ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2016年06月

金正恩氏が何度も死亡する理由

 韓国聯合ニュースは17日、金正恩朝鮮労働党委員長が「爆弾テロで死亡した」という情報を流した。ソースは海外インターネットメディアのイースト・アジア・トリビューンが前日報じたもの。韓国国防部は「事実ではない」と金委員長死亡説を即否定した。

 独裁国家では独裁者の急死、暗殺情報が時たま流れる。独裁者が実際死亡するまで何度か死亡情報が流れるのは通例だ。だから、金正恩氏の爆弾テロ死亡情報はその始まりと冷静に受け止めるべきだろう。それにしても、30代前半の若い独裁者に対し、死亡説が既に流れるということは、同氏が国民や政敵から如何に嫌われているかを端的に示している。金正恩氏はさぞかし憤慨しているだろう。

 と、ここまで書いたが、「金正恩氏がその偽情報を聞いて、笑い出した」というシナリオを今回、読者と共に共有したい。実際、金正恩氏は笑い出しているかもしれないのだ。決して強がりではない。「すぐ、この情報提供者を拘束し、射殺しろ」と命令している光景がかなりリアルに浮かんでくるのだ。

 説明しよう。金正恩氏は誰がこの死亡説を流したかを知っているからだ。なぜならば、金正恩氏自身が自分の死亡説、暗殺説を流したからだ。誰がこの偽情報に飛びつき、誰にリークするかを慎重に見守っていたはずだ。

 以下の聯合ニュース(日本語電子版)の記事を読んでほしい。

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が最近、北朝鮮の内部情報を韓国に流出させる住民を「南朝鮮(韓国)のスパイ」と見なし大々的な摘発を指示したことが分かった。北朝鮮事情に詳しい消息筋は19日、聯合ニュースの取材に対し、金正恩氏が「内部情報を外に流している不純分子が多くいる」として公安幹部を追及したと明らかにした。国の情報を敵に渡す不純分子の策動を排撃するという内容の指示文が公安機関と住民に下されたようだと話した。

 金正恩氏は人民保安部(警察)と国家安全保衛部(秘密警察)に「韓国スパイ」の摘発と処罰を命令している。しかし、金正恩氏もスパイ摘発が容易でないことを知っている。エサを付けず釣り糸を長時間垂らしていても魚は穫れない。魚を捕まえるためにはエサが必要だ。魚はどのようなエサに最も飛びつくか。それは自身の暗殺情報だ。金正恩氏はそこまで計算したうえで、上記の命令を出していたとすれば、金正恩氏はまだ若いが“立派な独裁者”と言わざるを得ない。

 もちろん、釣り竿は1本だけではない。さまざまな情報(エサ)をつけた釣り糸を同時に垂らしておく。金正恩氏の計算通り、エサに飛びついた国民がいた。それを海外のメディア関係者に流した。そこで治安関係者は捜査を開始する。釣り竿のロケーションを知っているので、捜査の範囲は限定される。犯人を摘発するのもそんなに難しくはないはずだ。

 以上のシナリオから一つの結論が出てくる。北から今後、偽情報が頻繁に流れてくる、ということだ。北側は美味しいエサ(金正恩氏の死亡説や金ファミリー関連情報)をつけた釣り糸を垂らしているから、その情報はかなり衝撃的だろう。

 金正恩氏死亡情報が流れた直後、ウォンが一時急落するなどソウル外国為替市場が動揺したが、それを上回るショックを与える偽情報が北から流れてきたとしても驚くべきではない。金正恩氏が本当に亡くなるまで、何度も死亡情報が流れてくると想定し、冷静さを失うべきではない。

大統領選のやり直しは不可避か

 オーストリアで4月24日、大統領選挙(有権者数約638万人)が実施された。その結果、6人の候補者は得票率上位2人に絞られ、5月22日に決選投票が行われた。そして「緑の党」前党首のアレキサンダー・バン・デ・ベレン氏(72)が極右政党「自由党」候補者ノルベルト・ホーファー氏(45)を破り、当選。新大統領の任命式が来月8日に行われることになっていた。

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▲オーストリア大統領選決選投票の最終結果(オーストリア内務省発表。2016年5月23日)

 ところが、自由党は先日、不在投票の手紙投票の集計で不正があったとして152頁に及ぶ請願書を憲法裁判所に提出した。それを受け、同裁判所(ゲルハルト・ホルツィンガー長官を含む14人の裁判官で構成)は20日、証人を招き、審査を開始する。テーマは深刻だ。不正投票があったと判明すれば、大統領選決選投票のやり直しが不可避となるからだ。そうなれば、同国初の全国レベルでの選挙やり直しとなる。憲法裁判所は遅くとも大統領就任式2日前には決定を下さなければならない。

 オーストリア高級紙プレッセは16日1面、2面を使って、憲法裁判所が決選投票のやり直しを求める可能性が高いと報じている。すなわち、大統領選はバン・デ・ベレン氏とホーファー氏の間で第3ラウンドが行われると予想しているのだ。

