ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2022年01月

オミクロン感染爆発中での規制緩和

 オーストリア政府は29日、記者会見で2月からコロナ規制の一部を緩和すると表明した。オミクロン株が爆発的に感染を広めている時期だけに、「この時期になぜ緩和するのか」という声と、「緩和処置は遅すぎた」という意見で国内は分かれてきている。

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▲コロナ規制の緩和を発表するネハンマー首相(中央)オーストリア連邦首相府公式サイトから、2022年1月29日

 政府が29日に発表したコロナ規制緩和の具体策は、2月5日から22時以降の夜間外出禁止令は深夜0時以降になり、その1週間後の12日からは小売業での2G(※注)の義務を廃止、その1週間後(2月19日)からは飲食店、観光業界では3Gのルールが適応されることになっている。そのほか、イベント業界でも5日から観客数は25人から50人まで認められる。ちなみに、ワクチン未接種者へのロックダウンは1月31日で終わる。

 同国ではここ数日、新規感染者数は3万人台に突入している一方、入院患者数、集中治療患者数は微増に留まっていることから、ネハンマー首相はコロナ規制の一部の緩和を正当化している。ミュックシュタイン保健相(「緑の党」)は、「オミクロン株の感染では現時点で集中治療室への過負荷がかかるリスクはないことが今回の規制緩和となったが、警戒態勢は今後とも継続される」と説明している。

 同国では首都ウィーン市(特別州)を除いては8州の関係者が政府の規制緩和を歓迎しているが、ウィーン市だけは批判的だ。規制緩和派は主に与党・国民党が州知事を務めている地域だ。チロル州、ザルツブルク州、オーバー・エステライヒ州、ニーダーエステライヒ州の知事たちは異口同音に、「規制緩和は少し遅すぎたが、正しい方向だ」と歓迎する。例えば、ニーダーエスターライヒ州ヨハンナミクルライトナー知事は、「緩和を前向きなものと受け取っている。多くの市民に生きる喜びをもたらす」と高く評価している。

 それに対し、音楽の都ウィーン市のルドヴィック市長(社会民主党出身)はツイッターで、「我々は今、オミクロン株の感染爆発時にいる。毎日、新規感染者数の記録を更新している時だ。感染のピークはまだ来ていない時、コロナ規制を緩和することは間違っている。市としては専門家と協議をして対応をする考えだ」と述べている。

 一方、政党の反応では、極右「自由党」のキックル党首は、「政府の規制緩和はジョークに過ぎない。全ての規制処置を即撤廃すべきだ」と強調、「政府の2G政策は成功しないだろう。小売業、ケータリング、ホテル業界は経営の危機に直面している」と指摘。リベラル政党「ネオス」は政府の規制緩和を歓迎するが、小売業と夜間外出禁止令での2Gは即時廃止されるべきだ」と述べている。

 オミクロン株は現在、欧州で猛威を振るっている。欧州のウイルス学者は、「オミクロン株の感染のピークは2月上旬だろう」と予想しているが、欧州では英国やデンマークなどは早々とほぼ全てのコロナ規制を撤回してきた。オミクロン株は感染力が強いが重症化率が少なく、新規感染者が急増しても病院崩壊、ICU占有率が高まる恐れはない、という判断に基づいていることは明らかだ。

 アルファ、デルタ株、オミクロンとコロナ変異株が出現してきたが、コロナ禍で3年目を迎えた欧州ではコロナ疲れが見えだした。だから、「コロナ感染はまもなく終焉する」という希望が先行し、ポスト・オミクロンについて余り関心がないのが現実だろう。人は希望なくして生きていけないから、政府関係者も国民のこの願いになんとか応じようとするのは当然かもしれない。ただ、コロナウイルスは感染症だから警戒心を緩めることは出来ない。希望と現実のバランスを取りながら、オミクロン株のソフトランディング(軟着陸)を迎えたいというわけだ。

 なお、オーストリアでは来月からワクチン接種義務化が施行されるが、18歳以上の成人の約17%はまだワクチン未接種だ。しかし、保健省によると、過去2週間で8万5000人の成人が初めてワクチン接種を受けている。その結果、18歳以上の成人の83%が少なくとも1回の予防接種を受け、80%が2回予防接種を受けている。

 ※注:「3G」とは、ワクチン接種証明書(Impfzertifikat)、過去6カ月以内にコロナウイルスに感染し回復したことを証明する医者からの診断書(Genesenenzertifikat)、そしてコロナ検査での陰性証明書(Testzertifikat)だ。ドイツ語で「Geimpft」 「Genessen」そして「Getestet」と呼ぶことから、その頭文字の「G」を取って「3G」と呼ばれている。2Gとは、ワクチン接種証明書か回復証明書を有する場合を意味し、陰性証明書ではレストラン等へ入れない。

独極右AfD党首の脱党表明の波紋

 ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の共同党首イェルク・モイテン欧州議会議員(60)がAfD共同党首の地位を辞任するとともにAfDから脱党することを表明した。AfDはドイツ連邦議会(下院)で81議席を有する政党。その党首が突然、ポストから辞任を表明するということは通常の事ではない。

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▲AfDから脱党を表明したモイテン共同党首 ウィキぺディアから

 共同党首の突然の辞任表明を受け、AfD連邦幹部会は28日、公式のプレスリリースで、「AfDがドイツで唯一の野党として発展してきたうえでのモイテン氏の多くの功績に感謝する」と述べている。AfDでは2015年7月以来、モイテン氏とティノ・クルパラ氏の2人が共同党首を務めてきた。

 AfDは2013年2月、創立された新党だ。連邦議会で81議席を有する一方、ドイツ16州の州議会で228議席、欧州議会では10議席を持つ政党だ。党員数は2020年5月の段階で3万4023人だ。AfDは2015年、中東・北アフリカから100万人の難民・移民がドイツに殺到した時、移民反対、外国人排斥運動を展開し、ドイツ国民の支持を得、17年秋に実施された連邦議会選で94議席を獲得して野党第一党(当時)となり、ドイツ政界に旋風を巻き起こした。

