ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2021年07月

五輪スポーツ選手と「心の健康」問題

 人間は心と体から成り立っている。体が健康であっても心が病んでいる場合、その人は幸せではない。オリンピック大会に参加するスポーツ選手の体力は通常の人より強靭だろう。しかし、心はどうだろうか。そんなことを考えさせる出来事が増えてきた。これは東京夏季五輪大会と直接関係があるというわけではないが、新型コロナウイルスが世界を席巻し、パンデミックとなった今日、一層、心と体の葛藤が浮かび上がるケースが見られる。

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▲東京夏季五輪開会式で聖火台に火を灯した大坂なおみ(2021年7月23日、オーストリア国営放送の中継から)

 米女子体操選手で今回の東京五輪では金メダル確実と見られ、期待されてきたシモーン・バイルス選手(24)が27日、女子団体戦を途中棄権し、29日には女子個人総合に出場しないと表明、関係者を驚かせた。前回のリオ夏季五輪大会(2016年)で4個の金メダルを獲得した米女子体操界のエースに何があったのだろうか。バイルスは「精神的な理由から」とだけ説明しているが、関係者は、「彼女は過度なストレスで精神的バランスを失っている」という。バイルスは、「人生は体操だけではない」と主張するなど、体操への熱意を急速に失っているのだ。

 プロ女子テニスで大坂なおみ(23)は東京五輪大会の開会式で聖火ランナーの最終走者として登場したが、彼女は全仏オープン大会で記者会見をキャンセルし、その後「しばらく静養する」と宣言、ウインブルドン大会を欠席し、今回の東京五輪大会のテニス競技まで実戦から離れていた。彼女は「2018年全米オープン後、うつに悩んできた」と関係者に語っている。

 バイルスも大坂も大きな大会で勝利し、そのネームバリューで世界の一流企業からスポンサー契約を得るトップアスリートだ。例えば、大坂は東京五輪大会参加選手の中で男子テニス界第1位のノバク・ジョコビッチ(34)に次いで高額所得者だ。名誉と富を得たスポーツ選手。それが突然、燃え尽き症候群(バーンアウト)のように、競技や試合する気力を失うことがあるわけだ。

 バイルスの場合、体操は常に危険が伴う。競技で失敗して怪我をする選手は少なくない。バイルスは10代の時は自分が怪我をするとは考えなかったが、24歳になって「もし怪我をして身体障碍者になったら大変だ」という思いが湧いてきた。一度、不安を感じ出すともう演技ができなくなるのだ。心理学的には不安恐怖症と呼ばれる現象だ。危険が伴うスポーツ競技の場合、突然、競技に不安を感じ出すという選手は少なくない。

 過去、多くのトップ選手が心の病になって第一線から退いた。幸い、それを乗り越えて輝かしい成績を残した者もいる。五輪史上、23個の金メダルを獲得したマイケル・フェルプス(36)は小さい時、学校でもジッと席にはおれず、動き回る多動性障害児だった。母親は水泳を通じてマイケルのエネルギーのはけ口としようと考え、水泳を学ばせたという話は有名だ。彼は伝記の中で「自分はうつで自殺をしようと考えたことがあった」という。

 また、オーストラリアの水泳選手、イアン・ソープ(38)は2000年、04年の両五輪大会で5個の金メダル、3個の銀メダル、1個の銅メダルを獲得した英雄的な選手だったが、早期引退している。その後、イアンの生活は乱れ、路上で倒れていて収容されたりした。イアンは麻薬に手をだしたりもしていた。彼は後日、自分が同性愛者であったと表明し、うつ病を悩んできたことを告白している。

 バイルスや大坂は最高潮の現役時代、自身が精神的な病にあることを告白したが、マイケルやイアンは現役のピーク時代ではなく、引退前後、自身の精神的問題を明らかにしている。ある心理学者は、「男性は自分の弱さを隠そうとするが、女性は病になった段階でそれを告白し、周囲に理解者を求める傾向がある」と指摘している。スポーツ選手でも男女差が出てくるのかもしれない。

 スポーツには政治ばかりか、経済も関与してくる。活躍するスポーツ選手には当然、スポンサーが集まる。スポンサーの支援を受けてトレーニング環境が改善され、成果を挙げられる選手がいる一方、巨額の金を受け取り、次第にそれが負担となってスポンサーに押しつぶされる選手も出てくる。五輪大会となると国民の注目度も高まる。メダルを期待されている選手であればあるほど、ストレスは高まってくる。その意味で、トップ選手であるほど、そのメンタル・ケアが重要となるわけだ。

 スケートボードの女子ストリートで日本の13歳の西矢椛が金メダルを獲得して日本の最年少記録を樹立して話題を呼んだ。五輪参加する選手年齢も毎回、若くなってきた。スポンサーの期待と国民の熱い応援を受けた選手たちが激しい戦いを展開するわけだ。精神的にまいってしまう選手が出てきても不思議ではない。五輪を含む様々な国際大会を開催する主催側はスポーツ選手のメンタルヘルスにこれまで以上に配慮する必要が出てきた。

「東京五輪」不参加の北に期待する事

 誰も敢えて言わないし、「あの国はもともと存在していない」とばかりに無視されている、といった感じすら受ける。第32回東京夏季五輪・パラリンピックには205カ国・地域と難民選手団が参加し、1万人を超える選手たちが33競技に熱気ある試合を展開させているが、あの国の選手たちは参加していない。北朝鮮だ。

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▲北朝鮮・朝鮮労働党創建75周年の祝賀会で演壇に立つ金正恩党総書記(朝鮮中央通信公式サイトから)

 23日の国立競技場での開会式を観戦した。行進する参加国の選手たちの姿、そのユニフォームはカラフルで目を楽しませてくれた。「世界にこんな多くの国があったのか」と改めてビックリ。初めて聞く国の代表団もあった。彼らはオリンピックというスポーツの祭典に参加するために集まってきた選手、関係者だ。

 北朝鮮が五輪大会に参加しないのは、核開発関連の国連制裁を受けたからではない。国連加盟国全てからは国家としてまだ承認されていないコソボも代表団を派遣しているし、国連が創設した難民選手団も参加している。それなのに日本の隣に位置する北朝鮮は代表団を派遣していないのだ。それも自らボイコットしたのだ。

 北朝鮮体育省は4月6日、公式サイトで東京五輪大会不参加を表明した。その理由は「北朝鮮オリンピック委員会は先月25日の総会で、悪性ウイルス感染症(新型コロナウイルス感染症)による世界的な保健の危機状況から選手を保護するため、委員の提議により第32回オリンピック競技大会に参加しないことを決定した」(韓国聨合ニュース)という。

 北の五輪不参加の理由をそのまま鵜呑みにする人は少ないだろう。国民の人権を蹂躙してきた北朝鮮当局がここにきて突然、「選手を新型コロナ感染から守るために五輪大会の不参加を決めた」というのは信じられない。国民を犠牲にしても国家の威信を高めるためなら何でも実行する国だ。北の為政者が突然、国民の人権、福祉を強調したとしても土台無理があるわけだ。