 自由党によれば、57万325票の郵便投票分が選挙法を破り、投票日に開封され、集計されていたことが明らかになっている。その上、5万8374票が選挙権のない人間によって投票された可能性があるというのだ。選挙委員会関係者は「不正投票の規模の大きさにショックを受けている」という。

 郵便投票数を集計する前段階ではホーファー氏が50.3%でバン・デ・ベレン氏49・7%をリードしていた。しかし、郵送投票分の集計後、バン・デ・ベレン氏が50・3%、3万0863票の僅差で逆転し、当選が決まった経緯がある。
 郵便投票の集計段階でかなりの票が選挙法に違反して前日に集計されていたとすれば、不正操作が行われた可能性が排除できなくなる。郵便投票で1万5432票が不正だったと判明すれば、ホーファー氏が再逆転できるのだ。

 一方、連邦選挙監視担当者は、「集計は正しく行われた。集計で違法な操作などなかった。自由党の主張を裏付けるものはない」と説明、選挙のやり直しは不必要と主張する14頁に及ぶ反対表明を憲法裁判所に提出している。

 司法関係者からは、「選挙は民主主義の要だ。その投票集計に不正があったのなら、選挙のやり直しは避けられない」という声が出ている。また、郵送投票方式に改革の必要性を主張する関係者が多い。具体的には、�〕港�分の集計を中央管理体制で実施する、��投票日に集計する、などだ。

 なお、憲法裁判所が大統領選決選投票のやり直しを要求すれば、今秋に行われるという。

欧州で広がる“ファーストの事情”

 英労働党のジョー・コックス下院議員(41)が路上で52歳の男性に射殺され、殺害された。英国の欧州連合(EU)の離脱を問う国民投票を1週間後に控え、同議員の死は英国国民に大きなショックを与えている。殺害された議員はEU残留派だ。一方、容疑者は目撃者の話では「英国ファースト」と叫んでいたという。極右思想にかぶれていた、という情報が流れている。

 ここでは容疑者が叫んだという“英国ファースト”について考えてみたい。厳密に言えば、英国を抜いて、「ファースト」についてだ。「〇〇ファースト」は新しい政治用語ではなく、欧州全土で現在、最も頻繁に聞かれる言葉の一つだ。

 欧州の政界ではファーストを掲げる政党、政治家が増えてきた。具体的には、オーストリアでは極右政党「自由党」が「オーストリア・ファースト」をキャッチフレーズに選挙戦を戦い、飛躍している。ドイツでは同じ極右勢力「ドイツのための選択肢」(AfD)が「ドイツ・ファースト」を主張し、隣国自由党の政策を真似てきた。そして現在、フランス、ベルギー、オランダ、ハンガリーでも程度の差こそあれ「ファースト」という言葉が頻繁に飛び出す。フランス・ファースト、オランダ・ファーストだ。

 ファーストは文字通り、最初、第一などを意味し、「政府は国民の利益を最初に重視すべきだ。外国人、難民・移民ではない」という意味合いがファーストに込められていることはいうまでもない。

 興味深い点は、ファーストを頻繁に主張する人も「お前たちはラーストだ」とは言わない。あくまでも自分たちがファーストだという点に拘る。ファースト派はラースト派との戦いを望んでいない。願っているのは、自分たちがファーストとして取り扱われることだけだ。

 それでは、何をファーストに期待しているのか。仕事、住宅などへの政府の支援であり、補助金であり、失業手当の増加、児童手当の増加などかもしれない。政府は自国民を優先的に支援、援助すべきだという主張だ。

 運動会のパン食い競争では、最初にパンに食らいつきたいと走り出す。それがファーストだ。極めて自然なことだ。ファーストを考えず、ラーストでもいいやと走れば、パンは無くなってしまう。

 世界経済は厳しく、国民経済の急成長は期待できなくなってきた。国民経済のパイの大きさは変わらないが、そのパイを要求して難民・移民たちが殺到してきた。そこで「俺たちのパイだ」という叫びがファーストだ。

 経済が順調に成長し、パイが年々大きくなっていけば、ファーストに拘らず、相手に与える余裕が生まれてくるかもしれない。しかし、現状はそうではない。高福祉社会は停滞し、少子化も進む一方、外国から多くの移民が殺到してきた。悠長なことを言っている場合ではない。これがファーストだ。失業率を下げるためには少なくとも年4%の経済成長率が必要だが、そんな高成長はもはや望めない。外人労働者が殺到すれば、失業率は高まることは必至だ。

 このように描写していくと、欧州で席巻するファースト派は民族主義者であり、外国人排斥者だとは言い切れなくなる。やむを得ない事情がある。家族を養い、子供を学校に行かせ、年に2回のバケーションを家族と共に享受するためにはファーストの地位を奪われてはならない。ファースト派にはそれなりの事情がある。その願いを安易に「利己的だ」と軽蔑できない。

 それでは、極右政党の主張は正しいのか。換言すれば、ファースト派の要求に理解を示す一方、ラースト派にも心を配ることはできるかだ。計算上は可能だ。ファースト派がその生活水準を少し落とす覚悟があれば、ラースト派をケアできる。しかし、実際は容易ではない。その上、生活水準を落とし、節約すべきだと有権者にはっきりと要求する政治家は少ない。

