ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2015年12月

「スター・ウォ―ズ」と正義の味方

 ファンにとって待ちに待った映画「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」が18日、遂に公開された。「エピソード6/ジェダイの帰還」(1983年)以来で、新作はジョージルーカス監督ではなく、J・J・エイブラムス監督が挑戦した作品だ。宇宙を舞台とした「スター・ウォ―ズ」の書割は同じだが、主人公は砂漠の惑星に住むレイだ。

 バチカン放送独語電子版は「新作のスター・ウォーズは神話を再び覚醒した」と珍しく映画評を掲載している。それによると、マーク・ハミルが演じるルーク・スカイウォーカーは救世主であり、銀河系の正義と自由の守護神ジェダイは正義の騎士たちだ。「スター・ウォーズ」の世界は聖書の世界を反映しているというのだ。

 「スター・ウォ―ズ」のプロットだけではない。われわれは常に「正義の味方」の登場を願ってきた。当方が幼いころ、日本では「月光仮面」の叔父さんが頑張っていたし、時代劇の中では「鞍馬天狗」が活躍していた。彼らは貧しい人々を苦しめる悪者をやっつけてくれる代表だった。大多数の願望に支えられた「正義の味方」はどの時代、どの国でも人気があるものだ。

 「スター・ウォ―ズ」の新作をまだ見ていないので、「正義の味方」について一般論を展開させたい。大多数の「正義の味方」は目に見える敵、悪者に対して戦いを挑む。悪大名や犯罪組織などだ。だから、勝敗は明確だ。「正義の味方」が悪者をやっつければ決着がつく。枠組みがシンプルだから、誰でも感動しやすい。欧米ではスパイダーマン、バットマン、古くはスーパーマンだ。

 一方、「スター・ウォ―ズ」のように、悪者は目に見えないが、全てをコントロールし、それを支配下に置く存在だ。キリスト教のサタンと呼ばれる時空を超えた悪魔との戦いの場合、通常の「正義の味方」のように勝敗を明確に決着つけることは出来ない。せいぜい、引き分けか、相手を諦めさせて撤退させる程度の勝利しか期待できない。もちろん、悪者は再び戻って来る。

 「ジェダイの帰還」を思い出してほしい。ルークはダース・ベイダーとの戦いでは光線剣(ライトセーバー)で戦うことを断念する。暴力によっては相手を屈服できないことを知ったからだ。最後はベイダーが改心する。ルークが単なる「正義の味方」ではなく、キリスト教の救世主を彷彿させる瞬間という。「スター・ウォ―ズ」は単なる勧善懲悪の世界を描いた映画ではないわけだ。

 少し飛躍するが、通常の戦争とは違い、宗教的背景が絡んだ戦争の場合、勝敗は単に相手を殺害することでは決着つかない。相手を自身の世界にひき入れ、改宗させてこそ勝利となる。相手をやっつけ、その領土や財物を奪ったとしても勝利者とはなれないのだ。

 21世紀の現実の世界に戻ってみる。イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)を壊滅させたとしても、同じようなテロ組織がどこかで生まれてくるだろう。ISのテロリストを改心させない限り、世界はテロ戦争を終わらせることができないのだ。
 テロの温床となる社会的諸問題、貧富の格差などを包括的に解決しない限り、テロはいつでも再生してくる。現代の「正義の味方」の課題が如何に困難であり、複雑か、想像できるだろう。

マザー・テレサが願っていたこと

 修道女マザー・テレサ(1910〜97年)は来年9月にも列聖(聖人)されることになった。テレサは1979年、修道会「神の愛の宣教者会」を創設し、貧者救済に一生を捧げた。その功績が認められ1979年のノーベル平和賞(1979年)を受賞し、死後は、前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の願いで2003年年10月19日に列聖の前段階の列福(福者)されたことは良く知られている。そのテレサが今度は列聖されることになった。
 ローマ・カトリック教会総本山のバチカン法王庁は18日、フランシスコ法王がテレサの列聖を認定したと発表した。それによると、列聖の条件となる2つの新たな奇跡が公認されたので、聖人の道が開かれたというのだ。異例の早い列聖となる。

 テレサは決して孤高な信仰者ではなかった。彼女の生前の書簡内容が明らかになったことがある。テレサは、「私はイエスを探すが見出せず、イエスの声を聞きたいが聞けない」「自分の中の神は空だ」「神は自分を望んでいない」といった苦悶を告白している。テレサの告白が報じられると、教会内外で大きな反響が湧いたことはまだ記憶に新しい。

 マザー・テレサの書簡は、テレサが超人的な信仰者としてではなく、悩み苦しみながら神との対話を求めていった1人の修道女の姿を伝えてくれている。
 テレサはコルカタ(カルカッタ)で死に行く多くの貧者の姿に接し、「なぜ、神は彼らを見捨てるのか」「なぜ、全能な神は苦しむ人々を救わないのか」「どうしてこのように病気、貧困、紛争が絶えないのか」等の問い掛けがあったはずだ。

