ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2021年07月

コロナ・ブルー(憂鬱)に悩む人々

 コロナ・ブルーという表現を知らなかったが、その意味するところは理解できる。中国武漢発の新型コロナウイルスの感染が広がり、パンデミックとなって以来、どの国も程度の差こそあれコロナ規制に乗り出し、国民の活動を制限してきた。コロナワクチンが開発され、接種が急速に進められていることで、コロナ禍の人々もポスト・コロナへの希望を感じ出しているが、その一方、コロナ禍で活動が制限されている人々や若者の中には、通称コロナ憂鬱(コロナ・ブルー)に悩む者が出てきている。韓国中央日報(7月7日)によると、過去3カ月で在外公館の2人の外交官が自殺している。

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▲ドナウの畔でリラックスを(ウィ―ン市観光局公式サイトから)

 コロナ・ブルーも一種のロング・コビッド(Long Covid)症候群に入るのかもしれない。感染病専門家の中で、「コロナ回復者の中に後遺症と呼べる症状を抱える患者が増えてきた」という声が聞かれ出している。同時に、精神・心理療法の専門家からは、「コロナ感染者でもない者が長期のコロナ規制下で心理的圧迫感などからパニック症状を起こし、日常生活が出来なくなる人がいる」と警告している。これなどはコロナ・ブルーだ。

 感染症専門家によると、コロナ回復者に見られる後遺症として、呼吸困難、倦怠感、胸痛、臭覚障害、味覚障害、痰嗽などだ。回復後、数カ月続き、長い人では半年以上、さまざまな症状に苦しめられ、職場に復帰できない人が出てくるだけではなく、日常生活にも支障があるという。調査によると、イタリアでは87%がそのような後遺症に悩まされているという。多くの人々は未来への見通し、方向性を失ってきている。問題は、回復者のそれらの症状を監視し、必要な治療を提供できる医療体制、専門家が少ないことだ。

 中央日報によると、新型コロナ事態の長期化で「うつ」を経験したという韓国国内の成人が83・9%にのぼるという。在外公館の外交官の自殺問題については、「外交部は業務環境などの問題ではなかったと把握している。コロナ・ブルーが原因と推定されるが、こうした状況は初めてであり、外交部も危機感を抱いている」というのだ。

 外交官の場合、特殊な面もある。「感染者が発生すれば公館の業務に大きな支障を生じるうえ、大韓民国を代表して行った公館で誰かが新型コロナに感染すれば大変なことになると考えて緊張し、心的圧迫感が強まるケースも多い」という。家族に会えず、単身で赴任している外交官の場合、ストレスは一般の国民より強いだろう、駐在国の医療事情にも大きく左右される問題だが、外交官のコロナ・ブルー傾向は看過できないわけだ。

 コロナ・ブルーに悩む人には軽度な睡眠障害、倦怠感から、不安神経症、呼吸パニックなどまでさまざまな症状が観察されている。一方、コロナ回復者の中には個室やICU(集中治療室)に長期間隔離されていたことから、回復後、突然不安に襲われ、パニック症状を発する人もいる。集中治療後症候群(PICS)と呼ばれている症状だ。また、慢性疲労症候群(CFS)と呼ばれる倦怠感が長期継続する症状も報告されている。

 英国発のウイルス変異株でもそうだったが、最近のインド由来のデルタ株の場合、感染力が強く、若い世代に感染者が急増してきた。長期化するコロナ禍で精神的、心理的ダメージを受ける若い世代では非社交的で閉鎖的な人より、社交的で人付き合いのいい人が、コロナ禍で大きな精神的ストレス下に置かれ、不安や失望感などの心理的症状を起こしている。社交的な人々が突然、対人関係、接触が制限されて隔離感、不安を覚え、新しい状況にどのように適応していいか分からなくなるわけだ(「コロナ禍で精神的落ち込む若い世代」2021年2月3日参考)。

 コロナ禍が長期化することで、失業する人も増えてきた。家庭内問題や生活困窮などの状況下で自殺する人も出てきている。臓器・器官の違和感といった外的に観察可能な症状ではないだけに、精神的、心理的ストレス(コロナ・ブルー)で苦しむ人の事情は外からは判断しにくい。そのため、対応が遅れることにもなる。

 欧州では夏季休暇シーズンに入り、多くの人々は海外に旅行するために急遽ワクチン接種を受けている。感染症専門家は、「旅行帰りの人々がウイルスを持ち帰るケースが増える危険がある」という。実際、スペイン、英国、オランダではここにきてデルタ株による新規感染者が急増してきた。オランダ政府はコロナ規制を再度施行して新規感染者の急増を回避するために乗り出してきたばかりだ。

 感染症専門家は、「ワクチン接種で新型コロナは終わったと考えるのは危険だ」と指摘し、夏季休暇後、デルタ株が猛威を振るう第4波が到来すると予測している。同時に、コロナ・ブルーに悩む人々はこれからも増え続けるだろう。直径100ナノメートルのコロナウイルスは今、人間の肺器官を損なうだけではなく、心の世界にまでその牙を伸ばしてきているのだ。

UNIDO再活性化は日独の連携で

 ウィーンに本部を置く国連工業開発機関(UNIDO)理事会(理事国53カ国)第49会期が12日から開幕する。主要議題は2期の任期を終えて退任する李勇事務局長の後任選びだ。次期事務局長選には3人が立候補している。ドイツ経済協力・開発相のゲルト・ミュラー氏、南米ボリビア出身のUNIDOの幹部 Bernardo Calzadilla Sarmiento氏、そしてエチオピア首相府特別顧問兼上級閣僚の Arkebe Oqubay氏だ。前評判ではドイツのミュラー開発相が他の2人の候補者を押さえて欧州初のUNIDO事務局長に選出される可能性が濃厚だ。

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▲新たな事務局長を選出するUNIDOのウィーン本部(UNIDO公式サイトから)

 そこでミュラー氏にスポットを当ててみた。本命のミュラー開発相はドイツ与党「キリスト教社会同盟」(CSU)の所属でメルケル政権の全面的支援を受け、次期事務局長の最有力候補として急浮上してきた。ミュラー開発相は2013年以来、経済協力・開発相を務めてきた開発分野の専門家だ。連邦農業省次官なども歴任している。1994年以来、連邦議会議員だ。同開発相の人付き合いの良さもあって支持者は多いが、UNIDO次期事務局長候補者に担ぎ出されて以来、メディアとのインタビューの機会が増えてきたこともあって、昔の失言が追及される事態も出てきた。

