ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2018年02月

米国のスクールシュ―ティング

 米国南部フロリダ州のパークランドの高校で14日午後、銃乱射事件が起き、17人が死亡、少なくとも15人が負傷した。犯人は犯行があった高校の元生徒ニコラス・クルーズ(19)で犯行後、警察官に拘束された。容疑者は犯行を認めているという。地元警察当局は犯行の動機などを慎重に捜査中だ。

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▲バージニア州の全米ライフル協会(NRA)本部(ウィキぺディアから)

 正直いって「またか」という思いが先行した。米紙ワシントンポストによると、学校内の銃乱射事件(スクールシュ―ティング)は今年に入り、18件(未遂と事故を含む)で21人が犠牲となっている。

 「もう十分だ」(enough is enough)といった手書きを掲げて抗議する女性の写真が配信されていた。その通りかもしれない。独週刊誌シュピーゲル(電子版)は16日、“米国の道徳的アパシー(無気力無関心)”という見出しの論評を掲載していた。多発する銃乱射事件の背後には米社会の困惑と道徳的アパシーがあると指摘している。シュピーゲル誌の記事を参考にパークランドの銃乱射事件を追ってみた。

 ニコラス・クルーズ容疑者は犯行のあった高校の元生徒だったが、退学処分を受けた。犯行に使用した武器は自動小銃「AR−15」で昨年2月、合法的に購入している。元高校の生徒たちの証言によると、容疑者は銃マニアで、「学校内で銃乱射事件が起きるならば、彼だろう」と冗談で囁かれていたという。フロリダ州では18歳になれば、AR−15を購入できる。

 トランプ米大統領は15日午後(事件発生1日後)、コメントを発表した。銃乱射事件が発生すると、直ぐに国民に向かってホワイトハウスからコメントを出したオバマ前大統領とはちょっと異なっている。
 トランプ大統領は6分間余りの演説の中で犠牲者への追悼を表明したが、「銃」という言葉は大統領の口から1度も出なかった。大統領のツイッターでは、「容疑者は精神疾患者だった」と断定している。トランプ大統領夫妻は16日、現地に飛び、負傷者が収容されている病院を訪問している。

 米国では銃乱射事件が起きる度に、銃の規制強化論が出て、それに反対する者との間で論争が繰り広げられるが、時間の経過と共にいつの間にか消えていく。
 ニューヨーク・タイムズによると、米国の人口は世界全体の4・4%だが、世界の武器の42%を所持しているという。米国では昨年、銃による犠牲者数は1万5590人、負傷者数3万1181人だった。
 銃の規制を訴える非政府機関(NGO)「Everytown for Gun Safety」によると、2013年以後、スクールシュ―ティングは290件に及ぶという。

 NGO関係者から銃の規制強化を求める声が聞かれるが、トランプ大統領を含む共和党関係者からはまったくといっていいほど聞かれない。ポール・ライアン下院議長は、「事実を慎重に集めるべきだ」と銃規制論が飛びだすことにブレーキかけている。フロリダ州出身のマルコ・ルビオ上院議員は、「早急な結論を下すべきではない」と警告を発するほどだ。民主党関係者からは、より厳格な銃規制とか、銃購入時の身辺調査などを主張する声が聞かれるが、その声もいつの間にか消えていく。

 例えば、米東部コネチカット州のサンディフック小学校で2012年12月14日、銃乱射事件が発生し、児童20人を含む26人が犠牲となった事件が発生したが、米下院議会は銃規制の強化を実施できなかった。

  NGO「責任ある政治センター」( Center for Responsive Politics)によると、 全米ライフル協会(NRA)は2016年、5500万ドルを共和党の大統領選に献金している。トランプ大統領はそこから3120万ドルの献金を受けた。NRAのロビー活動が銃規制強化を妨げていることは間違いないだろう。

 NRAの標語をご存じだろうか。Guns don't kill people, people kill people(銃は人を殺さない。人が人を殺すのだ)。これは正論だ。銃に責任があるのではなく、銃で人を殺す人がいるからだ。ただし、自制できない人間に銃を提供するのはやはり回避すべきだろう。

 欧米社会で今最も注目されている心理学者、カナダのトロント大学ジョルダン・ペーターソン教授は、「人生は悲劇だ。誰でもモンスターになれるからだ」と述べている。モンスターに銃を与えれば、どのような結果が生じるかは容易に想像できることだ。

上院議長「反ポーランド言動許すな」

 韓国・平昌冬季五輪大会が開催されて以来、関心が朝鮮半島に向かい、欧州の政情フォローが疎かになってきた感じがしていた時、ポーランドの興味深い政策が報じられた。このコラム欄でも報じた「ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)関連法案」が施行されたが、今回はその続編ともいうべき内容だ(「ポーランドの『ホロコースト法案』」2018年2月2日参考)。

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▲スタニスワフ・カルチェフスキ上院議長(ウィキぺディアから)

 ポーランド上院のスタニスワフ・カルチェフスキ議長は外国居住のポーランド国民宛てに書簡(3頁)を送り、その中で「反ポーランドの言動があったら、それを最寄りの大使館、領事館を通じてワルシャワに連絡してほしい」と訴えたのだ。

 同議長は、「第2次世界大戦中の蛮行、非人間的な戦争犯罪の証拠を集め、それを文書に整理しなければならない」、「わが民族の評判を落とす反ポーランド的な全ての言動を集め、それを文書化してほしい。海外居住の同胞たちよ」、「わが国の大使館、領事館に国の名声を中傷する如何なる言動も隠さず報告してほしい」と強く呼びかけている。