 モイテン氏はドイツ公共放送ARDとのインタビューの中で、「正式には解散した右翼過激派のフリューゲルとの権力争いで敗北した」と語る一方、「AfDの中心は今日、非常に右に動いており、党の一部は基本的な自由民主主義の秩序に基づいていない。そこには全体主義の影がはっきりと見える。特にコロナ政策において、カルトのような主張を展開している。AfDはもはやせいぜい東ドイツの地方政党にすぎなくなっている」と批判している。独代表紙フランクフルターアルゲマイネ・ツァイトゥングは28日電子版で、「穏健派のモイテン氏は過去、党内の右翼過激派との戦いで敗北を重ねてきた」と指摘、モイテン氏のAfD離脱表明を「決して驚かない」と受け取っている。

 モイテン氏は党内では穏健路線を主張することで右翼過激派から敵視されてきた。特に、政治ライバルともいうべきビョルン・ヘッケ氏(49)の仲間たちから嫌われてきた。ヘッケ氏はモイテン氏の党離脱表明を受け、「その決定を尊重する。党では見つけらなかった私的で専門的な分野で自分の道を見出すことを願っている」とツイッターで述べている。

 ヘッケ氏はAfDのテューリンゲン州議会議員で党内では右翼過激派のリーダーだ。より保守的な政策を取るべきだと標榜した「エアフルト決議」(2015年5月)の推進者の一人だ。ドイツ連邦憲法擁護庁(BfV)はヘッケ氏を極右的人物とみなし、2020年以降、監視対象人物に指定している。その言動はファシズム、反ユダヤ主義的傾向がみられる。

 モイテン氏を取り巻く政治的圧力は高まってきている、寄付行為に対する欧州議会の調査委員会は27日、モイテン氏の議員としての免責特権をはく奪したばかりだ。AfD連邦議会院内総務のアリス・ワイデル議員は独週刊誌シュピーゲルに対し、「モイテン氏は欧州議会で自身の議員としての免責を失った直後、AfDから脱党を表明したわけだ。そのタイミングは少なくとも意味深い」と述べている。ちなみに、モイテン氏はスイスのPR会社であるGoalAGから約9万ユーロの違法党献金を受け取り、偽造の党献金者リストを提出した疑いがもたれている。

 モイテン氏は6年間AfDの責任者を務めてきた。同氏はAfDから脱党した後も2017年末から務める欧州議会議員としての任務を維持したいと述べている。同氏は欧州議会では「アイデンティティと民主主義グループ」の副議長を務めている。一方、ベルリンの検察庁は、違法な党献金容疑でモイテン氏を捜査する意向と言われている。

 穏健派のモイテン氏の党離脱でAfDが今後より右翼過激派路線を邁進していくか否かは、フリードリヒ・メルツ氏(66)を新党首として党の刷新に乗り出す「キリスト教民主同盟」(CDU)の動きと共に注目される。CDUメンバーが多い保守勢力「価値の連合」(Wertunion)のリーダー、マックス・オッテ氏(57)をAfDが連邦大統領候補者に擁立する動きがみられるなど、CDU内の保守勢力とAfDの接近にも目を離せられない。

北京「フェイク・ウィンター」五輪?

 第24回北京冬季五輪大会開催まであと1週間となった。オーストリア国営放送公式サイトには「フェイク・ウィンター」(Fake Winter)という見出しで黒い山肌と木々が見える中、滑降用の競技場周辺だけが雪で覆われているロイター通信の写真が掲載されていた。数百の降雪機が動員され、人工雪で固めた滑降施設は、アルプスの小国に住むウィンタースポーツ国オーストリア国民が見たら異様な風景だが、開幕を控え、今更、競技場の雪問題で議論をしても意味がない。開催地に北京が決定した時から分かっていたことだからだ。ちなみに、北京で活躍する人工降雪機は南チロルの会社が開発したものという。いずれにしても、北京は夏季と冬季の五輪大会を開催した最初の都市となる。

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▲北京冬季五輪大会のメディア・センター(北京冬季五輪公式サイトから)

 オーストリア冬季五輪大会参加者を見送る式典が26日、ホーフブルク宮殿の大統領府で開催された。106人のアスリートを含む五輪代表団はヴァン・デア・ベレン大統領やネハンマー首相ら政府関係者から激励を受けた。ファン・デア・ベレン大統領は挨拶の終わりに、「日ごろの成果を十二分に発揮して頑張ってください。健康で帰国できることを願っています」と述べた。オーストリア政府は外交ボイコットを表明していないが、スポーツ担当相のコグラー副首相ら政府要人は北京に行かない予定だ。

 オーストリアはノルウエー、スイスなどと共にウィンター・スポーツ国だ。過去2回、インスブルックで冬季五輪大会を開催した実績がある。2006年のトリノ大会では金メダル9個を含め23個のメダルを獲得してメダル獲得数では出場国中3番目だった。2018年の韓国平昌大会では金5、銀3、銅6、計14個のメダルだった。オーストリア五輪委員会のカール・シュトス会長は、「メダル獲得数でベスト10には入りたい」と期待を表明している。

 中国共産党政権にとって、スポーツは国への愛国心、ナショナリズムを高揚する手段だ。だから、北京は世界が注目する冬季五輪大会を成功させるためにあらゆる手段を駆使している。特に、北京に新型コロナウイルスのオミクロン株が感染拡大し、選手や北京市民に感染が拡大しないように「ゼロ・コロナ」を徹底し、監視と検疫体制を敷いてきた。競技は無観客開催となる可能性が高い一方、選手たちと市民との接触を封鎖するバブル方式が徹底される予定だ。選手はホテルに入ると、競技が終わって帰国するまで隔離生活を強いられる。東京夏季五輪大会では選手村から逃げ出したアスリートがいたが、北京ではそんな冒険は絶対に許されないという。

