ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2015年02月

共産党から「赤」を取り戻そう

 当方は中国反体制派メディア「大紀元」の愛読者の一人だ。中国関連情報では多くの新しい情報が報じられているので、助けられている。
 いつものように24日朝、その「大紀元」のサイトを読んでいると、「赤を多用する現代中国、伝統ではなく、血を好む共産党の宣伝」という記事が目に入った。以下、その記事の一部を紹介する。

 「赤い花火、赤いランタン、赤い衣装…現代中国は赤を多用する。旧正月の行事でも赤い龍や獅子舞が世界中で舞った。しかし、中国人は昔から赤を多く使っていたわけではない。1949年以後に中国共産党が『流血の象徴』として、社会を血で染めるように使い始めたのがきっかけであることを知る人は少ない。
 古代中国では、色としての赤の使用は控えめで、細部を強調する場合に使われる程度だった。五行説で『火徳』にあたる漢王朝でさえ、赤は多く使われなかったと、作家の章天亮氏は述べる。
 『中国本土において赤はただの色ではない。共産党の象徴だ。赤を使うことは、党の支持を意味する』と章氏は加えた。たとえば中国の児童は、襟に赤いスカー
フを付けて 党に忠誠を誓うようを強要される」


 共産党が「赤」の色を多用することは事実だ。同党を「赤の政党」と呼ぶし、その支持者を「赤」と呼んで誹謗した時代があった。連合軍占領時代の日本でも“レッドパージ”(red purge)と呼ばれた時代があった。そして、唯物主義世界観を標榜する共産党の歴史が粛清の歴史であり、多数の流血が流されたことも事実だ。実際、中国で1000万人以上の国民が“紅”衛兵によって殺害されている。

 しかし、だからといって「赤」を共産党の象徴とみるのは正しいだろうか。当方は「赤」は色彩の中でも最も美しく、神秘的な色ではないかと考えている。その「赤」が共産党に独占されることに不満を感じてきた。「赤」を共産党から奪い返し、その色の本来の輝きを分かち合いたいのだ。当方の「赤の色彩論」に少し耳を傾けて頂きたい。

 私たち人間には血が流れている。血は栄養素を全身に運び、浪費物を処理するために運搬する役割を果たしている。その生命維持で最も重要な働きをする血液の色が「赤」だ。もし、「赤」がいかがわしい色だったならば、どうして人間の血液の色が「赤」なのか。生命を運ぶ血液の色が「赤」だとすれば、「赤」が少なくとも素晴らしい色彩だからではないか。
 ちなみに、「色彩論」の著者、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテは青、赤、黄を色の3原色とし、3色の色彩環を構成し、頂点に「赤」を置き、その対極に緑を位置させている。そして「赤」を「最も力強い色」と評している。

 賢明な読者の方なら、当方が「神が人間を創造した」という神の創造説に立脚して話をしていると気が付かれるだろう。神が自身の似姿として人間アダムとエバを創造し、その生命の血液の色を「赤」としたのならば、「赤」は本来、色彩の中で最も美しく、神秘的な色彩と考えて間違いない、という結論が出てくるのだ。人類史の中でもほんのわずかな期間、生まれ、消えていく共産党とその思想がその存在のシンボルとして「赤」を独占する権利はまったくないのだ。

 共産主義は唯物主義であり、無神論を標榜する世界観だ。レーガン元米大統領が共産圏の盟主・旧ソ連を「悪魔の帝国」と呼んだことはまだ記憶に新しい。その悪魔の思想である共産主義とその国家が神の愛する色、「赤」を奪っていったわけだ。悪魔は神の愛する色が何色かを誰よりもよく知っていたからだ。

 20世紀は共産主義が誤った思想であったことを実証してきた。その残滓はあるが、完全に消滅するのは時間の問題だろう。それに呼応して、共産党が奪った「赤」の名誉回復が進んでくると予想している。共産党から「赤」を取り戻そう。

最高裁判決から学ぶ「言葉の怖さ」

 読売新聞電子版は26日、「職場で女性に性的な発言をしたとして出勤停止の懲戒処分を受けた男性2人が、会社を相手取って処分の無効を求めた訴訟の上告審で、最高裁第1小法廷は26日、無効を認めた2審・大阪高裁判決を破棄する判決を言い渡した」と報じた。

 最高裁の判決は「言葉のセクハラ」も暴力と同様、相手を傷つけるという判断を下したわけだ。暴力はその時、相手に痛みを与えるが、時間の経過で治癒できるが、言葉の傷は一生、それを受けた人の心にしこりとして残ることが多い。イエスは「口に入るものは人を汚さず、口から出てくるものが人を汚すのである」(「マタイによる福音書」第15章)と指摘し、「口から出て来るものは、心から出て来るので、これこそ人を汚す。悪意、殺意、姦淫、みだらな行い、盗み、偽証、悪口などは、心から出て来るからである」と説明し、口から出る言葉の怖さを警告している。最高裁の判決はその意味で妥当だ。

