ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2020年08月

独SPD、ショルツ財務相に夢託す

 ドイツのメルケル連立政権に参加する社会民主党(SPD)は10日、来年秋に実施予定の連邦議会(下院)選挙の党筆頭首相候補者にオーラフ・ショルツ財務相(62)を選出した。サスキア・エスケン氏とノルベルト・ワルターボルヤンス氏の共同党首が同日公表した。

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▲独SPDの筆頭首相候補者にショルツ財務相(中央)を選出(ショルツ財務相の公式サイドから)

 ドイツでは新型コロナウイルスの感染防止に関心が集中し、SPDの筆頭首相候補者選出には余りメディアの関心が集まらなかったが、ドイツ政界はメルケル首相が来年秋、任期満了後は政界から引退することを受け、ポスト・メルケル時代の到来を迎える。その後継者ポストにSPDからショルツ財務相が早々と名乗り出たわけだ。

 ショルツ財務相は、「SPDは次期選挙で首相を擁立できる政党となる」と決意を語った。党内では同財務相が知名度と実務体験から党の次期首相筆頭候補者であることではほぼコンセンサスがあるという。

 ショルツ氏は独週刊誌シュピーゲル(8月14日号)とのインタビューで、「欧州ではスウェーデン、フィンランド、デンマークでSPD主導の政権が発足している。28%の得票率を獲得できれば、ドイツでも実現できる」と指摘、SPDがポスト・メルケル時代を先導していくと主張している。

 ドイツの複数の世論調査ではSPDは「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)、そして「同盟90/緑の党」の後塵を拝し、支持率15%前後だ。そのSPDが次回の総選挙で25%前後の得票率を獲得できればという前提条件のもと、「緑の党」と左翼党の赤・赤・緑の3政党連立政権の擁立が可能だというわけだ。
 
 SPDが党筆頭首相候補者の選出を総選挙まで1年以上もあるこの時期に実施したのは、CDUが党内の路線対立でゴタゴタしているのを受け、先手を打って出るという狙いがあったのかもしれない。

 CDUはクランプ=カレンバウアー党首が今年2月10日、党首辞任を表明し、国防相に専念するため、新たな党首の選出が求められるが、党内でコンセンサスがない。メルケル首相が抜けた後のCDUがどれだけの支持率を獲得できるかは不明だ。

 100万人を超える中東・北アフリカからの難民の殺到に対し、ドイツ国民から強い抵抗が出てきたが、メルケル首相は難民受け入れ政策を堅持。CDU内でも国境警備の強化などの強硬政策を主張する声が高まった。そしてCDU内の路線対立は、その後の連邦議会選、欧州議会選、州議会選で得票率の減少という結果をもたらした。CDUは現在、党本来の保守路線に戻るべきだと主張する声と、党のリベラル化、「緑の党」化を支持する声が聞かれる。

 党内のゴタゴタといえば、SPDは過去、CDUより深刻だった。SPDは2017年3月19日、ベルリンで臨時党大会を開き、前欧州議会議長のマルティン・シュルツ氏を全党員の支持(有効投票数605票)でガブリエル党首の後任に選出し、メルケル首相の4選阻止を目標に再出発したが、その後の3つの州議会選挙(ザールランド州、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州、そしてドイツ最大州ノルトライン=ヴェストファーレン州)でことごとく敗北を喫し、本番の2017年9月24日の連邦議会選ではSPD歴史上、最悪の得票率(20・5%)に終わった。

 マルティン・シュルツ党首に代わり、SPD初の女性党首としてアンドレア・ナーレス氏が昨年4月、就任したが、ナーレスSPDも前任者と同じように選挙の度に支持率を失った。SPDは2018年10月14日のバイエル州議会選では第5党となり、AfDの後塵を拝した。同年5月26日の欧州議会選ではSPDは15・8%と前回(2014年)比で11・5%減と大幅に得票率を失った、その結果、ナーレス党首は2019年6月2日、責任を取って党首と連邦議会(下院)の会派代表のポストを辞任表明した。

 そして昨年11月末に実施されたSPDの党員選挙の結果、党内左派のサスキア・エスケン連邦議員とノルベルト・ワルターボルヤンス・ノルトライン・ウエストファーレン州元財務相の2人組が決選投票で53・06%の支持を得て、前評判が高かったオーラフ・ショルツ財務相とブランデンブルク州のクララ・ゲイウィッツ議員組を破り、次期党首ペアに選ばれた経緯がある(「元気のいい『左派政党』の登場を願う」2019年12月2日参考)。

 ドイツの場合、中道右派のCDU/CSUと左派「社会民主党」の2大政党が政界をリードしてきた時代は終わった。極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が急台頭し、リベラル派「自由民主党」、「同盟90/緑の党」、そして「左翼党」が存在する。

 多くのドイツ国民は14年余り続いてきたメルケル政治に倦怠感を覚える一方、党内で路線争いを繰返すSPDに愛想を尽かしている。社会の多様化と次々と飛び出す地球レベルの諸問題(新型コロナ感染対策、地球温暖化対策、移民問題など)に対し、ビジョンを持って果敢に立ち向かう新しい世代の台頭が願われている。そのような中、SPDは政権奪回の夢をベテラン政治家、ショルツ財務相に託したが、その選出が吉と出るか凶となるか、と問われれば、後者の可能性が現時点では濃厚だ。

 いずれにしても、来年秋と言えば、新型コロナ感染問題でワクチンが市場に出ている時期だろうから、ドイツの国民経済に回復が見られ、国民にも活気が戻っているだろう。そうなれば、ポスト・メルケル時代を決める次期総選挙はドイツの新しい出発を飾る最初の政治イベントとなるわけだ。

独裁者が国民に「恐れ」を感じだす時

 旧ソ連ベラルーシでアレクサンドル・ルカシェンコ大統領(65)の6選が決定したが、その大統領選挙(8月9日)に不正があったとして抗議するデモが全土に拡大、26年間君臨してきたルカシェンコ大統領は初めて政権崩壊の危機に直面し始めている。

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▲国営企業MZKTを視察したルカシェンコ大統領(2020年8月17日、ルカシェンコ大統領公式サイトから)

 今年5月29日に逮捕された反体制派活動家セルゲイ・チハノフスキー氏(41)の妻で大統領候補者だったスベトラーナ・チハノフスカヤ夫人(37)は17日、亡命先のリトアニアからビデオで国民にゼネストを呼び掛け、新しい政権が誕生するまで暫定政権の発足を促す意向を表明した。

 欧州連合(EU)は19日、緊急首脳会談をビデオ会議形式で開催し、不正大統領選の全容解明などを求める一方、抗議デモで拘束中の国民の即釈放を要求する予定だ。それに対し、ルカシェンコ大統領はロシアのプーチン大統領に支援を要請。プーチン氏は欧米諸国に対し「内政干渉はやめるべきだ」と警告を発した。

