ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2017年07月

あのガーファンクルが戻ってきた

 アート・ガーファンクルのコンサートに行ってきた。18日夜のウィ―ンのコンサートハウスでのチケットが2枚手に入ったのだ。会場に19時半ごろ到着した時、まだ空席が目立っていたが、20時になると会場は約1200人のファンで満員となった。

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▲ガーファンクルのコンサートのチケット

 サイモン&ガーファンクルは1960年代、70年代に青春時代を生きた人間にとっては忘れることができない米のフォークロックポップ界の2人組で優しさと哀愁を含んだメロデイーと歌詞は当時の若者たちの心を捉えた。

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▲コンサート最後の場面(2017年7月18日、ウィ―ンのコンサートハウスにて撮)

 ハンガリー系ユダヤ人のポール・サイモンとルーマニア系ユダヤ人のアート・ガーファンクルの歌は世界を感動させ、「明日に架ける橋」や「サウンド・オブ・サイレンス」など名曲が次々と発表された。

 ガーファンクルが「スカボロ・フェア」を歌った時だ。途中、歌えなくなったのか、黙ってしまった。ガーファンクルは「この歌はちょうど50年前の歌なんだ。想い出が一杯詰まっていてね。少々感情的になり過ぎちゃったのかな」と説明していた。

 黄金の声と呼ばれてきたガーファンクルの歌唱力は変わらなかった。75歳の声ではなかった。高い声が会場を包む。ユダヤ教のシナゴークの合唱隊で歌って以来、サイモンと共に路上歌手として欧州を転々とした経歴を有する。ガーファンクルの自叙伝が今秋に発表されるというから、ぜひとも読んでみたい。

 ガーファンクルは超満員の会場でサイモンと共に歌った時代のことを思い出すかのように、コンサートハウスの会場のファンたちを見まわしていた。会場は当方のような年配の男性や女性のファンで一杯だ。好きな曲が飛び出すと、「ワ―」といった歓声と拍手が自然に飛び出す。

 会場での写真撮影やビデオ撮りは禁止されていたので、ガーファンクルの懐かしい姿を読者に紹介できないのは残念だ。黒いシャツに黒いズボン、イスに腰掛け、時には立ち上がって19曲をギター伴奏とピアノ(+キーボード)演奏を背景に歌った。2回ほど声がかすれる部分もあったが、本人が言うように、神が与えた美しい声は健在だった。

 時代は確実に変わった。ガーファンクルもファンも去っていった若き時代を懐かしむように、コンサートを共有した。しみじみとした雰囲気が伝わってくるコンサートは 大歓声のアンコールに応えたあと、 「さよならウィーンの友、さよならウィーン!」といって舞台から去るガーファンクルを会場のファンが立ち上がって歓声と拍手で見送り、夜10時前に幕を閉じた。


 なお、ガーファンクルは今年11月6日の札幌を皮切りに、同月17日まで計7回のコンサートを予定している。日本のファンもガーファンクルに再会できるチャンスがある。 

聖職者の性犯罪は「悪魔」の存在証明

 独南部レーゲンスブルクの「レーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊」(Domspatzen)内で起きた性的暴行・虐待事件について、「最終報告書」(約450頁)が18日、公表された。過去2年間の調査を担当した教会側のウルリッヒ・ヴェーバー弁護士(Ulrich Weber) によると、世界最古の少年合唱団として有名な同聖歌隊内で1945年以来、547人の少年聖歌隊員が暴力、性的虐待の犠牲となったという。具体的には、500人は暴力、67人は性的虐待の犠牲者だった。容疑者は49人は起訴されたという。

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▲世界的に有名な「レーゲンスブルク少年聖歌隊」(ドイツ観光局のサイトから)

 報告書によると、犠牲者の一人は「合唱隊は刑務所であり、地獄のような場所だった」と証言した。性犯罪が多発した時期は1960年代から70年代。1992年まで暴行事件が起きている。レーゲンスブルク教区は犠牲者に対し、5000ユーロから最高2万ユーロの賠償金を提示したという。なお、今年第1四半期に発表予定の「最終報告書」が遅れたのは、「新たな情報が次々と出てきたからだ」(同弁護士)という(「独教会の『少年聖歌隊』内の性的虐待」2016年10月16日参考)。

 ところで、なぜ愛を説くキリスト教会や教会関連施設で未成年者への性的虐待が多発するのかを少し考えてみた。教会側の主張によれば、聖職者や教会関係者による性犯罪の発生率は社会一般のそれより低いという。しかし、発生率が一般社会より低いという理由から、「聖職者の性犯罪問題はごくまれな例外的な出来事に過ぎない」と言い張ることはできないし、責任を回避できるわけではない。

 世界のローマ・カトリック教会関係施設だけでも数万件の聖職者による性犯罪が起きている。それだけでも、ローマ・カトリック教会が組織犯罪グループといわれても仕方がない。カトリック教会の信者数が12億人を超え、世界各地で慈善活動を展開していることもあって、その暗闇の面は余り問題視されないが、カトリック教会関係者による犯罪件数だけをみれば、組織犯罪グループと呼ばれても本来、不思議ではないわけだ。

