ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2018年10月

メルケル氏の後釜を狙う“8人衆”

 遂にその時が訪れたというわけだ。メルケル独首相は29日、ベルリンでの記者会見で今年12月初めにハンブルク市で開催の与党「キリスト教民主同盟」(CDU)党大会で党首選に出馬しない意向を表明する一方、首相ポストは任期満了になる2021年まで務め、その後はいかなる政治ポストにも就かないと述べ、政界から引退する意向を明らかにした。

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▲ポスト・メルケルの最有力候補者の一人、アンネグレート・クランプ=カレンバウアー氏、2018年2月26日、ベルリンのCDU党大会で(CDU公式サイトか)

 メルケル首相の党首辞任表明は10月に実施されたバイエルン州とヘッセン州の2州議会選でのCDUの惨敗がきっかけだが、「党首辞任はこの夏に既に決心していた」と述べ、18年間務めたCDU党首の辞任は2州議会選の引責によるものではないと説明している。

 メルケル首相の辞意表明について、他の政党から歓迎する声こそ出ているが、惜しむ声は聞かれない。長期間、同じポストを掌握していたので、ある意味で当然の反応だろう。一部では「遅すぎた」、「党首ばかりではなく首相ポストも辞めるべきだ」(野党「自由民主党」リントナー党首)といったメルケル首相にはちょっと不快な批判の声も聞かれる。

 メルケル首相の辞意表明を受け、CDU内で「われこそは後継者」といった出馬宣言まで既に出てきている。そこでメルケル首相のポストを狙うCDU内の8人の顔ぶれを紹介したい。

 第1候補者はアンネグレート・クランプ=カレンバウアー党事務局長(56)だ。メルケル首相は今年、サールラント州のアンネグレート・クランプ=カレンバウアー首相を党事務局長に抜擢した。州首相を党事務局長に抜擢するというのは通常の人事ではない。党員の中にも驚きの声が聞かれた。メルケル首相はこの人事を通じ、党内でくすぶり続けてきた後継者問題を鎮静化するため、事務局長を自分の後継者に担ぎ出したものと受け取られた。

 クランプ=カレンバウアー事務局長はここにきて社会民主党(SPD)との大連立政権に批判的なコメントを発するなど、メルケル色を脱し、独自色を出す努力をしてきている。事務局長は目下、後継者レースで本命だ。

 第2候補者はCDU内の反メルケル派の若手筆頭、イェンス・シュパ―ン議員(38)だ。メルケル首相は同議員を第4次メルケル政権の保健相に抜擢している。政権内に批判者を引き入れることで、その口を塞ぐやり方だ。政敵やライバルを外に放置せず、政権内で一定のポストを提供して飼いならす伝統的な手法である。

 CDU青年部ではシュパーン議員支持の声が出ている。同議員はメルケル首相の難民歓迎政策に対しては批判的なスタンスをとってきた。若く、野心的で演説がうまい(独週刊誌シュピーゲル電子版)。メルケル政権下で失われてきたCDUの保守主義への回帰を目指す。

 第3候補者はフリードリヒ・メルツ氏(62)だ。2000年から02年まで連邦議会のCDU議員団長を務めた。02年、メルケル首相との党内争いで敗北。09年に政界から引退し、弁護士業に戻った。ここききてメルケル首相の後釜に意欲を見せているという。経済分野ではリベラルだが、他の分野では保守的。年齢的にまだ十分若いが、同氏の党首選出はCDUの刷新、再出発といったイメージには合わない面も否定できない。

 以上の3人が独メディアではメルケル首相の有力後継者候補とみられている。

 それ以外としては ラインラント・プファルツ州のCDUトップユリア・クレックナー氏(45)、そしてウルズラ・ゲルトルート・フォン・デア・ライエン国防相(60)の2人の女性候補者の名前が挙がっている。前者は2011年以来、ラインラント=プファルツ州議会議員団長を務めている。02年から11年までドイツ連邦議会議員。メルケル首相より保守的と受け取られている。敬虔なカトリック教信者。後者はメルケル首相の後継者最有力候補者として久しくその名前が挙がってきたが、その勢いはもはやない。7人の子供を持ち、医師でもある。

男性候補者としては、Ε離襯肇薀ぅ鵝瓮凜Д好肇侫 璽譽鷭首相のアルミン・ラッシェット氏(57)とД轡絅譟璽好凜ヒ=ホルシュタイン州のダニエル・ギュンター州首相(45)だ。前者はドイツ最大のノルトライン=ヴェストファーレン州出身で13万人のCDU党員を抱える党の最大基盤だ。穏健でメルケル首相の難民政策を擁護してきた。メルケル氏に忠実な幹部だ。一方、後者はシュパーン議員と同様、若手のホープ。CDUが世代交代をアピールしたい場合、同氏は有力だろう。政策的には前者に近い。 

 ポスト・メルケルの後継者レースの穴馬としては、ヴォルフガング・ショイブレ連邦議会議長(76)の名前が出ている。コール政権の皇太子と呼ばれ、ポスト・コールの最有力候補者だったが、1990年12月、精神病の男性に銃撃され、下半身麻痺となり、それ以降、車椅子の生活を送ってきた。同議長にとって最後のチャンスかもしれない。1998年から2000年、CDU党首も務めた。メルケル政権下では内相、財務相を歴任するなど、その政治経験、党略歴では断トツだ。本格的後継者を選出するまでの暫定党首という選択肢も考えられる。

 いずれにしても、12月開催のCDU党大会で新党首が選出された場合、メルケル氏に首相ポストの辞任要求が出てくることは必至だ。メルケル氏は過去、「党首と首相は同一の人物であるべきだ」と主張してきた経緯がある。党首の座を失ったメルケル氏が任期満了2021年まで首相ポストを務める、というシナリオは非現実的だろう。

独ヘッセン州議会選が発した教訓

 ドイツで今年最後の州議会選挙が28日、同国中部ヘッセン州で行われた。現地から届いた暫定結果によると、メルケル首相の与党「キリスト教民主同盟」(CDU)が第1党を維持したが、得票率で前回選挙(2013年)の38・3%から約11・3%を失い、27%に留まった。第4次メルケル政権に参加する社会民主党(SPD)も同じように、前回比で10・9%減の得票率19.8%に急落した。メルケル政権を組閣する2大政党が2週間前に実施されたバイエルン州議会選に次いでヘッセン州議会選でも大幅に得票率を落としたことから、ドイツ国民がメルケル政権に「ノー」を突き付けたものと受け取られている。CDUとSPD両党内で激しい指導部批判の声が出てくるのは必至だ。

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▲揺れる与党「キリスト教民主同盟」(CDU公式サイトから)

