ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2019年06月

人はなぜ「不安」に駆られるのか

 ロシアの民族主義政党「祖国」の指導者で実業家、ドミトリー・ロゴ―ジン氏はツイッターで「楽天主義者は英語を学び、懐疑主義者は中国語を学ぼうとする。そして現実主義者はAK−47(ミハイル・カラシニコフが製造した自動小銃)の使い方を学ぶ」と述べている。

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▲エルドアン大統領、マクロン仏大統領と首脳会談(2019年6月28日、大阪G20サミット会議で、トルコ与党「公正発展党(AKP)」公式サイトから)


 英語は国際言語として世界で活躍するためには必修の言語だ。未来に楽天的な人間は英語を学んで世界に飛び出そうとするが、中国が世界第2の経済大国に躍進したきた今日、中国語を学ぶことが大切となってきた。しかし、現実の世界を見るならば、いつ大国間で戦争が発生するか分からなくなってきたから、自己防衛のために旧ソ連製カラシニコフの自動小銃の扱いぐらい知らなければならない、といったロシア愛国者のメッセージだろう。

 東西欧州を分断した冷戦時代は終焉し、自由に世界を行き来できる時代が到来したと喜んだのも束の間、21世紀に入って、未来への黄金の見通しは次第に変色し、2015年夏以降の中東・北アフリカからの大量の難民・移民の欧州北上に直面すると、冷戦時代に切断した“鉄のカーテン”を再び持ち出す時間もなく、欧州では国境線の管理強化に乗り出す国が増えてきた。同時に、反難民、外国人排斥運動が台頭し、イスラムフォビアも席巻。その一方、大国間で軍備拡大の動きが加速してきた。`第2の冷戦時代`が到来した、と警告を発する政治家も出てきた。

 21世紀の時代のトーンは「不安」だ。時代が動き、科学技術が発展し、IT通信技術で24時間、どこでも対話、通話でき、地球上で起きている全ての出来事をリアル・タイムで体験できる時代に入った。にもかかわらず、前世紀の人間より、現代人は「不安」に駆られる。

 「不安」の正体が解明できれば、「不安」は自然解消するが、「不安」の正体がつかめない。退職後の夫婦の老後資金には「2000万円の蓄え」が必要というニュースが流れたから「不安」なのではない。もしそうならば、老後資金を「2001万円」を貯金している夫婦は「不安」から解放されることになるが、実際はそうとはいえない。少子化による人口急減による社会福祉体制の崩壊も大きな懸案だが、それが21世紀の人間が感じる「不安」の正体とは思えないのだ。

 ところで、政治の世界にも「不安」が大きな影響を与えている。

 政界では正体不明の「不安」を利用して人々を扇動するポピュリストたちが登場してきた。そして当然の帰結だが、「不安」を効果的に煽るためにどうしても「敵」が必要となる。「敵」がはっきりすると、漠然としていた「不安」に、持続性のある感情、「憎悪」が生まれる。そして「不安」と「憎悪」が結合するわけだ。

 例を挙げる・トルコのエルドアン大統領は軍のクーデター未遂事件後、非常事態宣言を敷き、「不安」にかられるように強権を発揮し、2017年4月には議会内閣制から大統領制へ移行する憲法改正を問う国民投票に僅差で勝利した。国内では強権政治を展開し、言論・メディアの自由を制限する一方、米国亡命中の反体制指導者ギュレン師をクーデター未遂事件の黒幕と断言し、民主化運動家を次々と拘束していった。エルドアン大統領の行動の原動力には政治的野心もあるが、それ以上に「不安」がある。

 エルドアン大統領はトルコ最大の都市イスタンブールの選挙のやり直しを命じた。「イスタンブールを統治する者はトルコを統治する」といわれてきたが、そのイスタンブールで反政府指導者が統治することにエルドアン氏は強い「不安」を感じたからだ(エルドアン氏は1994年から98年までイスタンブール市長を務めた)。

 エルドアン氏は同市の選挙のやり直しを命じたが、結果は前回選挙以上の大差で野党指導者が勝利し、エルドアン大統領の与党「公正発展党」(AKP)の候補者は敗北した。エルドアン大統領の場合、国民に「不安」を煽ることでその統治力を強化する一方、自身もその「不安」に踊らされている、典型的な実例だ。同じことがロシアのプーチン大統領や金正恩朝鮮労働党委員長にも言えるだろう。「不安」が彼らの大きな政治的原動力となっているのだ。

 いずれにしても、21世紀に入り、「不安」から旧ソ連製のカラシニコフ自動小銃を手放せられない、ということは不幸だ。ビッグ・データを駆使しても明るい未来像を描くことは容易ではない。人生の悲観論者にならないためにも、我々の周囲に漂う「不安」の正体を知り、対策を講じなければならない。

 明確な点は、私たちを取り巻く科学的、物質的世界が飛躍的に発展した一方、それに呼応すべき人間の精神的、霊的世界の発展が滞っているように感じることだ。この両世界の乖離が21世紀に入ってより鮮明に感じられてきた結果、焦りにも似た「不安」が生まれてきたのではないか。個人から社会の隅々までに「不安」が覆ってきたのだ。

文大統領に「大阪」で考えてほしい事

 大阪市で主要20カ国・地域の首脳会談(G20サミット)が28日午前(現地時間)、開幕した。欧州のメディアの関心はもっぱらトランプ米大統領と中国の習近平国家主席の2大経済大国間の貿易戦争の行方に注がれている。オーストリアのメディアは、「実質はG20ではなくG2だ。他の18カ国はそのサミット会議を盛り上げるための書割的役割を演じるだけだ」と報じていた。

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▲大阪のG20首脳会談に参加した韓国・文在寅大統領(韓国大統領府公式サイトから)

 当方はウィーンの地から大阪G20サミット会議の行方を追っている。当方が注目していたのは、首脳会談の記念写真撮影前後のホスト国・安倍晋三首相とゲスト国・韓国文在寅大統領との接触時だ。時事通信も聯合ニュースも日韓首脳の挨拶の瞬間の写真を配信していた。その絵解きは「両首脳は互いに目を合わさず」というのだ。トルコのエルドアン大統領やフランスのマクロン大統領との挨拶では笑顔であいさつした安倍首相も文大統領との時には笑顔は消え、握手しただけで終わった。

 安倍首相の立場も理解できる。文大統領政権に入って、韓国はこれでもかこれでもかと日本批判を繰り返し、海外には慰安婦像を輸出し、日本は過去多くの犯罪を犯した国であるとアピールしてきた。文大統領はその反日政策の張本人だ。その人物と笑顔で握手することは如何に寛大な心の持ち主の安倍首相であっても容易ではないだろう。笑顔を見せれば、反日批判で傷ついてきた多くの日本国民を傷つけることになる一方、日本を批判しても反撃や報復はないと高を括っている韓国人を一層増長させることになる。安倍首相は、「日本国民は怒っている」というメッセージを反日政策の主人公、文大統領に伝えるために笑顔を殺すだけではなく、厳しい表情で握手したのだろう。