 当方はこのコラム欄で、「五輪大会不参加の理由ははっきりとしている。第32回東京五輪大会に参加してもメダルを取れるチャンスは限りなくゼロに近いからだ。五輪大会を含む国際スポーツ大会で、北朝鮮の選手がメダルを取り、国家の威信を世界に発信できないならば、選手団を派遣する意味がないのだ。スポーツと政治をリンクさせてきた北朝鮮にとっては当然の決定だ。『オリンピックは参加に意義がある』といった贅沢な世界は北には当てはまらない」と書いたうえで、「北の五輪不参加表明にはもっと深刻な事情が考えられる。北では五輪参加資格を有する『民族代表スポーツ選手』の場合、選手は特別扱いされ、国民が食糧不足で飢餓状況にあっても国家から食糧は優遇されてきた。その優遇が出来なくなってきたのだ。これが大きな理由だ」と指摘した(「北朝鮮の東京五輪不参加の『事情』」2021年4月7日参考)。

 興味深い点は、東京五輪開幕直後の7月25日、北朝鮮は対外宣伝メディアを通じて、「日本が東京五輪を帝国主義の復活の好機と考えている」と、日本批判を展開させていることだ。曰く、「日本は東京五輪を機に歴史歪曲と領土強奪策動に一層拍車をかけている。各国のスポーツ選手が集まり、世界中から注目される五輪を軍国主義復活に向けて利用している」(聯合ニュース)と非難しているのだ。東京五輪開催と日本の軍国主義の復活をリンクして日本を批判する国は世界を見渡しても北朝鮮しかいないだろう。全くのピンぼけ丸出しの論理だ。五輪参加できない国の恨みが込められていると感じるほどだ。

 どの国からも北の五輪不参加を残念がる声が聞かれないことに、北側はプライドを傷つけられているはずだ。当方は北が東京五輪大会に参加しないことを残念に思ってきた。五輪大会というスポーツの祭典に北の若者たちの姿が見られないことはやはり寂しい。同時に、世界から孤立化している北朝鮮が国際社会への再統合の姿勢を見せることが出来るチャンスでもあっただけに、金正恩総書記の今回の「五輪不参加」決定には失望している。

 北朝鮮には国民が3食を堪能できる食糧が基本的に欠如している。「新型コロナウイルスの感染者はいない」という北側の公式発表は信じられない。ひょっとしたら多くの国民が感染しているのではないか。肝心のコロナワクチンは手に入らない。中国共産党政権が同国のシノバック製ワクチンを提供しようとしても、北側は、「中国製のワクチンは信頼できない。米国製ワクチンがほしい」と主張しているのだ。しかし、米製薬大手ファイザー社などのmRNAワクチンには零下70度で保存できる冷凍保存設備(コールドチェン)が必要だが、北にはそれがない。そうだ、北には全てが「ない、ない」状況なのだ。そんな国がメダルを獲得するためにスポーツ選手を派遣できる余裕があるだろうか。

 冷たく言えば、3代世襲独裁国家の悲惨な状況は独裁者の自業自得と言えるから、誰を恨んだとしても意味がない。北の国民だけが恨みをぶつけることができる。しかし、北が現状の困窮から脱出するチャンスがまったくないか、といえばそうではない。人は変わることが出来るように、国も変わることが出来るのだ。

 130kgの巨漢だった金正恩氏が短期間で10kgあまりの減量に成功したというニュースが平壌から流れてきている。過去の重みから少しづつ解放されてきた金正恩氏に「人民第一主義」を実践していただきたい。「真夏の夢」物語に終わらせてはならない。独裁者も変わることができることを金正恩氏は世界に証明すべきだ。10kgの減量だけではまだまだ不十分だ。

「欧州の柔道王国」が東京五輪で復活

 オーストリアは過去、「欧州の柔道王国」と呼ばれた。多くの柔道家が世界や五輪の舞台で活躍してきた。そのオーストリアの柔道の歴史でまた1人の新しい英雄が誕生した。シャミル・ボルチャシビリ(Shamil Borchashvili)が27日、東京夏季五輪の柔道81キロ級で3位となり、銅メダルを獲得したのだ。オーストリアでは25日、女子自転車競技ロードレースでアンナ・キーゼンホファーが金メダルを取ったばかりだ。東京五輪で2人のメダリストが出たことになる。オーストリア五輪チームにとって文字通り嬉しい知らせとなった。

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▲聖地武道館の畳にキスするサブリナ・フィルツモザー選手(オーストリア国営通信から、2021年7月26日)

 81キロ級では日本の永瀬貴規(27)がライバルのサエイド・モレイ(モンゴル)を破って金メダルを獲得し、リオ五輪の雪辱は果たしたばかりだ。その81キロ級でボルチャシビリ(26)が3位決定戦でドイツのドミニク・レッセルを破って銅メダルを獲得したのだ。オーストリア柔道界にとってボルチャシビリの銅メダルは、2008年の北京夏季大会でルドヴィック・パイシャーが銀メダルを獲得して以来だ。久しぶりの快挙だ。

 ボルチャシビリはチェチェン出身で、2004年に両親がチェチェンから7人の子供を連れてオーストリアに難民として亡命、トライスキルヒェ難民収容所にいたが、その後、オーバーエステライヒ州のヴェルスに定住した。ボルチャシビリがオーストリア国籍を取得したのは4年前だ。

 同選手は試合後のインタビューで、「表現できないほど嬉しい。最高の日を迎えることができた」とメダル獲得を喜び、「弟たちが自分を励ましてくれた」と語った時、涙声となった。難民の子として過ごした時代を思い出したのだろう。

 蛇足だが、準決勝で永瀬貴規がボルチャシビリと対戦していたら面白い試合になったのではないか、と考えている。ボルチャシビリのワイルドとも思えるパワフルな試合展開に永瀬貴規は苦戦したのではないか。

 ボルチャシビリがメダルを獲得する前日(26日)、女子柔道57キロ級にオーストリアのベテラン柔道家、サブリナ・フィルツモザー(Sabrina Filzmoser)が出場したが、初戦の相手に一本負けした。41歳のサブリナは東京五輪大会を最後の国際舞台と考えていたのだろう。敗北して道場から出ていく時、跪いて畳に接吻した。日本武道館は全ての柔道家にとって聖地だ。その聖地に感謝し、柔道家としての現役のキャリアを終えたかったのだろう。

 サブリナの柔道歴は長い。五輪大会ではメダルを取れなかったが、2005年カイロ、2010年東京で開催された世界柔道選手権で銅メダルを獲得している。オーストリア女子柔道界にとって欠かせない女子柔道家だった。東京五輪では41歳のサブリナは明らかに体力的には劣っていた。勝負の世界は厳しい。サブリナ自身が良く知っていたはずだ。

 サブリナは引退後、ネパールやブータンの開発プロジェクトを支援する歩みやヘリコプター操縦士の教育を受けるなど今後の人生のプランを練っている。「柔道家の人生は終わった。新しい人生を再出発していきたい」という。

