ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2016年12月

「謝罪外交」から「慰霊外交」へ

 今年最後のコラムのテーマとしては不適切かもしれないが、「謝罪」と「慰霊(追悼)」について考えた。両者はその使用する状況も意味も異なるが、政治家が過去問題に踏み込む時、「謝罪」と「追悼」を意識的に使い分ける場合がある。積極的な外交を展開させている安倍晋三首相の外交は「謝罪外交」ではなく、明らかに「追悼・慰霊外交」と呼ぶべきだろう。

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▲「真珠湾を訪問した安倍首相」(2016年12月27日、首相官邸公式サイトから)

 「謝罪」の場合、その言動に問題があったことを認め、それを告白し、犠牲者に許しを請う行為だが、「追悼」の場合、犠牲者への慰霊を主要目的としている。犠牲者と追悼する本人との関係はそこでは厳密には問われない。戦争や紛争で亡くなった人々への同胞愛からの発露が追悼であり、慰霊だろう。

 安倍首相は旧日本軍の慰安婦問題については謝罪を表明しているが、真珠湾攻撃では謝罪ではなく、犠牲者への慰霊を表明してきた。オバマ米大統領は今年5月、広島の原爆被爆地を訪ね、犠牲者への慰霊を表明しているが、謝罪はしていない。

 「謝罪」外交の場合、政治家は国内で強い抵抗に対峙するケースが考えられる一方、「慰霊」外交の場合、国民の納得が得られやすいという事情がある。「謝罪外交」は時間を止めて、一定の言動をターゲットに集中するが、追悼は生きている現在の立場から亡くなった犠牲者への呼びかけであり、死者との連帯感の表明だ。

 安倍首相は広島でオバマ氏に慰霊を願い、オバマ大統領は真珠湾では安倍氏に犠牲者への慰霊を求めたわけだ。両者の外交を積極的に評価するとすれば、「慰霊」が未来志向であり、敵国だった相手国との和解を最優先とした言動だという点だろう。

 慰霊といえば、宗教者の姿を思い出す。「慰霊」は本来聖職者の業だ。様々な事情、状況から犠牲となった多くの魂に対し、生きている人間が慰め、癒しの声をかけ、未来への良き世界を約束する歩みだ。「謝罪外交」が加害者と犠牲者という枠組に拘り、どうしても政治的やり取りが出てくるが、「慰霊外交」は癒しと許しを前面に出した宗教的行為に近い。慰霊には敵も味方もない。

 時間を止めるべきではない。緩やかな動きだとしても、時間の動きに合わせ、過去を振り返り、現在を律し、未来のために歩んでいくのが現代人の役割だろう。

 「慰霊外交」を進める安倍外交が欧州で注目されるのは、欧州が過去、戦争や民族闘争の舞台となり、無数の人々が犠牲となった地だったからだろう。「謝罪」を求め出したら、和解の道が閉ざされてしまう。過去を追悼し、慰霊する言動こそ21世紀の現在、最も必要なことだろう。安倍外交に欧州が注目する点は多分、そこにあるのはないか。日本が敵国だったロシア、米国、そして中国とどのような和解を実現させるか、欧州は安倍外交の行方に関心を注いでいるわけだ。

 最後に、1年前の日韓両国間の慰安婦問題の合意について、韓国の世論調査では「破棄すべきだ」という声が高まってきたという(聯合ニュース日本語版)。同時に、韓国の市民団体が在釜山日本総領事館前に慰安婦被害者を象徴する少女像を設置することに、管轄自治体の釜山市東区が認めたというニュースが流れてきた。年明けから安倍外交の真価が問われそうだ。

EUの「統合」の紐が解れ出した年

 2016年もあと2日で終わり、17年の新年を迎える。そこで欧州の過去1年間の動きを早足で振り返ってみた。

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▲欧州議会からの「クリスマスと新年の挨拶」(欧州議会の公式サントから)

<イスラム過激テロ>
 先ず、イスラム過激派テロ事件が多発した年だった。イスラム系移民が欧州で最も多いフランス、そしてベルギーでイスラム過激派テロ事件が頻繁に起き、フランス革命記念日の日(7月14日)、同国南部ニースの市中心部のプロムナード・デ・ザングレの遊歩道付近でチュニジア出身の31歳のテロリストがトラックで群衆に向かって暴走し、85人が犠牲となるという事件が発生した。その後、テロの波は欧州連合(EU)の盟主ドイツへ移動し、12月19日には12人の犠牲者が出たベルリンの「トラック乱入テロ事件」が起きたばかりだ。

<難民・移民の殺到>
 イスラム過激派テロ事件の背景には2015年から続く北アフリカ・中東からの難民・移民の殺到がある。15年には100万人を超える難民・移民がドイツなど欧州に殺到し、その受け入れ体制でEU加盟国間で対立が表面化した。東欧のハンガリーやスロバキアはイスラム系の難民受け入れを拒否している。同時に、EUの難民政策の分裂を巧みに利用したプーチン露大統領の欧州分断工作が功を奏した年でもあった。

 メルケル独首相は難民歓迎政策を実施してきたが、国内で難民によるテロ事件が勃発し、難民受け入れの規制を求める声が急増したため、それに応じざるを得なくなった。ただし、同首相は難民受け入れの最上限設置には依然抵抗を示している。

<英EU離脱決定>
 EUにとって今年は歴史的な年となった。EUの主要加盟国の英国が6月23日、EUからの離脱か残留かを問う国民投票を実施し、離脱派が51・9%を獲得して勝利した。残留派で国民投票の実施を呼びかけたキャメロン首相は翌日、敗北を認め、引責辞任を早々と表明した。離脱決定後、英国は離脱決定をブリュッセルに通知するのを躊躇し、「われわれはEUに留まりたい」という声がロンドン都市部を中心に高まっていった。いずれにしても、EUの拡大を進めてきたブリュッセルにとって初めて加盟国の脱退となるだけに、大きな衝撃を受けた。ブリュッセルの官僚主義的な運営に批判の声が聞かれる。

