ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2021年06月

米イラン核交渉の動向とイスラエル

 米イランの核交渉はいよいよ大詰めを迎えてきた。イランのガリバフ国会議長は27日、国際原子力機関(IAEA)への核関連施設の査察情報の提供を停止すると表明した。その結果、IAEAはイランの核関連施設の査察情報へのアクセスが途絶え、イランの核開発の全容掌握が益々難しくなる。それに先立ち、18日の大統領選で当選した保守強硬派のイブラヒム・ライシ司法府代表は当選直後の記者会見で、「バイデン米大統領と首脳会談する意向はない」と強調したばかりだ。一方、米国防総省は27日、米軍がシリア2カ所とイラク1カ所にある親イラン民兵組織「神の党旅団」の武器庫を空爆したと明らかにした。新イラン組織がイラクで米関連施設を襲撃した報復だという。

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▲イラン外務省報道官「IAEAとの間で核問題の協力で何も決定していない」と語る(2021年6月28日、IRNA通信)

 ウィーンに本部を置くIAEAでは核合意締結国がイランの核合意復帰に向けて協議を重ねている。ロシア代表は、「交渉は大詰めを迎え、合意に向かって進んでいる」と楽観的な見通しを述べる一方、米国代表は、「まだ乗り越えなければならない問題がある」と慎重な姿勢を崩していない。

 イラン核協議は国連常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国とイランとの間で13年間続けられた末、2015年7月に包括的共同行動計画(JCPOA)が締結された。しかし、トランプ米大統領(当時)が2018年5月8日、「イランの核合意は不十分」として離脱を表明。それを受け、イラン側は濃縮ウラン活動を再開し、核合意の違反を繰り返してきた。

 イランは19年5月以来、濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4・5%を超えるなど、核合意に違反。19年11月に入り、ナタンツ以外でもフォルドウの地下施設で濃縮ウラン活動を開始。同年12月23日、アラク重水炉の再稼働体制に入った。イランは昨年12月、ナタンツの地下核施設(FEP)でウラン濃縮用遠心分離機を従来の旧型「IR−1」に代わって、新型遠心分離機「IR−2m」に連結した3つのカスケードを設置する計画を明らかにした。そして、今年1月1日、同国中部のフォルドゥのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げると通達。2月6日、中部イスファハンの核施設で金属ウランの製造を開始している。4月に入り、同国中部ナタンツの濃縮関連施設でウラン濃縮度が60%を超えていたことがIAEA報告書で明らかになっている。

 ちなみに、イラン革命防衛隊(IRGC)は5月21日、迅速な移動や配備・定着能力を持つレーダーシステム「ゴッツ」(Quds)、敵側の戦闘機、巡航ミサイル、無人航空機に対し近距離で迎撃できる地対空ミサイルシステム「9th DEY」、そして無人機などを初公開した。「ガザ」と命名された大型無人機は監視用、戦闘用、偵察任務用と多様な目的に適し、連続飛行時間35時間、飛行距離2000km、13個の爆弾と500kg相当の偵察通信機材を運搬できるという。イラン問題と言えば、核問題を即考えるが、イランのミサイル開発、そして通常武器体制の急速な近代化、高性能化が中東地域の安定を脅かす懸念材料となっている(「イラン問題は核合意だけではない」2021年5月24日参考)。

 イランの核合意問題で大切な点は、米国もイランも交渉の目的は変わっていないことだ。米国はウィーンの核合意への復帰条件として、.謄悒薀鵑粒乏発計画を停止し、核合意締結前に戻す、▲ぅ薀鵑涼翕戝楼茵淵轡螢◆▲ぅ┘瓮鵝▲ぅ薀、レバノンなど)でのテロ組織への軍事支援を中止させる―の2点だ。一方、イラン大統領選で当選した強硬派のライシ師は米国との軍事衝突を願っていない。目的は米国の対イラン制裁、金融制裁、原油輸出禁止など制裁の全面的解除を勝ち取ることだ。それを実現させない限り、イランの国民経済は破綻することをライシ師は知らないはずがない。どうしても米国と妥協を模索せざるを得ないのだ。

 米政府の制裁再発動を受け、通貨リアルは米ドルに対し、その価値を大きく失う一方、国内では精神的指導者ハメネイ師への批判まで飛び出すなど、ホメイニ師主導のイラン革命以来、同国は最大の危機に陥っている。そこに中国発の新型コロナウイルスの感染が広がり、国民は医療品を手に入れることすら難しくなっている。国民の不満がいつ暴発してもおかしくない状況だ。大統領選で投票を棄権した多くの国民は政治に無関心になってきている。ライシ師が国民経済を早急に再生しない限り、イランの国力は衰退してしまう。

 米イラン交渉のポジションと目標はその意味でトランプ政権からバイデン氏に代わっても、ロウハ二大統領からライシ次期大統領になっても変わらない。両国は交渉を有利に進めるために様々な外交戦を舞台裏で展開させているはずだ。

 バイデン大統領はイスラエルのベネット新首相との会談を急いでいる。米国はネタニヤフ首相からベネット新首相に代わったイスラエルとの意見の調整が急務だからだ。米国が対イラン政策で不都合な妥協に走らないようにイスラエル側は警戒している時だ。

 ベネット政権にとってもイランの核開発計画問題は最大の外交問題だ。イランの核開発はサウジアラビア、エジプトにも波及するから、イランの段階で核開発を止めない限り、中東には核開発を目指す国が続々と出てくる危険性がある。中東で唯一の核保有国イスラエルの軍事的優位性を維持するためにもイランの核開発は停止させなければならない(「サウジとイランが接近する時」2021年4月29日参考)。

 イラン南部のブシェール原子力発電所で今月20日、「技術的な故障」が発生した。そして首都テヘラン郊外カラジにあるイラン原子力庁の核関連施設で23日、小型のドローン(無人機)による攻撃を受け、ウラン濃縮に必要な遠心分離機の製造施設に大きな被害が出たという。昨年11月27日にはイラン核計画の中心的人物、核物理学者モフセン・ファクリザデ氏が何者かに襲撃され、搬送された病院で死去する事件が起きている。いずれもその背後にはイスラエルのモサド(イスラエル諜報特務庁)の工作説が聞かれる(「『イラン核物理学者暗殺事件』の背景」2020年11月29日参考)。

 バイデン政権がイランの核開発計画をストップできないと分かれば、イスラエルは軍事力を行使して冒険に出る可能性も排除できない。そうなれば、イスラエルとイランの軍事衝突という最悪の事態が生じる。バイデン政権はイスラエル側の自制を得るためにも、イランとの交渉では中途半端な妥協はできないわけだ。

ボスニアの聖母マリア再臨40周年

 ボスニア・ヘルツェゴビナのメジュゴリエで聖母マリアが再臨し、様々な奇跡を行ってきた。今月24日で40年目を迎えた。ボスニアの首都サラエボから西約50kmのメジュゴリエでは1981年6月、6人の子供たちに聖母マリアが再臨し、3歳の不具の幼児が完全に癒されるなど、数多くの奇跡がその後も起きた。毎年多くの巡礼者が世界各地から同地を訪れている。

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▲メジュゴリエの聖母マリア再臨地を巡礼する信者たち(2021年6月26日、バチカンニュースから)