 暫定結果が明らかになった直後、ヘッセン州のフォルカー・ブッフィエー州首相(CDU)は、「ベルリン中央政界からの逆風を受けて選挙戦は厳しかった」と証言し、SPDのナーレス党首も、「ベルリン(メルケル政権)は政権内でいがみ合っているだけではなく、国民が直面する諸問題に関する政策を実行すべきだ」と主張、いずれも今回の歴史的敗北の原因がヘッセン州レベルにあるのではなく、ベルリンの大連立政権にあると強調している。

 先ず、州議会選の暫定結果をまとめる。第1党はCDU、第2党はSPDがかろうじて入り、第3党には今回の州議会選の勝利者、「同盟90/緑の党」が得票率19・8%を獲得、前回比で8・7%大幅に伸ばした。それを追って極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が13・1%、自由民主党(FDP)7・5%、そして左翼党6・3%だ。
 この結果を受け、CDUと「同盟90・緑の党」のブッフィエー現連立政権が69議席を獲得、議会の過半数をかろうじてクリアしたことから、継続される可能性が高まった。

 CDU/CSUとSPDから成る第4次メルケル政権が存続の危機に瀕していることはさまざまな世論調査でも明らかだ。CDU内では政権13年目に入るメルケル首相の指導力不足を批判する声が聞かれる。ハンブルクで12月初めに開催されるCDU党大会で指導部の交代が議論される可能性も出てきた。メルケル首相自身は党首を継続し、政権を担当する意向という。

 一方、CDUより厳しいのはSPDだ。党首をシュルツ氏からナーレス現党首に交代しても低迷する党を回復できないことから、党内で無力感が出てきているが、「メルケル連立政権に参加したことが大きな原因だ」として、メルケル政権から離脱、野党へ下野すべきだという声が日増しに高まってきている。

 SPDがメルケル政権から離脱した場合、メルケル首相は「自由民主党」(FDP)と「同盟90/緑の党」のジャマイカ政権(ジャマイカ国旗の3色がCDUの黒、FDPの黄、緑の党の緑であることから)を組閣するか、少数派政権を続けるかの選択を強いられる。「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)もSPDも連邦議会を解散し早期総選挙に出ることは世論調査を見る限りでは自滅行為に等しい。

 メルケル大連立政権の行方はもうしばらく注視していかなければならない。そこでここでは「同盟90/緑の党」がなぜ躍進してきたかを少し考えてみたい。

 「同盟90/緑の党」はバイエルン州議会選で第2党に大躍進したばかりだ。その党がドイツ金融界の拠点があるヘッセン州でも同党史上最高の得票率を獲得したことから、同党の躍進が地域的なものではなく、連邦全土のトレンドと見なければならないだろう。

 ドイツのメディアの中では「同盟90/緑の党」の“CDU化”と表現している。実際、「同盟90・緑の党」はバイエルン州でもヘッセン州でもメルケル首相に不満のCDU支持者の票を大量に獲得している。もちろん「同盟90/緑の党」が地域に密着した政策を挙げ、地道な党活動を継続してきた成果も無視できない。

 もう一つ理由が考えられる。国民が感じている「不安」を巧みに利用していることだ。「同盟90/緑の党」と共に極右政党AfDもバイエル州に続いてヘッセン州議会選でも2桁を超える得票率を獲得して議会に進出した。AfDはドイツ16州全てに議席を有する政党になったばかりだ。

 そのAfDの躍進の武器は反難民・移民、外国人排斥であり、ドイツ・ファーストだ。すなわち、殺到する難民・移民、外国人に対するドイツ国民の不安を巧みに煽り、支持を広げてきた。

 同じように、「同盟90/緑の党」も国民が感じ出したもう一つの不安を利用している。今夏の異常な暑さ、頻繁に起きる洪水や災害に直面し、ドイツ国民は「このままいくと地球が危ない」といった、漠然としているが、無視できないリアルな危機感を感じ出してきた。「同盟90/緑の党」はその不安の受け皿として有権者の支持を集めたきたわけだ。

 すなわち、AfDも「同盟90/緑の党」も党の世界観や信条は異なるが、有権者の不安を利用して党の勢力を伸ばしてきたという点で似ている。国民は希望より、不安によって動かされるものだ。「同盟90/緑の党」の躍進はそのことをまた実証したといえる。

ホームレスが問う「国家」とは何か

 ハンガリーで今月15日、「宿無し(ホームレス)規制法」が施行された。それによると、ホームレスを見つければ、警察官は路上や公共場所で眠らないようにまず警告する。3度警告を受けたホームレスが移動しない場合、警察は罰金か公的奉仕を義務づけることができる。すなわち、路上のホームレスは犯罪人扱いにされる。 同法案は今年6月、2013年の関連法を改正したもので、賛成多数で採択された。

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▲ブタペストの夜景(ハンガリー政府観光局公式サイトから)

 中道右派のオルバン政府は町からホームレスを追放し、町の治安と清潔さを取り戻す狙いがあるのだろう。しかし、予想されたことだが、人権グループや法律家、弁護士たちは「人権擁護を明記したハンガリーの憲法に反する」として「ホームレス規制法」の撤回の署名運動を開始した。ホームレスを切って捨てる人がいる一方、それを救う人も出てくるわけだ。

 外電によると、ハンガリーに約2万人のホームレスが存在し、そのうち公共の緊急収容施設に厄介になれるホームレスの数は約1万1000人。残りは外で眠らざるを得ない計算になる。

 パリの政治家たちがセーヌ河沿いに住む宿無しや難民を追放するために強制移動させたことがあった。東京で夏季五輪大会が開催されるから、東京の駅周辺のホームレスを追放しようという政治家の話も聞く。

 政治家とホームレスの関係はどの国でも余り相性がよくない。ハンガリーだけではない。定住していないから、ホームレスにはどこからも選挙カードが届かないケースが多い。一方、そんな浮動票を当てにはできないから、政治家はホームレスには関心がいかなくなる、といった悪循環だ。

 長く路上生活を続けてきたホームレスは政治の刷新や改革といった問題に関心がなくなる。「政治が悪いから俺はホームレスとなった」と政府に不満をぶっつけるのはホームレスになったばかりの新米が多い。 ホームレス生活が長くなると、叫んだとしても状況が改善されることがないばかりか、ひょっとしたら、お世話になっている公共場所から追放されるかもしれない。ジーッと我慢するのが一番、という判断に落ち着く。ホームレスから革命や反政府運動は生まれてこないから、公安関係者はついつい気が緩み、監視も疎かになる、というわけだ。

