ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2020年09月

独で見られる反日傾向と「少女像」

 ドイツの首都ベルリンで在独韓国人の民間団体「韓国協会」が28日少女像を設置したことが明らかになった。韓国側はドイツではこれまで2体の少女像を設置しているが、全ては韓国人所有の私有地だったが、今度は公道だという。当方はまだその少女像を見ていないが、「公道で」というのが事実ならば、大きな問題を含んでいる。ベルリン市の関係者の認可がなくては公の道で像やプラカードを立てることは本来できない。少なくとも、ベルリン市関係者の許可を受けて同市中心部ミッテ区で少女像を建立したと考えざるを得ないからだ。

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▲韓国・釜山の日本総領事館前に設置された慰安婦像(森啓造撮影)

 韓国団体は過去、海外でも慰安婦問題を糾弾する目的で少女像を設置してきた。米国では地方の親韓派の政治家を巧みに利用して少女像を設置してきたケースが多い。少女像は反日団体の輸出商品のように世界各地で設置され、日本を非難してきた経緯がある。今回もその流れに沿った行動だ(「韓国は『憎悪』を輸出すべきでない」2014年1月20日参考)。

 「韓国協会」代表は「少女や女性への性犯罪を罰し、性犯罪を世界から追放するため」と少女像の設置目的を説明している。それにしても、韓国が人口当たり性犯罪が非常に多い国であり、韓国国内では性犯罪が多発している。海外で他国のことを批判している場合ではないのが現実だろう。ベトナム戦争での韓国軍兵士のベトナム人女性への性犯罪は件数だけでも多い。にもかかわらず、わざわざドイツに出かけ、旧日本軍の慰安婦問題を糾弾する「韓国協会」は明らかに女性権利の擁護団体ではなく、反日に凝り固まった反日職業活動家グループと受け取って間違いないだろう。「女性の権利」を守るというのならば、自国内で取り組まなければならないはずだ。はっきりと言えば、彼らは確信犯だ。

 ここではドイツの公道で少女像が設置されたという点を考えたい。ベルリン市当局に親韓派政治家か韓国人ロビイストが暗躍しているのだろうか。通常の場合、ドイツに関係のない第3国の要請を受けて、自国の公道に歴史的にも定説がない問題に関連する像の設置を認めることはない。だから、米国ではメディアで報道されて初めて知った政治家が少女像の撤去を要求したことがあった。ドイツ側の反応はどうだろうか。

 問題は、ドイツには表面的には表れることが少ないが、政治家、知識人、メディア関係者に潜在的な反日傾向が見られることだ。隣国オーストリアでも同じ傾向を感じてきた。その反日傾向は欧州人の知識人によくみられる反米傾向とは異なっている。第2次世界大戦の歴史と関係しているように感じるのだ。

 多くのドイツ人はアジアで最初に経済大国となった日本を評価しているが、第2次世界大戦の問題に関わってくると少し違ってくる。韓国人は「日本は過去の戦争問題で十分謝罪していない。償っていない」といって日本を批判するが、ドイツ人は不思議と過去問題では韓国人の主張に同意するのだ。韓国人が旧日本軍の慰安婦問題を追及すれば、その是非を検証せずに韓国側の主張を受け入れ、日本を批判する。韓国側は「日本はドイツに見習え」と強調し、ドイツの戦後の戦争処理を高く評価する。過去問題では韓国とドイツ両国のスタンスは近いのだ。

 ゲアハルト・シュレーダー前独首相(首相任期1998年10月〜2005年11月)は2017年9月、訪韓し、文在寅大統領と会見する一方、旧日本軍の慰安婦被害者が共同生活を送る施設「ナヌムの家」(京畿道広州市)を訪問し、そこで日本の歴史問題に対する対応を批判し、韓国国民の歓迎を受けている(「訪韓した独前首相の『反日』発言」2017年9月14日参考)。

 このコラム欄でも数回、書いたが、ドイツ政府は「賠償問題は戦争直後、解決済み」という立場を堅持してきた。日本は戦後、サンフランシスコ平和条約(1951年)に基づいて戦後賠償問題は2国間の国家補償を実施して完了済みだが、第1次、第2次の2つの世界大戦の敗戦国となったドイツの場合、過去の賠償問題は日本より複雑だ。ドイツの場合、国家補償ではなく、ナチス軍の被害者に対する個別補償が中心だからだ。だから、ギリシャやポーランドでは、ナチス・ドイツ軍の占領時代(1941〜44年)に対する戦時賠償金支払いをドイツ政府に要求する動きがある。

 例を挙げる。ヨアヒム・ガウク独大統領(当時)は2014年3月7日、第2次世界大戦中にナチス・ドイツ軍が民間人を虐殺したギリシャ北西部のリギアデス村(Ligiades)の慰霊碑を訪問し、ドイツ軍の蛮行に謝罪を表明したが、同大統領の演説が終わると、リギアデスの生存者たちは「公平と賠償」と書かれたポスターを掲げ、「大統領の謝罪はまったく意味がない。われわれにとって必要なことは具体的な賠償だ」と叫び出した。

 ドイツは戦争責任をナチス・ドイツの戦争犯罪に縮小し、ユダヤ人虐殺問題では賠償し、謝罪したが、戦争犯罪はナチス政権が犯したものであり、悪いのはナチス政権だという考えが強い。その結果、「ドイツ国民はナチス政権の犠牲者だった」と感じる国民が少なくない。日本に併合されていた韓国は第2次世界大戦では日本軍の一員として米国らと戦争したが、敗戦後、「われわれは日本に支配されてきた。韓国は犠牲者だった」と主張し、第2次世界大戦終了直後、韓国も日本の支配から解放された勝利国だと主張した。ドイツと韓国人は戦争後の対応ではよく似ているわけだ。加害者だったが、被害者を装い、同じ敗戦国の日本に対しては冷たい視線で見つめてきたのだ(「ナチス政権との決別と『戦争責任』」2015年4月29日参考)。

 忘れてならない点は、ベルリンには冷戦時代から韓国から追われた反体制派活動家が拠点を構築し、ソウルの政府を糾弾してきたという事実だ。彼らには親北派の学生や留学生が多く、同時に反日活動家だ。今回の少女像の設置では背後でべルリン側に働きかけたかもしれない。

 加藤勝信官房長官は29日、ベルリン市の少女像設置について「極めて遺憾」と述べたが、日本外務省はドイツ側に少女像の撤去を強く要求すべきだ。黙認、静観は外交の世界では通用しない。相手が声を大にして批判してきたならば、それよりも大きな声で反論しない限り、負けてしまうのだ。

今こそ“第2のフランス革命”を

 フランス国民は一見、西欧諸国の中でも最も自由を謳歌しているようで、「自由にも制限がつく」とはなかなか言い出せない。政治家も国民の多くも「他者を冒涜する自由がある。なぜならば、それが自由だ」と信じているのだ。そうでなければ、多分、多くのフランス人にとって歴史を通じて獲得した「自由」が消滅してしまう、といった不安に脅かされるからだ。その意味で、フランスは案外、欧州で最も「不自由な国」なのかもしれない。

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▲仏風刺週刊紙最新号を1面トップに報じるオーストリア日刊紙プレッセ14日付(2015年1月14日撮影)