 現地からの情報によると、25日、信者たちや巡礼者がフマッチから聖母マリア再臨地メジュゴリエまで行進した後、夜には記念礼拝が行われた。40周年記念イベントには358人の神父たち、国内外から数千人の信者たちが集まった。ポーランドから50台、ウクライナから30台のバスが信者たちを巡礼地に運んできたという。巡礼者がブラジル、クロアチア、韓国、フランス、ルーマニア、スペイン、オーストリアの国旗を掲げながら行進する姿が報じられている。バチカンニュースは26日、メジュゴリエ聖母マリア再臨40周年の記事を大きく報じた。

 カトリック信者にとって聖母マリア再臨の巡礼地といえば、ポルトガルの「ファティマの預言」(1917年)やフランス南部の小村ルルド(1858年)が良く知られてきた。メジュゴリエの聖母マリア再臨地でも過去、数多くの奇跡が伝えられてきたが、バチカンは巡礼地として公式に認知することを久しく避けてきた。カトリック教会では「神の啓示」は使徒時代で終わり、それ以降の啓示や予言は「個人的啓示」とし、その個人的啓示を信じるかどうかはあくまでも信者個人の問題と受け取られてきたからだ。

 例えば、バチカンは奇跡や霊現象には慎重な姿勢を維持してきた。イタリア中部の港町で聖母マリア像から血の涙が流れたり、同国南部のサレルノ市でカプチン会の修道増、故ピオ神父を描いた像から同じように血の涙が流れるという現象が起きているが、バチカン側は一様に消極的な対応で終始している。スロバキアのリトマノハーでも聖母マリアが2人の少女に現れ、数多くの啓示を行っている。

 しかし、メジュゴリエの聖母マリア再臨地で巡礼者が後を絶たないこと、奇跡の調査を求める声が高まったこともあって、サラエボ大司教区のヴィンコ・プルジッチ枢機卿は2008年、「バチカンはメジュゴリエの聖母マリア再臨とそれに伴う奇跡の是非を初めて調査することになった」と述べ、巡礼者を喜ばした。

 前教皇ベネディクト16世は2008年7月、「メジュゴリエ聖母マリア再臨真偽調査委員会」を設置。枢機卿、司教、専門家13人で構成された同委員会が2010年に調査を開始した。メジュゴリエ公認問題が難しい背景には、バチカンの姿勢もそうだが、巡礼者へのケア問題で現地のフランシスコ会修道院と司教たちの間で当時、権限争いがあったからだといわれた。なお、バチカンは2019年5月、メジュゴリエへの巡礼を承認したが、聖母マリア再臨現象の真偽については依然、結論を下していない。

 バチカンからメジュゴリエ特使として派遣された ヘンリック・ホーザー大司教は「メジュゴリエ40年」を3つの期間に分けている。第1はユーゴスラビア連邦が共産主義政権時代だった時代だ。聖母マリアの再臨に出会った少女たちや神父たちは当局から「嘘を言っている」と非難され、公共の安全を脅かすとして聖職者は拘留された時代だ。第2はボスニア紛争が始まった1991年からだ。3年半以上にわたって3民族(セルビア系、クロアチア系、ムスリム系)間で戦後欧州最悪の民族戦争が展開された。そして1995年のデイトン和平合意後、イスラム系とクロアチア系両民族から構成された「ボスニア・ヘルツエゴビナ連邦」とセルビア系の「スルプスカ共和国」の2つの主体から構成された国家が成立して今日に至る。そして第3は国民の共存と平和を求める聖母マリアのメッセージが前面に重要視されてきた時代という。

 同大司教は、「メジュゴリエの聖母マリアは“平和の女王”と呼ばれてきた。メジュゴリエは時代と共に成熟し、成長してきた巡礼地だ」と指摘し、「メジュゴリエはファティマやルルドとは性格が異なった聖母マリア再臨巡礼地だ」という。

 メジュゴリエには毎年、200万人余りの巡礼者が世界各地から訪れてきた。新型コロナウイルスが欧州、バルカン地域で感染拡大して以来、外国から訪れる巡礼者は途絶えたが、その間も近隣に住む人々が定期的に再臨地を訪れている。

 どのような時代にも、信者たちだけではなく、多くの人々が自身の救い、家族・親族の病の癒しの為に巡礼地を訪れ、奇跡を願い祈りを捧げる。最近は、巡礼地には若い世代の姿が増えてきたという。日常生活では期待できない奇跡を体験したい、目撃したい、と考える若者たちが増えているという(「『聖人』と奇跡を願う人々」2013年10月2日参考)。

「1300年の歴史」からの教訓

 ユダヤ教とイスラム教は過去1300年間の歴史を振り返る時、常に宿敵同士だったわけではない。むしろ相互補完関係の時期が長かった。イスラム教の経典コーランにはユダヤ教の歴史に登場するモーセやイスラエル国民が最も尊敬しているダビデ王が呼び方こそ少し違うが登場している。イスラム教徒は創始者ムハンマドの教えを久しく口述で継承してきたが、「書籍の民族」と呼ばれてきたユダヤ人の学者たちの助けを借りて聖典コーラン(クルアーン)を完成してきた経緯がある。ユダヤ人学者の功績無くして、コーランは有り得なかったのだ。

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▲落ちた花びらの上にテントウ虫の訪問(2021年5月31日、ウィーン自宅のベランダで)

 参考までに、ペルシャのクロス王の支配下、ユダヤ人学者はモーセ五書(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)をまとめる時間を与えらた。そのためユダヤ教の教えを聖典にまとめることができた。ユダヤ教はペルシャのクロス王の計らいが無ければ、ユダヤ教の教え(ヘブライ語聖書、タルムードなど)を聖典化できなかった。歴史を少し振り返るだけで、ユダヤ教とイスラム教の関係、そしてイスラエルとイラン両国関係はまったく別の角度から見ることができるわけだ(「ユダヤ教を発展させたペルシャ王」2017年11月18日参考)。

 イラクのバクダッドとイベリア半島(現在のスペイン)ではユダヤ教徒とイスラム教徒は相互補完関係で助け合って共存してきた。その関係はオスマン帝国時代でも大きく変わらなかった。歴史学者は、「イラクのバクダッドとスペインで、最高のイスラム文化が栄えた」と述べている(「欧州社会は『アブラハム文化』だ!!」2021年6月20日参考)。

 問題は近世に入ってからだ。欧州でユダヤ人の迫害が強まってきた19世紀後半から20世紀前半になると、テオドール・ヘルツル(1860〜1904年)が著作『ユダヤ人国家』を出版し、ユダヤ人が迫害を逃れるためには独自の国家を建設する必要があると主張し、その声は欧州居住のユダヤ人の多くの支持を得た(中東や北アフリカに住むユダヤ人には余り反響はなかった)。

 そして1933年、ナチス、ヒトラーの台頭を受け、欧州に住む多くのユダヤ人はパレスチナに移住していった。そしてナチス・ドイツ軍のユダヤ人虐殺(ホロコースト)後、600万人のユダヤ人を失ったユダヤ人たちの間には、「同じ悲劇を繰返してはならない」として、イスラエル国家の建設を求める声が高まっていったわけだ。そして1948年5月14日、中東のパレスチナにおけるユダヤ人国家「イスラエル」の建国宣言が発せられた。

 その後、エジプトや他のアラブ諸国でイスラエル建国に反対する抗議の声が広がった。看過できない事実は、イスラエル国家建設は欧州居住のユダヤ人の願いであり、アラブ諸国に住むユダヤ人のそれではなかった点だ。建国後、アラブのユダヤ人は2等国民と見られた(イスラエルの人口880万人のうち、2割はアラブ人)。

 一方、シオニズム運動が台頭するほぼ同時期に、汎アラブ主義運動が生まれてきた。アラブ民族のアイデンティティを求める運動だった。それが民族主義と重なって大きなうねりをもたらしていった。