 最後に、この柔道家を紹介せずしてオーストリアの柔道を語ることはできない。同時に、辛い。柔道家ペーター・ザイゼンバッハー(Peter Seisenbacher)という名前を思い出す人がいるかもしれない。1984年のロサンゼルス大会と88年のソウル大会の2回、夏季五輪大会で金メダルを獲得した柔道家だ。オーストリアの夏季五輪史上、2大会連続金メダルを獲得したスポーツ選手はザイゼンバッハー1人だ。文字通り、オーストリアのスポーツ界の英雄だ。同氏の活動に刺激を受け、多くの若い後継者が生まれ、オーストリアは「欧州の柔道王国」と呼ばれるようになった。

 ここで話を閉じることができたならばハッピーだが、彼は自身が経営する柔道センターに通っていた2人の少女に対して、性的犯罪を犯したとして2019年12月、禁固5年の判決が言い渡されて、現在服役中だ。

 ザイゼンバッハーは柔道家としての成績ばかりか、トレーナーとしての実績も素晴らしい。ザイゼンバッハーは五輪大会後、オーストリアのスポーツ支援協会代表に就任。その後、2010年からグルジア、そして12年からアゼルバイジャンの男子柔道ナショナル・トレーナーとなった。トレーナーとして、両国で多数のメダリストの柔道家を育て上げている。彼はトレーナーの才能もあった。それだけに、残念だった(「金メダリストの柔道家の『犯罪』」2017年1月19日参考)。

 このコラムを書いている時、朗報が飛び込んできた。柔道女子70キロ級でミヒェエラ・ポレレス(Michaela Polleres)が28日、銀メダルを取ったのだ。金メダルは新井千鶴が獲得した。それにしてもオーストリアは28日現在、金1、銀1、銅1で最近の夏季五輪大会ではベストの成績だ。銀と銅は柔道家が獲得したことになる。「欧州の柔道王国」オーストリアは柔道の発祥の地で開催された東京夏季五輪大会で蘇った。

蓮舫氏「日本国民の1人」を証明?

 日本の野党「立憲民主党」の蓮舫代表代行は東京五輪開催前までは五輪中止の急先鋒だったが、スケートボード男子ストリートの堀米雄斗選手が金メダルを獲得すると途端に祝福するツイートを発信していたとして、「アゴラ言論プラットフォーム」などでその言動の不一致を追及する声が出るなど、議論を呼んでいる。とても、日本的な議論だ。

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▲東京夏季五輪大会開会式で行進する日本代表団(オーストリア国営放送の中継から、2021年7月23日)

 当方は新型コロナウイルスの感染拡大を恐れ東京五輪開催に反対した国民の意見は間違いとは思わない。デルタ株が拡大してきた現在、世界から多くの選手団が集まる五輪大会開催はやはり危険が伴うからだ。開催準備側はその国民の懸念を考慮して「無観客」を打ち出す一方、コロナ規制を強化するなど感染防止策を打ち出し、23日の開会式を迎えた経緯がある。

 世界最大のスポーツ祭典とも言うべき夏季五輪・パラリンピックが始まった以上、次は、今大会の成功のため、開催問題で議論をぶつけ合ってきた国民は結束する時だろう。その意味で、五輪開催反対の急先鋒だった蓮舫議員が日本に金メダルをもたらした若きヒーローの堀米選手に祝いのツイートを発信した、ということは未来志向的な行動であり、少なくとも批判されるものではない。

 同議員の行動を好意的に解釈すれば、「東京五輪が始まった以上、国民の1人として、ホスト国日本の開催成功を支援する」という心意気から日本選手の金メダル獲得というニュースを喜ぼうとしたのではないか。もちろん、「野党側の五輪開催反対運動は倒閣を目論んだ政治活動だ。その政党、議員たちは、国民の歓喜する姿に押されるように、メディア受けする祝いのツイートを金メダリストに発信しただけだ」として、同議員の「政治的転身」と糾弾される方も出てくるかもしれない。

 蓮舫議員の「転身」ぶりについての報道を読んでいて、ボブスレーを題材とした米スポーツ映画「クール・ランニング」(1993年公開)を思い出した。ジャマイカ出身のボブスレー選手の活躍を面白く描いた名作だ。ビジネス界の仕事を蹴って、ボブスレー・チームに入って冬季五輪大会に参加した息子(ジュニア・パヴェル)に怒っていた父親が五輪大会で頑張る息子の姿を見て応援する場面がある。人は状況が変われば、意見、考えも変わるものだ。政治の世界ではライバル政党の議員たちがこれまでの言動と全く異なる対応をした場合、「転身した」「変節した」という言葉を使用し、相手を貶めることがあるが、通常の場合、人は状況に適応するために変わる存在だ。

 東京五輪「開催前」と「開催後」では状況は異なるから、考えも変わってくる。特に、反対派は新しい状況に対応していかなければならない。だから、,修譴任眸紳个垢襦↓◆峪呂泙辰唇幣紂国民の1人として……」と考え、応援するか、の2通りの対応が考えられる。そして蓮舫議員は後者を選ばれたのではないか。ただし、新型コロナウイルスの感染防止は開催の是非とは関係なく、コロナ禍が終焉するまで続行されなければならないテーマだ。

 スポーツの世界に政治、経済が絡んでくるのは当然かもしれない。純粋なアマチュア・スポーツが後退する一方、スポンサーで動かされるプロのスポーツ選手も少なくない。サッカー欧州選手権に参加したポルトガルのクリスティアーノ・ロナウド選手(36)が記者会見でテーブルにあったコカ・コーラのボトルをカメラに映らないように端によけた通称「コーラー瓶追放劇」は、体に良くない飲み物をコマーシャルすることに反対する彼の姿勢から来たものだ。このように巨額な資金でスポーツ世界をコントロールするスポンサーに抵抗する選手も出てきた。スケートボードで金メダルを獲得した22歳の堀米選手は「米国に豪邸を持っている」といったニュースが流れる、といった具合だ(「ロナルド、『水』で乾杯だ」2021年6月19日参考)。

 自転車競技女子ロードレースでプロ選手を圧倒して金メダルを獲得したアンナ・キ―ゼンホファー選手(オーストリア)はプロの選手ではない。目標を立て、その実現のために仕事後、トレーニングを重ねてきた成果が金メダルだった。オーストリア国営放送のスポーツ・レポーターが、「これで自転車業界からアンナにスポンサーの話が出てくるだろう」と言っていたのは印象的だった(「東京五輪の『金メダル』は国を救う」2021年7月27日参考)。

 活躍するスポーツ選手にスポンサーが集まるのは当然かもしれない。スポンサーの支援を受けてトレーニング環境が改善され、成果を挙げられる選手がいる一方、巨額の金を受け取り、次第にそれが負担となってスポンサーに押しつぶされる選手も出てくる。状況の変化に対し、どのように対応するかで、その後の展開も異なってくるのはスポーツ選手だけではなく、全ての分野でも同じろう。