 テーマに戻る。なぜ、イエスの愛を説き、慈善と奉仕をする聖職者が性犯罪を犯すのか。聖職者が神の存在を諭し、愛を説き、犠牲を強調するからではないか。聖職者が神の存在を無視し、単なる奉仕活動に専念するならば、教会関係者の性犯罪発生率は低下するのではないか。換言すれば、聖職者の未成年者への性犯罪が発生するのは、悪魔が存在するからだ。神を説く人間がいれば、悪魔は必ずその人間の傍に近づき、様々な試練を試みる。聖職者の性犯罪多発は、悪魔が存在する明確な証拠ではないか。

 「悪魔の存在」は、「神の存在」証明と比較すれば、これまで、世の知識人たちの関心を引かなかった。フリードリヒ・ニーチェは「神は死んだ」と主張したが、「悪魔が存在する」と叫んだ哲学者は余り聞かない。せいぜい、スウェ―デンの国民的作家ヨハン・アウグスト・ストリンドベリ(1849〜1912年)が「自分は神を探したが、出会ったのは悪魔だった」と慨嘆したことぐらいだ。(「悪魔(サタン)の存在」2006年10月31日参考)。

 神を主張するような人間が現れれば、悪魔はその知恵を駆使し、その存在を葬ろうとする。その試みはほぼ成功し、多くの聖職者が倒れてきた。サタンはイエスに対してすら3つの試練を試みたほどだ。ちなみに、聖書には約300回、サタンという言葉が出てくる。

 われわれは「神の存在」を久しく追及してきたが、神を見失ってきた。その最大の原因は神の存在を追求するあまり、その傍で冷笑している悪魔が存在することを完全に忘れてきたからではないか(「悪魔のPCには消却機能がない!」2016年3月6日参考)。

 聖職者が神の話をするゆえに、サタンの試練を受けやすく、性的犯罪を犯す。なぜ性犯罪か。旧約聖書創世記を読む限りでは、人類の罪が蛇に象徴されている天使長ルーシエルの誘惑を受けて、不倫な愛を犯したことから始まったからだ。

 なお、「レーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊」での聖職者関係者の性犯罪問題について、前法王ベネディクト16世(本名;ヨーゼフ・ラッツィンガー)の実兄で合唱隊の責任者だったゲオルグ・ラッツィンガ―氏と、レーゲンスブルク教区責任者だった前バチカン教理省長官ゲルハルト・ミュラー枢機卿の職務怠慢と隠蔽責任に対する追及の声が出ていることを付け加えておく。

「北」との対話の必要性とその限界

 韓国の文在寅政権は17日、北朝鮮に対し軍事会談と赤十字会談を提案した。韓国紙中央日報(日本語電子版)によると、「今回の政府の提案は文在寅大統領が6日、『ベルリン構想』として知られている『新韓半島(朝鮮半島)平和ビジョン』の後続措置だ。韓国政府の北朝鮮への提案の核心内容は21日、板門店で軍事会談を開いて軍事境界線一帯での敵対行為の中断を議論する一方、南北赤十字会談を開いて離散家族対面を推進するということだ」

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▲北との対話に乗り出した文在寅大統領(韓国大統領f符の公式サイトから)

 対立している者同士、国同士が対話することは基本的にはいいことだ。とりわけ、朝鮮半島では南北間の対話が欠かせないが、同時に、北との対話がどのような意味があるかを韓国側は慎重に検討し、次の一手を考えなければならないだろう。過去の韓国政権は、北側に対話を申し出たことがあるが、その成果はどうだったかを忘れてはならない。
 独裁国家・北朝鮮にとって、韓国との対話に応じる時には明確な目的がある。離散家族の再会問題でも、北にとって経済的利点があるから応じるのだ。また、米国の軍事的介入というシナリオを回避するために防衛線を張る狙いもあるだろう。

 米日韓は北側に非核化を要求している。核・ミサイルの開発停止と放棄だ。そのために、国際社会は厳しい経済制裁に乗り出している。対話はその目的を促進するものでなければならない。障害となってはならない。

 「対話」はいい言葉だ。対話するのを止めろという人は少ないだろう。なぜならば、紛争を解決し、最終的に和解するためには対話が不可欠だからだ。北に制裁を強化している米日両国も、北に対話を申し出た韓国側に、「制裁の効果を失うから対話をしない方がいい」と助言することはできない。

 実際、菅義偉官房長官は18日、「南北間の対話が制裁に悪影響を与えるとは思わない」というコメントを出している。それ以外、答えられないだろう。菅長官が「韓国は対話はしない方がいい」といえば、ソウルは激怒することは目に見えている。

 しかし、北との対話には常に一定の危険が伴う。戦略的にみても、制裁を強化している時だけに、対話はあくまでも目標を明確にし、その目標が達成できない時は潔く対話テーブルから出ていく賢明さを忘れてはならない。北の瀬戸際外交、対話路線が何を意味するか韓国側は過去、十分すぎるほど学んできたはずだ。

