ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2021年10月

COP26への「神」(大家)の視点

 国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)が来月1日から12日の日程でイギリスのグラスコーで開幕される。COP26では、「パリ協定」と「気候変動に関する国際連合枠組条約」の目標達成に向け、締結国が具体的な行動を推進させるために協議する。

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▲COP26はネットゼロ(温室効果ガス排出量実質ゼ ロ)を目指す(「気候変動に関する国際連合枠組条約」公式サイトから)

 2015年のパリ協定では、「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度より低く保つとともに、1.5度に抑える努力を追求する」ことで関係国は合意、同時に気候変動対策に必要な対策と資金の確保で一致した。

 COP26のアロック・シャルマ議長は、「地球の気温を制御する―気温上昇を 1.5℃に 抑える―には、科学的に見て、今世紀後半までに、私たちが生み出す炭素は大気中から除去される量よりも少なくなっていなくてはならない。これが『ネットゼロ(温室効果ガス排出量実質ゼロ)』を達成するということだ」(国連COP26関連文書)と、COP26の目標を明確に述べている。

 COP26の課題については様々なメディアが報道しているが、忘れられている視点に気が付いた。美しい地球を創造した「神」の視点だ。こんなことを書けば、またか「?」と胡散臭い表情で冷笑されるかもしれないが、人間は地球を含む広大な宇宙を創造したわけではなく、地球という借家にひょっとしたら一時的に住まわしてもらっているだけの存在ではないか。地主のような大きな顔をして冷笑できる立場ではないはずだ。

 考えてみてほしい。住まわしてもらっている人間がその家を汚したり、破壊すれば大家から「出て行ってくれないか」といわれるだろう。多分、人類は今、その大家ともいえる神から「家を整理してクリーンにするか、それが嫌ならば出て行ってほしい」と警告を受けているのではないか。

 大家ともいえる神は、地球を含むあらゆる森羅万象を創造した後、自分の似姿で人間(男と女)を創造し、「生めよ、ふえよ地に満ちよ、全てのものを治めよ」(創世記)と3つの祝福を与えている。すなわち、神は人類に自身が創造した地球を含むすべての森羅万象に通じる鍵を手渡したのだ。人類はその鍵を保管し、森羅万象を管理する責任を受け持ったわけだ。神は人間に地球を含む森羅万象を愛を持って治めてほしいと願っていた。

 その後の歴史を少し、振り返る。地球の温度が2度上昇したら海面の水位が上昇し、地球環境は大変になるといわれているが、4400年前(聖書のカレンダー)、神は人間を創造したことを後悔し、義人のノアの家庭8人と各動物のペアを箱舟に避難させてから、40日、40夜、大洪水を起こし、全てを滅ぼされたのだ。

 「ノアの洪水」については、世界各地に「洪水神話」が残されているうえ、地層には大洪水が起きたことを証明する地層が発見されている。スウェーデンの環境保護活動家のグレタ・トゥーンベリさんが「このままでは大変だ」と叫び、世界の指導者に発破をかけているが、神は過去、一度、地球上のあらゆるものを滅ぼされたことがあるのだ。創世記によれば、「神が創造した人類は神の掟を破り、罪を地球上に拡散したから」だ。神は人類の最初の“グレート・リセット”を実行したわけだ。

 「ノアの洪水」後、神は「私は2度と、人のゆえに・・・すべての生きたものを滅ぼさない」と約束し、その印として虹をみせたという。ただ、「ノアの洪水」以降、神の願いに反したならば、地球は滅ぼされてしまう、といった「終末思想」と「罪悪感」が人間のDNAに刻印されていったのだろう。

 21世紀に戻る。地球温暖化の主因である従来の石炭や原油のエネルギー源からクリーン・エネルギーとして風力や太陽光の利用が進められ、自動車産業界は電気自動車とハイブリッド車の製造へと移行している。英国では2024年までに石炭火力発電から完全に脱却し、2030年までにガソリン車とディーゼル車の新車販売を終了する。人類はようやく環境保護の重要さに目覚め、緩やかだが動き出しているわけだ。

 環境保護問題では、「経済成長」と「環境保護」との調和が大きなテーマとなる。経済成長を無視して環境保護を優先した場合、人類は石器時代の生活に戻らなければならなくなる。21世紀の人間にはそんな決意などできないから、どうしても「経済成長」と「環境保護」の調和が求められるわけだ。

 脱炭素化、風力や太陽光エネルギーなど再生エネルギーの利用が叫びだされた。原子力エネルギーも二酸化炭素(CO2)を排出しないクリーンなエネルギーだ。再生可能エネルギーのさらなる展開を可能にし、持続可能な開発のためのパリ協定とアジェンダ2030の目標を達成しなければならない。

 ここまでは地球という借家に住む人類の責任だろう。大家から「出ていけ」と言われる前に住んでいる借家をクリーンにしなければならない。問題は借家に住みながら「大家意識」の人間が少なくないことだ。あたかも、人類がこの地球を含む森羅万象を自ら創造したような振舞い方をする人間が少なくないのだ。COP26の目標である「ネットゼロ(温室効果ガス排出量実質ゼロ)」を達成するまえに、人類は「大家意識」からの脱皮が急務だ。表現を変えれば、地球という美しい星に住まわせてもらっている感謝の心に目覚めなければならないのだ。

 グレタさんは政治家に対し厳しい言葉で批判するが、「怒り」ではなく「感謝の心」を呼びかけたらどうだろうか。借主として地球に住むことを許された感謝と、日々の糧を得られることへの感謝を訴えていったらどうか。怒りや罵倒はその動機がいかに良くても収穫は多くないものだ。

 「ノアの洪水」後、神は「私は2度とこの地を滅ぼさない」と約束された。宇宙にはダーク・エネルギーが満ち溢れている。将来のエネルギー源は保証されているのだ。COP26は「ネット・ゼロ」に拘る前に、神と宇宙・人類の関係について再考する機会の場とし、人類の生き方の“第2のグレート・リセット”の会合としてほしい。

ポーランドはEUから離脱するか

 欧州連合(EU)とポーランドの関係が険悪化してきた。まず、ことの経緯を簡単に説明する。EUの司法裁判所(ECJ)は7月、加盟国ポーランドの憲法裁判所が裁判官への懲戒処分を実施する権限を有していることに、「司法の独立性に反し、EUの法に合致しない」と判断、その適応停止を命令したが、ポーランドは司法裁判所の命令を無視して対応せずにきた。ECJは今月27日、欧州委員会の要請を受けてポーランドが命令に従う日まで1日100万ユーロの制裁金を欧州委員会に支払うように命じた。それに対し、ポーランドが、「国内法はEUの法より優位だ」と表明したことで、この問題はEUの統合を揺るがす危機となっている。英国がEU離脱した直後だけに、次はポーランドがEUから離脱するのではないか、といった懸念の声すら聞かれる。

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▲欧州議会でポーランドへの批判に答えるモラウィエツキ首相(2021年10月19日、ポーランド首相府公式サイトから)

 ポーランドの与党「法と正義」(PiS)主導の右派政権は2018年に司法改革を実施、政府の方針に反する判決を出す裁判官に対し、最高裁に当たる憲法裁判所が懲戒処分を下せる改革を行った。それに対してEU委員会は、「欧州の理念に反する。懲戒処分の即停止」を要求してきた。それに対して、ポーランド政府は「脅迫だ」として一蹴。今回は「国内法はEUの法より優位にある」とまで言い切ったため、EUは一歩も引くことができなくなってしまった。

 「国内法がEU法より優位」とすれば、なぜポーランドは2004年5月、EUに加盟したのか、という問いが出てくる。加盟交渉では通常、EU側が連合の理念とする法体制を候補国に提示し、候補国がそれを受け入れることが前提条件だ。