 以下、パリの左派系風刺週刊誌「シャルリー・エブド」テロ襲撃事件を契機に浮かび上がったフランス国民の「自由」への一考だ。偏見と独断もあるかもしれないが、当方にはフランス国民を誹謗、中傷する考えはまったくないことを断っておきたい。

 先ず、5年前の事件とその後の経緯を簡単に振り返る。

 。横娃隠鞠1月7日午前11時半、パリの左派系風刺週刊紙「シャルリー・エブド」本社に武装した2人組の覆面男が侵入し、自動小銃を乱射し、建物2階で編集会議を開いていた編集長を含む10人のジャーナリスト、2人の警察官などを殺害するというテロ事件が発生した。

  「シャルリー・エブド」誌は、2011年と12年にイスラム教の預言者ムハンマドを風刺した画を掲載。13年には「ムハンマドの生涯」と題した漫画を出版した。イスラム過激派グループからは報復の脅迫メールを何度も受け取り、警察側は警備を強化していた矢先だった。

 フランスのオランド大統領(当時)は事件直後、テレビを通じて国民向けに演説し、「我々の最強の武器は自由だ。自由は蛮行より強い」と述べ、国民に連帯を呼びかけた。そして3日間、テロ犠牲者への「国民追悼の日」とし、国内の国旗を半旗にすることを決めた。パリ市民はテロ事件の直後、「Je suis Charlie」(私はシャルリー・エブド)という抗議プラカードなどを掲げ、「言論の自由」の擁護に立ち上がった。

 ■鞠後、 同テロ事件をめぐる公判が今年9月2日に始まった。「シャルリー・エブド」は9月2日付の特別号で、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を1面に再掲載し「全てはこのために」と見出しを付け、「われわれは絶対に屈服しない」と改めて決意表明した。マクロン大統領は1日、訪問先のレバノンの記者会見で「フランスには冒涜する自由がある。報道の自由がある」と述べた。

 パリ市内の路上で25日、大型刃物をもった男が路上にいた2人を刺傷し、重傷を負わせるといった事件が発生した。現場は2015年1月に銃撃事件が起きたシャルリエブドの旧本社近くで、当局は7人の容疑者を逮捕し、テロ事件として捜査を始めた。警察当局によると、実行犯のパキスタン出身の男(18)はシャルリー・エブドのテロ事件と関連があると受け取られている。

  ↓◆△修靴騰でもフランス国民にとって主要テーマは「自由」だった。如何にイスラム系テロから「言論の自由」を守るかが問題となった。フランス国民の「言論の自由」への一途な献身には涙を禁じ得ないが、当方は5年前から考えていたことがある。「シャルリー・エブド誌のイスラム教開祖ムハンマドの風刺は芸術ではなく、イスラム教徒の信仰心を中傷する冒涜にすぎない。われわれが命の代価を払っても守るべき『自由』とは一致しない」という叫び声がどうしてフランス社会で高まらないのかだ。オランド大統領も後継者のマクロン大統領も、「われわれは言論の自由を死守する」と主張し、後者は「冒涜する自由もある」と叫んでしまった。

 多くのフランス事情通は、「これがフランスだ。フランス人は革命で獲得した自由を如何なる代価を払ってでも守ることが使命と考えている」と説明する。中世の欧州はカトリック教会の固陋な世界観に覆われ、社会では絶対主義に対する矛盾と閉塞感に包まれていた。啓蒙思想の流れが大きく影響を与えたこともあり、市民階級の意識が高まった時代がくると、封建的支配階級を打破し、市民の自由、平等、解放を前面に民主主義を唱えて、フランス革命が起きた。自由はその貴重な成果だった。だからその自由を再び奪われてはならない、といった一種の強迫感がフランス全般にその後、定着していったというのだ。

 フランス国民は「自由には制限が伴う」と口に出すことに戸惑いを感じる。「言論の自由」はフランス人のアイデンティティになっているからだ。「無制限の自由は存在しない」と健気に口に出せば、大多数のフランス国民からブーイングを受ける。フランスでは「自由には制限がある」と公言できる「自由」がないのだ。大げさに言えば、フランス革命(1789年ー99年)から200年以上経過したが、フランス国民はその革命がもたらした「自由」の拘束から自由ではないのだ。

 フランス革命は君主、貴族など支配階級を中心とした固陋で頑迷な絶対主義社会を打破し、人間の自由、平等、解放を目指した革命だった。その結果、当然だが、その後の民主主義は「神の干渉がない民主主義」となっていった。その思想の流れから無神論的共産主義が台頭していったわけだ。

 ロシア革命後、共産主義世界で人権は蹂躙され、無数の人々が粛正されていった。人権を標榜しながら、共産主義の世界では人権は蹂躙されていった。なぜならば「(神がいなければ)全ては許される」(Tout est pardonne) からだ。一方、革命の発祥地、フランスでは「宗教と政治」の完全な分離(ライシテ)を実施することで、神への信仰をかろうじて死守できたのではないか。

 「シャルリー・エブド」誌がイスラム教祖を風刺した時、「それは馬鹿げたことであり、他の世界観に生きる人々への冒涜だ。芸術でもない」といった声が社会で高まっていったならば、悲惨なテロ事件はひょっとしたら起きなかったかもしれない。

 オーストリア元国民議会議長のアンドレアス・コール氏は当時、「わが国であのような風刺画が出せば、許可されないだろう」と述べていた。「シャルリー・エブド」誌の風刺画が「言論の自由」の名目でまかり通るのは欧州ではひょっとしたらフランスだけではないか。

 フランス国民は革命がもたらした自由に拘束され、そこから自らを解放できないでいる。フランス国民は“第2のフランス革命”を必要としている。「神の干渉を認める民主主義」の確立だ。

 フランス国民が革命の成果として大事に堅持してきた「自由」は人道主義的な民主国家の建設を目指したが、啓蒙主義、無神論の影響を色濃くして、「神なき共産主義社会」の誕生を許した。歴史上、最も非人道主義の無神論国家が生まれてしまったのだ。もちろん、その責任はフランス革命だけにあるのではないだろう。同時期に進展していた宗教改革が宗派の壁を越えることができずに、世界を主導できる精神的覚醒運動に発展できなかったことが大きいからだ。キリスト教がその役割を果たせない状況の中で、共産主義はスクスクと成長していったわけだ。

トルコでキリスト教会の建設が進む

 トルコのエルドアン大統領は欧米メディアを驚かすことが好きな指導者だ。今年7月、イスタンブールで博物館として使用されてきた世界的有名な観光地でもあるアヤソフィアを再びイスラム教礼拝所(モスク)として利用すると発表し、7月24日にはアヤソフィアを訪ね、86年ぶりのイスラム教礼拝に参加している。それだけではない。8月21日にはイスタンブールのチョーラ修道院も今後、イスラム寺院として利用されることが明らかになった。

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▲エルドアン大統領とシリア正教会のYusuf Cetin 首座主教、教会建設でゴー(2019年8月3日、バチカンニュース9月25日から)