 ミュラー開発相は2016年、モロッコで開催された国連主催の地球環境問題での会議で、「アフリカの男性は稼いだ金をアルコールと売春婦に浪費してしまう」と発言して、アフリカ男性ばかりか開発途上国から批判を受けたことがある。その開発相が今、アフリカ諸国を含む開発途上国の工業開発の国連機関トップに立候補しているというわけで、一部の加盟国はミュラー氏の昔の失言を取り出して、アフリカ諸国への民族的偏見を追及し、「ミュラー氏は民族主義者だ」といった批判が飛び出してきたわけだ。

 ちなみに、同氏はその発言後、「表現は間違っていた」とすぐに謝罪し、当時、それで事は治まったが、5年後、その失言を思い出す人から同氏批判の材料に使われているわけである。失言が多いことで有名なバイデン米大統領は大統領選では過去の失言問題で何度もメディアから追及された。政治の表舞台に登場しようとする時、過去の失言は突然息を吹き返し、失言を発した政治家を苦しめるわけだ。

 ミュラー開発相の面目躍如の発言もある。同相は今月、「ロシアはシリア北部にいる数百万人の難民への緊急支援をボイコットしている」と指摘し、「ロシアは対シリア難民への緊急支援輸送の妨害を中止すべきだ」と警告を発し、「緊急支援輸送はシリア難民の女性や子供たちにとって命の綱だ」とアピールしている。

 国連主導の緊急物質の輸送トラックはトルコとシリア間の主要国境ルート、バブ・アルハワ(Bab al Hawa)を通じてシリア反政府勢力が支配しているエリアへ運ばれてきたが、この緊急支援計画は国連安保理事会が延長を認めない限り、今月10日で終わる。ロシアのラブロフ外相は同計画の延期を拒否する旨をアントニオ・グテーレス事務総長に通達済みだ。ロシア側は「緊急物質が反体制派勢力の手に渡る恐れがある」という。ロシアが拒否権を行使する限り、緊急支援輸送計画はストップせざるを得ないわけだ。

 国連専門機関のトップを狙う候補者は国連機関を牛耳る安保理の常任理事国を敵に回しては勝ち目がない。すなわち、当選できないことは誰も知っている。にもかかわらず、ミュラー氏はロシアの非人道的な行動に対してはっきりと警告したわけだ。その勇気は称えるべきだろう。幸い、次期事務局長を選出するUNIDO理事会では、安保理とは違い、53カ国の理事国から多数の支持票を獲得すれば当選できる。ロシアの反対票を恐れる必要はない。

 少々蛇足だが、国連では5カ国の常任理事国(米英仏露中)の意向を無視しては何も決定できない。再任されたばかりのグテーレス事務総長のように、5カ国の常任理事国の顔色ばかり窺っていたら、何も改革はできなくなる。「投票する者は何も決められない。投票を集計する者が全てを決定するのだ」と語ったソ連共産党の独裁者ヨシフ・スターリンの有名な言葉を思い出す。国連機関は5カ国の常任理事国が最終的には全てを決めるフォーラムだ。そこで自身の信念にもとづいて決定していこうとすれば、困難に遭遇することは避けられない。ミュラー氏がUNIDO事務局長に就任すれば、遅かれ早かれ国連機関の現実と直面せざるを得ないだろう。

 欧米諸国の主要国が次々と脱退していったUNIDOの未来は決して明るくない。李勇事務局長(元中国財務次官)が2013年6月、中国人初の事務局長としてUNIDOに乗り込んできたが、2期目に入ると「中国の、中国による、中国のための活動」に没頭してきた。2018年4月、中国メディアとのインタビューでは、「UNIDOは中国共産党と連携し、習近平国家主席が提唱した『一帯一路』プロジェクトを推進させてきた」と自負したほどだ。李勇事務局長は任期8年間で中国から多数の人材をコンサルタントという名義でUNIDOに雇い入れている。その中には経済スパイの任務を担った人間がいる。

 誰が次期事務局長に選出されても、その任務は大変だ。ミュラー氏が当選したならば、日本は日独の連携を深め、ミュラー氏を支え、UNIDOの再活性化のために一層努力してほしい。

国会でスーパークラスターが発生

 オーストリア国民議会のイビザ(※)調査委員会に所属する野党の極右政党「自由党」議員が新型コロナウイルスの変異株「デルタウイルス」に感染し、検査結果の報告が遅れたこともあって、他の議員や関係者に感染が拡大した。感染した「緑の党」議員がその後、州党会議に参加したためクラスター発生に。現地の情報ではデルタ株に感染した議員やその関係者は9人、感染者と接触した可能性のある濃厚接触者30人、非濃厚接触者300人、総数339人がウイルスの感染の疑いのある監視対象となった。

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▲国会クラスターを報じる日刊紙「エステーライヒ」2021年7月9日

 デルタ株のウイルスに感染したのは「自由党」イビザ調査委員会代表、クリスティアン・ハーフェネッカー議員だ。同議員は議会内でもマスクを着用せず、ワクチン接種も拒否してきたこともあって、クラスターのスーパースプレッダーとして批判を受けている。

 同議員は2日、検査結果でウイルスに感染していることが分かったが、議会に報告したのは5日だった。連絡遅れが感染拡大を引き起こしたと受け取られている。デルタ株ウイルスに感染した議員は1日の調査委員会に参加していた7人の議員、その関係者たちだ。その中には、野党リベラル「ネオス」のクリスパー議員や、「緑の党」のシュテーグミュラー議員らが含まれている。調査委員会の仕事が終わった直後、ハーフェネッカー議員らは関係者と飲みに行っている。また、民間放送の討論番組にも参加していることから、メディア関係者にも感染が広がっている可能性はある。

 ウイルス感染者との接触の度合いで、濃厚接触者(K1)と感染危険が少ない非濃厚接触者(K2)に分類されるが、K1の場合、2週間の隔離が義務付けられている。その数は今回は30人、K2は300人と推定されている。誰が議会内にウイルスを持ち込んだかは現時点では不明だ。ハーフェネッカー議員はメディアとのインタビューの中で、「自分がスプレッダーではない」と否定している。

 国会クラスター発生について、ヴォルフガング・ソボトカ国会議長は、「ウイルス感染は2日の段階で判明していたが、議会に報告されたのは5日だった。連絡が遅すぎた」と指摘し、ハーフェネッカー議員の報告義務の遅滞責任を追及している。ちなみに、国民議会は8日、夏季休暇に入った。

