ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2020年07月

中国、バチカンにハッカー攻撃

 米紙ニューヨーク・タイムズが29日、米インテリジェンス・プラットフォーム「レコーデット・フュ―チャー」の情報として報じたところによると、ハッカーチーム「Red Delta」が今年5月から7月にかけ中国共産党政権の要請を受けて、バチカン関連施設の通信網に不正アクセスしていたという。

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▲中国共産党政権からハッカー攻撃を受けるバチカン教皇庁(2011年4月、撮影)

 情報源の「Recorded Future インテリジェンス・プラットフォーム」は米マサチューセッツ州に拠点を置き、ダークウェブを含むインターネット上の情報から、脅威情報とそれに関連する情報を分析した「インテリジェンス」を提供するSaaS型のサービス会社だ。一方、ハッカーグループ「レッドデルタ」(Red Delta)は中国共産党政権がスポンサーするハッカー・グループで、中国の戦略的利益を擁護する。

 「レッドデルタ」はバチカン市国、教皇庁、香港カトリック教会教区、イタリア・ミラノの「外交ミッションのためのセミナー」へのハッカー攻撃を繰返していたという。バチカン側は中国側のハッカー攻撃に対してこれまで沈黙している。

 問題はハッカーの狙いだ。ハッキングされた時期は今年5月から7月だ。バチカンと中国は9月、2018年に合意した司教任命権に関する協定の延期問題を話し合うことになっている。それに先立ち、中国側はバチカンの交渉ポジションを探る狙いがあったのではないか。バチカンは2018年9月、中国政府と司教任命権問題について暫定合意に達し、フランシスコ教皇は中国政府が独自に任命した政府系司教7人を承認している。

 「レコーデツトフュ―チャー社」によると、ハッカーグループは3つの文書をフィッシング攻撃していたという。一つはバチカンのナンバー2、パロリン国務省長官の署名入り香港教区宛の文書で、最近亡くなった司教へのフランシスコ教皇の追悼文がそこに含まれている。同社によると、「古典的なスパイ活動だ」という。

 最近、「フランシスコ教皇が中国訪問を準備中か」というニュースが報じられたことがある。現時点では憶測情報に過ぎないが、中国とバチカンの間には対立点より、利益が一致する部分が増えてきていることも事実だ。

 「教皇の訪中準備か」という情報を流した海外中国メディア「大紀元」によると、パロリン枢機卿は、教皇の初訪中を検討し、最初の訪問先として「武漢市」を選んだという。都市封鎖から解除された武漢市の「再生」といった意味合いを込め、対中関係を推し進めようとしているというのだ。(「バチカンが『教皇の訪中』準備中?」2020年5月15日参考)。

 中国とバチカンの両国には国交関係がない。中国共産党政権としては世界の政治に影響力があるバチカンと外交関係を樹立したいという願望がある。一方、バチカンは世界最大の人口大国の中国にイエスの福音を広めたいという宣教目的がある。両者の思惑が過去、接近し、「外交関係の樹立近し」と報じられたことがあった。

 中国外務省は両国関係の正常化の主要条件として、|羚馥眄への不干渉、台湾との外交関係断絶、の2点を挙げてきた。中国では1958年以来、聖職者の叙階はローマ教皇ではなく、中国共産政権と一体化した「中国天主教愛国会」が行い、国家がそれを承認してきた。

 一方、バチカンは近年、中国共産党に宥和的姿勢を取っている。2019年3月から半年以上続いてきた香港民主化デモに対し、バチカンは沈黙を貫いていた。中共政権による違法な強制臓器売買という事実を無視するなど、中国共産党を擁護する動きが際立っている。バチカンは2018年9月、中国政府と司教任命権問題で暫定合意に達したが、バチカン側の歩み寄りが目立った。

 2012年に権力の座に就いた習近平主席はここにきて「宗教の中国化推進5カ年計画」(2018〜2022年)を実施してきた。「宗教の中国化」とは、宗教を完全に撲滅することは難しいと判断し、宗教を中国共産党の指導の下、中国化すること(同化政策)が狙いだ。その実例としては、新疆ウイグル自治区(イスラム教)で実行されている。100万人以上のイスラム教徒が強制収容所に送られ、そこで同化教育を受けている。キリスト教会に対しては官製聖職者組織「愛国協会」を通じて、キリスト教会の中国化を進めている、といった具合だ。

 中国共産党政権が「国家安全維持法」を香港にも適応することを決めたことで、香港の民主化や自由を阻害する危険性が高まってきた。国際社会は中国の香港政策を厳しく批判しているが、バチカンはこれまで中国共産党政権批判を控えている。フランシスコ教皇は7月5日、香港情勢に言及しているが、中国共産党政権を直接批判することは避けた。

 いずれにしても、中国共産党政権のバチカンへのハッカー攻撃に対し、バチカンが沈黙し、批判を避けるようなことがあれば、中国側は益々、バチカンに対し攻撃的に出てくるだろう。相手が弱いと分かれば、強硬に出てくるのはどの国の共産党政権でも同じだ。

地下室に籠るバイデン氏の「勝算」は

 米大統領選挙がいよいよ佳境を入ってきた。民主党大統領候補にほぼ確実なジョー・バイデン氏(前副大統領)は8月第1週には副大統領候補者を公表するという。黒人か非白人系の候補者となると予想されている。一方、現職のドナルド・トランプ氏は新型コロナウイルスの感染対策に追われ、共和党大会の開催地も変更を余儀なくされるなど、相変わらずゴタゴタが続いている。複数の世論調査によると、バイデン氏が10ポイント前後、現職のトランプ氏を引き離して有利な選挙戦を展開しているといわれる。

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▲マスクを着けて話すジョー・バイデン氏(バイデン氏のツイッターから)

 ところで、大統領選で先行している「バイデン氏はどこにいるのか」という声がここにきて頻繁にメディアばかりか、有権者の間からも聞かれ出した。テレビの広告ではトランプ氏の4年間の実績を激しく批判し、健在だが、バイデン氏の生の声はあまり聞かれないからだ。

 その謎が解けた。独週刊誌シュピーゲル最新号(7月25日号)は「ウィルミントンの幽霊」(Das Gespenst von Wilmington)という見出しでバイデン氏の近況をルボした記事を掲載している。バイデン氏の自宅があるウィルミントン市はノースカロイナ州南部の人口10万人の湾岸都市だ。日本のメディアでは次期大統領に最も近いといわれ出したバイデン氏の近況を少し報告する。

 シュピーゲルによると、バイデン氏は自宅の地下室を即製スタジオ兼選挙対策事務所に改修し、そこからビデオでメッセージを有権者に送っているという。バイデン氏は普段、近くのスターバックスでコーヒーを飲んだり、近所の人と談笑する姿が目撃されたものだ。カトリック教徒のバイデン氏は時間があれば近くの教会にも顔を見せていたが、新型コロナウイルスが米国全土に猛威を振り、多数の国民が犠牲となっていることもあって、最近は自宅からほとんど外出しないという。シュピーゲルは「バイデン氏はいつまで地下室で身を隠しながら選挙戦を継続するつもりか」と疑問を呈しているほどだ。

