ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2016年11月

3人の法王と交流したカストロ氏

 キューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長(1926年8月〜2016年11月)は25日、同国の首都ハバナで死去した。90歳だった。遺体は本人の希望もあって26日、火葬された。

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▲キューバ革命の主人公、フィデル・カストロ前議長(ウィキぺディアから)

 キューバの政治実権は実弟のラウル・カストロ議長(85)に既に受け継げられている。前議長の死去が報じられると世界各地でさまざまな反応が聞かれた。「革命の英雄」を称賛し、前議長の死去に哀悼する声から、「独裁者は去った」といった歓喜の声も聞かれる。

 ところで、カストロ前議長は生前、3代のローマ法王と会っている。ヨハネ・パウロ2世(在位1978〜2005年)、ベネディクト16世(2005〜13年)、そしてフランシスコ現法王(2013年〜)だ。共産主義者であり、無神論者だったカストロが3代のローマ法王と会合し、親しく交流していたことは興味深い。
 カストロ前議長は旧ソ連・東欧諸国の共産党政権とは異なり、ローマ・カトリック教会との関係を断絶することなく、キューバとバチカン両国の国交は81年間、続いてきた。バチカン放送は26日、カストロ前議長と3代のローマ法王の交流記を掲載している。

 フィデルはスペイン系移民の農業主の息子(婚外子)として生まれ、若い時代、ハバナのイエズス会の学校で教育を受けている。カストロ氏は1959年、独裁者フルヘンシオ・バティスタ政権を打倒してからほぼ50年間、キューバの政権を掌握し、2008年に実弟ラウル・カストロ現議長に政権を移譲した。

 オバマ米大統領はキューバとの国交回復を実現させたが、その際、ローマ法王の調停に感謝を述べている。南米出身のフランシスコ法王の昨年9月のキューバ訪問を示唆したものだが、バチカンの対キューバ外交はヨハネ・パウロ2世時代から始まっている。

 共産政権下のポーランド出身のヨハネ・パウロ2世はカストロ前議長をローマに招いた最初の法王だ。その2年後の1998年、同2世はキューバを訪問した。その直後、カストロ前議長は国内でクリスマスの祝祭を認め、政治囚人を釈放している。
 その後継者ベネディクト16世は2012年キューバを訪れている。カストロ前議長はヨハネ・パウロ2世、ベネディクト16世の2人の法王と計6回会合している。フランシスコ法王は昨年カストロ前議長と会合した時、前議長から 解放神学者Frei Bettoの著書「フィデルと宗教」をプレゼントされている。

 ヨハネ・パウロ2世は1998年1月21日、ハバナでカストロ前議長と会った時、「キューバは世界に向け、その偉大な可能性を開き、世界はキューバに対して同じように開かれますように」と述べている。
 カストロ前議長は「我々の革命には反宗教の精神はない。聖職者を弾圧しない」と述べたが、この点は事実と反する。カストロ氏は政権を掌握すると、教会を弾圧し、教会系学校を閉鎖し、2500人の神父や修道院関係者を国外追放している。

 ブラジル出身の解放神学者レオナルド・ボフ氏は26日、「カストロは最後まで社会主義に忠実だった。彼の中にはイエズス会で学んだ内容が最後まで深く刻み込まれていた。彼はキリスト教の伝統をよく知っていた。彼は晩年、超教派問題に強い関心を寄せていた」と語っている。

 なお、キューバの人権運動グループ「白い服の女性たち」は27日、「カストロの死がキューバに政治的変化をもたらすとは思わない。一人独裁者が減っただけだ。ラウルも兄と同じ独裁者だ。真の民主化はカストロ家が権力から追放された時、訪れる」と主張している。

ソ連国防相ヤゾフ氏の「北方領土」

 安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領の日露首脳会談が来月中旬、山口県で開催される。同首脳会談では、両国間の難問、北方領土の返還問題について協議されるという。ロシア側から北方領土返還で日本側に譲歩する提案が出るのではないか、といった憶測が日本側の一部では流れているという。

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▲記者会見で当方の質問に答えるヤゾフ国防相(1989年11月23日、ウィーン国際空港のVIP室で撮影)

 日本側は「四島一括返還」を要求しているが、プーチン大統領は1956年の日ソ共同宣言に明記された「二島引き渡し」以上の譲歩はしないだろうという声が支配的だ。

 日露首脳会談を控え、ロシアから2つの暗いニュースが流れてきた。1つは、日本側が提案した8項目の経済協力プランの担当閣僚だったウリュカエフ前経済発展相がロシア捜査当局に収賄の疑いで刑事訴追されたというのだ。2つ目は、日本のメディア報道によれば、ロシアは22日、地対艦ミサイルの北方領土配備を公表したばかりだ。