 ところで、中国のスポーツ大会開催と新型コロナウイルスの感染問題を考える時、2019年10月、武漢で開催された第7回世界軍人運動会を思い出す。同運動会に参加した選手が帰国後、新型コロナの症状の疑いが出て入院した。4カ国で同じ報告があった。当時はまだ新型コロナウイルスの正体が不明だったため、病気の発生原因を追究できなかったが、ウイルス学者の中には、「武漢での世界軍人運動会で選手たちが体調を崩したのはコロナウイルスの感染が考えられる」と受け取っている。世界軍人運動会よりその規模、参加選手数が多い冬季五輪大会の場合、一度、オミクロン株が選手に感染した場合、そのクラスターは大変だ。中国からの情報では北京で既にオミクロン株の感染が広がっている。

 冬季五輪大会で懸念されるのはオミクロン株の感染拡大だけではない。選手用ホテルやセンターで出てくる中国の料理に対して、注意を呼び掛ける声があるのだ。東京五輪大会では世界のアスリートたちは多種多様の料理に舌鼓をうつことができたが、北京では要注意という。

 ドイツ反ドーピング機構(NADA)は10日、北京冬季五輪大会に参加する選手らに対し、中国産食肉を食べないよう注意を喚起している。NADAのニュースレターによると、「中国産食肉に筋肉増強剤クレンブテロールが混入している可能性がある。中国の畜産業者は豚や牛にクレンブテロールを与え、食肉の赤身を増やす。その肉類を大量に食べれば、ドーピング検査で陽性となる危険性が出てくる」というわけだ。

 オーストリア五輪代表団が、「国から食材と料理人を連れていくことが出来れば理想的だが…」と語っていたことを思い出す。食欲旺盛な若きアスリートたちに安全な料理を提供して満足させることは関係者にとって重要だ。北京で肉料理があまり食べられないとなれば、寂しく感じる選手も出てくるはずだ。

 「選手たちが健康で帰国することを願っている」と述べたファン・デア・ベレン大統領の言葉が一層、意味深いものとなって響いてくる。

独大統領「犠牲者は追悼される権利」

 国連総会は2005年、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容者が解放された1月27日を「ホロコースト(大量虐殺)犠牲者を想起する国際デー」(International Holocaust Remembrance Day)と指定する決議を採択した。それに基づき、各国で毎年、追悼集会やさまざまな会議が開かれてきた。ベルリンの連邦議会では27日、追悼集会がもたれた。

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▲「ホロコースト記念館」の犠牲者の名前と写真を連ねた部屋(ウィキぺディアから)

 ドイツのフランク・ヴァルター・シュタインマイヤー大統領は26日、強制収容所の跡地にあるザクセンハウゼン強制収容所を訪ね、「ステーションZ」処刑現場の記念碑に花輪を捧げた。ザクセンハウゼン強制収容所では1936年から1945年の間、約20万人のユダヤ人が投獄され、命を落とした。

 シュタインマイヤー大統領は、「人は忘れる権利はない。それに対し犠牲者は追悼される権利を持っている。責任は、憶えることで終わるのではなく、あらゆる形態の反ユダヤ主義と人種差別に反対することを意味する」と強調している。

 NGOユダヤ機関と世界シオニスト組織が24日発表した年次報告書によると、2021年は世界で反ユダヤ主義的な行為件数は過去10年間で最も多く、1日平均10件以上が発生した。そのほぼ半分がヨーロッパで、約30%が米国で発生している。多くの場合、破壊行為、落書き、または墓石の冒涜に関するものだ。

 国際ホロコースト記念日の3日前に発表された報告書は、「物理的および言葉による攻撃は、記録された事件の3分の1未満を占める一方、ソーシャルネットワークでは反ユダヤ主義の陰謀説が著しく増加した」と記述している。

 報告書によれば、「過去1年間の反ユダヤ主義的行為の増加はパンデミックに起因する。 コロナ規制に反対する抗議集会では、参加者はナチス政権下のユダヤ人への迫害を彷彿させるプラカードなどを掲げて叫んだ。明らかにホロコーストを陳腐化するものだ」と批判している。

 報告書の著者は、「反ユダヤ主義行為の増加は、イスラエルと過激なイスラム教徒グループのハマスとの間の紛争にも関連している」と説明する一方、「いくつかの国では、反ユダヤ主義と戦うための新しい法律が可決された」と評価している。

 ホロコーストを考える時、これまでは「ヒトラー政権がなぜ、ユダヤ人排斥主義を取ったのか」、「どうしてドイツ国民はナチス政権を支持したか」等に関心が集まる。換言すれば「犯罪人の分析」だ。その一方、ホロコースト後、生き残ったユダヤ人の中には、「どうして神はわれわれを見捨てたもうたのか」と「神の沈黙」について苦悩する信者たちが少なくなかった、といわれる。「犠牲者の分析」だ。著名なユダヤ人学者リチャード・ルーベンシュタイン氏は、「アウシュヴィッツで神は死んだ」と著書の中で述べている。

 「なぜ多くのユダヤ人が犠牲とならざるを得なかったか」――。その問いに対し、ユダヤ人は必死に答えを探してきたはずだ。全てを1人の狂人ヒトラーの蛮行で済ませるにはあまりにも重い内容があるからだ。ユダヤ人が「ホロコースト」の悲劇を繰り返し叫び続けることに不快を感じる知識人もいる。彼らは「ユダヤ人のホロコースト産業」と揶揄する。しかし、「なぜわれわれは犠牲となったか」、「神はその時、どこにいたのか」等に満足いく答えが見つかるまでは、ユダヤ人は絶対、ホロコーストを忘れないだろう。精神分析学の創始者ジークムント・フロイトも生涯、「なぜユダヤ人は迫害されるのか」を考え続けたユダヤ人知識人の1人だった。フロイトは出エジプトの主人公モーセに強い関心を注ぎ、研究したという。