 このコラム欄で報じてきたが、アヤソフィアとチョーラ修道院のイスラム寺院化には、多くの批判が飛び出した。アヤソフィアのイスラム寺院化のニュースが流れると、イスラム教徒から歓喜の声が聞かれる一方、キリスト教会からは、「アヤソフィアは超教派運動のシンボルだった」と嘆く声が聞かれた。メディアはイスラム根本主義傾向の強いエルドアン大統領がトルコのイスラム化をさらに一歩前進させたと報じ、「アヤソフィアはキリスト教とイスラム教間の架け橋であり、共存のシンボルだった」(BBC、7月11日)として、トルコ側の今回の決定を批判的に発信した。

 チョーラ修道院の場合でも、ギリシャのカテリーナ・サケラロプル大統領はツイッターで、「チョーラ修道院は著名な教会だ。1958年以来博物館だった同修道院のイスラム寺院化を止めさせるべきだ。そのような決定は扇動行為であり、超教派の対話を阻害するものだ」と指摘している。ギリシャのリナ・メンドー二文化相は、「トルコ側の行動は世界遺産への侮辱だ」と述べたほどだ(「エルドアン大統領の『良き知らせ』は」2020年8月24日参考)。

 エルドアン大統領はイスラム教国の盟主を自負し、その信仰姿勢はイスラム根本主義的な「ムスリム同胞団」に近い。クーデター未遂事件後(2016年7月)、反体制派活動に対しては強硬姿勢を貫く一方、米国が中東から撤退した後の政治的空白を利用して、中東全域にその影響力を拡大してきている。すなわち、エルドアン大統領は欧米諸国にとって次第に手ごわい政治家となってきているわけだ。アヤソフィアやチョーラ修道院のイスラム寺院化はそれを裏付けていると受け取られたのは当然だろう。

 ところが今度はちょっと違うのだ。イスタンブールのアタテュルク国際空港に近い所ででシリア正教会の教会が建設中で、計画通り進めば来年上半期には完成し、献堂式が行われるというのだ。このニュースが如何に驚きかを理解してほしい。トルコでは共和国建設1923年以来、キリスト教会は建設されていないのだ。シリア正教会の教会建設は昨年初めに認可され、同年8月3日、エルドアン大統領の立ち合いのもと建設が始められた。

 バチカンニュースは25日、3枚の写真を掲載して、トルコのキリスト教会建設のニュースを報じている。シリア正教会とはいえ、トルコでキリスト教会の建物が建てられるというのはビックニュースだからだ。教会の建設は高層ビルの建設とは違う。街の社会、文化のシンボルともなるからだ。トルコでは国民の99%がスンニ派のイスラム教徒だ。

 新しい教会は700人以上の信者を収容できる広さで、シリア正教のYusuf Cetin 首座主教も入居する予定だ。トルコのメディアによると、シリア正教会の教会建物が迅速に推進されているのはエルドアン大統領の現地の「キリスト教共同体への寛大さ」の表現だという。もう少し穿った見方をすれば、アヤソフィアとチョーラ修道院のイスラム寺院化で高まってきた国際社会の批判をかわす、キリスト教世界へ和解シグナルを送る狙いがあるのではないか。ただし、シリア正教会の教会建設決定は昨年8月だ。アヤソフィアやチョーラ修道院のイスラム寺院化発表前だという点を忘れてはならないだろう。

 トルコ側の説明によると、「短絡的な視点に基づく政策ではない」という。トルコにはシリア出身の正教徒がトルコで新しいふるさとを見つけてほしいという配慮があるという。例えば、シリア内戦後、シリアのキリスト信者の居留地でもあったマルディンでキリスト信者の収容所を設置し、約4000人の難民が収容された。マルディンはトルコ南東部のシリア国境部の都市で3世紀、シリアのキリスト信者たちが開発した地域だ。トルコでは現在2万5000人のシリア系キリスト信者がいる。主に、イスタンブール郊外に住んでいる。

 ちなみに、シリア正教会は6世紀にシリアで成立した。451年のカルケドン公会議のキリスト論(キリストは神性と人性の2性を有するという説)を否定し、キリスト単性説(受肉したキリストは単一の性だけを有するという説)を主張する。そのため、シリア正教会は非カルケドン派と見なされている。

 イスラム教もキリスト教も同じルーツから派生した宗教だから、相違点を探すより、共通点を探すほうが多いのではないか。アヤソフィアが再びキリスト信者にも開放される日が来たとしても驚かない。

 特に、アヤソフィアのイスラム寺院化、そして東地中海の天然ガス田の開発問題で、トルコとギリシャ両国関係は険悪な時だけに、シリア正教会の教会建設を良き契機として、両国が関係改善に動き出せば「トルコ初のキリスト教会建設」のニュースは文字通り歴史に残る出来事となるだろう。

バチカンで権勢誇った枢機卿の辞任

 ローマ・カトリック教会の最高指導者は通称「ペテロの後継者」と呼ばれるローマ教皇だ。その次に高位聖職者は枢機卿だ。現在200人余りの枢機卿がいる。次期教皇の選挙権を有し、コンクラーベに参加できる80歳未満の枢機卿は120人だ。その1人、バチカン列聖省長官のジョヴァンニ・アンジェロ・ベッチウ枢機卿が24日夜(現地時間)、突然辞任を表明し、フランシスコ教皇は辞任申し出を受理したという。辞任の理由は明らかになっていない。72歳で枢機卿としてはまだ若く、次期コンクラーベに参加できる資格があるが、「全ての枢機卿としての権利を放棄する」という。

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▲辞任したベッチウ枢機卿(バチカンニュース、2020年9月24日)

 イタリア人のべッチウ枢機卿はバチカンでは最もパワフルな聖職者と受け取られてきた。その枢機卿に何があったのだろうか。バチカンニュースは25日、同枢機卿の辞任ニュースを僅か数行の短信で報じただけで、追報も解説記事もない。何か通常ではないことを強く示唆しているわけだ。

 司教が辞任を申し出た場合、ローマ教皇は通常、その司教の申し出を受理するか、時には保留する。しかし、枢機卿が辞任を表明すること自体、非常にまれだ。最近では、米ワシントン大司教区の元責任者セオドア・ マカリック枢機卿が2018年、未成年者への性的虐待容疑から枢機卿職を辞任している。同枢機卿はフランシスコ教皇の友人サークルに入る聖職者だ。今回のべッチウ枢機卿はフランシスコ教皇が2018年6月、枢機卿に任命した人物であり、非常に信頼してきた枢機卿だった。

 べッチウ枢機卿の場合、考えられる辞任理由は英ロンドンの高級繁華街スローン・アベニューの高級不動産購入問題での不正容疑だろう。同枢機卿自身は辞任後の記者会見で「不正はしていない」と容疑を否認しているが、同枢機卿の下で働いてきた5人の職員は既に辞職に追い込まれている。金融情報局のレーネ・ブルハルト局長は辞任している。バチカンが事件の発覚からバチカン警察の捜査、関係者の処分と素早く対応したのは、それだけ問題が深刻だという認識があったからだ。

 ベッチウ枢機卿は2011年から7年間、バチカンの国務省総務局長を務めていた。問題の不動産の購入は、この総務局長時代に行われたものだ(「バチカン、信者献金を不動産投資に」2019年12月1日参考)。