 当方はこのコラム欄で、「神が愛ならば、愛の神がなぜ、自身の息子、娘の病気、戦争、悲惨な状況に直接干渉して、解決しないのか。『神の不在』を理由に、神から背を向けていった人々は過去、少なくなかったはずだ。マザー・テレサの告白は、『神の不在』に関する背景説明が現代のキリスト教神学では致命的に欠落していること、結婚と家庭を放棄して修道院で神を求める信仰生活がもはや神の願いとは一致しなくなってきたこと、等を端的に示している」と書いたことを覚えている。

 聖人の道が開かれた祝いの日に、なぜテレサの苦悩を紹介するのかと指摘されるかもしれない。当方はノーベル賞受賞の日、テレサが「平和賞の賞金はいくらですか」と聞き、受賞式典や華やかな晩餐会には全く関心を示さず、平和賞の賞金でどれだけの貧しい人が救えるかを考えていたというエピソードを聞いたことがある。

 バチカンがマザー・テレサの列聖を公表したが、テレサがそれを知ったならば、「私は列聖には関心がありません。列聖式を挙行する時間があるのなら、貧しい人々の救済のために投入して下さい」と問いかけるのではないか。

 列福、列聖はカトリック教会の式典であり、生前、敬虔で素晴らしい功績を立てた信仰者に与える一種の勲章だ。ヨハネ23世、ヨハネ・パウロ2世の列聖式(2014年4月27日)は素晴らしかったが、テレサの場合、やはり、少し違うのではないかと感じるのだ。
 テレサが最も願っていたことは何だったのか。彼女は貧者の撲滅を願い、その為に生涯を尽くした。個人的には、神、イエスとの出会いを希求していた求道者だった。ノーベル賞でも、列聖でもなかった。

 マザー・テレサの苦悩を知ることで、当方は改めて修道女の偉大さを知った。テレサは生前、「愛の反対は憎悪ではありません。それは無関心です」と語ったという。

 フランシスコ法王は来年1月1日の世界平和の日のメッセージの中で、「無関心を乗り越え、平和の実現のために戦え」と激励し、「神は無関心ではない。神にとって人類は貴重だ。新しい年には公平で平和な世界が実現できるという希望を捨てない。平和は神の恵みであり、人間の業だ」と述べている。

感動を呼んだメルケル首相の演説

 メルケル独首相は米タイム誌で「今年の人」に選出された。ドイツに殺到する難民対策で一時、苦境に陥ったメルケル首相が蘇ってきたのだ。

 欧州連合(EU)の盟主ドイツの首相を10年務めたメルケル首相は14日、与党「キリスト教民主同盟」(CDU)党大会で、「欧州では今年1年間、多くのことがあった」とシミジミと語り出した。1月7日に起きたイスラム過激派テロリストによる仏週刊紙「シャルリーエブド」本社とユダヤ系商店を襲撃したテロ事件、3月にはジャーマンウィングス機の墜落、夏にはシリアやイラクから難民が殺到、11月には再び「パリ同時テロ」が生じたばかりだ。その度にその政治手腕が問われたメルケル首相である。その首相も難民問題では党内外から批判に晒されて、支持率にも陰りが見えだした。メルケル首相が初めて体験する自身の政治生命の危機だった。

 カールスルーエ(独南西部)で開催されたCDU党大会で、メルケル首相は再び蘇ったのだ。CDU党大会は難民問題で揺れる党内の結束を引き締めることができるかがメルケル首相の課題だったが、それを見事に達成したのだ。メルケル首相は党内の結束を強化する一方、政権パート―ナー、社会民主党(SPD)との違いがどこにあるかを内外に改めて明らかにしたのだ。それは明確な政治信念と決断力だ。

 独週刊誌「シュピーゲル」電子版は、「メルケル首相はCDU党大会の勝利者だった」と評価している。メルケル首相の難民政策を批判してきた「キリスト教社会同盟」(CSU)のゼ―ホーファー党首ですらメルケル首相の手腕に一目置かざるを得なかったのだ。

 難民問題では今年、ドイツに100万人の難民が殺到した。メルケル首相が8月末、「ダブリン条項を暫定停止してシリア難民を受け入れる」と発言したことが発端となり、シリアやイラクから大量の難民がバイエルン州に殺到した。同州のゼ―ホーファー州知事(CSU党首)は、「われわれはもはや受け入れることは出来ない」と不満を吐露し、メルケル首相に難民の受け入れストップを要求する一方、それができないのなら、「難民受け入れの最上限(Obergrenze)を明らかにすべきだ」と迫った。CDU、CSU、SPDの3党から構成されたメルケル連合政権が大きく揺れた瞬間だ。CDU党内からも首相の難民対策をあからさまに批判する声も出てきたのだ。以前のCDUでは考えられない状況だ。

