ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2019年12月

如何に「選択の年」を生き抜くか

 「時代は動く」ではないが、2019年は過ぎ去り、あすは新年を迎える。19年を振り返ると、読者の皆様に助けられ、励まされた1年だった。同時に、コラムの新しいヒントさえも提供して下さる読者も現れ、コラムニストとしては大助かりの年であった。今年最後のコラムを書き出す前に読者の皆様に感謝したい。読者のいないコラムは、観客のいない博物館よりも寂しい。読者あってこそコラムを書く気力が湧いてくるからだ。

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▲「令和時代」の幕開けを告げられた天皇皇后両陛下(宮内庁公式サイトから)

 先日、ローマ・カトリック教会関連のコラムに対し、「教会と信者たちの関心は次期コンクラーベ(教皇選挙)に注がれています」というコメントを頂いた。多分聖職者か信者の読者だろう。貴重なアドバイスだ。ポスト・フランシスコのテーマは考えていたが、他のテーマに奔走していたこともあってすっかり忘れていたので、「そうだな」と教えられた次第だ。

 2020年はいろいろな意味で「選択」の年と感じる。地球温暖化対策など「地球レベルの選択」から、日本ならば安倍晋三首相の4選問題から衆参同時選挙の「国家レベルの選択」、所属する会社、団体、組織の「生存の為の選択」、そして受験、就職、婚姻などの「個人レベルの選択」まで、様々な選択に対峙する新年となることが予想される。

 もちろん、生まれてから死ぬまで人は無数の選択を強いられている。「選択は人生にはつきものだ」といわれれば、その通りだが、新年はその「選択」がこれまで以上に決定的な影響を与えるのではないか、と感じるのだ。

 第266代のローマ教皇、南米出身のフランシスコ教皇が選出されて間もなく7年目を迎える。生前退位したドイツ人のべネディクト16世の後継者となった時に既に76歳だったフランシスコ教皇は、「私は長い期間、教皇に留まる考えはない」と既に生前退位の意思があることを示唆している。その教皇は今年12月で83歳を迎えた。そろそろ体力的にも無理が出来ない年齢に入ってきたこともあって、「フランシスコ教皇の後継者問題」が教会内外で囁かれ出したというわけだ。

 ヨハネ・パウロ2世の死去、べネディクト16世の生前退位後に開かれたコンクラーベは2日余りでペテロの後継者を選出している。インターネット時代を反映してか、コンクラーベ期間が短くなった。参考までに、クレメンス4世(1268年死没)の後継者選出では1006日と2年半以上の月日がかかった。コンクラーベ期間の最長記録だ。教会関係者も信者たちも当時、「いつ次期教皇が決まるのか」というイライラした声が飛び出したといわれている。

 フランシスコ教皇の後継者選びも多分、あまり多くの時間が必要ではないだろうが、ローマ・カトリック教会にとって次期教皇の選出問題より、聖職者の未成年者への性的虐待問題への対応と、それによって失われた信者たちの教会への信頼を如何に取り戻すか、といった問題のほうが重要だ。世界に13億人の信者を有するカトリック教会は組織として存続の危機に直面している。

 冷戦が終焉して喜んでいたのも束の間、「第2次冷戦の到来」といった見出しがメディアで報じられ出した。客観的に言えば、その見出しは誇大広告ではない。ロシア・中国の軍拡は急テンポで進められてきた。極超音速ミサイルの発射に成功したと豪語するロシア、新シルクロード「一帯一路」で世界の制覇を目指す中国の急台頭は、世界の安保を危機に陥れている。

 特に、中国は共産党政権が支配している。中国共産党政権は「中国製品2025」戦略(Made in China 2025)を公表し、習近平国家主席の野望に基づき、ITやロボット、宇宙開発などの先端技術で世界を制覇する目標を掲げている。例えば、次世代通信規格「5G」は25年には中国市場で80%、世界市場で40%の市場占有率を実現するといった目標だ。

 イランや北朝鮮の核問題も新年には大きな転換期を迎える。世界に核保有国は9カ国だ。イランが核保有するならば、サウジアラビア、エジプトなどの中東で核の拡大が現実味を帯びてくる。

 新年で迎える最も大きな選択は次期米大統領選であることは間違いない。トランプ大統領が再選されるか、民主党大統領が出てくるか、現時点では不明だが、米国民の「選択」は世界に大きな波紋を投じるだろう。イランや北朝鮮の最近の動向は米次期大統領選を予測した上での行動だ。米中貿易戦争、イスラエルの動向もしかりだ。

 「欧州の顔」といわれてきたメルケル独首相の政治力が衰退してきた欧州連合(EU)では、マクロン仏大統領やフォン・デア・ライエン新欧州委員長らが中心となって、移民問題の対策と低迷期に入ってきた欧州経済のかじ取りで奔走せざるを得ないだろう。もちろん、英国のEU離脱(ブレグジット)後の動向、英国を失ったEUの結束など課題は山積している。

 時代が大きく動く時、人は無意識のうちに不安と焦燥感に捉われるものだ。昔ならば「間違った選択」の影響はローカルなレベルに留まったが、グローバリゼーションの今日、一つの選択の間違いは世界に影響を及ぼす。だから、国のかじ取りをする為政者も選択をする時、懸念と恐れすら感じる状況が出てくるだろう。勇気ある、賢明な選択を願いながらも間違った選択をしてしまう事態が十分考えられるからだ。

 「選択」には結果が出てくる。それだけに恐ろしいが、それを避けては通れないのが人生であり、世界の実情ではないか。「選択」が大きな意味と価値、そして責任が伴う時代に入ってきたのだ。

 一つの言葉を紹介する。ドイツ語を学び出した人ならば一度は聞いたことがある言葉だ。

 「Der Mensch denkt, Gott lenkt」(人は考え、神は導く)。


 2020年が読者の皆様の上に幸ある年となりますように。そして日本を含む世界が少しでも共栄共存の社会となることを祈りながら、今年最後のコラムを閉じる。

「共産党」を誤解している野党議員へ

 日本のネット言論界で共産党が「普通の政党」かどうかで議論を呼んでいるという。「普通の政党」が何を意味するかで議論の方向も変わってくるが、当方は日本の共産党は「普通の政党」とは思っていない。極めて危険な政党と受け止めている。

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▲オーストリア共産党のミルコ・メスナー議長(オーストリア共産党公式サイトから)

 このコラム欄で「『共産党』を“誤解”している友へ」(2015年11月8日参考)というタイトルのコラムを書いたが、当方の共産党への考えは当時と変わっていない。


 共産党は明確な世界観、歴史観、人間観を有している。日本共産党は先日、野党連立政権構想を打ち上げたが、チャンスが到来すれば、共産党主導の一党独裁政権を樹立することが狙いだ。その途上では、妥協も惜しまないし、主要テーマの棚上げも辞さない。その点、自由民主党を含む他の日本の政党とは明らかに異なっている。