 “聖パウロの悩み”ではないが、心ある欧州人はファーストを願う心と、ラースト派への慈愛心の間で葛藤している。私たちは聖人でも英雄でもない。共有、共栄、共義の社会を夢みながら、その一方でファーストの立場を失いたくないと苦悩しているのだ。これが偽りのない“ファースト派の姿”ではないか。

 政治家は国民に国のパイの大きさを正直に伝え、現在、国の優先課題が何かを語らなければならない。政治家はファースト派に迎合することもラースト派に無条件の寛容を示す必要もない。なぜならば、ラースト派にも大きな責任があるからだ(ラースト派の問題は別の機会で扱う)。

 政治家は問題に真摯に向かい合い、“ファースト派の悩み”に処方箋を提示してほしい。繰り返すが、ファースト派を民族主義者、外国人排斥者と刻印し、問題解決の交渉テーブルから除外することは最悪の解決策であり、問題を一層、先鋭化させるだけだ。ファースト派はすなわち、“大多数の私たち”だからだ。

今年は「夏のない年」から200年目

 今年は「夏のない年」(Year without a summer)から200年目を迎えた。北欧、米国・カナダなど北半球全土を覆う異常気象が発生し、農作物に大被害をもたらし数万人の飢餓者が出た「1816年」のことだ。

 当時は異常気象の原因が不明だった。人々は恐怖と終末感に襲われた。1920年に入り、「夏のない年」の1816年の異常気象の原因が明らかになっていった。それによると、1815年4月のインドネシアのタンボラ火山(Tambora)の大噴火で噴出した火山灰が気流に乗って北半球全体を覆い、それが太陽の活動が低下した時期と重なって異常気象をもたらしたというのだ。

 独週刊誌「シュピーゲル」(5月28日号)は文化欄で「モンスターの誕生」というタイトルで4頁にわたって「夏のない年」1816年の文化的影響について特集していた。歴史家たちは「1816年のタンボラ危機が欧州人の文化的意識に深く刻み込まれていった。それを実証するものが至る所で発見できる」と証言している。

 欧州の近代史で2回、大きな天災があった。「リスボン大地震」と「1816年」だ。前者は1755年11月1日、ポルトガルの首都リスボンを襲ったマグニチュード8・5から9の巨大地震で、津波が発生。同市だけでも3万人から10万人が犠牲となり、同国全体では30万人が被災した。文字通り、欧州最大の大震災だった。その結果、国民経済ばかりか、社会的、文化的にも大きなダメージを受けた。
 例えば、ヴォルテール(Voltaire)、カント(Kant)、レッシング(Lessing)、ルソー(Rousseau)など当時の欧州の代表的啓蒙思想家たちはリスボン地震で大きな思想的挑戦を受けた知識人だ。彼らを悩ましたテーマは、「全欧州の文化、思想はこのカタストロフィーをどのように咀嚼し、解釈できるか」というものだった。例えば、「ヴォルテールはライプニッツの弁神論から解放されていった」といった学者の報告もある(「大震災の文化・思想的挑戦」2011年3月24日参考)。


 同じように、1816年は欧州社会、文化、芸術の世界に消すことが出来ない影響を与えた。フランスの画家テオドール・ジェリコーの絵画「大洪水」は1816年の終末状況を鮮明に描いている。「1816年以降生まれた絵画や小説には世界の終末の日の恐れと恐怖が感じられる」(シュピーゲル誌)というのだ。

 同誌によると、「異常気象は当時、北半球全体を襲った。北イタリア、スイス、そして米国東海岸で7月まで雪が降り、8月末からまた雪が降りだした。ドイツで1週間雨が降り続き、太陽は長い間見えなかった。ライン川は洪水を引き起こし、中国でも農地が長雨で泥沼化した」という。

 あれから200年が経過する。地球を取り巻く気候状況は変わってきている。例えば、中欧都市ウィーンではここ数年、「冬のない年」が続く。平地ではほとんど雪が降らない。当方がオーストリア入りした1980年代は冬になれば必ず大雪が降ったが、ここ数年、ウィーンで雪は降らない。

 4月から6月にかけ天候が不順だった。初夏の到来を思わせるほど気温が急上昇したかと思えば、その翌日は冬の回帰のように寒い日々が続く。普段はあまり降らない長雨が降り、欧州各地で大雨の被害ニュースが流れる。数日前、ドイツ南部で日本の津波を見ているような洪水風景が放映されていた。冬服をしまい、夏服の準備と考えていた矢先、気温が下がるといった日々の繰り返しが続く。気温の上下が激しく、老人は体調を整えるのが大変だ。

 1816年の異常気象で農作物は不足し、飢餓で亡くなる欧州人が出たが、21世紀の今日、世界で約30億トンの食糧が腐ったり、放棄されている。

 ちなみに、昨年12月に開催された国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)では、温室効果ガス削減目標の提出と5年ごとの見直し、国内対策の実施などを義務付けた「パリ協定」が合意されたばかりだ。「1816年」の再来に備えるべきだ。

