について答えた時に飛び出した発言だ。

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▲ウクライナ東部の親ロ派勢力「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認するプーチン大統領(2022年2月21日、クレムリン公式サイトから)

 同発言内容が報じられると、「オーストリアは、まだナチス・ドイツ政権の最初の犠牲国だったと考えている」といった批判がソーシャルネットワークなどから飛び出した。シャレンベルク外相は早速、「発言内容は誤解されている。私はオーストリアがナチス・ドイツ政権の戦争犯罪の犠牲国とは考えていない。なぜならば、ヒトラーがウィーンに凱旋し、英雄広場で演説した時、オーストリア国民の多数が歓迎したことは歴史的事実だからだ」と弁明している。

 その一方、「1937、38年、オーストリア政府はナチス・ドイツ政権の併合を阻止するために国際連盟に連帯を要請したが、メキシコ政府以外はどの国も支援しなかった。オーストリア政府は当時、国際社会で孤立していた。ウクライナの現状はある意味で酷似している面がある。軍事大国のロシアに武力侵攻の脅威を受け、キエフ政府が窮地に陥っている。その孤立感、絶望感をオーストリアは過去、身に染みて体験した、という意味からあのように語った」と、発言の背景を説明した。シャレンベルク外相の言いたい事は理解できるが、外交世界のベテランとしては少々安易な表現であったことは否めない。

 ちなみに、オーストリアは1938年、ナチス・ドイツ軍が侵攻し、オーストリアを併合した。その後の展開は歴史がはっきりと記録している。ヒトラー自身、オーストリア人であり、ナチス・ドイツ軍には多くのオーストリア人が入っていた。オーストリアはモスクワ宣言を理由に、久しく戦争被害国として振舞ってきたが、1990年代に入り、ようやくナチス・ドイツ軍の戦争犯罪の加害者でもあったことを認めた経緯がある。

 ウクライナ政府はロシアの武力侵攻の前に孤立していない。米国やEUはキエフ政府に経済援助、武器供給などをしている。もちろん、その内容や規模がキエフ政府の願いと合致しない面はあるだろう。ゼレンスキー大統領は19日、「欧米は制裁、制裁と繰り返すが、なぜ対ロシア制裁の内容を早急に公表してロシアに圧力を行使しないのか」と不満を吐露し、クレバ外相はブリュッセルのEU外相理事会で、「言葉ではなく、行動の時だ。言葉だけでは何も変わらない」と、EU側の対応の遅さに苛立ちを表していた。

 プーチン大統領は21日、ウクライナ東部の親ロ派の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の要請を受け、その独立を承認する一方、ロシア軍を親ロ派の地域に派遣したことで、ウクライナ情勢は一層緊迫してきた。米国やEUは早速、制裁を行使する一方、緊急対応に乗り出してきた。国連安保理は21日夜(現地時間)、ウクライナ政府の要請を受けて緊急の公開会議を開催し、ロシアの今回の決定と軍の派遣に対して非難が相次いだ。

 ただし、ロシア軍の侵攻に対し、米国を含む北大西洋条約機構(NATO)は直接、ロシア軍と戦闘をすることは現時点では考えられない。NATO憲章では同盟国が戦争に巻き込まれた場合、加盟国は防衛する義務が出てくるが、ウクライナはNATO加盟国ではない。NATO軍が直接、ウクライナで武力行使することは難しい。ロシア側はそれをよく知っているはずだ。世界の紛争の調停役となるべき国連の関与も期待できるが、安保理に紛争の当事国が入っている場合、国連の紛争調停は機能しない。そのように考えると、ウクライナは国際社会で多くの連帯の声を受けている半面、対ロシア軍との戦いでは孤軍奮闘という現実は変わらない。

 ブリンケン米国務長官は、「ピストルを頭に突き付ける相手とは外交できない」と語ったが、軍事力をちらつかせながら自国に有利な外交を展開させるのはプーチン氏の常套手段だ。その意味で、「権力は銃口から生まれる」と言った毛沢東の政治に通じるものがある。