 フランシスコ教皇は昨年11月26日、バチカン国務省と金融情報局(AIF)の責任者が貧者のために世界から集められた献金(通称「聖ペテロ司教座への献金」)がロンドンの高級住宅地域チェルシ―で不動産購入への投資に利用されたことを認め、「バチカン内部の告発で明らかになった」という。2億ドルが不動産の投資に利用されていたのだ。教皇は、「私は投資活動には反対ではないが、合理的な資金管理が重要だ」と述べている。2014年に投資した不動産ビジネスは最終的には赤字となった。

 べッチウ枢機卿の場合、そのほか、公金を勝手にイタリア司教会議に送金したり、自身の親族が経営するビジネスを支援したり、自身の口座にも献金を送った疑いがある。同枢機卿の辞任はそれらの疑いが確認された結果、と受け取られているわけだ。同枢機卿は記者会見で「フランシスコ教皇は、私に『あなたをもはや信頼することができない』と述べた」と明らかにしている。

 フランシスコ教皇が信頼して列福聖省長官に抜擢し、枢機卿に任命した人物の不正問題は教皇にとっても心苦しいだろう。しかし、今回が初めてではないのだ。前述した米教会のマカリック枢機卿もフランシスコ教皇の友人の1人だった。同枢機卿は未成年者の性的虐待容疑で辞職に追い込まれている。

 それだけではない。フランシスコ教皇が新設した財務省長官に任命したジョージ・ペル枢機卿が1990年代に2人の教会合唱隊の未成年者に性的虐待を犯したとして昨年3月、禁錮6年の有罪判決を受け収監された(幸い、裁判では今年4月、無罪を勝ち取った)。

 フランシスコ教皇には人を見る目がないのか、偶然、人選ミスが続いただけなのかは分からないが、南米出身の教皇は人選では運がない。いずれにしても、明確な点は、教皇には任命責任と説明責任があることだ。特に、今回の場合、後者が問われる。バチカンが通常の国ならば、任命した大臣が次々と辞任したり、スキャンダルを出した場合、その首相は政権を維持できなくなるだろう。

 べッチウ枢機卿の話に戻る。枢機卿を含む高位聖職者は未来のために貯金する必要はない。教会に忠実である限り、天国に行くまで終身保証された身だからだ。その枢機卿がこの世の財宝に惑わされたり、不正活動をするとすれば、枢機卿の周辺の家族、親族、友人からの影響が多い。べッチウ枢機卿の場合もそうではないか。一種の縁故主義だ。

 忘れてはならない点は、教会の公金は信者からの献金が主だ。フランシスコ教皇は最高指導者として世界の信者の前でべッチウ枢機卿らが絡んだ不正問題について説明する責任がある。カトリック教会は過去、聖職者の未成年者への性的虐待問題を隠蔽してきた。今回、全容を公開せずにうやむやに対応するようなことがあれば、教会は信頼回復の道を完全に閉ざすことになるだろう。

独書店で習近平主席の著書デビュー

 欧米諸国の反中国包囲網の影響もあって、欧米エリート大学で開設されていた「孔子学院」が中国の情報機関の手先となっていたことが発覚し、欧米で次々と閉鎖に追い込まれている。そこで中国共産党政権の要請を受けて国営「中国出版集団」(CNPIEC)がドイツの最大手書店「タリア」(Thalia)で習近平国家主席の著書を並べるコーナーを設置するなど、出版物によるプロパガンダ作戦を始めている。そこでドイツとオーストリアのメディアの報道に基づき、中国共産党政権の出版物プロパガンダ作戦を紹介する。

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▲中国出版集団の本社(公式サイトから)

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▲ドイツ大手書店「タリア」(タリア書店の公式サイトから)

 中国武漢発の新型コロナウイルスが欧州に感染を拡大して以来、中国への評価は降下し、欧州の一部では中国人フォビアすら見られてきた。そこで傷ついた国家のイメージアップのために王毅外相が8月25日から9月1日まで欧州5カ国(イタリア、オランダ、ノルウェー、フランス、ドイツ)を訪問し、欧州の反中包囲網の突破を図ったが、その成果は乏しかった。同外相が訪問する先々で現地に住む亡命中国人や人権擁護団体から、北京の人権弾圧を批判する声が響き渡った。

 そこで中国最大の出版会社、国営「中国出版集団」( China National Publications Import & Export Corporation)が中国文学、詩、子供の児童文学書などをドイツのベルリンやハンブルクのタリア書店でコーナーを設けて紹介するイメージアップ作戦を展開してきた。

 ベルリンのアレクサンダー広場のタリア書店では中国関連の書物が大量に並んでいる。中国研究家によると、「多くの書物は中国共産党の思想に忠実な内容だ」という。中国共産党指導者の演説内容が書かれた分厚い書物の横に、児童文学や旅行記が並んでいるといったほうが正しいかもしれない。

 CNPIECのプロパガンダ作戦はドイツだけではない。ウィーンのタリア書店でもCNPIECが書店と連携して中国の習近平国家主席の政治的著書を含む中国の書籍が相当のスペースを占めて並んでいる。オーストリアの日刊紙スタンダードが今月18日、23日付で大きく報道した。

 オーストリア日刊紙スタンダード電子版は「世界で傷ついた中国のイメージを改善させる中国当局の戦略」という見出しで、ウィーン市7区マリアヒルファー通りにあるタリア書店で2つの棚一杯に中国関連書籍が並んでいると報じたばかりだ。中国の書物には小説、児童文学書、北京オペラ(京劇)の入門書、気功専門書などが含まれる。本棚には中国人著作家といった中立的な広告がつき、政治的プロパガンダとは分からないように工夫されている。

 少し、CNPIECを紹介する、同社は中国共産党政権が誕生した1949年に創設された。中国出版業界では最大で最も競争力のある出版物の輸出入企業だ。総資産は32億元、営業収益は43億元。国内外に44の支店を有する。同集団の公式サイトによると、創設目標は「中国を世界に知らせる架け橋になること」と明記している。CNPIECは中国でオーディオビデオ製品の輸入と外国の新聞を外国居住者や会社に販売する独占権を有している。

 一方、CNPIECと業務提携しているタリア書店はドイツ最大の書店だ。1919年創設。ドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州のハーゲン市に本社を置き、昨年の売り上げは12億ユーロ、340の店舗を有し、6000人の社員を抱える。

 スタンダードは9月18日、ウィーンのタリア書店では習近平主席のプロパガンダ書籍が少なくとも2冊(例「China regieren」)が並べられていたという。同紙によれば、ベルリン、ハンブルク、ウィーンのタリア書店で中国出版集団の中国コーナーが開かれている。

 ベルリンやハンブルクではドイツの書店が中国共産党政権のプロパガンダに利用されているといった非難の声が聞かれる。ドイツ連邦議会の「ドイツ・中国議員団」議長のダグマール・シュミット議員は、「タリアと中国出版集団との連携は余り歓迎されない。中国コーナーには中国共産党の書籍が並んでいるから、読者は惑わされるだろう。タリア書店で中国共産党の書籍を宣伝するのは中国共産党の戦略だ」と指摘している。

 独週刊誌シュピーゲルは「一種の Rack jobbing だ。本の販売を促進するために、出版社側に小売りスペースを提供するビジネスだ」と受け取っている。すなわち、中国出版集団はタリア書店と小売りスペースのレンタル契約を結び、そこで中国共産党のプロパガンダをしているわけだ。