 共産党は過去、党綱領を変更し、「革命政党」といったイメージを払しょくするために腐心してきたが、共産党の核、プロレタリアート一党独裁政治は不変のドグマだ。日本の国民が関心をもつ天皇制や自衛隊の合法性については、「国民の総意に従って……」と柔軟に対応する方針を明らかにしてきたが、共産党は今も天皇制の廃止、自衛隊の解体という点で何も変わっていない。

 ところで、オーストリアにも共産党(1918年結成)は存在するが、戦後、連邦議会レベル、国民議会(下院)で議席を獲得したことがない。ただし、シュタイアーマルク州の州議会とグラーツ市議会で計4人の議員がいる。

 オーストリア国民は共産党が如何なる政党かをよく知っている。ソ連・東欧共産党政権時代、200万人以上の国民が共産圏からオーストリアに政治亡命してきたから、共産党政権の実態が何かを教科書や学者から教わらなくても知っているのだ。

 共産党政権が牛耳っている国から国民が逃げてくるということは、共産党政権が国民の幸福を保証できず、人権を弾圧し、信仰の自由も圧迫してきた結果だからだ。オーストリアの過去の連邦議会選の結果を見れば一目瞭然だ。繰り返すが、オーストリア国民は難しいマルクス・レーニン主義を理解していなくても、共産主義世界観の“実態”を目撃してきたのだ

 日本では共産党、共産主義に惹かれ、同党の躍進を願う人々が少数派として存在するが、通称、進歩的文化人と呼ばれる知識人や一部の左派活動家に限られてきた。その共産党がここにきて2022年までに連立野党政権を発足する構想を打ち上げ、他の政党に連合を呼びかけているという。そして共産党の甘い誘いに揺れる政党、政治家が出てきたというから、やはり問題視せざるを得ないのだ。

 日本共産党は「ソ連・東欧共産党政権は真の共産党政権ではなかった」と弁明する。イスラム過激派組織がテロをする度に、欧州居住のイマーム(イスラム教指導者)が「あれは本当のイスラム教ではない」と説明するのと同じ論理だ。日本共産党はソ連・東欧共産党政権と同じく、プロレタリアート独裁政権を放棄せず、民主集中制を堅持しているのだ。

 共産党はこれまで党綱領を改定したが、その中身は何も変わっていない。共産党の看板を先ず下ろし、党の「粛清の歴史」に対し国民の前で説明し、謝罪すべきだろう。戦中の旧日本軍の言動に対して謝罪を要求する前に、日本共産党は自らの過去を謝罪すべきだ。全てはそれからだ。

 野党の中には選挙対策のために共産党と連携を深めていこうとする動きがあるが、危険な冒険だ。共産党の笑みに騙されてはならない。彼らは大人しく、従順な羊ではないのだ。日本共産党が公安の「監視対象団体」なのは理由があるからだ。  

 「共産党脅威説」は単なるプロパガンダではない。日本の野党議員は「オーストリア共産党」を研究すべきだ。第一のテーマは「なぜオーストリア共産党(ミルコ・メスナー議長)は国民議会選で議席を獲得できないのか」だ。そして第2の課題は「なぜシュタイアーマルク州で4人の共産党議員が生まれたのか」だ。日本の野党の先生たちには上の2点をテーマに現地視察されることを勧める。

 特に、第2のテーマは日本共産党ばかりか、全ての政党の議員たちにも啓蒙的な内容があると確信している。そこで少し説明する。

 シュタイアーマルク州議会とグラーツ市議会で州共産党は4議席を持っている。同州はオーストリアの中でも伝統的な州であり、革新的な州ではない。実際、同州知事は保守派国民党が握っている。その州で、オーストリア共産党の州共産党は有権者の支持を得て、4議席を得た。なぜか。

 州共産党議員は議員手当を得ると3分の2は困窮な州国民のために献金し、各議員は生活に必要な2000ユーロだけを得ている。今年だけでも2076家庭、困窮者に約18万5000ユーロを寄付しているのだ(オーストリア代表紙プレッセ12月28日付)。

 ローレックスの腕時計をし、高級車を乗り回すオーストリア社会民主党関係者とは違う。社民党が選挙の度に得票率を失うのは、労働者の政党を標榜しながら、自身は全く別世界で生きている議員が余りにも多いからだ。理想は立派だ。党綱領の内容も国民党に負けないが、その理想の実践が足りないのだ。口ではいいことを言っても、実際の生活ではそれを実践しない政治家を国民は信頼しない。

 州共産党の理想はやはりプロレタリアート独裁だろうが、その理想とする公平で貧富格差の是正という点では実践しているわけだ。州共産党の4議員が特別利他的な政治家かどうかは知らないが、少なくとも実践していることは間違いないから、選挙では一定の支持を得るわけだ。

 ちなみに、オーストリア日刊紙スタンダートの「声の欄」には、1人のカトリック教信者が「自分は神を信じているが、共産党議員は人間的にもいい人で、州国民に奉仕しているから、選挙では同議員に票を入れてきた」と述べている。


 シュタイアーマルク州共産党の実態は日本共産党にとっても学ぶべき点があるはずだ。赤旗に論文を書き、党会議で政策を披露し、国会で与党批判を展開できても、国民の福祉、公平な社会実現のために自ら犠牲を払う実践活動がなければ、それは偽善に過ぎない。この点は日本共産党だけでないだろう。他の与野党の先生たちにも言えることだ。


 このコラムには、「『共産党』を“誤解”している野党議員へ」というタイトルをつけることにした。

「プラハの春」の祝日化にロシア抗議

 チェコ議会がチェコスロバキア連邦時代の民主化運動(通称「プラハの春」)で犠牲となった国民を追悼する新しい国民祝日を設定したことに対し、旧ソ連の後継国ロシアが「プラハの決定は両国関係の発展を阻害する」と批判するなど、両国関係がここにきてにわかに険悪となってきた。

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▲旧ソ連軍のプラハ侵攻(米情報機関、1968年に撮影)

 チェコスロバキアで1968年、「プラハの春」が起き、昨年で50年目を迎えた。チェコ議会は12月、「プラハの春」がワルシャワ条約機構軍に武力弾圧され、多くの国民の犠牲が出たことを忘れないために、8月21日を国民祝日に設定することを決め、ゼーマン大統領が今月13日、関連法案に署名した。

 それに対し、モスクワ外務省は、「チェコとの関係が良好化している時、このような祝日を導入することは両国関係の悪化に繋がる」と深い失望を表明している。

 チェコとロシアは1993年、両国の相互尊重などを明記した友好協定を締結し、過去の歴史を乗り越えて新しい歴史を切り開くことを決めた。それだけに、モスクワ側はチェコ議会の今回の「プラハの春」祝日導入決定はその協定の精神に反する、という論理だろう。