 英国のEU離脱決定は、欧州レベルではフランスのマリーヌ・ル・ペン党首が率いる「国民戦線」、オランダのヘルト・ウィルダース党首の「自由党」など、EU懐疑派の政党、EU離脱派の政党に影響を与えるのではないかと懸念されている。

<EUとトルコ>
 EUとトルコの関係では、トルコで7月15日、軍の一部によるクーデターが発生後、エルドアン大統領の強権政治に対するEU内の批判の声が高まり、同国のEU加盟交渉は現時点で完全に停止状況だ。
 EU側から見ると、2016年は拡大ではなく、縮小であり、統合ではなく、分裂の年となった。メルケル首相は加盟国間の結束を訴えているほどだ。

<トランプ当選>
 11月の米大統領選でドナルド・トランプ氏が勝利したことを受け、欧州全土で極右政党、ポピュリズムの嵐が吹くのではないかと予想されている。オーストリアで12月4日に実施された大統領選のやり直し投票では、リベラル派の野党「緑の党」前党首のバン・デア・ベレン氏が極右政党の大統領候補者ノルベルト・ホーファー氏を破って当選。欧州の極右政党の躍進に一応ストップをかけたかたちだが、欧州では来年、大きな政治イベントが控えている。

<欧州の右派政党>
 来年4、5月に実施予定の仏大統領選、9月には独連邦議会選が実施されるが、フランスでは「国民戦線」のマリーヌ・ル・ペン党首が大統領選に挑戦する。欧州初の極右政党大統領が実現するかどうか注目されている。一方、ドイツでは党結成以来、外国人排斥を標榜し躍進を続ける「ドイツのための選択肢」(AfD)の動向に関心が集まっている。

 布の紐が一旦解れ出すと、それを修復するのは大変だが、独連邦議会選で4選を目指すメルケル首相が敗北するようなことがあれば、EUは統合のシンボルを失い、加盟国内の利益の対立が激化することも予想される。

安倍外交に欧州が注目!

 当方は28日早朝、いつものように郵便ポストからオーストリア日刊紙プレッセを取った。プレッセ紙の一面トップをみると、安倍晋三首相が27日、ハワイを訪問し、旧日本軍の真珠湾攻撃による犠牲者へ黙祷を捧げている写真が掲載されていた。オーストリアの代表紙「プレッセ」の一面トップを日本の首相が飾ることはこれまでなかったので、少々驚いた。   

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▲絵解き 安倍首相の真珠湾訪問の様子を1面トップで報じたオーストリア日刊紙プレッセ12月28日付

 今年は旧日本軍による真珠湾攻撃75年目に当たる。オバマ米大統領は12月7日、特別談話を発表し、「最大の敵国が今日、緊密な同盟国となった」と述べ、真珠湾攻撃から75年の年月が両国関係を激変させたと語っている。
 同大統領は27日、安倍首相とともに真珠湾攻撃の犠牲者への追悼式典に臨んだ。

 ちなみに、オバマ大統領は5月27日、安倍首相の招きで米大統領として初めて被爆地広島の平和記念公園を訪問し、安倍首相と共に原爆資料館を見学した後、原爆死没者慰霊碑に献花している。


 当方は「“凍った時間”を動かすのは誰?」(2016年12月9日)というコラムの中で、「時間は確実に動いている。国家関係、民族関係、個人関係もその時間の経過とともに変わっていく。時間を止めて、その出来事を評価したり、糾弾することは止めるべきだろう。時間を解放し、その役割に委ねるべきではないか。オバマ大統領は真珠湾攻撃の犠牲者を追悼する一方、日本側に謝罪を要求しないことを示唆した。不幸にも時間が凍ってしまった場合、それを溶かすのは歴史家ではなく、やはり政治家の役割だろう」と書いた。

 安倍首相の外交は非常に活発だ。首相は今月15日、16日、ロシアの「プーチン大統領を招き、北方領土返還問題から平和条約の締結問題まで話し合ったばかりだ。
 1年前の昨年12月28日には、ソウル外務省で旧日本軍の慰安婦問題で岸田文雄外相と尹炳世韓国外相が会談し、慰安婦問題の解決で合意に達した。日韓両政府は、慰安婦問題について不可逆的に解決することを確認するとともに、互いに非難することを控えることで一致した。アベノミクスの成果はもうひとつだが、首相が推し進める未来志向の外交は着実に成果を挙げている。

 ところで、なぜ安倍首相は外交に力を入れることができるのか。はっきりとしている点は、安倍政権が長期政権だからだ。政権在位期間で今月6日、中曽根康弘元首相を超えて戦後歴代4位となったばかりだ。安倍首相は国内経済の復興と共に、独自外交を展開できる時間が与えられたわけだ。長期政権でなければ外交は無理だ。任期1年余りの短命政権では外交政策を実行する時間はない。政治家には一定の時間が必要だ。党内や与・野党内の政争に明け暮れているようでは、外交は展開できない。

 もちろん、安倍首相の外交力を過小評価する考えは毛頭ない。時間が与えられたとしても独自外交を展開できない政治家が多い中、安倍首相は、過去の問題を清算し、次世代に過去の重荷を与えてはならないという決意で外交に臨んでいるという。幸い、同首相の決意は大多数の日本国民に歓迎されている。

 安倍首相の真珠湾訪問を1面トップ写真付きで報じたプレッセ紙は、安倍首相の外交にニュース・バリューがあると判断したのだろう。具体的には、過去の問題を未来志向で積極的に和解に乗り出す安倍外交が評価されたわけだ。