 その上で、「自分はポーランドのディアスポラとその保護に責任を担っている立場だ」と書簡の中で述べ、「ユダヤ人、ポーランド人、ロマ人など迫害されてきた民族の犠牲者への不正な言動を忘却から守るためだ。歴史的真実を効果的に想起できるセミナーや展示会、手紙キャンペーンなどを組織化してほしい」と海外居住ポーランド人に協力を求めている。


 ポーランド上院は1月31日、物議を醸した「ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)に関する法案」(通称「ホロコースト法案」)を賛成57、反対23、棄権2の賛成多数で可決した。そしてアンジェイ・ドゥダ大統領の署名を受け、同改正法案は施行された。
 「ホロコースト関連法案」はユダヤ人強制収容所を「ポーランド収容所」といった呼称をつけたり、ポーランドとその国民に対し、「ナチ・ドイツ政権の戦争犯罪の共犯」と呼んだ場合、罰金刑か最高3年間の禁固刑に処す、という内容だ。

 もちろん、予想されたことだが、イスラエル政府や歴史学者からは、「第2次世界大戦時、ユダヤ民族に対するポーランド人の戦争犯罪を隠蔽するものだ」といった強い批判の声が挙がっている。イスラエル政府だけではなく、米国、フランスからもポーランドの民族主義的なPiS政権への批判が出てきている。
 中道右派「法と正義」(PiS)政権が推し進めるポーランドの民族主義的政策に欧州連合(EU)の本部ブリュッセルは首を傾げる一方、「言論の自由」を蹂躙しているとして批判的だ。

 ポーランド民族は過去3度、プロイセン、ロシア、オーストリアなどに領土を分割され、国を失った悲惨な経験を味わった。そのためか、為政者(統治者)に対する批判精神は鍛えられたが、統治能力は十分発展せずに今日に到っている。他国の批判に過敏に反応する傾向はPiS政権になって一層強まってきた感がする。今回の上院議長の書簡は外国居住の自国民に一種のスパイ行為を要請するような内容であり、危険だ。

文在寅氏に未来志向型“接待”の勧め

 どうしても頭から離れないニュースがあるものだ。最近では、韓国中央日報(日本語版)の記事だ。平昌の第23回冬季五輪大会開会式前後の“五輪外交”をテーマにした記事で、そこには韓国大統領府の接待報告が書いてあった。当方が忘れることができない部分とは「北朝鮮代表団4回、ペンス米副大統領1回、そして安倍晋三首相ゼロ」という部分だ。何のことかというと、文在寅大統領が開会式に参加するために訪韓したVIPへの接待回数だ。

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▲北代表団と歓談する文在寅大統領(韓国大統領府の公式サイトから)

 年を取るにつれ、一般的な記憶力は減退するといわれるが、当方も記憶力は弱体化したが、逆に良くなった記憶もある。それは数字だ。一旦、数字を聞くとなかなか忘れない。中央日報の記事でも「4、1、0」という数字が頭から離れないのだ。そこで時間が経過したが、アウトプットして追い払おうと考えた。お付き合いを願う次第だ。

 中央日報の記事が指摘するまでもなく、文大統領の北代表団への接待回数は飛びぬけて多い。金永南最高人民会議常任委員長、そして金正恩労働党委員長の妹、金与正党第1副部長らと昼食、夕食を共にしながら歓談している。言葉の障害がないから、対話もさぞかしスムーズに進んだろうと推測する。

 中央日報の記事から少し紹介する。

 <北代表団に対して>
 「文在寅大統領は、韓国に2泊3日(9〜11日)滞在した金与正氏と4回も会った。開会式出席(9日)、会談および昼食会(10日午前11時〜午後1時46分)、女子アイスホッケー合同チーム競技の観覧(10日午後9時10分〜11時10分)、三池淵管弦楽団公演観覧(11日午後7時〜8時40分)を共にした」  

 <ペンス米副大統領に対して>
 文氏はペンス氏も2泊3日(8〜10日)の間に4回会ったが、会談および夕食会は8日午後6時30分〜9時14分の1回だけだ。ペンス氏は9日のレセプションの時は開始5分で会場を離れている。韓国側がペンス氏と北の金永南委員長を同席させ、米朝の対話を演出しようとしたことに、ペンス氏が不快に感じたからかもしれない。
 トランプ米大統領の訪韓時(昨年11月)を思い出す。韓国大統領府は、米大統領歓迎夕食会に1人の元慰安婦を招き、トランプ氏と面接させたり、竹島(韓国独島)産のエビを食事に出するなど、国賓に対してすら非礼を意に介さない面がある。

 <安倍晋三首相に対して>
 開会式とレセプションを除けば、文大統領と安倍首相は9日午後、1時間の会談がすべてだ。「安倍氏に対する韓国政府の高位要人の食事接待もなかった」という。安倍首相は9日午後、開会式前の文在寅大統領と五輪会場近くの竜平リゾートで首脳会談を行った。その内容は既に報じられているから省くが、韓国側と日本政府側の会談後の発表内容は少々異なっていた。力点を置く場所が違うからしようがない。ここで問題は安倍首相への接待がなかったという事実だ。

 安倍首相は2015年11月、3年半ぶりに開催される日韓首脳会談のために訪韓し、朴前大統領と会談したが、朴槿恵大統領主催の昼食会はなかった(「安倍(首相)さん、パブ・モゴッソ?」2015年10月30日、「安倍(首相)さんのソウルの『昼食』」2015年11月4日参考)。安倍首相は会談後、ソウルの焼き肉店で昼食をされている。

 「メシを食ったか」(パブ・モゴッソ 밥 먹었어?)は韓国人の挨拶言葉だ。一緒にメシを食べることを大切にする民族だ。家族、友人、知人との食事の時間を大切にする。その韓国の最高指導者、文大統領が平昌五輪開会式のために訪韓した安倍首相と食事の時間ももつことなく、会談で済ましたことはやはり異常だ。難題を抱えているだけに、食事を交えて話し合うといった考えはなかったのか。大統領がその気になれば、時間は作れるものだ。時間がなかったからとは言わないでほしい。