 オーストリアでは新型コロナ感染が拡大した後、その対策として公の場所でのFFP2マスクの着用が義務付けられてきたが、ハーフェネッカー議員が所属する「自由党」(ヘルベルト・キックル党首)関係者はマスク着用を拒否し、キックル党首はコロナ規制に抗議するデモ集会でもマスクなしでクルツ政権の辞任を要求するなど、コロナ違反がこれまで目立ってきた。

 興味深い点は、欧州ではマスク着用を拒否する政治家は極右派が多いことだ。独週刊誌シュピーゲル(2020年8月14日号)で興味深い統計が掲載されていた。ドイツでは右派政党支持者はショッピングや公共運輸機関の利用の際のマスク着用には他の政党支持者より強い抵抗があるというデータだ。質問は「マスク着用に慣れたか」「マスク着用は難しいか」だ。その結果、「同盟90/緑の党」と与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)の支持者は87%「慣れた」と答え、「社会民主同盟」(SPD)支持者は86%とそれに次いでいる。それに対し、リベラル派政党「自由民主党」(FDP)支持者は「慣れた」という答えは65%と低く、極右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の場合、さらに55%と下がる。

 極右、右派系の政治家や支持者は他の政党・支持者よりマスク着用に抵抗が強いのはオーストリアやドイツだけの傾向ではない。例えば、トランプ前大統領やブラジルのボルソナロ大統領はマスク着用を頑固に拒否してきた(「極右派はアンチ・マスク傾向が強い?」2020年8月18日参考)。

 「自由党」に戻る。同党のオーバーエスターライヒ州のハイムブフナー党首がコロナに感染し、集中治療室にお世話になったばかりだ。「自由党」はクルツ政権のコロナ対策を批判するだけで、代案を提示することなく、コロナ規制を無視してきた。国会に議席を有する政党として責任感が乏しい。

 「自由党」は2015年以降の難民問題では外国人排斥を煽り、反難民政策で国民の支持を得て議席を伸ばしたが、新型コロナウイルスが欧州で拡大して以来、コロナウイルスを軽視し、マスク着用にも反対してきた。その結果、国民の支持率は急落している。ハーフェネッカー議員の今回の感染も議員自身の言動に多くの責任があることは明らかだ。なお、ハーフェネッカー議員のデルタ感染とその後のクラスターでイビザ調査委員会は停滞を余儀なくされることが予想される。

※注・イビザ問題
 自由党のシュトラーヒェ党首(当時)は2017年7月、イビザ島で自称「ロシア新興財閥(オリガルヒ)の姪」という女性と会合し、そこで党献金と引き換えに公共事業の受注を与えると約束する一方、オーストリア最大日刊紙クローネンの買収を持ち掛け、国内世論の操作をうそぶくなど暴言を連発。その現場を隠し撮り撮影したビデオの内容が2年後の19年5月17日、独週刊誌シュピーゲルと南ドイツ新聞で報じられたことから、国民党と「自由党」の連立政権は危機に陥り、最終的にはシュトラーヒェ党首(当時副首相)が責任を取って辞任した。

人道的な「制裁」は考えられるか

 「制裁」について考えている。中国武漢発の新型コロナウイルスの世界的大感染、それに伴いロックダウン(都市封鎖)などのコロナ規制、そしてワクチン接種と過去2年間余りの一連の動向を振り返ると、そこには常に何らかの「制裁」がちらついてくるからだ。パンデミック対策として国は国民が好まないさまざまな対応、規則を実施せざるを得ない。緊急事態宣言の発令もその一つだろう。

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▲職場先を探す若者たち(オーストリア連邦職業サービスの公式サイトから)

 そしてコロナ規制を遵守しないと、罰金が科せられ、時には「制裁」を受ける。当方が「制裁」について改めて考え出したのには契機があった。オーストリアのマーティン・コッハー労働相が先日、コロナ禍で急増した失業者がここにきて減少してきた、という朗報を記者会見で語っていた。同相は、「観光業界などで労働者を求める声が広がってきた。コロナ禍で職場を失った労働者が業界のオファーに積極的に応じていくならば、失業者の数はさらに減少するだろう」という。問題はその後の発言だ。「職場のオファーがあるのにもかかわらず、それに応じなく、失業手当手を長期間受けている労働者には何らかの制裁が必要となるだろう」と語り、失業者手当の削減などを示唆したのだ。

 労働相の発言は正論だが、別の観点からいえば、労働者に対して、「何でもいいから早く職に就け。さもなければ失業手当をカットするぞ」といった脅迫にも受け取られる。労働者には職場の選択権がある。自分に合った職場、賃金水準を探す。自分の適性に合わない職場で労働条件が悪いオファーを受け入れることは出来ない。だから、失業状況が続く長期失業者も結構多い。

 もう一つは読者から貴重なコメントを頂いた。そのコメントの一部を紹介する。

 「ウィーンの歌劇場で働いている音楽家です。実はオーケストラの労働組合から電話があって、国立歌劇場、ブルグ劇場、フォルクスオパー(国民歌劇場)に9月1日より新たに入団する人は全てワクチン接種をしなければ契約を与えられないと決定したと言ってきました。つまり若い新入団員、そして客員やエキストラにもワクチン接種の義務が生じるということです。立場の弱い入団試験合格者に、安定した就職と未知のワクチン接種を天秤にかけさせるなんてあまりにも非人道的だと思いませんか?」

 音楽家のコメントは理解できる。ワクチン接種と雇用保証をリンクさせていることは非人道的だというわけだ。「――しなければ、――になる」という論理だ。ワクチンの接種を医学的観点から拒否する人がいる。彼らにとって生命に関わる問題だ。職場確保のために生命の危険を冒すことは出来ない。多分、どの国の社会でも20%前後の国民はそのように考え、ワクチン接種を拒否している。そこまではいいが、「ワクチン接種をしない人は雇わない」と言われれば、苦しい。「ワクチン接種」と「職場の保証」のリンクだ。労働者にとっては立派な「制裁」となる。

 ワクチン接種は決して本人の感染予防対策だけではなく、社会全体の感染防止でもあるから、個々の是非論ではなく、国民の義務だという主張も聞かれる。 雇用者側にとってコロナ感染者が出れば、営業閉鎖に追い込まれる事態が出てくるから、社員にはぜひワクチンを接種するように、それを拒否するなら雇わないという理屈が出てくるわけだ。

 上記の2例について、当方は悩む。国の失業政策や雇用者側の主張は理解できる一方、労働者、国民の状況も無視できないからだ。失業労働者は労働斡旋所(職安)に頼らず、自分の適性に合った職場を探す努力をしていくべきかもしれない。音楽家の場合、楽団側の立場は理解できる。演奏家に感染者が出れば、コンサートはキャンセルせざるを得なくなる。ワクチン接種の医学的理解を深める努力が一層大切かもしれない。それでもワクチンは絶対に受けないと考える人の場合、他の選択肢がなくなる。