 それではメルケル首相は党大会で批判の声に妥協して難民受入れの最上限を表明したのか。否だ。首相は、「困窮下にある難民の収容は欧州の義務であり、ドイツの義務だ」と改めて強調する一方、「国民が感じることができる程度に難民の数を減少しなければならない」と述べたのだ。メルケル首相の発言は「最上限表明」ではなかったが、党内外では首相は自身の信念を守る一方、ドイツ国民が願っている難民受入れ数の軽減を表明したと受け取られて、歓迎された。

 それだけだったら、党員がメルケル首相に長い拍手喝さいを送ることはなかっただろう、メルケル首相は、「「ドイツは大きなことをやり遂げることが民族のアイデンティティだ。戦後、廃墟から経済大国となり、東西に分裂したドイツ民族の再統一を実現してきたことでそれは実証済みだ」と説明し、民族の誇りを想起させたうえで、難民収容問題でも解決できるという自信を再度強調したのだ。
 メルケル首相の演説が終えると10分間ほど喝采が続いた。感動気味の首相は、「ありがとう、ありがとう。われわれにはしなけれならない仕事が残っている」と述べて、その指導力を改めて誇示したのだ。

 ゼ―ホーファー党首は翌日(15日)、CDU党大会にゲスト参加し、「メルケル首相に最上限の表明を求める点では変わらないが、最上限云々の表現については言語学者に委ね、国民には難民の数が減少したと感じさせるべきだ」と述べ、メルケル首相の発言に同意している。
 
 ちなみに、党大会では党指導部が提示した難民政策に反対した党員は2人に過ぎなかった。メルケル首相は「欧州は今、その真価が問われている」と述べ、難民危機を乗り越える強い決意を表明している。

「マインドパレス」の解明を急げ

 当方は「記憶」のメカニズムに強い関心がある。2014年のノーベル生理学・医学賞に英ロンドン大のジョン・オキーフ教授、ノルウェー科学技術大のマイブリット・モーザーとエドバルド・モーザー夫妻の3人の脳神経学者が受賞したばかりだ。3氏は「場所細胞」と呼ばれる機能を有する脳内の海馬について研究し、記憶の仕組みを解明したことが授賞理由だった。感情は全て過去の記憶から生まれる。あれが好きだ、これがいいといった段階から、人に対する好き嫌いまで脳内で記憶を管理する海馬で生まれてくるという。

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▲英BBC放送の「シャーロック」のDVDのカバー

 ところで、当方が英BBC放送の「SHERLOCK」(シャーロック・ホームズ)に凝っていることはこのコラム欄で数回紹介したが、そのシャーロック(べネディクト・カンバーバッチ主演)が捜査の中で「マインドパレス」という言葉を繰り返す。「記憶の宮殿」という意味だ(BBCのシャーロックは原本コナン・ドイル作の「シャーロック・ホームズ」の現代版シャーロック)。

 当方はDVDでシリーズ3まで全て観た。シリーズ4は2017年以降という。だから、というわけではないが、当方はもう一つのシャーロックホームズを見ている。米CBS放送のシャーロック・ホームズ(ジョニー・リー・ミラー主演)のタイトルは「エレメンタリ―」(Elementary)だ。舞台は英ロンドンではなく、米国ニューヨークだ。

 シャーロックは初めて会った人物のプロファイリングルをその外観や言動から素早く読み解く。彼は頭の中で事実を整理し、過去の情報を引き出しながらそのプロファイリングを構築していく。その観察力はすごい。彼が「マインドパレス」を訪れている時、周囲に静かにするように求める。集中力が妨げられるからだ。

 シャーロックの記憶パレスは脳内の海馬だろう。それも異常に発達した海馬ではないか。シャーロックは論理的な思考を駆使して犯人を追及していくが、論理的な結論が間違っていた場合、彼は苦悩する。シャーロックは化け物や幽霊を信じていない。誰かが化け物の話をすれば、その背景を論理的に説明する。ところが、彼自身がその化け物を目撃したのだ。彼は自分の「マインドパレス」が破壊されるような苦悩と痛みを感じる。論理的に説明できないからだ。最終的には、薬物の影響で彼自身が幻想を見せられていたことを知り、犯人を見出すストーリーがある(「The hounds of Baskerville」)。「マインドパレス」の世界を知るうえで、参考になる話だ。

 別の話を紹介する。第3シリーズの「His Last Vow」で登場する実業家チャールズ・アウグストゥス・マグヌセンは世界の要人たちの秘密を握る。シャーロックは彼の「マインドパレス」が自分のよりもはるかに大きいことに気付く。シャーロックは相棒のワトソンの妻の秘密をも知っているマグヌセンを射殺するが、その時、マグヌセンの頭を撃ち抜いている。シャーロックがマグヌセンの「マインドパレス」に無意識に嫉妬を感じていたことを示唆しているシーンだ。