 ドイツのメディアによると、タリア書店の広報担当者は、「中国出版集団との連携は中国社会に関する関心の高まりを受け、読者にサービスをすることが目的だ。いつまで続けるかは未定だが、ある一定期間だけだ。政治に関する2冊を除けば、児童文学書、旅行記、詩とフィクションなどだ。タリアでは中国に批判的な書籍も置いている」と説明したという。

 ZDF heute(独第2放送の番組サイト)は9月18日、「タリアは中国共産党政権のプロパガンダを応援」という記事の中で、「タリア書店は最初はヘッセン州のレーダーマスクにある『China Book Trading GmbH』との連携と答え、中国出版集団との契約という事実を隠していた」と報じている。タリア書店側にも「国民から批判を受けるかもしれない」といった懸念があったことを物語っている。

 タリア書店は中国共産党政権のイメージアップに駆り出された結果、ドイツ語圏最大書店というイメージを落としたことになった。

「モリア難民」問題で国会議論が白熱

 オーストリア議会(定数183)で23日午前、ギリシャのレスボス島のモリア難民キャンプ問題について与野党間の議論が行われた。オーストリア国営放送でライブ中継されていたので久しぶりに与野党の議論風景を聴いた。争点はギリシャのレスボス島のモリア難民キャンプの火災で放置された難民、特に、保護者のいない未成年者の難民を受け入れるか否かでクルツ政権と野党議員の間で意見が分かれていることだ。

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▲モリア難民問題で返答するクルツ首相=2020年9月23日、オーストリア国民議会で(オーストリア国民議会公式サイトから)

 クルツ首相はモリア難民キャンプの未成年者の難民受け入れをいち早く拒否したことに対し、オーストリアだけではなく、他の欧州諸国からも激しい批難にさらされている。ドイツのゼーホーファー内相は「オーストリア政府には失望した」と述べるほどだ。クルツ首相は今、難民問題では欧州では最も強硬派のシンボルとなっている。

 ウィーンの国民議会の議論をフォローした。野党の社会民主党、リベラル派政党「ネオス」、極右党「自由党」から代表がそれぞれ意見を述べた。ネオスのベアテ・マインル=ライジンガー党首がモリア難民キャンプの現状が極めて非人道的であり、3000人収容の難民キャンプに1万3000人の難民が収容され、トイレや水道も十分ではない中で生活してきたと報告し、「モリアは欧州の地で起きていることだ」と強調。未成年者の難民の収容に反対するクルツ首相を批判し、「オーストリアは欧州で孤立している」と指摘した(「焼失したモリア難民キャンプの問題」2020年9月19日参考)。

 それに対し、クルツ首相は、「欧州連合27カ国でドイツの『モリア難民受け入れプログラム』を支持したのは10カ国に過ぎない。他の17カ国は反対だ。すなわち、オーストリアは欧州では孤立しているのではなく、多数派に属している」と強調する一方、「モリア難民キャンプの現状は非人道的であることは間違いない。しかし、難民の未成年者を迎え入れたとしても、問題の根本的な解決にならないどころか、その後、多くの難民が殺到するだけだ。感情的に対応するのではなく、事実に基づいた議論が重要だ」と指摘し、「わが国は難民キャンプの改善や難民が発生する国への支援に重点を置いている」と説明した。

 それに対し、社民党のレンディ=ワーグナー党首はクルツ首相に向かって、「モリア難民問題に対し感情的に対応することを軽蔑し、事実に基づいた現実的な解決を考えるべきだというが、人間は感情的であり、弱者に同情を感じるのは人間だ」と強く反論し、「未成年者の難民を受け入れるることは決してシンボル的な政治行動ではなく、人間としての基本的権利に基づくものだ」と述べた。

 一方、極右「自由党」のミハエル・シュネドリッツ事務局長は、「欧州が難民を受け入れれば、難民を欧州に運ぶプロの密航手配人が次から次へと難民を欧州に送り込むだろう。そうなれば2015年に100万人以上の難民が殺到したことを再現するだけだ。わが国の国民の60%以上は受け入れに反対している」と強調。「欧米のメディアはモリア難民の苦境を伝えるために4歳や5歳の難民の子供の姿を恣意的に報じ、欧州国民の情を煽っている。モリア難民から欧州に送られた最初の未成年者の難民は190cmの長身で、髭すらあった。その子供たちの姿はメディアで報じられることはない」と述べた。そして「今回受け入れれば、多くの難民がトルコからギリシャのレスボス島を経由し欧州に殺到するだろう」と警告している。

 オーストリアは過去5年間で12万人の難民を受け入れてきた。欧州27カ国では3番目に多い。同国は今年8カ月間で3700人の未成年者の難民申請を受け入れている。一方、スウェーデンのロヴェ―ン政権は社民党政権だが、オーストリアと同様、モリア難民の子供の受け入れを拒否してる。ドイツは欧州連合(EU)下半期議長国ということもあって、最初は400人の子供を受け入れると発表したが、最終的には1500人の受け入れを明らかにしている。ドイツに次いでフランスは23日、当初の350人から500人の未成年者の難民受け入れを表明している。

 なお、クルツ政権は国民党と「緑の党」の連立政権だが、難民問題では立場は異なる。「緑の党」は「人道的立場からも受け入れるべきだ」という立場を守り、受け入れ反対のクルツ国民党とは対立している。

 クルツ「国民党」はドイツの与党「キリスト教民主同盟」(CDU)の姉妹政党で、キリスト教を政治信条にしている。カトリック教会司教会議はモリア難民の受け入れを支持している。国民党内でも「受けれるべきだ」という声が出ている。

 フォンデアライエン欧州委員長は23日、EUの統一した難民・移民政策を確立するために新しい改革案を発表した。ポイントは「連帯と責任のバランス」だ。具体的には、加盟国は認定難民を受け入れるか、受け入れない場合は難民審査で認定されなかった難民の本国送還を担当する、という加盟国の責任分担の明確化だ。そして難民審査は難民が最初に入国した国で実施するという「ダブリン規則」を見直し、ギリシャやイタリアの負担を軽減する。その他、国境警備の強化、難民審査の迅速化、効率化だ。

 一方、移民問題では「移民は正常なことだ。過去も現在も移民はある。欧州は移民を必要としている」(ヨハンソン内務担当欧州委員)と指摘する一方、不法な移民対策のために国境警備、プロの密航手配人対策の強化などが挙げられている。

 参考までに、欧州統計局(Eurostat)によれば、新型コロナの感染問題もあって、欧州で今年上半期、難民を申請した数は19万6620人で前年同期比で35%減少した。新型コロナ感染がピークを迎えた今年4月は約8000人、5月は1万1015人と急減している。ギリシャのレスボス島のモリア難民キャンプで今月9日未明、火災が発生して、1万人以上の難民が路頭に迷う事態が起きたことから、難民問題が再び欧州の争点になってきた経緯がある。

