ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2018年03月

“パリパリ”でノーベル賞受賞は無理!

 韓国民族の民族性を適切に表した言葉に「パリパリ(早く早く)」という韓国語がある。パリパリが効果をもたらすこともあるが、そうでない場合も少なくない。ましてや、ノーベル平和賞を受賞しようとパリパリしても無理があるばかりか、相手側から反発を買うことにもなる。

20180319040612339_0CFFECMZ
▲文大統領、南北、米朝首脳会談について安倍晋三首相とトランプ米大統領と電話会談(2018年3月16日、韓国大統領府公式サイトから)

 韓国の文在寅大統領が南北両国の緊張関係を改善し、平昌冬季五輪大会で南北合同チームを編成するなど朝鮮半島の緊張緩和に貢献があったという理由でノーベル平和賞候補者に推薦しようとする動きが韓国国内で起きている。具体的には、ノーベル平和賞受賞を推薦する委員会の結成が進められているというのだ。

 来月には南北首脳会談が開催されることになっているが、100%確実ではない。そんな時に、文大統領のノーベル平和賞受賞支援委員会を設置するというのは余りにも早急過ぎる感がする。

 中央日報(日本語電子版、19日)によると、「 大韓民国職能フォーラムは20日、職能フォーラムの会長団など30人余りが集まり『文在寅大統領ノーベル平和賞推進委員会』を結成し、初めての発起人会議を行う予定だ」という。彼らは5月8日、国会憲政記念館で文大統領就任1周年記念式を開催して推進委創立大会を行うというのだから、パリパリ民族の面目躍如といったところだが、やはり少々馬鹿げている。

  問題は、文在寅大統領をノーベル平和賞に推薦する一方、ドナルド・トランプ米大統領と金正恩朝鮮労働党委員長の3人共同受賞の道を考えているというのだ。文大統領は別として、何十万人の国民を政治収容所に送り、宗教の弾圧を繰り返す北朝鮮の金正恩氏も文大統領とトランプ米大統領と共にノーベル平和賞受賞候補者に推薦することは、ノーベル平和賞の終わりを告げる自殺行為に等しい。 

 南北関係の雪解けは、核実験と弾道ミサイル発射を繰り返した結果、国際社会から制裁を受けた金正恩氏がやむ得ず、融和政策に乗り出した結果だ。そんなことは朝鮮半島専門家でなくても分かる。にもかかわらず、金正恩氏がノーベル平和賞の受賞候補者に相応しいと真剣に考える人間が韓国内でいるわけだ。あの世のノーベル氏は「俺の名前を付けないでくれたまえ」と嘆願するだろう。

 北の金王朝の人権蹂躙と弾圧は天にも届く非道な蛮行だ。それを繰り返してきた金正恩氏がノーベル平和賞候補者に上げられていると聞けば、世の独裁者を鼓舞するかもしれないが、多くの人は少し早いが4月1日のエープリルフールかと考えるかもしれない。

 トランプ大統領の場合は、大統領就任直後、核廃止演説以外の実績がなくてもノーベル平和賞を受賞したオバマ前大統領がいるから、ノーベル平和賞もおかしくないが、金正恩氏の場合は戦争犯罪人としてハーグ送りとなる独裁者だ。過去、ノーベル平和賞を受賞した人々への侮辱ともなる。

 問題は、文大統領の場合、南北首脳会談や冬季五輪の南北行進も金正恩氏の受諾がなければ実現できなかったのだから、金正恩氏を除いて文大統領だけが受賞というわけにはいかない、という考えだ。確かに、文氏は金正恩氏と運命は共同だ。独裁者の金正恩氏に媚びて南北融和政策を実施してきた文大統領は、自分だけがノーベル平和賞を受賞するわけにはいかないのだろう。それならば、金正恩氏がノーベル平和賞の候補者とならないためにも、自身の候補を断念すべきだ。

 韓国では過去、故金大中氏が金正日総書記との南北首脳会談を実現し、太陽政策を提唱したという理由で2000年ノーベル平和賞を受賞したが、金大中氏からプレゼントされた巨額の資金で北は核兵器製造を推進したことが後日明らかになっている。韓国民の中には「金で買ったノーベル賞」と揶揄する声も多かった。同じような赤恥をかかないためにも、文大統領は推進委員会の設置を自ら断る勇断を示すべきだろう。

 金大中氏以外のノーベル賞受賞者がいない韓国では、何がノーベル賞受賞に値するかの理解に欠けているように思う。科学・医学、化学部門では地道な基礎研究が欠かせられない。パリパリでは難しい。ノーベル賞は決してスポーツ競技ではないのだ。ノーベル平和賞は一時的な平和ではなく、持続的な平和構築者に与えられるべきだ。独裁者への媚びや政治的パフォーマンスで受賞できるものでは本来ない。韓国人のノーベル賞受賞者が出ないのは、韓国民族のパリパリ気質が大きな障害となっているのではないだろうか。

プーチン氏の次の夢は終身制導入?