2つのテロ事件が示す米国の変化

 米南部フロリダ州オーランドで12日未明、29歳のオマル・マティーン容疑者(29)が同性愛者が集まるナイトクラブ内で自動小銃を乱射し、49人を殺し、53人に重軽傷を負わせる大惨事が起きた。米犯罪史上、一人の人間が殺害した数では最悪のテロ事件となった。

 マティ―ン容疑者がイスラム過激派テロ組織(IS)の聖戦呼びかけに応じ、単独でテロを実施した可能性が高まってきている。米国は現在、大統領選の最中だけに、同テロ事件はさまざま影響を各方面に与えている。
 そこで米史上最悪のテロ事件、米国内多発テロ事件(9・11テロ事件)とオーランドの銃乱射テロ事件とを比較しながら、2つのテロ事件が示す米国社会の変化について少し考えた。

 オーランドの銃乱射テロ事件は同性愛者のナイトクラブで生じたことから、性少数者(LGBT)へのテロだと受け取られ、性的少数者への連帯の声が上がる一方、犯人がアフガニスタン出身の移民家庭育ちであることから、これまでの政府の移民政策への批判の声が聞かれる。同時に、犯人が自動小銃で多数の人々を殺傷したことから銃規制の声が再び高まっている。ホワイトハウスで12日、オーランドテロ事件を受け緊急表明を出したオバマ米大統領もその一人だ。
 
 すなわち、オーランド乱射テロ事件では、�。味韮贈圓悗力�帯、�▲ぅ好薀犇掬未魎泙牋椽酸�策の見直し、��銃の規制問題―の3点が争点として浮かび上がっているわけだ。大統領選候補者の観点からみれば、民主党候補者クリントン氏は�,鉢�を、共和党のトランプ氏は�△鯀菘世房茲蠑紊欧討い襦△箸い辰振餽腓澄�

 2001年9月11日の米国内多発テロ事件は3000人を超える米国民が犠牲となった。国際テロ組織「アルカイダ」系テロリストは米国のシンボルの一つ、世界貿易センタービルに旅客機を衝突させ、ビルを崩壊させた。ブッシュ政権はその直後、テロ対策を最緊急政治課題に掲げ、イスラム過激派テロ組織への戦闘を開始した。9・11テロ事件は米国の民主主義、自由への挑戦と受け取られ、米国民はブッシュ政権を支援した。少なくとも、米国民、社会は当時、対テロで一致していた。

 一方、オーランド乱射テロ事件は国内で育った過激派テロリスト(ホームグロウン)によって引き起こされた。その襲撃ターゲットは世界貿易センタービルではなく、ゲイバーだった。換言すれば、9・11テロが米国のシンボルをターゲットとしていたが、オーランドのテロ事件は米国社会の特定グループ(同性愛者)に向けられた(本人も同性愛者だったという情報もある)。

 オバマ政権下で連邦最高裁判所は同性婚を合憲と判断した。それゆえ、後者のテロ事件は米国を狙ったものというより、オバマ政権への攻撃とも読めるわけだ。
 オーランド銃乱射テロ事件直後、オバマ大統領はイスラム系過激派問題にはほとんど言及せず、もっぱら�,鉢�の問題に焦点を合わせた表明を発表したのは偶然ではないだろう。オバマ大統領はオーランドのテロリストの牙が自身の政策に向かられていることを感じたはずだ。

 9・11テロ事件からまもなく15年目を迎えるが、国内のテロリストは今回、病む米社会の弱点に攻撃をかけてきたのだ。米国のシンボルは、国際テロリストにとって「世界貿易センタービル」だったが、ホームグロウンテロリストにとってそれはゲイバーだったのだ。

政治家は「家族」の辞職要求に弱い

 舛添要一東京都知事(67)が15日、都議会議長に辞職願を提出したというニュースが飛び込んできた。「遅すぎた」という人から、「次は少しましな人物を都知事に選ぼう」という未来志向型意見まで様々なコメントがネットの世界で流れている。

 政治資金の私的流用問題で責任追及されてきた舛添氏の対応を見ていると、「どうしてあのような人物が都知事になったのか」、「そのような人物を都知事に選んだのは都民だから、都民にも共同責任がある」という思いが湧いてくる。

 焦点が次期都知事探しに移っている段階で、辞職に追い込まれた舛添氏の政治家としての資質云々を指摘したとしても余り生産的ではない。舛添氏を支持してきた自公民が辞任を要求したことで、都知事は辞職に追い込まれた。これが真相だろう。スポンサーが手を引いたのではやっていけないスポーツ選手のようだ。自公民というスポンサーを失った都知事は辞職以外に他の選択肢はなかっただけだろう。

 このコラム欄では政治家が辞職、辞任に追い込まれる理由について考えてみたい。外では強がりをいっていても、家に帰れば奥さんの言いなりになっている男性諸君も少なくないが、政治家が辞任、辞職に追い込まれるのは、今回の都知事のように、支持基盤を失ったからだけではないだろう。案外、政治家に辞職を決定させる最後の一撃を加えるのは家族ではないか。以下、その実例を2つ挙げる。 