 現実問題、ロシアで北方領土の返還に応じることができる指導者はいないはずだ。強い政治力を誇るプーチン大統領も例外ではないだろう。
 ロシア領となった領土を相手国の要求に応じて返還じた場合、その政治家、指導者は政治生命が危なくなるはずだ。ロシア国内の民族主義者の総攻撃を受けることは必至で、生命の危機すら十分予想される。ロシア側が取れる最大の譲歩は「二島返還」までだ。ロシア側には、「領土と経済は別」という認識が根強い。

 当方は1989年11月、ソ連最後の国防相となったドミトリー・ヤゾフ国防相に北方領土問題で質問したことがある。ヤゾフ国防相はオーストリアを公式訪問をした後、ウィーン国際空港貴賓室で国際記者会見を開いた。その時、当方は日ソ両国間の最大懸案である北方領土の返還問題について質問したことがある。同相は「その問題(北方領土)は既に解決済みだから、話しあう必要はない」と一蹴。「極東ソ連軍が強化され、最新鋭戦闘機のMIG31やSU27が配置されたという情報があるが、事実か」と聞くと、「他国がわが国の防衛戦略に干渉することはおかしい。どの機種をどこに配置しようが、それはソ連の問題だ」と強く反発した。

 ヤゾフ国防相の発言は「両国政府が作業部会を設置して、そこで討議を進める」という当時のソ連外務省とは明らかに異なっていた。ヤゾフ国防相はソ連軍最高指導者らしい貫禄と強さを感じさせた。ただし、会見後、同相は笑顔を見せながら当方のところに近づき、握手を求めてきたのには驚かされた覚えがある。

 ソ連は解体し、ロシアが誕生したが、北方領土問題では大きな違いはないだろう。日本側が懸命な交渉を展開させたとしても、ロシア指導者が獲得した領土の返還に応じることはない。自身の首をくくるようなことだからだ。残念なことだが、当方はロシアとの領土返還交渉では悲観的だ。

 なお、ヤゾフ国防相は、最後のソ連大統領だったゴルバチョフ大統領夫妻(当時)を拘束した1991月8月のクーデター事件に関与した国家非常事態委員会メンバーの1人だったが、今月92歳の誕生日を迎え、健在だと聞いた。

与党社民党が極右政党に接近か

 オーストリアで来月4日、大統領選のやり直し投票が実施される。「緑の党」元党首、アレキサンダー・バン・デ・ベレン氏(72)と、極右政党「自由党」議員で国民議会第3議長を務めるノルベルト・ホーファー氏(45)の2人の候補者の間で争われるが、両者は拮抗している。ただし、メディアの中では、トランプ氏が米大統領で当選した勢いに乗って(?)、ホーファー氏が欧州初の極右政党出身大統領に選出されるのではないか、といった予想が出ている。

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▲極右政党「自由党」との関係が注目されるケルン首相(2016年7月1日 ウィーンの連邦首相官邸内で撮影)

 ところで、大統領選の投票日が差し迫った23日夜、クリスティアン・ケルン首相(社会民主党党首)と自由党のハインツ・クリスティアン・シュトラーヒェ党首のトップ討論がラジオ文化ハウスで行われた。連邦鉄道総裁だったケルン首相が今年5月、ヴェルナー・ファイマン首相の後任に選出されて以来、両者の討論は初めて。実業界出身のケルン首相が、政権奪回を狙う自由党党首とどのように渡り合うか注目された。

 そのケルン首相が自由党党首に対し、「シュトラーヒェ氏がわが国の発展のため努力していることに敬意を払う」と発言したのだ。社民党(SPD)党首が自由党党首に敬意を払う、といったことはこれまで考えられなかったことだ。両者の激しい口論が展開されるものと予想していた国民も驚いた。結局、両者の討論は穏やかで、激しいやり取りはほとんどなく終わったのだ。同国代表紙プレッセは25日、一面トップで「赤(社会民主党)と青(自由党)の接近」という見出しを付けて大きく報じたほどだ。

