ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2016年02月

元法王と女性学者の“秘めた交流”

 “空を飛ぶ法王”と呼ばれ、在位中、世界を駆け巡った故ヨハネ・パウロ2世(在位1978年10月〜2005年4月)は生前、母国のポーランド出身で米国居住の哲学者である既婚女性と懇意な関係であった。それを裏付ける法王と女性の間で交わされた343通の書簡と多数の写真が見つかったというニュースが飛び込んできた。

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▲故ヨハネ・パウロ2世とアナ・テレサ(ARTE放送から)

 英BBC放送は15日、独仏の文化放送ARTEは16日、約1時間のドキュメンタリー番組「聖人の私的書簡」というタイトルの番組を流し、そこで故ヨハネ・パウロ2世と女性との間で交わされた書簡内容を紹介し、両者の関係を追っている。

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▲故ヨハネ・パウロ2世とアナ・テレサとの間の書簡(ARTE放送から)

 故ヨハネ・パウロ2世は1978年、455年ぶりに非イタリア人法王として第264代法王に選出された。選出当時58歳と20世紀最年少の法王だった。冷戦時代の終焉に貢献し、その行動的なローマ法王は時代の寵児となった。旧西独のシュミット首相(当時)は「彼となら話ができる」と語ったといわれている。故ヨハネ・パウロ2世は死後9年目、歴代最短の列聖審査を経て、2014年4月27日、故ヨハネ23世(在位1958年10月〜63年6月)と共に列聖されたばかりだ。

 哲学者の女性はアナ・テレサ・ティミエニエツカ女史(Anna Teresa Tymieniecka)だ。ポーランド・フランス系貴族の家庭で生まれた。哲学を研究するために米国に渡り、そこでハーバート大学の経済学教授と結婚し、3人の子供を産んだ。

 彼女は1973年、ポーランドのクラクフ時代のカロル・ジョセフ・ヴォイティワ大司教(ヨハネ・パウロ2世)と初めて知り合っている。その契機は彼女が同2世の著書の英語訳を申し出たことだ。両者はその後、ヨハネ・パウロ2世が死去するまで定期的に会い、書簡を交換している。

 法王とアナ・テレサの交流は32年間に及ぶ。法王に就任直後、バチカン法王庁の圧力もあって両者の信頼関係が一時崩れたが、法王が1981年5月13日、サンピエトロ広場でアリ・アジャの銃撃を受け、大負傷を負った時、アナ・テレサは米国から駆けつけ見舞っている。その後、両者の信頼関係は回復。彼女は何度もバチカンを訪問し、法王と会っている。

 両者の関係は神学者と哲学者のアカデミックな交流から次第に個人的な交流へと発展していった。米ジャーナリストのカール・バーンシュタイン氏は1996年、アナ・テレサとインタビューし、「ヨハネ・パウロ2世との関係」について質問した時、彼女は「馬鹿げた質問だ」と一蹴したが、彼女と法王との間の書簡内容からみれば、「両者間に感情的なつながりがあった」と受け取ったとしても不思議ではない。
 両者間の書簡を読んだポーランド出身の歴史学者オイゲン・キスルク氏は、「法王と彼女は愛し合っていたと思う」と番組の中で述べている。クラクフ時代、法王(当時クラクフ大司教)は彼女を避暑地に招待する書簡の中で、「そこでは誰もわれわれを妨害するものはいない」と書いている。

 バチカン法王庁はBBCの内容に対し、「BBCが報じた内容は新しいものではない。故ヨハネ・パウロ2世は生前、多くの男性や女性と親密な関係を持っていたからだ」と述べ、元法王と既婚女性との恋愛説を否定している(バチカン放送独語版16日)。


 なお、ヨハネ・パウロ2世は亡くなる数カ月前、彼女に宛てた書簡の中で「また会おう」と記し、最後に「KW」のイニシャルで結んでいる。「KW」はヨハネ・パウロ2世の本名のイニシャルだ。クラクフ時代の彼女との交流を懐かしく思い出し、彼女宛ての最後の書簡に法王名ではなく、「KW」という本名のイニシャルで結んだのではないか。

 アナ・テレサはヨハネ・パウロ2世死後9年後の2014年6月、91歳で亡くなった。アナ・テレサは生前、「ヨハネ・パウロ2世の歩みには私との交流の足跡が見られる」と指摘、彼女の哲学的思考がヨハネ・パウロ2世の在位27年間の言動に影響を与えたと述べている(彼女の哲学分野はエトムント・フッサールの現象学)。

 聖職者に課せられた独身制で最も辛いことは、「自分は誰も愛さず、誰からも愛を受けない、という深い孤独感だ」ということを聞いたことがある。故ヨハネ・パウロ2世は1人の男性として女性を愛し、その女性から愛されたいと願っていたのではないか。そうだったとしても、同2世への評価が落ちることはないはずだ。