 ポーランドの場合、加盟後もブリュッセルの政策を拒否するケースが少なくなかった。2015年の難民受け入れ割り当て政策に対してもハンガリーと共に拒否してきた。その一方、ブリュッセルからは補助金や開発支援金などを受けてきた。EU委員会は今回、コロナ回復基金の支払いを遂に止めた。ポーランドのモラウィエツキ首相はEU側の経済制裁に対し、「絶対容認できない」と強く反発している、といった具合だ。

 ここではEUの法体制受入れに拒否反応を示すポーランド側の深層心理をちょっと覗いてみたい。ポーランドを含む旧東欧共産国の加盟国に見られる傾向が浮かび上がるからだ。ポーランド国民は上からの為政者の命令に対して直ぐに拒否反応を示す傾向がある。ソ連共産党政権下で弾圧されてきた東欧国民には冷戦終焉後30年以上が経過した後もその傾向は完全にはなくなっていないのだ。ブリュッセルが旧東欧共産圏出身の加盟国に見られるこの敏感性を無視し官僚的に対応した場合、今回のようにことがエスカレートしてしまうことになるわけだ。

 当方はこのコラム欄でポーランドの国民性について指摘したことがある。ポーランドは国も国民も冷戦時代から野党精神が強い。同国で旧東欧諸国の民主化(独立自主管理労組『連帯』)運動が始まったのは決して偶然ではない。ポーランドの場合、過去に3度、プロイセン、ロシア、オーストリアなどに領土を分割され、国を失った悲惨な経験を味わっている。だから、為政者(統治者)に対する批判精神は鍛えられていったが、統治能力は十分成長せずに今日に到っている、と指摘した(「『野党精神』は如何に生まれたか」2015年6月13日参考)。

 EUを弁護するわけではないが、ブリュッセルは旧ソ連共産党政権ではない。必要な支援を惜しまない一方、EUの結束と連帯を維持するために一定のルールを構築している。だから、加盟国でそのルールを破る国が出てくれば警告を発し、必要ならば今回のように経済、外交制裁を実施することになる。欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、「国内法はEU法より優位」というポーランド側の返答を「EUの法秩序に真っ向から挑戦するものだ」と深刻に受け取っている。

 オーストリアのワルトハイム大統領(在任1986〜92年)がナチス・ドイツ軍の戦争犯罪に関与した疑惑が浮かび上がった時、ブリュッセルは他の加盟国にオーストリアとの外交交流を控えるよう、外交制裁を実施したことがあった。その意味で、EU側が加盟国に制裁を実施することは過去にもあったが、ポーランドに対する制裁はかなり強烈だ。

 アイデンティティ問題からみれば、ブリュッセルのアイデンティティとポーランドのそれとが近ければそれだけ両者は良好な関係をつくれるが、そうではない場合、関係は険悪化する。超国家的組織へのアイデンティティは長続きはしない。「ソ連」しかり、「ユーゴスラビア連邦」しかりだ。連邦構成国の共和国、自治州が民族主義の台頭を受け、ソ連、ユーゴ連邦を離脱していった。民族に根付いていない国名、組織名はいつかは消滅する。「ヨーロッパ人」も同様だろう。ヨーロッパ人という民族の国民はない。オーストリア人であり、ポーランド人だ。その後、地理的にはヨーロッパ人だということになる。加盟国がEUのアイデンティティと整合性を感じない場合、それを拒否してしまうだろう。

 国内事情からEU統合に問題がある加盟国は統合テンポを緩めるという「2段階統合プラン」が議題となったことがあった。これも加盟国間の相違や事情を考慮した妥協案だ。EU理念に迅速に統合できる加盟国は早いテンポでその結束を強化し、そうでない加盟国は後からゆっくりとついていく、という考えだ。例えば、EUの経済通貨統合(共同通貨ユーロ)、ヨーロッパ諸国間で出入国審査なしに自由に国境を越えることを認めるシェンゲン協定の場合、加盟する国とそうではない国に分かれている。

 欧州委員会よりも欧州議会の権限を強化することでブリュッセルと加盟国間の空気の流れをスムーズにするという声も聞かれるが、不均衡な加盟国の統合は容易ではない点では大きな違いはない。

 EUは現在、西バルカン諸国との加盟交渉を進めてきている。バルカン諸国は程度の差こそあれ政治家の汚職・腐敗問題、治安対策でEU水準からほど遠い国が少なくない、それらの国が加盟すれば、EUにとって統合への新たな障害となる。マクロン仏大統領が西バルカンのEU拡大に消極的な理由は当然かもしれない。

 ブリュッセルは今、英国の離脱(ブレグジット)後、次の離脱候補国を抱えようとしているわけだ。ただし、国力と経済力から判断して、ポーランドは英国ではない。EUから得るプラスは失うマイナスより大きいから、ポーランドの近い将来の離脱は考えにくい。ちなみに、ワルシャワからの情報によると、国民の約40%は政府の対EU政策に批判的、という世論調査の結果が出ている。

人は「神」に進化できるのか

 ローマ・カトリック教会の総本山バチカンで21日、「人工知能(AI)と人間の関係」についての国際会議が開催された。AIの発展で人間の生活が激変している。会議のテーマは「人間社会のための人工知能の挑戦と人間のアイデア」だ。ドイツのバチカン大使館と教皇庁文化評議会の共催である。

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▲バチカンの薬局で勤務するロボット社員(ANSA通信)2019年8月24日、バチカンニュースから

 人工知能をテーマにした今回の会議は今夏に亡くなったバチカンの元ドイツ大使マイケル・コッホ氏が提唱してきたものだ。コッホ氏は人工知能のトピックとそれが社会にもたらす課題に非常に興味を持っていた。

 バチカンの「AIと人間の関係」の国際会議と同時期、北大西洋条約機構(NATO)は22日、ブリュッセルで国防相理事会を開き、NATO初となるAI戦略を協議した。AIなど最先端技術の軍事利用を加速させている中国やロシアに対抗する狙いからだ。

 全てのもの、対象がITにつながれ、連結されてきた今日、仕事ももはや会社に出社しなくても、家庭でできるようになった。新型コロナウイルスの感染防止のためにリモートワークが広がり、学生たちも学校に行かず、家庭でのホームスクーリングが増えた。IT技術の発展でAIを活用する範囲は急速に広がっている。AIは人類の今後の発展にもはや欠かせられなくなってきた。

 AIは汗をかく肉体労働から人類を解放してくれるだけではなく、人間が有するクリエーションの世界にまでその手を伸ばしてきた。オーストリア代表紙プレッセ(2019年12月10日付)の文化欄で「AIのアルゴリズムがベートーベン交響曲第10番を作曲できるばかりか、フランツ・シューベルト(1797〜1828年)の未完成交響曲を完成できる」といった趣旨の記事が掲載されていた。そういえば、囲碁の世界最強棋士と呼ばれる韓国の李セドル9段(36)が2019年11月20日、「アルファ棋士との戦いでは、もはや勝つことはできない」と表明し、AI棋士「アルファ碁」に対し「敗北宣言」をし、引退宣言をしたという記事を読んだとき、かなりショックを受けたことを思い出す(「『ベートーベン交響曲第10番』の時代」2019年12月12日参考)。

 バチカンにある薬局でロボットが勤務している。仕事の内容は、薬の自動管理と在庫整理などだ。ロボットは約4万種類の薬を取り扱うバチカン薬局内のスペースを節約し、毎年行われる在庫整理が不必要になった。ロボットはドイツのケルベルクにある「BD Rowa Technologies」社製で、通称「BD Rowa システム」はバチカンの薬局の仕事内容、店舗販売、倉庫管理を大きく変えている。

