ウィーン発 『コンフィデンシャル』

 ウィーンに居住する筆者が国連記者室から、ウィーンの街角から、国際政治にはじまって宗教、民族、日常の出来事までを思いつくままに書き送ります。

2014年09月

患者が医者にチップを渡す時

 右目の手術後、うつぶせを強いられた結果、右手小指が24時間、痺れるという症状を罹っている。家庭医は「長い間の不自然なうつ伏せのため、首の筋がやられたのが原因だろう」と診断、医学療法センターを紹介してくれた。当方は既に2週間、週に3回、首筋のウルトラシャウ・マッサージ、首筋から右手先にかけ電磁療法を受けている。

 話は電磁療法を受けていた時だ。隣の部屋で療法が終わったのか、治療師と患者が世間話をしだした。カーテン越しに患者が治療師にチップを渡す会話が耳に入ってきた。患者が病院で看護婦、治療師、医者にチップを渡す、などは考えたこともなかったので、「まずい。チップを用意してこなかった」と、自分の財布に小銭がなかったことを嘆いたが、「それにしても病院で患者がチップを渡すことなどあり得るのだろうか」と冷静になって考え直した。

 患者がクリスマス・シーズンになると家庭医にちょっとしたプレゼントを渡すことはあるが、普通の時、「あなたの治療に感謝します」といって患者が医者や看護婦にチップを渡すシーンをこれまで見たことがなかった。

 帰宅して妻に話すと、「治療師は患者と直接接触するから、治療後ありがとうという意味でチップを渡したのだろう。あなたが医者によく治療してくれたね、といってその場でチップを渡したら、医者は驚き、受け取らないだろうし、ひょっとしたら怒り出すかもしれないわ」という。妻は正しいのだろう。

 患者は良き病院をみつけ、優秀な医者に診てほしいと願っている。また、病院では少しでも時間をかけて診察してほしいと願うものだ。だから、病院でレストランのように患者が看護婦、医者にチップをあげようとするケースは絶対にないとはいえないだろう。

 ちなみに、当方はウィーン市健康保険に加入している。通っている医者が良くない場合、市民は四半期ごとに医者を変えることが可能だ。ただし、家庭医の場合、多くの患者は引っ越しなどがない限り、一度通いだした医者のところ行く。


 若い市民はインターネットで医者探し(特に、専門医)をするケースが多い。医者に対して患者が採点を下しているサイトがあるからだ。「あそこの医者は不親切だ」とか、「待ち時間が長い」といったコメントが掲載されているから、新しい家庭医や専門医を探す市民はその評価を参考にして医者を探す。もちろん、患者のコメントは厳しいが、腕もよく、信頼できる医者もいるから、患者のコメントは必ずしも助けになるとは言えない。
 良き医者を見つけるのはどの国でも決して簡単ではない。患者が医者にチップを渡すような習慣が定着したらその医者探しの混乱は一層深まるだろう。

 ところで、当方の右小指は既に2カ月間、痺れている。医学療法センターに通っているが、治っていない。ひょっとしたら当方が治療師にチップを渋ったからではないか、といった根拠のない妄想が浮かんできた。患者は常に弱い立場にあるのだ。

聖職者の性犯罪で600件の告発

 ローマ・カトリック教会は本当に変わるだろうか。バチカン法王庁総務局長代理のアンジェロ・べッチウ大司教はイタリア日刊紙イル・メサゲロとのインタビューの中で「昨年1年間、聖職者に対する未成年者への性的虐待容疑に関連した告発件数は600件だった」と語ったという記事を読んだ時、そのような思いが湧いてきた。
 バチカンの駐ドミニカ大使だったポーランド出身のヨゼフ・べゾロフスキー大司教(65)は大使就任中、7人の未成年者に対して性的虐待を繰り返したということで、バチカンから自宅監禁を言い渡されたというニュースが流れたばかりだ。同大司教は6月、教理省から聖職を剥奪されている。
 バチカン放送独語電子版によると、2011、12年の2年間で384人の神父たちが未成年者への性的虐待で聖職を剥奪されている。聖職剥奪は教会法では破門に次いで重い刑罰だ。