 蛇足だが、バチカンが故ヨハネ・パウロ2世の列聖審査を早めた背景には、アナ・テレサとの交流が明らかになり、同2世の聖人の道が閉ざされる恐れがあったからではないか。

国連機関のトップに4人の中国人

 西アフリカのシェラレオネ出身のカンデ・ユムケラー氏が2期8年間(2005〜13年)を満了し、国連工業開発機関(UNIDO)から潘基文国連事務総長が新設した「全ての人のための持続可能なエネルギー」(SE4ALL)機関の事務総長特別代表に就任した時、「悪評が絶えなかったUNIDOも、夜明けを迎えるかもしれない」と楽観的な声が職員の一部から聞こえた。

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▲加盟国から事務局長当選の祝辞を受ける李勇氏(2013年6月24日、撮影 )

 欧米主要国、米国、英国、カナダ、オーストラリア、フランス、ニュージランドなどはUNIDOの腐敗と運営の非効率性に嫌気がさして次々と脱退していった。ユムケラー時代は最悪の状況だった。ちなみに、米国は1996年の脱退当時、「UNIDOは腐敗した機関」として分担金を払わず一方的にUNIDOから脱退した経緯がある。米国はUNIDOに対して1994年から96年まで約6900万ドルの分担金未払いだった。

 ユムケラー氏の後任に中国のエリート官僚、李勇財政部副部長が2013年6月、選出された後、UNIDO内でも中国人の登場に期待の声があった。しかし、李事務局長がトップに就任した後も加盟国の脱退は続いた。ベルギーが脱退し、ギリシャ、デンマーク両国は今年末までには脱退する、といった具合だ。

 李氏はここにきて事務局の機構改革に乗り出している。Chief of Cabinetと呼ばれるオフィスを新設するなど、事務局長の権限拡大、中央集権的機構に改革する意向という(1月27日付の「事務局長報告書」から)。
 李事務局長は、「昨年の国連総会で2015年以降の持続可能な開発目標が採択され、気候変動への対処など17の目標が設定された。UNIDOはその目標を担う重要な課題を担っている」と述べ、国連の新目標設定を契機にUNIDOの浮上を目論んでいる。


 ここまでは良かったが、「李事務局長が前任者の不法行為への調査を止めさせた」という内部告発文書が明らかになったのだ。それによると、ユムケラー氏がSE4ALL事務総長特別代表に就任後もUNIDOのコンピューター、携帯電話などを使用し、月平均1万ユーロの経費をUNIDO予算から捻出させていたというのだ。内部監視局が調査に乗り出そうとしたが、李事務局長がそれをストップさせたのだ。同内容が伝わると、「なぜ李事務局長は前任者の腐敗を隠蔽するのか」といった声が出てきたわけだ。

 国連外交筋は、「前任者のユムケラー氏と李事務局長の間でなんらかの取り決めがあったからだろう」と受け取っている。換言すれば、中国人のトップ選出を支援する代わりに、何らかの経済的援助を実施する、といった一種の闇取引だ。

 興味深い点は、国連機関で前任者がアフリカ人事務局長の場合、後任に中国人が選出されるケースが増えていることだ。アフリカ事務局長から中国人事務局長への人事はUNIDOだけではない。スイス・ジュネーブに本部を置く国際電気通信連合(ITU)の事務局長はマリ出身のハマドゥン・ㇳゥーレ氏から中国人の趙厚麟事務局長(Houlin Zhao)が今年1月1日から就任したばかりだ。
 その他、カナダのモントリオールに本部を置く国際民間航空機関(ICAO)は中国の柳芳(リウ・ファン)氏が昨年8月から事務局長を務め、世界保健機関(WHO)の陳馮富珍(マーガレット・チャン)事務局長を含めれば、国連機関の事務局長に4人の中国人が就任している。

 中国はアフリカ51カ国で2650余りの開発プロジェクト(総額940億ドルと推定)を進めている。中国は巨額な開発支援をアフリカに投入する一方、その引き換えにアフリカ諸国から国際機関のトップ選出で支援を受けるなど、強かな外交を展開させているわけだ。

 蛇足だが、ウィーンの国連関係者は、「日本はUNIDOでは中国の李事務局長の願い通りに資金を提供している。それも何の引換えも要求せずにだ。日中両国は歴史問題などを抱えて政治的には険悪な関係だが、UNIDOでは日本は中国の忠実な資金提供者となっている」と指摘する。  
 先の国連外交筋は、「日本外務省の窓口ともなっているUNIDOのナンバー2、西川泰藏事務局次長と李事務局長との関係は不思議なほど良好だ」と述べ、中国側の得意の“裏外交”の成果と示唆した。

チョコパイはどこに消えたか

 韓国の朴槿恵大統領は北朝鮮の核実験と長距離弾道ミサイル発射を受け、開城工業団地(KIZ)の全面操業の中断を決定した。中央日報(日本語電子版)によると、大統領は南北統一への最後のシンボル的存在だったKIZの全面中断を決定する際、その顔面は怒りで溢れていたという。同大統領にとってKIZの閉鎖は大きな失望であり、同時に、制裁に追い込んだ北側への強い怒りがあるのだろう。