誰が人工知能(AI)の教師となるか

 人は生まれると幼稚園、小学校、中学校、高等学校、そして大学に行き、学習を繰り返しながら成長していくように、人工知能(AI)もディープラーニングと呼ばれる訓練を受けながら、情報を蓄積し、成長していく。人間とAIが成長プロセスでいつか交差し、AIが人間の前を走りだすのではないか、といった不安が聞かれる。

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▲シュピーゲル大学版の表紙(2016年6号)

 ところで、AIにも人間のように知識を教える教師が不可欠だ。AIは自分から学習することはない。教師がいなければ単なる物質の塊に過ぎない。初歩の段階では情報量の拡大が優先されるが、次第に収集した情報を土台に新しいものを作り出していく。人間の成長プロセスと似ている。そして人間の感情の領域まで踏み込む段階を迎えるかもしれない。

 AIにもいつかは「何が善であり、悪か」を教えなければならなくなる。それを教えるのは人間だ。彼がどのような人間観、倫理観、世界観を有しているかで、AIの人間観、倫理観、世界観も当然変わってくる。
 具体的に考えてみよう。11月の米大統領選ではドナルド・トランプ氏とヒラリー・クリントン氏が激しく戦った。両者の世界観、人生観、ひょっとしたら、倫理観も異なっているだろう。だから、両者がAIの教師となれば、必然的に異なった2タイプのマシーンが生まれてくることになる。

 学習である以上、教材が必要となる。どの教材をAI用学習に選ぶかが重要となる。「善」と「悪」にしても民族、歴史、宗教によってその内容も定義も異なってくる。宗教界の超教派運動を振り返ればいいだろう。多種多様の定義、規約がある。
 例えば、「テロの定義」だ。何をテロとするかで国連加盟国数以上の定義があるのだ。パレスチナ人のテロは民族解放の正当な権利だという意見から、あれはテロだという定義まである。そのどの定義をAIに「これがテロだ」と教え、戒めることができるだろうか。

 世界的神学者ハンス・キュンク教授は宗教の統一を目指して「世界のエトス」を提唱、世界の宗教界に大きな影響を与えてきた。教授は「キリスト教、イスラム教、儒教、仏教など全ての宗教に含まれている共通の倫理をスタンダード化し、その統一を成し遂げればいいのだ」と説明している。もちろん、これは「人間の世界」での話だ。AIの世界にも「世界のエトス」が必要となるのだ。

 AIの学習がうまくいかないと、暴れん坊、落ちこぼれから、破壊者まで、さまざまなマシーンが誕生することになる。だから、誰が教師となり、どの教材を使用するかは非常に大切な課題となるわけだ。

 ところで、誰がAIの教師資格を有しているだろうか。これは単なるプログラミングの問題ではない。AIの全人格的形成に責任が問われる問題だ。

 AIがハード面で急速に発展したとしても、人間の発展がそれに呼応できない場合、AIはやはり未完成な成長で留まるばかりか、ひょっとしたら人類の脅威となる危険性すら完全には排除できない。全てはAIではなく、人間の成長如何にかかっているわけだ。人間が闘争を繰り返し、利己的な利益を追求する存在である限り、AIがイエス・キリストのようなロボットとなることは絶対にないのだ。

伊「マフィア」はテロを防いでいる!

 フランスやベルギーでイスラム過激派テロが頻繁に発生していた時、「なぜドイツではテロ事件が起きないのか」といわれたものだが、今年の夏、テロが発生し、クリスマス6日前の今月19日にはベルリンで12人の犠牲者が出た「トラック乱入テロ事件」が起きたばかりだ。残念だが、ドイツは、欧州最大のイスラム教徒を抱えるフランスやベルギーと共に、イスラム過激派テロのターゲットとなってきた。

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▲テロの標的の一つ、バチカン法王庁(2011年4月、撮影)

 ところが、ここにきて「なぜイタリアでテロ事件が起きないのか」という声が聞かれ出した。欧州共通通貨ユーロ圏の第3の経済国であり、ギリシャと共に欧州文化の発祥の地だ。その国でなぜかテロ事件が起きていない、という問いかけは看過できない。

 イタリアでは1970年代から80年代にかけ極左・極右系のテロ組織が政府要人の誘拐・殺害や爆弾テロ等、年間2000件を超すテロ事件を引き起こしたが、ここにきてイスラム過激派テロ組織によるテロ事件は起きていない(日本外務省「海外安全ホームページ)。

 イタリアの首都ローマには国連食糧農業機関(FAO)などの国連専門機関の本部があるだけではなく、世界に12億人以上の信者を抱える世界最大のキリスト教宗派、ローマ・カトリック教会の総本山バチカン法王庁がある。イスラム過激派テロ組織にとってテロを実行したいターゲットではないか。

 実際、バチカンではいつテロ襲撃されるか分からない、といった緊張感は既にあるが、幸い、これまで起きていない。フランシスコ法王の身辺警備も厳重であり、一般謁見でもイタリア警察とバチカン警備員が信者たちの動向に目を光らせている。

 北アフリカ・中東からは多数の難民、移民がイタリアのシチリア島南方にあるランぺドゥーザ島に殺到している。その中にテロリストが潜入していても不思議ではない。
 「空を飛ぶ法王」と呼ばれたヨハネ・パウロ2世(在位1978〜2005年)が1981年5月13日、ブルガリア系のトルコ人、アリ・アジャに銃撃される暗殺未遂事件が起きたが、それ以降、バチカンではテロ事件と呼ばれる事件は起きていない。

 それは、イタリア警察の対テロ政策の成果ではないか、といった思いも湧いてくる。独ベルリンの「トラック乱入テロ事件」のアニス・アムリ容疑者をパトロール中の2人のイタリア警察官がミラノ郊外で射殺し、独メルケル首相から感謝されたばかりだ。
 ただし、イタリア人気質を少しは理解している当方は、イタリア人警察官がドイツ人警察官より優秀だとはどうしても思えないのだ。