 南米初のローマ法王フランシスコは聖職者の性犯罪に対しては前法王べネディクト16世と同様、‘ゼロ寛容‘の政策を継承してきた。バチカン大使、大司教を務めた高位聖職者を自宅監禁するという対応は昔なら考えられなかったことだ。その点、評価されるが、聖職者の性犯罪への対処療法の感が強く、性犯罪を誘発する原因が何かについての考察を意図的に避けている、といった印象を受ける。換言すれば、聖職者の独身制廃止について、フランシスコ法王は控えめな発言に終始しているのだ。

 フランシスコ法王はバチカン改革の見通しについて聞かれる度に、「私は枢機卿たちの意見を聞きたい」と繰り返し強調し、高位聖職者のコンセンサスに期待していることを度々示唆してきた。民主的なプロセスだが、そのようなやり方では12億人の信者を有するローマ・カトリック教会の刷新は覚束ないという懸念を感じるのだ。換言すれば、トップダウン型の指導力が求められているのではないか。

 南米法王は信者との直接の接触、スキンシップを大切にする庶民派の法王ということで教会内外で高い人気を誇っているが、そのローマ法王に教会の抜本的改革が実施できるだろうかという不安を感じるのは当方だけではないだろう。

 多数の信者たちは聖職者の独身制廃止を支持し、離婚・再婚者への聖体拝領を求めている。その一方、高位聖職者、バチカン内では是非に分かれている。唯一決断できるローマ法王がコンセンサス重視を貫くとすれば、教会の改革は何も実施できなくなってしまう。

 フランシスコ法王は来月5日から19日まで特別シノドス(世界司教会議)を開催する。「福音宣教からみた家庭司牧の挑戦」という標語を掲げた同シノドスには世界の司教会議議長、高位聖職者、専門家、学者らが参加し、家庭問題を主要テーマとして話し合う。
 同シノドスの焦点の一つは離婚・再婚者への聖体拝領を認めるかだ。このコラム欄でも指摘したが、この問題では高位聖職者の意見は2分化している(「法王の狙いは神の祝福の大衆化?」2014年9月23日参考)。

 聖職者の独身制の廃止、離婚・再婚者への聖体拝領問題など厄介なテーマについて、フランシスコ法王は決断できるだろうか。全てから愛される法王に留まろうとすれば、決定を先延ばしするだろう。そしてフランシスコ法王にその兆候が見られるのだ。

スイス名産チーズが原因ではない

 北朝鮮の金正恩第1書記の話の続きを書かざるを得なくなった。韓国日刊紙、朝鮮日報は「英紙インディペンデントは26日『金第1書記は2011年に最高指導者の地位に就いた後、最高人民会議(国会に相当)に欠かさず出席していたが、25日には欠席した。スイス産のエメンタールチーズを食べすぎて体重が増加し、健康に問題が生じたためだ』と報じた」という記事を掲載したからだ。エメンタールチーズは金正恩氏だけではない、当方も大好物の一つだ。そのチーズのせいで金正恩氏は痛風に悩まされ、外国人医師団のお世話にならざるを得なくなったというのだ。

 英紙の論理でいけば、エメタールチーズが大好きなスイス人は痛風になる確率が他の国民より高いことになるが、そのようなデータを聞いたことがない。当方は目はやられたが、さいわい痛風には悩んでいない。金正恩氏はエメンタールチーズを食べ過ぎたから痛風になったというが、チーズはキムチでないので3食、エメンタールチーズばかり食べられるものではない。朝食時に一杯のコーヒーにトースト、ハム、そこにエメンタールチーズが加わる。昼食や夕食には料理に利用できるが、痛風になるほど大量のエメンタールチーズを食べることは通常考えられない。