コロナ禍で欧州不法麻薬市場は激変

 ポルトガルのリスボンに拠点を置く「欧州薬物・薬物依存監視センター」(EMCDDA)は22日、欧州連合(EU)の「2020年麻薬報告書」(88頁)を公表した。それによると、中国武漢発の新型コロナウイルス(covid-19)の欧州感染の拡大を受け、加盟国が外出自粛など規制に乗り出した結果、麻薬市場、麻薬の消費状況が激変した。具体的には、ダークネット、ソーシャルプラットフォーム、郵便パケット、地元の配達業者などを利用した不法な麻薬取引が増加した。また、麻薬中毒者支援関連施設での活動にも制限が出てきているという。

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▲EMCDDAが22日に公表した「2020年麻薬報告書」

 EMCDDAの Alexis Goosdeel 事務局長は「Covid-19パンデミックは麻薬接取、麻薬供給、麻薬中毒支援関連活動に破壊的な影響を与えた。麻薬組織犯罪グループは路上で密売することが難しくなったので、素早く活動方向を変えている。ただし、覚せい剤の製造メーカーやカンナビス製造業者にはロックダウン(都市封鎖)の影響はほとんど見らない」という。

 欧州の不法麻薬接取ではコカイン消費の割合が大きい。欧州では430万人がコカインを摂取。15歳から64歳の1・3%に相当し、前年比で40万人増加した。コカインに次いで多い不法麻薬接取はエクスタシー(MDMA)だ。昨年、270万人が接取、前年比で10万人が増加。アンフェタミン類の接取者は推定200万人で前年比で30万人増加している。

 非常に危険なオピオイド(麻薬性鎮静薬)接取は130万人と大きくは変わっていない。ただし、過剰接取による麻薬中毒死の82%はオピオイドが絡んでいる。オピオイドとは「麻薬性鎮痛薬やその関連合成鎮痛薬などのアルカロイドおよびモルヒネ様活性を有する内因性または合成ペプチド類の総称」(日本緩和医療学会公式サイト)という。EMCDDA報告書によれば、麻薬過剰摂取による中毒死者数はEU内で総数8300人、トルコとノルウェーを含むと9200人となる。麻薬中毒死者の平均年齢は41・7歳だ。

 また、EMCDDAが懸念しているのはヘロインの押収量が年々増加していることだ。押収された不法麻薬類で最も多いのは大麻製品(マリファナ製品)で、全体の69%だ。大麻ハーブは今日、10年前に比べ、テトラヒドロカンナビノール(THC)の含有量が倍化している。THCはカンナビノイドの一種。多幸感を覚えるなどの作用がある。また、過去3年、欧州では毎週、新精神作用物質( New Psychoactive Substances )が押収され、検出されている。2019年までに53種類のNPSが見つかった。その中には8種類の不合法な合成オピオイドが含まれていた。

卑近な例を挙げる。オーストリア内務省犯罪局は6月10日、「2019年麻薬報告書」を公表した。それによると、麻薬関連法(SMG)違反告訴件数は前年比5・6%増、4万1044件から4万3329件に増えた。その件数はこれまでの最高を記録した。件数が急増した主因としては、「インターネットで不法麻薬を注文し、郵便で郵送する件数が増えたことだ」と指摘している。

 同報告書は「2019年に入り、郵便で不法麻薬を密輸入する件数が増加してきた。昨年1月から12月の期間、同国税関所では約9100件の不法麻薬郵便物が押収された。トータルで約232キロの麻薬と6万7300錠の不法麻薬が郵便物の中に隠されていた。不法麻薬の容疑者は主にダークネット市場経由で注文している。オーストリアで押収された約75%はオランダから郵送されている。麻薬対策をする警察側はダークネットで注文される不法麻薬対策のために国際協調が必要不可欠となってきた」と警告を発している。

 それに先立ち、オランダのハーグに本部を置く欧州刑事警察機構(ユーロポール)は3月27日、「欧州に新型コロナウイルスの感染が拡大し、多くの犠牲者が出てきて以降、新型コロナへの国民の不安、恐れを悪用した犯罪が急増してきた」と警告する報告書を公表した。

 報告書は「組織犯罪グループは新型コロナ危機を利用して、どのように利益を得ているか」というタイトルで、通常の犯罪(家宅侵入窃盗など)が急減する一方、新型肺炎に効果的という宣伝文句で治療薬、薬品の偽造品取引、サイバー犯罪が増えてきた。麻薬犯罪もその中に入るわけだ(「新型コロナが変えた欧州の『犯罪図』」2020年3月29日参考)。

 すなわち、新型コロナ感染が拡大する前から、ダークネット、郵便などを利用した不法麻薬取引が広がっていたが、新型コロナの感染拡大でその傾向が加速されてきたというべきだろう。

 対応側が感嘆するほどに、麻薬犯罪グループは時代のトレンドを素早くキャッチし、適応しながらビジネスを継続していく。その判断力、適応性には驚く。多くの人々が新型コロナ感染の拡大で動揺し、不安に陥っている中、その不安さえも巧みにビジネス化し、利用するやり方はまさに“悪知恵”といわざるを得ない。負けてはいられない。

人は倦むが「ウイルス」は休まず

 会社経営者にとって経営不振に陥った時、幹部社員の前で間違いを認めることは容易ではないだろう。一国の指導者の場合はどうだろうか。民主国家の場合、選挙が行われるから、失政した場合、国民からその責任を追及され、最悪の場合、政権を失う。

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▲第2のロックダウン実施を発表するイスラエルのネタニヤフ首相(2020年9月13日、イスラエル首相府公式サイトから)

 新型コロナウイルスが感染拡大し、多くの犠牲者が出た場合、野党だけではなく、国民からも批判の声を受け、説明責任を求められる。ウォーターゲート事件報道で有名なボブ・ウッドワード記者はその新著「Rage」で、トランプ大統領は新型コロナ感染当初から危険な感染症であることを知っていたが、国民がパニックに陥ることを避けるために軽く語ってきた、と述べたと記述している。

 どの政治家にとっても自身の過ちを認めたり、修正することは簡単ではない。強い指導力を発揮してきた政治家にとっては、威信を失い、国民から厳しい非難を受ける羽目となるからだ。新型コロナ感染の拡大後、コロナ対策を大きく変えた指導者の1人は英国のジョンソン首相だろう、新型コロナに感染し、集中治療室のお世話になったこともあって、新型コロナの恐ろしさを身をもって体験した数少ない政治家だ。

 同首相はトランプ大統領と同様、新型コロナを通常のインフルエンザと同程度と軽く見てきた。その首相が今、「隔離期間の遵守などを守らない国民には厳格な刑罰を下す。政府は与えられたすべての権限を駆使して新型コロナ感染拡大を阻止する」と決意を表明している。パブの営業時間の制限や私的な集まりへの人数制限などの導入が考えられている。

 ちなみに、“ブラジルのトランプ”といわれるボルソナロ大統領も新型コロナに感染したが、幸い軽症で隔離期間後は政務を再開した。同大統領はジョンソン首相とは異なり、体験したものの、「なんだこの程度なら問題はない」と受け取ったのかもしれない。実際、ブラジル政府の新型コロナ対策はその後も大きく変わったとは聞かない。

 欧州では新型コロナの第2波の時を迎えている。チェコのバビシュ首相は、「夏季休暇のために新型コロナ規制を緩和したのは間違いだった」と後悔の念を表明している。チェコは現在、スペイン、フランスに次いで欧州で最も新規感染者が急増している国だ。