 ロシア大統領選にはサプライズがないことは大方のメディアは知っていた。8人の候補者が擁立されていたが、ロシアの大統領選が民主的に実施されているというアリバイ工作(複数候補者)のようなもので、それ以上でも以下でもない。プーチン氏の選挙ポスター用の顔写真が候補者の中で唯一の反クレムリンの女性司会者クセーニア・ソプチャク氏(36)の傍にあったのもクレムリン側の細かい配慮が伺えるというものだ。プーチン氏に取って唯一心配事は投票率だっただろう。低投票率は国民の反プーチン票と受け取られるからだ(投票率約67%)。

Wr8tE0QaUYA
▲ロシア大統領府(ロシア大統領府公式サイトから)

 あれや、これやの懸念はあったが、モスクワ中心部で18日夜、勝利宣言をしたのはウラジーミル・プーチン氏(65)だった。大統領通算4期目、2024年まで新たに任期が与えられた。欧米諸国はまた6年間、この人と付き合わなければならない。

 プーチン氏は大統領通算4期目に加え、2008年から12年まで首相時代を送ってきた。ヘルムート・コール元独首相の16年間最長任期を既に軽く超えている。プーチン氏の最長任期記録を将来脅かす政治家が出てくるとすれば、クーデターなど不祥事がない限り、中国の習近平国家主席だろう。中国全国人民代表大会(全人代)は3月11日、国家主席の1期5年の2期10年間の憲法条項を撤廃し、終身制への道を開く憲法改正案を賛成多数で成立させたばかりだ。だから、習近平氏は2023年以降も国家主席のポストに座り続けることができる。プーチン氏もうかうかしておれない。プーチン氏は任期中、2期12年間の現大統領任期制限を中国と同じように撤廃するかもしれない。

 欧米の政治家は夢にも見ることができない76%を超える得票率を得たプーチン氏は本当に国民から愛されているのだろうか。オーストリア国営放送は18日夜、モスクワから市民に反応を聞いていたが、3人に2人はプーチン氏に投票したという返答が返ってきた。曰く「プーチン氏はロシアに安定をもたらした」といった声だ。唯一、若い青年が批判的な意見を出していたが、モスクワの寒さの前にその声は弱々しく響いた。

 独週刊誌シュピーゲル(電子版)にはびっくりするようなデーターが掲載されていた。「ロシア国民の平均寿命は男女平均で73歳。欧州で最も低い」というのだ。ロシアは過去、国民の健康問題や教育関係に国家予算の7%しか拠出していない。それに反し、軍事費は30%の増額が決まったばかりだという。プーチン氏は本当に国民の健康を考えているのだろうか。

 当方は国連人口基金(UNFPA)の2017年「世界人口白書」に基づいて、「北の金王朝は国民に『寿命』を返せ」2017年10月31日参考)というコラムを書き、韓国と北朝鮮の平均寿命の差は女性で10年、男性で11年だと指摘し、「金王朝は国民の寿命を奪った」と厳しく糾弾したばかりだ。プーチン氏は過去18年間の任期で国民の寿命を奪ったのではないか。にもかかわらず、ロシアン国民の76%はプーチ氏を支持したというのだ。クレムリンのディスインフォメーションの勝利を意味するのだろうか。

 ロシアで昨年3月26日、モスクワ、サンクトペテルブルク、ウラジオストクなどロシア82カ所の都市で政治家、経済界の腐敗・汚職を追及するデモ集会が開催された。モスクワだけでも1030人のデモ参加者が逮捕された。その中には大学生や高校生などの若者の姿が多かった。

  シュピーゲル(4月1日号)はプーチン大統領時代しか知らない若い世代がモスクワや各都市で反腐敗のデモ集会に参加したことに対し、「若者たちは硬直した国内政治から国を目覚めさせようとしている」と述べる一方、「新しい世代のアイドルは反政府活動家のアレクセイ・ナバリヌイ氏だ。彼はプーチン大統領を更に脅かす存在となるかもしれない」と報じた。その若者たちはどこへ行ったのか。ナバリヌイ氏は中央選管から立候補を却下されている(「ロシアの若者たちは目覚めたのか」2017年4月10日参考)。


 プーチン氏はクリミア半島を併合し、国民の支持を得た。プーチン氏は国内政策では愛国主義を前面に出している。「悪いのは西側だ。ロシアは今こそ結束して西側を打倒しなければならない」というのがその基本的トーンだ。敵を明確にして、その敵への憎悪、敵対心を煽る政策は昔から独裁者が得意とする戦略だ。

 一方、外に対してはアラブ諸国との連合に力を入れ出している。アラブ諸国が欧米のキリスト教諸国と対峙する構図を巧みに利用し、アラブ諸国と協調を強化することで冷戦時代に敗北した共産主義の復興を夢見ている。決して妄想ではなく、プーチン氏は巧みにそのコマを駆使しているのだ。シリア、イラン、イラクなどと軍事提携を強め、アラブ諸国での影響力を確実に拡大している(「バラバと左の強盗が手を結ぶ時」2018年2月1日参考)。

 プーチン氏の強さはその長期政権にある。プーチン氏を批判する欧米の政治家が出てきても数年で彼らは姿を消すが、プーチン氏は中国の習氏と共に長期的視野でそのコマを動かすことができる。選挙に追われる欧米諸国の政治家を尻目に、プーチン氏はトルクメニスタンのベルディムハメドフ大統領から65歳の誕生日に贈られたアラドイの子犬と戯れながら欧米諸国の弱点を研究し、次の一手をじっくりと考えることができるわけだ。

世界的神学者キュング氏90歳に

  ペテロの後継者、ローマ・カトリック教会最高指導者ローマ法王の「不可謬説」を否定したためバチカン法王庁から聖職を剥奪された世界的神学者ハンス・キュング氏は19日で90歳(卒寿)を迎えた。最近は健康状況が良くないこともあって、誕生日は家族や知人たちと身内で祝い、4月21、22日、公けの場で「90歳祝賀会」やシンポジウムをチュービンゲンで開催する予定という。

Scannen0068 (7)
▲インタビューに応えるハンス・キュング氏(2000年12月、ウィ―ンのホテルにて、撮影)

 キュング教授は1928年、スイスのルツェルツン州で生まれ。神父。ローマのグレゴリアン大学で学び、ソルボン、パリ、ベルリン、ロンドンなどで勉学し、60年からチュービンゲン大学基礎神学教授に就任。「法王の不可謬説」を否定したたため、79年、当時のローマ法王ヨハネ・パウロ2世から聖職を剥奪された。その後、宗教の統一を目指して「世界のエトス」を提唱。5年前に「世界のエトス財団」の総裁をエバーハルト・シュティルツ氏に譲るまで世界の宗教界に大きな影響を与えてきた。1996年に退職するまでチュービンゲン大学神学教授を務めた。