 文大統領の訪日がそろそろ話題となってきた。安倍(首相)さん、文大統領が訪日したら最高の日本食で歓待してあげてほしい。それを通じて、文大統領に「未来志向の接待」とは何かを感じ取ってもらえば万々歳だ。

アイホ日本女子、南北コリアを破る

 近代オリンピックの創設者ピエール・ド・グーベルタン男爵の五輪精神を思い出すまでもなく、オリンピックは「参加に意義がある」とすれば、勝敗にこだわり過ぎることは邪道だが、スポーツの世界で勝ち負けを無視することはできない。国別金メダル、銀メダル、銅メダルの獲得数リストがスポーツ欄で大きく報道される。スポーツ選手は単に参加するだけではなく、勝ちたいし、そのために日々練習を重ねてきたはずだ。

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▲初戦の対スイス戦で大敗したアイスホッケ女子の「南北合同チーム」(IOC公式サイトから)

 勝敗にこだわる観点からいえば、平昌冬季五輪大会で「五輪史初めて南北合同チームが結成された」と喜ぶ南北政治家やスポーツ官僚はスポーツの勝負の世界を無視していると批判されても仕方がないだろう。もちろん、南北合同チームが結成され、大会で健闘し、勝利でもすれば一大ドラマだが、現実のスポーツ界では簡単にはドラマは生まれない。

 アイスホッケー女子南北合同チーム結成は選手たちのスポーツ精神、勝ちたいという意欲を減退させただろう。特に、アイスホッケーといった集団スポーツではチームワークが要だ。大会数週間前の即製チームでは勝てるはずがない。

 先ず、アイスホッケー女子(全8チーム、AとBグループに分かれて行われる)の南北合同チームのリーグB予備戦の3回の試合結果を振り返ってみる。

 第1試合、南北合同チーム対スイス戦       0対8で大敗
 第2試合、南北合同チーム対スウェ―デン戦   0対8で大敗
 第3試合、南北合同チーム対日本戦        1対4で敗北

 南北合同チームは3戦3敗(1得点、20失点)でグループ戦を通過できず敗退。日本と南北合同チームは5位―8位決定予備戦に。

 韓国中央日報は13日、第1戦と第2戦の結果について、「世界トップレベルチームとの格差は大きかった。第1戦でランキング6位のスイスに0−8で完敗した合同チームは、第2戦でランキング5位のスウェーデンにも屈辱的な敗戦を喫した。2試合で16失点。得点はゼロだ」と書いている。


 南北合同チームの敗北は予想されたことだが、チーム結成当初の熱気ムードから考えれば、やはり失望は禁じ得ない。中央日報は13日、南北合同チームの試合を「無気力な試合」と表現しているほどだ。

 南北政治家、スポーツ官僚たちの熱意に反して、肝心の選手たち(特に、韓国チーム)にはその熱気が伝わらなかったのだろう。それとも、勝敗にこだわる本来のスポーツ精神を無視したスポーツ官僚、ひいては政治家たちに対し、選手たちの無言の反発心があったのかもしれない。

 詳細な分析は関係者に委ねるとして、3試合のグループ戦の結果は悲惨だった。スタンドには北から派遣された「美女応援団」が応援したが、選手たちは最後まで応援団の音頭に合わせて踊ることはなかった。

 文在寅大統領と共に南北合同チームの結成を平和のアピールとして宣伝してきたトーマス・バッハ国際オリンピック委員会(IOC)会長は初戦の敗北後、「元気を出しなさい。あなた方が南北合同チームで戦うこと自体が凄い成果だ」と慰めた。バッハ会長がここでいう「凄い成果」とは、「スポーツの舞台」ではなく、「政治の世界」の成果を意味することは明らかだ。

 ちなみに、14日午後、関東ホッケーセンターで行われる第3戦の対日本戦を前に、中央日報記者は、「南北合同チームにはきっかけが必要だ。反転がなければ日本(愛称スマイルジャパン)に五輪初勝利という栄光を与えるしかない。日本戦という特殊性に期待できる。日本と対戦する韓国は説明できない大きな力を発揮してきた。闘志と闘魂も倍になる」と書いていた。興味深いコメントだ。南北合同チームに反日精神でハイとなることを求めているわけだ(結果は、反日精神も実力差の前にはどうしょうもなかった)。

 アイスホッケー女子の南北合同チームの結成は政治家好みの平和パフォーマンスだった。そして第3戦の対日本戦では「反日精神を原動力に大きな力を発揮せよ」と煽る中央日報記者のコメントもスポーツ精神とはかけ離れたものだった。

 「平昌五輪」は「平壌五輪」と呼ばれるほど、金正恩労働党委員長の対話戦略に文在寅大統領だけではなく、IOCのバッハ会長まで完全に踊らされてしまっているのだ。

バッハ会長にノーベル平和賞を?