 蓮舫議員が堀米選手に祝いのツイートを発信したニュースは東京五輪開催に反対してきた同議員の「政治的転身」と受け取るべきではない。むしろ、「2重国籍問題」でこれまで激しくメディアに叩かれてきた同議員が日本人選手の活躍を祝うことで、「日本国民の1人」であることを実証した、と今回は好意的に受け取るほうが賢明だろう。

東京五輪の「金メダル」は国を救う

 このコラムのタイトルはひょっとしたら五輪大会で多数のメダルを獲得するメダル常連国の米国や中国には当てはまらないかもしれない。アルプスの小国オーストリアならではの話かもしれない。オーストリアの東京五輪大会代表の1人が25日、メダルを取ったのだ。それも金メダルだ。同国に2004年のアテネ夏季五輪大会ぶりの金メダルをもたらしたのは自転車競技女子ロードレースのアンナ・キ―ゼンホファー(Anna Kiesenhofer)選手だ。

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▲2004年ぶりに金メダルをオーストリアにもたらしたアンナ

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▲オーストリア国営放送の中継から 2021年7月25日

 競技は東京武蔵野の森公園をスタートし、ゴールは富士スピードウエイで総距離137km。アンナはスポーツのオッズでも全くノーマークの選手だっただけに、彼女の金メダル獲得は大きな衝撃を投じた。

 アンナが如何にマークされてこなかった選手かを物語る出来事を紹介する。同レースの本命、アンネミーク・ファン・フリューテン選手(オランダ)がゴールした時、彼女は自分が1番だと勘違いして、手を高々と挙げて喜びを表したのだ。しかし、ゴールに待っていた関係者の表情は金メダリストを迎える高揚した雰囲気ではなかった。当然だ。数分前にトップランナーが既に到着。彼女は銀メダリストだったのだ。

 第2位となったアンネミークは自分の前に疾走していたオーストリアの、それも無名選手の存在にはまったく気が付かなかった。選手とコーチ陣の連絡も上手く機能しなかったこともあるが、彼女は、「アンナが我々のトップグループにいたことは知っていたが、その彼女が最後までゴールしたとは気が付かなかった」というのだ。トップグループを抜け出したアンナは「40km余り、ソロで走り切った」のだ。アンナの時間は3時間52分40秒で、2位と1分以上の差をつけた圧勝だ。

 アンナは2017年、ベルギーのプロの自転車チームに所属したが、そこを1年余りでやめている。理由を、「自分はチームで競争するタイプではない。自分で計画し、自分で決めることが好きだからだ」という。

 彼女はウィーン工科大学とケンブリッジ大学で数学を学び、その後、カタルーニャ工科大学で博士号を修得し、現在は路上レースに参加する一方、学校で数学を教えている。30歳だ。通常のプロ自転車競技選手ではない。トップクラスの選手たちにとって、アンナは全くの無名選手だったわけだ。それだけではない。オーストリア五輪代表団もアンナがまさか金メダルを獲得するとは考えてもいなかったのだ。

 アンナはゴールした時、自分が1番だったとは理解できなかったという。「最後の1km余りは厳しかった。ペダルを踏む脚には全く力がなかった」という。しかし、後方を振り返っても誰もいない。アンナは41km余り1人でトップを走っていたのだ。

 彼女の快挙が伝わると、オーストリアでは歓声とともに、「ようやく金メダルが取れた」という安堵感が流れた。オーストリアはウィンター・スポーツの国だ。冬季五輪大会は数回開催してきた。ヘルマン・マイヤーやマルセル・ヒルシャーといったアルペンスキー競技のスーパー・スターを輩出してきた。しかし、夏季五輪となると、惨めな成果しか挙げてこなかったのだ。特に、1964年の「東京大会」以来だ。それまでオーストリアはそれ相当のメダルを獲得してきたが、東京夏季大会で初めてノーメダルの惨めさを味わった。それ以降、「東京の悪夢」は夏季五輪では常に付きまとってきたのだ。 

 ロンドン五輪(2012年)を思い出してほしい。オーストリアのチームはメダルを獲得できずに苦戦し、最後は悲鳴に近い叫びを発し、最後は金メダル、銀メダルどころか銅メダルすら獲得できずに閉会式を迎えた。前回のリオ五輪(2016年)では銅メダル1個だ。オーストリアより小さな国が金メダル獲得で喜んでいる姿を見ながら、言い知れない屈辱感を感じてきた。1人で23個の金メダルを獲得したマイケル・フェルプス(米国水泳選手)と比較するつもりはないが、夏季五輪大会では1964年の東京大会以来、金メダルと縁が薄くなってしまったのだ。

 ハプスブルク王朝時代、欧州を席巻したオーストリアの国民は誇り高い。世界の耳目が集まる五輪大会でノー・メダル国であることが耐えられないのだ。国民の中には、「わが国はウィンター・スポーツ国だ。夏季五輪で成績が悪いのは仕方がない」と考え、自ら慰める姿がみられる。少し哲学的な国民ならば、「五輪はメダルだけが目的ではない。参加に意義があるのだ」といった昔の名言を思いだす。

 2回目の東京夏季五輪大会を前にオーストリア五輪関係者は外では威勢のいいことを言っていたが、内心では「1人でもメダリストが出てきたら……」だった。オーストリア五輪関係者には「1964年の東京大会の悪夢」が忘れられないのだ。

 話をアンナに戻す。彼女の出身地、ニーダーエスタライヒ州知事ばかりか、ファン・デア・ベレン大統領、クルツ首相ら政府関係者から祝いのツイートが届いた。オーストリア国営放送はオリンピック・スタジオに彼女を招き、インタビューするなど、深夜まで大騒ぎとなった。

 オリンピックが開幕されたものの、五輪ムードに乏しかったオーストリアが、彼女の金メダルのニュースが流れると全て変わった。メディア関係者は生き生きしてきたし、国民の間では「アンナが金メダルと取ったそうだね」といった会話に花が咲く、といった具合だ。

 オーストリア社会に活気が戻ってきた。新型コロナウイルスの感染拡大とコロナ規制のため、国民は過去2年あまり委縮してきたが、アンナの金メダル獲得ニュースでそのような閉塞感は吹っ飛んでしまった。「五輪は参加することに意義がある」といった近代オリンピックの父、ピエール・ド・クーベルタンには悪いが、五輪ではやはり金メダルの価値は大きい。

EUの基本的価値観とは何?