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▲チェコのミロシュ・ゼーマン大統領(チェコ大統領府公式サイトから)

興味深い点は、親ロシア派と受け取られてきたミロシュ・ゼーマン大統領が今回の新しい祝日導入を積極的に支援し、法案に署名したことだ。同大統領は27日、ロシア側の祝日設定に対する抗議に対し、「恥知らずな言動だ」と一蹴し、モスクワで来年5月9日に開催予定の第2次世界大戦戦勝75周年記念式典への参加を取りやめる意向を表明したほどだ。

 旧チェコスロバキアで1968年、民主化を求める運動が全土に広がった。旧ソ連ブレジネフ共産党政権はチェコのアレクサンデル・ドプチェク党第1書記が主導する自由化路線を許さず、ワルシャワ条約機構軍を派遣し、武力で鎮圧した。これが「プラハの春」と呼ばれた出来事だ。

 旧ソ連共産党政権の衛星国だった東欧諸国で1956年、ハンガリーで最初の民主化運動が勃発した。「プラハの春」はこのハンガリー動乱に次いで2番目の東欧の民主化運動だった。ドプチェク第1書記は独自の社会主義(「人間の顔をした社会主義)を標榜し、政治犯の釈放、検閲の中止、経済の一部自由化などを主張していた。

 チェコで「プラハの春」が打倒されると、ソ連のブレジネフ書記長の後押しを受けて「正常化路線」を標榜したグスタフ・フサーク政権が全土を掌握し、民主化運動は停滞した。

 しかし、劇作家のバーツラフ・ハベル氏(Vaclav Havel)、哲学者ヤン・パトチカ氏、同国の自由化路線「プラハの春」時代の外相だったイジー・ハーイェク氏らが発起人となって、人権尊重を明記した「ヘルシンキ宣言」の遵守を求めた文書(通称「憲章77」)が1977年、作成された。チェコの民主化運動の第2弾が始まった。そして1989年11月、ハベル氏ら反体制派知識人、元外交官、ローマ・カトリック教会聖職者、学生たちが結集し、共産政権に民主化を要求して立ち上がっていった。これが“ビロード革命”である。

 「プラハの春」は、ドブチェク共産党第1書記を中心とした党内の上からの改革運動だったが、「ビロード革命」はハベル氏ら知識人や学者たちの反体制派運動だった。ちなみに、チェコではハベル氏ら知識人を中心とした政治運動が、スロバキアではキリスト信者たちの信教の自由運動がその民主化の核を形成していった。

 50年前、ドプチェク氏がやり遂げられなかった自由化路線をハベル氏らは引き継ぎ、実現したわけだ

 チェコでも冷戦時代を知らない世代が増え、自由を当然と考える世代が多くなってきた。チェコ国民の最初の民主化運動だった「プラハの春」を国民祝日とすることで、共産政権下の人権弾圧を忘れず、獲得した自由に感謝する契機となるならば、チェコ国民ばかりか、スロバキア国民、そしてロシア国民にとっても有意義な祝日となるのではないか。

北では「反逆者」は2度殺される!

 今回も前日の続きで、元英駐在北朝鮮大使館公使だった太永浩氏の著書「北朝鮮外交秘録」(文芸春秋発行)の中で興味深い点を記録しておきたい。

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▲太永浩著「三階書記室の暗号、北朝鮮外交秘録」

 先ず、先進7カ国(G7)の中で最初に北朝鮮と国交を締結したイタリアの外交官との接触場面だ。

 イタリアは2000年1月にG7の中で先駆けて北朝鮮と国交を締結したが、同国は1992年に北朝鮮との国交交渉を始めている。外交関係の締結に向けてイタリア政府が動き出したことを知った金日成と金正日は大喜びだった。ソ連・東欧共産諸国が崩壊した直後で、北朝鮮は外交的にも孤立していただけに、イタリアとの国交が樹立されれば、その孤立を突破できると期待し、平壌に派遣された2人のイタリア外交官を懸命に接待する場面が面白い。

 夜は木欄館で代表団との晩餐会が開かれた。そこには「喜び組」の女性たちも登場する。その場に接待役としていた著者が初めて「喜び組」の女性を目のあたり見てその美しさと共に戸惑いを感じるシーンが描かれている。

 結局、イタリアの使節団は北側のホットな歓迎ぶりに戸惑ったのか、その場は余り盛り上がらずに終わった。イタリアと北朝鮮の国交締結はその8年後に実現する(「北朝鮮とイタリア」2007年5月5日参考)。

 スイスに30年余り駐在していた元駐スイス北朝鮮大使館の李洙墉(リ・スヨン)大使についても言及されている。太永浩氏の李氏への評価は高い。

 李氏は金正日の息子2人、金正哲と金正恩のスイス留学を世話したこともあって金ファミリーの信頼は厚かった。通常の北外交官ならばタブーで絶対に言えない内容も金正日に直言出来た数少ない北外交官だ。

 著者は具体的な証を書いている。李洙墉氏は金日成バッチを北の外交官が必要に応じて外してもいい許可を金正日から得ている。その時の李氏の説明が非常にクレバーだ。

 「スイスに大使として出向いて仕事をしていると、外交官の給料も多くないため、仕方なく安い店に行くこともある。それが恥ずかしいわけではないが、そうした場所に首領様の肖像バッチをお連れするのは申し訳なく思う。飛行機でも南朝鮮の傀儡どもの目に留まりやすく、身辺の安全上、不利な点でもある」(56頁)。

 李氏は若い外交官に対しても熱心に世話をするので、著者を含む他の外交官には受けが良かった。金正日はスイスのジュネーブ郊外に大きな館を購入したことがあった。西側メディアはその館が金ファミリーの亡命のためだと報じた。その館を購入したのはジュネーブ大使の李氏だったこともあって、当方は李氏はやり手で剛腕な外交官といったイメージが強かったので、太永浩氏の証を読んで、へェーと少し驚いた次第だ。

 2013年12月、金正恩朝鮮労働党委員長の逆鱗に触れ、処刑された叔父の張成沢が1991年12月、ノルウェーで偽造旅券の所持容疑で拘束されたことがあったという。当方には初耳だ。スウェーデンに留学していた娘(張琴松)に会う目的でスウェーデンを訪問した後、観光目的でノルウェーに入ったところ、偽造旅券が発覚して逮捕された。なお、張琴松は2006年、留学先のパリで自殺している。

 著書の前半で面白かったのは主体思想の創設者、黄長が1997年2月、中国の韓国総領事館に亡命申請した事件での北側の対応だ。最初は韓国情報員が拉致したとして韓国側に至急、釈放するように抗議し、世界の北外交官を動員して韓国批判を展開していたが、時間の経過と共に、「どうやら亡命だったらしい」と判明すると、「黄長が革命に背反して敵側に傾いたので、今後は釈放運動を中止し、全ての対外活動の中心を『卑怯者よ、行くなら行け』にしろ」というフランスの北朝鮮代表部経由から配信された金正日の指令に基づいて、批判の的を韓国から黄長に急遽変えている。