 社民党は過去、自由党と連立を組んだことはある。13年間の長期政権を維持した社会党時代のブルーノ・クライスキー首相(任期1970〜83年)は1970年、自由党の支持を受けて少数政権を発足させた。そして83年にはジノバツ政権(1983〜86年)は自由党と連立を組んだ。しかし、自由党で極右政治家ヨルク・ハイダー氏(1950〜2008年)が党首になって以来、銀行界から政治家となったフランツ・フラニツキ―社民党主導政権(1986〜97年)は自由党との絶縁を宣言し、一線を引く通称“フラニツキ―ドクトリン”を実施した。それ以来、社民党と自由党の連立は連邦レベルでは途絶えた。

 ただし、州レベルでは2004年、ケルンテン州で“赤と青”の連立政権が発足。昨年7月にはブルゲンランド州でニースル知事(社民党)が州議会選後、自由党と連立政権を組んでいる。社民党内左派から批判の声は上がったが、党内を2分するほどの混乱はなかった。

 ケルン首相の自由党接近についてはさまざまな憶測が流れている。ケルン首相には自由党に奪われた国民の不満票、抗議票を取り返したい狙いがあることは間違いない。また、連立パートナーの国民党(独「キリスト教民主同盟」の姉妹政党)に対して、「わが党の連立相手はもはや国民党(黒)だけではない」とアピールすることで、連立政権下での主導権を強化したい意向があるだろう。

 ちなみに、ケルン首相の「自由党接近」発言が間近に迫った大統領選にどのような影響を与えるかで様々な分析が聞かれる。大統領選では1回目の投票で同党候補者が敗退した社民党は決選投票では「緑の党」元党首バン・デ・ベレン氏を支持する姿勢を表明してきたが、ケルン首相が自由党に接近することで社民党支持者がホーファー氏支持に流れる可能性も出てきた、といった声が聞かれる。
 
 来年に総選挙を控え、ケルン首相が“フラニツキ・ドクトリン”から決別し、自由党との関係を正常化し、自由党にこれまで吸収されてきた不満票、抗議票を奪い返すことに成功するか、同首相の政治手腕が問われることになる。
 いずれにしても、社民党内にはウィーン市(特別州)のホイプル市長のように自由党へのアレルギーが強い政治家が少なくない。それだけに、政治体験の乏しいケルン首相への党内批判が高まる危険性も排除できない。

ドイツ政界は選挙戦モードに突入

 欧州連合(EU)の欧州議会のマルティン・シュルツ議長(60)は24日、議長の任期が終わる来年1月末、来秋に実施されるドイツの総選挙に社会民主党(SPD)のノルトライン=ヴェストファーレン州から出馬する意向を表明した。
 5年間、議長を務めたシュルツ氏は単に1人の社民党議員になってドイツ政界に復帰する考えはなく、来年9月の総選挙で“社民党の首相候補者”となってメルケル首相と対決するのでないか、という憶測が流れている。政界がにわかに慌ただしくなった。

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▲ドイツ政界に復帰するシュルツ欧州議会議長(SPDの公式サイトから)

 SPDではガブリエル党首が次期総選挙で党の首相候補者として出馬する意向を固めている、という噂もあり、ガブリエル党首とシュルツ議長の間でどのような党内調整が行われるか注目される。来年1月末の党会議で誰を首相候補とするかを決定する予定だ。世論調査では、シュルツ議長がガブリエル党首より対メルケル首相で善戦が期待できるという結果が出ている。

 シュルツ議長は来年2月の連邦大統領選で「キリスト教民主同盟」(CDU)、「キリスト教社会同盟」(CSU)、そしてSPDの3党統一候補者となったフランク・ヴァルター・シュタインマイヤー外相の後継者となるのではないかとも予想されている、5カ国語に堪能な欧州議会議長として培った外交人脈を生かす上で外相ポストが最適と受け取られているからだ。

 なお、連邦大統領選ではCDUのメルケル首相は土壇場まで党の独自候補を探したが、見つからなかった。社民党がシュタインマイヤー外相を擁立した場合、CDU候補者が敗北する可能性があり、次期総選挙を身近に控えているメルケル首相にとってはまずい。そこでSPD候補者を政権与党の統一候補者として擁立することで妥協した経緯がある。

 ドイツの場合、連邦議会と16の州議会から比例代表で選出された代表によって選出される。国民の直接投票ではない。議会政党が有力候補者を擁立し、投票で過半数を獲得した候補者が選出される。来年2月12日に実施される連邦大統領選で3党の統一候補者のシュタインマイヤー外相の選出は間違いないと受け取られている。