 もちろん、北側は今回の韓国政府の提案に返答していない。文大統領のベルリン構想を「寝言のような詭弁」と酷評している北側だ。現段階で南北対話云々といっても時期尚早かもしれないが、北は米日韓に楔を打ち込む狙いから必ず応じてくるとみている。

 その時だ。韓国側が対北対話での成果を焦るようだと、北側に付け込まれる恐れが出てくる。ましてや、北側は南北首脳会談という美味しい議題をちらつかした時、果たして文政権は首尾一貫した姿勢を貫くことができるだろうか、といった一抹の不安がある。

 北側にとって、核問題は韓国との間の議題ではなく、米国とのテーマだ。その意味で、韓国側が対話で非核化問題を話し合うこと自体に限界がある。

 対話、人道、和解、寛容という言葉が北の外交官の口から飛び出したら、韓国側は注意する必要がある。北側が人道、民族の和解という表現を使いだしたら、「あなた方こそそれらにブレーキをかけてきた」と指摘する度胸が必要だ。「人道的連帯」とか「民族の和解」といった甘い言葉には乗ってはならない。

 韓国の新政権が早々と対話のカードを切った、というニュースを聞いて、お節介かもしれないが、警告を発した次第だ。

イスラエルとハンガリーの「相性」

 人間同士、夫婦同士にも相性の良し悪しがある。国との関係でも相性の良し悪しはあるだろうか。同盟国、友邦国、血で繋がった同盟(血盟)といった表現があるから、国同士の関係にも相性があるはずだ。

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▲ハンガリーを訪問するイスラエルのネタニヤフ首相(ウィキぺディアから)

 イスラエルのネタニヤフ首相が18日、ハンガリーの首都ブタペストを訪問し、オルバン首相と首脳会談をする。それを聞いて、「イスラエルの首相がハンガリーを訪問するとはね」という思いが湧いてきた。中東のイスラエルと“欧州連合(EU)の異端児”といわれるハンガリーの組み合わせがピンとこないからだ。

 ネタニヤフ首相は16日、パリを訪問し、今売り出し中のエマニュエル・マクロン新大統領と会談したばかりだ。マクロン大統領はネタニヤフ首相にイスラエルとパレスチナ2国家共存論に基づく和平案の受け入れを求めたという。それに対し、ネタニヤフ首相は余り深入りせずに返答をぼかしたという。

 話はイスラエル首相のブタペスト訪問だ。イスラエル首相がブタペストを訪問する以上、両国の共通点があるはずだ。欧州諸国はガザ地区問題や入植地拡大政策でイスラエルに対し批判的で、その自制を促しているが、ハンガリーのオルバン政権は批判していない。難民受け入れ問題ではオルバン首相はイスラム教難民・移民の受け入れを拒否するなど、その政策はイスラエルに評価されている。

 それでは、両国の対立点はどうか。ある。「反ユダヤ主義」だ。ハンガリー国内には反ユダヤ主義傾向が常に強い。歴史を振り返ると、ナチス・ドイツ時代、ヒトラー政権のユダヤ人虐殺を最も手助けした国は欧州ではハンガリーだった。何十万人ものユダヤ人がハンガリーからドイツの強制収容所に送られ、そこで犠牲となっている。

 スウェーデン人外交官ラウル・ワレンバーク(1912〜47年)をご存じだろう。同外交官は駐在先のハンガリーで約10万人のユダヤ人たちにスウェーデンの保護証書を発行して救ったユダヤ人の英雄だ(同外交官はナチス軍の敗北後、ハンガリーに侵入してきたソ連軍によって拉致され、ソ連の刑務所で射殺された)。ナチス・ドイツにとって、ハンガリーは当時、重要なパートナーだったわけだ。

 最近では、ハンガリーのブタペスト出身のユダヤ系の世界的な米投資家、ジョージ・ソロス氏が1991年、冷戦終焉直後、故郷のブタペストに創設した大学、中央ヨーロッパ大学(CEU)について、オルバン政権は厳しく対応し、その閉鎖すら要求する勢いだ。すなわち、ハンガリーには反ユダヤ主義がくすぶり続けているわけだ。世界ユダヤ協会(WJC)の第14回総会がブタペストで開催された時(2013年5月5日)、ハンガリーの反ユダヤ主義に批判の声が出たことがあった(「WJCの批判とハンガリーの反論」2013年5月6日参考)。

 それでは、なぜネタニヤフ首相は反ユダヤ主義が強いハンガリーをわざわざ訪問するのだろうか。オーストリア日刊紙プレッセ(13日付)によると、「オルバン首相自身は国内の反ユダヤ主義の対策に努力していること、ソロス氏の大学の件でもイスラエル側は入植地問題やパレスチナ問題でイスラエル政府に批判的なソロス氏を好ましく考えていないこと」などを指摘し、ハンガリーの反ユダヤ主義はナタニエフ首相のブタペスト訪問の障害とはならないという。