 身近な例を見ても、言葉による争いが多い。夫婦喧嘩も暴力によるというより、一方の不注意な言葉が相手を傷つけた結果というケースが多いのではないか。「あの時、あなたはこういったわね」と妻が数年前の夫の言葉を正確に覚えていた、という体験をした夫も多いだろう。言葉の暴力が如何に相手の人格まで傷つけるかが分かる。一方、物理的暴力が相手の人格まで傷つけたという話はあまり聞かない。

 ただし、今回の最高裁の判決で問題がないわけではないだろう。言葉による暴力が相手にどれだけの傷を与えたかを数字で測量できないからだ。どうしても傷ついた被害者側の主観的な感受性が大きな影響を与える。時には、被害の実証が難しいこともあるだろう。感受性や性格の違いで同じ言葉も軽いジャブだったり、ボディーブロー(BodyBlow)となる場合だってあるからだ。“この言葉を発すれば、これだけ相手を傷つけます”といったスタンダート化はできない。

 言葉は時代、その状況、発する人などさまざまな要因が絡む。特に、女性への性的発言の場合、男性が女性の心を理解できないといった状況も出てくるだろう。言葉は性差によってその影響も異なる。ジェンダーフリー運動が進んだとしても、同じ言葉でも男性と女性では全く違う捉え方があるという事実は変わらないからだ。

 新約聖書の「ヨハネによる福音書」第1章には「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であっ た。 この言は初めに神と共にあった。 すべてのものは、これによってできた。できた もののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。 この言に命があった全ては言葉から始まったという」という有名な聖句がある。この言葉はロゴスを意味する。その意味で、われわれはロゴスによって創造されたというわけだ。だから、言葉を制する人は世界を制することができる一方、逆に、正しい、適切な言葉を発することができない場合、相手を傷つけ、自身も傷つくことになる。

 最高裁の判決は「性的発言」に対してだが、私たちが日々発する言葉に対しても同じことがいえるわけだ。相手を思い、相手のための言葉を見つけ出す訓練が必要だろう。
 われわれは関係存在だ。他者との関係がなくしては存在できない。だからコミュニケーションが不可欠だ。巷には言葉が氾濫しているが、正しい言葉を適切に表現できる訓練をしたいものだ。

アメリカン・スナイパーは英雄か

 クリント・イーストウッド監督の映画「アメリカン・スナイパー」が世界で上演中で、多くの観客を惹きつけている。同映画はアメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズの伝説のスナイパー、クリス・カイルを描いた映画で、第87回アカデミー賞で6部門にノミネートされ、音響編集賞を受賞した映画だ。イラク戦争を舞台に1人の若きスナイパーの姿が描かれている。

 独週刊誌シュピーゲル(2月14日号)は、「スナイパーが果たして戦争の英雄かで米国の世論が2分している」と報じている。自身は安全な場所にいて、敵を射撃するスナイパーは従来の伝統的な戦争の英雄像とは成り得ないという声と、味方を敵の攻撃から守るため敵兵を冷静に射殺していく射撃兵は英雄だ、という反論がある。映画のスナイパーのカイルは安全な場所から敵兵を射撃することに一種の後ろめたさを感じ、前線にも出ていく。

 1974年、テキサス生まれのカイルは2003年から09年、過去4回、イラク戦争に参戦し、160人を射殺し、アメリカ軍史上最高の狙撃兵という名誉を受けてきた。彼の伝記「アメリカン・スナイパー」は米国で100万部以上のベストセラーとなった。カイルは海軍を退役後、民間軍事会社を創設し、戦争で負傷した兵士の支援にも乗り出していた。そのカイルは2013年2月2日、カウンセリングの一環として実施した射撃訓練の場で、元海兵隊員エディ・レイ・ラウス(27)によって射殺された。

 そのラウス被告に対する裁判が24日、テキサス州の裁判所で開かれ、終身刑の有罪判決が言い渡されたばかりだ。検察側は、「ラウス被告は麻薬の乱用で精神的不安定だったが、殺人当時、善悪の識別能力はあった」と主張。弁護側は、「ラウス被告はPTSD(心的外傷後ストレス障害)下にあった」と反論した。同裁判を報じたシュピーゲル誌によると、陪審員の1人は、「ラウスは米国の英雄を奪っていった」と批判したという。

 イラク戦争、アフガン戦争の米帰還兵の多くはPTSDに悩まされて、日常生活に復帰できずに葛藤する。カイルも同様だった。妻や子供たちと談笑していても、彼の心は戦地にあった。彼は伝記の中で、「自宅、路上、周囲に置かれたゴミ袋を見る度に、その中に爆弾が仕掛けられているのではないかと考える」という。