 朝鮮日報日本語電子版は「長期間保存できるよう、塩分がほかのチーズに比べ高くなっており、塩辛さが強い。また、製造工程で加熱する際にたんぱく質の塊が増えるため、相対的に高たんぱくとなる。スイスに留学経験がある金第1書記は、このチーズを好んで食べることが知られている」とチーズの栄養とチーズに拘る金正恩氏の嗜好を説明している(エメンタールチーズには“チーズアイ”と呼ばれる穴(気孔)がある。チーズを膨らませるためのものだ)。

 繰り返すが、金正恩氏の「不自由な体」の原因がもし医学的なものであるならば、原因は明らかだ。エメンタールチーズの過剰な摂取ではなく、暴飲暴食の結果だ。国民が3度の食事すらままならず飢餓に苦しんでいる時、金正恩氏はエメンタールチーズばかりか、他の多くの美食に耽っていたとすれば、健康を害してしまったとしても不思議ではない。しかし、決してスイス名産チーズが金正恩氏の「不自由な体」の主因ではないのだ。スイス国民とエメンタールチーズの名誉のためにもこの点を強調しておきたい。

 北朝鮮の国民の中でスイス名産のエメンタールチーズの名を知っている人がどれだけいるだろうか。金ファミリーと一部の労働党幹部だけだろう。エメンタールチーズは英紙記者のテーマにこそなれ、北では食卓でお目にかかることがほとんどない高級嗜好品なのだ。

 金第1書記の祖父・金日成主席は「国民が白米を食べ、肉のスープを飲み、絹の服を着て、瓦屋根の家に住めるようにする」と約束したが、果たせずに終わった。孫の金正恩氏が今度は「近い将来、朝食時には必ずエメンタールチーズが出るような国にしたい」と強調したとしても、どれだけの北国民が理解できるだろうか。金正恩氏と大多数の国民の生きている世界は全く違うのだ。

金正恩氏の「不自由な体」の意味

 ラヂオプレス(RP)によると、北朝鮮の朝鮮中央テレビは25日夜、「不自由な体なのに人民のための指導の道を炎のように歩み続けるわが元帥」と報じて、金正恩第1書記が足を引きずって現地指導する7月の映像を流した。

 上記のニュースを聞いて多くの北朝鮮ウォチャーも戸惑ったことだろう。なぜって、北側が「首領様は不自由な体だ」と述べ、足を引きずる指導者の姿の映像を流したからだ。北朝鮮を含む独裁政権、共産政権では指導者の健康問題は超トップ級の国家機密だ。敵国が「あいつはもう少ししたら死ぬ」と分かれば、どのような冒険を仕掛けるかもしれない。そればかりか、国内には潜在的政敵がいる。彼らは指導者がいつ死去するかと注視しているからだ。

 金第1書記の祖父、故金日成主席が心臓病だという情報が流れた時、当方は同主席の心臓病説の真偽を確認するためスイス・ジュネーブに飛び、取材した。心臓外科専門医から「リヨン大学付属病院の心臓外科医が平壌に飛んだ」という情報を掴んだ。もちろん、このニュースは翌日の朝刊1面を飾ったことはいうまでもない。フランス通信(AFP)は「わが国の医者が北の独裁者の手術をした」というタイトルの記事を世界に発信したほどだ。

 ところが、金日成主席の孫、金正恩氏の時代に入ると、「自分は不自由な体だが、国のために働いている」と国民にアピールするために国営テレビで足を引きずる自分の惨めな姿の映像を流させたというのだ。世代の相違とか、指導者の性格の違いという問題ではない。
 60代後半、70代の指導者だったら理解できるが、30代に入ったばかりの若い指導者が「不自由な体」といっても誰も同情しないことを金正恩氏は分かっていないのだろうか。もしそうだとすれば、同氏の知性と感性を疑わざるを得なくなる。

