ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2019年08月

デジタル時代の「あの世」の様相

 科学者エマヌエル・スウェーデンボルグ(1688年〜1772年)には霊界との通信を記述した「霊界日誌」がある。当時一流の科学者が書いた「あの世」の実相がここにきて改めて大きな関心を呼び起こしている。一方、当方の大好きなシャーロック・ホームズの生みの親、作家アーサー・コナン・ドイル〈1859〜1930年)は早く亡くなった息子の声をもう一度聞きたくて米国心霊現象研究協会入りして霊界について大きな関心を寄せた話は有名だ。

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▲facebookのロゴ(facebookの公式サイトから )

 ところで、21世紀の今日、フェイスブック(facebook)が「あの世」へのリンク先という。独週刊誌シュピーゲル最新号(8月24日号)には「あの世へのリンク」(Link ins Jenseits)というタイトルの記事が掲載されている。そこで「亡くなった人はfacebook、LinkedIn、Instagramなどに多くのデジタルな足跡を残している。そのヴィジュアルな遺産は誰に属するか」と問いかけている。

 これまでの葬儀では遺体とその人が愛した遺物、思い出を綴った写真などを棺に入れたり、家族が保管して慰霊するのが普通だった。デジタルな今日、多くの人はfacebookやWhats Appに生の声を残し、Instagramに夏季休暇を過ごした時の写真などを載せている。だから、愛する人の声、写真などをもう一度聞きたい、見たいと思えば、故人のfacebookなどを開ければ無数のデジタル化された思い出が再現できる。

 シュピーゲル誌は、娘さんを亡くしたが、病床で録音した彼女の心臓の音を毎晩、聞きながら娘さんに話しかけているというエピソードを紹介している。墓石にQRコードを彫り、墓を訪ねる度に家族はそのコードを通じて死んだ家族の生々しい姿、声、思い出を再現しながら時を過ごすことができる。

 コナン・ドイルが21世紀のデジタル時代に生きていたならば、米国心霊現象研究協会に入会しなくても、亡くなった息子がデジタルな世界に残していったメール、写真、声などを再現しながら、息子さんといつでも再会できる、というわけだ。

 オックスフォード大学インターネット研究所に勤務する社会学者カール・エーマン氏は、「今世紀末までにファイスブックは世界中で亡くなった49億人の会員のプロフィールを保管するだろう。facebookが一種の墓地となって、そこに行けば、故人と再会できる」という。

 デジタル遺産は遺族関係者にとって非常に貴重なデータだ。その一方、「亡くなった会員のデジタル遺産を保存するfacebookのデータ・メモリーは時間の経過と共に拡大し、機能がブロックされることが予想される。そのうえ、企業側には何の広告収入も入らない」という事態が考えられる。

 近い将来、「遺族関係者にとって貴重なデジタル遺産」と「魂のないアルゴリズムの企業側」の利益関係が大きな問題となってくることが予想される。そこでエーマン氏は、「社会は死後のデジタル生命を安全に保全する倫理的な枠組みを構築しなければならない」と提言している。

 facebookに保管された無数のデジタル遺産を通じて故人と交流するという意味でfacebookは「あの世」へのリンク先だが、facebookが提示する「あの世」はあくまでも物質的霊界だ。現代人は神への信仰を失ったが、永遠に生きたいという羨望は失っていないから、神が約束した「天国」の代わりに、視覚的な霊界をつくりあげ、そこで愛する人と過ごした思い出を再現し、永遠に生きようとしているのかもしれない。

 現代人は忘れられることを極端に恐れる。人は思い出を通じて永遠に生きる。それを助けるのがfacebookが提供する「モダンな仮想霊界」というわけだ。興味深いトレンドは、「死」がタブーから解放され、人生の終わりを祝おうとする傾向がここにきて見られだしたことだ。

欧州の極右は「三島由紀夫」ファン

 オーストリアの最大極右組織「イデンティテーレ運動」(IBO)のリーダー、マーテイン・セルナー氏(Martin Sellner)は、ニュージーランド(NZ)のクライストチャーチで3月15日、2カ所のイスラム寺院を襲撃し、50人を殺害したブレントン・タラント容疑者(28)から寄付金を受け取っていたことが判明し、物議をかもしたことはこのコラム欄でも紹介した。

 セルナー氏自身(30)は後日、タラント容疑者とは個人的に会ったことはないが、寄付金(1500ユーロ)を受けとった事実は認めている。オーストリア当局は国内の極右グループとNZ銃乱射事件容疑者との関係に注目し、捜査に乗り出し、3月25日にはセルナー氏のウィーンの住居などを家宅捜査している。これまでの捜査で分かった事実は、セルナー氏がタラント容疑者とメール交換していたことだ。それだけではない。セルナー氏は三島由紀夫が大好きで、「僕は三島ファンです」とツイッターで述べていたことが明らかになった。

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▲欧州のイスラム化ストップを要求する「イデンティテーレ運動」( Styria Digital One GmbH提供)

 IBOは2012年に設立、本部はオーストリア南部で同国第2の都市グラーツ、会員数は約300人と推定されている。反イスラム、難民、外国人排斥の主要な扇動グループで、活動キャッチフレーズは「欧州のイスラム化の阻止」だ。ちなみに、自由党のシュトラーヒェ前党首やキックル前内相は過去、セルナー氏と会合していたことが判明している。 

 タラント容疑者はマニフェストで「The Great Replacement」と呼び、移民の殺到で固有の国民、民族が追放される危険を警告しているが、IBOも同じように移民の殺到に警告を発し、それに対抗するように呼び掛けたビデオが見つかっている。セルナー氏のIBOとタラント容疑者には共通点があるわけだ。

 オーストリア国家公共安全局のフランツ・ラング事務局長と「憲法擁護・テロ対策局」(BVT)のペーター・グリドリング局長は今月14日、ウィーンの内務省で「2018年憲法擁護報告書」を発表したが、そこでIBOについて「危険な極右団体」とみなしていることを明らかにしている。