 一方、メルケル首相は20日、来年の総選挙で首相候補者として4選を目指すことを表明したばかりだ。難民の受け入れ政策で国民ばかりか、与党内で批判が高まり、支持率を落としたが、同首相はドイツ政界では依然、高い支持率を維持しており、4選の可能性は高い。

 ちなみに、独公共放送(ZDF)が25日発表した政治バロメーターによれば、メルケル首相の4選出馬に対し、64%が支持、33%が不満だった。CDU・CSU支持者の間で89%が支持し、拒否は10%だけだった。一方、SPDの首相候補者としては、シュルツ議長が51%で、ガブリエル党首の29%を大きく引き離している。
 
 シュタインマイヤー外相の連邦大統領選出馬、メルケル首相の4選出馬、そしてシュルツ欧州議会議長のベルリン政界復帰とここにきて主要政治家の動きが活発化してきた。CDU、SPDの連立与党が選挙戦モードに突入してきたわけだ。

「トランプ」と呼び捨てたオバマ氏

 オバマ米大統領が今月、8年間の任期の終わりを控え、最後の欧州歴訪(ギリシャ、ドイツ)をした時だ。ドナルド・トランプ氏が次期米大統領に選出された直後だっただけに、欧州政界では米国の動向に強い懸念の声が聞かれた。そこでオバマ大統領は欧州で「米国は変わらない」というメッセージを送り、同胞の欧州諸国の米国への不信を払しょくするために腐心した。
 ちょっと皮肉なことだが、オバマ大統領は8年前、「チェンジ」をキャッチフレーズにホワイトハウス入りした大統領だったが、離任を間近に控え、今度は米国は「チェンジしない」ことをアピールするために欧州入りしたわけだ。

 ところで、オバマ氏がトランプ次期大統領に対して決して好ましい印象を持っていないことは明らかだ。クリントン氏を支援する選挙集会ではオバマ大統領は政治経験のないトランプ氏をあからさまに酷評してきた。

 そのオバマ大統領がトランプ次期大統領への政権移行をスムーズにするためにトランプ氏をホワイトハウスに招き、初会合した時の写真を見たが、オバマ氏の表情はやはり硬かった。

 オバマ氏は「ジョージ・W・ブッシュ氏(任期2001〜09年)から政権を引き継ぐ時、ブッシュ氏は政治信条や選挙戦のいがみ合いなどを忘れて政権移行の作業をスムーズにしてくれた。トランプ氏に対して私も同じようにしたい」と表明している。

 一方、トランプ氏はオバマ大統領と会談後、現職大統領に敬意を表している。そればかりではない。オバマ大統領の医療保険制度改革(通称・オバマケア)に対しても選挙戦の主張を和らげ、「一部修正しながらも継承していきたい」と述べているほどだ。

 ところで、オバマ大統領はベルリンでは独週刊誌「シュピーゲル」のブリンクボイマー編集局長と独公共放送(ARD)のソニア・ミキチ編集局長とのインタビューに応じているが、そこでトランプ次期大統領の話になると、「Mr Trump」、「President-elect」と呼んでいたが、一度だけ「Trump」と敬称なく呼び捨てている。これはシュピーゲル誌最新号(11月19日号)が編集後記で明らかにしている。

 普段は規律ある人間でも時には本音が飛び出してくる。オバマ大統領もトランプ次期大統領に対して、自身の8年間の政権の成果を破壊する危険な政治家と考えているはずだ。無意識のうちに「トランプ」と呼び捨てが飛び出したのだろう。
 いずれにしても、オバマ氏が後任の大統領に選出されたトランプ氏を呼び捨てることは本来、好ましくない。なぜならば、トランプ氏は45代目の米大統領に就任する人物だ。礼を欠くべきではない。

 ちなみに、日本の歴代首相は米大統領と愛称で呼び合う関係を願ってきた。その傾向は中曽根康弘首相(任期1982〜87年)とロナルド・レーガン大統領(当時)が「ロン」と「ヤス」の愛称で呼び合った時から始まったのだろう。オバマ氏と安倍晋三首相との関係が愛称で呼び合う関係まで親密だったのかは知らない。

 蛇足だが、政治舞台裏のやり取りや閣僚の人物評を現職中に暴露したオランド仏大統領に対し、パリの政界ではブーイングが聞かれる。政治の世界でも規律と礼を欠けてはならないわけだ。