 文大統領が空軍機で大阪に乗り込んだとき、雨が強かった。機内から出た文大統領夫妻は「屋根なしのタラップ」から傘を差しながら降りてきた。韓国の中央日報日本語版は早速「なぜホスト側の日本は屋根付きのタラップを準備しなかったのか」という声を報じ、「日本の韓国冷遇」を紹介していた。

 幸い、韓国大統領府報道官は、「空港到着時、開放型タラップを設置したのは写真取材の便宜などを考慮した韓国側の選択だ。雨に少々打たれても、歓迎に出てきてくれた方々に礼を尽くすためのものだった」(中央日報)と説明し、韓国冷遇説を一蹴していた。

 大阪サミット会議では安倍首相と文大統領の日韓首脳会談は開催されないという。韓国側は最後まで安倍首相との首脳会談開催を願ってきたが、日本側からは「日程上で難しい」という返答だったという。韓国側は「最後まで可能性を探る」と述べていたことから、突撃インタビューではないが、ひょっとしたら非公式だが、偶然会談が実現できるかもしれない。

 韓国側にとって数少ない朗報はトランプ米大統領が大阪サミット会議後、29日、30日に訪韓し、文大統領と米韓首脳会談を開くことになったことだ。外交筋では「韓国大統領府からの強い要請を受け、トランプ大統領は訪韓を受け入れた」という。

 文大統領は就任以来、南北融和路線を推し進め、日本に対しては「積弊清算」を掲げ、反日路線を突っ走って来た。その結果、4回の南北首脳会談を実現し、北朝鮮の金正恩労働党委員長の“広報官”と呼ばれるほどになったが、文大統領の北欧訪問時での演説内容について、北側からかなり厳しいクレームが報じられた。

 聯合ニュースによると、北の対外宣伝インターネットメディア「メアリ」は28日、「今は恩着せがましい振る舞いや不穏当なたわごとではなく、南北関係の膠着局面を打開するための実践的な行動が必要な時」とし、文大統領の北欧訪問時での発言を批判している。

 文大統領は報道記事を読んだだろうか。平昌冬季五輪大会で北側を支援し、トランプ大統領との米朝会談実現を“陰で支援した”のに、という思いが文氏に出てくるかもしれない。

 文大統領は大阪首脳会談のホスト国日本から冷遇され、南北融和路線の相手、北側からは「黙れ」と批判されるなど、逆風に直面している。ただし、文大統領は現状の窮地を誰のせいにもできないだろう。日本から厳しい目線で迎えられる原因の種をまいたのは本人であり、金正恩氏の広報官に就任したのも自身が選択した道だ。残る希望はトランプ大統領の訪韓だろう。2020年の選挙戦を控えるトランプ大統領から朝鮮半島の非核化の労を評価され、慰めの言葉を受けるかもしれない。金正恩氏を友人と評価できるトランプ氏だ。その金正恩氏の広報官に慰めの言葉の一つぐらい飛び出すかもしれない。

 いずれにしても、日韓両国指導者が互いに目を向けあい、朝鮮半島の将来について協議できないということは、アジアの未来にとってもマイナスであることは間違いないだろう。特に、文大統領には考えて頂きたい。大阪のG20サミット会議は文氏にとって大統領就任2年余りの反日政策の結果と向かい合っている、ということを。

 ひょっとしたら、文大統領は「大阪」といえば金正恩委員長の実母・高英姫(故人)、あるいは自ら断罪した元大統領・李命博の出身地を最初に思い浮かべるかもしれないが、大阪には多くの在日韓国人が住んでいる。彼らは日韓関係の改善を心から願っている。そのことを忘れないでほしい。

極右過激派殺人事件に揺れるドイツ

 ドイツ中部ヘッセン州カッセル県で起きたワルター・リュブケ県知事殺人事件はドイツ国民に大きなショックを与えている。リュブケ県知事(65)は今月2日未明、自宅で頭を撃たれ倒れているのを発見され、収容先の病院で死去した。同県知事はドイツ与党「キリスト教民主同盟」(CDU)に所属、難民収容政策では難民擁護の政治家として知られてきた。事件は同県知事の難民擁護に関する発言がきっかけとなったと受け取られている。

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▲極右テロの犠牲者となったワルター・リュブケ氏(独週刊誌シュピーゲル電子版から)

 ドイツのゼーホーファー内相は26日、連邦議会内務委員会で、「リュブケ氏殺人事件の容疑者、シュテファン・エルンスト(45)は犯行を認めている。事件は単独犯行だった。ただし、犯行動機がまだ完全には解明されていない」と報告している。

 独メディアによると、45歳の容疑者は前科があり、少なくとも過去、極右過激派グループとの接触が確認されているという。具体的には、今年3月23日、ザクセン州で開催された極右過激派の政治イベントに参加し、そこでネオ・ナチグループ「Combat18」と「Brigade 8」のメンバーと写真を撮っている。リュブケ県知事殺人事件に関連して、27日までに2人が殺人幇助容疑などで逮捕された。

 独週刊誌シュピーゲル電子版(26日)によると、犯人はリュブケ県知事の2015年10月14日の集会での発言が犯行動機となったという。難民収容所の設置案を市民に報告する集会で同県知事はその必要性を訴え、「(困窮下にある難民を救済することは)ドイツ国民の価値観だ。その価値観と共有できない国民はいつでもドイツから出ていける」と述べたという。

 同集会での県知事の発言がユーチューブなどで流されると、極右派グループから激しい批判、中傷が飛び出し、県知事を脅迫するメールも届いたという。同集会には「旧ドイツ帝国公民」運動( Reichsburgerbewegung)メンバーや反難民・外国人排斥運動のペギーダ(Pegida)のメンバーたちも参加していた。ドイツ・メディアによると、同県知事は「旧ドイツ帝国公民」運動から脅迫を受けていたという。

 「旧ドイツ帝国公民」はドイツ連邦共和国や現行の「基本法」(憲法に相当)を認めない。だから、政治家や国家公務員の権限を認知しない。「旧ドイツ帝国公民」運動といっても、統一された定義はなく、さまざまな政治信条が入り混じっている。

 ドイツ連邦刑事局(BKA)によると、「旧ドイツ帝国公民」運動の2017年の犯罪件数は、政治的動機に基づく身体傷害、扇動、放火、脅迫など771件、その内、619件は実行し、152件は未遂だった。116件は国家公務員への犯罪だ。314件は同国南部バイエルン州で発生した。