  キュング氏は「私はこれまで異なる宗教、世界観の統一を主張して『世界のエトス』を提唱してきた。宗教、世界観が異なっていたとしても人間の統一は可能と主張してきた。キリスト教、イスラム教、儒教、仏教などすべての宗教に含まれている共通の倫理をスタンダード化して、その統一を成し遂げる」と説明し、「宗教間の平和・統合がない限り、世界の平和もあり得ない」と確信している。

 ちなみに、ドイツ人法王べネディクト16世は2005年9月、法王の別荘カステル・ガンドルフォにキュング氏を招き、会談したことがある。会談内容は公表されなかったが、キュング氏の名誉回復が近いのではないか、といった憶測が流れた。
 
 教授が聖職を剥奪された直接原因の「法王の不可謬説」や「法王の絶対性」のドグマ否定はもはや大きな障害ではなくなった。実例を挙げる。べネディクト16世はオーストリア教会リンツ教区のワーグナー神父を補佐司教に任命したが、教区内の反対を受け、任命を取り下げている。「法王の任命権の絶対性」を法王自身が否定した例だ。また、その後継者フランシスコ法王も再婚者・離婚者への聖体拝領の決定権を現場の司教たちに与えている。彼らの方が信者の事情がよく分かるからだ。フランシスコ法王時代に入って、ローマ法王の絶対性はもはや空論に過ぎなくなった。

 キュング教授が新著『7人の法王たち』の中で、ローマ法王フランシスコに対し、「フランシスコ法王が実際、教会の改革を実施するのならば、司教や神父たちは法王を支えるべきだ。改革は一人では難しい。それを支える多くの人々が必要だ。歴代のローマ法王は語るだけだったが、フランシスコ法王はスキャンダルの中にあったIOR(バチカンの資金 運営をつかさどる組織、宗教事業協会)を改革し、教会内の雰囲気も明るくしている」と評価している。


 キュング氏は教鞭資格を失った後も「自分は忠実なカトリック神学者だ」と主張し、「神は存在するか」「世界のエトス」など多数の著書を発表し、30カ国以上に翻訳された。

 当方は2000年12月、ウィ―ン訪問中のキュンク氏と一度だけ会見したことがある。確か、国連主導の「文明間の対話」というプロジェクトでキュング氏はその指導的な役割を果たしていた時だ。以下、同氏との会見の中のコメントを少し紹介する。

 「私が主張する新しいパラダイムとは、対立から協調の世界であり、強国が弱小国家を制圧する世界に代わって公平と平等に基づく世界だ」

 「世界の宗教者が一堂に結集して現代社会が直面している問題を協議することは国連を刷新する意味でも有益だ」

 「共通倫理は誰が決めるのではなく、我々の中に既に刻印されている。嘘をついてはならない、人を殺してはならない、といったモーセの十戒のような内容だ。これは聖書だけではなく、コーランの中にも明記されている。インド、中国の経典にも見出せるものだ」

北朝鮮の地政学的価値について

 南北首脳会談と米朝首脳会談の2つのビッグ会談の開催まで時間があるので、北朝鮮の地政学的、戦略的価値について少し考えてみた。地政学的、戦略的価値といえば、何か仰々しい感じがする。北のセールスポイントと言い換えれば分かりやすいかもしれない。

P4110754
▲風になびく北の国旗(2013年4月11日、ウィーンの北朝鮮大使館で撮影)

 朝鮮半島の核問題では過去、6カ国協議があった。北側の一方的な合意違反で6カ国協議は停止状況になったが、それでも北朝鮮を除く5カ国が程度の差こそあれ朝鮮半島の政情に関与し、その行方に強い関心を注いできた。
 ロシア、中国、韓国、日本、そして米国にとって北朝鮮は国土的には小国であり、人口的にも2500万人足らずの国だ。その小国・北朝鮮に大国の隣国が大きな関心を注ぐのは北が大量破壊兵器を製造し、核兵器まで手を伸ばし、6回の核実験を実施したからだ。北は核兵器を保有することで地政学的、戦略的価値を高めたわけだ。

 その小国・北朝鮮が核大国・米国に向かって「わが国を核保有国に認知せよ」と要求している。北の核保有を認めれば、日本、韓国、台湾など周辺国家に核保有への道を開くことにもなるから、ロシア、中国、米国の既存の核保有国は絶対に認めないだろう。

 国連安全保障理事会決議や国際原子力機関(IAEA)理事会決議に違反し、北は核実験をし、弾道ミサイルの発射を繰り返してきた。国際社会から制裁を科せられても、現時点ではそれに屈する兆候は見られない。

 小国の北にとって核兵器とミサイルこそ数少ないセールスポイントだ。いざとなれば、核兵器やミサイルなど大量破壊兵器を不法に輸出して、外貨を稼げる。実際、シリアには化学兵器のノウハウを伝達すると共に、核兵器をもアサド政権にチラつかせ、購買欲を刺激している。シリアだけではない。イスラム過激派テロ組織へ北朝鮮産の大量破壊兵器が渡る危険性は皆無ではない。米国はここにきて海上封鎖を強化し、それらの不法な取引が行われないように警戒しているわけだ。

 ところで、北のセールスポイントは大量破壊兵器だけではない。北には貴重な地下資源が埋蔵されている。北朝鮮の場合、レアメタル(希少金属)が豊富だ。例えば、原子炉の燃料被覆材用、IT機器や自動車産業用に不可欠な希少金属・マグネシウムだ。日本も統治時代、半島の北地域で6カ所のマグネシウム工場を操業していたという。
 ちなみに、オーストリアの世界的耐火煉瓦メーカー「RHI」社は高品質の北産マグネシウムを年間最大2万トン、取引業者を通じて輸入していた(同社は現時点では、北朝鮮国内の現地生産は考えていない)。