議論呼ぶ「中絶」に関する法王書簡

 ローマ法王フランシスコは21日、法王書簡「Misericordia et misera」を公表し、中絶した女性が悔い改めるならば罪が許される道を明らかにした。その際は、教区司教の前に懺悔する必要はなく、通常の神父の前に懺悔をすれば許される。
 同法王は昨年9月1日、今月20日に終わった特別聖年(2015年12月8日〜16年11月20日)の期間、全ての神父に中絶者への許しの権限を与えると発表したが、今回の法王書簡はそれを今後も継続することを明らかにしたものだ。

 ローマ法王の書簡が公表されると、信者たちの間ばかりか、聖職者の中でもさまざまな議論が出てきた。バチカン放送によれば、バチカン法王庁「新福音化推進評議会」の議長サルバトーレ・フィジケッラ大司教は21日、ジャーナリストの質問に答え、「ローマ法王の決定は罪から即免除されることを意味するものではない。回心と神の慈愛が同時に関わった場合だ」と戒めている。そして法王の書簡を引用しながら、「中絶は命を殺すもので罪だが、本人が悔い改めの心を持つならば、神の慈愛によって洗い落とすことができない罪はない」と説明している。

 ドイツのアウグスブルクのアントン・ロージンガ―司教補佐はバチカン放送とのインタビューの中で、「中絶問題に関わらなかった神父はいないだろう。ドイツだけでも中絶者数は年間10万人だが、実質はその倍の約20万件の中絶が年間行われていると予想される。その意味で、ローマ法王の今回の決定は全ての聖職者にとっても密接な問題だ。法王は中絶は大きな罪だが、神の慈愛のもと関係者が罪意識にとらわれず、将来についてポジティブな生き方ができるように配慮したものだ。中絶した女性が長い間、心の中で葛藤している。その意味で、悩む心に対し神との和解の道を開く今回の決定は評価できる」と述べている。 

 一方、バチカン法王庁内赦院内赦執行官だったジャンフランコ・ジロッティ師は22日、イタリア日刊紙「ラ・レプッブリカ」とのインタビューの中で、「罪の最小化、放縦の危険性がある。教会は全ての問題に対し開放的に対応することは分かる。フランシスコ法王は神の慈愛を示したかったのは理解できるが、その結果、どのような状況が生まれるかを考えなければならない。法王の決定を聞いて、妊娠した女性が安易に中絶する方向に流れる危険性がある。故ヨハネ・パウロ2世の時、中絶の免罪の権利が司教に委ねられたが、その後、どのような反応が教会内で生じたかを思い出すべきだ」と指摘している。 

 フランシスコ法王の今回の決定を「価値観の安売り」といった批判も聞かれる。それに対し、イタリア司教会議のヌンツィオ・ガランティーノ 事務局長は23日、「そうではない。悩める人への慈愛の文化こそ願われているのだ。苦悩する人の随伴者、支援者、癒し者でなければならない。それが悔い改めの道を開くことになる。フランシスコ法王は日々の生活の中で慈愛を実践すべきだと願っている」と述べている。

 教会は過去、中絶を殺人罪と見なし、厳格に対応してきた。暴行を受けた後、妊娠した女性に対しても中絶を認めなかったこともあって、教会の非現実的な対応に非難が絶えなかった。また、中絶は女性の権利だというフェミニストの考えもある。教会では、中絶は女性だけの問題ではなく、関係した男性や医者の責任も看過すべきではないという立場を取っている。

 教会法では、中絶した場合、破門されるが、多くの教会では、特定の贖罪神父を通じて免罪できるように対応してきた。今回の法王書簡の内容は、特定の贖罪神父でなくても通常の神父にその免罪の権限を与えるわけだ。ただし、ドイツ、スイス、オーストリア教会では久しく一般の贖罪神父が中絶問題で贖罪の聖職に従事している。

相手への配慮と笑顔を取り戻そう

 この忙しい時世、なんでそんな小さなテーマを書くのかといわれれば、確かに細やかなことだが、時にはそれが紛争やいがみ合いを回避する上で、大きな役割を果たすと考えているからだ。今回のテーマは「ちょっとした配慮と笑顔」だ。

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▲ウィーン市庁舎前広場のクリスマス市場風景(2016年11月12日、撮影)

 多く語れば、失言や誤解されやすい発言をする機会が増える。文字通り、「口は災いの元」だ。次期米大統領に選出されたドナルド・トランプ氏の選挙戦を思い出すまでもない。南米出身のローマ法王フランシスコも例外ではない。語りの名手でも常に失言の危機に瀕している。