 なぜ、北国営テレビは首領様が不自由な体だと映像付きで報じたのだろうか。考えられる最もシンプルな理由は、その「不自由な体」は西側メディアが憶測するように高尿酸血症、高脂血症、肥満、糖尿、高血圧を伴う痛風といった深刻なものではなく、事務所の階段から転げ落ちて足をくじいた、といった類に過ぎないからだ。だから、くじいた足を引きずりながら国務に励む指導者、というイメージ作りのために映像で登場したのに過ぎない。

 次に「不自由な体」は肥満による深刻な病の結果だとする。それでは深刻な病の指導者の映像をどうして流したかだ。考えられるのは、国営テレビ関係者の落ち度だ(関係者は即処刑されるだろう)。もう一つは、金正恩氏がもはや首領様ではないからだ。誰かが同氏の失脚を演じさせているのだ。金第1書記は25日の最高人民会議にも欠席している。

 後者のシナリオをもう少し考えてみよう。金正恩氏は叔父張成沢氏の怨念に悩まされているのだ。精神分析学的にいえば、金正恩氏が叔父射殺のトラウマに悩まされている。だから、正しい判断力を失っている可能性があるのだ。怨念といえば、笑われるかもしれないが、死者はいつも我々を安らかな想いで見守っているのではないのだ。
 指導力と正常な判断力を失った金正恩氏を陰で操る人物がいるのかもしれない。すなわち、北では既にポスト・金正恩時代が始まっているというのだ。少々、過激なシナリオだが、それを打ち消すような事実が明らかになるまでは完全には排除できない。

駐セルビア中国大使の「論文」の意味

 先ず、24日発の北京発共同通信の以下の記事を読んで頂きたい。
 
 中国共産党機関紙、人民日報のウェブサイト「人民網」は24日、中国が西側の多党制の政治制度を導入すれば2年以内に武装衝突が発生し1300万人以上が死亡、1億3000万人を超える難民が出かねないとする李満長駐セルビア大使の論文を紹介した。一党支配を正当化し、民主化の「危険性」をPRする内容。現役大使による根拠に乏しい論文には批判も出そうだ。
 論文は「西側の国は自由や人権の名の下に他国の内政に干渉している」と民主主義国を敵視。「多党制を導入したアフリカや旧ユーゴスラビアは混乱に陥り、経済も低迷したままだ」と強調した。


 駐セルビアの中国大使の論文内容は共同通信記者が指摘するように根拠が乏しい。

 多民族国家の中国が民主化プロセスで旧ユーゴスラビア連邦と同様の道を歩む可能性は十分考えられる。同大使が指摘するように「中国が30を超える小国」に分裂するシナリオも決して排除できない。その意味で、同大使の懸念は非現実的ではない。ただし、毛沢東主席の文化大革命や粛清で大量の国民を殺害した中国共産党関係者が「1300万人以上の国民が死亡する」と警告を発する資格はあるだろうか。そもそも「1300万人」という数字はどこから飛び出してきたのか。旧日本軍の「30万人南京虐殺」説を容易に捏造できる国だけに疑いは限りなく広がる。

 忘れてはならない点は、民主化運動に抵抗し、武力でそれを阻止しようと乗り出すのは国民ではなく、一党独裁政権を維持しようとする中国共産党側だ。共産党政権が民主化運動を弾圧しない限り、1300万人の犠牲者が出るような武力衝突は起きないだろう。大量の死者が出るという警告は「中国共産党は民主化運動を弾圧する」と国際社会に向かって宣言したようなものだ。

 もう一つ、旧ユーゴ連邦解体後の元共和国のその後についても、中国大使の指摘は少々事実からかけ離れている。セルビアは現在、欧州連合(EU)の加盟を目指して経済改革を実施中だ。クロアチアとスロベニア両国は既にEU加盟国だ。もちろん、両国の国民経済は決して良好とはいえない。特に、旧ユーゴ連邦時代の優等生、スロベニアは現在、厳しい状況にある。しかし、国民経済を抜本的に改革しようとすれば、どの国も通過しなければならない通常の試練だ。
 