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▲「開城工業団地の職場風景」KOTRAの資料から

 北の開城市は韓国首都ソウルから北西68kmに位置する。その開城市で工業団地建設計画が2002年11月、発表された。韓国の資本と技術を北側の低賃金と質の高い労働力に連結させていくという案だ、03年6月に両国間で正式に締結。04年12月、KIZで最初の製品が生産され、6年後の10年9月には総生産高は10億ドルに達成した。12年1月には北労働者数は5万人を突破。北の核実験などの影響でKIZは一時停止されたが、2013年8月、南北両国は開城工業団地の正常化に関する5項目の合意書に署名し、再スタートした。韓国の大韓貿易投資振興公社(KOTRA)がKIZのグローバル化を目指し、世界16カ国(米国、中国、日本ら)151社の外資会社を対象に開城工業団地への投資を呼びかけていた矢先だ。それが完全に水泡に帰したのだ。

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▲チョコパイ

 KIZには125の韓国企業が操業していた。北労働者の数は5万4000人だ。韓国メディアはこの決定が北側に大きなダメージをもたらすと予想している。同地帯から得られる外貨収入の道が途絶えるからだ。ちなみに、中央日報は「国家格付け機関ムーディーズは開城工業団地の閉鎖が韓国の国家信用に否定的な影響を与えると予想している」と報じている。

 工業団地の閉鎖決定後、韓国の洪容杓統一部長官は12日、「北は同団地で稼いだ外貨を核開発やミサイル開発に利用していた」と発言し、国内で物議を醸すと、15日にその発言を修正している。
 北がKIZから入ってくる外貨を核やミサイル開発に利用したのではないかという懸念は当然だが、韓国政府がそれを裏付ける関連資料を持っていたとは考えられない。統一長官の発言はKIZ閉鎖ショックから飛び出した無責任なものだろう。

 一方、職場を失った北側労働者にとって大ショックだ。西側ならば、数カ月間から半年間、失業手当が貰えるから、その期間、新たな職場を探すこともできるが、北ではそのような社会システムはない。給料の70%以上を当局に没収されていたとはいえ、北労働者にとって給料は大きな恵みだったはずだ。それに昼休みにチョコパイを支給する韓国企業もあったという。チョコパイを食べずに家に持ち帰って子供に与える北労働者が多かったという。そのチョコパイがなくなるのだ。労働者の子供たちにとってもショックだろう。
 開城工業団地で仕事が与えられた労働者は恵まれていた。“開城エリート層”と呼ばれ、他の地域の北国民から羨望の的だったという(「北の“チョコパイ革命”」2011年11月27日参考)。

 日頃から贅沢三昧の金正恩第1書記はチョコパイには見向きもせず、「今後も核実験を進め、長距離弾道ミサイルの開発を続けていけ」と発破をかけている。

重力波初観測で誰がノーベル賞?

 米国の「LIGO重力波観測所」の国際研究チームは11日、「アインシュタインが100年前に一般相対性理論で存在を予言した重力波を初めて観測した」と発表した。宇宙の謎に迫ることができる大発見だということで、世界は興奮状態となった。
 重力波が何かを知らない門外漢も早速、専門書を開き、「重力波は何か」「今回の観測の意味」などについてにわか勉強に乗り出すほどだ(当方もその中の一人だ)。

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▲「超新星爆発」NASA提供

 ところで、重力波を観測できればノーベル賞は確実と久しく言われてきた。昨年物理学賞を受賞した梶田隆章・東京大学宇宙線研究所長はノーベル賞受賞直後の記者会見で「今後は重力波の観測に全力を尽くしたい」と語り、“重力波の観測で2個目のノーベル賞も”と言った見出しが躍ったほどだ。

 米の研究チームが観測に成功すると、オバマ大統領も早速、ツイッターで歴史的な快挙を祝福するなど、ここ数日は文字通り、重力波の初観測ニュースでもちきりだ。同時に、「これで2016年のノーベル物理学賞は決まった」といった声まで聞かれ出した。

 ノーベル物理学賞が重力波の初観測の功績に送られることに異議を唱える学者は少ないだろうが、問題は重力波観測の功績で誰がノーベル賞を受けるかだ。研究チームを率いるカリフォルニア工科大学のデビッド・ライツィー教授か、それとも別の学者たちだろうか。

 物理学の世界では昔、学者や研究家が実験室や書斎で新しい理論を構築したり、新しい現象を発見し、その功績でノーベル物理学賞を受賞してきたが、近年、チームによる研究、観測が主流となってきた。もはや1人や2人の学者が研究し、発見するには研究対象が余りにも膨大であり、観測する器材も個人の力で賄えるものではなくなったからだ。そのうえ、世界の学者が激しい競争を展開している。それに打ち勝ち、栄光を勝ち得るためには優秀な学者から成るチームが不可欠となってきたのだ。

 物理学の世界でチーム研究が主流となってきたにもかかわらず、物理学賞を選出するスウェーデン王立科学アカデミーはこれまで個人を選出してきた。例えば、昨年のノーベル物理学賞を受賞したのは、素粒子「ニュートリノ」に質量があることを発見した東大宇宙線研究所の梶田隆章所長とカナダ・クイーンズ大学のアーサー・マクドナルド名誉教授の2人だ。青色発光ダイオード(LED)の開発に成功した赤勇博士、中村修二博士、天野浩教授の3人の日本人学者は2014年のノーベル物理学賞を受賞した。受賞者は複数だが、個人受賞だ。
 素粒子の質量があることを発見した梶田所長も「カミオカンデ」という観測装置を駆使しての快挙だが、背後には、その観測装置で多数の学者が共同で観測している。だから、数人の学者だけを選び、その功績を称えるのは公平ではない、と言った声が出てきても不思議ではないわけだ。独週刊誌シュピーゲル電子版12日はその点を問題視している。