 ドイツ出身のトーマス・バッハ国際オリンピック委員会(IOC)会長(64)は韓国入りしてから超多忙の日々だろう。世界から集まる大統領、首相らVIPゲストへの接待から選手村のノロウイルス感染対策まで4年に1度開催されるスポーツの祭典の総責任者だからだ。しかし、今回はそれだけではない。韓国・平昌で開催中の第23回冬季五輪大会を「平和の祭典」として世界に向かってアピールするという野望があるからだ。

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▲アイスホッケー女子南北合同チームとバッハ会長(後の中央)=IOC公式サイトから

 当方がバッハ会長の隠された野望に気付いたのは、同会長が「五輪閉幕後、訪朝する計画がある」と報道された時だ。韓国の文在寅大統領は金正恩氏の妹、金与正党第1副部長から正式に訪朝要請があった。これは想定内の動きで「やっぱりね」といった以外の驚きはなかったが、バッハ会長の訪朝計画には少々驚いた。そして「何故?」という疑問が直ぐに浮かんできた。

 バッハ氏には隠された野望がある。朝鮮半島の分断国、南北の和解への道しるべを築き、ノーベル平和賞を受賞するという目的だ。フアン・アントニオ・サマランチ元IOC会長(任期1980〜2001年)が1度、ノーベル平和賞が欲しいと吐露した時、多くの人々の冷笑をかったが、バッハ氏はサマランチ氏が実現できなかった夢を果たそうと密かに考えているのだ。

 バッハ氏はドイツ人らしく、その野望を実現するために緻密な計画を立てている。平昌五輪大会でアイスホッケー女子の南北合同チームを即製。南北合同チームの初戦、対スイス戦(10日)には文大統領、北朝鮮の金永南最高人民会議常任委員長、金与正党第1副部長らと共に観戦する写真が配信された。試合の結果は南北合同チームが0対8の大差で敗北を喫した。敗北自体は何も驚かない。実力の差だからだ。

 驚いたことは、スイスとの対戦で自分たちの無力さを肌で感じた南北合同チームが試合後、打ち沈んでいた時、バッハ会長が現れ、「元気を出しなさい。あなた方が南北合同チームで戦うこと自体が凄い成果だ」と慰めたことだ。

 IOC会長が敗北したチームを訪れ、よくやったと励ましの言葉をかけることはめったにない。そもそも、五輪開催直前、南北合同チームを即製すること自体、無謀な試みだった。カナダ人監督のもとで何年間も練習を重ねてきた韓国女子チームの選手たちにとって、五輪開催直前、北の選手と合同チームを編成すると言われた時、どのように感じただろうか。スポーツの世界では考えられないことだ。
 そうだ。スポーツの世界では考えられないことが、平昌五輪大会で堂々と行われたのだ。全て、南北の一体化という平和ムードを世界に発信するためだ。バッハ会長は12日、韓国聯合ニュースとのインタビューで、「五輪史上初の韓国と北朝鮮の合同チームは歴史的な試合を行った」と賛美している。

 今、明らかになったことだが、バッハ氏らは1月20日、スイスのローザンヌのIOC本部で南北の代表を招いて合同チームの編成などを話し合った。その場でバッハ会長の五輪閉幕後の訪朝計画が南北両国代表の承認を受けたというのだ。

 IOCは12日、バッハ会長が五輪終了後、北を訪問する計画だとロイター通信にリークした。そしてロイター通信の速報は世界に流れた。ここまではバッハ会長の計画通り運んだわけだ。
 ただし、バッハ会長はいつ訪朝するのか、その日程は文大統領のそれと同様、不明だ。「適切な時期を北朝鮮と調整している」という。日米から対北制裁の圧力を継続すべきだと説得されている文大統領よりバッハ氏の訪朝の方が早く実現するかもしれない。

 ところで、聯合ニュースは13日、「アイスホッケー女子の南北合同チームがノーベル平和賞を受賞すべきだ」と述べた米国のIOC委員の発言を報じ、「IOCとしては考えていない」というアダムス広報部長のコメントを紹介していた。

 一方、独週刊誌シュピーゲル(電子版)は12日、バッハ会長がノーベル平和賞を密かに狙っている、ともう少し突っ込んで報じていた。

 バッハ会長が「ノーベル平和賞を受賞できるチャンスがある」と考えても不思議ではない。平昌冬季五輪大会はその絶好のチャンスを提供しているからだ。ホスト国・韓国の文大統領も五輪を南北の対話の機会と考えてきた政治家だ。
 スポーツの祭典がこれほどホスト国、IOCによって政治利用された五輪大会は平昌五輪大会しかないだろう。ヒトラーは1936年のベルリン五輪大会を政治覇権をアピールする機会に利用したが、バッハ会長と文大統領は南北の平和ムードを高める舞台として五輪を利用している。

 もちろん、バッハ会長と文大統領2人が奮闘しても北側がそれに応じなければ成功しないが、核実験、大陸間弾道ミサイル発射で国際社会から制裁下にある北側は今、息抜きが必要な時だ。だから、金正恩氏は自身の最側近である金与正氏を特使として韓国に派遣するなど、平和ムードを高めるために共演しているのだ。

 バッハ氏は前回のソチ冬季五輪大会ではロシアのプーチン大統領を持ち上げ、ウクライナのクリミア半島併合問題について批判の一言も吐かず、沈黙したが、平昌冬季大会では平和ムードを高める“天使”役を演じているのだ。

 この程度の外交努力でノーベル平和賞は獲得できるだろうか、という疑問を抱く読者もいるだろう。長い間、厳しい状況下で活躍している無政府機関(NGO)の人権活動家は世界に少なくない。しかし、彼らの名前がノーベル平和賞の候補リストに上がるのは大変だが、国連や国際機関のトップの場合はそうではないのだ。

 一つ実例を挙げる。国際原子力機関(IAEA)のエルバラダイ事務局長が2005年、ノーベル平和賞を受賞した。事務局長は連日、CNNなど世界のメディアとインタビューし、顔を世界に売った。事務局長が“世界の核の平和実現の立役者”だというイメージが完全に定着した時、事務局長のノーベル平和賞受賞のニュースが流れてきた。
 エルバラダイ氏の3期12年間の事務局長時代の評価について、「国連機関の事務局長でエルバラダイ事務局長ほど多数のインタビューをこなした人物はいない。平和賞の受賞はインタビューによって蓄積された知名度による点が大きい。一方、核拡散防止への努力といっても目に見える成果は乏しい」といった冷静な分析が専門家の間では支配的だった(「エルバラダイ氏の功罪」2009年11月27日参考)。