 ホームレスを大きく分けると、4つに分類できる。(源通り、寝泊まりできるホームがない人、▲曄璽爐ら何らかの理由で追放されたか、自ら出ていった人、生来、放浪の人、世の中の人に関与され、監視されることを嫌う人、い聾醜餡箸鯣歡蠅掘特定のファンタジー帝国(無国籍)に住む人々だ。

 政府が関与するホームレスは,世蹐Α政府に財政的余力があれば、△両豺腓皀ウンセリングといったメンタル療法を提供できる。残念ながら政府は関与できない。し抻ヾ愀玄圓唯一監視しなければならないホームレス(この場合、無国籍)だ。数は少ないが危険なこともある。

 興味深い点は、いドイツで増えてきていることだ。ドイツといえば、欧州の経済大国であり、国民の生活水準も高い。国民は年2回、数週間の長期休暇を取って、世界を旅行する国民だ。ドイツに移住したくて中東や北アフリカから多数の難民・移民が殺到する時だ。そんなドイツの国籍を嫌い、「昔は良かった」として無国籍を選ぶ人々が年々増えているというのだ。「旧ドイツ帝国公民」運動( Reichsburgerbewegung)と呼ばれる人々だ。「旧ドイツ帝国公民」は、ドイツ連邦共和国や現行の「基本法」(「憲法」に相当)を認めない。政治家や国家公務員の権限を認知しない。彼らにとってドイツは過去にしか存在しない(「『ファンタシー帝国』に住む人々」2018年1月31日参考)。

 ところで、シリアで3年半余り拘束されていた日本人ジャーナリスト、安田純平さんがこの度無事解放されたというニュースが流れてきた。解放されたジャーナリストに対し、「自己責任」を追及する声と国の国民保護義務を強調する声が聞かれる。「ホームレス」と「国家」の関係に案外似ている。

 ホームレスとなったのは基本的には「自己責任」だが、だからといってホームレスを放置できないから、国は何らかの収容場所を準備せざる得ない。国が行くなといった危険地を訪問したジャーナリストは当然、一定の覚悟(自己責任)が必要だが、それでもいざとなれば「助けてください」と叫ばざるを得ない。主張と生き方に首尾一貫性がないジャーナリストとしても、国民となれば、国は助けに乗り出さざるを得なくなる。割が悪い立場だ。

 ホームレス(この場合)もジャーナリストも常にその主張と合致した生き方をしているわけではない。彼らに必要なことは、助けてもらった場合、「ありがとうございました」と感謝の言葉を発することだろう。

ワッハーブ派と「ムスリム同胞団」

 サウジアラビアの反体制派ジャーナリストのジャマル・カショギ氏殺人事件はサウジ側の計画的な犯罪が濃厚となってきたが、それに呼応してサウジへの制裁論が活発化してきた。

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▲ホーフブルク宮殿で開催されたKAICIID創設祝賀会(2012年11月26日、撮影)

 英国は事件に関係した容疑者に対し入国禁止。フランスのマクロン大統領はサウジ国王と電話会談で制裁の実施の意向を表明し、対サウジ軍需品輸出を停止することを示唆したという。昨年、サウジと総額13億8000万ユーロの軍需品輸出を締結しているフランス側にとっても大きな経済的痛手だろう。ドイツのメルケル首相も、「サウジとのさらなる軍需品輸出交渉は停止する」と述べている、といった具合だ。

 サウジと巨額の軍需関連物資輸出契約を締結したトランプ米政権はカショギ氏殺人に関係した21人のサウジ関係者の米国入国禁止などを決めたが、軍需輸出停止はまだ検討中という。ポンぺオ国務長官は、「捜査結果次第でさらなる制裁が実施されるだろう」と述べるに留めている。

 米紙ワシントン・ポストによると、米中央情報局(CIA)のジーナ・ハスペル長官が23日、トルコを訪問し、イスタンブールのサウジ総領事部内でのカショギ氏殺害状況を録音した音声記録を聞いたという。トルコ側はメディアにリークするだけで、音声記録をこれまで誰にも聞かせてこなかった。米CIA長官がそれを聞いたとすれば、米国はサウジ指導部が事件に直接関与したことをこれ以上曖昧にできなくなるだろう。


 欧州議会は24日、ストラスブールでサウジにカショギ氏殺人事件の全容解明を要求する決議案を採択し、報道の自由とジャーナリストの権利擁護などを求めた。欧州議員の中からはサウジへの軍事輸出を全面停止を求める声も出た。

 オーストリアのクナイスル外相は、「EU(欧州連合)レベルで対サウジ武器輸出全面禁止を決めるべきだ。イエメン戦争やカタールの危機を解決するためにもEUは共同制裁が重要だ」と述べている。

 ところで、EUの下半期議長国オーストリアでは目下、サウジ主導の宗派間の対話フォールム「宗教・文化対話促進の国際センター」(KAICIID)の閉鎖要求が出ている。オーストリアの野党「リスト・ピルツ」は24日、KAICIIDの閉鎖を要求する動議を議会に提出したばかりだ。

 ウィーンに事務局を置くKAICIIDは2012年11月26日、サウジのアブドラ国王の提唱に基づき設立された機関で、キリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、ヒンズー教の世界5大宗教の代表を中心に、他の宗教、非政府機関代表たちが集まり、相互の理解促進や紛争解決のために話し合う世界的なフォーラムだ。設立祝賀会には日本から立正佼成会の庭野光帖次代会長が出席した(「サウジ主導の宗派間対話は本物か」2014年10月21日参考)。

 サウジ主導の同機関に対しては、設立当初から批判の声はあった。サウジのイスラム教は戒律の厳しいワッハーブ派だ。実際、米国内多発テロ事件の19人のイスラム過激派テロリストのうち15人がサウジ出身者だった。同国ではまた、少数宗派の権利、女性の人権が蹂躙されていることもあって、人権団体やリベラルなイスラム派グループから「国際センターの創設はサウジのプロパガンダに過ぎない」といった声が絶えなかった。

 ちなみに、サウジはイスラム教スンニ派過激テロ組織「イスラム国」(IS)に対して批判してきたが、シリア内戦では反アサド政権グループで戦っていたISを支援していたことは周知の事実だ。

サウジはイスラム教のスンニ派の盟主だが、ワッハーブ派に属し、厳格な原始的イスラム教回帰を目指す根本主義的傾向が強い。一方、カショギ氏殺人事件で窮地に立つサウジを追求するトルコのエルドアン大統領はイスラム根本主義組織「ムスリム同胞団」を支持し、イスラム法を国是とした国家を目指している。

 すなわち、カショギ氏殺人事件は時間の経過と共に、ワッハーブ派と「ムスリム同胞団」の2つにイスラム教内の根本主義を標榜するイスラム教国間の覇権争いの様相が深まってきたわけだ。具体的には、ムハンマド皇太子とエルドアン大統領との争いだ。サイコロは既に振られた。カショギ氏殺人事件前にはもはや戻れない。