 ウクライナがロシア軍の侵攻に対し、どのように対応するか、米国や欧州がウクライナ政府軍をどのように支えるかにかかっている。ウクライナが孤立感を持たず、連帯を受けていると実感できる支援が大切だろう。オーストリアのナチス・ドイツ政権との併合時にはなかった国際社会からの連帯をウクライナは享受しているのだ。

プーチン氏と「ルッソフォビア」

 昔、「スパイたちが愛するウィーン」(2010年7月14日)というコラムで書いたが、音楽の都ウィーンには冷静時代、東西から多数の情報機関のエージェント、スパイたちが暗躍していた。現代も数こそ減ったが、ウィーンの地理的位置が変わらないこともあって、スパイたちは今もウィーンを愛している。

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▲ベラルーシのルカシェンコ大統領と会談するプーチン大統領(2022年2月18日、モスクワで、クレムリン公式サイトから)

 ウィーンの国連機関にはいろいろな名目でスパイたちが入っている。例えば、ウィーンの国際原子力機関(IAEA)にはワシントンから派遣された情報員が多数いる。IAEA内の査察機密情報が直ぐにワシントンに流れるのは当然だろう。

 国連記者室には多くの情報機関エージェントがジャーナリストの名目で動いていた。当方が知り合いになったそれらのジャーナリストたちはそれぞれ個性があった。特にソ連出身のジャーナリストたちは寡黙な人間が多かった。余分な話は絶対にしない。話好きな中東出身のジャーナリストとはその点、好対照だ、規律正しく、あまり目立たない。記者会見でも質問しない。聞いているだけだ。記者会見後、主催者側が用意したコーヒーやお菓子には必ず顔を見せ、コーヒーを飲みながら聞きたい人間の傍にいく。

 ロシア人記者の考え方、捉え方は欧米記者たちとはかなり違う。国連記者室には、国連工業開発機関(UNIDO)の元幹部だったが、定年退職後、記者室に机をみつけ、毎日、定時間に記者室に顔を見せて何か書いていた人物がいた。記者室の同僚たちから「教授」と呼ばれていた。元国連幹部だったら働かなくても食っていけるはずだが、教授は国連記者室が好きだった。教授が利用する机と椅子は通常の大きさで、教授にとって物足りないだろうと思ったが、「ここが一番落ち着けるよ」と言っていた。

 元国連幹部で奥さんが元ソ連共産党幹部の娘さんだという「教授」はやはり物知りだった。当方は多くを教えてもらった。国連記者室が引越ししたこともあって、教授との付き合いはなくなった。もう1人の情報機関出身のロシア人記者がいた。彼とは時たま、記者会見で会うが、挨拶する程度でいつものように無駄口を発しない。典型的なエージェントだ。彼は定期的にドイツに飛ぶ。多分、ロシアの情報機関の欧州の拠点はドイツにあるのだろう。あるいは、ロシアがドイツ国内で何らかのオペレーションをする時、ドイツ以外に住んでいてドイツ語ができるエージェントが呼ばれるからかもしれない。

 なぜ、突然、冷戦時代のソ連エージェントの話を書き出したかというと、世界を今震撼させているロシアのプーチン大統領がKGB情報機関出身者であるということもあって、ロシア人の気質、国民性を考えていたからだ。大げさにいえば、プーチン氏を含むロシア人のアイデンティティをもう少し知りたいと思っていたからだ。

 ロシアは欧州からアジアまでの領土を誇っているが、ロシア人は民族的にみてヨーロッパ人でもアジア人でもない。地政学的にユーラシアに属すると主張する学者たちがいる。また、オスマン帝国の崩壊後、ギリシャ正教会を中心とした汎スラブ主義が飛び出してきたことがあった。ただ、プーチン大統領がそれらの哲学、イデオロギーに拘っているとは思わない。彼は1991年、失った大国ソ連の復興を願っているといわれる。今回のウクライナ危機でも「西側は1991年、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大をしないと約束したが、それを反故にしている」と批判する。ただし、ロシアの国境線でNATO加盟国と接している割合は全体の数パーセントにも満たず、NATOの東方拡大といったプーチン氏の批判は事実に当てはまらない。一種の被害妄想だ。

