ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2021年01月

Covid-19の最初の感染時期を探れ

 中国武漢市からの情報によると、新型コロナウイルスの発生源を探る世界保健機関(WHO)の調査団は28日に2週間の隔離期間を終了し、29日から市内の視察を開始した。調査団は新型コロナの最初の発生地「華南海鮮卸売市場」や中国科学院武漢ウイルス研究所などを訪問するというが、それらが実現するか否かは中国側が調査団にどれだけ協力するかにかかっている。調査団は今後2週間、新型コロナ発生地武漢に滞在して調査を進めることになっている。

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▲新型肺炎の対応に取り組む現場を視察する習近平国家主席(2020年2月10日、中国国営新華社通信の公式サイトから)

 現地からのロイター通信によると、調査団は29日、市内の湖北省中西医結合病院を視察し、コロナ患者を診察した呼吸内科主任の張継先医師から当時の状況の報告を受けたという。

 新型コロナ発生源問題では、米トランプ前政権は武漢市から30キロ離れたところにある「中国科学院・武漢ウイルス研究所」からの流出説を主張する一方、中国側は国外からの流入説を挙げてきた。例えば、米メリーランド州のフォート・デトリックにある米陸軍の研究所が2019年7月に突然閉鎖されたのはコロナ感染と関係があった、というのだ。

 海外中国メディア「大紀元」は昨年2月13日、欧州に住む中国人ウイルス専門家、董宇紅氏の見解を紹介し、新型コロナウイルスがこれまでのコロナウイルスとは違ったゲノム配列であり、自然界にない人工的痕跡があること、その感染力が非常に強いことなどから、「ラボ・イベント」(人為的にウイルスを改造する実験室)で人工的に作り出された可能性があると報じて注目された(「新型肺炎は“ラボ・イベント”から」2020年2月15日参考)。

 ポンペオ米国務長官(当時)は昨年5月6日の記者会見で、新型コロナウイルスの発生源について、「武漢ウイルス研究所発生源説」を繰返したが、「同説を断言できないのは、限りなく状況証拠はあるが、決定打となる証拠がないからだ。中国が新型コロナのサンプル提供や研究所への立ち入りなどを認めていないからだ」と説明している。

 発生源の検証と共に、重要な問題は新型コロナの感染がいつから始まっているかの検証だ。中国当局は昨年1月20日、ヒトからヒトへの感染を認め、同23日に武漢市でロックダウン(都市封鎖)を実施し、初の感染確認は2019年12月8日と主張してきたが、欧米側の情報によると、2019年秋に新型コロナが既に発生していたという報告が多数ある。

 もし「2019年秋説」が事実とすれば、武漢市が閉鎖される前に多くの感染者が国外に旅行していた可能性が考えられる。イタリア高等衛生研究所によると、同国北部の2都市に新型コロナウイルスが2019年12月に存在していたことが、同研究所が行った下水調査で判明した。ミラノやトリノの下水から2019年12月18日に採取されたサンプルに新型コロナウイルス「Sars-Cov-2」の遺伝子の痕跡が発見されたという。イタリア北部ロンバルディア州で新型コロナが爆発的に感染する数カ月前に同国で新型コロナが広がっていたことになる。

 独週刊誌シュピーゲル(2021年1月16日号)によると、欧州で最初の感染地となったイタリアでは2019年11月10日、25歳の女性が最初の新型コロナ感染者と確認されたという。

 感染時期で「2019年秋」説を裏付ける情報はまだ多数ある。2019年10月中国武漢で行われた第7回世界軍人運動会(武漢軍運会)に参加したカナダの選手に帰国後、新型コロナの症状の疑いが出たことが発覚している。カナダの保守系メディア「レヴェル・ニュース」が今年1月14日、軍関連情報筋の話として報じた。同紙は関連の内部文書を入手したという。それによると、カナダ軍関係者176人のうち、約3分の1が帰国時に飛行機の後部座席に隔離された。新型コロナに感染した可能性が疑われたからだという。

 米国務省が今年1月15日に発表した武漢ウイルス研究所に関する「ファクトシート」によると、複数の武漢ウイルス研究所職員が2019年秋に既に新型コロナウイルス感染症の症状を示した。また、香港の英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)は昨年3月13日、内部資料を引用し、中国湖北省で2019年11月17日に感染者が確認されたと報じている(海外中国メディア「大紀元」2021年1月21日)。

 これらの情報が事実とすれば、なぜ中国共産党政権は「初の感染確認は2019年12月8日」と発表したのだろうか。新型コロナの発生源を調査する上でも重要なポイントだ。すなわち、中国当局は少なくとも数カ月間、新型コロナ感染の事実を隠蔽しなければならない事情があったことになるからだ。同時に、武漢発の新型コロナが短期間でパンデミックとなった理由も一層理解できることになる。

 新型コロナウイルスの感染が発生して既に1年4カ月あまり時間が経過するから、発生源の調査は難しいことが予想される。武漢ウイルス研究所でコウモリを宿主とするウイルス研究を専門とする石正麗研究員は、国営メディアとのインタビューで「2019年12月30日に原因不明の肺炎患者の検体として初めて研究所に持ち込まれた。遺伝子の配列などを調査して新しいウイルスであることが判明した」と主張し、中国当局の「2019年12月8日」説を間接的に支持している。中国共産党政権は国営メディアを通じて、感染時期「2019年秋」説を否定しようと工作しているわけだ。

 中国武漢発の新型コロナ感染問題で見落とされている事実がある。「なぜ中国共産党政権は1000万人の大都市武漢のロックダウンを実施したか」だ。1000万人を誇る大都市の空路、陸路を完全に封鎖するということは共産党政権にとっても大事業だ(武漢市が属する湖北省の総人口は5900万人を超える)。中国共産党政権はSARS(重症急性呼吸器症候群)の時も、豚インフルエンザの時も、大都市のロックダウンは実施していない。それでは「なぜ武漢市のロックダウンに踏み切ったか」だ。答えは一つしかない。中国共産党政権は2019年秋には新型コロナウイルスがこれまで以上に危険なウイルスであることを知っていたからではないか。「新型コロナウイルスが人工的に製造された生物兵器であった」という情報にその根拠を与えることにもなる。

 新型コロナの感染が2019年秋に始まったことが判明すれば、中国共産党政権の責任が問われることになる。世界で1月30日時点、感染者数は1億人を超え、死者数は約220万人を出した新型コロナ感染の責任は余りにも重い。さすがの中国共産党政権もその責任に耐えきれないから、懸命に新型コロナ発生源とその初期感染時期の事実を隠蔽してきたのではないか。

ウィーン市に原爆が投下された場合

 当方はそのニュースを読んだ時、正直言って理解に苦しんだ。そのニュースは外電を通じて世界に流されて一定の反響があったという。そのニュースとは、オーストリア外務省が今月22日、ウィーン市の中心地シュテファン広場に原爆(核出力100kt)が投下されたらどんな影響を及ぼすかの仮想ビデオを作り、発表したという内容だ。

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▲ウィ―ン市原爆投下ビデオ(オーストリア外務省作成)

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▲原爆投下後の被害状況(オーストリア外務省作成)

 「中国武漢発の新型コロナウイルスの感染で第2ロックダウン(都市封鎖)中のウィーン市民は英国発のウイルス変異種の感染拡大に怯えている。その時、ウィ―ン市に原爆投下されたならばといった仮定でビデオ作成するその神経が理解できない」といった反応が多く聞かれた。当方もそのように感じた一人だ。野党の社会民主党シューマン連邦議会議員は「ホラー・ビデオだ」と批判している。