 旧ユーゴ連邦の国民は民主化後、経済的な試練に直面しているが、自由を享受している。言論・結社・宗教の自由を満喫しているのだ。だから、旧ユーゴ連邦の国民は、昔のような共産政権下の生活に戻りたいとは願っていない。

 駐セルビアの中国大使の論文の場合、その内容より、共産党機関紙の「人民網」が民主化を批判する大使の論文をなぜ掲載したか、という点に関心がいく。

 考えられる点は、中国国内で大きな民主化運動が台頭し、共産党政権がその運動に対し、もはや中途半端な対応では鎮圧できない状況下に追い込まれているのかもしれない。
 ひょっとしたら、中国共産党内で熾烈な権力争いが広がっていることも考えられる。例えば、周近平現国家主席と江沢民元国家主席との間の戦いだ。

「善と悪」の戦いが再び始まった

 シリアとイラク北部を侵攻するイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)が登場して以来、世界の政情は善し悪しは別にして2極化してきた。善と悪の2極化だ。ISのシリア拠点への空爆を実施したオバマ米大統領は「世界はISを許すべきではない」と主張し、ISを「世界の敵、悪」と定義し、国際社会に連帯を呼び掛けている。
 ケリー米国務長官は23日、ニューヨークで開かれた北朝鮮の人権問題を話し合う閣僚級会合で、北朝鮮の労働収容所を「悪のシステムだ」と糾弾し、即時閉鎖を要求している(時事通信9月24日)。ここでは「悪のシステム」だ。米ホワイトハウスの関係者がここにきて「善・悪」という概念を頻繁に使用し出したのだ。

 「善と悪」は本来、倫理的、宗教的な概念として使用されることが多い。それでは世界の政治が突然、宗教的、倫理的になったのだろうか。それとも世界の指導者が意図的に宗教、倫理概念を利用し、テロ組織打倒という名目を掲げてきただけに過ぎないのだろうか。

 米国の政治では善悪という宗教倫理概念が政治の表舞台に登場するのは決して珍しくはない。冷戦時代、ロナルド・レーガン元米大統領(1981〜89年)が旧ソ連を「悪の帝国」と呼び、共産主義世界を悪の世界と断言したレーガン・ドクトリンを思い出す。そのレーガン元大統領は米国民が今も最も愛する大統領だ。また、G・W・ブッシュ元大統領(2001〜09年)は米国内同時多発テロ事件後の02年1月の一般教書演説の中で、北朝鮮、イラン、イラクの3国を「悪の枢軸」と呼び、反テロ政策を掲げたことはまだ記憶に新しい。そして今、外交センスと決断力に乏しい大統領と酷評されてきたオバマ大統領が起死回生の手段として、対ISへ善の戦争に乗り出そうとしている
のだ。

 ISはその蛮行で世界から恐れられている。イラク北部のモスル市を襲撃した時、イラク正規軍の兵隊がISの兵士を恐れ軍服を脱ぎ、私服に変えて逃げて行ったという話はISがアラブ諸国でも如何に恐れられているかを端的に物語っている。
 そのISを敵視するのは欧米諸国だけではない。世界のイスラム教はISに対し、「イスラム教とはまったく関係ない」と批判、スンニ派の拠点サウジでもISを批判する宗教法令を出したばかりだ。すなわち、ISはその蛮行、残虐性によって世界を敵に回している。そこでオバマ大統領がISを世界の悪と位置づけて国際社会に結束を呼びかけているわけだ。

 冷戦時代の終焉後、善・悪といった宗教・倫理用語が世界の政治の舞台から消えていったが、ISの登場で再び蘇ってきたのだ。もちろん、ISはイスラム教を信じない不信仰者への戦いをジハードと位置づけ、その戦いを正当化している。

 世界の政治を善・悪の2極に分けて論じることに対し、そのシンプルさ故に批判の声もあるが、ISの蛮行や北朝鮮の人権蹂躙に対し、誰ももはや看過できないことは事実だろう。世界は期せずして‘正義の戦い‘の時を再び迎えているのだ。