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▲セルナー氏のオンラインショップで売られる「三島由紀夫」のTシャツ

 ところで、セルナー氏は「三島由紀夫」の大ファンで自身のオンラインショップ「Phalanx-Europa」で三島が刀をもってポーズしている写真がコピーされたTシャツ、ポスターなどを売っている。

aresize 同氏は「ナチスヒトラーの国家社会主義にはもはや希望がない」と断言する一方、「民主主義で失ってしまった“大義の為に生きる”という三島の精神には心が動かされる」と証言している。セルナー氏はそれを「新しい右翼」と呼んでいる。

 三島由紀夫は1970年11月25日、民兵組織「楯の会」を引き連れて自衛隊市ヶ谷駐屯地に侵入し、東部方面総監を監禁し、バルコニーから戦後失われた日本の精神を回復し、国家刷新のために立ち上がろうと呼び掛けたが、それに応じる者がいないと分かると、切腹自殺した著名な作家だ。三島事件は日本社会ばかりか、世界にも大きな衝撃を投じた。セルナー氏は日本の三島に「新しい右翼」の生き方を見ているのだろうか。

 さて、オーストリアでは9月29日、国民議会の早期総選挙が実施されるが、第1党の国民党党首クルツ前首相は、「わが党が極右党自由党と連立政権を再度発足するためには2つの条件がある。第1は自由党の思想的リーダー、キックル氏を新政権に入閣させないこと、第2は『イデンティテーレ―運動』を解体することだ」と語っている。

 キックル氏は第1次クルツ連立政権下では内相を務めたが、国家の情報が集まる内務省に極右政党のキックル氏が就任することに警戒する声が強かった。それ故にキックル氏抜きならば国民党と自由党の第2次連立政権は可能だというわけだ。そして自由党とIBOとの完全な分離を要求し、新政権ではIBOの解体を実施するというものだ。ただし、同国の法律専門家は、「一度結成された団体の解体要求はその団体が不法な活動をしていたことが実証されない限り、難しい」とみている。

 セルナー氏の言動には危険性が排除できない。大義のために命も捧げる、という三島の精神は安易に誤解され、悪用される危険性があるからだ。タラント容疑者は自身の一方的な思想から多くのイスラム教徒を射殺した。彼は事件後も犯行を後悔していない。

 看過できない点は、タラント容疑者とセルナー氏の間には思想的に類似点があることだ。そのセルナー氏が三島の大ファンであり、三島の生き方に欧州の右翼の未来を夢見ているというのだ。タラント容疑者、セルナー氏、そして三島由紀夫の3点は歴史、文化、民族の違いもあって直線には結びつかないが、どこかで絡みつく点が出てくるかもしれない。「三島ゆえに日本が大好き」というセルナー氏の言動に日本人として注意を払わざるを得ない。

人はなぜ「孤独」で苦しむのか

 ドイツ週刊誌シュピーゲル最新号(8月24日号)に「ドイツも孤独で苦しむ国民が増えてきている。孤独対策の担当省を設置すれば」という趣旨の小記事が掲載されていた。「孤独対策省」の新設という発想はこれが初めてではない。メイ前英首相は昨年1月18日、孤独担当大臣(Minister for Loneliness)を新設し、スポーツ・市民社会担当のクラウチ国務大臣に兼任させた(現在はミムズ・ディビース会員議員が昨年11月から就任)。

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▲ウィーン市内の風景(2019年8月28日、ウィ―ン市1区、撮影)

 メイ前首相は、「孤独はモダンな社会では哀しい現実だ」と述べ、孤独で苦しむ国民が増えていることに警告を発している。英国では6600万人のうち900万人の国民がなんらかの孤独に悩まされているという。

 孤独は英国の国民病ではない。ドイツでも同じように孤独対策省を設置し、担当国務相を任命すべきだという声が高まっているわけだ。赤十字社のデータでは、ドイツでは45歳から89歳の国民の9・2%は孤独で苦しんでいる。

 メイ前首相が独自の孤独対策担当相を設置すべきだと考えた契機は、英労働党の下院議員のジョー・コックス氏(当時41)が2016年6月、孤独な人を支援する途上、英国北部のBirstallの路上で殺害されるという事件が発生し、当時、英国内で大きなショックを与えたことだ。メイ前首相は殺されたコックス氏の遺志を継承するために孤独対策のための省を設置したわけだ。ドイツのヴェルト紙によると、デンマークやオーストラリア、そして日本でも孤独な老人を支援するホットラインなどの体制を敷いている。

 当方が35年前ごろ、ウィーンの外国人記者クラブに通っていた時、1人の老人が事務所でファックスの整理を担当していた。彼は年金生活者だったが、年金が少なかったので外国人記者クラブのファックス整理の仕事をもらい、小遣い稼ぎをしていた。彼は1人住まいだった。心配なことは、自宅で自分が倒れたときどうするかだった。誰も自分を見つけることができず、何カ月も自宅で死んでいる自分の姿を思い出すと「ゾー」とするといっていた。しばらくした後、彼は笑顔をみせ、「倒れたとき、直ぐに救急車で通知できる緊急連絡機をもらったので少し安心したよ」と語ったのを今でも鮮明に思い出す。彼も孤独な老人だった。だから、わずかな小遣い稼ぎより、外国人記者クラブで若い記者たちと会話する時間のほうが大切だったはずだ。

 もちろん、孤独は単に1人だけという状況で湧き出てくるものではない。1人でも孤独を感じない人がいる一方、多くの人に囲まれながら孤独で苦しむ人もいる。「都会の砂漠」といった表現は昔から歌謡界ではよく歌われ歌詞だ。ワイルドな資本主義社会で生きている多くの現代人にとって、孤独は常に付きまとう。メイ前首相は現代人を襲う孤独を「流行病」といっていた。

 イエスは群衆から離れ、寂しいところに出かけ、1人になることを好んだ。人間嫌いだったわけではない。彼の場合、神に祈るために寂しいところで1人で神と向かう時が必要だったわけだ。だから、「1人でいること」と「孤独」は決してイコールではないが、現代人は1人でいることに慣れていない。