 当方は2度、世界のナチ・ハンターと呼ばれていたサイモン・ヴィーゼンタール氏と会見したことがある。小柄ながら鋭い眼光で相手を見つめる姿には一種の威圧感があった。当方は当時、聞きたい質問があった。「戦後、半世紀が過ぎるが、何故いまもナチス幹部を追跡するのか」ということだ。それに対し、同氏は笑顔を見せながら、「生きているわれわれが死者に代わってナチスの罪を許すことなどはできない。それは死者を冒涜することになるからだ」と答えた。シュタインマイヤー大統領の「犠牲者は追悼される権利がある」という発言内容にも通じるものだ(「ユダヤ人問題と『ヴィーゼンタール』」2021年7月24日参考)。

ハードとソフトな「世俗化」後の宗教

 チェコの宗教社会学者トマーシュ・ハリーク氏の講演内容について、先日このコラム欄で書いたが、同氏の発言の中に「ハードな世俗化」と「ソフトな世俗化」という表現があった。「ハードな世俗化」とは、共産主義政権下の宗教政策を意味するのだろう。チェコ人の同氏は「ハードな世俗化」が何を意味するのかをよく知っているはずだ。史的唯物論を国是とした無神論国家のチェコスロバキア(連邦解体前)では厳しいキリスト教徒への迫害があった。当方の知人の1人は神を信じているゆえに牢獄に送られ、そこで獄死した。同国のトマーシェック枢機卿(当時)は共産政権の迫害下で沈黙を強いられていた。政治体制に基づいて、宗教が否定され、学校でも職場でも神が否定された社会だ。それをハリーク氏はハードな世俗化と呼んだのだろう(「ハリーク氏『教会は深刻な病気だ』」2022年1月24日参考)。

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▲対話を通じてウクライナ危機の解決を訴えるフランシスコ教皇(2022年1月26日、バチカンニュースから)

 にもかかわらず、1980年代からは信仰の自由を求める国民の声が広がっていった。最終的にはビロード革命となって成果をもたらしていったことはまだ記憶に新しい。そして「ソフトな世俗化」時代に入っていく。共産政権が崩壊し、民主化が行われ、自由な政治活動、言論・結社の自由、そして「宗教の自由」が保証されていった。国民は自身の信念に基づき政治活動をし、選挙に参加できる。学校でも検閲はなく、自由に考え、発言できる。これまで抑えられてきた「宗教の自由」は認められ、欧米からは新しい宗教や思想が入ってきた。

 国家の統制による上からの世俗化がなくなったのだから、国民の宗教活動も活発化するだろうと考えるが、皮肉にも民主化後のチェコ社会は世界でも最も無神論国家といわれるほど急速に世俗化していった。ワシントンDCのシンクタンク「ビューリサーチ・センター」の宗教の多様性調査によると、チェコでは無神論者、不可知論者などを含む無宗教の割合は76・4%だった(「なぜプラハの市民は神を捨てたのか」2014年4月13日参考)。

 ハリーク氏が「ソフトな世俗化」と呼んでいる現象だろう。これはハードな世俗化国家であった共産政権時代への回帰現象とは違う。チェコ国民は共産政権時代からは決別している。昨年10月に実施された議会(下院)選挙でチェコ共産党(ボヘミア・モラビア共産党=KSCM)が議席獲得に必要な得票率5%のハードルをクリアできずに議会進出を逃した。チェコ共産党は1948年以来初めて議席を失ったのだ(「冷戦生きのこり『共産党』議席失う」2021年10月13日参考)。

 チェコで見られる現象はヨハネ・パウロ2世の出身国ポーランドでも見られる。ポーランドは久しく“欧州のカトリック主義の牙城”とみなされ、同国出身のヨハネ・パウロ2世(在位1978年10月〜2005年4月)の名誉を傷つけたり、批判や中傷をすることは最大のタブーだった。同国の国家統計局のデータによれば、国民のほぼ90%はカトリック信者だ。ところが、同国の日刊紙デジニック・ガゼッタ・プラウナとラジオRMFが昨年11月4日、報じたところによると、ポーランド国民の65・7%が「カトリック教会の社会での役割」に批判的な評価を下し、評価している国民は27・4%に過ぎないことが判明した。同国の政治学者アントニ・デュデク氏は、「教会の危機は今始まったものではなく、長い年月をかけて深刻化してきた。原因として、ゝ豢産党政権との癒着、∪賛者の未成年者への性的虐待と聖職者の贅沢な生活スタイル、聖職者と与党「法と正義」(PiS)の結びつき、等を指摘している(「ポーランドのカトリック主義の『落日』」2020燃11月7日参考)。

 共産政権時代に「ハードな世俗化」を体験し、民主化後は「ソフトな世俗化」の嵐の中に巻き込まれていった欧州キリスト教会は今日、聖職者の未成年者への性的虐待問題で教会の信頼を失い、教会から脱会する信者が増えている。キリスト教会といっても新旧キリスト教会と旧ソ連・東欧諸国に根を下ろしてきた正教会ではその歴史と発展に違いはみられるが、「ソフトな世俗化」は欧州全土を席巻している。

 ハードな世俗化時代、神を捨てるように強いられ、ソフトな世俗化では、溢れる自由と豊かな物質社会の中で神を忘れてしまった。ハリーク氏は、その神を取り戻すためには「組織改革だけでは教会の復興は難しい」と指摘する一方、ポストモダニズムには「教会から解放された新しいかたちの宗教、精神性」の出現を予想している。同氏の主張を当方流に解釈すれば、もはや教会といった組織を通じて神に出会う時代は過ぎ去り、人は神と対話しながら生きて行く時代圏に入ってきたことを示唆したのではないか。

“クィアの人々”との対話進める教会

 新型コロナウイルスの感染が世界に広がり、オミクロン株の急速な感染で多くの職場や工場では労働者不足が目立ってきた。その一方、コロナ規制を遵守しない労働者や職員が解雇され、ワクチン接種を拒否する労働者が職場を失うケースが増えてきた。「オミクロン株の感染者との接触者として自宅隔離を余儀なくされた労働者が突然、会社から解雇通告を受けたとして、労働者の権利を擁護する会議所に救いを求めている」というニュースが流れてきたばかりだ。