 コロナ禍で不安の日々を送っている市民に「原爆が投下されたならば」といった仮想に基づく画像を創り、市民を脅かす必要があったのだろうか。それも外務省が作成したのだ。「渡航禁止で外国を訪問する機会が少なくなり、ホーム・オフィスで時間を過ごす外務省高官が、ちょっとした遊び半分で考え出したアイデアではないか。それも公費を投入して画像が作成されたのだ。税金の無駄使いといわれても仕方がない」といった辛辣な批判の声も出ている。外務省が外部の専門会社に依頼して作らせたビデオの純製作費は4000ユーロ(約50万円)という。

 ビデオが公表されて以来、シャレンベルク外相は弁明に追われている。外相曰く、「原爆の恐ろしさはリアルだ。それを理解してほしかった。決して扇動ビデオではない」と述べている。それにしても、「“仮想”に基づいて、原爆投下の“リアル”な怖さを伝えたい」という論理は少々無理がある。

 ウィーンは30以上の国際機関の本部、事務局を有する国際都市だ。特に、ドナウ川沿いには国連都市と呼ばれる国連機関の建物がある。イランや北朝鮮の核問題でよく話題を呼ぶ国際原子力機関(IAEA)、包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)、国連薬物犯罪事務局(UNODC)、そして中国人事務局長が率いる国連工業開発機関(UNIDO)などの拠点がある。オーストリア外務省は、「ウィーンはIAEAとCTBTOの本部を有する都市だ」とし、世界の核問題の中心拠点と宣伝してきた。そこで外務省高官の頭の中に「ウィーン市原爆投下」という発想が生まれてきたのかもしれない。

 しかし、その発想は原爆投下の恐ろしさを観念的にしかとらえていないのではないか、という思いが湧く。原爆の恐ろしさをリアルに理解したい場合、原爆を投下された世界で唯一の被爆国日本の広島・長崎を訪問されたらいいだろう。原爆投下後、被爆の後遺症で苦しむ多くの人々が現在もいるのだ。世界最大の核実験所だった旧ソ連カザフスタンのセミバラチンスク核実験場と中国新疆ウイグル自治区のロプノール核実験所周辺では今なお白血病患者が増え、がん患者も多い。そこを視察すれば、原爆投下のリアルな怖さを感じることができる(「セミパラチンスキとロプノールの話」2019年6月17日参考)。

 セミパラチンスクは核実験場で456回の核実験が行われた。具体的には、大気圏実験86回、地上実験30回、地下実験340回だ。最初の実験は1949年8月29日。最後の実験は1989年10月19日だ。新疆ウイグル自治区実験地のロプノールは、何年も雨が降らない砂漠だ。そこに広島の原爆の1300倍以上の規模の核爆弾が投下された。核実験により、19万人が死亡し、100万人が放射能で汚染被害を受けた。現地住民には白血病、がん、障害児が生まれる確率が異常に高いという。 

 CTBTOの情報によると、広島と長崎に原爆が投下されて以来、今日までに確認されただけでも2059回の核実験が行われた。米国1032回、旧ソ連715回、フランス210回、英国45回、中国45回、インド4回、パキスタン2回、北朝鮮6回(南アフリカとイスラエル両国の核実験が報告されているが、未確認)。

 ところで、オーストリア外務省に中国共産党政権にロプノール核実験所の現地視察を申し込む勇気があるだろうか。世界保健機関(WHO)が新型コロナの発生地調査を要請してもそれが実現するまで大変だった。中国側から厳しい制裁を受けるかもしれない。

 ビデオによると、ウィーン市に原爆が投下された場合、死者23万380人、負傷者50万4460人の犠牲が出るという。それに対し、先の社民党議員は、「コロナ禍でわが国は目下、53万5000人の失業者、46万人の時短労働者がいる。原爆投下で何人の死者が出るといった計算に時間を費やしている時ではないだろう」と最大の皮肉を込めて述べている。

メルケルさん!「立つ鳥跡を濁さず」

 引き際を綺麗に整理してから立ち去るということは決して容易ではないだろう。特に、長い間、トップだった者が引退する場合、そうだろう。欧州連合(EU)の顔として2005年11月から15年間余りドイツ政権を導いてきたアンゲラ・メルケル首相(66)の場合はどうだろうか。日本語には気の利いた諺(ことわざ)があるのを思い出した。「立つ鳥跡を濁さず」だ。当方が心配しているのは、メルケル首相が「立つ鳥跡を濁す」のではないかという点だ。説明する。

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▲2019年9月、中国武漢市を視察中のメルケル独首相(独連邦首相府公式サイトから)

 政治の恩師ヘルムート・コール(在任1982〜98年)に見い出されてからドイツの政界トップに駆け上がり、恩師の任期最長期間16年間に次ぐ長期政権を担ってきたメルケル首相の業績は少なくない。先ず挙げられる点はドイツ政界の安定と国民経済の発展だろう。しかし、2015年秋、中東・北アフリカから100万人以上の難民が欧州に殺到して以来、メルケル首相は守勢に入った。ドイツ国内ではメルケル首相の難民歓迎政策は批判され、極右派新党「ドイツのための選択肢」(AfD)が台頭するチャンスを与えてしまった。健康問題も表面化し、外国貴賓を迎える式典でめまいを起こしたこともあった(「欧州の政界を変えた独首相の『発言』」2020年9月2日参考)。

 そこでメルケル首相は2018年10月、先ず与党「キリスト教民主同盟」(CDU)党首の座から降り、首相職に専念し、今年9月の総選挙にはもはや出馬しないことを表明した。その引退の時まであと8カ月余りとなった。文字通り、立つ鳥は後始末をし、後継者に全権限を譲り、身辺を整理するべき時を迎えているわけだが、後継者に禍根を残すような決定や発言がここに来て見られるのだ。

 政界引退の意向を表明した後、メルケル首相の政治的影響力は急速に減少していった。しかし、中国武漢発の新型コロナウイルスが欧州を襲撃し、多数の感染者、死者が出て、欧州全土は対策に振り回され苦境に陥った。それに呼応するかのように、メルケル首相の発言が増えていった。理論物理学を学んだメルケル首相は理数系の頭脳を発揮し、ドイツの世界的なウイルス学者ドロステン教授(シャリテ・ベルリン医科大学ウイルス研究所所長)と意気投合し、強硬なコロナ規制を実施。これまでのところドイツの感染者数、死者数はフランス、イタリア、スペインなどより低く抑えられている。そこで「さすが、メルケル首相だ」という称賛の声も飛び出してきたわけだ(「新型コロナがメルケル氏を蘇らせた」2020年4月27日参考)。

 ここまでは良かったが、昨年末から今年にかけ、2点、大きな間違いを犯した。一つは昨年12月30日、中国との間で「EU中国投資包括協定」(CAI)を合意したことだ。もちろん、同協定はEUと中国間の協定だが、中国はドイツがEU議長国である昨年下半期での合意を願ってきた。同協定によると、「中国側は欧州企業の中国市場へのアクセスを改善し、政府補助金に関する情報の透明性を高め、欧州企業の知的財産の中国本土への強制移転といった差別的習慣を撤廃する」という。欧州諸国では中国の人権問題を指摘し、「中国は約束を守らない」と反対の声が出ている。同協定の発効には欧州議会の批准が必要となる。