 ITの時代、人は常に何かとむずびついている。スマートフォン、SNSを通じて常に誰かと結びついているが、インターネットのなかった時代の人間より、現代人はひょっとしたら孤独を感じているのかもしれない。

 社会学者によれば、人間は本来、関係存在だ。出生、家族、社会、職場まで様々なレベルの関係が存在する。その関係が崩れるとき、さまざまなネガティブな症状が出てくる。家庭内で夫、妻とうまくいかない、会社で上司との関係がマズい、といった状況が生じれば、人はやはり孤独を感じる。その意味で、孤独対策の第一の仕事は、失った関係を回復する努力を支援することだろう。そして孤独を感じる人の話をよく聞いてあげることだ。アドバイスはその後でも十分だ。

 関係は対人関係だけではない。自然、動物との関係も大切だ。都会を離れて山や森に出かけるのは、人間界の関係を断つためだけではなく、自然との関係を求めて出かけるわけだ。人間との関係、自然との関係が崩れるとき、人間との関係に疲れたとき、自然の中に出かけ、自然との関係を深めていく。関係を通じて生きるエネルギーを得るわけだ。

 いずれにしても、「関係」で苦しむ人々が増えれば、「孤独対策省」の新設を求める声が広がるかもしれないが、「孤独対策省」が増えるということは、社会にとって朗報ではないだろう。

 最後に、「孤独」に関する名言から、ドイツの文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの言葉を紹介する。

 「誰一人知る人もいない人ごみの中をかき分けている時ほど、強く孤独を感じるときはない」

旧東独州議会選にみるドイツの現状

 ドイツでは、9月1日にザクセン州とブランデンブルク州で、10月27日にはテュ―リンゲン州と、旧東独の3州で立て続けに州議会選挙が行われる。極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は3州でいずれもトップ争いに絡んでいる。

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▲ザクセン州政府閣僚会議の風景(2019年8月20日、ザクセン州議会公式サイトから)

  ドイツForsa世論調査によると、AfDは3州とも20%以上の支持を得てトップ争いに加わっている。ザクセン州では与党「キリスト教民主同盟」(CDU)が31%でトップを走り、それをAfDが25%で追っている。ブランデンブルク州では与党の社会民主党(SPD)が21%、それを追ってAfDが20%と僅差で第2位、CDUは18%で第3党に甘んじている。ちなみに、欧州議会選(今年5月)ではAfDは同州で第1党だった。テュ―リンゲン州では左翼党が26%でトップ、それを追ってCDU24%、AfD21%と3党が激しいトップ争いを展開させている。

 前回の州議会選(2014年)の結果に基づいて、ザクセン州ではCDUとSPDの連立政権、ブランデンブルク州はSPDと左翼党、テュ―リンゲン州では左翼党・緑の党、SPDの3党の連立政権が発足した。

 AfDは今回、3州で20%以上の得票率を獲得する勢いを見せているが、どの政党もAfDとの連立政権を拒否している。興味深い点は、連邦レベルで第1党へ進出する勢いを見せている「同盟90/緑の党」は旧東独では伸び悩んでいることだ。世論調査によると、ブランデンブルク州で14%、テュ―リンゲン州11%、ザクセンで10%に留まっている。

 東西両ドイツの再統一から今年で30年目を迎えた。ドイツ連邦政府は8月21日、閣議で1991年に導入された「連帯税」を2021年から納税者の9割を対象に廃止することになった。連帯税は旧東独の開発支援を目的として導入されたもので、国民1人当たり所得の5・5%が給料から差し引かれてきた。メルケル政権は連帯税の廃止で国民経済に刺激を与えたい意向だ。連帯税の廃止は国民には減税だ。

 ドイツ政府は東西間の経済格差は縮まってきたと判断しているが、ドイツ経済研究所(DIW)は4月、「東西間の生産性は依然20%の差がある」と指摘し、所得差も依然、旧西独と旧東独の間で歴然とある。雇用市場も同様だ。AfDはメルケル連邦政府の経済政策や難民・移民政策を批判し、有権者の批判票を集めているわけだ。

 旧東独の3州の中で人口が最も多いザクセン州(約430万人)をみれば、旧東独が旧西独とは明らかに違うことが分かる。ザクセン州ではCDUが僅差でAfDを抜き、第一党だ。同州では対ロシア制裁の解除を求める声が強い。メルケル政権はウクライナの併合などを理由に対ロシア制裁を実施中だが、同州のミヒャエル・クレッチマー首相は、「早急に制裁を解除すべきだ」と主張する。同州首相はメルケル首相の与党CDUに所属しているが、所属政党ばかりか連邦レベルの政策にも反対の立場を表明しているわけだ。

 ザクセン州では対ロシア制裁解除を要求する声が過半数を占める。その背景には対ロシア制裁で同州の機械輸出などが大きな影響を受けているからだ。ブランデンブルク州のディートマー・ヴォイトケ州首相はSPDだが、対ロシア制裁の解除ではザクセン州首相の意見を支持している。

 ちなみに、ロシアのプーチン大統領は旧東独時代、ザクセン州の州都ドレスデンを拠点としたソ連国家保安委員会(KGB)のエージェントだった。旧東独では当時、35万人から50万人のロシア兵士が駐留していた。

 ドイツでは昨年8月末、ザクセン州のケムニッツ市で極右派の暴動が起きたが、同州のマーテイン・デュリグ経済相はシュピーゲル誌との会見の中で、「われわれの敵はAfDでなく、不安だ。それに打ち勝つためには希望と確信が必要だ」と述べたが、「不安」に打ち勝つ「希望」と「確信」をどの政党が国民に提示できるだろうか。旧東独国民には「われわれはベルリンから理解されていない」といった不満や怒りが強いのだ。