 話はコソボ紛争時代に遡る。当時、セルビアのミロシェビッチ大統領はコソボ紛争で、連邦からの独立を求めたコソボ自治州のアルバニア系住民への弾圧を展開させたため、NATOは1999年3月、安保理の承認を得ずにユーゴ空爆を開始した。それ以来、セルビア人の反米主義が生まれた。一方、ミロシェビッチ政権が主導した民族政策は欧米の怒りを買い、反セルビア主義が欧州で定着していった。

 同じことがロシアに対しても当てはまるだろう。ルッソフォビア(Russophobia、ロシア嫌い)だ。ルッソフォビアはロシアに対する恐怖と嫌悪感を抱くことで、今始まった現象ではない。歴史的なこともあってポーランドやバルト3国では反ロシア主義、ルッソフォビアが強い。ロシアが2014年、ウクライナのクリミア半島を武力併合して以来、そのルッソフォビアは欧州全土に広がっていった。プーチン大統領が強さを愛し、ソ連時代の大国の復興を願うのは欧米社会のルッソフォビアへの反発があるからかもしれない。

 プーチン大統領が10万人以上の兵力をウクライナ東部国境沿いに動員し、ベラルーシまでその兵力を広げていることに対し、「プーチン氏はウクライナに武力侵攻する」といった懸念が生まれている。武力行使すればロシアは得る以上に失うほうが多い、というのが欧米専門家たちの一致した意見だ。欧米側はプーチン氏の狙いが読めないため、懸念し、不確かさが一層、欧米のルッソフォビアを強めている。正体が分からないと、人は不安となり、攻撃的な人ならば嫌悪感を抱くものだ。

 バイデン米大統領はプーチン大統領と会談する用意があるという。24日には米ロ外相会談が予定されている。ひょっとしたら、ウクライナ危機で武力衝突を回避できる最後のチャンスかもしれない。「孫氏の兵法」には「彼(この場合、プーチン氏)を知り、己を知れば百戦危うからず」という格言がある。欧米側は偏見を捨て、プーチン氏の世界をより理解する必要がある。

プーチン氏と金正恩氏の共通点

 ウクライナ情勢がいよいよきな臭くなってきた。ウクライナ東部で19日だけで1400回以上の爆発があった。前日は654回だったというから、ウクライナ政府軍と東部分離派武力勢力間の衝突が激化していることが分かる。バイデン米大統領は、「ここ数日以内にロシア軍がウクライナに武力侵攻する可能性がある」と預言者のように述べていたが、ウクライナ状況が危機を深めていることは確かだろう。

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▲ルカシェンコ大統領と軍事演習を見るプーチン大統領(2022年2月19日、クレムリン公式サイトから)

 ウクライナの近況はロイター通信やAP通信など通信社電からの現地ニュースで詳細に報じられているので、ここではウクライナ情勢を報じる欧州メディアをフォローして当方が感じてきた印象などを紹介する。

 ドイツ民間放送は、プーチン大統領が19日、軍事演習の総指揮をとっているシーンを映し出していた。プーチン氏の横にはベラルーシのルカシェンコ大統領が座って、前方に設置されていたスクリーンを見ていた。その時、「プーチン氏は北朝鮮の独裁者金正恩総書記のようだな」という思いが出てきた。朝鮮中央通信(KCNA)がミサイルを発射する瞬間を望遠鏡で追う金正恩氏の写真をよく配信していたこともあってか、テーブルに座って軍事演習を指揮するプーチン氏の姿が一瞬、金正恩氏の姿とオーバーラップしたのだ。

 北朝鮮は先月、7回にわたり短距離ミサイル10発、中距離ミサイル1発の計11発のミサイルを発射している。なぜ金正恩氏はミサイル発射を繰り返すのだろうか。韓国の知人と話していてもその点がポイントとなった。プーチン氏にもいえる。なぜウクライナ東部周辺沿いの国境線に10万人を超える兵力を結集させ、ベラルーシにまでその包囲網を拡大させているのか。ウクライナを本当に武力侵略する意図があるのか、といった疑問が欧米指導者、メディア関係者から頻繁に聞かれる。