 欧州のテロ専門家の中には、「イタリアではマフィアが絶対的な力を握っている。彼らが目を光らせているのでイスラム過激派テロ組織は根を張れない」と分析する声がある。すなわち、イタリアでテロ事件が起きないのは、政府や警察当局の対テロ戦略の成果というより、自身の勢力圏を死守するマファイの存在があるからだというわけだ。マフィア「テロ阻止」説だ。

 マフィアはイスラム過激派テロ組織が国内で勢力を拡大し、イスラム・コミュニティを作ることを許さない。フランスやベルギーでも必ずイスラム系移民たちが集中する地域、共同体が存在する。例えば、ベルギーの首都ブリュッセル市のモレンべーク地区だ。そこではイスラム系住民が50%を占める。現地の警察もやたらと踏み込めない。一方、イタリアではマフィアが存在する。彼らはイタリア全土にその影響力を有している。イスラム過激派テロ・グループがネット網を構築して組織化しようとすれば、イタリア警察が踏み込む前にマフィアが乗り込んで、壊滅させる、というわけだ。
 蛇足だが、マフィアとイスラム過激派テロ組織では、その主要目的が異なる。だから、両者が提携するというシナリオはもちろん完全には排除できないが、非現実的だ。

 なお、イタリアでは、ヌドランゲタ(Ndrangheta)、カモーラ、コサノストラなどの大マフィア組織が幅を利かしている。彼らは地域に密着している。マフィア・グループが年間稼ぐ収益はイタリアの国民経済を陰で支えているといわれるほどだ。

テロリストとトラック運転手

 両者は人生で会合するとは考えていなかっただろうが、クリスマス6日前の今月19日、ベルリンで偶然出会い、一人は19日、もう一人は23日、それぞれ射殺された。前者はポーランド人の大型トラック運転手 Lukasz U (37)、後者はチュニジア人でイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)を信奉するテロリストのアニス・アムリ容疑者(24)だ。

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▲ベルリンのクリスマス市場に突入した大型トラック(2016年12月20日、ドイツ民間放送「N24」の中継放送から)

 アムリ容疑者がUに最初に出会ったのは、19日午前、Uがトラックの鉄鋼材の荷下ろしが遅れたので近くの軽食堂で食事を取っていた時とみられる。GPSの位置情報から、Uは19日朝、イタリアからベルリンに到着していることが判明している。

 アムリ容疑者は抵抗するUをナイフで脅し、そして最後はピストルで射殺した。事件発生前、運転手は既に殺されていた、という情報が流れたが、司法解剖の結果、アムリ容疑者がクリスマス市場にトラックで乱入し、無差別殺人を行おうとしていた時もUは生きており、アムリ容疑者の蛮行を懸命に防ぐために抵抗していたという。アムリ容疑者もその際、返り傷を受けている。

 アムリ容疑者はクリスマス市場に乱入して、60メートルから80メートル走った後、左側に切って、トラックを止めて逃げている。ポーランドのメディアによれば、Uは体重120キロで頑強な体力を持っていたという。アムリ容疑者は抵抗するUと格闘した後、最後はピストルを取り出さざるを得なくなったのだろう。

 アムリ容疑者は12人を殺害し、53人を重軽傷を負わせた後、トラックから降りて逃げたが、Uが抵抗しなかったならば、さらに多くの犠牲者が出た可能性は十分考えられる。
 フランス革命記念日の日(7月14日)、フランス南部ニースの市中心部のプロムナード・デ・ザングレの遊歩道付近でチュニジア出身の31歳のテロリストがトラックで群衆に向かって暴走し、85人が犠牲となった事件が発生したばかりだ。ベルリンのクリスマス市場でのトラック突入事件はそれと酷似している。Uはベルリンのテロ事件を“第2のニース事件”となるのを防いだというわけだ。

 トラック運転手の命がけの抵抗があったことが明らかになると、ドイツ国民の中にはトラック運転手に報奨金とドイツ連邦功労勲章を与えるべきだという声が高まっている。オンラインで署名運動が始まっている。独週刊誌シュピーゲル電子版によると、24日現在、1万3500人の署名が集まったという。

 一方、アムリ容疑者は23日早朝、逃避先のイタリアのミラノ近郊でパトロール中の2人のイタリア警察官から職務質問を受け、抵抗したために射殺された。なぜアムリ容疑者がイタリア・ミラノに逃げ、地下鉄MI線で終点のセスト・サン・ジョヴァンニで下車したのか、共犯者と会う予定だったのかは不明だ。今後の捜査を待たなければならない

 両者の人間ドラマはイタリアから始まっている。Uはトリノで鉄鋼材を積み、ベルリンに運び、そこでアムリ容疑者に襲撃された。そしてテロリストはベルリンから列車でフランス東部シャンベリ経由でイタリアのトリノ、そしてミラノに逃げ、そこでイタリア警察官に射殺されたわけだ。ちなみに、イタリア警察官は射殺した人物がベルリンのトラック乱入テロ事件のアムリ容疑者とは知らなかったという。

 ベルリンの「トラック乱入テロ事件」は偶然にもイタリア(トリノ)で始まり、イタリア(ミラノ)で幕を閉じたわけだ。



■「イエス」のいないクリスマスの祝宴

 イエスの生誕日は多分、12月25日ではないが、誰にも誕生日があるように、イエスにも必ず生まれた日があったはずだ。ここでは12月25日を彼の誕生日として考えていく。

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▲キリストの降臨を描いた17世紀オランダの画家ヘラルト・ファン・ホントホルストの作品「Adoration of the Shepherds」

 誕生日を祝う場合、祝いの席の中心はもちろん誕生日を迎えた人が占める。祝宴の中心者が末席とか、ましてや不在、といった光景はあってはならないことだ。その考えられない風景が毎年続けられてきた。多くの人はイエスが不在であることすら気がつかず、イエスの誕生日の祝杯を挙げてきた。