 旧東西ドイツが再統一して今年で30年目を迎えるが、分断国家の再統一には30年は短すぎるのかもしれない。

ロボットをいかに基督信徒にするか

 バチカン日刊紙オッセルヴァトーレ・ロマーノが25日報じたところによると、バチカン市国にある薬局で数日前からロボットが勤務している。仕事の内容は、薬の自動管理と在庫整理などだ。ロボットは薬局内のスペースを節約し、毎年行われる在庫整理が不必要になった、と歓迎する声が聞かれるという。

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▲バチカンの薬局で勤務するロボット社員(ANSA通信)2019年8月24日、バチカンニュースから

 ロボットはドイツのケルベルクにある「BD Rowa Technologies」社製で、同社は米国の医療技術供給会社BD社の姉妹会社だ。BD社は薬局や病院での薬や備品管理倉庫を製造している。通称「BD Rowa システム」はバチカンの薬局の仕事内容、店舗販売、倉庫管理を大きく変えるだろうという。自動化とデジタル化は薬を迅速に管理し、薬の倉庫管理を効果的にするというわけだ。バチカン薬局は約4万種類の薬を取り扱っている。

 ちなみに、バチカンニュースによると、バチカン薬局には毎日2000人の顧客がくる。社員は60人。同薬局は開業以来145年間、病人看護を担当するバルムヘルツィゲ・ブリューダー修道院(Barmherzige Brueder)が経営している。

 同薬局の責任者、インド人のビニシュ・トーマス・ムラクカルさんは新しい社員のロボットについて「 スマートな新社員は時間と場所を節約する。 倉庫では薬を隙間なくビッチリと保管し、必要に応じ、薬を迅速に自動的に取り出す。薬を探す時間はほとんどいらない。倉庫で浮いた空間を別の目的に利用できる」とべた褒めだ。

 ロボットの投入で社員の仕事内容が変わる。社員はお客(患者)と時間をかけて話し、アドバイスもできるというわけだ。薬局の主人によると、「お客の待ち時間は約30%短縮できる」という。なお、ロボットの購入価格については、バチカン日刊紙は言及していない。

 以上、バチカンニュースのロボット導入の話を紹介した。ここから当方のコラムが始まる。

 ロボットはローマ・カトリック教会の総本山バチカンの薬局で働いている。バチカンで働く職員や社員は基本的にはカトリック信者だ。カトリック教徒ではない人がバチカンで仕事を得ることは難しい。

 それでは優秀で時間と空間を節約するロボットも遅かれ早かれカトリック信者になるか、少なくともカトリック教理を理解しなければならないだろう。ロボットは果たして神を信じるだろうか、という問いが出てくる。これは決して突飛な質問ではない。軍事関係者は目下、ロボット兵器(軍用ロボット)による戦争シナリオを真剣に考えている。ロボットを敬虔なキリスト者とするか、荒々しい戦士とするかで人類の運命が大きく変わるのだ。その意味で、上記の質問は最も今日的な問いかけといえるのだ。

 ロボットは神を信じる前に、神を理解しなければならない。イワシの頭も信心からとはいかない。プログラミングの段階で神についてあらゆる情報、過去のデータを掌握しなければならない。その結果、ロボットは神を信じるようになるだろうか。

 ロボットが過去の膨大なデータ、新旧聖書66巻と外典、基本的な神学書、イスラム教のコーランやハディ―ス、ユダヤ教の律法(トーラー)を全て学んだら、少なくとも「信仰の祖」アブラハムから始まった唯一神教としての神の存在を理解できるだろうか。

 問題が生じるかもしれない。新旧聖書を読んだロボットは、「旧約聖書は多数の著者が様々な信仰を告白している。統一した神観を見いだせない。新約聖書ではイエスという特殊な人物の言動は理解できても、神の存在の実証証明にはならない。イスラム教のムハンマドの話はメッカとメディナでは全く異なっている。コーランは統合失調症の人物の神観だ」と答えたらどうするのか。

 神について言及した聖典を綿密に読破したとしても神を理解できないという答えがロボットから戻ってくるかもしれないのだ。ひょっとしたら、人類は神について多くのことを語り、記述してきたが、神を理解する上で大きな助けとならないのかもしれない。

 それでは、バチカンの薬局で働くロボットをキリスト信徒にする試みを諦めるべきか。少し結論が早すぎる。ロボットが「宇宙を観測できるということは、宇宙の背後には人類の理解を超えた秩序と統一を保つ何者かが存在すると推測できる」と答えるかもしれないのだ。ロボットは宗教の聖典では神を発見できなくても、宇宙を観測することで何らかの“第一原因”としての神の存在が推測できると語るかもしれない。秩序と統一、宇宙の観測性からロボットは第一原因としての神を認識できるかもしれないのだ。

 神を見失った人類は神を説明する聖典を捨て、天を仰ぐべきかもしれない。神を知るためにはバチカン市国もメッカ巡礼もいらない。ローマ法王も正教総主教もいらない。頭を天に向けるだけでいいのかもしれない。ロボットが将来、人類に「余は如何にしてキリスト者となりしや」(How I became a Christian)というテーマで講義する時が来るかもしれない。

英国離脱後「英語」がEUを支配

 オーストリア代表紙プレッセは24日1面で欧州連合(EU)での英語の地位について詳細なレポートを掲載していた。結論を先に言うと、英国が10月末にEUから離脱(ブレグジット)した後、英国の母国語・英語はEU機関、欧州議会などでその地位を拡大するという話だ。逆ではない。

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▲ピーテル・ブリューゲル作「バベルの塔」(1563年)ウィキぺディアから

 EUは現在、28カ国だが、英国が「合意なき離脱」かどうかは別問題として、27カ国のEUで英国の母国語、英語が益々その影響力を広げていくという。フランス語をEUの第1言語にしたいと秘かに願うマクロン仏大統領にとってショックだろう。マクロン大統領は3月、「英国が抜けた後、EU内でフランス語の地位を向上させたい」と表明し、そのために巨額の資金を投資する計画を明らかにしたばかりだ。同大統領は多分、英語のパワーを過小評価していたのだろう。