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▲クィアの人々との対話に乗り出すヘッセ大司教(バチカンニュース2022年1月24日)

 ところで、ドイツのローマ・カトリック教会ハンブルク大司教区に従事する聖職者、職員が教会に対し、「クィアという理由で解雇されるのは不当だ」として教会の労働規則の改正を要求するキャンペーンを始めたという。

 クィア(Queer)とは「風変わりな」や「奇妙な」という意味だが、クィアな人々といえば、性的指向の少数派LGBTに属する人という意味に受け取られている。最近では、セクシュアル・アイデンティティ(性的指向)とジェンダー・アイデンティティ(性自認)を合わせた意味合いが強くなってきた。具体的には、ゲイやレスビアン、バイセクシュアルな性的少数派を意味する一方、トランスジェンダー、シスジェンダー、ジェンダーフレキシブルといった性自認を含む。

 教会で従事するそのクィアの人々が「自分はゲイだ」といってカミングアウトすることが増えてきた。異性間の婚姻を支持し、同性婚に反対する教会側はそのクィアの人々を「教会の教えに反している」という理由で解雇できるから、クィアの人々は「教会の労働規約」を改正してほしいと訴えているわけだ。

 それに対し、ハンブルク大司教区のステファン・ヘッセ大司教は24日、カトリック教会のクィアの人々のイニシアチブに感謝を表明し、「性的指向のために自分のアイデンティティを隠したりしなければならない教会は、私の意見では、イエスの精神とは一致しない。信憑性と透明性を恐れるべきではない」と語ったという。教会で働く125人のクィアの人々が、「自分の性的指向と性同一性に従って生きることが解雇につながらないように教会の労働法を変更してほしい」と訴えたことに対する大司教の返答だ。

 同大司教はクィアの代表と会合し、「ドイツ教会で現在進行中の改革プロセスの中でセクシュアリティに関する議論が行われているから、教会の性道徳と教会の労働法についても改革が行われなければならない」と、エールを送っている。

 ハンブルク大司教区だけではない。パーダーボルン大司教区でも今年に入り、教区のワーキンググループ「クィア・センシティブ・パストラル」が活動を開始している。ハンス・ヨーゼフ・ベッカー大司教は昨年12月、「私たちの大司教区では、クィアの人々に対する牧会的なケアが実現され、それを通じてクィアの人々が受け入れられ、歓迎されていると感じることが大切だ。クィアの人々の経験が大司教区内で活用され、大司教区の発展にもつながれば幸いだ」というのだ。

 興味深い点は、クィアの人々の要求をバチカンニュースが1月24日、大きく報じていることだ。最近、生物学的性と性自認が完全に一致していると感じる人が少なくなってきたという。男性、女性のどの性にも属さない性自認(ノンバイナリー)を主張する人も出てきた。バチカンニュースは性的少数派の動向を結構、頻繁に報じ出している。

 ただ、教会では全ての職員、聖職者は教会の基本的なルールに従わなければならない。彼らは自身の生き方を教会の信仰と道徳と一致しなければならない。同性婚は教会では認められていないから、ルール違反となる。そのような中でハンブルク大司教区やパーダーボルン大司教区のように性的少数者との対話を深めようとする動きが出てきているわけだ。

 教会とクィアの人々の対話は、社会の多様性というトレンドにはマッチするが、クィアの人々は「差別の是正」だけを求めているのではなく、その「生き方の認知」を願っているのだ。教会は社会の多様性、寛容という言葉に惑わされ、危険な対話に引き込まれている、ともいえる。

露ウクライナ侵攻と中国「台湾併合」

 ロシアが10万人以上の兵力をウクライナ東部国境沿いに動員したことから、プーチン大統領はウクライナに武力侵攻を命じるのではないかという懸念が出てきている。欧米のロシア・ウオッチャーは「リアルなシナリオだ」と、ロシア軍のウクライナ東部武力侵攻を予想している。

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▲プーチン大統領、イランのライシ大統領と会談(2022年1月19日、クレムリン宮殿で、ロシア大統領府公式サイトから)

 バイデン米政権は今月に入り、ウクライナ危機の打開のためにこれまで4回、ロシアと交渉を行った。ジュネーブで1月10日、シャーマン米国務副長官とロシアのリャブコフ外務次官の外務次官級会合が行われ、12日にはブリュッセルで北大西洋条約機構(NATO)・ロシア理事会、13日にはウィーンで欧州安全保障協力機構(OSCE)会合、そして今月21日、再びジュネーブでブリンケン国務長官・ラブロフ外相の米ロ外相会議が開かれたが、両国にウクライナ危機打開に向けた歩み寄りは見られなかった。

 ロシア側の主張は変わらない。ウクライナの加盟を含むNATOの東方拡大を拒否し、その旨を米国が書簡で保証するならば、という前提条件は不変だ。米国はロシアの要求を一蹴する一方、バイデン大統領は今月19日、就任1周年の記者会見で、「ウクライナが近い将来、NATOに加盟することはない」と述べ、ロシア側の要求を杞憂と受け取っていることを示したが、それ以上は踏み込まず、「ロシア軍がウクライナに武力侵攻したならば、重大な結果を招くことになる」と警告を繰り返した。

 ところで、欧米とロシア間のウクライナ危機を巡る交渉の進展を固唾を飲んで見守っている国がある。中国共産党政権だ。その最大関心事は、ロシアがウクライナ東部に武力侵攻した場合、米欧はどのように対応するかだ。具体的には、米欧は経済制裁を科すか、それとも軍事的対応に乗り出すかだ。バイデン米大統領や欧州連合(EU)のこれまでの主張を見る限りでは、「あくまでも外交手段で解決する」ことを目指している。