 ハンガリー国民はマジャール民族と呼ばれ、日本人と同様で蒙古斑を有する民族といわれる。そのため、というわけではないが、マジャール人には日本人に親しみを感じる人が多く、親日派が少なくない。冷戦時代、当方はハンガリー取材の際はブタペストのペスト地区のマルタさんという母子家族の宿をよく利用させてもらった。大学教授だった夫を当時の共産党政権下の迫害で失った夫人が娘のマルタさんと共に家計を助けるために民宿を経営していた。マルタさんの家はブタペスト一の繁華街バーツィー通りにあったから、記者にとっても便利だった。その民宿の窓から見えるブタ地区の朝の風景の美しさは今でも思い出す。ハンガリーは当方にとって最も心が行く東欧の国だ(「マルタさんの宿」2006年8月30日参考)。

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▲児童保護関連の法改正を弁護するオルバン首相(2021年7月23日、ハンガリー国営通信)

 そのハンガリーでオルバン中道右派政権が発足して以来、欧州連合(EU)との間で衝突を繰り返している。今回の直接の騒動はハンガリー国民議会が先月15日、未成年者に対して、同性愛を助長し、挑発する情報宣伝活動を禁止する法改正を賛成多数で可決したことだ。予想されたことだが、性的少数者(LGBTQ)やその支持者は、「性少数派の権利を蹂躙し、表現の自由を抹殺、ひいては未成年者の権利を制限する」として抗議デモを行っている。批判の声は国内だけではなく、欧州全土に広がってきた。

 ハンガリーの首都ブタペストで24日、約3万人の国民がレインボーの旗を掲げてオルバン政権の性的少数派関連の法改正に反対するデモ集会を行った。同集会は第26回ハンガリー・プライド・フェスティバルで行われたもの。参加者たちは、「オルバン政権は性的少数者を威嚇するのではなく、本当の児童の保護に力を入れるべきだ」と呼び掛けている。デモ集会では参加者と治安警察官との間で大きな衝突は報じられていない。なお、同デモ集会にはブタペストのカラーチョニ市長や野党も参加した。それに先立ち、約40の外国の文化関連機関や外国の大使館は性的少数者支援の共同声明を発表している。

 フォン・デア・ライエン欧州委員長は6月23日、ハンガリー議会の今回の法改正に対して、「人間をその性的指向に基づいて差別するもので、EUの基本的価値観に反する」と指摘し、「ハンガリーの法改正は欧州の恥だ」と批判。それに対し、ハンガリー政府は同日、「法改正の詳細な内容への独立した調査も実施せず、一方的に批判することこそ恥だ」と反論。ハンガリー与党関係者からは、「西欧のデカダンス文化(退廃)への挑戦だ」といった勇ましい声も聞かれるなど、ハンガリーとEU間の対立はここにきてエスカレートしてきた。

 EUはオルバン政権が同改正法を撤回しない限り、ブリュッセルからのハンガリーへの補助金、支援金の支払いを遅らせると警告している。同時に、欧州委員会は15日、ハンガリーとポーランドに対し、性的少数者への差別的措置が行われたとして、EUの基本的価値観に違反しているとして、法的措置の手続きを始めている。最終的には欧州司法裁判所への提訴と経済制裁につながる可能性がある。

 オルバン政権は性的少数派に対して厳しい姿勢であることは良く知られている。ポーランドやスロバキアなどでも同様だ。オルバン政権は今回、法改正を通じて未成年者への同性愛を挑発する書物の発行や映画の上演時間制限、宣伝活動の停止などを決めた。オルバン政権が批判を恐れず、性的少数派の問題に対して、はっきりと反対を表明した点は評価できる。ただし、今回のように検閲を強化し、情報宣伝活動を規制した法改正を施行しても、実際の効果は期待できない面もあるだろう。

 ブリュッセルからの政治的圧力、制裁に対応するためにオルバン首相は性的少数派関連の法改正の是非を問う国民投票(正式には「児童保護に関する国民投票)を実施すると発表した。同首相は24日、国営ラジオ放送で、「ブリュッセルがわが国に対し根拠なき批判を繰り返さなければ国民投票を実施する必要はなかった」と説明、国内の混乱はEU側がもたらしたものだと反論している。同国政府報道官によると、国民投票は今年末か、来年初めには実施する予定という。

 以下、蛇足かもしれないが、性的少数者の権利擁護と同性婚の認知について、当方の考えを少し説明する。EUは機会ある度に「欧州はキリスト教的価値観に基づいた社会」というが、キリスト教の教えは基本的には男性と女性の2性の異性間で築く家庭、社会の建設にある。しかし、欧州のキリスト教社会では今日、同性婚を認める国が増えている。欧州で2001年、オランダが世界で初めて同性婚を認めた。その後、ベルギー、スペイン、ノルウェー、スウェ―デン、ポルトガル、アイスランド、デンマーク、フランス、英国、ルクセンブルク、アイルランド、フィンランド、マルタ、ドイツ、オーストリアがこれまで同性婚を認めている。オランダ、デンマーク、英国、ドイツなどは養子権も認めている。

 ハンガリー政府がキリスト教の教えに基づき同性婚の社会的拡大を抑制するため関連法案の改正を施行することが、なぜ欧州の価値観に反するのだろうか。欧州社会がキリスト教の教えを基本的価値観としないというのならば理解できるが、そうではない。とすれば、ブリュッセルこそ婚姻、家庭問題について再考が求められることになる。

 同性婚に反対するハンガリーが未成年者に同性愛を助長する書籍、フィルムなどを制限する法改正を施行することは少なくとも首尾一貫している。矛盾しているのは、異性婚を求めるキリスト教の教えに反する同性婚を承認する欧州諸国だ。性的少数者への差別は撤回されなければならないが、同性婚はキリスト教社会の価値観に反するから承認しないし、それを助長する言動に対しては支持しない、というのが本来、「キリスト教の価値観」ではないか。その点、ハンガリーは間違いを犯してはいない。

現代の浦島太郎「五輪開会式」観戦記

 アルプスの小国オーストリアの首都ウィーンに住んで40年が過ぎた。その間2、3回しか日本に帰国していないので、当方は日本に戻れば「現代の浦島太郎」のような立場だ。見るもの聞くもの全て昔とは違う。唯一、人々が話す言葉が日本語だから、彼らの会話が理解できるが、正直言って全て分かるとは言えなくなってきた。人々の口から飛び出すさまざまな外来語混じりの日本語についていけなくなってきたのだ。その度、ヤフーやグーグルの検索でその意味を調べなければならない。

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▲東京夏季五輪大会の開会式に臨まれる天皇陛下

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▲ホスト国日本の国旗掲揚へ
(いずれもオーストリア国営放送の中継から、2021年7月23日)

 そんな当方は23日午後1時(ウィーン時間)から5時頃まで4時間余り、テレビの前に座り、第32回東京夏季五輪大会開幕式を家人と共に観戦した。長時間だったの少々疲れたが、やはり感動した。どの場面、どのシーンが、と問われれば、「この場面が特に良かった」とは答えられない。世界で新型コロナウイルスの感染が拡散し、パンデミックとなり、400万人以上の人々が犠牲となっている。多くの犠牲と困難な年に、東京で開かれた最大規模のイベントというべき五輪大会が開催された、という事実に感動した、といったほうが正確かもしれない(敢えていえば、約1800台のドローンが競技場上空で巨大な輪を描いた時には驚いた)。