 国連事務総長(任期1972年1月〜81年12月)を2期務めた後、オーストリア大統領(任期1986年〜92年)に選出されたクルト・ワルトハイム氏は2期目の再選出馬時、ナチス戦争犯罪容疑が浮かび上がり、世界ユダヤ人協会などから辞任要求が飛び出した。同氏は懸命に自身の潔白を表明し、「自分はナチスの戦争犯罪には関与していない」と主張。国際戦争歴史家委員会も「ワルトハイム氏は直接は関与していない」と指摘したが、同氏辞任要求は収まるどころか益々強まっていった。その結果、同氏は再選に出馬しないことを決定した。
 ワルトハイム氏は後日、出版した著書『私の返答』の中で、「連日、ナチス犯罪に関与したとメディアで追及され、私の家族は苦しい日々を過ごしていた。その姿を見ていた私はこれ以上、家族の涙を見たくないと思い、再選出馬を断念した」と述べている。再選出馬断念は決してナチス戦争犯罪容疑を認めた結果ではなく、家族の涙だったと明らかにしている。

 リチャード・ニクソン米大統領(任期1969年1月〜74年8月)は1974年8月、民主党本部を盗聴していたウォーターゲート事件が発覚し、辞任に追い込まれた。米国内では当時、ニクソン大統領の即退陣を要求する声が吹き荒れていたが、大統領自身は最後まで拒否していた。しかし、家族の説得を受けて辞任を決意した。
 ニクソン政権時代は冷戦時代だった。米大統領の辞任は共産主義政権の勢いを与えるという判断から、ニクソン氏は最後まで辞任を拒否してきたが、「パパ、もういいわ」という娘や家族の声に屈せざるを得なかったのだ。 


 連日、「辞めろ、辞めろ」とメディアで報じられ、帰宅して家族からも「辞めてほしい」といわれれば、強靭な意思を持った政治家でもそれに抗するのはかなり難しいだろう。

 舛添氏の場合、ワルトハイム氏やニクソン氏のように家族の願いから辞職を決定したケースではないだろう。いずれにしても、「与党からの政治圧力からではなく、愛する家族の願いに応えざるを得なかったからだ」と弁明できる政治家は、ある意味で自身の名誉を少しは守れるわけだ。舛添氏にはそのチャンスもなかったわけだ。

次期独大統領選は総選挙の予備選

 少し遅くなってしまったが、次期独大統領選についてまとめておきたい。
 ヨアヒム・ガウク独大統領は今月6日、2017年の再選には出馬しない意向を表明した。独週刊誌シュピーゲルなどドイツ・メディアは既にガウク氏の再選出馬はないだろうと予想していたこともあって、ガウク大統領の表明自体は冷静に受け取られたことはまだ記憶に新しい。

 ガウク氏(76)は再選出馬断念の理由として「活力をもって職務を遂行することが難しくなると予想されるからだ」と、健康理由を挙げている。旧東独の元プロテスタント教会聖職者だったガウク氏は2012年3月、就任直後からドイツの戦後清算と同時に積極的な国際貢献を国民に呼びかけてきた。

 ドイツでは大統領は連邦議会と16の州議会から比例代表で選出された代表によって選出される。隣国オーストリアの大統領のように国民から直接選出されない。政党が有力候補者を擁立し、投票で過半数を獲得した候補者が選出される。過半数獲得した候補者がない場合、3回目は最高得票者が当選する仕組みだ。任期は5年間。

 大統領職は基本的にはオーストリアと同様、名誉職的な性格が強い。ガウク氏の場合、前任者2人、ホルスト・ケーラー(任期2004〜10年5月)、クリスティアン・ヴルフ(2010年7月〜12年2月)が任期満了前に不祥事で退陣に追い込まれた直後だった。それだけに、政党の枠を超えて国民の支持があったガウク氏に白羽の矢が立った経緯がある。ガウク氏も大統領職の名誉回復に努めてきた。それだけに、メルケル首相(「キリスト教民主同盟」CDU)もガブリエル副首相(「社会民主党」SPD)もその再選断念表明を惜しむのは当然だろう。
 
 さて、新大統領選出は来年2月12日に実施されるが、同年9月には連邦議会選挙が実施される年だ。それだけに、誰が大統領府(ベルヴユー宮)の主人に選出されるかは次期総選挙に影響を与えると予測されている。すなわち、大統領選は次期総選挙の行方を予測する予備選挙の性格があるわけだ。

 次期大統領選にはCDU、CDS、SPO、[同盟90/緑の党」、左翼党、AfD(ドイツの為の選択肢)、EDP(自由民主党)の7党が関わってくると予想され、コンセンサスを得る候補者の擁立は難しい。3回目の投票ではCDUとSPDの2大政党は自党擁立の候補者を当選させるチャンスはあるが、秋に実施される次期連立政権を考慮し、大統領選も他の政党との連携を模索する道を選ぶだろう。例えば、CDUは「同盟90/緑の党」、FDPの3連立、といった組み合わせだ。