 イスラエルはパレスチナ問題では国際社会から批判を受けることが多い。それだけに、イスラエルの入植地政策に理解を示すEU加盟国ハンガリーは大切な国だ。一方、EUのブリュッセルから異端児と酷評されるハンガリーとしては、中東のイスラエルからゲストを迎えることはハンガリー外交の威信を高めるものだ。両国の利害は案外近い。その上、ネタニヤフ首相とオルバン首相の相性もけっしてかけ離れてはいないだろう。

保守派論客マイスナー枢機卿の「死」

 ローマ・カトリック教会の代表的保守派聖職者、ヨアヒム・マイスナー枢機卿は今月5日、療養先のバード・フェシング(Bad Fussing) で死去した。83歳だった。バチカン法王庁内で改革派と保守派の熾烈な闘争が展開されている時、保守派代表の一人、マイスナー枢機卿が亡くなったわけだ。

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▲保守派聖職者の代表だったマイスナー枢機卿(独ケルン大司教区の公式サイトから)

 独ケルン大聖堂で15日、マイスナー枢機卿の葬儀ミサが挙行された。主礼はケルン大司教区のヴェルキ枢機卿、ミュラー前教理省長官やフランシスコ法王の法王公邸管理部室長秘書のゲオルグ・ゲンスヴァイン大司教ら教会関係者や政治家たちが参席。ハンガリー教会最高指導者ペーテル・エルドー枢機卿が追悼礼拝をした。

 マイスナー枢機卿は1933年、ブレスラウで生まれ、62年に神父、75年にエルフルトで補助司教に、1980年にヨハネ・パウロ2世からベルリン大司教区の大司教に、83年に枢機卿に任命された。マイスナー枢機卿は89年2月、ケルン大司教区の大司教に就任。75歳を迎えた時、教会法に従って辞職を申し出たが、当時のローマ法王ベネディクト16世の要請で職務を継続してきた。

 ケルン大司教区のマイスナー枢機卿の後継者、ライナー・マリア・ヴェルキ 枢機卿は、「マイスナー枢機卿は常に神を中心に置き、それ以外はどうでもよかった。その言動、政治的、社会的見解も常にキリスト教の教えを中心に置いていた」と述べている。マイスナー枢機卿はその言動には揺れのない聖職者だった。

 フランシスコ法王は2016年4月8日、婚姻と家庭に関する法王文書「愛の喜び」(Amoris laetitia)を発表した。256頁に及ぶ同文書はバチカンが2014年10月と昨年10月の2回の世界代表司教会議(シノドス)で協議してきた内容を土台に、法王が家庭牧会のためにまとめた文書だ。その中で、「離婚・再婚者への聖体拝領問題」について、法王は、「個々の状況は複雑だ。それらの事情を配慮して決定すべきだ」と述べ、法王は最終決定を下すことを避け、現場の司教に聖体拝領を許すかどうかの判断を委ねた(4人の枢機卿、『法王文書』へ質問状」2016年12月17日参考)。

 その時、マイスナー枢機卿は他の3人の枢機卿と共にフランシスコ法王宛てに書簡を送り、離婚・再婚者への聖体拝領問題で法王の見解はキリスト教の教えに反していると抗議し、バチカン法王庁内で大きな物議を巻き起こした。法王に間違いを諭したのだ。
 

 ドイツで中絶問題が話題になった時、枢機卿は神の与えた命の尊さを強調し、反対した。聖職者の独身制廃止、女性聖職者の任命問題、安楽死問題でもキリスト教の教えに反するとして強く反対してきた。マイスナー枢機卿は欧州のキリスト教社会の代表的な保守派論客だった。

 同枢機卿が最も嫌ってきたことは、「時代の流れに迎合した言動」だった。枢機卿にとって、カトリックの伝統的な教えが全てだった。そこから離れるような言動には激しい抵抗があったのだろう。
 信念に生きた枢機卿の歩みは一貫性があり、すっきりしていた。世の中の風潮に媚びない潔さは文字通り、保守派論客の風格すら感じさせた。

 しかし、それだけでいいのだろうか、という思いが出てくる。例えば 2000年前のイエスの教えはユダヤ教社会では異端だった。安息日に悩む人を癒すイエスを咎めたユダヤ教指導者の姿を思い出してほしい。彼は非情で頑迷な指導者ではなく、ひょっとしたらマイスナー枢機卿のように、ユダヤ教の教えを絶対視する真摯な宗教指導者だったのではなかったか。

 だから、というべきか、それゆえに、と表現すべきか迷うが、ユダヤ教指導者たちはイエスの教え、福音に躓いてしまった。ユダヤの律法を絶対視する信仰深い人々であったゆえに、イエスを理解できず、最終的には十字架に追いやってしまったわけだ。イエスに従った人々、弟子たちの多くは教養のない、社会的には下層の人々だった。モーセの律法すら知らない人々だったという。