 上記がAIによるプラス面だ。一方、AIの導入による製造工程の自動化で多くの労働者は職場を失っていく。アルゴリズムやロボットは工業分野だけではなく、サービス業でも人間から職場を奪っていく。それだけにとどまらない。軍事関係者は目下、ロボット兵器(軍用ロボット)による戦争シナリオを真剣に考えている。ドローン(無人機)は荷物を郵送する手段だけではなく、戦地では空爆に利用されている。兵士や戦士の犠牲がないだけに、ドローンによる戦争は一層激化、非道な戦争を誘発することにもなる。これらはAIの導入によるマイナス面だ。

 バチカン文化評議会書記のポールタイゲは、「テクノロジーのさらなる開発と人工知能の使用に関連する倫理的な質問について話し合うことが重要だ。人工知能の使用が人々の職を失うリスクがある。このテクノロジーを管理している金持ちが少数で、失業者や貧しい人々がますます増えていく場合、人工知能は世界的な不平等を拡大し、権力の不均衡のリスクが出てくる」と指摘している。

 AI関連技術開発について専門家から意見を聞かなければならない。社会がどのように変わり、それに必要な規則について哲学者の考えに傾聴する必要が出てくる。ひょっとしたら神学者からもその考えを聞くことが重要かもしれない。ロボットを敬虔なキリスト者にするか、荒々しい戦士とするかは、まだプログラマーの手にあるが、AIは発展していけば、AIは学習していき、ある日、人間の手ではコントロールできなくなるかもしれない(「ロボットをいかに基督信徒にするか」2019年8月27日参考)。

 世界的ベストセラー「サピエンス全史」の著者、イスラエルの歴史家、ユバル・ノア・ハラリ氏(Yuval Noah Harari)は独週刊誌シュピーゲル(2017年3月18日号)とのインタビューの中で、「人類(ホモ・サピエンス)は現在も進化中で、将来、科学技術の飛躍的な発展によって“神のような”存在『ホモ・デウス』(Homo Deus)に進化していく。20世紀までは労働者が社会の中心的役割を果たしたが、労働者という概念は今日、消滅した。新しい概念はシリコンバレーから生まれてくる。例えば、人工知能(AI)、ビックデータ、バーチャル・リアリティ(VR)、アルゴリズムなどだ。人間は方向性を失ってしまった。過去20年間で最大の変化はインターネットだ。全ての変化は政治とは関係なく決定されてきた。それは大変化の初めに過ぎない。今後、我々の生き方、職場、人間関係、人間の肉体すら変わっていくだろう。そのプロセスでは政治や民主主義は大きな役割を果たさない」と述べている。

 旧約聖書の創世記第1章によれば、「神は自分のかたちに人を創造された」というから、ハラリ氏が言う神のような存在「ホモ・デウス」という表現は正しい。「神がそうであるように、あなたがたも完全になりなさい」という聖句がある。すなわち、「ホモ・デウス」は人類が願う姿を表現したともいえるからだ。

 ただ、ハラリ氏は「一部の人間は神のようにスーパー記憶力を有し、知性、抵抗力を有するようになる一方、大部分の人類はその段階まで進化できずに留まるだろう。19世紀、工業化によって労働者階級が出てきたが、21世紀に入ると、デジタル化が進み、新しい階級が生まれてくる。それは“無用者階級”だ」と指摘している。すなわち、「ホモ・デウス」の時代になれば、「神のようにスーパー知性を保有する人類と何にも役立たない無用者階級が出現する」というのだ。貧富の格差、権力の格差社会どころではない。

 ハラリ氏には人類の歴史は無限に進化していく、という歴史観があるのだろう。その歴史観からいえば、進化に乗って発展していく人類とそれについていけない落ちこぼれの人類(無用者階級)が出てくるという話は理解できる。選民と非選民の振り分けだ。弱者強者の世界だ。

 当方は、人類の歴史は限りなく出発点に戻ろうとしているのではないか、と考えている。聖書学的に表現すれば、失楽園前の「エデンの園」の世界への復帰だ。その世界は「瞬間は永遠であり、永遠は瞬間」だ。そこには「進化」という概念自体が存在しない。

 神は自身の似姿に合わせて人類を創造したように、人類は自身に限りなく似たAIを生み出そうとしている。それを進化と表現するか、既に「あった」ものの再発見に過ぎないのか、歴史観の違いで分かれてくる。ただ、進化論の歴史観の致命的な欠陥は目的が明確ではないことだ。一方、復帰説に基づく歴史観の目的ははっきりしている。本源への回帰だ。換言すれば、神の創造目的への復帰だ。

「ロブスター」の名誉を守れ

 当方は3年前、「“ロブスター”だって痛いさ!」(2018年1月20日)というコラムの中で、スイス政府が施行した動物保護改正に基づき、ロブスターの料理法について書いた。ロブスターの場合、従来は生きたまま熱湯に入れて料理していたが、ロブスターは複雑な神経系を持ち、その痛みは想像を絶しているとして、熱湯料理法は禁止され、料理前に電気ショックで神経を麻痺させるか、包丁で命を絶たなければならなくなった、という情報を紹介した。

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▲新型コロナウイルス(covid-19)オーストリア保健・食品安全局(AGES)公式サイトから

 当方はロブスターのロビイストではないが、ロブスターが熱湯で苦しんでいる状況を想像するだけでロブスターに申し訳ない思いが湧いてくる。なぜならば、当方はロブスター料理が忘れられないからだ。40年前、ボストンで初めてロブスターを食べた。レストランでロブスター半分を注文、20ドルを払ったことを記憶している。お皿に運ばれたロブスターを大きなスプーンで中身をほじくりながら食べた。とにかく、美味しかった。米国全土を旅したが、ボストンのロブスター以上のおいしい料理に巡り合わなかった。それ以後、ロブスターと聞けば、ボストンのロブスターを思いだすのだ。

 なぜ、突然ロブスターの話になったかというと、海外中国メディア「大紀元」で「中共ウイルス、『起源は米国で獲れるロブスター』中国総領事がツイート」という記事を読んだからだ。中国共産党政権が武漢発“新型コロナウイルス”の起源について、米陸軍の生物兵器研究所説などのフェイクニュースを流し、事件の核心をぼかしていることは周知だが、中国総領事が「コロナウイルスの起源はロブスターだ」とロブスターに濡れ衣を着せたと聞いて、普段は激怒に走ることが少ない当方も「もはや許せない」という正義感が湧いてきたのだ。

 ちなみに、世界保健機関(WHO)の武漢調査団は今年2月、武漢視察後の記者会見で武漢ウイルス研究所(WIV)流出説を「その可能性はほとんどない」と否定する一方、「ウイルスが他の動物の宿主を通じてヒトに感染した、ないしは冷凍食品からの感染について今後調査が必要だ」と述べた。WHO調査団のエンバレク団長は後日、「中国共産党は武漢海鮮市場からヒトへの感染説を主張し、WIV漏洩説はその可能性は皆無だという立場を強調した」と説明、中国側から強い圧力があったことを証言している(「WHO調査団長エンバレク氏の証言」2021年8月22日参考)。

 コロナウイルスの発生源については、このコラム欄でも数回、報告してきた。最近では「WHO『科学諮問グループ』発足へ」2021年10月16日参考)で「武漢ウイルス研究所」(WIV)流出説が次第に有力となってきていることを報告した。それだけに、中国共産党政権は必死にフェイク情報を流し、事実の解明を妨害してきた。「ロブスター説」はその一つだ。