 もちろん、バイデン氏は地下室のソファーに座ってウイルスの侵入から77歳の身を守っているだけではないだろう。民主党の選挙対策関係者と頻繁にスマートフォンで連絡を取り、新しいメッセージを地下室を改造したビデオ・スタジオから支持者に送っている。

 米大統領選は巨額の選挙資金が必要で、資金のない候補者は当選できないといわれてきたが、「バイデン氏は自宅の地下にこもり、そこからビデオメッセージを有権者に送るだけで、選挙集会やイベントは新型コロナ感染防止という理由で控えている。米大統領選史上、最も節約した選挙戦となる」と少々皮肉を込めて評する声が聞かれる有様だ。

 バイデン氏は先日、久しぶりにオバマ前大統領と会見。オバマ氏は8年間自分を支えてくれたバイデン氏の選挙戦を全力で支持すると表明したばかりだ。シュピーゲルによると、「オバマ氏との会見でもバイデン氏はソーシャルデスタンスは1メートルどころではなく、2、3メートル離れていた」という。

 バイデン氏はトランプ氏の失点もあって「当選間違いなし」といわれているだけに、「無理しない作戦」をしているのだろうか。オバマ氏の選挙対策責任者だったジム・メッシーナ氏は、「トランプ氏は新型コロナ対策のミス・マネージメントが追及される一方、人種差別抗議デモで強権を発動して国民に批判を受けている。バイデン氏が何もしなくても、相手が失点を重ねている」と評し、バイデン氏はもっぱらテレビ広告を通じてトランプ氏の失政を批判する選挙戦を展開させていることに理解を示す。メッシーナ氏は、「米国民はトランプ政権時代の混乱と騒動に疲れてきた。国民は静かな平静を求めてきた」と分析している。

 バイデン氏の場合、8年間の副大統領時代もあって知名度に問題はない。問題があるとすれば、バイデン氏にはカリスマ性がなく、演説は無難だが退屈だということだ。最近は「えー」とか「あー」といって詰まるケースが多くなり、なめらかに語ることが出来ない。トランプ氏との3回のTV直接対決が予定されているだけに、トランプ流の激しい追及をバイデン氏がどのように切り返すことが出来るかという不安がある。

 バイデン氏は外交問題の専門家だ。経済問題は実業界出身のトランプ氏の後塵を拝するというわけで、バーニー・サンダース上院議員(民主党大統領候補者)らと共同で政策作りに乗り出している。

 共和党内には問題が多いトランプ氏の再選を歓迎しない動きが見られ出したが、民主党内でも「失政を繰返すトランプ氏を破る絶好のチャンスだが、高齢でカリスマ性のないバイデン氏で大丈夫だろうか」という懸念が聞かれるという。カリスマ性ゼロ、演説は退屈、77歳の高齢で一部認知症初期症状の気配も見られる。民主党関係者の懸念はある意味で当然だろう(「人は『運命』に操られているのか」2019年10月20日参考)。

 新型コロナの感染を恐れて自宅から外出せず、地下室に籠っている77歳の民主党大統領候補者は世論調査が予想するほど、大統領選を有利に先行しているわけではないのかもしれない。

 欧州メディアの中で最も取材力を誇る週刊誌といわれるシュピーゲルは、米大統領選では伝統的に民主党候補者を支持してきた。そのシュピーゲルは今回、「バイデン氏絶対有利」という世論調査結果に対し、直ぐには同調できない不安を感じ出しているのだ。

李仁栄新統一相の「セカンド志向」

 韓国紙中央日報(日本語版)を開いていると、興味深い記事に出くわした。李仁栄新統一相が27日、初出勤の際、記者団に「歴代統一相のうち2番目にうまくやる自信がある」と述べたという。そして統一問題を「米朝の時間」から「南北の時間」中心に戻すというのだ。換言すれば、「南北朝鮮半島の再統一問題で米国が傍でうるさく言うな、南北間で話し合って決めるべきだ」というメッセージが込められているわけだ。新統一相の最初の発言は、かなり挑発的なものだ。

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▲韓国の李仁栄新統一相(韓国統一省公式サイドから)

 ここで問題としたいのはその点ではない。学生時代、主体思想に惹かれ、左翼学生運動のリーダーだった李新統一相から反米、親北的発言が飛び出したとしても不思議ではない。問題は「自分は歴代統一相で1番ではなく、2番目にうまくやる長官(大臣)になりたい」という部分だ。

 この発言は新統一相が稀に見る謙虚な人格者だからだろうか。それとも自信のなさの表れに過ぎないのか。韓国メディアによれば、李新統一相は「彼にはかなわない」と尊敬している歴代ナンバー・ワンの統一相の名前を明らかにしなかったが、「1番」ではなく、「2番」を目指していくというのだ。これは韓国社会では珍しい発言だ。

 韓国社会では誰でも1番を目指す。それはスポーツ分野だけではない。会社、学校、共同体でもそうだ。どこかの集会で「社長さん……」とコールしたところ、そこにいた大部分の男性は手を挙げた、という話は良く語られるエピソードだ。韓国では皆、社長を目指している。「自分は副社長を目指す」という男性がいたら、「何かがあったのか」と怪訝に思われてしまうだけだ。

 にもかかわらず、李新統一相は「2番目でいい」というのだ。もちろん、李統一相は病気ではないだろう。それでは「歴代2番目の統一相になりたい」という李仁栄氏はどのような人物か。根っからの謙虚な人格者ではないとすれば、覇気のない従順型人物に過ぎないのか。それとも責任を担いたくないため常に予防線を張る官僚主義者だろうか。

 「ファースト」をこよなく愛し、それ以外は価値がないと考えるような社会で、李氏は「自分はファーストを目指さない。2番目にいい長官(統一相)でありたい」と宣言したのだ。革命的な発言だ。韓国社会に定着する「ファースト志向」から脱皮し、「セカンド賛美」という新しい文化を築こうとしているのだろうか。

 日本では一時期、ゆとりある教育が叫ばれたことがあったが、韓国は新型コロナウイルス感染時代、パリパリ(早く早く)と走り回る社会から脱皮し、ゆとりをもって生きて行こうというアピールかもしれない。当方の推測が当たっているとすれば、李新統一相は就任早々、学生時代に夢見てきた「主体思想革命」ではなく、一種の韓国社会の覚醒を促す文化革命に火をつけたことになる。

 韓国の若い世代では「ヘル朝鮮」という言葉がよく聞かれる。韓国の若者にとって、厳しい受験競争、就職難などがあって、地獄のような社会だという思いが込められている。一流大学に入り、一流企業に就職することが多くの若者とその家族の願いだが、それを実現できるのはごく限られているから、大多数の若者は劣等感、敗北感、絶望感、自暴自棄の状況に陥りやすくなるわけだ。「ファースト」志向社会の負の問題だ。