死後75年を迎えたフロイト

 欧州最古のドイツ語の総合大学、ウィーン大学本館から徒歩で15分も行けば、精神分析学の創設者ジークムント・フロイト(1856〜1939年)の博物館に着く。精神分析学のパイオニアの功績を称え、ウィーン市では博物館の現通り名・ベルクガッセからフロイト通りに改称しようという声が出てきている。

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▲フロイト像(フロイト博物館内)フロイト博物館のHPから

 そのフロイトが亡くなって今月23日で75年目を迎えた。フロイトといえば心理学や精神分析に従事する学者や専門家以外の人にもその名は良く知られているが、フロイトは今日、精神分析学者の中では「もはや古い」と受け取られ、余り顧みられなくなってきたという。

 当方は学生時代、フロイトの夢解釈や快不快原則などの著書を読んでその分析に新鮮な感動を覚えたが、年をとるにつれ「フロイトの見方が余りにも一方的であり、人間の実態を掴んでいないのではないか」と思うようになった。

 その不満の最大の点はフロイトには宗教の世界がまったくないことだ。ジークムント・フロイト大学でノイローゼ心理学研究グループを主導しているラフェエル・ボネリ教授(Raphael M Bonelli )はオーストリアのカトプレス通信とのインタビューの中で、「フロイトは宗教を病理学のように考えていた。その世界観は物質主義であり、人間に真の自由を認めていない」と説明している。

 フロイトは「宗教は強迫ノイローゼだ。その教えは幻想に過ぎない」(「フロイト著「一つの幻想の未来」)と述べ、宗教が人間に与えるものは全てネガチィブだと考えてきた。フロイトは、全ての原因を自己の限られた無意識の世界に帰し、自己を超えた世界や領域に対して無関心だったという。フロイト自身はユダヤ人出身だったが、ユダヤ教に対して批判的で、ユダヤ人の妻が宗教的なことをすることを禁止させていたという。

 ボネリ氏は「フロイトが生きていた時代はチャールズ・ダーウィンの進化論を通じて人間観が形成されていた時代だった。フロイトもその世界観の影響から逃れることは出来なかった」と指摘している。


 そのフロイトの欠点を弟子や後世の精神分析学者たちが補完し、さまざまな学派を形成しながら、現代の精神分析学を構築していったが、精神分析学の発展史に言及すれば、フロイトを除いては考えられないだろう。特に、我々に無意識の世界の存在を鮮明に明らかにしたフロイトの功績はやはり大きい。

法王の狙いは神の祝福の大衆化?

  南米出身のフランシスコ法王は来月5日から19日まで特別シノドス(世界司教会議)を開催する。「福音宣教からみた家庭司牧の挑戦」という標語を掲げた同シノドスには世界の司教会議議長、高位聖職者、専門家、学者らが参加し、家庭問題を主要テーマとして話し合う。

 フランシスコ法王は昨年4月、8人の枢機卿から構成された提言グループ(C8)を創設し、法王庁の改革<使徒憲章=Paster Bonusの改正>に取り組んできた。世界の司教会議はフランシスコ法王の要請を受け、「家庭と教会の性モラル」(避妊、同性婚、離婚などの諸問題)に関して信者たちにアンケート調査を実施してきた。各国司教会議はその結果を持ち寄って10月5日からバチカンで開催される特別シノドスで協議する。家庭問題に焦点を合わせた特別シノドスの開催は初めてだけに、その成果と成り行きが注目されるわけだ。