 21世紀に入って、無人機が導入され、コンピューター主導の最新兵器が戦争の成果を左右するようになった。同時に、従来の「戦争の英雄」はいなくなってきた。スナイパーに戦争の英雄像を求めるのは分かるが、戦争には勝利者も英雄もいないのだ。内外共に深く傷ついた生身の人間だけが存在する。どのような理由からとしても、他の人間を殺せば、殺した側に消すことができない痕跡が心の中に残る。クリーンな戦争など存在しない。

 2011末現在、イラク、アフガン戦争の帰還兵約135万人の約16%にあたる21万人がPTSDに悩まされているというデーターが発表されたことがある。カイル自身もスナイパーとして名を挙げ、伝記まで出したが、やはり内的葛藤の日々を送り、戦地ではなく、故郷テキサスで悲運にもPTSDに悩む元海兵隊員によって射殺されたのだ。

天才詐欺師はニールだけではない

 当方が最近、米TV番組「ホワイトカラー」シリーズに凝っていることはこのコラム欄でも書いた。FBI警察ピーター・バークと天才詐欺師ニール・キャフリーのコンビによる犯罪捜査物語だが、そのストーリーはTVの世界だけだと思っていたが、そうではないことを最近、知った。世界的美術館で展示されているピカソなどの著名画家の絵が実は偽作だった、という話が最近多いのだ。オーストリア日刊紙プレッセの文化記事21日付から紹介する。

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▲米TV番組「ホワイトカラー」のDVD、カバーはニール役の俳優マッㇳ・ボマーさん

 事の起こりは、有罪判決を受けた絵画偽作者ヴォルフガング・ベルトラッチ氏が19日、ドイツ公共放送局ZDFのトークショーに参加し、「アルベルティーナ(Albertina)美術館で展示されている Max Pechstein(1881〜1955年、ドイツの印象派画家)の裸婦の絵は自分が偽作した作品だ」と暴露したことだ。ウィーン市1区にある同美術館は素描約6万5000点、版画100万点と世界有数のコレクションを誇っている。そこで展示されている絵画の一つが偽作だったということで、美術関係者やファンは大きなショックを受けたのだ。

 アルベルティーナ美術館のクラウス・アルブレヒト・シュレーダー館長は、「印象派専門家が2007年の展示会のために問題となった絵画を高額で購入したが、後日、その絵が偽作と分かった」と認める一方、同絵画は既に撤去済みだと明らかにした。
 ちなみに、ベルトラッチ氏はヘレナ夫人と連携で偽作してきたが、同夫妻の偽作が展示されていることが判明し、日本では1983年開館されたマリー・ローランサン美術館が2011年9月、ニューヨークではクノエドラー美術館が、ほぼ同時期に急遽閉館に追い込まれた、というのだ。偽作問題の影響は美術館の評判にとって致命的なダメージとなるわけだ。

 ヘレナ・ヴォルフガング・ベルトラッチ夫妻は2011年、詐欺容疑で有罪判決を受け、昨年初めに刑を終えて出てきてから、多くのメディアとのインタビューに応じている。先述のZDFのトークショー番組はその一つだ。

 アルベルティーナ美術館館長は、「詐欺師を天才と評価し、持ち上げることは馬鹿げている。いずれにしても、美術専門家はその鑑定で間違うことだってある」と認めている。例えば、ピカソ専門鑑定士が過去、ベルトラッチ氏の7つの偽作絵画を「本物」という鑑定証を出しているのだ。専門家でもその真偽を鑑定できないとすれば、深刻な問題だ。

 ちなみに、天才詐欺師がその才能を買われ、FBIの捜査を助けるというホワイトカラーのストーリーは米映画「Catch me if you can」(2002年)に酷似している。ただし、後者の話は実話だ。天才的詐欺者フランク・W・アバグネイル氏の「自伝小説」を映画化したもので、レオナルド・ディカプリオが演じる若き詐欺師はパイロットから医者、弁護士まで転身し、人々を次々と騙していく(日本では「世界を騙した男」というタイトルで紹介されている)。ホワイトカラーは米国で昨年、全6シーズンの放映を完了したが、ベルトラッチ氏は年齢の差こそあるが、ホワイトカラーの主人公ニールを想起させる。

 美術愛好家にとって絵画を観賞しながら、「果たして本物だろうか」と呟かざるを得なくなるとすれば、淋しいことだ。3Dプリンター、高品質の印刷機などの発展で偽作は限りなく本物に近づいてきた。専門家すらその真偽を容易に識別できなくなってきたわけだ。本物は無数の偽作の中に交じってその市民権が脅かされているといえるだろう。「本物」の冬の季節が到来しているわけだ。