 すなわち、北朝鮮の市場価値は核兵器、弾道ミサイルの不法生産だけではなく、レアメタルなど貴重金属の世界的埋蔵地だということだ。北が核兵器を放棄し、非核化を実施すれば、地政学的、戦略的価値は一時的に下がるかもしれないが、依然、魅力的な国だ。短期的には、安価な労働力の供給先となる一方、長期的には中国、ロシアと日本を結ぶ中継地として様々な貿易拠点となり得る潜在的な可能性がある。

 大量破壊兵器の製造を放棄し、韓国や日本との技術協定を締結していけば、北朝鮮は質の高い労働力を有しているだけに、経済発展の道が開かれるだろう。あれも、これも、全ては北の非核化にかかっている。

 問題は、独裁者の金ファミリーへの処遇だ。彼らが北の歴史的展開に貢献すれば、その安全保障を与え、亡命先を考えなければならないだろう。金ファミリーが抵抗した場合、独裁者のファミリーは過去の言動の代価を払わなければならなくなる。ルーマニアのニコラエ・チャウシュスク大統領夫婦やイラクのサッダーム・フセイン大統領の結末を想起すれば理解できる。

 文在寅大統領は北が非核化に応じた場合、韓国型原子炉を建設して、北側に電力を供給する案を考えているという。人工衛星の朝鮮半島の夜の写真をみれば、北部は暗闇の世界だ。そこで韓国の平和の電力を供給しようという発想だ。アイデアは素晴らしいが、北が暗闇なのはそれなりの事情があるからだ。韓国製の電力で24時間、電力を享受できるようになれば、暗闇は無くなるかもしれないが、これまで暗闇の中で隠されてきた世界まで光に照らし出されることになりかねない。北は独裁国家であり、多くの国民が人権を蹂躙され、迫害下で生きてきたという事実だ。その暗躍部分を韓国の光が照らし出した場合、北の独裁政権は存続できなくなる。

 南北、米朝首脳会談の2つのビッグ会談は北の命運と共に、独裁者の未来をも決定するかもしれない。金正恩氏が間違ったカードを切らず、正しい判断を下すことを心から願う。

スロバキア政界とマフィアの癒着

 このコラム欄で「ブラチスラバのジャーナリスト殺人事件の調査が進み、事件の背景が明らかになれば、スロバキア政界が大揺れになる可能性が予想される」と書いたが、事態はその通りに進行してきた。

46821
▲スロバキア政界の危機について語るキスカ大統領(2018年3月4日、スロバキア大統領府公式サイトから)

 スロバキアで著名なジャーナリストが婚約者の女性と共に自宅で銃殺された殺人事件はブラチスラバの中央政界を直撃し、ロベルト・フィツォ首相は15日、引責の形で辞任に追い込まれてしまった。

 アンドレイ・キスカ大統領は同日、フィツォ首相の後継者に同じ社会民主党系「スメル」からペレグリニ副首相を任命し、組閣を要請した。中道左派「スメル」は2016年の総選挙の結果を尊重し、3党から成る現連立政権の継続を要求し、それが受け入れられた形だ。ただし、政治家や実業家の腐敗や脱税問題を調査報道することで国内で良く知られていたヤン・クツィアクさん(27)殺人事件に対し、国民は事件の全容解明を要求して、各地でデモ集会を行っている。
 
 以下、先月25日のジャーナリスト射殺事件後のスロバキアの政界の動きをまとめる。

 2月25日
 ヤン・クツィアクさんと婚約者がブラチスラバ郊外の自宅で射殺されて発見。
 (「スロバキア『ジャーナリスト殺人事件』」3月2日参考)。

 2月26日
 ロベルト・フィツォ首相は犯人逮捕に繋がる情報提供者に100万ユーロの報奨金を提供すると発表。
 ティボア・ガスパール長官は、「事件はクツィアクさんの取材活動と密接な関係がある」との見方を明らかにした。

 2月28日
 マレク・マダリック文化相は、「ジャーナリストが殺害されたことに文化相として責任を負う」として辞意表明。

 2月26日から3月に入り
 ジャーナリスト殺人事件の全容解明を求めるデモ集会が全土で展開。デモ参加者はフィツォ政権の即解散、総選挙の実施を訴えている。

 3月9日
 ブラチスラバで約3万人の国民がデモ集会を開催。1989年の民主改革時のデモ以来の最大の規模となった。参加者は「スロバキア国民は真面目な勤勉な国民だ」と叫び、マフィアとの癒着が噂されている政府関係者を批判。事件の全容解明のため独立機関の設置を求めている。

 3月12日
 ジャーナリストが狙われていたことを知りながら対応しなかったとして辞任を要求されてきたロベルト・カリナク内相が事件発生2週間後、辞任を表明。

 3月14日
 フィツォ首相は国内の政情を鎮静化させ、早期総選挙を回避するために現連立政権の継続と後継者の任命権など3つの条件がキスカ大統領に受け入れられるならば、即辞任すると表明

3月15日、
 キスカ大統領はフィツォ首相の条件を受理し、首相の辞任を受け、後継者にフィツオ首相と同じ政党「スメル」所属のペレグリニ副首相を任命した。

  「スメル」と連立政権を組む「架け橋」(Most-Hind)のベラ・ブガル党首は、「首相の辞任は事態を沈静化するのに貢献するだろう」と期待を表明した。一方、野党の「普通の人々」(Olano) や 「自由と連帯」( SaS )は「フィツオ首相の辞任では十分ではない。総選挙を実施して国民に真意を問うべきだ」と主張している。