 メルケル首相はこれまで12回、中国を訪問している。世界主要国で10回を超える訪中をした政府首脳はメルケル首相以外にいない。中国は親中派のメルケル首相の任期中にEUとの投資協定を合意したかったのだ。メルケル首相は欧州内に反対の声があるのを知りながらも、協調路線を支持して合意を後押ししてきた。中国との投資協定合意は欧州に大きな禍根を残す結果となるだろう。

 もう一つは、ロシアの反体制派活動家ナワリヌイ氏の拘束に抗議して、欧州議会はドイツとロシア間で進めているロシアの天然ガスをドイツまで海底パイプラインで繋ぐ「ノルド・ストリーム2」計画の即時中止を求める決議を賛成多数で採択したが、メルケル首相は「ナワリヌイ氏の問題と『ノルド・ストリーム2』計画とは別問題だ」として、続行する意向を明らかにしている(「国際社会はナワリヌイ氏に連帯を!」2021年1月25日参考)。

 第1パイプラインは2011年11月8日に完成し、2本目のパイプライン建設「ノルド・ストリーム2」は2019年末には完工する予定だったが、米国側が、「ドイツはロシアのエネルギーへの依存を高める結果となる。欧州の安全問題にも深刻な影響が出てくる」と強く反対し、同計画に関与する欧米の民間企業に対して経済制裁を実施すると警告。そのため完成まで150kmあまりの距離を残し、同計画は現在、停止状況に陥っている。欧州議会は工事の中止を求める決議を採択し、ロシア側に圧力を強めてきたところだ。

 理系の頭脳の持ち主、メルケル首相は中国の市場が巨大であり、輸出国ドイツにとって中国市場は重要だという計算があるだろう。また、あと100km余りとなった「ノルド・ストリーム2」のパイプライン建設計画を中止すれば莫大な工事費が水泡に帰する。脱石炭、脱原発のドイツにとってロシアからの天然ガスはドイツ産業に必要なエネルギーという冷静な判断が働いたはずだ。

 その結果、メルケル首相は、中国の人権蹂躙などの問題を無視し、CAI合意を支援。ナワリヌイ氏の拘束は不法であり、根拠のない判断と分かっていながら、経済的、エネルギー政策的に不可欠な「ノルド・ストリーム2」計画を中止せず、続行を考えているわけだ。一方、相手側、中国とロシア両国はメルケル首相の任期中にまとめたいという焦るような思いがあるはずだ。

 好意的に受け取れば、メルケル首相は後継者に難問を残さないで、任期中に処理しようとしたのかもしれない。しかし、CAI合意も「ノルド・ストリーム2」建設問題も欧州ばかりか、世界にも影響を及ぼすテーマだ。メルケル首相は新型コロナ対策に集中し、残された課題はやはり後継者に委ねるべきではなかったか。「立つ鳥跡を濁さず」という諺をメルケル首相に贈りたくなった次第だ。

ペストとコロナの「不気味な一致点」

 14世紀、欧州全土を席巻したペストで「欧州人の約3分の1が亡くなった」といわれるほど大きな犠牲をもたらした。スイスのフライブルク大学の歴史学教授、フォルカー・ラインハルト氏(66)によると、ペスト(別名「黒死病」)は中国から運ばれ、欧州全土に広がっていったという。中国武漢で発生した新型コロナウイルスは昨年、習近平国家主席が提唱した新シルクロードを経由して欧州のイタリア北部で最初に大感染していったことを思い出す時、不思議な歴史の繰り返しを感じざるを得ない。

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▲アーノルド・ベクリン画「ペスト」1898年作(ウィキぺディアから)

 独週刊誌シュピーゲル(1月16日号)はラインハルト教授をインタビューしている。同教授は今年1月、「感染症のパワー、大ペストが世界をどのように変えたか」という新著を出したばかりだ。写真を含む6頁に及ぶインタビュー記事の中で、同教授はペストが欧州人の生き方に刻印した影響を説明する一方、「ペストや新型コロナ感染などの疫病が人類の歴史を大きく変えることはない」と主張している。

 欧州で最初にペストの大感染が生じたのは1347年、イタリアのシチリアに停泊していたジェノバのガレー船でだった。船はその前にはウクライナのクリミア半島の黒海沿岸の湾岸都市Caffa(現代のフェオドシヤ)に停泊していた。そこはジェノバの貿易業者の拠点だった。「ペストが発生した時、そこに住んでいた異邦人、クリミア・タタール人の仕業だといわれ、シチリアではメッシーナ市民がぺストを運んできたといわれた。人は想定外の悪いことが起きると、その原因を外に探そうとするものだ。欧州ではフランスやドイツでペストの疫病をユダヤ人の仕業としてユダヤ人狩りが多く発生した」という。

 ペストの「中国発生説」については、「生物考古学者が掘り起こした遺骨を検証した結果から明らかになった事実だ。中国と欧州の間では通商が盛んだった。中国からシルクロードを経由してペストが伝わった。ペストで何人の中国人が亡くなったのかという詳細な情報は当時、欧州には伝わっていなかった。新型コロナ感染のように、武漢の状況が世界全土に即通信された現代社会とは事情が異なっていた」という。

 イタリア歴史を専門とする同教授によると、「イタリア北部、フィレンツェ市、ミラノ市、ヴェネツィア市、ジェノバ市は当時、既に人口10万都市で欧州の世界貿易の拠点だった。例えば、ペスト前に人口約12万人だったフィレンツェ市は1427年の人口調査では3万7048人へと激減している。同市は当時、手を洗うなどの衛生規制、物価の高騰を防ぐために価格規制や教会の鐘を禁止するなど対応に乗り出していた」という。

 ちなみに、船舶は40日間の隔離期間後、ヴェネツィアに錨を下ろすことができた。40日間という隔離期間の導入もその時決められた。その「隔離」を意味する英語 quarantine はイタリアの「40」を意味するクアランタ(quaranta)を語源としている(「新型肺炎と『聖書の世界』を結ぶ数字」2020年4月9日参考)。

 ところで、新型コロナウイルス(covid-19)が欧州で最初にイタリア北部を中心に感染が爆発的に拡がった時、その理由として、ミラノなどイタリア北部では中国との商いをする会社が集中している点が指摘された。

 covid-19の最大感染国となったイタリアの北部ロンバルディア州は中国企業との関係が深い自治体として知られている。イタリアは先進主要7カ国(G7)の中でも中国の習近平国家主席が提唱した新シルクロード「一帯一路」に最初に参加を表明した国だ。その中でロンバルディア州の代表的産業都市ミラノ市には中国から多くの企業が進出している。モード産業では中国が廉価の布、安価な労働力をイタリア側に輸出し、最近では国内生産のために多くの中国人がロンバルディア州内で働いている。中国共産党政権が新型コロナの感染発生を数カ月間、隠ぺいしていた間、イタリアと中国との間の人的交流を通じて新型コロナが広がっていったわけだ(「『武漢肺炎』と独伊『感染自治体』の関係」2020年3月20日参考)。