 北外交官たちは主体思想の創設者の脱北にショックを受け、立ち上がれないほどだった。著者はその本の中で「彼の亡命は主体思想の亡命だった」と記述し、黄長の亡命事件の衝撃が如何に大きかったかを示唆している(90頁)。

 北朝鮮では1990年代に入り、大粛清が行われた。多くの要人が処刑され、左遷させられていった。食糧飢饉の責任探しが行われ、食糧危機の主犯は「主体農法」をきちんと執行しなかった農業相の責任だったということになり、既に亡くなって埋葬されていた当時の農業相、金万金の墓を掘り起こし、死体に発砲して処刑した、といった具合だ(97頁)。

 儒教とシャーマニズムの影響もあって、人間は死後も生きていると考えられている。だから、墓から死体を引き出し、処刑するということになるわけだ。

 北で一旦「反逆者」のレッテルを貼られると、死んで埋葬されていても掘り起こされ、処刑されるわけだ。“永遠の眠り”といったロマンチックな世界は北では期待できない。

 太永浩氏の「北朝鮮外交秘録」には多くの興味深い話、事実が記述されている。読み進めていくうちに、新しい話も出てくるから、その度、このコラム欄で紹介したい。

金正恩氏が文大統領を無視する理由

 日本から2冊の本を送ってもらった。韓国でベストセラーとなった「反日種族主義」の日本語訳、もう一冊は元駐英北朝鮮大使館公使の太永浩著「北朝鮮外交秘録」だ。両書とも文芸春秋発行だ。左目の手術を受けた直後ということもあって、長時間読書はできないが、年末年始にかけてゆっくりと読んでいくことにした。まだ読み終わってもいない段階だから、本について一般的な感想を書くつもりはない。完読後、ひょっとしたら別の感想をもつかもしれないが、興味があった箇所や気が付いた点を忘れないためにコラムにまとめた。

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▲韓国の文在寅大統領とフランシスコ教皇(2018年10月18日、バチカンで、韓国大統領府公式サイトから)

 まず、「北朝鮮外交秘録」から読みだした。著者が脱北者で元駐英国大使館公使だったこともあって、欧州を舞台とした北外交の舞台裏が学べるのではないかと期待したからだ。目次を見ると、第1部第1章の最初の見出しが「金日成が指示した『ローマ教皇招聘計画』」だったこともあって、当方の関心をひいたからだ。

 1990年代初め、ソ連が韓国と国交を締結し、中国も92年に韓国と国交を結ぶ時だ。外交的に孤立した北朝鮮の金日成主席は「ローマ教皇庁と接触することを考えていた。ローマ教皇が外国を訪れるたびに大歓迎される様子をニュースで見て、教皇ヨハネ・パウロ2世が北朝鮮にきてくれれば外交的な孤立を解消でるのではないかと期待したのだ」(18頁)という。そこでローマ教皇を平壌に招くために外務省内に常務組が組織され、著者もその一員として活動したという。

 ところで、教皇招聘のために設置された常務組のメンバーの中には真剣に仕事に取り組まない者がいた。著者がそれとはなく聞くと、「金正日指導者同志が教皇の招請は難しいと判断を下されている。首領様がやれといわれるからここにいるだけだ」と答えている。北朝鮮の実権は当時、金日成から金正日に既に移っていたのだ。同時に、金正日は父親より外交世界に通じていたことが分かる。

 北朝鮮はバチカンに使節団を派遣するが、そのために本当のカトリック信者を見つけ出さなければならない。そこで住民登録簿をひっくり返し、朝鮮戦争前まで信心深かったカトリック信者の一人のおばあさんのもとを訪ねていく箇所は面白い。

 「今でも神を信じるのか」と聞くと、おばあさんは「首領様と労働党があるのに神を信じるとは何事か」と真顔で言い、党幹部を安心させた。そこで党幹部は「正直に話してもらって大丈夫だ。今でも神を信じている信者を探して、ローマ教皇庁に送る必要があって訊ねているのだ」と説明する。おばあさんはそこでようやく心を開き、「一度、心の中に入ってきた神様は決して離れない」と答えたというのだ。

 北朝鮮のバチカン使節団に加わったおばあさんは教皇の前で信仰告白をする。労働党統戦部関係者は宗教の恐ろしさを感じ出す。教皇が訪朝すれば、国内でカトリック旋風が起こるだろうと懸念し出したのだ。最終的には、金日成の「教皇平壌招聘」の話は短期間で消えていった。 

 あれから30年余りが経過した。今度は自身がカトリック信者の韓国の文在寅大統領が昨年、平壌で開催された南北首脳会談で金正恩朝鮮労働党委員長からフランシスコ教皇招聘の要請を受けたとして、バチカン教皇庁にその旨を伝達した。教皇庁からは「正式の招待状が届いてから検討したい」という返答があっただけで、その後の展開はまったく聞かない。

 真相は、金正恩氏は父親の金正日総書記と同様、フランシスコ教皇の平壌訪問は難しいと知っていたが、文大統領の強い願いもあって「来るのならば歓迎するよ」と答えたのだろう。それを文大統領は「金正恩氏はフランシスコ教皇を招待した」と拡大解釈をし、昨年10月のバチカン訪問時にフランシスコ教皇を謁見し、その場で金正恩氏の平壌招聘の話を持ち出したわけだ。

 「金正恩委員長がフランシスコ教皇を北朝鮮に招いた」というローマ発外電を読んだ金正恩氏は多分、笑い出しただろう。同時に、その時から文大統領への尊敬心は失せ、無視するようになったのではないか。


 カトリック信者の文大統領は、かつて“東洋のエルサレム”と呼ばれた平壌にフランシスコ教皇の訪問を夢想するあまり、肝心の金正恩氏の真意を理解できなかった。同時に、北朝鮮が宗教弾圧ランクでは世界最悪の国であるという事実を忘れてしまっている(「法王の訪朝は何をもたらすか」2018年10月19日参考)。

 大統領就任以来、反日外交を展開し、日本との関係を「戦後最悪の関係」にした文大統領が進める南北融和路線に対しても、金正恩氏は、願望とリアリティを冷静に使い分けできない政治家の“危なさ”を感じ出したはずだ。

イラン核合意と「ファトワ」の対戦

 イランのローハ二大統領は20日訪日し、安倍晋三首相と会談した。同訪問は安倍首相の6月のテヘラン訪問の返礼訪問を意味するが、イラン大統領の訪日はハタミ大統領以来19年ぶり。イランの核問題では大きな進展はなかったが、日本とイラン両国の伝統的友好関係を再確認した。会談では、日本は核合意の堅持をイラン側に要求する一方、イランは原油取引の再開など、経済関係の促進を日本側に求めた。