 テーマに戻る。バッハ会長の野望が実現するか否かは、共演者の北側の出方次第だろう。訪朝が実現し、金正恩氏と会談し、そこで朝鮮半島の南北再統一の話でも出てきたら、ノーベル平和賞は近づくかもしれない。
 ちなみに、金与正氏は10日、文大統領主催の夕食会で、「大統領が統一の新たな扉を開く主役になり、後世に残る跡をとどめることを望む」(聯合ニュース)と囁きかけ、文大統領の野心に火をつけることを忘れていなかった。金与正氏はバッハ氏に対しても同じように囁きかけたのではないか。

 いずれにしても、金正恩氏はラッキーだ。文大統領のほか、バッハ会長という共演者を得て、その平和攻勢は一層効果的となってきたからだ。

カナビスの合法化は危険だ!

 「ドイツ刑事協会」(Der Bund Deutscher Kriminalbeamter,BDK)でカナビス(大麻)の合法化を要求する声が高まっている。BDKのアンドレ・シュルツ議長は大衆紙ビルトとのインタビューで、「カナビス禁止は歴史的にみても無理があり、知性的にも目的にも合致していない。人類の歴史で麻薬が摂取されなかった時代はなかった。この事実を受け入れる以外にないろう」と述べ、BDKはカナビスの完全な自由化を支持している。

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▲INCBの昨年の「年次報告書」

 多分、BDKの「カナビスの合法化」要求は突然飛び出したものではないだろう。不法麻薬業者の壊滅のために日々、努力をしてきた麻薬取締官にとって、不法カナビスを摂取する者を見つけ、拘束する日々の歩みが限界に達してきたのではないか。カナビスを非合法化するから、それを密売して儲けようとする密売業者が出てくる。カナビスを買う人間と売る人間、そしてそれを取り締まる警察の3者が織りなしてきた人間ドラマに疲労感が出てきたのかもしれない。そこで「合法化すれば密売業者はいなくなる」といった考えが飛び出してきても不思議ではない。ドイツの場合、麻薬の自由化を叫ぶ一部グループの要求ではなく、刑事関係者が要求し出したところにニュース性があるわけだ。

 BDKによれば、現行の麻薬関連法は多くの国民を犯罪人にし、新たに犯罪を生み出すだけだ。だから、強権で取り締まる麻薬対策は限界にきているというわけだろう。

 ドイツでは昨年3月以来、医者から処方箋をもらえばカナビスを合法的に入手できる。例えば、重病の患者は医者の処方箋を受ければ健康保険でカナビスが手に入る。ただし、医療目的以外の大麻の売買は依然、認められていない。


 ところで、ウィ―ンに事務局を置く国際麻薬統制委員会(INCB)はカナビスの自由化には強く反対している。INCBは毎年春、前年の年次報告書を発表してきたが、オランダなど大麻の自由化を進めている加盟国に対して、「若い世代に間違ったシグナルを送り、麻薬の拡大を助長させる危険性がある」と警告を発してきた。
 INCBによれば、麻薬をソフト・ドラックとハード・ドラックに分類すること自体が間違いで、「大麻には非常に危険な化学成分(カンナビノイド)、例えば、テトラビドロカンナビノール(THC)が含まれている」と指摘し、大麻の自由化は危険だと強調している。

 世界でここ数年、合成麻薬の乱用が拡大、それに溺れる人々が増えてきた。例えば、中国で目下深刻な問題は合成麻薬の拡大だ。同国公安部当局は合成麻薬の拡大を阻止するため特別活動を展開し、合成麻薬の乱用者の監視を強めている。ドイツでも薬物関連犯罪が増加してきた。若者たちはダークサイト(闇サイト)を通じて不法な合成麻薬を入手するケースが増えてきている。麻薬を一旦摂取すると、習慣となり、次第によりハードな麻薬を手に入れようとする。

 もちろん、医療用麻薬の安全供給は重要なテーマだ。特に、開発途上国では、医療用麻薬の確保が大きな問題となっている。米国などでは逆に医療用麻薬の乱用が社会問題となっている、といった具合だ。

 米紙ニューヨーク・タイムズは「アルコールより危険の少ない大麻を禁止することで社会に大きな害を与えている」という社説を掲載したことがあるが、INCBが指摘するように、大麻には危険な化学成分が含まれているのだ。その意味で、BDKの「大麻の合法化」要求は麻薬犯罪を取り締まる側の現場の声だが、反対せざるを得ない。

「発言」を翻すシュルツ独社民党党首

 独社会民主党(SPD)のマルティン・シュルツ党首(62)は7日、メルケル首相が率いる「キリスト教民主同盟」(CDU)とゼ―ホーファー党首の「キリスト教社会同盟」(CSU)との大連立交渉で合意した直後、本人は社民党党首を辞任し、外相に就任する意向を漏らしたが、その2日後(9日)、「外相に就任することを断念する」と表明した。

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▲党大会で演説するシュルツ党首(2017年12月7日、独民間放送の中継から)

 シュルツ党首は昨年3月、党首に就任して以来、揺れに揺れてきた。「何が?」というと、その言動だ。その責任はやはりシュルツ党首の指導力、決断力の欠如にあることはいうまでもない。

 シュルツ党首は5年間、欧州連合(EU)の議会議長を務めてきたが、ベルリンからの要請を受け、社民党に戻った。そして3月19日、ベルリンで開催された臨時党大会で100%の支持(有効投票数605票)を得て党首に抜擢された。100%といえば、共産党政権や独裁政権下の投票では常だが、民主社会の政党で100%の支持は考えられない。社民党がどれだけシュルツ党首に停滞する党の刷新を期待していたかが伺える。換言すれば、シュルツ氏以外の他の選択肢が社民党になかったともいえる。