 時事通信社記者は、「『東京五輪開催反対』と叫ぶ人々の声が開幕式の会場、国立競技場にも風に乗って聞こえた」と報じていた。デルタ変異株の感染が世界的に拡がっている最中の五輪大会の開催だ。感染拡大を恐れる人々がいても当然だ。オーストリア国営放送は、「日本の国民の半分が開催反対だった」と報じていたが、それは少々過大報道といった感じはした。

 五輪大会が無観客で開催することが決定された時、「無観客の五輪大会は意味がない」という反発の声があったという。オーストリアの日刊紙スタンダートの「読者の声の欄」では、「新型コロナ感染の拡大の危険を無視して欧州サッカー選手権では観客入りの試合を強行した。スポンサー問題、巨額の金銭問題があったからだ。一方、東京は新型コロナ感染防止という事を最大の課題として経済的な損失を甘受して無観客開催を強行した。日本側の決定は非常に賢明だ」と評価する意見が掲載されていた。当方は新型コロナ感染が続いている以上、無観客開催はやむを得なかったと考える。確かに、五輪イベントの雰囲気は減少するが、テレビ中継などを通じて五輪大会を観戦出来る。

 2013年、第32回夏季五輪大会が東京で開催されることに決定した。あれから8年の開催準備期間が経過した。厳密にいえば、開催地に立候補を表明した2011年から数えると今年で10年目だ。この立候補表明から23日の開催日まで歩んできた関係者にとってどれほど困難な道だったかを考える時、当方は思わず涙がこぼれそうになった。この10年の間、東日本大震災、福島第1原発事故があった。新型コロナ感染拡大のため五輪史上、初めて開催が1年延期された。それらは想定外の出来事だった。

 開会式典を観ている時、オーストリア放送記者が「台風が接近しています」と報じた。当方は「ああー」と大きなため息がこぼれてしまった。大震災、原発事故、新型コロナウイルスのパンデミック、そして台風の襲撃、これでもか、これでもかといわんばかりに多くの試練に直面している日本、東京五輪大会を考える時、過酷な条件下で五輪開催に踏み切った関係者に対し同情の念を禁じえない。

 開催日直前までさまざまな不祥事、出来事から関係者が辞任したり、責任者の入れ替えが行われた。そして23日、東京で半世紀以上ぶりに再び五輪大会の開催日を迎えたわけだ。

 「現代の浦島太郎」の当方は競技場で日本の国旗が掲揚されるシーンで目頭が熱くなった。この時まで舞台の裏で準備してきた人、重要な決定を下さなければならなかった政府、JOC、組織委員会等の関係者、そして新型コロナ感染を防止するためと考え五輪開催の中止を訴えてきた国民に対して、「ご苦労さん」という思いが湧いてきた。五輪開催のためにを汗を流した人々、感染防止のため開催に反対した人々、同じ日本国民として全力を投入してきたわけだ。そして開催された以上、次は日本国民の一員として大会の成功のために思いを一つとしてほしい。

 繰返すが、新型コロナ感染の拡大阻止は重要だ。東京五輪大会が後日、歴史的な大会となったと評価されるとすれば、開催反対を主張した国民もそのために一定の役割を果たしたことになる。開催反対者がいたらこそ、開催者側は一層努力と改善を図ってきたからだ。東京五輪大会で施行されるコロナ規制は最高水準だ。オーストリアの参加選手の1人が、「選手間の交流や観光も制限されているから残念だが、それだけ競技に集中できるメリットがある」と好意的に受け止めていたのが印象的だった。

 8月8日まで世界から集まったスポーツ選手たちが競技を行う。彼らはコロナ禍という困難な状況下でトレーニングをせざるを得なかったはずだ。どうか悔いのないように持てる力を発揮してほしい。

 東京五輪大会はひょっとしたら「五輪は参加することに意義がある」といった近代オリンピックの父、ピエール・ド・クーベルタンの五輪精神が蘇る大会となるのではないか。世界が同じ困難に直面し、開催できるかどうかすら確かではない状況下で、無観客で開催された五輪大会に参加した、という事実は、スポーツ選手にとって金メダルを取ったと同じ大きな喜び、思い出となるのではないか。一方、その五輪大会のホスト国となった日本の国民には、「歴史に参画した」という感動が時間の経過と共に深まっていくのではないか。そうであってほしい。

「ノルウェー連続テロ」から10年目

 辛いテーマだが報告する。世界を震撼させたノルウェー連続テロ事件が起きて今月22日で10年目を迎えた。同連続テロ事件とは 当時32歳の青年アンネシュ・ブレイビクがオスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害したテロ事件だ。1人のテロリストによって殺害された犠牲者の数としては最も多いテロ事件だった。あれから10年が経過したが、ノルウェー国民は今でも同テロ事件を忘れることができないでいる。

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▲ブレイビク受刑者の犯行舞台となったウトヤ島(ウィキぺディアから)

 ブレイビクは犯行直後、弁護士に対し、「行動は残虐だったが、必要だった」と述べ、その蛮行を冷静に説明し、後悔していないことを明らかにしている。彼は事件当初から、「信念がある1人の人間は自身の利益だけに動く10万人に匹敵する」と豪語し、自身を十字軍の戦士だと嘯いていた。

 ブレイビクが書き記した1516頁に及ぶ「欧州の独立宣言」がインターネット上に掲載されたが、そこで彼は犯行を2年前から計画(「殉教作戦」)し、爆弾原料となる農場用の化学肥料を密かに大量購入する一方、合法的に拳銃、ショットガンなどを購入し、戦争ビデオ・ゲームを愛し、ボディ・ビルで体を鍛えてきたことなどを明らかにしている。

 事件が計画的で冷静な計算のうえで行われていることから、事件当初から犯人の精神的側面、そのプロファイルに関心が注がれた。ブレイビクは極右民族主義者であり、反イスラム主義者だった。彼が尊敬する人物は、イマヌエル・カント(独哲学者)、ジョージ・オーウェン(英作家)、ウィンストン・チャーチル(英政治家)、フランツ・カフカ(チェコ作家)、ジョン・ロック(英哲学者)、プラトン(古代ギリシャ哲学者)たちだ。一方、嫌悪する人物はカール・マルクス(共産主義の提唱者)とイスラム教徒だった。特に、宣言表明の中でオスマン・トルコの欧州北上の再現に強い警戒心を示していた。

 ウトヤ島の乱射事件から逃れた少女は、「犯人は非常に落ち着いていた。そして撃った人間がまだ死んでいないと分ると、何度も撃って死を確認していた」という。乱射の時も容疑者はまるでその使命を果たすように冷静に蛮行を重ねていった。犯人は、「政府庁舎前の爆弾テロで時間を取り、計画が遅れてしまった。そうでなかったならば、もっと多くの人間を射殺できたはずだ」と語っている。