 興味深い点は、超記憶力の持ち主がテレビや映画の犯罪シリーズで頻繁に登場することだ。例えば、米テレビ番組「クリミナル・マインド」のFBI行動分析課捜査官の1人、スペンサー・リード博士は先天的映像記憶力の持ち主で、1度読んだ書物の内容を忘れない。ニューヨークの大手法律事務所の世界を描いて人気を博した米TV番組「スーツ」では主人公の一人、青年マイク・ロスは六法全書を丸暗記している。最近では、犯罪サスペンス「アンフォゲッタブル」の女刑事キャリー・ウェルズもその1人だ。1度見た人間、風景を決して忘れないという超記憶力の持ち主だ。映画界やテレビ界では卓越した記憶力の持ち主が人気を呼んでいるわけだ。

 記憶は単なる過去の積み重ねではなく、新しいものを生み出すと同時に、不必要なものを削除していく作用を備えているという。「マインドパレス」の解明が進み、シャーロックの犯罪捜査術のメカニズムがより明らかになることを期待したい。

北の楽団公演中止は「中国の事情」

 14日のコラムの続編となるが、どうしても読者に報告しておきたい情報がある。北朝鮮音楽楽団「モランボン楽団」の北京公演は12日、突然キャンセルされ、楽団メンバーは帰国した。楽団の公演中止についてコラムでは5つのシナリオを紹介したが、海外反体制派中国メディア「大紀元」が興味深いシナリオを掲載している。ズバリ、モランボン楽団の北京公演で習近平国家主席派と江沢民前主席派との激しい権力争いが展開され、習近平派が北の楽団公演中止を決めたという「中国の事情説」だ。

 大紀元本部の専属コラムニスト・夏小強氏は、「公演を計画・実施させようとする江沢民派と、それと反対に、北朝鮮と距離を保ちたい習近平陣営の攻防戦の結果」と主張している。
 ミサイル発射や軍事的挑発行為など、様々な騒動を起こす北朝鮮との関係について、江沢民派は「取り込み路線」を進めてきたが、習近平政権は北に対して距離を置く姿勢を取ってきた。実際、習近平国家元首は就任後もまだ北朝鮮の金正恩第1書記と1度も会っていない。その一方、韓国の朴槿恵大統領とは5回ほど会談している。習主席の対北政策はこれまでの中国外交の慣例を破るものだ。

 モランボン楽団の北京公演が報じられると、国際社会は、「冷え込んだ中朝の関係改善を狙った政治的公演」と受け取ってきた。すなわち、習政権が当然北の楽団公演を後押していると考えてきた。しかし、大紀元は、「中国共産党中央対外連絡部の公式サイトなどの発表から、今回の親善公演は10月はじめに朝鮮労働党創建70周年記念式典に出席した江沢民派の主要メンバーである劉雲山・中国共産党政治局常務委員が当時北朝鮮側と決定したと読み取れる」と指摘している。

 モランボン楽団の北京公演は江沢民派の党序列第5位の劉雲山党政治局常務委員が北側と協議し決定したものであり、習近平派は直接には関与していないことになる。コラムニスト夏氏は、「モランボン楽団の北京公演は、険悪関係となった中朝関係の正常化への政治的行動ではなく、江沢民派が習近平政権の足元を乱すための工作だった」と解釈しているのだ。
 その後の展開は、江沢民派の工作を知った習近平派が公演開始直前、リハーサルでモランボン楽団の金正恩氏崇拝一色の内容などを理由に公演中止に追いやったというわけだ。ちなみに、中国国営新華社通信は、「公演中止の理由は実務レベルのコミュニケーションで行き違いがあったからだ」とだけ報じている。

 香港の人権団体「中国人権民主化運動ニュースセンター」は13日、モランボン楽団公演中止直後、中朝国境地帯の警部部隊が通常より2000人増やされたと報じた。このニュースとモランボン楽団公演中止との関係は不明だが、大紀元の「中国内の権力闘争」が事実とすれば、自身が育てたモランボン楽団を権力闘争に利用され、公演が一方的にキャンセルされたことを知った北の金正恩氏が怒り狂い、暴発するのではないかと恐れた習近平派の警戒体制だった、ということになる。

 「大紀元」の報道が正しいとすれば、中朝関係は今後、一層険悪化する一方、中国内の権力闘争は更にエスカレートすると予想されるわけだ。

なぜ神はユダヤ民族を捨てないか 

 バチカン放送独語電子版によると、ユダヤ教徒とローマ・カトリック教会の神学的対話の成果をまとめた文書が10日、公表された。第2バチカン公会議で採択された宣言文「Nostra aetate」50周年を記念したものだ。欧州全土で反ユダヤ主義が席巻している時だけに、両宗教の関係を記述した新文書の内容に関心が集まっている。

 「ノストラ・アエタテ」(「Nostra aetate」)は第2バチカン公会議(1962〜65年)でパウロ6世が65年10月28日、「The Relation of The Church to Non-Christian Religions」について表明した文書だ。同文書の第4番目にカトリック教会のユダヤ教との関係について記述されている。
 今回の文書は「神の賜物と召命は不変」という新約聖書「ローマ人への手紙」第11章29節の聖句がタイトルに付けられている。