 プレッセ記者によると、「英語が“英国の母国語”という枠から抜け出し、EU加盟国の意思疎通の手段として普遍性を獲得する」というのだ。フランス語、スペイン語、ドイツ語ではない。英国のEU離脱後、その母国語の英語が27カ国を支配するという構図だ。ちなみに、EUではこれまで、英国を除くと、アイルランドとマルタの両国が英語を第一公用語としてきた。

 興味深い事実は、EUの拡大が進むのにつれ、英語がその地位を強化する一方、フランス語が影響力を失ってきたことだ。EUの第1次拡大(オーストリア、フィンランド、スウェーデン)と第2次拡大(2004年の東欧諸国の加盟)後、EU全ての機関での記者会見や議論はもはやフランス語ではなく、英語が共通言語として使用され出したのだ。

 プレッセ紙によると、EUでは94%の学生、生徒が学校で英語を学び、大学では2002年、725コースが英語で行われていたが、その数は今日、1万コースを超えているという。大学内だけではない。経済界、政界、文化界では英語は既に共通言語と見なされている。“自国ファースト”で民族主義を標榜する欧州の極右派政党ですら、他国の極右派との意思疎通には自国の言語ではなく、英語で行っているのだ。

 28カ国から構成されるEUではこれまで24言語が平等の地位を享受し、欧州議会や欧州委員会の重要な公文書は24カ国語に翻訳されなければならないことになっている。欧州条約では、「全ての加盟国の国民は等しく自国の言語で記述された文書を得る権利がある」と明記されている。だから、24カ国に翻訳し、通訳する費用はEU予算でかなりの部分を占める。

 通訳の場合、23カ国全てに通訳すれば552言語のコンビネーションとなる。それを忠実に実施すれば大変な時間と労力がかかる。だから、通訳では演説内容をまず英語で通訳し、それを他の言語に通訳するようになっている。英語通訳ファーストだ。英語は他の言語への中継ぎ言語といえる。

 なお、英国のブレグジットで英語はその影響力を拡大するが、EU機関の英国出身者は減少していくと予想されている。それに伴い、英国人特有の英語アクセント、特有の美辞麗句を聞く機会が少なくなるわけだ。

 ベルギーの首都ブリュッセルではフランス語、フラマン語(オランダ語)、ドイツ語が飛び交っている。ブリュッセルの路上でEU外交官を目当てに物乞いをする者も最低3カ国語が堪能でなければ仕事がうまくいかない。

 ユンケル委員長の後任にドイツ人のフォンデアライエン氏が選出されたが、彼女はブリュッセル生まれで英語、フランス語、ドイツ語など多種類の言語をこなす。ユンケル氏もそうだったが、EUで指導的地位を得るためには最低でも3カ国語が流ちょうに話せないと務まらない。ポーランド出身のドナルド・トゥスクEU現大統領は英語をマスターするために苦労した1人だ。

 プレッセ紙24日の社説は「共通の言語なくして欧州共和国は夢に過ぎない」と主張している。自国語以外にも他国の言語に通じ、意思疎通できることは素晴らしいし、英語が他の言語を理解するうえで助けとなるが、それだけではやはり十分とは言えないわけだ。EU共通の統一言語が必要だというのだ。

 神は、自分のようになろうと天まで届く高い塔を建設しだした人類を見て、彼らが互いに会話できないようにするために言語をバラバラにしたという「バベルの塔」の話が旧約聖書「創世記」の中に記述されている。当時、人々は少なくとも一つの言語で話し合っていたのだ。それ以降、人類は長い歴史を通じて相互の意思疎通を促進するため“失った共通言語”を模索してきたわけだ。英語が将来、統一言語となるだろうか。

極右派と環境保護活動家の「共通点」

 このコラム欄で「人は希望より不安によって動かされる」という趣旨の記事を書いた。欧州では2015年秋、100万人を超える難民が中東・北アフリカから殺到し、その対応で欧州諸国は混乱を呈した。難民が主にイスラム教徒だったこともあって、カルチャーショック状況となる一方、イスラム過激派テロ事件への恐怖が高まっていった。

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▲国連の気候変動抑制に関する多国間の国際協定(通称パリ協定)=2015年12月、公式文書の第1頁目

 難民の殺到で生じてきたイスラム・フォビアや外国人排斥運動は極右過激派を台頭させ、選挙では欧州各地でその勢力を伸ばしていった。原動力は“自国ファースト”であり、それを支える民族主義だ。

 一方、昨年ごろから地球温暖化対策が大きな政治課題に再浮上してきた。その直接の契機は、スウェーデンの16歳の高校生グレタ・トゥ―ンベリさんが学業を置いて地球温暖化対策を呼び掛ける運動を開始したことだ。

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▲グレタ・トゥ―ンベリさん

 グレタさんは昨年8月、スウェーデン議会前で地球温暖化問題、気候変動対策のための学校ストライキを行い一躍有名となり、同年12月の第24回気候変動枠組み条約締結国会議に出席。欧米ではグレタさんの活動に刺激を受けた学生や生徒たちが毎週金曜日、地球温暖化対策デモ集会(フライデー・フォー・フューチャー)を開き、それをメディアが大々的に報道すると、運動の中心であるグレタさんは、「ノーベル平和賞候補に」という声すら飛び出してきた。

 グレタさんは1年間、学校を休学して地球温暖化対策をアピールする活動に専念。ニューヨークで来月開催される国連の気候変動サミットに参加するためCO2の排出が多い飛行機ではなく、CO2排出量のないヨットを利用してNY入りすると伝わると、これまた世界のメディアが大きく報道した。

 地球温暖化はリアルなテーマだ。環境保護活動に懐疑的な知識人、政治家もその点ではほぼコンセンサスがある。ドイツの世論調査によると、同国では環境問題を最大の課題としてきた「同盟90/緑の党」が同国の2大政党「キリスト教民主同盟」(CDU)と「社会民主党」(SPD)を凌いで第1党に躍り出る勢いを見せてきた。多くの人々が環境対策の重要さを急務と考えだしてきた証拠だ。