 中国側の情報を「大紀元」から紹介する。「USAトゥデイ22日付によると、英オックスフォード大学の偽情報研究者マルセル・シュリーブス氏は、インド・コルタカ駐在の中国総領事が『2019年11月に武漢の海鮮市場で取引された米国産ロブスターが、新型コロナウイルスの起源の可能性がある』と主張するツイートを発見した。さらに『これらの輸送に携わった多くの人に中共ウイルスの感染が確認された』と投稿していたという。なお、現在このツイートは削除されている。

 ロブスターが人間だったならば、自身への容疑を吹っ飛ばすだろうが、それができない。そこでロブスター・ファンの1人としてロブスターへの容疑を晴らしたいのだ。同時に、ロブスターに罪を着せて、自身の蛮行をカムフラージユする中国共産党政権の悪行を暴露しなければならない。

 海鮮市場は約5万平方メートルの広さだ。新型コロナウイルスの発生源と言われていたが、WHO調査団が武漢を訪問した時は市場には人は誰もいなく、中国当局は市場を消毒して全ての痕跡は消されていた。これまでのところ、海鮮市場から感染が始まったという証拠はまったくない。にもかかわらず、よりによってロブスターを新型コロナウイルスの発生源と主張するのは反米プロパガンダ以外の何物でもない。ロブスターに罪を被せた中国総領事は虚偽告訴等罪に該当する犯罪だ。

 最後に、コロナウイルスの発生源調査について、バイデン米政権のやる気が9月に入って減少してきているのを感じる。杞憂であることを願う。

前教皇ベネディクト16世の「願い」

 年老いて、家族や友人が亡くなっていく中で、この世の絆が薄れて取り残された寂しさが「自分も彼らがいる世界に行きたい」と思わせるのだろうか。前教皇ベネディクト16世(94)は、「自分も早く彼らがいるあちらに行きたい」と漏らしたというニュースが流れてきた。欧州のメディアは、「ベネディクト16世は早くあの世に行くことを願ってる」と一斉に報じた。

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▲兄弟ゲオルグとヨーゼフ(バチカンニュース2020年6月18日から)

 ベネディクト16世の兄ゲオルグ・ラッツィンガー神父(Georg Ratzinger)は昨年7月1日、亡くなった。96歳だった。べネディクト16世の実兄だ。同氏の埋葬は独レーゲンスブルク聖歌隊用の墓地で行われた。ゲオルグの健康が良くないと聞いたヨーゼフは先月18日、ローマから私設秘書ゲオルグ・ゲンスヴァイン大司教、医者、看護人、修道女を引き連れてレーゲンスブルクまで4日間の長旅に出て、兄と最後の語らいの時を持った。

 ラッツィンガー家は兄が神父となり、教会合唱団責任者、3歳下の弟ヨーゼフ・ラッツィンガーはバチカンで教理の番人と呼ばれた教理省長官を務めた後、第265代のローマ教皇(べネディクト16世)に選出された。長女のマリアは修道女として献身し、1991年に亡くなった。兄姉共に3人が神に献身したファミリーだ。それゆえか、兄弟姉妹の絆は固かった。姉マリアが亡くなった時、べネディクト16世は大きな衝撃を受けたといわれている。

 オーストリアのカトリック通信が今月19日報じたところによると、ベネディクト16世はオーストリアの宗教者で教会史の著者でもあるゲルハルト・ヴィンクラーの死について、感情的な言葉で哀悼の意を表したという。 同16世は、「ゲルハルトは今、来世に到着しただろう。そこでは多くの友人が彼を待っているはずた。私もすぐにそこに参加できることを願っている」と述べたという。

 カトリック通信は、「ヴィンクラーの死はベネディクト16世に深い悲しみを与えた。彼は同16世にとって全ての友人、同僚の中でも最も近い存在だった」という。ベネディクト16世は、「私は彼の陽気さと深い信仰に惹かれてきた」と述懐している。

 ヴィンクラーは今年9月22日、91歳で亡くなった。1983年から1999年に引退するまでザルツブルクで教会史を教えてきた。その前は、1974年から83年までレーゲンスブルク大学で中近代教会史の教授を務めた。ヨーゼフ・ラッツィンガーは1969年から1977年にミュンヘン大司教に任命されるまで、そこで同じように教鞭を取っていた。両者は同僚だった。

 ヴィンクラーの最大の学術的功績はベルンハルト・フォン・クレルヴォーの収集された作品のラテン語―ドイツ語訳の10巻版の出版だ。ベネディクト16世も2007年の回勅「Spesalvi」の中で何度か引用している。

 ベネディクト16世は2013年2月、生前退位して以来、バチカン庭園の修道院に住んでいる。警察官の父親と母親マリアの間に生まれた3人の兄弟姉は、結婚せずに聖職者の道を歩んだ。欧州でも当時、優秀な若者たちは神学校に入る者が少なくなかった。ゲオルグは教会音楽の道を開拓し、ヨーゼフは神学を学び、近代教皇の中でも最高峰の神学者といわれる指導者に引き上げられていったわけだ。

 べネディクト16世は2010年2月2日、「僧職に奉じた人生の日」への記念礼拝の中で、「修道院生活の意義はカトリック教会にとって大きい。修道僧や修道女のいない世界はそれだけ(霊的)貧困となる。彼らは教会と世界にとって価値ある贈物だ」と強調し、修道僧や修道女、聖職者の献身的な歩みに感謝を述べている。家族全てが教会に献身し、そして亡くなっていった。ベネディクト16世にとってそれ以外のことが言えなかったはずだ。

 ベネディクト16世の私設秘書、ゲオルグ・ゲンスヴァイン大司教はドイツのメディアとのインタビューの中で、「ベネディクト16世は肉体的にはかなり弱まっているが、その知性は依然シャープだ」と述べている。父母、兄と姉を失い、最も身近に感じてきた友人が亡くなった。ベネディクト16世が、「私も皆がいる世界に早く行きたい」と呟いたとしても当然かもしれない。同16世にとって、「この世」と「あの世」の間の壁は益々薄くなってきたのだろう。

 ちなみに、11世紀の預言者、聖マラキは「全ての法王に関する大司教聖マラキの預言」の中で1143年に即位したローマ法王ケレスティヌス2世以降の112人(扱いによっては111人)のローマ法王を預言している。そして最後の111番目が2013年2月に生前退位したベネディクト16世だったのだ。すなわち、ベネディクト16世は本来、カトリック教会の最後のローマ教皇だったのだ。

 聖マラキのこの預言書は1590年に世に出た。カトリック教会では同預言書を「偽書」と批判する学者が少なくないが、その預言内容はかなり当たっている。例えば、第2バチカン公会議を提唱したヨハネ23世(在位1958年10月〜63年6月)の即位について、聖マラキは「牧者にして船乗り」と預言している。ヨハネ23世は水の都ヴェネツィアの大司教だった。冷戦時代に活躍したポーランド出身のヨハネ・パウロ2世については「太陽の働きによって」と預言した。同2世が生まれた時に日食が観測されたから、預言は当たっていると解釈されている。

 そしてドイツ人ベネディクト16世の即位は「オリーブの栄光」と預言された。べネディクト16世の名称はベネディクト会創設者の聖べネディクに由来するが、同会はオリーブの枝をシンボルとすることで有名、といった具合だ。聖マラキは歴代法王を次々と預言していった(「法王に関する『聖マラキの預言』2013年2月23日、ウィキぺディア等を参考)。

 べネディクト16世は「聖マラキの預言」内容を熟知していたはずだ。ひょっとしたら、自身がローマ・カトリック教会最後のローマ法王となるのではないか、と予感していたかもしれない。聖マラキは、次期教皇がコンクラーベで選出されたとしても、ローマ教皇はベネディクト16世後は以前のように任務を履行できない状況下に陥ると指摘し、2000年間続いてきたローマ教皇制が終焉を迎えると強く示唆しているのだ。世界のローマ・カトリック教会の現状はその預言内容を裏付けている。聖職者の未成年者への性的虐待事件が多発し、信者たちの教会離れが加速化している。