 ただし、シュルツ党首の好運はそこまでだ。その後実施された3州の議会選(ザールランド州、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州、そしてドイツ最大州ノルトライン=ヴェストファーレン州)でシュルツ党首のSPDはことごとく敗北を喫した。しかし、弁明はできた。州議会選は州の政治状況が強く反映する戦いだ。新党首がその流れを変えることは難しい。そこで社民党は9月24日の連邦議会選に期待したが、得票率約20・5%と党歴代最悪の結果に終わったのだ。ここまでくると、社民党内で「シュルツ党首では選挙に勝てない」といった呟きが聞かれ始めたわけだ。

 ちなみに、連邦議会選後の10月15日、ニーダーザクセン州で州議会選が行われ、社民党はかろうじて勝利し、シュルツ党首は就任初勝利を飾ったが、連邦政治レベルではあまり意味のない州議会選であったこともあって、その喜びは限られていた。

 連邦議会の敗北直後、シュルツ党首は「社民党は党の刷新のために野党に下野する」と宣言した。一方、CDU/CSUは、社民党との大連立の目がなくなったことを受け、「同盟90/緑の党」と「自由民主党」(FDP)のジャマイカ連立政権の発足に向かった。連立が成立するかと思われたが、リンドナーFDP党首が11月19日、「党の信条を曲げてまで連立政権に参加できない」と宣言し、ジャマイカ政権発足はその瞬間、消え去ってしまった。

 連立政権のパートナーを失ったメルケル首相が少数政権を発足させるか、選挙のやり直しかの選択を迫られた時、社民党出身のシュタインマイヤー大統領は社民党を説得し、大連立政権交渉が実施される運びとなった。
 シュルツ党首は「野党に下野する」と主張してきた手前、その決定は苦しかったが、「政治空白が長期化することはドイツばかりか、欧州にもよくない」として大連立交渉に応じることになった経緯がある。

 大連立交渉では、シュルツ党首は「自分はメルケル政権下に入る考えはない」と表明し、いかなる閣僚ポストにも就任しないと強調したが、合意成立直後(2月7日)、「党首を辞任し、外相に就任する」と漏らした。そのシュルツ党首が9日、今度は「外相に就任しない」と語ったのだ。

 以上、シュルツ党首は過去1年間で少なくとも3度、自身の発言を覆している。「野党に下野する」から始まり、「外相に就任」、そして「外相に就任しない」の3回だ。シュルツ党首の発言は信頼できない、という声が党内で出てきても不思議ではない。

 当方はシュルツ党首の言動を擁護する考えはないが、欧州の政界が右傾化する時、社民党の刷新は誰が指導者となっても大変な職務だ。特に、シュルツ氏の場合、ブリュッセルからベルリンの政界に戻り、社民党内に基盤がなく、孤軍奮闘せざるを得なかった。その上、党内の空気を読むことが難しかった。

 例えば、外相就任問題でも前党首で現外相のガブリエル氏が大連立交渉中にメディアを通じて外相ポストを続けたい希望を吐露していた。だから、シュルツ党首が突然、党首を辞任し、外相に就任する考えを表明した時、ガブリエル氏は非常に不快な表情を浮かべていた。

 シュルツ党首は停滞する社民党の刷新のためにベルリン入りした直後は“党の救い主”のように歓迎された。しかし、時間の経過と共に、党内の空気が読めない決断力のない党首のように受け取られだした。過去1年間余りで社民党内のシュルツ党首評価は180度変わったわけだ。

ロシアの「五輪旗」と南北の「統一旗」

 ウィーンで9日正午過ぎから韓国の平昌で開催された第23回冬季五輪大会のオープニングをテレビで観た(韓国とウィ―ンでは8時間の時差)。
 開会式当日は気温も零度以下で選手たちも大変だったろう。五輪発祥の地ギリシャから入場行進が始まった。平昌大会では冬季五輪最多の92カ国・地域から選手2900人超が参加するという。

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▲VIP席の金永南最高人民会議常任委員長(左)と金正恩氏の妹、金与正党第1副部長(右)

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▲南北合同チームの行進(2018年2月9日、平昌オリンピックスタジアムで、ドイツ公営放送の中継から)

 参加国の入場をみて、「五輪旗」を掲げるロシア代表団と「統一旗」のもと行進する南北合同チームに関心がどうしてもいった。両旗は平昌冬季五輪の特徴を象徴的に示していると思われるからだ。

 ロシアの場合、「前回のソチ冬季五輪で組織的ドーピングが行われた」という理由で国際オリンピック委員会(IOC)はロシアチームの五輪追放を考えたが、4年に1度のスポーツの祭典に参加するために努力してきた選手たちの願いもあって、ロシアの国旗ではなく、「五輪旗」のもと個人資格で参加できるという妥協が成立した経緯がある。平昌大会にはロシアから個人資格で168人が参加した。
 プーチン大統領はIOCの決定を批判しているが、3月18日の大統領選を控え、「国際社会から不法に批判されるロシア」という状況を巧みに演出し、国民の愛国心をくすぐる戦略に出てきている。逆境をプラスに転回させるところはさすがプーチン氏だ。

 入場行進で最も拍手が多かったのはやはり南北合同チームだった。アナウンサーが「南北チームです」と紹介すると、会場から大きな拍手が沸いた。朝鮮半島の地図が描かれた南北チームの旗のもと、選手たちは行進した。彼らの姿をVIP席から見ていた文在寅大統領が感動した表情で拍手を送っている姿が放映された。
 (VIPの席にはペンス米副大統領や安倍晋三首相の姿もあった。旗手のスキージャンプの葛西紀明選手を先頭に日本代表団が行進した時、安倍首相も笑顔で大きな拍手を送っていたのが印象的だった)。