人類滅亡の12のシナリオ

 存在するものはいつか終わりを迎える。人類も例外ではないかもしれない。美しい地球に住んできた人類がその歴史を閉じる時はくる、という点で最先端をゆく多くの科学者たちは意見を同じくしているのだ。問題は、いつ、どのようにして、かだけだ。スウェーデンに本部を置くシンクタンク「グルーバル・チャレンジ・ファンデーション」が先日公表した「人類滅亡12のシナリオ」を読者に紹介したい。

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▲小惑星、2012DA14、地球に急接近(NASAのHPから)

 報告書は12の人類滅亡のシナリオを4分類に分けている。

��Current risks
 1. Extreme Climate Change
 2. Nuclear War
 3. Ecological Catastrophe
 4. Global Pandemic
 5. Global System Collapse

��Exogenic risks
 6. Major Asteroid Impact
 7. Supervolcano

��Emerging risks
 8. Synthetic Biology
 9. Nanotechnology
 10. Artificial Intelligence
 11. Uncertain Risks  

��Global policy risk
 12. Future Bad Global Governance

 報告書は「12のシナリオのうち、9つのシナリオは人間の努力や英知によって回避可能」と予測している。例えば、地球温暖化は世界の国が連帯して対応に乗り出せば、最悪のシナリオは回避できるだろし、核戦争や生物・化学戦争も人間の努力で避けることは十分可能だ。一方、回避不能なシナリオは6と7だろう。予測が難しいうえ、現時点ではそれを回避する手段や方法がないからだ。

 6の場合、最近では小惑星が2013年2月16日早朝(日本時間)、地球に急接近したことがあった。スペインのラサグラ天文台が発見した小惑星で「2012DA14」と呼ばれた。米航空宇宙局(NASA)によると、小惑星は地球から約2万7000キロまで接近、静止人工衛星より地球に近いところを通過した。小惑星は大きさが45〜50メートルで推定13万トン。地球に衝突し、海面に落ちた場合、津波が生じ、都市に落下した場合、かなりの被害が考えられた。ちなみに、小惑星の衝突は過去にもあったが、地球が大きなダメージを受けるほどの衝突は記録されていない。ただし、大昔、生存していた恐竜の突然の消滅の背後には、惑星の地球衝突があった、という学説はある。


 7のシナリオも深刻だ。大火山が噴火すれば、その灰は地球全土を覆い、太陽の光を遮り、動植物に大きな被害を与えることが予想される。身近な例でも、富士山が大爆発すれば、日本全土ばかりか、近隣諸国にも多大の被害をもたらすだろう。

 興味深いシナリオは10のシナリオだ。人工知能、通称ロボットだ。近い将来、ロボットが人間のコントロールを離れ、逆に人間を支配していくというシナリオはもはやサイエンス・フィクション(SF)の世界の話ではなく、現実の恐れが出てきたというのだ。哲学者ニック・ボストロム氏は「人工知能の権力掌握の日は近い」と述べているというのだ。

 いずれにしても、人類の滅亡は長期的にみれば避けられない。地球にとって不可欠の太陽は今後、10億年、次第に明るくなり、中心核の水素が燃え尽くす。そして太陽は膨張し出し、赤色巨星となる。太陽が放出する灼熱を受けて地球上の水は全て蒸発し、遅くとも30億年後に地球上の生き物は消滅していると予想されるからだ。

21世紀と中世の「世紀の衝突」

 サウジアラビアのイスラム法学者 Scheich Bandar Al Khaibari師が信者の質問に答え、「地球は自転していない」と述べ、水の入ったカップを手にして「地球静止説」を説明しだした。曰く、「 Sharjah 国際空港から飛行機で中国に飛ぶとする。地球が自転しているなら、飛行機は空中で静止していれば中国が飛行機に向かってくるだろう。もし地球が逆回転しているとすれば、飛行機は永遠に中国に到着できない」と説明し、地球静止論を説いたのだ。

 同法学者がイスラム寺院で語っている動画はアラブ語系ネット上で放映され、大ヒット中という。あるネット・ユーザはアメリカ航空宇宙局(NASA)に、「このイスラム法学者のために宇宙に関する補習授業をやって下さい」と要請したという。

 当方はイスラム法学者をからかうつもりはない。なぜならば、地球自動説を否定し、静止論を主張しているのはイスラム法学者だけではないからだ、キリスト教神学者の中にも過去、そして今も、少なからずいるからだ。独週刊誌シュピーゲル2010年10月2日電子版によると、「天文学者ガリレオ・ガリレイは間違っていた。教会はやはり正しかった」と主張する国際会議が同年11月、米国で開催されたことがある。「地球静止」説を主張する神学者、ニューヨーク州バッファロー出身のロバートサンゲニス氏は、「地球は太陽の周囲を自転していない」と述べ、ビックバン論を否定し、「地球は宇宙の中心」と見ているのだ。