 シノドス開催を2週間後に控え、離婚、再婚者への聖体拝領問題で改革派と保守派の戦いが始まっている。保守派の筆頭ミューラー教理省長官ら5人の枢機卿は離婚・再婚者への聖体拝領に反対を明記した論文集を来月1日、イタリアと米国で出版する。出版日がシノドス開催直前のことから、「シノドスを意識した反改革派の攻勢」と受け取られているほどだ。
 カトリック教会ではアウグスティヌス(古代キリスト教神学者、354〜430年)が夫婦の永遠の絆という教えを作り上げて以来、離婚、再婚は認められていない。正式に教会婚姻を受けた信者だけが神の祝福(サクラメント)を受ける資格があるというわけだ。

 5人の枢機卿の一人、イタリアのベラシオ・デ・パオリス枢機卿は「われわれは教会の教理と実践が乖離することを懸念しているだけだ。離婚・再婚者にはサクラメントを与えないというのが教会の教理だ。それを改正することなく、実践の場で教理に反することはできない」と説明し、教理を変えるか、教理に従った実践をキープするかの選択を改革派に迫っている。

 それに対し、改革派のヴァルター・カスパー枢機卿(前キリスト教一致推進評議会議長)は「教理の是非を協議しているのではない、複雑な状況下で教会の教理をどのように適応するかが問われているのだ」と指摘している。

  フランシスコ法王は昨年11月28日、使徒的勧告「エヴァンジェリ・ガウディウム」(福音の喜び)を発表し、信仰生活の喜びを強調したが、カスパー枢機卿は「教会の教えと信者たちの現実には大きな亀裂があることを正直に認めざるを得ない。教会の教えは今日、多くの信者たちにとって現実と生活から遠くかけ離れている。家庭の福音は負担ではなく、喜びの福音であり、光と力だ」と述べている。ローマ法王を含む改革派は離婚・再婚者への聖体拝領問題では容認方向にある。換言すれば、神の祝福(サクラメント)の大衆化を目指しているわけだ。

 ちなみに、フランシスコ法王は今月20日、婚姻無効手続に関する簡易化を協議する特別委員会を設置している。教会では婚姻無効表明手続きまで長い年月がかかるうえ、2つの教会審査を全会一致で乗り越えない限り、婚姻無効表明はできないことになっている。2012年、世界のカトリック教会では約5万件の婚姻が無効表明されている。

 なお、バチカンは特別シノドス後、来年10月には通常シノドスを開き、そこで協議を継続し、家庭問題に対する教会の基本方針を決定する意向だ。

ローマ法王は狙われていたのか

 ローマ・カトリック教会最高指導者フランシスコは21日、欧州の最貧国だったアルバニアを訪問した。フランシスコ法王にとってはイタリア国内以外では初めての欧州訪問となった。

 アルバニアは冷戦時代、ホッジャ労働党政権(共産政権)が1967年、世界で初めて「無神国家」を宣言した国だ。同国は1990年、民主化に乗り出した後、宗教の自由は再び公認された。同国では国民の間で宗教に関する関心が高まってきている反面、長い共産主義教育の影響は社会の各方面で見られる。
 同国ではイスラム教が主要宗教で人口の約60%、そしてアルバニア正教徒とローマ・カトリック教会、プロテスタント教会と続く。なお、カトリック教徒数は約45万人だ。フランシスコ法王はティラナ訪問ではイスラム教徒ら他宗教との会談を積極的に行った。

 ところで、フランシスコ法王のティラナ訪問は訪問直前まで国内ではほとんど報じられなかった。同国のメディアは前日になって初めてローマ法王のアルバニア訪問を大きく報じたほどだ。アルバニア政府がフランシスコ法王へのテロを恐れ、情報を抑えていたといわれる。

 バチカン放送によると、アルバニア警察は法王訪問前、約50人の過激派活動家を拘束している。国内だけではなく、モンテネグロ、コソボ、マケドニアなど隣国居住の過激派に対しても拘束しているほどだ。法王の安全のためアルバニア当局は約2500人の警察隊を動員した。

 それだけではない。フランシスコ法王のティラナ滞在中は携帯電話が使用できないようにしている。法王が記念礼拝をするマザー・テレサ広場でテロリストが爆弾を仕掛け、それを携帯電話で爆発させる危険性があるからだ。アルバニア側の法王へのテロ警戒は非常に現実的であり、深刻だった。多分、西側情報機関筋からティラナ側に「法王が危ない」といった情報が入っていたのかもしれない。