 ロシアの「五輪旗」と南北の「統一旗」を持った代表団の入場をみていると、スポーツと政治の関係を考えざるを得なくなる。特に、4年に1度開催される五輪大会は他のスポーツ・イベントより政治色を帯びることが多い。ナチス政権下のベルリン夏季五輪大会(1936年)を思い出すまでもない。政治の為政者は常に五輪大会を自身や国家の誇示に利用したり、政治目的のために悪用してきた。残念ながら、平昌冬季五輪大会も例外ではない。近年五輪の歴史でも最も政治的な思惑が反映した五輪大会となってきているからだ。
 「平昌五輪」は「平壌五輪」と揶揄されるほど、北の選手の五輪エントリーから南北アイスホッケー女子の合同チーム結成まで北側の要求が無条件で受け入れられてきた。

 韓国の聯合ニュースが10日報じたが、金正恩朝鮮労働党委員長は文在寅大統領を平壌に招いた。サプライズではない。事前に十分予想されたことだ。安倍首相にとっても「やっぱりね」といった思いしか湧いてこないだろう。
 それでは、なぜ金正恩氏はこの時、韓国大統領を招いたのか。理由は至極簡単だ、国際社会の制裁下で苦しくなった国内経済の立て直しのために経済支援が不可欠となってきたからだ。

 北は今、経済的に青息吐息だ。その北側を国際社会の圧力から救い出してくれるのは、対話路線を主張してきた文大統領しかいない。そのため金正恩氏は妹、金与正党第1副部長を北代表団に入れて南へ派遣し、文大統領に招待状を渡させたわけだ。

 五輪大会に参加する選手には悪い表現となるが、平昌冬季五輪は金正恩氏を助けるための五輪大会となりつつある。国連安保理決議に違反して核実験を実施し、大陸間弾道ミサイルを発射してきた金正恩氏は、皮肉にもスポーツの平和の祭典、五輪大会によって一息つける機会を手に入れようとしているわけだ。

 もちろん、文大統領の功績も忘れてはならないから、金正恩氏は平壌の南北首脳会談では最大級のもてなしを準備するはずだ。一方、文大統領の口からは、「非核化」といった要求は最初、挨拶程度に飛び出すだけで、多くの時間は南北間の対話、経済支援のテーマに費やされるはずだ。

 プーチン氏、金正恩氏、そして文在寅大統領の3指導者は五輪大会という場を最大限に利用している。プーチン氏は選挙戦の後押しに利用し、金正恩氏は米軍の武力行使を阻止し、韓国から経済支援を得る機会と考えている。そして人権派弁護士だった文大統領は、平昌オリンピックスタジアムを行進する南北合同チームを観て、思わず涙腺を緩めている。三者三様の思いを込め、「五輪旗」と「統一旗」は寒い平昌の夜空をはためいていた。

極右党「公共放送の受信料廃止を」

 当方は先日、このコラム欄で隣国スイスの公共放送の受信料廃止を問う国民投票実施について報告したが、予想外に反響があった。多分、多くの聴視者は、「なぜ公共放送だけが強制的に受信料を請求できるのか」という素朴な疑問を持っているからだろう(「スイスで『受信料』廃止問う国民投票」2018年1月29日参考)。


ORF
▲オーストリア放送協会(ORF)本部(ウィキぺディアから)

 スイスでは過去、テレビ、ラジオを所有している国民は受信料を支払う義務があったが、連邦議会が2014年、受信料制度改正案を採択し、全ての世帯から一律受信料を徴収する制度に改正した。そして15年、同改正案の是非を問う国民投票が実施され、僅差ながら可決された。すなわち、国民はテレビやラジオの有無とは関係なく、一律一定の額のビラクと呼ばれる受信料を払う義務が出てきたわけだ。テレビやラジオを所有していなくても、パソコンやスマートフォンの通信端末から番組を受信できる時代だ。そして、どの世帯でも複数の通信端末機器を所有している時代だからだ。


 幸い、オーストリアではテレビとラジオを所有している世帯は52・66ユーロの受信料を2カ月に1度支払わなければならないが、所持していないことを実証すれば、受信料を支払わなくていい。


 ところが、そのオーストリアでも隣国の国民投票に刺激されたのか、受信料廃止の声が高まってきたのだ。その受信料廃止の最先端で声を挙げているのは極右政党「自由党」だ。自由党は昨年末、クルツ首相が率いる国民党と連立政権を発足させた政権政党だ。その自由党がオーストリア放送協会(ORF)の受信料廃止を叫び出したのだ。理由がないわけではない。


 最近の例から紹介する。ORFは2月6日、ニュース番組(ZiB1)でミュンヘンで開催されたブレナー・ルートに関する運輸相首脳会談(ドイツ、オーストリア、イタリア3国の主要運輸ルート)を報じたが、番組の中でドイツの運輸相にインタビューしたが、オーストリアの運輸相には質問せずに終わった。
 自由党のメディア担当のハンス・イェルク・イェネヴァイン氏は、「ORFは公共放送の法的義務を無視している」と指摘し、「ORFの受信料廃止問題を政治議題の最優先テーマとすべきだ」と主張している。具体的には、自由党閣僚のホーファー運輸相へのインタビューを恣意的に無視したからだ。ORFのアレキサンダー・ヴラベッツ事務総長は今回の件では何のコメントも出していない。


 ホーファー運輸相は自身のファイスブックの中で、「環境問題なども関わる重要な運輸問題を協議するミュンヘンの運輸相首脳会談で自国の運輸相に質問せず、ドイツの閣僚にインタビューする公営放送があるのか」と激怒し、「ORFの受信料を支払うべきではない」と主張している。