 「制裁」といえば、政治、外交の世界でよく使用される言葉だ。そして「制裁」の最大の被害者は多くは国民であって、政治執行者側ではない。イランの女性ジャーナリストが当方に語っていたことを思い出す。「自分はイランに戻る時はトルコ航空を利用する。イラン国営航空の飛行機がよく墜落するからだ。なぜなら、制裁の故に飛行機の部品購入が出来ないからだ」という。彼女はウィーンからトルコ航空を利用してアンカラ経由でテヘランに戻るわけだ。

 欧米諸国は対ロシア、対イラン、対北朝鮮などに経済制裁を実施して政策の変更を要求している。その制裁の効果は無視できない。為政者が強がりをいっても国民経済は制裁下で苦しむからだ。

 コロナ禍で世界の多くの国民はさまざまな困窮下で生きている。国はコロナ対策を進めるために国民にワクチン接種を求める。そして国民経済の復興のために労働者には職場復帰を求める。それらの要求に応じない場合、なんらかの「制裁」が待っている。声を大にして「制裁だ」とはいわないが、現実は「制裁」であるケースが少なくない。

 世界経済や政治に余裕がある時はいいが、コロナ禍で世界経済に余裕がない時、国も国民も一定の譲歩がどうしても必要となってくる。権利だけを声高く主張しても解決できないからだ。願われる点は、国がコロナ禍に悩む国民(コロナブルー)にこれまで以上に配慮を示すことだろう。ところで、人道的な「制裁」は有り得るだろうか。

ニシキヘビと大使夫人の「平手打ち」

 外電によると、カナダでは50度を超える気温の日々が続き、至るところで山火事が発生しているという。アルプスの小国オーストリアでも6日、36度を超える真夏の気温だ。ここしばらくこの気温が続くという。幸い、湿気はすくないので、昼には部屋のカーテンをして窓を閉めておくと、暑い風が部屋に入らないので、クーラーや扇風機がなくても生活できる。オーストリアでは自宅でクーラーを設置している家はほとんどない。ここ数年、暑い夏が続いたこともあって、扇風機を買う国民は増えた。当方は数年前に扇風機を買ったが、それまではクーラーはもちろんのこと扇風機なしでも夏シーズを過ごしてきた。

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▲便器に侵入したニシキヘビの騒動を報じる記事(オーストリア日刊紙ホイテ7月6日付から)

 さて、カーテンを閉めて暑さが部屋に入ってこないようにしてから仕事にとりかかった。時事通信のサイトを開けるとなんと「ウィーン発」の記事が掲載されていた。オーストリア南部グラーツ市に住む住人が5日、トイレで便器に座ったところ性器周辺に痛みがきた。隣人が飼っていたニシキヘビが住人のトイレに出現し、便器に座った時、性器を噛んだのだ。

 オーストリアでは夜のニュース番組で被害にあった住人の生々しい証言を報じていたので当方も知っていたが、時事通信がこの出来事を報じたロイター電を訳して配信したことを知って驚いた。「ウィーン発」で書けるテーマと言えば国際原子力機関(IAEA)関連のイランや北朝鮮の核問題以外はほとんどない中、「ニシキヘビ騒動」の記事が読者アクセスリストで上位を走っていたのだ。

 昔、オーストリア連邦議会選挙の結果が日本のメディアでは報道されなかったことがある。オーストリアの内政には日本の読者は関心がないことは知っていた。配信される「ウィーン発信」のロイターや時事の記事は一部の音楽関連とIAEA関連の記事だけだ。冷戦時代、日本の大手メディアはウィーンに特派員を常駐させていたが、今はその数は少なくなってきた。時事通信も久しく特派員を帰国させ、ウィーンや西バルカン関連の記事はベルリンでフォローしている。

 そのような中で、久しぶりにオーストリア国内で生じた「ニシキヘビ騒動」が日本で報じられたわけだ。状況が状況であり、ニシキヘビが突然、便器から顔を出せば、驚くだろう。「人が犬を噛んだ」ような状況に読者も驚き、好奇心を呼び起こす出来事だ。それを訳して日本に配信した時事通信記者もいい記者センスの持ち主だ。読者が何に関心があるかを冷静に判断しているわけだ。クルツ首相の記者会見には関心を示さない日本のメディアも「ニシキヘビ騒動」は即配信したわけだ。

 思い出したが、昨年、ウィーン発でおならをした青年が罰金を科せられたという話が日本でも報じられた。「おなら青年」の記事は世界に配信された。その結果、おならをして罰金刑を科せられた青年は一躍、有名人となった。

 読者のために事件を再現する。昨年6月5日の夜中、M君は 友達とウイーン8区の 公園のベンチでビールを飲んでいたところ、夜回りの警官が 質問をしてきた。協力的でないだけでなく、挑発的な態度の彼に、身分証明書の提示を要求した。ところが、M君は突然立ち上がって 警官をにらむと、警官に向かってわざと 思いっきりガスを一発 放った。侮辱と態度の悪さに 警官も気分を悪くした。公共の規律に触れたのか、500ユーロの罰金が科せられたのだ。

 ウィーン発「おなら青年」事件が伝わると、アメリカのニューズウィーク、イギリスBBC、ガーディアンをはじめ カナダのCBC、アイルランドなど、世界中のメディアが一斉に報じた。青年はウイーン大学の学生だ。

 蛇足だが、「ウィーン発」ではないが、最近笑った出来事を報じた記事を紹介する。駐韓ベルギー大使の夫人(63)がまた騒動を起こしたのだ。今回はソウル市龍山区の清掃員と揉み合いになった。今回も大使夫人は清掃員に平手打ちをくらわした。清掃員の箒が大使夫人の体に触れたというのが騒動の発端だ。口論の末、清掃員が夫人を地面に倒した。警察が駆け付けて、夫人がベルギー大使夫人であることが分かって、事を荒立てないために双方を和解させて出来事は一応、解決した。

 大使夫人は中国人女性だ。夫人は先日も買物中、店員に万引きした疑いをかけられたことに激怒し、謝罪する店員の顔を平手打ちしている。同出来事は韓国メディアでも結構大きく報道された。ベルギー大使館は夫人の言動を謝罪して一応解決した。ちなみに、駐韓ベルギー大使は今夏、任期を終えてベルギーに帰国する予定という。参考までに、大使夫人は1958年生まれの中国出身で、大使とは中国で知り合った。主人が2018年に駐韓大使に任命されたので、夫とともにソウルに住んでいた。