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▲儀仗隊による栄誉礼及び儀仗、ローハ二大統領を迎える安倍晋三首相(2019年12月20日、首相官邸ホームページから)

 ところで、イランは核開発の意図がないことを主張、その度に「最高指導者ハメネイ師がイスラムの教えで大量破壊兵器の製造は禁止されているとして、その旨をファトワ(Fatwa、宗教令)で表明してきた」と説明し、相手側に理解を求めてきた。

 同国のザリフ外相も5月、ツイッターで「ハメネイ師は2003年、核兵器保有禁止のファトワを出している」と述べ、テヘランが核兵器を製造する意思がないことを強調したばかりだ。最高指導者の「ファトワ」はイランが核開発の意思のないことを保証している、という論理だ。

 にもかかわらず、というべきか、トランプ米大統領は2018年5月、国連安保常任理事国(米英仏ロ中)にドイツを加えた6カ国とイランの間で13年間の外交交渉の末2017年7月に締結した核合意からの離脱を表明した。トランプ米大統領曰く、「核合意は不十分であり、イランの大量破壊兵器製造をストップできない」というのだ。換言すれば、トランプ氏はハメネイ師の「ファトワ」を信じていないわけだ。

 イランは今年2月、ホメイニ師の「イラン革命」から40年目を迎えた。イランはイスラム教シーア派の教えを国是としたイスラム教国であり、最高指導者は現在、ハメネイ師だ。ハメネイ師が宣布した「ファトワ」は本人が撤回しない限りに、永久に続く。ハメネイ師が死去した場合、同師が生前公布した「ファトワ」は撤回できなくなる(「イラン革命から『40年』の成熟度は」2019年2月13日参考)。

 英国の作家サルマン・ラシュディ氏が1989年にイスラム教の創設者ムハマドの生涯を描いた小説「悪魔の詩」を発表したが、その内容がイスラム教を中傷誹謗しているとして、ホメイニ師は作家の死刑を宣言する「ファトワ」を表明した。ホメイニ師が亡くなった現在、その「ファトワ」は永遠に続くわけだが、欧米社会からの圧力を受けた改革派ハタミ大統領(当時)は「『ファトワ』の撤回はできないが、死刑執行の実行には関与しない」といった弁明を試みている。

 話をハメネイ師の「ファトワ」に戻す。イランの核合意後も米国だけではなく、イスラエル、サウジアラビアなどの国はイランの核兵器製造の危険性を警告してきた。すなわち、ハメネイ師の「ファトワ」を信じていないのだ。

 なぜ「ファトワ」を信じないのか。先ず、宗派の相違が考えられる。イスラエルはユダヤ教であり、サウジはイスラム教の中でも根本主義的なワッハーブ派だ。イランはイスラム教で少数派のシーア派。宗派が違うから、他宗派の最高指導者の「ファトワ」は宗教的にも意味がないわけだ。

 第2の理由は、欧米諸国は基本的に政治と宗教を分離した国体だという点だ。イランのような聖職者支配体制ではないから、宗教指導者の命令といっても、その権限は政治世界まで及ばない。ハメネイ師の公布は政治や軍事分野にはその効力がないわけだ。

 イランが欧米との交渉で「ハメネイ師がファトワで核兵器保有禁止を宣言している」と強調しても、政教分離を実施している国にとっては説得力が乏しいのだ。欧米諸国が求めるのはイラン側の具体的な非核化対策であり、国際原子力機関(IAEA)との間で締結した核合意内容を遵守することだ。

 また、ハメネイ師のもとに強硬派のイラン精鋭部隊「革命防衛隊」が暗躍していることも、欧米諸国のイラン不信感を高めている。

 イランは、「欧州連合(EU)の欧州3国がイランの利益を守るならば核合意を維持するが、それが難しい場合、わが国は核開発計画を再開する」と主張。今年に入り、濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4・5%を超えるなど、核合意に違反してきた。11月に入り、ナタンツ以外でもフォルドウの地下施設で濃縮ウラン活動を開始した。12月に入り、イランは23日、アラク重水炉の再稼働体制に入ってきた、といった具合だ。

 イランは「ファトワ」を表明、欧米諸国は核合意の遵守を要求してきたが、両者のポジションには接点がないのだ。イラン側には核エネルギーの平和利用の権利があるから、欧米側はそれまでも「止めろ」とはいえない立場だ。

 米国が核合意を破棄して以来、イランの核問題は再びジャングルの中に入り込んでしまった。このままいけば、再開されたイランの核開発は来年初めには本格的な段階を迎えるだけに、中東情勢は再び緊迫の度合いを深めることになる。

北の海外派遣労働者は現代版の奴隷

 国連安全保障理事会は2017年12月、海外に派遣された北朝鮮の労働者の送還義務を明記した制裁決議を採択した。その決議内容の履行期限である2年間が今月22日に過ぎたが、加盟国の履行状況は不透明だ。北朝鮮労働者は労働ビザから観光ビザに変更して現地で働き続けるケースが増えており、対北制裁決議の完全履行からは程遠いのが現実だ。特に、北の労働者を大量に受け入れてきた中国の履行状況は不明だ。

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▲金正恩氏の「新年の辞」を一面全部を使って報じたオーストリア代表紙プレッセ(2019年1月2日)

 国連安保理は、海外に派遣された北の労働者から入る外貨が北の核開発やミサイル開発に投入されているとして、北の外貨収入源を断つという意味で加盟国に北労働者の送還義務を明記した制裁決議案を採択した経緯がある。

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は父親の故金正日総書記時代に倣い、外貨獲得の手段として積極的に海外に労働者を送ってきた。労働職種は主に鉄道・道路建設、レストラン、鉱山、森林業などだ。主要な派遣先はロシアだったが、1970年代に入ると、アフリカ諸国に派遣し、90年代には欧州と中東諸国に、そして2000年代に入り、中国、モンゴル、東南アジア諸国へと派遣先が拡大された。

 北の海外労働者の派遣先は最も多い時は45カ国にも及んだが、2013年段階で総数約5万人から6万人が16カ国に派遣されていた。ちなみに、国連の資料によると、対北制裁前にロシア、中国など29カ国に約10万人の労働者が派遣され、年間約5億ドルの外貨収入があったという。

 安保理の北朝鮮制裁委員会によると、今月16日までに計48カ国が報告書を提出し、これまで少なくとも2万3000人が北朝鮮に送還されたという。内訳をみると、ロシアは就業ビザを取得した北朝鮮国籍者が17年12月31日の3万23人から18年12月31日に1万1490人に、1万8533人減った。クウェートは国内の北朝鮮労働者の半数以上に当たる904人を送還し、カタールは16年1月の2541人から19年3月25日には70人に減少、アラブ首長国連邦(UAE)は半数以上の823人を送還したと報告している。ポーランドやベトナム、ネパール、ミャンマー、ペルー、スイスなども送還状況を報告した(韓国聯合ニュース)。