 少し、社会学的、文化的観点から「ファースト」と「セカンド志向」について考えてみたい。「ファースト」は栄光だが、それは「上がり」だ。その上はない。「ファースト」後はそれを維持することが次の目標となる。防衛戦に備えるボクサーのチャンピオンだ。人によっては傲慢になったり、ワンマン社長となり、独裁的になるかもしれない。なぜならば、ナンバー・ワンだからだ。一方、「セカンドの場合」は目指すべき目標はまだ前方にあるから、傲慢になったり、独裁的になる余裕はない。セカンドは成長の途上だからだ。

 このように見ていくと、李新統一相の「セカンド」発言は自己コントロールの極みというべきかもしれない。それとも、北朝鮮に心がどうしても傾斜する李氏にとって「主体思想の北は常にファーストであり、堕落・腐敗した南はそれには及ばないセカンドの立場だ」という世界観から抜け出せないのかもしれない。

 いずれにしても、韓国民の生き方が「ファースト」から「セカンド」志向に緩やかに移行できれば、「反日」も次第に消えていくかもしれない。韓国の「反日」志向は歴史的背景は別として、韓国の「ファースト志向」から生まれてきた副産物の面も否定できないからだ。

 李新統一相が「誰が歴代ファーストの統一相か」に答えなかったように、「セカンド」志向の生き方になれば、「誰がファーストか」はあまり意味がないのだ。誰の後ろを走っていてもいいのだ。そのような社会で反日が生まれてくる土壌はあるだろうか。

 李仁栄新統一相の「2番目」発言は、本人の意向とは別に、単に韓国社会のメンタリティ―を変えるだけではなく、日韓関係にも大きな影響を与えるかもしれない。

北の崔ガンイル新大使の「米朝外交」

 駐オーストリア北朝鮮大使館次期大使、崔ガンイル外務省前北米局副局長(Choe kang il)は6月30日、ウィーンのホーフブルクの大統領府でファン・デア・ベレン大統領に信任状を手渡した。崔ガンイル氏は27年間大使を務めた金光燮大使(金敬淑夫人は故金日成主席と故金聖愛夫人の間の娘)の後任に任命されたが、オーストリア大統領府が新型コロナウイルスの感染問題もあって新任大使らとの会見を延期してきたため、今年3月14日以来、次期大使の立場に留まってきた。崔ガンイル氏は晴れて正式に大使となった。

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▲ファン・デア・ベレン大統領に信任状を手渡す北朝鮮の崔ガンイル大使(2020年6月3日、オーストリア連邦大統領府公式サイトから)

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▲UNIDOの李勇事務局長に信任状を提出する北朝鮮の崔ガンイル大使(2020年7月14日、UNIDO公式サイトから)

 崔ガンイル大使は北外務省では北米局副局長を務め、「米国通」外交官といわれ、崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官の補佐としてシンガポール(2018年6月)、ハノイ(2019年2月)での米朝首脳会談やスウェーデンの米朝実務会談に参加してきた実務型外交官だ。金光燮前大使は金正恩労働党委員長の叔父という立場もあって、その言動が何かと話題となったが、崔ガンイル新大使の場合はその外交手腕に関心が集まる。

 オーストリア連邦大統領府公式サイトには崔ガンイル新大使の2枚の写真が配信されている。金日成主席・金正日総書記の肖像画が描かれたバッチを黒の背広につけ、ファン・デア・ベレン大統領と並んで記念写真を撮っている。大統領とのスモールトークの内容は未公開。

 任命されて4カ月余りの待ち時間の間、崔ガンイル氏は任地オーストリアのオリエンテーションを受けたはずだ。アルプスの小国オーストリアは冷戦時代、北朝鮮にとって戦略的拠点として重要な役割を果たしてきた。欧州唯一の北直営銀行「金星銀行」を開業し、そこを中心にさまざまな不法な経済活動(中東へのミサイル輸出、米紙幣偽造)を行ってきた。死者115人を出した大韓航空機爆発テロ事件(1987年11月28日)の2人の北朝鮮工作員、金勝一と金賢姫の2人は1987年11月、5日間、ウィーン市内のホテルに宿泊している。2人はウィーンからベオグラードへ旅立つが、ウィーンでは大韓航空858便爆発後の逃避のための航空チケットを購入する一方、ウィーン観光をする日本人親子の役割を演じていた。欧州に旅行中の日本人が北に拉致された事件でもウィーンは重要な拠点となってきた。

 オーストリアには南北両国の友好協会が存在する。「オーストリア・北朝鮮友好協会」のメンバーの多くは当時、オーストリア政界を牛耳っていた社会民主党関係者だった。ファン・デア・ベレン大統領の前任、ハインツ・フィッシャー大統領(在職2004〜2016年)は北と密接な関係を有する政治家として有名だ。金光燮前大使と話すハインツ・フィッシャー氏の姿は、外交官の懇談会でよく目撃された。一方、「オーストリア・韓国友好協会」は中道保守政党「国民党」関係者がメンバーとなっている(「オーストリアと韓国は相性がいい!」2019年10月25日参考)。

 欧州連合(EU)の対北制裁もあって、北への圧力が強まっている。ウィーンには昔、2桁の外交官が登録していたが、現在8名と外交官数は縮小。米国からの圧力もあって、北は2004年6月末、「金星銀行」の閉鎖を強いられたことはまだ記憶に新しい(「『ゴールデン・スター・バンク』の話」2019年10月9日参考)。

 いずれにしても、崔ガンイル新大使の主要課題はオーストリアの政界の動きではなく、ウィーンを拠点とした国際機関との接触ではないか。ウィーンは第3の国連都市だ。国際原子力機関(IAEA)、包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)、国連工業開発機関(UNIDO)の本部、事務所など30を超える国際機関の拠点がある。

 崔ガンイル新大使は国連外交に力を入れてくるだろう。具体的には、崔ガンイル氏の主要舞台はIAEAとの接触にあるとみて間違いないだろう。また、北は依然、CTBTOには未加盟だ。崔ガンイル氏はCTBTO加盟問題をちらつかせながら、欧米からの譲歩(対北制裁の解除)を勝ち得る政策を取るかもしれない(「北の新任大使、IAEAを重視か」2020年4月6日参考)。

 ちなみに、北朝鮮は1992年1月30日、IAEAとの間で核保障措置協定を締結した。IAEAは93年2月、北が不法な核関連活動をしているとして、北に「特別査察」の実施を要求したが、北は拒否。その直後、北は核拡散防止条約(NPT)から脱退を表明した。翌94年、米朝核合意が一旦実現し、北はNPTに留まったものの、ウラン濃縮開発容疑が浮上すると、2002年12月、IAEA査察員を国外退去させ、その翌年、NPTとIAEAからの脱退を表明した。2006年、6カ国協議の共同合意に基づいて、北の核施設への「初期段階の措置」が承認され、IAEAは再び北朝鮮の核施設の監視を再開したが、北は09年4月、IAEA査察官を国外追放。それ以降、IAEAは北の核関連施設へのアクセスを完全に失い、現在に至る。IAEAは過去11年間、北の核関連施設へのアクセスを完全に失った状況が続いている。