 欧州では来月1日は「万聖節」(Allerheiligen)」、2日は「死者の日」(Allerseelen)だ。教会では死者を祀り、信者たちは花や花輪を買って、亡くなった親族の墓を訪れる。死んだ世界から戻ってきた者はいないとハムレットは語ったが、多くの人々は、その日には死者と語り合おうとするのだ。

政治家の「運勢」有無が政界を動かす

ドイツの与党「キリスト教民主同盟」(CDU)の連邦首相候補者アルミン・ラシェット党首は25日を期してノルトライン・ヴェストファーレン州(NRW)首相の座を降り、選挙後開会する連邦議会の議員となる。ラシェット党首は連邦議会(下院)選前、選挙で敗北し首相になれなかった場合も州首相の座は降りると表明していた。

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▲社会民主党の次期首相候補者ショルツ財務相(SPD公式サイドから)

 ドイツ最大州ノルトライン・ヴェストファーレン州出身のラシェット党首は、「あの日、あの時」笑顔を見せなかったならば、連邦議会選で社会民主党(SPD)のオーラフ・ショルツ財務相(副首相兼任)を破り、第1党を維持し、今頃は連立政権工作に没頭していたかもしれない。実際、「あの日、あの時」の笑顔前の世論調査では「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)はSPDを抜いて第1党と予測されていたのだ。「あの日、あの時」の笑顔以後、同党首の運勢は滑り台から降りるように、下降していった。

 「あの日、あの時」の笑顔事件についてはこのコラム欄でも紹介した。「空気を読めない政治家の失態」2021年7月20日)の一部を再掲載する。

 「ラシェット党首は7月17日、シュタインマイヤー大統領と大洪水の被害にあった被災地を訪ねたが、大統領が話している時、現地視察の付き添い関係者と面白おかしく談笑している姿がカメラマンに撮られたのだ。他政党から早速、『不謹慎だ』と糾弾され、謝罪に追い込まれた。多くの犠牲者を出した被災地を訪問し、悪気があったわけではなかったが、笑いがこぼれたのだ。通常の選挙集会や会合では笑顔もいいが、大洪水で家屋を失い、家人も失った犠牲者たちの前で笑いを見せたのは政治家でなくても厳しい。ドイツ16州の中で人口最大州の首相を務めるベテラン政治家としては大失策だといわざるを得ない」

 あれ以来、同党首には勢いがなくなった。メディアではあまり報道されなかった出来事を紹介する。投票日の9月26日、同党首は夫人を連れ投票場に行った。そこで投票をすまし、その投票用紙を投票箱に入れようとした時だ。待機していたカメラマンのフラッシュが光った。その時、ラシェット党首は投票用紙を折りたたむことを忘れて投票箱に入れてしまったのだ。選挙関連法では有権者は投票用紙を外から見えないように折って投票箱に入れなければならない。同党首の投票は厳密にいえば選挙法違反となり、無効票となる。民間放送は同党首の記入後の投票用紙を映し出した。誰に投票したかがはっきり読み取れる。幸い、同党首の投票は無効とはならなかったが、ベテラン政治家が無効投票の失態を見せたのだ。民間放送の解説者は「ラシェット氏は疲れている」と同情していたほどだ。

 笑顔を見せてはならない時、笑顔を見せ、その瞬間をカメラマンに撮影された。それ以降、カメラマンがフラッシュを浴びせた瞬間、同党首は自動的に「心的外傷後ストレス障害症候群」(PTSD)に陥り、自制を失い、一種のパニック現象を引き起こしてしまったのではないか。「あの日、あの時」の笑顔事件でラシェット氏は人格を否定されるようなバッシングを受けてきた。同時に、自己嫌悪感に悩まされてきただろう。

 CDU/CSUは連邦議会選で戦後最悪の結果(得票率24・1%)に終わった。ラシェット党首は連邦首相に選出されるチャンスをほぼ失ったばかりか、2017年に就任したドイツ最大の州首相の座を失い、そしてCDU党首の座も他の党員に譲ることが予想されている。弱り目に祟り目だ。今年に入ってからラシェット党首の一連の言動を見ていると、本人には悪いが同氏の運勢が傾いていると言わざるを得ないのだ。

 ラシェット党首とは全く逆に、今年に入り強い運勢圏に入ったのがSPDのオーラフ・ショルツ氏だ。今年初め、SPDはCDU/CSUばかりか、「緑の党」にも抜かれ第3党と予測されてきた。それが「緑の党」のアナレーナ・ベアボック共同党首の不正キャリア問題が発覚し、同党の支持率は急落。その後、ラシェット党首の笑顔事件でCDU/CSUの支持率も落ちていった。その間、SPDとその党筆頭首相候補者のショルツ氏は何も格別な政策を発表したわけではなかったが、降下する「緑の党」とCDU/CSUをしり目にSPDは上昇気運の乗ったのだ。

 SPDの過去数年間の選挙結果はCDU/CSUより悲惨なものだった。SPDは2017年3月19日、ベルリンで臨時党大会を開き、前欧州議会議長のシュルツ氏を全党員の支持(有効投票数605票)でガブリエル党首の後任に選出し、メルケル首相の4選阻止を目標に再出発したが、その後の3つの州議会選挙(ザールランド州、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州、そしてノルトライン=ヴェストファーレン州)でことごとく敗北を喫し、本番の2017年9月24日の連邦議会選ではSPD歴史上、最悪の得票率(20・5%)に終わった。

 シュルツ党首に代わり、SPD初の女性党首としてアンドレア・ナーレス氏が昨年4月、就任したが、ナーレスSPDも前任者と同じように選挙の度に支持率を下げた。SPDは2018年10月14日のバイエル州議会選では第5党となり、極右「ドイツの為の選択肢」(AfD)の後塵を拝した。同年5月26日の欧州議会選ではSPDは15・8%と前回(2014年)比で11・5%減と大幅に得票率を失った。その結果、ナーレス党首は2019年6月2日、責任を取って党首と連邦議会(下院)の会派代表のポスト辞任を表明した。

 そして19年11月末に実施されたSPDの党員選挙の結果、党内左派のサスキア・エスケン連邦議員とノルベルト・ワルターボルヤンス・ノルトライン=ヴェストファーレン州元財務相の2人組が共同党首に選出された。SPDは過去4年間で党首が3回変わったのだ。そのSPDが今日、CDU/CSU、「緑の党」を破り、第1党に躍り出たのだ。当方がSPDの今回の勝利を「運勢」と表現する理由を理解して頂けると思う。SPDが第1党に躍進し、ショルツ財務相が次期首相に就任する可能性が出てきたのは、16年間のメルケル長期政権に国民が倦んだからだ、と受け取る向きもあるが、それでは少々不十分だ。

 ショルツ氏はSPDの党首選で敗北し、党首にも選出されなれなかったのだ。同氏は財務相として職務を続けてきた。財務相としてメルケル首相の下、新しい政策を実施したこともない。すなわち、ショルツ氏のSPDが連邦議会で第1党となって、ショルツ氏が次期首相に躍り出る理由は見当たらないのである。そこで、どうしても「運勢」という言葉が出てくるのだ。

 具体的には、見せてはならない時に笑顔を見せたラシェット党首の失態、「緑の党」ベアボック共同党首の「キャリア不正記入」という不祥事の発覚があったからだ。相手の失点でショルツ氏は政界の頂点に上り詰めようとしている。換言すれば、ショルツ氏は敵失を利用できる「運勢」があったわけだ。相手が失策してもそれを利用できない「運勢」のない政治家も少なくない中でだ。