 「ニシキヘビ騒動」、「おなら青年」、そして「大使夫人平手打ち劇」も、それを報じる記事へのアクセスは政府首脳たちの会見や記者会見よりもはるかに多い。読者はこの種の出来事、騒動を報じる記事を読みながら、一緒になって怒ったり、笑ったり、ハラハラしているわけだ。

 ところで、当方は毎日、日本の読者の関心が少ないテーマを意図的に選んでコラムを書いているわけではない。住んでいるところがウィーンだから、ウィーンを拠点にテーマを探さざるを得ない事情がある。これは当方の嘆き節ではない。現実だ。「ニシキヘビ騒動」や「おなら青年」事件はめったに起きるものではない

 ここしばらく暑い日々が続く。コロナ禍で困難な状況で生活している読者も少なくないだろう。それらの読者の心を解し、喜びと笑いを提供するコラムを書きたいものだ。ニシキヘビには負けないぞ。

なぜ法輪功学習者を迫害するのか

 当方が知る限り、法輪功は気功集団であって宗教団体ではない。心身の健康を維持、促進のための修錬法と受け取っている。それに対し、中国共産党政権は20年以上、激しい弾圧、迫害を繰返してきた。法輪功の情報を伝える「明慧ネット」によると、今年上半期だけでも少なくとも63人の学習者が殺されている。

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▲法輪功メンバーたちのデモ行進(2015年9月19日、ウィーン市内で撮影)

 中国共産党は無神論唯物主義を信奉する。だから神や仏を信じる国民は反国家的な存在であり、その団体、組織は反体制派と受け取られ,危険視されてきた。実際、習近平国家主席は「宗教の中国化推進5カ年構想」(2018年〜2022年)を推進中だ。誤解しないでほしい。「宗教の促進」5カ年計画ではなく、「宗教の中国化」推進5カ年計画だ。宗教者に信仰を捨てさせ、共産主義思想、中国共産党の教えに忠実であるべきだと檄を飛ばしてきた。

 現地から流れてくる情報によると、キリスト教会の建物はブルドーザーで崩壊され、新疆ウイグル自治区ではイスラム教徒に中国共産党の理論、文化の同化が強要され、共産党の方針に従わないキリスト信者やイスラム教徒は拘束される一方、「神」とか「イエス」といった宗教用語を学校教科書から追放するなど、弾圧は徹底している。14億人の人口大国中国を残された数少ない未開発の宣教地と考えてきたローマ・カトリック教会の総本山バチカンは、中国共産党政権に騙され、司教の任命権を奪われている有様だ(「バチカンは中国共産党に騙された!」2021年2月17日参考)

 共産主義は「宗教はアヘン」として糾弾し、迫害してきた。しかし、法輪功は、繰り返すが宗教ではない。それではなぜ中国共産党政権は法輪功学習者を敵視し、迫害し、拷問し、生きたままでその臓器を摘出し、最後は殺してしまうのか。なぜ中国共産党政権は法輪功をそれほど敵視するのか。その答えは、法輪功学習者の数が共産党党員の数を凌ぐほど国民各層に広がってきたからだといわれる。

 中国共産党の党員数は約9000万人と推定されている。実数はそれよりかなり少ない。一方、李洪志氏が中国伝統修練法の法輪功を世界に広げ、現在、世界100カ国以上にメンバーを有している。法輪功学習者は1990年頃から急増、学習者は一般の国民のほか、共産党高官にまで広がっていった。

 それに危機感を持ったのが江沢民国家主席(当時)だ。法輪功を壊滅する目的で「610公室」を創設して、法輪功集団の組織的な迫害を開始した。「610」という数字は同公室が1999年6月10日に設立された日付に由来する。旧ソ連時代のKGB(国家保安委員会)のような組織だ。法輪功メンバーの取締りを目的とした専門機関だ。

 610公室は超法規的権限を有し、法輪功の根絶を最終目標としている。610公室のメンバーは都市部だけではなく、地方にも派遣されている。そればかりではなく、海外の中国大使館にも派遣され、西側に亡命した法輪功メンバーの監視に当たってきた(「中国の610公室」2006年12月19日参考)。

 シドニー中国総領事館の元領事で2005年夏、オーストラリアに政治亡命した中国外交官の陳用林氏は当方とのインタビューの中で、「共産党はこれまでに8000万人の同胞を殺害した。党幹部ですら、もはや共産主義を信じてはいない。かつては、海外訪問した時、その名刺に『中国共産党中央委員会第一書記』など肩書が誇らしく印刷されていたが、現在はどこそこの『会社総支配人』とか『マネージャー』といった肩書が書かれている。彼らは体制の危機を感じているため、資産を海外に密かに移したり、いざという場合に備え、2つの旅券を所持している。共産党からは大量の党員が離党している」と証言している(「中国高官の『ゴールデンパスパート』」(2020年8月31日参考)、「中国党幹部の楊潔篪氏は『裸官』?」2021年4月16日参考)。換言すれば、共産党の党員数は減少傾向が見られる一方、法輪功学習者の数は急増してきている。共産党一党独裁の中国共産党政権は法輪功をライバル視し、恐れてきたわけだ。

 海外中国メディア「大紀元」(7月4日)は法輪功学習者の迫害状況を詳細に報じた「明慧ネット」の記事を紹介している。「大紀元」によると、当局で殺害された法輪功学習者の地域は14の省・自治区・直轄市まで広く分布しており、いまもなお全土で弾圧が継続している。犠牲者の中には軍人、教師、党幹部、エンジニア、会計士などのエリートが含まれている。

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▲中国共産党政権下で実施されている拷問のイメージ図(明慧ネット)

 「大紀元」には法輪功学習者への迫害、拷問状況を描いた「明慧ネット」のイラストが転載されている。同イラストには痛々しい拷問シーンが描かれている。中国共産党当局は同胞の国民を共産党にとって敵対勢力という理由だけで拷問し、「「保証書(法輪功をやめる保証書)」を書くことを拒んだ国民を殺してきたのだ。

 中国共産党政権は「人権は内政問題」として外部からの批判を一蹴するが、人権は普遍的権利だ。如何なる国民にも人権は保障されなければならない。人権を蹂躙する中国共産党政権の言動には悪魔の発露を感じてしまう。中国共産党政権には世界の指導国家としての資格はない。