 また、北は、中国人事務局長、李勇事務局長(元中国財務次官)が舵取りをしているUNIDO との関係を重視するだろう。米国は1996年、UNIDOから脱退しているので、中国はUNIDOを通じて対北経済支援を実行しやすい。崔ガンイル新大使は今月14日、李勇事務局長に信任状を提出している。

 崔ガンイル氏の活動舞台だった米朝関係はどうか。北朝鮮の朝鮮中央通信は今月4日、崔善姫第1外務次官が「米当局は米朝首脳会談を単なる政治的な道具に活用している。われわれは米国と向き合う必要性を感じていない」と批判したばかりだ。

 それでは、金正恩氏はなぜ米国通の崔ガンイル氏をウィーンに派遣したのか。米国と北朝鮮は、中立国オーストリアのウィーンで新しい米朝外交チャンネルを構築する考えだ、ともいわれている。

 崔ガンイル氏は北外務省が誇る「米国通」であり、米朝首脳会談の舞台裏に精通している。米国は崔ガンイル大使との接触を通じて北との非核化交渉を水面下で進める可能性が十分考えられる。IAEA、CTBTOという核関連の本部(事務局)があるウィーンはその意味で格好の外交舞台だ。

教皇「帰ろかな、帰るのよそうかな」

 「ふるさとは遠くにありて思うもの、そして悲しくうたふもの」という室生犀星の詩を思い出す。また、サブちゃん(北島三郎)の「帰ろかな」という歌が口をついて出てくる。当方のことではない。世界13億人の信者を抱えるローマ・カトリック教会の最高指導者、フランシスコ教皇の話だ。

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▲アルゼンチン国民にビデオ・メッセージを送るフランシスコ教皇(バチカンニュース独語版2020年7月25日から)

 教皇は第266代教皇に就任してはや7年が過ぎたが、その間、出身国アルゼンチンを訪問していない。共産圏初のローマ教皇に選出されたポーランド出身のヨハネ・パウロ2世(在位1978〜2005年)は27年間の在位期間に何度も故郷を訪問し、ドイツ人教皇のべネディクト16世(在位2005〜13年)は教皇就任後も出身地のバイエルン州とは密接なコンタクトを維持し、ドイツ国民から「われらが教皇」と呼ばれて大歓迎を受けた。

 フランシスコ教皇は教皇就任後、南米のブラジルを訪問し、15年にはエクアドル、ボリビア、キューバを訪問。翌16年にはメキシコ、17年にはコロンビアをそれぞれ訪問し、18年はチリとペルーを訪ねたが、アルゼンチンは通り過ぎている。カトリック教信者が人口の1%にも満たないタイや日本を訪問し、中東のイスラム教国エジプトやアラブ首長連邦には足を向けるが、なぜか母国を訪ねていないのだ(「故郷に錦を飾れない『教皇』の悩み」2019年11月26日参考)。

 故郷に足を踏み入れるのがタブーのように感じているのだろうか、それとも誰にも言えない理由があるのだろうか。そんな憶測が流れてきた。しかし、イタリア系の移民の血が流れているフランシスコ教皇が故郷を嫌っているわけではないのだ。

 アルゼンチンのブエノスアイレス大司教だったホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿は教皇に就任した直後、バチカンから自分でブエノスアイレスに電話し、知り合いのキオスクのおばさんに「教皇になったから、定期予約してきた雑誌は読めなくなる」と連絡した。故郷と強い繋がりのある枢機卿時代を過ごしたのだろう。知り合いや友人が少なくないはずだ。

 フランシスコ教皇はやはり「帰りたい」のだ。そんな記事がバチカン・ニュースで26日、報じられていた。それによると、アルゼンチン南部コモドーロ・リバダビア教区で開催されたセミナーにフランシスコ教皇は約30分のビデオ・メッセージを送っている。その中で「利己主義を乗り越え、隣人を愛しなさい」というイエスの福音を引用しながら、「他者を救いなさい。お前たちは一人ではない」と語っているのだ。

 何か自分に言い聞かせているような響きもあるが、心を打つメッセージだ。バチカン・ニュースが発信した写真を見てほしい。フランシスコ教皇はアルゼンチンに戻りたいのが分かる。同セミナーには同教区から約600人の聖職者たちが集まり、フランシスコ教皇のメッセージに耳を傾けた。

 フランシスコ教皇は今年11月で84歳となる。故郷に戻るのにも、体力のあるうちしかできない。実兄ゲオルグ・ラッツィンガー神父の最後を見届けるためにドイツへ旅をしたべネディクト16世の姿を見てきたはずだ。近代教皇の中でも最高の神学者といわれるべネディクト16世は先月、最後の力を振り絞って兄のいるドイツまで旅した。フランシスコ教皇もあまり時間がないはずだ。「アルゼンチンへの伝言」にはフランシスコ教皇の望郷の思いが込められている。

 ちなみに、故郷に戻れないフランシスコ教皇の事情については過去、メディアでも多くの憶測記事が報じられた。フランシスコ教皇がローマ教皇に選出された直後、新教皇の「過去問題」が一時、メディアに流れたことがあった。具体的には、アルゼンチン軍事政権との癒着問題だ。アルゼンチンの独裁政権下では3万人余りの国民が行方不明となった。彼らの多くは虐待され、殺害されたと推測されている。軍事政権により拉致、拷問された2人の神父に関して、当時イエズス会のアルゼンチン代表であったベルゴリオ枢機卿は迫害を恐れ、支援をしなかったというのだ。

 それに対し、人権活動家で1980年のノーベル平和賞受賞者のアンドルフォ・ぺレス・エスキべル氏は、「アルゼンチンのカトリック教会では独裁政権を支援した司教たちもいたが、ベルゴリオ枢機卿はそうではなかった」と証言している。フランシスコ教皇は2015年、アルゼンチン独裁政権時代のバチカン関連文書の早期公開の意思を表明している(「フランシスコ法王の『過去問題』」2015年5月10日参考)。

 ローマ教皇にとって自分の家は教会であり、故郷は神の懐だろうが、命を受けた出身地はやはり忘れることができないはずだ。ソーシャル・コンタクトを大切にするフランシスコ教皇にとってはなお更だろう。友人や知人もすでに高齢だから、再会の時間も限られてきた。また、新型コロナウイルスの感染で苦しむアルゼンチンの国民のことも心配だろう。教皇よ、「帰ろかな、帰るのよそうかな」と思案している場合ではない。

EUに第3グループが生まれた

 欧州連合(EU)のミシェル大統領は21日、新型コロナウイルスの感染拡大で停滞を余儀なくされた加盟国の国民経済の再建策で合意した後、「われわれは共同責任と連帯を示した」と5日間に及んだ臨時首脳会談の成果を自賛した。