 なお、SPDと「緑の党」とリベラル政党「自由民主党」(FDP)の3党による連立予備交渉は終わり、連立交渉が開始され、11月6日までに22の作業グループ(各党6人構成)が各分野の政策を協議する。11月末までに「連立協定」が締結され、遅くとも12月6日から始まる週には新首相を選出し、3党アンプル連立政権(SPD=赤、緑の党=緑、FDP=黄)が発足する運びとなる。

 連立交渉で問題がないわけではない。SPDとFDPの間では経済政策が異なる。双方が譲歩しない限り合意は難しい。具体的には、FDPは財務相のポストを要求するだろう。「緑の党」は環境保護省を絶対に譲らないだろう。ショルツ氏が首相に、クリスティアン・リントナーFDP党首が財務相、そして環境保護省を「緑の党」が握ることで3党が合意できれば、アンプル連立政権の発足は現実的となる。

 ショルツ氏は3党連立政権という連邦レベルでは初の試みを成功裏に出発できるのか、ポスト・メルケル時代に入るドイツの政界は欧州政界の原動力としての役割を果たすことができるのか、アンプル連立政権にはメルケル政権時代とは異なった課題が山積している。

 「運命の女神」は連邦議会選ではショルツ氏に手を差し伸べたが、いつまでその運勢が続くかは誰も分からない。ラシェット氏のカムバックもそれゆえに完全には排除できない。政界の「運命の女神」は気まぐれだからだ。

ワクチン未接種者は外出制限措置に

 コロナウイルスの新規感染者の急増を受け、オーストリア政府は22日夜、感染対策として5レベルから成る段階的プランを決定した。同計画はワクチンを接種していない国民をターゲットにしている。5レベルに入ると、ワクチン未接種者は外出制限を強いられることになり、野党ばかりか国民からも批判の声が聞かれる。

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▲オーストリアの新規感染者数動向(9月25日〜10月22日)AGES(オーストリア食品安全庁)から

 野党の極右政党「自由党」キックル党首は「不謹慎であり、非人道的だ」とシャレンベルク連立政権を非難。リベラル政党「ネオス」は「対応として不十分だ」と指摘し、予防接種を受けていない国民を接種に導き、広範な抗体検査を実施することが優先だと主張している。

 シャレンベルク首相は22日夜の記者会見で、「パンデミックは終息していない。ワクチン未接種者によるパンデミックに直面しようとしている。それを防止しなければならない」と強調し、「ワクチン未接種者に大きな責任がかかっている」と指摘した。ミュックシュタイン保健相は、「新しい規制は主にワクチンを接種していない国民を対象としている」と述べ、ワクチン接種を呼びかけた。

 以下、オーストリア通信(APA)の記事を参考に政府が公表した5段階プランを紹介する。

 レベル1から3は新しい内容はない。現行のコロナ規制の継続だ。レベル1は集中治療室(ICU)の占有ベットが200から実施される。9月15日から施行されている。FFP2マスクの着用義務を施行中だ。対象はスーパーマーケット、他の食料品店、薬局、公共交通機関などだ。他の商店(衣料品店や電気機器の店)ではワクチン未接種者だけはFFP2の着用が義務づけられている。ただし、ウィーン市とザルツブルク市では全ての商店で義務づけられている。イベント開催は25人以上の場会、3Gルールが施行される。レベル1では抗原検査の有効は24時間に制限されている。PCRテストは72時間有効。ただし、ウィーン市は抗原検査は無効で、PCRテストは48時間のみ有効だ。

 (時代は「3G」から「2G」、最終的には「1G」時代に突入しようとしている。「3G」とは、ワクチン接種証明書(Impfzertifikat)、過去6カ月以内にコロナウイルスに感染し回復したことを証明する医者からの診断書(Genesenenzertifikat)、そしてコロナ検査での陰性証明書(Testzertifikat)だ。ドイツ語で「Geimpft」 「Genessen」そして「Getestet」と呼ぶことから、その頭文字の「G」を取って「3G」と呼ばれている。2Gとは、ワクチン接種証明書か回復証明書を有する場合を意味する)


 新規感染者が急増してきた現状から判断すれば、レベル2は直ぐに入る。レベル2は集中治療室の使用率が15%(300床)を越えてから7日後に導入される。ミュックシュタイン保健相は、「まもなくレベル2に入るだろう」と予想している。夜のレストランに入るためには2Gルールが適応される。自宅で行う抗原検査(居間検査)は無効となる。

 レベル3は集中治療室のベット占有が20%(400床)になれば導入される。抗原検査は完全に無効となり、ワクチン接種者か回復者、PCR検査を受けた人だけがレストランに入ることができる。新しい点は、レベル3の措置は制限値を超えたときに直ぐ適応され、従来の7日間の待機期間はなくなることだ。

 レベル4に入ると、全ての領域で2Gルールが施行される。ICUべット占有が25%(500床)になった時にレベル4に入る。ワクチン未接種の人は、レストラン、ホテル、イベント、文化施設、レジャー施設、またはスポーツイベントに立ち入ることを禁じられる。これは、陰性の検査が提示された場合にも当てはまる。それが抗原であるかPCRであるかに関係はない。

 レベル5はICUベットの占有が30%を超えた場合(600床)に始まる。このレベルに入ると、ワクチンを接種していない人は外出制限の対象となる。パンデミックの初期に実施されたロックダウンを意味する。自宅を離れるのは食糧の買い出し、仕事に行くとき以外に禁止される(ワクチン接種者と未接種者をどのように識別し、コントロールするかなどは不明だ)。

 自由党のキックル党首は23日、「何百万人もの健康で症状のない人々が隔離されると脅かされている」と、政府の5段階計画を批判している。ワクチン接種者もその有効期限が過ぎ、3回目の接種を待つとき、同じようにロックダウンされる危険性が出てくるからだ。

 シャレンベルク政権の5段階計画案は与党国民党と「緑の党」、そして野党の社会民主党の支持を受けて承認された。フォアアールベルク州のマルクス・ヴァルナー知事は、「ワクチン未接種の人々が封鎖される可能性は実際は低いだろう。最後の段階は、CoV患者の集中治療室の占有が完全に手に負えなくなった場合にのみ実行されることになっている」と説明、国民の不安を宥めている。

 なお、オーストリアでは10月23日までに感染者総数79万1710人、回復者総数74万3507人、死者総数1万0995人。新規感染者数はここにきて急増、10月19日は4007人だった。ワクチン接種率は今月24日現在、1回接種率は65・7%、2回完了接種率は62・7%だ。

ウクライナの中国傾斜に要注意

 ヨーロッパの穀物生産国ウクライナは中国の習近平国家主席が提唱したインフラ構想「一帯一路」イニシアチブ(BRI)に参加する一方、台湾を中国本土の領土の一部と承認、中国少数民族ウイグル人への人権弾圧の非難声明を撤回するなど、急速に中国に接近してきた。それに対し、欧州連合(EU)はウクライナの中国傾斜に対しこれまで注意を払わずにきた。以下、オンラインニュース「EUオブザーバー」のニコラス・テンツァ記者の記事(10月23日付)を参考に、ウクライナと中国両国の接近を報告する。

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▲キエフで開催された第23回EU・ウクライナ首脳会談 ウクライナからゼレンシキー大統領(中央)、EUからミシェル欧州理事会議長(左)とフォンデアライエン欧州委員長が出席(2021年10月12日、ウクライナ政府報道プラットフォームから)

 EU・ウクライナ首脳会談が今月12日、ウクライナの首都キエフで開催されたが、ロシアとドイツ間の天然ガスパイプライン計画「ノルド・ストリーム2」への欧州側の譲歩に対し、ウクライナ側から不満と懸念の声が聞かれた。ゼレンスキー大統領は、「エネルギー安全保障は、ウクライナの独立と国家主権の前提条件である」と明言し、ロシアへの警戒と共に同プロジェクトを容認した欧州に対し不満を表明している。