 2013年の物理学賞はフランソワ・アングレール氏とピーター・ヒッグス氏の2人が受賞した。受賞理由は「素粒子の質量の起源に関する機構の理論的発見」だった。実際、観測に貢献したのはジュネーブ郊外にある欧州合同原子核研究所(CERN)だ。CERNは大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を使ってヒッグス粒子の存在を確認した。物質に質量を与える存在として“神の粒子”とも呼ばれ、ノーベル賞級の大発見だったが、翌年のノーベル物理学賞にはCERNの名前はなかった。


 シュピーゲル誌は、「物理学賞の場合、研究チームや団体が受賞するということがなかった。その点、ノーベル平和賞は国連機関や欧州連合(EU)といった団体が過去、26回、受賞している」と指摘している。
 スウェーデン王立科学アカデミーはメディアの注目度が大きい個人受賞に拘っているのかもしれないが、今回の快挙を実現した「LIGO重力波観測所」には世界15カ国、1000人以上の科学者が参加しているのだ。個人受賞が妥当だろうか。

 2005年の平和賞は、国際原子力機関(IAEA)のモハメド・エルバラダイ事務局長とその団体、IAEAが同時受賞した。物理学賞でも個人と団体の同時受賞といった多様な選出を考えるべきだろう。

若者よ、探査機「フィラエ」を見ろ!

 以下の時事通信13日付の記事を読んで感動し、思わず目頭が熱くなってきた。先ず記事を読んで頂きたい。当方の老化現象による涙腺の損傷でないことを理解して頂けるだろう。記事の見出しは「探査機『永遠の冬眠に』」だ。

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▲彗星上の小型探査機「フィラエ」(想像図)ウィキぺディアから

 「2014年11月、彗星への着陸に初めて成功した小型探査機フィラエについて、欧州宇宙機関(ESA)は13日までに、通信回復に向けた信号送信を断念したと発表した。彗星の上空では親機ロゼッタが観測を続けており、親機を経由した最後の通信は昨年7月9日だった。今後は『永遠の冬眠』に入る可能性が高いという。
 フィラエはロゼッタから分離され、『チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星』に着陸した際、機体を地面に固定する装置が作動せず、バウンドして崖の陰に入った。バッテリーで2日半観測したが、太陽電池による充電が不十分で休眠した。
 彗星が太陽に接近したため目覚め、昨年6月13日に通信が復活したが、新たな観測データは送信できなかった。機体の損傷や転倒も考えられる」

 フィラエは2年前、、「チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星」に着陸した際、ソフトランディングできずバウンドして崖に堕ちた。人間ならば大負傷だ。太陽電池が切れて通信ができなくなった。しかし、フィラエは負けなかった。「チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星」が太陽に接近すると、フィラエは太陽電池の充電に成功した。そしてフィラエは昨年6月、通信を再開したという。

 「チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星」で着陸した。それも大負傷を負い、肝心のエネルギーも途絶えたフィラエの姿を脳裡で描いてみてほしい。当方は昨年、このコラム欄でマット・デイモン主演のSF映画「火星の人」(The Martian)を紹介した(「なぜ人は天を仰ぐのか」2015年10月10日参考)。火星に一人取り残された宇宙飛行士の話だ。
 フィラエの場合、飛行士の話ではなく、探査機だ。しかし、感動は変わらない。故障したが、自力で太陽光で充電し、送信を再開したのだ。探査機にとって、通信は聖なる使命だ。あらゆる困難を乗り越えて、その使命を貫徹するため全力を投入する姿は人間、探査機の違いを超え、感動を呼ぶ。たとえフィラエが新たな観測データを送信できなかったとしてもだ。

 当方は、英国の冒険家、作家のベア・グリルス氏(Bear Grylls)のドキュメンタリー番組「MAN vs WILD」(日本では「サバイバルゲーム」で放映)が大好きだ。元イギリス軍特殊部隊SASのグリルス氏は困窮下で生存する術を具体的に実演する。一人で砂漠に降ろされ、そこから脱出したり、人里離れた山奥で食糧を探し、山や川で魚や虫を取りながら生き延びる。その生き様は21世紀の現代人が忘れかけているものだ。

 人は生存するための潜在的な能力を保有している。日本でも受験に失敗し、絶望状況にある若者もいるだろう。当方は日本の現状をもはや良く知らないから、具体的なアドバイスはできないが、欧州宇宙機関のフィラエの姿を忘れないでほしいのだ。
 人生を全力で走りきることは感動的だ。その道は決して平坦ではなく、逆風も吹き荒れる。「人生は平坦ではないほうがいい」と言った宗教家がいた。ドラマのない人生ほどつまらないものはないからだ。失敗も成功も懸命に生きる者にとってドラマの材料に過ぎないからだ。

  重力波の観測成功で世界は湧いている。ブラックホールの謎の解明にも前進が期待される。いよいよ、138億年前に誕生した宇宙がその謎を明らかにするかもしれないのだ。宇宙が解明されれば、“小宇宙”と呼ばれる人体の誕生の謎も同時に解けていくのではないか。フィラエは小型探査機に過ぎないが、宇宙の謎に挑戦した勇士だ。その健闘に拍手を送りたい。

 若者よ、あのフィラエの姿を忘れないでほしい!