 事件の全容解明はあまり進んでいない。殺されたヤン・クツィアクさんはドイツ・スイス系のニュースサイトに所属。同記者が書きかけていた記事「スロバキアのイタリア・マフィア」によると、スロバキア東部に拠点を置くイタリア系マフィアがスロバキア政府の上層部と連携し、欧州連合(EU)の補助金を不正利用していた疑惑があるという。また、フィツォ首相の個人秘書マリア・トロスコバ女史は以前、イタリアの会社に勤務し、マフィアと関係があったという。

 ブラチスラバの民族劇場前で1988年3月25日、「宗教の自由」を求めたキリスト信者たちの「ろうそく集会」が開催され、警察隊によって鎮圧され、多数の信者たちが拘束されたが、クツィアク記者の射殺事件は、30年前の「ろうそく集会」と同じように、スロバキア国民に大きな衝撃と憤りを与えている。

米朝首脳会談前の「金正恩氏の憂欝」

 南北首脳会談は容易に乗り越える自信があったが、その直後に控えている米朝首脳会談を考えると、金正恩氏は次第に憂欝になってきた。文在寅大統領との会談で非核化問題が扱われたとしても、それ以上発展する可能性はないし、非核化に消極的に対応したとしても会談が幕を閉じればそれで終わりだ。

KGKA8RF0
▲韓国特使団と金正恩委員長との会談で第3回南北首脳会談開催で合意(2018年3月5日、韓国大統領府公式サイトから)

 しかし、あのトランプ大統領と会談し、非核化を協議した場合、中途半端な答えでは終えることができない。簡単にいえば、イエスかノーしかないし、それも即断を強いられるだろう。米朝首脳会談が金正恩氏に次第に重荷となってきた理由も想像できる。

 なぜならば、トランプ大統領が要求する非核化について、金正恩氏は曖昧な空返事はできない。イエスと答えたならば、会談はトントンと進み、トランプ氏をハッピーにさせることができる。しかし、ノーといった場合、トランプ氏は外交手段で朝鮮半島問題を解決することを止め、いつでも軍事力を行使できる体制に入るだろう。

 「米本土を攻撃できる」と日頃強がりを言ってきた金正恩氏も米国との全面戦争ではチャンスがないことを理解している。米国との戦争勃発は北朝鮮の終わりを意味する。もう少し厳密にいえば、北朝鮮は存続できるが、金日成主席、金正日総書記、そして金正恩委員長と3代続いてきた“金王朝”が文字通り地図上から消えていく。

 繰返すが、南北首脳会談は金正恩氏にとってリスクはほとんどないが、米朝首脳会談はその進展次第で大きなリスクが出てくる。金正恩氏は次第に米朝首脳会談が何を意味するかを分かってきたのだ。

 ティラーソン国務長官を即解任するトランプ氏の無鉄砲なほどの決断力と行動力を考えれば、米朝首脳会談で金正恩氏からいい返事を得られない場合のトランプ氏の反応が怖いのだ。11月には中間選挙が控えていることもあって、トランプ氏はその外交実績のために北朝鮮へ武力行使を躊躇しないかもしれない。強硬派のマイク・ポンぺオCIA長官がティラーソン国務長官の後継者に任命されたことも、金正恩氏の不安を一層駆り立てている。

 文大統領は、「南北首脳会談と米朝首脳会談は朝鮮半島の運命を決定する歴史的な出来事だ」と少々紅潮気分で表明していた。前者の南北首脳会談は前座に過ぎないが、後者こそ文字通り、朝鮮半島の歴史を塗り替えるかもしれない。

 韓国の訪朝団から金正恩氏がトランプ氏との首脳会談を望んでいることを聞いたトランプ氏は即受諾した。そのニュースは世界に発信されたが、不思議なことに北の朝鮮中央通信や中央放送は報道していない。
 韓国統一部は12日、「慎重に検討中だからだろう」と好意的に解釈しているが、実際は、金正恩氏が米朝首脳会談の日を迎えることに次第に恐怖心を感じ出しているからではないか。ひょうとしたら、いろいろな理由をつけてキャンセルするかもしれない。

 朝鮮半島問題をフォローするジャーナリストには平壌指導者の考えを正確に読めきれない歯がゆさが常にあるが、金正恩氏はトランプ氏の言動を読めきれないことに苦慮し始めている。立場は逆転したのだ。換言すれば、北は今、トランプ氏の不可測性に頭を悩ましている。非核化を拒否すれば、戦争が起きるかもしれない。トランプ氏はモラトリアムでは満足しないだろう。「完全かつ検証可能、不可逆的な方法」による非核化だ。

 金正恩氏のこれまでの発言を思い出せば、北はモラトリアムまでは可能だが、「完全で検証可能で不可逆的な」方法による非核化は受け入れないだろう。
 すなわち、米朝首脳会談でトランプ氏が非核化に応じない金正恩氏に激怒し、ティラーソン国務長官を解雇したように、ツイッターで対北戦争宣言し、その3時間後にトマホークを平壌に向かって発射させる、といった事態も考えられるのだ。

 北の独裁者は、オバマ大統領、ブッシュ大統領、クリントン大統領に対して感じたことがなかった恐怖心をトランプ大統領から感じ始めているのだ。世界の超大国・米国の最高指導者が暴れ出したら、それこそ大変だ。誰も抑え込むことができない。知性主義者の米国指導者は解決できなかったが、反知性主義者のトランプ氏は北の核問題を解決するかもしれないのだ。

 米大統領の任期は4年間だ。時間は限られている。オバマ氏のような大統領が再び登場したら、北朝鮮の核問題は半永久的に解決できなくなる。日本と韓国はトランプ氏の登場を絶好のチャンスとして生かすべきだろう。