 ところで、ベラルーシ国民はいつルカシェンコ独裁政権への「恐れ」を捨てたのだろうか。26年間、ルカシェンコ政権は反政府運動を弾圧、政権に抵抗する国民をことごとく迫害してきた。大多数の国民はルカシェンコ政権に正面から抵抗することはできずに沈黙を強いられてきた。それがなぜ、今回、国民は立ち上がってきたのだろうか。新型コロナウイルスの感染拡大への恐れ、不安が国民を自暴自棄にさせているのだろうか。

 冷戦時代、旧東欧共産諸国では大多数の国民は共産党政権の弾圧を恐れて沈黙したが、反体制派活動家が命がけの民主化運動を展開、ポーランドではレフ・ワレサ氏を中心とした独立自主管理労働組合「連帯」が創設され、チェコではバーツラフ・ハベル氏ら知識人や反体制派活動家が「憲章77」を結成し、共産党政権の打倒に立ち向かっていった歴史がある。

 最も強烈なインパクトを与えた民主化運動は、24年間独裁政権に君臨していたニコラエ・チャウシェスク大統領を打倒したルーマニア革命だ。 チャウシェスク大統領の政権崩壊への最初の一撃を加えたのは同国トランシルバニア地方の改革派キリスト教会のラスロ・テケシュ牧師(当時37歳)だった。同牧師が主導する少数民族への弾圧政策に抗議する運動が改革の起爆剤となった。

 テケシュ牧師は、「キリスト者としての信仰と、不義な者に対して逃避してはならないといった確信があった。多くの国民も、人間として自由でありたいという願いは、生命を失うかもしれないという恐れより強くなっていた」と後日、語っている(「『チャウシェスク処刑』から30年目」2019年11月27日参考)。

 ベラルーシの場合、国民はいつ独裁者への「恐れ」を捨てたのだろうか。大統領選の不正問題に抗議する国民が治安部隊に殴打され、虐待される姿を目撃した同国国営企業の工場労働者からルカシェンコ大統領批判の声が上がってきたのだ。17日、大統領がミンスクの軍事車両工場を視察した時、工場の労働者から「退陣しろ」といった声が飛び出した。国営企業の労働者を支持基盤としてきたルカシェンコ大統領にとって大ショックだっただろう。不正選挙への抗議デモは治安部隊の動員で鎮圧できるが、国営企業の労働者の怒りを抑えることは出来ない。国営企業の一部労働者はストを続行中だ。一人の労働者が「職場を失うことを恐れていない」と断言していたのが印象的だった。

 ルカシェンコ大統領はここにきて憲法改正、その後の政権移譲などを表明し、譲歩の姿勢を見せだした。これは欧米諸国の批判に耐えられなくなったからではなく、国営企業の工場労働者の「大統領退陣」要求の声が、日頃は強気のルカシェンコ大統領を弱気にさせているのだ。

 旧東独で1989年5月初め、地方選挙が実施されたが、多くの旧東独国民は選挙が不正だったとして路上に出て抗議デモを行った。デモは同年10月のライプツィヒのデモまで続いた。旧東独共産党政権(ドイツ社会主義統一党)の崩壊の始まりだった。ドイツのカトリック教会ヴォルフガング・イポルト司教は、「べラルーシの現状は当時の旧東独と酷似している」と、ケルンの大聖堂ラジオとのインタビューの中で答えている。同司教は旧東独時代の体験から、「ベラルーシの国民にとって今、最も必要なものは欧米社会の連帯だ」という。

 独裁者にとって「恐れ」を捨てた国民ほど怖い存在はない。弾圧や迫害にもかかわらず、立ち上がる人間がいたら、独裁者は「恐れ」を感じる。共産党政権下では数多くの国民が処刑され、殉教した。その圧政に抵抗する力が強くなり、国民の間に独裁者への「恐れ」がなくなれば、独裁者の終わりが始まる。

 ベラルーシの場合、ルカシェンコ大統領は「恐れ」を感じ出してきたはずだ。同大統領が退陣するまでどれだけの時間がかかるか分からないが、もはや長くはないだろう。一度、国民に「恐れ」を感じ出した独裁者はもはや政権を維持できないからだ。

 強権を振るう独裁者の前に「恐れ」を感じ、その前にひれ伏してきた国民がその「恐れ」を捨てた時、人は超人となる。死を恐れない人間、集団、組織が現れれば、独裁者はそれらを抑える手段がない。ルカシェンコ大統領は軍服姿で登壇し、国民に向かって抗議デモの即中止を呼び掛けたが、軍服姿の大統領からは以前のような威圧感は消えていた。

オーストリア人の「出クロアチア記」

 オーストリアで17日零時(日本時間17日午前7時)を期して、新型コロナウイルスの新規感染者が急増してきたクロアチアへの渡航警告が施行された。その後、クロアチアからオーストリアに帰国する旅行者は新型コロナウイルス検査で陰性であった健康証明書(48時間以内の証明書)を国境で提示するか、さもなければ隔離措置を受け、48時間以内で自己負担で新型コロナ検査の結果を提示しなければならない。そのため、15日、16日の両日、クロアチア休暇を切り上げてオーストリアに帰国する旅行者がケルンテン州やシュタイアーマルク州の国境に殺到した。オーストリア国営通信(APA)によれば、16日から17日にかけ過去24時間だけで5000人の国境通過者が登録されたという。

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▲新型コロナ感染の心配もなった時代のクロアチアの旅行風景(クロアチアのパグ=Pagのホテルで、2018年9月、撮影)

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▲<オーストリアの新型コロナウイルスの動向>出典:オーストリア連邦保健省

 一方、クロアチアから既に帰国済みのオーストリア人はウィーンのサッカー競技場内で無料で新型コロナ検査を受けることができるということから、検査に殺到するという状況がみられた。新型コロナの検査は通常、120ユーロから190ユーロ(1ユーロ=125円)とかなり高い。家族連れの場合、それだけで大きな財政負担だ。だから多くの旅行者は無料検査が可能な時期に検査を受けるために、旅行計画を変更しても帰国しようとするわけだ。

 それに先立ち、オーストリアのクルツ首相は16日、記者会見で新型コロナの感染者が増加しているクロアチアへの旅行を控えるように国民に異例の要請を表明した。アンショーバー保健相は、「ここ数日、新規感染者数が急増してきた」と指摘、増加数の3分の1はクロアチア帰りの旅行者だという。それを受け、シャレンベルク外相はクロアチアへの渡航警告(Reisewarnung) を発したというわけだ(オーストリア16日現在、確定感染者数2万3343人、死亡者数728人、治癒数2万081人)。

 オーストリア外務省の情報によれば、オーストリアからアドリア海沿いのクロアチア海岸に旅行中の国民は約4万人になるという。ここ数日、オーストリア国内では1日新規感染者数が300人を超えることもあった、政府側は緊急ブレーキを踏んだというわけだ。