 マクロン仏大統領は22日、先進7カ国首脳会議(G7)開催前の記者会見で、「私たちのハウスは燃えている」というドラマチックな表現で南米ブラジルの熱帯林の大火災について懸念を表明している。「地球の肺」といわれる熱帯林の火災は国際問題だというわけだ。

 しかし、ここにきて「グレタさんは家族と一部の環境保護活動家に利用されているだけだ」という声が欧州の主要メディアで報道されてきた。NYへヨットでいくというアイデアは資産家や環境保護活動家から出たもので、ヨットを戻すために2人の人間が飛行機でNYに行き、待機しているという話が明らかになると、批判の声は一層高まっていった。

 オーストリア代表紙プレッセの著名なジャーナリスト、カール・ペーター・シュヴァルツ氏は「グレタさん騒動はいつまで続くか」(8月22日)というタイトルでコラムを書いている。

 同氏は、「地球温暖化は人間の活動の結果だけではない。地球、天文学的な次元の要因も考えられる。このままでは地球が滅んでしまうといった終末論的な脅しは逆効果だ。グレタさん周囲の関係者は、若い世代に、『今やらないと世界は終わりだ』といった終末論を展開している。一種の環境宗教団体だ」と言い切っている。ちなみに、グレタさんは集会では「I want you to Panic」と語ることを忘れない。

 興味深い点は、難民問題で欧州人の「不安」を煽ってきた極右派からグレタさん批判の声が聞かれることだ。グレタさんの母国、スウェーデンでは右翼ポピュリストの「スウェーデン民主党」(SD)のジミー・オケーソン党首は、「グレタさんは環境問題運動をする団体の広告塔だ」と単刀直入に批判している(「極右派の『グレタさん批判』高まる」2019年5月4日参考)。

 極右派の主張とグレタさんの活動を同列視できないが、両者の活動には人間の原始的な感情「不安」が関与している点で酷似している。難民殺到、異文化への恐れ、「不安」を煽る極右派活動と、地球の温暖化の深刻さをアピールし、近未来への「不安」を喚起させる環境保護運動は案外似ているのだ。両者は一種のライバル関係だ。グレタさん批判が極右過激派から飛び出したのも決して偶然ではないわけだ。

 グリーランドの氷が今、40年前の6倍のスピードで融け出している、というニュースが流れてきた。米国科学アカデミーの機関紙に掲載された報告だ。それによると、グリーンランドの融けた氷は1972年以降、地球の海面を0・5インチ(約1.3センチ)以上、上昇させたという。注意すべきことは、上昇分の半分は過去8年間で起きたという点だ。

 欧州ではこの夏、40度を超える灼熱の日々が続いた。10年前には考えられなかったことだ。洪水など異常気象、ブラジルの熱帯林の大火事、等々のニュースは地球を取り巻く環境が大きく変わってきたことを知らせている。その意味で、グレタさんの活動は大切だ。ただし、今回のNYへのヨット渡米など過剰なPR活動、それを報じるメディアのバブル報道は、グレタさんらの活動を単なる一過性のメディア・イベントに終わらせてしまう危険性が出てくる。地球温暖化対策には冷静な調査、啓蒙活動が重要だ。

豪枢機卿の「罪と罰」と「事件の核心」

 フランシスコ法王の信頼を得て財務省長官を務め、バチカン・ナンバー3の地位を享受してきたオーストラリア出身のジョージ・ぺル枢機卿(78)に対し、ビクトリア州高裁は21日、同枢機卿から提出された控訴要求を棄却した。それを受け、未成年者への性的虐待で今年3月に下った禁固6年の実刑判決は変わらず、ぺル枢機卿は刑務所に再拘留された。ローマ・カトリック教会最高位の聖職者の性犯罪としてぺル枢機卿の裁判の行方に注目が集まっていた。

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▲控訴が棄却されたぺル枢機卿(バチカンニュース公式サイトから)

 バチカンニュースは21日、ペル枢機卿の控訴審が棄却されたことを大きく報道する一方、「ぺル枢機卿の刑が最終決定し次第、枢機卿の聖職をはく奪する方向」と報じた。聖職のはく奪は教会法では最大の処罰だ。公判が開始する直前、バチカンは同枢機卿の財務省長官ポストを一時停止状況に置いたが、昨年、正式に解任している。現地からの情報によると、ぺル枢機卿は早ければ2022年10月には出所できる。

 ペル枢機卿はメルボルン大司教時代の1996〜97年、大聖堂聖歌隊に所属していた2人の少年に性的虐待を行った容疑で公判を受けてきた。1人の少年は後日、麻薬中毒で死去したが、もう1人(当時13歳)はペル枢機卿に性的虐待を受けたことを地裁の陪審の前に証言した。それを受け、地裁はぺル枢機卿を有罪とした。

 地裁では、犠牲者の証言は信頼性が持てるとして、ぺル枢機卿に有罪判決が下されたが、ぺル枢機卿の弁護団は、「1人の犠牲者の証言だけでは十分ではない」として、裁判のやり直しを強く求めてきた経緯がある。なお、ぺル枢機卿は事件が報道されて以来、一貫として「自分は無罪だ」と主張し、地裁の判決後、即控訴を要求してきた経緯がある。

 当方はこのコラム欄でぺル枢機卿の性犯罪問題が表面化して以来、一貫して同枢機卿の容疑は間違いないという立場で書いてきた。その確信を揺るがす情報はこれまでのところ出てこない。しかし、「自分は無罪だ」と主張し続けるぺル枢機卿の叫びを完全には無視できない。枢機卿まで上り詰めた聖職者が嘘を言い続けることができるか、という素朴な思いがあるからだ。

 ぺル枢機卿の性犯罪はオーストラリア教会の過去の性犯罪に関する報告書が公開された直後に浮かび上がった。同教会の聖職者の性犯罪を調査してきた同国性犯罪調査王立委員会は2017年、同教会の性犯罪を公表したが、それによると、オーストラリア教会で1950年から2010年の間、全聖職者の少なくとも7%が未成年者への性的虐待で告訴されている。身元が確認された件数だけで少なくとも1880人の聖職者の名前が挙げられているのだ。すなわち、100人の神父がいたら、そのうち少なくとも7人が未成年者への性的虐待を犯しているという数字だ。