サウジが直面する“第2の国難”

 アラブの盟主でイスラム教シーア派の大国サウジアラビアはトルコのイスタンブールのサウジ総領事部内で起きた反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(59)の殺人事件で国際社会から厳しい批判にさらされている。

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▲カショギ氏殺人事件で批判にさらされるムハンマド皇太子(ウィキぺディアから)

 サウジ検察当局は20日、カショギ氏はイスタンブールのサウジ総領事部内で死亡したことを初めて公式に認めた。サウジ側の説明によると、事件は計画的なものではないこと、関与が疑われる容疑者18人は拘束され、情報機関高官ら政府の責任も認めたという。

 一方、トルコのエルドアン大統領は23日、アンカラで与党「公正発展党」(AKP)議員団の前でカショギ氏殺人事件について沈黙を破り、サウジ側の説明を否定し、「計画的に実行された野蛮な殺人事件」と指摘し、サウジ指導部の関与を示唆し、事件の全容解明を要求した。ちなみに、同大統領は自身の演説をわざわざアラブ語と英語で通訳させている。サウジの蛮行を世界にアピールする狙いがあるからだ。

 トルコでクーデター未遂事件(2016年7月15日)の勃発後、エルドアン大統領は反体制派を強権で次々と弾圧し、数多くの反体制派ジャーナリストを拘束してきた。その大統領がいま、サウジの反体制派ジャーナリスト殺人事件を批判し、国際社会に向かってサウジ指導部のジャーナリスト殺人事件を糾弾しているわけだ。

 カショギ氏殺人事件はサウジの国際的評価を落とすだけではなく、サルマン国王の王朝体制を震撼させている。特に、33歳のムハンマド皇太子が推進してきた体制刷新、近代化路線にも暗雲が漂ってきたと受け取られている。一方、アラブとイスラム教の覇権を密かに目論むエルドアン大統領にとって、カショギ氏殺人事件はアラブの盟主サウジを叩く絶好のチャンスを提供しているわけだ。

 そのエルドアン大統領はカショギ氏殺人事件でサウジ指導部の責任を追及しても、サルマン国王への批判は意図的に抑えている。一方、名指しこそ避けたがムハンマド皇太子の事件への関与を示唆している。すなわち、攻撃のターゲットを高齢で病弱のサルマン国王ではなく、ムハンマド皇太子に絞っているわけだ。

 ムハンマド皇太子は24日、首都リヤドで開かれている国際経済フォーラム「未来投資イニシアチブ」で、カショギ氏殺人疑惑について「不快な事件だ。正当化されない」と語り、事件に関わった容疑者全員を罰する意向を改めて強調したが、自身の関与への批判などには全く言及しなかった。

 ところで、ムハンマド皇太子がカショギ氏殺人事件で政権へのダメージを最低限度に抑え、この危機を乗り越えることができれば、エルドアン大統領にとって状況は逆に厳しくなることが予想される。

 オーストリア代表紙プレッセ24日付はアンカラ発で「エルドアン大統領はムハンマド皇太子を攻撃している。その皇太子が今回の危機を乗り越えることができれば、エルドアン大統領へ逆襲するだろう。皇太子は若いだけに、トルコ側は長期間、サウジから執拗な攻撃にさらされることになる」と解説している。換言すれば、エルドアン大統領がムハンマド皇太子を失権させない限り、次は自身がアラブの大国サウジの攻撃対象となるというわけだ。

 サウジにとってカショギ氏殺人事件は2001年9月11日の米同時多発テロ事件に次ぐ、“第2の国難”だという声を聞く。9・11事件ではニューヨークの世界貿易センタービル(WTC)に向かって自爆したパイロットらイスラム過激派テロリスト19人の実行犯のうち、15人がサウジ出身者だったこと、事件はサウジ出身のオサマ・ビンラディンが主導する国際テロ組織「アルカイーダ」の仕業だったことなどから、イスラム過激テロとサウジの密接な関係が指摘され、サウジ側もイスラム過激主義との一線を引くのに腐心した。

 カショギ氏殺人事件はトルコ側のリークによって事件が計画的に実施され、野蛮暗殺人事件だったことが次第に明確になり、サウジへの国際的批判が再び高まってきた。規模と状況には違いがあるが、「9・11テロ事件」と「カショギ氏殺人事件」はサウジの国際的評価を大きく傷つけたという点で似ていいる。

 カショギ殺人事件はサウジ側が撒いた種で自業自得の可能性が高い。ムハンマド皇太子は事件が暴露され、国際社会から追及される事態になるとは予想していなかったはずだ。皇太子就任後、実権を掌握してきたムハンマド皇太子は強権政治で政敵を粛正し、改革を推進してきたが、反体制派ジャーナリストの殺人事件で躓いてしまったわけだ。ムハンマド皇太子が今回の危機で実権を失うようなことがあれば、皇太子の強権政治を密かに批判してきたサウジ王朝内の反対勢力が台頭してくることが十分予想される。

 トランプ大統領時代に入り、巨額の軍需品を米国から調達することを通じ、サウジ・米国との関係は回復し、サウジとイスラエルとの関係も次第に正常化に向かってきた直後だ。トランプ米政権が考えてきたサウジ、エジプト、イスラエルを中心としたイラン包囲網構築にも支障がでてくるかもしれない。同時に、世界最大の原油輸出国の一つ、サウジの不祥事は世界の原油価格に影響を与えることは避けられないだろう。いずれにしても、カショギ氏殺人事件でサウジは高い代価を払わなければならなくなったことは間違いない。

 エルドアン大統領はムハンマド皇太子の打倒をターゲットに絞ってきた。「ムスリム同胞団」を支持するエルドアン大統領とムハンマド皇太子との間でアラブの盟主を賭けた覇権争いがいよいよ本格的に始まるかもしれない。

中国との付き合い方に悩むスイス

 アルプスの小国スイスも中国の外交干渉や企業買収に恐れを感じ出している。スイス・インフォから配信された「外交干渉、相次ぐ買収、中国との付き合い方を模索するスイス」という見出しがついたカトリン・アマン記者(Kathrin Ammann)の記事(10月5日)を読んで、驚いた。「スイスよ、お前も中国に悩まされているのか!」といった印象を受ける。少し紹介が遅れたが、記事の概要を報告する。

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▲中国観光客が殺到するスイスの観光地ルツェルン(スイス・インフォから)

 スイスと中国は1991年以降、人権問題に関する会合を開いているが、その内容が公表されたことがない。連邦外務省のプレスリリーフによれば、「国内外の人権問題についてオープンかつ互いに批判的な議論が行われた」と記載されているだけで、具体的な問題には言及されていない。