 バビシュ首相は21日夜、テレビ演説で、「わが政府は新型コロナ対策で失敗を犯してしまった。夏季休暇の開始前に新型コロナ規制を緩めてしまったことだ」と述べている。その責任を取って、同日、アダム・ボイテック保健相が辞任表明したばかりだ。バビシュ首相は、「夏季休暇を控え、国民の高揚した気分につられ、規制を緩めてしまった。同じ過ちを犯してはならない」と繰り返し強調している。

 チェコは新型コロナが欧州に感染を広めだした直後、いち早く厳格な規制を実施し、外でのマスク着用を義務化、感染者の広がりを抑えることに成功し、世界からも高い評価を受けた。しかし、夏季休暇の開始前にその規制の大部分を緩めてしまった結果、今月17日、3130人の新規感染者が出て、最多記録となったのだ。

 同国のヤン・ハマセク内相は、「わが国の状況は深刻だ」と強調、「病院関係者は月に12万人の新規感染者が出れば、医療は崩壊すると警告を発している。政府はそのような最悪のシナリオを回避するために最善を尽くさなければならない」と述べている。

 チェコの例はイスラエルの状況と酷似している。イスラエルは新型コロナ感染が広がった直後、厳格な規制で感染を抑え、チェコと同様、「さすがに危機管理が進んでいる国だ」と評価されたが、夏季休暇後、チェコと同様、新規感染者が急増したため、今月18日から10月11日まで約3週間の予定で第2のロックダウン(都市封鎖)を実施中だ。同国では今月に入り、4000人以上の新規感染者が出ている。16日には6000人を超えた。

 第1波の時、新型コロナ対策で成果を挙げ、世界で評価されたチェコやイスラエルの現状をみると、オーストリアのクルツ首相の「新型コロナウイルスは夏季休暇を取らない」といった言葉を思い出す。国民が夏季休暇に浮かれ、新型コロナの規制を緩め過ぎた場合、大変なことになると示唆していたことが今、現実となっているわけだ。

 世界保健機関(WHO)のハンス・クルーゲ欧州担当事務局長は14日、「欧州で10月、11月に多くの死者が出る危険性がある」と警告を発している。欧州の国民はパニックになる必要はない。今年3月、4月にかけ新型コロナ対策を学び、それを実行してきた。それを思い出して、新型コロナ感染の規制強化に対し、不平不満を言わず、自身の責任を実行する以外にないだろう。

 一方、どの国家の指導者にとっても新型コロナ感染対策は初体験であり、新型コロナの全容が解明されていない時点では、試行錯誤の域を越えられない面があるだろう。政策がうまくいかない時、それを躊躇なく修正し、成果を挙げている国があれば、電話してその成功談を聞けばいい。指導者も国民も忍耐が必要だ。「急がず、しかし休まず」といったドイツの文豪、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749〜1832)の言葉を贈りたい。

新規感染者が爆発的に増加する欧州

 世界保健機関(WHO)のハンス・クルーゲ欧州事務局長は17日、記者会見で「欧州で過去2週間、大半の国で新型ウイルスの新規感染者が急増した」と指摘、警告を発した。ただし、死者数と入院患者数はスペインとフランス両国以外は増えていない。以下、オーストリア通信(APA)の記事をもとにまとめる。

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▲過去2週間の人口10万人当たりの欧州の新規感染者数の色分け図(出典:欧州疫病予防管理センター(ECDC)の公式サイトから)

 中欧のチェコで新型コロナウイルスの新規感染者が急増、この状況が続けば今年3月と同様、緊急事態宣言が発布される。アダム・ボイテック保健相が20日、発表した。人口1070万人の同国の新規感染者数は週末、2046人と前日より微減したが、週末は通常新型コロナ検査件数が少ないわりには最多だ。

 同国の累計感染者数は4万8306人。過去2週間、チェコはスぺイン、フランス両国に次いで感染者数は多い。同国では3月13日から5月中旬にかけ緊急事態状況だった。観光シーズンに入り一時緩和されてきた規制がここにきて再び強化されてきた。今月10日には公共関連施設、運輸機関でのマスク着用義務が再導入されたばかりだ。

 同国外務省は国民に不要不急な旅行はしないように通達している。ただし、欧州連合(EU)やシェンゲン協定国からのチェコ入国は依然、新型コロナ検査や入国理由を提示しなくても可能だ。

 英国でも新型コロナ感染者の増加を受け、規制強化に乗り出してきた。人口6670万人の同国では2度目のロックダウン(都市封鎖)が実施される可能性が高まってきた。マット・ハンコック保健相は20日、BBCとのインタビューで、「国民が新型コロナ感染規制を遵守すれば2度目のロックダウンを回避できる。しかし、必要ならば、第2のロックダウンを実施しなければならなくなる」と述べ、国民に規制遵守を訴えている。

 同国で20日、3899人の新規感染者が出て、19日は4422人だった。その数字は5月8日以来の最多値だ。ハンコック保健相は、「わが国は分岐点に立っている。その選択権は国民の手にある」と強調している。

 ボリス・ジョンソン首相は隔離期間の遵守などを守らない国民には厳格な刑罰を下すと発表。具体的には9月末から、新型コロナ規制を繰返し守らない国民に対しては最高1万0900ユーロの罰金刑とするという。同首相は、「政府は与えられたすべての権限を駆使しても新型コロナ感染の拡大を阻止する」と決意を表明している。パブの営業時間の制限や私的な集まりへの人数制限などの導入が考えられている。

 米ジョンソン・ホプキンス大学の集計によると、フランスでは新型コロナ感染者の累計数は46万0764人、死者数は3万1257人だ。上昇傾向だ。同国では10日、24時間で1万人余りの新規感染者が出て、最多値を記録、同時に、集中治療室の患者数も増えてきた。

 スペインの首都マドリードでは21日からコロナ感染の新たな規制が実施される。ペドロ・サンチェス首相が19日、明らかにしたところによると、マドリード市ではスペイン全土の平均値の2倍の新規感染者が出て、入院患者数も3倍多いという。新規規制は2週間有効。市民は自身の地区から外出できない。例外は職場に行く通勤の場合、病院に行く場合、子供を学校に連れていく場合だけだ。公共の公園は閉鎖される。店内の使用率が50%制限ならば、店、レストラン、バーも開ける。全州的には会合人数は最大6人まで。マドリード市のほか、マヨルカ島のパルマ市.でも同様の規制が実施される。

 政府の規制に対し、市民の中には「政府はわれわれを閉じ込めようとしている」といった不満や批判の声が聞かれる。660万人の同市の2、3の区域では人口10万人当たり1000人が新規感染し、同国平均値の5倍も多い。

 ドイツでは他の欧州と比較すれば、新規感染者は急増していないが、警戒態勢を敷いている。同国南部ミュンヘンでは21日、新型コロナ感染防止の規制強化について話し合う予定だ。同市では既に慣例のオクトーバー・フェストの開催中止が決まっている。

 ドイツの国立感染症研究所「ロベルト・コッホ研究所」(RKI)では20日、1345人の新規感染者が登録された。19日は2297人で4月以来もっとも多い数だ。同国の最多値は3月末、4月初め6000人を超えた。