 プーチン氏は今回、ロシア軍の最高司令官として軍事演習を指揮した、同演習には、空軍に加えて、南部軍管区と黒海と北海の艦隊からの陸軍部隊も作戦に参加した。今回のハイライトは、核搭載可能な弾道ミサイルの発射だ。ロシアが米国と共に核大国であることを想起させている。全て計算している。ノルマンディー形式の独仏露ウクライナ4カ国の対話前に米露間の合意がなければ意味がない。全ては米国との交渉で少しでも有利になるための狙いがあるからだ。

 その点、朝鮮半島での北朝鮮の基本的ポジションも同じだ。韓国の文在寅大統領がいくら頑張っても南北の和平は実現しない。過去5年間の政権の歩みがそれを実証した。金正恩氏は米国と直接交渉を通じて核問題を含む朝鮮半島の安全問題を解決したいのだ。強権政治を展開させるプーチン氏も朝鮮半島の独裁者金正恩氏も同じシナリオに基づいて動いているわけだ。

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▲クレムリン宮殿内の会議用長テーブル(ロシア大統領府公式サイトから、2022年1月19日、プーチン・ライシ両大統領の首脳会談)

 次は、モスクワのクレムリン宮殿内の会議用の長テーブルの話だ。プーチン氏は今年に入り、イランのライシ大統領、フランスのマクロン大統領、ハンガリーのオルバン首相、ドイツのショルツ首相らとの首脳会談には必ずその長テーブルを利用している。

 プーチン氏は推定4メートルぐらいの長テーブルの一方の端に座り、ゲストは反対側のテーブルの椅子に座る。その写真を初めて見て、驚いた。ホワイトハウスでは米大統領とゲストは1メートルもない距離で談笑する。クレムリンの長テーブルが機能的で外観も美しいだけに、そこ座らされている外国ゲストの姿が少々滑稽だった。当方がクレムリン宮殿の長テーブルのことを気にしていたら、ドイツ放送記者も同じ印象を吐露していた。やはり、誰が見ても少々、可笑しい。

 プーチン氏は同盟国ルカシェンコ大統領とは笑顔で抱擁し、通常の椅子に座り話していた。マクロン氏やショルツ首相とは長テーブルで4メートル先の相手の顔を観ながら話すプーチン氏の姿が映っていた。外国首脳との会談用長テーブルについては、/祁織灰蹈淵Εぅ襯垢梁从(西側では通常2メートルディスタンス)のため、▲蹈轡◆▲廖璽船鷸瓩箸凌凸度を示す、といった解釈が聞かれる。問題点は、ロシアに傾斜するハンガリーのオルバン首相とも4メートルの距離を置きながら会談していたことだ。ただ。会談後、両者は共同記者会見をして、その親密度を見せていた。ハッキリとしている点は、情報機関出身のプーチン氏は会談用テーブルひとつでも非常に些細な点まで考えて演出する傾向があることだ。だから、どこで、誰と、いつ会うかなどを詳細に観察していると、プーチン氏の真意が読めてくることがある。

 いずれにしても、ウクライナ危機が本格的な武力衝突まで発展するか、外交的解決の道が開かれるかは、バイデン米大統領の「ここ数日中」には明らかになるだろう。

 不幸にも前者の場合、欧米は「これまでにない厳しい制裁を行う」と繰り返し警告してきた。ただ、具体的にどのような制裁かはまだ言及されていない。なぜならば、北大西洋条約機構(NATO=加盟国30か国)も欧州連合(EU27カ国)も重要な議題を決める時は全会一致が原則だからだ。例えば、NATO、EUの加盟国のハンガリーはプーチン氏の意向を無視できないから、反対、ないしは拒否権を行使することが予想される。すなわち、「これまでにない厳しい制裁」と繰り返す欧米側は具体的な制裁内容については依然一致していないのだ。ウクライナのゼレンスキー大統領は19日、ドイツで開催された「ミュンヘン安全保障会議」(MSC)で「欧米側は対ロシアの制裁内容を公表して、モスクワに圧力を行使すべきだ」と要求したのは、当然かもしれない。