 歴史家は、「シオニズムと汎アラブ主義が同時期に誕生したのは不幸だった」と受け取っている。1929年にはユダヤ人とイスラム教徒の間で激しい戦いが生じる。その頃から、反ユダヤ主義が拡大。第一次大戦では、汎アラブ主義は欧州列強とオスマン帝国に対抗する意味合いがあった。英国の支援を受け、アラブ民族の結束を促す運動として広がっていった。

 イスラエル建国後、汎アラブ主義は反イスラエル運動となり、パレスチナ問題は汎アラブ主義の主要アジェンダとなっていった。エジプトのガマール・アブドゥル=ナーセル大統領(1918〜70年)は汎アラブ主義運動のシンボルのような立場だった。エジプト、シリア、イラクはイスラエルに攻撃を仕掛けたが、いずれもイスラエルが勝利、1967年6月5日から始まった「6日戦争」ではイスラエルはほぼ全てのアラブ諸国を敵に回した戦いに、短期間で勝利した。この時代になると、イスラエルの軍事的優位性はより鮮明になっていく。

 イスラエルの建国時、パレスチナ地域に住んでいた70万人から80万人のアラブ人が、住んでいた地域から強制的に追放されて行く。パレスチナ難民が生まれた。パレスチナ人は5月15日を「ナクバの日」(大破局)と呼んでいる。ちょうどユダヤ人の「ショア」(大量虐殺)と同じ歴史的意味合いを含めているわけだ。

 その後、アラブとイスラエルの和解と共存を勧める動きはあった。いずれも大きな代価を払っている。エジプトのアンワル・サダト大統領(1918〜81年)は1977年にアラブ首脳としては初めてイスラエルを訪問、1978年9月、カーター米大統領(当時)の調停で、キャンプ・デービット合意を実現。79年3月26日にエジプト・イスラエル平和条約を締結した。しかし、サダト大統領は1981年、ムスリム同胞団の急進派「ジハード団」のメンバーに暗殺された。一方、イスラエルのイツハク・ラビン首相(1922〜95年)はアラブ側との和平を進め、1993年にオスロ合意に調印し、94年にはヨルダンとの平和条約を調印したが、1995年11月、和平反対派のユダヤ人青年に銃撃されて死去した。

 すなわち、「1300年の歴史」の中で、ユダヤ教とイスラム教の関係が悪化していったのは過去100年の間だったわけだ。シオニズムと汎アラブ主義の台頭で関係は険悪化し、イスラエル建国後、和平の動きはあったが、イスラエルの軍事的優位性のもと、ユダヤ教とイスラム教との関係は今日まで紛争を繰返す歴史となった。

 ただし、看過できない事実は、歴史的長さから見たら、紛争期間は平和共存期間より圧倒的に短いことだ。共存時代でも紛争はあったが、厳密に言えば「部族間の戦い」であって、「宗派間の対立」ではなかった。イスラム教指導者のもとユダヤ教徒とイスラム教徒が結束して他の部族と戦ったケースが多かった。

 イベリア半島からイスラム帝国を追放したキリスト教勢力は欧州全域でその支配を拡大し、同時に、欧州に居住したユダヤ教への迫害が行われた。北アフリカや中東に住み着いていたユダヤ教徒はその間、イスラム教徒との共存関係を続けていった。シオニズム運動が広がっていった時もアラブ居住のユダヤ人には大きな影響を与えていない。ただしアラブ諸国で反ユダヤ主義が芽生えてくると、イスラエルに移住するアラブ系ユダヤ人が増えていったわけだ。

 神にとって、永遠は瞬間であり、瞬間は永遠という。それではユダヤ人とイスラエル教徒が織りなした「1300年の歴史」は神にとってどのような時間だったろうか。ユダヤ人とイスラム教徒の間の「紛争100年」の歴史は瞬間だったに違いない。そして「紛争100年」の歴史を閉じる解決の鍵は「1300年の歴史」が提示しているのではないだろうか。

ホモフォビアを刑法で罰すべきか

 世界に13億人以上の信者を抱えるローマ・カトリック教会の総本山、ローマ法王庁があるイタリアで目下、同性愛者など性的少数派(LGBTQI)の権利を侵害した場合、刑法で罰することを明記した法案が審議されている。同法は提案者の名前をとってLegge Zanと呼ばれるもので、ホモ、バイ、インターセクシュアルの人を差別した場合、刑法に基づき処罰される“アンチ・ホモフォビア法”だ。

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▲ドラギ首相とフランシスコ教皇

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▲ローマでホモフォビアに抗議するデモ
(バチカンニュースから、2021年6月25日)

 ハンガリー国民議会で今月15日、未成年者への同性愛などの性的少数派に関連した情報、宣伝などの活動を制限する法改正が可決されたばかりだが、イタリアでは逆に、ホモフォビアに対し法で罰するというものだ。イタリアでは昨年11月、下院で同法案が採択された後、上院で審議中だ。ただし、政府内ばかりか、ローマ・カトリック教会からも反対の声が上がるなど、法案の行方はまだ定かではない。

 ところで、バチカンのナンバー2、ピエトロ・パロリン国務長官が口頭でイタリア議会で審議中のアンチ・ホモフォビア法に対して保留する考えを表明したことから、イタリアのドラギ政府や教会内外で大きな波紋を呼んでいる。

 パロリン国務長官は、「バチカンの口頭の意思表明は公表を目的としたものではない。バチカンはアンチ・フォビア法を妨害する考えはない。議会の政治家に慎重に審議してほしいというバチカン側の願いを伝えただけだ」とバチカンニュースとの会見で述べ、イタリア政府の過剰な反応に驚きを見せている。      

 イタリアのローマ・カトリック教会司教会議は既に同法案について、「法案が曖昧に明記されているため、解釈が難しいケースが出てくる。特に、差別という表現が正確に定義されていないから、男性と女性の性差を示唆する言動が即罰せられるという事態が考えられる」と指摘し、慎重な対応を求めている。

 パロリン長官は、「バチカンの立場は司教会議と同様だ」と述べ、「バチカンは性的指向ゆえにその人間に対して非寛容であったり、憎悪することには強く拒否する。その上、イタリアは世俗国家だから独自の法を施行する権利がある」と述べている。ちなみに、マリオ・ドラギ首相は、「わが国は世俗国家であり、宗派国家ではない」と議会で述べ、波紋を呼んだばかりだ。

 パロリン長官の口頭発言の内容は、「イタリア議会が審議中の法案は1984年のバチカンとイタリア間で締結した政教条約に反する」という意味にも受け取れる。具体的には「カトリック教会の自由の権利が損なわれる危険性が内包されている」という解釈だ。

 カトリック教会では婚姻は男性と女性間を意味するが、「教会の婚姻、家庭観はそれだけで犯罪化される危険性が出てくる」と懸念する声も聞かれる。また、カトリック系私立学校ではホモフォビアに反対するナショナルデーで性的少数派運動のシンボル、レインボーカラーの旗を掲げる義務が出てくる、といった事態が予想されるわけだ。

 イタリア教会司教会議議長のガルティエロ・バセッティ枢機卿は日刊紙コリエーレ・デラ・セラで、「法案のジェンダー・アイデンティティへの法執行はカトリック教会の視点では受け入れることはできない。なぜならば、男性と女性といった生物学的性差という事実を無視しているからだ。その上、性差による差別は既に現行の刑法で対応されている。新しい法を施行する必要はない」と主張し、法案を「人類学的な混乱をもたらすだけだ」と強調している。