 当方はこのコラム欄で犯人のプロファイルについて、〕撞深圓涼療レベルは平均より高く、哲学・文学の世界に精通、多文化社会を嫌悪し、反イスラム主義を自身の使命と受け取る、(今回の蛮行のために2年間に及ぶ準備時間があったというから)その行動は一時的な感情に基づくものではなく、強い信念に基づく、ぁ覆海貭の蛮行を犯しながら、これまで一度も感情を吐露していないことから)情感世界の欠陥が見られる、と指摘した。

 ブレイビクの両親は離婚し、外交官だった父親はフランスに戻った。ブレイビクは少年時代、父親に会いたくてフランスに遊びに行ったが、父親と喧嘩して以来、両者は会っていない。彼はオスロの郊外で母親と共に住み、農場を経営する独り者だった。両親の離婚後、ブレイビクは哲学書を読み、社会の矛盾などに敏感に反応する青年として成長していった。

 ノルウェー連続テロ事件はその後、欧州で起きた極右過激派テロ事件に大きな影響を与えた。ニュージランド(NZ)中部のクライストチャーチで2019年3月15日、2つのイスラム寺院(モスク)で銃乱射事件が発生し、49人が死亡、子供を含む少なくとも20人が重傷を負った。主犯は白人主義者でイスラム系移民を憎む極右思想を信奉する28歳のブレントン・タラント容疑者(Brenton Tarrant)だ。彼はブレイビクを尊敬していた。また、独ミュンヘンのオリンピア・ショッピングセンター(OEZ)で2016年7月、銃乱射事件が発生したが、犯人は18歳の学生で、ブレイビクの大量殺人事件に強い関心を寄せていたことが明らかになっている、といった具合だ。

 同時に、ノルウェー国民にも心的外傷性ストレス障害(PTSD)のように深い傷跡を残している。ブレイビクの言動がメディアに報じられる度に、ノルウェー国民はやり切れなさを覚えるという。悲劇の幕を閉じることが出来ない苛立ちかもしれない。「どうして多くの若者が犠牲となってしまったのか、わが国の社会で、なぜブレイビクのような人間が出てきたのか」等の疑問に答えが見つからないからだ(「ノルウェー国民を苦しめる『なぜ?』」2017年7月25日参考)。

 独週刊誌シュピーゲル最新号(7月17日号)はオスロ大量殺人テロ事件の10年目の特集記事として、ウイヤ島でブレイビクの射撃から逃れるために海に飛び込んで死を逃れたカムジー・グナラトナム氏(Kamzy Gunaratnam)のインタビューを掲載している。彼女は現在、オスロ市の副市長だ。彼女(33歳)は当時、社会民主党青年部に属し、ウイヤ島での夏季キャンプに参加していた。会見の中で「あれから10年が経過したが、自分の中にウイヤ島の出来事は今も鮮明だ。知らない場所に入ると、直ぐに『誰かが武器を持っていたら、どこから逃げるのがもっともいいか』を考えてしまう」と述べている。数週間前、彼女の体験談の本が出版されたばかりだ。

 ブレイビクは現在、独房生活だ。独房は31平方メートル、3部屋があり、1台のテレビ、インターネットの接続がないコンピューター、そしてゲームコンソールがある。食事と洗濯は自分でやり、外部との接触が厳しく制限されている。郵便物は検閲される。

 ノルウェーでは終身刑も死刑も認められていない。最長刑期は21年だ。ただし、囚人が犯行を再び犯す危険があると判断されれば、さらに長い期間拘留できる。ブレイビクの場合、死を迎えるまで刑務所に拘留される可能性が高い。

ユダヤ人問題と「ヴィーゼンタール」

 東京夏季五輪大会のショー・デイレクターだった小林賢太郎氏が過去、ホロコースト問題を揶揄する発言をしていたとして、世界の反ユダヤ主義の言動を監視する「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」(SWC)から批判され、五輪大会開幕直前に辞任に追い込まれるという出来事があったが、アゴラ言論フォームによると、小林氏の1998年の発言を同センターに連絡したのは中山泰秀防衛副大臣だったというのだ。

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▲ナチ・ハンターと呼ばれたサイモン・ヴィーゼンタール(1995年3月、ウィーンのヴィーゼンタール事務所で撮影)

 なぜ日本の防衛副大臣がカルフォルニアに本部を置くSWCに小林氏の過去の発言をわざわざ連絡したのか、詳細な事情は知らないが、日本が国を挙げて取り組んできた五輪開催直前にそのような情報を同センターに通報した防衛副大臣の行動はやはり批判されても仕方がないだろう。

 アゴラの記事によると、同副大臣は親イスラエルの政治家だという。だから小林氏の23年前の発言を同センターに通達したのではないかというが、それではセンターに通報する前に小林氏の23年前の発言の真偽やその背景について自ら検証されたのだろうか。多分、副大臣に小林氏の過去の発言を報告した人物がユダヤ人問題に精通している方だったので、その情報をそのまま鵜呑みにされたのかもしれない。しかし、当方は少々合点がいかない。

 当方は、生前のヴィーゼンタール氏と過去2度、ウィーンの同氏の事務所内で会見したことがある。小柄ながら鋭い眼光で相手を見つめる姿には一種の威圧感があった。当方は当時、同氏にどうしても聞きたい質問があった。「戦後半世紀が過ぎるが、何故いまもナチス幹部を追跡するのか」ということだ。それに対し、同氏は笑顔を見せながら「生きているわれわれが死者に代わってナチスの罪を許すことなどはできない。それは死者を冒涜することになるからだ」と答えてくれた(「ウィーゼンタール氏の1周忌」2006年10月2日参考)。

 文藝春秋の月刊誌「マルコポーロ」がホロコーストの記事を掲載し、その中で「ガス室」の存在に疑問を呈したことが契機で、同誌が廃刊に追われた時、当方は同氏の見解を聞くために事務所を再び訪れた。ヴィーゼンタール氏は、「ユダヤ人は杉原氏(リトアニア元領事)が第2次世界大戦中に多くのユダヤ人を救済してくれたことを決して忘れない民族だ。同時に、誹謗、中傷、迫害された事実も決して忘れない民族だ」と説明、マルコポーロ誌事件が、「ユダヤ人社会に大きな痛みを与えたばかりか、日本・イスラエル両国関係にも将来マイナスの影響を与える恐れがある」と警告を発した。

 同氏との会見には多くを学ばされた。特に、ユダヤ人の死生観だ。全てを水に流してしまう日本人とは違い、ユダヤ人は「死者の権利」も尊重する。だから、ユダヤ人は過去の出来事を安易には忘れないのだ。

 ヴィーゼンタール氏は1908年、ウクライナのガラシア生まれ。父親は第1次世界大戦中に死亡。ガラシアは戦後ポーランド領土に併合された。大学卒業後、建築家になった。ナチス軍がポーランドに侵攻、家族と共に強制収容所送りに。45年6月、米軍によってマウトハウゼン強制収容所から解放された。その後の人生を、世界に逃亡したナチス幹部を追跡することに費やした。1100人以上の逃亡中のナチス幹部の所在を発見、拘束することに成功している。そのため、同氏はナチ・ハンターと呼ばれるようになった。