 マイスナー枢機卿を批判する気持ちはない。彼はイエスの御言葉とカトリックの伝統的な教理を死守する信仰深い指導者の一人だったと信じるからだ。

 問題は、時代が実際、変化する時だ。神は預言者、指導者を必ず送り、時の印を告げると述べている。イエス自身が終末の時の訪れについて、「無花果の木からこの譬えを学びなさい。その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことが分かる」と象徴的に述べている。すなわち、時の印だ。

 キリスト教神学を構築した聖パウロの話を少し思い出してみる。サウロ(改名前)は熱心なユダヤ教徒だった。ナザレのイエスの教えを信望するキリスト信者を弾圧することを神のみ心と考えてきた。サウロはキリスト者を迫害するためにダマスコへ向かう途上だった。その時、十字架で殺害されたイエスが突然出現、「サウロ、サウロ、なぜ私を迫害するのか」と問い詰める。激しい光を受けたサウロは目が見えなくなってしまった。アナニアというイエスの弟子がサウロのために祈るとサウロの目から鱗のようなものが落ちて、目が見えるようになった。復活したイエスを目撃したサウロは回心し、敬虔なイエスの弟子となった。サウロはパウロに改名し、世界の宣教に向かう。

 次に、宗教改革者マルティン・ルター(1483〜1546年)の話だ。ルターが当時のローマ・カトリック教会の腐敗を糾弾し、「イエスのみ言葉だけに従う」といった信仰義認を提示し、贖宥行為の濫用を問いかけた「95箇条の論題」を発表してから今年10月で500年目を迎える。ルターは「教会は刷新しなければならない時を迎えている」と信じて立ち上がった聖職者だった。

 21世紀に入り、時は激しく動き、大きなうねりとなって流れてきた。マイスナー枢機卿にはサウロやルタ―のような出会いはなかったのだろうか。枢機卿はカトリックの教義を死守しながら生涯を終えた。新しい神の言葉を見いだせない以上、カトリックの伝統的な教理にしがみ付く以外に道がなかったのかもしれない。保守派の論客、マイスナー枢機卿の死は少々、心が痛い。

被告席に座る聖職者たちの「弁明」

 人には恐れがある。一つは神の目であり、もう一つは自身の良心だ。神を信じる人々にとって神の審判が最も恐ろしい。悪事を重ねた場合、誰に知られなくても、良心が痛む。神の目を否定し、良心を隠蔽したとしても、その痛みは消えない。

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▲ミケランジェロの「最後の審判」

 ところで、聖職に従事している人々が検察当局に訴えられ、被告席に座って裁判の判決を待つ身となるケースが最近、増えている。

 今月18日、2件、バチカン関係者の公判が開始される。1件はローマ法王フランシスコが2014年2月に新設したバチカン法王庁財務事務局ポストの責任者に抜擢した前オーストラリア教会最高指導者ジョージ・ペル枢機卿が同国の検察所から未成年者への性的虐待容疑で起訴されたのだ。枢機卿はバチカンの職務を休職し、既にオーストラリアに帰国しており、メルボルンの裁判に出廷して自身の潔白を表明するという。同枢機卿の未成年者虐待容疑は既に数年前からくすぶっていたが、同枢機卿はその度に、「私を中傷する目的であり、全く事実ではない」と強く否定してきた。同枢機卿の容疑については、このコラム欄で数回紹介済みだ(「ローマ法王の『任命責任』」2017年7月2日参考)。

 もう1件はバチカンのお膝元で18日、 ローマのバンビーノ・ジェズ小児病院の件で法王庁児童病院基金の責任者2人が基金の資金を目的外に使用した疑いで裁判を受ける。具体的には、同基金の会長と財務担当者が病院用の資金40万ユーロ以上をタルチジオ・ベルトーネ枢機卿の住居改築に使用した疑いがもたれている。同枢機卿は前法王ベネディクト16世時の国務省長官だった高位聖職者だ。
 バチカン検察局が13日、公表したところによると、 ベルトーネ枢機卿自身は児童病院基金が自身の住居の改築に使われたとは知らなかったと弁明している。

 一方、フランスののローマ・カトリック教会リヨン大教区のフィリップ・バルバラン枢機卿への未成年者への性的虐待容疑の捜査が停止されたという。フランス教会司教会議が明らかにし、バチカン放送が13日、報じた。

 同枢機卿への容疑はリヨン大司教区での聖職者の未成年性的虐待事件を隠蔽し、警察当局に通達しなかったという疑いだ。

 2人の神父が未成年者への性的虐待を犯したのは1970年と90年代だった。バルバラン枢機卿がリヨン大司教区に就任する前だったこともあって、責任はないというわけだ。
 ちなみに、社会党政権時代のマニュエル・ヴァルス 首相はバルバラン枢機卿の辞任を公共の場で要求したことがある。それに対し、フランシスコ法王は昨年5月、インタビューの中で同枢機卿を擁護し、聖職者の性犯罪問題でも必要な対応を実施してきた聖職者だと証している。

 バチカン関係者が絡んだ2件の公判が18日に始まり、もう1件は検察側が起訴を断念したケースだ。それにしても、バチカン関係者や高位聖職者の裁判問題が話題になることは一昔前は考えられなかった(前法王ベネディクト16世時代、聖職者の未成年者への性的虐待事件が次々と暴露されて以来、カトリック教会は世界各地で多くの裁判問題を抱えている)。