 50年前のアストラ・アエタテはユダヤ教への神学的な提示であり、ユダヤ教とキリスト教の相互理解の促進を狙ったもので、カトリック教会の教理書や神学書ではない。新文書(全17頁)は第2バチカン公会議以降、発展してきたカトリック教会の見解をまとめたものだ。

 以下、その概要を紹介する。

 .罐瀬箒気肇トリック教会の対話は過去50年間で発展してきた。第2バチカン公会議の宣言文「Nostra aetate」はカトリック教会のユダヤ教への神学的見解を初めて表明し、定義づけたもので大きな影響を与えてきた。

 ▲罐瀬箒気箸梁佻辰和召寮こ宗教との対話とは比較できない。なぜなら、キリスト教は疑いなくユダヤ教にそのルーツを持っているからだ。イエスは本来、イスラエルのメシア、神の息子という枠組みを超えた存在だが、イエスの言動は当時のユダヤ教社会の枠組みの中で理解されるべきだ。

 神は人間に語りかける。ユダヤ教徒にとってそれはトーラー中で表現され、キリスト信者にとっては神が肉体を持ったイエス・キリストを通じて表示されている。

 ぅ罐瀬箒気肇リスト教はその宗教的伝統や解釈は異なるが、旧約聖書と新約聖書は分離できない統合体だ。キリスト信者にとって旧約聖書は新約聖書の光のもとで理解され、解釈されなければならない。旧約の神の約束が新約聖書の中で成就されていると考えなければならない。

 ゥぅ┘后Εリストの救済の普遍性と神のイスラエルとの切っても切れない関係について。イエス・キリストの死と復活を通じて全ての人間が救済される。ユダヤ教はイエスを普遍的な救世主と信じていないが、その救いの恩恵を享受できる。なぜならば、ユダヤ人への神の恩賜とその召命は不変だからだ。

 Εトリック教徒はユダヤ教徒との対話でイエスへの信仰を証するけれど、ユダヤ教徒をキリスト信者に改宗したり、宣教するような試みはしない。カトリック教会は組織的にユダヤ宣教の意図を持たない。

 Д罐瀬箒気箸梁佻辰量槁犬砲弔い董ユダヤ教徒とカトリック信者は兄弟的な対話を通じて相互理解を促進し、和解を進め、公平と平和と創造世界の保持のため努力すべきだ。反ユダヤ主義に対しては効果的に対応すべきだ。

 イエスがユダヤ教徒らに十字架で殺害されて以来、ユダヤ教徒は「キリスト殺害」の批判を受けてきた。キリスト教の中には受難の日にユダヤ教徒の為に「聖金曜日の取り成しの祈り」(Karfreitags-Furbitte)を捧げたりするが、文書では「ユダヤ人への神の恩賜とその召命は不変」と明記し、ユダヤ民族の「キリスト殺害非難」に対して明確に一線を引いている。また、キリスト教会のユダヤ人伝道に対しては、はっきりとその意思のないことを明記している。

 問題点は、イエスの福音を信じることで救われるというキリスト教の基本的な教えを拒否したユダヤ教徒がなぜ神の恩賜を受けられるのかについて、文書は「人知では計り知れない神の秘密」と記述しているだけで、曖昧模糊な表現に留まっていることだ。

 なお、バチカン放送によると、フランシスコ法王は来年1月17日、ローマのユダヤ会堂(シナゴーク)を初めて訪問する予定だ。

「はやぶさ2」の快挙と「人間の進歩」

 小惑星探査機「はやぶさ2」は3日、目的地の小惑星「リュウグウ」に向けて軌道変更に成功した。「はやぶさ2」は平成30年に「リュウグウ」に到着し、3度着地して岩石などを採取し、32年に地球に持ち帰る予定だ。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が14日、発表した。

 探査機の軌道修正には高度な計算が必要だろう。読売新聞電子版によると、「はやぶさ2は3日、米ハワイ付近の高度約3090キロで地球に最接近。引力の影響を受けて軌道を曲げ、小惑星へと進路を変更し、地球の運動エネルギーを受けて秒速約1・6キロ加速した」という。

 このニュースを読んで科学の急速な発展に気が遠くなるほどの眩暈を覚えた。同時に、「はやぶさ2」を支える科学技術は飛躍的に進歩しているが、「私」は進歩しているだろうかという素朴な疑問が湧いてきた。

 当方は宇宙関連のニュースが大好きで、科学欄のニュースには目を通すようにしているが、日進月歩という表現はまさに科学分野の発展を表現するためにあるのだろう。

 問題は、科学分野が急速に発展するのに、人間は18世紀、19世紀と比べて余り発展していないのではないかという絶望感に襲われるのだ。科学は進歩するが、「私」は旧態依然の「私」に留まっているという一種の焦りだ。