 ORFの自由党嫌いはこれが初めてではない。これまで自由党は野党だったこともあって、その偏向報道による被害は少なかったが、昨年12月から自由党は国民党と連立政権を組む与党政党になったのだ。自由党嫌いだから、自由党閣僚にはインタビューしないというわけにはいかなくなった。それでもORFでは自由党嫌いの確信犯的なジャーナリストが少なくないのだ。


 オーストリアで大統領選が2016年行われたが、「緑の党」のバン・デア・ベレン候補者(現大統領)と自由党のホーファー氏(現運輸相)の決選投票となった。ORFは両候補者を招き、討論させた。その時、司会者のORF記者は明らかに反ホーファー陣営だった。不確な憶測情報を持ち出してホーファー氏に質問し、逆にその出所の曖昧さが暴露されてしまったというスキャンダルな報道となった。


 「自由党を批判することが公平で正義なジャーナリズムだ」と確信をもっているORF記者が少なくない。民営放送ならば、特定の政党を支持していても許されるが、国民から受信料を受けている国営放送が特定の政党(この場合、社会民主党)をひいきにし、特定の政党(この場合自由党)を理由なくこき下ろすことはやはり問題だろう(「国営放送が大統領選で情報操作」2016年5月21日参考)。


 ところで、ORFの最高意思決定機関の幹部評議会(Stiftungsrat)は35人から構成されている。国民党と自由党はその評議会に3分の2を占める25人の党関係者、党支持者を送り込むことができる。理論的にはクルツ連立政権はORF事務総長をいつでも解任できるわけだ。

独大連立政権の発足はまだ不確か

 ドイツで先月26日から続けられてきた与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)と野党「社会民主党」(SPD)の大連立交渉は7日、合意に達した。同国で昨年9月24日の連邦議会選後、政治空白が続いたが、CDU/CSUとSPDは新政権発足に向け大きなハードルをクリアした。

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▲大連立交渉の成果を語るシュルツ党首(2018年2月7日、ドイツ民営放送から)

 ただし、第4次メルケル政権成立までには、もう一つ大きな山場を越えなければならない。SPDには連立交渉の合意内容(全177頁)について46万3723人の全党員にその是非を問う投票が控えているからだ。SPDによると、郵送投票は2月20日から3月2日まで実施されるから、大連立政権の正式発足は早くても3月上旬となる予定だ。

 問題は、SPD党員が今回の連立交渉の合意内容に反対する可能性が皆無ではないことだ。特に、社民党青年部(JUSO)では大連立反対の声が強い。

 SPDは1月21日、ボンで臨時党大会を開催し、大連立発足をめぐる予備交渉の合意内容について、その是非を問うたが、党代表642人中、賛成362人、反対279人、棄権1人で、僅差(約56・4%)で予備交渉の内容が承認された経緯がある。ちなみに、SPDが連立交渉の結果に反対した場合、.瓮襯吋詬薪泙両数政権、⊃形挙の2つのシナリオしか残されていない。

 メルケル首相は、「連立交渉が合意するまで長い道のりだったが、ドイツで安定した政権が発足できる見通しとなった」と述べた。連立交渉でCDUは国防相、経済相を含む6つの閣僚ポストを占めたが、主要ポストの財務相と外相ポストをSPDに渡し、内相をCSUに譲ったことから、寂しい成果となったことは否めない。1人のCDU幹部は、「わが党はそれでも首相のポストを得た」と皮肉を込めて語っていた。

 メルケル首相にとって、SPDとの大連立政権は3回目となるが、「メルケル首相は新政権下で前政権よりその政治的影響力を失うだろう」と指摘する声が既に聞かれる。同時に、メルケル首相の後継者問題が4年の任期中に党内で浮上してくるのは必至の状況だ。

 一方、シュルツ党首は7日、「連立交渉で社民党の要求を可能な限り貫くことが出きた」と交渉結果には満足を表明した。SPDは昨年9月の総選挙で得票率20・5%(前回比で5・2%減)と党歴代最悪の結果だった。その政党が財務相や外相、社会労働相など主要閣僚ポストを獲得した点で、SPDは連立交渉の勝利者といえるわけだ。

 ただし、シュルツ党首は総選挙直後、「野党になる」と表明したが、その発言を翻し、大連立交渉を開始。「メルケル政権には入閣しない」と強調していたが、外相に就任することになった。欧州議会議長を5年間勤めたシュルツ党首は2度も自身の発言を翻したことから、党首として信頼性を失ってしまったことは間違いない。同党首は党内のライバル、ガブリエル氏から外相ポストを奪い、党首のポストを院内総務のアンドレア-ナーレス女史に譲る考えという。ちなみに、ハンブルク市長のオラーフ・ショルツ市長が財務相、副首相に就任する予定だ。同市長はSPDの将来の首相候補者になる。

 ドイツでは連邦議会(下院)選後、CDU/CSUは自由民主党(FDP)と「同盟90/緑の党」とジャマイカ連立政権の発足を目指したが、FDPが「党の政策に反することはできない」として離脱。そのため、ジャマイカ連立交渉は暗礁に乗り上げた。
 総選挙のやり直しを懸念するシュタインマイヤー大統領は政党代表を大統領府(ベルビュー宮殿)に招き、政権発足を促した。それを受け、社民党幹部会は昨年、CDU/CSUとの大連立の予備交渉を承認し、先月7日から交渉を重ね、合意し、今回大連立政権を発足させることで一致したわけだ。

 メルケル首相もシュルツ党首も7日、「欧州に新しい出発を、ドイツに新しいダイナミックスを与える」と大連立交渉の成果を自賛したが、大連立政権の正式発足までまだドラマが控えている。はっきりとしている点は、第4次メルケル政権の誕生はメルケル首相にとって最後の任期となることだけだ。
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