 神の「審判」を恐れる聖職者はこの世の裁判の「判決」を恐れないが、裁判所の判決を恐れ、神の目を恐れない聖職者が出てきた。神を見失ってしまった聖職者たちの台頭だ。被告席に座る聖職者の姿はもはや珍しくなくなってきたのだ。

中国共産党は劉暁波氏を殺した

 中国の代表的人権活動家で2010年のノーベル平和賞受賞者、劉暁波氏(リュウギョウハ)が13日、入院先の遼寧省瀋陽市の病院で、多臓器不全のため死去した。61歳だった。同氏は服役中に病が悪化し、肝臓がんに侵されていたが、習近平国家主席ら中国共産党政権は海外で治療を願う同氏と家族関係者の要求を最後まで拒否し続けた。

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▲天安門事件の犠牲者を追悼する香港市民愛国民主運動支援連合会(支連会)と7月1日の民主化デモを主催する民間人権陣線は30日夜、獄中で末期の肝臓がんと診断された人権活動家、劉暁波氏が海外出国による治療を習近平中国国家主席に求めるデモを行った(撮影:深川耕治)


 同氏は、旧チェコスロバキアの人権活動家、1977年起草した「憲章77」メンバー、バーツラフ・ハベル(1936〜2011年)のように、民主化運動のシンボルだった。“中国のハベル”と呼ばれた。同氏は2008年の公表した民主化を要求した「08憲章」の起草者の一人であり、10年2月に国家政権転覆扇動罪で懲役11年の実刑判決を受けて服役していた。

 当方は冷戦時代、旧ソ連・東欧共産政権を取材してきた。中国共産党政権は隣国・北朝鮮と共に残された最後の共産党独裁政権だ。ソ連・東欧共産政権は1980年代後半から次々と崩壊していった。中国共産党政権と北独裁政権の終焉ももはや時間の問題だ。

 中国共産党政権は経済力を背景に影響力を世界に誇示しているが、共産党独裁国家である限り、崩壊は回避できない。これは歴史がわれわれに教える原理だ。

 実際、中国共産党内では現在、激しい指導層の権力争いが展開する一方、国民は真の自由を求めている。「言論・結社の自由」、「宗教の自由」を制限する中国共産党政権には持続的な未来はない。法輪功信者への臓器狩りを想起するだけで、中国共産党政権の実相は明らかだ(「法輪功メンバーから臓器摘出」2006年11月23日参考)。

 ところで、日本にも日本共産党がまだ存在している。その運命も同様だ。冷戦終焉直後、日本共産党関係者は、「われわれはソ連や東欧の共産党とは違う」と口癖のように弁明してきた。確かに、違いは一つあった。ソ連・東欧共産党は政権を掌握していたが、日本共産党は単なる野党勢力に過ぎない。しかし、日本共産党が共産主義の過ちを認め、その看板を下さない限り、その政治コアは同じであり、非人間的世界観は変わらないから、その運命も同じだ。

 「われわれは違う」という日本共産党の醜い言い訳を聞く度に、思い出すことがある。イスラム過激派テロ組織がフランス、ベルギー、ドイツでテロ行為をする度に、イスラム教への批判が高まるが、欧州のイスラム教指導者たちは、「彼らはイスラム教徒ではない。われわれは違う」と反論する。確かに、その主張の一部は当たっているが、そのコアにはやはり共通点がある。神学者ヤン・アスマン教授が指摘するように、非政治化プロセスが遅れているイスラム教には依然、その教えに潜在的攻撃性が除かれていないからだ。

 日本共産党の主張、「われわれは違う」は、イスラム教指導者の「イスラム過激テロリストは本当のイスラム教ではない」という言い訳に酷似しているわけだ。
 日本共産党が主張する本当の共産主義、国家はどこにあるのか。共産党幹部たちは労働者の苦悩など関心なく、書斎でマルクス・レーニン主義をかきまわしているだけだ。

 当方は「『共産党』を“誤解”している友へ」(2015年11月8日参考)というコラム記事を書いた。日本共産党に騙されてはならない。繰り返すが、そのコアは劉暁波氏を殺害した中国共産党と何ら変わりがないのだ。平和時の共産党の甘いプロパガンダに騙されてはならない。

 中国共産党政権は欧州連合(EU)に「市場経済国」の認定を求める前に、独裁一党制を廃止し、「言論・結社の自由」、「宗教の自由」を認めよ。

 劉暁波氏の冥福を祈る。

G20は今後、海上の空母で開催を

 主要20カ国・地域首脳会議(G20)は今月7日から2日間の日程で独ハンブルク市で開催されたが、独メディアはその後も連日、G20の総括と課題について報じている。主要テーマはG20の政治課題の成果云々ではなく、開催地ハンブルク市内で展開された治安部隊と左翼過激派グループとの衝突についてだ。