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▲EU「4カ国グループ」のオーストリアのクルツ首相(オーストリア連邦首相府公式サイトから)

 27カ国の首脳たちは「会議の破綻」という最悪のシナリオを回避したことでEUという「共同体の責任」を果たしたことは事実だ。首脳会談の破綻といったシナリオはメディア好みのテーマだが、27カ国の首脳の頭の中は国益重視と政治的メンツを保つことで一杯だったはずだ。首脳会談はどのようなプロセスを経たとしても合意する以外に他の選択肢がなかったからだ。

 問題は「連帯を示した」という点だ。それは明らかに外交辞令だろう。新型コロナの感染拡大で加盟国は程度の差こそあれ、ブリュッセルからの経済復興支援は不可欠という点で一致していたが、その復興基金を構成する「補助金」と「融資」の割合問題で「連帯を示した」とは言い切れない。マクロン仏大統領は会議の合意を評価する一方、その内容が自身が願っていたプランとかけ離れていたこともあって、満足な表情を見せずにパリに戻っていった。

 今回の臨時首脳会談は5カ月ぶりの対面形式の会議だった。そのうえ、今年下半期議長国のドイツのメルケル首相の政治手腕が期待された。EU首脳会談は過去、メルケル首相とマクロン大統領の独仏首脳間の合意内容を他の加盟国が追認する形で進行してきたが、今回は加盟国で路線の違いが鮮明だった。総額7500億ユーロの経済再建策で加盟国に交付される補助金が5000億ユーロから3900億ユーロに減額される一方、返済義務がある融資による支援額は増額された。

 マクロン大統領は舞台裏では「補助金が4000億ユーロを下回った場合、絶対に受け入れない」と警告してきたが、結局は3900億ユーロに落ち着いた。ということは、マクロン大統領の警告は成果をもたらさなかったことになる。

 ここでは臨時首脳会談の「EUの連帯」について少し考えてみた。明確な点は、EU27カ国は緊急課題である新型コロナ対策で合意したことで責任を果たしたが、「EUの連帯」の結果とはいえない。現実はEU加盟国が3つのグループに分かれてきたことを端的に示した最初の首脳会談となったのだ。

 メルケル首相とマクロン大統領の「独仏2大首脳主導支持グループ」に対し、今回の復興基金の交渉で浮上してきた財政規律重視派のスウェーデン、デンマーク、オランダ、そしてオーストリアのEUの小加盟国「4カ国グループ」はニューカマーだ。これまで独仏2大首脳主導支持グループと、ブリュッセルから「司法の独立」、「言論・非政府機関の自由」を損なっているとして法治主義、民主主義の欠如で常に糾弾されてきたハンガリー、ポーランド、スロバキアなどの「旧東欧グループ」に分かれてきた。そこに第3のグループとして登場したのが今回の「4カ国グループ」だ。近い将来、スロベニア、クロアチア、ブルガリア、ルーマニアなどのバルカン加盟国が政策で結束すれば、EUは4グループに分かれるかもしれないが、現時点では3グループだ。

1)独仏主導支持グループ
2)4カ国グループ(スウェーデン、デンマーク、オランダ、オーストリア)
3)旧東欧グループ(ハンガリー、ポーランド、スロバキア等)

 オーストリアのクルツ首相は首脳会談後、24日付の独紙ヴェルトとのインタビューの中で、「交渉は予想以上の成果をもたらした」と復興基金で融資額が増えたことを歓迎する一方、EU予算に拠出した分担金を払い戻す「リベート」分が増えたことを率直に喜んだ。例えば、オランダは約19億ユーロのリベートを得ている。

 クルツ首相は、「われわれEUの小国は今後も結束し、大国との交渉に臨んでいきたい」と述べ、4カ国の結束はEUの予算問題だけではなく、他の問題でも持続的な結束を図っていきたいと主張している。例えば、難民政策でも4カ国は結束してブリュッセルとの交渉テーブルに臨み、EU統合の難民政策を目指していきたい意向を示唆している。独仏両国にとって手ごわい交渉パートナーだ。

 クルツ首相は、「4カ国の財政規律重視はEUが恒常的な債務国同盟となることを拒否してきたドイツ政府の政策と本来一致している」と説明し、ドイツ側に理解を求めている。

 なお、欧州議会は23日、首脳会談の再建策に同意を表明する一方、「2021〜27年の次期中期予算案」の承認を留保している。その理由は気候変動対策や技術革新などに割り当てられるはずだった予算がカットされたことへの不満だ。復興再建策は欧州議会と各国議会の承認が必要だ。

 EU委員会のジャン=クロード・ユンケル前委員長(65)は独週刊誌シュピーゲルとのインタビューの中で、「新型コロナ危機でEU加盟国で連帯感が芽生えてきた。政府は国民経済に関与することは良くない、市場経済の原則に委ねるべきだと考えてきたが、国家はここにきて新型コロナ危機を克服するために国民経済に積極的に関わってきた」と指摘し、「加盟国の国家意識の高揚は加盟国間で連帯感がある限り、悪いことではない」と述べ、コロナ禍を通じてEUは以前より結束と連帯感が生まれてきたと建設的に評価している(「コロナ危機で『良き欧州人』になった」2020年7月10日参考)。

 その連帯が実際、存在せず、加盟国の国家意識だけが表立ってくれば、EUの存続は危機を迎える。EUで3グループ化の動きが浮上してきた現在、グループ間の調整が今後、大きな課題となる。

 新型コロナ危機はEUの新生のチャンスだが、同時に、存続の危機だ。加盟国の中ではハンガリーやギリシャが中国に傾斜、イタリアもその傾向が見られるなど、EUは対中政策においては、既に分裂している。EUは本来、経済復興基金が合意したと喜んでいる時ではないのだ。繰り返すが、臨時首脳会談で27加盟国が3分裂化する傾向が見られだしたのだ。

有名になって歴史に名を残す人生

 現代人はやはり有名になって歴史にその名を残したいと思うだろうか。そんな荷の重い道を避け、自分の人生を楽しみたいと考えるだけだろうか。

 偶然だが、へロストラトスという古代ギリシャのイオニアの人物の名前に出くわした。英語では「へロストラトスの名声」という表現がある。ヘロストラトスは有名になるためには如何なる犠牲をも厭わない人間だった。

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▲エフェソスにあるアルテミス神殿の残骸(ウィキぺディアから)

 ヘロストラトスは有名になるためにエフェソス(現代のトルコ領)にあったアルテミス神殿を放火した。アルテミス神殿は紀元前550年頃、高名な建築家らによって建てられた美しい神殿として有名だった。若い羊飼いのヘロストラトスは紀元前356年7月、アルテミス神殿を放火すれば、自分の名前はアルテミス神殿の名と共に死んだ後も永遠に残ると考え、神殿に火をつけた。拘束されたヘロストラトスは犯行を隠すどころか進んで自分が放火したと自供したのだ。