 ドラギ政権内でもアンチ・ホモフォビア法案について意見の相違が表面化している。同法案は中道左派「民主党」(PD)が昨年11月に提出したもので、PDと左派ポピュリズム政党「五つ星運動」の支持を受ける一方、マッテオ・サルヴィー二氏が率いる右派「同盟」やベルルスコーニ元首相の「フォルツァ・イタリア」は反対している、といった具合だ。

 興味深い点は、東欧のハンガリーで未成年者の保護という名目で性的少数派の言動の制限に乗り出そうとしている一方、カトリック教会の総本山があるイタリアで性的少数派の権利擁護という視点から、性的少数派を差別したり、中傷誹謗した人を刑法で罰するアンチ・ホモフォビア法案が審議されているわけだ。ハンガリーもイタリアも共に欧州連合(EU)の加盟国だ。同時に、両国ともローマ・カトリック教会が主要宗派だ。性的少数派問題ではEU内に統一した見解がないばかりか、対立しているのだ。

 民主主義では社会の多数派が政策や路線を決めていくが、性的少数派問題では多数派は沈黙し、少数派の声だけが傾聴されてきた。その結果、少数派はあたかも多数派のように受け取られ、ジェンダー問題で指導権を奪っていった。多数派は、寛容、連帯、多様性といった響きのいい言葉に酔いしれず、今こそ少数派と議論を交わすべきだ。ハンガリー政府関係者は性的少数派が拡大する欧米社会を「デカダンス文化」と述べていた。性的少数派問題では沈黙は決して金ではない(「EU委員長の『欧州の恥』発言に失望」2021年6月26日、「オスカー・ワイルドは何と答えるか」2021年6月18日参考)。

EU委員長の「欧州の恥」発言に失望

 欧州連合(EU)欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長の今回の発言には失望した。ハンガリーのオルバン首相が指摘していたように、ブタペストの国民議会が可決した性的少数派(LGBTQI)に関連する法改正を慎重に考えず、“ハンガリー悪し”の掛け声に乗って批判しているだけではないか、といった疑いも湧いてくる。

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▲レインボーカラーで照明するオリンピックタワー、フィリップ・ハルトマン氏撮影(2021年6月23日、独ミュンヘン市、ミュンヘン市公式サイドから)

 東欧ハンガリーの国民議会(国会)は今月15日、未成年者に対して、同性愛を助長し、挑発する情報宣伝活動を禁止する法改正を賛成多数で可決した。予想されたことだが、性的少数派やその支持者は、「性少数派の権利を蹂躙し、表現の自由を抹殺、ひいては未成年者の権利を制限する」として抗議デモを行っている。批判の声は国内だけではなく、欧州全土に広がってきた。

 フォン・デア・ライエン欧州委員長は23日、ハンガリー議会の今回の法改正に対して、「人間をその性的指向に基づいて差別するもので、EUの基本的価値観に反する」と指摘し、「ハンガリーの法改正は欧州の恥だ」と批判、法問題を担当するEU委員にハンガリー政府にEU側の懸念を伝える書簡を送るように要請した」と述べている。それに対し、ハンガリー政府は同日、「法改正の詳細な内容への独立した調査も実施せず、一方的に批判することこそ恥だ」と反論している。ハンガリー与党関係者からは、「西欧のデカダンス文化(退廃)への挑戦だ」といった勇ましい声も聞かれる。

 政治は時として、主権者(国民)の意向に反した決定を下さなければならない。国民の顔色、風向きだけを見て、次期選挙のために国民が嫌う政策を実行できない政府はその存在価値を失う。何らかの決定を下さなければならない時、国民に理由を説明して、理解を求める。その後、議会を通じて政策を決定する。民主政治は通常、そのようなプロセスで進められる。オルバン政権がそのプロセスを経て今回の法的改正に踏み切ったとすれば、それはハンガリー国民が決めたことだから、外から、ああだ、こうだと批判はできない。

 オルバン政権は性的少数派に対して厳しい姿勢であることは良く知られている。ポーランドやスロバキアなどでも同様だ。オルバン政権が今回、法改正を通じて未成年者への同性愛を挑発する書物の発行や映画の上演時間制限、宣伝活動の停止などを決めた。オルバン政権は批判を恐れず、性的少数派の問題に対して、はっきりと反対を表明した点は評価できる。ただし、今回のように検閲を強化し、情報宣伝活動を規制した法改正を施行しても、実際の効果は期待できない面もある。

 ところで、 フォン・デア・ライエン欧州委員長がいうように、ハンガリー議会の法改正は「欧州の恥」だろうか。未成年者に性的少数派関連の情報、宣伝活動を規制することは現時点では必要なことではないか。医師出身で7人の子供の母親フォン・デア・ライエン委員長は自身の子供たちに未成年の時から性的少数派関連の情報や書籍、映画などを見せたいのだろうか。

 多分、同委員長は、「子供たちに性的少数派関連の情報を未成年時代に与えたいとは思わないが、同性愛者の権利は尊重されなければならない。だから、ハンガリー政府の決定を支持できないのだ」と説明するかもしれない。しかしこれは「未成年者への性的少数派関連情報・宣伝の制限」と「性的少数派の権利擁護」という2つの問題を混合している。後者は重要だが、前者の「未成年者の保護」という国民が願っている「多数派の権利」を無視して後者を優先にする政治はやはり間違っている。

 ハンガリーの性的少数派の情報宣伝活動を制限するのは「表現の自由」の制限であり、欧州の共通の価値観でもある寛容と連帯、多様性の精神にも反するというが、それは大人への論理だ。未成年者に対してそのような論理は通用しない。オルバン政権は、「法改正はあくまでも未成年者の保護を目的としたものだ」と説明しているが、その主張は反対者の批判の前に打ち消されている。

 EUの首脳会談に参加したルクセンブルクのグザヴィエ・ベッテル首相は自身が同性愛者であり、同性婚者だ。同首相は「同性愛は通常のことだ」と強調する。EUの14カ国はハンガリーの性的少数派政策を糾弾し、ハンガリー政府が再考しない場合、欧州司法裁判所 (EuGH) に提訴する姿勢を強調している。性的少数派を擁護するという名目だけが独り歩きし、性的大多数派の意向を無視している。民主主義は多数派の意見を重視する政治システムだ。性的少数派は性的多数派の決定、意向に耳を傾けなければならない。

 ドイツ南部ミュンヘンのサッカー競技場関係者は23日、サッカー欧州選手権のグループ戦、ドイツ対ハンガリー戦が行われる競技場を性的少数派運動のシンボル,レインボーカラーの照明で包もうとした時、欧州サッカー連盟(UEFA)が「政治的、宗教的行為は禁止されている」と指摘し、ミュンヘン市と競技場関係者に警告するという出来事が起きている。ちなみに、オルバン首相は同試合を応援するためにミュンヘンに行く予定だったが、土壇場になってキャンセルしている。

 欧州サッカー連盟から性的少数派のシンボルの照明が禁止されたが、独サッカー連盟(DFB)は当日、性的少数派のレインボーカラーの旗を観客に入場の際に手渡している。他の競技場ではレインボーカラーの照明が行われた。参考までに、ドイツのサッカー代表GKマヌエル・ノイアー選手はレインボーカラーの腕章を付けてプレイしたが、UEFAから今のところ処罰を受けていない。