 イエスは「キリスト」であり、「メシア」としてこの地上に降臨した。“油を注がれた”人物のキリスト、メシアは一般的には「救い主」という意味だが、クリスマスの日、誕生日の主人公のイエスが「救い主」だったことなど、祝酒とプレゼントの交換に忙しく、じっくりと考えることがなくなってきた。
 「そんな堅いことはいわず、共に乾杯しようではないか」といわれるかもしれないが、嫌われたとしても言わざるを得ない。

 イエスが「救い主」であるとすれば、それを迎える私たちは「救われなければならない状況にある」ことを示している。換言すれば、「私たちは堕ちている」ということになる。

 それでは「どこから堕ちたのか」が次の問題だ。高層ビルから落下したわけではない。本来あるべき立場から離れてしまったという状況だ。旧約聖書創世記を読めば、その話が記述されている。私たちは「エデンの園」にいたが、堕ちてその園から追放された。そして「失楽園」に住むようになった。簡単にいえば、私たちは神から離れてしまったわけだ。

 その私たちを救うためにイエスは降臨した、と聖書は語っている。イエスは「エデンの園」から追放された私たちを再び呼び集め、「エデンの園」に戻そうとしたわけだ。その使命をキリスト、救い主と呼ぶわけだ。

 次の問題は、それでは「イエスのその使命は成功裏に終わったのか」だ。なぜ33歳の若さでイエスは十字架で処刑されたのだろうか。イエスの生涯をみると、誰も羨む勝利者の道を歩んでいったとはどう見ても思えないのだ。実証的にみても、イエスの十字架を信じる敬虔な信者たちも依然、「救われていない」という現実がある。救い主として降臨し、私たちを救うことが使命だったとすれば、イエスはその使命を完遂できなかったと言わざるを得ないのだ。

 ここまで書けば、イエスを救い主と信じる多くの敬虔なキリスト者から「お前は何も分かっていない」と批判されるだろう。そこで当方はキリスト教神学を構築した聖パウロを弁護人に呼ぶ。彼自身が「自分は依然、罪の中で葛藤している」と正直に告白しているのだ。
 聖パウロですら救われていないとすれば、私たちはイエスの十字架で完全に救われたとどうして主張できるだろうか。ここでは十字架救済論の限界を指摘する余裕はないが、このコラム欄で過去、「イエスの出生の秘密」から「聖母マリアの神聖化の背景」まで書いてきた。再読して下されば幸いだ。

イエスの父親はザカリアだった」2011年2月13日参考
イエスの十字架裁判のやり直し?」2013年8月4日参考
『償い方』の時代的変遷とその『恩恵』」2014年7月10日参考
『聖母マリア』神聖化の隠された理由」2015年8月17日参考

 イエスは十字架に行かざるを得なくなった段階で自分と共に「天国」ではなく、「楽園」に行けると述べている。同時に、再臨について言及している。イエスがその使命を完全に果たしていたならば、彼を信じる者は彼と共に「楽園」ではなく「天国」に行き、彼は再び降臨する必要はなかったはずだ。

 イエスは生涯で一度として祝われたことがなかった。誕生日の話ではない。救い主として降臨したイエスの使命を理解し、その苦難の道を正しく分かった人は誰もいなかったのではないか。新約聖書を読む限り、母マリアですら息子イエスの使命を正しく理解してはいなかった。庶子として生まれたイエスはユダヤ人社会では正式には結婚できなかった。

 今年もクリスマスの日(25日)を迎えた。2000年前、ナザレの青年イエスは誰からも理解されずに十字架上で亡くなった。イエスの33年の生涯をもう一度、検証すべきだろう。

「反物質」の世界が解明される日

 読売新聞電子版で以下の記事を見つけた時、「いよいよ反物質の世界が解明される時が来た」という感動を覚えた。ベルリンのトラック突入テロ事件が発生していなかったならば、当方はこの記事の感想を真っ先に書きだしていただろう。

 読売新聞電子版の記事は以下の通りだ。

 「日本などの研究者が参加する欧州合同原子核研究機関(CERN=セルン)の国際研究チームは、反物質の性質を精密に測定することに成功した、と発表した。19日付の英科学誌ネイチャーに論文が掲載される。
 宇宙の誕生時、物質と反物質は同数あったと考えられる。しかし現在の宇宙には物質が大量にあり、反物質はほとんど存在しない。『消えた反物質』は物理学の謎で、物質と反物質には『電気以外に異なる性質がある』という説があるが、反物質は物質と触れると消滅するため検証が困難だった。
 研究チームは、水素の反物質『反水素』を人工的に作り、磁場の中に高い効率で閉じこめる技術を開発。反水素にレーザー光を当てる方法で、反水素のエネルギーが変化する様子を、精密に測ることに成功した」

 当方は物理学者ではないが、反物質の存在を聞いた時から一方的に考え続けてきたことがある。反物質の世界は、ズバリ、霊的世界ではないかということだ。人間は単に肉体(物質)だけの存在ではなく、霊的要素(反物質)を有する存在で、肉体はその寿命を終ええれば消滅するが、霊的存在としての人間は反物質の世界に入って永続するのではないか、と考えてきた(「死んだ人々と『われわれ』」2008年5月25日参考)。

 臨死体験をした人々の「暗いトンネルをくぐると光の世界に入っていった」という証しをよく聞く。暗いトンネルとは物質世界と反物質世界を繋ぐ橋のようなもので、宇宙に無数存在するといわれるブラック・ホールではないか。
 ベッドに眠っている自分の姿を見たり、医者たちの会話が聞こえたという証言もある。それらは物質世界から反物質世界への移動プロセスで垣間見られた現象だろう。