 現時点で次期大統領候補者を予測するのは時期尚早かもしれないが、独週刊誌シュピーゲル電子版が8人の候補者を挙げて紹介していたので、そのプロフィールを紹介する。


1)ノルベルト・ランメルト連邦議会議長(CDU)
 67歳、経験豊富な政治家、大統領職に関心を表明している。CDUの中ではリベラル派でSPD,「同盟90/緑の党」、自由党からの支持も期待できる。

2)ヴォルフガング・ショイブレ財務相(CDU)
 党内ではランメルト議長より支持があるが、73歳と高齢がネックだ。

3)ウルズラ・フォン・デア・ライエン国防相(CDU)
 57歳、女性でリベラル。大統領職より、メルケル首相の有力な後継者と見なされている。

4)ゲルダ・ハッセルフェルト議員(「キリスト教社会同盟、CSU)
 65歳、難民対策でCDUとCSUの間で軋轢があった。それだけに、CDUがCSU政治家を大統領選に担ぎ出すことでCSUに懐柔のシグナルを送ることができる。
 
5)フランク・ヴァルター・シュタインマイヤー外相(SPD)
 60歳、直接選挙だったら当選が可能と受け取られている。国民の中で人気は高い。ただし、本人は立候補するか否かを表明していない。

6)ユッタ・アルマイディンガー(SPD)
 59歳、社会学者、ベルリン「社会研究科学センター」会長

7)マヌエラ・シュヴェーズィヒ(SPD)
 42歳 家庭相、SPD副党首

8)ヴィンフリート・クレッチュマン(「同盟90/緑の党」)
 68歳 バーデン=ヴユルテンベルク州首相
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【短信】  バグがウィーンに顔を見せた

  英国のシンガーソングライターのジェイク・バグ(Jake Bugg)のコンサートが13日夜、ウィーン市16区であった。主催はラジオFM4だ。バクがウィーン入りし、コンサートを開くことは事前には知らされていなかった。同日朝のメトロ新聞の小記事で初めて知ったファンが大多数だった。ファンにとっては嬉しいサプライズだ。今年11月にバグのコンサートがウィーンのガソメータで予定されているが、13日のコンサートは関係者以外はまったく突然だったわけだ。すなわち、業界用語でいう‘Secret Gig‘だ。

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▲新アルバムを出すジェイク・バクのコンサート(2016年6月13日、ウィーン市内のコンサートで撮影)

 バグは今月17日、新しいアルバム「On my one]を出す。バクの新曲を聴こうとファンたちがコンサート会場に殺到し、数時間前から長い列が出来た。サッカーの欧州選手権(ユーロ2016)開催中ということもあって、ファンの出足が心配されたが、全く杞憂だった。バグは新アルバムから4曲を含め、計16曲を歌った。

 バグは17歳でデビュー。最初のアルバム「ジェイク・バク」が出ると、アルバムチャードでナンバー・ワンになった。神童といわれ、「ボブ・ディラン」の再現ともいわれてきた。英ロックバンドのオアシス(Oasis)のリーダーだったノエル・ギャラガ―がバグの音楽に触れて「未来の音楽を聴いた」と述べ、バグのソングを高く評価したという。

 なお、バグは7月22日、日本を訪れ、新潟で新曲を披露する予定だ。

ラマダンにテロ事件が起こる理由

 米南部フロリダ州オーランドで12日未明、29歳の男が同性愛者が集まるナイトクラブ内で自動小銃を乱射し、50人を殺し、53人に重軽傷を負わせる大惨事が起きた。オバマ大統領は同日、ホワイトハウスから国民向け緊急表明を発表し、「テロ行為であり、米国史上最悪の銃撃事件だ」と述べている。

 米特別部隊に射殺された犯人の犯罪動機については解明中だが、イスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)は同日、「われらの戦闘員が同性愛者のナイトクラブを襲撃した」と述べ、間接的ながら犯行声明を明らかにしている。

 犯人の両親はアフガニスタン出身だが、本人はニューヨーク生まれで米国籍を持つ。テロ組織との関係は不明だが、ISは「ラマダン(断食の月)期間、欧米社会へテロを実行するように」と呼び掛けてきた経緯がある。

 欧米のテロ問題専門家は、「ラマダン期間にイスラム過激派組織がテロを行う危険性が高い」と警戒を呼び掛けてきた。オーランドの犯人の場合、詳細は不明だが、明らかな点は、ラマダン期間にテロ事件が発生してきたという事実だ。中東紛争で“ラマダン停戦”、“ラマダン和平”という表現が飛び出すことがあるが、それはイスラム教の世界を知らない欧米外交官が考える世界だ。ラマダンこそイスラム過激派にとって絶好の戦闘期間というのだ。

 それでは、なぜラマダン期間にテロが多発するかを少し考えてみたい。ラマダンはイスラム教徒が行わなければならない「五行」の一つだ。この期間、太陽が昇った時から日没の間、食事を断ち、この世の快楽を慎む。太陽が沈むと断食明けの食事(イフタール)を家庭で、そして寺院でとる。