 16日に旅行を急遽変更、帰国に向かった家族連れは、「ホテル滞在計画も全てキャンセルせざるを得なくなったが、新型コロナの感染増加を受けた対応だから仕方がないが、それにしても…」と、国境で取材中のメディア関係者に答えていた。国境通過まで2時間からそれ以上かかる。暑い中、車の中で待機しなければならない旅行者も大変だ。

 オーストリア内務省のネーハマー内相は、「17日から国境警備を強化し、人材不足のところは国防省から支援を受ける」と述べ、クロアチアからの新規コロナ感染者の入国を防ぐために、万全の国境警備を実施するという。

 なお、クロアチア側はオーストリ側の突然の旅行警告に対し、「観光地では新規感染者が減少している地域もある。一律にクロアチア旅行を禁止するのは公平とは言えない」(Davor Bozinovic内相)と反発。観光業が大きな外貨収入源のクロアチアにとって、オーストリア側の今回の措置に対して少なくないショックを受けている。ちなみに、隣国のスロベニアでも、「オーストリアと同様の(対クロアチア)対応に乗り出すべきだ」という声が高まっている。

 テレビのニュースをみながら、「さながらイスラエル人の『出エジプト』の話のようだ」と呟いてしまった。60万人のイスラエル人がモーセの掛け声でエジプトから“神の約束の地カナン”に向かって出エジプトしていったが、21世紀の今日、アドリア海のクロアチア海岸で休暇を楽しんでいた旅行者が突然、帰国するために国境に向かうシーンは「出クロアチア記」を読んでいるような気分になる。前者の場合、奴隷の身から解放され、神の国に向かうという希望を抱きながら出エジプトをしたが、後者は楽しんでいた休暇を切り上げて住み慣れた故郷に向かって国境前の長い車の渋滞を我慢しなければならないわけだ。その上、新型コロナ検査で陽性となった場合、帰国後、隔離処置となる、そうなれば、仕事を失う労働者も出てくるだろう。

 夏季休暇の予定のない当方は、「西バルカン諸国で新型コロナ感染が増加しているというニュースはかなり前から流れていたのに、どうしてクロアチアに旅行したのだろうか」と思ったが、今年3月からの外出制限やマスク着用義務などの規制を受けてきた国民にしてみれば、感染者が減少し、規制が緩和されれば、家族連れでクロアチア海岸まで車で行って、休暇を楽しみたいという誘惑に抵抗できなくなるのだろう。恨むのならば、旅行警告を発したクルツ政権ではなく、中国の武漢発の新型コロナウイルスだ。

 ちなみに、カナンに向かったイスラエルの民も途中、「お腹がすいた」とか「喉がかれた」と不平不満をモーセに向かって呟いたが、その時、神は「マナ」と「うずら」を降らして彼らを慰めた。21世紀の「出クロアチア」の場合、クルツ政権は渡航警告を発する一方、無料で新型コロナ検査を受けることができるという恩典をちらつかせて、クロアチアで休暇を楽しんでいた国民に帰国を呼びかけた。多くの人を動かすためにはどの時代の指導者、為政者もアメとムチをもって対応しなければならないのだ。

極右派はアンチ・マスク傾向が強い?

 独週刊誌シュピーゲル最新号(8月14日)の表紙タイトルは「マスク・ドラマ」(Das Masken-Drama)だ。副題は「マスクは煩わしく、ウェットだが、我々の唯一の希望」だ。新型コロナウイルスの感染が拡大して以来、マスクは必需品となってきた。ドイツでは感染当初の3月中旬、マスクの効用に対して政治家ばかりか、ウイルス専門家の間でも意見が分かれていた。メルケル政権、保健省ばかりか、ベルリンの世界的なウイルス研究所のロベルト・コッホ研究所は3月末段階、マスクの効用に対して懐疑的だった。それがウイルスの感染拡大を受け、ロックダウンが実施され、ドイツ全16州でマスクの着用が義務化されていった。ただし、学校で生徒たちが授業中もマスクを着用するかどうかでは州によって対応が異なっている。

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▲独週刊誌シュピーゲルの最新号の表紙「マスクドラマ」

 マスクの効用については香港のウイルス研究者が手術用のマスクを着用すれば、直径100nm(ナノメートル) から最大200nmのウイルスが咳で飛んできた場合(飛翔感染)や無接触感染(エアロゾル)でも感染防止できるという研究結果を発表したこともあって、欧州でのウイルス研究者の間でもマスクの効用では一応、コンセンサスが築かれていった。ちなみに、プレキシガラス(Plexiglas)は飛翔感染を防止できても、空気をフィルターできないので、エアロゾルを防止できない。そこでマスクの必要性が出てくるわけだ。

 マスクの効果というべきか、ドイツで感染ピークが過ぎたことを受け、ロックダウンは解除され、経済活動も段階的に再開し、観光シーズンを迎え、旅行も認められた。しかし、新規感染者数がここにきて再び増加傾向が見られる。ソーシャルディスタンスが取れない状況ではマスク着用の義務は維持されてきた。シュピーゲル誌は「マスクは危機のシンボル」と表現している。

 ちなみに、ドイツ連邦政府は来年末までFFP2、FFP3、そしてKN95のマスク17億枚、手術用マスク42億枚を既に確保済みだ。政府は今年6月初めまでにマスク購入のために約70億ユーロを拠出している。

 シュピーゲル誌で興味深い統計が掲載されていた。ドイツでは右派政党支持者はショッピングや公共運輸機関の利用の際のマスク着用には他の政党支持者より強い抵抗があるというデータだ。調査は7月21日から22日の両日1064人を対象に実施された。

 質問は「マスク着用に慣れたか」「マスク着用は難しいか」だ。その結果、「同盟90/緑の党」と与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)の支持者は87%「慣れた」と答え、「社会民主同盟」(SPD)支持者は86%とそれに次いでいる。それに対し、リベラル派政党「自由民主党」(FDP)支持者は「慣れた」という答えは65%と低く、極右派政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の場合、さらに55%と下がる。

 極右、右派系の政治家や支持者は他の政党・支持者よりマスク着用に抵抗が強いのはドイツだけのトレンドではない。例えば、トランプ大統領やブラジルのボルソナロ大統領は土壇場になるまでマスク着用を頑固に拒否してきた。

 トランプ米大統領は7月20日、マスク着用を国民に訴え、「ソーシャル・ディスタンスが取れない場合、マスクを着用することは愛国的だ」とツイッターに投稿して改心し、ボルソナロ大統領(65)は7月7日、新型コロナウイルスに自身が感染してしまった。

 ボルソナロ大統領は新型コロナの感染が広がり出した時、「インフルエンザに過ぎない」と一蹴し、「私はスポーツで体を鍛えてきたから、感染しない」と豪語して、新型コロナがブラジルに拡大した後でもマスクの着用を拒否したため、裁判所からマスクの着用を強制されたほど頑固な大統領だ。