 プーチン氏にとって朗報は、北京冬季五輪大会が20日、終わったことだ。中国の習近平国家主席がプーチン氏と呼吸を合わせて動き出すと、世界は深刻な事態に直面する。ウクライナ危機、台湾危機が同時期に武力衝突にまで発展すれば、戦後最大級の危機だ。「あと数日以内」に状況は明らかになるだろう。

神に祈り、戦地に向かう兵士たち

 ウクライナで戦闘の煙が上がってきた。ウクライナ政府軍は同国東部の親ロ武装勢力が最初に攻撃をしかけたと主張し、新ロ武装勢力はウクライナ政府軍が射撃した、停戦合意のミンスク協定に違反していると相手側を非難する。2014年以来、既に8年間余り、ウクライナ東部では政府軍と親ロ武装勢力の間で紛争が繰り返されてきた。その結果、200万人以上の国内避難民が生まれ、1万4000人以上が犠牲となった。そして今、再び戦いを始めようとしている。

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▲ロシア正教会最高指導者キリル1世(モスクワ総主教)ウィキぺディアから

 ロシアもウクライナも多数の国民は東方正教圏に属し、世俗化が激しい欧米諸国のキリスト教徒とは違い、両国には熱心な正教徒が多い。具体的にはロシア正教徒であり、ウクライナ正教徒だ。両正教会は指導部レベルではいがみ合っている。ウクライナ正教会は2018年、ロシア正教会から離脱し、独立した。両国正教会指導部は国の政治情勢を強く反映している(「正教徒プーチン氏の『戦争と平和』」2022年2月14日参考)。

 ただ、両国国民の声を拾うと、国民同士は決して戦っていない。ウクライナ国民の中にはモスクワに親戚がいる人が少なくない。モスクワ市民の1人が、「戦争は嫌だ。なぜ戦わなければならないのか」とドイツ民間放送のインタビューに答えていた。キエフ市民もその点では大きな違いはないだろう。なぜ、戦うのか?

 ウクライナ危機が叫ばれてから、ウクライナとロシアの正教会の動きをフォローしてきた。彼らは自国民の信者たちの加護を神に祈る。軍事大国ロシアに囲まれたウクライナではその点、もっと深刻だ。もちろん、モスクワでは、キリル総主教ら正教会の指導者たちはロシア軍の安全を祈っているだろう。両国の宗教指導者は戦いで勝利するために自国兵士を激励し、国民に連帯を呼びかけている。そして教会の祭壇の前で祈っている。

 その姿を見ていると、プロサッカー選手やボクサーの試合前の姿と重なる。プロサッカーでは試合前やゴールをした時など天に向かって祈る選手を見かける。プロボクシングの場合もそうだ。リングに上がる前に短く祈るボクサーたちがいる。相手を倒して勝利するためだ。負傷せずにプレーできるために祈るサッカー選手もいる。たとえ、それが一種の儀式であっても、戦地に向かう兵士のように、選手たちは祈らざるを得ないのだ。

 ここでシンプルな問題が出てくる。両チームに神に祈る選手がいるとする。神はどちらの祈りに耳を傾けるかだ。サッカー試合では同点で引き分け試合が結構多い。双方が得点1を得る。非常に公平で民主的かもしれない。その一方、はっきりと勝敗が分かれることがある。問題は、双方が神に祈り、双方が勝利を願っている場合だ。ひょっとしたら、今回のウクライナとロシアの状況かも知れない。読者の皆さんが神の立場ならば、どちらに軍配を挙げるだろうか。

 東方正教会の精神的指導者の立場にあるコンスタンチノーブル総主教庁(トルコのイスタンブール)は2018年10月11日、ロシア正教会の管轄下にあったウクライナ正教会の独立を承認した。ウクライナのポロシェンコ大統領(当時)は、「悪に対する善の勝利だ」と称賛した。

 ウクライナ正教会の独立が「悪に対する善の勝利」だろうか。この場合、「悪」とは第1にはロシア正教会を意味するが、それよりロシア正教会を政権掌握の手段に利用してきたロシアのプーチン大統領を指すと受け取るのが妥当だろう。