ローマ教皇の終身制は廃止すべきだ

 アルゼンチン出身のフランシスコ教皇は4日午後、ローマのアゴスチノ・ゲメリ・クリニックで Sergio Alfieri医師の執刀による結腸の憩室狭窄の手術を受けた。数時間に及ぶ手術後のローマ教皇の症状は「順調だ」(クリニック関係者)という。84歳の教皇は21歳の時、肺関連手術を受けたことがあるが、手術はそれ以来だ。医師団によれば、「手術は予定されていたものだ。少なくとも5日間は入院が必要だ」という。ちなみに、教皇は座骨神経痛にも悩まされ、階段の上り下りには痛みを感じてきた。教皇の順調な回復を祈りたい。

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▲フランシスコ教皇の訪問発表を喜び、国旗を振るスロバキアの信者たち(サンピエトロ広場、バチカンニュースから、2021年7月4日)

 フランシスコ教皇は同クリニックの最上階に入院しているが、同個室は故ヨハネ・パウロ2世(在位1978年10月〜2005年4月)が入院していた時の個室だ。同2世はパーキンソン病を患い、晩年は教皇としての職務を行使するのも大変だったことを思い出す。

 フランシスコ教皇の手術というニュースに接し、またヨハネ・パウロ2世の晩年の闘病生活を思い出す時、ローマ教皇の終身制はやはり廃止すべき時を迎えていると感じる。終身制はある意味で非常に非人道的な制度だ。会社勤務をしていた社員は停年を迎えると退職するが、終身制の場合「死ぬまでその地位にいて、職務を実施する」ことが願われているからだ。

 その終身制の再考に一石を投じたのは前教皇ベネディクト16世(在位2005年4月〜13年2月)だ。同16世は2013年2月に、719年ぶりに生前退位を表明して、教会内外に大きな波紋を呼んだことはまだ記憶に新しい。同16世は当時、生前退位について、「教皇の聖業を施行できる体力が、もはやなくなった」と理由を挙げ、体力の衰退が生前退位の原因であることを主張している。同16世の場合、健康問題が生前退位の最大の理由ではなかったが、健康問題も大きかったことは事実だろう。

 バチカンのマテオ・ブルーニ報道官によると、フランシスコ教皇も就任当時、「自分も死ぬまで教皇の座に留まる考えはない」と述べ、健康が悪化し、ペテロの代身としての任務を果たせないと分かった時は生前退位する考えであることを吐露している。

 蛇足だが、教皇とは違って、独裁者は常にそのポストにしがみつこうとするものだ。ロシアのプーチン大統領や中国の習近平国家主席は憲法を改正してでも任期の延長に拘っている。北朝鮮の金正恩総書記は祖父、父からの世襲国家を継承しているが、初代も2代目も病で倒れるまではポストを離さなかったものだ。金正恩氏の場合も変わらないだろう。

 ペテロの後継者ローマ教皇は独裁者の立場とは異なる。教皇の場合、80歳未満の枢機卿がコンクラーベ(教皇選出会)で投票して決める。だから、枢機卿の思惑や地域別も影響する。現在は80歳未満の枢機卿は122人だが、欧州出身枢機卿が最大勢力だ、といった“地の事情”もある。教会では「アフリカ出身のローマ教皇が誕生してもおかしくない」といった初代黒人教皇の誕生を期待する声も聞かれる。いずれにしても、コンクラーベでは最終的には「神のみ心」が働いて、後継者が選出されるという。その意味で、サプライズは常にあり得るわけだ。

 当方は教皇の終身制を廃止すべきだと考える。高位聖職者の平均年齢が75歳から80歳ともいわれる超高齢社会のカトリック教会総本山バチカンが世界に13億人以上の信者を抱え、適時に牧会するということはぼぼ不可能だ。時代の流れに迅速に対応できる体力と精神力も不足する。すなわち、バチカン主導の中央集権体制は限界にきているのだ。今後は世界各国の司教会議を中心とした組織体制が必要となる。ある意味で世界正教会のような体制だ。各国教会にはそれぞれ独自の伝統や文化があるから、バチカンの上からの指令に即呼応する事が益々難しくなってきているのだ。

 新聞社の例を挙げる。たとえ名編集局長だとしても10年以上、同じポストに座っていると紙面に次第に新鮮味がなくなっていくものだ。ローマ教皇でも同じだ。27年間と長期政権を誇ったヨハネ・パウロ2世の晩年を思い出せばいいだろう。長期政権に疲れたバチカンや高位聖職者の口からは、「次期教皇はショートリリーフでいこう」という暗黙の一致があったといわれている。その結果選出された教皇が当時バチカンナンバー2で教理省長官だったベネディクト16世だったわけだ。

 フランシスコ教皇は手術を受ける直前、「今年9月、ハンガリーとスロバキア両国を訪問する予だ」と発表している。座骨神経痛に悩む教皇にとって、外遊は体力的に大変だ。ローマ・カトリック教会は聖職者の未成年者への性的虐待問題などを抱えている。聖職者の独身制の廃止も実施しなければならない。それらの課題に果敢に取り組むためにはバチカン指導体制の若返りがどうしても不可欠だ。教皇の終身制廃止は避けては通れない。

IPI「香港の報道の自由は危機に」

 ウィーンに事務局を置く国際新聞編集者協会(IPI)は3日、香港で「国家安全維持法」(国安法)が施行されて以来、過去1年間で香港の「報道の自由」は著しく制限されてきたと指摘、「報道の自由」のシンボルでもあったタブロイド版「リンゴ日報」が6月24日に廃刊に追い込まれるなど、「国家安全維持法施行当時懸念してきた以上に、香港の報道の自由は悪化してきた」と警告を発し、「One year on ,Hong Kong security law takes aim at journalism」という見出しの記事を配信している。

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▲香港の報道の自由を訴えるデンマーク「Politiken」 (politiken.dkから)

 IPIは報道の自由の促進及び保護、報道の実践の改善を目的として設立された世界的組織。1958年設立。120カ国以上が参与している。

 中国の全国人民代表会議(全代人=国会に相当)常務委員会は昨年6月30日、香港での反体制派活動を犯罪として取り締まることができる「国家安全維持法」を全会一致で可決した。その結果、香港の民主化運動を推進してきた多くの活動家は「犯罪者」として拘束され、中国共産党政権を厳しく批判してきた「リンゴ日報」の編集員などは逮捕され、コンピューターなどの機材は押収され、経営者は資産を没収されるなどをして、発行できない状況に追い込まれていった。

 IPIは「the law has become a direct threat to journalism, leading to raids on newsrooms, arrests of editors, and the closure of prominent pro-democracy tabloid Apple Daily」と記述している。ちなみに、「リンゴ日報」最終日号の見出しは「雨の中の辛い別れ」だったという。