 スイスと中国が2013年に締結した自由貿易協定では「人権に関する規定」が盛り込まれていないため、非政府機関(NGO)から批判が上がって久しい。例えば、強制労働の下で製造された商品が、特恵関税措置の適用を受けてスイスの市場に出回る可能性は拭い切れないからだ。

 特にチベット問題はタブーだ。同問題にスイス政府や議員が言及すれば、中国側から激しい抗議が出てくることをスイス側は何度も経験している。中国はダライ・ラマ14世の公式歓迎を容認しておらず、公式歓迎が行われる場合には「遡及的に様々な措置を講ずる」と警告している。そのやり方はやくざの脅迫と同じだ。

 スイス連邦政府は2005年以降、ダライ・ラマ14世を公式歓迎しておらず、チベット人コミュニティーがこの点を繰り返し批判している。連邦政府は中国と対立したくないという思いが強い点と、ダライ・ラマ14世の頻繁な訪問を不必要に政治問題化したくないからといわれる。問題は、スイス政府が基本政策を中国共産党政権に対して一歩でも譲ればもはや取り返しがつかなくなる典型的な例だろう。

 スイス被抑圧民族協会と複数のチベット人団体は最近、スイス連邦政府と連邦議会に対し、スイス在住チベット人の権利保護を強化するよう請願書を提出したという。スイスに住む亡命チベットの人権保護が問題となってきているのだ。

 経済分野でも中国の影響はますます大きくなっている。80社以上のスイス企業が既に中国に買収され、買収費用に460億フラン(約5兆1900億円)が費やされた。バーゼルの農薬・種子大手シンジェンタが16年、中国国有化学大手の中国化工集団(ケムチャイナ)に約440憶フランで買収された時はメディアでも注目された。

 連邦情報機関は2016年版現状報告書で「中国はスイス企業を買収し、企業が持つノウハウを吸収し、スイスのブランドをその名声と共に獲得しようとしている」と指摘している。中国は自国の銀行の活動拠点として中立国のスイスを利用している。
(以上、スイス・インフォの記事の概要)

 スイス中央部の観光地ルツェルンの白鳥広場は毎日、観光客でにぎわう。人口8万1000人の都市に年間約940万人の旅行者が来るが、中国人旅行者が圧倒的に多い。中国人旅行者の殺到に現地住民はただ困惑するだけだが、中国政府、企業の攻勢はスイスの国益、外交に取り返しのつかない影響を与えかねない。大国・中国は小国スイスに、人、企業、大量の物資を送る。それを小国スイスは必死に受け入れ、咀嚼しようと腐心している。このアンバランスの攻防戦の勝利者がどちらに落ち着くかは一目瞭然だろう。

 朝鮮戦争(1950〜53年)で米軍を中心とした国連軍が北朝鮮軍を追い詰めた時、中国の人民軍が参戦。国連軍が激しく砲撃しても中国人民軍からは次から次へと兵士が前に進んでくる。人民軍の人海戦術を目撃した国連軍は恐ろしくなった、というのをどこかで読んだことがある。同じように、スイス国民は、余りにも多い中国旅行者の数に恐れすら覚えているのではないか。

 ジグマール・ガブリエル独外相は2月17日、独南部バイエルン州のミュンヘンで開催された安全保障会議(MSC)で中国の習近平国家主席が推進する「一帯一路」(One Belt, One Road)構想に言及し、「新シルクロードはマルコポーロの感傷的な思いではなく、中国の国益に奉仕する包括的なシステム開発に寄与するものだ。もはや、単なる経済的エリアの問題ではない。欧米の価値体系、社会モデルと対抗する包括的システムを構築してきている。そのシステムは自由、民主主義、人権を土台とはしていない」と断言している。 

 中国共産党政権と直接民主制のスイスでは国体が明らかに違う。同じように、人口850万人に過ぎないアルプスの小国スイスと約14億人の人口を有する大国・中国とでは全ての面で違いが大き過ぎる。スイス国民が中国との付き合い方に悩むのはある意味で不可避なことと言わざるを得ない。

ホーキング博士の“神探しの道”は続く

 英国の著名な理論物理学者スティーヴン・ホーキング博士の遺作「大いなる問への簡潔な答え」((Brief Answers to the Big Questions)が出版直後、独週刊誌シュピーゲルの新著ベストセラーリストに入っていた。「大いなる問い」に関する博士の生前の答え、発言をまとめたものだ。ここでいう「ビック・クエッション」は主に「神は存在するか」、「死後の世界は」といった哲学的なテーマや、宇宙とは、ブラックホールとは何か、といった純粋な物理学的な問いかけだ。 

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▲今年3月14日、76歳で死去したホーキング博士(NASA撮影)

 ホーキング博士は生前から神の存在については否定的だと聞いていたが、「人間は死ねばゴミになる」と考えているホーキング博士の徹底した無神論にはやはり驚かされる。若い時は無神論でも年を経た後、宗教の門を叩く政治家、知識人は少なくないが、博士は生涯、神の存在を信じていなかったのだろうか。

 博士は学生の頃に筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症し、車椅子に乗ってコンピューターの合成音声で話しながら、研究や講演を続けた。博士の生涯を描いた映画(The Theory of Everything)が2014年、英国で制作され、博士役を演じた俳優エディ・レッドメインが第87回アカデミー主演男優賞を受賞した。当方もDVDで観た。

 「科学」と「宗教」を対立的な概念と考えれば、ホーキング博士は科学者として宗教の世界を完全に否定していたといわれているが、一流科学者の中には神を信じている人が多いのも事実だ。

 国連は過去と現在から300人の科学者を選び、神を信じているか否かを調査したことがある。300人中、神を信じない科学者は20人に過ぎなかった。一方、神を信じると明確に示した人は242人で、世界的に著名なニュートン、エジソン、X線を発見したヴィルヘルム・レントゲン、電池を発明したアレッサンドロ・ボルタ、アンドレ・マリ・アンペール、ゲオルク・オーム、キュリー夫人、アインシュタイン等々がその中に名を連ねていた(「大多数の科学者は『神』を信じている」2017年4月7日参考)。

 ホーキング博士は神を信じる大多数の科学者の中には入っていない。神の存在を否定し、天国も地獄も信じない博士はある意味で気持ちがいいほど無神論者だ。不可知論者のような中途半端な世界観ではない。それだけに、どうして博士は神の存在をそんなに確信をもって否定できるのかと強い好奇心が沸いてきた。