独で171日ぶり大連立政権発足

 ドイツで第4次メルケル政権が14日、正式に発足した。ベルリンの独連邦議会(定数709議席)は同日、与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)と第2党「社会民主党」(SPD)が擁立したメルケルCDU党首を賛成多数で首相に再選した。これを受け、メルケル首相は即、大統領府でシュタインマイヤー大統領から正式に任命証を受けて第4次メルケル政権をスタートさせた。昨年9月24日の連邦議会選後、171日ぶりの新政権誕生だ。新政権(任期4年)はメルケル首相(CDU)、オラーフ・ショルツ副首相兼財務相(SPD)を含む16閣僚(CDU/CSUから10閣僚、SPDから6閣僚)から構成されている。

P3140904 (2)
▲連邦議会で首相に選出されて喜ぶメルケル首相(2018年3月14日、ベルリンの連邦議会で、ドイツ民間放送の中継放送から)

 連邦議会(ヴォルフガング・ショイブレ議長)の首相選出投票では、メルケル首相の再選を支持した議員は364議員、反対315議員だった。CDU/CSUとSPDの連邦議会の議席数は246議席と153議席で両党合わせて399議席だから、大連立政党から35議員が反対か棄権に回ったことになる。無記名投票だから誰が反対票を投じたか不明だ。メルケル首相を支持した364票は前回の2013年の時より44票少ない。

 メルケル首相のCDU/CSUは昨年9月の総選挙で第1党の地位こそ維持したが、前回2013年の得票率が8・6%減少。一方、SPDは前回比で得票率を5・2%減らし、20・5%の得票率は党歴代最悪の結果だった。歴代2番目に悪い投票結果だったCDU/CSUと党歴代最悪の記録を作ったSPDが再度、大連立政権を発足したわけだ。独週刊誌シュピーゲルは「敗者の大連立政権」という見出しを付けたほどだ。

 メルケル首相は昨年12月31日、新年のテレビ演説の中で、「世界はドイツをいつまでも待っていない」と述べ、“欧州の盟主”ドイツの早期新政権発足が国際社会への義務だと強調してきたが、大連立政権の焼き直しに対する国民の目は厳しいうえ、大連立政党内でも第4次メルケル政権の発足に批判的な声が依然強い。第4次メルケル政権は党内外で厳しい批判の声を受けながらのスタートとなった。

 昨年9月の連邦選挙後、メルケル首相は「自由民主党」(FDP)と「同盟90/緑の党」とのジャマイカ連立政権の発足を目指したが、FDP離脱の結果、挫折。SPDが選挙直後、野党に下野すると早々宣言したため、メルケル首相は連立パートナーを失い、再選挙は回避できない状況下に陥ったが、SPD出身のシュタインマイヤー大統領がSPDを説得。SPD内に強い反発の声があったにもかかわらず、CDU/CSUとSPDの大連立政権の再現にこぎつけた経緯がある。

 なお、メルケル首相が任期4年間を全うせずに後継者に政権を譲るのではないか、といった憶測が流れてきたが、メルケル首相は「任期4年間を全うする」と早期交代説を否定している。メルケル首相は任期を全うしたら、政治の恩師、故ヘルムート・コールを抜いて16年間の最長在任期間となる。

 欧州経済は順調に回復、成長してきたが、欧州連合(EU)内は決して一枚岩ではない。ロシアや中国は欧州の統合を阻害する動きを示しているうえ、難民問題でハンガリーやスロバキアがブリュッセルの難民収容の分担案を拒否するなど、加盟国内で対立が目だつ。それだけに、EUの盟主ドイツで経験豊富なメルケル首相の大連立政権が発足したことは少なくとも朗報だろう。

北朝鮮とデュアル・ユース品目

 米朝首脳会談の開催地候補にウィ―ンの名前がなかったからいうのではないが、有力な開催地として名前を挙げられているスイスの工業製品が2012年に発射された北朝鮮のロケット「銀河3号」に使用されていたことが明らかになった。スイス企業が北のロケット開発の手助けをしていた、という不都合な事実は、歴史的な米朝首脳会談の開催に意欲を示すスイス外務省の誘致活動に暗雲を投げかけている。

barracks
▲スイス軍が派遣されている南北間の「軍事停戦委員会本会場」(スイス・インフォから)

 スイス・インフォによると、北のロケットにスイス製ばかりか、米国や韓国を含む13カ国の製品が使用されていたというから、スイスだけを批判はできない。ちなみに、使用されていた製品はロケットのコンバーター(変換器)だ。交流電流を直流電流に変換する装置だ。国連安全保障理事会の調査で判明した。
 それだけではない。2013年10月と2014年3月に、韓国で墜落した北朝鮮製とされるドローン2機にもスイス製のGPS受信機が取り付けられていた。

 スイス企業を弁護するつもりはないが、北が入手したスイス製工業製品は直接ではなく、他国の輸入業者などを経由して北に渡ったものだ。恣意的に密輸されたケースではない。その上、多くの先端工業製品はデュアルユース品目だ。最終利用者がその製品をどのように使うかで、軍事目的にも非軍事目的にも利用できる。

 上記のケースの場合、コンバーターやGPS受信機は本来、非軍事目的で利用されている製品だ。問題は、その製品は軍事目的にも使用できる点にある。そして北はその工業製品を核開発や弾道ミサイルの開発に利用した。デュアル・ユース・アイテムの輸出入規制がそれゆえに必要となるわけだ。

 ここまで書いてきて、ふと手が止まった。工業製品がデュアル・ユース・アイテムというより、それを使用する人間こそ多重目的を志向する存在ではないか、という思いが湧いてきた。とすれば、責任は工業製品にあるのではなく、それを使用する人間側にあると言わざるを得ない。