 米欧がロシアに対し経済・金融制裁に乗り出す一方、軍事的な対応を実施しない場合、中国共産党政権は「台湾への武力併合へのゴーサイン」と受け取る可能性が出てくるのだ。オーストリア代表紙「プレッセ」のライナー・ノバック編集局長は23日付トップで、欧米とロシア間のウクライナ危機への対応を中国の台湾侵攻と密接にリンクさせ、「欧米側がロシアの武力侵攻に譲歩するならば、北京側は、中国人民軍が台湾に侵攻しても米国は譲歩するだろうと予想するだろう」というのだ。

 ノバック氏は、「軍事的な対応を交渉前から排除すれば、交渉力を自ら縛る結果となる」と強調している。相手が軍事力で応じてくるかもしれないとなれば、ロシアは容易には武力侵攻できない。逆に、武力侵攻しても相手側は経済制裁を警告するだけと分かれば、プーチン氏は冒険するかもしれない。だから、ロシアとの交渉では絶対に軍事カードを放棄すべきではないという論理だ。

 ドイツはウクライナ危機への対応でウクライナ軍への軍事支援を拒否して、キエフを失望させたが、米国や英国はウクライナ側に兵器の供給を始めている。米国は軍事機材の支援を行い、英国は軽装甲防御兵器システムなどを供給している。その一方、米国務省は23日、キエフの米大使館の米職員家族に対し退避命令を出している。米国は既に軍事モードに入っているわけだ。

 当方はこのコラム欄で「ウクライナ危機への『3つの対応』」(2022年1月20日)を書き、「欧米には少なくとも3つの制裁の道がある」として、.Εライナへ武器供給(英国は軽装甲防御兵器システムを供給)、◆屮離襯鼻Ε好肇蝓璽爍押廚料犇罰始の停止、SWIFT(銀行間の国際的な決済ネットワーク)を利用してロシアの経済活動に制裁を科す、等の3点を挙げた。

 問題は制裁を実施できるのは欧米だけではないことだ。ロシアは少なくとも欧州への天然ガス供給をストップできるのだ。欧州は2020年、ロシアから天然ガスを全体の43・9%を輸入している。例えば、オーストリアは天然ガスの80%をロシアからの輸入に依存している。プレッセ紙は23日付トップに「プーチン氏が背を向けたならば」(「Und wenn Putin abdreht ?」)という見出しの記事を掲載している。

 欧米側がロシアの蛮行に対して経済・金融制裁だけに拘れば、ロシア側を説得できない。現実的で効果のある対策は軍事的対応だ。決して戦争を煽っているわけではない。ロシアが武力侵攻すれば軍事的反撃する、という姿勢を示す必要があるというわけだ。

 プーチン氏がNATO軍との衝突を回避し、10万人の兵力をウクライナ東部国境から撤退させれば危機は暫定的だが解決できる。欧米側がプーチン氏の面子をたてるために何らかの譲歩、例えば、「ノルド・ストリーム2」の操業を認めるといったシナリオも考えられる。

 ウクライナ危機が上記のシナリオで進展すれば、習近平中国国家主席は台湾に武力侵略すれば同じシナリオが展開すると考えざるを得なくなるはずだ。それゆえに、欧米がウクライナ危機に如何に対応するか、中国の今後の出方にも大きな影響を与えるわけだ。

 参考までに、最悪のシナリオを考えたい。ロシアはNATOとの衝突を恐れずにウクライナに侵攻し、同時期、中国は台湾侵攻を始め、北朝鮮は7回目の核実験を行い、アジア地域の緊張を意図的に煽る。一方、イランは中東地域で武力テロ活動を活発化する場合だ。今年11月に80歳になる高齢のバイデン大統領にそれらの紛争をてきぱきと解決できる活力、知性、体力があるだろうか。日本はもちろん静観していることはできない。世界同時多発紛争が発生した場合のシナリオを真剣に考えなければならない。北京冬季五輪大会が幕を閉じてから今秋の中国共産党大会前までの期間が最も危険な時期とみてほぼ間違いないだろう。

ハリーク氏「教会は深刻な病気だ」

 チェコの著名な宗教社会学者であり神父でもあるトマーシュ・ハリーク氏は昨年、ワルシャワで開催された児童保護会議で講演した。聖職者の未成年者への性的虐待問題が多発する現在の教会にとって、非常に啓蒙的な内容を含んでいたのでその概要を紹介する。同内容はバチカンニュースが昨年9月22日報じている。

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▲チェコの著名な宗教社会学者トマーシュ・ハリーク氏(ハリーク氏のサイトから)

 ローマ・カトリック教会は今日、聖職者の未成年者への性的虐待問題に直面し、教会内外で信頼性を失い、多くの信者が教会から離れている。ハリーク氏は、「聖職者の性犯罪問題は久しく軽視されてきたが、ここにきて教会は取組み出した。聖職者の未成年者への性的虐待は個人の病気ではなく、教会システムの病気だ。だからより広い枠組みの中で考えなければならない。教会と聖職の神学的、牧会的、そして精神的な理解のレベルで多くの関連する問題を改革する必要がある。懲戒処分だけでは問題は解決しない」という。

 ハリーク氏は、「聖職者の性的問題は中世の改革の契機となった免罪符(贖宥符)発行事件と同じ役割を果たしている。聖職者の性的問題は一見、末端の限定された現象のように受け取られるが、実際はそうではない。教会と権力、聖職者と平信徒、その他多くの関係のシステムの病気を明らかにしているのだ。現代のカトリック教会の状況は、改革直前のそれに非常に似ている」と語る。

 同氏は、「教会の改革が制度の改革に留まるなら、表面的であり、教会の分裂につながる可能性が出てくる。16世紀の『カトリック改革』は、インスピレーションとしてとらえるべきだ。その本質的な要素は精神性の深化だった」と説明する。

 ローマ教皇ヨハネ23世(在位1958年10月〜63年6月)は1962年10月11日、教会の近代化と刷新のため「第2バチカン公会議」を開催した。ハリーク氏は、「教会の牧歌的なスタイルと現代の世俗的な世界との関係を改革しようとした試みだ。ただ、教会が近代との文化戦争を行えば、教会は歴史の行き詰まりに陥ってしまうから、『カトリック主義』から『カトリック性への移行』を試みたわけだ。この改革は、特に共産主義の支配下にある国々では、大部分が誤解され、実現されずにきた。聖職者主義のシステムは克服されていない」と説明する。