 「北朝鮮の人権のためのデータベース・センター」(NKDB)が2015年5月に発行した「北朝鮮海外労働者」に関する200頁余りの資料によると、国別派遣数では、ロシア約2万人、中国1万9000人、クウェート4000人から5000人、アラブ首長国連邦2000人、カタール1800人、モンゴル2000人、ポーランド400人から500人、マレーシア400人、オマーンとリビア各300人、ナイジェリア、アルジェリア、赤道ギニアが各200人、そしてエチオピア100人だったから、金正恩氏時代に入って北の派遣労働者数が急増していたことが分かる。

 ロシアでは主に鉄道建設や森林労働者として駆り出され、中国ではレストランで働く北の女性労働者が多い。北京では韓国人が経営するレストランで北労働者が働いているのが目撃されている。北労働者は中国人が嫌う、厳しく(difficult)、危険(dangerous)で不潔(dirty)な職場(3D)で働く。北側当局は中国に送る労働者に対しては脱北を警戒し、その選別を厳しくしている(「北の海外派遣労働者の職場は『3D』」2015年9月6日参考)。

 問題はここでも中国だ。同国は報告書を公表していないために、履行状況は不明だ。中国ではロシアを上回る北の労働者がレストランなどに勤務しているといわれる。ロシアと中国の2カ国が対北制裁を完全に履行しない限り、北から派遣される労働者の数は急減することはない。同時に、就労ビザから観光ビザなどに名目を変えて、海外で働き続ける北労働者が増えるだけだ。なお、ロシアと中国は12月16日、安保理に対北制裁緩和を要求するなど、制裁解除を願う北側をあからさまに支援している。

 韓国情報機関の資料によると、北の海外労働者の平均手取りは月100ドル。派遣先や職種によってはもっと悪い。給料の90%以上が北の労働斡旋側や中間業者の手に渡る。にもかかわらず、多くの北の国民はその僅かな外貨を得たいために海外労働を希望するという。2、3年間、海外で働いてやっとTV1台を買って帰国できればいいほうだといわれる。北の海外派遣労働者は“現代版の奴隷”であり、金正恩氏はその支配人だ。国連安保理の制裁後も北労働者を取り巻く状況に大きな変化は期待できない(「金正恩氏は“現代の奴隷市場”支配人」2014年12月9日)。

フランシスコ教皇はヨセフが好き

 11月に訪日したローマ・カトリック教会フランシスコ教皇が日本好きであることはよく知られているが、聖母マリアの夫ヨセフをこよなく愛し、尊敬していることは余り伝わっていない。バチカン内のフランシスコ教皇の仕事部屋には眠っているヨセフの像がある。教皇はその像の枕元に、心痛や願い事を書いた紙片を置いておく。その数は山ほどだという。教皇の部屋を何度も訪問したオーストリアのローマ・カトリック教会最高指導者シェーンボルン枢機卿の証だ。同枢機卿はオーストリア日刊紙クローネン日曜版(22日付)の中に書いている。

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▲「眠っている聖ヨセフ」(カトリック教会聖ヴィアトール北白川教会HPから)

 24日はクリスマス・イブだ。イエス誕生前夜を再現するクリッペ(クリスマスに飾る人形)をみれば、聖母マリアがイエスを誕生させた状況が少しは分かる。共観福音書によると、イエスは豪華な宮殿で誕生したのではなく、馬小屋で誕生した。クリスマスはそのイエスの誕生を祝う日だが、イエスがその日に誕生したわけではない。また、イエスの実存性すら疑う聖書学者がいる。にもかかわらず、イエスの誕生を祝うクリスマスは世界最大の祝日として定着しているわけだ。

 イエスは大工職人のヨセフとマリアの間で生まれたが、「マタイによる福音書」によると、神の聖霊でマリアがイエスを身籠ったという。すなわち、婚約時でヨセフとの夫婦関係を結ぶ前に神の聖霊によって身籠ったという話だ。多くの現代人は「あり得ない話」と首を振るか、少しは寛大な人は「これはイエスをキリスト(救い主)と信じる人々の信仰告白だろう」と受け取るだろう。

 イエスが生まれた時代、2000年前、人々は夫婦関係なしに子供が生まれると信じていたわけではない。その点では現代と変わらない。だから、マリアはイエスを身籠った時、苦悩した。子供がヨセフの子ではないと分かっていたからだ。一方、夫ヨセフはマリアのお腹が大きくなるにつれ、「誰の子供だろうか」という不信の思いが湧いてきたはずだ。

 福音書によると、神は天使をマリアとヨセフに送り、イエスの誕生を歓迎し、受け入れるように諭した。マリアが夫ではない男の子供を産んだとすれば、石を投げられ殺される運命が避けられなくなる。マリアを愛していたヨセフはそれを避けるために苦悩した。同時に、「いったい誰の子供か」という思いが払しょくできずに苦しんだわけだ。

 イエスは、祭司としてユダヤ人社会では信望があったザカリアとマリアの間で生まれた子供だ。ザカリアはマリアと親戚関係があるエリザベツの夫だった。マリアがイエス誕生前にエリザベツを訪問し、そこに数カ月間滞在した、と福音書は書いている。その時、ザカリアとマリアはイエスを身籠ったというわけだ。すなわち、イエスはアフェア(姦通)で生まれた庶子ということになる。庶子のイエスが人類の救世主だったわけだ(「イエスの父親はザカリアだった」2011年2月13日参考)。

 英国の著作家マーク・ギブス氏は著書「聖家族の秘密」の中で、2000年間、秘密にされてきた「イエスの父親は誰か」を解明している。著者は旧約聖書に登場する信仰の祖「アブラハムの家庭」と「ザカリアの家庭」を比較する。アブラハムには本妻サラの他、召使のハガルがいた。ザカリアの家庭には本妻エリザベツと、ヨセフの妻となるべきマリアが登場する。

 アブラハムの第一子はサラとの間のイサクであり、第二子はハガルとの間のイシマエルだ。同じ様に、ザカリアの第一子はエリザベツとの間に生まれた洗礼ヨハネであり、第二子はマリアとの間に生まれたイエス、という構図だ。「ザカリア家庭が重要な使命をもっていた」と指摘している。

 どうか誤解しないでほしい。「マタイによる福音書」を読めば、イエスの血統が記述されているが、その中に複数の妾の立場の女性が関与していることが分かる。そしてイエスが庶子として誕生したのだ。イエスは聖霊でマリアが身籠った子供ではなく、生物学的に全く正常な男女関係(ザカリアとマリアとの間)から生まれてきたのだ。

 イエスが成人しても結婚できなかったのは、イエスが庶子だったことを裏付けている。ユダヤ人社会では庶子は正式には結婚できないという教えがあった。多くのユダヤ人はイエスが庶子であったことを知っていた。アフェアを最後まで秘密にすることはどの時代でも難しいのだ。