「テロリストに主役を演じさせるな」

 当方は昨年最後のコラムで「今年もテロで始まり、テロ警告で幕を閉じようとしている」と書いた。昨年1月7日、イスラム過激派テロリストによる仏週刊紙「シャルリーエブド」本社とユダヤ系商店を襲撃したテロ事件が発生。11月13日には再びパリでイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」による「同時テロ」事件が生じ、130人の犠牲者を出したばかりだった。後者のテロ事件は欧州初の「同時多発テロ」だったこともあって、あたかも昨年1年間がテロ一色だったような印象のコラムの書いたわけだ。
 
 ところで、米国の国際政治学者ジョセフ・ナイ氏は「テロリズムの5つの真理」(独語訳)という記事の中で、「テロリストに主役に演じさせてはならない。テロとの戦いを第3次世界大戦と受け取ることは間違いだ」と警告を発している。

 米国で昨年12月実施された「国家の重要な問題は何か」の質問に対して、16%の国民が「テロリズム」と答えたという。前月は3%に過ぎなかったが、12月に入ると、その割合が5倍以上、増加した。その背景について、ナイ氏は大統領選を控えていること、共和党候補者トランプ氏の「イスラム教徒入国禁止処置」発言などが影響を与えていると冷静に分析する。

 ナイ氏は、「テロリストに重要なことは何人を殺害するかではなく、世界に大きなインパクトを与えることだ。特に、イスラム教スンニ派テロ組織『イスラム国』はドラマトゥギ―(作劇法)に重点を置いている。人質を野蛮なやり方で首切りを行ない、そのシーンをネットワークで拡大し、世界にショックと激怒を引き起こさせている」と説明する。

 カーター政権時代に国務副次官、クリントン政権時代には国防次官補などを歴任したナイ氏は、「工業国の国民にとってテロは決して最大の脅威ではない。テロで殺害される確率は交通事故や喫煙による死亡率より圧倒的に低い。専門家によると、米国でテロで殺害される危険性は350万人に1人に過ぎない。テロに遭遇する確率は雷に打たれて死亡するより少ないのだ」と例を挙げて非常に説得力溢れる論理を展開する。
 
 ナイ氏によれば、グローバルなテロリズムは決して新しい現象ではない。20世紀初め無政府主義者が自身の理想主義を唱え、政府関係者を殺害し、1960年代、70年代には「赤い旅団」や「ドイツ赤軍」が旅客機を奪い、政経界のリーダーを殺害した。現在のジハード主義者は宗教の衣服を被った古い政治的現象だ。指導者たちは伝統的な根本主義者ではなく、世界のグローバル化で自身のアイデンティティを奪われた人間たちがカリフ国家の建設に意味を見出しているのだ、という。

 ナイ氏が指摘するように、テロを警戒するのは重要だが、不必要に警戒したり、神経質となればテロリストの思うツボだ。冷静に状況を判断し、自身の日常生活に専心することが大切だろう。メディアもテロ問題を過大報道して国民の不安を煽ることは慎むべきだろう。

法王とロシア総主教の歴史的会合

 日本時間13日午前にはもっと詳細なニュースが読者の手元に届いていると思うが、14日用のコラムとしては内容が古くなるので半日前の段階だが、以下の歴史的な会合の見通しとその背景をまとめた。

 世界に約12億人の信者を抱えるキリスト教最大宗派、ローマ・カトリック教会最高指導者、ローマ法王フランシスコは12日午前(現地時間)、ローマからキューバの首都ハバナのホセ・マルティ国際空港内に向けて飛び立った。ハバナではロシア正教会最高指導者キリル1世との歴史的な会合が予定されている。東西両教会最高指導者の会合は1054年、教会のシスマ(分裂)以来初めてだ。

 フランシスコ法王は12日から17日までメキシコ訪問、キリル1世は12日間の南米訪問の途上、両教会指導者はハバナで会合し、2時間余り“個人的な”会談を行う。

 東西両教会指導者の会談は1週間前、モスクワとバチカンで同時に大きく発表された。ハバナではラウル・カストロ国家評議会議長(国家元首)の歓迎を受けた後、両指導者は会談に入る。その後、記者団の前に現れ、共同声明書に署名する。バチカンからの情報では、バチカンのキリスト教一致推進評議会委員長のクルト・コッホ枢機卿とモスクワ総主教座の対外担当ヒラリオン府主教も別個で個別会談するという。