 もちろん、同氏を中心とした地球中心論者は現在のキリスト教会では少数派に過ぎない。先のイスラム法学者も同様だろう。例えば、世界に12億人の信者を誇るローマ・カトリック教会では、地球の自動説を主張し、天動説を否定したガリレオ・ガリレイは久しく異端者の烙印を押されてきた。彼の名誉回復は1992年、故法王ヨハネ・パウロ2世が宣言するまで待たなければならなかったのだ。

 ちなみに、バチカンは国連が2009年を「天文学の年」にすることを受け、天文学者・ガリレオ・ガリレイの彫像を法王庭園に建立する計画だったが、同計画はなぜか実現されず、バチカンでガリレオ名誉回復記念礼拝が行われただけで幕を閉じてしまったのだ。すなわち、バチカン内でもガリレオの名誉回復を快く思わない聖職者、天文学者がいることを示唆している、というわけだ。

 カトリック教会では1633年のガリレオ異端決議から1992年のガリレオの名誉回復まで359年の年月がかかった。だから、全てのイスラム教法学者が地球自転説を受け入れるまでにはやはり一定の年月がかかるだろうと考えて間違いないだろう。繰り返すが、イスラム教法学者を笑い飛ばすことはできないのだ。

 参考までに付け加えると、米国人にとって名誉な話ではないが、米国科学振興協会(AAAS)が昨年2月、年次総会で公表した調査結果によると、米国人のおよそ4人に1人は地球が太陽の周りを公転していることを知らないというのだ。

 さて、21世紀の宇宙物理学者たちは、宇宙がビックバン後、急膨張し、今も拡大し続けているというインフレーション理論を提唱している。宇宙誕生当時に放出されたさまざまなマイクロ波が現在、地球に届いているかもしれないというのだ。地球自動説を否定する宇宙物理学者はさすがにいない。

 ちなみに、地球静止論を主張するイスラム法学者の動画を見ていると、世界の到る所で現在見られるキリスト教社会とイスラム社会の衝突は決して「文明の衝突」ではなく、ガリレオらが生きていた「中世」と21世紀の「世紀の衝突」ではないか、と考え直した。人質の首をはね、人質を生きたまま火刑に処するイスラム教スンニ派過激テロ組織「イスラム国」の蛮行に、21世紀に生きるわれわれは大きな衝撃を受けてきた。テロリストたちはガリレオが生きていた中世からタイム・トラベルで21世紀のわれわれの時代に闖入してきた人間たちだ、と考えれば、少しは納得できるのだ。

仏サッカー界の隠された移民問題

 武装した2人のイスラム過激派テロリストが1月7日、パリの風刺週刊紙「シャルリー・エブド」本社を襲撃し、自動小銃を乱射し、編集長を含む10人のジャーナリストと、2人の警察官を殺害するというテロ事件が発生した。その直後、別の1人のテロリストがユダヤ系スーパーマーケットを襲撃し、4人のユダヤ人を殺害した。この2つのテロ事件はフランスだけではなく、世界に大きな衝撃を投じた。そして同月11日には反テロ国際連帯大行進がパリを中心に挙行され、多くのパリ市民が参加し、「Nous sommes tous Chalies」(私たちは皆、シャルリー」、 「Je suis Charlie」(私はシャルリー)と書かれた抗議プラカードを掲げて、行進した。

 あのテロ事件からまもなく2カ月目を迎えるが、事件の記憶はまだ生々しい。反テロに対する国民の連帯感は依然、消滅していない。同国の国民スポーツ、サッカー界でも選手たちがトリコに「私はシャルリー」と書かれた腕腕章を付け、反テロの意思表示をしてきたが、トゥールーズFCのGKアリ・アーマダ選手やヴァランシエンヌFCの3人の選手たちが「私はシャルリー」という文字をトリコから消したことから、同国社会でちょっとした議論を呼んでいる。トゥールーズFC会長は後日、チームの選手たちの行為に対して謝罪を表明している。オーストリア日刊紙プレッセ21日付がスポーツ欄で大きく報じた。以下、同紙の記事の概要を紹介する。

 ナショナルチームには現在、4人のイスラム教徒の選手が活躍している。その中の1人でチームのエース、べンゼマ選手(アルジェリア系移民の2世)が試合前の国歌を歌わなかった、といった批判を受けたことがある。同選手は「自分がゴールすればフランス人であり、失敗するとアラブ人と批判される」と述べている。ドイツのヨハヒム・ガウク大統領は、「イスラム教はドイツ社会の一部だ」と述べたが、フランスでは、「イスラム教はフランス社会の一部か」と問いかける声が聞かれ出した。