 イエス誕生後、ヨセフとマリアの間に子供が生まれた。マリアはヨセフの手前、イエスよりもヨセフとの子供たちを愛し、世話しなければなならなかっただろう。微妙な関係のマリアとヨセフの下でイエスも苦悩していたわけだ。

 イエスが群衆に福音を述べている時、弟子が「お母さんが外で呼んでおられます」と言ってきた。その時、イエスは「私の母、私の兄弟とは誰のことか。見なさい、ここに私の母、兄弟がいる。神の御心を行う人こそ、私の兄弟、姉妹、また母なのだ」(マルコ福音書第3章)と返答している。

 ガリラヤのカナの婚礼では、葡萄酒を取りに行かせようとした母マリアに対し、イエスは、「婦人よ、あなたは私と何の係りがありますか」(ヨハネ福音書第2章)と述べ、親族の結婚式のために没頭するマリアに不快の思いを吐露している(「聖母マリアは無原罪で生まれたか?」2019年12月10日参考)。

 フランシスコ教皇がヨセフを愛するのは、秘かに離縁しようと苦悩していたヨセフが夢で聞いた天使のお告げのとおりマリアを受け入れ結婚し、自分の子供でもないイエスの誕生に付き添い、家庭を守り、神の子イエスの父となった神への信仰を称えているからだろう。フランシスコ教皇はヨセフの立場に同情するとともに、その困難な状況を克服していったヨセフに感動を覚えているのだろう。

 「マタイ福音書」によると、ヨセフは血統的にはダビデの血統だ。イスラエル人が最も愛し、尊敬するダビデ王の第42代の末裔だ。そのヨセフがなぜ大工だったのかは不明だ。聖書には多くの不明な点がある。ユダヤ民族が尊敬するダビデ王は実際、敬虔な人間であり、神に忠実な信仰者だったが、一度だけ過ちを犯した、自身の兵士ウリヤの美しい妻バテシバを愛したために、そのウリヤを前線に送り殺させ、自身はバテシバと結婚したことだ。ダビデはその後、何度も後悔し、神に許しを乞うている。

 興味深い点は、そのダビデ王の血統をひくヨセフがダビデ王とは全く逆の道を歩ませられていることに気が付く。自分の妻を別の男に取られ、その男との子供を世話する立場にあったからだ。ヨセフの歩みはダビデ王の過ちを償うためだった、という解釈さえできるほどだ。

 聖書の書き手はヨセフの血統に「ダビデ」の名を書いているが、ダビデとヨセフの数奇な運命を示唆したかったのではないか。隠したければ、その事実を書かなければいいだけだ。マリアが数カ月間、エリザベツ宅に滞在したという事実も同じだ、マリアとザカリアとのアフェアを書き手は知っていたが、イエスの神性を傷つける事実を記述せず、示唆しただけに留めたわけだ。

 クリスマス・イブにこのような話はひょっとしたら相応しくないかもしれないが、イエスが救世主であったという事実は変わらない。ただ、イエスの血統には妾が含まれ、イエス自身が庶子であったという事実だ。

 イエスの偉大さ、神性さをより理解するためには、イエスの33歳の生涯と降臨目的をもう一度、冷静に検討する必要があるだろう。メリー・クリスマス!

金正恩氏のクリスマス・プレゼント

 「もういくつ寝るとお正月……」という童謡を口ずさんだことがあったが、欧州に住んでからは「もういくつ寝るとクリスマス……」といったところだろう。そしてお正月には、「凧挙げて、こまを回して遊びましょう…」と続くように、カウントダウンに入ったクリスマスの場合、「ツリーの下にサンタさんからのプレゼントが待っている」といった具合だ。

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▲南北の非武装地帯で会合したトランプ米大統領と金正恩委員長(ホワイトハウス公式サイトから、2019年6月30日)

 欧州にきて最初のクリスマスはよく覚えている。クリスマス・プレゼントをもらったからだ。知人の実家のクリスマスに招かれた。アジアからの突然のゲストにもかかわらず、知人の実家の人々は当方に淡い青色のワイシャツをプレゼントしてくれたのだ。驚くとともに感動した。

 それ以後も毎年、クリスマスには知人や家族からプレゼントをもらったと思うが、申し訳ないことだが、何をもらったかを思い出せない。もちろん、こちらもプレゼントを用意したが何を準備したか、もはや覚えていない、といった具合だ。

 クリスマス・プレゼントといえば、北朝鮮がトランプ米大統領にプレゼントを準備している、という話が流れてきた。朝鮮中央通信(KCNA)によると、北朝鮮は、一方的に設定した年内までの米国の対北制裁の解除の見通しが立たないためにイライラして「トランプ大統領にクリスマス・プレゼントをするぞ」と脅しをかけているのだ。

 「北のイライラ」と「トランプ氏へのクリスマス・プレゼント」の関係がしっくりしないかもしれないので、以下説明する。

 北がトランプ大統領に準備しているものは金銭やぜいたく品ではない。不動産王のトランプ氏は通常の人間が欲しいと思っているものは全て持っているから物では動かされないだろう。それにしても、昨年貿易総額が韓国の400分の1にすぎない北朝鮮の経済力でトランプ氏へのプレゼントが見つかるだろうか。

 日米メディアの情報によると、金正恩氏がトランプ氏に送りたいクリスマス・プレゼントはどうやら大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射のようだ。米国本土まで到着可能で核搭載可能の弾道ミサイルだ。北は今年に入り、これまで13回の短距離弾道ミサイルを発射している。次は米本土まで届く大陸間弾道ミサイルの発射だ。北朝鮮は今月7日と13日、同国北西部・東倉里の西海岸衛星発射場でエンジン性能実験を実施したばかりだ。ICBMの発射準備に関連するものと受け取られている。

 もちろん、北側はICBMを発射しても2017年7月と同様、国連の対北制裁を違反しない人工衛星「火星15」の発射だと主張するだろう。

 問題は、来年の次期大統領選に入ったトランプ氏の対応だ。トランプ氏と金正恩氏の年齢を超えた友人関係は、トランプ氏がホワイトハウスの住人である限り、「核実験しない」、「大陸間弾道ミサイル発射しない」という2点のモラトリアムに基づいているからだ。その暗黙の約束を金正恩氏が破ればトランプ氏との友人関係は破綻することになる。

 トランプ米大統領は8日、ツイッターで北の金正恩朝鮮労働党委員長に対し「(米国が武力行使をせざるを得ないような)敵対的行為を取れば全てを失うことになる」と警告したばかりだ。

 エスパー米国防長官は、「我々は全ての準備が整っている」と述べているが、約2万8500人の在韓米軍兵士の家族の避難の動きはまったく見られないから、近い将来、米軍が対北に武力行使をする可能性は薄い。