 当方は、寛容、連帯、多様性という名目を挙げて性的少数派の権利を擁護する政治家より、性的少数派の生き方にはっきりと反対する政治家を信頼する。性的少数派の問題は人間のあり方が問われているのであって、慈善活動や支援運動ではないからだ。性的少数者にとっても深刻な問題なのだ。

独は米国の「最高の友人」となれるか

 ブリンケン米国務長官は23日、ベルリンを訪問し、メルケル独首相と会談後、共同記者会見で「米国にとって世界でドイツ以上の同盟国、友人はいない」と述べ、欧州連合(EU)の盟主ドイツに最大級のエールを送った。外交辞令の面もあるが、世界大国の米国から「米国にとって最高の友人」と言われれば満更ではないはずだ。ブリンケン国務長官がアルプスの小国オーストリアを訪問し、クルツ首相との記者会見で、「米国にとって世界でオーストリア以上の同盟国、友人はいない」と語る事は考えられないから、「友人」と呼ばれたドイツ政府関係者は素直に喜ぶべきかもしれない。

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▲ブリンケン米国務長官と会談するメルケル独首相(2021年6月23日、ベルリンで、独首相府公式サイトから)

 ただし、「友人」関係となれば、相手が窮地の時、救いの手を差し伸べなけれならない義務がある。同時に、相手の意向を無視できなくなる。具体的には、米国はドイツに対し、「その国力に相応しい軍事費を支払うべきだ」と要求してきた。北大西洋条約機構(NATO)加盟国は2014年、軍事支出では国内総生産(GDP)比で2%を超えることを目標としたが、それをクリアしているのは現在、米国の3・5%を筆頭に、ギリシャ2・27%、エストニア2・14%、英国2・10%だけ。ドイツの場合、防衛費は年々増加しているが、2019年はGDP比で1・38%に留まっている。駐独米軍の縮小も米国側のドイツへの不満が溜まっていたからだ。

 米国のドイツへの願いはまだある。ドイツと中国との関係の見直しだ。メルケル首相は過去15年間で12回、訪中し、中国共産党政権とは欧米諸国の首脳の中では特別の友好関係を構築してきた。旧東独出身のメルケル首相には、中国共産党政権の人権弾圧政策も中国と積極的に関与していく中で、北京は変わっていくという信念に基づく「関与政策」があるからだ。その意味で、メルケル首相はトランプ大統領の対中政策とはこれまで一線を画してきた経緯がある。

 バイデン米政権の対中政策は現時点でトランプ前政権のそれを継承している。中国共産党政権の少数民族ウイグル人、チベット人、法輪功信者たちへの人権弾圧、宗教弾圧問題から、武漢発の新型コロナウイルスの発生源調査問題まで、バイデン政権は中国共産党政権を厳しく批判している。それに対し、メルケル首相は訪中する度にドイツ経済界の大使節団を引き連れ、北京との商談に積極的に関与してきた。ドイツにとって中国は最も重要な貿易相手国となっている。

 EUは昨年12月30日、中国との間で「EU中国投資包括協定」(CAI)を合意したが、欧州議会の強い抵抗があって、同協定の批准作業は凍結されている。同協定はEUと中国間の協定だが、中国はドイツがEU議長国である昨年下半期中に合意を願ってきた。それを支援したのはメルケル首相だった。

 幸いと言うべきか、ドイツでも対中国政策の見直しを求める声が広がってきた。政界からではない。経済界から対中経済関係の見直しを求める声が聞かれ出したのだ。ロイター通信によると、独産業連盟(BDI)のルスブルム会長は22日、中国共産党政権の人権政策で問題があると判断すれば、対立をおそれず議論すべきだと主張、「覇権主義的な貿易相手国にどのように対処するか、われわれは率直な議論が必要だ」とし「レッドラインを越えたときは、対決をためらうべきではない。普遍的な人権は『内政問題』ではない」と述べている。

 この発言はメルケル首相ではなく、BDI会長の主張だが、経済界のボスがメルケル政権の対中政策の見直しを要求したという点で画期的なことと評価すべきだろう。BDI会長の22日の発言内容を聞いたうえで、ブリンケン国務長官は翌23日の記者会見で「米国の最大の友人」とドイツを持ち上がたのかもしれない。

 メルケル首相は9月の連邦議会(下院)の選挙後、選挙結果とは関係なく政界から引退することを表明してきた。だから、今後の米独関係を考える時、ポスト・メルケル政権の政策が問われてくる。メルケル首相にはこのコラム欄で「メルケルさん!『立つ鳥跡を濁さず』」2021年1月29日参考)の記事の中で指摘した。真の米独関係はポスト・メルケル政権から始まる。

 懸念材料は誰がメルケル首相の後継者となるかだ。複数の世論調査によると、メルケル首相の与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)のアルミン・ラシェット党首が現時点では最も次期首相に近い候補者だ。同党首はドイツの最大州ノルトライン・ウエストファーレン州(NRW)首相時代、メルケル首相と同様、親中政策を推進し、中国との貿易関係を重視してきた政治家だ。

 NRWの場合は、同州と中国企業との関係は鮮明だ。中国は2015年、同州の州都デュッセルドルフに総領事部を開いている。デュッセルドルフは新型肺炎の発生地武漢市とは姉妹都市関係を締結している。「日本人村」と呼ばれたデュッセルドルフには約400社の日本企業が拠点を置いているが、同市には日本より多い610社の中国企業が進出している。海外中国メディア「大紀元」によれば、「NRW州全体では、約1100社の中国企業が進出し、総従業員数1万人が駐在している」という。ラシェット党首は州時代、中国の『一帯一路』に対して積極的に応じてきた指導者だった(「『武漢肺炎』と独伊『感染自治体』の関係」2020年3月20日参考)。

 ブリンケン国務長官はメルケル首相に「ドイツは米国の最大の友人」と語ったが、エールを送るべき相手が間違っている。米国務長官のエールは9月の連邦議会選後のポスト・メルケル政権発足時まで懐にしまっておくべきだったのではないか。

グテーレス再任は避けるべきだった

 今更反対しても遅すぎるかもしれないが、やはり記録するために書いておく。アント二オ・グテーレス国連事務総長の2期目再任はやはり避けるべきだった。国連が世界の紛争解決で重要な役割を果たすためには、ポルトガル出身の現在のグテーレス氏では難しいからだ。

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▲再任されたグテーレス国連事務総長(国連広報センター公式サイトから)

 国連は6月18日、総会でグテーレス事務総長の再任を全会一致で採択した。同事務総長は来年1月から5年間、2期目の任期を始める。グテーレス事務総長のこれまでのキャリアは全く不足がない。1995年から7年間ポルトガル首相を務めた後、2005年から2期、10年間国連難民高等弁務官(UNHCR)を務めている。政治家、外交官のキャリアでは申し分ない。問題は、国連を21世紀の世界情勢にマッチする機関として改革するには余りにもその言動が外交的過ぎるのだ。もう少し厳密に言えば、信念がなく、強い側の味方であり続けてきたからだ。

 グテーレス氏はこれまで再任に集中してきた。国連安保常任理事国の顔色をうかがい、対立を避け、妥協し、必要ならば沈黙する姿勢を貫いてきた。中国武漢発の新型コロナウイルスの感染でも指導力を発揮できず、中国の少数民族ウイグル人への人権弾圧政策でもはっきりとした批判を避けてきた。米国が「ジェノサイド」と早々と糾弾している中、グテーレス氏は具体的な対応に乗り出さなかった。これでは世界の平和実現を目指す国連憲章が泣く。