 ラマダン期間はイスラム教徒が普段より寺院に集まる機会が多い。彼らは食事をしながら、説教者の話を聞く。そこで説教者が欧米社会の腐敗を糾弾し、信者の憎悪を駆り立てることも少なくない。すなわち、ラマダン期間にテロ事件が発生する背景には、�.ぅ好薀犇掬未�寺院に集まる機会が多いこと、�∪盒擬圓�ら欧米文化への憎悪を聞く機会が増えること、といった状況があるからだ。

 中東テロ問題の専門家アミール・ベアティ氏(イラク出身)は、「イスラム教寺院では久しく憎悪説教をする指導者がいる。彼らの多くは正式なアカデミックな教育を受けたイスラム教専門家ではない。西側社会の価値観を受け入れず、聖戦を呼びかけている指導者だ」と証言している。「パリ同時テロ」後、フランスとベルギー両国は国内のイスラム寺院の監視強化を進めてきている。

 ちなみに、パレスチナのイスラム原理組織「ハマス」はラマダン期間、信者たちから集まった献金を活動資金にしている。ベアティ氏は、「ハマスはラマダン明けのイフタールを悪用し、信者たちが捧げた物品や資金を獲得している」と指摘、ハマスのイフタールの政治的利用を指摘しているほどだ。

 もちろん、ラマダンの宗教的側面も無視できない。この世の快楽を断ち、祈祷を捧げる修道者には一種の宗教的オーラが漂う。宗教的高揚心ともいうべき現象だ。断食は、肉欲を断ち、霊性を目覚めさせる修業でもあるからだ。当方の友人のイスラム教徒は、「ラマダン期間は心が清まる。他者に何か施したいという欲求が高まる期間だ」と信仰告白をしていた。

 まとめる。ラマダンはイスラム教徒にとって宗教的にも政治的にも高揚する機会である。それゆえに、というべきか、イスラム過激テロ組織がそのラマダンを自身の野望実現のために悪用する危険性があるわけだ。

お願い、どうかゴールしないで!

 サッカーのFIFAワールドカップ(W杯)に次いでサッカーの祭典、UEFA第15回欧州選手権(ユーロ2016)が10日、パリ近郊サンドニでホスト国フランスとルーマニアの開幕試合で始まった。サッカー・ファンには来月10日までテレビの前で夜遅くまで試合を観戦し、朝早く会社へ出勤するというハード・スケジュールの日々が待っている。

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▲ユーロ2016の開幕試合、フランス対ルーマニア戦(2016年6月10日、オーストリア国営放送から)

 さて、欧州選手権初参加のアルバニアとウェールズのナショナル・チームが11日登場した。アルバニアはスイスと、ウェールズはスロバキアとそれぞれ対戦した。後者は強豪スロバキアを2対1で破って本戦初参加、初勝利を飾ったばかりだ。

 アルバニアとスイス戦ではコソボ出身のアルバニア人、グラニット(23)、タウラント(25)・シャカ兄弟(Granit,Taulant Xhaka)がそれぞれ相手チームに入って戦うという普通考えられない状況が話題を呼んだ。兄はアルバニアに、弟はスイス国籍を有し、スイス・ナショナル・チームに参加し、シャカ兄弟がピッチで戦ったのだ(スイスが1−0で勝った)。スイス・チームにはコソボ出身の好選手が多い。

 興味深いのは、ウェールズのMFアーロン・ラムジー選手(25)の伝説だ。若い時からその才能を高く評価されてきた選手だ。英プレミアリーグのアーセナルFCとして活躍しているが、同選手がゴールすれば、その翌日(時には数日後)、著名な人物が死亡するという伝説があるのだ。
 最近では、昨年1月9日のサンダーランド戦の翌日、ロック歌手デビット・ボーイが亡くなった。過去には、同選手が得点した日の翌日、イスラム過激組織「アルカイダ」の指導者ウサマ・ビンラディン、リビアのムアンマル・アル=カッザーフィー大佐が亡くなっている。12年2月11日のサンダーランド戦当日に、歌手ホイット二ー・ヒューストンさんが亡くなった、という具合だ。

 もちろん、偶然だろうが、同選手のゴールと著名人の死去が重なるのだ。だから、彼がゴールするような状況になれば、ファンのなかにはゴールを入れないように祈る者もいるという。サッカーでゴールしないように願われる選手はラムジー選手以外にないだろう。

 考えてみてほしい。ラムジー選手はMFだから、基本的にはゴールゲッターではない。ラムジー選手ではなく、レアル・マドリードのFWクリスティアーノ・ロナウド選手にそのような偶然が生じると考えてみてほしい。彼は何度も得点王に輝いた選手だ。彼がゴールする度に世界のどこかで著名な人物がその翌日、死亡すれば、サッカーの1シーズンが終わる頃には、多くの著名な人物が物故している。そのようになれば、ロナウド選手をサッカー場から追放する運動が起きるかもしれない。ひょっとしたら、彼をゴール・キーパー(GK)にして絶対にゴールしないポジションに配置換えするかもしれない。