 同国のスポーツ・ジャーナリストによると、「フランスのサッカー選手の80%はバンリュ—(Banlieue)と呼ばれる大都市郊外の貧しい移民が多く住む公営住宅地域の出身者だ」という。例えば、FCバイエルン・ミュンヘンのMFのフランク・リベリー選手、リアル・マドリードのFWカリム・ベンゼマ選手、1998年のサッカー・ワールドカップ(W杯)優勝の英雄ジュディーヌ・ジダンらはいずれも大都市の貧困地域出身者だ。そしてベンゼマ選手とジダンはアルジェリア系移民の出身だ。2010年、フランスのナショナル・チームはアルジェリアと友好試合を国内で行ったが、多くのアルジェリア系ファンからやじられた。同国のスポーツ・メディアは「フランスのナショナル・チームは国内で試合したが、アウェイで試合しているようだった」とシニカルに書いたという。

 フランスは1998年の地元開催W杯で初優勝したが、その時のナショナル・チームにはジダンなどアラブ系出身の選手が多くいたことから、「ナショナル・チームはフランスの移民統合政策の成功例だ」と評価する声があったが、現実はそうともいえないのだ。
 イスラム教徒の選手が着替え室で祈祷用絨毯を敷くことを要求したり、ハラール(イスラム法と基づき処理された食物など)の料理を求めるなど、イスラム教徒の選手と他の選手との間でさまざまな不協和音が聞かれるという。

 フランスの少数民族問題と言えば、ユダヤ人とアルジェリア人問題だ。特に、アルジェリア人問題は歴史的に複雑なテーマだ。例えば、フランス軍に所属して戦争に参加したアルジェリア人はフランス兵と受け取られず、民族的差別を受けてきた。また、多くのアルジェリア人がフランス軍によって虐殺され、その遺体は川に捨てられ、川の水は真っ赤になったといわれる。そのアルジェリアの移民の2世、3世が活躍するフランスのサッカー界は移民問題の現状を色濃く反映させている、といわれる。

なぜ、岡田克也さんを応援するか

 当方は日本の政治動向を主にインターネットでフォローしているだけの人間だから、余り大きなことは言えないが、どの政党を支持しているのかと問われれば、与党自由民主党だが、個人的には野党民主党代表の岡田克也さんを応援している。ただし、昔からそうだったわけではない。岡田氏の名前は知っていたが、資産家出身の政治家であり、少々地味な印象を感じてきた。その岡田さんに頑張ってほしいと思うようになったのは、彼が昨年、網膜剥離の手術を受けられたというニュースを読んでからだ。

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▲民主党代表・岡田克也氏(岡田克也氏の公式ブログから)

 当方も昨年7月末、右目の網膜剥離で手術を受けた。突然だったのでビックリした。網膜は再度定着したが、視力はだいぶ弱まってきた。眼科医から最近、白内障だから近いうちに手術を受けるようにといわれたばかりだ。

 「あの岡田さんも網膜剥離だったのか」と知って、以前は余り関心がなかった野党代表に急速に親密感を感じるようになった。「当方氏はシンプルだね」といわれればそれまでだが、偽りのない感情なのだ。

 なぜそうなのか、と考えてみた。昔からよく言われることだが、“痛みを分かち合った仲”ということかもしれない。網膜剥離の手術は今日、約1時間弱で終わる。病は深刻だが、手術は難しくはない。手術直後の数日間の対応が重要となる。注入されたガスの圧力で網膜が再度定着するようにうつ伏せで横たわっていなければならないから、少々しんどい。当方は40代にがんを経験したが、その時も手術後、ベットの床ずれで苦しんだ。手術を体験した人ならば知っている世界だろう。

 当方が岡田さんの政治信条とは関係なく、岡田さんに頑張ってほしいと思うようになった直接の理由は網膜剥離という病だったから、病が取り持った縁といえるだろう。

 人生では喜びを共に分かち合うことで無二の友人関係を築いたという話をよく聞く。例えば、スポーツの世界で優勝するまでハードなトレーニングを繰り返し、その夢を実現した時、共に汗を流してきた仲間が忘れられなくなる。その一方、苦しい時を一緒に乗り越えることで永遠の人間関係が出来る。夫婦関係もその一つだろう。すなわち、人生で体験する苦しみ、痛みは決して常にネガティブではないのだ。人間関係を拡大し、同じ苦しみ、痛みを体験する人々に対して無条件な親密感が湧いてくる、というポジティブな効果がある。
 