 フランシスコ法王とキリル1世の会談では、シリア、イラクの少数宗派キリスト教徒の状況やウクライナ紛争問題がテーマとなる。特に、ウクライナ問題では両教会の見解は大きく異なる。それだけに、フランシスコ法王とキリル1世のトップ会談でどのような話し合いがもたれるか注目される。
 ウクライナの主要宗派、正教会は現在、3つに分裂している。ソ連から独立後、モスクワ総主教庁から独立したキエフ総主教庁系ウクライナ正教会が最大の正教会で、モスクワ総主教庁系のウクライナ正教会がそれに続き、最後は独立正教会だ。正教会以外では、ポーランド国境線の西部を中心にウクライナ東方カトリック教会が強い。

 西方教会と呼ばれるカトリック教会と東方教会と呼ばれる正教会は11世紀頃、分裂して今日に到っている。両教会間には神学的にも相違がある。例えば、正教は聖画(イコン)を崇拝し、マリアの無原罪懐胎説を認めない一方、聖職者の妻帯を認めている。しかし、両派の和解への最大障害は、正教側がローマ法王の首位権や不可謬説を認めていないことだ。

 正教会でも最も影響力を有するロシア正教会は共産党政権との癒着問題もあって、冷戦終焉直後は教会の基盤も非常に脆弱だったが、ここにきて再び力を回復してきた。同時に、自信を取り戻してきた。バチカンに対しては、「バチカンは旧ソ連連邦圏内で宣教活動を拡大し、ウクライナ西部では正教徒にカトリックの洗礼を授けるなど、正教に対して差別的な行動をしている」と激しく批判し、これまでローマ法王とモスクワ総主教のトップ会談を拒否してきた経緯がある。

 フランシスコ法王によれば、モスクワ総主教との会談を実現するために2年間準備してきたという。同法王は2014年12月、イスタンブールからローマへ帰国途上、「キリル1世とはいつでも、どこでも会う用意がある」と述べている。

 なお、両教会指導者の会合では、ローマ法王のモスクワ訪問について話し合われるのではないか、といった憶測が流れているが、ヒラリオン府主教は法王のモスクワ訪問の可能性について、「時期尚早」という立場を示唆している。

「神」と「見えざる手」の宗教戦争

 ローマ・カトリック教会の最高指導者ローマ法王フランシスコは清貧を説き、華麗な法王宮殿ではなく、ゲストハウス「サンタ・マルタ」に寝泊まりしていることは良く知られている。そして機会あるごとに、資本主義社会の現状を批判してきた。そのトーンが余りにも辛辣なこともあって、南米出身の法王は「解放神学者ではないか?」とこれまでも何度も噂されたほどだ。イタリアのメディアの中には、法王を「革命者」と報じたものがあった。

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▲フランシスコ法王(バチカン独語電子版から)

 参考までに書くと、解放神学とバチカンの関係は長い。教会の近代化が提唱された第2バチカン公会議(1962〜65年)の直後、南米司教会議がコロンビアのメデジンで開催された時、抑圧された民族の解放問題が協議され、社会の改革に積極的に推進していく事が決定された。抑圧された貧者たちの視点を重視する解放神学が誕生した瞬間だ。

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▲18世紀の英経済学者アダム・スミス(ウィキぺディアから)

 バチカンは1980年代に入り、南米教会の解放神学の拡大に警戒心を強めていく。特に、解放神学がマルクス主義に接近していく傾向が見え出したからだ。バチカン教理省長官に就任したヨーゼフ・・ラッツィンガー枢機卿(後日、ベネディクト16世)は南米の解放神学者グスタボ・グティエレス氏やレオナルド・ボブ氏の著作を批判、1984年には教理省の名で「解放神学のいくつかの側面に関する指針」を発表、解放神学に警告を発した経緯がある。


 さて、南米出身のフランシスコ法王は資本主義社会に広がる貧富の格差を指摘し、多くの人間が富の追及に腐心するあまり、人間の本来の価値を失ってきている、として市場経済システムに批判の目を向けている。そして「現代人は消費文化の奴隷となっている」と非難してきた。

 フランシスコ法王は今月のビデオ説教の中では、「経済は別の主導原理が必要だ。貧困と地球破壊が加速する今日、新しい生き方が求められなければならない」と主張。1月28日のサンタ・マルタの朝の説教では、イエスの生き方を紹介し、「勝利するために失う」というタイトルの説教の中で、無条件で与えることで、結果として最も大切なものを得るというイエスの話を紹介している。

 ところで、英国の18世紀の経済学者、アダム・スミスはその著者「国富論」の中で、「見えざる手」が市場を主導していると記述している。市場の自由競争が結果的には最適な資源配分をもたらすというのだ。たとえば、人間が自身の利益を追求していったとしても、「見えざる手」によって社会全体の利益に合致する。価格形成でも需要と供給がその「見えざる手」によって自然に調整されていくという考えだ。

 しかし、21世紀の資本主義経済社会では「見えざる手」にもかかわらず、社会の貧富の格差は拡大している。例えば、看護師の平均給料が1000ユーロである一方、金融ディ―ラー(トレーダー)は10万ユーロを稼ぐ。その給料の格差はどこからくるのか。個人の利益追求が社会のそれと合致していない。そこでフランシスコ法王の批判となるわけである。