 シュピーゲル誌によると、ドイツでは約1万6500人の自称「旧ドイツ帝国公民」がいる。その内、約900人は極右過激派だ。約1100人は合法的に武器を所持している。ドイツ日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥングのコラムニストは「旧ドイツ帝国公民」運動を「ファンタジー帝国」と呼んでいる。彼らの共通点は、“ドイツは過去にだけ存在する”と考えていることだ(「『ファンタシー帝国』に住む人々」2018年1月31日参考)。

 難民歓迎政策を推進したメルケル首相はこれまでカッセルでの殺人事件に関しては、「事件が早急に解決されることを願う」とだけ述べている。一方、連邦議会の「同盟90/緑の党」「自由民主党」(FDP)、「ドイツのための選択肢」(AfD)と左翼党は内務特別委員会の設置を要求している。シュタインマイアー大統領も、「事件の全容解明が最優先される」と発言し、さらにインターネットでの憎悪メールなどの取り締まりの必要性を強調した。

 ゼーホーファー内相は22日、「法治国家にもう少し罰則の強化が必要だ。極右過激主義は危険だ。イスラム教テロと『旧ドイツ帝国公民運動』を同列に置くべきだ。民主主義に敵対する者には国民に約束された基本法の保障をはく奪すべきだ」と主張、関係者と協議に入っていることを明らかにしている。

 マース外相は、「今回の殺人事件は極右テロ組織NSU(国家社会主義地下組織)連続殺人事件を想起させる。第2次世界大戦から80年が経過するが、政治家が再び極右テロリストの犠牲となった」と強調、地球温暖化阻止の学生たちのデモ集会『未来のための金曜日』運動に倣って、『民主主義の木曜日運動』を始めるべきだ」と呼び掛けている。

 なお、ドイツ連邦憲法擁護庁の「2018年年次報告書」によると、ドイツには2万4100人の極右過激主義者がいる。極右過激主義を動機とした犯行件数は昨年2万431件で前年比で微減したが、暴力犯行やプロパガンダ罪の件数は増えている。

パレスチナ人との「平和」は買えない

 中東バーレーンの首都マナマで25日から2日間の日程で米政府主導の「パレスチナ経済会合」が開催された。同会合はトランプ大統領の娘婿、クシュナー大統領上級顧問がオーガナイズしたもので、会合は「平和から繁栄へ」(Peace to Prosperity)と題され、各国政府、企業家らが集まり、「パレスチナの人々と地域のための発展的な未来への野心的で、達成可能なビジョンと枠組みについて話し合う」という。具体的には、米政府が提案したパレスチナ経済支援案(総額500億ドル)を関係国と協議することだ。

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▲ウィーン国連で掲揚されたパレスチナ国旗(2015年10月12日、ウィーンの国連広場で撮影)

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▲踊りだしたパレスチナの人々(2012年11月29日、ウィーン国連内にて撮影)

 クシュナー上級顧問は、「今回の会合は世紀の機会(The deal of the century)」と強調したが、パレスチナなど中東諸国では会合の信頼性に疑問を呈する声が強い。パレスチナ自治政府は同会合をボイコットした。レバノンとイラク両国もパレスチナと共同歩調を取り、会合には欠席。ヨルダンとエジプト両国は代表団のランクを落として派遣した。

 トランプ大統領は政権発足からイスラエル支持を明確にし、エルサレムをイスラエルの首都とみなし、米大使館をテルアビブからエルサレムに移動し、イスラエルが1967年の第3次中東戦争で占領してきたシリアのゴラン高原をイスラエルに帰属すると認知する一方、昨年、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への拠出を停止し、パレスチナ側に経済的圧力を強めてきた(ニューヨークの国連本部で25日、UNRWA支援会合が開催され、計1億1000万ドル=約118億円以上の支援が表明されたという)。

 パレスチナ自治区の経済状況は厳しい。ここ数年は経済成長率はゼロ、失業者は住民の3人に1人、特に、青少年層では3人に2人ともいわれる。国際社会からの経済支援が急務な状況だ。ヨルダン川西岸、ガザ地区は難民であふれ、ガザ地区ではイスラム根本主義組織ハマスが実効支配し、経済は事実上崩壊している。

 そこでトランプ政権は総額500億ドルのパレスチナ経済支援計画を公表し、サウジアラビア、湾岸諸国から支援拠出を期待しているわけだ。問題は、米国主導のパレスチナ経済支援会合がパレスチナ側から歓迎されていないことだ。

 パレスチナ事情通は、「トランプ政権の中東和平案の基本トーンは平和も買収できるというものだ。換言すれば、トランプ流の中東和平案はパレスチナ民族の歴史を無視し、金をちらつかせてパレスチナ人の心をつかもうとしている」と受け取っている。現地からの外電によると、パレスチナ自治区の各地で経済支援会合に反対するデモが行われた。

 イスラエルに長く住んでいた故郷から追放され、難民となったパレスチナ人にはイスラエル民族への憎悪や恨みが山積している。クシュナー上級顧問は、「イスラエルとの和平交渉に同意するならば、さらなる繁栄が約束されている」と述べている。トランプ米政権はパレスチナ民族の帰還の権利すらドルをちらつかせて買収しようとしていると受け取られ、多くのパレスチナ人の反発を買っているわけだ

 今回の会合は経済支援がテーマだった。イスラエルとパレスチナの共存問題など「政治会合」は、イスラエルで選挙後の新政権が発足してから開催されることになっているが、ネタニヤフ右派政権が政権を維持できなければ、クシュナー氏の中東和平案の行方は分からなくなる。

 パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長は、「パレスチナは経済支援、資金が必要だが、その前にイスラエルと政治的解決を実現しなければならない」と述べている。

 ちなみに、米国のイラン政策にも同じ傾向がみられる。トランプ大統領は24日、イランに対し強硬な追加経済制裁を科すと発表し、同国の最高指導者アリ・ハメネイ師も制裁対象とした。それに対し、イランのジャヴァド・ザリフ外相はツイッターで、「米国は外交を軽蔑している」と批判している。イランに対し「我々の要求を受け入れれば、イランの経済は発展する」というトランプ流の言い回しはペルシャ民族のプライドを傷つけている。

 イスラエル国内でも米主導の経済支援会合に批判的な声が出ているという。米国の善意から出た政策だとしても、その受け手のパレスチナ人には「我々を買収する政策」と受け取られている。米国は経済支援をしながら、嫌われるという損な役割を演じているわけだ。