 EU・ウクライナ首脳会談後の共同声明には、「ロシアがガスをウクライナに対する武器として利用する権利を持たないこと、EUが改めて2024年以降もウクライナを通じたガス輸送を保証することを支持すること、いかなる新しいガスパイプラインもEUの第3エネルギーパッケージ法の要件を満たさなければならないこと」(大統領府広報室ジョウクヴァ副長官)が明記されている。

 ロシアのプーチン大統領は21日、ロシア産天然ガスをバルト海を経由してドイツに直送する「ノルド・ストリーム2」の操業をドイツが承認次第、同パイプラインを通じて欧州への天然ガス供給を開始できると述べている。

 ちなみに、「ノルド・ストリーム2」の運営会社は18日、2本あるパイプラインの1本目について、操業開始に向けテクニカルガスを充填したと発表した。プーチン氏によれば、2本目のラインについても稼働準備が順調に進んでいるという。

 「ノルド・ストリーム2」プロジェクトは。2005年、ドイツのシュレーダー首相(当時)とロシアのプーチン大統領がロシアの天然ガスをドイツまで海底パイプラインで繋ぐ計画で合意した。脱石炭、脱原発を決定したメルケル政権にとって、安価なロシア産天然ガスの確保は国民経済に欠かせない。ロシアにとっても、ウクライナなどを経由せず直接ドイツに天然ガスを運ぶ「ノルド・ストリーム」計画は経済的であり、欧州への政治、経済的影響を維持する上でもプラスだ。すなわち、ドイツとロシア両国にとって、「ノルド・ストリーム2」はぜひとも実現したいプロジェクトだったわけだ。それに対し、ロシア・ウクライナ経由で欧州に送ってきた天然ガス輸送ルートの経済的価値が落ちることになり、ウクライナでは不満の声が絶えなかった(「『ノルド・ストリーム2』完成できるか」2020年8月6日参考)。

 ゼレンスキー大統領は22日、フランス通信(AFP)とのインタビューで、「ロシアは欧州に対し意図的に天然ガス危機を生み出し、エネルギー供給を脅迫に用いている」と指摘、「EU加盟国はロシアの脅迫に対抗するためにウクライナと協力すべきだ。ウクライナには、欧州パートナー国に提案できるものがある。現在のウクライナのガス採掘能力は、現在の状況を正常化するためだけでなく、将来に起こり得る類似の(ガス)価格変動から欧州を守るためにも十分だ」と強調している。

 ウクライナがロシアから様々な圧力を受ける一方、欧州諸国から無視される状況に苛立っている時、中国はウクライナに接近してきたわけだ。両国は昨年、「一帯一路」共同建設の協力計画に署名、パートナーシップを強化。ウクライナは中国新疆ウイグル自治区に対する中国政府の犯罪を非難する声明を撤回する一方、台湾に対する中国側の主権を認めるなど、中国に歩み寄ってきている。

 「ウクライナは中国の融資を受け入れることにより、国際通貨基金(IMF)などの国際金融機関との関係を損なう一方で、中国の債務トラップ外交(借金漬け外交)の餌食となる危険性が出てきている。北京の意図は明らかだ。欧州に近接する大国ウクライナをBRIの主要ノードにし、中国はウクライナのインフラ資産(湾岸)へのアクセス、ウクライナの食糧輸出や技術など、自国の経済を動かすために必要な資源へのアクセスを確保したいのだ」(EUオブザーバー紙)。

 中国は14億人の国民を養うという課題に直面する世界最大の食料輸入国だ。食料安全保障は外交政策の目標となっている。中国は耕作可能な土地は世界の1割しか占めていないが、人口では世界の2割を占めている。国が養わなければならない国民の数が収穫できる耕作地の2倍以上だ。その結果、中国は必然的に日本と同様、食糧輸入国とならざるを得ない。中国経済は2014年以来、毎年1億トン以上の穀物を輸入してきた。穀物生産国ウクライナは、国内の土地不足を補うために外国の農業生産物を使用するという中国政府の計画にとって恰好の国となる(「中国の『食糧安全保障』政策に警戒を」2021年5月12日参考)。

 「中国の輸出入銀行(Exim Bank)は2012年、ウクライナの国営穀物食品会社(GPZKU)に15億ドルの融資を行い、これと引き換えに、ウクライナの事業体は中国企業への穀物輸出を委託することに合意している。今年のウクライナと中国の協力協定は、ウクライナの大麦、トウモロコシ、小麦、ソルガム(コーリャン)を中国へ輸出することになっている。その結果、EU市場では主食作物が高価格となり、入手できなくなるといった影響が出てくる」(EUオブザーバー)。

 テンツァー記者は欧州の民主的価値観の最前線にあるウクライナに対する中国の接近に注意する必要があること、ウクライナ国内の民主的勢力への支援の強化が重要だと指摘している。

 ハンガリーはEU、北大西洋条約機構(NATO)加盟国だが、オルバン政権はロシア・中国に傾斜してきている。ウクライナを“第2のハンガリー”としないために欧州はウクライナの政治、経済情勢に対して関心を注ぐべきだろう。

イスラエルのイラン核施設爆破計画

 「タイムズ・オブ・イスラエル」紙が19日報じたところによると、イスラエル政府が対イラン戦闘に備え約50億シェケル(15億ドル)の予算を承認した。同国防予算には、対イラン戦闘で必要なさまざまな種類の航空機、情報収集ドローン、およびそのような攻撃に必要な独自の兵器の資金が含まれているという。

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▲イラン核関連施設への爆発計画を推進するコハヴィ参謀総長(「タイムズ・オブ・イスラエル」紙電子版から)

 興味深い点は、米空軍が7月23日、新しい「バンカーバスター」であるGBU-72 Advanced 5K Penetratorのテストを実施し、成功したことを発表していることだ。同バンカー・バスターは5000ポンド(約2・27トン)の爆弾でイランの地下核施設を破壊する威力を有している。

 同紙によると、GBU-72は戦闘機または重爆撃機によって運ばれるように設計されている。イスラエルは、巨大なバンカーバスターを運ぶことができる爆撃機を保有していない。イスラエルは2009年、米国から秘かに小型のバンカーバスター爆弾GBU-28を購入したが、山の奥深くに埋もれているイランのフォルドウ核施設を貫通する能力はないと受け取られてきた。米空軍のテストは、イスラエル軍が昨年5月、ガザでハマスの地下トンネルネットワークを爆撃した際に得た経験に基づいて実施されたという。

 すなわち、イスラエルの新たな軍事費は5000ポンドのバンカーバスターの購入と運送関連費に使用されるのではないか、という推測が生まれてくる。イスラエルは着実にイランの核関連施設の破壊工作を準備しているわけだ。

 実際、イスラエル国防軍(IDF)のアヴィヴ・コハヴィ参謀総長はニュースサイトで「イスラエルはイランの核開発計画に対する行動の準備を大幅に加速」したと語っている。コハビ参謀総長は、「国防予算の大幅な増加は、この目的のためだ。それは非常に複雑な仕事であり、はるかに多くのインテリジェンス、はるかに多くの運用能力、はるかに多くの兵器を備えている。私たちはこれらすべてに取り組んでいる」と指摘している。

 同参謀総長によると、イスラエル軍は1月、対イラン戦争の作戦計画を準備し、8月に入ってイランの核開発の進展を受け「作戦計画はスピードアップされた」というのだ。

 ナフタリ・ベネット首相は9月、国連総会での演説で、「イランの核開発計画は分水嶺の瞬間を迎えた。私たちの寛容もそうだ。言葉だけでは遠心分離機の回転を止めることができない。私たちはイランが核兵器を取得することを絶対に許さない」と述べているほどだ。