 無形の神を信じる宗教世界の代表、ローマ法王は経済界を牛耳る「見えざる手」を悪魔だと指摘し、現代人は偶像崇拝に陥っていると主張する。換言すれば、神を信じるローマ法王は「見えざる手」を操るもう一つの神と宗教戦争に臨んでいるわけだ。

 キリスト教はイエスの隣人愛を説く。それを教会内だけではなく、政治、経済など社会の各分野で実践すべきだと主張する。だから、経済活動でもその隣人愛を実行し、利己的な富の追及を止め、奉仕を求める。しかし、政府が国民の経済活動に干渉し、貧困対策や手厚い福祉政策を実施していけば、国民の経済活動は委縮し、国民はやる気を失う。過保護の子供の姿だ。高福祉国家の欧州で見られる現象だ。
 そこで経済活動は市場に委ね、支援も福祉も最小限度に留め、国民にやる気を鼓舞すべきだという主張が出てくるわけだ。「‘隣人愛‘の経済ではなく、一種の‘遠人愛‘の経済政策」と表現している経済学者もいる。

(オーストリア日刊紙プレッセに寄稿した経済学者シュテパン・シュールマイスター氏の記事「ネオ・リベラル・キリスト教とその預言者たち」を参考)

米韓軍の先制攻撃計画「5015」

 北朝鮮は先月6日、4回目の核実験を実施し、今月7日、6回目の長距離弾道ミサイルを発射させた。ウィーンに事務局を置く包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)は6日現在、北の核実験を裏付ける放射性物質(希ガス)を検出していないため、北の4回目の核実験が実際、放射性物質の核爆発だったか断言できないが、核実験の回数を増す度に着実に北の核開発能力が高まってきているとみて間違いないだろう。長距離弾道ミサイル開発でも同様だ。その射程距離(今回は1万2000km以上)やその精密度を回数を増すごとに向上させてきている。

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▲駐オーストリアの北朝鮮大使館の後方から見た全景(欧州最大の北朝鮮大使館、2016年2月9日、撮影)

 北側の狙いは、第1は国体(金王朝)の強固、第2は核保有国の称号獲得、第3は米国との平和協定の調印だ。北は4回の核実験と6回の長距離ミサイル発射を行ったが、この3つの目標をまだ実現していない。北がこの3つの目標を実現する前に、金正恩政権を打倒しないと、国際社会は更に難儀を背負うことになる。

 それでは、どうやって30歳代の若い独裁者の蛮行をくい止めることができるか。6カ国核協議は平壌の核開発計画をストップできないことはホスト国・中国も口にこそ出さないが知っている。米国や日本も外交交渉で北が核開発計画を放棄するとは考えていないはずだ。

 それでは、核開発を継続する北をただ眺めているだけでいいのか。手段はある。どの国も知っているが、口に出さないだけだ。唯一可能なシナリオは北の核関連施設とミサイル基地へ奇襲先制攻撃をかけ破壊することだ。北側に防戦する時間を与えない。可能なら、北の指導部拠点も特殊部隊が奇襲し、北の通信網を破壊すれば何も抵抗できなくなるはずだ。

 韓国メディアによると、米韓両軍が3月から4月にかけて実施する合同演習で、北朝鮮の核・ミサイル施設への先制攻撃も念頭に置いた新作戦計画「5015」を展開するという。時事通信によれば、「5015」は、北朝鮮による韓国侵攻を想定した「5027」や、北朝鮮の急変事態に対応する「5029」などを総合した作戦計画で、昨年6月に米韓が立案したものという。

 北への軍事攻勢には多大の犠牲が伴う。だから、実際は実行できないシナリオだ、という意見が多い。しかし、北の独裁政権を生かし、核開発計画を継続させるよりは、奇襲攻撃のほうが犠牲者数でははるかに少なく済むのではないか。北で過去、数百万人の国民が飢餓で犠牲となったのを思い出すべきだろう。

 強者がその力を発揮すれば、弱者にはチャンスはない、強者が何らかの理由からその力の発揮を躊躇すれば、弱者にチャンスが生まれる。北は核関連開発計画を続行し、自身の独裁政権の基盤を強固にし、あわよくば外国社会から経済援助を引き出そうと腐心するだろう。北側が過去、繰り返してきた「瀬戸際外交」だ。強者が決断力のない時、弱者が駆使できる唯一の武器だ。しかし、強国が本来の力を発揮すれば、弱者(北)はチェスのチェックメイト(独Schach und Matt)状況に陥る。

 ちなみに、冷戦時代、守勢に陥った旧ソ連・東欧共産政権は突然、平和外交を言い出したことがある。守勢にある側は常に「平和」を唱え、「外交対話」をアピールする。

 軍事先制攻撃は、他の手段がなく、時間が差し迫っている時、有効な手段となる。北問題では、ヽ砲両型化、核兵器運搬手段の長距離弾道ミサイルの製造、潜水艦攻撃力の強化などが現実化してきた時ではないか。
 米韓日は経済制裁を強化する一方、「力」を選択する可能性を北側に常に示すべきだ。「力」「強さ」は非道徳的、非倫理的とはいえないのだ。