 マスク着用を拒否してバスや地下鉄運転者と口論となり、注意するバス運転者を殴打するといった暴力事件が頻繁に起きている。シュピーゲル誌は「マスク着用云々が不祥事や暴力事件の主因ではない。マスクはあくまでもその切っ掛け過ぎない」と指摘し、新型コロナの感染防止への規制処置などで多くの国民は活動を制限され、経済状況が厳しくなって、フラストレーションが高まっている」と分析している。実際、スペイン風邪(1918年)の時も欧州ではマスク論争があったという。マスク着用の義務化反対者の中には「国民の不安を維持するためにマスク着用を恣意的に義務化している」と受け取っている者もいる。

 規制緩和され、ショッピング通りには多くの人々の姿が見られだしたが、「日常必需品への需要は戻ってきたが、大きな買い物は控える国民が多い」という。未来への見通しがはっきりしないコロナ時代、国民は大金を投資することに躊躇しているわけだ。小売業界関係者は「客は店に入ると、直ぐに見て直ぐ出ていく傾向が強い、マスクの着用は買物欲、消費欲を制限している」と受け取る。ただし、衣料品ブランチでは「マスクがネクタイのようにモードのアクセサリーとなってきた」と歓迎する声も聞かれる。

 マスクを着用すれば、その人の表情が見えにくいが、「マスク着用でも相手の喜び、悲しみ、シンパシーなどの感情を読み取れる新しいコミュニケーションが生まれてくるかもしれない」という意見もある。

 新規感染者の多くは若者が多い。彼らは無症状で、本人も分からないから、軽率な行動に出る場合がある。若者たちが忘れてはならないことは、高齢者や病気を抱えた人々が社会に生きているという事実だ。彼らを感染から守るという意味からマスクの着用が重要だ。

 マスクは本来、相手を感染から守るのが目的だ。その意味でマスク着用は非常に利他的であり、人道主義的な愛の表現だ。「自分も相手もマスクを着用すれば、両者が感染から守られる」といった人がいた。効率的利他主義だ。マスクは現代人に新しい生き方を教えてくれる教材だ。とすれば、私たちにはもう暫くマスクの着用が必要となるかもしれない。

イスラエルとイランが国交を結ぶ日

 イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)両国が国交正常化で合意したことに対し、トランプ米大統領は13日、ホワイトハウスで「歴史的な瞬間だ」と評した。11月3日に大統領選を控えているトランプ氏にとって久しぶりのビックポイントである点は間違いないだろう。新型コロナウイルスの感染拡大と国内経済の危機で国内問題で得点を挙げることが厳しい時、有権者の関心が薄い外交分野だが、ホワイトハウスにとって自慢できる成果だ。

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▲イランのモハンマド・ジャヴァード・ザリーフ外相(右)、パレスチナのリヤド・アル・マリキ外相と電話会談し、支持を表明(2020年8月16日、IRAN通信)

 そこで、イスラエルとUAE両国の国交正常化がどうしてビックポイントかを少し考えてみた。

 中東でアラブ・イスラム教国に取り囲まれているイスラエルはエジプト(1979年)とヨルダン(1994年)に次いでUAEと外交関係を樹立することで自国の安全を一層強化する一方、中東の金融拠点であるUAEと関係を深めることで国民経済の発展が期待できる。それだけではない。宿敵イランへの包囲網が構築できるのだ。

 いずれにしても今後、バーレーンなどはUAEに続けとばかりにイスラエルと外交関係を締結する動きが出てくるだろう。そうなれば、それを阻止しようとする抵抗も今後、強まってくることが予想される。

 先ず、頭を整理するために、イスラエルとUAE両国の国交正常化ニュースへの反応を簡単にまとめる。


<アラブ諸国の反応>

 歓迎:エジプトとバーレーン、国内に200万人以上のパレスチナ難民を抱えるヨルダンは条件付きで歓迎。

 態度保留:サウジアラビア(「サウジとイスラエルが急接近」2017年11月26日参考)

 反対:パレスチナ、イラン、トルコ。

<周辺国の反応>

 欧州連合(EU)のボレル外交安全保障上級代表は14日、「中東全地域の安定に貢献する決定だ」と歓迎。

 EU議長国ドイツのマース外相は「歴史的な一歩だ」と合意を評価し、パレスチナとイスラエル間の和平交渉の再開を求めた。

 英国、フランスも合意を歓迎

 国連のグテーレス事務総長はマース独外相と同様に、イスラエルとパレスチナ間の交渉再開を期待。


 イスラエルとUAE両国の国交正常化ニュースで問題点は、イスラエルがヨルダン川西岸の一部併合を停止するかどうかだ。UAEもヨルダンもそれを今回の合意の前提条件としてきた。イスラエル側にとって大きな譲歩を意味する。ネタニヤフ首相は今年5月、新たな連立政権発足の際、西岸のユダヤ人入植地を併合すると発表してきたからだ。外電によると、ネタニヤフ首相は「一時停止であって、併合中止ではない」と語り、依然含みを残している。

 UAEは、「イスラエルとの合意でヨルダン川西岸併合を止めることが出来る」と説明し、合意に反対するパレスチナに理解を求めている。だから、ネタニヤフ首相がその約束を遵守しなければ、UAEとの国交正常化の合意は水泡に帰す可能性が大きいわけだ。ただし、腐敗収賄問題で追及されてきた同首相にとって、UAEとの国交正常化はやはり大きな得点だ。簡単には失うようなことはしないだろう。イスラエルとUAE間を調停してきたトランプ大統領によると、「両国は数週間以内に大使館の設置や技術協力などについて署名する」という。

 次は反対派の意見に耳を傾ける。

 イランのロウハ二大統領は15日、「イスラエルを我々の地域に侵入させてはならない。イスラエルの言動は国際的規律から大きく離れている。イスラム諸国が米国、イスラエルと関係を結べば、安全と経済的繁栄をもたらすと考えるのは大きな誤りだ」と強調。UAEに対しては「パレスチナ人への裏切りだ」と厳しく批判した(イラン国営IRAN通信)。

 イランの軍隊組織「イスラム革命防衛隊」 (IRGC)は15日、声明文を公表し、「今回の合意はイスラエルの全滅を加速させるだけだ。正義を求めるパレスチナ人の叫びは絶対に沈黙しない。米国とそのシンパにとって危険な未来が待っている。UAEも遅かれ早かれ強い抵抗を受けるだろう」(IRAN通信)と警告を発している。

 一方、パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長は、「2国家共存案はこれで死んだ」と述べ、イスラエルとUAE間の交渉を「恥ずかしい」と強調している。イスラム主義武装集団ハマスは、「背中からナイフを刺すような卑劣な行為だ」と酷評している。イスラム諸国の盟主を自負するトルコは14日、「歴史と人々の良心は決して許さないだろう」とUAEを名指しで批判したが、イスラエルに対しては言及を避けた(イスラエルとトルコ間の接近情報がある)。