 イエスは、「人はパンのみに生きるのではない。神の口からでる一つ一つの言葉で生きる」(「マタイによる福音書」4章4節)と答え、サタンの誘惑を退けている。トランプ家代々の聖書の上に手を置いて大統領の宣誓式に臨んだトランプ氏が新約聖書の有名な聖句を知らないはずがないだろう。パレスチナのガザ地区を管理する「ハマス」など一部のテロ武装勢力に対しては厳しく対応しなければならないが、大多数のパレスチナ人はイスラエル人との共存には全く問題がない。米主導のパレスチナ政治会合の開催までにはまだ時間がある。米政権は経済支援を進める一方、パレスチナ民族との意思疎通をもっと大切にすべきだろう。多くのパレスチナ人にとって経済支援も急務だが、それ以上に、同じ「アブラハムを信仰の祖」とするイスラエル人との共存共栄の道を開くことではないか。

 アラブ諸国ではパレスチナ人問題はこれまで最優先課題と受け取られ、パレスチナ問題ではコンセンサスがあったが、アラブの春後、イスラエルとの経済関係を重視するアラブ諸国も出てきた。パレスチナ人は昔のようにアラブから全面の支持を期待できなくなってきている。換言すれば、パレスチナ人は過去を克服してイスラエルとの未来志向関係を構築していかなければならない時を迎えてきているわけだ。その意味から、クシュナー氏の「世紀の機会」という表現は間違ってはいない。

EU「離脱」と「加盟」どちらも大変

 英国は国民投票を通じて欧州連合(EU)から離脱(ブレグジット)を決定したが、それからブリュッセルで離脱交渉を繰り返し、離脱合意書がまとまる度に、英議会(下院)で否決され、離脱の日程も延期を重ね、ようやく今年10月末には離脱することになったばかりだ。そこまで到着するために、英国は2人の首相を辞任に追い込んでいる(メイ首相は6月7日に与党保守党の党首を辞任、次期首相は7月末には選出予定)。

17.06.2018
▲ギリシャのツィプラス首相(左)と北マケドニアのザエフ首相(2018年6月17日、国名変更で合意した直後、ウィキぺディアから)

 英国は2016年6月23日、EU離脱の是非を問う国民投票を実施した。国民投票の実施はキャメロン首相(当時)の選挙公約でもあった。ただし、離脱派が約51.9%を獲得、僅差で残留派に勝利したことは同首相にとって想定外だった。キャメロン首相は責任をとって辞任、その後任にメイ首相が就任し、EU基本条約(リスボン条約)50条に基づいた離脱申請をブリュッセルに提出。離脱交渉が始まったが、ブリュッセルとの間でまとまった離脱合意書が否決されたことを受け、最終的には引責辞任したばかりだ。

 ブリュッセルにとって加盟国との離脱交渉は初体験だったが、離脱が容易ではないことが他の加盟国にも理解できたことは少なくとも貴重な教訓となっただろう。EU離脱を叫んできた欧州の極右政党ももはや安易には離脱と叫ばなくなってきた。それだけでもブリュッセルにとって大きな成果だ。

 英国の離脱交渉の行方に目を奪われてきたが、EUに加盟を希望し、ブリュッセルの待合室で加盟交渉の開始を待っている加盟候補国がいる。セルビア、モンテネグロ、アルバニアなど西バルカン諸国だ。その中でニュー・カマーは北マケドニアだ。

 ところで、北マケドニアとブリュッセルは本来、6月に加盟交渉を開始することになっていたが、その日程は分からなくなってきた。ブリュッセルは西バルカン諸国に対しては、(響茲諒刃妥解決、地域間の協力強化―を条件に挙げてきた。北マケドニアはこの2つの条件を成就し、いよいよブリュッセルとの加盟交渉が始まると期待していたが、ここにきて北マケドニアとの加盟交渉開始に反対する加盟国が出てきたのだ。独週刊誌シュピーゲル電子版によると、その国の一つにはEUの盟主ドイツも含まれるという。

 マケドニア議会は2018年10月19日、国名変更に関する憲法改正手続きの開始を決め、今年1月11日、国名変更のために必要な憲法改正案を承認し、同25日にはギリシャ議会で改名合意が承認されたことを受け、呼称問題は一応決着し、2月12日に改名が発効した経緯がある。

 マケドニアは1991年、旧ユーゴスラビア連邦から独立、アレキサンダー大王の古代マケドニアに倣って国名を「マケドニア共和国」とした。ギリシャ国内に同名の地域があることから、ギリシャ側から「マケドニアは領土併合の野心を持っている」という懸念が飛び出し、両国間で「国名呼称」問題が表面化した。 

 ギリシャ側はマケドニアが国名を変更しない限り、EUと北大西洋条約機構(NATO)の加盟交渉で拒否権を発動すると警告。そのため、マケドニアはギリシャ側と国名変更で協議を重ね、昨年6月17日、ギリシャ北部のプレスパ湖で両国政府が国名を「北マケドニア共和国」にすることで合意した(通称プレスパ協定)。

 ドイツのメルケル首相は北マケドニアのザエフ首相との会合では加盟交渉の開始を支持表明してきたが、その行方に暗雲が漂ってきたのだ。そこでブリュッセル訪問後、北マケドニアのステボ・ペンダロフスキ大統領は24日、2日間の日程でドイツを訪問し、同国の加盟交渉の促進のために外交を展開中だ。EUに加盟できないとすれば、北マケドニアにとって何のために国名を変更したのか、という問いが国民ばかりか政治家の間でも聞かれる。

 ペンダロフスキ大統領は、「ドイツを含むEU加盟国は我が国との加盟交渉開始で基本的に合意している。ただ、ブリュッセルの技術的な問題があるだけだ。この秋には加盟交渉の日程が決まるだろう」と楽観視している。

 ただし、ここにきて新たな問題が浮かんできた。アルバニアと北マケドニアの加盟交渉を一緒に始めようという考えだ。アルバニアは与野党間の紛争が絶えない。そのアルバニアと一緒に加盟交渉を始めることは「不必要な重荷」という声が北マケドニア側には聞かれる。北マケドニアの約25%はアルバニア系住民だ。アルバニア系住民の間には大アルバニア主義という思いもある。北マケドニアとしてはブリュッセルと単独で加盟交渉を始めたい、というのが本音だろう。

 最後に、ブリュッセルの立場を考えてみたい。英国との離脱交渉でブリュッセル側にも疲れが目立つ。英国ケンブリッジ大学国際関係史のブレンダン・シムス(Brendan Simms)教授は独誌シュピーゲル(昨年12月15日号)とのインタビューで、「離脱する英国の未来より、英国を失った欧州の未来の方が深刻ではないか」と指摘していた。英国は世界第5位の経済大国(米中日独)であり、第4の軍事大国(米露中)だ。英国がEUに占めてきた経済実績は全体の15%、EU人口の13%だ。その大国が抜けた後はEU全体の国際社会に占める存在感、パワー、外交力は弱体せざるを得ないことは明らかだ。ブリュッセルも英国の離脱の日が決定した頃から、「英国なきEU」の行方を深刻に考えざるを得なくなってきた(「英国離脱後のEUは本当に大丈夫か」2018年12月24日参考)。