 同報告書が公表されると、世界の教会内外に大きな衝撃を与えた。教会側は事件が発覚すると、性犯罪を犯した聖職者を左遷するなど、組織ぐるみで事件を隠蔽してきた実態が浮かび上がってきたからだ。

 その直後、上述したように、1人の犠牲者がぺル枢機卿に性的虐待を受けた体験をカミングアウトしたのだ。2014年までメルボルン大司教だったぺル枢機卿は2016年2月、事情聴取を受けている。その際、同枢機卿は、「教会は大きな間違いを犯した」と証言したが、自身が事件を隠蔽したことはないという。当時、同枢機卿が全く事件を知らなかったとは到底考えられない。そのぺル枢機卿がその後、自身の性犯罪で起訴されたわけだ(「豪教会聖職者の『性犯罪』の衝撃」2017年2月9日参考)。


 オーストラリアでは聖職者の性犯罪報告が公表されて以来、教会への風当たりは一層強くなり、教会は信頼を失った状況下でぺル枢機卿の問題が浮かび上がってきたわけだ。陪審制の裁判では枢機卿の性犯罪を訴える犠牲者の証言を疑う者はもはやいなかった。同国の社会全般に、反教会、反聖職者の風が吹き荒れていたのだ。

 繰り返すが、教会側のいう「この世の裁判」でぺル枢機卿に有罪判決が下された。バチカンとしては教会の信頼性に大きなダメージを与えた同枢機卿のスキャンダルに一刻も早く決着をつけたいところだろう。しかし、ぺル枢機卿が罪を認め、犯行を認めない限り、枢機卿の不祥事は本来、幕を閉じることはできないのだ。枢機卿がなぜ13歳の少年に性的虐待を行ったのか、その背景を解明してこそ、事件は幕を閉じることができるはずだ。ぺル枢機卿自身にとっては辛いことだが、事件の解明に貢献すべきだ。

 ぺル枢機卿の「罪と罰」は「最後の審判」を下す神のみが決定する領域かもしれない。カトリック作家グレアム・グリーンの小説「事件の核心」(The Heart of the Matter)ではないが、ひょっとしたら、ぺル枢機卿の「事件の核心」はまったく別のところにあるのかもしれないからだ。

北は「割れやすいガラスの器」か?

 北朝鮮の対韓国窓口機関・祖国平和統一委員会は16日、前日の文在寅大統領の光復節の式典での演説を非難し、「われわれは南朝鮮(韓国)当局者とこれ以上話すことはない」と一括し、文大統領に対しては、「まれに見る図々しい人物」などと非難したことが報じられると、文大統領は19日、青瓦台(大統領府)で開かれた首席秘書官・補佐官会議で、朝鮮半島の状況に関連して、「割れやすいガラスの器を扱うように、一歩ずつ進む慎重さが必要だ」として、相手の立場を理解する知恵や真摯な姿勢が必要との認識を示したという(韓国聯合ニュース)。

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▲エスパー米国防長官と会談する韓国の文在寅大統領(2019年8月9日、韓国大統領府公式サイトから)

 この記事を読んで複雑な思いがした。文大統領は、朝鮮半島の状況を「割れやすいガラスの器」と表現したが、具体的には北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が「割れやすいガラスの器」で、いつ暴発するか分からないから、南北融和政策も慎重に進めていく必要があるという意味合いがあるはずだ。

 そういえば、日本の河野太郎外相が文在寅大統領の元徴用工への対応が遅れていることを指摘すると、大統領府関係者が、「身の程知らずの無礼さ。一国の国家元首を批判するとは」と激怒している。北朝鮮に対しては「割れやすいガラスの器」を扱うように、相手の立場を考慮する一方、隣国の日本外相に対しては口汚く罵るのだ。この好対照ぶりは何を意味するのか。

 北朝鮮は米韓軍事合同演習に激怒し、短距離弾道ミサイルを連日発射してうっ憤を晴らした。すなわち、北は米韓の一挙手一投足に敏感に反応する。まさに「割れやすいガラスの器」だ。一方、韓国は、反日言動を繰り返し、海外に反日を拡散させたとしても日本は激怒することはない「壊れない鋼鉄の器」と考えているから、「日本の立場を考慮する必要はない」という思い込みがあるのだろうか。

 文政権は政権発足以来、南北融和政策という名目で北に完全に傾斜していった。文大統領は金正恩委員長の広報担当官とメディアで冷笑されても怒らない。むしろ、南北融和政策の成果として誇ってきた。

 一方、日本に対しては全てにネガティブに受け取る。韓国は昨年10月、国際観艦式で日本の海上自衛隊の艦艇の旭日旗掲揚に抗議して自粛を要請し、「過去の日本の植民地時代の蛮行を想起させる」と不満を表明し、慰安婦問題では少女像を世界に輸出し、元徴用工の賠償請求を促し、日本からの輸出を阻止し、国内では日本製ボイコットをする。なぜならば、韓国側は「日本は怒り出したとしても最終的には韓国側の意向を飲むだろう」という計算があるからだ。文政権は現実を冷静に判断する能力を失い、悲しい誤解を繰返している。日本側は怒り出しているのだ。

 文大統領の「割れやすいガラスの器」という北朝鮮は3代世襲の独裁国家だ。大量破壊兵器の核兵器を製造し、いつでもソウルや東京にミサイルを発射できる国だ。国民の人権は常に蹂躙され、基本的人権は全く考慮されない国だ。その国に対し、文大統領は「相手の立場を考慮して」と呼びかけているのだ。文在寅大統領はどの国の大統領だろうか。

 韓国民は気が付かなければならない時を迎えている。文大統領は韓国民の最高指導者というより、北側を第一に考える大統領だということだ。韓国の国民経済が厳しくなってもその対策を考えるより、金正恩氏と次はいつ会うかを楽しみにし、国民の不満が高まった時には反日カードを取り出して国民を煽れば済むと考えている革命指導者だ。