 ペストは決してソフトな死をもたらさない。苦痛と苦悩の死をもたらす。同教授は、「ペストに関する多くの報告があったが、そのトラウマから解放されるために書いた著者が多かった。一種の自己テラピーのようなものだ」という。スペイン風邪を体験した近代の精神分析学の道を開いたジークムント・フロイト(1856〜1939年)は愛娘ソフィーを伝染病のスペイン風邪で亡くしたが、その時の体験、苦悩を後日、「運命の、意味のない野蛮な行為」と評したという話を思い出した。

 ラインハルト教授は、「歴史学者は悪い予言者だ。ポスト・コロナはコロナ前とは違うだろうが、感染症が人類の歴史に決定的な変化をもたらしたことはない」と断言する。すなわち、「人間はポスト・コロナに入って高貴になり、利他的になったり、逆に、悪くなり、自己中心的になったりはしない」という。

 音楽の都ウィーン市1区のグラーベンにペスト記念柱(Pestsaule)が建立されている。欧州各地で同じようなペスト記念柱が見られる。欧州全土を何度かペストが襲い、無数の人々が犠牲となった。それを慰霊する柱だ。そして今、中国から新シルクロードを経由して新型コロナウイルスが欧州全土を覆っている。欧州だけでも約70万人が亡くなっている。ペストとコロナの不気味な一致点が浮かび上がってくるのだ。

 ラインハルト教授は、「歴史は人生の教師ではない。未来について教訓を提供するものではない。新型コロナもワクチン接種が進めば、その捉え方も変わるだろう。50年後、新型コロナ感染が人類を大きく変えた出来事だったか否かが明らかになるだろう」と述べている。

習近平主席の「中国共産党の哲学」

 ドイツの民間ニュース専門局NTVが25日午後1時(現地時間)から、スイスのシンクタンク「世界経済フォーラム」(WEF、通称ダボス会議)主催のオンライ会合「ダボス・アジェンダ」を放映し、中国の習近平国家主席がそこで約30分間演説するというのでフォローした。

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▲世界経済フォーラムのオンライン会合で語る中国の習近平国家主席(2021年1月25日、独民間ニュース放送NTVの中継から)

 習近平主席は、「世界経済が戦後最大の危機に対峙している。そのような時であるから世界は相手に対する偏見を捨て、相互尊敬し、助けることが一層大切となる」と指摘し、「一国中心ではなく、多国主義で相互協調することが求められる」と語り、「一国だけが利益を得るやり方は中国の哲学ではない」と強調した。

 習近平主席は演説の中で頻繁に「相互協調」という言葉を使用していた(当方は習近平氏の中国語の演説を独語訳に通訳されたものを聴いていたので、少しニュアンスは異なるかもしれない)。同時に、国家主席の演説内容としては少々稀な「偏見」という言葉が良く飛び出し、「根拠のない批判を克服し、助け合わなければ、われわれが直面している困難を克服できない。地球は全ての人々にとって我が家だ。冷戦時代のような利己的な対応では問題は解決できない。相互助け合い、平和と民主主義を擁護し、民族的な偏見をなくさなければならない」と主張した。経済活動でも、「フェアな競争が大切だ。市場経済システムを発展させなければならない」と述べた。

 中国共産党の頭、習近平主席はいつから宗教指導者となったのだろうか、と首を傾げざるを得なくなったほど、その演説内容は精神論が際立っていた。そして一国中心の生き方を「中国の哲学とはマッチしない」と指摘していた。貿易戦争を展開した宿敵・トランプ前米大統領の“米国ファースト"を暗に批判したわけだ。

 もう少し習近平主席の演説を振り返りたい。「中国社会は開かれた社会だ。新型コロナウイルス感染に苦しむ国を助け、中国製ワクチンは世界に提供されている。われわれは自身が保有するノウハウを他国と分かち合う用意がある。困窮下にある世界経済の再生に中国経済が少しでも貢献出来ればうれしい」と言った。

 中国国営メディアは習近平主席の“高尚な”中国哲学を即発信した。欧米メディアは、「米国ファーストを主導し、中国に厳しく対応してきたトランプ前米政権から米民主党のバイデン政権が発足したことを受け、習近平主席は米新政権へのメッセージを発信したのだろう」という解説記事を流していた。日本メディアもその北京発のニュースを土台に習近平主席の演説内容を報じていた。

 その中で、独民間放送NTVのニュース解説者は、「習近平主席は人権問題については全く言及しなかった」と指摘することを忘れなかった。欧州ではウイグル系住民への弾圧についてはよく知られている。NTVのような観点で習近平主席の演説を報じた日本のメディアはなかっただろう。

 当方は習近平氏の演説を聞きながら、国連人権理事会に北朝鮮が提出した人権に関する政府報告書を思い出した。国連人権理事会で2019年5月9日、「普遍的・定期的審査」(UPR)の北朝鮮人権セッションが開かれたが、北側が提出した政府報告書の内容は嘘だらけだったから、よく覚えている。事実とは異なることを堂々と国際社会の舞台で報告する北朝鮮の姿勢に驚かされたからだ(「北政府『人権報告書』は嘘だらけだ!」2019年5月11日参考)。

 習近平氏のWEFへの演説内容の多くは事実ではない。中国が多国間主義やグローバリゼーションの恩恵を最も享受した国であるから、習近平氏が多国間主義を称賛するのは当然だが、中国共産党政権はその多国間主義を世界制覇の武器として利用している。習近平氏の提唱した「一帯一路」も最終的には覇権を狙った統一戦線の一貫であることは明らかだ。債務漬けとなったアフリカやアジア諸国の実態がそれを証明している。マスク外交、ワクチン外交も利他的な行為ではない。外交的利益を狙ったビジネスだ。

 人権問題ではウイグル系住民への過酷な弾圧はもはや隠しようがない。ポンペオ前国務長官が表現したようにジェノサイド(集団虐殺)がウイグル自治区で行われているのだ。その上、法輪功メンバーへの迫害は枚挙にいとまがない。

 その中国の舵を取る習近平主席は「相互協調」を訴え、偏見をなくして相互助け合うべきだと語ったのだ。中国武漢発の新型コロナウイルスの発生源問題でもこれまで事実を隠蔽してきた、国際社会の圧力を受けて世界保健機関(WHO)の調査団を受け入れたが、中国当局は武漢市や武漢ウイルス研究所への現地査察を認める考えはないはずだ。

 世界銀行(WB)の世界の経済見通しによると、米国の経済成長率は昨年マイナス3・6%、ユーロ圏はマイナス7・4%といずれもマイナス成長だが、中国はプラス2%を記録している。中国当局は新型コロナ対策が成功した結果と自負している。

 中国は昨年末、欧州連合(EU)との投資協定に合意したが、EU加盟国の中には中国の経済活動に不信感を排除できない国もある。習近平主席は「フェアな競争」を強調したが、不法な経済スパイ、情報工作は中国の常道手段だ。

 WEFでの習近平主席の演説は中国共産党政権の世界観を端的に示していた。すなわち、虚言を弄すことに全く抵抗感がなく、世界制覇の野望を実現するためには手段を選ばない、ということだ。「相互協調」「相互支援」は美しい言葉だが、中国共産党政権の哲学でない。

バイデン新政権就任早々の「変調」

 ジョー・バイデン氏が第46代米国大統領に就任してまだ1週間も経過していない段階で、バイデン新政権に対し「ああだ、こうだ」と批判することは時期尚早だろうが、前兆というか、懸念される変化が既に見られる。

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▲バイデン新大統領とハリス新副大統領(ホワイトハウス公式サイトから)