 「国安法」では、反国家的言動、香港の独立、分離的言動、テロ暴力、香港問題に介入する外国勢力との結託などは犯罪行為となる。「リンゴ日報」が北京の中央政府を批判し、国際社会に香港への支援をアピールする言動は制裁対象となるわけだ。国安法違反者は5年から10年の禁固刑を受けるという。一部の情報では、終身刑もあり得るというのだ。文字通り、反体制派の言動を完全に封鎖する狙いがあるわけだ。

 国安法が施行されたことで、多くの香港市民はこれまで享受してきた自由が奪われると不安に駆られている。言論分野ではその懸念は現実化している。香港は1997年、英国から中国に返還されたが、その際、「香港特別行政区基本法」が基本法となり、「一国二制度」という独自の政治体制下で運営されてきた。香港市民はその基本法のもと、中国本土の国民が味わうことができない広範囲の自由を得てきた。それが昨年可決された国安法で終焉を告げたというわけだ。

 国安法の第29条では「中国共産党政権を批判する言動は犯罪となる」ことから、反体制派言論活動は完全に封鎖される。また、香港に住む外国人が同法によって拘束されるばかりか、香港に居住しない外国人も同法第38条を適応することによって起訴される危険性が出てくることから、外国特派員がある日、香港当局によって拘束されるという事態も考えられるわけだ。

 問題は同法が曖昧な表現で記述されていることから、「北京側の意向次第ではどのようにでも解釈できる」ことだ。IPIは、「当局が北京の政策に従わない人間を罰する際、同法は自由な手段を提供している」と指摘。その結果、「恐怖と自己検閲が広がっていく」と述べている。

(The law criminalizes acts of secession, subversion, terrorism, and collusion with foreign or external forces – but what constitutes such acts is vaguely defined, effectively granting authorities a free hand to punish those who don’t toe Beijing’s line)。

 香港では今後、台湾問題、ウイグル人の人権弾圧などの少数民族問題といったテーマを取り扱うジャーナリストは「危険なビジネス」というわけだ。中国共産党政権はジャーナリストが超えてはならないテーマを報じれば、即強権を発動するからだ。IPIはリンゴ日報の創業者・黎智英(Jimmy Lai)氏のケースを挙げている。同氏は昨年8月10日、国安法違反で逮捕された。日刊紙や著名なジャーナリストへの圧力だけではない。オンラインニュース報道に対しても締め付けが行われてきた。「香港のジャーナリズムの未来は不確かな時代に突入した」(IPI)というわけだ。

 IPIによれば、北欧の4つの新聞社、スウエーデン「ターゲンス・ニュへテル」、ノルウェー「アフテンポステン」、デンマーク「Politiken]、そしてフィンランド「ヘルシンギン・サノマット」が共同で中国の報道の自由弾圧に抗議する声明文を掲載している。

 The world can no longer passively observe how China is suppressing press freedom in Hong Kong” the editors write in their statement. “We are following with increasing anxiety how our profession – free, independent and critical journalism – is being criminalized.

ヤハウェと「カインとアベル」の話

 ドイツの福音主義神学者で宗教教育学者のジーグフリード・ツィマー教授の講演を聞いた。教授の「カインとアベル」についての解説は新鮮だった。旧約聖書の創世記は歴史的な史実に基づくものではなく、歴史前(先史的)な内容が記述されている。教授は、「そこには人間が誰もが抱く疑問について言及されている」という。「カインとアベル」の話もそうだ。

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▲アベルを殺すカイン(ピーテル・パウル・ルーベンス画、ウィキぺディアから)

 「カインとアベル」の話と言えば、カインは弟アベルを殺害した悪い人間で、アベルはいい人間、といった白黒をつけて語るケースが多い。教会系の幼稚園や小学校ではカインとアベルの話はいつも出てくる。ところで、創世記を読む限り、アベルについてほぼ何も語られていない。その一方、カインについては多くの言動が記されている。まるで、アベルはどうでもよく、スポットライトはカインの言動に注がれているかのようにだ。主人公は殺人者カインであって、犠牲者アベルではないのだ。

 聖書によると、人類の始祖アダムとエバは「神の似姿」で創造されたが、カインは人類最初の女性から生まれてきた人間だった。神がカインに特別の思いをもって見るのも当然かもしれない。その人類最初の人間カインは大きな試練を受けるのだ。

 聖書にはアダムは約600回登場するが、エバは2回だけだ。アダムは人間を意味し、エバは「生き生きした」という意味が含まれている。21世紀のジェンダーフリー運動家が聞けば、「聖書は女性を軽視している」といった文句の一つでも飛び出すかもしれない。ただし、エバはカインを産んだ時、「わたしはヤハウェによって、ひとりの人を得た」と言っている。エバは決して「私たち」とも「アダムによって」とも言っていない。エバは人類史上、「ヤハウェの助けを受けて人を産みだした」という事実を誇示しているわけだ。

 同時に、エバは神をヤ「ハウェ」と呼んだ最初の人間だ。モーセが神に名を聞くと、神自身は「私はヤハウェだ」と答えているが、エバはその数千年前に神の名を知っていたことになる。創世記の記述者はエバの名誉回復をしている。創世記には、アベル出生時には、「彼女はまた、その弟アベル産んだ」と書かれている他は何も言及されていない。

 さて、カインとアベルは神に供え物を捧げる時を迎えた。兄弟はそれぞれ自分が育てた供え物を神の前に捧げた。すると、神はアベルの供え物を受け取る一方、カインのそれは受け取らなかった。ツィマー教授は、「明らかに不公平だ。同時に、我々が生きている世界でも同じような不公平が至る所で見られる。ある者は生まれた時から健康に恵まれ丈夫に育つ。一方、生まれた時から遺伝病を患い苦しむ人もいる。物資的に恵まれた人、貧しい人がいる。まじめにやっても幸運が来ない人もいる。この不公平な状況はカインの時から既に始まったわけだ」と指摘する。

 理由なく自分の供え物を顧みられなかったカインは、激しく憤って顔を伏せた。神は、カインの様子と心の動きを見ている。憤りを押さえて正しいことをするようにと諭す。「正しいことをしていないなら罪があなたを待ち伏せして誘惑するから、それを治めなければいけない」と教えるが、カインはアべルを殺害する、人類最初の殺人事件だ。神はカインにアベルはどこにいるか聞くが、カインは嘘を言う。殺人と嘘は常に一体だ。神はカインに対してカインの行く末を語ると、カインは、「わたしの罰は重くて負い切れない、神を離れて地上の放浪者となる私を見付ければ誰かが私を殺すでしょう」と嘆くと、神はカインを殺す者はその7倍の復讐を受けると述べ、カインの安全を守ることを約束している。