 最後に、どうしても言及しなければならない歴史的事実を付け加えておきたい。ペルシャ王朝(現在のイラン)のクロス王はBC538年、ユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還させた。クロス王が神の声に従ってユダヤ人を解放しなければ、現在のイスラエルは存在できなかった、という歴史的事実だ(「旧約聖書「エズラ記」)。ロウハ二大統領は2018年7月、ウィーン公式訪問の時に、「イランはイスラエルといつも対立していたわけではない」とちらっと漏らしたことがあった。イランのマフムード・アフマディネジャド前大統領が、「イスラエルを地上の地図から抹殺してしまえ」と暴言を発したこともあって、イスラエルとイランは常に対立してきたと考えてきたが、実際はそうではないのだ(「ユダヤ教を発展させたペルシャ王」2017年11月18日参考)。

 トランプ大統領はアラブ諸国がUAEに次いでイスラエルと国交正常化に乗り出すことに期待を表明したが、イランがイスラエルと国交正常化に乗り出す日が到来したら、中東アラブ諸国はEUに負けない安定した政治・経済地域に飛躍できるかもしれない。そうなれば、歴史家は後日、「イスラエルとUAEの国交正常化はその前座に過ぎなかった」と記述するだろう。

地に落ちた一粒の麦「コルベ神父」の証

 ドイツのローマ・カトリック教会バンベルク大司教区のルートヴィヒ・シック大司教は、「コロナ禍の時だけに、アウシュビッツ強制収容所で他の囚人のために自分の命を捧げたポーランド人のマクシミリアン・コルベ神父の生き方を思い出し、そこから学ばなければならない」と指摘した。8月14日はフランシスコ会のコルベ神父の殉教の日だ。シック大司教は追悼礼拝の中で語った。バチカン・ニュース独語版が14日、報じた。

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▲コルベ神父(バチカン・ニュースから)

 ドイツ教会司教会議の世界教会委員会議長であり、マクシミリアン・コルベ神父基金評議会議長を務めるシック大司教はアウシュビッツ近郊で開催した欧州ワークショップで、コルベ神父をイエス・キリストの宣教師と称え、「コルベ神父の最大の関心事は私たちが全て神から愛され、イエスが我々を愛したように、相互に愛することのできる能力を有することを人々に伝えることにあった」と説明した。

 コルベ神父は1941年8月14日、アウシュビッツ強制収容所で2人の子供の父親ポーランド人軍曹、フランツェク・ガイオニチェク(Franciszek Gajowniczek)を救うために自分の命を捧げ、餓死刑に処され、最後は毒注射で殺された。コルベ神父は47歳だった。聖母マリア崇拝が強かったコルベ神父は「聖母の被昇天の日」(8月15日)の1日前に殺されたわけだ。

 強制収容所所長が1941年7月末、「脱走しようとした囚人の刑罰だ」として囚人から10人を選び、餓死刑にすると言い伝えた。その時、コルベ神父は、「死ななければならない囚人の代わりに、私が死にます。私には妻も子供もいません」と申し出た。

 イエスは、「人がその友のために自分の命を捨てること、これより大きな愛はない」(「ヨハネによる福音書」第15章13節)と語っているが、コルベ神父はイエスの教えに忠実に生きた。同神父は1982年10月10日、故ヨハネ・パウロ2世によって聖人に列聖された。コルベ神父は「アウシュビッツの聖者」と呼ばれている。なお、コルベ神父によって救われたガイオ二チェク氏は強制収容所を妻と共に生き延びた。その後、コルベ神父の行為を世界に証し、コルベ神父の列聖式にも参加した。

 参考までに、コルベ神父はフランシスコ会に所属し、上海に宣教に行った後、1930年4月、長崎に渡っている。36年にポーランドに帰国した。日本のキリスト信者はコルベ神父とは強い繋がりを感じている。

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▲聖コルベ館(長崎市、2019年5月11日撮影)

 長崎の聖コルベ館の公式サイトによると、「1930年4月24日、36歳のコルベ神父は『けがれなき聖母マリアを全世界の人々に示す』という大きな夢を持ち、数名のポーランド人修道士達と共に、東方への宣教に乗り出します。その場所が長崎でした。同年5月、長崎に上陸したコルベ神父は、大浦天主堂下の木造西洋館に聖母の騎士修道院を開き、印刷事業を始めた」と紹介している。

 シック大司教は、「私たちは今、新型コロナウイルスの感染に襲われ、苦しんでいる。この時こそ、コルベ神父の生き方からインスピレーションを受け、イエスの福音を延べ伝えるべきだ。それによって、他を犠牲とするエゴイズム、人種主義、民族主義の拡大を防ぐことができる」と主張し、「戦後、75年が経過した。欧州では平和が定着してきたが、平和は壊れやすい。それだけに、我々は常に平和のために努力しなければならない。コルベ神父がしたように、愛の共有、尊敬と寛容、相互援助の精神のイエスの福音を延べ伝えなけれならない」と強調している。

 フランシスコ教皇は12日、コルベ神父の追悼に関連し、「我々は常に神に愛されている、かけがえのない存在だ。神から忘れられた人はいない。そのことを思い出せば、人生でのさまざまな厳しい状況に負けずに生きて行く力を得る」と、ツイッターで述べている。

 多くのキリスト者たちはコルベ神父の行為を通じて人間の尊厳さ、素晴らしさを教えられ、生きる力を得てきた。「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それは一粒のままである、しかし、もし死んだならば、豊かに実を結ぶようになる」(「ヨハネ福音書」第12章24節)といったイエスの言葉が蘇るわけだ。

ポンペオ氏の「40時間ウィーン滞在」

 マイク・ポンぺオ米国務長官が13日午後オーストリア入りし、14日午前から公式日程を始めた。ファン・デア・ベレン大統領、クルツ首相、シャレンベルク外相らオーストリア首脳たちと会談したほか、ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)のラファエル・グロッシ事務局長らとイランの核問題などを話し合った。

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▲シャレンベルク外相とポンぺオ国務長官の共同記者会見(2020年8月14日、オーストリア民間放送「OE24TV」の中継から)

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▲グロッシIAEA事務局長と会談するボンぺオ国務長官(IAEA公式サイトから、2020年8月14日)

 ポンぺオ国務長官は12日、チェコの首都プラハ、13日にはスロべニアのリュブリャナを訪問し、14日のウィーン訪問後、15日には最後の訪問国ポーランド入りする。国務長官の中欧4カ国訪問は、冷戦時代を経験し、共産主義の脅威を肌で感じてきた中欧諸国に対し、共産主義の再台頭を警告し、特に、中国共産党政権の世界制覇の野望に対し、認識を共有する狙いがある。

 チェコでは国会(上院)で演説し、中国共産党の脅威に対抗するために団結を呼びかけた。ロイター通信によると、長官は、「中国は旧ソ連も使用したことのない方法でわれわれの経済、政治、そして社会に浸透している」と中国の脅威を指摘した。