 海外反体制派中国メディア「大紀元」によると、バイデン政権発足後の21日、米国務省のウェブサイトから「中国の脅威」、次世代移動通信網(5G)セキュリティらの問題が主要政策項目(Policy Issues)から取り下げられたというのだ。同サイトには、反腐敗、気候と環境保護、新型コロナウイルスなど17項目が掲載されているが、先述した「中国の脅威」や5G項目が削除されているという。その理由は説明されていない。

 好意的に受け取れば、バイデン新政権は国務省のウェブサイトの刷新中なのかもしれないから、具体的な動きが出てくるまでは何も言うべきではないかもしれないが、少々心配だ。大紀元(2021年1月22日)によると、トランプ前政権時代の政策課題から消滅した項目は、「中国の脅威」、5G問題のほか、「イラン・危険な政権」、「ニカラグア・民主主義への回帰」、「ベネズエラ・民主主義危機」等々だ。

 トランプ前大統領がホワイトハウス入りした直後、前政権のオバマ・ケアの否定など、オバマ政権カラーを次々と抹殺していったことを思い出す時、バイデン新政権だけが特別変わっているとはいえない。民主党と共和党が政権交代する米国の政界では当然のことかもしれない。

 蛇足だが、トランプ大統領が就任直後、行ったことはホイトハウスの大統領執務室のカーテンを自身の大好きなカラー(黄金色)に変えたことだ。バイデン新大統領がデスク上の山積する書類に次々と署名(大統領令)している写真が配信されたが、大統領執務室のカーテンは22日現在、まだ変わっていない。バイデン氏が落ち着き、時間が出来れば、カーテンをトランプ・カラーからバイデン・カラーに変える大統領令(?)を発令するかもしれない。そうなれば「新政権のカラー」とメディアで騒がれるだろう。

 本題に戻る。トランプ政権のポンぺオ国務長官は離任直前の19日、中国共産党政権によるウイグル自治区のウイグル族ら少数民族への迫害を「ジェノサイド」(集団虐殺)と認定するなど、任期が終わる直前まで中国共産党政権の脅威をアピールしてきた。その後継者、アントニー・ブリンケン新国務長官(オバマ政権下では国務副長官)は上院承認公聴会でトランプ政権の中国政策に同意すると発言していた。その段階では、トランプ外交からバイデン外交へといった威勢のいい言葉は聞かれなかった。

 バイデン新大統領もブリンケン新国務長官も外交問題の専門家であり、中国共産党政権の実態をよく知っているはずだ。それではバイデン新政権下で国務省ウェブサイトの主要政策項目の変化は何を意味するのだろうか。

 トランプ政権時代の「中国の脅威」が米民主党のバイデン新政権が発足した途端に消滅した、ということはないだろう。それとも、北京の中国共産党政権が何らかの対話のシグナルをワシントンの新政権に向けて発信したのを受けた対応だろうか。

 中国共産党政権がバイデン新政権発足を受け、覇権政策を修正して対話路線に変えたということは聞かない。そのような時、米国務省の主要政策項目から「中国の脅威」を削除することは北京に誤解を与える危険性がある。中国共産党は相手が弱く出れば、必ず強く出てくる。バイデン新政権が中国に対して懐柔政策に出れば、北京は待ってましたといわんばかりにさまざまな工作を展開させてくるはずだ。

 「中国の脅威」だけではない。新政権の対イラン政策も懸念材料だ。バイデン新大統領は就任する前から、トランプ大統領が離脱したイラン核合意に再復帰する意向を表明してきた。バイデン氏は昨年9月の選挙戦でトランプ大統領のイラン核合意からの離脱を「失敗」と断言し、「トランプ大統領がイラン・イスラム革命防衛隊ゴッツ部隊のソレイマニ司令官を暗殺したためにイランが米軍基地を攻撃する原因となった」と述べ、対イラン政策の修正を示唆してきた。

 トランプ前米大統領は2018年5月8日、「イランの核合意は不十分」として離脱したが、イラン当局は米国の関心を引くために同国中部のフォルドゥのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げたばかりだ。バイデン氏はイランの核の脅威を軽視してはならないだろう(「米国の『イラン核合意』復帰は慎重に」2020年11月26日参考)。

 バイデン新大統領はトランプ政権の新型コロナ対策が不十分だったと頻繁に批判してきたが、40万人以上の米国人の命を奪った新型コロナが中国武漢発であり、中国政府が感染発生直後、その事実を隠蔽した事実に対しては批判を控えてきた。マスク着用を嫌ったトランプ前大統領は新型コロナの発生源については感染拡大当初からはっきりと中国側を批判してきた。

 バイデン民主政権下には既に親中派が入り込んでいる。同時に、リベラルなメディアには中国資本が入り、情報工作をしている。それだけにバイデン新大統領が明確な対中政策を確立しなければ、中国共産党の懐柔作戦に嵌ってしまう危険性がある。バイデン新政権下の国務省ウェブサイトの主要政策項目から「中国の脅威」が削除されたというニュースはその懸念を裏付ける(「バイデン・ハリス組の『中国人脈』」2020年9月11日参考)。

国際社会はナワリヌイ氏に連帯を!

 帰国が明らかになった段階で予想されたことだった。ロシアの反体制派活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏(44)は17日、ドイツのベルリンからモスクワ郊外の空港に帰国直後、拘束され、23日にはモスクワを含むロシア全土で同氏の釈放を要求する抗議デモが行われた。外電によると、モスクワで4万人の市民がナワリヌイ氏の早期の釈放を要求するデモに参加した。気温の低いシベリアのノボシビルスクでも約4000人が路上デモに参加したという。それに対し、ロシア当局は無許可デモとして1000人を超えるデモ参加者を拘束していった。その中には、ナワリヌイ氏のユリア夫人も含まれていたという。

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▲ナワリヌイ氏のYoutube番組(2021年1月19日放映)

 ナワリヌイ氏は昨年8月、シベリア西部のトムスクを訪問し、そこで支持者たちにモスクワの政情や地方選挙の戦い方などについて会談。そして同月20日、モスクワに帰る途上、機内で突然気分が悪化し意識不明となった。飛行機はオムスクに緊急着陸後、同氏は地元の病院に運ばれた。症状からは毒を盛られた疑いがあったため、交渉の末、昨年8月22日、ベルリンのシャリティ大学病院に運ばれ、そこで治療を受けてきた。

 ベルリンのシャリティ病院はナワリヌイ氏の体内からノビチョク(ロシアが開発した神経剤の一種)を検出し、何者かが同氏を毒殺しようとしていたことを裏付けた。英国、フランス、そしてオランダ・ハーグの国際機関「化学兵器禁止機関」(OPCW)はベルリンの診断を追認した。一方、ロシア側は毒殺未遂事件への関与を否定してきた。

 ロシア当局を激怒させたのは、.淵錺螢魅せ瓩昨年12月21日、ロシアの安全保障当局者になりすましてベルリンから電話し、自身を殺害しようとしたロシア連邦保安庁(FSB)工作員から犯行告白を聞き出し、その内容を公表したこと、同氏のグループが19日、プーチン大統領の豪華な宮殿(推定1000億ルーブル)を撮影した動画を公表し、プーチン氏の汚職腐敗の実態を暴露したことだろう。

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▲プーチン大統領の豪華な宮殿(ナワリヌイ氏のYoutubeから)