 多くの科学者は科学の道を追求しながら、物質世界、現象世界の背後に人間の知性をはるかに超えた神の存在に出会い、感動する。理論物理学を学んだホーキング博士は同じ宇宙を眺めながら、「神は存在しない」という確信を得たわけだ。前者の科学者と博士は神の存在においては、まったく180度異なる答えを得ている。その違いはどこから生じたのだろうか。何が決定的な違いをもたらしたのかを考えざるを得なかった。

 博士は学生時代にALSにかかり、その後、生涯車いすの生活を送った。若きホーキング博士にとって、突然の不治の病は自身の人生計画、世界観を根底から変えてしまっただろうと想像する。生まれた時から障害を抱えていた人と青年時代に病に襲われた人との間にはやはりその後の生き方や考え方に違いが出てくるのは当然かもしれない。

 博士は「必然」を拒否し、全ては「偶然」と考えていたという。博士にとって自身の病を「必然的結果」と受け入れることは絶対に出来なかったのだろう。ギャンブルでサイコロを振るように、突然自分にその病気が振りかかったと考えて生きていく以外に他の選択肢がなかったのではないか。

 当方はこのコラム欄で「量子物理学者と『神』の存在について」(2016年8月22日参考)というタイトルをコラムで書いた。 量子テレポーテーションの実現で世界的に著名なウィーン大学の量子物理学教授、アントン・ツァイリンガー氏は、「量子物理学が神と直面する時点に到着することはあり得ない。神は実証するという意味で自然科学的に発見されることはない。もし自然科学的な方法で神が発見されたとすれば、宗教と信仰の終わりを意味する」という。

 最近ではインテリジェント・デザイン論(ID理論)に共感する科学者が増えてきた(「学校で進化論と創造論を並列に」2007年9月7日参考)。最近売り出し中のカナダのトロント大学心理学者J・ペーターソン氏も神の存在を信じている。彼らはホーキング博士のように理論物理学者ではないが、その分野ではトップ級の知識人だ。

 一方、ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサは親族宛ての書簡の中で神やイエスの不在感に悩まされている(「マザー・テレサの苦悩」2007年8月28日参考)。「大いなる問い」の代表、神の存在の有無は各自が生涯問いかけていくテーマではないか。信じている人も人生の途上、神への疑いが出てくるケースはマザーテレサだけではない。
http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/50749132.html
 イエス・キリストを迫害してきたサウロがダマスコ近くで“復活したイエス”に出会い回心する通称“サウロの回心”(使途行伝9章1節から8節)は聖書の中でもよく知られた話だ。サウロがパウロに回心したような出会いをする人もいるはずだ。

 ホーキング博士によれば、宇宙は科学法則にしたがって無から生じ、無であり続けている。博士には、天国も死後の世界も存在しない。そして宇宙には意味はなく、偶然が支配しているというわけだ。だから、「宇宙は偶然だけが支配しているカジノ」という表現も飛び出してくるわけだ。そのレトリックの凄さに驚くが、同時に寂しさも感じる。「宇宙」に意味はなく、目的もないと信じられる博士の強靭な神経に驚きさえ感じる。

 宇宙すべては偶然に誕生したものだろうか。先のツァイリンガー教授はオーストリア週刊誌「プロフィール」とのインタビューの中で、「偶然でこのような宇宙が生まれるだろうかと問わざるを得ない。物理定数のプランク定数がより小さかったり、より大きかったならば、原子は存在しない。その結果、人間も存在しないことになる」と指摘している。宇宙全てが精密なバランスの上で存在しているというのだ。

 ホーキンズ博士は病と闘いながら、「神の存在」、「死後の世界」など「大いなる問い」について真剣に考え抜いた。博士は神の存在を否定したが、博士の“神探し”の道はまだ終わっていない、と信じたい。

「人体標本展」の遺体のDNA鑑定を

 スイスのローザンヌのコンベンションセンターで今月19日から21日まで開かれる予定だった人体標本展「リアル・ヒューマン・ボディーズ」について、「展示されている遺体が法輪功学習者を含む中国の囚人である可能性が高い」という情報を受け、州裁判所が急きょ開催の中止を決めた。展示される人体標本は生物を半永久保存できる技術(プラスティネーション)で加工された、実際の人体が使用されている。

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▲法輪功メンバーのデモ行進(2015年9月19日、ウィーン市内で撮影)

 スイス・インフォによると、展示会の中止を要求したのはキリスト教団体「拷問と死刑廃止のためのキリスト教徒行動(ACAT)。それによると「展覧会で使用された遺体は拷問で死亡した、あるいは死刑執行された中国の囚人や、中国共産党政府が非合法化し、拷問を伴う弾圧を受けている法輪功のメンバーである可能性が高い」というのだ。

 ACATの抗議を深刻に受け取ったベルン市およびローザンヌ市当局は展覧会主催者側に、展示遺体の出所証明書と、標本となった人物本人あるいは家族からの展示同意書を提出するよう求めたが、主催者側は提出しなかった。そのため、ローザンヌ市は中止を決めたというわけだ。

 スイスではジュネーブでも昨年、世界巡回人体展「ボデイ・ワールド」が開催されたが、その時も同様の問題が生じている。この種の展示会はオランダ、ベルギー、スイス、英国などで開催されてきた。

 オーストラリアのシドニーで4月から10月まで開催された「人体展」の主催者側は「人体が中国からのもの」と述べたという。海外中国メディア「大紀元」(10月18日)によると、豪州ウェスタン・シドニー大学医学部教授ボーガン・マスフィールド氏は「医科大学の所有する献体は高齢者だが、展示会の人体標本は若い男性が多い」と指摘したという。

 2006年、国際人権協会(IGFM)の主催で中国の不法臓器摘出の実態についてウィーンで記者会見が開催されたことがある。同会見にはカナダ元国会議員のディビッド・キルガー氏と弁護士ディビッド・マタス氏の両氏がまとめた中国の「不法臓器摘出疑惑調査報告書」が紹介された。両氏は「中国は国際社会の強い批判を受けたにもかかわらず、反政府グループの法輪功信者たちから生きたまま臓器を摘出し、その売買に関与している」と報告している。

 中国当局によれば、同国では2005年までに通算約9万件の臓器移植が行われた。1999年前までは約3万件だったというから、1999年から2005年まで過去6年間で約6万件の臓器移植が実施されたことになる。興味をひく点は、臓器移植件数が急増した1999年以降は法輪功が非合法化され、メンバーへの弾圧が始まった時期と合致することだ(「法輪功メンバーから臓器摘出」2006年11月23日参考)。

 米国居住の中国人がオーストラリアで開催された人体展には弟の遺体が展示されている可能性があるとして、標本のDNA鑑定を要求したというニュースが流れた。行方不明となった法輪功メンバーが殺害され、その遺体が人体標本となっている疑いがあるわけだ。