 一方、北マケドニアなど西バルカンとの加盟交渉が控えている。ブリュッセルにとって新規加盟交渉は短期的には財政負担が増えるだけだ。すなわち、英国を失う一方、財政負担が増えるというわけだ。それだけではない。EUでは移民対策で加盟国間の結束が乱れる一方、対ロシア、対中国政策で加盟国の独自行動が目立ち始めてきた。米国とは貿易戦争の様相を深めてきている。EUの顔といわれたドイツのメルケル首相の政界引退も迫ってきた。EUは現在、大きな分岐点に立っているわけだ。

ボルトン氏「中国の国連支配に懸念」

 ローマに本部を多く国連食糧農業機関(FAO)の新事務局長に中国の屈冬玉・農業農村省次官(55)が選出された。ローマからの情報によると、FAOの第41会期総会で23日、ジョゼ・グラジアノ・ダ・シルバ現事務局長(ブラジル出身)の後継者の選出が実施され、191カ国が投票し、屈冬玉氏が当選に必要な過半数を超える108票を獲得し、第1回投票で対抗馬のフランスのカテリーネ・ジャラン・ラネェール女史(71票)を破り当選した。中国出身者の事務局長はFAOでは初めて。任期は今年8月1日から2023年7月31日まで。

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▲新事務局長に選出された中国の屈冬玉・農業農村省次官

 カメルーン、フランス、中国、ジョージア、そしてインドの5カ国から5人が立候補を表明していたが、最終的には中国の屈冬玉氏と欧州連合(EU)が統一候補者として擁立したフランスの元欧州食品安全機関(EFSA)の事務局長だったラネェール女史との一騎打ちとなり、アフリカなど開発途上国の支持を集めた屈冬玉氏が圧倒した。ラネェ―ル女史の場合、イタリアが屈冬玉農業次官を支援する動きを見せるなど、EUの結束が実現されなかったことも痛手だった。

 屈冬玉農業次官がFAO事務局長に選出されたことで、国連機関のトップに国連工業開発機関(UNIDO)の李勇事務局長とジュネーブに本部を置く国際電気通信連合(ITU)の趙厚麟事務総局長を入れて3人となり、国連機関での中国人の影響が一層拡大する(「中国共産党の国連支配を阻止せよ」2019年6月10日参考)。

 屈冬玉氏のFAO事務局長選の勝利は中国の国連支配の始まりを告げるものだ。 国連にとって2019年は新しい年だ。中国が2019年から21年の通常予算の分担率で日本を抜き、米国に次いで第2番目となった初めての年だからだ。30年以上米国に続いて第2位だった日本は中国に抜かれた。米国はトップで変わらず上限の22%、中国は7・921%から12.005%に上昇、日本は逆に9・680%から8・564%に分担率が低下した。

 中国の習近平国家主席は国連を自国の国益拡大のパワーツールとみなし、国連平和軍活動にも積極的に関与してきた。中国はアジア・アフリカ・ラテンアメリカの開発途上国G77グループの支援国(G77+中国)であり、国連加盟国のほぼ70%に当たる134カ国が同グループに所属する。中国はまた、国連安保理事会では常任理事国の一角を担っている。すなわち、中国は国連で安保理事会と総会に大きな影響力を有しているわけだ。同時に、中国は国連機関内でその経済的支出にマッチした地位を要求してきている(「国連が中国に乗っ取られる日……」2019年2月3日参考)。

 FAOの事務局長選では中国とEU間の戦いの様相があったが、アフリカ経済支援を続けてきた中国がアフリカ大陸の票をほぼすべて確保する一方、新シルクロード構想(一帯一路)を通じて欧州でもその影響力を強めてきている。例えば、習近平国家主席が提唱した新しいシルクロード構想「一帯一路」への参加だ。東南アジア、西アジア、中東、欧州、アフリカを鉄道、道路、湾岸を建設し、陸路と海路で繋ぐ巨大なプロジェクトで9000億ドルの資金が投入されるという。欧州では、ハンガリー、ギリシャ、そしてイタリアも同プロジェクトに参加している。例えば、ギリシャ政府は2016年4月、同国最大の湾岸都市ピレウスのコンテナ権益を中国の国営海運会社コスコ(中国遠洋運輸公司)に売却するなど、中国との経済関係を深めている。(「中国に急傾斜するイタリアの冒険」2019年3月11日参考)。

 米国はトランプ政権が発足して以来、国連や国際機関への関心が薄れ、「財政の浪費に過ぎない」といった国連軽視の傾向が強まってきた。トランプ大統領は昨年6月、国連人権理事会から離脱を表明する一方、それに先立ち、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」からも離脱を通知するなど、国連機関が力を入れてきた分野で米国ファーストを展開させてきた(「米国の“国連離れ”はやはり危険だ」2018年7月31日参考)。

 米国「フォーリン・ポリシー」誌(Foreign Policy)は4月3日、ジョン・ボルトン大統領補佐官は中国の国連機関での影響力の急速な拡大に懸念を表明し、国連内でアンチ中国キャンペーンを開始してきたと報じている。同補佐官は、「中国は国連や国際機関で外交同盟を構築し、米国を国際社会から追放し、自身の国益の拡大を模索してきた」と警告を発している。同補佐官はジョージ・W・ブッシュ政権では国連大使に従事し、国連軽視の政策を積極的に推進してきた人物だ。その補佐官が国連内の中国の影響力拡大に大きな懸念を表明しているわけだ。事態の深刻度が分かる。

トランプ氏の「金正恩氏宛て親書」

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長がトランプ米大統領からの親書を受け取ったという。北朝鮮国営中央通信社(KCNA)が23日、報じた。親書の内容については発表されていないが、「素晴らしい内容の書簡が盛り込まれていた」という金委員長のコメントが報じられている。

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▲米朝首脳会談で散歩する金正恩委員長とトランプ大統領(2018年6月12日、シンガポール、CNNの中継から)

 世界最強国の米大統領と朝鮮半島の独裁国家の指導者の間で、この両者のように頻繁に親書の交換が行われたことは過去、なかった。73歳のトランプ氏と35歳の金正恩氏は本当に相性が合うのかもしれない。