 「はやぶさ2」だけではない。コンピューター技術、医学分野でも同じだ。日々、新しいものが発見され、発明されている。もちろん、それを実現するのは「私」と同じ人間だが、「私」ではない。一部の専門家であり、天才たちだ。天才たちと「私」の格差は日々拡大してきた。「貧富の格差」どころではない。ただし、問題は「知識の格差」ではない。科学の発展に呼応できる「私」の精神の発展が遅れていることだ。

 一部の天才たちが創造したものを享受するのは「私」を含む大多数の普通の人だ。それを文明と呼ぶのかもしれない。時代の恩恵という表現になるのかもしれない。大多数の「私」はコンピューターがどのように作用し、「はやぶさ2」がどのようにして遠距離から軌道を変更できるのかは説明できないが、最終製品を楽しみ、探査機の成功を喜んでいる。

 もちろん、科学の発展は「私」の進歩にも影響を与えてきた。例えば、天動説を信じていた時代、地動説が明らかになることによって、人間は天動説時代よりその視野を拡大し、謙虚になった。しかし、その「私」の進歩は科学の発展と比較すると、余りにも遅々たるもののように感じる。

 「私」を取り巻く物質的環境圏は急速に改善し、発展してきた。人権、自由の尊重といった啓蒙思想の影響で、「私」はより大きな可能性を得たが、「私」自身の精神、もう少し文学的に表現すれば、人を愛する能力は拡大、発展しただろうか。「私」はいい人間となっただろうか。現実の世界では、紛争や戦争が絶えないのだ。

 「はやぶさ2」は地球の重力によってスイングバイをし、小惑星「リュウグウ」に向かった。「私」も地球の重力によってスイングバイし、古い革袋を捨て、新しいパラダイムの世界に飛躍しなければならないのではないか。

シャーロック・ホームズの謎解き

 北朝鮮音楽楽団「モランボン楽団」の北京公演が12日、突然キャンセルされ、楽団メンバーは帰国した。楽団の公演中止について様々な憶測が流れている。モランボン楽団は金正恩第1書記の要請で2012年、結成された女性楽団だ。中国公演は北京・国家大劇院で12日から14日まで開かれる予定だった。そこで日韓メディアが報じたモランボン楽団突然帰国に関する憶測情報を整理してみた。

 ゞ眄飢源瓩痢嵜綰保持発言」と中国側の観覧者の格下げ説

 最有力説は、金正恩氏の水爆保持発言を受け、核協議のホスト国を務める中国側が激怒、その制裁として観覧者の格下げ(党政治局員から次官級)を決めたという。それを聞いた金正恩氏が激怒し、急遽公演の全スケジュールを中止させた。韓国・聯合ニュースが13日、中国政府消息筋の話として報じている。
 朝鮮中央通信(KCNA)が10日報じたところによると、金第1書記は平壌の平川革命史跡地を視察した際、「今日私たちの祖国は自衛の核弾、水素弾(水素爆弾)の爆音をとどろかせられる核保有国だ」と語ったという。

 ◆屮皀薀鵐椒鶻效帖廾の亡命説

 金正恩氏時代に入って脱北者の数は急増している。金正恩氏の党・軍幹部への冷酷な粛清を知る幹部たちの間で動揺がある。モランボン楽団は金正恩氏が結成しただけに、女性楽団員の中にも不安がある。北京公演の機会を利用して亡命しようとする楽団員が出てきても不思議ではない。中国反体制派メディアによると、2人の楽団員が亡命したという。金正恩氏は楽団員の亡命に激怒し、全公演を中止させ、帰国させたという説。

 8砧人報道に対し、金正恩氏が激怒し、李雪主夫人がキレた。

 女性楽団長の玄松月(ヒョン・ソンウォル)女史が金正恩第1書記の過去の恋人、初恋だったという報道が流れた。それを聞いた金正恩氏、ひょっとしたら現夫人の李雪主夫人の怒りにも触れ、楽団急遽帰国命令が出たという説。

 じ演実務レベルでの行き違い説

 中国国営新華社通信が報じたもので、「公演中止の理由は実務レベルのコミュニケーションで行き違いがあった」からだという。「この報道を踏まえれば、公演そのものに関する問題で中止となった可能性が高い」(朝鮮日報電子版)。

 ッ翊両国政府内で「事故」、「事件」の発生説

 モランボン楽団の北京公演は最初から中朝関係改善という政治的シグナルを送ることが狙いだった。その公演中止の背景には「両国政府間に事故か事件が起きた可能性が高い」と予測されている(海外中国反体制派メディア「大紀元」)。

 現時点では、以上、5つのシナリオが流れている。

 そこで各シナリオについて、当方の考えを少し述べたい。

 △離轡淵螢は時間の経過でその真偽は判明するだろう。平壌から何人の楽団員が北京入りし、何人が帰国したかを調べれば、、亡命説の真偽は明らかだ。い離轡淵螢が当たっていたとすれば、「真理は案外シンプルだ」ということで終わるが、今回は中朝両国関係改善といった政治的目的があった公演だ。それを実務レベルの意見対立から公演を中止するだろうか。西側の音楽グループの公演だったら考えられるが、モランボン楽団の場合、考えにくい。