 モスクワ帰国直後、警察当局に拘束された時のナワリヌイ氏を撮った写真を見たが、その表情は厳しいものを感じた。ベルリンで療養生活を5カ月余り過ごした後、モスクワで即、拘留されたわけだ。理由は、執行猶予期間の出頭義務を怠ったというもので、30日間の拘留となった。ロシア当局は今月29日に更なる対応を決める予定だ。予想された事とはいえ、厳しい現実に直面したわけだ(「ロシア反体制派活動家の『帰国』」2021年1月15日参考)。

 ナワリヌイ氏の名前は国際社会では知られているが、ロシア国民は同氏の動向についてはこれまで余り知らなかった。プーチン氏もナワリヌイ氏の名前を公の場で語ったことがない。完全な無視だ。必要な時は「ロシア国民の一人が……」といった表現に留め、ナワリヌイ氏の名前は絶対に口に出さなかった。毒殺未遂事件でも関与を否定する一方、西側の茶番劇と一蹴してきた。

 それが今回の抗議デモで、ナワリヌイ氏の名前はロシア全土に知られる反体制派活動家として広まった。豪華な宮殿の暴露、そして大規模な抗議デモはプーチン氏にとっては予想外の展開となっただろう。モスクワのデモでは多くの若者の姿が見られた。

 欧米社会の反応も素早かった。欧州連合(EU)のミシェル大統領はナワリヌイ氏の拘束を批判し、即時釈放を要求。バイデン米政権でも批判の声が聞かれる、といった具合だ。EUは昨年10月、ナワリヌイ氏への毒殺未遂事件を受け、対ロシア制裁を実施してきたが、欧州議会は今月21日、ロシア産天然ガスをドイツに直接輸送するパイプライン「ノルド・ストリーム2」の完成工事中止を求める決議を採択した。

 ちなみに、ロシアとドイツ両国は2005年、ドイツのシュレーダー首相(当時)とプーチン大統領がロシアの天然ガスをドイツまで海底パイプラインで繋ぐ「ノルド・ストリーム」計画で合意した。第1パイプラインは2011年11月8日に完成し、2本目のパイプライン建設「ノルド・ストリーム2」は2019年末には完工する予定だったが、米国側が、「ドイツはロシアのエネルギーへの依存を高める結果となる。欧州の安全問題にも深刻な影響が出てくる」と強く反対し、同計画に関与する欧米の民間企業に対して経済制裁を実施すると警告。そのため完成まで150キロあまりの距離を残し、同計画は現在、停止状況に陥っている。そこに欧州議会が工事の中止を求める決議を採択し、ロシア側に圧力を強めてきたわけだ(「ナワリヌイ事件が示したロシアの顔」2020年9月6日参考)。

 国家の威信を重んじるプーチン大統領の出方が問題となる。国際社会の圧力を受けて、ナワリヌイ氏を釈放すれば、「圧力に屈した」というイメージを与えてしまう危険性が出てくる。その上、今年9月に実施される下院選への影響を考えなければならない。だから、プーチン氏が欧米社会の要求を受け入れ、ナワリヌイ氏を早期釈放することは期待できない。むしろ、反体制派活動家への取り締まりを強化していくかもしれない。

 ナワリヌイ氏の側近レオニッド・ヴォルコフ(Leonid Wolkow)氏は独紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)日曜版で、「ナワリヌイ氏のために抗議デモを続行すべきだ。ロシアでは路上デモが唯一の手段だからだ。ロシアでは反体制派活動家が2度、毒殺されたことがあったのだ」と述べ、ロシア国民の支援を訴えている。

 ナワリヌイ氏は1月22日、身柄が拘束されている警察署から弁護士を通じてメッセージを発信している。以下、ロイター通信の記事から紹介する。

 ナワリヌイ氏は「自ら命を絶つ考えはない」と明言し、「念のために申し上げるが、窓の面格子で首をつったり、尖ったスプーンで静脈や喉を切ったりするつもりはない。階段は慎重に登り下りしている。彼らは毎日私の血圧を測り、まるで宇宙飛行士のように扱ってくれるので、突然、心臓発作に見舞われる心配はない。刑務所の外には多くの善良な人がおり、必ず助けが来ると分かっている」と述べた。

FFP2マスク着用前には髭剃って

 オーストリアでは25日から新型コロナウイルス規制の追加措置としてスーパーや地下鉄など公共運輸機関を利用する場合、高品質のフィルタリングの医療マスク、FFP2マスクの着用が義務化される。隣国ドイツでも同様だ。

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▲オーストリア政府が65歳以上の国民にプレゼントした中国製のFFP2マスク(2021年1月23日、ウィーンにて)

 中国武漢発の新型コロナ感染が欧州に上陸した直後、ウイルス専門家たちは一般マスク(家庭用マスク)の着用を勧めたが、「マスクはアジア文化であり、欧州社会ではマッチしない」と拒絶する欧州人が多かった。コロナ禍が1年以上長期化し、多くの感染者、死者が出てきた結果、マスクの着用は欧州社会でも定着してきた。そして今、FFP2マスクの着用が義務化されるわけだ。

 これまではマスクと言っても簡易なもので、「くしゃみをした場合、相手に影響を及ばさない」程度で、相手からのウイルスを防止することは出来ない簡単なマスクだった。しかし、昨年末から今年に入り、英国発のウイルス変異種(B1.1.7)が発生、新規感染者が急増し、ロックダウン(都市封鎖)しても新規感染者数が減少しないために、他者からの感染を防ぐため、簡易なマスクではなくFFP2のマスクが必要となってきた、というわけだ。ウイルス専門家が「FFP2マスクを着用すれば、かなりの確率で感染を防ぐことができる」と説明したこともあって、FFP2マスクへの需要はここにきて急増してきた。

 オーストリアでもFFP2マスク着用の義務化を控え、FFP2を買う国民が増えた。その結果、トイレットペーパーの時と同じように、FFP2マスクはどこのスーパーでも売り切れ。10枚入りのFFP2マスクの袋を2袋買おうとした客は会計で「1人1袋まで」と注意されて、抗議する、といった場面が夕方のニュース番組で報じられていた。25日からFFP2マスクを着けていないと、買物はできないうえ、地下鉄にも乗れなくなるから、国民もFFP2マスクの確保に必死になるわけだ。

 安倍晋三前首相は国民にマスク2枚を無料で提供する政策を実施したが、オーストリア政府もその政策を真似て、65歳以上の高齢者には10枚のFFP2をプレゼントすることになった。連邦政府からのプレゼントを受け取った市民によると、FFP2マスクは中国製だ。オーストリア側はFFP2の需要拡大を受け、国内生産を奨励し、FFP2を製造する企業を支援中だ。もう少し時間が経過すれば、国産FFP2マスクが手に入るようになるという。

 ちなみに、FFP2は1枚59セント(約75円)で統一価格でスーパーでは売っているが、薬局ではその数倍の値段だ。いずれにしても、FFP2マスクは通常のマスクよりかなり高価だ。そのうえ、24時間使用すれば感染防止の効果がなくなるから、新しいマスクに交換しなければならない。貧しい労働者やホームレスはとてもFFP2マスクを買って着用することは難しい。そこで政府は低所得者やホームレスには無料でFFP2を提供する方針という。