 もちろん、理由はある。国連事務総長の再任問題は5カ国の安保理常任理事国の手にあるからだ。米国、英国、フランス、そしてロシアと中国の5カ国の一国でも再任に反対したならば、グテーレス氏の夢は実現されない。事務総長選では「国連初の女性国連事務総長」といった声があったし、アルテアガ・エクアドル元大統領らが立候補の意思を表明したが、5カ国の常任理事国から支持を得ることが出来なかった。

 グテーレス事務総長だけではない。誰が国連事務総長であっても同じかもしれない。中国に対してだけではない。世界最強国・米国の意向に正面から反対すれば、再選どころではなくなる。グテーレス氏の優柔不断な言動は国連機関の組織自体がそのように運営、機能しているからだ。国連が真の解決能力を有するためには国連安保理改革が急務という主張はその意味で正論だ。

 グテーレス氏の場合、中国の再任支持を得るために中国の人権弾圧問題に目をつぶってきた。グテーレス事務総長の1期目に新型コロナウイルスのパンデミックが生じ、中国の少数民族ウイグル人への人権弾圧が表面化した。米国ではトランプ前政権が中国の人権弾圧を厳しく批判してきた。そのような中、グテーレス事務総長は中国の人権問題で何のイニシアティブもとらなかった。それだけではない。批判的なジャーナリストや外交官を巧みに疎外させてきた。グテーレス氏の言動は「全て再任されるためだ」と、ニューヨークの国連本部では皮肉で言われたほどだ。ちなみに、中国の習近平国家主席はグテーレス氏の再選に祝電を送り、「客観的で公正な立場で多国間主義を断固守ることを期待する」と述べている。

 ここで指摘せざるを得ない事実は、ジュネーブに拠点を置く国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の高官が中国側の要請を受け、国連人権理事会に参加する反体制派代表の名前、住所などを提供していたことが今年に入って再び明らかになったことだ。その結果、反体制派活動家は中国共産党政権の監視下に置かれ、中国にいる家族、親族が逮捕されたり、刑務所送りになっているという。

 グテーレス氏はジュネーブで10年間、国連難民高等弁務官だったから、ジュネーブの国連欧州本部には精通しているだろう。在ジュネーブ国際機関の中国政府代表部の外交が如何なるものか知っているはずだ。中国共産党政権は自国を批判する反体制派関係者を監視し、必要な時、物理的な対応も辞さないのだ(「世界で恥を広げる中国の『戦狼外交』」2020年10月22日参考)。

 海外中国反体制派メディア「大紀元」によると、OHCHRの職員高官は在ジュネーブ国際機関の中国政府全権大使館の強い要請を受けて、会合に参加する反体制派活動家の名前、住所などを教えたという。中国共産党政権の横暴について最初に告発したのは国連人権高等弁務官事務所職員だったエマ・ライリー(Emma reilly)氏だ。ライリー氏は「国連高官の行為は犯罪であり、ジェノサイドの共犯者だ」と非難している。彼女は2019年10月、OHCHR高官の中国側への情報提供を既に指摘してきた。そのため、ポストを失っている。

 新疆ウイグル自治区の少数民族ウイグル人は中国56民族の中の一民族だが、中国共産党政権から激しい同化政策を強要され、若い女性たちは避妊手術を受けさせられ、子供が生まれないようにさせられている。民族抹殺政策が21世紀の今日、中国共産党政権下で堂々と行われているのだ。海外中国メディア「大紀元」のインタビューの中で、ライリー氏は、「国連人権高官は、中国の代理人と密接な関係にあるだけでなく、意図的に国連加盟国や各国のメディアをミスリードしている」と証言している。

 OHCHR高官が中国共産党政権からどのような報酬を受けていたかは知らない。中国側の「甘い汁」には金銭、高級品、贅沢な接待(ハニートラップ)などがある。その禁断の実の味を知ると、それを忘れることができなくなるから、最終的には中国共産党の言いなりになってしまう。そして立派なパンダハガー(親中派)となっていく。

 中国共産党政権は海外ハイレベル人材招致プログラムの「千人計画」を推進中であることは周知の事実だ。OHCHRの高官がそうだったとは断言できないが、関係者に生命の危険さえもたらす情報を中国側に与えたのだ。ライリー女史の指摘に対し、グテーレス氏はこれまで沈黙している。国連本部関係者から同女史への嫌がらせが行われている、といった具合だ。

 国連加盟国はグテーレス事務総長にあらたに5年間の任期を与えた。無い物ねだりといわれるかもしれないが、常任理事国の顔色を伺うだけの事務総長ではなく、問題解決のために5カ国に対しても強く助言できる事務総長を探すべきだったのだ。

 グテーレス国連事務総長は2016年12月12日の1期目の就任演説の中で、「紛争防止とその根本的原因を取り除くことを重視しなければならない。防止は新しい概念ではない。それは国連の創始者たちがわれわれに求めていることである。それは人々の命を救い、人間の苦しみを取り除く最善の方法である」と述べている。グテーレス事務総長は1期目の就任演説を思い出し、中国の人権弾圧についてはっきりと「ノー」といえる国連指導者になってほしいものだ。

悪魔「私は存在しない」

 米国のサスペンス映画「ユージュアル・サスぺクツ」(1995年作)の最後の場面で俳優ケヴィン・スペイシーが演じたヴァーバル・キントが語る有名な台詞を紹介する(スペイシーはこの役でアカデミー助演男優賞を得ている)。

“The greatest trick the devil ever pulled was convincing the world he did not exist”
(悪魔が演じた最大のトリックは自分(悪魔)が存在しないことを世界に信じさせたことだ)

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▲ギュスターヴ・ドレによるジョン・ミルトンの「失楽園」の挿絵、「地球へ向かうサタンを描いている」(ウィキぺディアから)

 それではなぜ悪魔は自身の存在を隠したいのだろうか。パパラッチ対策ではない。神が存在しないことを人間に信じさせるために、先ず自分が存在しないことを宣言する必要があるからだ。自分の存在を否定してでも、「神はいない」ことを説得するためだ。

 悪魔が存在していれば、それでは神は何処にか、という問題が湧いてくる。だから悪魔は天地創造の神を否定するためにはどうしても「自分は存在しない」といいふらさなければならないのだ。高等な戦術だ。

 ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェは「神は死んだ」といってキリスト教関係者を驚かしたが、大学の哲学教授は「『神は死んだ』といったニーチェは死んだ」と述べて学生たちを笑わす。しかし、「悪魔は死んだ」といった哲学者はこれまで聞かない。神を殺そうと考えた哲学者はいても悪魔をやっつけようと考えた哲学者はいないのだ。あたかも、神は「実存在」だが、「悪魔」は架空の作り物というわけだ。

 フランスで啓蒙思想が広がり、フランス革命で人道主義が台頭、同時に、キリスト教会の権威は相対的に低下していった、多くの知識人は教会が主張する世界観、神を否定し、人文主義と科学至上主義が時代を主導していった。神の権威は揺れ、神の存在は懐疑的に受けとられていった。その集大成として無神論的唯物思想が台頭し、神を否定する共産主義世界が現れてきた。ここまでは悪魔の計算通り進んできたわけだ。

 神はいないのだ。妄想に過ぎない。現実の世界では一部の資本家が多数の労働者を搾取している。このような世界に神はいない、という世界観が生まれてきても当然かもしれない。神はいないと叫ぶ人は増える一方、悪魔の存在についてはもはや議論の対象にも上がらなくなってきた。悪魔にとって理想的な展開ではないか。