 シリアやイラクで蛮行を繰り返すイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)に対して フランシスコ法王は先日、欧米の対IS空爆を容認する発言をして注目されたが、ISはローマ法王への報復を表明しているという。

 
 南米初のローマ法王に就任したフランシスコ法王にはこれまでも暗殺情報が何度も流れてきた。それもメディアの憶測情報ではなく、高位聖職者からの情報だ。バチカン法王庁の抜本的改革を表明してきたフランシスコ法王が狙われているというのだ(今年4月27日に聖人となったヨハネ・パウロ2世は1981年5月13日、サンピエトロ広場でアリ・アジャの銃撃を受け、大負傷を負ったことがある)。 

 幸い、11時間余りの短時間のアルバニア訪問は無事終わり、ティラナ市内の記念礼拝を終えたフランシスコ法王は同日夜、ローマに戻った。

夫婦の絆を身をもって示した政治家

 中国の海外反体制派メディア「大紀元」日本語版に19日、カンボジアの陸軍病院で不法な臓器移植をしていた医者関係者が逮捕されたこと、その背後に、反体制派活動家たちの臓器を組織的に不法摘出してきた中国側の関与が疑われているという記事が掲載されていた。

 このコラム欄で数回、中国当局が拘束した気功集団の法輪功メンバーから生きたままで臓器を摘出し、それを業者などを通じて売買していた犯罪行為を報じた(「中国の610公室」2006年12月19日参考)。2000年から08年の間で法輪功メンバー約6万人が臓器を摘出された後、放り出されて死去したというデータがある。ちなみに、江沢民前国家主席(当時)は1999年6月10日、法輪功メンバーを監視する機関、通称「610公室」を設置し、法輪功関係者を徹底的に弾圧し、メンバーの臓器摘出とその売買を命じた張本人だ。
http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/50459254.html
 カンボジアの陸軍病院の場合、臓器移植提供者にそれなりの報酬が与えられていたというが、中国の場合、臓器提供者は放置され、家族関係者にも連絡されないというのだ。

 ところで、臓器を他の人に提供するという行為は本来、自分の一部を他者を生かすために提供するものであり、その動機は尊い。当方はその政治信条は別として2人の政治家を尊敬している。一人は10年間、オーストリア首相(1987〜97年)を務めてきたフランツ・フラ二ツキ氏だ。もう一人はドイツ与党社会民主党で現外相を務めるフランク・ヴァルター・シュタインマイヤー氏だ。両者とも妻の病気のためにその臓器(腎臓)を提供した政治家だ。シュタインマイヤー氏は臓器摘出とその後の療養のために政治活動をしばらく休んでいる。離婚する政治家が増えている今日、2人の政治家は身をもって夫婦の絆の大切さを示してくれたわけだ。

 病に伏せる妻に自身の臓器の一部を提供した政治家は愛妻家だ。臓器を提供すれば自身もその後、支障をきたすかもしれないし、さまざまな後遺症も考えられる。それにもかかわらず、2人の政治家は自身の臓器を妻に供した。自分にできる最大限のこと、 自分の一部を提供することで妻を救うことができた彼らは幸せだったろう。自分の命を他に与える行為ほど愛の行為はない。

 世界では数多くの移植手術が行われている。提供者が現れるのを長い間待つ心臓病の患者たちも多い。通常、移植の場合、提供者と受ける側の間で了解がある。もちろん、アジアの一部では、経済的理由から自身の臓器を売る人々もいる。悲しいことだが、われわれの時代の現実だろう。

 繰り返すが、カンボジアや中国の不法臓器売買はその本来神聖な臓器移植を汚すものだ。特に、中国共産党政権下の不法臓器摘出とその売買は非人道的な行為といわざるを得ない。
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