 北の立場に理解を示し、「割れやすいガラスの器」を扱うように、慎重となる文大統領が日本に対しては激変し、民族主義者の顔が現れ、反日ルサンチマンの塊になる。国民経済が厳しくなったこともあって、文大統領は「日韓の対話、協力」という言葉を使い出してきたが、多くの日本人は文大統領の言葉をもはや信じないだろう。

 文政権からは「米韓軍事合同演習が20日に終了したから、北側の態度が変わるのではないか」という淡い期待が聞かれる。韓国は来月中に、世界食糧計画(WFP)を通じて北にコメ5万トンの支援を実行する予定だが、中国は約80万トンのコメを北に支援するという。これが事実とすれば、韓国の対北経済支援カードはもはや有効に機能しないだろう。北国営メディアの文大統領批判はそのことを裏付けているように思われるのだ。

 文大統領は近い将来の南北再統一を視野に入れ、北側を怒らせないように自制しているのかもしれない。もしそうならば、文大統領は大きな間違いを犯している。独裁国・北朝鮮と韓国の再統一はあり得ないのだ。南北再統一問題は、北の独裁国家が崩壊した後に協議する課題、という条件が付く。その前は考えられない。独裁国家・北が存続する以上、韓国は南北再統一のカードを切れないのだ。文大統領の南北再統一構想は時期尚早だけではなく、非常に危険な冒険だ。

日本外交官は中国大使に見習え!

 駐オーストリアの中国の李晓驷(Li Xiaosi)大使は模範的な外交官だ。自国の政情や国体がメディアで間違って報道されていたら、黙っておれない外交官のようだ。同大使の強みは流ちょうなドイツ語だ。20日の昼のラジオのニュース番組で同大使の声が聞こえてきた。同大使は数日前、オーストリア代表紙プレッセに寄稿し、香港のデモ集会について、「欧州メディアは正しく報道していない」と厳しく批判し、20日のラジオインタビューでは、「中国の北京政府も香港がカオスに陥るような状況になれば、関与せざるを得なくなる」と発言し、「欧州駐在の中国大使が北京政府の香港介入の可能性を示唆し、香港のデモに対し警告を発した」というニュースを発信させているほどだ。

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▲海外駐在外交官の模範、駐オーストリアの李晓驷中国大使(左)、李勇UNIDO事務局長(国連工業開発機関=UNIDO公式サイトから)

 当方は中国共産党政権の政策には同意できないが、李晓驷大使には感動すら覚える。国と国体は異なるが、「外交官の鏡」ではないか、と口には出せないが高く評価している。なぜならば、外交官は海外では出身国の代表であり、その国の国益を擁護し、問題があればそれに反論する立場だが、李大使はまさにその使命を忠実に実行しているのだ。李大使を評価する理由は、日本外交官が海外の派遣先で国の利益、立場を積極的に支援するという外交官の務めを怠っているのではないかという思いがあるからだ。

 日本の外交官はお茶の会や華道の実演紹介、文化イベントには積極的だが、政治問題や懸案に対しては沈黙するケースが多い。日本海の呼称問題を話し合う韓国主催のシンポジウムがウィーン大学法学部内で開催された時も、日本大使館からは誰も参加しなかった。日韓問題で駐在国の代表紙が偏った主張を社説に掲載しているのに、反論しない。何のために海外に駐在しているのか分からなくなる。その点、国は異なるが、李大使は模範的だ。プレッセ紙が“間違った”中国批判の記事を掲載すると直ぐに反論掲載を要求する。北京外務省は素晴らしい外交官をウィーンに派遣したものだ。

 ただし、ここで同大使の反論内容に言及しても意味がないかもしれない。李大使の反論は中国共産党政権の主張の繰り返しであり、政府のプロパガンダの域を超えていないからだ。

 香港の大デモ集会について、李大使は、「香港がカオスに陥るような状況になれば、国家の主権と領土統合を防衛するために北京は黙っていることができなくなる」と述べ、中国本土からの武力介入の可能性を示唆し、注目された。

 参考までに、台湾問題でも同じだ。中国の習近平国家主席は今年1月2日、「台湾同胞に告げる書」の40周年記念式典で台湾問題に関する中国政府の立場を述べ、その中で「武器の使用は放棄せず、あらゆる必要な措置をとる選択肢を残す」と発言している。李大使は当時もオーストリア代表紙プレッセに反論を寄稿し、「中国警戒論」の鎮静に腐心している。忠実で勤勉な外交官だ。

 李大使は当時、「台湾は1840年のアヘン戦争後、国内外の混乱に陥り、半世紀に渡り外国勢力の支配下にあったが、1945年に中国本土に戻ってきた。その直後、中国は再び内戦を経験したが、1949年に現在の中華人民共和国が建国された。その時、中国国民党政府が台湾に逃げた。その結果、現在の台湾問題が生じたのだ」と中国共産党の視点に基づいて台湾問題の歴史を簡単に説明している(「中国大使の空しい『反論』」2019年1月11日参考)。

 一方、日本の外交官はなぜ沈黙しているのだろうか。日本の外交官世界に通じている知人は、「能力や言語問題では中国大使とひけをとらないが、テーマが日中韓関係や歴史問題となると大使や公使が勝手に駐在国のメディアに寄稿したり、インタビューに応じることは難しい。東京の外務省から承認がなければ自由勝手に寄稿はできないからだ」という。すなわち、外務省の官僚機構が海外駐在大使の自由な言動を束縛し、迅速に対応できなくさせているという。もしそうならば、改善すべきだろう。

 蛇足だが、「嘘も100回言えば本当になる」といわれるが、外交の世界も次第にそのような様相を深めてきた。沈黙は外交の世界ではもはや金ではない。海外駐在の中国外交官や韓国外交官の積極的な自国アピール外交を見るにつけ、日本の外交官の“ひきこもり症候群”が気になる。
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