 朝鮮中央通信が22日報じたところによると、金正恩氏は朝鮮労働党中央軍事委員会拡大会議で「国防力の強化」の檄を飛ばしている。現時点では、米国への圧力行使の域を超えないが、懸念材料は中国が金正恩氏を全面的に支援してきたことだ。金正恩氏は米国の制裁強化を恐れる必要がなくなってきている。そうなれば、北の非核化を実現できる道はもはや武力行使しかなくなってくるわけだ。

 朝鮮半島を取り巻く情勢は流動的だ。ーヾ米大統領選の行方、∧特羇屬遼念弩鮠弔旅塋の2点に揺り動かされてきたからだ。中国は金正恩氏の北を対米戦の前線のコマとして使い、トランプ政権を揺さぶってきた。

 北朝鮮が大陸間弾道ミサイルや潜水艦搭載弾道ミサイル(SLBM)を発射した場合、一種のレッドラインを超えることになるから、金正恩氏とトランプ氏との友人関係は破綻の危機に直面する。トランプ氏も金正恩氏をもはや「いいやつだ」とリップサービスはできなくなる。ある意味で、両者にとって不都合な状況だが、一度レッドラインを超えれば、そのモメンタム(勢い)を誰も止められなくなる危険性が出てくるのだ。

 いずれにしても、金正恩氏のトランプ氏へのクリスマス・プレゼントの中身次第で朝鮮半島は再び緊張を高めることになる。日本も米朝間の対立激化の影響から無傷ではいられない。令和2年の新年が善きスタートを切れるか否かは、金正恩氏のトランプ氏へのクリスマス・プレゼントの中身に左右されるのだ。世界の注目をこれほど集めるクリスマス・プレゼントはなかっただろう。

トルコで「ウイグル人への連帯デモ」

  今回はコラム「エジル選手『ウイグル人弾圧』を批判」(2019年12月17日)の補足編だ。サッカーの英国プレミアリーグの「アーセナルFC」に所属するメスト・エジル選手(31)は13日、中国新疆ウイグル自治区の少数民族ウイグル人が強制収容所に送られ、非人道的な扱いを受けていると指摘し、世界のイスラム教国に向かって、「コーランが焼かれ、モスクが閉鎖され、イスラム神学校が閉校させられ、聖職者たちが次から次へと殺され、兄弟(イスラム教徒)たちが強制的に収容施設へ送られている」(AFP通信)と説明し、「世界のイスラム教徒よ、ウイグル人を守れ」とアピールした。

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▲「ウイグル人強制収容所」(日本ウイグル協会公式サイトから)

 自身も敬虔なイスラム教徒のエジル選手(トルコ系)はイスラム教国でウイグル人の弾圧を糾弾する声が出てこないことに失望し、今回の異例のアピールとなったが、訴えは“荒野での叫び”には終わらず、大きな反響を呼んでいる。

 トルコのイスタンブール西部で20日、数千人の市民が中国共産党政権のウイグル人弾圧を糾弾するデモが行われた。デモを主催したのはトルコのイスラム教徒の非政府機関「人道支援基金」(IHH)だ。現地からの報道によると、デモ参加者は、「収容所を閉鎖せよ」と書かれたプラカードを掲げ、参加者の一部は中国の国旗を燃やしたという。

 国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)は先月24日、中国共産党政権の機密文書「チャイナ・ケーブルズ」(China-Cables)を公表したが、中国当局が同国北西部にウイグル人強制収容所を設置し、ウイグル人を組織的に弾圧し、同化政策を展開している」という内容が記述されていた。中国側の主張に反し、収容所は自由意思ではなく、強制的に送られた人々で溢れ、少なくとも1年間は収容されているという。

 また「国際アムネスティ」(IA)は「中国側の大規模な拘束は、同自治区で『脱過激化条例』が制定されたことが契機だった。同条例の下では、公私の場を問わず、イスラム教やウイグルの宗教や文化に関わる行為を『過激派』と見なされる。例えば、「普通でない」ひげを蓄える、全身を覆うニカブや頭を隠すヒジャブを着用する、定時の祈り、断食や禁酒、宗教や文化に関わる本や文書の所持などが「過激派」と受け取られる」と報告している。

 それに対し、中国共産党政権はウイグル人強制収容所の存在を一貫として否定し、「教育センター」であり、「職業訓練所だ」と嘘ぶいてきた。

 エジル選手の批判に対しては国営メディアを動員し、エジル選手の訴えを「事実に反する」と一蹴。エジル選手が所属するアーセナルFC対マンチェスター・シティFCの試合の放送(16日)を急遽中止。その理由として、「エジル選手の間違ったコメントは中国のファンと中国サッカー協会を失望させた」からだという。また、エジル選手を人気モバイルサッカーゲーム「プロ・エボリューション・サッカー」の中国語版から削除するなどの制裁に乗り出している。

 エジル選手のアピールに対し、所属チーム「アーセナルFC」は「エジル選手の個人的見解であり、チームとは全く関係がない。チームは如何なる政治的発言をも認められていない」とエジル選手とは一定の距離を置いている。

 一方、国際サッカー連盟(FIFA)は2021年、中国でクラブW杯を開催することになっているが、ジャンニ・インファンティ―ノ会長はエジル選手の中国批判に対しては直接言及せず、クラブW杯開催を再考する考えは全くないことを示唆している。

 すなわち、所属チームもFIFAもエジル選手のウイグル人弾圧批判発言に対してはできるだけ関与しない、といった外交姿勢を貫いているわけだ。

 ピッチで過去、政治的、宗教的言動をする選手が現れ、一時大きな問題となったが、現在はピッチでは選手の如何なる政治的言動も認められていない。ただし、エジル選手の今回の発言はピッチ上ではなく、SNSなどを通じての個人的発言だ。

 欧米の人権蹂躙批判に対しては、中国共産党政権はこれまで「内政干渉」と反論するか、「事実ではない」と否定してきた。その一方、今回のように、中国批判をするスポーツ選手に対しては、選手の所属チーム、機構に対し政治的、経済的圧力をかけて沈黙を強いてきた。

 朗報は、欧州連合(EU)欧州議会が人権や自由の擁護活動を称える「サハロフ賞」の今年の受賞者をウイグル族経済学者イリハム・トフティ氏と決定し、その授賞式が18日に行われたことだ。

 トフティ氏が現在、中国で国家分裂罪に問われて服役中のため、本人に代わって娘のジェウヘルさんが出席し、賞を受け取った。ジェウヘルさんは議会で演説し、「ウイグル人には学校にも公共の場にも家の中にも自由はない。100万人以上のウイグル人が抑留されて自分たちの信仰や言葉を捨てさせられ、拷問で死んだ人もいる」と訴えている(時事通信)。

 なお、ポンペオ米国務長官は7月18日、国連で演説し、ウイグル人ら数百万の強制収容について、「現代における最悪の人権危機で、まさに今世紀の汚点だ」と非難している。
 
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