 エフェソス市民はヘロストラトスを死刑にする一方、有名になりたい一心で犯行する者が再び出てきたら大変と考え、ヘロストラトスの名前を歴史から抹殺するため「ヘロストラトスの名前を絶対に口にしてはならない」という記録抹殺刑を科したという。しかし、エフェソス市民の願いにもかかわらず、歴史家が後日、アルテミス神殿を放火した犯人としてヘロストラトスの名前を書物に書いたため、ヘロストラトスの名前は忘れられず、今日まで伝わってきているというわけだ。

 古代ギリシャまで時代を遡らなくても「有名になりたい」と考える人はいる。数的には現代のほうが昔より多いかもしれない。例えば、ヘロストラトスの話を聞けば、ビートルズのジョン・レノンを殺害したマーク・チャプマンという殺人犯の名前を思い出す音楽ファンもいるだろう。彼は自分の名前とジョン・レノンを永遠に結び付けたいめにレノンを殺した。殺人の動機については「狂信的なファン説」から「精神的錯乱説」まで囁かれてきたが、彼は仮釈放申請時、「有名になりたくてレノンを殺した」と語ったという。

 彼は1980年12月、ニューヨークのレノンの自宅アパート前でレノンに向かって5発を発射した。彼は犯行直後、警察官の質問に「自分がジョンを殺した」と進んで単独犯行であることを自供している。彼の名前はジョン・レノンの人生を語る場合、常に登場する。「有名になりたい」という願いは不幸にも彼の場合は実現したわけだ。彼(65)は現在も服役中だ。

 極右過激派テロ事件でも「大量殺人をして有名になりたい」と考えたテロリストが多い。その代表的なテロリストはノルウェーのオスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害したアンネシュ・ブレイビクだろう。彼は2011年7月、犯行前にマニフェストを公表し、そこで欧州を席巻しだしたイスラム教への憎悪を表明しているが、その根底には自身をキリスト教を救う騎士と考えての発想があった。(「独銃乱射事件の犯人と『ブレイビク』」2016年7月24日参考)。

 ニュージランド(NZ)中部のクライストチャーチにある2つのイスラム寺院(モスク)で昨年3月15日、銃乱射事件が発生し、49人が死亡、子供を含む少なくとも20人が重傷を負うテロ事件が起きた。犯人は白人主義者でイスラム系移民を憎む極右思想を信奉する28歳のブレントン・タラント容疑者(Brenton Tarrant)だ。彼はノルウエーのブレイビクを尊敬していた。彼はブレイビクのように有名になりたいという思いがあった。両者ともキリスト教の白人社会を守るテンプル騎士団の騎士を自負していた。

 同国のアーダーン首相は事件直後、「われわれは彼を名前で呼ぶべきではない」と国民やメディアにアピールした。彼の名前をメディアで報じれば、犯人の名前は人々の口から飛び出し、有名になるからだ。エフェソス市民の懸念だ。

 全く別の分野だが、デンマークのハンス・クリスチャン・アンデルセンは貧しい家庭出身者だった。彼は15才の時、有名になりたい一心でコペンハーゲンに出て、俳優やオペラ歌手などさまざまな仕事に就いている。彼の動機は一つ、貧窮下で苦労した両親のようではなく、社会で認められる人間になりたいことだった。アンデルセン研究家は「彼には有名になりたいという思いが非常に強かった」と述べている。アンデルセンは次第に児童文学の道に入り、最終的には児童文学作家としてその名を残した。彼の場合、「有名になりたい」という願いが生産的な結果をもたらした好例だ。

 それにしても、殺人、テロ、放火など不法な手段を駆使してまで「有名」になりたいという思いはどこから生まれてくるのか。自分は他者とは違うという病的なまでの巨大な選民意識があるからだろうか。“現代のヘロストラトス”は自身の名を歴史に残すためにチャンスを伺っているかもしれない。

金正恩氏の「人民第一主義」とは

 北朝鮮国営通信、朝鮮中央通信(KCNA)が発信した1枚の写真を見て驚いた、というより、「彼らは歩きながら何をメモしているのか」という好奇心が湧いてきた。「彼ら」とは、北朝鮮の金正恩労働党委員長が話す一言一言を小さなメモ帳に書きとっている側近、視察先関係者だ。

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▲平壌住宅街にある「フィットネスセンター」(駐オーストリアの北大使館写真掲示板から、2014年1月2日、撮影)

 KCNAは23日、金正恩氏が平壌近郊で建設中の光川養鶏場を視察したと報じた。その時の写真だ。金正恩氏は白のシャッツを着、左手にはいつものようにタバコを持っている。とても心臓疾患で手術を受けた直後とは思えない。それとも、自分の寿命を知った独裁者は自身の健康問題を忘れ、「人民第一主義」を実践しているのだろうか。

 韓国聯合ニュースは「北の採卵、鶏肉加工工場の近代化は遅れている」という金正恩氏の発言を報じている。金正恩氏は、「党が心を砕く人民の食生活問題の解決に寄与できる工場となることを期待する」と述べたという。

 それにしても、金正恩氏の後についてくる北の指導者、軍幹部、養鶏所関係者の姿を見てほしい。彼らは皆、何かに取り憑かれたようにメモっているのだ。写真を拡大してもメモの内容は読めないが、養鶏場建設現場で語る金正恩氏の一言一言を聞き逃したら大変だといわんばかりにメモっているのだ。

 金正恩氏がいつから養鶏問題の専門家になったのか。彼が専門家であれば、その話を聞き逃がすまいと書きとめるのなら理解できる。農業飼育学校の学生ならばそうするだろう。しかし、金正恩氏は3代続く世襲国家の独裁者だ。留学先のスイスのベルンで農業や養鶏関連を学んだとは聞かない。養鶏分野では素人の金正恩氏が養鶏場建設現場を視察し、近い将来完成する養鶏場の運営方式を語り、それを党・軍幹部、養鶏場の専門家が必死に書きとめる姿はやはり異様だ。

 その異様さこそ、北の国民経済の実態を端的に示しているように感じる。21世紀の現代、講演会や会見では高性能のボイスレコーダーを持参する。後日、事務所に戻り、それを聞きながら書き写せばいいだけだ。金正恩氏の現場視察の場合、事前に予定されていた日程だから、準備はできるはずだ。その上、視察同伴者や関係者が全員、書きとめることはないだろう。一人が筆記、ないしはレコーダーのスイッチを押せばそれで済む。KCNA発信の写真を見て頂ければ、関係者全員が筆記係となっているのだ。金正恩氏はタバコを片手にもちながら前を歩いている。

 メモを取っていないのは金正恩氏以外では1人の女性だ。連合ニュースによると、金正恩氏の実妹・金与正党第1副部長という。彼女は金正恩氏の一挙手一投足を見ながらついてきている。いずれにしても、暑い日、彼女はメモ仕事から解放されているだけでも、特権を有していることが分かる。同視察には、金与正さん以外では、朴正天人民軍総参謀長、金秀吉軍総政治局長らが随行したという。