 北の場合、核兵器や大量破壊兵器を製造しようとする独裁者の狙いが“先ず”あった。コンバーターやGPS受信機は独裁者の目的を実現するために使用されただけだ。後者が問題視されることが多いが、本来は前者こそ追及されなければならない点だろう。

 ここで少し、神学的な領域に入る。神が人間を創造したとすれば、その人間をデュアル・ユースのような存在に創造するだろうか。神の教えに従う一方、それに反する方向にも行く存在として人間が創造されたとすれば、人類の歴史で紛争や対立、戦争が絶えず続いてきたとしても不思議なことではない。むしろ当然の結果だ。

 そもそも矛盾する方向性(創造と破壊)を内包したアイテムを製造することはできないから、人間は明確な目的を持っていたが、何らかの不祥事の結果、デュアル・ユースの存在となってしまった、と考える方が理にかなっている。「人間は本来、神の理想に生きるように創造されたが、神から離れ、堕ちてしまった」と主張するキリスト教の教えにも通じる。奇妙な点だが、「堕ちた」という忌むべき内容(失楽園)が人間(信者)に「本源に戻れる」という希望を与えていることだ。

 話は戻る。コンバーターやGPS受信機は人間の幸福のために開発されたものだ。繰り返すが、責任は、その時代的恵みを軍事目的のために悪用する北朝鮮の独裁者にあることは明確だ。
 

歴史的な米朝首脳会談はどこで?

 トランプ米大統領が北朝鮮の金正恩労働党委員長の要請を受け、5月までに米朝首脳会談を開催することに合意して以来、歴史上初の米朝首脳会談がどこで開催されるかが大きな関心を呼んでいる。

ao
▲訪米団から報告を受ける文在寅大統領(韓国大統領府公式サイトから)

 日韓米のメディアによれば、開催地として挙がっている都市は平壌、板門店の韓国側施設「平和の家」、ソウル、そして避暑地の済州島だ。海外の開催地としてはスイス外務省が9日、早々と首脳会談の開催地に手を挙げ、「関係国と話し合いを始めている」と発表したばかりだ。

 欧米メディアが「欧州の2国の中立国が開催地として有力視されている」と配信した時、当方は「ひょっとしたらウィ―ンだろうか」と心躍らせたほどだ。オーストリアは中立国だ。条件を満たしている、しかし、記事は「スイスの他に、スウェ―デンの名前が挙がっている」と報じた。ウィーンの名前を挙げたメディアは見つからなかった。

 スイスのジュネーブには欧州の国連本部があり、国際会議が頻繁に開催される都市だ。大きな北朝鮮大使館もある。金正恩氏は1996年、スイスのベルンのインタナショナルスクールに偽名で留学していたことは良く知られている。スイスは金正恩氏にとって未知の国ではない。米国にとってもスイス開催で大きな障害はないはずだ。スイスはさまざまな対北支援を実施してきた数少ない欧州の国でもある。

 一方、スウェ―デンは北欧の国であり、ジュネーブと同様、さまざまな国際会議が開催されてきた。同国のメディアによれば、北朝鮮の李容浩外相が近日中に同国を訪問し、マーゴット・バルストロム外相と会談する予定という。ひょっとしたら、両国間で米朝首脳会談の開催について話し合われるかもしれない。ちなみに、スウェ―デンは平壌に大使館を持っている。同大使館は、北と国交がない米国の代理も務めている。すなわち、同国は米朝両国と深い繋がりを有しているわけだ。

 ところで、米ホワイトハウスのサンダース報道官は9日、開催地として平壌は願わないと表明した。どのような理由があるとしても、米国が願わないとすれば、北側は受け入れる以外にないだろう。

 そこで、上記の欧州の2都市と板門店が有力視されることになる。韓国の首都ソウル開催も考えられるが、韓国内には反北勢力があって、金正恩氏がソウル入りすれば、大きなデモが起きる可能性が考えられるから、治安上難しいだろう。平昌冬季五輪大会の閉会式(先月25日)に参加した北使節団の訪韓の際、団長の金英哲朝鮮労働党統一戦線部長氏が2010年3月の韓国海軍哨戒艦沈没事件の主導者だったということから、遺族関係者ら多くの国民が訪韓反対のデモを行っている。

 問題はなぜウィ―ンが米朝首脳会談の開催地から外されたかだ。ウィ―ンは第3の国連都市であり、核問題を扱う国際原子力機関(IAEA)の本部がある。1990年代、北朝鮮の核問題はIAEA理事会の大きなテーマであり、喧々諤々の議論が行われた場所だ。北が過去、6回の核実験を実施した時、ウィ―ンの国連内にある包括的核実験禁止条約(CTBT)機関が地震データを集め、加盟国に送信する役割を担った。北朝鮮の非核化を協議する会議としてはウィ―ンは理想的な開催地だ。にもかかわらず、ウィ―ンは名前すら上がらなかった。

 スイスは過去、1994年からの核関連の米朝協議や、85年11月の米レーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長の会談の舞台になった。一方、ウィ―ンは冷戦時代、東西に分断されてきた欧州の架け橋的役割を果たし、1961年6月3から4日まで、ジョン・F・ケネディ米大統領とニキータ・フルシチョフ・ソ連共産党第1書記の米ソ首脳会談が開催された。過去のビッグ会議の開催実績では、ウィ―ンはジュネーブには負けていない(「ウィーンで米朝首脳会談を」2017年9月3日参考)。 

 当方の推測だが、オーストリアの首都ウィ―ンが過去、北の欧州拠点だったからではないか。ウィ―ンには北直営の銀行(金星銀行)が1982年、開行した。同銀行は北の欧州の工作拠点であり、武器密輸、麻薬取引、米ドル紙幣の偽造(スーパー・ドル)など不法活動を行ってきた。要するに、ウィーンは北朝鮮に余りにも近いことから、そのウィ―ンでの首脳会談開催に米国の強い反発があるからではないか(「ウィ―ンで展開された『北』工作活動」2017年11月29日参考)。