 例を挙げる。ローマ法王フランシスコは昨年1月19日、スリランカ、フィリピン訪問後の帰国途上の機内記者会見で、随伴記者団から避妊問題で質問を受けた時、避妊手段を禁止しているカトリック教義を擁護しながらも、「キリスト者はベルトコンベアで大量生産するように、子供を多く産む必要はない。カトリック信者はウサギ(飼いウサギ)のようになる必要はないのだ」と述べ、無責任に子供を産むことに警告を発した。

 機内の記者会見でローマ法王が「うさぎのように……」と語ったことが伝わると、「大家族の信者たちの心情を傷つける」といった批判だけではなく、養兎業者からも苦情が飛び出してきたことはまだ記憶に新しい。
 南米出身らしく、おおらかで陽気なフランシスコ法王は心で思ったことをすぐに口に出し、笑顔を振舞う。悪意はないが、時にはこのような失言が飛び出すわけだ。

 その法王がイタリア中部地震の被災者に伝達したコメントをバチカン放送で読んだ時、少々驚いた。
 フランシスコ法王は4日、イタリア中部のノルチャの Renato Boccardo 大司教に早速電話を入れ、地震の犠牲者への励ましの言葉を依頼している。ノルチャでは多くの住民が地震で家を失っている。同大司教は住民の不安と懸念を法王に報告。それに対しローマ法王は「楽天的に考え、希望を失わないように住民を鼓舞してほしい。もちろん、建物は大切だ。実際、非常に大切だが、もっと大切なものがあることを思い出してほしいと伝えてほしい」と語っているのだ。

 当方はそれを読んで思わず笑ってしまった。「建物は重要だ。本当に重要だが、……」という部分だ。昔の法王ならば、「建物が崩壊しても大丈夫だ。神への信頼の方がもっと大切だ」と言っていたかもしれない。しかし、法王は「建物は重要だ。本当に重要だが……」と、重要という言葉を繰り返すことで、住居(建物)を失って絶望している被災者の心を傷つけないように配慮していることが分かる。そのうえで、法王が伝えたかった「建物より重要な……」という部分に入るわけだ。ほんのちょっとしたことだが、法王の配慮というべきか、過去の失言から学んだ結果というべきかもしれない。

 もう一つの例だ。発言ではないが、ちょっとした相手側への配慮の実例だ。英国シングソングライター、ジェイク・バグとコンサート前にインタビューした時だ。舞台裏で会見したが、会見中も人の行き来がある。バグは話をストップして静かになるのを待っていた。こちらの録音が周囲の騒音で聞こえなくなるのを避けていたわけだ。22歳の青年の配慮に少し驚いた。
 
 バグの話だが、彼はほとんど笑わない。米国ツアーに行く前、マネージャーから「米国人は笑うのが好きだ」といわれ、コンサートでも笑顔を見せるようにと注文をつけられたという。バグは舞台ではファンに媚びない。歌い終わると、さっと舞台から出ていく。そのバグが当方との会見中、笑顔を数回見せてくれた。ひょっとしたら、これも異国のジャーナリストへの配慮だったのかもしれない。

  実際、笑顔は相手を喜ばし、ホッとさせる。地下鉄の乗り降りでぶっつかった時、笑顔を見せると、相手側も笑顔で返してくれるケースが多い。ちょっとした配慮、そして笑顔を日々の生活で実践したいものだ。

「イスラム過激派のニヒリズム説」

 フランスの政治学者オリビエ・ロイ氏(Olivier Roy)は著書「ジハードとその死」の中で、「イスラム教のテロは若いニヒリストの運動であり、宗教的要因はあくまでも偶然に過ぎない」と主張し、波紋を呼んでいる。オーストリア日刊紙プレッセ(21日付)はロイ氏のイスラム教テロリスト論を掲載している。以下、それを参考に、「イスラム過激派のニヒリスト説」を紹介する。

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▲イスラム問題の専門家オリビエ・ロイ氏(自由ヨーロッパ放送から)

 ロイ氏は、「われわれはイスラム教の急進化ではなく、急進主義のイスラム化を目撃している」という。そしてイスラム自爆テロリストをドイツ赤軍(RAF)やクメール・ルージュ(赤いクメール)と並列し、「イスラムのテロリストの中心的原動力は宗教的狂信ではなく、ニヒリズムにある」と強調している。