 反物質は物質ではないから、この現象世界で測量したり、観察することは難しいが、今回、水素と反水素を作り、そこにレーザー光を当てて反水素の変化を測定することに成功したというのだ。霊的世界(反物質世界)のメカニズムを推し量ることができる方法が見つかれば、次はその反物質世界の様相の解明だろう(「心霊現象と科学者たち」2007年7月9日参考)。

 宇宙は、物質で満ちた世界と、反物質で満ちた世界がちょうどコインの表裏となって存在している。物質世界で寿命を終えた人間は次の世界の反物質世界で生きるように創造されているからこそ、人は自然に永遠を願うのではないか。人間の中に永遠性を裏付ける何らかの要素がなければ、永遠に生きるという発想すら湧いてこないはずだ。

 反物質の厳密な測定の成功はノーベル賞級の功績であり、従来の人間の人生観、世界観を根底から覆すインパクトを与えるものだ。反物質の世界が解明されれば、唯物主義の世界観に立脚した共産主義は完全に終焉を向かうことになるだろう。

「トラック乱入テロ」容疑者を射殺

 ドイツの首都ベルリンで19日午後8時過ぎ、大型トラックが市中央部のクリスマス市場に突入し、12人が死亡、48人が重軽傷を負った「トラック乱入テロ事件」の重要容疑者、チュニジア人のアニス・アムリ容疑者(24)は23日午前3時頃、イタリアのミラノ近郊で警察官の職務質問を受けた際、銃撃戦となり、イタリア警察官に射殺されたことが明らかになった。
 イタリア側の発表によれば、射殺された男の指紋が公開捜査中のアムリ容疑者のものと一致したという。同テロ事件は発生から4日後、重要容疑者の射殺で幕を閉じたが、多くの疑問も浮かび上がってきた。

 ドイツ連邦検察庁は21日、アニス・アムリ容疑者をベルリンの大型トラック乱入テロ事件の実行犯と見なし、その行方を追うと共に、公開捜査に踏み出し、実行犯逮捕に繋がる情報を提供した人に10万ユーロの報奨金を与えると発表した。

 検察庁によれば、トラックの中にアムリ容疑者の身分証明書(独・Duldungsbescheunigung)が見つかったこと、トラック内にポーランド出身のトラック運転手と格闘した形跡があるとともに、容疑者の指紋が見つかったことから、ドイツ側は公開捜査に踏み切った。

 公開された容疑者のプロファイルによると、アムリは178センチ、75キロ、髪は黒く、目は茶色。2011年、チュニジアからイタリアに入り、放火と窃盗などの罪状で4年間余り、刑務所生活。昨年7月、ドイツに入り、国内を転々としながら、今年2月からベルリンに住んでいた。今年6月、難民申請したが、却下されている。


 アムリ容疑者の名前が浮上する前は、事件発生2時間後、トラックを運転していたと思われた男(23歳でパキスタン人)が一時拘束された。男は2015年12月31日、独国境都市パッサウから難民としてドイツに入国。今年2月以降、ベルリンに住んでいた。ただし、DNA検査などでトラックの運転をしていた可能性がないことから、「証拠不十分」として20日夜、釈放されている。

 ドイツのメディアによると、アムリ容疑者はベルリンから列車でフランスンに入り、同国東部シャンベリからローカル列車でイタリアのトリノに移った後、23日早朝にミラノに入り、イタリア警察官の職務質問を受けた。アムリ容疑者はリュックサックからピストルを出して警察官に発砲したが、警察官が素早く射殺したという(イタリア警察官の一人は肩を負傷する)。


 これまで判明した事実から、2、3の疑問点を指摘したい。ドイツ連邦検察局はトラック内にアムリ容疑者の身分証明書が発見されたという。無差別殺人テロを画策していたテロリストが犯行時に自身の身分証明書を持参してくるだろうか。なぜ21日になって身分証明書が発見されたのか。トラック内にあったとすれば、事件直後の検証段階で見つかったはずだ。実際は、犯行後から身分証明書発見まで2日間弱の時間が経過している。

 もう一つは、公開捜査後もアムリ容疑者は列車で自由に3カ国内を移動している。非常事態宣言下のフランスにも自由に移動し、列車で移動している。容疑者はフランスから列車でイタリアのトリノ市に入り、そこからミラノに移っている。そしてイタリア警察官に職務質問を受けたわけだ。アムリ容疑者は発見されることなく、ベルリンからシャンベリ、トリノ、ミラノの3カ国の都市を移動していた、という事実は何を物語っているか。

 上記の疑問点について。
 男は犯行後直ぐに国外逃亡する考えだったので国境を通過するためにも身分証明書(暫定的滞在許可書)が必要となる。だからズボンのポケットにいれていたが、ポーランド人運転手(37歳、体重120キロの強靭な体形だった)が抵抗し、格闘となった。最初はナイフで戦ったが、最後はピストルで射殺した。その格闘の際、男のポケットから身分証明書が落ちた。男は現場から逃げることに没頭し、身分証明書を落としたことに気がつかなかったことが考えられる。また、容疑者は偽造証明書を使い、監視が緩い列車で移動したのではないか、一応説明は可能だが、十分ではない。
 
 いずれにしても、ドイツ警察側はアムリ容疑者を久しく「危険人物」としてマークしていた。彼がイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)と接触していた事実も掴んでいた。にもかかわらず、ベルリンの「トラック乱入テロ事件」を防止できなかった。ベルリンのテロ事件では依然、アムリ容疑者の単独犯行か、共犯者がいたかも分かっていない。
 「トラック乱入テロ事件」は重要容疑者が射殺されたことから疑問点が未回答のままになってしまう危険性がある。ドイツ当局の今後の捜査を待ちたい。