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▲G20の治安関係者に感謝するメルケル首相(ドイツ連邦首相府の公式サイトから)

 はっきりとしてきた点は、G20のように世界から首脳が集まる国際会議は治安対策のためには、もはやハンブルクなど都市では開催できないということだ。主要交通ネットから離れた疎外地か、ニューヨークの国連か、さもなければ海上の航空母艦で開く以外に安全な開催はできなくなったといった声が治安関係者から聞かれるのだ。2019年のG20開催国の日本にとって、ハンブルクでの暴動は大きな警告を含んでいると受け取るべきだろう。

 独週刊誌シュピーゲル(電子版、11日付)が報じたとことによると、治安部隊と衝突し、店舗を破壊、略奪、警察官への暴行などの罪状で拘留中の左翼過激派活動家の数は現在51人だ。彼らはドイツ人だけではなく、世界各地から破壊行為のためにハンブルクに集まった職業左派過激派活動家だったことが明らかになったのだ。

 ハンブルク検察当局が公表した情報によると、拘留中の51人のうち28人はドイツ人、イタリア人6人、フランス人3人、オランダ人とロシア人が各2人、そしてオーストリア、スイス、スペイン、ルーマニア、ポーランド、チェコ、ハンガリー、ギリシャ、ベネズエラ、セネガルが各1人だ。

 拘束中の過激派活動家は主に16歳から30歳の若者たちだ。主要容疑は、身体傷害、公務執行妨害、器物損壊などだ。1人のドイツ人は警察ヘリコプターのパイロットに向けてレーザー照射したことから殺人未遂の容疑をかけられている。

 ハンブルク市内の暴動の多くは政治的信条とは全く関係のないヴァンダリズム(破壊行為)に過ぎないという意見が支配的だ。「反グロバリゼーション」、「自由貿易協定反対」といった真剣なテーマを掲げていたデモ参加者もいたが、左翼過激派活動家たちの暴動はそれらの主張を完全にかき消してしまった感じだ。

 反グロバリゼーションのグループ(Attac)は「意味のない暴動」と左翼過激派の蛮行を批判し、市民運動同盟は、「暴力フリーのデモでない限り、国民の心を捉えることはできない」と強調しているほどだ。

 ところで、ハンブルク市内の暴動は社会民主党(SPD)、左翼党、「緑の党」らの左派系政党に少なからずの影響を与えるだろうと受け取られている。彼らは燃えあがる自動車、破壊されたショーウィンドウの写真を見て、左派系デモ活動の実態を目撃し、今秋に実施される連邦議会選への影響を懸念せざるを得なくなったわけだ。ちなみに、与党「キリスト教民主同盟」(CDU)関係者は「左翼党、緑の党、SPDは左翼過激派活動に対してこれまで目を瞑ってきた」と批判している。

 シュピーゲルは「ハンブルクの左翼過激派の破壊行為は決してローカルの出来事ではない。SPD全体に大きな影響を及ぼすものだ。シュルツ党首やハンブルク市のシォルツ市長(SPD)はハンブルクの暴動について深刻に考えざるを得ないだろう」と指摘している。社民党は国内治安や国防問題には弱い、といった党のイメージを改めて想起させる結果となったというのだ。

 シュルツ党首は、「ヴァンダリズムはテロ行為だ。警察部隊がわれわれの民主主義を守ってくれたことに感謝する」と述べ、ハンブルクの出来事を教訓としてシリアスに受け取っていることを示唆している。

 なお、ハンブルク警察は170人までの捜査官からなる「特別委員会」を設置し、破壊行為を主導した活動家の割り出しに乗り出す意向だ。警察当局は「2000枚以上の写真とビデオを入手している。それらを慎重に解析し、過激派活動家を割り出していく」という。なお、左翼過激派の暴動で約500人の警察官が負傷した。

坂本冬美さんの「梅干」が届いた

 日本の代表的女性演歌歌手の坂本冬美さんから、彼女の出身地紀州産の梅干しがウィーンのわが家に届いた。誤解を避けるために少し説明すると、坂本さんから紀州産梅干しをプレゼントされた知人からいただいたのだ。紀州産梅干しの包装紙には「冬美の梅干し」と書いてある。ふるさと自慢、紀州南高梅だ。

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▲ウィ―ンのわが家に届いた「冬美の梅干し」(2017年7月12日、撮影)

 どのような経緯であの坂本冬美さんの梅干しをもらったのかを説明する。梅干しをプレゼントした坂本さんが聞いたら、「どうしてあなたにあげた私の梅干しがウィ―ンまで行ったのかしら?」と首を傾げられるかもしれないし、ひょっとしたら、気分を悪くされるかもしれない。

 梅干しと坂本冬美さんのつながりを聞けば、坂本さんは紀州和歌山出身で歌手になる前、梅干し製造会社で「梅干しの塩加減管理担当」として働いていたとのこと。それが歌のコンクールで優勝して大好きな歌手の道へ、そして演歌歌手坂本冬美さんとなった。今回、舞台公演の初日に、坂本さんは舞台関係者やお芝居の脚本家たちに自分の出身地の紀州梅干しをプレゼントされた。その中に知人の演出家もいたのだ。