 「大紀元」によると、英国議会で今月16日、中国臓器移植問題に関するラウンドテーブルが開かれた。そこに出席した「ブリストル臓器強制摘出に反対する会」(BAFOH)共同代表ベッキー・ジェイムス氏は、「姉妹都市である広州には大規模な強制臓器摘出が行われている。広州には世界最大の移植病院がある」と述べている。

 世界保健機構(WHO)は2010年、臓器移植にかかる国際基準の指針を発表した。それによると、^椰臓器は臓器提供者(ドナー)からの同意が明示されること、▲疋福疾度には透明性があり、社会的に公開されたシステムであること、K椰佑瞭碓佞里覆ぢヾ錣鯏出することは違法、等などが明記されている。

 国際社会からの批判にもかかわらず、中国では不法臓器摘出は今なお行われ、法輪功メンバーが生きたまま臓器を摘出されているという情報や噂は後を絶たない。臓器移植が大きなビジネスだからだ。特に、健康体の遺体から摘出した臓器を高額の値段で売るビジネスだ。カナダの弁護士マタス氏によると、「中国人の死体のほとんどは公安や警察当局から供給されている」という。

 以下、データは古いが、「中国国際移植ネットワーク・アシスタンス・センター」(瀋陽市)が2006年のサイトに掲載していた臓器移植の値段リストだ。同サイトはその直後、中国当局によって閉鎖された。同リストは臓器売買が大きなビジネスであることを証明している。(単位USドル)

 腎臓         62,000
 肝臓         98,000〜130,000
 肝臓・腎臓     160,000〜180,000
 腎臓・すい臓    150,000
 肺          150,000〜170,000
 心臓         130,000〜160,000
 眼球角膜       30,000

世論調査が示すドイツ政界の「変動」

 独公営放送ARDが10月16、17日の両日、1040人の有権者を対象に実施した「政党支持トレンド」調査結果を先ず紹介する。

  屮リスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)・・25%
 ◆崙洩腺坑亜仁个療沺廖ΑΓ隠后
 「ドイツのための選択肢」(AfD)・・16%
 ぜ匆駝閏臈沺複咤丕帖法ΑΓ隠粥
 ゼ由民主党(FDP)・・11%

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▲バイエルン州議会選で第2党に大飛躍したバイエルン州「同盟90/緑の党」代表(「同盟90/緑の党」公式サイトから)

 世論調査だから誤差もあるが、ドイツ世論の潮流を理解するうえで助けとはなるだろう。それでは上記の世論調査結果から何が見えてくるだろうか。

 ‖4次メルケル大連立政権の支持率が50%どころか、ついに40%台を割ってしまった。
 ¬酖沺崙洩腺坑亜仁个療沺廚躍進してきた。
 6鳳政党AfDが着実に支持率を伸ばしドイツ政界で定着してきた。
 ぃ咤丕弔猟稾揃晃はもはや止まらない

 順序に従って少し考えていく。

 ‖茖桓.瓮襯吋誅⇔政権が発足してまだ半年しか経過していないが、CDU/CSUとSPDの大連立政権の支持率は39%に過ぎない。有権者の61%は他の政党を支持している。政治の恩師コール氏の16年間という長期政権記録を目指すメルケル首相は今年で政権13年目に入っているが、ここにきて息切れ状況が目立ちだした。メディアでは久しくポスト・メルケルが大きなテーマだ。“ドイツ国民の母”とまで呼ばれてきたメルケル首相にはもはや政治的勢いがない。

 先のバイエルン州議会選挙でもCDUの友党、CSUは支持率を大きく失った。CSUはAfDを意識し、選挙戦では難民・移民政策の厳格な監視を主張してきたが、得票率は40%を割った。

 今月28日に実施されるヘッセン州議会選の結果次第では、メルケル首相(CDU党首)の辞任要求が高まることは必至。なお、CDUは12月初めにハンブルクで党大会を開催予定だ(「メルケル首相は指導力回復できるか」2018年10月4日参考)。

 ◆崙洩腺坑亜仁个療沺廚量進は大連立政権の低迷に大きく恩恵を受けている。難民・移民政策ではメルケル首相の歓迎政策の陰に隠れてその存在感を失ってきたが、ここにきて有権者の生活に密着する家賃の高騰防止、教育の充実などをテーマに国民に訴えた。CDUとSPDが失った中道右派と左派の支持層を吸収することに成功したわけだ。メディアの一部では「緑の党のCDU化」と分析する論評も聞かれる。

 2013年に結成した極右政党AfDはバイエルン州議会選でも2桁の得票率を獲得。今月28日のヘッセン州議会選で議席を獲得すれば、ドイツ16州の全州で議席を有する政党となる。AfDは2015年の難民・移民の殺到に対し、反難民・外国人排斥で有権者の支持を獲得してきた。ドイツ・ファーストは欧州の極右傾向の流れに乗って勢いをつけてきたわけだ。ドイツ連邦議会選では92議席を獲得し、自由民主党、左翼党、「同盟90/緑の党」を抜いて野党第1党に大躍進したばかりだ。難民・移民のドイツ流入はストップされ、ドイツ国民も一安心したところだが、AfDの躍進は続いている。AfDはドイツ政界の単なる台風の目としての存在だけではなく、政権奪回を目指す政党となってきた。

 ぃ咤丕弔慮従はもはや目を覆うばかりだ。連邦選挙を含む選挙と呼ばれる選挙の度に得票率を落としてきた。欧州議会議長を5年務めてきた希望の星、シュルツ氏が党首に選出されたが、SPDの低迷傾向にストップをかけるどころか更に悪化させて1年余りで党首ポストをナーレス現党首に譲ってしまった。SPD初の女性党首に就任したが、ナーレス党首は党の低迷を止めることはできない状況だ。SPDは今月14日のバイエル州議会選では第5党となり、AfDの後塵を拝したばかりだ。連邦議会選後、SPDは野党に下野する予定だったが、結局、メルケル首相の誘いに乗って第4次メルケル政権のジュニア政党の地位に甘んじることになった。

 参考までに、SPDの姉妹政党、隣国オーストリアの社会民主党(SPO)にも同じ傾向が見られる。ファイマン首相(当時)が2016年5月辞任し、実業家のケルン氏が新党首、首相に就任したが、翌年10月の総選挙で現クルツ首相が率いる国民党に敗北し、政権を失った。野党に下野したケルン党首は今年9月、突然、政界から引退を宣言し、レンディワーグナー女史(前政権で保健相歴任)が女性初のSPD党首に選出された。SPDとSPOは国こそ違うが、同じプロセスを歩んでいるわけだ。