 そして、「現代の世界と合意するための公会議の努力は遅すぎた。モダニズムは1960年代にピークを迎え、その直後すぐに終わった。公会議はポストモダニズム時代での教会のあり方について何も準備していなかった。今日、社会的、文化的文脈全体が変化した。教会は宗教の独占を失った。世俗化は宗教を破壊こそしなかったが、変質させていった。今日の教会の主な競争相手は世俗的ヒューマニズムではなく、教会から解放された新しい形の宗教と精神性だ。教会が根本的に多元的な世界でその位置を見つけることは難しい。特に共産主義の過去によって形作られた教会は、この世界を理解するのに非常に困難を抱えている。ポーランド社会の現在の劇的な世俗化はその好例だ。共産主義時代の“ハードな世俗化”とポスト共産主義時代の“ソフトな世俗化”が起きている。前近代社会を懐かしむ誘惑は大きく、教会の中にはポピュリストやナショナリストの政治の流れと危険な同盟を組もうとする動きが見られる」と語る。

 聖職者の性的虐待は一面に過ぎない。1960年代の「性革命」に対する教会の反応は、恐れとパニックだった。教会の教えと司祭を含む多くのカトリック教徒の実践との間に格差が生じた。教会は、世俗的なメディアが聖職者の性スキャンダルを暴露したことを受け、偽善とスキャンダルに対処するために初めて動き出したが、それは余りにも遅すぎだ、というのだ。

 ハリーク氏は、「聖職者の性的虐待は、聖職者全体の危機だ。権力と権威を乱用する聖職者主義を克服しなければならない。この危機は、今日の社会における教会の役割を理解することによってのみ克服できる。教会は神の『巡礼者』が集まるところであり、キリスト教の知恵を学ぶ『学校』、『野戦病院』だ。そして『出会い、交流、和解の場』だ」と主張している。

 当方がハリーク氏の上記の発言の中で最も共鳴した箇所は、「今日の教会の主な競争相手は世俗的ヒューマニズムではなく、教会から解放された新しい形の宗教と精神性だ」という指摘だ。

病欠やトイレに走る議員たちの事情

 オーストリア国民議会(下院)で20日、ワクチン接種の義務化法案について意見の交換が行われた後、採決に入った。今回は各議員が賛成票(白紙)か反対票(赤紙)を持参して演壇前に備えられた投票箱に入れることになっていた。だからどの議員が賛成か反対かはその気になれば分かる。中継していたオーストリア民間放送のカメラマンが投票箱に行く議員の姿に強い関心を注いだのも当然だった。

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▲ワクチン接種義務化法案を議論した国民議会風景(2022年1月20日、オーストリア民間放送OE 24TVの中継から)

 まず、投票結果から報告する。国民議会の定数は183議席だ。採決に参加した議員は170人だった。ということは、20日の投票日に13人の議員が欠席したことになる。議会から中継していたアナウンサーは、「今日は多くの議員が病気になりました」と少し皮肉を込めて報じていた。投票結果は賛成票137票、反対33票だった。

 次に、ワクチン接種義務化法案の日の政党の立場を説明する。同国では議会に議席を有する政党はネハンマー政権の与党、保守政党「国民党」と「緑の党」の2党、野党には「社会民主党」、「ネオス」、そして極右政党「自由党」の5政党だ。

 ワクチン接種義務化法案は国民党とその連立パートナー環境保護政党「緑の党」が作成し、議会に提出した。それに対し、野党第1党「社民党」は党内に反対があったが、党としては支持に回った。同党のパメラ・レンディ=ワーグナー党首は熱帯医学の専門家で、新型コロナウイルスの実態を誰よりも知っている政治家だ。ケルン政権下で2017年、短い期間だったが保健相を務めた。 同党首は、「義務化は理想ではないが、ワクチン接種が現時点では唯一のコロナ対策」と表明し、ネハンマー政権のワクチン接種義務化法案を支持した。

 リベラル政党「ネオス」はワクチン接種の義務化に強く反対してきたが、同党のベアテ・マインル=ライジンガー党首は記者会見で、「自分はワクチン接種の義務化には反対だ。国民の自由な判断を尊重していたからだ。しかし、ワクチン接種の現状やコロナ感染の拡大などをみて、ワクチン接種の義務化を支持することにした。さもなければ、第5、第6のロックダウンが回避できなくなるからだ」と説明した。

 同法案に最後まで反対し、路上で国民を動員して抗議デモ集会を繰り広げたのが自由党だ。同党のキックル党首は昨年11月15日、コロナに感染したが、寄生虫用治療薬を飲みながら回復した。ワクチンは接種していない。キックル党首は、「ワクチン接種は個々が決める問題だ。しかし、接種の義務化は国民の自由を蹂躙する全体主義的なやり方で容認できない」という姿勢を崩さず、20日の議会でも激しく批判を繰り広げた。

 採決前から同法案が可決されることは分かっていたが、多くの政治専門家は、「国民党や緑の党からも反対する議員が出てくるだろう」と指摘し、投票箱にどの議員が赤紙を入れるかに注意を促していた。国民党(71議員)からは4人の議員が欠席し、反対票はなかった。「緑の党」(26議員)は政権政党でなければ、多くの議員が反対していただろうが、連立政権に参加している以上、支持せざるを得ない。自己の政治信条と与党としての責任、という狭間で悩む議員がいたはずだ。同党からは反対票はなしで3人が病欠だった。

 社民党(40議員)からは4議員が病欠、1議員が反対した。自由党は30議員中、2人が病欠で、そのほかは全て反対票を投じた。ネオスは15議員中、4人の議員が反対した。ちなみに、「緑の党」元党首マドレーン・ペトロビッチ氏がワクチン接種義務化を支持する党の政策を批判し、「緑の党」から脱会を表明したことがメディアで報じられたばかりだ。