 イスラム教過激テロの背後には、聖典コーランの過激な解釈の影響があると受け取られてきたが、ロイ氏は、「イスラム教の過激な解釈は付け足しに過ぎない。問題はテロリストがニヒリストであり、ノー未来派の世代に属する若者たちだからだ」と主張しているのだ。
 ロイ氏は、「ノー未来派世代のイスラム系移民出身の自爆テロリストは死に魅力を感じている。彼らは終末的な世界に生きている。終末は大歓迎なのだ。彼らは自身のニヒリズム的状況を世界的な状況と重ね合わせることができるからだ」と説明する。

 ロイ氏の「過激派のイスラム化説」は非常に啓蒙的だ。ロイ氏は昨年の欧州のイスラム過激派テロ事件について、「テロリストにとって死は決して副産物ではない。彼らは死を願っていたのだ。イスラム教の伝統では、聖戦による死は称えられるが、自身から願う死は称賛しない。サラフィストも同様だ。彼らは自殺を厳しく批判する」と指摘し、「暴力的、破壊的な過激主義は宗教の急進主義の結果ではない」と繰り返し主張している。

 欧州のニヒリズムの台頭について、ローマ・カトリック教会の前法王べネディクト16世が5年前に警告を発している。ベネディクト16世は2011年11月6日、「若者たちの間にニヒリズムが広がっている。神やキリストが関与しない世界は空虚と暗黒で満ちている。残念ながら、青年たちは無意識のうちにニヒリズムに冒されている」と述べ、ニヒリズムを恐ろしい「死に至る病」と喝破している。

  ニヒリズム(独語 Nihilismus)は「虚無主義」と日本語で訳される。既成の価値観を信頼できず、全てのことに価値を見出せず、理想も人生の目的もない精神世界だ。フリードリヒ・ニーチェは、「20世紀はニヒリズムが到来する」と予言したが、21世紀を迎えた今日、その虚無主義はいよいよ拡大してきたのだ。欧州の自爆テロリストの世界にそれが見られ出したというわけだ。ちなみに、欧州でニヒリズムと共に、不可知論が拡大しているが、その世界はニーチェがいう“受動的ニヒリズム”といって間違いないだろう。

 それではどうしたらニヒリズムを克服できるのか。これは現代社会の緊急課題だ。人生に目的と意味を与える思想、ビジョンの登場が願われる。その意味で、オーストラリアのメルボルン出身の哲学者ピーター・シンガー氏(Peter Singer)の“効率的な利他主義”に大きな魅力を感じている。

「事件の核心」は常に隠される

 米大統領選では世論調査には出てこないドナルド・トランプ氏支持者の票を「隠れトランプ票」として話題を呼んだ。その隠れ票が実際、選挙の勝敗を決定するほどの規模だったかは、今後の詳細な選挙分析が必要だろう。

 興味深い点は「隠れる」という表現だ。何を、誰から隠す必要があるのか。「隠す」とは事件の核心を表に出さないことを意味する。いい意味でも使うが、「隠蔽」などの言葉があるように、悪いニュアンスが強い。

 米大統領選ではニューヨーク・タイムズなど主要メディアがクリントン氏を支援する一方、女性問題や多数のスキャンダルを抱えるトランプ氏を酷評してきた。トランプ氏はメディアの批判にさらされ、ほぼ全ての世論調査がクリントン氏の勝利を確信していた。そのような雰囲気の中で、「自分はトランプ氏を応援している」と口に出せなくなった有権者が多数いた。これが「隠れトランプ票」というのだ。

 オーストリア大統領選でも左派リベラルの「緑の党」元党首のアレキサンダー・バン・デ・ベレン氏(72)より極右派政党自由党のノルベルト・ホーファー氏(45)を応援したいが、「ネオナチとみられたくない」と躊躇する有権者の存在を「隠れホーファー票」と呼ぶ(「『隠れホーファー票』って何」2016年11月18日参考)。

 「隠れる」という表現を使用している興味深いケースがある。「隠れたイエス」という言葉だ。ポルトガルの小村ファティマに聖母マリアが再臨、3つの予言を羊飼いの子供たち(ルチア、フランシスコ、ヤチンタ)に託した通称「ファティマの予言」(1917年)の話は有名だ。その3人の1人、ルチアは後日、当時10歳で亡くなったヤチンタのことを詳細に語っている。それによると、死に瀕したヤチンタが「隠れたイエスを迎えることができずに死ななければならないのだろうか」と嘆いたという。この「隠れたイエス」とは、聖書学的にいえば、イエスの再臨だ。ヤチンタはそれを「隠れたイエス」と呼んだわけだ。