 新しいことを決めれば、それに関連した新しい問題が生じる。その一つは、髭を生やしている男性がFFP2マスクを着用する場合、髭(特に頬髭)を剃らないとダメという問題が浮上してきた。FFP2を着用しても髭があれば隙間ができ、そこからウイルスが侵入してくるという理由から、「FFP2マスク着用前には髭を剃るように」とウイルス学者が助言。それに対し、髭を生やしている男性から「マスクのために髭は剃れない」といった苦情がソーシャル・メディアで溢れている。

 オーストリア国営放送は散髪屋で髭を生やしている男性とウイルス専門家がFFP2を着用する際の注意事項などを実演する番組を放映していた。口髭はいいが、頬髭は剃ったほうがいいという。イスラム系やユダヤ人の男性には髭を生やしている人が多い。FFP2マスク着用のために髭を剃るようにいわれてもあっさり「そうですか」といって納得するのは難しいだろう。

 欧州ではコロナ感染の拡大を受け、マスク着用が義務化されてきたが、通常のマスク着用の時も極右派関係者が強く反対し、コロナ措置に抗議してマスクを着けずに抗議デモを行ってきた。FFP2マスク着用が義務化になれば、イスラム系、ユダヤ系の“髭男たち”がマスク反対の抗議デモに加わるかもしれない。

 日本の街の風景を放映しているYoutubeの動画を観ていると、どの街でも日本人は路上でもほぼ100%マスクを着用している。ただし、FFP2マスクを着用している日本人はまだ少ないのではないか。欧州ではマスクは店舗に入って買物する時や地下鉄に乗る時にしか着用しない。散歩する時マスクを着ける人はほとんどいない。地下鉄から下車したら、直ぐにマスクを外す人がほとんどだ。

 マスクは欧州社会の街の風景を変えつつある。コロナ・ワクチン接種の拡大、そして集団免疫が実現するまで、マスクを手放せなくなってきた。一般マスクからFFP2マスクへの移行がスムーズに進むことを願う。

バイデン新大統領の「使命」は

 コラムのタイトルに「使命」という言葉を選んだ。「課題」とか「テーマ」といった言葉も考えられるが、バイデン新大統領には「使命」という表現がより相応しいのを感じるからだ。それでは誰に対しての「使命」なのか。民主主義国では主権者は国民だから、米国民への「使命」というべきだろうが、78歳の高齢の米大統領にはこれまでの政治人生を導いてきた「神」からの使命という意味合いを含むべきだろう。

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▲第46代米大統領に就任したバイデン氏とジル夫人(2021年1月20日、オーストリア国営放送の中継から)

 バイデン氏は「口の人」ではないことは前回のコラムでも指摘した。「口の人」ともいうべきクリントン、オバマ両元大統領はバイデン氏の就任演説中に“コクリ、コクリ”と居眠りをしていた。IT時代を迎え、国民の心を捉える演説力、情報発信力は大きな武器だが、最終的に問われるのはやはり実行力だろう。

 その点、バイデン氏はクリントン、オバマ両元民主党大統領を凌ぐチャンスがある。4年後の再選を考えず、与えられた4年間に全ての経験、知識を投入してやるべき使命を果たすことができれば、波乱万丈だったバイデン氏の政治生命に花を添えるだろう。このコラム欄で「バイデン次期大統領『高齢者の強み』」(2021年1月9日参考)の中で当方が記した内容だ。

 それではバイデン氏の「使命」とは何だろうか。新大統領が抱える内外の課題、問題は既に明らかだ。就任直後、ホワイトハウスの大統領執務室のデスク上には多くの書類が積み上げられていた。世界保健機関(WHO)や地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」からの脱退、離脱の取り消しに関する大統領令などに署名するバイデン氏の写真は世界に発信された。民主党選出のバイデン大統領に期待され、バイデン氏も公約してきた内容だ。オバマ政権の業績を就任直後から破棄していったトランプ前大統領のように、バイデン氏はトランプ政権で決まった内容を迅速に無効にする仕事に取り組んでいるわけだ。徹底した反トランプ報道を貫いてきたリベラルな米メディアが喜ぶ瞬間だろう。

 しかし、当方がこのコラム欄でいうバイデン氏の「使命」はそのような内容ではない。共和党のトランプ前政権の決定事項を無効、破棄することは民主党大統領の必修科目かもしれないが、神が召命したバイデン氏の「使命」ではない。「使命」とは、中国共産党政権に対する明確な神のメッセージを発信することだ。

 習近平国家主席の下、多くの中国国民がその管理下に生きている。特に、50以上の少数民族は激しい弾圧を受け、共産党の“再教育”を受けている。ポンぺオ国務長官は離任直前の19日、中国共産党政権によるウイグル自治区のウイグル族ら少数民族への迫害を「ジェノサイド」(集団虐殺)と認定している。ウイグル民族の女性たちは避妊手術を受け、男性たちは中国同化政策を強要されている。その数は100万人を超えているというのだ。チベット系民族もしかり、モンゴル系住民もしかりだ。

 ナチス・ドイツ政権はユダヤ人、ロマ人ら少数民族を強制収容所で拘束し、ユダヤ人は600万人が虐殺された。アウシュビッツ強制収容所が解放された時、世界はナチス政権のユダヤ人大虐殺を知って驚いたが、21世紀の現代は、中国共産党政権の同じような少数民族への迫害の事実が報じられ、国際社会の知るところとなっている。だから「知らなかった」とは弁明できない。同時代に生きる人間、特に世界の主要国家の為政者は弁明できないのだ。

 外交畑を歩んできたバイデン氏は中国共産党政権の実態を知っているはずだ。バイデン氏は中国に対し、「人権を無視し、法輪功信者から生きたまま臓器を摘出するなど非人道的な犯罪は絶対に許されない」という明確なシグナルを常に発信すべきだ。そして世界の民主国家と結束し、「反中国戦線」を構築して、北京への圧力を強めていくべきだ。中国共産党政権はあらゆる手段を駆使して反撃してくるだろう。その巨大な資金、人材を投入して既に懐柔作戦、情報工作を展開している。共産党は相手が腰を引いているとみれば強硬に出てくるが、相手が強く出れば、慎重になる。

 「バイデン・ハリス組の『中国人脈』」(2020年9月11日参考)で書いたが、バイデン民主政権下には既に親中派が入り込んでいる。同時に、リベラルなメディアには中国資本が入り、情報工作をしている。中国抜きで世界の運営は難しいが、「中国共産党政権と中国国民は別である」という視点を踏まえながら、対中政策を実施すべきだ。習近平主席が最も恐れているのは「党と人民は別」論だ。

 中国共産党政権は中国の長い歴史の中で出てきた異質の政権だ。それは中国の歴史、文化とは一致しない唯物的世界観を有し、宗教の自由を蹂躙する政治イデオロギーを有している。習近平主席は宗教の中国化を画策している。新型コロナウイルスのパンデミック後、中国共産党政権はマスク外交、ワクチン外交を展開し、相手国を親中派にするために腐心している。彼らの狙いは利他的な「ウインウイン外交」ではなく、中国共産党政権の覇権拡大だ。

 「それでもトランプ氏を推す理由」(2020年7月19日参考)でも書いたが、トランプ前政権の最大の業績は中国共産党政権の実態を世界に明らかにしてきたことだ。トランプ氏個人の人間的弱さ、暴言、失言は歴代大統領の中でも飛び抜けていたが、対中政策では歴代最大の成果を積んできた。一政権では世界の全ての問題を解決できない。それはバイデン新政権でもいえることだ。地球温暖化対策も急務だが、対中政策の動向は世界の安全に直接に関連するテーマだ。