 金正恩氏は父親の故金正日総書記のように飛行機恐怖症ではない。戦闘機に搭乗する金正恩氏の写真が配信されたことがある。米朝首脳会談が欧州の都市で開催されたならば、金正恩氏は飛行機を利用できる。
 厄介な点は、技術的な意味ではなく、金正恩氏の身辺問題だ。ひょっとしたら、平壌国際空港から飛び立った金正恩氏の搭乗機が途中、飛行ルートの変更を強いられ、、国際刑事裁判所のあるオランダのハーグに向かうかもしれない。どこかの国の戦闘機に撃ち落とされる危険性も完全には排除できない。金正恩氏は自身の危機管理を考え、米朝首脳会議の欧州開催には抵抗があるかもしれない。

 以上、考えていくと、板門店の韓国側施設「平和の家」での開催がやはり無難という結論に落ち着く。もちろん、サプライズは排除できない。例えば、米国のニューヨーク国連での開催だ。ニューヨークと平壌間の行き来は米空軍機が担当し、ゲストの安全は保障するという条件でだ。

金正恩氏とトランプ氏は似ている

 トランプ米大統領は5月にも北朝鮮の金正恩労働党委員長と会談する意向を表明し、注目されている。平昌冬季五輪大会前まで互いに相手を「老いぼれ」とか、「チビデブ」「ロケットマン」といって一国の最高指導者らしくない誹謗中傷合戦を展開させてきたが、ここにきて両指導者は「出来るだけ早急に会いたい」と相互にエールを送る間柄に激変してしまった。米朝間で何が起きたのか。結論からいえば、まだ何も起きていない。

90dda9
▲文在寅大統領、訪韓中のイバンカ・トランプ大統領補佐官を夕食会に招待(2018年2月23日、韓国大統領府公式サイトから)

 メディアの一部では、「金委員長は戦略的に政策を変更した」と受け取られているが、対話は始まっていない段階で、政策の変更云々は文字通り、時期尚早だろう。

 ただし、間違っていても、何らかの説明があれば、人は安堵する。分からないことに対し、インターネット時代に生きる現代人はもはや忍耐力を失ってしまったのだろう。

 トランプ大統領の場合、口の悪いメディアから「とうとう認知症の初期症候か」といった辛辣な論評が見られる。トランプ氏の場合、発言がコロコロ変わるのは今回が初めてではない。心配な点は、トランプ大統領が「北が約束を守ると信じている」といったコメントを既に配信し、米朝首脳会談の見通しでは超楽天的であることだ。トランプ氏の数少ない友人の一人、安倍晋三首相でなくても、米国まで飛び、直々に忠告したくなる。

 北の非核化問題の場合、北が寧辺の核関連施設を全て破壊した後、真剣に考え出しても遅くはないだろう。北の核関連施設が機能している時、北が非核化を表明したとしても、それをそのまま受け取る必要はまったくない。そんなことはもう止めよう。平壌から非核化の意思表明が届いた時、「ああ、そうですか」と生返事をして受け流したらいいだろう。この姿勢こそ「過去から学ぶ」ことにも通じるはずだ。

 話は飛ぶ。当方のPCの画面に訪朝した韓国大統領特使団の団長・鄭義溶大統領府国家安保室長と金正恩氏が握手している写真が写っている。金正恩氏の後ろに小柄の妹・金与正党第1副部長が写っている。

 その写真を見ながら、「金正恩氏は妹の与正さんと一緒に仕事をしてるのだな。そういえば、トランプ大統領にもイバンカさんら家族がホワイトハウス入りし、大統領を補佐している。歴史上初の米朝首脳会談は金王朝とトランプ王国の両ファミリーの会合でもあるわけだ」という思いがきた。

 ところで、独裁者や指導者が家族や親族を政府の要職に登用する時、独裁者や指導者の権力基盤は決して強固ではなく、むしろ脆弱な状況であることが多い。金正恩氏もトランプ氏も心から信頼できる側近がほとんどいない。金正恩氏は叔父を粛清し、軍幹部たちを次々と左遷し、処刑している。トランプ氏の場合も大統領選で共に戦った側近が1人、2人とホワイトハウスから去っていった。心を許せる側近のいない金正恩氏もトランプ氏も親族を動員してその空白を埋めているわけだ。

 トランプ大統領は昨年、「いつかは金正恩氏と友達になれるかもしれない」とツイッターで呟き、大きな話題となった。年齢の差はあるが、両者を取り巻く環境はある意味で良く似ている(「トランプ氏と金正恩氏の“友人”探し」(2017年11月14日参考)。

 当方の推測だが、両者とも孤独な指導者だ。金正恩氏には心の世界をケアしてくれる信頼のできる友が必要だ。一方、ワイルドな資本主義社会の勝利者のように振舞っているトランプ氏にも満たされない心の空白を埋めてくれる賢者が必要だろう。

 現実の世界に戻る。安倍首相は南北首脳会談前に訪米し、トランプ大統領と会談するという。トランプ氏が北の非核化表明を鵜呑みにし、米国ファーストを前面に出し、米本土に届かない弾頭ミサイルの開発と初歩的核兵器の温存を容認するような約束をしないように、釘を刺さなければならないからだ。

 孤独な指導者トランプ氏が息子のような年齢の独裁者金正恩氏に同情したり、連帯感を持ったりはしないだろうが、何が起きるか分からないのが世の常だ。日本を飛び越えて、朝鮮半島の安保問題がこの両者と韓国の文在寅大統領によって管理されるような最悪のシナリオは回避されなければならない。
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

Recent Comments
Archives
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