 当方はこのコラム欄で世界の若いミュージシャンが不思議と「27歳」で死去するケースが多いことを報告した(「クラブ『27』の呪い」2011年8月2日参考)。彼らにとって「27歳」は厄年に当たり、ロック・スターたちから恐れられている。例えば、最近では英国のソウル歌手エイミー・ワインハウスさん、英ロックバンド、ザ・ローリング・ストーンズの元ギタリスト、ブライアン・ジョーンズ、米ミュージシャンのジミ・ヘンドリックス、米ロックシンガー、ジャニス・ジョプリン、米ロックバンド、ドアーズのボーカリスト、ジム・モリソンは死亡した時、いずれも「27」歳だった。ちなみに、クラブ「27」という言葉が生まれる契機となったのは1994年4月5日、米ミュージシャン、カート・コバーンが銃で自殺してからだという。

 どこの世界でも不思議な偶然、奇妙な一致があるものだ。いずれにしても、世界の有名人はウェールズのラムジー選手がこのユーロ2016年の期間、ゴールしなように祈らざるを得ないだろう。

「マグダラのマリア」の人気急上昇

 このコラム欄で今年1月、マグダラ・マリアの伝記の映画化が進んでいると報告したが、ローマ・カトリック教会総本山、バチカン法王庁は10日、マグダラのマリアの役割を評価し、彼女を典礼上、“使徒”(Apostle)と同列にすることを決めた。
 バチカンはマグダラのマリアの聖名日(7月22日)を記念日としてきたが、それを教会の祝祭(Fest)に格上げするという。ここにきてマグダラのマリアの株が急上昇中なのだ。

 バチカン法王庁典礼秘跡省のロベール・サラ長官は6月3日、同関連文書に署名している。バチカンによると、ローマ法王フランシスコは同決定に個人的に後押ししたという。法王は同日、マグダラのマリアはイエスの復活を伝えた最初の使徒として教会カレンダーの中で使徒ランクに加えることを決めた。ちなみに、神学者トマス・アクィナス(1225〜74年)は、「マグダラのマリアは使徒中の使徒だった」と評価しているという。

 新約聖書によると、マグダラのマリアはイエスの十字架を見届け、イエスの復活の最初の目撃者だ。4つの共観福音書に全て登場する女性は聖母マリアとマグダラのマリア2人だ。この事実から見ても、マグダラのマリアがイエスの33歳の生涯に大きな影響を与えた女性であると受け取って間違いないだろう。一部では、「イエスの伴侶だった」(米ハーバード大の歴史・宗教学者カレン・L・キング教授)という説もあるほどだ。
 
  聖書研究家マーティン・ダイニンガー氏(元神父)は、「イエスが祭司長ザカリアとマリアとの間に生まれた庶子だったことは当時のユダヤ社会では良く知られていた。その推測を裏付けるのは、イエスが正式には婚姻できなかったという事実だ。ユダヤ社会では『私生児は正式には婚姻できない』という律法があったからだ。しかし、イエスが妻帯していた可能性は排除できない。3世紀頃に編纂された外典『フィリポによる福音書』には、マグダラのマリアをイエスの伴侶と呼び、『イエスはマグダラのマリアを他の誰よりも愛していた』といった記述がある」と主張している(「イエスが結婚できなかった理由」2012年10月4日参考)。

 それでは、「マグダラのマリア」とは誰か。ダイニンガー氏は、「マグダラという地名はイエス時代には存在しない。ヘブライ語のMigdal Ederをギリシ語読みでマグダラと呼んだ。その意味は『羊の群れのやぐら』だ。預言書ミカ書4章によれば、「羊の群れのやぐら、シオンの娘の山よ」と記述されている。すなわち、マグダラとはイスラエルの女王と解釈できる。そのマグダラのマリアはイエスの足に油を注ぐ。イエスは油を注がれた人、メシア(救世主)を意味する、イスラエルの王だ。イエスとマグダラのマリアは夫婦となって『イスラエル王と女王』となるはずだった」と指摘する。

  ローマ・カトリック教会は過去、イエスの母親、聖母マリアを神聖化してきた。8月15日を「聖母マリアの被昇天」とし、ローマ法王ピウス12世(在位1939〜58年)が1950年、教義として宣布。そして、12月8日を「聖母マリアの無原罪の御宿り」として祝日とした。ポーランドのようなカトリック教国では、聖母マリアは“第2のイエス”とまで崇められているほどだ。そして今、マグダラのマリアの神聖化が加速してきたのだ。マグダラのマリアの故郷は今日、世界のキリスト信者の巡礼地となっている(主要なキリスト教会はマグダラのマリアを聖人に拝している)。

 バチカンは今回の決定を「女性の役割に対する教会側の再評価」と説明しているが、マグダラのマリアの格上げは単なる女性の位置向上とは違うだろう。聖母マリアを神聖化し、イエスの母親としての聖母マリアの役割を恣意的に無視してきたように、バチカンは今、マグダラのマリアを神聖化することで、“イエスが愛した女性”という存在を密かに隠蔽しようとしているのではないか。
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