 聖書の中で悪魔については約300回、言及されている。有名な個所を拾ってみると、「悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうとする思いを入れていた」(ヨハネによる福音書13章2節)とか、十字架に行く決意をしたイエスを説得するペテロに対し、イエスは「サタンよ、引きさがれ」(マルコによる福音書8章33節)と激怒している。聖書の世界では悪魔は生き生きと描かれているのだ。

 ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世(在位1978〜2005年)は悪魔について、「悪魔は擬人化した悪」と規定し、「悪魔の影響は今日でも見られるが、キリスト者は悪魔を恐れる必要はない。しかし、悪魔から完全に解放されるためには、時(最後の審判)の到来を待たなければならない。それまでは悪魔に勝利したイエスを信じ、それを慰めとしなければならない」と述べている。

 しかし、ローマ・カトリック教会では今日「悪魔」について話すことに抵抗感を覚える聖職者が少なくない。バチカン法王庁が1999年、1614年の悪魔払い(エクソシズム)の儀式を修正し、新エクソシズム儀式を公表した。新儀式では、^絣悗篆翰学の知識を決して除外してはならない、⇔遒殆瓩れた人間が本当に病気ではないかをチェックする、などの条件が列記されている。「悪魔」がもたらす憑依現象を脳神経学的、精神分析学的な領域から先ずチェックするように警告しているわけだ。
 
 バチカン法王庁が新エクソシズムを公表した背景は、霊が憑依して苦しむ信者が増加する一方、霊の憑依現象が「悪魔」に関連するのか、精神病のカテゴリーから理解すべきかで議論が生じたからだ。

 旧約聖書の研究者ヘルベルト・ハーク教授は、「サタンの存在は証明も否定もされていない。その存在は科学的認識外にある」と主張、悪魔の存在を前提とするエクソシズムには慎重な立場を取っている。それに対し、著名なエクソシスト、ガブリエレ・アモルト神父は、「悪魔の憑依現象は増加しているが、聖職者はそれを無視している」と警告している(「悪魔(サタン)の存在」2006年10月31日参考)

 当方がこのコラム欄で「悪魔」について書くと、寛容な読者はただ笑いだすが、時には「馬鹿な話はしないでください」といった警告を発する。神について書けば、「神学的な議論」と受け取ってもらえるが、悪魔について書けばオカルト、と罵倒され、狂人扱いされるのだ。

 しかし、悪魔の業を指摘せずして事例を説明できないケースが増えてきているのだ。当方はコラムでは「背後に悪魔が暗躍しているからだ」と言いたくなることがあるが、我慢せざるを得ない。そんなことを書けば、読者はそれ以上読まなくなるからだ。

 はっきりとしている点は、悪魔の業を説明できれば、多くの現象をかなり明確に説明できるということだ。変な表現だが、神だけでは説明が仕切れないからだ。悪魔はあらゆる分野で暗躍している。繰り返すが、悪魔の存在について言及しなければ説明できないことが多くなってきているのだ(「初めにジェンダーがあったのか?」2021年5月10日参考)。

 21世紀の今日、悪魔の業が増える一方、神の存在感は益々希薄化してきた。賢明な悪魔は自身の業さえ神の不在のせいにすることで、神を益々追いつめている。結論をいえば、悪魔は存在する。問題は、神が創造した世界になぜ悪魔が存在するか、という問いに誰もが納得できる答えを用意しなければならないことだ。それが出来ない限り、神は批判にさらされ、悪魔は舞台裏で窮地にある神をみながらほくそ笑んでいるだろう。

 「この世の神」悪魔(サタン)は、地上の人間に「自分は存在しない」と信じさせることに成功しているのだ。

マスクよ、さようなら??

 彼は二番煎じと言われるのがよほど嫌いなのだろう。他より常に先行していないと気が済まないタイプかもしれない。オーストリアのイケメン、セバスティアン・クルツ首相(34)のことだ。クルツ首相はここにきて、「7月にもマスクの着用義務を中止したい」と、他の欧州諸国に先駆けて「マスク、さようなら」宣言をメディアとのインタビューの中で答えたのだ。

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▲オーストリア政府が65歳以上の国民にプレゼントした中国製のFFP2マスク(2021年1月23日、ウィーンにて)

 オーストリアは6月に入り、コロナ規制は次々と撤廃されてきた。もちろん、新規コロナ感染者数の動向はそれを支援してきた。20日の新規感染者数は131人、7週間の新規感染者数は人口10万人当たり11・9人だ。入院患者数(251人)も減少し、集中治療室の患者数は84人に減少、「医療崩壊」といった言葉は専門家の口からもはや聞かれなくなった。ワクチン接種も進み、最低1度の接種を受けた国民は約450万人で国民の49・91%。12歳から15歳への接種も検討中だ。英国ら他の欧州とは違い、インドで最初に特定されたデルタ変異株の流行の兆しは目下ない。

 クルツ首相は記者会見の度に、「夏までには新型コロナ感染問題は峠を越え、正常化される」と述べてきたが、現状はそれに近づいてきた。そんなこともあってクルツ首相は自信を深めてきたのだろう。とうとう「マスクを外す時を迎えた」と言い出したわけだ。

 欧州で2015年、難民が殺到した時、当時外相だったクルツ氏はいち早く国境閉鎖を打ち出した。当時、隣国ドイツではメルケル首相の難民歓迎政策が実施されていた時で、クルツ氏の難民対策は明らかに180度反対だったが、難民殺到に困惑する欧州でオーストリアの強硬対策は素早く注目され、独週刊誌シュピーゲルはその後、クルツ首相とのインタビューを頻繁に掲載するほどになった。

 クルツ首相は国民的人気を背景に常に他の国が実施していない政策をいち早く実施することをその政治哲学としてきた。そして欧州に先駆け、医療用マスクFFP2マスク着用を義務化してきた。期待していたワクチンの供給が遅れることが分かると、世界最初のワクチン、ロシア製「スプートニク后廚鮃馥眄渋い垢覦討鬟瓮妊アに流す一方、ワクチン接種でいち早く成果を挙げたイスラエルに飛び、ネタニヤフ首相(当時)と会談し、今後のワクチン製造問題について話し合っている。ちなみに、ネタニヤフ首相を尊敬しているクルツ首相はウィーンの連邦首相官邸の屋上にイスラエルの国旗をたなびかせ、イスラエル国民に連帯を表明する、といった具合だ(「ウィ―ンに『イスラエル国旗』が出現」2021年5月16日参考))。

 オーストリアはコロナの感染が拡大する度に計3回のロックダウン(都市封鎖)を体験してきた。「緊急事態宣言」を発するか否かで数カ月間も議論している国とは違って、クルツ首相のオーストリアでは毎週何か新しい政策が発表されるのだ。そして今回の「マスク外し」宣言だ。国民はその度に喜んだり、怒ったりしてきた。

 「マスク外し宣言」はどうやらクルツ首相が言い出したもので、連合政権内でじっくりと検討された方針ではないようだ。クルツ首相が率いる与党中道保守政党「国民党」と連合を組む「緑の党」のヴォルフガング・ミュックシュタイン保健相は、「まだ決まった事ではない」と慎重な姿勢を崩していない。同保健相は家庭医だ。医師の立場から「マスクを外すのはまだ早い」という思いが強いのではないか。

 クルツ首相の「マスク外し宣言」では、一旦FFP2を外し、通常のマスクを着用し、7月22日には最終的に廃止するというものという。いまのところ、ウイルス学者の一部で反対が上がっているが、商業関係者は、「マスクを廃止すれば売り上げは10%増える」と歓迎している