 接種の義務化に反対しているが、党の方針には反対できない、と悩む多くの議員たちは、それゆえに、採決の日、病気になるわけだ。国民議会の定数から170人を差し引いた13人の議員全てがそうとは思わないが、多くは突然病気になったのだろう。新型コロナウイルスのオミクロン株の感染力が知られていることもあって、病気になっても疑われる心配は少ない、という判断も働いただろう。

 政界では重要な法案の採決の日、突然席を外す議員や政治家がいる。有名な話はオーストリア前大統領(在任2004〜16年)のハインツ・フィッシャー氏だ。同氏は社会党議員時代、重要な要件で採決しなければならない時になるといつも姿をくらました。だからブルーノ・クライスキー首相(在任1970〜83年)は、「彼はまたトイレにいったのか」と揶揄った、という噂が流れたほどだ。そのフィッシャー氏は後日、オーストリアの大統領を12年間勤めている。「重要な採決の時に政治家が病欠やトイレに行くのも立派な意思表示だ」という指摘は、案外、政治の世界の現実を言い当てているのかもしれない。

前教皇は聖職者の不祥事に対応せず

 オーストリア代表紙「プレッセ」は21日付の1面トップに、「前ローマ教皇ベネディクト16世がミュンヘン大司教時代に未成年者へ性的虐待を行った聖職者に対し適切な対応をしなかった」という報告書の内容を大きく掲載した。同報告書(約1600頁)は20日、ミュンヘンの記者会見で公表された。弁護士事務所(WSW)がミュンヘン大司教区から調査を依頼されて作成してきたもので、調査期間は1945年から2019年まで。同大司教区内の聖職者の未成年者への性的虐待問題を取り扱っている。このコラム欄で「前教皇ベネディクト16世の『過去』」(2022年1月16日)で既に報じた内容だ。

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▲第265代法王べネディクト16世(ウィキぺディアから)

 ベネディクト16世(在位2005年4月〜2013年2月)は教皇前はヨーゼフ・ラッツィンガー枢機卿と呼ばれ、1977年から1982年までドイツのミュンヘン大司教区の大司教だった。WSW(Westpfahl Spilker Wastl)の報告書では、「ラッツインガー大司教は聖職者の未成年者への性的虐待の犠牲者に関心を示さなかった」というのだ。

 ベネディクト16世が2008年7月、オーストラリアを訪問し、そこで聖職者による性犯罪の犠牲者と会合し、犠牲者の話を聞きながら涙を流したと報じられたことを知っている当方は、「ラッツンガー枢機卿は犠牲者に無関心だった」という点に直ぐには納得できなかった。報告書は、「(聖職者の性犯罪問題で)教会側の組織的な欠陥、責任者の対応ミスがあった」とはっきりと問題点を指摘しているのだ。

 同大司教区ではラッツィンガー大司教のほか、フリードリヒ・ヴェッター枢機卿(1982〜2007年)やラインハルト・マルクス枢機卿(2008年以降)ら、ミュンヘン大司教区の過去の責任者の名前も出てくる。マルクス枢機卿は同大司教区の現責任者であり、フランシスコ教皇の信頼を得ている枢機卿顧問会議の1人だ。2012年から20年2月まで、独司教会議議長を務めてきた。そのマルクス大司教も聖職者の性犯罪や不祥事をバチカンに報告していなかった。報告書の「組織的な欠陥」という意味が少し理解できる。個々の聖職者の問題だけではなく、教会という組織に聖職者の性犯罪を許し、隠ぺいする欠陥があるというわけだ。

 ラッツィンガー大司教に関連するケースとしては、エッセン教区の神父ペーターHが1980年、未成年者に性的虐待を犯しため、ミュンヘン大司教区に送られたが、当時大司教だったベネディクト16世は同神父の不祥事に関心を示さず、聖職に再び従事させるなど、不適切な対応をしている。同神父はその後、29人の未成年者らに性的虐待を行っている。報告書は「ラッツィンガー大司教には少なくとも4件、対応ミスがあった」と記している。

 ベネディクト16世の教皇時代からの秘書、ゲオルク・ゲンスヴァイン大司教は独日刊紙ビルド(1月14日)とのインタビューの中で、「ベネディクト16世は聖職者の性犯罪に関する調査を積極的に支持してきた。質問に対して82頁に及ぶ書簡で答えている」と主張。同16世への容疑に対しては、「ベネディクト16世はH神父をミュンヘン大司教区に受け入れることを決定した時、同神父が性犯罪を犯していたことを知らなかった」という。

 それに対し、WSWのマーティン・プシュ弁護士は、「その説明は信頼できない」と一蹴している。前教皇の発言を確信をもって否定できるということは、「それなりの証拠、証言を掴んでいるからだ」といえる。

 同報告書によると、「少なくとも497人が犠牲者で、加害者は173人の神父と9人の執事を含むと少なくとも235人の教会関係者だ。ただし、それは氷山の一角で実数はもっと多いことが推測できる」という。

 ドイツのバイエルン州生まれ、今年4月16日で95歳になる前教皇ベネディクト16世にとって今回の報告書の内容は厳しいだろう。前教皇は2013年2月、突然生前退位を表明して以来、バチカン内のマーテル・エグレジェ修道院で生活している。ゲンスヴァイン大司教はドイツのメディアとのインタビューで、「ベネディクト16世は肉体的にはかなり弱まっているが、その知性は依然シャープだ」と語っている。

 世界各地のカトリック教会で聖職者の性犯罪が発生し、その対応に明け暮れるフランシスコ教皇は今回のミュンヘンの報告書をどのように受け取っているだろうか。近代のローマ教皇の中で最も優れた神学者といわれ、長い間教理省長官(前身・異端裁判所)を務めた前任者ベネディクト16世に対し、フランシスコ教皇はどのように話しかけることができるだろうか。
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