 オーストリアでも21日、新型コロナの新規感染者の増加を受け、新たに規制強化を施行した。対象は首都ウィーン市だ。ドイツ、ベルギー、デンマークは今月16日、ウィーン市を新型コロナ感染危険地域に指定した。その結果、ウィーン市からドイツに入国する場合、48時間前(2日以内)の新型コロナテストの健康証明書を提示するか、2週間の隔離措置下に入らなければならない。隔離措置を受けた場合、72時間以内の検査を受け、陰性の場合、隔離措置から解放される。ウィーン市では過去7日間、人口10万人あたり113人の新規感染者が出ている。急増した理由として、7月末から8月、9月上旬にかけ夏季休暇、バルカン諸国を旅行した国民が新型コロナウイルスを持ち帰ってきたためと受け取られている(「旅行帰りがウイルスを運んでくる!」2020年8月23日参考)。


 いずれにしても、新型コロナ感染防止策はどの国でも基本的には同じだ。治療薬、ワクチンが出来るまで、マスクを着用し、ソーシャルディスタンスを取り、不要不急の外出を自粛し、手を洗うことだ。それらの防止策を忠実に守っていけば感染の急増は避けられるはずだ。政府の規制云々というより、自身、家族、周囲の人を感染から守るために、国民の責任が問われる時代に入ってきている。

 欧州では11月に入れば、1年の最大行事、クリスマスのシーズンを迎える。新型コロナ時代、いつものようにクリスマス市場で盛大に祝うことは難しいかもしれないが、国民が自分の責任で規制を遵守していけば、ささやかであったとしても、クリスマスシーズンを家族と共に祝うことができるだろう。

「放浪の民」ユダヤ人の故郷はどこ?

 ナチス・ドイツ軍が1938年3月、オーストリアに侵攻し、併合する前、ウィーンに住んでいた多数のユダヤ人が英国や米国に逃げた。精神分析学の創設者ジークムント・フロイトは1938年、英国に亡命したが、その1年後、ロンドンで亡くなった。逃げられなかった数万人のユダヤ人は強制収容所に送られ、そこで殺された。生き残ったユダヤ人は数千人に過ぎなかった。

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▲「ホロコースト記念館」の犠牲者の名前と写真を連ねた部屋(ウィキぺディアから)

 最近、ウィーンから米国に亡命した後、ウィーンを忘れることができずに戻ってきたというユダヤ人の話を聞いた。そのユダヤ人曰く、「ウィーンの文化的華麗さや文化の香りを忘れることができなかった」という。米国には自由があるが、文化の香りはない。ウィーンにはそれがあるというのだ。

 その話を聞いて、ユダヤ人が心を惹かれる文化の香りとは具体的に何だろうかと考えた。フランスの作家、ロマン・ロラン(1866〜1944年)は「ベートーヴェンの生涯」の中で、「ウィーンは軽佻な街だ」と書いていた。その評価は100年以上前のものだが、当方は不思議と「そうだよな」といった共感を覚える。長く住んでいてもウィーンは当方にとって異郷の街なのかもしれない。

 英誌エコノミストの調査部門「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)」が毎年発表している「世界で最も住みやすい都市ランキング」で、オーストリアの首都ウィーン市が「第1位」の名誉を獲得したというニュースを聞く度にちょっと違和感をもつ1人だ。

 そのウィーンから追われて米国に亡命したユダヤ人がウィーンの歴史的な文化の香りを忘れることができず、ウィーンに戻ってきたというわけで、正直言って軽い衝撃を受けたほどだ。

 オーストリアのオバーエステライヒ州出身のアドルフ・ヒトラーは1907年、08年、ウィーン美術アカデミーの入学を目指して試験を受けたが、2度とも落第した話は有名だ。もしヒトラーが美術学生となっていれば、世界の歴史は違ったものとなっていただろう。そのヒトラーはウィーンを「多様な人種が住むバビロンのような街だ」と嫌悪感を吐露している(「ヒトラーを不合格にした教授」(2008年2月15日参考)。

 ウィーンは中世時代から多くのユダヤ人が住んできた。紛争があった地域からウィーンに逃げてきたウクライナ系、ロシア系ユダヤ人も少なくなかった。ナチス軍がオーストリアに侵攻する前に国外に逃げることが出来たユダヤ人はラッキーだった。

 そして米国に逃げていたユダヤ人は戦後、ウィーンに戻りたくなるという。自分や家族を追っ払い、多くの知人、友人を殺した街の文化の香りを忘れることができないという感情は非常にアンビバレントだ。

 作詞:谷村新司、作曲:堀内孝雄のヒット曲「遠くで汽笛を聞きながら」の歌詞の中に、「何もいいことがなかった街」という台詞がある。多くのユダヤ人にとっては文字通り、「何もいいことがなかったウィーン」と感じたとしても本来なにも不思議ではないはずだ。

 亡命先からウィーンに戻ったもう1人のユダヤ人の話を知っている。彼女の名前はエリザべト・フロインドリヒ女史(Elisabeth Freundlich)だ。彼女の家族は1938年、スイスのチューリヒ、フランスのパリ経由で米国に亡命した。米国で知り合った夫は有名な哲学者ギュンター・アンダースだ。彼は日本でも反原爆運動指導者として良く知られている。彼は生前「原爆の投下はホロコーストと同じく最大限の非人道的な行為だ」と述べている。

 フロインドリヒ女史はナチス・ヒトラー政権が敗北すると直ぐにウィーンに戻った。彼女はウィーンに戻った理由を「ウィーンは私の故郷。戻ってくる権利はあるわ」と述べたという。その話は有名だ。著作家となった彼女は「ウィーンの街をもっとよくしたい」と常に語っていたという。

 1906年7月21日、ウィーンで生まれ、スイス、フランス、そして米国と亡命先を転々しながら、1950年にウィーンに戻り、そこで作家活動を始めた。そして2001年1月、ウィーンで亡くなった。

 彼女は「ウィーンは私のハイマート(Heimat、故郷)」と口癖に語っていたが、ディアスポラのユダヤ人は放浪と迫害の繰返しの歴史だった。ユダヤ人がいうハイマートとは何を意味するのだろうか。彼女の故郷は家族や知人、友人が殺害された思い出が染み込んだ地だ。

 ユダヤ教では「神もユダヤ民族と共に放浪している」といわれ、ハイマートはモーセの5書を運ぶ幕屋であり、「運ばれる故郷」という表現があるほどだ。迫害されてきたユダヤ民族には通常の地理的な意味のハイマートの代わり、神と共に亡命し、移動する故郷があるというのだ。

 フロインドリヒ女史は自分の民族を虐殺したヒトラーの母国オーストリアの首都ウィーンを自分の故郷と主張し、それだけではない。そのウィーンをより良くしたいという理想主義的な思いを抱いて生きてきた。また、ウィーンの文化の香りに惹かれ亡命先から戻ったユダヤ人など、多数のユダヤ人が戦後、亡命先から戻ってきた。それぞれに独自の歴史があり、戻ってきた理由も多種多様だろう。上記の2人の例はたまたま当方が聞き、知った話だ。

 ちなみに、ウィーン市22区にはフロインドリヒ女史の名をつけたElisabeth-Freundlich-Weg(エリザべト・フロインドリヒの道)がある。一度その道を散策したいと思っている。
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