 100万人を超える難民・移民が殺到した2015年以降、CDU・CSUとSPDの2大政党はその指導力を失ってきた。マーセン長官の人事処遇問題でのドタバタ劇は、今年3月14日に発足したばかりの第4次メルケル大連立政権が既にレームダック状況に陥ってきたことを端的に示した(「メルケル大連立政権の“ドタバタ劇”」2018年9月23日参考)。

 AfDのガウラント党首は14日、独公営放送ARDとのインタビューの中で、「CDU/CSUとSPDの現メルケル大連立政権は国民の過半数の支持すら得ていない。迅速に解散し、国民にその真意を問うべきだ」と述べ、早期解散、総選挙の実施を要求したばかりだ。それに対し、CDU/CSUとSPDは議会解散、早期総選挙に打って出る考えはない。当然だろう。先の世論調査の結果を見ても分かるように、いま選挙をすれば現連立政党は得票率を更に失う可能性が濃厚だからだ。世論の流れに改善がみられ、支持の回復を感じるまでメルケル現大連立政権はメディアから批判を受けながらもジーッと我慢して現政権を維持し、春の訪れを待つ以外に他の選択肢がないのだ。

殺人現場の「音声記録」は何を語るか

 サウジアラビア検察当局は20日、トルコのイスタンブールにあるサウジ総領事館で今月2日に行方不明になった反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏は死亡したと初めて公式に認めた。

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▲殺害されたことが明らかになったサウジのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(ウィキぺディアから)

 サウジ国営メディアの報道によると、「総領事館を訪れたカショギ氏は館内にいた人物と口論になり、殴り合いに発展して死亡、その事実が隠蔽されようとした」という。関与が疑われる容疑者18人は拘束され、情報機関高官ら政府の責任も認めたという。

 サウジ側はこれでカショギ殺人事件の幕を閉じたいところだが、事件はやはり完全には解明されていない。最大の疑問はトルコ当局が保有しているといわれる殺人現場の音声記録だ。殺人現場で録音をしたのは誰か、そこには何が録音されていたか、といった事件の核心を解くことができる音声記録の内容だ。

 サウジ側は今回、自国の総領事部内でカショギ氏を口論の末、死亡させたと認めたが、なぜ間接的ながら犯行を自白したのだろうか。サウジ総領事部内の不祥事は本来、サウジ関係者しか知らない。治外法権内の総領事部での殺人をトルコ側に通達せずに処置できるはずだ。事件を闇の中に葬ることも十分可能だったはずだ。

 その答えは、トルコ当局が事件直後、総領事部内でカショギ氏が拷問され、殺害された現場の音声記録を所持していると主張し、その内容をメディアにリークしたからだ。

 サウジ側がカショギ氏を殺害していなかったならば、トルコ側の主張を「フェイク情報」と一蹴できたが、殺害していたので否定できない。トルコ側が所有しているという音声録音が公表されたならば、大変だ。そこでトルコ側が要請した総領事部内の捜査を受け入れ、妥協の道を探したわけだ。

 興味深い点は、スンニ派の盟主サウジ王国に対し、「ムスリム同胞団」を支持し、中東の覇権を模索するトルコのエルドアン大統領がサウジを叩く最高のチャンスを得たが、その後の言動にいつもの勢いが見られないことだ。

 考えられる理由は、音声記録を公表すれば、トルコ当局は外国大使館や公館をスパイしていたことを認めることになる。国際社会から批判され、外交問題が生じるかもしれない。サウジを叩くためにそこまで代価を払う必要があるかをトルコ当局は慎重に考えざるを得なくなるわけだ。トルコ側はサウジを叩ける殺人現場の音声記録を保有しながら、その入手先や方法については安易に公表できない理由だ。

 一部のメディアによると、ポンペオ米国務長官はトルコ当局から入手して音声記録を聴いたといわれているが、同長官はその直後、否定している。実際、トルコのチャブシオール外相は音声証拠を誰とも共有していないと発言している。

 それでは公表できない音声記録をなぜサウジは恐れるのか。「フェイクニュースで音声記録など存在しない」と言い切れば、トルコ側も考えざるを得なくなるはずだ。

 すなわち、サウジもトルコも弱みを持っているわけだ。それではどちらの弱みが大きいかだ。もちろん、反体制派ジャーナリストを殺害したサウジ側だが、トルコ側もサウジの犯行を証明する音声記録を公表すれば、トルコ情報機関のネットワークを公表することになり、これまでの全ての情報活動の見直しを避けられなくなる。スパイ活動は一度暴露されると、これまでの全てのネットワークを抹殺せざるを得なくなるからだ。

 そこでサウジとトルコ側は妥協し、サウジは犯行を認める一方、トルコ側は犯行現場の音声記録を公表しないという解決策を模索することになる。サウジは国際社会の評判を落とすが、サウジ王朝関係者に犯行の責任が及ばない限り、致し方がない。一方、トルコ側はサウジを叩くという願いは果たせるし、音声記録を公表しないことで外国公館をスパイしていたという批判を受けることは避けられる。ウインウインとまではいえないが、妥協が成立できる余地はあるわけだ。

 それでは、犯行現場の音声記録を誰が、どのように録音したかだ。ハイテクが進んでいる今日、スパイ関連機材は考えられないほど進んでいる。アップル・ウォッチだけではない。スパイにはハード面だけではなく、ソフト面もあるからだ。トルコ情報員がサウジ総領事館にいないと誰が断言できるだろうか。

 サウジが総領事部内の殺人を認めた最大の理由は音声記録の中にサルマン国王、ムハンマド皇太子の名前が飛び出していたからだろう。音声記録にはカショギ氏の遺体処理のためにサウジから駆け付けた法医学者が総領事部の関係者に「切断している時は音楽を聴けばいい」と語った内容だけならば、“狂人の発言”と片づけられるが、「お前を殺すのは皇太子の命令だ」といった犯行者の言葉が録音されていたとすれば、大変だ。カショギ氏殺害が上からの指令に基づくことを証明することになるからだ。

 サウジ側は犠牲を払っても音声記録の公表を避けなければならない。トルコ側はその音声記録を保持しながら、サウジ側を脅迫できる。今回の事件で仲介に出てきた米国はサウジの要請を受け、トルコ側に圧力を行使し、その音声記録の抹消を要求するかもしれないが、トルコ側はその要求を即受け入れるとは考えられない。

 ひょっとしたら、ムハンマド皇太子の強権政治に抵抗があったサウジの王朝関係者がトルコ側と交渉して音声記録を入手し、ムハンマド皇太子の退陣を要求するかもしれない。そうなれば、サウジ王朝内で激しい政権争いが勃発するだろう。いずれにしても、サウジの未来はもはやムハンマド皇太子の手にはなく、犯行現場の音声録音が握っているといえるわけだ。
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