 ウクライナ正教会がロシア正教会から独立を勝ち得たことで、クリミア半島を奪ったプーチン氏にしっぺ返しした、という意味から、ポロシェンコ大統領は「悪に対して善が勝利した」という表現となったのだろう(「ウクライナ正教会の独立は『善の勝利』か」2018年10月15日参考)。

 政治的観点からいえば、クリミア半島を併合したプーチン・ロシア側は「侵略者」であり、戦争を最初に仕掛けたという意味で「悪」の立場かもしれない。一方、ウクライナ正教会がロシア正教会から独立を勝ち得たことが「悪に対する善の勝利」であろうか。はっきりと「そうだ」とはいえない。「政治の世界」は国益を重視し、多くの領土や物質、経済的利益を得た側が勝利者だが、「宗教の世界」はそうとはいえないからだ。許し、愛し、団結せよ、ではないが、宗教は統合、連帯、援助を重視するからだ。

 ロシア正教会から「ウクライナの国民の為にも祈りを捧げた」というニュースはまだ流れてこない。仕方がないかもしれないが、「ウクライナ危機を回避するためにプーチン大統領に談判した」と聞かないことは残念だ。宗教者として、戦争が始まろうとしている時、沈黙はできない。ましては戦争を鼓舞することはできない。戦争を回避するために全力を投入するのが宗教者の使命だからだ。

 欧州でナチス・ドイツ軍が欧州各地を占領し、ユダヤ人を虐殺していた時、「ローマ教皇ピウス12世(在位1939〜58年)は何をしていたのか」と、今なお一部の学者たちから追及の声が挙がっている。宗教指導者は戦争時にどのようなメッセージを発するかが問われるのだ。同じことがロシア正教会とウクライナ正教会の指導者たちにも当てはまる。

 戦争には「善」も「悪」もない、全ての戦いは「悪」だ、とは思わない、「善の戦争」もある。ただ、ウクライナ危機での戦いでは、どちらが善、どちらが悪とは言えない。正教徒の国同士が戦う戦争に善悪の戦いなどない。戦争を回避できなかったとすれば、双方が敗者だ。

 世界の政治指導者が「戦争は我々の仕事だ。宗教者は口を閉じ、祭壇でわが国の兵士の勝利のために祈ってくれればいい」というかもしれない。その時、世界の宗教者は沈黙していてはいけない。神に祈り、戦地に向かう兵士たちの切ない声に耳を傾けるべきだ。

ローマ教皇の「願わしい聖職者像」

 バチカンで今月17日から19日まで3日間、「聖職の基礎神学のために」というタイトルのシンポジウムが開催中だ。会議名から少々難しい神学的な議論のように感じるが、シンプルにいえば、「願われる聖職者像を模索する会議」と理解できるだろう。同会議には、約500人の司教、神父、一般信徒、宗教者が参加した。

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▲「聖職の基礎神学のために」シンポジウムに参加したフランシスコ教皇(2022年2月17日、バチカンニュースから)

 会議では、聖職者と一般信者との関係、聖職者の独身制、女性聖職者についてなど、カトリック教会が今日直面しているテーマについて、参加者が自由な議論を交わす。聖職者の未成年者への性的虐待事件が世界各地で起き、聖職者への信頼が大きく揺れ動いている時だけに、その議論の進展が注目される。

 伝統的な聖職者のイメージが壊れる一方、21世紀に生きる聖職者の理想像がまだ生まれていない。そこでバチカン司教省長官のマルク・ウエレット枢機卿が議長となって参加者と共に話し合う会議だ。

 バチカンニュースは18日、「聖職は危機に瀕している。バチカンの会議は、聖職に対する間違った認識発展について話し合い、神学的、歴史的だけではなく、文化的、社会的な視点からも新しい聖職者像を模索する」と、会議の意義を報じている。