 人間である以上、苦しみや痛みより、喜びを共に分かち合う仲であり続けたいが、そうはいかない。人生では健康問題だけではなく、経済的、精神的に苦しい時が必ず訪れてくる。当方はこのコラム欄で「同時代の人々への『連帯感』」(2014年12月24日参考)という話を書いた。同じ時代に生きていれば、時代が経験した苦しい時を共有することから自然と連帯感が生まれてくるという話だ。

 このように考えていくと、当方は岡田さんだけではなく、同時代の全ての人々に本来、連帯感を感じなければならないわけだ。当方がまだそこまで感じられないとすれば、当方の人間としての器が小さいということになる。

 痛みや苦しみを賛美する考えはないが、痛みや苦しみは、私たちの心の世界を成長させるうえで不可欠なことではないだろうか。今、痛みや苦しみの中にある人はどうかそれに挫けることなく、それを自身の成長の栄養素と考えて頑張ってほしい。

 いずれにしても、当方は昨年から岡田さんの言動にこれまで以上に注意を払っている。

中国共産党幹部の「愛人問題」に学ぶ

 中国反体制派海外メディア「大紀元」は16日、中国共産党幹部たちの愛人問題を報じた香港「争鳴」誌2月号を紹介していた。同誌によると、中国政府機関で昨年発覚した女性問題は70万件を突破し、うち21万7700件は法廷争いに持ち込まれたという。「当事者の70%は課長クラスの幹部に当たる」という。また、中国共産党機関紙・人民日報傘下の雑誌・人民論壇2010年8月の報道によると、調査・処分を受けた腐敗幹部の95%に「愛人」がいるという。

 当方には、党員を急減する中国共産党を更に糾弾する意図はない。民主主義、共産主義といった政治体制、思想とは関係なく、「愛の問題」が人間の最大の弱さであることを中国共産党幹部の「愛人問題」が改めて実証している、という事実を読者とともに分かち合いたいだけだ。中国共産党が労働者代表でもなく、公平な社会を建設する政党でないことは賢明な中国国民なら既に知っている。中国共産党幹部たちが愛人を囲っているとして驚く国民は少ないだろう。

 韓国は植民地時代の旧日本軍の慰安婦問題で日本を激しく批判し、謝罪を要求し続けてきた。韓国国民の中には、旧日本軍下で多数の韓国女性が性奴隷だったと主張している。
 ただし、戦時の慰安婦問題は旧日本軍だけではなく、韓国軍人たちがベトナム戦争下でやはり同じように性犯罪を繰り返してきたことは周知の事実だ。平時の韓国では、性犯罪の発生率が先進諸国で最上位に位置している。戦時、平時の区別なく、韓国社会でも「愛の問題」はやはり克服できない課題として残されているのだ。

 世界に12億人の信者を誇るローマ・カトリック教会でも聖職者による未成年者への性的虐待は後を絶たない。聖職者の性犯罪件数は5桁にもなる。加害者は神父から枢機卿までに及ぶ。神の愛を唱え、隣人愛を訴える聖職者もやはり「愛の問題」を克服できずにいる。“聖パウロの嘆き”は教会内の到る所で聞かれる。

 このように見ていくと、中国共産党幹部の「愛人問題」、旧日本軍の「慰安婦」、ベトナム戦争時の韓国兵士たちの「性犯罪」、そしてローマ・カトリック教会聖職者の「性的虐待事件」と、政治体制、民族、国家、そして戦時、平時の区別なく、そして最も神聖でなければならないキリスト教会内でも、「愛の問題」は私たちの前に横たわっていることが一目瞭然となる。

 安倍晋三首相は18日、参議院本会議に出席し、山下芳生日本共産党参院議員の質問に、「慰安婦問題を政治・外交問題から切り離して対応すべきだ」と述べている。これは日本政府が慰安婦問題で、韓国側に「もう忘れよ」といっているのではないだろう。安倍首相が「愛の問題は人間全てが直面している深刻な問題であり、政治、外交で解決できる問題ではない」と言いたかったとすれば、それは正しい指摘だろう。実際、同首相は「これまでの歴史の中には多くの戦争があり、その中で女性の人権が侵害されてきた」とし「21世紀こそ人権侵害のない世紀にすることが大切であり、日本としても全力を尽くしていく考えだ」(中央日報電子版)と語っているのだ。

 韓国メディアによると、朴大統領は慰安婦問題で、「どのように対応していいか分からなくなってきた」と述懐したという。日本側の対応への苛立ちからの発言かもしれないが、慰安婦問題が「国を超えた深刻な問題だ」という認識に到達した結果の告白とすれば、それは正しい告白となる。

 人類歴史が始まって以来、性犯罪、淪落の問題は消滅したことがない。この問題を克服できる処方箋を提示できれば、文字通りノーベル賞級の大発見となるだろうが、残念ながらこれまで見つかっていない。われわれが「愛の問題」で取れる姿勢は自省することであり、少なくとも相手を名指しで批判することではないだろう。「愛の問題」で相手を批判できる人はいないのだ。