■寂しいクリスマスを迎える人々

 オーストリア日刊紙「エステライヒ」23日付によると、同国のクリスマス・ショッピングは好況だ。調査によると、国民はこの期間、1人当たり395ユーロをプレゼントに費やしている。クリスマス期間の総売り上げは初めて20億ユーロを超えた。国民の86%はインターネットを利用してオンライン・ショッピングでプレゼントを探す。イスラム過激派テロの不安や国民経済の停滞にもかかわらず、国民はクリスマス期間、その財布の紐を緩め、プレゼントを買うために奔走してきたわけだ。

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▲ウィーン市庁舎前広場のクリスマス市場風景(2016年11月12日、撮影)

 ところで、光が明るくなれば、その周辺の影は一層濃く感じるように、周囲がクリスマスの祝いに包まれ、家族間で楽しい会話が交わされるクリスマス・シーズンになると、その華やかさに入れない人、無縁の人にとって格別寂しさを感じる期間となる。

 クリスマス期間は自殺件数が増えると言われてきた。当方の手元にはそれを裏付ける統計はないが、クリスマス・シーズンに孤独を感じる人々が多いことは知っている。

  クリスマス・シーズンに入ると思いだす老人がいる。当方がウィーン外国人記者クラブに頻繁に通っていた時だ。クラブのファックスを整理するために70歳ぐらいの老人が働いていた。自然と話すようになった。老人は足りない年金の助けのために仕事しているのではないという。これは老人の自尊心から出たものではなく、事実だ。部屋に一人いても退屈だ。そこで人と話す機会がある外国人記者クラブの仕事を見つけて働き出したという。老人は当方がクラブに顔を見せるといつも話しかけてきた。

 彼は、「腕に付ける緊急連絡用の器材を買ったよ。自分が部屋で倒れた時、この器材のボタンを押せば、救急車に連絡が入るようになっている。これで少し、心が落ち着いたよ」という。急病で倒れ、助け手がなく、床に倒れている自分の姿を想像するのは堪らないからだという。

 オーストリアではこの老人のような一人暮らしが多い。一人でクリスマス・シーズンを迎える老人たちをケアしたり、訪問する慈善団体が活発だ。ニーダ―エステライヒ州の慈善団体では650人のボランティアが約850人の老人たちをケアしているという。
 クリスマス・シーズンになると、「訪問に来てほしい」という電話が増える。一種のホットラインだ。普段は余り苦にならないが、クリスマスになると、一人住まいの老人たちは「自分は一人だ」「誰も自分に関心を寄せてくれない」という思いが襲ってきて苦しくなるという。

 36年前、当方はオーストリアで初めてクリスマスを迎えた時だ。友人はクリスマスを実家で過ごすことになった。彼は当方がウィーンで一人でクリスマスを迎えるのはかわいそうだと考えたのか、当方を彼の両親の実家に招いてくれた。、彼の実家では家族が集まり、一晩中、過ぎし一年の歩みを報告し合っていた。そしてプレゼント交換だ。当方にも青色のワイシャツがプレゼントされた。

 老人の話に戻る。当方は一度、彼をお茶に招待して喫茶店で世間話をしたことがある。老人は多くのことを語ってくれた。オーストリアのこと、政治の話などだ。当方はもっぱら聞き手だった。

 当方はその後、仕事の拠点を国連記者室に移したので外国人記者クラブにはめったに顔を出さなくなった。老人のことは聞かなくなって久しい。クリスマス・シーズンになると、老人の人懐っこい顔を思い出す。老人は寂しかったはずだが、オーストリア人の彼は外国人の当方にはそんな弱音を見せることはなかった。

「情報」は次世代の通貨だ!

 米CBS放送のTV番組「パーソン・オブ・インタレスト」(Person of Interest)を観ていた時、コンピューターの天才、フィンチが作ったマシーンに対抗するマシーン(サマリタン)で世界を支配しようとする英国情報機関出身の男ジョン・グリアが「人間は常に富の手段をコントロールしようとする。昔は塩、金塊……、そして今は情報だ。情報は新しい通貨だ」と言い放つ場面がある。「情報が通貨」というグリアの発言に非常に新鮮な感動を受けた。

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▲「情報は新しい通貨だ」というグリア(米CBS放送のTV番組「パーソン・オブ・インタレスト」(Person of Interest)の第3シーズン第18エピソードから)

 他よりもより多くの情報を握っている人間は商談や政治的交渉で有利に事を運ぶことができる。「情報は武器だ」とはいわれてきたが、近い将来、それが一歩進んで、「新しい通貨」と予測しているからだ。

 具体的に、情報が通貨の場面を想像してみた。
 「この情報を君に提供するから、あなたからはあの情報がほしい」

 人類がまだ貨幣時代に入る前、人間は物々交換をしてきた。上記の場面は情報と他の情報の交換だ。ある意味で、情報は既に通貨となっている。西側情報機関エージェントの日々は自身が持つ情報を欲しい情報と交換するため他国の情報機関工作員に接触する仕事だ。

 情報機関エージェントの話だけではない。身近な例として、米紙ニューヨーク・タイムズの電子版を購読するためには予約して会員とならなければならない。会員でない読者は興味深い記事を完全には読めない。「情報」が商品であるから当然だが、同時に、将来、通貨の役割を果たすようになるというのだ。

 人間は物々交換時代から貨幣時代に入り、20世紀以降はクレジット・カード時代に入ってきた。カードがなければオンライン・ショッピングも難しい。多額の現金を財布の中に持ち歩くよりもアメリカン・エキスプレスのゴールド・カード1枚持っている方が信頼される時代だ。そのカード時代も次第に終わりを迎えている。

 オンラインゲームやコミュニティ―などの特定のサービスで使用する仮想通貨の話ではない。人工知能(AI)が発達し、生活必需品の獲得のために労働することが少なくなる。衣食住は全ての国民に等しく配布される時代となれば、何かを買うための通貨は必要でなくなる。現金だけではなく、カードもいらない。