 このコラムを書き出したのは、ヴィーゼンタール氏の名前をつけたSWCを見つけたからではない。ヴィーゼンタール氏は逃亡するナチ関係者を追跡する時は多くの情報を入手し、厳格に一つ一つ検証し、「彼はナチ関係者」と結論するまで慎重だったことを思い出すからだ。

 オーストリアでクルト・ワルトハイム大統領(1918〜2007年、元国連事務総長)がナチ・ドイツ時代、ナチ独軍将校としてユダヤ人虐殺に関与した容疑が表面化した時だ。欧米諸国は一斉にワルトハイムを「戦争犯罪容疑者」とレッテルを貼って糾弾した。その時、ヴィーゼンタール氏は、「彼が戦争犯罪に関与した事実はない。ただし、彼はメディアに追及されて、自身のナチ時代について嘘を言っただけだ」と述べている。この発言はもちろん世界ユダヤ人協会ばかりか、欧米諸国からも批判的に受け取られたが、ヴィーゼンタール氏は自説を曲げなかった。世界のユダヤ人社会でもヴィーゼンタール氏は多くの批判者を抱えていた。

 小林氏が23年前、どのような背景から反ユダヤ主義的と受け取られる発言をされたかはよく知らないが、やはり軽率だったといわざるを得ない。一方、同氏の過去の発言を海外の反ユダヤ主義言動を監視する団体に通報した中山副大臣の行動は少々深刻だ。現職の副大臣が外国の団体にさまざまな波紋が投じる可能性のある情報を流すことは良くない。情報を弄ぶことは危険だ。

 ユダヤ人は反ユダヤ主義的言動に対して非常に敏感だ。時には、犠牲者メンタリテイーが強すぎるのではないか、と感じることもある。ただし、ユダヤ民族が歩んできた歴史は単なる一民族の歴史というより、他の民族に先駆けて苦難の路程を歩まざるを得なかったディアスポラの歴史でもある。その意味から、われわれはユダヤ民族に対して根拠なき偏見を捨て、一定の敬意を払うべきではないか。

「偏見」を如何に克服するか

 オーストリア内務省のカール・ネハンマー内相は21日、憎悪犯罪(Hate Crime)に関する初の報告書を発表した。報告書の対象期間は昨年11月から今年4月までの半年間。憎悪犯罪に関連した総件数は1936件。同内相は、「憎悪犯罪は刑法上の犯罪であり、社会の安定を脅かすもので、民主主義社会では絶対に容認されない」と強調した。

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▲「憎悪犯罪報告書」を公表するネハンマー内相(中央)=オーストリア内務省公式サイトから、2021年7月21日

 憎悪犯罪とは、「宗教的、世界観、性差などの理由から暴言や中傷、そして物理的な行為をする場合」と定義し、犯行動機を「偏見(Vorurteil)に基づく」と指摘、憎悪犯罪を「偏見犯罪」(Vorurteilkriminalitaet)と呼んでいる。

 パイロット・プロジェクトとして今回初めて作成された「憎悪犯罪レポート」の分析は関係者の詳細な解析、検証が必要だが、憎悪犯罪で起訴された22%はインターネット上での犯行。15%は個人が対象となっている。大部分は公的な場所での犯行だ。なお、報告書のプレゼンテーションには移民家族の出身者の若い警察官が参加し、「警察官だが、移民出身であることから職務中、さまざまな偏見に直面することがある」と証言、「偏見」は至る所に存在していると語った。

 報告書の中で「憎悪犯罪の動機は『偏見』に基づく」という指摘は興味深かった。なぜならば、人はいい悪いは別としてさまざまな「偏見」を有しているからだ。米国の黒人への人種差別しかり、欧州社会で良く見られる反ユダヤ主義もそうだ。

 ウィーンで数年前、アフリカ出身の国連職員が警察官に「麻薬を所持しているだろう」と糾弾され、警察官から体を叩かれたという事件があった。同国連職員は黒人ゆえに疑われたわけだ。また、初老の夫人が停留場でバスを待っていたキッパを被ったユダヤ人男性に対し、突然頭を叩き、「出ていけ」と叫んだとか、地下鉄でユダヤ教関連の本を読んでいた女子学生に対し、数人の若者たちが「そんなものを読むな」と罵倒したといった出来事も起きている。加害者(犯罪人)と被害者の間には全く関係がなかったにもかかわらず、黒人ゆえに、ユダヤ人ゆえに、といった「偏見」が動機となって殴打や暴言が飛び出し、憎悪犯罪となったわけだ。

 冷戦時代、「難民収容国家」と呼ばれたオーストリアでは、電話帳を開けば、載っている名前の半分ぐらいは、東欧のポーランド系、ハンガリー系、バルカン出身のクロアチア系、セルビア系の姓名といわれるほどだ。異なる民族、文化出身の人間は遠くにいるのではなく、すぐ傍にいるのだ。

 人は憎悪犯罪を犯す危険性を十分すぎるほど有している存在といえる。幸い、多くはその「偏見」を自制することで、具体的な憎悪犯罪を犯すことはないだけだ。我々は「偏見」の塊ではないだろうか。自分と外観上少しでも違えば、容易に「偏見」を持ってしまう。アルベルト・アインシュタインは「常識は人が18歳までに身に着けた偏見のコレクションだ」と主張しているほどだ。

 憎悪犯罪の主要動機の「偏見」についてもう少し考えてみたい。現代人は民族、国、文化、風習の違いなど、相違点に敏感となり、共通点への意識が欠如する。その結果、他者への理解が欠け、さまざまなフォビアが生まれてくる。キリスト教社会に生きる国民にとってイスラム教徒の風習や服装は時に恐怖感を与える。ユダヤ人の場合もそうだ。外観から違いがはっきりしている場合、フォビアは一層、容易に生まれやすい。経済的、社会的困窮な時代には、その相違は拡大され、「彼は私とは違う」という認識となって定着していく。「偏見」が生まれてくるわけだ。

 「私(個人)」に留まっている限り、相違点がどうしても生まれてくる。現代人は「私」を主語として考え、会話することが多い。なぜならば、個人の相違が求められる社会だからだ。その結果、当然だが、相違点が共通点より多く浮かび上ってくる。そして「偏見」が出てくるのだ。

 それでは共通点は何だろう。「わたしたちは同じ人間であり、幸せを求めている」という点ではないか。その共通点に立脚すれば、個々の相違点はその人の個性として尊重されるはずだ。教育の場でも相違に基づく批判精神の向上だけではなく、共通点に基づく連帯感の育成に力を注ぐべきだろう。

 憎悪犯罪を克服していくためには、「偏見」を乗り越えなければならない。その処方箋は人種、性差、宗教の相違の中に隠されている「共通点」を探すことだろう。例えば、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はその教義の点からみれば多くの相違点が浮かび上がってくるが、3宗派は「信仰の祖」アブラハムから派生したという共通のルーツに戻ることで、相互理解の道が開かれてくるのではないか。
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