 バビシュ首相は昨年、旧東欧諸国では先駆けて「政府によるファーウェイの携帯電話の使用を禁止する」と発表し、今年5月、ポンペオ長官と「5Gに関する共同宣言」に署名している。

 チェコでは親ロシア、親中国派のミロシュ・ゼマン大統領に対し、実業家出身のアンドレイ・バビシュ首相は一環して親米路線を進むなど、大統領府と首相府間で外交路線で大きな対立がある。最近では、在チェコ中国大使館から圧力があったが、ミロシュ・ビストルチル上院議長(Milos Vystrcil)は今月29日から9月5日の予定で台湾を訪問し、蔡英文総統ら台湾首脳らと会談する予定だ(「中欧チェコの毅然とした対中政策」2020年8月10日参考)。

 第2の訪問先スロべニアでは13日、ポンペオ長官は、スロベニア政府との間で次世代通信規格5Gネットワークの確保に関する宣言に署名した後、「スロベニアは宣言に署名することで中国当局による『人と情報のコントロール』を含む権威主義的な脅威から自国を守ることができる」と強調した。スロベニアでは先月、テレコム・スロベニアが5Gネットワークの運用を開始。年末までに全国3分の1のカバーを目指している。 なお、ロイター通信によると、ポンぺオ長官は5G問題の他、エネルギー安全保障についてもスロベニア当局と協議したという(スロベニアはトランプ大統領のメラニア夫人の出身国)。

 チェコ、スロベニア両国訪問はポンペオ長官にとって予想通りの展開だったろうが、3番目の訪問先、ウィーンに到着した長官は「オーストリアはちょっと違う」と感じたのではないか。

 チェコとスロべニア両国は共産主義政権下で共産主義の権威主義、非人道的政策を肌で体験したこと、その旧東欧共産圏を解放し、民主国家への移行を支援してくれた国は米国だったこともあって、米国に対して基本的には好意的だ。一方、オーストリアは冷戦時代に、中立主義を掲げ、東西両欧州に分断された中で調停役を演じてきた。同時に、第2次世界大戦でナチス・ドイツ軍と手を結び、欧州諸国を席巻したが、敗戦後、久しく戦争犠牲国としてナチスの戦争犯罪の責任を回避してきた。そのため、米国の「世界ユダヤ協会」から戦争責任への激しい追及を受けてきた。例えば、ワルトハイム大統領(当時)の戦争犯罪疑惑問題はオーストリアの政界を大揺れにする一方、オーストリアと欧州諸国との外交関係に亀裂をもたらしたことはまだ記憶に新しい。オーストリアのカリン・クナイスル外相(当時)がロシアのプーチン大統領を自身の結婚式に招いたり、制裁下のイランのロウハ二大統領をウィーンに公式に招待し、欧州連合(EU)のブリュッセルから警告を受けるなど、独自外交を展開してきた経緯がある。

 オーストリアは冷戦後もロシアやイランと緊密な外交関係を堅持、米国の外交路線とは一定の距離を置いてきた。5G問題でも米国のファーウエイ排除に対しては同意していない。クルツ首相によれば、8月中にオーストリアの5G問題を決定するという。そのほか、「ノルド・ストローム2」建設問題では、米国はロシアのエネルギーに依存することは欧州の安全にとって危険だとして反対し、関与した欧米企業に対して経済制裁を発している。それに対し、オーストリアは同プロジェクトに積極的に参加してきた、といった具合だ(「『ノルド・ストリーム2』完成できるか」2020年8月6日参考)。

 シャレンベルク外相は14日、ポンペオ長官と会談し、西バルカン諸国の治安問題や多国籍主義などについて話し合った。シャレンベルク外相は、「米国はわが国にとって経済的、政治的にも掛け替えのないパートナーだ。法治主義、民主主義、人権問題など共通の価値観を有する国だ。100%同じ意見でないとしても、両国はオープンに話し合うことが大切だ」と述べ、両国の「戦略的パートナー」の関係を強調した。

 なお、トルコとの間で東地中海のガス・原油採掘問題で対立が激化しているギリシャから ニコス・デンティアス外相がウィーン入りし、ポンペオ長官と話し合うことになっている。

 40時間余りのウィーン滞在時間、超多忙なスケジュールをこなしたポンぺオ国務長官は今回スーザン夫人を同伴していた。ウィーンでの最初の夕食メニューはオーストリアの典型的料理ウィーナー・シュ二ッツェルだったという。ホスト国・オーストリア政府との間で政治的不協和音は聞かれたが、オーストリア人の自慢のシュ二ッツェルの味は如何だっただろうか。イタリア系血統を引く国務長官にとって馴染み深い料理だったかもしれない。

 ポンぺオ長官は15日朝(ウィーン時間)、欧州歴訪の最後の国、ポーランドのワルシャワに向かう。

ハリス上院議員で大丈夫か?

 米国で11月3日、大統領選挙の投開票が実施される。注目されていた民主党の大統領候補・バイデン前副大統領の相棒(ランニングメイト)にカマラ・ハリス上院議員が選出されたことで、トランプ大統領(74)とペンス副大統領(61)の現職組に、バイデン前副大統領(77)とハリス上院議員(55)が挑戦することになった。世論調査ではトランプ氏を大きく引き離しているバイデン氏が勝利した場合、ハリス氏は米国初の女性副大統領になるばかりか、次期大統領候補者の最有力者に浮かび上がる。非白人出身で初の女性大統領誕生の可能性を含んでいるわけだ。

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▲民主党の副大統領候補に選出されたハリス上院議員(ハリス上院議員公式サイトから)

 ハリス氏は17日に開幕する民主党全国大会で正式に指名され、19日に指名受諾演説を行う。ハリス上院議員の副大統領候補の選出については、インド系の母とジャマイカ系の父を両親とする非白人系候補者であり、女性候補者だという点で歓迎する声が多い。年齢的にも77歳のバイデン氏が任期を全うできない場合、大統領に就任する可能性もあるだけに、ハリス氏の動向に注目が集まるわけだ。

 検察官を経験し、カリフォルニア州の司法長官を務めたハリス氏の政治家としての能力を評価する声が支配的だ。朝日新聞電子版は12日、「理想的なパートナー」と評価したオバマ前大統領のコメントを大きく報じていた。

 一方、トランプ大統領はハリス氏自身が民主党の大統領指名候補争いで撤退したことに言及し、「ハリス氏はとても期待されて出馬したが、出来が良くなかった。バイデン氏の選択は驚きだ」(産経新聞電子版)と述べたというが、ハリス人気が高まることには警戒しているはずだ。

 法曹界出身のハリス氏は頭の回転がとびぬけて速いらしい。朝日新聞は「質問の手腕だ。検察官の経験を生かし、公聴会でトランプ政権の閣僚や最高裁判事候補を追及。冷静さを保ちつつ、矢継ぎ早に質問を繰り出し、セッションズ司法長官(当時)が『こんなに早く質問されるとついていけない。緊張する』ともらした」というエピソードを紹介していた。