 トランプ氏は先日、自身の73歳の誕生日を祝う金正恩氏からの手紙をもらい、「美しい、優しい手紙をもらった」と孫から誕生日プレゼントをもらったように喜びを表明したばかりだ。一方、金正恩氏は今回、「素晴らしい内容……」といった形容詞をつけてトランプ氏からの親書に喜びを露わにしている。独裁者の感情移入したコメントは珍しい。それだけ、トランプ氏の親書の内容が素晴らしかったのだろう。

 「美しく、優しい」書簡と「素晴らしい内容」の親書交換について、部外者の我々は無条件に喜ぶわけにはいかない。美しく、素晴らしいが親書の内容が気になるからだ。書簡内容が未公開で、内容が不明な段階では何も断言できないが、トランプ氏と金正恩氏が置かれている状況、立場から推測できる余地はある。以下、当方が一方的に推測した両者の文通の裏舞台をちょっと覗いてみる。

 トランプ氏と金正恩氏の文通の内容を解くカギは「任期」だ。トランプ氏の任期は1期目はあと1年半余りだ。再選された場合、それに4年間が加わる。一方、金委員長の場合、任期はない。暗殺や事故に遭遇しない限り、父親・金正日総書記や祖父・金日成主席と同じく終身任期だ。すなわち、トランプ氏と金正恩氏の米朝指導者の間には「任期」で大きな違いがある。その違いは独裁者の金正恩氏にとって大きな武器となる。金正恩氏が保有する大量破壊兵器の核兵器より強烈な武器だ。核兵器は保有したとしても使用できないが、「任期」の相違は現実の問題だからだ。

 それではトランプ氏と金正恩氏の未公開の手紙の内容に入る。その前に、トランプ氏と金正恩氏が今、何を最も願っているかを確認する必要がある。トランプ氏は“米国史上最高の大統領”という名誉が欲しいが、具体的には、再選されなければならない。ズバリ、トランプ氏の現時点の最大の願いは再選を果たすことだ。一方、金正恩氏の場合、朝鮮半島の非核化、とはいえ、北の非核化が目標ではないことは明らかだ。それは対話への呼び水に過ぎない。狙いは、対北制裁を解除させ、経済支援を受ける道を開くことだろう。

 両者の最大の願いが何かが明確になれば、トランプ氏の「美しい、優しい手紙」と金正恩氏の「素晴らしい内容の書簡」の中身の輪郭が少し浮かび上がってくる。金正恩氏はトランプ氏の再選が実現できるように最大の支援を約束する一方、トランプ氏は「再選を支援してくれれば、完全な非核化はあくまで外交上の表現に止め、北への経済支援を実行する用意がある」と示唆した内容が記述されていたのではないか。

 もう少し説明すると、金正恩氏のトランプ大統領宛ての書簡では、「大統領閣下の再選が実現できるように、我が国は大統領の任期中は核実験も長距離弾道弾ミサイルの発射も控える用意があります」と約束する。
 トランプ氏の金正恩氏宛ての手紙では、「金正恩委員長、貴殿の申し出を喜んで受け入れます。私が再選を果たした暁には、もはや完全な非核化などの非現実的な要求はひっこめ、対北経済制裁は段階的に解除していきます」という内容が記述されていたのでなかったか。これこそ金正恩氏が「トランプ氏の政治的判断力と格別な勇気」(時事通信)として謝意を表した内容だったはずだ。

 両者は一見、ウインウインの関係だが、実際は金正恩氏がトランプ氏の再選への野心を巧みに利用した作戦勝ちだ。換言すれば、金正恩氏は独裁者の強みをフルに利用し、「任期」制に生きるトランプ氏の弱みを突いたわけだ。

 任期に束縛され、選挙戦に勝利しなければならない指導者から約束されたとしても、トランプ氏は大喜びできないだろう。曖昧な口約束に過ぎないからだ。たとえ友人だとしても、トランプ氏は安倍晋三首相の約束を金正恩氏のそれと同じように大喜びはできない。明日は分からない永田町の住人の約束は独裁者の金正恩氏のそれとは比較できないからだ。

 金正恩氏の戦略は単に米朝関係だけに当てはまるものではないだろう。世界の独裁者が「任期」制の民主選出指導者対策に利用できる処方箋だ。中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領らも利用できることはいうまでもない。

 前回の米大統領選でロシアの選挙介入問題が大きなテーマとなったが、金正恩氏が考案したトランプ対策にはサイバー攻撃は必要なく、民主国家の政治システムの盲点を利用するだけでいいのだ。独裁国家がなかなか崩壊しないのは、民主国家の指導者が次期選挙戦の勝利に腐心するあまり、独裁者の政治に譲歩するからだ。トランプ氏が果たしてその悪習から自由であり得るだろうか。

人はなぜ祈らざるを得ないのか

 こんなテーマが話題になるのは欧州だからだろう。米国キリスト教の自由教会では礼拝中、祈る信者たちで溢れ、誰もそれを奇に感じることはないが、同じキリスト教圏だが欧州では公の場や礼拝中に、信者たちが声を出して祈ったりする情景は余り見られない。祈りは神父など聖職者に限られている。その見られない光景が16日、カトリック教国のオーストリアのウィーンで起き、その場にカトリック教会最高指導者のシェーンボルン枢機卿だけではなく、クルツ前首相の姿も見られたのだ。

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▲ジャン=フランソワ・ミレーの「晩鐘」(ウィキぺディアから)

 司会者の牧師は会場にクルツ氏を見つけると、彼を舞台に招き、スモールトークを交わした後、クルツ氏のために声を出して祈りだした。クルツ氏は少し戸惑った顔をしながら、その祈りを聞いていた。会場の1万人余りの若い信者たちも牧師の祈りに合わせ、クルツ氏のために祈りだした。会場はクルツ氏に神の祝福がありますようにと祈る声で溢れた。こんな情景はオーストリアでは絶対見られない。

 少し、説明する。「欧州よ、目覚めよ」というテーマでウィーン市内の会場で自由教会主催の会合が行われた。なぜその場にクルツ氏がいたのかは分からない。彼はキリスト教を政治信条とする中道右派の国民党党首だ。欧州で売り出し中の若手の政治家だ。自由教会の信者ではない。考えられるのはオーストリアで9月29日、国民議会の繰り上げ選挙が実施されることから、多数の若者たちが集まる会合に顔を出したのかもしれない。多分、シューンボルン枢機卿も参加することから、通常のキリスト教会の集まりだと考えていたのだろう(多くの若い者たちに祈られたクルツ氏は後日、「自分でも驚いた」と告白している)。