 もちろん、金正恩氏は視察先で養鶏場の話をしているのではないかもしれない。「人民第一主義」の哲学を話しているのかもしれない。そうなれば、聞き逃したら大変だ。レコーダーを持参していないのならば、必死にメモしなければならない。しかし、このKCNA発信の写真は異様だ。多分、異様なことに慣れているKCNA写真記者や党関係者は気が付いていないかもしれない。「何を」って、写真が異様だということをだ。

 最大の異様さといえば、レコーダーも使わず、金正恩氏の話を筆記している国で20基以上の核兵器が保有されているという事実だ。北は今日、核保有国入りを主張しているのだ。そしてその核兵器を破棄させようと世界最強国の米国が金正恩氏に非核化を要求している。

 社会の格差は欧米社会でも見られるが、北の格差は貧富、医療、教育など全分野に及んでいる。中途半端なアンバランスではない。3食も食べられない国民が多数を占める国で、欧米諸国でも見られない豪華な食事が独裁者の食卓を飾っているのだ。痩せ細った人民軍の若き兵士の前を、130キロ余りの巨漢の金正恩氏が行くのだ。

 その独裁者がここにきて国民の生活向上のために「人民第一主義」を提唱し、養鶏場建設現場を視察した。金正恩党委員長は権力に就いた直後、綾羅人民遊園地を完成し、平壌中央動物園の改修、そして“世界的な”スキー場建設など、遊戯用インフラの整理に腐心してきた。全ては「人民生活の向上のため」という名目付のプロジェクトだったが、実際は新婚の金正恩・李雪主夫妻に必要なものを揃えていったわけだ。結婚し、子供ができるので、遊園地と動物園が必要であり、夫人と休暇を楽しむためにスキー場を建設していったわけだ。食事も十分摂れない国民がスキーを享受し、遊園地で楽しむことができるだろうか。

 執権7年目を迎えた金正恩氏はそれに気がついたのかもしれない。金正恩氏は1月、肥料工場の建設現場を視察、3月には平壌総合病院の着工式に出席している。そして今月20日には平壌総合病院の建設現場を視察し、「資材供給などで人民に負担をかけている」と叱責し、党幹部たちを更迭したという。金正恩氏はアンバランスの国、社会、国民経済で必死にバランスを取り戻そうと努力してきたのかもしれない。

 金正恩氏が突然、人民の生活に関心を持ち出したのは、北の食糧状況が極度に悪化し、飢餓に陥る国民が出、治安問題にまで発展する危険性が出てきたからかもしれない。核兵器を懐に抱えながら、北(国民)は飢餓で苦しんでいるとすれば、なんと哀しきアンバランスだろう。


 なお、養鶏場視察のKCNAの写真は転載できません。以下のサイトをクリックすれば観ることができます。
 https://jp.yna.co.kr/view/AJP20200723000200882?section=nk/index

マスク着用「シンボル」か「愛国的」か

 オーストリアは24日からスーパー、銀行、郵便局に行く場合、マスクの着用が義務化される。同国では3月中旬、マスク着用の義務化が施行されたが、新規感染者が減少したこともあって、6月15日に医療関連施設、薬局、地下鉄や市電など公共機関を除き、マスク着用は解除された。しかし、規制緩和後、感染者が増加する傾向が見られてきた。ウィーン市(特別州)、オーバーエストライヒ、ニーダーエストライヒ州の3州でクラスターが生じ、新規感染者数が3桁入りする一方、7月に入り、観光シーズンを迎え、新型コロナが猛威を振るう西バルカン諸国への観光で感染が拡大する懸念が出てきたからだ。

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▲「マスク着用は愛国的」というトランプ米大統領(ウィキぺディアから)

 クルツ首相、コグラー副首相、アンショ―バー保健相、ネーハマー内相は21日、記者会見し、スーパー、郵便局、銀行などで再びマスク着用の義務化を表明、24日から施行されることになったばかりだ。

 クルツ首相は、「マスク着用はシンボル的な意味合いがある。早急に対応しなければならない。また、西バルカン諸国では新型コロナの感染が広がっているのも大きな懸念だ」と指摘、西バルカン諸国からの出入国を厳しく制限すると述べる一方、国民には、「この夏は不要不急のバルカン旅行は避けるべきだ」と呼び掛けた。

 同国保健省によると、7月22日午前6時(現地時間)、累計感染者数は1万9866人、死者数686人、感染者のなかで入院患者数は96人、集中治療室患者18人だ。ここ数日、クラスターで新規患者数が100人を上回ったが、21日は再び2ケタ台に戻った。他国のコロナ事情からいえば、オーストリアは依然、コロナ対策では成果を挙げている。アンショ―バー保健相は、「コロナ感染の第2波を阻止するためにも対策は迅速さが大切だ」と述べ、今回のマスク着用義務化の意義を強調した。

 ところで、新型コロナ感染で、世界で最も多くの感染者、死者を出している米国でトランプ大統領が20日、マスク着用を国民に訴え、「ソーシャル・ディスタンスが取れない場合、マスクを着用することは愛国的だ」とツイッターに投稿したことが明らかになった。

 トランプ氏はコロナ禍の当初、マスク着用を拒否してきた指導者の1人だった。南米ブラジルのボルソナロ大統領も、トランプ氏と同様、マスク着用を拒否してきたが、自身が感染したこともあってマスク着用を強いられている。トランプ氏の場合、感染はしていないが、米国内のコロナ感染は拡大傾向が見られる。そこでトランプ氏もコロナ対策でマスク着用の必要性を感じ出したのかもしれない。「マスク着用はコロナ対策で重要だ」とはいわず、「マスクの着用は愛国的だ」と表現したところは、トランプ氏らしい。

 ところで、マスク着用は本当に愛国的だろうか。CNNではないが、トランプ氏の発言を少し検証してみたい。トランプ氏はこれまでマスク着用を拒否するだけではなく、その効用を過小評価してきた。米国内のコロナ感染は沈静化せず、増加傾向が続いている。そこでトランプ氏は遅かったがマスクの着用に踏み切ったわけだろう。

 間違いを理解し、それを修正することは正しい姿勢だ。感染症への対応は国民一人一人が対応しなければならない問題だが、マスク着用を軽視した結果、コロナ感染で犠牲となった国民への責任は一国の指導者としては当然背負わなければならないだろう。そこでマスク着用に踏み切った。見栄も外聞もない。国民の命がかかっている。そのような思いがトランプ氏にも湧いてきたと信じたい。

 オーストリアのクルツ首相は、マスク着用を、「新型コロナ対策で成果のあるアジア諸国から学ぶべきだ」と国民にアピールし、マスクの効用を国民に訴えてきた。その首相がマスク再導入に際して、「マスク着用はシンボル的効果がある」と語ったが、トランプ氏はクルツ首相の発言を「余りにも官僚的だ」と感じたのではないか。そこで「シンボル的効果」ではなく「愛国的だ」という少々大袈裟だが、インパクトのある表現となったのだろう。