 情報の通貨説の他に、次世代の通貨候補には「時間」が考えられる。米SF映画「In Time」(2011年、アンドリュー・ニコル監督)では、人類が遺伝子操作の結果、25歳からは年をとらなくなる。そこで人口過剰を防止するために「時間」が通貨となるというストーリーだ。米映画界は常に時代を先駆けている。
 各自に持ち時間が分かるチップが手首に埋め込まれている。何かを購入すれば、そのチップから一定の「時間」を差し引いていく。裕福な人は100万年分の時間を持っている。時間が無くなる危機を迎えた人間はなんとか時間を得ようと犯罪に走ったりする。「時は金なり」と昔から言われてきた。時間が通貨的な価値を有しているという考えは新しいわけではない 。

 蛇足だが、「情報」を多く所有している人が即、幸せだとは言い切れない。同様に、ミリオンの時間を持っている人間もまた同様だ。実際、映画ではミリオンの時間を所有する裕福者がその多大の時間を重荷と感じ、時間を持たない人間に密かに与える場面が描かれている。

 「通貨」は、貨幣時代、カード時代からあくまでも手段であって本来、目的とはなり得ない。ましてや人間の幸・不幸とは直接関係はない。新しい通貨の「情報」も「時間」も同様だろう。多くの「情報」と「時間」を有していたとしても、その人間が幸せかどうかは分からない。どの時代にもハムレットは存在し、ニーチェはいるからだ。

「19日月曜日」が毎日続いたなら……

 12月19日月曜日は欧州に駐在しているメディア関係者にとって多忙な日となっただろう。同日、数時間の間隔で3件の事件が立て続けに発生したのだ。それぞれ別の国で起ったが、3件ともテロ事件の様相が濃い事件だった。

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▲犯行の現場を訪れ、犠牲者に追悼するドイツ政府首脳たち(2016年12月20日、ドイツ民間放送N24の中継放送から)

 3件の事件は既に報道済みだから、ここでは事件発生の時間に従って簡単に紹介する。

 <12月19日午後5時半ごろ
 スイス最大の都市チューリッヒで19日午後5時過ぎ、一人の男がイスラム教の祈祷施設に侵入し、発砲、同祈祷施設にいた3人のアフリカ出身のイスラム教徒が負傷するという事件が発生した。男は24歳でスイス人。翌日20日、現場近くで男の遺体が発見された。自殺の可能性が高い。

 <12月19日午後7時過ぎ
 トルコの首都アンカラで19日午後7時過ぎ、ロシアのアンドレイ・カルロフ駐トルコ大使(62)が男に銃で射殺された。男は駆け付けた警察隊によって射殺された。トルコからの情報によると、カルロフ大使は市内で開かれた写真展開会式のスピーチ中に背後から撃たれた。男は22歳で警察官。犯行時に「アレッポを忘れるな」と叫んでいたことから、男にはロシアのシリア政策に抗議する狙いがあったと推測される。

 <12月19日午後8時過ぎ
 ドイツの首都ベルリンで19日午後8時過ぎ、市中央部にある記念教会前のクリスマス市場で1台の大型トラックがライトを消して乱入し、市場にいた人々の中に突入しながら60メートルから80メートル走行。これまで判明しているだけで12人が死亡、48人が重軽傷を負う事件が発生した。事件発生2時間後、トラックを運転していたと思われた男は拘束されたが、同乗者の男は既に射殺されていた。拘束された男は23歳でパキスタン人。2015年12月31日、独国境都市パッサウから難民としてドイツに入国。今年2月以降、ベルリンに住んでいた。ただし、DNA検査などで男がトラックの運転をしていた可能性がないことから、「証拠不十分」として20日夜、釈放されている。真犯人がピストルを保持して逃亡中とみられている。


 チューリッヒのイスラム教祈祷施設発砲事件とトルコのロシア大使射殺事件は特定の人物、施設・建物をターゲットとしたテロ事件である一方、ベルリンのクリスマス市場のトラック乱入事件は無差別殺害を狙ったものだ。テロ専門用語でいえば、前者はハード・ターゲットを、後者はソフト・ターゲットを狙った事件だ。

【犯行の背景】

 チューリヒ・・・スイスは外国人率が25%を超えるほど多様な外国人が住んで居る。イスラム系移民が増加するにつれ、国民の間でイスラムフォビアが拡大してきた。
 アンカラ・・・ロシアのシリア政策に対して反体制派勢力や国際人権擁護グループから人権蹂躙などの批判の声が高まっている。
 ベルリン・・・欧州の盟主ドイツはこれまでイスラム過激派テロ事件から守られてきたが、今年7月以降、イスラム過激派によるテロ事件が発生。10月にはベルリンの国際空港爆発テロ計画が発覚するなど、ドイツ国内でテロの危機が高まっていた。

 ところで、「12月19日」が毎日繰り返されたならばどうだろうか。実際は、メディアには報道されないだけで世界各地で毎日、上記に類似した事件やテロは起きている。たまたま今年の「12月19日」にメディアが注目する事件が続けて起きただけかもしれない。

 ビル・マーレイ主演の米映画「グラウンドホッグデー」(1993年制作、日本名「恋はデジャ・ブ」)では、人気者の気象予報士の主人公は毎朝、同じ時間に目が覚め、その後、前日のシーンが展開される。傲慢で自信過剰だった主人公は次第に覚醒し、前回の失敗や人間関係を修正しながら次の朝を迎えていく。そして、最後は恋を成就するというコメディーだ。

 映画の主人公のように、われわれも毎日繰り返される事件から教訓を引き出し、微修正しながら翌日を迎えることができれば幸いだ。いずれにしても、「12月19日」は例外であって、本来、繰り返されてはならない。不安を煽ったり、外国人排斥運動はテロ対策としては決して効果的ではないことは既に実証済みだ。

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