 旧約聖書の神は厳格で非情だといった印象を与えるが、アベルを殺害した直後のカインへの神の言動はイエスの言動にも負けないほどの心情に溢れているのを感じる。

 「カインとアベル」の話はある時代、ある場所で起きた具体的な事件ではなく、人類が生きて行く中で対峙する疑問を提示している。それは人間は常に不公平な立場に遭遇するという点だ。

 なぜ神はカインの供え物を受け取らなかったのだろうか。ツィマー教授は、「神への供え物に対する詳細な決まりはノアの時代から始まっている。カインとアベル時代ではない。だから、カインが供え物の規則を破ったから、とは考えられない」と指摘し、「謎だ」という。

 多くの神学者や宗教者が「その謎の解明」に取り組んできた。ある神学者はアダムとエバには2人の子供がいた。長男のカインは大天使ルシファーとエバの不倫の関係から生まれた立場を表示し、次男のアベルはアダムとエバの間に生まれた立場を表示していた。前者が後者に屈服することで、ルシファーとエバの不倫関係を償うという神の計画があったという。

 いずれにしても、カインが直面した問題、「なぜ自分は神に認知されないのか、神の愛を受けられないのか」といった憤りは、カイン後も人類に継承され、人間を苦しめる大きな疑問となっていった。

 ツィマー教授は、「カインのその時の感情は激怒といったものではない。燃え上がっていたのだ」と言う。その火はこれまで消火されることなく、時には延焼し、大火災となって猛威を振るっているわけだ。

スロベニア産ワインと独立30年の話

 スロべニア産ワインはいかかですか。ミラン・クーチャン共和国幹部会議長(大統領)から言われた時は驚いた。大統領や首相らとの会見時にインタビュー相手からプレゼントをもらったことなどなかったから、クーチャン大統領が笑顔を見せながらスロベニア産ワインの1本を当方に手渡した時はやはりビックリした。

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▲インタビューに応じるミラン・クーチャン大統領(1991年1月、リュブリャナで)

 なぜ、突然スロベニアの話をするのかといえば、同国がユーゴスラビア連邦共和国から独立して今年6月で30年を迎えたこと、7月1日から欧州連合(EU)下半期の議長国に就任したからだ。そしてスロベニアと言えば、当方は1991年1月、同国の首都リュブリャナの大統領府で会見したクーチャン氏との出会い、具体的にはスロベニア産のワインを頂いた話をどうしても思い出してしまうからだ。

 旧ユーゴ連邦共和国は6共和国、2自治州から構成されていた。その中でスロベニア共和国は最北部に位置し、最も経済発展していた共和国だった。人口は全体の10%にも満たなかったが、国内総生産は全体の20%、外国貿易では30%を占める文字通り旧ユーゴ連邦の国民経済を支える共和国だった。自主管理社会主義システムを積極的に推進し、経済は潤っていた。他共和国からは“優等生”として羨まれていたほどだ。同時に、東欧諸国の民主化もあって、国内には民主化、連邦から離脱して独立する機運が漂っていた時だった。だから、ユーゴ連邦からスロベニアとクロアチア両共和国が独立を宣言したのは偶然ではなかった。

 クーチャン氏は旧ユーゴ連邦時代の最後の共和国最高指導者、幹部会議長(共和国大統領)であり、1990年最初の民主的選挙で大統領に当選。共産党離党、一党独裁制を放棄し、複数政党制を導入した。1991年6月の独立後、初代大統領に選出され、2002年12月まで大統領職を務めた。当方がクーチャン氏と会見したのは共和国が独立宣言する直前の波乱の時だった。

 クーチャン氏は会見の中で、「われわれの主要目的は、国際的に国家として認知されたスロベニア国家を建設することだ。国家は単に自国の利益だけに関心あるものではなく、他国の利害をも尊重しなければならない。相互平等の権利と責任を有し、自国の主権のために他国や国際情勢を不安定に陥れるような事は容認されない」と述べている。

 そして欧州やバルカンで台頭してきた民族主義については、「民族主義は、欧州統合プロセスと真っ向から対立する問題であり、統合プロセスを破壊しかねない危険性すら内包している。民族主義問題を解決できる唯一の道は、政治、経済、軍事的に他国を支配する民族主義的国家形態から決別し、欧州統合のように、多民族国家連合を拡大する以外に方法がない事を認識することだ」と強調していた。

 そのスロベニアは独立後、2004年3月に北大西洋条約機構(NATO)に加盟、同年5月にEUメンバーとなった。2007年1月にはユーロに参加。そして今年独立30年を迎え、7月1日からEU理事会(閣僚理事会)の議長国に就任したわけだ(同国は2008年上半期に議長国を体験済み)。

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▲EU下半期の議長国スロベニアのヤンシャ首相(スロベニア首相府公式サイトから)

 スロベニアでは2020年3月、ヤンシャ首相が率いる民主党(SDS)、現代中央党(SMC)、新スロベニア(NSi)、年金者党(DeSUS)の4党が連立に合意し、第3次ヤンシャ政権が発足した。ヤネス・ヤンシャ首相にとって3度目の首相就任だ。ただし、年金者党は同年12月、連立政権から離脱。右派政治家のヤンシャ氏はトランプ前米大統領を尊敬し、ハンガリーのオルバン首相と同様、ブリュッセルとは様々な分野で激しい議論を交わしてきた政治家だ。ヤンシャ首相はEUが東西欧州に分裂する危険性があることについて、「われわれは分裂を十分味わってきた。スロベニアがEUに加盟したのは分裂ではなく、統合するためだ」(ロイター通信)と答えている。

 スロベニアが議長国を務める今年下半期の課題としては、復興レジリエンス・ファシリティ(RRF)を含めた復興基金の実施、RRFの予算執行の条件となる各加盟国の復興レジリエンス計画のEU理事会での早期承認、新型コロナウイルス対策としてワクチンを含む医療品の安全確保などもテーマとなる。ポスト・コロナ時代の課題としてグリーン、デジタル両分野での重要法案の成立などが議題に上がっている。対外的には、米国との関係改善、インド太平洋地域に関する戦略的協議のほか、西バルカン諸国のEU加盟を視野に入れた西バルカン諸国の復興支援などだ。

 蛇足だが、スロベニア産ワインの話に戻る。当方はアルコールを飲まないので、思い出のある貴重なワインだったが、ウイーンに戻った後、知り合いの外交官にプレゼントした。
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