 トランプ氏がマスク着用が「愛国的だ」と表現したのは、11月の大統領選を意識したこともあるだろうが、非常にセンスのある表現だ。ツイッター発信では意味のない表現や発言が多かったトランプ氏らしくない、啓蒙的で正確な表現ではないだろうか。

 マスクは本来、医療用マスク以外は外からの新型コロナの感染を完全に防止することはできないが、相手に感染を広めないという意味で効果はある。最近は外部からのウイルスを防止できるマスクが開発されてきたが、マスクは本来、相手を感染から守るのが目的だ。その意味でマスク着用は非常に利他的であり、人道主義的な愛の表現だ。「自分も相手もマスクを着用すれば、両者が感染から守られることになる」といった人がいた。その通りだろう。

 当方の一方的な深読みだが、米大統領の立場にあるトランプ氏は「愛の表現」では余りにもダイレクト過ぎるから、国民を感染から守るという意味合いを込め、「愛国的だ」という表現を選んだのだろう。

 マスクの着用は新型コロナ感染で現代人が学んだ貴重な経験ではないか。自身の利益ファーストのワイルドな資本主義社会に生きている現代人にとって、「相手のために」マスクを着用するという精神は、新型コロナ感染が終息した後も持ち続けたいものだ。

ボルトン氏のトランプ評は正しいか

 独週刊誌シュピーゲル最新号(7月18日号)はジョン・ボルトン前米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)とのインタビューを掲載していた。ボルトン氏は自身の回顧録の中でトランプ米大統領を厳しく批判している。その著書名「それが起きた部屋(The room where it happened)」にも表示されているが、同氏はトランプ大統領の最側近の1人として大統領の言動を間近で目撃してきた人物だ。それだけに、同氏のトランプ評は無視できない。そこでボルトン氏の独誌とのインタビューの概要を読者に紹介する。

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▲ボルトン氏の回顧録「SUMMARY of The Room Where It Happened By John Bolton」(アマゾン公式サイトから)

 ボルトン氏は「トランプ・ドクトリンなど存在しない。トランプ氏は朝語った内容を夕方には変えてしまう人物だ。彼の最大の関心事は11月の大統領選で再選することだ」と強調、トランプ氏の再選の可能性については、「世論調査では対抗候補者(ジョー・バイデン前副大統領)の後塵に甘んじているが、2016年の大統領選でも、トランプタワーの選挙中央事務所関係者ですら、トランプ氏の勝利を信じていた人はいなかった」と説明し、「トランプ氏の再選は十分考えられる」と予想する一方、再選した場合、トランプ氏はこれまで以上に独裁的な政治スタイルとなるだろう」と語った。

 ボルトン氏はトランプ氏との関係で苦慮する欧州側について、「トランプ氏は異常な人物と受け取るべきだ。トランプ氏には緊密な政治はない」と助言する。トランプ氏は欧州連合(EU)の盟主ドイツのアンゲラ・メルケル首相をタップダンサーと評するなど、メルケル首相との関係も良くない。ボルトン氏は、「トランプ氏の父方がドイツのルーツだということもあるかもしれないが、トランプ氏は女性指導者との会見が難しいそうだ。メルケル首相だけではない。テリーザ・メイ英首相(当時)との関係でもそうだった」と説明し、トランプ氏の意外な側面を明らかにした。

 そのうえで、「私の印象だが、トランプ氏にとって同盟国の民主国指導者より、独裁的な指導者のほうがケミカルが合うのだ」と指摘し、その理由について、「トランプ氏には基本的な政治哲学が欠けているからだ。彼は共和党員でもないし、リベラルな民主党系でもない。あるのは個人の利益に結び付く人間関係だ。それを国益と勘違いしている」という。共和党主導の4つの政権で過去、指導的な役割を果たしてきたボルトン氏は、「共和党は2度とトランプ氏のような人物を大統領にしてはならない」と警告する。

 北大西洋条約機構(NATO)の欧州加盟国の責任、ドイツがロシアとの間で進めている「North Stream パイプライン計画」については、ボルトン氏はNATO加盟国に軍事支出の増額を要求するトランプ氏を支持、パイプライン建設計画では「欧州はロシアのエネルギーに依存する危険性がある」と強調し、ドイツ側の再考を要求している。

 「トランプ氏が再選された場合、トランプ氏はNATOから脱退する可能性は考えられるか」との質問に対し、ボルトン氏は、「予想することは難しい。現時点ではトランプ米政権は中国と正面でぶつかっている。しかし、再選すれば、トランプ氏は習近平国家主席と会見し、米中貿易問題の交渉を再開するだろう」と述べ、トランプ氏の政策は政権関係者ばかりか、世界の全ての国の指導者にとって、前もって計算できないものだという。

 ちなみに、ボルトン氏はNATOの将来について、「NATOは強くなければならない。欧州加盟国は米国から守られることを期待してはならない」と述べ、「NATOが長期的に成功するためには、スペインのホセ・マリア・アスナール元首相(在職1996〜2004年)が提案していた『NATOのグローバル化』を実施し、日本、オーストラリア、シンガポール、イスラエルをNATO加盟国に迎えるべきだ」と述べてる。

 トランプ氏のもと2018年4月から19年9月まで1年5カ月余り国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたボルトン氏の発言は無視できない。ベテラン外交官のボルトン氏の目はシャープだ。それだけに、トランプ氏の世界を理解することは他の側近より難しかったのかもしれない。

 ボルトン氏自身が会見の中で述べていたように、トランプ氏には緻密な政治哲学がないからだ。タカ派の外交官ボルトン氏には外交世界とは無縁の世界からホワイトハウス入りした大統領は余りにも異質な政治家と感じたのだろう。

 トランプ氏は既成の政治システムとぶつかることに躊躇せず、国益に合致しないと判断した場合は国際機関からも脱退してきた。「トランプ氏は敬虔なキリスト者か?」(2020年6月5日参考)というコラムの中で、「神が米国の大統領にトランプ氏を選んだとすれば、誤解を恐れずに言うと、トランプ氏はこれまでの世界の秩序を破壊できる人間だからではないか」と書いた。

 新約聖書「ヨハネの黙示録」21章には、「新しい天」、「新しい地」が誕生するためには、「古い天」、「古い地」が先ず無くならなければならないとある。破壊者は必ず既成の世界、社会から激しい批判、抵抗に遭うだろう。ひょっとしたら、トランプ氏が第45代米大統領に選ばれたのは、彼が優秀で敬虔なキリスト者だからではなく、新しい世界を生み出すために古い世界を潰すデストロイヤーだからではないか。「トランプ氏には政治哲学はない」というボルトン氏の指摘は、その意味で正しいわけだ。拘るべきものが無いから、既成の政治秩序を躊躇せずに壊すことができるわけだ。
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