 朝日新聞の「質問の手腕」という箇所を読んで、ハリス氏がメディアの嫌な質問に返答せずに逃げたシーンの動画を思い出した。少し説明する。

 米国のテレビ俳優ジャシー・スモレット(Jussie Smollett、36)が昨年1月、2人の男に襲撃され、負傷した。スモレットは警察に通達した。彼の証言によると、2人は彼を殴打しながら、「黒人」「ホモ」など罵声を飛ばし、彼に向かって「Make America Great Again」と叫んだというのだ。

 彼は襲撃直後、警察官の事情聴取に、「私は彼らを憎まない。私の愛は憎悪の影響を受けない」と述べたという。このニュースが広がると、スモレットへの同情と共感の声が高まり、犯人が白人でトランプ大統領支持者ではないかという憶測が流れ、民主党を支援する俳優が多いハリウッドでは一躍大きな話題となった。スモレットを支援する声明を発表する俳優も出てきた。彼らにとって、スモレット襲撃事件はトランプ政権を批判する絶好の機会となった(「成長を妨げる『犠牲者メンタリティ』」2019年2月24日参考)。

 その件で非白人出身の上院議員のハリス氏もメディアの質問を受けた時、「トランプ大統領の民族主義的な言動が犯罪を誘発した」といった内容のコメントを発し、ここぞといわんばかりにトランプ大統領を批判した1人だ。ハリス氏にとって批判はお手の物だ。

 ところが問題が生じた。スモレットを襲った犯人が逮捕され、襲撃が演出だったことが判明、スモレットも偽証罪で逮捕されたのだ。スモレットは、「自分は黒人であり、しかもゲイ(同性愛者)だ。その自分が社会の多数派の白人、それもトランプ支持者に襲撃されたというニュースが流れれば、話題となり、自分の名前は一躍有名になり、ギャラもアップするだろう」と考えたというのだ。残念ながら、彼の計算は水泡に帰し、刑務所送りとなった。

 その直後、メディアがハリス氏にスモレット氏の不祥事について意見を聞こうとした時、ハリス氏はその場から姿を消してしまったのだ。スモレットを擁護したばかりか、トランプ氏を酷評したハリス氏にとって都合の悪い展開となったからだ。

 ハリス氏は検察官出身であり、相手を糾弾することでは誰もが認める手腕があるが、逆に追及され、守勢に回ると、応答に躊躇してしまうのではないか。ハリス氏は「質問のプロ」かもしれないが、嫌な質問に対して相手を納得させる「応答の名手」ではないのかもしれない。

 これはハリス上院議員だけに当てはまるテーマではない。一種の野党精神であり、犠牲者メンタリティにも関連する問題だからだ。犠牲者メンタリティは「われわれは多数派によって迫害され、虐待されてきた。全ての責任は相手側にある」という思考パターンだ。ハリス氏は相手を追及する時は鋭いが、そうでない場合、案外脆さを露呈するのではないか。

 高齢で演説も上手くないバイデン氏を補足する上で、若く、非白人出身であり、流ちょうに演説をこなすハリス氏はオバマ氏が言うように「理想的なパートナー」だ。しかし、ハリス氏がバイデン氏と共にホワイトハウス入りするためには、都合の悪い質問に返答を避けているようでは務まらない。

 スモレットの件でハリス氏が、「私はスモレット氏の主張を検証せずに信じ、トランプ氏を批判したことは間違いだった。事実の確認を怠った」と検察官出身らしく冷静に、そして正直に謝罪していたならば、ハリス氏の株は上昇したのではないか。米国民は英雄を愛するが、潔い敗北者に対しては決して冷淡ではない国民性だ。スモレット事件の対応を見る限りでは、ハリス氏の副大統領、ひいては大統領の資格にどうしても疑問が出てくるのだ。なぜならば、副大統領(大統領)職には犠牲者メンタリティも野党精神も助けにならないからだ。

ベルガモ市民「救急車のサイレン怖い」

 イタリア北部ロンバルディア州のベルガモ(Bergamo)市に住む親戚の子供が夏休みを利用して1週間ほどオーストリアのニーダーエステライヒ州にいる息子夫婦を訪ねてきた。10歳の男の子ダビデ君だ。来る時と帰りの迎えの時は母親が連れ添った。シングル・マザーの彼女は、息子に夏休みの楽しみを作ってあげたいと計画し、実妹が住むオーストリアの息子夫婦にお願いしたわけだ。大好きな息子夫婦に再会したダビデ君は大喜びだ。以前会った時はまだ暴れん坊の子供だったが、今回の写真を見れば、しっかりした少年に成長している。

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▲ベルガモ市の風景(2014年6月、イタリア北部ロンバルディア州ベルガモ市で撮影)

 息子夫婦は、来る前から子供の喜ぶプランを考えていたに違いない。息子が送ってきた写真を見れば、暑い日には広い屋外プールでじゅうぶん泳いで楽しみ、涼しいガーデンの夕食、3D体験ミュージアムで遊んだり、キャンプ場のロッジ風の所で宿泊したりと盛りだくさんのプランだったようだ。ダビデ君にとって、久しぶりの楽しい夏休みを過ごせたわけだ。昔のダビデ君のように大暴れしながら息子夫婦と楽しんだという。

 時間はあっというまに過ぎる。母親がベルガモから迎えに来たが、ダビデ君は息子夫婦と別れるのが悲しくて泣き、ダビデのおばさんである息子の嫁も泣いたという。ベルガモでは新型コロナウイルスの感染防止のためにダビデ君は友達と遊ぶこともできず、祖父母宅でテレビを見たり、ゲームをしながら過ごしてきたのかもしれない。

 中国武漢から発生した新型コロナウイルス(covid-19)は当初、欧州ではイタリアで大感染が発生し、同国北部のロンバルディア州のベルガモでは連日、感染者が出て、多くの死者が出た。今年3月19日、イタリアの新型コロナ感染者は4万1035人、死者は3450人となった。新型肺炎の発生地中国の3245人を上回り、死者数は世界で最多となったほどだ。イタリアの中でもベルガモは大変だった。この人口12万人の小都市の感染者数が増え、武漢のような大都市ではないが「イタリアの武漢」と呼ばれた。

 同市の医療は崩壊し、重症者を収容するベッドはなく、南部州に患者を転送するなど、対応に苦しんだ。ベルガモ病院の医者が、「ベルガモを助けてほしい」と緊急メッセージをソーシャルネットワーク(SNS)で発信した。防護服が限られ、医療器材が不足して、重症患者を治療できない医者の苦しさを訴えていた。