  ↓、イ裡海弔離轡淵螢に絞られてきた。,脇韓メディアの間で最有力なシナリオだ。面子を重視する金正恩氏の場合、完全には排除できないシナリオだが、決定打に欠けているように感じる。
 誰が金正恩氏の「水爆保持」発言を真剣に受け取るだろうか。米国政府も「北の水爆保持はあり得ない」と断言している。中国も同様だろう。実験をした形跡もないのに、水爆保持を表明したとしても誰も信じない。中国指導者は金正恩氏の発言を聞いて、「また、あの若造が……」と受け取ったのではないか。「水爆発言」を理由に公演にイチャモンを付ければ、中国側も北と同レベルと言われてしまうだろう。

 残ったのはとイ澄のシナリオは外部からは確認が取れない。日韓メディアに「楽団長が金正恩氏の元恋人」と報じられれば、最も不快な思いをするのは李雪主夫人だろう。李夫人と金正恩氏の夫婦関係がどのようなものか分からないので、多くは語れないが、完全には排除できないシナリオだ。イ亘鳴鮮だけではなく、中国にも当てはまることだ。不祥事、想定外のことが発生した場合、そのニュースは外には流れない。共産党一党独裁の中国では現在、権力争いが水面下で進行中だ。一方、北の場合、いつ何が起きたとしても驚かない。すなわち、イ離轡淵螢は排除できないのだ。

 当方は英BBC放送の「シャーロック・ホームズ」の大ファンだ。マインド・パレスの持ち主、ホームズの登場を願いたいものだ。名探偵ホームズは5つのシナリオからどれを選ぶだろうか。ひょっとしたら、6番目のシナリオを提示し、金正恩氏周辺の謎に迫るかもしれない。

平壌で来年、「復活祭」が挙行

 「パリ同時テロ」事件が起きて以来、テロ問題について考える時間が多く、他の問題を少々おろそかにしてきたと感じてきた。具体的には、ローマ・カトリック教会総本山、バチカン法王庁で8日、ローマ法王フランシスコが提唱した「慈愛の特別聖年」(12月8日〜2016年11月20日)がスタートしたが、その詳細な意義について8日前に紹介しようと考えていたが、10日を迎えて既にそのテーマは時季外れとなってしまった。

 そのように考えていた時、バチカン放送独語電子版によると、韓国ローマ・カトリック教会は来年から教会の特別な祝日には神父ら聖職者を北朝鮮に派遣し、北の信者たちと共に聖日を祝うことになったというのだ。

 これは教会関係使節団が平壌を訪問し、当地の教会関係者との話し合いの末、決定したという。大司教ヒジナス・金・ヒジュン司教会議議長はソウルで記者会見し、「来年の復活祭(3月27日)、ソウル大司教区から聖職者を平壌に送り、そこで現地の信者と祝う」と明らかにした。

 バチカン放送によると、韓国教会使節団は4人の司教と13人の神父、計17人から構成された大型使節団だ。4日間、北を訪問した同使節団は北の国家朝鮮カトリック協会から正式に招待されたもので、北人民議会副議長のKim Yong Dae氏に迎えられたという。
 同使節団は12月3日、平壌の長忠大聖堂で共同礼拝を行っている。同礼拝には70人の北のカトリック信者が参加したという。韓国カトリック教会の高位聖職者を団長とした使節団が平壌当局に招かれたのは今回初めて。

 それに先立ち、南北の宗教団体の代表らが参加した「平和大会」が11月9日から2日間、北朝鮮東南部の金剛山で開かれた。
 「世界キリスト教情報」によると、大会には、北朝鮮の宗教人協議会会長で、朝鮮カトリック教会中央委員長のカン・ジヨン氏ら、北側の代表団と、キリスト教、カトリック、仏教など韓国の7宗教団体の代表約140人が参加したという。北当局は、自国の宗教者への弾圧を強化する一方、韓国宗教者、教会代表を招き、頻繁に交流しているわけだ。

 世界のキリスト信者の迫害状況を発信してきた非政府機関、国際宣教団体「オープン・ドアーズ」が公表するキリスト教弾圧インデックスでは北は毎年、最悪の「宗教弾圧国」だ。その国で生きてきたキリスト信者の金ヨンスク(Kim Yong Sook)女史の証を聞く機会があったが、壮烈なものだった(「北のクリスチャンの祈り方」2015年9月21日参考)。聖書を持っているだけで拘束され、悪くすれば収容所に送られ、強制労働を強いられる。そこでは生きて帰ることが難しい状況だという。

 金女史の証を聞いていただけに、北当局の教会への懐柔策は少々腑に落ちない。国連を中心に北の人権蹂躙を糾弾する声が高まっている。それだけに、韓国から宗教人を招き、イメージ・アップに乗り出してきたのかもしれない。洋の東西を問わず、独裁者は別の主人に仕える宗教人を弾圧する一方、自身の統治のためにそれを利用するものだ。