 ところで、駐オーストリアの北朝鮮大使館で11日夜(現地時間)、故金正日労働党総書記の誕生日(2月16日)の祝賀会がゲストを招いて開催される予定だ。4回目の核実験、6回目の長距離弾道ミサイル発射の成功などを受け、祝賀会も久しぶりに活気あるものとなるかもしれない。
 そこで当方は9日、大使館(金光燮大使)を覗いてみたら、大使館周辺は不気味なほどシーンとしている。大使館の窓は早々と締まり、写真展示場は閉じている。大使館前には外交官専用のベンツが一台も駐車していない。まるで、核実験が失敗し、長距離ミサイルが空中爆発した直後のような雰囲気が漂っている。

 10日、韓国メディアは「朝鮮人民軍の李永吉総参謀長が今月初めに処刑された」と一斉に報道した。分派活動と権力汚職がその理由という。核実験、長距離ミサイルが成功したとしても、北の党・軍幹部たちは心の休まる時がないのだ。海外駐在の北外交官も同じだろう。

新著「ISの処刑リストに載って」

 当方は昨年、このコラム欄で「テロリストから狙われる国連記者」(2015年4月17日)の中で「X氏」と匿名で紹介したが、当方の友人記者、イラクのバクダッド出身のイスラム教テロ問題専門家、アメール・アルバヤティ氏の話だ。同氏は8日、ウィーン市内の喫茶店で新著「ISの処刑リストに載って」(Auf der TodeslISte des IS)の記者会見を開いたので、X氏の実名をここで明らかにする次第だ。

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▲新著の発表記者会見に臨むアルバヤティ氏(2016年2月8日、ウィーン市内で撮影)

 アルバヤティ氏は2年前、「君、脅迫状を貰ったよ」とあたかも他人事のように話していたが、同氏の名前がイスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)から処刑リストに載せられた後、オーストリア内務省テロ対策特殊警備隊から2人が派遣され、同氏の身辺警備に当たった。「防弾チョッキを着たよ」と笑っていたが、奥さんの話になると「彼女は心配している」と申し訳なさそうに語った。当方も国連記者室や外で彼と自由に会うことはできなくなった。

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▲アルバヤティ氏の新著「ISの処刑リストに載って」(2016年2月8日、撮影)

 友人は現在も警察官の常時身辺警備下にあるが、少しは新鮮な空気が吸える自由が与えられたという。そこで今回、新著発表の記者会見を開いたというわけだ。

 記者会見が開かれる喫茶店の入口前には2人の私服警官が立っていた。ジャーナリスト、外交官、NGO活動家たちが出席した。駐オーストリアのドイツ大使館から派遣された外交官がアルバヤティ氏の言動を真剣な顔をして追っていたのが印象的だった。

 アルバヤティ氏は2002年、オーストリアのリベラル・イスラム教団体を創立し、欧州居住のイスラム教徒に西側の文化、価値観への統合を呼びかけてきた。
 「自分はイスラム教徒だ。欧州で居住する以上、欧州のキリスト教を尊重し、その文化を学ばなければならない。イスラム教徒は西側社会のいい点を吸収していくべきだ。他宗派との対話なくして社会への統合はない」
 欧州のイスラム教徒がシャリアを主張することに対しては「それは間違いだ」とはっきりと指摘する。
「自分はこれま15回、処刑の脅迫を受けてきた。自分は今月で74歳だ。いつ死んでもいい覚悟は出来ている」という。

 同氏によると、欧州居住のイスラム教徒の約10%はサラフィー主義者(イスラム根本主義者)だ。欧州でイスラム過激派の拠点を構築していったのはムスリム同胞団だという。
 「イスラム教系文化施設の背後にムスリム同胞団が暗躍している。それを知らない欧州連合(EU)は補助金を与えて援助してきたのだ。その結果、欧州にはイスラム過激派の拠点が生まれてきた。ウィーン市内で幼稚園を経営しているイスラム教グループはドイツ語ではなくアラブ語で幼児を教育している。社会の統合とは全く異なった方向で運営されているのだ」

 友人は欧州でテロ事件が発生する度にBBCやさまざまなTV番組に出演し、イスラム教過激派テロ組織を厳しく批判してきた。オーストリアの高級紙「プレッセ」でも、イスラム教過激派に警鐘を鳴らす記事を何度も掲載した。要するに、同氏はイスラム教過激派テロ組織にとって嫌な存在となったわけだ。

 「パリ同時テロ」事件後、欧州各地でイスラム・フォビア(イスラム嫌悪)が見られるが、アルバヤティ氏は「欧州のイスラム教徒の約80%は穏健な信者だ」と説明し、イスラム教徒というだけで襲撃したり、罵声を浴びせることに対しても強く批判する。
「欧州のキリスト教社会は今、ジレンマ下にある。開かれた寛容な社会を標榜してきたが、イスラム教過激派がそれを巧みに利用して欧州で拡大してきたのだ」という。

 当方は記者会見で久しぶりに友人に会った。歳を取ったが、元気そうで安心した。
 「お前の家族は元気か」と聞いてきた。「お蔭さまで」というと、笑いながら「また会おう」と言った。

 アルバヤティ氏の名前がISの処刑リストから削除される日は当分こないだろう。友人は長期戦を覚悟しているのだ。
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