 死者を埋葬する墓地の場所もなくなり、軍隊が遺体を南部州に運ぶ一方、遺体をまとめて火葬せざるを得ない状況だった。ベルガモはローマ・カトリック教会の信者が多く、遺体は本来、埋葬することになっているが、その場所も時間もなくなってきたからだ。ベルガモにはローカル新聞があるが、新型肺炎で亡くなった市民の訃報欄が10頁にもなったほどだ。紙面には新型肺炎の犠牲者の写真が載せられ、それを読む市民の心を揺さぶった(「“欧州の武漢”ベルガモ市を救え!!」2020年3月21日参考)。

 あれから5カ月が過ぎた。新型コロナは依然、感染を広めているが、イタリアでは感染ピークは過ぎたと受け取られ、規制緩和と経済活動の再開のバランスを取りながら復興に乗り出してきた。

 ところで、ベルガモ市では救急車のサイレンを聞くと精神的に落ち着きを失い、パニック症状に陥る市民が少なくないという。そこで救急車はサイレンを鳴らさずに市内を走ることにした。サイレン音を聞くと今年3月の悪夢が蘇る市民の願いを受けた処置だ。死者を追悼する教会の鐘だけが響く。

 感染して病院に運ばれた市民が家族から引き離され、病院で1人で亡くなるケースが多かった。一旦別れれば、ひょとしたら再会できないかもしれないという思いが市民にはあった。ダビデ君の涙はそのような思いがあったのかもしれない。ベルガモの多くの市民がそのようにして家族、親族と永遠の別れをしてきたのをダビデ君は見てきたのだろう。

 イラク戦争やアフガニスタンから帰国した米軍兵士が帰国後、社会に再統合できず、大きな音を聞くと震え、どこかに身を隠そうとするといったパニック症状をおこすケースがある。心理学的には心的外傷後ストレス障害(PTSD)だ。新型コロナ感染でベルガモ市民も米軍兵士のように心に大きな痛みを受けたはずだ。

 新型コロナの感染第2波が到来したといわれる。ベルガモ市民が明るい笑顔と笑い声を取り戻す日が早く到来することを願う。

イランとサウジの「核レース」と中国

 世界の関心が中国武漢発の「新型コロナウイルス」の感染防止に注がれている時、中東で“きな臭い動き”が出てきた。不法な核開発の動きだ。イランの核問題だけではない。ひょっとしたら、テヘランの核開発に触発されたのかもしれないが、イランの宿敵、中東の盟主サウジアラビアが核開発に乗り出す動きを見せてきたのだ。

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▲Google Earthからサウジの核関連施設の全景(「テヘラン・タイムズ」電子版から)

 ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)担当のイランのKazem Gharibabadi 大使は8日、IAEAに対し、「サウジの隠された核関連活動に光を当てるべきだ」と警告した。テヘランとリヤド間の地域主導権争いという側面もあるが、サウジが核開発に強い関心を寄せてきたことは周知の事実だ。

 特に、イランが2015年7月、米英仏中露の国連安保理常任理事国にドイツを加えた6カ国との間に包括的共同行動計画(JCPOA)で合意したが、トランプ米政権が18年5月、合意から離脱したことを受け、包括的核合意を破棄し、濃縮関連活動を再開してきたため、サウジがイランの核に対抗するため本格的な核開発に乗り出してきたと受け取られている。

 Gharibabadi 大使は、「サウジは核拡散防止条約(NPT)の加盟国だ。同時に、IAEAとは包括的核査察協定を締結している。にもかかわらず、IAEAの査察要求を拒否している。国際社会はサウジが原子力エネルギーの平和利用から逸脱することを絶対に容認してはならない」と指摘し、IAEAにサウジの核関連施設への査察を実行し、同国の核開発動向に関する完全な報告書を提出すべきだと要求した。

 具体的には、サウジの首都リヤド近郊の未申告施設で核兵器製造のためのウラン濃縮関連活動が見られるというのだ。米紙ニューヨーク・タイムズは5日、「米情報機関はサウジが潜在的に核兵器製造に繋がる核燃料生産能力の構築を試みているという内容の報告書をまとめた」と報じた。

 報告書によると、米政府関係者や核エキスパートはリヤド近郊のソーラーパネル生産地帯近くに新たに完成された建物は未申告の核関連施設の一つではないかと疑っている。そのサイトはリヤド北西30キロのアル・ウヤイナの街から少し離れた砂漠地帯に位置する。そこで中国と連携してウランからウランイエローケーキを抽出するプログラムが進められている疑いがあるというのだ。

 また、ブルームバークのニュースによると、今年3月と5月の人工衛星の写真分析から、サウジが原子炉をカバーする屋根を建設したことが明らかになった。サウジは原子炉の監視と設計の査察のためIAEA関係者を招くべきだったが、していない。

 以上、イランの「テヘラン・タイムズ紙」の8月9日電子版の記事の内容をまとめた。

 欧米諸国から核疑惑をかけられてきたイランにとって、サウジの核関連動向は無視できない。イスラム教スンニ派の盟主サウジとシーア派代表のイランの間で「どちらが本当のイスラム教か」といった争いが1300年間、中東・アラブ諸国で展開されてきたが、ここにきて両国は「核レース」を展開させてきたわけだ。

 なお、IAEA定例理事会は6月19日、イランの核問題で「テヘランは未申告の核開発の疑いがある2カ所の核関連施設への査察を拒否している」として、イランに全面的、適時にIAEAの査察を受け入れるように求めた決議を賛成多数(賛成25票、反対2票、棄権7票)で採択したばかりだ。IAEA理事会がイランを批判する決議を採択したのは2012年8年以来のことだ。

 参考までに、イランとサウジ両国の核開発に中国が深く関与してきている点を少し説明する。中国はイランとの間で25年間の「戦略パートナー協定」を締結し、経済活動に必要なエネルギーを確保する一方、安保でも両国の協力関係を強めてきた。同時に、中国はイランのライバル、サウジにも接近し、サウジの野望、核開発を支援する一方、サウジから原油を輸入している。サウジは今日、中国の最大原油供給国だ。今年5月には、サウジは日量216万バレルの原油を中国に輸出している。

 それだけではない。中国はイランの宿敵、イスラエルにも接近している。中国は世界の第2のシリコンバレーといわれるイスラエルに接近し、イスラエル企業が保有している先端技術の企業機密を盗み取っている。具体的には、医療用レーザー技術で知られるアルマレーザー社、医療技術ルメニス社、画像認識開発コルティカ社を含め、多くの技術企業の株式を取得している(「『赤の商人』中国がイスラエルに接近」2018年11月26日参考)。

 米国は2003年のイラク戦争後、中東から次第に軍を撤退させてきた一方、中国はその空白を利用してイランを水先案内人にしながら、サウジ、イスラエルまでその影響を広めてきた。トランプ米政権はイラン核合意から離脱する一方、イランに経済制裁の圧力を強めてきたが、テヘランの核への野望を止めるまでにはなっていない。そればかりか、イランを中国へ傾斜させる結果となっている。トランプ米政権が親米派サウジの核開発問題に対しどのようなスタンスで対応するか、大いに注目される。 
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