「右翼」も「左翼」もその出自は強盗だ

 分類するには人は余りにも多様であり、複雑だ。そのような試みは誤解を生みだすだけで、実りは余り期待できない。それを承知の上で取り組んでみた。聖書から見た人間の分類だ。当方の狙いは「右翼」と「左翼」の出自を読者に紹介することにある。

 聖書には興味部深い分類が記述されている。その分類は一つではない。複数ある。聖書は基本的には神と悪魔の善悪闘争の歴史を記述したものだ。神に仕える善人と悪魔に従う悪人という2つの分類だ。神はもちろんのこと、悪魔の存在も信じない現代人にとって、「善悪の2分類」はバットマンとジョーカーという単純な書割に過ぎない。幼少時代ならそれで良かったかもしれないが、少し成長すると善悪で人間を分類出来ないことを学ぶ。物事を斜めに見ることを学んだ人は人間を「ジキル博士とハイド氏」と気が付く。そして、その人間理解を成長の証とし、「お前もようやく人間が分かってきたね」という言葉を掛ける。

 聖書には別の分類もある。「熱い」か、「冷たい」か、それとも「生ぬるい」かの3分類だ。「ヨハネの黙示録」第3章には「わたしはあなたのわざを知っている。あなたは冷たくもなく、熱くもない。むしろ、冷たいか熱いかであってほしい。このように、熱くもなく、冷たくもなく、なまぬるいので、あなたを口から吐き出そう」と記述されている。この分類法を「体温測定分類」と名付けたい。神の教えを信じ、それに専念できる信者を熱い人と表現し、批判的な人を冷たい人、生ぬるい人はそのどちらでもない中途半端な人を意味する。

 実社会では、「生ぬるい人」が大多数を占めるのではないか。欧米キリスト教社会では不可知論者が増加してきた、不可知論者は神を信じないが、悪魔も信じない。なぜなら、神も悪もその存在を実証できないからだ。しかし、神と悪魔の存在を自信をもって否定できないので、分からないという状況に留めておく。黙示録の表現によれば、生ぬるい人々だ。イエスは熱いか、さもなければ冷たい人を歓迎していた。生ぬるい人は結局、何も見いだせないと警告を発しているわけだ。

 旧約聖書には長子と次子に関する記述が多い。そして不思議なことに、次子は神の祝福を受け、長子は神の祝福圏外に立っている。まだ何もしていない胎児の時から、「神は次子を愛し、長子を憎んだ」(「ローマ人への手紙」第9章)と述べている。なぜ、神は次子を愛し、長子を憎むのか、「愛の神」は説明責任から逃れることができない。

 聖書に通じた読者なら、アダムとエバの間の子供、カインとアベルの物語を想起し、カインがアベルを殺害したから、神はその後、長子を愛することが出来なくなったと解釈するかもしれない。いずれにしても、この分類法を「長子・次子分類」と呼ぼう。

 最後に、このコラムのテーマ、右翼と左翼の出自だ。「ルカによる福音書」第23章をみると、イエスが十字架にかかる時、「同時に、ふたりの強盗がイエスと一緒に、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけられた」という。そして左の犯罪人はイエスに「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれわれをも救ってみよ」と、イエスに悪口を言い続けた。一方、右の罪人は「お前は同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。お互いは自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしたのではない」と述べ、イエスを証した。イエスは右の強盗をみて、「よく言っておくが、あなたはきょう、私と一緒にパラダイスにいるであろう」と語り掛けたという話だ。この有名な新約聖書の話から、右の盗人は後日、右翼の祖先と見なされ、左の盗人は左翼と呼ばわれるようになった。

 左翼の人が「なんといった暴言だ」と批判されるかもしれない。一方、右翼の人は「イエスと共に天国に行けるのはいいが、私はイエスも神も信じていないよ」と弁明するかもしれない。左翼も右翼もその出自は強盗だ。左の強盗は将来、神の存在を否定する無神論世界観の共産主義世界を構築していった。

 当方は聖書のどの分類が正しく、どの分類が間違っていると主張しているわけではない。当方はこの欄で「“愛されなかった人”の時代は来るか」(2015年11月27日)というテーマでコラムを書いた。その中で、神から愛されなかったカイン、神を否定する冷たい人、そして十字架上のイエスを罵倒した左の強盗を総称して「愛されなかった人」と呼んだ。そして彼らにも愛される時代がきっとくるべきだと考えたのだ。

 左翼の人よ、当方は批判しているのではない。カインとアベルが一つにならなければ、神の祝福は得られない。同じように、左翼も右翼も和解しない限り、世界の諸問題を解決できないのだ。ヤコブがいくら願っても、エソウがヤコブを受け入れない限り、両者は勝利者となれなかったのだ。左翼と右翼の思想を昇華する新しいパラダイムの到来が願われる。
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