 予想されたことだが、クルツ前首相が自由教会の会合に参加し、関係者からメシアのように歓迎され、クルツ氏の勝利のための祈りを受けたことが伝わると、同国のメディアは「前首相が過激なキリスト教会の会合に参加し、熱烈な祈りを受けた」と報じた。ネット上でも大きな反響を呼んだ。野党からは批判の声が出てきた。「政教分離」に反している、といった建前からではない。米国の選挙戦ならば通常だろうが、欧州では政治家が根本主義的なキリスト教信者から熱狂的に歓迎される風景は異様に受け取られるからだ。

 祈りは私的なもので、公の場で声を出して祈ることは欧州では考えられない。聖トーマスの流れをくむ懐疑的な欧州知識人は公の場で祈りあう米国人の姿に「偽善」の匂いを嗅ぎつけるほどだ。

 欧州の知識人を擁護するためではないが、聖書の中で、祈る場合、隠れて祈るべきだとイエス自身が助言している。新約聖書の「マタイによる福音書」の6章5節から少し引用する。

 「祈る時には、偽善者たちがするようにするな。彼らは人に見せようとして、会堂や大通りの辻に立って祈ることを好む。中略、あなたは祈る時、自分の部屋に入り、戸を閉じて、隠れたところにおいでになるあなたの父に祈りなさい」

 メディアはクルツ氏が根本主義的なキリスト教会の信者会合に参加し、祈られたことを否定的に報道したが、シェーンボルン枢機卿は「米国では信者たちが政治家のために祈ることは普通のことだ」と弁明する一方、「祈る」ことの重要性を強調していたのが印象的だった。

 祈るのはキリスト教徒だけの専売特許ではない。全ての人が祈る。病の人なら、それが癒されることを、家族で苦しんでいる者がいたならば、その人の回復を祈る。家族のため、愛する人の為に祈る。それでは「誰に向かって」祈るのだろうか。神に向かって祈ることもあるが、人間を超えた存在に向かって、救いを求めるために祈ることが多いのではないか。

 声を出して祈る場合もあるが、多くの場合、心の中で祈る。「念じる」といってもいいかもしれない。欧州人は米国人よりも公の場で祈ることに臆病だが、米国人と同じようにやはり祈る。

 キリスト教会では、祈りで始め、祈りで終わるといわれる。自身の弱さを吐露する祈りは非常に私的だが、それだけにその祈る瞬間は真剣だ。祈るのに、どの宗派に所属しているかは問題ではない。人は生来、祈る存在ではないか。人が自身の弱さに救いを求める時ほど偽りのない純粋な瞬間はないからだ。

 ところで、デンマークの哲学者セーレン・キェルケゴール(1813〜55年)は祈りについて、「祈りは神を変えず、祈る者を変える」と述べている。ただし、旧約聖書には、悔い改めて真摯に祈る者に神が心を動かされて変わる場面が記述されている。「祈り」は神の心すら変える力を有しているのではないだろうか。

文大統領「対話で国防」の脳天気さ

 韓国最大手日刊紙「朝鮮日報」日本語版(6月20日)の社説には考えさせられた。タイトルは「『対話で国を守る』と主張する韓国軍の笑えない喜劇」だ。朝鮮日報は国防日報17日付1面の記事「南北の平和を守るのは軍事力ではなく対話」(その内容は文在寅大統領のスウェーデンでの演説)を報じ、「国の安全保障における最後の砦となる韓国軍が、軍事力ではなく、対話で国を守る」という趣旨に大きな懸念を表明している。

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▲南北融和路線を一直線に走る文在寅大統領(2019年6月20日、韓国大統領府公式サイトから)

 朝鮮日報の懸念は正論だろう。「対話」は戦争や軍事衝突を回避するための前哨戦だが、国を守るのは最後はその国の軍事力だ。軍事力の脆弱な国は対話テーブルにおいて、守勢をどうしても余儀なくされる。

 冷戦時代を思い出す。欧州は東西陣営に分割され、民主主義陣営と共産主義陣営が激しく覇権争いを展開させていた。最終的には、米国の圧倒的な軍事力の前にソ連は白旗を挙げて冷戦時代は一応を幕を閉じた。そこまで到着するのは安易な道ではなかった。軍事力で劣勢が明らかになると、ソ連共産圏陣営はデタントを表明し、対話路線をちらつかせてきた。カーター米大統領(任期1977〜1981年)はデタント戦略に騙され、「人権外交」を標榜し、共産主義の拡大を許したことは歴史的教訓だろう。冷戦時代では「対話」は軍事力が劣勢の時、時間稼ぎを目的とした一種の戦略に過ぎなかった。国連を舞台とした国連外交もその延長戦にあった。

 「対話外交」の実例を挙げて考えてみたい。イラン核協議で13年間の対話外交が続けられた。核協議はイランと米英仏中露の国連安保理常任理事国にドイツが参加してウィーンで協議が続けられ、2015年7月、イランと6カ国は包括的共同行動計画(JCPOA)で合意が実現した。イラン核合意は13年間の対話外交の成果として評価された。

 ところが、トランプ大統領が2018年5月、「イラン核合意は不十分であり、イランの核開発を阻止できない上、テヘランは国際テロを支援している」として、核合意から離脱を宣言、同時に対イラン制裁を再開した。米国の核合意離脱表明後、イランは、「欧州連合(EU)を含む欧州3国がイランの利益を守るならば核合意を維持するが、それが難しい場合、わが国は核開発計画を再開する」と主張し、関係国に圧力をかけてきた。具体的には、イランは今月27日にはJCPOAで許容されている低濃縮ウランの保存量300キロを超え、来月8日にはウラン濃縮レベルを3・67%を超える高濃縮プロセスに入ると警告を発したばかりだ(核兵器用には90%のウラン濃縮が必要)。

 冷戦時代の軍縮外交の成果といわれた中距離核戦力全廃条約(INF)が米国とロシア両国間で破棄された。トランプ米大統領は昨年12月初め、「ロシアはINF条約に違反している」と批判し、モスクワが陸上発射型巡航ミサイル「ノヴァトール9M729」(NATOのコード名・ 巡航ミサイルSSC−8)を破棄しなければINFから離脱すると表明、60日内という最後通牒を発した。それに対し、プーチン大統領は、「米国は自国の軍拡政策をカムフラージュするためにロシアを批判している」と反論し、米国のINF違反批判を一蹴してきた。

 INF条約、そしてイラン核合意は“対話外交の成果”と受け取られてきたが、第2次冷戦時代に入ったといわれる現在、2つの対話外交の成果は破棄されたわけだ。外見的にはトランプ米政権の一方的な条約破棄のようにみえるが、INFの場合は、ロシアがINFの陰でミサイル開発を促進してきたという事実、イラン核合意の場合、テヘランは核合意の背後でミサイル開発を続ける一方、地域テログループに軍事支援をして中東地域の危機を深めてきたという事実がある。冷戦時代の構図の出現だ。敵国を対話テーブルに誘い、相手側を油断させる一方、軍事力の拡大に腐心するというパターンだ。