 欧州に住んで居ると梅干しが食べたくなるが、美味しい梅干しを見つけるのが容易ではない。ウィ―ン市内にも日本食品店に行けば売られているが、紀州産梅干しではない。塩が強すぎたり、実が硬すぎることが多い。紀州の梅干しを一度でも食べたことがある人なら、その違いは分かるはずだ。果物を食べているようにボリュームがあり、塩加減は抜群だ。温かいご飯の上に一つおいて、食べれば最高だ。年を重ねるほど日本の味は恋しいのだ。

 知人は以前、紀州産梅干しをウィーンに送ってくれたことがあった。それを食べて以来、紀州産梅干しのファンとなった。梅干しが大好きな当方夫婦のことを知る彼は、今回あの坂本さんからの特別紀州梅干しを送ってくれたのだ。その味は一層格別だ。梅干しの数は限られている。大切に味わいながら食べなければならない。

 紀州梅干しに喜々とする当方の話を坂本冬美さんが聞かれれば、びっくりされるかもしれない。個人的には坂本さんを知らないが、彼女の演歌はYouTubeでよく聞く。演歌歌手の坂本さんがプレゼントした梅干しがウィーンに住む当方の口に届いたのだ。希有な出会いだ。ありがとう。坂本冬美さん、そしてウィ―ンまで送ってくれた知人よ、出来れば、来年も宜しく。

「南北の仲介」に動き出したバチカン

 ローマ・カトリック教会の総本山バチカン法王庁は韓国と北朝鮮間の仲介に動きだした。10日のバチカン放送によると、フラシスコ法王は南北間の仲介役に南米エルサルバドル出身のグレゴリオ・ローサ・チャベス(Gregorio Rosa Chavez)枢機卿を任命した。同枢機卿(75)は近日中にも韓国を訪問し、現地の声を集め、南北間の調停の可能性、その方法を韓国側の関係者と話し合う予定だ。

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▲南北間の仲介役に任命されたチャベス枢機卿(ウィキぺディアから)

 バチカンが南北間の仲介に乗り出す契機は、韓国の文在寅大統領が5月、ローマ法王フランシスコ宛てに書簡を送り、その中で「南北間の和解への仲介」を要請したことから始まった。バチカン放送(独語電子版)は当時、「韓国、バチカンの仲介を希望」という見出しで文大統領の写真を掲載して大きく報道したほどだ。

 世界に12億人以上の信者を抱えるバチカン市国の外交の評価は悪くない。2014年末の米国とキューバ間の外交関係回復の背後にはバチカンの調停があったといわれている。韓国側は「米・キューバ間のようなバチカンの調停外交は南北間でも可能と信じている。南北間の真摯な対話を促進できるはずだ。北朝鮮は目下、欧米諸国に対して信頼を失っているからだ」と述べている。

 調停役に任命された枢機卿について、バチカン放送は「チャベス枢機卿は1980年に殺害されたオスカル・ロメロ大司教(サンサルバドル教区)と共に歩んだ聖職者だ。ロメロ大司教はエルサルバドル内戦の人権問題を世界にアピールしたが、暗殺された。大司教の死はエルサルバドルの民主化運動を高める結果となった。チャベス枢機卿は殉教したロメロ大司教の列聖のためにこれまで努力を払った聖職者だ。その結果、1990年にロメロ大司教の列福審査が始まり、2015年、フランシスコ法王によって列福された。そのチャベス枢機卿が今度は朝鮮半島の統一平和実現のための調停役に任命されたわけだ。

 チャベス枢機卿の使命は大変だ。北側が先ず同枢機卿を仲介役として受け入れるかは全く不明だからだ。国際キリスト教宣教団体「オープン・ドアーズ」によれば、北朝鮮には5万人から7万人のキリスト者が同国内の30以上の強制労働収容所に拘留され、虐待されている。北全土には約40万人のキリスト者が地下活動を強いられている。同団体が公表する宗教迫害国リストでは北朝鮮は毎年、最悪国トップにランクされている。北側が現時点でバチカンの仲介役を受け入れる可能性は少ない。チャベス枢機卿の忍耐と知恵が求められるわけだ。

 ところで、北朝鮮は西暦2020年頃には崩壊する説がある。それによると、「北朝鮮建国後、朝鮮戦争(韓国動乱)から2020年で70年目を迎えるが、北は70年を迎えるころから衰退していく」というのだ。ちょうど、ソ連が70年目を迎える前に崩壊し、旧東欧共産圏は解放されていったようにだ。共産主義、無神論国家は「70数」を迎えることが出来ない宿命にあるというのだ。

 金正恩労働党委員長が率いる北朝鮮は今日、核・弾道ミサイル開発に躍起となっている。それに対し、国際社会は対北制裁を課しているが、朝鮮半島の緊張はここにきて高まってきている。金正恩氏は核戦争すら辞さない強硬姿勢を示している。「2020年北崩壊」まであと2年余りとなった。
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