 ここではフランシスコ教皇が考えている「新しい聖職像」をフォローした。

 同教皇の最側近、ドイツのローマ・カトリック教会ミュンヘン大司教区のラインハルト・マルクス枢機卿(68)は南ドイツ新聞(SZ)とのインタビュー(2月3日電子版)の中で、「聖職者の強制的な独身制は廃止すべきだ。セクシュアリティは人間性の一部であり、決して過ぎ去るものではない」と指摘し、「聖職者の中には結婚したほうがいい者もいる。結婚していれば、より良い聖職者になれる人がいる。性的な理由だけでなく、彼らの生活にとってより良いものであり、孤独ではないからだ」と述べて大きな反響があった直後だ。同枢機卿はフランシスコ教皇を支える枢機卿顧問評議会メンバー(現在7人構成)の1人であり、教皇の信頼が厚い側近だ。それだけに、フランシスコ教皇自身の「願わしい聖職者像」について、その発言内容が注目された。

 会議の初日(17日)、フランシスコ教皇が「今日の信仰と聖職」について基調演説をした。同演説内容を報道したバチカンニュース(独語版)はトップに「フランシスコ教皇・独身制は贈り物、しかし…」というタイトルで報じている。バチカンニュースが「…しかし」と述べたフランシスコ教皇の発言内容を忠実にタイトルに反映させていたのは印象的だ。

 聖職に52年間従事してきたフランシスコ教皇は、「現時点では聖職者の独身義務を廃止するつもりはない。独身はラテン教会が大切にしてきた贈り物だ。しかし、その贈り物は聖化の道として実際に生きる基礎として健全な関係を必要とする。友達もなく、祈りもなければ、独身は耐え難い重荷に過ぎず、聖職の美しさに対する反証人になる可能性がある」と述べている。

 教皇は自身の体験を振り返り、「自分は多くの感動的な神父、模範的な神の人に会った。同時に、信仰の試練に直面したり、困難と孤独に苦しんだこともあった」と、正直に告白している。

 教皇の発言で注目すべき点は、「われわれは今、変革の時を迎えている。ただ、全ての変革が福音の香りを有しているわけではない」と表現し、その変化に対し、「(もはや存在しない)過去の世界に逃げることで、現在の問題を解決できると信じる生き方か、誇張された楽観主義の未来に逃げるかの道がある。私はその両方を拒否する。重要なことは、今日の具体的な世界に立脚し、生きて行くことだ。それは教会の賢明で生きた伝統に根ざしている」と述べている。

 上記のコメントはフランシスコ教皇らしくない、かなり哲学的な内容だ。当方なりに解釈すると、例えば、独身制問題について、「過去」の教会の伝統にしがみついたり、漠然とした「未来」への楽観主義に乗って改革を実施するのではなく、「現実」の世界から逃避することなく、教会の新しい聖職の生き方を模索していきたい、といった意味合いだろう。バチカン内の保守派とリベラル派の両派を意識した、示唆に富んだ“教皇の施政演説”とでもいえる。

 聖職者不足問題について、フランシスコ教皇は、「喜びと熱意があり、キリストを他者に伝えたいという思いがある限り、本当の召命が生まれてくる」と強調。そして、親密さ、思いやり、そして優しさを聖職者の「神のスタイル」という。同時に、聖職者の中にも嫉妬やいじめ、誹謗中傷が絶えないと指摘し、「それは教会内に広がる疫病だ」と指摘している。

 そのうえで、「信者たちが願う聖職者は国民の羊飼いだ。官僚的な聖職者や専門家ではない。思いやりを理解する羊飼いだ。負傷者に歩み寄り、手を差し伸べ、世界の痛みに復活の効果的な力を宣言する方法を知っている勇敢で熟慮のある男たちだ」という。

 フランシスコ教皇は聖職者主義にアレルギーがあり、聖職者の世界に見られるキャリア志向の生き方に強い抵抗があることで知られている。

 以上、フランシスコ教皇が描く「願われる聖職者像」は、目標が高いだけに見つけるのは大変だろう。イエスのように優しく、思いやりがあり、スーパーマンのように果敢に悪に闘いを挑む。そんな若き聖職者がいたら、教会だけではなく、世界の至る所から声がかかるだろう。
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