 日韓両国国交正常化50周年目を迎えた今年、両国政府が慰安婦問題を政治・外交問題ではなく、人類の問題として対応していくと宣言すれば、歴史家が後日、「画期的な宣言」として高く評価するだろう。
 繰り返すが、「愛の問題」は中国共産党幹部、旧日本軍、韓国兵士たち、キリスト教会聖職者だけの問題ではないのだ。ドラマチックに表現するとすれば、私たち一人一人が克服していかなければならない“人類史的な”課題だ。

プーチン氏には「強さ」で対抗すべし

 欧米諸国と旧ソ連・東欧共産圏が対峙していた冷戦時代、共産圏の盟主・ソ連(当時)が崩壊するとは予想できなかったことだ。それがモスクワにゴルバチョフ大統領が出現し、ペレストロイカ政策を提示してから数年後、ソ連はあっけなく崩壊した。

 当時のレーガン米大統領は戦力防衛構想(STI、通称スターウォーズ計画)を積極的に推進し、ゴルバチョフ大統領に米国の軍事力の優位をはっきりと認識させたことが冷戦終焉の大きな契機となったといわれている。すなわち、ゴルバチョフ氏が共産主義社会の敗北を認識したというより、米国の軍事力の“強さ”にもはや対抗できないと悟った結果だった。米国の強さを誇示する政策が「悪魔の帝国」ソ連共産圏の崩壊をもたらしたわけだ。

 なぜ、こんなことを書くかというと、 独週刊誌シュピーゲル最新号(2月14日号)がレオン・パネッタ元米国防長官とのインタビューを掲載しているが、パネッタ氏はその中で、「プーチン大統領が理解できるのは“強さ”だけだ。だから、彼を説得する唯一の道は欧米側の“強さ”を誇示することだ」と述べている。同元国防長官の発言を読んで、レーガン大統領時代の米国の“強さ”の外交政策を思い出したのだ。

 そこでウクライナ紛争に目を移してみよう。メルケル独首相とオランド仏大統領は12日、ベラルーシの首都ミンスクでプーチン大統領とウクライナのポロシェンコ大統領と4首脳会談を開き、ウクライナ東部の停戦協定で合意したが、同合意は昨年9月のそれと同じ運命を余儀なくされている。ウクライナからの情報によると、親ロシア派武装勢力は17日、東部の要衝デバリツェボの大半を制圧するなど、軍事活動を継続、拡大している。

 ところで、ウクライナ東部の親ロシア武装勢力が軍事活動を継続した17日、プーチン大統領はハンガリーを公式訪問している。オルバン首相は、プーチン大統領をクリミア半島併合後、レッドカーペットで歓迎した初の北大西洋条約機構(NATO)加盟国首脳となった。換言すれば、プーチン大統領は欧州連合(EU)とNATO加盟国内でロシア支持の声を拡大し、EU、NATO内の結束を崩すことに成功しているのだ。
 ハンガリー国営通信MTIによると、プーチン大統領はラブロフ外相、ノバク・エネルギー相、ロシア国営天然ガス会社ガスプロムのミレル社長らを引き連れてブタペスト入りした。ロシアとハンガリー両国はハンガリー唯一のパクシュ原発に新しい2基の原子炉を増設することで合意済みだ。


 EUが対ロシア制裁を実施して以来、ロシアと経済関係が深いEU諸国内では不協和音が聞かれる。特に、ロシア産ガスに依存する欧州では対ロシア制裁の強化・拡大には反発の声が強い。プーチン大統領が欧米の制裁に対して依然強硬姿勢を維持できる背景には、EU、NATO内の乱れがあるからだ。プーチン大統領が強いのではなく、EUが対ロシア政策で結束していないからだ。
 
 パネッタ氏は、「欧州の地で新しい戦争が起きるかはプーチン氏の動向にかかっている。自分の体験からいえば、ロシアとは強い姿勢で交渉すべきだ。ロシアは敵が弱いと分かると徹底的にそれを利用する。NATOはロシア側に『ウクライナの安全は守る』という明確なシグナルを送るべきだ。欧州ミサイル防衛システムの建設案を再活性化すべきだ。そして欧米はウクライナに経済的、軍事的支援を拡大すべきだ」と主張し、「欧州諸国のロシア産原油・ガス依存を打破するために米国は原油、ガスを欧州に供給する案もある」と述べている

 パネッタ氏の提案に対して、プーチン大統領はどのように対応してくるだろうか。ハッキリしている点は、EUが対ロシア政策で結束できない限り、プーチン大統領を説得することは "Mission: Impossible" ということだ。 
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