 ちなみに、オーストリア大衆紙エステライヒが実施した世論調査(6月15日から17日の間、1000人に質問)によると、国民の10%は室内でのマスク着用継続を支持、32%は完全にマスクなしを支持し、21%は野外でのマスク着用を停止、37%は公共公共機関や大イベントでのマスク使用には意味がある、と受け取っている。

 オーストリアでは中国発新型コロナが感染拡大し、国民がマスクの着用を義務付けられた時から「マスクは我々の文化ではない」といった思いが国民の間には強い。野党の極右党「自由党」のヘルベルト・キックル新党首は義務にもかかわらず、議会でマスクを着用せず、コロナ規制反対集会ではマスクなしで「クルツ政権を打倒」と叫んできた。

 あれこれあったが、オーストリア国民は1年半余りアジア文化と見てきたマスク(最初は通常のマスク、その後FFP2マスク)を着用してきた。次第に愛着を感じる国民も出てきた頃だ。日本からウィーンに戻ってきた日本人女性は、「市内にFFP2マスクをしている人を見て驚いた」と言っていた。日本では通常のマスクをするが、FFP2マスクはほとんどしていない。ウィーン市民が電車の中やスーパーでFFP2マスクをしている姿に驚いたわけだ(「FFP2マスク着用前には髭剃って」2021年1月24日参考)。

 このままいけば、オーストリアでは7月にはマスクが外されるのはほぼ間違いない。オーストリア国民はマスクなしで買物し、電車に乗る日が近づいてきたわけだ。問題は、マスクを使用する契機となった新型コロナ感染は欧州ではまだ終焉していないことだ。昨年のように夏季休暇後、秋に入って新規感染者が増える危険性は完全には排除できない。その時、クルツ首相は欧州の他の指導者よりいち早く対策を公表するだろう。再びマスクが見直され、ソーシャル・デスタンスが叫ばれるかもしれない。それまでオーストリア国民は束の間の夏休暇をマスクなしで楽しむことになるのだろう。

欧米の制裁リストに載る新大統領

 テヘランで観光案内の仕事をしている若いイラン女性が、「私は投票には行かない。誰が当選するか既に分かっている大統領選に投票する意味を感じないからだ」という。別の若い青年は、「選挙の結果は決まっているが、それでも投票には行く。わが国が変わるチャンスはまだ到来していないかもしれないが、国民の一人として諦めることはできない」と語った。

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▲イラン大統領選でライシ師の当選を喜ぶイラン有権者(IRNA通信から、2021年6月19日)

 イラン大統領選直前、ドイツのTV放送がイランの首都テヘランで現地の声を拾って報じていた。18日の投票の結果、最初の若い女性が言っていたように、ロウハ二大統領の後任には保守強硬派のイブラヒム・ライシ司法府代表(60)が当選した。欧米メディアは、「強硬派が大統領に就くのは2005〜13年のアハマディネジャド前政権以来だ。イランの政治は今後、一層強硬となることが予想される」という論評を付けて報じていた。ロウハ二大統領の任期は8月3日に終わる。

 ライシ師は2017年の大統領選でロウハ二現大統領に敗れたが、今回は候補者の資格を調査する護憲評議会がライバル候補者を次々と失格にしたことで、改革派は候補者がなくなり、ライシ師にとっては楽な選挙戦だった。

 イラン大統領選の結果はサプライズではないが、看過できない点は1979年のイラン革命以後の大統領戦で史上最低の投票率だったことだ。同国内務省が19日公表したところによると、有権者数は約5930万人、そのうち、投票した数は2890万人。そのうち、ライシ師は1790万票を獲得(約62%)して当選した。投票率は約48・8%だ。前回投票率比で20%減だ。首都テヘランの投票率はもっと低かった。白紙で投票する有権者も多かったという。

 先の若い女性は、「自分はイランから出て、海外で職を探す考えだ」という。彼女は決して特別な女性ではない。高等教育を受けた若いイラン女性の海外脱出は久しく続いている。イランでは大学教育を受けるのは男性より女性が多い。男性は外で働き、女性は大学に行って学び、その後、結婚して家事に専念する、というのがオーソドックスなプロセスだ。その人生の枠組みから離れ、新しい大地に出かける若者は絶えないのだ。

 ちなみに、海外脱出希望組で人気が最も高い移住先は米国だ。イランの精神的最高指導者ハメイ二師が「悪魔の国」と酷評する米国に多くのイランの若者たちが憧れるのだ。当方が知っていたイランのジャーナリストはウィーンの国連で数年間イラン国営IRNA通信の助手をしていたが、米国移住した親戚を頼って米国に行ってしまった。

 ところで、イランの最高指導者はハメネイ師で、大統領は名誉職ではないが、最後の意思決定の権限は聖職者のハメネイ師の手にある。核開発問題でもロウハ二師が欧米側の圧力に譲歩する姿勢を示した時、ハメネイ師から圧力を受けたイラン議会は昨年12月2日、核開発を加速することを政府に義務づけた新法を可決している。最高指導者が変わらない限り、誰が大統領に選出されようと大きな変化は期待できない。ただ、ライシ師が大統領に就任することで、ハメネイ師との意思疎通はこれまで以上にスムーズになるから、イランの政治決定はこれまでより迅速に進められることが予想されるわけだ。

 国際原子力機関(IAEA)の本部があるウィーンでバイデン政権発足後、イランと米国間で核合意の今後について交渉が続けられている。イラン核協議は国連常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国とイランとの間で13年間続けられた末、2015年7月に包括的共同行動計画(JCPOA)が締結されたが、トランプ米大統領が2018年5月8日、「イランの核合意は不十分」として離脱を表明。バイデン氏が大統領に就任後、核合意への復帰の意思を表明。それに対し、イラン側は、「まず、対イラン制裁の全面的解除を実施すべきだ」と主張、米イラン間で激しい駆け引きが行われている。イラン大統領選で強硬派のライシ師が選出されたことから、両国間の交渉が困難となるのではないか、といった声は既に聞かれる。

 問題は、ライシ師が人権蹂躙問題で欧州連合(EU)と米国の制裁リストに掲載されている人物だということだ。そのような指導者がEUや米国とどのような交渉ができるか、といった疑問が出てくる(「イラン保守派勢力の暴発に警戒を!」2021年2月20日参考)。

 ライシ師は当選直後、「国民経済の回復に全力で取り組みたい」と述べていた。イランの国民経済は厳しい。米政府の制裁再発動を受け、通貨リアルは米ドルに対し、その価値を大きく失う一方、国内ではロウハニ政権への批判だけではなく、精神的指導者ハメネイ師への批判まで飛び出すなど、ホメイニ師主導のイラン革命以来、同国は最大の危機に陥っている。そこに中国発の新型コロナウイルスの感染が広がり、国民は医療品を手に入れることすら難しくなっている。国民の不満がいつ暴発してもおかしくない状況だ。今回投票を棄権した多くの国民は政治に無関心になってきている。ライシ師が国民経済を早急に再生しない限り、イランの国力は衰退してしまうだろう。これがイランの現状だ。核開発やイスラム過激派テロ組織への支援に腐心している時ではないのだ(「イラン当局が解決できない国内事情」2020年12月2日参考)。

 ライシ師にロシアのプーチン大統領、トルコのエルドアン大統領、そしてシリアのアサド大統領から当選の祝電が届いたが、新大統領の運命は彼らが握っているのではなく、イラン核合意の行方、具体的には米国の動向にかかっている。その点ではライシ師主導のイランは何も変わっていない。
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