 イスラエルのベニー・ガンツ国防相は8月4日、「イランは2015年7月に核合意した包括的共同行動計画(JCPOA)の内容に全て違反している。同国は10週間以内に核兵器用の核物質を生産できる」と警告している(「イランが10週間以内に核兵器取得へ」2021年8月6日参考)。

 イスラエルは、イランと国連安保常任理事国5カ国(米英仏ロ中)にドイツを含む6カ国との間で締結したJCPOAを「イスラエルの安全を脅かすもの」と受け取ってきた。トランプ前米政権が2018年5月、イラン核合意から離脱を表明したのはイスラエルの意向を汲んだ結果だ。トランプ前米大統領は、「核合意はイランの核兵器製造を阻止できないばかりか、イランはイエメン、イラク、シリア、レバノンで武力テロ勢力を支援し、中東の安全を揺るがしている」と主張してきた。

 バイデン米政権はイランが2015年7月に核合意したJCPOAに復帰することを願い、イランとの間接的な交渉を行ってきたが、イランで保守強硬派のライシ大統領が誕生し、イラン指導部で反米・反イスラエル路線が台頭してきているだけに、交渉は更に難しくなってきた。

 イランはJCPOAの核合意を一つ一つ違反してきた。同国は19年5月以来、濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4・5%を超えるなど、核合意に違反。19年11月に入り、ナタンツ以外でもフォルドウの地下施設で濃縮ウラン活動を開始。同年12月23日、アラク重水炉の再稼働体制に入った。昨年12月、ナタンツの地下核施設(FEP)でウラン濃縮用遠心分離機を従来の旧型「IR−1」に代わって、新型遠心分離機「IR−2m」に連結した3つのカスケードを設置する計画を明らかにした。そして、今年1月1日、同国中部のフォルドウのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げると通達。2月6日、中部イスファハンの核施設で金属ウランの製造を開始している。4月に入り、同国中部ナタンツの濃縮関連施設でウラン濃縮度が60%を超えていたことがIAEA報告書で明らかになっている、といった具合だ。なお、イラン議会は昨年12月2日、核開発を加速することを政府に義務づけた新法を可決した。

 なお、イランの国営通信(IRNA)によると、イラン議会(マジュリス)の国家安全保障および外交政策委員会のスポークスマン、マフムード・アッバスザデ・メシュキニ氏は18日、「イランに課せられた制裁解除と米国とヨーロッパによる核コミットメントの履行が核交渉を再開するための第一歩である」と述べ、「米国が制裁を解除しない限り、イランは核交渉に参加する考えはない」と、これまでの主張を繰り返している。

IAEA「豪の原潜保有は核拡散誘発」

 米国、英国、オーストラリア(豪)の3国は先月15日、新たな安全保障協力の枠組み(AUKUS=オーカス)を創設する一方、米英両国が豪に原子力潜水艦の建設を支援することを明らかにした。豪と原子力潜水艦建設で契約していたフランスは「契約違反」として激怒、一時期、米仏、豪仏関係が険悪化し、外交官の召喚などの外交措置も取られたが、バイデン米大統領とマクロン仏大統領の電話会談などを通じて、双方が歩み寄る姿勢を示してきた。

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▲オーストラリア海軍が保有するコリンズ級潜水艦(ウィキぺディアから)

 ところが、原子力エネルギーの平和的利用を促進する国際原子力機関(IAEA=本部ウィーン)のグロッシ事務局長は、「米英がオーカスの枠組みでオーストラリアに原子力潜水艦を売却することには多くの問題点がある」と指摘、原子力潜水艦に設置される原子炉の核保障措置問題、核拡散防止条約(NPT)の法的枠組みで詳細な検証が必要として、IAEA査察局内で非常に経験豊富なセーフガード検査官と法律専門家で構成されるタスクフォースを設置したことを明らかにしたのだ(英紙ガーディアン電子版)。

 オーカス創設の文書には明記されていないが、オーカスの仮想敵国は南シナ海やインド洋・太平洋地域に進出する中国であることは明確だ。豪は中国外交官のスパイ活動を警告し、中国武漢発の新型コロナウイルスの発生源については、武漢ウイルス研究所(WIV)への調査を強く主張し、中国から強い反発を受けてきた。豪は対中戦線では最前線に位置している。

 米国にとって豪の原潜開発を支援するのには意味がある。米英にとってインド太平洋の安保では、豪は地理的にも中心的な役割を果たすからだ。原潜は長期潜航が可能であり、運航は静かだから敵から探知される恐れは少ない。豪が原潜を保有すれば、台湾海峡を警備し、必要ならばトマホーク巡航ミサイルを発射できるから、中国側としては脅威だ。原潜は米、英、中国、ロシア、フランス、そしてインドの6カ国が保有している。

 原潜共同開発問題は少々厄介だ。米英は豪に8隻の原潜の開発で協力することに合意した。このことで、豪との間で契約(2016年締結)を破棄されたフランス側には経済的損失(契約金500億豪ドル規模)が生じた。それだけではない。原潜は核兵器ではないが、原子力推進システムでは高濃縮ウラン(HEU)が燃料として利用される。核拡散防止条約(NPT)では、核保有国が非核保有国に原潜の共同開発に関連した核技術や核物質を提供することはできない。非核保有国は核エネルギーの平和利用だけが認められている(「豪は世界第7番目の原潜保有国に」2021年10月4日参考)。
http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/52318619.html
 中国外務省は先月30日、米英が非核保有国の豪に高濃縮ウランを必要とする原潜建設を支援すれば、北朝鮮やイランが高濃縮ウラン(HEU)を保有することに対して批判できなくなる」と指摘、米国をダブルスタンダードだとして批判している。

 豪が原潜を保有すれば、非核保有国としては初めてだ。NPTでは非核保有国は核エネルギーの平和利用は認められている。その際、IAEAとの厳格な保障措置協定を締結し、監視対象となる。グロッシ事務局長は、「(非核保有国の豪が原潜を保有することは)NPTのグレーゾーンに入る。核物質や核機材が不法に拡散する道を開くことになるからだ」と指摘する。原潜には核燃料としてHEUが使用される。フランス製の原潜は低濃縮ウラン(LEU)が利用されているというが、いずれにしても核燃料だ。

 グロッシ事務局長によると、イラン、韓国、カナダなどの国は原子力潜水艦の建設に強い関心を有している。イランは2018年に海軍原子力推進プログラムをIAEAに伝達し、ブラジルでは原潜プロジェクトが進行中という。米英が豪に原潜を売却すれば、それが先例となって今後原潜を買収、建設する国が増えることが予想されるわけだ。そうなれば、原潜で利用される核関連物質、機材、ノウハウが核兵器製造に流れないという保証はなくなる。ガーディアン紙によれば、グロッシ事務局長はブリンケン米国務長官とIAEA側の懸念について協議したという。

 ロシアや中国は豪の原潜保有を阻止するためにNPT違反を理由に強い抵抗を示してくることは目に見えている。米国側もその点を既に考慮し、豪への原潜引き渡し時期をこれまで明記していない。そのため、豪海軍は当分は老朽化したコリンズ級潜水艦(通常動力型潜水艦)を使用することなるわけだ。

 穿った表現をすれば、米英は、豪に原潜建設支援を表明することで、南アジア、インド太平洋海域の制覇を伺う中国海軍に警告を発することが最大の狙いで、実際に支援するかはロシアや中国の出方次第ではないだろうか。なぜなら、豪への原潜建設支援はNPT体制を揺るがし、無理押しして豪に原潜を提供すれば、核拡散を引き起こす危険性があるからだ。
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