 バイデン新大統領の「使命」は、共産主義思想を国是とする中国共産党政権に対し、その誤りを指摘する不動の政策を貫徹することだ。米国が揺れない限り、中国共産党政権は世界制覇といった野望を実行できないからだ。

 トランプ氏は歴代大統領の中でもレーガン大統領(在任1981〜89年)を最も尊敬していたという。レーガンは冷戦時代、共産主義を「悪魔の思想」と喝破した大統領だった。レーガンは亡くなり、トランプ氏は去った。後継者のバイデン新大統領はその使命を継承し、中国共産党政権に対して、不動の、明確な政策を実行すべきだ。78歳のバイデン氏にとって最大の武器は、長男ボーを失った時(2015年)も常に傍で同氏を鼓舞していた神の支援だ。何を恐れることがあるだろうか。

米国に願われる「ウインウイン思考」

 ワシントンで20日挙行されたバイデン新大統領の就任式をTV中継でフォローした。トランプ前大統領の時もそうだったが、新大統領は就任式に自宅から聖書を持参し、その上に手を置いて宣誓式に臨んでいた。教会の礼拝に持参できないぐらい大きく、分厚い聖書には驚いた。多分、由緒ある聖書なのだろう。

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▲聖書の上に手を乗せて宣誓するバイデン新大統領(2021年1月20日、オーストリア国営放送の中継から)

 新大統領の就任演説はバイデン氏が「口の人」ではないことを改めて明らかにした。内容ではない。その語りっぷりだ。CNNはバイデン氏の演説中、貴賓ゲスト席にいたクリントン元大統領が居眠りをしていたところを映し出していた。オバマ氏も同様で、目をつぶり自分の副大統領だったバイデン氏の演説に耳を傾けていたが、意識を失っていった。カメラが自分に向かっていると直感したのか、目を開いた。CNNはその瞬間を撮っていた。

 両元大統領は現職時代、演説のうまさで定評があった。その両元大統領にとって、就任したばかりの新大統領の演説が余りにも単調で、繰り返しが多く、メリハリのないものだったので、ついつい睡魔に襲われたのだろう。スリーピング・ジョーといわれ、その演説の退屈さはワシントンの政界ではよく知られているが、それを就任初日から裏付けることになったわけだ。

 演説内容は、民主主義の称賛と二分化した米国社会の結束を訴えるものであり、「自分は全ての米国民の大統領となる」という決意表明だった。当方は居眠りせずに最後まで聞いたが、バイデン氏に名演説を期待することは間違っていることが良く分かった。

 コラムのテーマに入る。米国社会は英雄と勝利者を称える社会だ。同時に、その社会は勝者と敗者を生み出す。ワイルド資本主義社会の米国ではアメリカンドリームを実現するために多くの人々が努力するが、頂点に辿り着く人は限られている。

 昨年11月3日に実施された米大統領選でも同じだった。トランプ前大統領は父親に言われたように「絶対に敗北を甘受するな」という言葉を忠実に守って、選挙の不正集計問題を取り上げて最後まで抵抗した。トランプ前大統領の父親は米国社会では敗者が如何に惨めかを体験していたのだろう。

 大統領選が終わると、ワシントンでは住民の入れ替わりが見られる。今回の場合、米共和党関係者はワシントンから引っ越しし、米民主党関係者がワシントンに移転してくる。勝者と敗者の入れ替わりだ。民主党と共和党は過去、大統領選毎、同じ風景を繰返してきた。ワシントンには長くて8年間、短ければ4年で住民の入れ替わりが行われる。

 米国の選挙システムは勝者と敗者をより鮮明にする。勝利すれば、その州に割り与えられた選挙人全てを獲得し、敗者は健闘しても全てを失う。勝者を愛し、敗者に冷たいシステムだ。そのシステムから毎回、新しい米大統領が生まれてくる。

 バイデン氏は「全ての米国民の大統領になる」と表明し、勝者だけではなく、敗者の大統領にもなるという。どの新大統領もよく語る言葉だ。しかし、その実現性はどうだろうか。米国社会自体が勝者と敗者を明確にする。選挙システムだけではなく、経済システムも勝者と敗者を分けていく。どの国でも程度の差こそあれ、同じかもしれないが、米国の場合、非情なまでその区別が鮮明なのだ。

 バイデン氏は20日、就任直後、トランプ前政権が決定していた世界保健機関(WHO)の脱退手続きを取り下げる大統領令に署名している。それだけではない。トランプ政権は2017年8月4日、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」を離脱し、18年5月8日には「イラン核合意」から離脱したが、バイデン氏はそれらの撤回を表明している。大統領が変われば、その度、多国間協定が変わるという異常状況が生まれている。

 冷戦時代、西側民主主義陣営と共産主義陣営に分裂し、レーガン米大統領(在職1981〜89年)はその分裂を「善と悪の戦い」と評した。そして冷戦は前者の勝利となった。ゴルバチョフソ連大統領(当時)は後日、「米国が勝利したことは間違いないが、その後、米国は敗者への配慮に欠き、傲慢になった」と批判したことを思い出す。米国には久しく勝者と敗者の間には深い溝があり、両者の融和は決して容易ではない。

 米国が戦争に巻き込まれない限り、米社会を結束させることは難しい。バイデン氏はカトリック信者だが、米教会もバイデン氏を支持する派と反対する派に分かれている。バイデン氏の足元の教会が分裂している時、米国社会の結束といわれてもその実現性は限りなく非現実的なわけだ。

 米国社会の「勝者・敗者の思考」を変える時を迎えている。具体的には、ウインウイン社会に変えることだ。勝者が敗者社会に埋没すれば、社会主義に落ち込み、社会の活力を失う危険が出てくる。しかし、ウインウイン社会では双方が発展し、成長できる。

 オーストラリアのメルボルン出身の哲学者、ピーター・シンガー氏は相手を助けることは最終的には自分を助けることにもなる、という効率的な「利他主義」(独Altruismus) を主張している。シンガー氏が主張する“効率的な利他主義者”は理性を通じて、「利他的であることが自身の幸福を増幅する」と知っている人々だ。相手のために生きることが自分のためになるという絶対的確信があるからだ。宇宙全ては利他的に運営されていることを理解し、人間社会の発展でもその宇宙原理を実践することで、勝者と敗者、豊かな人と貧しい人、幸福な人と不幸な人の分裂を乗り越えていくわけだ(「利口ならば、人は利他的になる」2015年8月9日参考)。

 その点、トランプ氏の米国ファーストは逆行していた。自国一国だけが幸せになるということは非現実的だ。中国発の新型コロナウイルスは大きなチャンスを与えている。全世界が同じ困難に直面し、苦しんでいるからだ、そのような状況はこれまでなかったことだ。同じ問題だから、相手側の事情が良く理解できる。その分、相互援助も実行しやすいわけだ。ウインウイン思考が定着できる環境が生まれてきているのだ。

 人間関係、国家間の関係もウインウインでない限り、その関係は長続きしない。例えば、米国の軍事的支援が米国と相手国の相互の利益とならない限り、関係は長続きしない。外交世界に精通しているバイデン氏には「ウインウイン外交」を推進してほしい。同時に、米国国民は「勝者・敗者の思考」から脱皮し、「ウインウイン思考」にグレート・リセットすべきだ。
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