 「隠れトランプ票」、「隠れホーファー票」、そして「隠れたイエス」、この3つの「隠れる」は隠蔽といったネガティブな状況ではなく、事実をさまざまな必要性から覆い隠すという意味が強い。
 「隠れトランプ票」や「隠れホーファー票」の場合、候補者の支持を言明することで有権者がマイナスのイメージや中傷を受ける危険性を回避したいという動機がある。その意味で、「隠れる」とは、有権者の自己防衛だ。「隠れたイエス」の場合、偽キリストの出現を防ぐ狙いがあったのだろう。

 わたしたちはインターネット時代に入り、無数の情報が迅速にいきわたるオープンな社会に生きている。科学技術の発展の時代的恩恵だ。そのような時代に「隠れる」という言葉が飛び出してくるのだ。インターネット時代のプライバシーの保護という意味合いがあるかもしれない。情報が氾濫している今日、情報が悪用されるケースを避けようとする一種の知恵かもしれない。

 昔は悪いことが表に出ないように隠したが、今は自身の利益に直接関与する核心情報を様々な理由から隠す傾向が出てきているわけだ。事件の核心が隠される一方、自身にとってどうでもいい情報だけが闊歩している。そのような社会では世論調査は本来、成り立たないばかりか、社会を誤導する恐れすら出てくるわけだ(「『世論調査』に死刑宣言が下された?」2016年11月12日参考)。

「北大使館の中は暖房もなく、寒い」

 駐オーストリアの北朝鮮大使館(金光燮大使)で先日、「オーストリア・北朝鮮友好協会」関連の集まりがあったが、そこに参加したオーストリア人の話によると、「大使館の部屋は暖房が切ってあったのか、とても寒かった」という。
 海外の北朝鮮大使館は平壌から送金が途絶えているところが多く、自給自足を強いられていると聞いていたが、大使館内の暖房を節約せざるを得ないほど金欠状況が深刻だとは考えてもいなかった。

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▲雪化粧の北大使館、今年の冬の暖房は大丈夫?

 今年に入り、駐ロンドンの北大使館のテ・ヨンホ公使夫妻が韓国に亡命し、平壌を震撼させたばかりだ。金正恩労働党委員長は海外駐在外交官の監視を強化し、家族関係者を帰国させるなど対応をとってきている。同時に、大使館の活動資金は送金されなくなったというのだ。
 例えば、ウィ―ンの場合、金光燮大使が故金日成主席の娘婿で、金正恩労働党委員長の義理の叔父に当たるから、最低限の送金はされていると考えてきたが、そうでもないようだ。駐チェコの金平一大使も金光燮大使の家庭と同様、故金日成主席の息子ということから特別扱いと久しく考えてきた。だが実際には、平壌の中央政界から追放された金平一大使や金光燮大使にとって、これから文字通り、生存の危機を迎えることになるのかもしれないのだ。

 海外駐在の北朝鮮外交官夫人が現地の中国レストランで働いている、という情報が流れていた。外交官夫人は本来、駐在先で働くことはできないが、大使館維持のためにはやむを得なくなったのかもしれない。しかし、脱北対策で外交官夫人の帰国が強行されたならば、誰が大使館維持費を賄うのだろうか。

 今年に入り、ブルガリア、ドイツ、オーストリアの北大使館が売りに出されるのではないかといった情報が流れた。当方が調査した限りでは、ウィ―ンの北大使館の場合、目下、売りに出されていない。ただし、郊外にある金光燮大使の私邸(2階建て、庭付き)が売りに出される可能性は排除できない。ウィーンの北大使館の建物は歴史的建物としてさまざまな制限がある。それだけに、新しい買い手を見つけ出すのが至難という事情がある(「北大使『大使館は売らない』と言明」2016年10月2日参考)。

 ウィーンはここ数年、雪が降らないなど暖かい冬が続いたが、今年は厳しい冬が到来すると予想されている。早朝は既にマイナスで、日中も5、6度程度だ。本国からの送金が途絶え、大使館の部屋の暖房もない状況が続くならば、海外駐在北外交官の脱北は今後も増えるのではないか。 

 先述の友好協会関係者は「最近赴任した若い3等書記官はやる気がまったくない。話しかけても生半可な答えしか戻ってこない」と嘆いていた。金がなく、寒い部屋で職務をしなければならない北外交官がやる気を失ったとしても当然かもしれない。
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