 同じことが朝鮮半島でもいえる。核実験とミサイル発射を繰り返し、国際社会の厳しい制裁下に陥った北朝鮮は韓国の文在寅政権の南北融和路線を巧みに利用して対話外交を展開させてきたが、非核化に応じる考えは最初からない。対話外交で対北制裁を解除させる一方、核保有国の認知を得るという戦略だ。ここでも対話が重宝に利用され、南北首脳会談、米朝首脳会談、ロ朝首脳会談、中朝首脳会談と次々と対話外交を展開させてきたわけだ。

 強硬な対話外交を展開させる北朝鮮に対し、文政権はもろ手を挙げて歓迎し、「対話で国を守る」というメッセージを韓国軍の兵士たちの前で叫ぶ有様だ。金正恩氏は文大統領のメッセージを読んで笑いだしただろう。当の金正恩氏はミサイル発射実験を現場で視察した際、「強力な力によってのみ、平和と安全は保証される」と発言しているのだ。文在寅大統領は“第2のカーター”になろうとしている。

 それだけではない。朝鮮日報は今月15日に江原道三陟港に入港した北朝鮮漁船を巡る一連の事態を報じ、首を傾げている。国防省は北朝鮮の漁船乗組員による帰順を把握できなかったばかりか、韓国軍の警戒網に致命的な欠陥があることを無視して偽証している。「対話こそ国を守る」といわれ、60万人の韓国軍兵士の士気が下がっている。

 相手を理解する手段としては「対話」は素晴らしい。個人から国家の外交に至るまで問題を対話を通じて解決するという考えは大切だが、第2次冷戦時代を迎えた今日、対話が悪用されるケースが出てきているのだ。中国の最近の軍事拡大路線はその典型的な例だ。世界が冷戦終焉に酔っていた時、北京の共産党政権は着実にその版図を拡大してきた。それに気が付いたトランプ政権は対中強硬政策に乗り出してきたわけだ。

 対話、寛容、公平、譲歩を愛するリベラルなメディアからはトランプ政権は激しい批判を受けているが、“ディールの名手”を自負するトランプ大統領は対話の価値と同時にその限界を知っているのだろう。対話テーブルではトランプ氏は常に世界最強のパワーをちらつかせる。平和憲法を掲げておけば、国が守れると考えている一部の日本人には、トランプ氏の言動は国際連帯を無視した米国ファースト外交と見えるのだろうが。

スイスに飛び火したベネズエラ混乱

 1人より、2人の方が賑やかで良い、とはいえない。当方が住むオーストリアには2人の日本大使が赴任されている。1人はオーストリアとの2カ国間を担当する小井沼紀芳特命全権大使だ。もう1人は国連を含む国際機関を担当する在ウィーン国際機関日本政府代表部の北野充特命全権大使だ。

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▲ベネズエラのマドゥロ大統領とグアイド暫定大統領(ウィキぺディアから)

 船頭が多いとどうしても争いやいがみ合いが起きてくるものだ。外務省から派遣された2人の大使の間で権限争い、領域争いが起きたとは表立っては聞かないが、全く平和共存関係かというと、そうともいえない。オーストリア担当大使館所属の日本人外交官がウィーンの国連機関を訪ね、会議に参加していたというニュースが国際機関担当の日本大使館関係者の耳に入った時だ。「なぜ、君は国連にきているのかね」といった不審な顔をされたという証言を関係者の口から聞いたことがあるから、やはり小国に2人の日本大使がいるのは財政的に贅沢すぎるだけではなく、人間関係で様々な不祥事が生じる原因ともなるわけだ。

 ところで、欧州の中立国スイスに2館のベネズエラ大使館がある。もちろん、2人の大使、外交官がいることになる。首都ベルンと国連機関がある国際都市ジュネーブにだ。自国の大使館が2館ある場合、スイスに住むベネズエラ国民が旅券の延長や領事関係の要件で大使館に足を向けるとき、どちらの大使館に行けばいいのか、と戸惑ってしまうだろう。そんな話がスイスの公共ニュースサイト「スイス・インフォ」が6月14日報じていた。

 問題は、2カ所の大使館が同じ主人を大統領としている館ならば、地理的に近い大使館を訪ねれば事は済む。ベルンとジュネーブでは地理的には少し離れているから、例えば、チューリッヒに住むベネズエラ国民はベルンに行けば時間を節約できる。

 問題は2館の主人が異なることだ。ベルンのベネズエラ大使館がニコラス・マドゥロ大統領のベネズエラを代表している一方、ジュネーブのベネズエラ大使館の場合は暫定大統領のファン・グアイド氏を国の代表としている大使館だという事実だ。すなわち、前者は政府代表の大使館、後者は反政府代表の大使館ということだ。

 スイス・インフォによると、首都ベルンにあるベネズエラ大使館は昔からベネズエラ政府公式の外交使節を務め、ニコラス・マドゥロ大統領の管轄下にある。ジュネーブのベネズエラ大使館は大使館とは名ばかりで小さなベネズエラ・レストランでスイスに住む反マドゥロ勢力の集会場に過ぎず、外観から判断すれば、一国の大使館という風格はない。

 ジュネーブ居住のベネズエラ国民は、「ベルンの大使館は我々を公平に取り扱ってくれない」という不満が強い。特に、その国民が野党側を支持している場合、仕事がスムーズには進まない。もちろん、ベルン側はそのような批判を一蹴し、「われわれはすべての国民を等しく公平に対応している」と弁明している。

 要するに、欧州のアルプスの小国スイスでもマドゥロ大統領派とグアイド暫定大統領派のいがみ合いが展開されているわけだ。前者はロシアや中国が支援し、後者は米国、ブラジルなど約50カ国がグアイド氏を正式の大統領として公認している。ただし、スイスは公認していない。

 世界最高の原油埋蔵量を誇るベネズエラで紛争が生じて以来、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の統計では約340万人が自国から避難し、コロンビア、エクアドル、ペルーなどに避難している。その難民の一部は親族関係者を頼って欧州に移住してきた。南米からの報道によると、ベネズエラでは深刻な食料不足や医療品不足、さらには全国規模の停電など人道危機に直面しているという。

 スイスに住むベネズエラ国民は母国の現状にやりきれない思いがあるだろう。国家財政を潤すほどの原油生産ができる国がガソリン不足で車を利用できないとか、日常用品にも事欠くということは、同国の為政者の統治能力が疑われても仕方がない。

 スイスに住むベネズエラ国民が迷うことなく、自国の大使館を訪ねることができる日はいつ到来するだろうか。
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